賢者「せ、世界を救えば私も愛されキャラになれるよね」(55)

賢者「か、完成した! 研究NO.333、虫でさえ人間並みの知能を得られる秘薬!」

賢者「ふ、ふふ、私に不可能はない!」

賢者「……」

賢者(なぜだろう、以前ほど研究を完成させた事に喜びを感じられない)

賢者(いっそ虚しい)

賢者(研究に没頭するために街を離れ、大量の物資を詰め込んだ塔を建て、湧きあがるアイデアに身を任せた充実した研究の日々……)

賢者(なのに、今の私は酷く虚しい……)

賢者「き、き、気の迷いだよね! て、天才にも気の迷いくらいあるものだよね!」

賢者「そ、そ、そうだ! 気晴らしに散歩にでも行こう!」

賢者(直接塔の外に出るのも3年振りだし、たまには日の光を浴びるのも悪くないはず)

賢者「う……っ」

賢者(緑の青さが眩しい)

賢者(塔の周りも整地したはずなのに、もう随分雑草が生い茂っている)

賢者「あ、後で綺麗にしとこう……」

賢者(そうだ、確か近くに村があったはず)

賢者「ふ、ふふ、た、たまには私の溢れんばかりの知恵で、お、お、愚かな凡人達の悩みでも、か、解決してやろう!」

賢者(そう、別に寂しいとかではなくて、持つ者の義務として持たざる者を助けようというだけ。それだけ)

賢者「こ、この天才的な頭脳を私一人のために使うのも、つ、つ、罪というものだし!」

賢者(しかし、いきなり天才の私が現れて大騒ぎになりはしないだろうか)

賢者(まあ、これも持つ者の宿命と甘んじて受け止めてやろうではないか)

賢者「ふ、ふふ……」

賢者(村の外れまでやって来たが、これ以上進む気がしないのは決して人間と久しぶりに会うのが怖いとかそういうわけではなく)

賢者(ただ、その、よく考えれば普段着のまま出て来てしまったから一旦塔に戻ってから)

賢者(いや、外に出るための服をどこか別の町で購入してから、いや、その服を買うための服はどうすれば?)

賢者「と、と、とにかく今日は日が……」

「てりゃーっ! 死ねー!」

賢者「!?」

子供A「どうだ、この悪い魔物め! この勇者が成敗だ!」

子供B「あー! ずるいー! 僕が勇者様だよ!」

子供A「やだ! 勇者様は絶対に俺だ!」

賢者(なんだ、子供の遊びか。突然死ねなどと言うから、うっかり死にたくなる所だった)

賢者「き、き、君達? こここ、言葉には気を付けるようにし、した方が、い、い、いいよ?」

子供A「……」

子供B「……」

賢者(なんだか警戒されているようだ。やはり着替えて来るべきだった)

賢者「い、いや、私はあの怪しい者ではなくてね、あ、ああっと……そ、そうだ、勇者というのは誰なんだい?」

子供A「姉ちゃん、勇者様を知らないの?」

子供B「勇者様は魔王を倒して世界を救ってくれるんだよ?」

賢者「ま、魔王? せ、せ、世界を救う?」

子供A「……」

子供B「……」

賢者「あ……う……」

賢者(なぜこの私が子供にこのような馬鹿にした目で見られなければならないのだ? この歴史的天才の私が?)

賢者(大体世界を救うなどという妄言など理解しない方がむしろ知的な人間だと言えるのではないか?)

賢者「う……うう……」

子供A「はあ、しょうがないな-。俺が教えてやるよ」

子供A「あのなー、魔王ってのはすげえ悪い奴でなー、魔物に命令して人間をたくさん殺してるんだ。ようは魔物の王様なんだよ」

子供B「それでそれで、勇者様は仲間と一緒に魔王を倒すために旅をしてるんだよ! もう悪さをしてる魔王の部下を何人も倒してるんだ!」

子供A「あ、それ俺が言うつもりだったのに! ……と、とにかく、勇者様は英雄なんだよ!」

賢者(どうやら私が研究に勤しんでいる間に、外の世界では魔物の統率者などが現れて大変な事になっているらしい)

賢者(だが、人間など多少減っても放っておけば増えるものだし、私以外の人間が全員死のうと塔での私の生活に支障はない)

賢者(ふむ、脳に無駄な情報を増やしてしまった。以前開発した忘却薬を用いて無駄な記憶を削除しておこう)

子供B「僕ね、勇者様大好き!」

賢者「……っ」 ドクン

子供A「俺も俺も! なんてったって世界を救ってくれるんだからな!」

子供B「お父さんもお母さんも、勇者様は凄い人だって言ってたし!」

子供A「みんな言ってるよな! 父ちゃんも勇者様みたいな立派な人になれって毎日言うんだぜ!」

賢者「ぐ……っ」 ズクッ

賢者(なんだ、この胸の奥から湧き上がるものは)

賢者(嫉妬? 私がその勇者とかいう訳の分からない人間に嫉妬しているのか? なぜ?)

賢者(いいや違う、これは断じて嫉妬などではない。そう、私はただおかしいと思っているだけだ)

賢者(私の方がその勇者とかいう人間よりも、よほどこの世界のためになる事ができるというのに)

賢者(この頭脳を駆使すれば、世界を救うことなど造作もないというのに)

賢者「……なんで、そいつばかり……」

子供A「ん、どうかしたのか姉ちゃん?」

賢者「な、な、なんでもない……ちょ、ちょっと胸がムカムカするだけで……」

子供B「大丈夫? 僕、誰か呼んで来るよ!」

賢者「い、いい! か、か、帰って休めば、すす、すぐ良くなるから!」

子供A「でも姉ちゃんの家遠いんだろ? 村で休んでいった方がいいぜ」

賢者「す、すぐそこだから! あ、あそこの塔! だ、だ、だから誰も呼ばなくてもいい!」

子供B「塔……」

賢者「あ、ああ、わ、私はそこの塔に住んでいるんだ。だから人は呼ばなくて……」

子供A「近寄るなっ!」 バシッ

賢者「い、痛っ! な、何するんだ!」

子供A「村のみんなが言ってたぞ! あそこの塔には頭のおかしい奴が住んでるって!」 

子供A「いきなりあんな所に邪魔な塔を建てて! それっきり挨拶にも来ずに怪しい事をしてるって!」

子供A「いいか、お前なんて勇者様が来たら絶対退治してくれるんだからな!」

賢者(おかしい。この子供は何を言っているのだろう)

賢者(私はただ研究に没頭するために塔を建てたのだから)

賢者(それも正式な手続きに基づいて国の許可を得て建てたのだから)

賢者(勇者とやらに退治される覚えもなければ、頭のおかしい呼ばわりされる覚えもない)

賢者「わわ、わ、わ、わた、わたしししし、私は、そ、そ、そ、そんななな、そんなこりょ、こ、ことはしししっ!」

子供A「……っ! 行くぞっ!」 タッタッタッ

子供B「ま、待ってよっ!」 タッタッタッ

賢者「ま、まっ、まっ!」

賢者(なぜあの子供達は逃げる? 私が何をした? 私は何もしてないのに、なぜ?)

賢者「あ、う、う……ま、待って、に、逃げないでよぅ……っ」 ポタポタ

賢者(別に悲しくなんてない。ただ、そう、目に入ったゴミを取り除くために眼球を洗浄しようと肉体が反応しているだけで、悲しくない)

賢者「う、うぅ……うぅ……っ」 ポタポタ

賢者(やっぱり、悲しい)

「こっちにいるんだな!?」
「うん! 塔に住んでるって言ってたから間違いないよ!」

賢者「ひ……っ!?」

賢者(人が来る。無根拠に私を悪人だと決めつけた大人達が私を捕まえに来る)

賢者「に、逃げ、に、逃げなきゃぁっ!?」 ドテッ

賢者(足が縺れる。急いで立って、走って、走って!) ヨタヨタ

「あれ! あれだよ!」
「よし、お前らはここで待ってろ!」

賢者「ひっ、ひっ、ひぃ……っ」 ヨタヨタ

賢者(来る、来る、来る! 逃げなきゃ、殺される、嫌だ、私は悪くない、悪くないのに、嫌だ!)

賢者「こんなの、やだぁ……!」

賢者(なんでみんな私を嫌うんだ。なんでみんな私を愛してくれないんだ)

賢者(どうしてみんな、私を勇者みたいに愛してくれないんだ)

賢者「はあ、はあ……」

「クソ、開かない! ……次に見かけたら絶対に……」

賢者(助かった……)

賢者「あ、あは、あはは、はは! はは……う、う……うぅ……」 ポタポタ

賢者(この世界はおかしい)

賢者(なぜ私ばかりがこんな目に遭う?)

賢者(そうだ、私は憎まれているんだ。この世界から憎まれている)

賢者(だから私はこんな目に遭うんだ)

賢者(世界の憎しみが私を殺そうとしているんだ)

賢者「ゆ、赦してよぉ……わ、私を赦してよぉ……っ」 ポタポタ

賢者(どうすれば赦してくれる?)

賢者「ひ、ひ、ひひ……そ、そうだ……! そうだ、そうだ、そうだそうだそうだっ!」

賢者「せ、せ、世界を、世界を救えばいいんだ! そうすれば赦してくれる! みんなも許してくれる!」

賢者「そうだよねぇぇぇぇぇぇっ!?」

賢者「……世界を救うなんて私には簡単にできるんだ……」 ブツブツ

賢者「魔王を倒すくらい簡単に……毒物を……いや遠隔魔法で……」 ブツブツ

賢者「ダメだ……魔王を倒してもまた別の統率者が現れるかも……」 ブツブツ

賢者「統率者……統率……される者……魔物……そうだ……」 ブツブツ

賢者「魔物……魔物がいなくなれば……魔物だけを殺す毒……」 ブツブツ

賢者「でも……魔物がいなくなれば……次は人間同士が……」 ブツブツ

賢者「人間……人間が殺し合う……人間が減る……それが悪なら……」 ブツブツ

賢者「魔物を消すと同時に……人間を増やせば……そうだ……」 ブツブツ

賢者「ふ、ふふ! そうだ、これだ、これだ、これだ!」

賢者「これで私も愛される! みんな私を認めてくれる! ふふ、あはははははっ!」

賢者「何が勇者だ! 本当に愛されるべきなのはお前じゃない、私なんだ! 私なんだっ!」

賢者「はあ……はあ……」 ドサッ

魔物A「フギッ、ギギッ!」

賢者(研究用に保存しておいた魔物では少々不安があったので野生の魔物を捕まえてきたが……)

魔物B「フギギギィ!」 魔物C「フギーッ!」 魔物D「グギャギャ!」 魔物E「ガウアッ!」 魔物F「ブオーッ!」 魔物G「キキキキッ!」

魔物H「ヒヒヒーンッ! 魔物I「ヒョー!」 魔物J「ケキョー!」 魔物K「グァッグァ!」 魔物L「ミニャー」 魔物M「オオーン!」

賢者(これでは足りないかもしれない。また狩りに行くのは面倒だが、この研究に失敗は許されないのだ)

賢者(次はもっと多くの素材を……できればより強力な魔物を捕まえて来なくては……) ユラッ

賢者「ふ、ふふっ、そ、それじゃあ、まずは解剖から始めようね!」 ガシッ

魔物A「フギッ!? ギギッ、ギッ!?」

賢者「だ、大丈夫、き、君達の犠牲がより多くの成果に繋がるんだから、な、何も心配しなくていいからね? えへ、えへへ」 ザクッ

魔物A「ギギャアアアアッ!」

賢者「こ、こ、これで私は愛される……愛される……」 ザクザクッ

『……あの子は、本当に私達の子供なんだろうか』
『あなた』
『わかってる、お前を疑ってるわけじゃない。だが、あまりにも私達とあの子は違いすぎる……』
『……』
『なあ、以前あの子を引き取りたいと言ってきた方がいただろう?』
『王都の学園の方と言っていたけれど、まさか』
『その方が、きっとあの子のためさ。私達といるよりも、ずっと』
『……そう、ね。ええ、その方があの子のため……』

『僕らはな、お前みたいな生意気なガキが嫌いなんだよ』
『ガキの癖に偉そうな事ばっか抜かしやがって』
『俺達の頭が悪いだとか言ってくれたよなぁ? この頭が、ええ、俺のよか良いって? この頭がよぉ!』
『おら豚の真似だ、鳴けよ! ああ、聞こえねえぞ!』
『おい、豚が服着てるぜ! こりゃおかしいよなぁ!』
『豚ってのはてめえの糞を食うらしいぜ?』
『はははっ!』『あははっ!』『ははっ!』『はははっ!』

『……で、話というのはそれだけかね?』
『それは君と彼らの問題だ、自分でどうにかしたまえ』
『そもそも』
『私は君の才能に金を出したのだ』
『君という個人には何の興味もないのだよ』
『そして、結果を出せなければ君はここから出て行く事になる』
『私達の関係は』
『それだけだ』

賢者「ひっ!?」

賢者「あ、あ、あ、ああ……ゆ、夢……夢……そう、夢……」

賢者(夢はただの記憶の再生に過ぎないのだから、何も怯える必要などない)

賢者「そ、そうだ、研究を続けないと……」

賢者(その他の動物と魔物の違いは恒常的に魔力を生成し続ける機関の有無であり、魔物と呼ばれる種の有害性もまたその魔力により得られる強力な身体的能力)

賢者(或いは超常的な力の具現であり、この機関さえなければその他の動物との違いはなくなるが、この機関は生命維持に関わるものであり、第二の心臓とも言える)

賢者(つまりこの魔力機関は魔物の中枢であり、特異性そのものであるのだから、そこに別の因子を組み込む事で……)

賢者「ふ、ふふ、後は因子を用意してそこに魔法式を組み込めば……」

賢者「こ、これで理論は完成した。後は実験を繰り返せばいいだけ」

賢者「は、はやく足りない素材を捕獲して来なくちゃ。だ、だって、もうすぐ私は赦されるんだから……」

賢者(そう、私の人生が満たされないのは世界が私を憎んでいるからなんだ)

賢者「ふ、ふふ、愛を捕まえに行こう……」

賢者(私は世界を救う。世界は私を赦す。簡単な事なんだ。私には簡単な事なんだ)

賢者「もうすぐみんなそれに気付く、もうすぐ、ふふ、もうすぐ……」

「……ここが、そうなんですか?」

「はい。どうか、どうかお願いします! 私達をお救いください!」

「心配しないでください。僕達が必ず……」


賢者「は、はは……はは、はは、あははっ!」

賢者「で、できた! できた、できた、できた! できた!」

賢者「完璧に! 完全に! 何の間違いもない! これで世界を救える!」

賢者「ねえ、凄いでしょ!? 私凄いよね? みんな誉めてくれるよね! ね?」

賢者「後はこれを最初の感染者に投与すれば……!」


「そこまでだ」


賢者「……き、き、君、だだ、だ、誰?」

勇者「僕の名前は……勇者。君を止めるために来た」

賢者「え?」

賢者(勇者。今、この男は勇者と言った?)

賢者(みんなに愛されている、あの勇者? 私に成り代わって愛されている、あの勇者?)

賢者「お、お、お前が、な、な、なん、なんで?」

賢者「あ……」

賢者「そ、そ、そうか、わ、私の、私の研究を盗むつもりなんだ!」

賢者「まま、また、また私の居場所を奪うつもりなんだっ!」

賢者「さささ、させない、させない、させない、絶対にさせないっ!」

賢者「おお、おま、お前になんて、う、う、奪わせないんだからっ!」

勇者「……」

戦士「おい勇者、もういいだろ。さっさとやっちまおうぜ」

僧侶「いいえ、その前に捕らえられている人達の居場所を聞き出しましょう」

魔法使い「みんな、気を付けて! その女、見た目よりもかなり危険な相手よ!」

勇者「待って。……ねえ、僕には君の言っている事が全然分からないんだけど、その研究っていうのは何なの?」

賢者「と、とぼけるなっ! わ、わ、私には分かってるんだから! お前が私の……」

賢者「私の、魔物を人間にする研究を奪おうとしている事はっ!」

勇者「……」

賢者「魔物と人間という二つの種族がいるから争い合う事になる! なら一つになればいい!」

賢者「そうすれば争いはなくなる! そうすれば世界を救える! そうすれば私は愛される!」

賢者「お、お前は、お前はその功績まで奪おうとしてっ!」

勇者「……そう、それが君のしている事なんだね」

勇者「僕にはそれが良い事なのか悪い事なのか分からないよ。でも」

勇者「村の人達を連れ去ったのは、悪い事だ」

賢者「は?」

戦士「ネタはあがってんだよ。お前が村の人間を連れ去って、まあ、大方生きちゃいねえんだろ?」

僧侶「戦士さんっ!」

戦士「お前の御大層な研究とやらの犠牲にでもされたんだろうが、そういうのは悪党のやる事なんだよ。分かるか?」

賢者「は、はは、あはは!」

勇者「何がおかしいの?」


賢者「君達の言葉があまりにも意味の分からない事ばかりだから笑えたんだよ!」

賢者「村人を連れ去った?」

賢者「連れ去ったよ? 実験に使ったよ? それがどうしたの?」

賢者「魔物だって実験に使ったし、たくさん死んだよ?」

賢者「でも仕方ないよね、世界を救うためなんだから」

戦士「おい勇者、いつまでキチガイの戯れ言に付き合うんだよ」

賢者「黙りなよ、人殺しさん」

戦士「は?」

賢者「君達は人殺しそのものじゃない? 私の研究は魔物も人間も等しく救うのに、君達は殺してるだけ」

賢者「それも、私の研究で人間になるはずの彼らを。君達は人間を殺してきたんだよ、愛される資格なんてない!」

賢者「おまけに私は君達よりもずっとずっと多くの人間を救うのに、その邪魔をしようとしてる!」

賢者「君達こそが本当の悪党じゃないか!」

戦士「……」

賢者「はあ……はあ……ふ、ふ、ふふ、まあいいか」

賢者(もう私の研究は完成した、後はこれを実際に魔物に投与するだけでいい)

賢者(そうすれば対象の魔力機関が自動的に因子を培養してくれる)

賢者(最初の一匹にさえ直接投与すれば、後は勝手に拡散していく。世界中に、余す所なく、すべての魔物に!)

賢者「これで、これで、これで私は……っ!」

戦士「フンッ!」 バリンッ

賢者「え……?」

勇者「戦士っ!」

戦士「正しいだの間違いだの、そんな御託を並べる気はねえよ。ただな、お前の考えは……気持ち悪い」

戦士「魔物は魔物、人間は人間。当たり前だろうが、そんな事は。魔物だって人間になりたいだなんて思ってるわけねえだろうが」

戦士「押し付けがましいんだよ、お前の存在は」

賢者「え……え……え……?」

賢者(私の、研究が? 世界が、赦されない? 私、え、私……)

魔法使い「ちょ、ちょっと、大丈夫なのっ!? 危ない薬か何かなんでしょう!?」

戦士「ああ? 人間に害はないんだろ? 何なら燃やしとけよ、そうすりゃ大丈夫だろ多分」

魔法使い「そ、そんな適当な……」

戦士「じゃあ他に何か考えがあるのかよ?」

魔法使い「……炎よ」 ボワッ

賢者「あ、あ、あ……ああああああああああああああああああっ!」 ジュッ

賢者(私の愛が、燃えちゃう、燃えちゃう!)

魔法使い「なっ!?」

勇者「ダメだ、やめるんだ!」 ガシッ

賢者「は、は、放っ、放せっ、放せぇぇぇぇっ!!」 ジュゥゥゥ

賢者(早く火を消さないと、愛されない、愛されない、愛されない! 愛されないのは嫌だ!)

賢者「ああああああああああああああああああああああああっ!」 ジュゥゥゥ

戦士「……狂ってやがる」

賢者「あ……あ……あ……」

魔法使い「勇者、どうするの?」

勇者「……僕の受けた依頼は、連れ去られた人を取り返す事と、事件を終わらせる事だよ」

戦士「見逃すってのか?」

勇者「村の人達には引き渡す。でも彼女を裁くのは僕の役目じゃないってだけ。……それに」

賢者「う……うぁ……あ……あぁ……」 ポタポタ

勇者「無抵抗の泣いてる人を殺すのが勇者の役目なら、僕は今すぐ勇者をやめるよ」

戦士「なら代わりに、あたしが殺してやるよ!」 ブンッ

勇者「……」 ガギンッ

戦士「……死んだ方がいい人間ってのはいるんだ」

勇者「それを決めるのは僕らじゃない」

戦士「ちっ、分かったよ。おいお前、勇者に感謝しろよ」

賢者「あ……あぁ……あぁ……」 ポタポタ

魔法使い「……もうダメね、これは」

賢者(私はただ、愛されたかっただけなのに)

賢者(世界を救って愛されたかっただけなのに)

賢者(どうして誰も私を愛してくれないの?)

賢者(どうしてみんな私を憎むの?)

賢者「あ……あぁ……あぁ……」 ポタポタ

勇者「こう言っても信じてもらえないだろうけど」

勇者「もっと早く君と会えてたら、君の助けになれたのかもって思うんだ」

勇者「……ごめんね、これも傲慢なのかな」


勇者一行は去り、一人の罪人が残る。

触れられる事を拒んだため治療されないままの焼け爛れた両手。

牢の中、死体のように弛緩した罪人の手は何かを乞うように投げ出されていたが、

彼女に施そうとする者は、そこには誰もいなかった。

救いもなければオチもない

教訓・田舎に住む時は挨拶回りは忘れずに

最高に>>1
夜中になんてものを!

うへぇ…
つらいっすなぁ……

乙。どこにも救いがなくて最高によかった

密偵「……と、以上が事件の顛末であり、賢者様は現地にて罪人として捕らわれております」

領主「ぐぅぅ! 勇者め、余計な真似をっ! あれの技術供与がどれだけ莫大な利益を生んでいると思っているのだっ!!」

領主「凡百の連中の命なぞいくら犠牲にした所でそれが何だと言うのだっ!?」

領主「むっ? あれが捕らわれているというならば、今があれの研究を盗み出す絶好の機会ではないか?」

密偵「……命令とあらばそのように致しますが、天才の発想は我々常人には理解しえぬもの」

密偵「彼女なくして迂闊に取り扱えば、何が起こるか想像も尽きませぬ」

領主「ううむ、金のなる木をみすみす失うわけにはいかぬしな。……待て、名案が浮かんだぞ!」

領主「どれだけ優れた頭脳を持とうと所詮は小娘、今頃は牢の中で一人震えている事だろう!」

領主「そこへ私が直々にあれを迎えに行く! 事件など揉み消してしまえばいいだけの事!」

領主「病的な人嫌いなあの小娘も救世主たる私に心奪われ、これからは私のために頭脳のすべてを使う事になるというわけだ!」

密偵「……」

領主「よし、急ぎ村に使者を出す。勝手に処刑などされては私の計画が台無しだからな」

村人A「おい、どういう事だよっ!?」

村長「今言った通りじゃ。あの魔女の身柄は領主様が預かる事となった」

村人B「な、なんでそんな事になるんだっ!? 俺達が助けを求めた時には取り合ってさえくれなかった癖にっ!」

村長「……」

村人C「村長。仮に領主様のもとにあの女が送られたとして、処刑はされるんだろうな」

村長「それは、分からぬ。領主様からの言伝はただ、『この件は預かる、手出しは無用だ』とだけだ」

村人A「う、嘘だろ……お、俺の妹は、あの女に殺されたんだぞ? 妹の墓には何も埋まってない、亡骸も帰って来なかったんだ! なのにっ!」

村長「わしには、どうする事もできぬ」

村人A「ふざ、ふざけるなよぉ! おかしいじゃねぇか! 何もしてくれなかった領主なんかが、なんでだよ!」

村人A「ただ殺されて、それで終わりなんて、そんなのおかしいじゃねぇかっ! おかしいじゃねぇかよっ!」 ガシッ

村長「ぐっ」

村人C「やめろ、村長を殴った所でどうなるっ!」 グイッ

村人B「そ、村長、どうかこいつの気持ちも察してやってください!」 グイッ

村長「わかっておる、わかっておるとも。……すまぬな、わしにはどうする事もできぬのだ」

村人A「んぐっ、んぐっ、んぐっ!」 ゴクゴクッ

村人C「おい、もうその辺にしておけ。飲み慣れない酒なんぞ煽った所で、体を壊すだけだぞ」

村人A「へ、へへ、こんな体壊れちまえばいいのさ……そうすりゃ、また妹の顔を見られるじゃねえか……」

村人B「はは、酒で潰れて死んじまったりなんかしたら天国の妹ちゃんに怒られるぞ?」

村人A「……何がおかしいんだよ、おい? ああ? てめえは何がおかしいんだよ!」 ガシッ

村人C「いい加減にしろ」

村人A「うるせえ! お前は引っ込んでろ! そうさ、てめえらには分からねえだろうさ! 身内を殺された俺の気持ちなんかなぁ!」

村人B「分かるよ」

村人C「……」

村人A「あ? 何だそりゃ、俺をからかってんのかよ」

村人B「俺さ、妹ちゃんと一緒になろうって約束してたんだ」

村人A「なんだって?」

村人B「俺達、子供の頃からずっと幼馴染でさ、今更お前を兄貴だなんて呼ぶのも気恥ずかしくてさ」

村人B「だからせめて、俺が一人前になって時期が来るまでは、お前には秘密にしておこうって話しててさ」

村人A「……お前、知ってたのか?」

村人C「ああ。妹ちゃんがこいつを好きな事も、子供の頃から気付いてたさ」

村人C「悪くない気分だったよ。お前達がいずれ家族になって、俺もお前も所帯を持って、この村で幸せに過ごしてく未来を想像するのもな」

村人A「……なんでだよ。じゃあ、なんで、なんでお前らはそんな、冷静でいられるんだよ? 妹を殺した奴が、のうのうと生きてるんだぞ?」

村人A「悔しくねえのかよ!? 許せねえと思わねえのかよ!? ぶっ殺してやりてぇと思わねえのかよ!?」

村人B「思うさ。今だって殺してやりたいと思ってるさ。いいや、殺すだけじゃあ足りない。この世の苦しみという苦しみを味わわせてやりたいよ」

村人B「でもさ、俺には分からないんだよ。妹ちゃんは優しいから、きっと悲しむ。でも、どうしても俺には許せない……許せないんだよ……」 ポタポタ

村人A「う……うぅ……っ!」 ポタポタ

村人C「なら、答えは決まってる」 ガタッ

村人B「え?」

村人C「なぁに、妹ちゃんには俺も一緒に謝ってやるさ」

賢者(死ぬなら、今夜がいいな)

賢者(月は綺麗に輝いているし、風もずいぶん穏やかで)

賢者(両手は、相変わらず火傷の激痛で、魔法もまともに使えない。だが、それも、もうどうでもいい)

賢者(この牢に閉じ込められた数日間で、私はようやく理解した)

賢者(私生まれてきた事が、間違いだったのだ)

賢者(間違いだから憎まれる、間違いだから愛されない、間違いだから赦されない)

賢者(死ねば良かったのだ。そうすれば間違いは正されて、世界は今より素晴らしい場所になる)

賢者「ふ、ふふ……」

賢者(だが、選択する必要もないのだ。あの勇者が現れたように、世界は意思を持って私を排除するに決まっている)

賢者(だから私は、ただ待てばいいのだ。世界が私を殺しに来るまで待ち、ただ死を受け入れればいいのだ)

賢者「ふふ……ふふ……」

賢者(なんて優しい時間だろう)

賢者(私がこの世から消えた時、世界はようやく私を少しだけ許してくれる)

賢者(今はもういない正された過去の間違いとして、私の存在を許してくれる……)

ガチャッ ガチャガチャッ カチャンッ ギィッ

賢者(まったく、騒がしいな)

村人A「……こいつが、そうなのか?」

村人C「ああ、間違いない。勇者様達が連れて来た時に一度顔を見た」

村人B「……」

村人A「おい、お前は連れ去った奴らに何をしたんだ? そいつらはどうやって死んだ?」 ガシッ

賢者「そ、れを知って、どうするんだい?」

村人A「いいから答えろ」

賢者「……因子の抽出に使った、みんな溶けて死んだ」

村人A「因子ってのは何だ?」

賢者「き、君には、話しても理解できないよ」

村人A「そうか。ならもう、いいっ!」 ブンッ

賢者「ぐぇ……っ!?」 ゴズッ

村人B「待ってくれ、俺からも話をさせてくれよ」

賢者「はあ……ぐ……っ」

村人B「なあ、君は自分のした事をどう思ってるんだ? 俺にはどうしても君の気持ちが分からないんだ」

賢者(私を殺しに来たのだろう男が、私の気持ちを知りたいと言う。まったく理解できないがどうでもいいか)

賢者「……こ、後悔、してる」

村人B「どうして、後悔してるんだい?」

賢者「も、もっと早く気付くべきだった……わ、私が、な、何をしても、な、何の意味もない……」

村人B「……殺した人達に対して、何か言いたい事はないの?」

賢者(殺した人間に?)

賢者「……ない、けど」

村人B「そうか、ないのか。はは、ないのか。それは分からないわけだ。うん、分からなくて正解だったわけだ。……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」 ドゴッ

賢者「げぶっ!?」 ゴキッ

村人B「ないっ!? 何も感じてないっ!? 彼女を殺してっ、お前はっ、何もっ、何もっ、何もっ!?」 ゴスッ ゴスッ ゴスッ

村人B「はあ……はあ……」

賢者「う、ぐ……ふ、ふふ……」

賢者(ほら、すべて私の予想した通りじゃないか。世界は私が存在する事を許してくれない)

賢者(後は死ぬまで耐えればいいだけだ。痛いのは苦手だが、それも、もうどうでもいい事だろう)

村人A「まだ笑えるなんて、ずいぶん余裕じゃねえか。代われ、次は俺がやる」

村人C「待て」

村人A「あ? お前まさかここまで来て止めるのか?」

村人C「……」 ガシッ グッ ググッ

賢者「ぎっ?! いっ!?」 ビグッ

村人C「……っ」 ボキッ

賢者「ひっ、ぎっ、あぁああああああっ!?」 バタバタ

村人C「……もう片方の腕も折っておく。得体の知れない奴だ、変な真似ができないように痛め付けておいた方がいい」 ガシッ グッ ググッ

賢者「あ、あ、あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!」

ボキッ

賢者「ぅ……ぅ……」

村人A「……なあ、もういいんじゃねえか?」

村人B「そうだな。お前には悪いけど、これ以上痛めつけて死なれたら収まりが付かない」

村人B「この女には、この程度で死なれたら困るんだ」

村人B「もっと……もっと、もっと、もっとっ! 彼女が味わった苦しみを、いや、それ以上の苦しみの中で死なせてやるっ!」 ガシッ

賢者(世界は、これほどまでに私を憎んでいるのか。いいだろうさ、その憎しみからもうすぐ私は解き放たれるんだ)

村人B「はあ……はあ……ああああああっ!」 ビリビリッ

賢者「ぇ……」 ゾクッ

賢者(服が破れ、え、見え、肌、私の胸、はだ、裸……)

村人B「俺は、本当なら、お前なんかじゃないっ! 彼女と、彼女と一緒になってっ! たくさんの子供に囲まれてっ! なのにっ!」 ビリビリッ

賢者「ひっ、ひっ、ひっ!?」 ズルッ ズルズルッ

村人B「このっ!」 ガシッ

賢者「うぐっ!?」 ゴリッ

村人B「やってやるっ! 俺は、俺は、やれっ、やれるんだ!」

村人B「う……うぅ……。違う、違うんだ……これは、これは、こいつを苦しめるためで……っ」 

村人B「な、なんでっ、なんでそんな目で見るんだよっ! なんで勃たないんだよっ! なんでっ!」

賢者(嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だっ!) ダッ

賢者「ひっ、ひぃっ、ひぃぃっ!?」 タッタッタッ

村人A「逃がすわけ、ねえだろうが!」 ドンッ

賢者「ぎゃうっ!?」 ズサッ

村人C「……最初は俺がやる。その方がお前達もやりやすいだろう」 スルスルッ

賢者「ひっ、ひっ、ひっ!?」 ジタバタッ

賢者「あ、ああ、うう、ううう、ううううう……っ!?」 ブンブン

『おら豚の真似だ、鳴けよ! ああ、聞こえねえぞ!』
『しっかり鳴けよ! おらっ、おらっ!』
『てめえが泣いたって誰もやめやしねえんだよ!』
『はは、やっと豚らしくなってきたじゃねえか!』

賢者「ああ、あああ、あああああ……っ!?」 ブンブン

『おい、豚が服着てるぜ! こりゃおかしいよなぁ!』
『へえ、ガキでも一応女の体はしてるんだな』
『誰か突っ込んでみろよ』
『お前やった事ねえんだろ? ちょうどいいじゃねえか』

賢者「ああああああああああああ……っ!?」 ブンブン

『ん? なんだこいつ、頭いかれちまったのか?』
『はは、必死すぎて笑えるな。迫真の演技ってやつか』
『そんなに豚になりたいならもっと豚らしい事させようぜ』
『そうだ、豚ってのはてめえの糞を食うらしいぜ?』

賢者「……ぅ……」 ポタ ポタポタ

村人A「ん……?」

賢者「ぶぅ……ぶぅぅぅ……ぶぅぅぅぅ……!!」 ポタポタ

村人A「どうしたんだ、こいつ?」

村人C「さあな、本当におかしくなったのかもしれないし、ただの演技かもしれない。どうする?」

村人B「楽になんて、絶対に死なせてたまるか」

村人A「……なあ、こんな時に言うのもなんだがよ。今まで悪かったな」

村人B「え?」

村人A「俺の前じゃずっと悲しい顔もろくに見せずに、ずっと我慢してくれてたんだろ、お前は」

村人A「全部終わったらよ、また酒が飲みてえな。今度はただの友達じゃなく、兄弟としてよ」

村人B「……ああ、そうしよう」

村人C「俺は仲間外れ、か」

村人A「馬鹿、お前も一緒に決まってるだろ」

村人C「それは嬉しいな。さて、そのためにさっさと用事を済ませないとな」 ブルンッ

賢者「ぶぅぅぅ……ぶぅぅぅぅ……!」

村人C「実の所、俺は経験がなくてね。女を気持ち良くさせる自信はないが、今回はその必要もない」

村人C「存分に苦しんでくれ」 グッ

賢者「ぶぅぅぅぅ……! ぶぅぅぅぅ……! ぶぅぅぅぅ……!!」 ポタポタ

賢者(嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、誰か助けて、誰か助けて! 誰……)

『話というのは 『自分でどうにか 『何の興味もない 『出て行く事になる 『私達の関係は 『それだけ
『本当に私達の 『違いすぎる 『その方が 『きっとあの子の 『あの子のた 『あの子のため 『あの子のため
『あの子のた 『あの子の 『あの子の 『あの子 『あの子の 『のため 『ため ため ため ため ため ため
め め め め め め め め め め めめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめ』

賢者「あ゛……あ゛……あ゛あ゛……あ゛あ゛……あ゛あ゛あ゛……あ゛、あ゛あ゛……!」 ポタポタ

賢者「あ゛……」 ブツッ

賢者「あ゛ー」

村人C「ん? さすがに様子がおかしす、う?」 ブクッ

賢者(ふくら、む)

村人C「なんばっ、おがっ」 ブクブクブクッ バジュッ

賢者(はじけ、る)

村人A「なっ? な、何が起きっ!?」

村人B「そいつが何かしたんだっ!! 今すぐ殺すしかなっ」 グジュッ

賢者(ちぎれ、る)

村人B「ぎっ、ぎあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」 ブシュゥゥゥゥ

村人A「危ねえ、逃げっ」 ドンッ 

賢者(つぶれ、る)

村人A「お゛、ご、お゛、お゛っ!?」 ブチュチュッ ブチュブチュブチュッ

村人B「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」 ドンッ

賢者「あぐっ」 ドサッ

賢者(……血の匂いがする)

賢者(私は今死のうとしているのだろうか。全身が酷く痛む)

賢者(これで、ようやく私という間違った存在を償えるのだ)

「ぅ……ぅ……」

賢者(これは、私の声、ではない。では誰の声なのだろう)

賢者(いや、本当にこれは私の血の匂いなのか。私は今、一体何をして……?)

牢獄のあまりの変貌に、賢者は自分がいったいどこに連れて来られたのかと考えた。

まず床には斑模様の板が一枚あり、その周囲には大きな水溜りが広がっている。

壁や天井は奇妙な泥が張り付いており、時折、床に落ちては家畜の糞のように堆積してゆく。

しかしこの理解に苦しむ奇妙な空間に、理解だけは容易な物体があった。

人の腕だ。

壁際の薄闇に転がるそれに目を凝らした賢者は……そのすぐ側に、腕の主がいるのに気付いた。

認識、続いて理解。驚くほど一瞬の間に、その部屋の不可解さは氷解していった。

斑模様の板は極限まで圧縮された肉塊。奇妙な泥は破裂して細切れになった肉と内臓。

水溜りは、彼女を殺すためにやって来た村人達の血液。

発狂寸前に追い込まれた賢者の意識が無秩序に発した魔法は、子供めいた残酷さでもって、

その場にいた自分以外の人間を破壊するためだけに振るわれ、この惨劇を招いた。

現状から推測し、記憶の欠落をおおよそ正しく埋めた賢者は……。

賢者(違う)

賢者(こんなはずではなかった)

賢者(なぜなら、私は死ななければならないのだ)

賢者(そうして初めて、私は世界に許容されるはずなのだ)

村人B「ぅ……ぅ……」

賢者「あ、あ、ああ! だ、だ、大丈夫?」

賢者「い、い、今すぐに、ち、ち、治癒魔法で、えっ、ぐっ!?」 ビクッ

賢者(痛い、両腕がおかしな方向に捻じれている。こんな状態で魔法など、まともに使えるわけがない)

賢者(どうすれば、このままでは世界の意思に、私という間違いを正そうとした意思に反して……)

村人B「……ぉ」

賢者「え?」

村人B「地獄に、落ちろ……」

村人B「俺の、恋人を殺し……友を殺し……兄を殺し……」

村人B「お前はすべてを、俺のすべてを、奪った……」

村人B「死ね……地獄に、地獄に落ちろ……っ」

賢者「ち、ち、違う、わわ、私は、い、い、潔く死ぬつも、つもりでっ! こ、こ、こんなつもり、な、なくてっ!」

賢者「だ、だ、だって、そそ、そうしないと、ゆ、許されっ、許されないっ!」

村人B「誰がっ!? 誰が、許すものがぁぁぁぁ!?」

村人B「おっ、まぇぇっ、などっ、誰がっ、誰がぁっ!!」 ガシッ

賢者「ひっ!?」

村人B「たとえっ、死のうとっ、誰もっ、誰もっ、誰もお前などっ、許さないぃっ、許しなど……!」

賢者「そそそ、そんな、そんなはずない!」

村人B「皆が、呪うっ! 死んだお前を、呪うっ! 呪うっ、呪うっ、呪うっ……呪う……う……う……う……ぅ……」 ズルッ ズルズルッ

賢者(もし生まれ変われるのなら、愛されて生きたかった)

賢者(死んで赦されるのなら、喜んで死にたかった)

賢者(でも、死んでも、何も変わらないのなら)

賢者(生きていても、世界に憎まれ続けるのなら)

賢者「あ、あ、あ、あ……」

賢者(ただ誰にも愛されず、憎まれ、赦されず……)

賢者「あああ……ああああ……ああああ……」 フラフラ

賢者(居場所もなく、ただ、苦しむ以外に、何も……?)

賢者「あ……あ……あ……」 フラフラッ


明らむ空は朝を迎えども罪人に夜明けはなく、

闇に消えたその行方は、杳として知れず。

救いもなければオチもない

ついでに教訓もない

預るとかいっといてみはりもつけてないなんて

鬱の後には更なる鬱が待っていた
出口はないのか……

おつ
地味に小出しで続いてくれることを期待してたりする

おつ
性病には気をつけよう

乙乙

ふう

抜くなよ!

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