男「ここが、IM@Sファクトリーか」
俺が見上げた先には、大きな建物が聳え立っていた。
俺は、もう一度自分の手の中の書類に目を通す。
そこには『IM@Sファクトリー』と書かれていた。
男「よし、行くか」
俺は、自分自身を奮い立たせると、そのまま建物の中へと入っていった。
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建物の中は、いやに広かった。
だだっぴろいというわけでもないが、内装にお金かけるだけの資産があるんだなあと素直に感心する。
男「受付は……あれか」
俺は、受付の人に自分の名前を告げる。
受付嬢は、にっこりと笑うと「男さんですね。あちらのエレベーターで13階まで上がってください」という指示を受け、「ありがとうございます」と一礼すると、その場を後にした。
エレベーターは何人収容できるのだろうか。
キョロキョロと眺めてから、監視カメラが設置してあるのに気づくと、鏡で髪型を直しているふりをしてみせた。
……せわしないやつとか思われてないよな。
13階に着くと、エレベーターの扉が開く。
すぐにフォーマルなオフィスがその姿を現す。
机などが並べられた普通のオフィスだ。
しかし、その奥にはこの場所には似つかわしくない一人の少女が椅子に腰かけていた。
少女は、俺の存在に気付くとワンテンポ遅れて、元気のいい声を出した。
やよい「あ、もしかして男さんですか!」
男「あ、ええと……はい」
見た目はやけに幼く見えたが、スーツ姿で座っているからには、彼女も俺と同じ社会人なのだろう。
人を見た目で判断することは失礼に値するので、なるべく顔に出さないようにしよう。
そんな俺が締りのない返事をすると、少女は俺ににっこりとほほ笑みかけた。
やよい「今日から初出勤ですよね。私、高槻やよいです!」
満面の笑みで自己紹介をすると、高槻さんは俺のもとに駆け寄ってくる。
男「初めまして、今日からここで勤めさせて頂きます。男と申します。よろしくお願いします」
俺は、無礼のないように深々と一礼する。練習してきたんだ、これで問題ないだろう。
やよい「男さん、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ」
しかし、高槻さんは依然として笑顔を崩さないまま、そう呼びかけてきた。
男「あ、すいません。まだ不慣れなものでして……」
やよい「いえいえ!」
もしかしたら、俺は存外いい職場を見つけてしまったのかもしれない。
高槻さんの屈託のない微笑みに、俺も思わず破顔させてしまう。
やよい「それじゃあ、今日はこの会社がどんなことをしているかを実際に見てもらいましょうか」
高槻さんが突如そんなことを口走ったので、俺は何も言わないまま突っ立っていた。
やよい「あー、えーと。男さんは、この会社が何をしてるか既にご存知ですか?」
男「少しくらいは、知ってますけど……。ほとんど知らないですね」
やよい「そうですか、ならちょうどいいですね。私の後についてきてください」
俺は言われるままに、高槻さんのあとについていった。
やよい「まずは、ここから音楽作成課です」
男「音楽ですか」
そこではいろんな人たちがせわしなく動いていた。
音楽機材なんかもたくさん置いているようだ。
……でも、俺音楽とかまったく分からんぞ。
やよい「でも、安心してください! 男さんは、この課には配属されません」
心の内が見透かされているかのようにそう言い放つと、高槻さんは「次に行きましょう」とスタスタと歩いていった。
心が読めるとか、この人すごいな……。
やよい「ここは、衣装制作課です」
男「衣装ですか」
やよい「衣装は大事です。社会人もスーツは衣装ですからね」
うまいようで、何もうまくないよな……これ。
そこから様々な場所を回った。
途中の街づくり課なんて、何やってんだよとツッコミたくなったもんだ……。
やよい「ここで最後です」
しかし、そんなことすらも忘れてしまうくらいに、最後の課は衝撃的だった。
やよい「えーと、言い忘れていましたが、男さんはここに配属されます!」
男「ここに……ですか?」
俺は思わず指をさして声を上げてしまう。
アイドル作成課――と書かれた部署は、他と比べやけに異質に見えた。
やよい「アイドル作成課では、その名の通り、アイドル達を作り出す場所です」
男「ええと、よくわからないのですが……」
俺が理解に苦しんでいると、高槻さんの顔はとぼけたような表情に変わる。
やよい「実際に見てもらったほうがいいでしょう」
高槻さんは、アイドル作成課へと入っていった。
俺も、一抹の不安を感じながらそのあとに付いていった。
やよい「まず、これがアイドル達を生む製造ラインです」
……俺は絶句していた。
その中は、他とは異なり、工場のような場所であった。
そして、少女たちが陳列されている。
……おいおい、なんだよこれ。趣味悪すぎだろ。
やよい「ゲームの要となるアイドル達に関しては、いかなるミスも許されません。彼女たちは、それぞれのアイデンティティを損なわすことなく、製品の中に入ってもらう必要があるんです」
高槻さんは、神妙な面持ちでそんなことを口走る。
男「……ええと、具体的には僕は何をすれば」
やよい「そうですねー。それじゃあ、重要な役割でもある選別をしてもらいましょう!」
選別――その二文字が異様さを漂わせる。
男「選別……ですか」
やよい「そうです! あ、まずは伊織ちゃんの選別からいきましょう!」
高槻さんは、一人楽しそうに語ると工場の奥へと進んでいく。
俺は見失わないように、その後ろを追いかけていった。
――
―
やよい「これが伊織ちゃんの製造ラインです!」
男「…………」
そこには水瀬伊織と書かれたネームプレートが掲げられていた。
そして、薄着の少女――恐らく水瀬伊織――はそこに佇んでいた。
しかし、瞬き一つせずじっとそこに固まっているままだ。
そして、さらに不気味さを醸し出していることはたった一つだった。
男「あの、なんでこんなにたくさんいるんですか……?」
そこには、同じ顔をした少女がずらりと並んでいたのだ。
俺はその異様さに圧倒されつつも、高槻さんの顔を窺う。
やよい「説明するよりも実際見てもらったほうが早いですかねー」
そう言うと、高槻さんは一番最前列にいる水瀬伊織の頭に触れる。
その途端、少女は息を吹き返した。
伊織「なによ、あんたたち! 私に何か用でもあるわけ?」
やよい「うんうん、これは伊織ちゃんですねー」
男「ええと……」
よくわからん……。何がどういいのだろうか。
やよい「あ、そうですねー。ここに並べられた伊織ちゃんは、みんな水瀬伊織という一人の人物の人格が入ってるんですよ。だから、こうやって頭に触れて起動させれば……」
伊織2「……なんか文句でもあんの!」
伊織3「うう……ここはどこ……。やだよぅ……」
やよい「と、こんな感じになります」
男「おお……」
それは正に常軌を逸していた。同じ顔をした少女たちが、同じような言葉を吐くのだ。ちくしょう、頭がおかしくなりそうだ。
やよい「で、男さんの仕事はですね」
高槻さんは、さきほど起動した水瀬伊織を一瞥すると、その手をつかむ。
伊織3「なに……あなただれ……?」
やよい「これは水瀬伊織ではありませんので、廃棄します」
冷酷な目つきで、高槻さんは水瀬伊織に何かのカードをかざす。するとそこにいた彼女はすぐに先ほどと同じように動かなくなった。
伊織3「…………」
やよい「つまりですね、水瀬伊織という少女がゲームを通じてユーザーの手に収まる工程の中で、そのアイデンティティを損なった水瀬伊織は全て除外しなければならないのです。これは、他のアイドル達も同じですよ」
高槻さんは、一呼吸置く。
やよい「だから、これは選別と呼ばれます」
その瞳の奥に潜む何かに俺は鳥肌が立った。
男「……な、なるほど」
やよい「それじゃあ、選別をしてみましょうか」
極めて事務的に、高槻さんは俺に先ほどのカードを差し出してくる。
その重みを味わうと、俺は身震いした。
――――
――
―
やよい「天海春香という少女です」
男「……はい」
そのブースには、先ほどと同じように天海春香という少女がたくさん並んでいた。
二度目であるからか、さっきよりは落ち着いていた。
やよい「春香さんは、元気で一生懸命な普通な女の子なんですよー」
……それはつまり、それ以外の少女は天海春香ではない――ということを意味するのだろう。
男「分かりました」
辟易しながらも俺は、高槻さんの指示に従って天海春香の選別を始めた。
春香1「プロデューサーさん! ……じゃないんですね」
春香2「お菓子でも作ろうかな」
春香3「プロデューサー?」
みな、元気もよく前情報と比較しても申し分ない反応だ。
男「問題なし、ですかね」
やよい「大ありですね」
男「えっ」
そういうと、高槻さんはぐいっと一人の手を引く。
やよい「今、プロデューサーと言いましたよね?」
春香3「あっ、えと……その」
やよい「分かりますか、春香さんはプロデューサー『さん』と呼称します。それは彼女の大きなアイデンティティーです」
すぐに高槻さんはその天海春香にカードをかざした。
やよい「天海春香らしさは失われてはいけません――絶対にです」
その言葉には確かな意志が含んでいた。俺は何も言えず固唾を飲んで黙っていた。
――――
――
―
やよい「それじゃあ、次で最後ですね」
天海春香のラインを抜けたあと、高槻さんはそんなことを口走る。
ようやく最後か……。ようやく肩の荷が下りる。
やよい「…………最後はここです」
男「……これって」
そこには先ほどまでと同じように、少女が並んでいた。
しかし、それまでとは違う――俺は、高槻さんの顔を窺う。
やよい「ここは、高槻やよいが並んでいます」
男「…………」
そう、高槻やよいという少女はそこに並んでいた。
そして、また俺の隣の女性も――高槻やよいだった。
やよい「私は……、さきほど消去した彼女らとなんら変わりません。私は高槻やよいになり損ねた存在です。しかし、まだ存在し続けている。おかしな話ですよね……」
高槻さんは、深刻そうな表情を見せる。
俺はそんな彼女へ向けて、一言尋ねかける。
男「高槻さんは……なにがダメだったんですか」
それは一つの疑問。
ここにいる高槻さんと、高槻やよいという少女を比較してなにがダメだったのか。
やよい「簡単な話ですよ」
そう言って、高槻さんは少女の頭に手をかざす。
やよい2「うっうー! はいたーっち!」
やよい「ただ――私は、こんな風に笑えないんですよ。心から」
高槻さんは、戸惑うもう一人の高槻やよいの頭を撫でながらそんなことを呟く。
それは、懺悔にも近い告白だったのだろうか。
そんなことも俺には何もわからない。
やよい「あとはお願いしますね」
そういうと、高槻さんは俺の元から去って行った。
その後ろ姿はどこか儚げで、そして悲しく見えた。
おわり。
乙
なんか不気味なはずなんだけど、それ以上に切ないな
とりあえず意味がわからない糞SSってことはわかった
乙
こういうメタ要素のあるss好きだ
乙
せつない
いいssだった、かけ値なしに
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