勇者「この扉の先に魔王がいるのか」 (41)
勇者「奴以外全ての魔物は殲滅した! 残すは中の魔王だけ……長くも短くも感じられた僕たちの旅も」
賢者「そうだな、ここが終着点だろう。ようやく辿り着けたのだな!」
僧侶「あの頃と比べて僧侶たち心も体も成長しまくりです~」
勇者「きっと今の僕たちなら魔王だって魔神にも負けやしないさ!」
勇者「みんな準備はいいか? 扉を開けるぞッ!」
武闘家「待ってくれ」
勇者「……どうしたの? まだ不安なのか。安心しろって、僕たちは」
武闘家「不安とかじゃなくて、気になる事がある」
僧侶「気になることですー?」
武闘家「この扉を開けたとしよう。恐らく玉座に魔王が鎮座しているとお前らは予想しているだろう?」
武闘家「だが、もし中に潜む魔王が普通じゃなかったら……だぜ」
賢者「なぁ、お前は何が言いたい?」
武闘家「魔王が美少女って可能性があるかもしれんって事よ」
武闘家「だって今まで魔王の姿を見た奴はいなかったんだぜ? 奴とは今日初対面になる」
武闘家「……いいか、想像を膨らませてみろ。美少女魔王……どうする?」
賢者「何を言い出すかと思えば阿呆かお前は? 魔王といったら魔王だ! 美少女なわけがない!」
僧侶「そうです、そうですぅー! 美少女は僧侶一人で間に合ってるんです!」
勇者「ああ、確かに僕たちの美少女は僧侶ちゃんで十分だ。武闘家、変に惑わさせるな!」
武闘家「お前たちは美少女相手に殺すつもりで戦えるのか?」
「…………」
武闘家「魔王は美少女……よし、金髪ツインテ青目としよう……俺にはできないね、無理だよ」
賢者「お前の妄想で語るんじゃない! 付き合っていられるか、行くぞ勇者!」
勇者「待って!! 待ってくれ……確かに可愛い女の子を相手に剣を向けられる気はしない……」
武闘家「だろう? 賢者も想像してみろ、お前は僧侶ちゃんに魔法を撃てるか? 撃てるわけがないッ」
賢者「ふざけるな! たとえ女だろうと敵であれば迷いなく私は!」
僧侶「賢者くん……僧侶に酷いことするです……?」ウルウル
賢者「ち、違う! おい、紛らわしいから彼女で例えるな!」
武闘家「俺たちは美少女とは戦えない。絶対躊躇する……その隙にやられたらマズい」
勇者「……待てよ、美少女美少女話してるけど そうでない場合もあるんじゃないか?」
武闘家「ふむ、というと?」
勇者「ああ、もしかしたらこの先で待っているのは魔王ではないかもしれない」
僧侶「魔王じゃないですか!? それじゃあ魔王はどこにいるです!?」
武闘家「くっ……!」
僧侶「あ、頭は平気か。お前たち……」
賢者「ここは魔王城だ! 魔王以外の魔物は私たちが滅ぼしただろう! では、その中に何がいる! 魔王だ!」
武闘家「本当にそう言い切れるのかよ。魔王が魔王だって証拠はあるのかってんだよ!?」
賢者「そ、それは……だが、どの道魔物であれば倒す必要があるだろう! 私たちは魔族を滅ぼす命も受けている!」
武闘家「だから美少女でも首取るのかって言ってんだが!?」
賢者「その美少女を前提に考えるのを止めろ!!」
勇者「……武闘家の言う通り、魔王の姿を見た者は今までに誰も存在しない。魔王は人前へ姿を現すことがなかったからな」
勇者「そう思うとこの扉を開ける前に期待が沸いてきた。魔王は一体どんな奴なんだ?」
賢者「ならばさっさと中へ突入すれば良いではないか! さぁ行け! 魔王を仕留めて終わらせるぞ!」
武闘家「待ちな!」
賢者「何だ!? 次ふざけた事をぬかしたら置いて行くぞ!?」
武闘家「……もしだ、俺たち以上に魔王が強力だったら……敵わなければ……どうする?」
僧侶「魔王が超強いってことですか! 僧侶は怖いですぅ!」
武闘家「俺たちはもう世界最強と言っても過言ではない。だが、そんな俺たちを軽く凌駕する力を持っていたとすれば」
勇者「死ぬのは僕たちの方かもしれないと……だ、大丈夫。絶対正義は負けない!」
武闘家「その考えは身を滅ぼすぜ! 勇者よ!」
僧侶「でもでも、お城の中にいた魔物は軽く捻れるくらい楽勝だったです!」
勇者「……魔王城にいる魔物が弱いからといって、魔王もそうであるとは限らない」
勇者「魔王を名乗るくらいだ! 人類が想像もできない未知の力を持っている可能性がある! そうなんだろう、武闘家!?」
武闘家「そうだぜ!!」
賢者「お前が惑わすせいで勇者がいつまで経っても進めんだろうが!?」
賢者「……いいかお前たち。魔王が強いからどうした? 我々は今までどれほどの困難を乗り越えた?」
賢者「強大な魔物が待ち構えていようと、世界を救うべく、彼奴を倒さねばならん。迷いなど始めから必要ないだろう?」
僧侶「で、でも僧侶はまだ死にたくないですぅ……やり残したことがいっぱいありますぅ……」
勇者「僕もだよ、僧侶ちゃん……この旅で好きな人ができたんだ。まだ気持ちも伝えてない……」
武闘家「奇遇だな……俺も同じだぜ…………なぁ、どうせなら思い残しなんてないように告白を済ませてから扉を開けるのはどうだ」
武闘家「それぐらいなら賢者も許してくれるだろ? 最後の戦いになるんだぞ」
賢者「まぁ……なるべく早くして貰えると助かる」
勇者「ありがとう、賢者! ……僧侶ちゃん!」ガシッ
僧侶「はひっ!?」
勇者「好きです……ぶ、無事魔王を倒すことができたら僕とお付き合いしてください!!」
武闘家「ゆ、勇者てめぇ……僧侶ちゃん! 俺も君を愛している! 付き合いなんて面倒は省いて、結婚しよう!」
僧侶「おふたりとも!! その気持ちは僧侶感激です……でも、僧侶は」
僧侶「賢者くんとお付き合いしてたんですぅ!!」
勇者・武闘家「あぁ!?」
賢者「……な、何かね……問題でも?」
武闘家「てめぇ賢者ァ!! 僧侶ちゃんをよくも!!」
勇者「僧侶ちゃんどうしてそんなキザ男なんかと! 僕の方がカッコいいよ!?」
僧侶「ある日賢者くんとお話してたら、キュンと来ちゃったんですぅ……それで」
賢者「そういうわけだ。お前たちは黙って私たちを祝福しろ。この旅が終わったら結婚もするつもりだからな」
武闘家「前職が盗賊なだけあって手が早かったというわけか……だが許せねぇ、何よりも今まで黙っていたのが気に食わん!」
賢者「良いタイミングが無かったのだ、許せ。私はいつか話すつもりでいた! 隠していたわけじゃない!」
勇者「嘘だって言えよぉぉぉ……ショックだよ僕は……」
武闘家「全くだぜ……魔王のことなど頭の中から抜け落ちちまうぐらいの衝撃だ……」
賢者「魔王を目の前にして意気消沈しないでくれ!? あぁ、やっぱり言わせるべきではなかった!!」
武闘家「こうなったらよ、勇者。俺たちは美少女魔王に期待するしかないんじゃないか?」
勇者「でも相手は魔族だぞ? 美少女でも敵は敵なんだ。そんな子を好きになっていいものだろうか?」
賢者「いいわけねぇよ……! 目を覚ませ、魔王はただの魔物だ! 美少女はここにはいない!」
僧侶「……いない、ですか」
賢者「……いや、私としたことが言葉を誤っていたな。僧侶ちゃん、きみは美しい……」
僧侶「きゃっ♪」
武闘家「おい、魔王を前にしてイチャついてんじゃねぇよ!!」
賢者「ふざけていたのはお前たちもだろう? おいおい、あまりくっ付くなよ……はは」
勇者「武闘家、実は身内に黒幕がいたというパターンじゃないか? あの二人は僕たちを惑わすための罠その物」
武闘家「ならば問答無用で叩きのめせる。ああ、良い案だぜ」
賢者「やめろ。真の敵は扉の先にある! ……やめろッ!?」
賢者「……ようやく落ち着いたところで話を戻そう。私たちは今最後の敵を前にしている」
賢者「かれこれ1時間以上はここで時間を無駄にしているぞ。そろそろ進もう。覚悟はいいな?」
勇者「リーダーは勇者の僕ですー。下っ端が調子こいてんじゃねぇですー」
賢者「お前が動こうとしないからだろう!! いい加減にしろよ!?」
勇者「チッ……じゃあもう覚悟決まってるし、みんな中に入るぞ。魔王いるから」
僧侶「待ってくださーい! 本当に中に魔王がいるんですかー?」
武闘家「はぁ? そりゃあいるだろう。だってそこは魔王の間だぜ?」
僧侶「魔王のお部屋だから魔王がいるとは限らないのです……こんなに騒いでも出てこないなら」
僧侶「留守にしてる可能性があるです!!」
勇者「……しまった」
武闘家「……ああ、それは考えてなかったよ」
賢者「頼むからもう中に入らないか? 入るだけでもいいぞ……」
勇者「でもさ、あんなに最後の敵を前に熱い決意表明染みたことをしたのにいませんでしたって」
僧侶「めちゃめちゃ白けますよねー」
賢者「肩を落とすのは魔王を確認してからでいいだろう!? なぜ見る前から余計な事を考える!?」
武闘家「いや、こういうのは大切だぞ、賢者。例えるなら『これは重い荷物』って言われた箱を持ったら、かなり軽い荷物だったみたいな」
僧侶「魔王いなきゃそれだけで士気が下がっちゃいますよぅ!」
勇者「しかし、そこに気付くとは流石美少女僧侶ちゃん……僕たちはあらためて君に惚れた」
武闘家「もっと色んなケースを考えておこうぜ。この扉の先は未知に溢れている……」
賢者「あぁ、お前たちの頭の中身が一番未知だよ……」
勇者「よーし、ここまでのみんなが想定した事をまとめてみよう!」
勇者「部屋の中に魔王がいるか、いないか。いた場合、魔王は美少女、あるいは僕たち人類の王様」
僧侶「王様が実は魔王で、僧侶たちを騙してたっておかしくありません! あの人、4人で魔王倒せなんて無茶言う人です!」
賢者「なぜ回りくどいと思わないんだ……!」
武闘家「そして魔王は何者をも先へ行かせない頂点にして最強の魔物、か……他にも思いつくな」
賢者「思いつかんでいい!! 黙って聞いていれば結局お前たちの妄想で埋め尽くされるばかりだ。魔王も聞いて呆れるぞ!?」
勇者「だから魔王はいるかそこにいるか分かんないって話したでしょ? 賢者は偉ぶってばっかで人の話聞かないなぁ」
勇者「そんなバカより僕みたいな勇者がオススメだよ、僧侶ちゃん! 欲しがってたイヤリング買ってあげるからさー!」
武闘家「へっ、物で釣るなんてガキにする事だぜ? ……僧侶ちゃん、俺なら朝昼晩きみをどんな形だろうと満足させてやれる」
武闘家「どうよ? 試しに村戻って宿で一晩……なぁ、悪くねぇよなぁ!?」
賢者「うおおおッ!! 人の女に手を出そうとするどころか、私の目の前でとはな!! しまいにゃ殺すぞ!?」
僧侶「み、みんなが僧侶を好きすぎて奪い合ってますぅー! 僧侶はなんていけない子! 罪な子!」
勇者「全くだよ、僧侶ちゃん!! きみの可愛さは天井知らず、僕はきみと出会わなければこんなに苦しまなかった!!」
武闘家「……つまり僧侶ちゃんが真の魔王、いや、魔性の女王」
賢者「もう私は止めんぞ。酷過ぎて頭痛がしてきた。こんな連中と死線を越えてきたのか……」
勇者「……そうだよ。僕たちこんなパーティだったけど、これまで一緒に頑張ってこれたんだ」
武闘家「ああ……思い返せば色んなこともあったもんだよ。辛いことや悲しい時もあった。だがお前らといると何もかもが楽しくてな」
武闘家「最高の仲間だぜ、みんな……愛している……!」
僧侶「そそそ、僧侶もみんなが大好きですぅ~! ラブラブですぅ~!」
賢者「ああお前たち…………なぁ、お前たち」
賢者「何処へ行こうとしている!! なぜ扉に背を向けた!?」
武闘家「わかんねぇのか、賢者! ……俺たちは」
勇者「うん、扉を開けないという選択があることに気付いたのさ」
賢者「くそがっ、待てバカどもッ!?」
武闘家「あれ? もう止めないんじゃなかったの? 賢者くん? あれあれ?」
賢者「うわあああぁぁぁ!! くそっ、何だこいつ!! 限界だ、殴っていいだろう勇者!?」
勇者「仲間を殴るなんてとんでもない! 僕が知ってる賢者はもっとクールだったぞ!」
賢者「さっき私へ憎悪の念を向けて殴る蹴るを繰り返した男の台詞ではないなっ……!」
賢者「お前たちもっとよく考えろ! ここまで来て魔王の顔も見ずに引き返すのか? 冗談だろう?」
武闘家「ここで冗談をかますほど俺たちに余裕はないッ! ふざけるんじゃねぇッ!」
賢者「私はお前の鏡ではないのだがなぁー!?」
僧侶「賢者くん少し頭を冷やして話を聞いてほしいです。僧侶たちはもっともーっと」
僧侶「この4人で旅を続けたいんですぅ!」
賢者「だから全ての元凶である魔王を放置して帰ろうと!? 私たちの目的は何だ、言ってみろ!!」
勇者「魔王を倒す、だろ?」フッ
賢者「そのしたり顔をやめろ……分かっていてなぜ逃げる? 目的を達成しなければこれまでの旅は無駄なんだ」
賢者「たとえ魔物を滅ぼしても、残された魔王が何をしでかすか分かったものではない。摘める芽はすぐに摘むべきだろう!」
武闘家「やれやれ、賢者に変わってただの堅物くんになっちまったかい? いいか、俺たちは確かに魔王を討つように言われてきたぜ」
武闘家「だが、いつまでに頼むとか、ただちにとか話されたか?」
賢者「……魔王は世界を人類滅亡を企む。ならば退治は早ければ早いほど良いに決まっているだろうが」
武闘家「お前はさっさと俺たちと別れて僧侶ちゃんと結婚したいから真面目ぶってるんだろう!? 知ってるぜ!?」
賢者「ああ、そうだよ! さっさと魔王倒して平和になれば、次は私と僧侶ちゃんの幸せだ!! 血生臭い戦いには懲り懲りしているんだ!!」
賢者「だから……僧侶ちゃん、きみも考え直せ。魔王を倒して結婚しよう。それが一番なんだ」
僧侶「賢者くんのことは好きです。結婚もしたいですぅ……でも! そ、僧侶はもっと旅をしたいですぅー!」
僧侶「だから魔王を倒すなんていつでもできる事は先伸ばしにして、あと1年ぐらい世界をみんなで周るです!」
賢者「まだバカを……!」
僧侶「ちょっと気が早いけれど……新婚旅行の気分も味わえちゃうですぅ」
賢者「…………」
勇者「賢者。この扉を開かなければ僕たちの旅はまだ終わらない。魔王に会わなければまだ続けられる」
勇者「魔王はどうせ一人ぼっちだ……一人で何ができる? もしかしたら部下に戦わせるだけの物凄く弱い魔王かもしれないんだぞ?」
賢者「し、しかし」
武闘家「なぁ賢者? 俺たちは魔王が待つ部屋を見つけられなかった。だからこれから何処かに隠れているだろう魔王を探す旅に出るんだ……この4人でな!」
僧侶「そうですそうですぅ! 扉なんて見えません! きっと魔王はここ以外のどこかですよー!」
賢者「……そうだな。魔王はいなかった。ああ……旅はまだ終わらないな、僧侶ちゃんよ!」
僧侶「ですです~♪」
武闘家「よし、そうと決まればさっさとこんな汚ねェ城出て温泉街行こうぜ」
勇者「丁度城の宝物庫からどこかで強奪した金貨や高価な道具も見つけたし、これでしばらくはお金に困らない!」
僧侶「贅沢し放題です!? じゃあ僧侶は美味しいご飯や欲しかったアクセ買いまくるんですぅ!」
魔王「おい」
賢者「待てまて、その金をもっと増やすというのはどうだ? カジノが良い。一発大きく当てれば生涯遊んでくらせる」
武闘家「おまけにいつか魔王倒せば国からたんまり報酬貰えそうだしよぉ、こいつは夢のような生活も叶うってもんさ! 魔王いつ倒す?」
僧侶「一年ぐらい放って置いてからで平気ですよぉ」
魔王「おい」
勇者「じゃあ一年後にもう一度ここに来て扉を開けるって感じにしようか!」
賢者「ふっ、魔王はここにいるか分からないのだろう? さっきの話を忘れてしまったか?」
勇者「あぁ、そうだった。僕もうっかりしてるなぁー! ね、僧侶ちゃん!」
僧侶「ですね~♪」
一同「キャハハハハハハハハハ」
魔王「ふ……フハハハハハハハハハハァァァーーーーーーッ!!」
魔王「よくぞ我が元へ参ったな、勇者どもよッ!! 己こそが魔族の長であり、頂点、魔王であるぞ。貴様らはお終いだッ!!」
勇者「あっ……」
魔王「さぁ、我が腕の中で息絶えるがよい!! 貴様ら纏めて臓物食らいつくしてくれよ……待て! 待て、なぜ逃げるのか!」
魔王「こっちを見るのだ、貴様ら! 我が魔王ぞ!? 知らぬのも無理はないが、我が魔王ぞ!? こっちこっち!!」
魔王「何か答えぬか! くっ、我が同胞たちを滅ぼすとは許し難し! 戦え勇者どもよッ! なぁ、我が最後の魔物であるぞ!!」
一同「…………」サッサッ
魔王「何ゆえ我から逃げるのか! 信じられんッ……止まれと申しておる! 散々待たせて帰るというのか!」
魔王「相手をせい!! 分かったわかった、戦ってくれれば少し手を抜こう!! 約束しよう!!」
魔王「おぅーい!! ゆうしゃー!! ゆ、う、しゃー!!」
・・・
勇者「ふぅ、なんとか撒けたな」
武闘家「まお……誰だよあいつ。しつこいの何のってよ」
僧侶「超怖かったですぅ!」
賢者「……私はアレから逃走する自分たちが一番恐ろしかった」
一年後、魔王城。長い期間を置いて勇者一行は再びここへ集う
そう、人類の敵・魔王を討つために彼らは来た!
僧侶「前に来たときよりも埃とか蜘蛛の巣まみれで汚いですぅ」
勇者「あれから一年と数ヶ月か……長かったようで、短かったような気がする」
賢者「また直前になってやめるとか言い出さないように頼むぞ。流石に遊びすぎだ」
勇者「分かっているよ。今回こそちゃんと魔王と戦って、世界に平和を齎す! それが勇者の使命だ!」
武闘家「しかし、まぁ。魔王も気が長くていらっしゃるぜ。ずっとこの中で俺たちを待っていたんだろう? バカみたいに」
僧侶「はっ、じ、実は魔王はこの中にはいない……!?」
賢者「……勇者、おかしな事になる前に早く魔王の間へ入るぞ。私たちの旅を終わらせよう」
勇者「ああ、遂にこの時が来たんだな……行こう! そして覚悟しろ、魔王よ!」
重く閉ざされた扉がようやくして開かれる。そこにいるのは魔王か? はたまた美少女か?
・・・意外な結果が一同の目の前に広がる
勇者「な、何だと!?」
勇者「魔王は何処にいる!? ここは魔王の間じゃなかったのか!?」
賢者「それは間違いないが……魔王どころかネズミ一匹も見当たらん。玉座も空だぞ」
武闘家「俺はよー! こうなる事を恐れて入りたくなかったんだよ、勇者! 魔王がここにいないって事態を!」
武闘家「僧侶ちゃんの予想が当たっちまったんだ……魔王は中にいなかった……一年前も俺たちは空の部屋を前にして意気込んでいただけだった」
僧侶「そんなぁ……これじゃあ僧侶たちの目的はいつ果たされるんです!? 魔王はどこにいるです!?」
賢者「やはり遊び呆けている場合ではなかったのだ! 私たちは一刻も早く魔王を探し出す必要があった! どうする、勇者!?」
勇者「どうするって言われても困るよ……いないものは仕方ない。魔王はきっと孤独に耐え切れず自害した」
勇者「うん、これで報告しよう!」
賢者「死体を確認してからならそれで構わんがなッ!! ……僧侶ちゃん何をしている?」
僧侶「きゃー賢者くん見てくださーい! 座っただけで魔王気分ですぅ! ふかふかですぅ!」
武闘家「ズルいぜ、僧侶ちゃん! せっかく魔王がいねぇんだ、俺も記念に座らせてくれ!」
勇者「武闘家終わったら次僕な!」
賢者「……帰るか、国へ。なぁ、もう良いだろう? 私たちの旅は形はどうあれ無事終えたんだ。それで良い」
武闘家「だな。充実した良い旅だったぜ」
僧侶「…………そ、その前にみんなにお話しなきゃいけない事がありますぅ。聞いてください!」
勇者「僧侶ちゃん? どうしたんだい、急に真剣な顔しちゃってさ」
僧侶「実は……実は、僧侶のお腹の中に……賢者くんとの赤ちゃんができちゃったみたいなんですぅ」
勇者・武闘家「ッ!?」
賢者「何だと……本当か?」
僧侶「できたんですぅ……」
僧侶「お医者さまに見せたら二ヶ月経ってると言われたです……賢者くん、あの時のですぅ」
賢者「あ、あの時……えぇ……そんなバカな」
勇者「僕たちのラブリーアイドル僧侶ちゃんが赤ん坊を孕んだ? これは悪い夢じゃないか?」
僧侶「うそじゃなくて、マジなんです! 信じて勇者さま!」
勇者「違う、嘘であって欲しかったあぁぁぁ!! 賢者、貴様、貴様ッ!!」
賢者「私たちの交際はお前たちも知っていただろう!? そりゃあ子どもができたというのは、私も衝撃だが……」
勇者「黙れ、黙れよ賢者ッ!! お前なんかが僧侶ちゃんを幸せにできるものか! 僧侶ちゃんは……僧侶ちゃんは僕の……!」
武闘家「止せよ、勇者。これ以上男の嫉妬は醜いだけだぜ?」トン
勇者「だって、だってさぁぁぁ……武闘家は、お前は悔しくないのか? お前も僧侶ちゃんのことを」
武闘家「ああ、そうさ。だが仲間の幸せは黙って祝ってやるべきだ。敬意を払おうぜ」
武闘家「おめでとう僧侶ちゃん。そして賢者……俺は静かに身を引くぜ」
賢者「ぶ、武闘家……お前本当にあのバカの武闘家なのか……?」
武闘家「だがな、祝福のあとに言わせてもらうぜ! 僧侶ちゃんの腹の中の子! そいつははたして本当にお前との子かってな!」
賢者「何ぃ!? ……い、いや確かに俺との子で間違いないのだろう? 僧侶ちゃん」
僧侶「はいです! ……たぶん」
賢者「んんっ!!」
勇者「そうか……そういう事か、武闘家! 生まれてくるまでは誰の子か分からない! 賢者、お前の子かなんてな!」
武闘家「そう、僧侶ちゃんの腹の中は今未知に溢れている……」
賢者「何なのだお前たちはッ!?」
僧侶「賢者くん! 生まれてくる子はもしかしたら賢者くんの子じゃないかもしれないけれど」
僧侶「僧侶は元気で可愛い赤ちゃんを産むですぅ!!」
賢者「違うという心当たりがあるのか!?」
賢者「なぁ、私以外にこのバカ二人と行為を!? それとも得体の知れん輩に無理矢理か!?」
賢者「私だけとだろう!? そう答えろ!! 答えてくれぇぇぇ……」
武闘家「こいつは産まれてくる子どもが待ち遠しいな、勇者。俺たちはその時まで笑顔で暮らせる」
勇者「暮らす……なぁ、思ったんだけどどうせ家主無しの城になったんだしさ、ここを僕らの新しい家にしないか?」
僧侶「えー? こんな汚いお城をです? 正気です、勇者さまぁ?」
勇者「みんなで掃除すればどうにかなるだろう。部屋の数も多いし、建物も丈夫そうだ」
武闘家「なるほど……魔王城から勇者城にというわけか。ナイスアイディアだぜ、勇者。その案に乗った!」
賢者「もう……勝手にしろ! 私はしばらく国にある我が家で静かに過ごす! お前たちの顔など見たくもな……」
僧侶「あぁ! 賢者くん置いてかないで欲しいですぅー! 一人で王様に報告なんてセコいですぅー!」
武闘家「そうだぞ! 宝は山分けって……言った……はず…………なんだと」
勇者「え? ……お、お前はッ!!」
魔王「……ようやく追いついたぞ、糞人間どもめ」
魔王「ようやくだァァァ!! そして女ッ、我が玉座へ貴様如き雌が腰掛けるではないッ!!」
僧侶「え……えっと。あっ!」
僧侶「ふはははー! よくぞここまで来たな、魔王よ! 僧侶たちがあの勇者一行であるぞー!」
賢者「んっ!?」
武闘家「ククク……たった一人で我らに挑みに来るとは命知らずよ……」
勇者「全くだ……どれ、お手並み拝見といこうか……?」
魔王「き、貴様らァ……ッ!!」
賢者「わかった。こいつらはバカなんだ……救いようのないバカだ……」
魔王「ふざけるのはここまでにして貰おうかッ! あの時は逃げられたが今度はそうはいかん」
魔王「魔族の敵、貴様らの血肉で払ってもらおうぞ……覚悟しろ、貴様ら四人を仕留めて人類は完全に滅びる」
賢者「何? それはどういう意味だ、魔王よ! 人類が完全にだと!」
魔王「フン……教えてやろう。我はあの時から貴様らを追って城を出たのだ」
魔王「貴様らの後を追い続け、立ち寄った全ての村や町を破壊し、人間を殺した! 貴様らが我が同胞へした事と同じようにッ!」
武闘家「こいつ……マジで強かったのかよ……たった一人で俺たち以外の人間を殺した? ありえねぇな」
僧侶「酷いです酷いですぅー! そんなのあんまり過ぎるですぅー! 外道ぉー!」
魔王「貴様らが言えた口ではなかろう。お互い様なのだ……どうせ魔族は我一人……いつか滅亡へ至るのを待つだけよ」
魔王「ならばその前に勇者! 貴様らを倒し、世界から害虫を取り除くッ!」
勇者「魔王、なんて愚かな男だ……そうしてお前はまた孤独になるだけなんだぞ!」
賢者「声をかけるだけ無駄だぞ、勇者。彼奴こそ我々が倒すべき最後の魔物! 向かって来るならば倒すのみだ!」
魔王「フハハハッ、ようやく……やっとその気になったか! もうそれだけで今までを許してやろう! さぁ、魔族と人、どちらが滅びるかなッ!?」
武闘家「いや、ちょっと待ってくれないか」
勇者「……武闘家? どうして止める!? 僕たちは戦わなきゃ」
魔王「最後の決闘に水を差してくれるなよッ!」
武闘家「俺たちが戦っても、どちらか片方しか生き残れない。つまりこの戦いは無意味なのさ」
賢者「……つまり戦うなと?」
武闘家「どうしてもというのなら止めんぜ。だが、俺はここにいる五人で素晴らしい道を歩む方法を思いついた」
武闘家「俺たちがこの世界の神に、英雄になる方法を!」
魔王「英雄だと!?」
武闘家「人間と魔族はここにいる俺たちを除いて全て滅んだわけだ。生き残っているのはここの五人だけ」
武闘家「一人は魔族だが……まぁ、どうにかなるだろう」
僧侶「武闘家くんは一体何を言いたいんですぅ?」
武闘家「僧侶ちゃん、きみにはこれから一番頑張ってもらうことになるだろう。重要な役割だ! 君にしかできんぜ!」
僧侶「そ、僧侶だけにですぅ!? 責任重大すぎですぅ!!」
勇者「それより戦わなくていいってどういうことだよ、武闘家。確かに意味の無い戦いになるかもしれないが……」
魔王「ふん! 怨念返しが叶うならば我の気が晴れるわッ!」
武闘家「冷静になろう、魔王。そして俺たちは魔王を許すとしようぜ……これからはお互い運命共同体だ」
賢者「ま、まさかお前……冗談だろう? そう言ってくれ」
魔王「……あの人間は何を申したいのだ?」
武闘家「ホールブラザーズになろうってんだよ」
勇者「……ああ!!」
僧侶「ほーる、ですぅ?」
武闘家「俺たち五人はこの城で暮らし、子孫繁栄のために励めば良いッ!! 俺たちが新人類の始祖、アダムとイヴだッ!!」
賢者「武闘家ァッ!! 貴様僧侶ちゃんをッ!!」
武闘家「これで問題なく僧侶ちゃんと愛し合える! 独占というわけにはいかんが、妥協したぜッ!!」
勇者「ヒューッ、流石は武闘家だ! 誰も考えつかないことを閃いてくれる!」
魔王「貴様の考えはよく分かった。確かに魔族の血をこの世へ残すにはそうする他あるまい」
魔王「だが、それならば雌を残して貴様ら三人を仕留めてからで良い!」
勇者「それだとお前の一族は近親相姦で作り上げることになるし、苦労すると思うけど」
勇者「ここは手を取り合おうじゃないか、魔王よ……僕たちはもう争う必要はないのだ……ほら、僧侶ちゃんを見てくれ」
僧侶「ですぅ?」
勇者「なんて可愛らしい美少女だろう……目はぱっちり、髪はキューティクル。おっぱいは大きい……あぁ、非の打ち所なんて一つも見当たらないよ」
魔王「むぅ……僧侶ちゃんかわいい」
武闘家「なぁ、大将。俺たちと仲良く付き合えばあの子に好き放題できるぜ。どうせ一人で寂しかったんだろう?」
武闘家「俺たちを殺して、何もない世界で孤独に死んでいくか。俺たちと神になるか……どっちが楽しいかなぁ?」
魔王「……今この瞬間からッ! 魔族は人と共に生きることを約束しようッ!!」
勇者「おぉ、歓迎しよう!!」
賢者「待てお前ら……僧侶ちゃんは私の妻になる女性だ……それをお前らの好きなようにされてたまるか」
賢者「私が僧侶ちゃんを守るぞ! 貴様らに指一本触れさせはしないッ!」
魔王「反対の者がいるようだが、どうする? 殺すか?」
武闘家「ダメだ。男も貴重であるには違いない……賢者、分かってくれ! 兄妹になろう!」
賢者「ふ、ふざけるなぁ!?」
勇者「賢者、聞いてくれ……僕たちは淫らな考えがあって提案しているんじゃない」
勇者「人と魔族の争いは長く続いていた。それがようやく合体という形で終わる。これ以上僕たちの間に血は流れない」
賢者「しかしそのために僧侶ちゃんが!!」
勇者「平和に犠牲は付きものだ。こうして穏便に済ませられるのなら、良いとは思わないかい?」
勇者「家族になろう、賢者。そして種族間の争いなんてくだらない事を終わらせようじゃないか……それで僕たちの旅は本当に終わるのさ」
魔王「これからは一緒に僧侶ちゃんを愛で合おうぞ、賢者くんよ……」
賢者「……僧侶ちゃん、きみはそれで納得するのか?」
僧侶「よく分かんないけどいっぱい赤ちゃん産めばいいですね!? 頑張るですぅ!!」
賢者「……分かった。折れたよ、勇者。私も新たな世界を作る為に協力しよう!」
勇者「よしよし、僧侶ちゃんの提供ありがとう」
武闘家「扉を開ければ絶望で溢れているとばかり思っていたが、あったんだな。希望ってやつがよ……」
武闘家「どんなもんでも開けてみるまで何が入ってるか分からないもんだぜ」
こうして人間と魔族の戦いは終わりを迎えた
五人の子はさらに子を為し、その連鎖が途切れることはなかった。やがて数百年の歳月を経て彼らは繁栄していく
なお、勇者・武闘家・賢者・僧侶・魔王の五人は始祖と崇められ、後の時代へも語り継がれる存在へ
そして魔王の間の扉の一件を パンドラの希望 と名付けられ、同じく語り継がれる物語となったのである
おしまい
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