藍子「黒猫の魔法使い」 (15)


「ハロウィンイベント、ですか?」

 企画書の表紙を読み上げる。
 レッスンが終わった後、ミーティングスペースで渡されたのがこれだった。

「そう。季節毎のイベントを事務所内特別編成のユニットでやっているのは知ってると思うが、それに選ばれたんだ」

「今回選ばれたのは誰ですか? もしかして三人とも……?」

 この場にはユニットを組んでいる卯月ちゃんと美穂ちゃんも居る。
 一緒にレッスンを受けた後にそのまま呼ばれたから、ユニットにも関係があるのかな。
 いつも七人くらい選ばれるから、ありえないけれども三人とも選ばれたという可能性も有り得る。

「今回は藍子と美穂だ。おめでとう。今回は美穂が主役だ」

「わ、わわわわ私がですかっ!?」

 美穂ちゃんが身を乗り出して叫ぶ。

「落ち着けって。詳しくはまた後で話すから。で、全員集めたのは二人もイベントに取られるから、終わるまではパステルガールズでの活動はできないって伝えるためだ」

「あぁ、確かにそうですよね」

 イベントの内容にもよるけれど、だいたい撮影や演劇やライブをすることになる。
 それに時間を取られるから、今のユニットでの活動は難しいかな。

「む~、私だけ仲間外れですか?」

 卯月ちゃんは納得してないみたいだけど。
 どちらかと言えば、イベントに参加したかったって方で。

「もう卯月はこういうイベント二回してるだろ?」

「それとこれとは別です!」

「そもそも卯月にはニュージェネレーション中心のライブのリーダーがあるし。どうせそっちに掛かりきりになるぞ?」

「た、確かにそうでした……」

 ハロウィンが終わった後、十一月には卯月ちゃんにはライブが入っている。
 ニュージェネレーションを中心に複数ユニットで行われるライブ。会場は一万人収容だったかな?
 当然、他の事をしている暇もほとんどなくなってしまう。

「卯月のライブの方は当初の予定通りチーフが担当することで決定した。俺はハロウィンイベントの方の担当だ」

 ライブは凛ちゃんのプロデューサーさんが担当するようだ。
 ニュージェネレーションも今では出演するイベントがあるときに編成される特別ユニットのひとつだ。
 未央ちゃんにもまた別のプロデューサーが付いていて、普段は三人とも別のユニットやソロで活動している。
 頻繁には活動しないから、プロデュースの方向は三人のプロデューサーで話し合って決めている。
 だから、三人の誰でも担当することができる。
 どっちのイベントも私達の中からリーダーが出てるけど、そういうわけで私と美穂ちゃんを優先したのかな。

「時間があるなら一応卯月も一緒に聞いとくってことでいいよな。それじゃあ、話していいか?」

「「「はいっ」」」


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「今回はお菓子のお渡し会とちょっとした演劇、ライブが主な内容だ。衣装を着てパンフレットや広告用の写真撮影もあるな。あとはいつもと違ってライブ中にお菓子を撃ち込んだりするが……最初に説明しておくのはこのくらいだな」

「う、撃ち込むっ!? 撃ち込むってなんですかっ!?」

 美穂ちゃんは相変わらず落ち着いてはいないようだ。

「そりゃお菓子を弾にしてバズーカとかで客席にドカンと」

「バズーカっ!?」

 プロデューサーさん、それじゃ確実に逆効果です。
 あ、資料はイメージイラスト付きでわかりやすいですね。

「最初はすぐにでも関係があるところからいこうか。最初は撮影とハロウィン専用の新曲の練習くらいか。まずはメンバーとの顔合わせだな」

「メンバーとの顔合わせ、ですか。私と美穂ちゃん以外は誰になってるんですか?」

「あと一人は大和亜季さんだ。二人とも、知ってるか?」

 ああ、大和さんか。それなら……

「私は知ってますよ」

「私もです……その、印象強かったですから。あっ、変な意味じゃないですよっ!?」

 大和さんは半年前に事務所に加わったけれど、そのときから知っていた。
 というか、ある日事務所に入って最初に目に入るのが拳銃だったら誰だって記憶に残ると思う。
 少なくとも私はそうだった。

「うん、それじゃあ完全に初対面ってわけでもないんだな。そっちはまた近いうちに時間をつくるから。大和さんは大きいイベントはこれが初めてだから藍子と美穂でサポートしてやってくれ。向こうのプロデューサーも一緒に仕事をするけど、現場だとお前達が頼りだからな」

「はいっ」

「頑張ります!」

 美穂ちゃんも少し落ち着いてきたかな。
 元々ちょっとあがり症だけど、しっかりしてるから。


「あとは……衣装か。今回は魔女系になる。これは方向性は決まってるから、顔合わせのときについでに合わせてしまおう」

 ここは特に疑問はない。美穂ちゃんと揃って頷く。

「お菓子のお渡し会は抽選で。まぁ数百人ってところか。これはそれ用のものをこっちで準備しておくから」

 プロデューサーさんの言葉にほっと息をつく。

「バレンタインみたいに忙しくはならないんですね」

「よかったぁ……たくさん、おいしくつくる自信はありませんでしたよ~……」

「まあ正直、時間的にはかなり助かるよな」

 それはそうですけど、そうはっきり言っていいんですか……

「あとはライブ中か。演劇は短く簡単なものになる予定だ。これはあくまでライブのおまけ程度」

「簡単なら大丈夫ですよね……!」

 美穂ちゃんもほとんど復活している。
 プロデューサーさんも最初にからかって不安にさせなくてもいいのに。

「ライブ中、いつもと違うのはお菓子を客席に投げ入れること。それだと後ろの方まで届かないから撃ったりするんだけど。それも使い方自体は簡単だし、練習もあるからこれも大丈夫だと思う」

 こうして聞いてみると、イベントの準備で負担になるようなことはなさそうだ。

「ハロウィン自体は三ヵ月後だけど、写真撮影と軽いレッスンはもう始めておきたい。特に写真はイベント一ヶ月前から使うから、八月前半までには仕上げておきたいな」

「まずは衣装が決まらないと次に進めませんよね?」

「ああ、だからなるべく早く集まる機会と衣装合わせはするつもりだ。急に呼び出すこともあるかもしれないけど、そのときは頼む」

「わかりました! 精一杯頑張りますね……!」

 美穂ちゃんのやる気は十分みたいだ。
 魔女の格好でお菓子を配るのって楽しそう。私も楽しみだな。

「うん、今のところはこんなもんだな。なにか質問はあるか?」

 まだ本格的に動いていないから、すぐには思いつかない。
 美穂ちゃんと顔を見合わせて、首を横に振る。

「それじゃあ、卯月は?」

 そういえば、ずっと喋らずに資料を読んでいたけど……

「はい? 私は大丈夫ですよ? 今まで運動会や正月特番には出たことがありますけど、ハロウィンも楽しそうですね♪」

「よし、じゃあ今日は解散! 気をつけて帰れよー」


…………


……………………


…………………………………………


 帰り道も途中までは三人一緒だ。
 美穂ちゃんは寮で、私と卯月ちゃんは実家暮らし。
 寮までは歩いて帰れるし、私と卯月ちゃんはその先、少し歩いたところにある駅から電車に乗る。

「私が主役かぁ……」

 美穂ちゃんが噛みしめるようにぽつりと呟く。

「大きな舞台はやっぱり緊張しますか?」

「そう、だね。でも、期待の方が大きいかなぁ……」

「大きい仕事といえば、美穂ちゃんは大河ドラマのお姫様をやったし。かなり慣れたんじゃないかな?」

 なんといっても、全国ネットの番組だ。
 美穂ちゃんの演技はとても堂々としていたし、プロデューサーさんも今後はこの方向も考えようかと言っていた。

「あ、あれはっ! たしかにいい勉強になったけど……今でも地元でみんなその話するから、恥ずかしいよ……」

「あははは、それは、まぁ、その……仕方ないよね?」

 卯月ちゃんが困ったようにこっちを見てくる。
 放送が終わったのがついこの前。熊本でもロケがあって、地元の盛り上がりはすごかったらしい。

「当分は仕方ないんじゃないかな? 美穂ちゃんの家族の応援はすごかったみたいだし」

「も、もう! お父さんのばかっ!」

 他にも美穂ちゃんの友達もかなり熱心に宣伝していたようだし……
 一番熱心だったのがお父さんだったのはそうなんだけど。

「とにかく、イベントの方は私もいるから大丈夫だよ」

「うん。頼りにしてるよ、藍子ちゃん」


 ハロウィンイベントの選考があったからか、この先の私達の仕事はやや少なめ。
 すぐあるものといえば毎週のラジオの生放送と、お昼の旅番組のロケくらいだ。
 だから、イベントが本格的に動き出すのが私も待ち遠しい。

「それにしても、顔合わせはいつになる……ん……?」

「藍子ちゃん? どうかしました?」

「あれって……キャリーバッグかな? 雪美ちゃんがペロちゃんを連れてくるときに使ってたよね?」

「やっぱりそうだよね? なんであんなところにあるんだろう」

 道端にペットを入れるようなバッグが一つ置いてあった。
 ひとまず、近づいてみる。

「捨てられているんでしょうか……?」

「ど、どうなんだろう? 藍子ちゃん、見える?」

「ええと……黒猫さん、だね」

 中を見てみると、奥のほうに黒猫がいた。
 私達が覗き込むとこっちの方に寄ってくる。

「まだ小さいね。飼い主はどうしたんだろう?」

「中にキャットフード置いてあるよ?」

「……二人とも、外にメモ張ってあるよ。ちゃんと確認しましょうよ」

「あっ」

 卯月ちゃんに言われて、バッグの外側にメモが貼ってあるのに気づいた。
 読んでみたところ、やっぱり捨て猫のようだ。

「ど、どうしよう……?」

「うーん……里親を募集している団体に預けるとか、かな?」

「そうだよね。藍子ちゃんはどう思う?」

「…………」

「あれ? 藍子ちゃん?」

 卯月ちゃんが肩を揺すってくるけど……

「あの、藍子ちゃん? じっと見つめてどうしたの?」

「美穂ちゃん、たぶん聞こえてないよ」

 そんなことより、黒猫さんの吸い込まれそうな緑の目をじっと見つめてしまう。

「…………かわいい」

「藍子ちゃん? あの、まさかですけど……」

「つ、連れて帰るつもりじゃ……」

 そ、そんなことは考えてたり考えてなかったりそもそも家で飼えるかもわからないしいやでもこのまま置いてはいけないしどこかに預けるといってもそれはそれで――

「うぅ……ダメ、かな……?」


…………


……………………


…………………………………………


 私の部屋に入って、やっと一息つくことができた。
 あのあと私の家に連れて帰って、飼わせて欲しいってお願いしたんだけれど。
 世話をしっかりすることって条件くらいであっさり認めてもらえた。
 あんまりわがままを言わないからこのくらいはってことらしい。
 それからペットショップで必要なものを揃えたりとばたばたしていたら、あっという間に時間が過ぎた。

「ここが今日からあなたのお家だよ」

 そう黒猫さん――ミドリくんに話しかけてみる。
 最初のときから全然鳴かない子だったけど、部屋の中でも同じみたい。
 今は部屋の隅のほうで物陰に隠れている。
 家に来たばかりの猫は警戒心が強いって聞いたし、仕方ないのかな?
 ミドリくんって名前は、初めに見つめあっていたときに目の色からつけた。
 体が真っ黒で、目は緑。
 なんだか、魔女の相棒みたい。

「早く慣れてくれるといいな」

 いつまでもこのままっていうのは寂しい。
 ミドリくんと仲良くなりたいから。

「それじゃあ、おやすみなさい」

 明日からお仕事は少しお休みだけど、やらないといけないことはたくさんあるし。
 まだまだ慌しくなりそうだ。


…………


……………………


…………………………………………


 あれから三日。
 アイドルのお仕事はお休みだったから、普通に学校に行ったりミドリくんを動物病院に連れて行ったりしてそれなりに忙しい毎日を送っていた。
 その間、ミドリくんは少しは慣れてくれたみいたいだけど、あまり近づいてはくれなかった。
 今日は土曜日。午前中に大和さんとの顔合わせがある。
 といっても、十一時からだから朝はゆっくりしていられる。

「みー」

 あれ? なんだか後ろから聞きなれない声が……

「……?」

 ベッドの中で逆を向いてみると、隣にミドリくんが寝ていた。
 いきなりすぎて少しの間呆然としてしまった。

「あ、ちょっと、ミドリくん?」

 ミドリくんは立ち上がると、前足で私の頬をつついてきた。
 私が横を向いているから上になってる方をつつきやすいのはわかるんだけど。

「あ、こら……もう……」

 何度かつついたあと、後ろに回って頭の上に乗ってきた。
 重くはないしふかふかであったかくて気持ちいいし。
 なにより、ミドリくんが懐いてくれてすっごく嬉しいんだけど……
 そのおかげで、私は身動きが取れなくなってしまった。

「……どうしよう」

 そんな状態を、喜びながらもちょっぴり悩んでいたんだけれど。


「ミドリくんもふもふだね~」

 あれから時間が過ぎて。
 ミドリくんが頭の上から降りたあとは、ずっとかまい続けている。
 途中、私が部屋に置いていた朝食のパンを食べるときにちょっと離れたけれど。
 今は私が枕にうつ伏せになって、ミドリくんが私の顔の前に寝転んでいる。

「ほら、こっちこっち……ふふっ」

 指先を誘うように動かして、それに食いつくところを楽しんだり。
 捕まえたら甘噛みしてくるから、それが少しくすぐったい。

「つー……」

 尻尾を撫でたり、つついたり。
 逆さに撫でると一瞬離れるけど、すぐに戻ってきたり。
 そんなところが見たくて、ちょっと意地悪したくなってしまう。

「えい。えいっ。ここがいいの?」

 お腹を見せてくるから、そこを撫でたり、指で掻いたり。

「ほらほら~ここもいいのかにゃ~?」

「みゃ~ぉ」

 ついでに喉もわしゃわしゃと撫でる。
 お腹や喉をかまうとめったに鳴かないミドリくんが気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らすから、つい何度もやってしまう。

「はぁ……ミドリくんはかわいいなぁ……」

 私は今幸せの絶頂に居るといっても過言ではない。
 ミドリくんとごろごろできるのは癒しだ。
 本当に、かわいくてかわいくて仕方ない。


「あ……もうお家出ないと」

 ミドリくんと遊んでいたらいつの間にか時間が過ぎていた。

「こうしてる場合じゃないよね」

 急いで着替えと準備をして、部屋を出る。

「それじゃあ、ミドリくんは帰ってくるまで待っててね」

 最後にドアの前でミドリくんに呼びかける。
 そのまま階段を下りて、玄関で靴を履いたんだけど……

「う……」

 後ろについてミドリくんも玄関まで来てしまった。
 私がドアを開けようとすると、一緒に外に出ようとする。

「私はこれからお仕事だから、ミドリくんはお留守番しててくれないといけないんだよ?」

 しゃがんでミドリくんに言ってみるけれど、じっと見つめてきて動いてくれそうにない。

「……本当に、どうしよう」

今回はここまでです。17歳、深緑の魔女のときの話です。
今月は少々忙しいので完結まで1ヶ月を目標にコツコツ進めます。

ひとまずおつです
期待してる

保守

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