赤ずきんメリーと優しい狼のジャスト(61)

 今は昔、竹取の翁というものありけり。

 野山に交じりて竹を取りつつよろずの事に使いけり。

 名をば、讃岐のみや……。

「それ、別の物語の文頭なの」

 と、申します娘。名をばメリーとあるが「赤ずきん」と呼ばれ。村人に親しまれておったそうな。

 この娘、半人半獣の羊娘で頭に角があった。それを隠すためにかぶっている頭巾が赤いため、そのような名で呼ばれる事が多かった。

「むりやりこじつけたの」

 うるせえ。そもそもヤギも羊もメスには角ねーんだよボケが! 雄雌両方ある種族もいるけどほとんど角ねーよ、これどうするんだよ、存在から破綻してんだよオタンコナス。

 仕方ないから角は父親の遺品で一人称をボクにして男のフリして生活する設定とかいろいろありますけどどうしますか? やりますか? やらないでしょアンタ! てかスカートはいている時点で男装(笑)とかどこの赤セイバーさんですか!?

「……コイツめんどくさいの」

 ですよねー。下らない話(意味は大した事ではないとしてもその由来は城下町(都心部)に流れない話の事である)は置いておき、少女メリーはお婆さんの所へお使いに行かなければなりませんでした。

「拒否する」

 いいや、行ってもらおうか。貴様がいかなる理由を持ったところで逃走は不可能。釈迦の手のひらから逃げられない孫悟空のごとく運命は決まってんだよ。

「でもあれって、珍しい五本の岩にサインして孫悟空は帰ったの。それが釈迦の指なら、もう少しで運命から逃れられたんじゃないの?」

 上げ足取りはいいからね、メリーさん。頼むから仕事してください。給料出しませんよ。

「仕方ないのう」

 グギギ、それはさておき、一つのバスケットの中に葡萄酒とパンが入っています。これを病気で寝込んでいるお婆さんの所へ運んでください。

「病人にそんな粗末な物を食べさせるの?」

 雰囲気だっつってんだろーが! あん? 米持って粥作りに行くの? 梅干しとか、そんなの誰が望むんだよ! 洋風にしたいの、わかる?

「だったらシチューとか、もっと栄養あるものにするべきなの」

 タッパーが無いので鍋抱えていく事になりますが。

「重いのはヤなの」

 オーケー。ならば進め。さっさと行って物語を終わらせろ。ハリー、ハリー! ハリー! ハリィィィィィィイイ!!

「チッ、うっせーな」

 かわいい女の子が急に悪態付くと身もだえるほど萌えるよね。

「それじゃ、行ってくるの」

 あ、行くんすか。それでは物語の始まり始まり――

  *

 半獣少女メリーは、野山を歩いている。城下町から山の中腹まで登ったところにお婆さんが住んでいるのだ。

 数年前まで、お爺さんも住んでいたが……。うん、あれなんだよ。訳があって遠いところへ行ってしまったんだよ。

「何があったの?」

 児童ポルノ処罰法に引っかかってしまったのさ。夢と希望を追い求め、最後の最後にたどり着いたのは刑務所の中。良い子のみんなは真似しないでね。ビデオでも駄目だよ。

「お婆さんも体調が悪くなるわけなの」

 お婆さんが城下町で暮らさないのはそういった理由なのさ。メリー、君は周知の存在。憐れみの瞳で見られるんだ。

「他人の人生に左右されるなんてお断りなの」

 世界なんてそんなもんだよ。想像もしないところから綻びが来る。対処できる人間が優秀で、対処できない人間は涙を流す事しかできない。いつになっても嫌な時代だね。

「私は人間じゃないの」

 半獣だけど、人間の輪の中に入って暮らすというのはそういう事だよ。人間と同じように、人間のルールに沿って、「他」ではなく「同」として存在しなければならない。

 学校で教わらなかったかい? みんなで仲良くしましょう。助け合いましょう……と。

「それとこれとは違うと思うの……」

 そんな話をしながら、山道、裏道、けもの道を進み、一面花で埋め尽くされた斜面に来ました。

「急展開なの」

 そこには、一匹の狼がいました。

  *

 肉を食べない狼の話。

 ある狼は半獣半人であり、「同」ではなく「他」として扱われていました。

 彼は生きる為に、肉を喰う事を拒絶しなければならなかったのです。

 人間を引き裂く事のできる爪、骨ごと噛みちぎれる牙と顎。柔軟な筋肉は音と気配を消し、背後から襲いかかる本能すら持ち合わせています。

 人間の知恵はそれを上回るもので、銃や罠。対策と傾向を練る事により、多勢に無勢の限りを尽くし、一族を根絶やしにするつもりでした。

 しかし、なぜ彼は生きているのか。それは、人間の手によって育てられたからです。

 爪も牙の削り、血と肉の味を知らず、十分な栄養とそこそこの運動をさせ育てられた狼。

 彼を皆はアジャストメント・ウルフ。ジャストと呼んでいました。

「やあ、メリー。こうこそ花園へ」

「こんにちはジャスト。今日はお婆さんのお見舞いなの」

「最近顔を合わせてなかったからどうしたのかと心配してたところだよ……うん」

 靴をはき、オーバーオールのジーンズを着て、耳出しの麦わら帽子を被った毛むくじゃらの彼は、花の苗を猫車に乗せる作業を止めました。

「そのバスケットの中に入っているのはなんだい? お見舞いの物だと思うんだけど」

「葡萄酒とパンなの」

 メリーは正直に答えました。

 ジャストとメリーは兄妹のようなもので、半獣として人間と共存すると言ってもその境界線を無くすことはできません。

 見た目が人間に近いメリーと違い、一目見れば人獣だと分かるジャスト。

 同じ孤立を知っている物同士、通じる物があったのです。

「そうか、どうせなら僕の育てた珍しい花を持っていってくれないかな」

「ケッ、花なんぞで病人が良くなるかよ……なの」

「相変わらず陰口が汚いね。直した方がいいよ」

「ジャストの前だから言うの」

「やれやれだね」


 そう言いながらも、手際よく用意された花束をメリーは受け取った。

「お大事にね。帰りにまた寄ってくれたらうれしいな」

「もっと身になる物を育てたらどうなの? 花じゃお腹は膨れないの」

「……そうだね。でも、価値がほとんど無いものだからこそ……自由にできるんだよ」

 ジャストはそれだけ言うと、麦わら帽子を目深にかぶり、苗を移す作業に戻った。

「ばっかじゃないの」

「……」

 メリーが言った事は聞こえないかったようだ。

  *

 ずんずんと、山道を登って行く。

 山を登り始めた時よりも足取りは速いが、重くもあった。

 一心不乱と言うには、その瞳はどこも見ていない。

 もらった花はバスケットのから頭を出し、花びらが気付かない内に一枚落ちていく。

「ジャストは自分の意思が弱すぎるの」

 それを本人の前で言えばいいのに、こうして独り言で済ませる。

「……見えてきたの」

 まだまだ山には道が続いているが、目の付くところに赤い屋根の一軒家があります。

 そう、お婆さんの家です。

  *

「いらっしゃい、メリー」

「おじゃまします。お婆さん」

 寝室に入った時、お婆さんの顔色は普段と何も変わらなかった。

「病気は大丈夫なの?」

「ええ、薬も常備してるから大したことないさね」

「へえ、そうなんだ(だったら来なきゃよかったの)」

「その顔は、またイジメられたのかい?」

「そんなわけなじゃない」


「なら、また狼の子とケンカしたのね」

「……ジャストは関係ない」

 テーブルにバスケットを置き、葡萄酒の入った瓶を取り出して……開けた。

「飲むでしょ?」

「yes…yes! yes!!」

 ちなみにこのお婆さん、アル中である。三度の飯よりもアルコール大好き人間。

 人間である。牢獄にいるお爺さんも人間である。

「っくぅぅぅぅぅううううううう! 三日我慢した酒がうんめぇ!」

 木製のカップを高々と突き上げる様は病人どころか世紀末の覇者を決める争いで最後の一撃を放った拳王のようである。

「あんたも飲むかい?」

「子供に酒をすすめんなババア、なの」

 花瓶にジャストからもらった花を活ける。銅貨を一枚入れると長持ちする事をジャストから教わったので言われた通りにした。

「ふっひっひ。相変わらずのようだね。私しゃ安心したよ」

 トクトクと音を立て瓶から葡萄酒が出ていく。

 それを嬉しそうに見るお婆さん。何が楽しいのか分からないメリー。

「ねえお婆さん。どうしてお酒を飲むの?」


「お酒を飲んだ事を忘れたいから、お酒を飲むのさ。ようやく三日前のお酒を忘れられる」

「それじゃあ、また明日もお酒飲むの?」

「そうさね」

「お酒を飲む以外の方法で、お酒を忘れる方法は無いの?」

「あると言えばあるし……無いと言えば無い。大人になったら教えてあげるよ」

「……うむぅ」

 一瓶あったお酒は(今で言う1.25l)は全てお婆さんの胃の中に収まってしまった。

 空になった瓶をメリーに突きだしたが、メリーは無反応。お婆さんの行動の意味は「もう一本よこせな」のであり、メリーの無反応は「もう無い。無駄な催促だ」ということになる。

「じゃ、帰るの」

「待たれよ。こんな長い山道を無駄にヒーコラやってきたんやろ! もうちょいゆっくりしてけぃ!」

「と言って、家事やらせる気なの。もうその手には乗らないの」

 この手に乗ってしまうと、洗濯掃除食事の用意まで一通りやらされることになる。

「ま、そうならんように新しく洗濯機なるものを買ったのさー」

「せんたっき?」

「せ、ん、た、く、き。ただちーと使い方が分からんから都会に住んでる生娘に使い方をレクチャーして欲しいわけさね」

 この時代で、機械というものは形が完成し始めるばかりで世間的にまだ知られていない。

「……家に、洗濯機ないの」

「オウ、シット」

 *

「それで、僕が呼ばれたんですか」

 丸いテーブルには三つの席が隣接していた。

 一つの席にお婆さんが、もう一つの席にメリーが。

 そして来客者であるジャストが座っていた。

「そゆことー」

「ジャストはあのうるさい機械とかいつも使ってるじゃない」

「うるさい機械……耕運機ね」

 半獣ならクワ一つで山一面を耕す事もできるが、そこは人間に飼われた狼。機械を与える事によって逆に足枷にさせたのである。

 しかし、研究機関お抱えのジャスト君は色々な新兵器のテストパイロットとして起用されている。

 あの耕運機がいつ爆発してもおかしくない事を……ジャストは知らない。

「まーでも、そのせんたっきとやらを見ない限りはどうにもなりませんね」

「だから洗濯機だっつーの……え? まさか」

「いや、話には聞いてましたが、実際見るのは初めてです。いやー楽しみですねー」

 ちなみに、ジャストを呼びに行ったのはメリーである。

 さらにそこにどうでもいい情報を付け加えると、ダッシュで行って来いと脅迫したのはお婆さんである。

 どんな手段を使って脅迫したのかというのは、表記できないほどエゲツナイ方法であり、メリーの背負うトラウマの内の一つでもある。

「じゃ、私帰るの☆」

「メリーいい子だから物事を投げ出さずに最後までやりきりましょうね」

「ハァイ、ワタシオバアサンダイスキー」

「お婆さんとメリーは仲がいいですね」

「            ま ぁ ね             」

「ウフフフフフフアハハハッハハハハハハハッハハハ」

 何があったのか、ジャストは知らない。


 所変わって洗面所。

「これが噂の洗濯機。ですか。へー四角いですね」

「この箱に服を入れて、洗剤を入れて、このスイッチを押せば動くとかいてあるんだけどねぇ……」

 試しにジャストがスイッチを押しても洗濯機は動かなかった。

「オイコラやまんば。説明書とかは存在しませんか? なのでした」

 視線が斜め上を向いている。口が半びらきである。

「メリー……大丈夫?」

「あったような、気がするんだがね。マキと一緒に燃やしちまった」

 先になぜ洗濯機が動かないのか説明すると、電気が通ってないからである。

 仮に発電装置があったとしても上水道下水道は設備されていないのでどう頑張っても洗濯機として事を成さないだろう。

「うーむ、どうしよう。これがどういう原理で動いているのかわからないや。これを売ってくれた人は誰ですか?」

「城下町の人さね。この前町に降りたとき、買ったのさ」

 この瞬間。メリーとジャストは同じ事を考えた。

 ――どうやって、この洗濯機を山の中腹にある家まで持ってきたのだろう? と、 

 人手を使えば持って行く事はできるが、それでも大変だろう。

 そして、なによりも……血縁者以外の者をこの家まで連れてくる事を極端にお婆さんは嫌っている。

「……」

「……」

「どうしたのさ?」

 城下町で話されている都市伝説がある。

 その数は三つ。

 一つは町に霧がでると人が消える。一年を通して霧が出る事は滅多にない。

 一つは満月になると狼の遠吠えが聞こえる。もちろんジャストのものではなく、一人を残し一族全滅させられた怨霊の声だとか。

 最後の一つは、山に魔女が棲むという伝説。お婆さんは魔女なのではないかという噂があるが、実際どうなのかは誰もしらない。

 メリーもジャストも、お婆さんが魔法らしい事を使ったのを見た事は……無い。

 しかし、ただのファンキーな婆さんでない事は確かだ。

「うーん、酒が切れてきたわぃ」

「町で買ってこないと無いの」

「ジャスト、すまないがダッシュで買ってきてくれないか? あんたの足なら一瞬だろ?」

「未成年にお酒は売ってもらえませんよ。僕ならなおさらです」

「しょうがないねぇ、後で買いに行くかね」

 ジャストの脚力は人間をはるかに凌ぐもので、城下町まで往復しても息を上げることすら無いだろう。

 メリーは半獣だけあって、山男なみの体力と登山センスがあるので汗をかく程度で済むだろう。

 お婆さんは……不明。

 山の中腹で一人暮らしをしているお婆さん。一人で住んでいるのに家の中は整理整頓され、庭の手入れもできている。

 年老いた老婆が一人でできるような仕事量ではない。誰か後五、六人は住んでいないと無理だろう。

 それでも、お婆さんは一人で住んでいる。

「やっと洗濯のめんどくささから抜け出せると思ったんだけどねぇ、これじゃあただの箱だよ。そうだ、メリー。中に入ってみなさい」

「え? うん、わかったの」

 言われた通り、メリーが洗濯機の中に入る。

 ふたを閉める。

「さらに、ロックをかける」

「え?」

「え?」

「たしかこの穴に水を入れるはずだったわねぇ」

「ちょ、おばあさん!」

「いやぁっぁぁああああああ! 助けてなのぉぉぉぉぉおおおおおお!!」

 ジャストが止める前に、お婆さんは入水口に漏斗を突っ込み、壁のレバーを引いた。

 山頂から引いて来た冷水が上水道変わりになっていて、夏場とは言え雪の残る山頂。

 冷水である。

「冷たいぃぃぃいいいい!」

「お、おばあさん! メリーが死んじゃう! メリーしんじゃうよ!」

「まあ、見てなって」ガッコン。

 洗濯機と隣接していた壁が開き、城下町が見える。つまり、そこは町へ繋がる下り坂が延々と広がっていた。

「な、何? 何が起こってるの? ジャスト? お婆さん? ねえ! ちょっとぉ!!」

「ホイ」

 お婆さんは、洗濯機を蹴った。

 洗濯機は、倒れると同時に、斜面をゴロゴロと転がり落ちて行った。

「うわぁぁぁああああああああ!」

「メリィィイィィィィイイイイイイ!」

 ジャストの声は、メリーに届かなくなった。

 メリーの悲鳴も、ジャストに届かなくなった。

  *

 メリーは夢を見ていた。

 学校に行く夢だ。その夢では、メリーもジャストも普通に授業を受けられる。

 人間とも仲良くできて、一緒に食事をしたり退屈な日常のわずかな違いを話したり。

 夢のようなひと時だった。

 メリーは望んだ。

 この夢が現実で、現実だと思っている世界が夢だったらいいのにと。

 わかっていた……そんな簡単な事じゃないと。

  *

続きは九時頃に上げる。一応完結してるからだいじょぶだと思う。

「メリー!」

 ジャストが呼んでいる。

「ぅ、ぁ……ジャス、ト………?」  

「良かった、怪我は無いみたいだけど、意識が無いから心配したよ……本当に……」

「いたいよぉ……ジャスト、強くだきしめないでよ」

 ごめんと謝るが、ジャストの体は震えていて、抱きしめる力は弱くならなかった。

「私、生きてるの?」

「そうさね」

 お婆さんの声がする。焦点の定まらない目でお婆さんを見つけると、満足そうに笑っていた。

「どうだったかい? 洗濯機は」

「……え?」

「お婆さん! 今回ばっかりはどういう事だか説明してもらいますよ!」

 ジャストが吠える。狼の血が混じっている彼は叫ぶ事すら硬く禁じられている。それを破ってまでも彼はお婆さんに敵意を向けた。

「やめて、ジャスト……私は大丈夫だから。どこも痛くない」

「でも」

「いいの」

「……わかったよ」

 メリーは改めて自分がどこにいるのか確認した。

 斜面上にはお婆さんの住んでいる家がある。壁の一部が開いていて、そこに洗濯機があるのが見える。

「あそこから、転がり落ちたの?」

「そういや、そうさね。でもそこにあるゾーブと一緒さね」

「ゾーブ?」

 お婆さんの指した方にあったのは、見慣れない球体だった。

 ガラス玉のように透明だが、大きさは人間の二倍はある。

「ゾーブっていうのはだねぇ……」

 話が長くなるので説明しよう!

 ゾーブ(zorb)とは、ニュージーランドの企業ゾーブリミテッド社が開発したニューアトラクション商品の一つで、人間が巨大な中空、透明のボールの中に入り、斜面を転がり落ちて楽しむものである。

 ゾーブリミテッド社の登録商標である。このアトラクションを行うことををゾービングという。

 wikiより抜粋。

「というものさね」

「じゃあ、洗濯機っていうのは」

「実の事を言うと嘘さね」


「……」

「……」

 再び絶句する二人。

 ジャストはどういう事なのか理解できず、困惑する一方だった。

 しかしメリーは幾多の惨劇とも呼べる戦場を走り抜けてきた為、一つの思案が脳裏に浮かび上がった。

「お婆さん、もしかして」

「なんだい?」

「風邪をひいたのは……これのやり過ぎ?」

「ははは、実の事を言えばそうさね」

 お婆さんは城下町でゾーブに出会った。

 四方を山で囲まれた街は、新しく復興行事を探していた。

 他の街にはない行事があれば、四方の山を越え外からの観光旅行者が来るのではないと思われた。

 そこで、奇想天外破天荒で有名なお婆さんなら何かアイディアがあるのではないかと白羽の矢が立った。

「いいのかい? 私にそんな事を言って……あたしゃね、やる時はとんでもなくやるつもりだよ」

 城下町のカフェでほほ笑む老婆の瞳は、天真爛漫な子どものようだった。

 そして、用意された資料とゾーブという聞いた事も無いアトラクション。

 街の裏で静かに、企画は進んで行った。

 完成したゾーブは一般公開される前に試運転を繰り返す必要がある。

 ゾービングする際には中に水が必要で、その水源の確保が必要。

 さらには坂を押して上げる方法も考えなければならない。

 お婆さんは既存のゾーブに改良を加え、簡単に空気を抜く、入れるを可能にした。

 メリーとジャストが見た洗濯機とは、瞬時に空気を入れる機械であって、洗濯機ではない。

 最初から、お婆さんが仕組んだものだった。

 なので、当然。

「い、いやだぁぁぁああああ! 死にたくないぃぃぃぃ!」 

「いいからアンタもやるんだよ! 角のあるメリーでもゾーブはパンクしなかった。あんたの削れた爪でも大丈夫かどうか確認しなきゃならんからね」

「やめろぉぉぉおおお! やめ、   やッ ……ば!    ぅぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!」

 ――ゴロンゴロンゴロンゴロン

  *

 夕暮れ。

 山は一面の紅に染まる。

 その斜面を歩く人影があった。

 ジャストである。

 背中にはメリーを背負っていて、ゆっくり、できる限り上下せず歩いていて。

「うぐぐ」

「まだ気分悪いのか?」

「うー……ジャストはどうして平気なの」

メリーが横になっている間、何回も乗せられたからね。コツは掴んだし、慣れれば立ったまま下れるよ」

「もう二度と乗りたくないの」

「そう? 僕はけっこう好きになったけどね」

 モソモソと山道を下る。

 ゾーブをする際、摩擦を軽減するために水を入れなければならない。ずぶ濡れになった二人ですが、

 全身が毛むくじゃらのジャストは日の光で自然乾燥する野生な方法をとりました。八割狼の血ですのでなんともありません。


 四割羊のメリーさん。冷水被ってゾーブの中でゴロンゴロン転がって、風邪をひきました。

 理由は、メリーさんのふわふわの長い髪が水分をよく吸収する事スポンジの如く。

 一応お風呂にも入ったのですが、電気もガスも無い世界です。入れるようになるまで時間のかかること。

 ジャストが用意する間に風邪をひいしまったのです。

 え? シャワーじゃないのかって? サービス、サービスゥ!

 というわけで、今もプルプルと震えております。

「……くっしゅ」

「走って、早く家に連れて行ったほうがいい?」

「激しく揺れるのは、やだ。……歩いて」

「わかったよ」

 メリーを背負い歩き続けるジャスト。ふと、昔の事を思い出す。

 どちらにとってもいい思い出ではないが、何年か昔の事。

 メリーが足を怪我して、ジャストが背負って帰った時の事。

 あれから何年たったのか、頭の中で暗算をする。

「……五年か、六年かな」

「ジャスト」

「な、何?」

「女の子の歳を数えるのはマナー違反なの」

「数えてないですからー。そんなんじゃないですからー」

「私も……今同じ事考えてたの」

「ふうん」

「あと、四年前の事だから」


「そうだっけ」

「そうなの」

「そっかー四年かぁ」

「あの時も、……なんだけどね」

「何が?」

 メリーは、ジャストの両肩を掴むのではなく、獣耳を押さえた。

「メリー、聞こえないんだけど」

 ジャストはメリーを背負っていて、その手を払う事ができない。

「ありがとね」

「……」

「目を醒ました時、ジャストがいたからすごく安心した」

「…………」

「お婆さんに向かって怒鳴ってくれたのは、ダメだけど。凄くうれしかったよ」

「………………」

「四年前も、こうやって背負ってくれたよね。あの時も、ジャストは嫌な顔しないで家まで連れてってくれたし、とっても感謝してるの」

「……………………」

「いつも、ジャストにはしてもらってばっかりなの。私が何か、してあげる事ができればいいんだけど、私はいっつもジャストに助けてもらってばっかりなの」

「…………………………」

「ごめんね」

  *

 歩き続ける事、数時間。

「くぅ……くぅ……」

 背負っている少女は眠ってしまった。

 お婆さんの家で先に薬を飲んでいたのもあって、熟睡している。

 少年はただただ、少女を起こさないようにゆっくりと歩き続ける。

 空には月が昇っている。それ以外は、誰も見ていない。

 城下町までもう少し。街に入ってしまえば、そこは人間の領域だ。

 その中に、少女の住む家がある。

 人間の輪の中に、帰るべき家がある。

「……あんまり城下町は好きじゃないんだけどなぁ」

 呼び出しはいつも伝書鳩。それ以外の理由で城下町に近付くことはない。人間を無駄に怯えさせる理由も無い。

 ジャストは腰を落とし、つま先だけで立つ。体の上下運動を極限まで減らし、音もたてずに――

 ――疾る。

  *

 コンコン。

「はいどちら様でしょうか~」

「僕です」

「あら、ジャストじゃないの~久しぶりね~。元気にしてた~?」

 間延びした言葉で喋っているのは、メリーの母親である。

「娘さんを連れてきました」

「あら~、ありがとね~。この子ったらも~。中に入って♪」

「失礼します」

 一礼して入る。

 それから、案内されたメリーの部屋に(本人の許可なく)入りをベッドに寝かせる。

 半獣とはいえ乙女の部屋。紳士足る者物色せずに出るのが礼儀。

 と言うわけで玄関に戻った。

「それじゃ、僕は帰ります」

「もう帰っちゃうの~? ゆっくりしていきなさいよ~」

「いえ、もう遅いですし。メリーは風邪ひいてるみたいなので面倒見てあげてください。夜中起きると思うので何か食事の用意をお願いします」

 それだけ言って、家の外に出た。

 半獣同士であっても、狼と羊。本来、仲良くするべきではない。

 ジャストは、あくまでも人間に飼われた狼なのだ。

 今回は、お婆さんの指示で洗濯機を見に来たし、メリーを家まで運んだのもお婆さんの指示だったから。






「僕はね、君に感謝されることなんて一つもしてないんだよ」

 メリーの面倒を見るのも、お婆さんに見舞いの花束を用意したのも、全部人間から言われたから。

 ――こんな遅い時間に城下町にいると、誘拐犯と勘違いされる可能性もある――

 全て、彼に知識を与えたのは人間。

 狼は何も考えず、犬になるだけ。

 それだけ。

「……痛た」

 だったはずなのに。

「なんで、リンゴが落ちてきたんだ」

 ジャストの頭に当たったのは、小さなリンゴ。

 上を見上げると、メリーの部屋の窓が開いていた。

「起きてたのかな、……まあいいや、帰ろ」

 リンゴを拾うと、一部の皮が削られていてメッセージが入っていた。

『マタキテネ』

 その文字に、ジャストは胸が痛くなった。

 人間の命令を無視して、自分の意思で、メリーに会いたいと思った。

 また、メリーと話がしたいと、願ってしまった。

  *

 狼は一人、

 夜道でリンゴを食べる。

 少しだけ、笑みを含んで。

 ――end――

おしまい。誰も何もコメント無いのは腕が悪いからなのかねぇ……。

特別熱い話でもなんでもないのが書きたかった。

下のurlはイメージです。

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=28707442


今見たわ
結構好きな感じだったよ
乙乙



まず、人が寄ってこないのは地の文形式であるからという理由が強いと思う
しかもその地の文(ナレーター?)とキャラとが前半で対話してること、
なおかつその内容がメタくさくて人を選ぶように感じる

だから最初はとりあえずメタ的なネタを少なめにしつつ
ssの主流である台本形式で書いて練習してみるといいんじゃないかな

あと、内容に関してなんだけど少しキャラクターの掘り下げがうまくいっていないように
感じた部分や、世界観の掴めない部分があったかな
まあそもそもオリキャラが出ること自体嫌われる要因の一つだけども…

長文ごめんなさい、メリーちゃんはかわいかったです
これからも頑張ってください

酒場から。とりあえず思ったことを。

・基本的に「こうしたら面白いかも」ってノリで書いてる印象。悪いとは言わないが>>1での和風(?)な語りとキャラの洋風な名前で早くも世界観について混乱させられた。ナレーションとの会話も特に必要なさげな上にメタだから嫌う人はとことん嫌うだろうな。

・情報のバランスがちょっと悪かったかも。半獣やら世界の設定やらもやや詳しめにチラつかされてるが、正直「なんでもないの」を読むには邪魔だった。のほほんというか日常というかを書きたかったなら、会話から「なんとなくこんな世界なんだろうな」って感じる程度でいいと思う。

あとは、もうちょっと「読んでもらう」ことを意識すれば良くなるんじゃないか。
途中のレスを見るに書き終えてからの投下なんだろうから、次は投下前に全体を読み返してみるといい。

こういう雰囲気のは嫌いじゃない。乙でした。

遅くなったけど、読んでみての感想です。

全体の雰囲気としては良かったと思います。
狼と赤ずきんをそれぞれ獣と人から半獣にして、キャラクターの方向付けを狙っているようですね。
名前もメリー、ジャストとつけることで、一般的な赤ずきん像からの脱却と、羊や狼としてのキャラ付けを目指しているのでしょう。
それらの試みは半ば成功していると思います。

さて、先の方々も触れていますとおり、私も冒頭に集中するメタ発言が気になりました。

なぜ、数々ある童話昔話の中から竹取物語を選択したのでしょうか。
キャラクターの紹介から入れるのでちょうど良いと考えられたのでしょうか。

たしかに竹取物語の冒頭は、キャラクターの説明をするテンプレートになっていますが、他のお話でもそれに相当する部分は(特に童話なら)多いので、竹取物語を選択する必然性がありません。

しかも赤ずきんは世界的に有名な『グリム童話』の一編なのですから、シンデレラやヘンゼルとグレーテル、狼と7匹の子ヤギなど、有名でかつ、このssに代入できそうな物語は他にもたくさんあるのです。
冒頭で狼と7匹の子ヤギの話をさせれば、作者も含めて狼が家畜を食べる悪い奴だと思い込んでいること、メリーにそれを否定させれば、ジャストとの信頼関係の伏線にもなります。
ヘンゼルとグレーテルの流れで、 

作者or地の文:さあさあ、ヘンゼルとグレーテルよろしく兄妹で森にgo!

メリー「私、ひとりっこなの」

とか。
あと、メリーにセイバーだとかでキレる作者の発言は、少々空回りしているように見受けられました。

つづきます

たとえば作者が話を進めたいのに、冒頭のようにメリーが面度臭がって森に行かない。

メリー「めんどうなの」
ナレーション: 行ってくださらないと話が進まないのですが

メリー「えー……配達なんて西濃にやらせればいいのー」
ナレーション: うわ、お話の最初っから否定しましたよ、この娘

メリー「今日は休みなのー、dsやるのー」ピコピコ
ナレーション: この……早く行けや! オタンコナス!」

なだめて、すかして、おどして、それでも動かないメリーに、ナレーションがキレて悪態をつく……
それならわかるのですが、冒頭で作者がメリーに「オタンコナス」と言う、そのあたりの流れは会話としても破綻しています。
実際にこんな流れで会話する人がいるかというと……かなり珍しい部類に入るでしょう。物語の進行上不必要な部分と見受けられました。
基本的にこのssの、キャラクターと作者間の会話(これをメタネタと言うのは微妙なところですが)は、メタネタのうまみを出せていない上に、物語の進行上障害になっています。

物語の構成、キャラクターの説明としては、おばあさんのキャラが少々吹っ飛びすぎています。エネルギーがあるのは良いことなのですが、エネルギーを制御し切れず暴走するだけです。
ツッコミ役がいればそれもギャグになるのでしょうが、暴走芸人が歯止めがきかなくなって騒いでいるような印象でした。

ジャストの立ち位置も不明瞭です。
花を育てている狼……見た目は良いのですが、なぜ人間が狼を残し、その上で耕耘機の試運転や花の栽培など、ジャストを閑職に押し込めておくのか、ジャストの社会での位置が疑問となりました。

メリーとジャストの関係の掘り下げであるおんぶのシーンも、会話の文字数に比べて内容が薄く、妙に間延びしている印象です。
読んでも、作者はここで感動させたいんだろうな……というくらいでした。
冒頭で作者が出張ってきているので、ここでもあえて出てきて、夕暮れの山道を歩くふたりをちょっと茶化して、それをジャストにたしなめられるなどすれば、ギャグと感動のバランスを取れたかもしれませんが……ナレーションも道化に徹しきれていない印象でした。

メタ発言は物語を動かす強力な手段ですが、メタネタをするなら徹底的に、そのネタがどうして面白いのか、メタネタとして適当であるかなど自問自答しながらでないと、物語が破綻します。
あくまでもスパイスであるメタネタを多用し、キャラクターとナレーションの関係が、物語の進行に支障をきたすほど悪化してしまった……このssにはそういった印象を受けました。

以上

すいませんageてしまいました

コメントくれてありがとう。

もう少しがんばってみる。

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