新訳 桃太郎(21)
昔々とある山間に一組の夫婦が住んでいた。
年の頃は40すぎだが子どもはなく、先月できた子も流産してしまった。
男「そう気を落とすな。きっとまたすぐにできるさ。」
女「あんた自分の子が死んで悲しくないなんてなんて人なの!」
近頃は慰めようにも口を開けば喧嘩ばかりだった。
男「・・・山に行ってくる。」
女「ふん!そうやってすぐ逃げる。」
男はいたたまれなくなり家を後にした。
女は男が出ていくとめそめそと泣き始めた。
一刻ほど過ぎてから女は顔をあげ川のほうに向かって歩いていった。
女(もう何もかもが嫌になってしまった・・・)
女(いっそこのまま身を投げてしまおうか?)
そう思っていた矢先、川上に何か浮かんでいるのに気が付いた。
女(あれは・・・人だ!)
女「ちょっと!だいじょうぶ!?」
女はあわてて川に入り引き上げてみるもすでに息絶えていた。
女(あ、この人・・・)
流れてきた死体は妊娠していた。
女は急ぎ男を呼びにいくと
男「かわいそうにな。せめてどこかに埋めてやりろう。」
女「そうね。」
男「家から道具を運んでおくれ。俺はこの人を運んでおくよ。」
そういうと女は家に鉈と鍬を取りに言った。
男「このまま埋めては姑獲鳥になってしまうからな。」
女「ごめんなさいね。」
そういうと女は妊婦の腹から赤子を取り出した。
女はその子を自分の子と重ね合わせているのか赤子を見つめ、それを見た男は
男「さ、はやく抱かせておやり。」
といって最速した。
赤子を妊婦の胸元においてやろうと近づけようとしたとき事は起こった。
先ほどまで完全に生き途絶えたと思われていた赤ん坊が息を吹き返した。
女「この子・・・」
男「そんな忌子は捨ててしまおうよ。」
女「なんてことをいうのよ。この子はきっと天からの授かりものだわ。」
男は連れ帰るという女にしぶしぶ同意し妊婦には人形を抱かせてやり家路についた。
赤子は太郎と名付けられすくすくと育っていった。
ただ成長するにつれ人一倍体の大きな太郎は粗暴になり悪さばかりするようになった。
畑のものを勝手に採ったり、おなごにいたずらしたり、物を壊したりと村の男たちも手を焼くようになった。
太郎は力が強いだけでなく悪知恵が働いた。
だが何より周囲を引かせたのは彼の両の目だった。
彼の目は青く、子どもたちはもちろん大人たちも鬼子と呼んでいた。
ある日のこと彼が村はずれに小さな塚があることに気が付いた。
それは彼の母親がそこに参ったときのことだった。
あれは誰の墓かとしつこく聞くも、かたくなに答えぬ両親に憤り暴れる太郎。
ついに折れた二人は答えることにした。
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男「あれはお前の本当の母親の墓だ。」
女「今まで黙っていて本当にごめんね・・・」
太郎はただ黙って二人が話す話を聞いていた。
太郎「・・・いいよ。別に。」
太郎「それにほら、俺こんな目の色してるじゃん。だからなんとなく気づいてたっていうか・・・」
沈黙が場を支配する。
太郎「親父、いや男さん。川の上流って何があるの?」
男「・・・」
女「! 今までみたいに普通によんでくれていいのよ?」
女は泣きながら声をかけるも男は無言でそれを制した。
男「・・・上流は鬼のシマだ。」
太郎「鬼? おとぎ話に出てくる?」
男「そう。だから近づいてはいけない。」
太郎「そう・・・」
その日の晩、太郎は眠れなかった。
二人が本当の親でないと想像しなかったわけではなかった。
いつもどこかで自分は他人と違うという違和感を感じていた。
太郎(本当の母親か・・・)
太郎(母親が違うなら父親も違うんだ。)
太郎(川上には本当の父親がいるんだろうか?)
太郎(どんな人が俺の父親なんだろう? どうしてるんだろう?)
太郎(そういえば親父、気になることを言ってたな。上流は鬼の縄張りだって。)
太郎(いったいどんな場所なんだ?)
太郎は二人を起こさないようにそっと家を出た。
月の明るい夜だった。
太郎は母の墓の前にやってきた。
太郎「ここに本当の母親が眠ってるんだ・・・」
太郎はそこで墓を眺めていた。
男「ここにいたか。」
太郎「おじさん。」
男「・・・女も言ってたが今までみたいに普通によんでくれていいんだぞ。」
太郎「・・・ごめん。」
男「行くのか?」
太郎「うん。行って確かめたい。」
男「なら今晩は休め。初めての遠出で山歩きだ。少しでも体を休めておこう。」
二人は家に向かって歩いて行った。
心配そうに戸口に出て二人を待っている女がいた。
女「心配したのよ。」
男「明日、旅立つことになった。握り飯作ってくれ。」
女「え! 本当なの?」
太郎「うん・・・」
女「そう・・・なら今夜はもう遅いからお休み。」
女はそれ以上何も言わず、その日は床についた。
こういうの好きだな
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そして朝を迎えた。
太郎(・・・少しは眠れたな。)
太郎「おはよう。おふくろ。」
女「おはよう。太郎、ゆっくり休めたかい?」
太郎「うん。親父は?」
女はかまどで飯を焚いていた。
夜のことからさほどの時間も経っていなかった。
女は寝ずに火を起こして食事の準備にかかってくれていた女にとても感謝した。
女「あのひとなら今、納屋に行ってるよ。」
男「おう。太郎、早いな。いつもみたいに昼まで寝てるのかと思ったぜ。」
男はからからと笑い、女もつられて笑っていた。
太郎はその何気ないやり取りがとてもいとおしかった。
男「よし、飯にしよう。話はそれからだ。」
女「はいよ。」
かまどから鍋を引き上げる。
太郎「俺がよそうよ。」
そういって鍋の中の粥を器に掬おうとした。
中身は粥ではなく麦と玄米、黍などが混ざっていた。
それは本来なら祝いの時にしか食べない貴重なものだった。
女「どうしたの?たくさん食べなさい。」
太郎「・・・うん!」
男「太郎。俺は途中までしか送ってやれん。」
太郎「うん。わかった。」
男「すまん。それと渡したいものがある。」
男はすっと席を立ちどこかへと出て行った。
女はその間黙って握り飯を二つ、三つと作っていた。
男が何か手に持って帰ってきた。
男「しばらく合戦もなかったから奥にしまい込んでたが・・・」
そういって刀を取り出した。
男「・・・もし道中なにかあっても自分の身は自分で守るんだ。」
そう言って刀を太郎に手渡す。
刀の重みは不思議な重さだった。
男「怖いか?太郎。」
太郎「・・・うん。」
男「刃は昨日のうちに研いである。できることならそんなもの使うことがないようにと思っている。」
女「太郎これ。新しい着物。」
女はそう言って太郎に着物を手渡してくれる。
男「俺のお古を、かあさんが仕立て直してくれたんだ。さ、着て見せろ。」
女「そうね。着てみて。」
太郎は昨日の出来事と、これまでのことを思い出していた。
二人がどんな気持ちで今日までいたか、自分がしてきたこと。
それを考えたら自分は何も二人にしてこれなかったと胸がとても苦しくなった。
男「おお。いいじゃないか。」
女「よく似合っているわ。」
太郎「うん。ありがとう。」
太郎「おや、おとうさん、おかあさん。今まで本当にごめんなさい。」
男「いいんだ。それより仕度もできたことだ。さっそく出るとしよう。」
女「これ、道中おなかがすいたら食べて。」
女「それからお腹がいたくなったり熱がでたりしたらこの丸薬を飲みなさい。」
そういって包みを渡してくれた。
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