【脱出系】マッチョ「…………」 (36)


マッチョ「……?」


男は冷たい床の上で目を覚ました

筋肉の鎧に覆われた身体を持ち上げる

見渡すと視界に広がるのは無機質な鈍色

男は囚われていた


彼の眼に飛び込んだのは錆の浮いた扉

傍らには煤けた鍵がぶら下がっている

どうやら四桁の暗証番号を合わせなければ鍵は外れないらしい

扉の陰には小さく"キレイセ シトコ"と落書きが残されていた


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マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ベゴンッ


男は拳で謎を解いた

砕け散る錠前

弾ける鉄鎖

拳の痕が穿たれた残骸はすでに扉としての役目を終えていた

近代芸術のように曲げられたそれを踏みつけ男は進む


扉を潜り抜けた先には前よりも一回り大きな空間が広がっていた

部屋の隅には寝台と柄の長い箒

何かが寝台の奥で薄暗く光っている



マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ドゴンッ


男の踵が寝台ごと床を貫通する

おびただしい数の亀裂は壁まで到達していた

折れた箒が床へ天井へと逃げ惑う

足裏から現れたドライバーは先端が潰れてもはや使い物にならないだろう


ふと視界の端にテーブルが映る

鎮座するのはボトルに満たされたワインビネガーと純白に煌めく真珠

飴玉ほど大きなそれは内側が空洞らしく、小物なら中に入れられそうだ



マッチョ「…………」 ボリゴリガリ


男は良質なミネラルを摂取した

咀嚼物に紙の食感が混ざっていたが彼にとっては等しく食物繊維である

そこに剣と獅子の意匠が描かれていたことなど誰にも知る術はない

ボトルに填まったコルクを捻り中身を喉に注ぎ込む

アミノ酸および有機酸その他の栄養素は血肉となり筋肉達に歓迎された


部屋の向かい側にはピアノが一台

艶のある漆塗りは長い年月を経てもなお光沢を放ち続けている



マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ゴシャァッ


断末魔を上げる鍵盤

割れた胴体からは千切れたピアノ線がとめどなく吹き出す

身体を支える四肢は折れ曲りさながら潰れたカエルのようである

ピアノはその一生に突如として終止符を打った


憐れな死骸から転がり落ちる小さな小箱

すでにネジは外れて中身が溢れ出ている

入っていたのはどうやら錆び付いた方位磁石のようだ

針が指し示す場所が出口である

男は確信した



マッチョ「羅゙羅゙羅゙羅゙羅゙羅゙羅゙羅゙羅゙羅゙ッッッッッ」 ズドドド


錆を落とさない針先は酔いどれの足取りのように回り続ける

不真面目な指揮者の指し示すまま男は破壊の限りを尽くす

剥げる壁

崩れる天井

不運にも密室の内側で地震が炸裂した


崩落の兆しを見せた部屋の奥でいまだ堅牢な扉が姿を現す

扉の上には方位磁石とよく似た時計が一時三十五分を指し示していた

取手の傍らには喘息のように点滅を繰り返す機械

どうやら6文字のアルファベットを入力する必要があるらしい


マッチョ「…………」


男は思考した

なぜ己はこの部屋に閉じ込められたのか

どのような目的で脱出可能な仕掛けを施したのか

不条理なマッチポンプにいまだ答えは見つからない

彼は答えの出ない問いを頭の片隅に謎を解き明かすことを優先する


男の脳細胞が一つの結論を導いたとき肉体はすでに行動を始めていた

荒く削られた黒曜石のような指先が機械に触れる

かくして彼らの知略を尽くした最後の戦いが始まった



マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ズボォッ

機械『パスワードが違いまままま゙ま゙ま゙ッ゙』 ボッ


秘孔を突かれた装置は断末魔を上げて爆発四散する

現代技術の叡智は男の頭脳に敗北した

扉を蹴破り階段を昇る

男は密室の謎をすべて解き明かし脱出に成功した


――――――
―――



マッチョ「……?」


男は古びた畳の上で目を覚ました

筋肉の鎧に覆われた身体を持ち上げる

見渡すと視界に広がるのは薄暗がりの和室

男は再び囚われていた


ふと背後に気配を感じ取る

振り向くと長い髪を地面に足らした女がこちらを睨み付けていた

憎悪に満ちた蒼白い肌を歪めて嘲笑う顔

その笑みの向う側は透けて壁が見えている


幽霊「生きている人間……羨ましい……妬ましい……!」



マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ボッ

幽霊「ひぎぃいぃぃいぃッ!?」 サラサラ


男は拳で除霊した

磨きあげられた肉体には健全な魂が宿る

極限を振り切った彼の横紋筋はすでに人智の領域を超越していた


静まり返った和室にけたたましく響く電話の音

古ぼけた黒電話の配線はネズミにでも噛みきられたのだろうか

断線したそれを不思議に思いながら男は受話器を耳に当てた



メリー『わたしメリーさん。いまあなたの』

マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ゴゥッ

メリー『ひぃっ!?』 ガチャン


メリーは恐怖した

受話器から嵐のような言霊が彼女に襲い掛かろうとしていたからだ

あと寸分遅ければメリーは輪廻転生の環に組み込まれていただろう


メリー「はぁっ、はぁっ」


とうの昔に動きを止めた心臓の鼓動が耳朶を打つ

あんな化け物の背後を取る? 冗談ではない

しかしメリーの取るべき行動はあまり残されていなかった

震える手でダイヤルを回しできるだけ受話器を遠ざける


メリー『わたしメリーさん。話を聞いて欲しいの』

マッチョ「……」 スゥゥゥ

メリー『待って! 除霊しようとしないで!』


言霊の群れを横隔膜に留め男は声に耳を傾ける

荒く呼吸を繰り返す声の主は震えを抑えつつ彼に告げた


メリー『わたしメリーさん。消えたくないからあなたをナビゲートするわ』


長いものには巻かれよ

生前生後にメリーが愛用していた実績ある処世術である

かくして男とメリーの奇妙な共生関係は結ばれた


メリー『まずはそこにある清めの塩を取っておいた方がいいわ』

マッチョ「……」 ベロンチョ

メリー『舐めるな汚い! これじゃあ持っていても意味ないじゃない!』


男は良質な塩分を摂取した

塩化ナトリウムおよび微量ミネラルの結晶は血流を力強く循環させる

男とメリーの血圧は微増した


メリー『はぁ……もうどうなっても知らないわよ。次は正面の襖を開けて』

マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ビリィ

メリー『普通に開けなさいよ』


受話器を片手に男は渡り廊下へ身を乗り出す

鋼の肉体は蝋燭の灯火に照らされ鈍く黒光りしていた

埃を被った床が男の歩みに合わせて悲鳴を漏らす


メリー『止まって、蝋燭の灯りがない床には罠があるわ。落ちたら最後よ』

マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ズボォッ

メリー『なんで自分から飛び込むのよ!』


空から戦車が降ってきたとしよう

竹槍は分厚い装甲を貫けるだろうか

少なくとも鋼鉄と化した男の皮膚に傷一つ付けることは不可能であった

折れる竹

抉れる大地

男は竹槍を入手した


メリー『あなた本当に人間?』

マッチョ「…………」 ボリゴリガリ


男は竹槍を消費した


メリー『いい? 次の部屋には人形が待ち伏せしてるわ』

メリー『一度引き返してさっきの穴に落としてから、蝋燭の火を』

マッチョ「……」 ガララ

メリー『聞きなさいよ! 人の話を!』


ゼンマイの巻き上がる音と共に人影が飛翔する

成人男性の背丈よりも二回り大きなそれは顔のない女の姿をしていた


マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ゴシャァッ


亜音速で打ち出される拳が能面の頭を吹き飛ばす

一瞬怯んだ人形はしかし慣性のまま男の身体に絡みついた

白い四肢が彼の臓腑を筋肉の上から締め上げる


メリー『嘘……まさか、こんな所で!』



マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ブチィ

メリー『心配して損した!』


気合いと共に男の身体が怒張する

倍増する表面積は人形の間接が弾けるには過剰であった

宙に舞う二本の腕を両手で捕まえ合掌する

破裂音の後に指の隙間からは滑らかな粉が零れ落ちた

逃げ惑う片脚を掴みもう片方の元へ振りかぶる

重力を振り切った一撃は着弾してこの世から完全に消滅した


メリー『あなたこのまま脱出しない方がいいんじゃない?』

マッチョ「?」



マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ベキョ


男は鉄格子をぶち破り出口を目指す

一直線に牢屋を駆け抜けるその足取りは怒り狂った猪に似ていた

メリーは思案する


メリー(……コイツはきっと外に出られる)

メリー(わたしもやっとここから脱出できる。でも……)


それでいいのだろうか

再び自由になった所でまた同じことの繰り返しではないのか

メリーの心に満ちたのは喜びではなく不安と恐れだった


メリー『わたしメリーさん。わたしの話を聞いてほしいの』


男は歩みを止めた


メリー『この先には、わたしを閉じ込めた奴がいる』


脳裏に焼き付いた恐怖が息を詰まらせる

か細く消え入りそうな言葉を紡ぎメリーは独白を続けた


メリー『わたしは力の弱い霊だから、アイツには逆らえなかった』

メリー『あなたみたいに、ここに連れて来られた人を何人も見たわ』

メリー『でも、アイツに取り込まれた人間はみんな……』

メリー『死ぬこともできず、自我も消えて永遠に苦しみ続けるのよ』


受話器の向こうで呼吸が荒く乱れる

どうやら話すべき何かをためらっているらしい

男は無言で聞いていた


メリー『わ……わたしはアイツよりも弱いし、それに誰か助ける力もない』

メリー『だから、アイツに襲われるぐらいならその前にこの手で……!』

メリー『臆病な上に偽善者で! そんなわたしが自由になる資格なんて!』

メリー『最初から……うぅ……』


静寂が牢屋に満ちる

男は出口に向かって一歩を踏み出した


メリー『……受話器、捨てないのね』

マッチョ「…………」

メリー『いい加減に話を聞きなさいよ。わたしは悪霊なのよ』

メリー『脳みそまで筋肉ってわけ? 本当にバカなんじゃないの……』


男は硬く受話器を握りしめた

最後の扉の錠前を引き千切る


メリー『……わたしも』

マッチョ「…………」

メリー『わたしも、あなたみたいに強くなれるかな……?』


男は扉に狙いを定めて腕を引き絞る

メリーは決断した


メリー『そうね。わたしも覚悟を決めることにしたわ』

メリー『ふふっ、あなたみたいな筋肉はいらないけどね』


握られ続けた受話器に亀裂が走る

男は受話器と扉を粉砕した



マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ゴシャァッ


扉の向こうには禍禍しい怨念がどす黒く蠢く

男と怨念を挟む空間に一人の少女が立っていた

こちらに背を向けた彼女の身体は朝日を浴びたカーテンのように揺らめく


メリー「わたしメリーさん。いまあなたの前にいるの」


こちらを振り向き微笑む顔はすでに臆病な弱者をやめていた

己の命運に立ち向かう少女は男を護るように両手を広げる


メリー「ここはわたしが食い止めるわ。あなたなら逃げ切れるはずよ」

メリー「……悔いはないわ。だから早く行きなさい!」


男は拳を握り締める

そして彼女を追い越した


メリー「なっ……! どうしていつも話を聞いてくれないの!」

メリー「アイツは筋肉でどうにかなるものじゃないのよ!?」

マッチョ「…………」


男は怨念と対峙した

そこには彼女を助けたいという気持ちもあったかもしれない

しかし男を動かしたのは別の理由

嗅ぎ付けたのは闘争の匂いである


マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ズダン


空気分子を焦がし打ち抜かれる不可視の鉄槌

それを止めたのもまた拳だった


影マッチョ「…………くく」 ニィ


メリー(えっ何それ)


影マッチョ「我は禍つ者……それゆえこの屋敷に封じられた」

影マッチョ「ああ憎いぞ人間! しかし我はここを出る肉体を持たぬ」

影マッチョ「なれど探したのだ! この地を結界ごと壊せる身体を!!」


握られた拳が軋む

丸太のような脚が奇襲を掛けるも紙一重で躱され宙を薙ぐだけに終わる


マッチョ「……!」

影マッチョ「我が呼んだのだよ……貴様をなァ!」


踏みしめた床が土の飛沫を上げて影の姿が消える

死角から致死量を越えた拳の雨が男の残像に降り注いだ

互いの獲物がぶつかり合う度に大気は音波となって炸裂する


マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ズドンッ

影マッチョ「堕゙ッッッッッ!!!!!」 ズダンッ

メリー(こわい)


殺戮の応酬は均衡を保っていた

しかし実体のある筋肉には痛みと乳酸が蓄積する

男は着実に疲弊していた


影マッチョ「くくく……もう終いか人間?」

メリー「そんな……! ダメよ、あなたはここから出るんでしょう!?」

マッチョ「……!」 グッ


垂れた汗が過負荷で熱せられた身体の上で蒸発する

男の姿は湯気で蜃気楼のように揺らめいていた

陽炎の鎧を纏い影の懐に急接近する


影マッチョ「何!?」


反射的に放たれた肉の弾丸は歪められた大気を掠めただけだった



マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ドゴンッ

影マッチョ「ぐっ! だが今さらそのような拳が我に……」


影の目が可動域の限界まで見開かれる

引き抜かれた拳の軌道には大穴が穿たれていた


影マッチョ「貴、様……! 何をした!?」

メリー「それ、もしかして」

マッチョ「…………」 ベロンチョ


汗が乾いた彼の身体は白い粉に覆われていた

先ほど摂取した清めの塩が結晶となって析出している


すなわち今の男は全身が清らかだった


影マッチョ「そんなことが……認めん! 我は認めんぞォォォ!!」

マッチョ「羅゙羅゙羅゙羅゙羅゙羅゙羅゙羅゙羅゙羅゙ッッッッッ」 ズドドド

影マッチョ「堕゙堕゙堕゙堕゙堕゙堕゙堕゙堕゙堕゙堕゙ッッッッッ」 ズドドド


激しく吹き荒れる幾千陣もの風が質量を持って互いを喰らい合う

だが台風の目は無風の静謐となり唐突に風が吹き止む

やがて己の人生のすべてを込めた究極の一撃が繰り出された


影マッチョ「貴様はここで終わりだァァァ!!」 ブォンッ

マッチョ「 堕 ゙ 羅 ゙ ッ゙ッ゙ッ゙!!!」 ドゴムッ

影マッチョ「か、はっ……!? こやつ、我の、拳を……!」

影マッチョ「……見事、なり」 ボシュゥゥ


かつての強敵に黙祷を捧げる

男は屋敷の謎をすべて解き明かし脱出に成功した



メリー「これじゃわたしが決心したのがバカみたいじゃない!」

マッチョ「…………」

メリー「もう、こんなときぐらい何とか言いなさいよ!」


二人は朝焼けに向かって歩み始める

彼らの顔に浮かぶのは憔悴と達成感を足して二で割らないような表情

横並びの影が壁に伸びた


メリー「……ねえ、あなたはこれからどうするの?」

メリー「これからわたしはどうすればいいの……?」



マッチョ「…………」 ボソ

メリー「そうね……って、ええ!? あなたいま!?」

男は逃げるように屋敷を立ち去る

彼に取り憑いたメリーはその背中を追いかけた


犯した罪は消えない

ならばこれから償っていけばいい

そこから目を背ける弱いメリーはあの屋敷で死んだのだ


長いものには巻かれよ

生前生後にメリーが愛用していた実績ある処世術である

かくして男とメリーの奇妙な共生関係はこれからも続く


――――――
―――



女「もういやぁ……! 誰かここから出して……!」


溢れた涙が撥水性のタイルに水滴を作る

恐怖と空腹は女の脚を鉛のように縛り付けていた

ふと腰から伝わる振動にびくりと身体を強張らせる

歳に似合わず古めかしい携帯を取り出すと着信が来ているらしい


女「お……お願いします! 誰でもいいから助けてくださいっ!」

メリー『わたしメリーさん。いまあなたの近くにいるの』

女「ひぃぃっ!?」


想定の範疇を大きく外れた相手に思わず携帯を落とす

しかし電話の主はもはや慣れたといった口調で話を続けた


メリー『安心して、そろそろ助けが来るわ。なるべく壁から離れてね』

女「……へ? どう、いう」



マッチョ「羅゙ッッッッッ!!!!!」 ゴシャァッ


男は外から密室の謎を解き明かした




おわり

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