・地の文がある
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ギターが鳴りやんで、歓声。
照明がきつすぎるね。目が眩んで。
客席、見えない。全然。
「イエーー!!」
コールアンドレスポンス。
歓声。
拍手。なりやまなくて。
光の幕の向こう側から、叩きつけられる。
熱気が。
興奮する。
「今日はみんなありがとーー!!」
歓声。
「ロックンロール!!」
歓声。
ロックンロール。
…………
………
……
…
「……っくぅー!」
本日何度目か分からないうなり声を漏らして、叫び出したくなる衝動をこらえる。
歩く足も自然と早くなって、っていうか、スキップの一歩手前。道ばたじゃなかったら、はしゃぎまわっちゃってたね、これ。
とにかく今の私は、完全にテンションがあがりっぱなしで、つまりハイテンションで、昨日のライブの熱が少しも冷めていない。
クールダウンできていない。私は。
最高だったなぁ。
昨日のライブ。
ハデなロックナンバーで一気に盛り上がったし、スローなラブバラードもハズさなかった。
それでMCもバシッとキマって、ファンもドワーッって沸いて。
そこに絶妙なタイミングでギターがジャジャジャジャって、ステージも客席もブワーッ、一気に新曲ガツーン! バーン!ズオワーッて!
「っくぅー!」
思い出すだけで気分が昂ぶる。
全身を包む筋肉痛すら、心地よい。
やっぱり最高だ。
ロックって。
そんな風にいまさら思う。私は。ロックアイドル・リーナである私は。
ただし今日は完全オフの、ただのロック愛好家(17)の多田李衣菜である私は。
でも思ってるだけじゃ物足りなくて、私は誰かに伝えたい。
私の身体の中に溢れかえっている、この「ロックンロール最高ー!」を、誰かと分かち合いたくなる。
たとえば、今すぐここで、ロックンロールを叫びながら駆け出してしまいたい。
たとえば、私が一番信頼している理解者、Pさんを捕まえて、小一時間語ってみたい。
たとえば、それから――……
「あ」
と。
道の先、信号待ちの人が数名。
その中のひとりの、その後ろ姿を。
正確には、その『トサカ』を。
認めた瞬間、私は走り出していて。
「な~つきち~~~~!!」
手を振りながら、大声出しながら。
……って、別に手を振る必要はなくない? むこうはこっち、向いてないわけだし。こっち向いてない? てことは、あ、人違いの可能性もある? あ、あ、どうしよう人違いだったら。あんな『トサカ』、絶対おっかない人じゃん。いや、なつきちがおっかない人ってわけじゃなくて、あ、こっち向いた!
よかった。
なつきちだ。
反射的に走り出していた私は、そこでようやく、自分の思考に追いつかれる。追いつかれて。
絶対おっかない人じゃん、のところで、右足は止まって。
よかった、のところで、左足は進んで。
バランスを崩して、足を滑らせる。
天地がなくなって、首にかけていた、ヘッドフォンが、宙を舞って。
「あっ」
「だり……!?」
『トサカ』の女が――、なつきちが手を伸ばす。
私もそれにすがるように、手を。
伸ばした。伸ばしたのに、その手は……、私の手は、彼女の手をすり抜ける。
するりと。
「なづぎっ……!」
コケた。
おもっきり。
手のひらからイッたから頭とか顔は無事だけど、手のひらズザーッておもっきりアスファルトにハイタッチ。
いたい。
「んぐぅぅぅぅぅぅ」
「あぶねー、間一髪だったな」
どこがですかね。
間一髪どころか、間ゼロ髪? 首の皮で言うとゼロ枚? 手の皮で言うと……べろーん。うわあ。
いーたーい。
「ほれ」
で、なつきちが間一髪守ってくれたのは、飛んで行った私のヘッドフォンで。
私の手をつかむ代わりに、ヘッドフォンをナイスキャッチしてくれたみたいです。
突っ伏したままの私に、なつきちがヘッドフォンを差し出す。
「高価なもんなんだろ、これ」
うん、まあ、そうだけどね。
無事でよかったんだけどね。
釈然としない表情の私に、なつきちは苦笑を投げかけながら、「悪かったよ、だりー」って抱き起してくれて、私の手首を優しくつかむ。
血のにじんだ右の手のひら。
「あちゃー、結構ハデにやったなぁ。いたそー」
「いたい……」
「ほら、はやく洗わないと……、あそこのお店な、行くぞ。歩けるか? おんぶいるか?」
「歩けるよぅ……」
なつきちに手を引かれて、歩く。涙目で。
こんな感じです
ゆっくり書きます
ゴールドホイッスル…
だりなつ大好きだから期待
なつきち――私の盟友、ロックアイドル・木村夏樹は、派手で目を引くロックスタイルの見た目や言動に反して、内面は意外と気づかいの人だ。
気配りが得意、面倒見のいい姉御肌。
トーク番組では、自然に共演者を立てるし。
他の人のレッスンもちゃんと見ていて、それでアドバイスするし。
飴ちゃんくれるし。
こうして、カフェの化粧室で私の擦り傷を洗って、ハンカチが汚れるのも気にせず拭いてくれたりするのも、なつきちらしいなぁ、なんて思ってしまう。
「痛むか?」
「もう、へーき」
「ん。……ほら、これでよし」
最後に絆創膏まで貼ってくれてサンキューなつきち。
でも、ロックアイドルとしてはどうなんだろう。
絆創膏まで貼っちゃうと、あんまりロックっぽくなくない?
もっと、これくらいの擦り傷、唾でもつけておけば治るぜ! くらい、ワイルドな方がロックっぽいというか……。
ボーン・トゥ・ビー・ワイルド。
いや、逆にそういうイメージを裏切ることが、ある意味ロックなのかもしれない。
固定観念への挑戦?
既成概念の破壊?
カウンタースピリッツ?
カフェの席に着いても、そんなことをボンヤリ考えていて、「絆創膏ってロックかも……」なんて口走って、なつきちに何言ってんだお前?みたいな顔をされる。
「何言ってんだお前?」
口に出しても言われる。
うーん、どう言ったら伝わるのか、言葉で説明するのが難しい。
私はまだまだひよっこで、ロックについても勉強途上で、とぼしい知識の中では、ふさわしい語彙もなかなか見当たらなくて。
だから、つまり、その……
「バンド、エイド……」
「……」
「バンド……、バンドマンの……」
「……」
「バンドマンのバンドエイド!」
「すみませーん、コーヒーふたつー」
コーヒーが運ばれてくる。いい香り。
砂糖、無し。ミルク、無し。ふたり揃って口をつける。
なつきちは美味しそうに。私は、ちょっと無理して。
「そういえば」
ふと、なつきちがニヤリと笑う。
「観たぜ、先週の」
「え」
先週の、といえば、私がゲストで出演した歌番組のことで。
さらに言えば、レッド・ホット・チリ・ペッパーズについて聞かれて「あーはいはい、美味しいですよねアレ」とコメントする私の姿が、全国ネットで流されたという、できれば触れられたくなかったヤツのことでもある。
「あっ、いっ、いやっ、あれは違うんだって! その……」
「良かったよ、新曲」
「え」
「すげーカッコよかった、あれ」
お、おう。
なつきちの言葉は、いつも。
褒めてるとか、励ましてるとか、そういうのじゃなくて。
良いものだから、良い。それだけ。そんな感じでどこまでもシンプルで。
……何となく気恥ずかしくて、口ごもってしまうのを、コーヒーを飲むフリをして誤魔化す。苦い。
「がんばってるじゃん、だりー」
「ま、まあね。昨日も、ライブだったし」
「ああ、そうだそうだ! 言ってたもんな、昨日だって。どうだった?」
「うん、まあ……」
そう、聞いてよなつきち。すごかったんだよ。
メチャクチャ盛り上がってさぁ。
頭で考えていた言葉は、けれど口に出た時には全然違っていて。
「まあ、盛り上がったよ。かなり」
軽い口ぶり。なかなかいいライブだったよ。いや、マジでさ。
違う。嘘だ。本当は。
最高だった。昨日は、本当に。
彼女にもしたかったんだ、私は、その話を。
けれど彼女の、なつきちの自然体に触れると、私は私の感動を疑いはじめてしまう。
自分が、浅瀬ではしゃいでいる幼い子供のように思えてきてしまって。
それでもなつきちはニカッと笑って「やるじゃん」ってサムズアップ。
私も応えて、親指を立てる。ぎこちなく笑いながら。
今日はここまでです
いちおう、アイドルセッションあって、フォーピースあってトーク㏌サマーあってその後も色々あって、お互いがんばってるじゃん、という世界線です
なのでアニメモバマスとは異なる内容でお送りします
…って、最初に書いとけば良かったッピね…
期待しかない
乙です
レッチリすら知らないりーなかわいい
「そうだ、これ」
なつきちが何か差し出す。チケット?
「アタシも、ライブあるからさ、今度」
「おぉ」
なつきちのライブ。
よく行ってたなぁ、ちょっと前は。
なつきちの歌に、ギターに、胸を躍らせてね。
最近、行けてなかったよねぇ。
私も、なつきちも、少しずつ仕事が増えてきたから。
なかなかタイミング、合わなくなって。
忙しくなったよね、お互いさ。
アイドルとして、表舞台に出る機会も増えてきて。
でもそういう、お仕事の中で。
たくさんアイドルを見て、たくさんバンドを見て、たくさんアーティストを見て。
前よりは、ほんのちょっとだけ、経験を積んで。
その中で私が感じていたのは、木村夏樹というロックアイドルのすごさだった。
歌が上手いとか、ダンスがすごいとか、それだけじゃなくて。
そういう人なら、プロの中にはたくさんいたけど。
なつきちのあの存在感。
空気感?
木村夏樹が、そこにいること。
それ自体が。
「だりーも、忙しいと思うけど、時間あったら来てよ」
「いいの、もらって?」
「オフコース」
なつきちのライブは何度も観た。
それどころか、一緒にセッションだってした。
あのときは、やっぱりなつきちってすごいなぁ、なんて、フワッとしたインプレッションしかなかったけど。
今は。
私はまだまだひよっこで、だけど、少しだけ経験値の増えた今は。
きっとなつきちのすごさの、その意味が分かるような気がする。
分かってしまうような、そんな気が。
観れば、きっと打ちのめされる。
これは、不安とかじゃなくて、予感だ。
それでも。
………
……
…
「……うっひょー」
開演20分前。満員御礼。
小さなライブハウスだけど、かなりの人数が集まっている。
一応、眼鏡と帽子で変装してきたけど、特にロックアイドル・リーナちゃんだと気付かれる様子はさらさらなく。
まだまだ、がんばらないと思うわけ、私も。
で。
来ちゃった。
来ちゃいましたねぇ。
そりゃ来ますよ。
だってやっぱり、好きだもの、私。なつきちのライブ。
同じプロダクションの仲間だし、相棒だし、ライバルだけど。
なつきちのファンでもあるんだから。
私は。
「お……」
BGMが途切れ、照明が暗転する。
もう、開演時間。
暗い。
観客のざわめき。
ふと、仄暗いステージに人の気配。
そして、地鳴りのようなベースが生まれる。
重低音のうねり。
痺れる。全身が。
内臓まで。
長く、長く、ベースが。無限に長く。
気が付けば、ステージは真っ赤なライト。
いた。
彼女が。
逆巻いた彼女の髪は炎のようで。
一瞬上がった歓声も、すぐに静まり返り。
どよめきもなく。
重低音だけが。
会場の空気が張りつめていくのが分かる。
なんだ、なんだこの緊張感は。
息苦しい。
喉の奥がひりひりする。
ヒュ、と息を吸おうとしたその時。
不意に、マイクから。
彼女の呼気が聞こえて。
次の瞬間――
…………
………
……
…
はっと我に返って。
気が付いたらライブハウスのラウンジのソファーの上。
いつからいたんだっけ。
あたりを見回すと、ラウンジはもう閑散としはじめている。
「あー……」
間の抜けた声が出る。
いやー、すごいライブだった。メチャクチャ盛りアガったね。
途中ちょっと記憶ないわ。っていうか、最後の方全部記憶ない。
まだ心臓、ドキドキして――
あの、もしかして、なんて声をかけられて、はっと我に返る。私は何回我に返るんだ。
我に返りーな?
顔を上げると同い年くらいの女の子がいて。私の間抜け顔をまっすぐ見ている。
「あっ、やっぱり! リーナちゃんですよね?」
満面の笑み。いやぁ、気づかれちゃったかー、なんて、私もアイドルのスマイルになって。
あはは、そうだよー。
すごーい、私ファンなんですー。
ほんとに? 嬉しいなー。
サインもらっていいですかー?
オフコース。
差し出された手帳とペンを受け取る。で、白紙のページ、あ、ここでいい? ああそう。じゃ、いつものリーナサインを……
あ。
今日はプライベートですかー?
うん……。
やっぱり夏樹さんと仲良いんですねー。
……。
気付いた。
サインをしようとして、手が震えていることに。
止まらない。
震えが。
どうしよう。
……リーナちゃん?
ああ。
そうだ。
そうなんだ。
私はアレになれない。
今日はここまでです
りーなには頑張って欲しいが……
エア演奏でも売れたら正義!音楽なら作詞作曲で儲ける道もある
続き読みたすぎる
それから一週間くらいはマジでひどいもんで、私はドン底って言葉の意味を知る。
ダンス、踊れない。
歌、歌えない。
もともと苦手なギターは、完全に指が動かない。
あとついでにトークもスベる。
とにかく、無心にやろうとしても。
あの日の、なつきちの姿が。
なつきちの歌が。
ちょっとちらついてしまうと、もう、駄目。あれー、私のパフォーマンスって、こんなんだっけー? ってなって。
そしたらもう、そこから進まなくなって。
ならいっそ、なつきちの真似してみよう!
パク……お、オマージュ、オマージュしよう!
ってやってみても、私はまだまだひよっこで、だから当たり前なんだけど、うまくいかなくて。
それどころかトレーナーさんにも「なんだそれは! ふざけてるのか!」ってキレられて。
怖いよあの人。
なにも、上手くいかない。
そうするとまずやってくるのが、劣等感。
何をしても、比べてしまう。あの夜の彼女と、自分を。
ダンスが踊れない。彼女のようにうまく。
歌が歌えない。彼女のようにうまく。
ギターが弾けない。彼女のギターは、あんなに見事だったのに。
そんなこと、言い出したらキリがない。分かっているのに頭は止まらない。
なつきちに負けているところを、勝手に数えて、勝手に落ち込んで。
勝手に耐えられなくなって、そのうち自己正当化がはじまる。
でもでもー、私だってファンの数、結構多いし?
テレビ? とか、メディアの露出も増えてきたし?
イベント会場も、なつきちより大きいところでやったりするしー?
別に私だって、がんばってるじゃん。
別に私だって、なつきちより……
あのさぁ。
と、声がする。
私の内側から。
私の中のロックアイドル・リーナの声がする。
それ、本気で思ってんの?
な、何よ。悪い?
ファンの数が多いのがすごいの?
テレビに出てるから偉いの?
ハコが大きければ勝ってるの?
だ、だから、何よ、悪いの?
悪いっていうかさぁ。いや、悪いっていうんじゃないけど。
……。
それって、ロックじゃないよね。
ぐさぁーっ!
そうですね。
私の中のロックアイドル・リーナは、私の中の一番痛いところを容赦なく突いてくる。私は否定できない。
肯定するしかないと思う。
そうして、自己嫌悪。
私は駄目だ駄目だ。ごめんねなつきち。なんかよくわかんないけどごめん。
その自己嫌悪がまた劣等感を運んでくるので、悪循環。
でも、そんなときに限って。
「おーっすだりー!」
なんて言って、なつきちが元気に私に抱き付いてきたりするので、私はどんな顔をすればいいのか分からなくなる。
「な、なつきち……」
「なーんだよ、辛気臭いツラして」
「別に、何でもないし……」
事務所のソファー、広いんだから。
後ろから抱き付かなくたっていいのに。隣に座れば。
……それはそれで、気まずいけど。
「ふぅん? あ、そうだ。だりー、こないだライブ来てただろ?」
「な……」
「いやぁ、見えてたぜ、ステージから。めっちゃノリノリだったじゃん」
「う、うん」
「なんだよー、楽屋、顔でも出してくれりゃよかったのに」
「い、いや、悪いかなぁ、って」
歯切れの悪い私に、怪訝な顔のなつきち。
嫌だな、こういうの。
せっかくなつきちと一緒なのに、何か、噛み合わない空気。私のせいだけど。
「おーいー、なーに暗い顔してんだー!」
なつきちが両手で、私の頭を思い切り撫で回す。
ワシャワシャと。
「わっ、ちょっ、やめてよぉ!」
「よーしよしよしー、ヨーシャヨシャ」
「ナツゴロウさん!?」
ワンコの腹撫でるみたいな手つきがくすぐったくて、私はなつきちの手を振り払う。
あーもう、髪ぐしゃぐしゃ。せっかくビシッとセットしてきたのに。
もうゴワゴワになって。
ゴワゴワ?
「ちょっと、なつきち! なんかつけたでしょ!」
「あっはは、新しいワックス買ってさ。試しに」
「私で試すなぁー!」
ツッコんでみせてもなつきちは豪快に笑うばかりで気にも留めない。
「ほら、こっち向いて。ビシッとヘアスタイル決めてやるから」
「……あ、絶対リーゼントにされてる、今これ」
「よかっぺよ、ほれ」
「ほーらー! やっぱりー! リーゼントじゃん!」
差し出された鏡に、映りきらない立派なトサカ!
似合わないって、私これ。
「いや、似合うよ、だりー。カッコいいって。超ロックだし」
「……ほんとに?」
「ホントホント」
えへへ。
って、気が付いたらヘンな空気はどこへ?
まあいいか。
気にしない。
なつきちといたら、いつもこうなんだ。
いつだって楽しくなれる。
「なんか、ちょっと立ちが悪い?」
「うーん、ヘタれやすいみたいだね」
「あはは、だりーみてー」
「だれがヘタレだっ!」
あってるけど。
ヘタレだけど。
そうやって、ふたりでじゃれあって。
私たち、リーゼントの姉妹みたい。
ソファーに並んで座ったロックンロール・シスターズは、肩を寄せ合って、イヤホンを分け合いながら。
CDを聴きながら、一緒に歌詞カードに目を落とす。
聴いているのは、なつきちの最近のヘビロテのバンドの新譜。
歌詞が深いと評判なんだそうだ。
「……わ、分かるか、だりー」
「…………ウックツした精神世界を表現した歌詞は、しかしキャッチ―なメロディと相俟って若者の等身大の今を――」
「ライナーノーツをー、読むなぁー!」
「じ、じゃあなつきちは分かるの!?」
「……ハートは伝わる」
「だめじゃん!」
ケラケラ。
楽しいなあ。
ああ、本当に。
結局、大好きなんだ、私は。
彼女の隣が。
いつだってそう、どこだって。どんなときだって。
それがどんな、最低の気分の時だって。
「あー、このリフいいな」
「あ、私も思った!」
「ライブで使いたいなぁ、ここ」
「パクリじゃん」
「オマージュだよ、オマージュ」
それがステージの上だって。きっと最高なんだろう。
やれたらいいな。
またいつか。
「また、やれたらいいな」
「え?」
「ライブ。アタシとだりーとで」
「……」
「前みたいに、熱いヤツをさ!」
以心伝心ってやつ?
私たち、同じこと考えていて、でもそれって、別に不思議なことじゃないんだよね。
「そうだね、なつきち」
私となつきちで、最高に熱いライブを。
もちろん今はまだ、なつきちのとなりでやれる自信はない。
でも、いつかきっと、一緒に、肩を並べて。
そんなアイドルになる。なりたい。ならなくちゃ。
だから。
だからどうしたらいいのか、なんて全然分からないけど、とにかく動く。お仕事、レッスン、ひたすらやるだけやる。
暗中模索?
そうだね。いやむしろ。
Aren't you more suck?
お、ロックっぽくなってない? いいじゃんいいじゃん。
そんなアホなこと考えられるくらいには、持ち直して。
これからまた、がんばろう。
がんばります。
「李衣菜ー」
「あ、Pさん」
でもお仕事ってやつは、そんな私の葛藤なんてお構いなしで。
「夏樹とのセッションが決まったぞ!」
「え……」
待ってよ。
今はまだ。
「やったな、夏樹とのライブは久しぶりだし、李衣菜も嬉し――……」
「む、ムリ……」
「え」
今日はここまでです
多田李衣菜さんがこんなにメンタル弱いわけないので、キャラ崩壊ですね
ごめんなさい
こういうだりーなもいいなあ
家庭用にでもなればこういう局面もあったりするんじゃない?
妄想大いに結構
とてもいい
……それから。
完全にノック・アウトされて、真っ白になって、私は、それから。
あの夜と同じみたいに、ソファーで放心していて。
ああ、事務所のソファーはいいソファー。とっても柔らかいなあ。
身体がズブズブ沈んでいきそう。
心まで、ズブズブ、ズブズブ沈んでいきそうだなあ。
ああ。
Pさんに、たくさん言い訳してしまった、ような気がする。
今の私は、まだ力不足で~……
きっとうまくいかないと思うし~……
失敗したら、なつきちにも迷惑が~……
困ってたな、Pさん。
ああ。
今の私は、とてつもなくダサい。
なつきちに見られたら、なんて言えば――
「だりー」
ほら、もう。
起こりうることは、起こるときに必ず起こる。
グーフィーの法則ってやつだ。
振り返ればなつきちがいて。
いつも通りの、笑顔のなつきちが。
「聞いたよ」
聞いた? 何を?
私がなつきちとのセッション、断ったことを?
ムリって言ったことを?
なのに、なんで笑顔なの、なつきち。
「な、なつ……っ、違……、私は」
電流に打たれたみたいに立ち上がって、言い繕おうとして。
違うんだってば。
ムリっていうのは、なつきちのことがムリ、っていう意味じゃなくて。一緒にやりたくない、って意味じゃなくて。なつきちとのセッション、本当はしたいんだよ。一緒にしたいよ、ライブ。きっと盛り上がると思うんだ。でも私、でも、でも。
固まってしまう。
言葉が出てこない。
この期に及んで、彼女にカッコ悪い姿を見せたくない、なんて、意地を張っているんだ、私は。そのことに気付いて。
情けなくて泣きそうで。
私は棒立ちのまま、なつきちと見つめ合っているだけで、何も言えなくなる。
「いいよ、だりー」
ヒドいツラで口をパクパクさせてる私に、なつきちは優しく微笑む。
そのスマイルだって、とても自然体で。
つまり、木村夏樹から外れたところがなくて。
今の私には、とても眩しい。
「何も言わなくていいから」
「……」
「全部分かってるから」
ほんとかよ。
でもたぶん、彼女は本当に全部分かっていて。
だから、それから何も言わずに抱きしめてくれて。
背中を優しく撫でてくれて。
胸を貸してくれて。
長い間ずっとそうしてくれる。
何も言おうとせずに。
何も聞こうとせずに。
事務所のみんなも、察してくれたんだろうね、私たちのことそっとしておいてくれて。
ソファーの真横を陣取って、アツいホーヨーを交わしてて、かなり邪魔だっただろうに。
みんな、ごめん。
ライラちゃんだけは混ざろうとして抱きついてきたけど。
そんで清美ちゃんにつれていかれたけど。
清美ちゃん、気遣ってくれてサンキュー。
ライラちゃんもごめん。
あとでいっぱいハグしてあげるから。
そうして。
日が暮れるまでそうして。
ふたりでそうして。
「もう」
「うん」
「大丈夫」
「うん」
どんな長いことハグしあっていても、離れるときは一瞬だ。
そんな当たり前のことを思った。
「……ロックアイドルってさ」
不意に。
なつきちは言う。
「え?」
「しんどいよな」
木村夏樹のスマイルで言う。
自然体の笑顔で、しんどいって告白する。
「なあ、だりー」
本当だね、なつきち。
もちろん、なつきちがしんどい理由なんて、私には分からなくて。
聞くつもりもないし。
たぶん、聞いても分からないんじゃないかって、何となく思う。
でも、私にも分かるがある。
なつきちはなつきちで。
木村夏樹で。
ロックアイドル・木村夏樹で。
なつきちが、なつきちらしくあるってことは、そのまま、ロックアイドル・木村夏樹らしくあるっていうことで。
だから、なつきちにとっての「ロックアイドルしんどい」は。
なつきちがなつきちであることの、しんどさで。
それはきっと、私も一緒なんだ。
もちろん、私はまだまだひよっこで、なつきちのようにとは言えないけど。
って、また比べちゃってるね。
でも本当は、比べて敵わないって感じているから辛いんじゃなくて。
私は私で。
多田李衣菜で。私は。
ロックアイドル・リーナで。多田李衣菜は。
というより、リーナでありたいって、思っていて、そこから色んなアレコレの辛さが生まれているんだ。
比べて負けてしんどいね、っていうのも、もちろんある。
あるの。
けれどそもそも、私がロックアイドルじゃなければ、誰かと自分を比べる必要もないし、勝手に負けたと思うことだってない。
だからきっと、私が私であることも、なつきちと同じで、しんどいことで。
でも、だったら。
だったら、どうすりゃいいのよ?
私が私でありたいって思うことが、それ自体がもう、しんどいなら。
私はしんどさから逃れられなくない?
私は、どうしたら。
どうすりゃいいのよ、ねえ、なつきち。
なつきちは。
なつきちは、笑ってたね。
結局答えなんて見つからなくて、まあ、仕方ないことかもしれないけど、それより大変なのは、気が付いたらなつきちとのセッションはしれっとスケジュールに入っていて、しかもあんまり日がない。
お仕事だからね。
仕方ないね。
「むむムリって言ったじゃん私!」
「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです」
「ブラックプロダクション!!!」
「できるできるリーナお前なら絶対できる」
「心がこもってないー!」
「李衣菜」
Pさんの真剣な声。
「大丈夫だ、李衣菜」
「……」
「お前は、負けないよ」
「……なつきちに?」
「お前自身に、だ」
Pさんに言われると、本当にやれる気がするから不思議だ。
Pさんがノセ上手なのか、私がノセられやすいのかは、分からないけど。
「わーかったよ、もう!」
「李衣菜」
「……やるよ、私」
まあ、Pさんに押しきられたみたいな形だけど。
でも、それだけじゃなくて。
なつきちが、私を抱き締めてくれたことが。
傍にいてくれたことが。
しんどいな、って打ち明けてくれたことが。
そのことが、私にとっての、救いみたいなものになったんだと思う。
だからライブの話は、事務所のみんなの誰よりもまず、なつきちとしたくて。
すごいライブになるよ、って。
一緒にがんばろうね、って。
私、絶対半端なコトはしないから、って。
そんな話をする前から、なつきちに肩をつかまれる。
探してたんだよ、なつきち。あのさぁ……
「……だりー」
お。
いつになくマジななつきちの表情。
これは、アレか。
アレですね。
「いいよ、なつきち」
「あ?」
私は両手をなつきちに向かって広げる。
「何も言わなくていーから!」
「……」
さあ、今度は、私が。
胸を貸してあげるから。
全部受け止めてあげるから。
クローズ・ユア・アイズ……
アンド・オープン・ユア・ハート!
「なんでだよっ」
「いだっ!」
なつきちの渾身のチョップは寸分の狂いもなく私の眉間を打ち抜く。
いたい。
「いたい……」
「やめろよ、お前、そういうの、こないだのまで恥ずかしくなってくるから」
「えぇー?」
どうやら違ったみたいで。
なつきちはそのまま、私の肩をつかんで、睨み付けるように顔をのぞき込んでくる。
「セッション」
「あ」
「……やるからには」
「……」
「半端なコトしてたら、承知しねーからな」
発破をかけているつもりなんだろうけど、つい笑ってしまう。
言葉にするまでも、なかったね。
私たち、通じ合ってるんだもの。
分かってるよ、なつきち。
私たちはロックアイドルだ。
私は黙ってコブシを突き出す。
なつきちのコブシがピタリと合わさる。
ここまでです。
次くらいで終わるといいですね(願望)
乙です
もう終わっちゃうのか
もっと読みたい、もっとイチャついてもいい
もちろんやるって決めたからって、迷いが消えるわけでもないし、半端なコトしないって誓っただけで、全部うまくいくわけでもない。
不安も絶えない。
緊張もしている。
舞台袖で、開演を待っている、今この瞬間も。
ライブでこんなにプレッシャー感じたことって、ないね。
緊張しすぎて、内臓の場所、分かるくらい。
負けそうだぜ。
逃げ出したいぜ。
でも。
いや、だからこそ。
負けそうだからこそ、負けたくないって思う。
逃げ出したいからこそ、逃げたくないって思う。
ロックアイドル・リーナで、多田李衣菜で、私である、ことから。
自分らしくあることは、大事なことで。
でもたぶん、それだけじゃダメで。
私がリーナであることを、挫こうとする色々に負けないこと。
いや、負けるかもしれないんだけど。
少なくとも、負けたくないって思って、戦うこと。
例えば劣等感とか、自己正当化とか、自己嫌悪みたいな、自分の弱さに。
飲まれないこと。
つまり、どんなときでも。
自分を貫く。
それってさ。
それって、ロックじゃない?
隣のなつきちを見る。
今日もセクシーな衣装ですね。
「なつきち……」
喉がカラカラだ。
声が震えているのが分かる。
「なんだよ」
なつきちの声も硬い。
張り詰めた空気が伝わってくる。
「私……、ロック分かった」
なつきちが小さく吹き出す。
そして私の頭をくしゃくしゃに撫でて。
「わーかってねーなぁ、お前はー」
その通りだ。
私は何も分かってない。
私はまだまだひよっこで、知識も技術もなくて、そもそもロックスピリッツ、ってやつも分かってない。
けれどそんな、何も分かってない私が。
ロックアイドルだって言い張って。
やせがまんして、意地張って。
いいんだ。
これが私のロックだ。
「フッ……」
「だからなんだよ!」
「き、緊張、ほぐれたでしょ」
「絶対何も考えてなかっただろ、お前」
まあ、私ひとりだったら、きっと何もできなかったと思うの。
Pさんっていう理解者だったり。
見守ってくれる事務所の仲間だったり。
それから。
「だりー」
「うん」
なつきち。
木村夏樹がいてくれて。
隣にいてくれて、私のことを分かってくれてる。
それだけで、勇気がわいてくる。
私は私でいられる。
「そろそろ、はじまるな」
「手、つないでいく?」
「何でだよ。やだよ、恥ずかしい」
ステージから、ファンの歓声が一段と大きく聞こえる。
時間だ。
「行こうぜ、だりー!」
オーケイ相棒。
私たちは眩しいステージ向かって駆け出す。
…………
………
……
…
「……っくぅー!」
うなり声を漏らして、叫び出したくなる衝動をこらえる。
歩く足も自然と早くなって、っていうか、スキップの一歩手前。道ばたじゃなかったら、はしゃぎまわっちゃってたね、これ。
とにかく今の私はハイテンションでクールダウンできていない
最高だったなぁ。
昨日のライブ。
「あ」
と。
道の先、ひときわ目立つ後ろ姿を。
正確には、その『トサカ』を。
認めた瞬間、私は走り出していて。
「な~つきち~~~~!!」
手を振りながら、大声出しながら。
振り向いたなつきちの肩に抱き付こうとした瞬間、私の足は。
昨日、なつきちと一緒に、ライブステージを駆け回って、筋肉痛で鉛のようになった私の足は。
何もないところで、つまずいて、もつれて。
天地がなくなって、首にかけていた、ヘッドフォンが、宙を舞って。
「あっ」
「だりっ……!?」
なつきちが手を伸ばす。
私もそれにすがるように、手を。
伸ばした。
「……っぶなかったー」
「おいおい、しっかりしろよ、だりー」
なつきちの手は、私の手をしっかりと握って。
倒れそうな私を全身で支えてくれている。
私もなつきちに抱き付いて。
何とか立っていられる。
「ありがと、なつきち」
「いいさ、だりー」
でもさ……、ってなつきちが指さす先には、吹っ飛んでいったヘッドフォン。
アスファルトの上、転がっていて。
私のフェイバリットが。
「あ~~~~~~!!!」
哀れなヘッドフォンの姿に、悲鳴を上げてしまう。
それから。
それから私は。
なつきちを手を引いて、走り出す。涙目で。
おわりです
お読みくださった方、ありがとうございました
コメントくださった方、本当にうれしかったです、ありがとうございました
アイドルセッションはは復活するんだ。
悲しみの弔鐘はもう鳴り止んだ。君は輝ける人生の、その一歩を、再び踏み出す時が来たんだ。
乙です
おつおつ
アイドルが友情やら絆を育む姿は良いですな
腐った目でしか見れない人が居なければね・・・
乙です
フォーピース編はないのかなー
>>51
×→でも、私にも分かるがある。
○→でも、私にも分かることがある。
いまさら誤字に気付くっていうね。すみませんほんと
フォーピースのSSもいつか書けたらいいですね
っていうか誰か書いてくれませんかね
GJ!
友情っていいなこれ
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