シスコン提督と寂しがり屋の揚陸艦 (55)



―  プロローグ  ―



ゆうやけこやけの、赤とんぼ。


おわれてみたのは、いつの日か。


 

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僕がまだ年端も行かぬ幼い頃、親族の娘が我が家に住まうようになった。

親等としては従姉にあたるその人は、僕より4つほどしか年齢が離れておらず

まるで娘が増えたみたいと母は大層喜んでいた。

戦争により両親を失った娘の身寄りの引取りを父が受けた、というのが発端なのだが

どうやら生前からお互いの両親間でそういう話があったらしい。

僕の父母が亡くなったら、逆の立場になっていた。 ただそれだけの事。

だから哀れむこともなかった。 そもそも、そういう感情すら育っていないほど幼かったのだ。

 



従姉を家に迎え入れる日、僕は父の後ろに隠れて客人を観察した。

百合を想起させる病的なまでの白い肌。 

育ち盛りとは縁遠い、華奢な体。

人形のような髪型がかえって人間味を希薄にさせている。


まるで死人(しびと)のようだ。


僕がその子に抱いた最初の印象は、それだった。

 



そんな従姉が僕を見て、初めてにこりと笑った。

いくら年上とはいえ子供であることには変わりない。

気恥ずかしさを覚えて、笑顔で愛想を振ったのだろう。

少し困ったように微笑むその頬に、仄かな朱が色づいた。


ああ、綺麗だな。


僕が姉に抱いた次の印象は、初恋の訪れでもあった。

 



父も母も軍の関係者だったので、戦時中ゆえに業務に忙殺されていた。

そこで姉が子守娘として僕の世話を担うことになった。

段々畑のあぜ道を、華奢な姉に背負われて進む。


いつも二人で歌を唄っていた記憶。

秋津が舞い、茜色に染まる夕暮れで。



ゆうやけこやけの、赤とんぼ。

おわれてみたのは、いつの日か。

 



彼女の名前は穏やかな実りの季節を想起させる。

だから僕は親愛を込めて、いつしか情愛を重ねて呼んでいた。

あきねぇ、あきねぇ、と。

姉は薄く微笑んで、その黒い瞳を目蓋で細める。


段々畑の蓮向かい、体の熱を奪うような風に揺れるススキが金色にたなびく。

そこに垣間見える言葉に喩えづらい何某かの悲しみ。

そんな憂いや儚さが、彼女にはとてもよく似合っていた。




幸せな片思いに包まれた幼少期。


幸せなままで終われなかった、僕の思い出。

 




十五で姉は、家を出た。


嫁ぎ先ではなく、戦場へ。


 



出兵の日。 僕らは玄関先にて姉の見送りをする。

家族が死地に向かう事を未だ信じられず、姉に土産をねだってしまう程度には現実味を感じられなかった。

姉は困った顔をしながらも土産の持ち帰りを約束し、

それを見ていた母は声を出さずに涙を零していた。

 



軍服に身を包んだ姉は、いつものように柔らかく微笑んで、僕の頭を軽く撫でる。

ふと目の前が真っ暗になり驚いたが、彼女の手袋が目蓋にあてられたことに気付く。

そして額に柔らかい感触を覚えた。

それが姉の唇だったことにはすぐに気付けず、ただ自分の頭上から「ゆうちゃん、息災で」という言葉が降ってきて

どうしようもなく胸が締め付けられた事だけは今も忘れられない。




「いってきます……いえ、行ってくる、であります。 おとうさん、おかあさん。」




たどたどしくも軍人としての言葉を告げ、慣れない敬礼で父母に笑顔を向ける。

それが僕の見た彼女の最後だった。

 



里への便りもとうに絶え果て、歳月ばかりが過ぎていく。

僕はいつの間にか姉が出兵した年齢に並び、背丈はとうに当時の彼女を追い抜いていた。

無事を祈る日々から解放されたのは、姉が従軍していた大本営より封筒が届いたとき。


その封筒には四枚の紙と、束ねられた一房の髪。

最初の紙にはたった一言だけ書かれていた。


それを読んだ父は慟哭し、母は絶叫した。





シノノメ アキハ   センシ


 



最初の一枚は大本営からの報告文。

残りの三枚は、遺族に宛てた姉からの遺書だった。


検閲された遺書には、とても綺麗な『お国の為の言葉』ばかりが羅列されていた。


僕に宛てられた遺書も例外ではなく、こちらの事は大丈夫だから体に気をつけて、という

彼女らしいといえば彼女らしい文面で〆られていた。

 



ふと気付く。最後の一文だけ妙にスペースが空いている事に。

何か殴り書いて、慌てて消したような下書き鉛筆の黒さが残っている。

手元にあった自分の鉛筆で、そこの部分を黒く塗りつぶすと。

彼女の本音がたった一言だけ書かれていた。



こわいよ、ゆうちゃん。




その震えた字を見た瞬間、僕の心に黒く燻る消えない炎が生まれた。

 




――――



気がつくと薄橙の斜陽が空を染める黄昏の頃。

皮の香りが芳しい、出したばかりのソファからゆっくりと身を起こす。

どうやらうたた寝をしていたようだ。

周りを見渡せば、つい先ほど片づけを終えて整然とした執務室が目に映る。

着任前日ということで気合を入れて新しい職場を掃除していたら、つい夢中になってこの時間帯まで体を動かしてしまった。

百名余りを収容できるこの場所を掃除するのが僕一人なれば、それは時間もかかるというもの。

ここに来るまでの一ヶ月は引継ぎなどのデスクワークばかりだったし、体を動かしたのは実に久しぶり。

片付け後の心地良い疲労感に身を任せていたら、思ったよりも深く眠ってしまったみたいだ。

 



開けたままの窓から緩やかな秋風が忍び込み、そっと僕の頬を撫でる。

それにつられるかのように、薄く目を閉じて先ほどのまどろみを反芻した。

秋口に差し掛かると懐かしい夢を見てしまう。


戦争で散って二度と会えない、義理の姉。

きっと亡骸すらも風化している、僕の大好きな人。

 



姉さんが鬼籍に入ってもう十年。季節が巡る度に色んな事が変わり行く。

彼女の昔の部屋はただの物置になって、衣類などは誰かに渡したり処分したりとほぼ手元に置いていない。

緩やかに、緩やかに。

あきねぇが僕の傍に居た後は消えていく。

以前撮った写真さえ擦れてきた。

セピアに染まるものばかりなら、せめて大事な人との思い出くらいは色褪せぬままで在りたい。

そう捉えれば、とても綺麗で幸せな夢を秋が訪れる度に見れているのだろう。

でも僕は姉の夢を見るたびに一つの心に色がつく。

夜深まる前の夕暮れみたいな、おぼろげながらに黒と分かる薄暗い感情だ。

内包して十年も熟成させた、なんて醜い我が心。

 



物思いに耽っていると、ふと体が冷える感じを覚えた。

以前まで居た広島の職場と違い、夏を過ぎたばかりの暦なのに少しだけ肌寒さが身を縛る。

さて本格的に日が落ちる前に寄宿舎へ戻ろう。

そう思いソファから立ち上がると同時にコンコン、と執務室のドアがノックされた。

僕の着任は明日になっている筈なのに、一体誰が来たのだろう。

最近は戦時中の火事場泥棒も増えてきているとの事だし、念のために警棒を握り締め相手を招きいれる。

どうぞと告げると、ドアの奥から「失礼するであります」と返事が来た。

どうやら賊の類ではなさそうだ。握った警棒を机に置き、少し安堵の溜息を漏らして改めて扉を見つめる。

開いたドアの向こうには、一人の少女が立っていた。

その姿を見た瞬間、思わず声が漏れる。



「あき………ねぇ………?」



姉さんにとてもよく似た。 

いや、似ていたどころではない。


僕の初恋の相手と瓜二つの少女の姿が、そこには在った。

 



謎の少女と戸惑ったままの姿勢で向かい合っている。

そんな狼狽している僕を見て、相手は少し困ったような笑顔を浮かべたあとに敬礼を取って挨拶を交わす。


「自分、あきつ丸であります。明日より艦隊にお世話になります」


艦隊に世話になるという事は、この子も艦娘なのか。

だが今までに聞いたことの無いネームドシップだ。

震えそうな声を押さえ、どうにか相手と言葉を交わそうと喉を鳴らす。

 


聞きたいことは山ほどある。そんな逸る気持ちに栓をして。

僕は穏やかな口調を意識しながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「今まで見た事のない艦娘だね。見た目から考えて、駆逐艦か軽巡あたりかい?」


敬礼の姿勢のまま、そのあきつ丸とやらから返答が来る。


「いえ、自分は陸軍の特種船、その丙型であります」

「陸軍の船……?」


海軍に属する身としては聞き馴染みのない船ではある。だが、心当たりは一つあった。

前の職場で上層部と少々親密な仲になった際、情報を引きずり出していて良かったものだ。


「ふむ、噂にだけは聞いていたけれど……君が件の“揚陸艦”型の艦娘か」

「恐縮であります」


そう言って僕は敬礼を構え、すぐに解く。すると相手もするりと敬礼を解いた。

ようやく話が出来そうな感じになってきた。

 



「貴方が 東雲提督 殿、でありますか?」

「そうだよ。どうやら君が僕の秘書艦になるみたいだね」


参った、姉さんと話をしているような錯覚をしてしまう。胸が詰まりそうだ。

極力それを表に出さないよう、笑顔を貼り付けて彼女に接してみよう。

そんな僕の心情を他所において、急にあきつ丸は深々と頭を下げる。


「着任は明日と聞いていたので、挨拶が遅れて申し訳ありません」

「ああ、いいよ。ちょっと早く着いちゃったから暇潰しがてらに来ただけなんだ」

「いえしかし、ここまで執務室が綺麗ということは……掃除まで提督殿にさせてしまうとは不覚であります」


参ったな、こちらが勝手に好きでやっていたのが逆に気を使わせたようだ。

しかもこの手の真面目な感じの子は、後々まで割と気にしているから少し性質が悪かったりする。

それを打破する案を考えなければならない。

 




ふと即座に一つ譲歩案が思い浮かぶ。

「それ」を思いつく自分の内情に気持ち悪さを覚え、つい口元が醜悪に歪んだ。


  



「じゃあ一つだけお願いしたい事があるんだけれど、いいかな?」

「お願い、でありますか?」


ようやく頭をあげるあきつ丸は不思議そうな顔をして僕を見つめてくる。

先ほどの僕の言葉は、どうやら彼女にとっては予想外だったらしい。


「そう。 命令じゃなくて、お願い。 君が嫌なら突っぱねても構わないよ」

「むぅ……」


あきつ丸は困った顔を浮かべる。

これがまた難儀な事を頼まれたときの姉の顔にそっくりで、気を張らないと無意識に抱きしめてしまいそうだ。

彼女は少し黙考したあと、僕に向かって再び敬礼の構えを取る。


「構わないであります。提督殿のお言葉とあれば、何でも受け入れる所存であります」


不意にぐっぐっ、と喉元で笑ってしまった。

歪んでる。ああ、歪んでる。




「二人きりのときは、君を “あきねぇ” って呼んでもいいかい?」

「……は?」




おかえり、あきねぇ。

次は僕がちゃんと守るからね。

 



東雲提督。 階級、少将。

呉鎮守府より配置転換。

選抜された提督の集う大湊警備府へ着任。

他の艦隊には正式発表されていない「あきつ丸」を秘書艦として試験運用。

権限により他の部隊から艦娘の引き抜きが可能。

極秘任務達成の為、特殊部隊の編成を当初の目的とする。


秘匿された任務は以後 “ブラックオーダー” と通称。

 


本日はここまで。読んで頂いて感謝。
まったり投下していく予定。思い出した際にでもまた目を向けてくださいな。
皆様からのレスは大変励みになるので、気が向いたときは一言頂ければ有難い。

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