シスコン提督と寂しがり屋の揚陸艦 (55)



―  プロローグ  ―



ゆうやけこやけの、赤とんぼ。


おわれてみたのは、いつの日か。


 

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僕がまだ年端も行かぬ幼い頃、親族の娘が我が家に住まうようになった。

親等としては従姉にあたるその人は、僕より4つほどしか年齢が離れておらず

まるで娘が増えたみたいと母は大層喜んでいた。

戦争により両親を失った娘の身寄りの引取りを父が受けた、というのが発端なのだが

どうやら生前からお互いの両親間でそういう話があったらしい。

僕の父母が亡くなったら、逆の立場になっていた。 ただそれだけの事。

だから哀れむこともなかった。 そもそも、そういう感情すら育っていないほど幼かったのだ。

 



従姉を家に迎え入れる日、僕は父の後ろに隠れて客人を観察した。

百合を想起させる病的なまでの白い肌。 

育ち盛りとは縁遠い、華奢な体。

人形のような髪型がかえって人間味を希薄にさせている。


まるで死人(しびと)のようだ。


僕がその子に抱いた最初の印象は、それだった。

 



そんな従姉が僕を見て、初めてにこりと笑った。

いくら年上とはいえ子供であることには変わりない。

気恥ずかしさを覚えて、笑顔で愛想を振ったのだろう。

少し困ったように微笑むその頬に、仄かな朱が色づいた。


ああ、綺麗だな。


僕が姉に抱いた次の印象は、初恋の訪れでもあった。

 



父も母も軍の関係者だったので、戦時中ゆえに業務に忙殺されていた。

そこで姉が子守娘として僕の世話を担うことになった。

段々畑のあぜ道を、華奢な姉に背負われて進む。


いつも二人で歌を唄っていた記憶。

秋津が舞い、茜色に染まる夕暮れで。



ゆうやけこやけの、赤とんぼ。

おわれてみたのは、いつの日か。

 



彼女の名前は穏やかな実りの季節を想起させる。

だから僕は親愛を込めて、いつしか情愛を重ねて呼んでいた。

あきねぇ、あきねぇ、と。

姉は薄く微笑んで、その黒い瞳を目蓋で細める。


段々畑の蓮向かい、体の熱を奪うような風に揺れるススキが金色にたなびく。

そこに垣間見える言葉に喩えづらい何某かの悲しみ。

そんな憂いや儚さが、彼女にはとてもよく似合っていた。




幸せな片思いに包まれた幼少期。


幸せなままで終われなかった、僕の思い出。

 




十五で姉は、家を出た。


嫁ぎ先ではなく、戦場へ。


 



出兵の日。 僕らは玄関先にて姉の見送りをする。

家族が死地に向かう事を未だ信じられず、姉に土産をねだってしまう程度には現実味を感じられなかった。

姉は困った顔をしながらも土産の持ち帰りを約束し、

それを見ていた母は声を出さずに涙を零していた。

 



軍服に身を包んだ姉は、いつものように柔らかく微笑んで、僕の頭を軽く撫でる。

ふと目の前が真っ暗になり驚いたが、彼女の手袋が目蓋にあてられたことに気付く。

そして額に柔らかい感触を覚えた。

それが姉の唇だったことにはすぐに気付けず、ただ自分の頭上から「ゆうちゃん、息災で」という言葉が降ってきて

どうしようもなく胸が締め付けられた事だけは今も忘れられない。




「いってきます……いえ、行ってくる、であります。 おとうさん、おかあさん。」




たどたどしくも軍人としての言葉を告げ、慣れない敬礼で父母に笑顔を向ける。

それが僕の見た彼女の最後だった。

 



里への便りもとうに絶え果て、歳月ばかりが過ぎていく。

僕はいつの間にか姉が出兵した年齢に並び、背丈はとうに当時の彼女を追い抜いていた。

無事を祈る日々から解放されたのは、姉が従軍していた大本営より封筒が届いたとき。


その封筒には四枚の紙と、束ねられた一房の髪。

最初の紙にはたった一言だけ書かれていた。


それを読んだ父は慟哭し、母は絶叫した。





シノノメ アキハ   センシ


 



最初の一枚は大本営からの報告文。

残りの三枚は、遺族に宛てた姉からの遺書だった。


検閲された遺書には、とても綺麗な『お国の為の言葉』ばかりが羅列されていた。


僕に宛てられた遺書も例外ではなく、こちらの事は大丈夫だから体に気をつけて、という

彼女らしいといえば彼女らしい文面で〆られていた。

 



ふと気付く。最後の一文だけ妙にスペースが空いている事に。

何か殴り書いて、慌てて消したような下書き鉛筆の黒さが残っている。

手元にあった自分の鉛筆で、そこの部分を黒く塗りつぶすと。

彼女の本音がたった一言だけ書かれていた。



こわいよ、ゆうちゃん。




その震えた字を見た瞬間、僕の心に黒く燻る消えない炎が生まれた。

 

これは期待




――――



気がつくと薄橙の斜陽が空を染める黄昏の頃。

皮の香りが芳しい、出したばかりのソファからゆっくりと身を起こす。

どうやらうたた寝をしていたようだ。

周りを見渡せば、つい先ほど片づけを終えて整然とした執務室が目に映る。

着任前日ということで気合を入れて新しい職場を掃除していたら、つい夢中になってこの時間帯まで体を動かしてしまった。

百名余りを収容できるこの場所を掃除するのが僕一人なれば、それは時間もかかるというもの。

ここに来るまでの一ヶ月は引継ぎなどのデスクワークばかりだったし、体を動かしたのは実に久しぶり。

片付け後の心地良い疲労感に身を任せていたら、思ったよりも深く眠ってしまったみたいだ。

 



開けたままの窓から緩やかな秋風が忍び込み、そっと僕の頬を撫でる。

それにつられるかのように、薄く目を閉じて先ほどのまどろみを反芻した。

秋口に差し掛かると懐かしい夢を見てしまう。


戦争で散って二度と会えない、義理の姉。

きっと亡骸すらも風化している、僕の大好きな人。

 



姉さんが鬼籍に入ってもう十年。季節が巡る度に色んな事が変わり行く。

彼女の昔の部屋はただの物置になって、衣類などは誰かに渡したり処分したりとほぼ手元に置いていない。

緩やかに、緩やかに。

あきねぇが僕の傍に居た後は消えていく。

以前撮った写真さえ擦れてきた。

セピアに染まるものばかりなら、せめて大事な人との思い出くらいは色褪せぬままで在りたい。

そう捉えれば、とても綺麗で幸せな夢を秋が訪れる度に見れているのだろう。

でも僕は姉の夢を見るたびに一つの心に色がつく。

夜深まる前の夕暮れみたいな、おぼろげながらに黒と分かる薄暗い感情だ。

内包して十年も熟成させた、なんて醜い我が心。

 



物思いに耽っていると、ふと体が冷える感じを覚えた。

以前まで居た広島の職場と違い、夏を過ぎたばかりの暦なのに少しだけ肌寒さが身を縛る。

さて本格的に日が落ちる前に寄宿舎へ戻ろう。

そう思いソファから立ち上がると同時にコンコン、と執務室のドアがノックされた。

僕の着任は明日になっている筈なのに、一体誰が来たのだろう。

最近は戦時中の火事場泥棒も増えてきているとの事だし、念のために警棒を握り締め相手を招きいれる。

どうぞと告げると、ドアの奥から「失礼するであります」と返事が来た。

どうやら賊の類ではなさそうだ。握った警棒を机に置き、少し安堵の溜息を漏らして改めて扉を見つめる。

開いたドアの向こうには、一人の少女が立っていた。

その姿を見た瞬間、思わず声が漏れる。



「あき………ねぇ………?」



姉さんにとてもよく似た。 

いや、似ていたどころではない。


僕の初恋の相手と瓜二つの少女の姿が、そこには在った。

 



謎の少女と戸惑ったままの姿勢で向かい合っている。

そんな狼狽している僕を見て、相手は少し困ったような笑顔を浮かべたあとに敬礼を取って挨拶を交わす。


「自分、あきつ丸であります。明日より艦隊にお世話になります」


艦隊に世話になるという事は、この子も艦娘なのか。

だが今までに聞いたことの無いネームドシップだ。

震えそうな声を押さえ、どうにか相手と言葉を交わそうと喉を鳴らす。

 


聞きたいことは山ほどある。そんな逸る気持ちに栓をして。

僕は穏やかな口調を意識しながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「今まで見た事のない艦娘だね。見た目から考えて、駆逐艦か軽巡あたりかい?」


敬礼の姿勢のまま、そのあきつ丸とやらから返答が来る。


「いえ、自分は陸軍の特種船、その丙型であります」

「陸軍の船……?」


海軍に属する身としては聞き馴染みのない船ではある。だが、心当たりは一つあった。

前の職場で上層部と少々親密な仲になった際、情報を引きずり出していて良かったものだ。


「ふむ、噂にだけは聞いていたけれど……君が件の“揚陸艦”型の艦娘か」

「恐縮であります」


そう言って僕は敬礼を構え、すぐに解く。すると相手もするりと敬礼を解いた。

ようやく話が出来そうな感じになってきた。

 



「貴方が 東雲提督 殿、でありますか?」

「そうだよ。どうやら君が僕の秘書艦になるみたいだね」


参った、姉さんと話をしているような錯覚をしてしまう。胸が詰まりそうだ。

極力それを表に出さないよう、笑顔を貼り付けて彼女に接してみよう。

そんな僕の心情を他所において、急にあきつ丸は深々と頭を下げる。


「着任は明日と聞いていたので、挨拶が遅れて申し訳ありません」

「ああ、いいよ。ちょっと早く着いちゃったから暇潰しがてらに来ただけなんだ」

「いえしかし、ここまで執務室が綺麗ということは……掃除まで提督殿にさせてしまうとは不覚であります」


参ったな、こちらが勝手に好きでやっていたのが逆に気を使わせたようだ。

しかもこの手の真面目な感じの子は、後々まで割と気にしているから少し性質が悪かったりする。

それを打破する案を考えなければならない。

 




ふと即座に一つ譲歩案が思い浮かぶ。

「それ」を思いつく自分の内情に気持ち悪さを覚え、つい口元が醜悪に歪んだ。


  



「じゃあ一つだけお願いしたい事があるんだけれど、いいかな?」

「お願い、でありますか?」


ようやく頭をあげるあきつ丸は不思議そうな顔をして僕を見つめてくる。

先ほどの僕の言葉は、どうやら彼女にとっては予想外だったらしい。


「そう。 命令じゃなくて、お願い。 君が嫌なら突っぱねても構わないよ」

「むぅ……」


あきつ丸は困った顔を浮かべる。

これがまた難儀な事を頼まれたときの姉の顔にそっくりで、気を張らないと無意識に抱きしめてしまいそうだ。

彼女は少し黙考したあと、僕に向かって再び敬礼の構えを取る。


「構わないであります。提督殿のお言葉とあれば、何でも受け入れる所存であります」


不意にぐっぐっ、と喉元で笑ってしまった。

歪んでる。ああ、歪んでる。




「二人きりのときは、君を “あきねぇ” って呼んでもいいかい?」

「……は?」




おかえり、あきねぇ。

次は僕がちゃんと守るからね。

 



東雲提督。 階級、少将。

呉鎮守府より配置転換。

選抜された提督の集う大湊警備府へ着任。

他の艦隊には正式発表されていない「あきつ丸」を秘書艦として試験運用。

権限により他の部隊から艦娘の引き抜きが可能。

極秘任務達成の為、特殊部隊の編成を当初の目的とする。


秘匿された任務は以後 “ブラックオーダー” と通称。

 


本日はここまで。読んで頂いて感謝。
まったり投下していく予定。思い出した際にでもまた目を向けてくださいな。
皆様からのレスは大変励みになるので、気が向いたときは一言頂ければ有難い。

乙ですー

妹設定だったらもっとよかったけど乙乙

待ってたよ
今回も楽しみにしてるわ

シリコン提督に見えた

ブラックオーダー…不吉な。
投下待ってるよー

艦これ……ブラックオーダー……うっ頭が

イベントに執心していましたが、つい先ほどようやく一段落。
週明けまでには投下できそうです。

急遽入り込んだ仕事の研修で少し慌しい日々が続いております。
もう少しだけお時間を頂ければ幸いです。

ええんやで

もう少しだけやで



― 1 ―



季節は次々死んでいく。


絶命の声が風になる。




――




着弾誘爆。 飛び散る肉片。

大破進軍。 響き渡る戦友の絶叫。



提督、提督、と。

母を探す乳飲み子のような必死さで彼女たちは僕の姿を探す。



頬を伝う雫の熱さがもどかしい。

瞳の奥からは、きっと真っ赤な血が零れてきている。




僕は目を瞑らない。

僕は耳を塞がない。


この光景を焼き付けるんだ。




何もかもに、逆襲するために。


 



――


昔の夢を見た。いつものように。

穏やかな煉獄に揺すられて重い目蓋がゆっくり開く。

まだ日が昇る前、朝と呼ぶには少し早すぎる時間に起床した。

昨晩取り付けたばかりのカーテンを開けて空模様を確認するも、夜を主張するかのように星々が煌めいている。

時刻を確認すると午前四時。

本来ならば二度寝の為に褥へもう一度飛び込むのだが、生憎しっかりと目が冴えてしまっているのだ。

本日より大湊の提督として職務に就くやる気の表れなのか。

それとも以前居た場所よりも肌寒さを感じて目が覚め、寝起きに冷水を被ったかのような心境なのか。

否、どちらでもない。

昨晩、執務室で出会った あきつ丸 という艦娘が忘れられないからだろう。

過去の幻が形を伴って現れた。そう錯覚してしまいそうなほど似ていたから。

昨日の執務室での出来事こそが夢なのではないか。そう思い、目を覚ますべくして起床した。

軽く頬を抓ると多少の痛みを覚え、どうにか現実と認識できる。

あとは彼女が本当に存在しているのかどうかを確かめるべく、夜明けを待つだけだ。



一つ困ったことに。

気が狂いそうなほど、夜が長い。

 


ようやく小鳥の囀りを耳にする事が出来たとき、またしても眠気が身に纏わりついてきた。

早起きで三文の小銭を拾うくらいならば、やはり二度寝をしておけば良かった。

そう思わずにはいられない。

回転の鈍り始めた頭を軽く振り、眠気を払うために濃い目のコーヒーをお供にして着替えに取り掛かる。

欠伸を噛み殺しながら、ぼんやりとした思考の片隅であきつ丸の事をふと思う。

陸軍特殊艦。その揚陸型の艦娘として存在している彼女。

大本営からは試験的に運用するように言われているが、その腹の内は醜い見栄で飾られているのか。

丘の人間から船の権利を奪ったのはいいが、実際は使い道が分からないのだろう。そんな予想を立ててみる。

 


こういった話は以前にも聞いたことがあった。

今でこそ主戦力の一陣として軽空母や潜水艦の艦娘は各部隊で活躍しているが、

運用の用途が不明確だった時代には正規空母と戦艦のデコイとしてお上の方々は利用していたと。

ただ死ぬためだけに戦場へ駆り出され、艦載機や魚雷も積まされずに海の底へ沈んでいった彼女達の絶望たるや計り知れない。

あきねぇが戦地に赴いた頃の時代だってそうだ。

ただの船に乗った人間が深海棲艦に叶う筈がないのに、無理に交戦させた挙句に敵勢力を知るための手法として使い捨てた。

死ぬ為だけに戦場に行く。そんな無念があってたまるか。

 


そんな事を考えていたら、自然と意識が冴えてくる。

知らないうちに奥歯に力が籠っていたようで、アゴが少々だるく感じる。

軽く溜息を吐き、先ほど口から漏れた憂鬱を取り戻すように大きく深呼吸。

着替えも終えて目も覚めて、心身の準備は整った。

玄関を出る前に入り口に備え付けられている姿見を覗き込む。

そこに映るのは凛々しい第二種軍装に包まれた、目の下のクマが少し目立つ新任の提督。

今日より大湊警備府の提督として着任する“東雲提督”としての自分。

さぁ、責務を全うしよう。

 



身支度を整えて寄宿舎を出る頃にはすっかり日も昇っていた。 

頭上に広がる蒼穹が、心なしか夏の名残を思わせた。

それと同時に緩く吹いた風は涼やかで、秋の訪れを想起させる。

葉桜の艶やかな時期は去り、その葉が色づき散り行く季節に移行する。

僕にとっては愛しい思い出に彩られている大好きな季節だ。

そんな頃に姉とそっくりの艦娘を指揮することになるなんて。運命めいた数奇な縁を感じてしまう。

 



そう思いながらも歩みを進めていると、鎮守府の入り口にてモノクロのシルエットが映りこむ。

それはどうやら鎮守府のポストに投函された封筒を確認しているようだ。

昨晩の幻が、形を成してまた目に映る。

あきつ丸。 今後の相棒となる揚陸艦の名前。

そして、姉の寄り代を被せている彼女を呼んでみる。


「あきねぇ、おはよう」


朝の挨拶を後ろからかけると、びくりと肩が飛び跳ねて、恐る恐る彼女は振り返る。


「あ、あきねぇ……でありますか。 自分、慣れるのに少々時間を有するかも知れません」

「気にしないで。そのうちきっと馴染むからさ」


そう言って僕は微笑む。

馴染むさ。これからずっと一緒なのだから。

 



さて何かもう少し話したいなと思っていると、目の前の艦娘はびっと音が立つような敬礼を向ける。

陸軍式の敬礼を取る辺りは、未だ彼女が海に慣れていない証なのか。それとも只のうっかりなのか。


「おはようございます、提督殿。本日より貴殿の下にてお世話になるあきつ丸であります」

「うん、おはよう。今日から宜しくね」

「こちらの方こそ、どうぞご指導ご鞭撻の程を宜しく願うであります」

 


あちらが敬礼を交わすのにこちらが返さないのは無礼にあたる。

こっちも右手を揃えてこめかみに当てると、あきつ丸は一瞬ハッとした表情を見せる。

そして顔を朱に染め、グッと脇を締めた。

敬礼を陸軍式から海軍式へあわててシフトした所を見るに、どうやらうっかりの方だったか。

思わずくっくっと笑ってしまうと、あきつ丸は頬を尚更赤くしてうつむいてしまう。


「ふ、不覚であります……」

「いいよ、気にしないで。 陸でしっかり過ごしてきた証拠なんだから責める事なんてないよ」

「恐縮であります……」

 


軍帽を直す素振りを見せるのは照れ隠しか。 少し深めに被り、表情を見せぬよう取り繕っている。

白い肌に差す赤みは、やはり昔の姉を思い出す。彼女も病的なまでに肌が白かったが、この少女も中々のものだ。

まじまじと見つめすぎぬよう自粛し、彼女に言葉を向ける。


「で、さ。 朝から鎮守府の玄関で立ち話も何だし、一緒に執務室に向かおうか」

「了解であります。 提督宛に届いていた書類もありましたので、詳細は部屋に着いてからでも」

「ん。 承知しました、あきねぇ」


僕がそういうと、あ、あきねぇ……むぅ、これは流石に当分は慣れないでありますな……と呟きながらも

恥ずかしそうにまた軍帽を深く被りなおす。

なんとも可愛いらしいものだ。 


大事にしなければ。

壊さないように、壊れないように。 

壊されないように。

 



そのまま歩みを進め、小ざっぱりとした執務室に辿り着く。

部屋に設置されているのは業務用の机と椅子、来客用のソファ。

必要最低限のものしか揃っていないのは着任したてだから当然か。

せめて、以前に就いていた呉鎮から、いくつかの家具は持ってきておくべきだったと今更ながら少し後悔している。

まぁ、過ぎたことを悔やんでも致し方ない。物をこれから増やせる楽しみが出来たとでも捉えておこう。

提督机に備え付けられていた椅子に座ると、目の前であきつ丸は両手を腰に回していた。

足元はピンと張っていて、直立不動の体現とでも言ったところか。


「あきねぇ、それきつくない? 今は別に誰もいないし、適当でいいよ」

「いいえ、自分はこの姿勢が一番取りなれていますゆえ」

「……仕方ないね。 じゃあ、休め」

「了解であります」


僕も学生時代は休めの構えをよく取らされていたけれど、名ばかり休めのような感じで苦手だったのを思い出す。

しかして微動だにしないあきつ丸の様子を見るからに、本当に取りなれているのだろう。

どうやら体力に関しての問題は無さそうだ。

 


そんなこんなでじっと見つめていると、あきつ丸はなにやらそわそわしだした。

どうしたのか訊ねてみる事に。


「あきねぇ?」

「その、提督殿……。 恐縮なのですが、あまり見つめられると……は、恥ずかしいであります」

「なるほどねぇ。 弟に見られていると思って気楽に過ごしてくれていいのに」

「と、とんでもないであります! そ、そうだ、提督殿にこちらが届いておりました!」


あきつ丸はあわあわしながらも、後ろ手に持っていた封筒を渡してくる。

宛名は「大本営」のみ書かれている。なんとも分かり易い。

これほどまでに封を切りたくない気持ちをそそられる一文もそう無いだろう。

軽く溜息一つ。 そして中の書類を切らぬように留意しつつペーパーナイフを横に入れた。

 



その中身は、黒紙だった。

白い液で何かしらの内容が書いてあるようだが、そもそも黒い紙を見た時点でまたしても溜息が漏れてしまう。


「早速かぁ……やだなぁ……」


苦笑で誤魔化そうとしても、嫌悪感はどうしてもぬぐえない。

上層部からのラブレター。 

内容はきっと 酷使してやるから早く死ね とでも書かれているのだろう。


「黒紙でありますか、提督殿」

「みたいだね。 さて、どんな素敵な内容なんだろ」

 



大本営から届く黒紙の用紙。 それは秘匿任務を現すもの。

基本的には大作戦の殿(しんがり)を務めてほしい、などという艦隊の犠牲を厭わず尽くせといったものばかり。

戦果を上げる為の舞台に立てて喜ぶ者もいれば、愛しい子たちを更なる戦いに駆り出す事になるため

良い顔をしないといった者もいる。

こういった現状より、それを戦時中の赤紙に捉えて『黒紙』と呼ぶものもいる。

だが、特殊任務に就く提督たちには少し違うものが記されている場合がある。

その内容はどれも薄暗いものばかり。 要するに、泥に塗れて汚れ役を買って出ろというものだ。

拒否権も無く、ただ命ざれるままに任務を遂行していく特殊部隊の提督と艦娘。

いつしか手は真っ赤になり、それが赤錆びて真っ黒になっていく。

心すらも黒く蝕むやも知れない、大本営からの秘匿任務。 


特殊部隊の面々は、皮肉を込めてこう呼ぶ。

“ブラックオーダー(黒紙印の軍事指令)” と。


 



一通り中身を読み終えて理解したあと、懐からライターを取り出して黒紙を燃やした。

煙草を嗜まない提督もライターを常備することが基本となっているのは、

こういった内容の手紙をシュレッダー以上に正しく抹消する為である。


「はぁ……面倒だなぁ……」

「どうされたでありますか?」


首をかしげながら訊ねてくるあきつ丸。歳相応な動きになんとも可愛げを感じてしまう。

うーん、と軽く唸って僕は彼女に告げる。


「しばらくは僕達、海に出ることは無さそうだよ」

「そうなのでありますか? 自分は陸が好きなので、別段構わないのでありますが」

「それなら別にいいけれど。 まぁ、着任早々でいきなりこの任務は億劫だなって思ってさ」

「頭を抱えそうな内容のようですな」

「内容そのものは簡単なんだけれど、ねぇ」


そう言い終えて、あきつ丸に今回の概要を端的に話す。

 



今回の目的。作戦理由とその達成条件。遂行するための任務期日。

それら全てを聞き終えた彼女は、むぅ、と軽く唸って眉間に人差し指を当てる。


「なるほど……状況的には合理的やも知れませんが、なんというか……何とも言えない任務でありますな」

「ね? 困ったもんだよ、ホント」


またしても嫌われるだろう。恨まれるだろう。

慣れたものだ、と強がるくらいしか僕には出来そうにない。

だが、やらねばならない。 成さねば成らないのだ。

 



座ってほんの十分も経たないうちに、腰を上げることになってしまった。

今日は親睦を兼ねてゆっくりあきねぇとお喋りしようと思ったが、任務が来てしまえば頓挫も已む無し。

机の引き出しから地図を持ち、出かける支度をしなければ。


「じゃあ、早速だけれど大本営様よりお達しの任務を終わらせよう」

「もう動くのでありますか?」

「僕は夏休みの宿題は早めに終わらせるタイプなんだ。 面倒事はさっさと済ませるに限る」


はて夏休みとは、というあきつ丸の呟きを背にして上着を羽織り、準備完了。

にこやかな微笑みを顔に貼り付け、やりたくない事柄に向き合うとしよう。


「今回の目的地はここから少し離れた場所。概要は某大佐が指揮をとっていた精鋭艦隊との接触だ」

「遠出のための準備は万端であります。先日のうちに車は手入れを終えておりますので抜かりは無しかと」

「うん、有能有能」



「では、提督の逃げた鎮守府へ向かおうか」


 

本日はここまで。投下が遅くなって申し訳ありません。
読んで頂いて感謝。 自分なりの解釈でのんびり綴っていこうかと思います。

乙 ブラックオーダーという事は長門と陸奥の出番が微レ存か

おつ

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