少女「星砕きの龍」 (201)
**南方大陸.蜥蜴の森**
男「……う」パチリ
男「ここ、は……?」
男「部屋の中……? 俺は……?」
男「……頭が痛い……」
少女「横になっていた方がいい」
男「君は……」
少女「この塔の主だ。お前を拾った」
男「拾った? 塔……?」
少女「ここは私の家、星の塔だ。お前はこの塔の玄関前に倒れていた」
少女「私がそれを見つけて看病してやった」
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男「……そうなのか。ありがとう……」
少女「何があったか、覚えているか?」
男「……いや」
少女「……そうか。大方魔獣の襲撃にでも遭ったんだろう」
少女「質問を変える。こんな森に何しにきた?」
男「……分からない」
少女「……自分の名前を言えるか」
男「…………」
少女「ふむ……」
少女「残念だが、私は医者じゃない」
少女「怪我の処置は魔法でどうとでもなるが、記憶の回復は専門外だ」
男「……」
少女「そう湿気た面をするな」
少女「当分はこの塔に住まわせてやる。小間使いとしてな」
男「……ありがとう」
少女「礼には及ばん」
少女「とは言え、暫し養生しろ。その体じゃろくに物も持てないだろう」
男「……あの、ボロボロの鎧は……」
少女「ん? ああ。あれはお前が着てたものだ。治療の邪魔だから脱がせたが……よく分かったな」
男「……」
少女「ふん……記憶の残滓、とでも言おうか。断片化した情報が、残っているようだな」
男「……そうかもしれない。見覚えがあったんだ」
少女「鎧の痛み方からして……戦闘があったのは確実だが、それよりも相当着込んでいたようだ」
男「……」
少女「……決めたぞ。お前の名前を」
男「……俺の名前?」
少女「ああ。名無しでは不便だろう」
少女「“旅人(ラウラ)”。これが、今日からこの塔に住むお前の名前だ」
旅人「……分かった」
少女「気に入ってもらえたようでなにより」
旅人「君の名前は……?」
少女「私? 私か」
少女「“少女(リリエル)”だ。少女でいい」
旅人「……少女。分かった」
少女「ふふっ。少しは顔色も良くなってきたようだな」
**一週間後**
少女「魔導書を天井書庫まで運ぶ。持ってきてくれ」
旅人「分かった」
少女「落とすんじゃないぞ。一冊一冊がお前の数倍の価値があるんだからな」
旅人「気をつける」
少女「ん。よし、先に行ってる」フワリ
旅人「……転移魔法」
旅人「本も全て転移させればいいのに……」
旅人「よっと……」
旅人「……」チラリ
旅人(塔の窓に映るのは、果てしなく広がる森ばかり)
旅人(集落は全く見えない……)
旅人(先日少女に付き添って薬草の収集に出掛けたが、凶暴な獣とは出会わなかった)
旅人(記憶を失う程の、重傷を負うような魔物は……)
旅人「うわっ――っと!」バサリ
旅人「やってしまった。カーペットの上でよかったな……」ヒョイ
旅人「“龍の眷属”、ね……魔導書ではなく学術書の類じゃないか……?」
旅人「……まあいいか」
旅人「持ってきたぞ」
少女「ご苦労。その机の上においてくれ」
旅人「他には?」
少女「運搬はこれで終わりだ。昼食にしようか」
旅人「分かった」
少女「暫く本を読む。出来たら魔法の壷で教えてくれ」
旅人「……了解」
旅人(この一週間、少女のもとで働いていて分かったことがある)ジュージュー
旅人(今までの記憶は失われてしまったが、何故か生活の技術は体が覚えていた)
旅人(例えば調理の仕方、薬草の選び方)
旅人(戦闘の方法だったりが、すぐに思い出せた)
旅人(今まで歩んできた長旅の積み重ねが、体に染み付いていたのだろうか)
旅人「……よし」
魔法の壷「」ズーン
旅人「……出来たぞ」
魔法の壷《出来たぞ》
旅人「……」
魔法の壷《分かった。今行く》
**地下庭園**
少女「さて、今日も臨戦実験をする」
少女「体の調子はどうだ」
旅人「問題ない」
少女「好都合。今までは弓の適正を測ってきたが、そろそろ次のステップに移ろう」
少女「お前が星の塔の前に倒れていた時、傍らには弓矢と剣が落ちていた。おそらくお前のものだろう」
少女「近接戦闘の腕がどの程度のものか。見せてもらうぞ」ボォン
旅人「……召喚魔法」
少女「今回は一味違うぞ?」ニヤ
ゴーレム「ぐごご」
旅人「鉄巨人」
少女「製鉄術によって生み出した魔法生物だ」
少女「頑強な鎧に守られているが、装甲同士を繋ぐ結び目が存在する。そこを突け」
旅人「初戦にしては……随分ハードだな」
少女「死にはしない。全力がどんなものか調べる良い相手だろう」
少女「始めるぞ」パチンッ
ゴーレム「ぐごご」ガシャン
旅人「少女が指を鳴らした途端……動き出した」
旅人「装甲の間……」シャキン
ゴーレム「ごごっ」ブオッ
旅人「ッ!?」バッ
ドォオン
旅人「は、はやっ……」
旅人「突撃して拳を叩きつけたのか」
旅人「死にはしない……が、無事の保証も無いか」
少女「……」
ゴーレム「ごお、お」ムクリ
旅人「もう一撃……来るか」
旅人「今度は……」
ゴーレム「ごおっ」ドッ
旅人「同じ手は食わんッ」シュッ
ドォォン
旅人「装甲の隙間……ここかッ」シャキンッ
ザシュッ
旅人「手応え、ありッ」
ゴーレム「ごお、おお……」グラリ
ゴーレム「……」
旅人「まだ、倒れないか」
旅人「右脚は切った。次は……」
ゴーレム「ぐぐっ」ドォッ
旅人「ッ! こいつ、左脚をガードして」
ドォオオン
旅人「それなら……」ザシュッ
ゴーレム「おおおっ、ごおおっ……」
旅人「もう一撃、右脚に食らわせるまでだ」
ゴーレム「……」ズシーン
旅人「……終わったか」
少女「お見事。こうもあっさりとはね」
少女「弓術剣術、共に優れた実力だ。流石は歴戦の旅人と言うべきか」
旅人「……その戦いの記憶は無い」
少女「戦闘による刺激が、いずれ記憶を取り戻すきっかけになるかもしれん」
少女「確証は無いがね」
旅人「少女」
少女「なんだ?」
旅人「少し天井書庫を見せてくれないか。調べたいことがある」
少女「……私の同伴付きでいいなら許そう。何を調べたい?」
旅人「……記憶障害について」
少女「やっぱりか。ふん、その程度なら私が諳んじてやる」
少女「ついて来い。お茶にしよう」スタスタ
旅人「……助かるよ」
少女「構わん。そろそろ、情報を整理したかったからな」
**居間**
少女「さて、以前にも説明したとは思うが……」
少女「記憶を失うケースには幾つか種類がある」
少女「一つが、大怪我のショック。戦闘事故問わず、人はなんらかの負傷をした際にショックで記憶を失うことがある」
少女「後遺症に悩まされるが、これは時間経過、適切な精神治療である程度の記憶は取り戻せるだろう」
旅人「精神治療……」
少女「カウンセリングか。安静にするのも有効な手段だろう」
少女「次。魔法行使による副作用」
少女「難度の高い魔法の中には、副作用を伴うものが多数存在する」
少女「また簡単な魔法であっても、詠唱に失敗すれば一時的な記憶障害が起こる可能性がある」
少女「お前の場合、後者の理由はまず有り得ないだろう。詠唱失敗であんな傷は負わない」
少女「高難度の魔法を発動させ、辛くも敵を倒すが代償として記憶を失った……」
少女「とんだヒロイックだな。可能性としては捨て切れない」
旅人「……あまり想像できないな」
少女「そうだな。お前の魔力総量は、魔法使い寄りでは無いようだし」
少女「そして三つ目。記憶魔法を食らう」
少女「記憶魔法と言うのは……対象の記憶を奪い取るものと、消し去るものがある」
少女「ついでに偽物の記憶を埋め込むものもあるが……今回は関係ないな」
少女「記憶魔法は、魔法の中でも特殊なもの……使いこなせるのは耳長の種族、つまりエルフ族しかいない」
旅人「エルフ族……森に住む小柄な民、だったか?」
少女「そうだ。彼らは人間を嫌い、人里離れた山奥に住む」
旅人「この森にもいるのか?」
少女「それは皮肉かい。私の知る範囲では、いないはずだが……もしかしたらも有り得る」
少女「偶然、もしくはなんらかの事情でエルフの隠れ里に入り込み、交戦の末記憶を抹消される……」
少女「そんなシナリオもあるかもしれないな」
旅人「……」
少女「こんなところか。何か質問は」
旅人「今は、無い。ありがとう」
少女「間違ってもエルフを探そうなどと思うなよ。捜索だけで一生涯が終わるからな」
旅人「……ああ」
少女「……さて、私は昼寝をとる。好きにしてていいぞ」
旅人「森を見てきてもいいか?」
少女「……」
旅人「いや、違う……遠出するわけじゃない。少し、散策に」
少女「……平穏が嫌いかね」ゴソゴソ
少女「これを持っていけ」ポイ
旅人「……これは?」
少女「飛翔石。転移魔法のスクリプトが仕込まれた魔法結晶だ」
少女「危なくなったら砕け。自動的にこの塔まで転移する」
旅人「……便利だな」
少女「それがあるからって、奥地まで行くなよ。何が潜んでるか分からんからな」
旅人「分かった。気をつける」
少女「ふん。いい物が見つかるといいな」
**蜥蜴の森.星の塔周辺**
旅人「さて……少し歩いてみようか」
旅人「一人で来るのは初めてだな……」
旅人「……この辺りで倒れていたらしい」
旅人「……」ザッザッ
旅人「何もない、か……当然だな」
旅人「……道が続いてる」
旅人「……俺は何が目的で、この森に来たんだろうか」
旅人「少女が関係しているのか? それとも、他に」
旅人「……」ピタリ
旅人「この前薬草を取りに来た場所か」
旅人「……あれは」
狼A「ぐるる」
狼B「ぐるぐる」
旅人「……やるか」
旅人「念の為に持ってきて正解だったな……」スッ
旅人「距離……十。視界良し……」グググ
旅人「はッ!」ビンッ
ザシュッ
狼「ぎゃうんっ!?」バッタリ
狼B「がうッ?」グルリ
旅人「次ッ」グググ
狼B「がああッ」ドッドッ
旅人「ふッ!」ビッ
狼B「ぎゃあうっ」ズザザ
旅人「……よし」フーッ
狼だったもの「……」
旅人「……ふう」
旅人「本物の獣か……」
旅人「以前少女が出してくれたのは、召喚された魔獣だった」
旅人「……狩猟の仕方。死体の捌き方……」
旅人「全て覚えている……考えなくとも、体が動く」
旅人「……妙な感覚だな」
旅人「……!」
狼C「……」ザッ
狼D「……」ザザッ
旅人「血の匂いに、釣られたか」
旅人「……」
狼C「ぐる……」ジリジリ
狼D「があう……」グルグル
旅人「……」フーッ
旅人「はッ」ビシュッ
狼D「ぎゃうんっ!?」ドサッ
狼C「があああうっ!!」ドドド
旅人「はあっ……はあっ……」
シーン...
旅人「撒いたか……あいつら、次から次へと出てきやがって……」
旅人「ふう……ここはどのあたりだ……?」
旅人「星の塔は……あっちか」
旅人「……ん?」
旅人「なんだ、ここ……地面に亀裂が……」
旅人「――いや、違う。これは……」
旅人「渓谷だ……」
旅人「驚いた。この森にこんな大きな渓谷があったなんて」
旅人「下手すれば落ちていたな……」
旅人「……底が見通せないくらい深い。微かに風切り音が聞こえてくる」
旅人「真っ暗だな……少女はここを知ってるんだろうか?」
旅人「……? だんだん音が大きく……」
バサァッ!
旅人「――!?」
旅人「な――」
黒龍「……」バサッバサッ
旅人「こ、これは……!? 谷の底から……!」
黒龍「……」フシュルルルル
旅人「……龍、なのか? この谷には、龍が……」ドサッ
旅人「痛ッ……」
パリン
旅人「――!?」ボゥン
黒龍「……!」
黒龍「……」
バサァッ
**星の塔**
旅人「――ッ!」グルリ
少女「ん……おかえり」
旅人「少女……ここは……塔の中か」
少女「まさか本当に使うとはね。無事のようだが、何があった?」
旅人「いや……その。狼に、囲まれたんだ」
少女「ほう。それで石を砕いた、か。良い判断だったな」
旅人「……」
少女「そろそろ夕食の時間だ。今日は私が作ってやる。少し休んでいろ」
旅人「……平気だ。俺も手伝おう」
少女「そうかな。その血の匂いを流すのは、結構な時間がかかると思うが?」
旅人「……」
少女「ほら、動け」シッシッ
旅人「……夕食の準備は、頼む」
少女「ふふん」
**深夜**
少女「明日は薬草の調達に出かける。それから調合の講義だ」
旅人「分かった」
少女「おやすみ。何かあったら魔法の壷を使えよ」
旅人「ああ」
バタン
旅人「……ふう」
旅人「少し本でも読もう……」
旅人「……」パラリ
旅人「この世界には、五つの大陸があって……」
旅人「それぞれ東西南北に位置し、その中心に中央大陸が存在している」
旅人「連合国の王都や魔術連本部がある中央大陸」
旅人「厳しい環境から多くの戦士を輩出する北方大陸」
旅人「独自の文化が発達する東方大陸。今なお未開拓の自然が多く残るここ南方大陸」
旅人「そして、魔物との抗争激しい西方大陸」
旅人「この本には……さっきの谷のことは書かれていない」
旅人「……あの龍は、一体……?」
****
少女「――ああ、分かってる」
少女「とうとう選ばれたんだ……これから……」
少女「……そうだな……」
少女「……私達も、動く時が来た」
少女「ふふ……柄にもなく、わくわくしてきたよ」
少女「勇者か……」
**数日後**
少女「おはよう、旅人」
旅人「おはよう。早いな」
少女「今日は特別な日だからね」
旅人「特別?」
少女「そう。暫く家を空けることになった」
旅人「……なんだって?」
旅人「街に行くのか? いつ頃帰ってくるんだ?」
少女「分からない。ただ、一週間一ヶ月では済まないだろうな」
旅人「もしかして……旅に出るつもりか?」
少女「まあ、そう言った方が適切だな。相当長い期間、帰らないだろう」
旅人「おいおい……ずいぶん唐突だな。昨日の今日で何があった」
少女「……」
旅人「……話せない事情なのか?」
少女「いいや。記憶を持たないお前になら問題ないだろう。ただ……」
少女「話した場合、私の旅に同行してもらうことになる」
旅人「……趣味で行く旅ってわけじゃなさそうだな」
少女「これは宿命だ。宿命の旅だ。失敗は許されない」
旅人「……そんなにか。いったい……」
少女「ついてくるつもりか。命の保証は無いぞ」
旅人「……君には助けてもらった恩がある。それに、俺は記憶を取り戻さなきゃならない」
旅人「こんな俺でも、何か役に立てるなら……同行させてくれないか」
少女「……後悔するなよ」
旅人「しないさ」
少女「そうかい。なら、教えてやる。私の旅の目的……」
少女「それは魔王を殺すことだ」
旅人「……魔王?」
少女「覚えは無いか? 全ての魔物の頂点に立つ邪悪の象徴」
少女「旧時代に封印されていたが、今になって長い眠りから目覚めた」
旅人「……そうなのか。魔物にも王がいるのか」
少女「魔王が目覚めたのは三年前。奴は西方大陸の果てにあったゲートを再び開き、魔界とこっちの世界を結び直した」
少女「ゲートが開いている限り、奴はこの世界の全ての魔物に対し命令を下すことが出来る。今まで野良だった魔物連中も含めて、だ」
旅人「それは……」
少女「最近まで目立った活動も少なかったのだがね。戦闘はほとんどが西方大陸のみで済んでいた」
少女「だが、これからはそうも言っていられなくなる」
少女「魔王の目覚めから三年だ。そろそろ力を取り戻しつつあるだろう」
少女「奴が完全に快復する前に叩かなければ……」
少女「この世界は、簡単に転覆する」
旅人「……」
少女「それは私の意するところじゃない。だから殺そうってわけさ」
旅人「……勝てる算段はあるのか」
少女「私たちだけでは、無理だろう」
旅人「じゃあ……」
少女「どうするか。さあ旅人、私が何も考えてないと思うかね」
少女「魔王の目覚めから今まで、どうして叩きにいかなかったと思う?」
旅人「……何かを待っていた?」
少女「そう。私はずっと待っていた」
少女「ああ、残念だがお前は完全なイレギュラーだった」
旅人「……知ってたよ」
旅人「……それで? 一体何を待ってたんだ?」
少女「私が待っていたのは……唯一、魔王に一人で対抗し得る人物」
少女「“勇者”と呼ばれる男が、神に選ばれる日だ」
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~しょうじょ「ほしくだきのりゅう」~
・割と適当ファンタジー(長編)
・人が死にます(マイルドに)
・更新速度は数日に一回です(途中まで書き溜め有り)
・エロいのは無いです(みんな真面目)
長旅になると思います。よろしくお願いします。
面白そう、期待
乙!エタらず完走して欲しい
少女「準備はいいか」
旅人「大丈夫」
少女「よし。後のことは任せたよ、メロック」
魔導メイド「ギー」
旅人「……普段の家事もこれにやらせればよかったんじゃ?」
少女「こいつは長期外出時専用と決めているんだ。普段は私一人で何から何までやってたんだぞ」
旅人「……そうか」
魔導メイド「イッテラッシャイマセ」
**蜥蜴の森**
少女「北方大陸で神託を受けた勇者様は、今は中央大陸の連合王都に向かっている」
少女「一週間後、王都で聖剣の授与式が行われる。どうにかそこで接触したい」
旅人「じゃあ当面の目的地は、その連合王都か。どんなルートをとる?」
少女「この森を抜け、草原を越えて港町へ。そこから中央大陸に繋がる鉄橋を渡る」
少女「まずはこの森をどう抜けるかだが……地下へ潜るぞ」
旅人「地下? トンネルでもあるのか」
少女「洞窟だ。地下街がこの森の地下にある」
少女「その洞窟を抜ければ、一直線で森から出られるからな」
旅人「地下街か……」
少女「古くは旧時代の頃から存在しているとか。ろくでなしが多いが、大人しくしていれば厄介事をふっかけられることはない」
少女「酒場のマスターが出してくれるビアが美味しくてね。ふふ……よく通ったものだ」
旅人「……酒場? 君、歳は……」
少女「ううん? なにか?」
旅人「……いいや。なんでもない」
少女「ふふ、君は潰しがいがありそうだな? いつか奢ってやろう」
旅人「……楽しみにしてるよ」
少女「見えてきた……あの穴から街に降りる」
旅人「ただの洞穴のように見えるが」
少女「奥まで行けば分かるさ」
旅人「……看板がある」
“竪穴の街”
旅人「……ふむ」
少女「おいてくぞ」
**竪穴の街**
旅人「深い穴だ。所々の壁から、白い柱が突き出しているのが見える」
旅人「旧時代の建造物の名残、か」
少女「ここは街の上層区。森を抜ける洞窟は、下層区にある」
少女「エレベーターに乗っていこう。その方が早い」
旅人「エレベーター……?」
少女「……そうか、そんなことも知らないのか。見れば大体理解できるさ」
旅人「……発見が多い旅になりそうだな」
ゴウンゴウンゴウン
旅人「箱が勝手に動いている……」
少女「文明の産物だね」
旅人「これは魔法で動いてるのか?」
少女「いいや、これは機械だ。魔法とは違い、電気を媒体にして動く」
少女「電気がなければ、動かなくなる。魔力を失った魔法と同様にな」
旅人「大した違いは無いってことか」
少女「発達しすぎた技術は魔法と区別がつかなくなる」
少女「似ているようにも見えるが、その内実はまったく違う。混同するなよ」
旅人「……よー分からん」
ゴウンゴウンゴウン チーン
旅人「……止まった」
少女「下層区だ。降りるぞ」
旅人「分かった」
少女「さて、洞窟は……」
「おや、少女ちゃんじゃないか」
少女「おっと」
旅人「……坊主のおっさんが出てきたぞ」
少女「さっき話した酒場の店主だ」
店主「久しぶりだね。寄ってくかい?」
少女「今日は遠慮しとくよ」
店主「そりゃ残念。そっちの方は?」
少女「連れだ。これから旅に出るんでね」
店主「ほぉう、長旅になるのかい」
少女「そうだな……一月は帰らないと思う」
店主「なんと。そんなにか」
店主「よし、ちょっと待ってなさい」
少女「……?」
店主「お待たせ。持っていきな」
少女「これ……ビアじゃないか」
店主「旅先で飲むといい。一日の疲れも吹っ飛ぶさ」
少女「ありがとう、マスター。帰ったら一番に立ち寄るよ」
店主「ああ、達者でな」
店主「そっちの硬いのも、しっかりな」
旅人「あ、ああ……」
少女「ふ、ふ。思わぬ補給品だな」
旅人「良い人だったな」
少女「なんだい、変な顔して。私が社交的にしているのがそんな不思議か」
旅人「まあ……引きこもってばかりだと思っていたからな」
少女「ふん。失礼なやつめ」
少女「ほら、あれだ。洞窟に入るぞ」
旅人「買っていくものはないのか?」
少女「魔法があればどうとでもなる」
旅人「……そうか」
**洞窟入り口**
少女「む……明かりがついてないな」
旅人「これも機械なのか」
少女「そう。そして明かりがついていないのは」
少女「電気が届いていないということ」
少女「照明魔法」ポゥン
旅人「……便利だな」
少女「行くぞ。あまり離れるな」
旅人「ああ」
旅人「……湿度が高い」
少女「……妙にじめじめとしている。雨は降っていないはず……」
旅人「……少女、前に」
少女「む」ピタリ
ゾンビ「ォオオォ」ノロノロ
旅人「う……なんだ、あれは……」
少女「ゾンビーだ。魂を失った死者の成れの果て」
少女「こうした湿度の多い暗い空間において……時折闇から這い出て来ることがある」
少女「一体だけか」ダァン!
ゾンビ「ォ、ォオ...」ボロボロ
少女「ふん。進むぞ」
旅人「今のは」
少女「魔法の矢だ。魔法の基礎中の基礎」
少女「魔力を矢の形にして放出する、仕組みは簡単だが奥深い魔法だ」
少女「熱心な魔法使いは今もまだ、魔法の矢の研究を続けているとか」
旅人「……そんなに奥深いものなのか?」
少女「全ての研究は基礎から始まる」
少女「魔力を魔法に変換する、その仕掛けを研究するのに一番適しているのが魔法の矢ということだ」
旅人「……やっぱりよー分からん」
少女「分からなくてもいいさ。君は魔法使いではないし」
ゾンビ「オオオオ」
旅人「また……」
少女「……」ダァン!
ゾンビ「ォァー…」グタリ
少女「こんなところで魔力を無駄にしたくはないんだがな」
旅人「俺が出ようか」
少女「あいつらの爪には毒がある。接近は不利だ」
旅人「動きは緩慢だぞ」
少女「それでも、だ。暗がりから不意に二匹目が出てきたらどうする」
旅人「……だが」
少女「……まあいい。その時は私がフォローする」
少女「くれぐれも毒はもらうなよ」
旅人「……分かってるさ」
旅人「分かれ道か」
少女「右だ。左は別の出口につながってる。用はないな」
旅人「分かった」
少女「ここをまっすぐ進めば、森の外に出られるはずなんだが……」
ゾンビ「オオオ…」
少女「また来たか……」
旅人「よし、俺が行く。援護を頼む」
少女「ああ」
ゾンビ「オオ、オ」ユラッ
旅人「遅い……貰ったッ!」ザシュッ
ゾンビ「カッ、アア…」ドシャッ
旅人「よし……」
少女「旅人、奥だっ!」
旅人「なにッ」
ゾンビーズ「オオオオオオォ……」ワラワラ
旅人「え……」
少女「ひ、引け、旅人!」
ゾンビ「オオォオオオオ」
ゾンビーズ「オオオオオオッ」
旅人「おいっ、何がっ、どうとでもなるんだ!?」
少女「や、やかましいっ。これは……予想外だった!」
旅人「予想外って……!」
ゾンビ「オオオッ」グイ
旅人「くっ……」シャキン
ザシュッ
ゾンビ「グオオオオオッ」ヨロヨロ
少女「走るぞ! 急げ!」
旅人「あれじゃ先に進めないぞ!」
少女「分かってる……さっきの分かれ道、こっちだ!」
旅人「別の出口に出るのか!それで大丈夫なのか!?」
少女「ああ、やむを得ん! 行くぞ走れ走れ!」タタタタッ
旅人「はっ……はっ……!」タッタッタッ
ゾンビーズ「オオオオオオァァアアオアァア!!」ドドドドドド
少女「魔法の矢!」ダンッ!
ゾンビ「オオオァアア」バタリ
少女「くそっ、前から後ろから……!」
旅人「後ろと距離は離れてきたぞ! このまま逃げきれるか……」
少女「ああ……そろそろ出口だ」
旅人「本当か!」
少女「本当だ。ただし――」ピタッ
旅人「え……」ピタリ
ヒュオオオオオオ
少女「断崖絶壁だがね」
旅人「ど――どうするんだ!? これじゃあゾンビに追いつかれて――」
少女「決まっている」
少女「翔ぶぞッ!!」ピョン
旅人「なぁっ!?」
少女「はやくしろ! 魔法の有効範囲は広くないぞッ!」
旅人「く……くそっ、やるしかないのかぁぁぁっ!」
旅人「うおおおおおおっ!!」ダッ
少女「よし――」
少女「“想像力の翼”!」ボゥン
旅人「か、体が――」
少女「落下の速度を和らげる魔法を使った」
少女「自由に飛ぶことは出来ないが、安全に着地できる」
少女「谷底だ。足をしっかり出せよ」
旅人「ああ……」
少女「よ、っと」グッ
旅人「っと……」グッ
少女「ふう。ほれ、どうとでもなった」
旅人「……そうだな」ハァ
旅人「ゾンビは付いてきていないみたいだ」
少女「あいつらは段差を嫌う。ましてやこんな落差を追ってくるのはまず不可能だ」
旅人「そうなのか……どうして?」
少女「足が上がらないから」
旅人「……成程」
少女「真に受けるなよ。一説では、あいつらの位の低さが理由とされている」
旅人「位?」
少女「生命の価値とでも言おうか。私たちは人間だが、あいつらは屍者だ。精神はおろか魂すら持たない物質だけの存在だ」
少女「当然その価値は最底辺に位置する。それゆえ……最底辺のデメリットとして、上下の移動を封ぜられたと」
旅人「へぇ……」
少女「あくまで“神”を信じるならの話だな。根拠無き精神論に近い説さ」
旅人「それで……ここはどこなんだ?」
少女「うむ。蜥蜴の森の北東に位置する、龍の渓谷だ」
旅人「……!?」
少女「どうした?」
旅人「いやいや、なんでそんな平然としてるんだ。龍って、あの……」
少女「知ってるのか?」
旅人「……知ってる。本で読んだ」
少女「そうか。説明の手間が省けて助かるよ」
旅人「……どうするんだ、龍と遭遇したら」
少女「問題ない。私に任せておけ」
旅人「……」
旅人「……」テクテク
少女「……」テクテク
旅人「……出口はこの先なのか?」
少女「ああ。緩やかな傾斜を登った先で……浮遊石を使う」
少女「浮遊魔法が仕組まれた結晶だ。ある程度の高さまでなら飛べる」
旅人「なるほど。坂道になってるわけだ」
グォオオオオオオ
旅人「ッ!」
少女「……」
旅人「今のは……」
少女「来たか」
旅人「なに?」
バサァッ バサッ
旅人「…………」
少女「この谷の龍たちが」
少女「集まってきたようだな」
火龍「……」
土龍「……」
風龍「……」
旅人「……ッ」
旅人(切り立った谷の所々にある足場に、龍たちが乗っている)
旅人(数え切れないほどの龍がいる。前にも後ろにも……)
旅人(声が、出ない……)
黒龍「……」
旅人(あれは……この前の)
少女「盛大な歓迎だな」
旅人「少女……」
少女「そんな青ざめた顔をするな」
旅人「だが……」
少女「ふふ。見なよ」
旅人「……?」
龍たち「……」
龍たち「……」ググッ
旅人「な……」
旅人(頭を下げた……?)
旅人(敵意がない……どころか、こちらに対し敬意すら……)
旅人(……違う)
旅人(こちらではなく、少女に対して……)
旅人(彼らは、忠誠を誓ってるんだ)
少女「さ。行こうか」
少女「安心しな。私の近くにいる限り、取って食われたりはしないさ」
旅人「……」
少女「……この辺りでいいだろう」
旅人「……地上が近いな」
少女「ああ。結晶を割るぞ。近くにいろ」
パキン
少女「よし」フワリ
旅人「……」フワリ
ゴォオオオ...
少女「なんとか地上に戻ってこれたな……」
旅人「……なあ」
少女「なんだ?」
旅人「さっきのは……いったいなんだったんだ?」
少女「……なに、私も長いことこの森で暮らしている」
少女「龍との交流も多少はあったのさ」
旅人「交流……」
少女「また今度、詳しいことを教えてあげるよ」
少女「今は他に重要なことがある」
旅人「ここは……まだ森の中か」
少女「洞窟ルートよりも遠回りにはなったが、森の出口は近いぞ」
少女「森を出て暫く歩けば、草原の村がある。今日はそこで一泊する」
旅人「分かった」
少女「まだ日が沈むまで時間がある。急ぐ必要はないな」
少女「消灯魔法」ボゥン
旅人「……」
――
少女「前々から気になっていたのだが」ザッザッ
旅人「なんだ?」ザッザッ
少女「お前が髪を結ぶのに使っているそのゴム」
旅人「ああ……これか」
少女「魔力が込められてるな」
旅人「……そうなのか? これも倒れていた時から持ってたんだよな」
少女「ああ、あった。つまり記憶を失う前から使っていた品なんだが……」
旅人「何が気になるんだ? 効果か」
少女「そうだ。それに込められている魔力がなんのためにあるのか」
少女「一見魔法効果を発揮しているようには見えない……」
少女「気になる」
旅人「ご執心だな」
少女「自分の理解が及ばないマジックアイテムだぞ。気になるに決まっている」
旅人「安全祈願とか……そんな感じじゃあ無いのか」
少女「違う。幸運の値を上昇させる効果ではない」
旅人「……幸運って数値化出来るんだな」
少女「一度洗濯の時に解析にかけてみたんだが、分からなかったんだ」
旅人「他人の私物を……」
少女「私を持ってしても正体不明のゴムだ。はてさて」
少女「君の記憶が戻ったら、真っ先に尋ねるのはそのことだな」
旅人「……答えてやれるならやりたいもんだよ」
少女「お。ようやく森の出口だ」
旅人「おお……」
少女「出発から半日……えらくかかってしまったな」
旅人「森の外は、草原か」
少女「港街まで伸びる大草原。あそこに見える鉄塔の下にあるのが草原の村だ」
旅人「もう少しだな……」
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また次回。
少女(リリエル) 十八歳 女の子
銀髪。ショートカット。目の色は黒。
身長は低め。童顔。目尻に泣きぼくろがあります。笑うと可愛いけどあまり笑いません。
ゆったりとした藍色のローブを着ています。ローブ系統の衣服を好むようです。
ドラゴンを従わせる事が出来るヤツがゾンビ相手に逃げるかね?
乙!
**草原の村**
旅人「ついた……」
少女「流石に足が疲れた。宿を取ろう」
旅人「場所は分かるのか?」
少女「ああ。ここはまだ来たことがある。港町から北は行ったことないがね」
少女「その点は君のほうが詳しいんじゃあないか?」ニヤ
旅人「嫌なやつだな……とっとと行こう」
少女「ああ、それがいい」
**宿屋**
主人「いらっしゃい」
少女「一部屋お願い。はい」チャリン
主人「毎度。これが部屋の鍵。浴場はそこの廊下を突き当たりまで行って右だよ」
少女「ありがとう」
主人「ごゆっくり」
旅人「へえ、浴場か」
少女「入りたきゃ入ってこい」
旅人「気になるな。荷物を置いたら行ってこよう」
少女「私はあとにするよ」
旅人「ところで」
少女「なんだ?」
旅人「軽く流してしまったが……いいのか? 一部屋で?」
少女「はん。なにか疚しいことでも?」
旅人「君が構わないのかと聞いてるんだ、俺は」
少女「構わんさ。旅費は浮かしたい。君は意味もなく手を出すような男には見えないし」
少女「“魔がさした”ところで、どうなるか分かってるだろ」
旅人「……」ハァ
旅人「ここか」ガチャリ
少女「狭いが一晩の辛抱だ。港町にはもっと良い宿屋があるからね」
旅人「確かに狭いが……良い部屋だな。これならゆっくり休める」
少女「君はもとよりどこでも休めるだろうに」
旅人「そうかな……」
少女「お、見ろ。星がよく見える」
旅人「どれ……おお、本当だ」
少女「この時期は星座が多くてな……あれが魔術座、あれが聖剣座だろ……」
旅人「へぇ……」
旅人(こうして見る分には、歳相応の少女にしか見えない)
旅人(しかし……平素の態度。並々ならぬ魔力)
旅人(そして、龍たちを従えるほどの実力)
旅人(この少女のルーツとは、一体……)
少女「むう。お腹がすいたな」グルル
少女「丁度いい、少し早めの夕食にしよう。確か宿屋の右翼部に食堂が……」
旅人「俺は先に風呂に入ってくるよ」
少女「ん。そうか」
少女「じゃあ別行動だな。宿屋から離れるなよ」
旅人「分かっている」
**宿の浴場**
カポーン
旅人「ふぅ……生き返る」
旅人「小さな宿にしては、よく出来た浴場だ。露天風呂まであるとは」
旅人「まあ……星の塔のそれと比べると、手狭だが」
旅人「いや、あっちが規格外なんだ……階層一つまるごと風呂って、おかしいだろう……」
旅人「……腹が減ったな」
**食堂**
旅人「少女」
少女「随分と早風呂だな」モグモグ
旅人「小腹が空いたんだ。どうだ? いけるか?」
少女「うむ、美味いぞ。特にこの草原牛のステーキ……絶品だな。前来たときも食べればよかった」
旅人「ほぉ……そういや少女、路銀はあるんだよな? 長旅になるんだろう?」
少女「こまいことを気にするやつだな。元旅人の性かね」
少女「問題ないよ。十分ある」
旅人「そうか……」
少女「みみっちいこと言ってないで君も食え。一人で頼むには多すぎた」
旅人「ふぅ……腹いっぱいだ」
少女「よく眠れそうだ」
主人「や、お客さん。あんたら中央大陸行きかい?」
少女「ご主人。そんな感じさ。ちと王都の方まで行こうとね」
主人「そうかそうか。だったら気をつけた方がいい」
少女「何をだ?」
主人「この先の街道に小さな砦があるんだが、最近賊が占拠している」
少女「ふむ……」
主人「なんでも“勇者一行”を名乗り、通り抜けようとした人に金銭を要求するんだとか。おかしな連中だよ」
少女「自称勇者、ね。その砦を迂回することはできるか?」
主人「だだっ広い平原だ、街道以外に目印が無くてね。遭難する危険がある」
主人「近いうちに港町の憲兵隊が討伐隊を派遣してくれるはずだ。それまでこの街に留まるのも悪く無いと思うよ」
少女「分かった。主人、ご馳走様」
主人「お粗末さま」
支援
旅人「勇者一行か」
少女「勇者選定の一件は住民たちにとっても大きなニュースだ。勇者を名乗って悪行を働く連中もいるってわけだな」
旅人「なるほど。で、どうする?」
少女「決まってる。砦に向かう」
少女「こんな辺境で足踏みしていられないからな」
旅人「作戦はあるのか?」
少女「問題ない。私に任せておけ」
旅人「そればっかりだな。少しは教えてくれてもいいじゃないか」
少女「砦に近付いたらにしようと思ったんだけどね……」
少女「まあ、今回も魔法さ。砦一帯に“眠りの雲”の魔法をかける」
旅人「眠りの、雲」
少女「そう。効果はなんとなく分かるよな? その空間の生物の意識を奪う」
少女「勿論世界には睡眠耐性を持つものもいるが、こんな田舎の賊程度なら問題なく通用するだろう」
少女「賊共が寝ている間に、こっそり通り抜けようと言うわけさ」
旅人「なるほど。軽く済みそうだ」
少女「戦闘は極力避けたいからね。人間相手なんてもってのほかだ」
少女「明日早朝に出発する。今晩は早く眠るぞ」
旅人「分かった」
**その夜**
旅人「……」ペラリ
ガチャ
少女「やあ、我が家には劣るがいい湯だった」フゥ
旅人「おかえり」
少女「何を読んでるんだい」
旅人「君の家にあったやつだ。錬成と化学」
少女「殊勝なことだ」
旅人「全く覚えていないが、俺は昔魔法を使えたんだよな?」
少女「おそらく、ね。魔力はある。一般の魔法使いと比べれば些細な量だが」
旅人「どんな魔法を使えたか、分かったりしないか?」
少女「おいおい私は占い師じゃないぞ。流石に個人の魔力から得意とする領域を特定できたりはしない」
旅人「そうか……少し気になってな」
少女「力と記憶を取り戻したい気持ちは分かるが、今の君には剣と弓があるだろう。魔法は私に任せておけ」
旅人「……分かってる。この旅の中で、戻るかもしれないしな」
少女「……」
旅人「もう消すか。俺は寝袋で寝るよ」
少女「そうかい? ならありがたくベッドを頂こう」
旅人「次は二部屋にしてほしいかな」
少女「ベッドで寝たいなら、こっちに来るか?」
旅人「……遠慮しとく。“魔が差しちゃ”まずいからな」
少女「賢明な判断だ。おやすみ」
旅人「おやすみ」
少女「……すぅ……すぅ……」
旅人「……」
旅人(分からないことはたくさんある)
旅人(なぜ少女に竜が従っているのか)
旅人(なぜ少女は魔王を倒そうなどと考えたのか)
旅人(なぜ俺は、あの森の中にいたのか……)
旅人(この旅人としての力は本物だ。だからきっと俺は、どこか遠いところから南方大陸までやってきたのだろう)
旅人(その理由が分からない。俺は何が目的でこの地にやってきたんだ?)
旅人(何かが……どこかで繋がっているはずなんだ)
少女「……ぅん……むにゃ」ゴロン
ドサッ!
旅人「」ビクッ
**翌朝**
旅人「……おい、少女」ユサユサ
少女「ううーん……」グゥグゥ
旅人「起きろ。風邪引くぞ」
少女「あと、五分……」
旅人「早朝出発と言ったのは、君だろ……」
旅人「と言うか、寝相悪すぎだろ……なんでベッドから落ちたまま寝てるんだ……」
少女「うう……む」ムクリ
少女「おはよう。情けないところを見られたな」
旅人「ああ。意外な弱点だな」
少女「普段はあまり、早寝早起きなんてしないからね」ファァ
少女「準備ができたら出発しよう」
旅人「俺はもう出来てる。君待ちだ」
少女「む、そうか。ちょっと待ってくれ」
旅人「はいはい」
主人「また来てくれよ~」
少女「世話になった。……出発しよう」
旅人「ああ」
少女「港町までは、この街道を歩いて行けば辿り着ける。件の砦はその道中にある」
少女「まだ日が昇り始めたばかりだが、油断はできない。なるべく遠距離から魔法を打つ」
旅人「了解。俺の仕事はあるか?」
少女「特には無い。以前通ったこともあるから、砦の地理は把握している」
少女「魔法の発動座標は問題ない」
旅人「主人の言っていたとおり、何も無い草原だな。こりゃあ迷うのも分かる」
少女「この辺りは特に人も住んでいないしな」
旅人「しかし、なんでこんな場所に砦なんて立っているんだ? 大した防衛拠点になるとは思えないが」
少女「それはね……この先にある港町は、かつてゴブリンと戦争していた」
旅人「ゴブリン?」
少女「下級魔族だ。連中は蜥蜴の森に拠点を作り、港町を度々襲撃していた」
少女「当時はさっきの草原の村も無かったからね。草原を横切れば港町まで直通だ」
旅人「ふむ……それでゴブリン対策のために、砦を作ったのか」
少女「そ。やがて戦争は終わり、砦の必要もなくなった。今でもたまにゴブリンの姿は近隣の森で見られるようだが、大きな襲撃は起きていない」
旅人「――見えてきたな」
少女「ああ。もう少し近付こう」
旅人「……人の姿はない」
少女「ふむ。早朝だからって油断してるかな」
旅人「好都合だ」
少女「よし。この辺りでいいだろう。少し、静かにしててくれ」
旅人「ああ」
少女「……」ブツブツ
少女「雨垂れよ。“眠りの雲”」ボゥン
旅人「……!」
旅人「曖昧な紫色の霧が、砦を包み込んだ」
旅人「凄いな。それだけの詠唱で、こんな広範囲に……」
少女「私の魔力のおかげさ。さあ行こう」
旅人「中に入って大丈夫なのか? 俺達も眠ったりとか」
少女「そんなヘマやらかすと思うか? 心配しないでいい」
旅人「はぁ。どういう原理なんだ」
少女「今度教えたげる。早く行くぞ」
**草原の砦**
旅人「……」
少女「……」
賊剣士「ぐがぁ……ぐがぁ……」
賊弓手「ぐぅ……ぐぅ……」
賊番人「くかぁー……」
少女「こんな具合さ」
旅人「お見事だ」
少女「魔法解除」ポゥン
旅人「霧が晴れていく……」
少女「一度効果が発動すれば、しばらくは目覚めない」
少女「魔力節約は、全ての魔法使いの基本だ」
旅人「ふぅむ……あの門が、反対側の出口か」
少女「ああ。ここを通れば、港町まで歩くだけ――」
「待てえええええええいッッ!!」
二人「!?」
バァンッ!!
旅人「砦内部への扉が開き――」
旅人「大柄の男が一人、飛び出してきた」
大男「てめぇらどう言うつもりだァッ!? うちの家族がぜーーーんいん転がっちまってるじゃねぇかッ!!」
少女「こいつ……耐性持ちか」
旅人「みたいだな……お前! お前がここの親玉か!」
大男「お前じゃねぇッ!! 俺の名前は“草原勇者”ッ!」
草原勇者「神に選ばれた勇者の一人ッ!! 魔王を滅ぼす男だァァッ!」
旅人「……とのことだが」
少女「自称、ね……あながち間違いではないかも」
旅人「なに?」
少女「北方大陸の勇者養成は知っているか」
旅人「……いや」
少女「かの大陸では多くの子どもたちを“戦士”として育てている。成長した者は大半が傭兵として、今も前線で兵力として動いている」
少女「その中でもごく一部の人材……生まれつき優秀な才能と、魔法耐性を持ち合わせた子どもたちは……“勇者候補”として、特に厳しく育てられる」
少女「“来るべき魔王の復活に対抗するために”」
旅人「じゃあ、あの男も……?」
少女「ああ、何故こんな辺境にいるかは知らないが、かつての勇者候補だったのかもしれない」
旅人「……」
草原勇者「なァにをぶつぶつと喋ってやがるッ!!」
草原勇者「分かってるぜェ、眠りの雲だろ!? 一瞬でぶっ転がせる魔法なんてそれくらいしかねぇ」
草原勇者「おい、どっちが魔法使いだッ! まずは全員眠らせた、むかつく魔法使いからぶっ飛ばしてやる! その後でもう一人だッ!」
少女「威勢がいいな、勇者くんよ。その自信はどこからくる?」
草原勇者「ハッ! 決まってらァ!! 」
草原勇者「俺が、神に選ばれた、勇者だからだッッ!!」
少女「……やれやれ、面倒なのに絡まれたな」
少女「仕方ない、私が根性叩き直して――」
旅人「いや、少女。俺に任せてくれ」
少女「なに?」
旅人「お前の相手は俺だ、草原勇者とやら」ザッ
草原勇者「ほお? てめぇが魔法使いか?」
旅人「いいや、魔法を使うのはこっち……俺はこの人の忠実な部下さ」
草原勇者「アァン!? だったらすっ込んでな、その女の後で望み通りぶっ飛ばしてやるからよッ!」
旅人「いいのかよ、うちの魔女は強いぜ? 俺なんかよりよっぽどだ」
旅人「俺を倒せないようじゃあ、“自称勇者”には到底敵わないと思うがな!」
草原勇者「……言うじゃねぇかよ、腰巾着の分際でよォ……」
草原勇者「上等だッ! まずはそのむかつく口から封じ込めてやる!」
少女「なんのつもり?」
旅人「君の魔法には助けられてばかりだ」
旅人「魔力節約は魔法使いの基本なんだろ? こんな奴に使うのは勿体無い」
少女「……どいつもこいつも、無茶苦茶だな」フン
少女「いいか。大見得切ったんだから、負けるなよ」
旅人「ああ、任せてくれ」
草原勇者「ふんッ!!」
ドォォン
旅人(勇者は大きく跳躍し、俺達の前に立ちふさがった)
旅人(倒さなきゃ先へは進めない)
旅人「少女、少し下がっててくれ」
少女「……」スタスタ
旅人(呼吸は正常。手も震えてない)
旅人(よし……やれる)
草原勇者「覚悟はいいかァッ、腰巾着ッ!!」
旅人「望むところだッ!」
また次回。
>>79 もう少し話が進んだら、その辺りの説明も出来ると思います。
旅人(ラウラ) 二十歳 男
もう一人の主人公。思慮深く、受けた恩はしっかり返す真面目なところがあります。
茶髪。目の色は緑。身長が高く、鍛えてるだけあってがちっとしています。
赤色の皮鎧を着用。重装備より機動力に優れた装備を好むようです。
乙!
旅人(俺が長剣を構えると、勇者は背中に提げた両刃の斧を掲げた)
旅人(あれが奴の得物だ。リーチは敵わないが、取り回しでは負けない)
草原勇者「ウォォォォッ!」ドッ!
旅人(咆哮一声、勇者は斧を掲げたまま突っ込んできた)
ドゴォッ!
旅人「大柄な割に素早いな!」
草原勇者「避けやがったなァッ!!」ブンッ!
旅人「ッ! 斧を投げた――!」
ガキィン!!
旅人「くっ……」
旅人(構えた剣で防いだはいいが――)
旅人(手の感覚が麻痺りそうだ。見かけに違わないパワーはあるようだな)
草原勇者「どりゃああああッ!」ゴォッ
旅人「今度は肉弾か!」スッ
ドシュッ!
草原勇者「ぐうっ!!」
旅人「ふうッ……」
旅人(大振りの拳を右に回避しながら、脇腹を斬った)
旅人(が、あまり手応えはない。鎧に阻まれたか)
草原勇者「ちょこまか動きやがって!! てめー立ち回りが卑怯だなァッ!!」
旅人「なんとでも言え!」
草原勇者「ちッ……まあいい、仕切りなおしだ」ガチャリ
旅人(落ちていた斧を拾われた……やはりダメージは無しか)
旅人(パワーの差は明らか。長引けば長引くほど不利だ)
旅人(とっととケリをつけよう)ダッ!
草原勇者「ハッ、斬り合いか! そんな細い剣で俺に敵うかよッ!?」
旅人「」バッ!
草原勇者「投げナイフ――甘い!!」キンッ!
草原勇者「――なッ」
旅人「ハァッ!」ドゴッ!
草原勇者「ぐぉぉおッ!?」
少女「……」
少女「ナイフで牽制しつつ、懐に潜りアッパーカット」
少女「剣戟が効果薄いと感じたか。あいつも肉弾出来るとは意外だな」
少女「……ふん」
旅人「まだだ!」ザシュッ!
草原勇者「ぐうううッ!!」
旅人(よし、裂いた! このまま)
草原勇者「――舐めるなァァッ!!」グイッ!
旅人「なんッ――」
ドガシャアッ!
旅人「くあっ……」
旅人(なんだ――投げ飛ばされたのか!?)
旅人(打撃も斬撃もしっかり入っていたはず……どっからあんな力が)
旅人(くそ……!)
草原勇者「オラァァッ!」ブンッ!!
旅人「ッ!!」
草原勇者「チッ、また避けやがったか……!」
旅人「はっ……はっ……!」ゴロゴロ
草原勇者「だがもう終わりだぜッ!! 腰巾着は下っ端らしく、転がってるんだなッ!!」
旅人「……まだ終わってないッ!」シュッ
草原勇者「また投げナイフか! 二度同じ手は食わねぇ!!」キインッ!
草原勇者「この隙を突こうったって――」
草原勇者「……なに? どこ行ったッ?」キョロキョロ
少女「……」
草原勇者「姿を隠しやがったか……」
ビュンッ!
草原勇者「ぐおっ!」ザクッ
草原勇者「こ、これは――矢!」
ドスッ! ドスッ!
草原勇者「ぐっ、がぁっ!! 野郎、右腕を……」
草原勇者「やりやがったなぁッ!!」
旅人「……!」ダダダッ
草原勇者「そんなところに隠れてたのかッ!!」
旅人(奴の腕は削った。これなら対抗出来る!)
旅人(勝負だ、勇者)
草原勇者「のこのこ出てきやがって、もう容赦しねぇ!」
草原勇者「ぐっ……これで終わりだぁぁぁッ!!」ゴオオッ
旅人「はああああッ!!」
ザンッ!!
草原勇者「……」
旅人「……」
ガチャン
草原勇者「くっううううううッ……!」ガクリ
草原勇者「くそっ、俺の、俺の腕がぁぁぁッ……!!」
旅人「ここまでだ」スッ
草原勇者「ッ……!」
旅人「命までは取らない。俺達は先に進みたかっただけだからな」
草原勇者「てめぇッ、情けをかけるつもりか!! やるならやれ! それが勝負だ!」
旅人「……」
旅人「勇者を名乗る割に、随分極端なものの考えだな」
草原勇者「んだとッ……!」
旅人「神に選ばれたとか魔王を倒すとかはなんだったんだ? こんなとこで死んでそれでいいのか?」
草原勇者「……」
旅人「俺達も魔王を倒すつもりだ」
草原勇者「なにッ!?」
旅人「そのために、“勇者”と合流する途中なんだ。でも……お前は勇者じゃない。少なくとも、こんな田舎の砦で強盗してるようじゃ、まだ」
草原勇者「てめぇ……てめぇらは、一体……!」
少女「お前が説教垂れるとは珍しいな」スタスタ
旅人「少女」
少女「放してやりなよ。もうケリはついたんだろ」
旅人「……ああ」スチャッ
草原勇者「てめぇら……何者なんだ、勇者と合流するだと!?」
少女「ただの正義の味方志望だ。お前と同じかどうかは知らないがね」
少女「旅人、行こう――」
グイッ!
賊番人「そこまでだ!!」グイイッ
少女「ぐっ……!?」
草原勇者「!!」
旅人「少女!」
賊番人「黙れ、今すぐ剣を捨てろ! さもなくばこの女の首を掻っ切る!」
旅人「……」カラン
賊番人「はっ、それでいい! ついでに有り金全部置いていってもらおうか!? 命が惜しかったらな!」
旅人「く……」
賊番人「早くしろ! このナイフを引けば、どうなるか!」
草原勇者「止めろ、番人ッ!!」
賊番人「なっ……兄貴!?」
旅人(……兄貴?)
草原勇者「その女を解放しろ」
賊番人「な、何言ってんです!? こいつらは敵じゃ――」
草原勇者「俺の言うことが聞けねぇかッ!! 番人ッ!!」
賊番人「はっ、はいいいいいっ!!」バッ
少女「……ごほっごほっ」
旅人「お前……」
草原勇者「……出来の悪い部下で悪かったな」
草原勇者「もう勝負はついた。俺の負けだ。卑怯な手で不意をつくのは言語道断」
草原勇者「勇者の名が廃る」
旅人「……いいじゃないか」
草原勇者「ふんっ……さあ、とっとと行くんだな! 勇者と合流するんだ……ろ……」
バタリ
賊番人「あ、兄貴いいいいいいいッ!?」
少女「騒ぐな、気を失っただけだ……旅人、行くぞ」
賊番人「兄貴ッ! 目を覚ましてくれえええ! み、みんなあああああ! 来てくれええええ!」
少女「……」
賊番人「兄貴いいいっ! お願いだあああっ、死なないでくれよおおおおッ!」ユサユサユサ
旅人「おい、そんな揺らしたら」
少女「――ああもう! お前! そいつをさっさとベッドに運べ!」
**数時間後**
草原勇者「……う、ぐ……?」パチリ
賊剣士「あ、兄貴ィ! 起きたのかー!」
賊番人「よかったああああ! 俺の、俺の名前分かるよなあああっ?」
草原勇者「お前ら……?」
旅人「よう、気分はどうだ」
草原勇者「なっ、てめぇなん――い、いででで!?」ビキビキ
旅人「もう暫く横になってた方がいい。悪かったな、あまり長引く怪我にはさせたくなかったんだが」
草原勇者「んなこたぁ、いい……なんでてめぇがまだいるんだ? まさか、あの女も……」
旅人「ああ、今は書庫にいるよ」
旅人「少女、倒れたあんたがほっとけなかったみたいでな。怪我の治療を全部一人で済ませてくれた」
草原勇者「俺の怪我を……?」
賊剣士「そっ、そーなんすよ! 兄貴!! あの女が手ェかざしたら、ぱーって!! 光が!」
草原勇者「……ったく、変な貸しを作っちまったな」
旅人「礼なら少女に言ってくれ」
草原勇者「てめぇの名前は?」
旅人「俺か。旅人だ」
草原勇者「……そうか。旅人、確か、魔王を倒しに行くって言ってたな?」
旅人「俺はボスに従う下っ端だ。でも、少女の言うことは、本気だと思う」
草原勇者「本気……そうだ。それは俺達も同じだ。今はこんな砦に篭ってるが、いつか大陸を渡り、魔界に乗り込む。魔王の鼻面をぶっ飛ばしてやる」
賊番人「そーっすよ! 兄貴と俺達なら魔王なんて屁でもねぇ!」
賊剣士「全部ぶっ飛ばしたら、町に戻って英雄として遊んで暮らすんだ! だろっ兄貴ィ!」
旅人「……ならなんで、強盗なんか続けてる」
草原勇者「金がねぇからだ! 俺達はずっと港町の貧困街で暮らしてきた。俺たち不良の声なんざ、街の連中は聞いてくれねぇ。俺が勇者だっつっても、誰も……」
旅人「……」
賊「……兄貴ィ……」
旅人「お前は北方大陸の生まれなのか?」
草原勇者「よく分かったな……ハッ、物心つく頃には港町にいたがな」
旅人「なぜだ?」
草原勇者「俺の村は焼き払われた。魔物にな」
旅人「な……」
草原勇者「そう珍しい話じゃねぇ。最近だって幾つか潰されてるって聞く……戦争の最前線は西の大陸だが、魔物どもはどこにだっていやがるんだ」
草原勇者「俺は村を焼かれてから……親に連れられ、ここにやってきた。暮らしは貧しかったが、こいつらに出会えた。最高の野郎どもと」
賊たち「ヘヘッ」
ガチャリ
少女「目覚めたか」
草原勇者「おう……少女だったか、てめぇが治してくれたんだってな? 礼を言うぜ」
少女「ふん、連れがやんちゃしたツケだ。私らはもう行くぞ」
旅人「邪魔したな。……近いうちに、また会おう」
草原勇者「なに?」
旅人「魔王を倒すんだろ? 目的は一緒だ。今度は仲間として戦おう」
草原勇者「……チッ! 気障な野郎だ!」
草原勇者「いいか、覚えてろよ! すぐ追いついてそのケツ蹴ってやるからな!」
旅人「ああ、楽しみにしてるよ」
テクテク
少女「妙な情でも湧いたのかい?」
旅人「なんだろうな……悪いやつじゃないって」
旅人「そう思ったんだ。だって、勇者だろ」
少女「ふん……勇者と言えど色々いるもんさ」
少女「私達が会おうとしてるのだって、どんな奴か……」
少女「……ん?」
旅人「……あれは、さっき港町に買い出しに行ってた……」
旅人「もう戻ったのか。随分慌ててるようだが……」
旅人「……厩舎に戻らないな。そのままこっちに来た。なんだ?」
少女「……」
賊馬乗り「たっ、大変だァァァァァッ!」
旅人「なんだ! 何があった!? 荷物はどうした!?」
賊馬乗り「みっ、港町が!! 俺達の港街が――」
賊馬乗り「ゴブリンに襲われてるんだぁああああッ!!」
旅人「な……」
少女「……なんだって……?」
また次回。
乙
乙!
乙!
ヒヒーンッ
ドカラッ ドカラッ ドカラッ
旅人「少女、見えてきたぞ! あれが港町だな!?」
少女「ああそうだ!」
少女「加速しろ! 少しでも早く到着するぞ!」
旅人「分かってる!」
旅人(曇ってきたが、雨は降りそうにないな。少し風が出てきたか)
旅人(急ごう)
ドカラッ ドカラッ ドカラッ!
**数十分前**
賊馬乗り「い、市場で買い物してたら突然火の手が上がって……ゴブリンどもが防壁をこえてきやがった!」
賊弓手「んなばかな!? 憲兵どもは何してやがんだ!」
賊馬乗り「当然やりあってたさ! でも数が多すぎんだ! あんなん防ぎきれるわけがねぇ!」
賊馬乗り「なんとか知らせなきゃと思って、俺、俺……荷物投げ出して戻ってきたんだ……うう……」
少女「ゴブリン……」
旅人「少女、急ごう。街が襲われたら、大陸を渡るどころじゃない」
少女「……こんな時に、忌々しい……」
草原勇者「ゴォォブリンだぁ!?」バタンッ!!
旅人「草原勇者、お前!」
草原勇者「いででで……は、話は聞いたぞ、ゴブリンだと!? 町が襲われてんだな!?」
賊馬乗り「あ、ああ兄貴! 大群が押し寄せてきてる!!」
草原勇者「そんなん何処から……そうか、西の森かッ……あいつら、最近見ねぇと思ったら……!」ギリギリ
少女「町には私達が行く」
旅人「俺たちは中央大陸に行く必要がある。町を救わないと」
草原勇者「俺も行くぞ! いや、“俺達も”だ!」
旅人「だめだ、草原勇者」
草原勇者「んだとッ!?」
旅人「まだ怪我が治ってないだろ。その傷で来てもやられるだけだ」
草原勇者「だがッ!!」
旅人「お前は勇者だ。こいつらのリーダーだ」
旅人「お前の行動には責任が伴う。“死”にだってそうだ」
旅人「簡単に死んでいいタマじゃないんだ」
草原勇者「……くそッ!」
少女「……」
草原勇者「……うちの馬に乗っていけ! 厩舎にいくらでもいる」
旅人「……恩に着る」
草原勇者「てめぇにつけられた傷がなきゃ、すぐにでもここを飛び出せたんだがな」
草原勇者「……その責任はとってもらう。てめぇらが町を救ってこい、いいなッ!!」
旅人「……ああ!」
栗毛馬「ぶるる」
旅人「よっと」ガシッ
少女「旅人。馬に乗れるのか」
旅人「……みたいだ。そっちは?」
少女「……」フリフリ
旅人「分かった。じゃあ後ろに乗ってくれ」
少女「……大丈夫なのか?」
旅人「記憶は無いが、体が覚えてる」
少女「不安だけど……なりふり構ってられないな」ヒョイ
旅人「よし、しっかり掴まってろ!」
**港町 防壁前**
ゴブリン「ごぶーごぶー!!」
旅人「あれがゴブリンか……!」
少女「減速するな! このまま突っ込む!」
旅人「な……」
少女「いいから行くぞッ! 私が仕留める!」
旅人「……分かった!」
ドカラッドカラッ
ゴブリン「ごぶっ! ごぶーッ!!」
旅人「こちらに気付いたぞ!」
少女「……ここなら届く!」
少女「“魔法の矢”!」ダァンッ!!
ゴブリン「ごっ、ごぶーっ……!」ドサリ
少女「他にはいないな……警戒は怠るなよ」
旅人「分かってる!」
**港町 真珠大通り**
少女「くそっ、酷い火だ……あちこちにゴブリンがいる……」
旅人「少女、あれは!」
ゴブリン「ごぶごぶーッ!!」ドタドタドタドタ!!
旅人「なんだ――豚か? ゴブリンが豚に乗ってるのか?」
少女「ゴブリンは家畜として豚を育てると聞くが……まさか騎乗兵として使うとはね」
ゴブリンライダー「ごぶーッ!!」ブンッ!
旅人「あれは、
松明!? あれで街に火をつけてるのか!」
少女「“魔法の矢”!」ダンッ
少女「松明は叩き落とした! もう一発投げられる前に近付くぞ!」
旅人「よし……俺がやる!」シャキン
ゴブリンライダー「ごぶごぶごぶ!!」ドドドドドッ
少女「気をつけろ、突っ込んできたぞ!」
旅人「任せろ……!」グッ
ザシュッ!
ブヒーッ ゴブーッ!
ダァンッ!
少女「ふう……まっすぐ進めば噴水広場に出る。まずは生存者と憲兵を探そう」
旅人「! 少女、前!」
ゴブリンたち「ごぶ……ごぶごぶ!」ズラリ
少女「今度は三体か……旅人、君は一番右をやれ」
旅人「あと二体は? 君がやるのか!」
少女「こうするのさ、魔法の矢!」ダンッ!
旅人「どこを撃って――」
ガキンッ..ドォォォンッ!
ゴブリンたち「ごブッ!? ごぶー!!」グシャッ
少女「街灯を撃って倒した! 残りは一体だ!」
旅人「そういうことか……うおおおッ!」
ゴブリン「ゴブううううッ!!」
**港町 噴水広場**
旅人「あれは……憲兵隊か?」パカラッパカラッ
少女「住民もいる。ここが避難所か」
憲兵「き、君たちは!? 一体……」
少女「ただの旅人だ。それよりも、今何ができる? ゴブリンは何処から?」ピョン
憲兵「や、奴らは西から……壁を破壊されたんだ! 爆弾か何かで!」
憲兵「街の各地に避難所がある、だが、いつまで持つか……!」
旅人「……防衛だけじゃキリがなさそうだ」
少女「ああ、この数、規模、先に親玉を潰さないと、こちらが壊滅するのは必至」
少女「どこかにいるはずだ。この軍団のボスが」
憲兵「くそっ、どうすれば……」
憲兵「そ、そうだ! 隊長! 隊長を探してくれ!」
旅人「隊長? 憲兵隊の?」
憲兵「ああ、俺達は隊長の指揮で動いてる……各地に避難所を作ったのもあの人の命令!」
憲兵「港の避難所にいるはずだ! 会ってきてくれないか、あの人ならどうすればいいか分かるかもしれん!」
少女「……望みは薄いが、闇雲に街を駆け回るよりはマシか」
少女「その隊長と合流しよう。旅人、馬を――」
ドガッシャアッ!
黒ゴブリン「ゴバァーーーッッ!!」
憲兵「なッ!?」
ワァァァーッ キャアアアアアーッ!!
少女「ッ!! 魔法の矢ッ!!」ダァンッ!
黒ゴブリン「ゴォ……ゴバァァァッ!」
少女「旅人、馬から降りろ!」
旅人「あれがゴブリンのボスなのか!?」
少女「いや、あれは巨大種……知性は無い、だが通常種とは別格だ!」
少女「やるぞッ! 憲兵、住民の防御を! 絶対に被害を出すなッ!」
憲兵「わ、わかった!」ダダッ
旅人「……!」スタッ
ロングゴブリン「ゴァアアアアアアッ!!」ドンッ!!
少女「来たぞ……! “炎の網”!」ギュルルルルルッ!
ロングゴブリン「ゴアッ!?」ズシャッ
少女「魔法の網で引っ掛けて転倒させた……今のうちだ!」
旅人「……ハッ!」ビンッ!
ロングゴブリン「ゴバァアアアッ!」ドタドタ
旅人「もう一射……!」ギリリリリ
ドシュッ!!
旅人「これで右手は潰した……」シャキン
旅人「前に出る!」ダッ!
ブチ ブチンッ!
少女「糸が切れた! 注意しろ!」
ロングゴブリン「ゴオオオッ!!」ブンッ
旅人(立ち上がって両腕の振り降ろし――)
旅人「甘いッ!」バッ!
グサァッ!
ロングゴブリン「ガァアアアァァァッ!?」
旅人「右目を潰した! これで――」
旅人「ぐあっ!?」ドゴッ
ドガァッ!
旅人「かっ……がはっ!」
旅人(振り下ろしたはずの腕が……ッ!)
旅人(くそ……吹き飛ばされたか)
少女「大丈夫か」
旅人「……なんとか。パワー系はもう勘弁願いたいな」
少女「そう言うことはあれを倒してから言うんだな……さあ立て、次が来るぞ」
少女「真っ向からやりあっても反撃をもらうだけだ。遠距離から仕留める」
少女「とは言え、もう炎の網での妨害は効かないだろう。さて……」
ロングゴブリン「ゴァァァァッ!!」
旅人「……たぁッ!」ビュンッ!
ザシュッ!
ロングゴブリン「ゴォッ……オオオオオアアアッ!」ドドドドッ!
旅人「突進が止まらない……!」
少女「避けろッ!」バッ
ドガアアアッ!!
旅人「……店に突っ込んだ。まだ来るか……?」
少女「当然だ……」
旅人「弓はもう効果が薄い。どうする?」
少女「何を弱気になってる。旅人、少し時間を稼げ」
旅人「な」
少女「あいつの目をそらしてくれ。私が魔法を詠唱している間」
旅人「……それで、やれるのか?」
少女「私を信じろ」ジッ
旅人「……」
旅人「……分かった」
少女「ほら」ピロリン
旅人「? なにをした?」
少女「お前の体の反応速度を上げた。詠唱を省いたから数分も持たないが……効果が切れる前に、こちらも必要な詠唱を済ませる」
少女「だから、その間だけ耐えてくれ」
旅人「……」コクリ
ロングゴブリン「ゴブー……」ズシン ズシン
少女「行くぞ!」
旅人「ああ!」ダッ
少女「――……」ブツブツ
旅人(少女の周りに、魔法陣が展開している)
旅人(俺が気を引かないと……)ギリリリ
旅人「……はッ!」ビシュッ
ロングゴブリン「ゴァ……?」グルリ
旅人「相手は俺だ、でかいの」
ロングゴブリン「ゴブー……ゴァアァァアアッ!」ドドドドド
旅人「ッ!」バッ
ザシュッ
ロングゴブリン「グァァゥゥ、ガァァァァッ!」ブンッ!
旅人「うおっと――」
旅人(魔法のおかげか。カウンターにも反応できた)
ロングゴブリン「ゴバァァァッ、ゴバァァアアアアアァッ!!」ブンッ ブンッ!
旅人(力任せに拳を乱打)
旅人(避けられるが、反撃に転じる隙がない――!)
旅人「……しょうがない……!」スッ
旅人(ナイフで目を狙う!)シュッ!
ズドドッ!
ロングゴブリン「ゴォォォッ!?」ジタバタ
旅人「当たった! だがッ……!」
ロングゴブリン「ゴァァァッ!!」ブンッ!!
ガスッ!
旅人「ぐぁ……ッ!!」
ドザァァァッ!
旅人「ごほっ、ごほっ! かっ、かすっただけでこの威力……」ズキリ
旅人「くそ、腕が……ッ!」
旅人「……!」バッ
ロングゴブリン「ゴバァァァ……ッ」ズシン!
旅人(こいつ……両目は既に潰したはず!)
旅人(――匂いか? 今やられた腕の血の匂いで……!?)
ロングゴブリン「――ガァァァァッ!!」ゴォッ!!
旅人「まずい――!!」
ヒュウウウゥゥ――
ドゴォォンッ!!
旅人「……」
旅人(腕を振り下ろそうとしたゴブリンに、横から飛んできた何かが炸裂した)
旅人(火球だ。巨大な火の玉が激突したんだ)
ロングゴブリン「ゴバァァァァアアアッ!?」
少女「……よくやった、旅人」
旅人「少女……」
少女「“陽の火球”は詠唱に時間がかかる。お前が陽動してくれたから成功した」
少女「大丈夫か。今治してやる」キュイン
旅人(赤い光が腕を包み、痛みを癒やしてくれた)
旅人「ありがとう。……そうだ、ゴブリンは――」
少女「問題ない。今の一撃で、再起不能だ」
旅人「そうか……」
旅人「強敵だった」
少女「そうだな……しかし、こんな力を……?」
憲兵「や、やったのか……? 倒したのか!?」
少女「……憲兵どの。私達は今から港に行く」
少女「ここの防衛は頼んだよ。襲撃が終わるまで、どうにか持ちこたえてくれ」
憲兵「ああっ、分かった! あんたたちも、気をつけて!」
憲兵「憲兵隊の名にかけて、決してゴブリンなんぞに屈指はしないッ!」
少女「旅人、行こう」
ドカラッドカラッ
旅人「……」
少女「……」
旅人「憲兵隊の隊長は、港の避難所にいるんだったな?」
少女「そう言っていた。こうもゴブリンがひしめいてるとなると、その避難所もどうなってるか……」ダァンッ!
旅人「急がないとな……」
少女「もうすぐだ。もう、海は見えている」
旅人「……」
ドカラッドカラッドカラッ!
**港町北部 真珠港**
ワーワー ギャーギャー
旅人「あれが避難所か!」
少女「憲兵は見えるか?」
旅人「ああ、結構な数いる……隊長がどれかは分からないが」
少女「ふむ……灯台の下に防衛拠点を組み立てたか。悪くない判断だが……」
ドドドドドドッ!!
ゴブリンライダーズ「ごぶごぶー!!」
旅人「あれは……さっきの騎乗ゴブリン!」
旅人「西から集団で来ている! 真っ直ぐ避難所に向かってるぞ!」
少女「くそッ……先にあれを殲滅する! 旅人、剣を抜け!」
旅人「また、無茶を言う……!」シャキン
少女「“陽の火球”!」
ゴブリンライダーズ「ごぶー!?」ドゴォォンッ!
旅人「よし、直撃だ!」
少女「いや……」
旅人「え? ……なっ」
モワンモワンモワン
旅人「なんだあれは……? 網……!?」
少女「さっき私も使った、“炎の網”だ」
少女「火球の衝撃を抑えたな」
旅人「どういうことだ!? 魔法を使えるゴブリンがいるのか!?」
少女「そういうことだ。もう一つ分かったことがあるぞ」
少女「あの中に、奴らのボスがいる」
少女「ゴブリンはもともと大した知性を持たない種族だ。その行動は集団の長に付き従うのがほとんど」
少女「そんな連中を束ねる、ボスに値するのが……特別秀で、魔法を使いこなすもの」
少女「ゴブリンシャーマンと呼ばれる個体だ」
旅人「そんな奴が……!」
少女「……! 旅人! 前を見ろッ!」
旅人「なにッ……!」グルッ
ドゴォオォッ!!
少女「くっ……!」
旅人「ぐぁっ!?」
ヒヒーンッ!!
ドザァッ!
旅人(一体何だ……何が飛んできた!?)
旅人(直撃はしなかったが……馬がやられた……!)
旅人「くっ……」ムクリ
旅人「大丈夫か、少女!」
少女「ふぅ……火球返しとは、やってくれるな……!」
旅人「馬をやられた! もう足が無い……!」
少女「……!」
「君たち、大丈夫か!」
ザッ
旅人「……! あなたは……」
少女「憲兵隊……」
「いかにも。支援が遅れてすまなかった」
隊長「私は憲兵隊隊長。旅の方、防衛の協力感謝するぞ」
隊長「ここは私に任せてくれ……!」
ゴブリンライダー「ごぶごぶー!!」ドドドドッ
隊長「……ぜやァッ!!」ザシュッ!!
ゴブリンライダー「ごっぶー!?」ズシャアア
旅人「長剣で一閃……!」
旅人(この集団の中に、ボスが居る……)
旅人(どこだ……!)
旅人(……!! あれは……!)
少女「“魔法の矢”! 私も援護する!」ダァンッ!
旅人「少女、隊長! シャーマンが見えた!」
少女「なに?」
隊長「本当か! どこにいる!?」
旅人「今、弓で狙い撃つ……!」ググググ
旅人(灰色のローブに枯色の杖、間違いないだろう)
旅人(だがなぜだ? なぜ攻撃してこない?)
旅人「はぁっ!」ビンッ!!
ボオォォッ!!
旅人「……矢が燃え落ちた!?」
隊長「あれは……!」
少女「炎のバリアか……」
少女「薄々感付いていたが、今確信した」
少女「奴らは魔王の力の影響を受けている……! ボスだとしても、ゴブリンの魔法使いごときに使える魔法じゃない!」
旅人「魔王の力……」
隊長「火球が来るぞ……二人共、隠れろ!」ガシッ
旅人(隊長が一歩前に出て、盾を構えた)
旅人(その盾目掛けて、巨大な火の玉が飛んでくる……)
ドォオオオオンッ!!
隊長「ぐうおッ!!」
旅人「隊長!!」
隊長「この威力、本当にゴブリンのものか……!?」
少女「……言っただろう、魔王の影響を受けてるって。パワーアップの度合いは計り知れない」
隊長「ぐぅっ……」ガタリ
旅人「隊長! 大丈夫か!」
少女「……」
ザクッザクッ
ゴブリンシャーマン「……」
少女「おいでなさったか」
ゴォォォォ...
旅人「……」
少女「……」
ゴブリンシャーマン「……」
旅人「――はァッ!!」ビンッ!!
少女「魔法の矢!!」ダァンッ!!
ゴブリンシャーマン「!」バッ
バリンッ!!
旅人「ま、またバリアが……!」
ゴブリンシャーマン「――!」ダァン!
旅人「ぐぅっ!? がはっ!」ビシャッ
少女「っ、旅人!?」
ゴブリンシャーマン「――ッ!!」ダダンッ!!
少女「っつう――!」ビシュッ
少女「はぁ……っ……はぁっ……!」ポタポタ
旅人「う……ぐっ……!」ズリズリ
少女「平気か……旅人」
旅人「腕を……撃たれた」
旅人「これが……魔王の力……なのか」ハァハァ
少女「……」
ゴブリンシャーマン「……」
少女「旅人。隊長を見ていてくれ」
旅人「……どうするつもりだ?」
少女「……」
旅人「……少女?」
ワァァァー ヤァァァー キャアアアアアー
少女「……魔王、聞こえているか。この町の人々の叫びが」
ゴブリンシャーマン「……」
少女「さぞ愉快だろう……ゴブリンに落とされる町を見て。私達を追い詰めて、呵々と笑っていることだろう……」
少女「……だが、それもここまでだ」
少女「これ以上……貴様の好きにはさせない……!」コォォォォ
ゴブリンシャーマン「……!?」
旅人「な……なんだ……?」
旅人(少女の周りに、光が集まっていく……)
少女「傀儡の支配者を通してよく見ておけ、魔王! これから貴様を殺す力を!」
少女「人々の怒りは十分に集まった……必要なだけ持っていけ――そして今こそ解き放て!」
少女「顕現しろ! 星砕きの龍――」
少女「【パワーワイアーム】ッ!!」
ドォオオオオオオッ!!
旅人「――!?」
旅人(何かの名前を叫ぶと同時に、少女の体から光の柱が立ち昇った)
旅人(それは光線のように見え、天空まで届く塔のようにも見えた)
旅人(光の柱は雲を裂き、天に達した。そして徐々に、その形を変えていく)
旅人(――龍だ。巨大な光の龍が、頭上に、少女のもとに、顕現した)
クァアアアアアアアアアアアッ!!
旅人(咆哮が世界をつんざく)
旅人(眩い光が世界を覆い、街を、ゴブリンたちを包み込んでいく)
旅人(……そこからのことは、俺もよく覚えていない)
旅人(次に気がついた時には、目の前に少女が立っていた)
旅人(彼女は俺を見て、少し寂しげな笑みを浮かべて――その場に倒れた)
旅人(もうどこにも、光の龍も、ゴブリンもいなかった。目の前に少女が倒れている。彼女の横顔を、夕日が照らしているのを見ながら……俺も意識を失った)
また次回。
本当は二回に分ける予定でしたがまとめて投下してしまいました。
次回で南方大陸編はオシマイ、舞台は中央大陸は移ります。
二発目の火球は詠唱無しで出てるけど、だったら一発目もすぐ打ちゃいいのにww
乙!
**三日後**
旅人「……」
少女「……ん」モゾ
旅人「! 少女……?」
少女「ここは……」
旅人「起きたか、良かった……ここは港町の宿屋だ」
旅人「君はもう三日も寝たきりだったんだ。目を覚ましてくれてよかった、本当に」
少女「……そうか。三日も……」
少女「……」ムクリ
旅人「どこか痛くないか? 普通に動けるか?」
少女「問題ない。やめてくれよ、保護者じゃないんだから……」
旅人「俺にだって心配する権利くらいあるだろう」
少女「……じゃあ、ちょっと手を貸してくれ」
旅人「ああ、勿論」ギュ
旅人「まだ寝ててもいいんだぞ。宿は暫く取ってあるから」
少女「外の様子が気になる。それに……三日経ったんだろ?」
少女「勇者の聖剣式まで、もう時間がない……急がなきゃ」
旅人「……三日と言っても、まだ朝だ」
旅人「昼ごろまではゆっくりしてもいいだろ? 夜に向こうの大陸に着ければいいじゃないか」
旅人「君もまだ、万全じゃないだろうし……」
少女「……お前に心配されるなんてなぁ」
少女「……着替えるから、ちょっと外で待ってておくれよ」
旅人「分かった。何かあったらすぐ呼んでくれ」ガチャリ
少女「はいはい」
少女「……まったく……」
少女「……」スタスタ
ガラララ
少女(開けた窓から、外の様子が一望できた)
少女(雲一つ無い快晴だったが、焼き焦げた家屋が幾つも目についた。中には完全に倒壊したものもあった)
少女(眼下では住民と憲兵たちが動いている)
少女(忙しなく通りを歩きまわり、物資を運んだり瓦礫除去の手伝いに勤しんでいる)
少女(その表情に暗い影はなかった。再建に向けて、皆が張り切っているように見えた)
少女(この町を守れたんだ。その実感がようやく、胸の中にやってきた)
少女「……ふう」
少女「待たせたね……あれ?」ガチャ
少女「旅人? ……あ」
旅人「ああ、少女。隊長が来てくれたんだ」
隊長「やあ。たった今目を覚ましたと聞いたよ」
少女「三日ぶり……かな」
隊長「そうだね。あの時、情けないことに私は気絶していたが……」
隊長「この町を救ったのは間違いなく君たちだろう。改めて礼が言いたい」
少女「よしてくれ、私達は力を貸しただけで……」
少女「それはそうと隊長、復興の方はどうなってる?」
隊長「ああ、迅速とは言えないが、各地の支援もあって順調に進んでいる」
隊長「少し外を歩こうか?」
**真珠大通り**
ワイワイ ガヤガヤ
旅人「もう商売を再開してる店もある。商魂たくましいなぁ」
隊長「うむ。大きな被害は出てしまったが、打ちひしがれることなく、前向きに復興しようと励んでいる」
隊長「この町を守れてよかった。そう思うよ」
少女「……そうだね」
旅人「……お、あれは」
少女「ん?」
草原勇者「おおーッ! よう、てめぇらッ!」ドヤドヤ
少女「草原の……! こっちに来ていたのか」
元・賊馬乗り「俺達も!」
元・賊番人「いるぜッ!」
隊長「こらお前たち。作業の途中だろう」
草原勇者「いいじゃねーか隊長よぅ、少しくれー町の英雄と話してもよ!」
旅人「昨日から、揃って憲兵隊に雇ってもらっているそうだ。一日も早い町の復興の為に」
少女「驚いたな……」
草原勇者「なぁに言ってやがる、この町は俺達の故郷!! 故郷の危機に駆けつけねぇ奴があるか! なぁお前ら!!」
ウォォーサスガダゼアニキィィーー!!
隊長「……やれやれ」
**真珠湾**
少女「ここは、港か」
旅人「ゴブリンシャーマンとやりあった場所だな……」
少女「……」
隊長「鉄橋や港を通じて、多くの支援物資が届いている」
旅人「鉄橋……あれか」
旅人(灯台の近くに、海の向こうへと続く巨大な橋が立っていた)
旅人(その下を大小さまざまな船が通っては、港に入っていく)
憲兵「隊長ぉー! ここにいらしたのですか!」
隊長「む……」
隊長「どうかしたか?」
憲兵「はい、難民の受け入れ先について、町内会で会議が……」
隊長「……私も出席せよ、ということか。分かったすぐに行こう」
憲兵「はっ! 失礼しました!」
隊長「……そういう訳だ、すまないが私はこれで失礼するよ」
少女「がんばって。助かったよ」
隊長「礼を言いたいのはこちらだよ。……じきに町を出るのかい?」
少女「……そうだね、今日中にでも」
隊長「そうか……では、話せるのもこれが最後だろう」
隊長「無理にとは言わないが、墓所に行ってきてもらえないか。この通りを、西に行ったところにある」
少女「……」コクリ
隊長「……ありがとう。君たちには感謝してもしきれない。いつかまた、この町に来てくれないか。今まで以上に立ち直った、この町に」
少女「……」
旅人「……墓所、か。今回の死者はみな供養されてると聞いた」
少女「……そう。行こう」
旅人「ああ。この通りを、まっすぐ……だったか」
少女「あの丘の上に見えるのが、それじゃないかな」
旅人「歩けるか?」
少女「心配しすぎだ。お前の方こそ、撃たれた腕はどうなった?」
旅人「この通りさ」フリフリ
少女「……タフなこった」
**港町の外れ 丘の上の墓所**
旅人「……」
少女「……」
旅人(静かだった。風の音と鳥の鳴き声くらいしか聞こえなかった)
旅人(少女はもう長い時間、並べられた墓石の前で黙祷している)
旅人(なにかを思い返すように)
旅人「……」
旅人(光の中から現れた龍――あれは夢じゃない。間違いなく、少女が呼び出したものだった)
旅人(あの時、少女は叫んでいた……パワーワイアーム、星砕きの龍と)
旅人(その名を思い浮かべる度、失われた記憶の傷が疼く感覚があった)
旅人(あの龍は、一体……)
少女「……旅人、ごめんよ」
旅人「……?」
少女「あの時、いきなり倒れたりして」
旅人「ああ……でも、俺もすぐ気絶したんだ。憲兵の一人が、安全なところまで運んでくれたらしい……」
少女「……そうか」
旅人「……」
少女「……気になるか? あの時、私が呼び出したもののこと」
旅人「……」
旅人「少女。君は、何者なんだ」
旅人「あの龍は、普通じゃなかった……魔法とか、魔物とか、そんなんじゃない。もっと強大な――生命の力を感じたんだ」
旅人「君の中には、一体何がいる? その力が、龍の谷で俺達が襲われなかったことと、繋がっているのか?」
少女「……」
少女「これから何度も、私たちは難局を乗り越えることになると思う」
少女「共に戦っていくのに、信頼は必要不可欠だ。ロングゴブリンとの戦いで、お前が私を信じて、奴をひきつけてくれた時のように」
少女「だから私も、お前に話せることは話そう」
旅人「……」
少女「私は、一度死んだ人間だ」
旅人「どう言うことだ?」
少女「十歳の時の話だ」
少女「私は生まれた時からあの塔に住んでいたわけじゃない。星の塔の南西にある、山間の小さな村で生まれた」
少女「薬草の調合だけが得意な、ただの小娘だった。私はその日、両親の言いつけを破って蜥蜴の森の奥地に入った。調合に必要な、貴重な薬草を採集するために」
少女「薄闇が森を包む頃、狼の群れに襲われた。急いで逃げようとした時に、誤って谷に落ちた。あの龍の谷に」
旅人「……」
少女「ここまでは、ただの間抜けな女の子の話さ。暗い谷に真っ逆さま、死体は見つかることなく、谷の底で腐っていっただろう」
少女「だが、そうはならなかった……星の龍が、私を転生させたからだ」
旅人「転生……?」
少女「谷の底に落ちた時点で、私は既に死んでいた。その時、星の龍も、肉体を持たない魂だけの存在だった」
少女「私は星の龍と契約を結んだ。私の肉体を星の龍の依代にする代わりに、蘇らせると」
少女「死者の復活は、魔法の世界では最大の禁忌。行使には多大な代償が必要になる」
少女「私達は、一つの体を共有することでその代償を無視した」
旅人「それじゃあ、今も君の中には……?」
少女「いるよ、ここに。普段は眠っているけれど」スッ
少女「星の龍の顕現には、莫大な魔力を使う。それこそ数日寝込むくらいに、ね」
少女「龍の谷の底で蘇った私は、家に帰った。一度死んだこと、星の龍が宿っていることを、両親にも秘密にして」
少女「だが、押し隠していた秘密も簡単に気付かれてしまうものだ。いつの間にか私は“忌み子”として、村中の嫌われ者になっていた」
少女「私の心の支えは両親だけだった。その二人も、私が十二歳の時に死んだ。私は村を捨て、星の龍に導かれるまま、塔に向かった」
少女「それからずっと、あの塔に住んでいた」
旅人「……」
少女「質問に答えていなかったな」
少女「星の龍、星砕きの龍、パワーワイアーム。様々な呼称があるが、私の中にいるのは、全ての龍を束ねる紛れもない神だ」
少女「龍の谷で襲われなかったのは、私を殺せば彼らの神も死んでしまうからだ」
旅人「……もう一つだけ、質問してもいいか?」
少女「なにかな」
旅人「君の中に星の龍がいることと……今こうして、魔王を倒すために旅をしていること。それはなにか関係があるのか?」
旅人「宿命と君は言っていたな。それは君自身のものなのか。それとも……?」
少女「……」
少女「今、星の龍は魔王と同じように……力の回復を待っている」
少女「星の龍が契約を持ちかけたのも、私を依代にすることで力の浪費を抑えるため」
少女「そして完全な復活には……力強く巨大な、別の魂が必要となる」
旅人「……まさか」
少女「そうだ。私は魔王を殺し、その魂を奪う」
少女「星の龍の復活のために」
少女「星の龍が復活して、どうなるか……それは私も分からない」
少女「でも必要なんだ。私と星の龍には、魔王の魂が」
少女「そうしなければ、いずれ力は消失してしまう」
旅人「……」
少女「私と星の龍は二つで一人。星の龍が消失すれば……私もきっと消えてしまう」
少女「それだけは、嫌だ」
旅人「……」
少女「……」
少女「これは私たちの宿命だ。失敗は許されない。どんな代償を払っても、必ず魔王の魂を手に入れる」
少女「お前が今の話を聞いてどう思ったとしても。お前の真実の姿が、どうだったとしても」
旅人「……」
旅人「少女。俺は、君に助けてもらった恩を返したい。この旅の行く末を見届けたい」
旅人「きっとそれが、俺自身の記憶にも繋がってくるだろうから」
旅人「だから、俺は君を止めたりしない。好きなようにすればいい」
少女「……信じるよ」
旅人「ああ。……俺も君を信じる」
少女「……ありがとう、旅人」
乙!
少女が秘密を自分から話さないのに周りはどうやって知ったんだ?周りの人間の方が有能ってコトか?
今も少女ってことは月日が流れても姿が変わらなかったから疑問に思ったんじゃないかな
確かに村に戻って誰にも話していないのにすぐバレたって書いてあるな
支援
このSSまとめへのコメント
おもろいぞ。続けてくれ。
それと真珠湾て…。