……
妹「ねーねーお兄ちゃん。今日ね、学校の帰りにね」
兄「ん、何か面白いものでも見つけたの?」
妹「うんっ!」
妹「綺麗なおねーさんがね、通学路にあるアパートのベランダにいて」
妹「綺麗だなー、べっぴんさんだなー、って見てたらね?」
兄「……うん」
妹「手すりの上に乗っかって、ぴょーんってとんだの」
兄「それから?」
妹「……羽が生えて、飛んでったの! ばさーって!」
兄「……そっかそっか。すごいなあ」
妹「ねー。綺麗だったなー」
妹「お兄ちゃんも一緒に見ればよかったのにー」
兄「あはは。そうだね。僕も明日は一緒に学校に行けるから、見れたらいいなあ」
妹「わーい! おにーちゃんとがっこー!」
兄「……あ、ごめん。ちょっと出かけてくる」
妹「――――――」
兄「……ほら、楽しみにしてた映画、始まるぞ」ピッ
ザァァァァァァァァァァァァァ
妹「――――、あ、プリキュアの映画だー!」
ザァァァァァァァァァァァァァ
兄「……行ってきます」
妹「~♪」
ガチャ バタン
……
兄「……まあ、そうだよなあ」
ガサガサッ グッ ドサッ
兄(このリュック、そういえば旅行用に大きいのが欲しかったから買ってもらったんだっけか)
兄(まあ、最近はこれで旅行しようなんて思えないけど)
兄「よっこい、しょっと」
兄(それじゃ、山へピクニックへ出発、なんてね)
期待
……
妹「がっこーがっこー、お兄ちゃんとがっこー」
兄「こらこら、あんまり走ると……」
兄(転ぶぞ、いや違うな)
兄「花、踏んじゃうかもしれないぞ」
妹「―――」
妹「お花畑だー!」ぱぁっ
兄「さ、ゆっくり学校にいこうか」きゅっ
妹「うんっ」きゅっ
怖そうな予感
……
妹「ねーねーお兄ちゃん」
兄「んー?」
妹「どうして私と一緒の教室で、私の隣に座ってるの?」
兄「妹がどんなこと勉強してるのかなーって、気になってさ」
兄「……ほら、そろそろ先生が来るよ」
妹「!」
妹「ほんとにきた」こそこそ
兄「ふふん。ほら、挨拶だ」
妹「きりーつ、れー、ちゃくせーき」ガタッ ガタッ
兄「……」
妹「……」かきかき
兄(……エアノートにエア鉛筆。とどめはエア板書)
兄「今、何の勉強?」こそっ
妹「んーとね、アイドルになる方法!」
兄(……普通の小学校、だったはずなんだけどなあ)
兄「そっかそっか。お兄ちゃんにもよく教えてくれないかな」
妹「もー、しょうがないなあお兄ちゃんは」にひひ
兄「……」
……
兄「そろそろ学校もおわりかな?」
妹「……ほんとだ。チャイムだ」
妹「きりーつ、さよーなら、れー、ちゃくせーき」
兄「……帰ろうか」
妹「うんっ! 今日は羽のおねーさんいるかなぁ」
兄「もっと素敵なものが見られるかもよ?」
妹「早くかえろっ! おにーちゃん」くるくる
兄「……そうだね。早く帰ろう」
こわい
ドザァァァァァァァ
兄(……通り雨、かな)
兄(止むまで待ちたいところだけど)ちらっ
妹「……どしたの?」
兄「いや、なんでもないよ」にこっ
妹「いい天気だねー」ばっちゃばっちゃ
兄「……あー」
兄「そうだねぇ」ばちゃっ
兄(帰ったら風呂に入れてやらなきゃな)
こーゆーの大好き
妹「あ、お兄ちゃん、あれ」
兄「……ああ」
兄(向こうの橋の上に、人影)
兄(今から走って行っても、多分間に合わない)
妹「―――」
兄(あ、落ちた)
妹「――、人魚だー!」きらきらきら
兄(ああ、そう見えたのか)
兄「本当だね。すごく綺麗だった」
妹「ねー」にこにこ
兄(……増水してそのまま流れてくれないかなあ)
――夜
ざばざばざば
兄「あー……流れてないよねそりゃ」
兄(雨もすぐ止んだし、仕方ないか)
兄(またピクニックか。やれやれ)ぐいっ
ガサガサッ
兄「……?」くるっ
中年「……あ」
兄(……うーん、どっちだろう)
中年「お、おい。お前はまともか?」
兄(あ、起きてる人だ。聞き方間違えてるけど)
兄「こんばんは。目は覚めてますよ」
中年「……お前、リュックに入れたのって」
兄「はい。死体です」
中年「……っ!?」
兄「仕方ないじゃないですか。誰かが片付けないと腐りますし」
中年「……あー」
中年「それも、そうだよな。……悪い、手伝う」
兄「おや、それはどうも。助かります」
兄「それと、さっきの聞き方だとあんまり区別つきませんよ」
中年「……そりゃあそうか」
……
兄「ありがとうございます。運ぶの手伝ってくれて」
中年「ああ。……いつも、一人でやってんのか」
兄「はい。周りの人には見えてないか、掃除の必要がないものに見えるみたいですし」
中年「……」
中年「俺もあいつらみたいだったんだと思うと、ぞっとするよ」
中年「枯葉の山をステーキだと思って食い散らかしてる途中で目が覚めた俺が言うのもなんだけど」
中年「何が起こってるんだ、畜生」
兄「理屈とか、詳しいことはわかりませんけど」
兄「皆、幸せなものしか見えなくなってるんですよ」
兄「……ある意味じゃ、世界平和なんじゃないかとか思います」
中年「……」
兄「……妹が、まだ目を覚まさないで」
兄「けれど、とても幸せそうなんです。この世に不幸なんて無いとでも言うような、笑顔で」
中年「……お前は、大丈夫なのか」
兄「駄目になっているかもしれませんね。死体を運ぶのにも慣れてしまいましたし」
中年「……糞、これも、あの流れ星のせいだ」
中年「あの花火みたいな流れ星の、次の朝からだったんだ。こんなことになったのは」
兄「……」
……
僕が目を覚まして最初に見たものは、僕にまたがって腰を振る母の姿だった。
よだれを垂らしながら嬌声を上げるけだものは、僕の知らない男の人の名前を叫びながら上下に動いている。
嬌声の合間にかろうじて聞き取れる言葉からすると、僕はどうやら職場の後輩に見えているらしかった。
混乱している僕の脳に次に届いた刺激は、父親のうめき声だった。
ぐいとあごを上げてそちらを伺うと、妹を強姦するけだものが見えた。
寝起きだったせいか、あるいは状況に混乱していたせいかはよく分からないけれど。
記憶の中に残る次のシーンは、後頭部から血を出して倒れる父親と、泡を吐いて青い顔をした母親の姿だった。
動かなくなった両親を押しのけて、僕は妹を抱きしめて、ただただ名前を呼んでいたのを覚えている。
もっとも、妹からすれば大きな犬と遊んでいて、犬が寝てしまった後僕が迎えに来たという風に見えたようだが。
ただ、そのときは、こんな狂った世界の中で。
妹が僕を僕としてみてくれていることが、とてつもなくうれしかった。
すごくいい
妹は目が見えないのかと思ってたけど違うっぽいかな?
今、きっと世界中が狂っている。
誰もが都合のいいものしか見ることができなくなり、結果として現実が荒廃していく。
普段働いている人たちも毎日が日曜日になってしまったり終わらない夏休みが来てしまったりしているようだ。
結果としてどの店も、施設も、政府も、すべてが機能しなくなった。かろうじて電気は生きているけど、何故かは知らない。
普段食べ物は、お店から失敬している。
お金を払っていないけど、店の人には泥棒なんて見えないから大丈夫。
たまに道端に死体が転がっているけど、誰も気に留めない。
けれど時間がたって腐ると困るのは僕なので、やむなく山に捨てている。
そのせいで妹の世話ができないときもあるけど、それは仕方の無いことだろう。
まあ、それで妹が不安がることもないのは救いと考えてもいいかもしれない。
彼らがなぜ死んでいるのかは、知ったことではない。多分病気に気づかず悪化させたり、空腹に気づかず行き倒れたりしたのだろう。
自殺者については、もしかしたら自分が飛べると信じていたのかもしれないし、この狂った世界に気づいて絶望したのかもしれない。
何であれ邪魔だから、やめて欲しいけれど。
僕がなぜ目を覚ますことができたのかは、これもわからない。
いろいろ考えて、できることだけ妹に試してみたけれど、どれも無意味だった。
ただ、さっきの中年のおじさんの話と僕が目を覚ましたときの状況がまるで違うから、多分目を覚まさせるのは難しいのだろう。
特に何か条件がそろったからとかではなく、たまたま目を覚ましただけなのかもしれない。
だからこれから僕にできることは、その日が来るまで妹と過ごし続けること。
一緒に寝て、一緒にご飯を食べて。
荒れた歩道を歩き、誰も居ない学校で、行われていない授業を受け。
雨の日も晴れの日も、そんな生活を過ごすこと。
もし仮に妹が目を覚まして、現実が見えるようになったら。
そのときの彼女と相談して、それからのことを考えよう。
そのまま生き続けるのもいいし、翼を生やして飛んでいくのもいいかもしれない。
……
「あ、流れ星だー」
中年のおじさんと会って、数日後の夜。
夕飯を終えて窓のそばでぼうっとしていた妹が、声を上げる。
曇り空でも見ているのかと思ったけれど、僕も空を見ることにした。
背筋を駆け上がる悪寒を抑えるには、それ以外に方法を思いつかなかったから。
「――、あ」
空を駆ける無数の光を見た僕の口から漏れたのは、絶望と諦め。
とてつもなく恐ろしいものではあるけれど、僕にはどうしようもないのだと思うと、なんだか気が楽になる。
月ほどの大きさに見える光の玉がふわりと浮かび上がっては、四方八方に散っていく。
それが夜空のすべてで繰り返されているのを、僕と妹はただじっと見ていた。
けれど、ひとつだけ願いをこめて。
「あのさ、妹」
「んー?」
悪あがきのような、単なる願望の吐露をする。
「明日の朝、僕より早く起きたらさ」
「?」
「――僕が起きるまで、待っててくれないかな」
僕の言葉がちゃんと届いたかは分からないけれど、妹はすこしだけきょとんとした顔をする。
その顔を明日の僕も見れるかどうか、分からない。そう思うと、少しだけ怖い気がした。
明日からの僕は、妹を妹としてみることができるだろうか。
今妹が僕のことを僕としてみてくれているように、僕には妹が見えるだろうか。
どうだったとしても、そのときの僕はきっと世界で一番幸せなのだろう。
けれど、妹のことだけは、そのままの姿で見ていたい。
「いいよ、待っててあげる」
悪戯に笑う妹の顔を見て、釣られて僕も笑い出す。
そして僕は、眠りについた。
終わり。
質問あれば答えます。
乙
目が覚めるのと覚めないのと、どっちが不幸なのか…
乙
おつ
乙
良かったよ
こんな作品好き
妹だけ何かの病気なのかなと思って読んでたら世界規模だったでござる
乙
期待以上のスレでした!
乙乙!
このSSまとめへのコメント
面白い世界観だった!続きがすごく気になる、、
けどここで終わるのもいいのかもね、とにかく乙