村上巴「結婚雑誌…」 (19)
「のう、何で事務所にこんなもん持ってきたんじゃ?」
俺が事務所に戻ってきた時、ソファに座っていた巴が俺の前にやってきてこう言ってきた。
恐らく和久井さん辺りだろうと思うが、そう怒るような事でもないだろうに。
「怒っとるわけじゃのうて、仮にもアイドルなんじゃけあかん、ということじゃ」
まあ、確かにそれをスタジオの控え室とかで落としてたりしたらマズイかもな。
「でもそれを本人に渡すのも何だか気が引けるから、元の所に置いとけよ」
「…元の所か、ほれ」
一息ついた後、バサッとその雑誌を俺のデスクに放り投げた。
「…え、俺?」
「元々そこに置いてあったんじゃ。お前の私物かと思ってのう」
男はこんなもん持ち歩かないよ。
「…ま、それはそれとしてじゃ。Pは結婚というものは考えとるんか?」
「え?」
ふいに巴が質問してくる。
13歳の疑問ではないだろうな。
まぁまぁイチゴどうぞ
「近頃は色んな奴らがおるらしい。年の差が30も離れとるのに結婚する物好きもおるくらいじゃ」
「…まあ、人それぞれなんだろうよ」
そういうのには何だか怪しい事もありそうだが、この子にはまだそういう難しい事は分からないんだろうな。
「でもどうして俺の結婚が気になるんだ?」
「身近な大人の男なんてお前くらいしかおらんからの」
「家に帰ればたくさんいるんじゃ…」
「アホ。あいつらは一般人とは違うじゃろ。それにウチの家は広島じゃけ」
一般人とは違う、か。
…あんまり考えたくないな。
モバマス?俺がプロデュースしてるぞ
「そりゃ、いつかは奥さん欲しいな」
「…ほう」
なんだなんだ。
目を細めるんじゃないよ。
「…よりどりみどりじゃからな。ここは」
「馬鹿言うなよ。アイドルに手を出すプロデューサーが何処にいるんだ」
「別におらんわけじゃない」
「常識的に考えて、だよ。そりゃあここのアイドル達は皆美人で可愛いさ。ファンだって沢山いる。そのファンを裏切るような事はしたくないんだよ」
「……もし、アイドルが引退したら?」
「引退?……どうだろうな。それでもダメかもな」
「何でじゃ?アイドルしとるから恋愛がダメなんじゃろ?」
「そうじゃなくて、プロデューサーとアイドルが関係を持つなんてご法度だって事だよ」
「…おかしい世の中じゃの。好きな人間が幸せになるんじゃけ、応援するのが当然じゃろ」
「好きだからこそじゃないか?悪く言えば嫉妬ってやつだ」
「男の嫉妬程醜いもんは無い」
「…そう思う人ばかりじゃないってことだよ」
それから巴はまたソファに座り直し、何かを考えていた。
恋愛に興味を持つ年頃、か。
「でもまあ、結婚しちゃいけないってわけじゃない。むしろ祝福してもらってるアイドルだっていたからな」
「本当か?」
「ああ」
「何でそのアイドルは祝ってもらえたんじゃ?」
「んー…そういえば、記者会見の時、色んな質問にもあけっぴろげで、何一つ隠さず話してたんだよな。そういう正直で素直な所が受け入れてもらえたのかもな」
「…正直で、素直、か」
「変に隠して密会とかだとマスコミのネタにされるけど、全てを曝け出して告白されるとマスコミの人達もいじるにいじれないからな」
「…つまり、お前の机にこれを置いたんは、素直っちゅうことじゃな」
「それはそれで困るけどな」
「お前もいつかは誰かと付き合って、結婚する時が来るよ」
「…結婚するのは、ウチが認めた男だけじゃ」
「はは、きっと現れるよ」
デスクに戻り、巴が先程まで読んでいただろう結婚雑誌を見る。
今じゃ婚姻届までついてるんだな。
…和久井さん、丁寧に名前と住所まで書き込んで…。
「俺に渡されても困るんだけどなぁ…」
「和久井の姉さん、随分熱心にアピールしとるようじゃが?」
何時の間にか俺の横に立っていた巴が睨み付けるように俺を見る。
「…だからって、はい分かりましたじゃすまんだろ?…そりゃあ和久井さんは魅力的な人だけどさ」
「…のう、P」
「ん?」
「…Pは、どんな女がええんじゃ?」
「どんなって…まあ、料理が出来て、優しくて、だなあ」
「…そうか」
「どうしてそんな事聞くんだ?」
「…ウチには無い魅力じゃな」
「?…どうした?」
「何でもない!」
…どうしたんだよ…。
翌日事務所に入ると、昨日と同じ所にいた巴が、昨日と同じように俺に歩み寄ってきた。
「どうした?」
「…」
ぼすっと俺の腹に何かを押し付ける。
これって…。
「弁当?…お前が作ったのか?」
「そ、そうじゃ。…まずかったら捨ててくれ」
「…ありがとな。後で食べるよ」
「お、おう…」
…昨日の影響か?
それから巴は、度々俺に弁当を作ってくるようになった。
出来はと言うと、まあぶっちゃけ美味しくはない。
巴の事だから、ほとんど勉強せずにやったのだろう。
それでも、気持ちは伝わったけどな。
「…ほれ、また作ってきたから…」
「おう。ありがとな。…なあ巴、ちょっといいか?」
「なんじゃ?」
「……お前の気持ちは、いくらなんでも分かったよ」
「……」
「…あの巴が、俺の事をここまで想ってくれるのは嬉しいよ。…けどさ…」
「言わんくてもええ。分かっちょる」
「…」
「全部ウチの一方通行じゃ。オマケにウチはまだまだガキじゃ。和久井の姉さんに比べれば何の魅力も無い。…じゃから、ガキのままごとと思ってくれてもええ」
「…なら、どうして…」
「分からん。…分からんからこそ、恋っちゅうもんかもしらん」
お嬢の「微」少女感はとても良いものだ
まあ莉嘉や千枝ちゃんやありすちゃんや雪美ちゃんや仁奈ちゃんみたいガチロリも好きなんだけどね、フヒヒ★
「……」
どうしたものか。
まさか巴が俺を慕ってくれていたなんて。
「…前に、身近な大人の男がうんぬんとか言っとったが」
「……それは嘘じゃ。ウチはPがええんじゃ」
「…そう言われても、ありがとうくらいしか言えないよ」
「やっぱり、ウチがガキじゃからか?」
「違うよ」
「何が違うんじゃ。及川の姉さんの時なんざ、鼻の下伸ばしよってからに」
「あ、あれは仕方ないというか、な?」
「………~!!!」
巴が髪を掻き毟る。
自分の中で色々考えているのか、ただ俺にイラついただけなのか。
「髪が傷むぞ?」
「…もうええ。ウチも吹っ切れたわ」
「え?お、おい…」
巴は俺のシャツを掴むと仮眠室に入っていった。
「おい巴!どうしたんだよ一体!」
「……」
そして突然服を脱ぎ出す。
…年相応な為か、思った通りの身体つきだったが。
「…どうじゃ?」
「そう言われてもなぁ…」
……子供の裸、見てもなあ…。
「…やっぱり、ウチみたいなガキには興奮せんか?」
「しないよ」
「…それなら何でウチをアイドルにスカウトしたんじゃ」
何で?
そう言われると、具体的には思いつかないが。
「オーラ、かな」
「オーラ?」
「どんなものかって聞かれると言えないんだけどさ。何かこうビビッときたんだよな。…いつまでそんな格好してんだよ。ほら、服着ろ」
「~!少しは恥ずかしがらんか!!」
「恥ずかしがったらロリコンになっちまうだろうが!!」
「ロリコンでもマザコンでもええわ!!ウチをここまでしたんじゃけ責任取れっちゅうことじゃ!!!」
「何だよそれ…」
「そもそもさ、巴は、何というか…恋に恋するっていうのか?まだ恋愛ってのが良く分かってないんだよ」
「…どういうことじゃ」
「子供の時にはよくある事だよ。余裕のある年上に憧れて、それを恋と勘違いしてしまうんだ」
「…Pもそうじゃったんか?」
「そうだな。近所のお姉さんの事好きになったりさ、まあ誰でもある事だよ」
「…そんなん、どうでもええわ。今ウチはPの事がええんじゃ。それ以上もそれ以下もない」
…どう説明すれば分かってくれるのか。
「俺にとって巴は、娘みたいなものなんだよ」
「娘…じゃと?」
「巴だけじゃないさ。俺が育ててるアイドルはみんな娘みたいなもんだ」
「…和久井の姉さんも、か?」
「大きな括りの中では、そうかもな」
「……なら、ウチはPとは結婚できんっちゅう事か」
「…考えてもみろよ」
「…」
「何年も、娘として、相棒として、命懸けで育ててきたんだぞ…」
「…」
「…出来れば、このままの関係でいたかったな」
「…やっぱり、ウチはPが好きじゃ。改めて言える」
「あのなぁ…」
「ええんじゃ。今の言葉で、少しは救われたからのう」
「…どういうこと?」
「いくらでもチャンスはあるということじゃろ?」
「チャンスって…話聞いてなかったのかよ」
「それはPの都合じゃ。要はウチの事を好きで好きで仕方なくしてしまえばええだけのことじゃ」
「…まあ、頑張れよ…」
「おう」
「あと、早く服着ろ」
「おう」
「へえ、そんな事が…」
「他人事みたいに言わないでください。元を辿ればあんたのせいなんですからね。和久井さん」
「仕方ないでしょ。P君何言ってもはぐらかすから」
「いい大人がなにやってるんですか…」
「大人だからこその手法よ」
「勘弁してください」
「巴ちゃんの言葉を借りるなら、元の仕事を辞めてここに来たんだから、責任はとって欲しいものね」
「それ言われるとなあ…」
「…ま、いくらでもチャンスはあるんだから、ね?」
終
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