阿良々木暦「かおるファイア」 (38)
・化物語×アイドルマスターシンデレラガールズのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・ネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です
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IDを変えまして後程書き込みます
楽しみにしてるよ~
暦がデレッデレになっているのが容易に想像出来る。
001
今思えばその数日は、龍崎薫と過ごした数日は、夏の最期の断末魔のような有様だった。
その日、僕は文字通りの炎天下にいた。
陽射しは容赦無く肌を焼き、汗腺から汗を次々と滲み出させる。
木々に張り付く蝉たちは我の生涯の証を立てん、とばかりに合唱し鼓膜さえにも予断を許さない。
その様相は、まさに煉獄と形容しても決して大袈裟ではないだろう。
紛うことなき真夏だ。
用意した二枚のタオルのうち、一枚はもうそろそろ物理的に使用不可になりそうだ。
ここは本当に日本なのだろうか、と疑いたくなる気温と湿度に辟易とする。
待ち人の為に用意したジュースも最早人肌にまでぬるくなってしまっている。
仕方ないな、来たら改めて買い直すとしよう。
「暑…………」
口にしたところで涼しくなる訳もなく、暑い。
本日の気温は下手をしたら四十度へ到達するらしい。
ここ数日はずっとこんな感じだ。
特に夏が嫌いなわけではないが、ここまで猛暑が続くとさすがにげんなりとしてしまう。
そんな中、僕は何をしているのかというと、ここで担当アイドルを待っているのだが、正直言ってもう限界に近い。
一応、木の下で直射日光は避けているものの、染み付くような湿度のせいで木陰程度では涼を取ることもままならない。
代わりに陽光を受けてくれている木には悪いが焼け石に水もいいところだ。
場所としては川沿いの堤道のため風通しは良いのだが、風が無ければそれもてんで意味を成さない。
出来ることならば今すぐにでも目の前の川に飛び込んでしまいたい位だ。
手をかざし太陽を隠し、空を見上げる。
融けるような暑気の中、僕の血潮は果たして良く見えなかった。
「あ、鬼のお兄ちゃんだ」
「……斧乃木ちゃん?」
この暑気のためか人もほぼ見えない中、足音も立てずに斧乃木ちゃんが現れた。
片手に棒アイスを携え、いつもの無表情で僕の眼前に立つ。
……今の今まで近付いていることさえ気付かなかった。
暑さで相当参ってるのかな、僕。
「……なんでこんなところにいるんだ?」
「ちょっとカブトムシを探すついでに怪異関連の探しものをしていたんだよ、鬼のお兄ちゃん」
「いや、明らかに逆だろそれ」
斧乃木ちゃんは死体だからなのか、半袖とは言え暑そうなワンピースを着ているのに汗ひとつかいていない。
暑さを感じないのだとすれば羨ましい限りだ。
「そうかそうか。で、見つかったのか?」
「何言ってるの、冗談に決まっているじゃないか鬼のお兄ちゃん。式神である僕がカブトムシなんて子供っぽいもの求める訳ないでしょ? それにこんな都会のど真ん中でカブトムシが見つかるわけないじゃないか」
「そっちじゃねえよ」
いや、いつ如何なる時もどこからか平然とカブトムシを見つけて来るアイドルがうちにはいるんだが……。
「で、具体的には何を探しているんだ? 僕も協力出来るようならしてやるぞ」
「いらない。邪魔」
「ああ、そう……」
ひょっとしたら人の手が及ばない類の探し物なのかも知れない。
自他共に認めるお節介な僕だが、助けを必要としていない人を無理やり手伝うほど僕も厚顔無恥ではない。
「この辺りにいる、って聞いて来たんだけれど見つからなくてね。一生懸命探してはいるんだけど」
「とても一生懸命には見えないけどな」
棒アイス片手に無表情で闊歩していても何かを探しているようには見えない。
ましてや一生懸命に傾倒しているかと問われれば限りなく違うと言わざるを得ない。
「鬼のお兄ちゃん、顔が悪いね」
「顔が!?」
斧乃木ちゃんから何の脈絡もなく、突如として発せられた暴言に気の利いた返しも出来ず鸚鵡返しにする僕。
名ツッコミ役として割と名を馳せてきた僕ではあるが、今はそんな元気もなければそこまで落ち着いている歳でもない。
「間違えた、顔色が悪いね」
「本当に間違えたのかよ!」
間違え方に悪意を感じるよ!
「暑いんだよ……そりゃ顔色も悪くなるさ」
「なに言ってるんだい、鬼のお兄ちゃん。顔が悪いのは元々じゃないか」
「やっぱりわざとじゃねえかこの野郎!」
ああ、怒鳴ると更に汗が吹き出してくる。
斧乃木ちゃんを無視してタオルを取り出し汗を拭い一息つくと、河に掛かっている橋の上に見慣れた人影が見えた。
キャミソールにミニスカートと如何にも夏を感じさせる格好をした少女が走ってこっちに向かってくる。
僕の担当するアイドルがひとり、龍崎だ。
「やれやれ、やっと来たか」
「なにあの子。鬼のお兄ちゃんの新しいロリ奴隷?」
「新しいも何も僕にそんな犯罪臭がする存在はいない!」
「そうか、現状のロリトリオにあの子を追加してロリカルテットにするんだね」
「する訳ないだろ。僕の担当アイドルだよ」
斧乃木ちゃんの言うロリトリオは忍、八九寺、斧乃木ちゃんの三人のことだが、さすがにアイドルユニットとして売り出すのは無謀にも程がある。
全員人外の存在である、という如何ともし難い理由を除いたとしても、まともにユニットとして成立しないのが目に見えるようだ。
いや待てよ、シンデレラプロのロリ組でユニットを組むのもアリだな。
龍崎に市原に横山で新生ロリトリオ、更に佐城と福山も加えてロリクインテット、更に更に佐々木とメアリーと遊佐と赤城も加えてロリノネットでどうだ!
素晴らしい、天国じゃないか!
「鬼のお兄ちゃん、死体の僕がドン引きするくらいすごい顔してるよ」
「おっと、いかんいかん」
頬を張って表情を引き締める。
斧乃木ちゃんはともかく龍崎に僕の弛んだ表情など見せられない。
無邪気な子供にみっともない大人の姿は見せられないからね。
変な艦これ劇場 -鎮守府狂騒曲-
変な艦これ劇場 -鎮守府狂騒曲- - SSまとめ速報
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大面白いSSと銘打って自信を持ってお送りする艦これSS!
その名も「変な艦これ劇場 -鎮守府狂騒曲-」!
コメディタッチなほのぼの艦これSSでございます!
しかしまあ大面白いというと語弊がありますし、自信なんてものもさっぱりで。
ほのぼのってのもあんまりだし、でもコメディはホント。
つまりはただのコメディ艦これSSに過ぎないのであります!
わかりづらいパロ、妙ちくりんな独自設定やキャラ崩壊などございますので
お気を付けてお読み下さいませ!
「せんせぇー!!」
息も絶え絶えに手を上げ、笑顔で駆け寄ってくる龍崎。
龍崎薫、九歳。
大所帯を持つシンデレラプロの中でも最年少組にあたる小学生アイドルだ。
同い年は着ぐるみ女王・市原と現代の魔女っ娘・横山しかいない。
龍崎のアイドルとしての魅力は、何と言っても年相応の子供らしさと元気が挙げられる。
僕も龍崎の、その非常に強そうな苗字とは相反した無邪気さと純粋な心に何度癒されたか、もはや両手では数え切れない程だ。
僕の言うことは何でも信じるし、知らない人について行きそうでちょっと心配な父性を感じさせる側面もある。
あまりの純粋さに下手をしたら僕がパンツくれと言ったらくれるかも知れないが、僕は龍崎へのセクハラはあと最低五年は我慢しようと綿密な計画を立てているのだ。
目指すは光源氏だ。
更には僕のことを先生と慕ってくれている、将来が一番楽しみな子だと言っても過言ではない。
「よう龍崎、お疲れ様」
「はぁ……はぁ……ご、ごめんねせんせぇ……ウサギさんのお世話の当番してたら、遅くなっちゃって……」
ああ、そうか。
世間ではもう小学生は夏休みというやつだ。
僕も近年までは大学生だったが、妙に懐かしい響きを感じる。
社会人に、ましてや芸能界に夏休みなんてある訳がない。
一般的にはお盆休みなるものがあるが、皆が休みの時こそ稼がなければいけないのが芸能界だ。
それに小学生から大学生までのアイドルたちは夏休みだからこそ行動範囲が広がる。
僕としては忙しいが一際頑張らなければいけない時期だ。
関係ないけれど、大学ってあんなに学費高い割になんであんなに長期休暇が長いんだろう。
「いいよいいよ、龍崎こそそんなに走って来て疲れただろう。何処かで冷たいものでも飲もうか」
「やったぁ! かおるクリームソーダがいい!」
買って来た缶ジュースはぬるくなってしまった事だし、経費で冷房のガンガン効いた喫茶店でアイスコーヒーでも飲みたい気分だ。
「僕はかき氷がいいな」
「なんでついて来るのが前提なんだよ。探し物をしているんじゃないのか?」
「怪異とスイーツ、優先すべきはどちらかなんて明確じゃないか」
「……そうかよ」
誰に頼まれたのか知らないが、どうせ臥煙さんか影縫さんあたりだろう。
この世で最もおっかない女性ベストスリーのうち二人だ
。斧乃木ちゃんが怒られるのは構わないが、それを僕のせいにされたらとても困る。
斧乃木ちゃんなら何食わぬ顔でやりそうだし。
「そのお姉ちゃんだぁれ?」
「…………」
ちらりと目配せをしてくる斧乃木ちゃん。どうやらどう対応するべきか僕に問うているらしい。
無言の圧力を感じる。
「ああ、僕の……友達で、斧乃木余接ちゃん」
「龍崎薫です、よろしくお願いします、余接お姉ちゃん!」
「……よろしく」
初対面の斧乃木ちゃんにも満面の笑顔で挨拶をする龍崎は天使に違いない。
それに対し安定の無表情で返す斧乃木ちゃんだったが、何処か様子がおかしかった。
いや、無表情はそのままなのだけれど、フリーズしているかのように微動だにしない。
「おい、どうしたんだよ斧乃木ちゃん。大丈夫か?」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん………………いい、いいよ」
「……おい」
心なしか、斧乃木ちゃんの表情が緩んでいる気がした。
あくまで『気がする』程度なので実際には変わっていないのだろうが、気のせい程度でも無表情以外に表情を持たない斧乃木ちゃんの印象を変えるとは大したものだ。
で、当の本人はどうやらお姉ちゃんと呼ばれたことが嬉しいらしい。
「僕はお姉ちゃんなんて呼ばれたことはないからね……斬新な気分だよ」
「そりゃそうだろうな」
斧乃木ちゃんは歳を取らない上にデフォルトが童女だ。
その上怪異なので子供が関わることも少ない。
となれば必然的に年下と知り合う機会自体が希少になる。
僕の知り合いの中でも斧乃木ちゃんよりも年下なのは外見面で忍くらいだ。
その忍にしたってお姉ちゃんなんて言うようなキャラでもなし、そもそも斧乃木ちゃんの生前の年齢もいまいち不明なため曖昧模糊としている。
「とってもいい子だね、龍崎薫」
「ああ、僕の自慢のアイドルさ」
「いい子すぎてむかつくね。殴っていい?」
「どんなキャラだよ! いい訳ないだろ!」
「今回はヤンデレでいこうと思って」
相変わらずキャラの安定しない子だな。
まあ、それが斧乃木ちゃんのキャラと言えなくもないけれど。
「それにそれはヤンデレじゃなくてただの情緒不安定だ。ヤンデレなめんじゃねえ」
ヤンデレとは相手を愛するがあまり少々軌道が逸れてしまった女の子のことだ。
重度ともなると常軌を逸した行動を取ることもしばしばだが、その愛情の深さと一途さは一線を画している。
ひたぎもある意味ヤンデレの側面を持っているので、僕は割とヤンデレには寛容なのである。
「せんせぇ、やんでれってなぁに?」
「……龍崎も大きくなればわかるよ」
さすがに純真無垢な九歳児に対してヤンデレがなんたるかを具に語る訳には行くまい。
「あっそうだせんせぇ、かおるね、今日新しいおともだちができたんだよ!」
「へぇ、そりゃあ良かったな」
「ほたるちゃんっていうの」
龍崎持ち前の明るさと明け透けな性格なら、友達もすぐに出来るだろうし、数もさぞかし多いことだろう。
「恍惚のヤンデレポーズ」
どこで覚えたのか、両手のひらを自分の頬に当てて肘を内側に寄せる斧乃木ちゃん。
だが無表情な上に死体な斧乃木ちゃんでは首から上を引っこ抜こうとしているようで、違う意味で怖かった。
変な艦これ劇場 -鎮守府狂騒曲-
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大面白いSSと銘打って自信を持ってお送りする艦これSS!
その名も「変な艦これ劇場 -鎮守府狂騒曲-」!
コメディタッチなほのぼの艦これSSでございます!
しかしまあ大面白いというと語弊がありますし、自信なんてものもさっぱりで。
ほのぼのってのもあんまりだし、でもコメディはホント。
つまりはただのコメディ艦これSSに過ぎないのであります!
わかりづらいパロ、妙ちくりんな独自設定やキャラ崩壊などございますので
お気を付けてお読み下さいませ!
002
今日も未だ、暑気は払えていないようだった。
じりじりと肌を焼く日光は針のように全身を突き刺している。
こんな暑さならば、ちょっと意識が常識の道を逸れてもおかしくはないと充分に思える。
本日も、斧乃木ちゃんは同じ場所をうろうろとしていた。
昨日と違うところと言えばアイスを持っていないくらいだ。
「おはよう、鬼のお兄ちゃん。アイスとコーラは買ってきてくれた?」
「ねえよ」
なんで僕がそんなパシリみたいなことをすることが前提なんだよ。
「今日も探し物か?」
「うん、なかなか見付からなくてね」
一体何を探しているのかがわかればこうした空き時間に手伝ってあげるのだが。
先日言われた通り、斧乃木ちゃんからしたら手伝いは邪魔らしい。
「僕がアイドルになることと掛けて、鬼のお兄ちゃんの性的嗜好と解きます」
と、いきなり何の脈絡もなく斧乃木ちゃんから大喜利が始まった。
前振りも何もないのはひたぎや八九寺で慣れているからいいけれど。
「ろくでもない答えが返って来るのは目に見えるが、一応聞いてやる。その心は?」
「どちらもおさない(推さない・幼い)方がいいでしょう」
「やっぱりだよ! それに僕の性的嗜好をさも当然のように言うな!」
「せんせぇー!」
そんな事をしている間に待ち人である龍崎が昨日と同じく、走ってやって来た。
「おはよう、龍崎」
「おはよう! はぁ……今日もあっついねえ」
「そんなこともあろうかと、今日は龍崎の分の飲み物とタオルも持参して来たぞ」
「うわぁ、ありがとうせんせぇ!」
「……ふむ」
僕の手渡したタオルで滴る汗を拭き、ペットボトルのスポーツ飲料水を傾けて飲む龍崎。
顎に手を添え、しばし思案に耽る。
関係ないが髭の処理は完璧だ。
言うまでもないが、龍崎は可愛い。
元気いっぱいな上にいい子だし、妹が選べるのなら火憐ちゃん月火ちゃんよりも確実に龍崎を選ぶ。
初めて会った時は、こんな純粋な存在が羽川以外にまだ世界に残っていたんだ、と神に感謝したくらいだ。
それにしても、何というか……。
ペットボトルって、エロいよね。
形状といい、ストローと違って直接口を付けなければ飲めない構造といい、ペットボトルを発明した人にノーベル阿良々木賞をあげたい。
「あのタオルを回収して薫成分をドモホルンリンクルのように抽出したいとか思ってるでしょ、鬼のお兄ちゃん」
「……なぁ、斧乃木ちゃんの中で僕はどの程度の変態なんだ?」
それはもう変態なんてレベルではない。
まあ、確かに龍崎の汗が染み込んだタオルは価値がありそうだが、僕にそこまでハイレベルな特殊性癖はない。
……たぶん、ない。
「鬼のお兄ちゃんから変態を取ったら何が残ると言うんだい。アホ毛しか残らないじゃないか」
「丸々阿良々木君が残るよ!」
どんな等価交換だよ!
「ばいばーい!」
と、龍崎が明後日の方向に向かって手をぶんぶんと振っていた。
その先には、遠近法でかなり小さくはなっているが、数人の子供が見える。
「龍崎、友達か?」
「うん、昨日言ってたほたるちゃんだよ。かおるが今日もここにくる、って言ったら待っててくれたんだ」
「そりゃあ良かったな。どんな子なんだ?」
「ほらあそこ、手、ふってる子だよ」
「……?」
龍崎が指差す先には、確かに何人か子供が河原で水切りをして遊んでいた。
が、その中にこちらに向かって手を振っている子は見当たらない。
目が悪くなった……というのは僕の体質上なさそうだし、ひょっとしたら見落としたのかも知れないな。
「じゃあ、行こうか龍崎」
「うん!」
龍崎の手を取って橋へと向かい歩き出す。
車も通りそうにない道だが、僕が車道側に位置取るのは紳士のつとめだ。
「あはは、せんせぇパパみたい!」
子供特有の高い体温を右手に感じながら、汗を拭いつつ龍崎と堤道を歩く。
なるほど、傍から見たら僕も父親に見えるのかも知れない。
まだ小学生の子供がいるような年齢ではないのだが、悪くはないと思えた。
そのせいか、橋までの一キロ弱の道のりもいつもより長く感じる。
その後ろから無言でついてくる斧乃木ちゃんが、河川敷で遊ぶ子供たちを凝視していた。
003
今日もまた暑い日が続いている。
全身ごと融解してしまいそうなほどに身を包む粘った空気は、脳に内包された狂気を露出させてしまいそうだ。
汗でリップクリーム要らずになった塩気のする唇を舐めながら、なんとか正気を保とうと足を動かし、目的地へとたどり着いた。
本日も、もう三日目だと言うのにまだ見つからないのか、斧乃木ちゃんはそこにいた。
僕の姿を視認すると、歩きながらこちらにやって来る。
「よう、今日も精が出るな斧乃木ちゃん」
「やあ、鬼のお兄ちゃん」
「まだ見つからないのか?」
「もう見つかるよ、鬼のお兄ちゃん」
「?」
もう見つかる、という表現に僅かな違和感を感じる。
フィールドワークの結果、大体のあたりがついて見つかりそう、ならばわかるのだが、斧乃木ちゃんは見つかることを断定しているような言い様だ。
「せんせぇー!」
その意図を斧乃木ちゃんに問おうとした瞬間、背後から龍崎がやって来た。
「おはよう、龍崎」
「おはよう、せんせぇ、お姉ちゃん」
「うん、おはよう薫」
基本的に関わりのない人間相手には無視するか横柄な態度を取る斧乃木ちゃんが挨拶をしているのに少々驚く。
余程お姉ちゃんが気に入ったのだろうか。
「じゃあ、行こうか龍崎」
「うん!」
龍崎にタオルと飲み物を渡して手を繋ぐ。
アーニャ曰くロシアには暖かい冬と寒い冬しかない、と言っていたので夏があるだけ日本に産まれたことを感謝すべきだろう。
が、こうまで連日猛暑日が続かれると身が保たない。
そのうち身体中の水分が流れてミイラみたいになってしまいそうだ。
「今日もね、ほたるちゃんがいたんだよ」
「へえ、仲が良いんだな」
未だ面識のない少女を想像する。
ほたるちゃん、ということは恐らく女の子だろう。
つい先日会ったばかりの他人と仲良く出来るのは子供たちの特権だ。
大人になると、他人相手にはまず猜疑心が先に浮かんでしまう。
新しい人間関係の構築よりも、面倒事に巻き込まれる方が嫌なのだ。
コミュニケーションの手法も機会も大人の方が遥かに多い筈なのに、皮肉な話である。
「ここ最近はずっとここで待ち合わせしてる割には見ないけど、どこで遊んでいるんだ?」
「? ここにいるよ?」
「…………え?」
龍崎が怪訝な表情で僕を見上げる。
ここにいる、と確かに龍崎は言った。
が、僕の見る限り、この場には僕と龍崎、そして斧乃木ちゃんしか見当たらない。
「ここだよ、せんせぇ」
僕の様子をおかしいと思ったのか、龍崎はそのほたるちゃんとやらがいると思われる場所、龍崎の真後ろに位置する何もない空間を指差す。
しつこく繰り返すようで悪いのだが、そこには、何も、ない。
「…………っ!」
「見つけた」
僕がある種の戦慄に身を強張らせている中、斧乃木ちゃんが龍崎の指差した空間を眼球だけで睥睨したかと思うと、視線を軸に首だけをかくん、と曲げる。
まるで不気味に動くブリキ人形のような動きだ。
「いっ!?」
人間ではあり得ない曲がり方だ。
死体ならではの芸当だが、そういう人間離れした振舞いを龍崎のような一般人の前で披露するのは止めてくれ。
「ほたるちゃん!」
と、注意をする暇もなしに、龍崎の声もすげなく斧乃木ちゃんは動き出す。
一流のパントマイマーのように、そこにある『何か』を捕まえようと腕を両翼に広げ身も軽やかにステップを踏む斧乃木ちゃんだったが、それは敢え無く途中で失敗に終わったのか、何事もなくその場を通り過ぎた。
「逃がしちゃった」
てへぺろ、と無表情のまま舌を出す斧乃木ちゃん。
「ほ、ほたるちゃんがいなくなっちゃった!」
「いなく、なったって……」
そうだ、斧乃木ちゃんのビックリ人間ショーに突っ込みを入れている場合ではない。
「……なぁ、斧乃木ちゃん……」
「そうだね。多分、鬼のお兄ちゃんが思っている通りだと思うよ」
あくまで他人事のように斧乃木ちゃんは言い棄てる。
この熱気で僕の頭がおかしくなった、という可能性も無きにしも非ずだが、流石にそれは限りなく薄い可能性だろう。
正気を失っている、という状態を指すには、今の僕はあまりにも平静すぎる。
となれば行き着くところは、気付かない内に、また怪異と行き遭っていたということか。
……大概だな、僕も。
「……とりあえず、一旦離れよう」
「せんせぇ、あの……」
「龍崎、悪いが今は何も聞かずに僕の言うことを聞いてくれ」
「……うん」
龍崎には申し訳ないが、見えない相手ほど厄介なものはない。
改めて龍崎の手を握り歩き出す。
怪異の探し物をしていた斧乃木ちゃんと、龍崎にしか見えない何か。
斧乃木ちゃんは明言しなかったが、捕まえようとしていたことから、十中八九『探し物』だろう。
斧乃木ちゃんと二人ならば、今すぐ協力するのだが、今は龍崎がいる。
龍崎は、僕には見えない怪異――――『ほたるちゃん』を友達だと思っている。
怪異とはいえ、友達を目の前で退治、あるいは対処するような真似をする程、僕は無神経でもないし、機械的にもなれない。
龍崎を送った後に斧乃木ちゃんに詳細を聞き、人に害を及ぼす怪異ならば、改めて対策を練ろう。
その時は龍崎にとって辛い結果になると予想されるが、きちんと理由を話して謝ろう。
龍崎なら、わかってくれる筈だ。
……それにしても、
「なぁ斧乃木ちゃん、僕の気のせいでなければ、さっきからちっとも前に進んでいない気がするんだけど」
先程の会話から、少なく見積もっても五分は歩いている。
なのに、景色が微塵も変わらないなんて、明らかに普通ではない。
「……囚われた、みたいだね」
言うが早いか、斧乃木ちゃんは地面に手のひらを添え下半身を深く沈めた。
「『例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)』」
「うわあ!?」
龍崎が驚くのも無理はない。
僕は何度か見ているからいいものの、一瞬にして人体の、しかも年端も行かない斧乃木ちゃんの身体の一部が膨張するのは決して見ていて気持ちのいいものではない。
そのまま昆虫並の垂直跳びを行うはずの斧乃木ちゃんだったが、数メートル飛んだところで動画の巻き戻しのように元の位置に戻る。
「だめみたいだね、上からも出ることは許されないみたいだ」
「許されないって……」
「迷籠蛍。またごほたる。死体の遺した思念体が形となって現れた怪異だ。特徴としては、見える人と見えない人に個人差が存在し、普通の蛍とは違い光ではなく闇を放つ」
「死体の……思念……?」
「死体だって元は人間だよ。強い感情を遺して逝った人間の死体に、残留思念と呼ぶべく想いがあってもおかしくはないだろう」
僕にはないけれどね、と。
「迷籠蛍は名前こそ迷う、とついているけれど、正確には一定の空間に閉じ込める」
だからか、いつまで経っても景色が変わらないのは。
前に進んでいる筈なのに足踏みをしているのと同じだったのだ。
「抜け出す方法は、あるのか?」
出会ったばかりの八九寺も、人を迷わせる怪異だった。
あの時は八九寺の知らない道を迂回することで目的地に辿り着くことが出来たが、今回は事情が違う。
一定の領域から抜け出すこともままならなければ、迂回も何もあったものではない。
「死人の想いに応えること」
概要を聞いただけでもそれは難しいと予測できる。
僕も既に死んだ人間には八九寺や斧乃木ちゃん、手折正弦と会ってきたが、彼等は思考の基本が生者のそれに非常に近い。
手折については死ぬことによって現在の『死んでいる生者』という立ち位置にいるため、生者そのものと言ってもおかしくはない。
八九寺は死人ではあるものの、怪異となり自分の死を受け入れているからか、歳を取らないという点を除けば普通の人間となんら変わることはない。
一番死者に近いのは斧乃木ちゃんだが、彼女は在り方が作られたものである以上、死者とは根源が異なる。
つまり、身体もない、何を考えているのかわからない、本当の意味での死人――――に、僕は未だかつて出遭っていない。
そもそも、死人は動かないし喋らないものだ。
僕や八九寺、手折なんてのは例外中の例外だろう。
しかし、女の子にモテるのは本望なのだけれど、八九寺と言い斧乃木ちゃんと言い忍と言い、僕は人外の女の子に何か縁でもあるのだろうか。
「それにしても……ごめん、龍崎。お前まで巻き込んじゃって」
「ううん、かおるは大丈夫だよ」
「何を言っているんだい、鬼のお兄ちゃん。今回の一番の被害者は鬼のお兄ちゃんだよ」
「え?」
「今回取り憑かれたのは僕でも鬼のお兄ちゃんでもない」
「……冗談だろ、斧乃木ちゃん」
「?」
思わず龍崎の手を握る力が強くなる。
後ろで龍崎が、頭の上に疑問符を浮かべていた。
「龍崎薫。彼女の言う『友達』が、迷籠蛍そのものなのさ」
斧乃木ちゃんがそう告げた、その瞬間のことだった。
『かおるちゃん』
今回も僕にも見える。
間違いない。
オレンジに近い髪、その髪を留めるクリップ。
いつの間にか、そこには龍崎と同程度の年齢どころか、龍崎そのものと言っていい程に酷似した少女がいた。
彼女は生気のない虚ろな瞳のまま、焦点の定まらない瞳で嗤う。
『かおるちゃん、一緒に行こう?』
「え……行くって、どこに」
「駄目だ、龍崎!」
ノイズの入り混じった不明瞭な声に、慌てて龍崎の手を取る。
蝉の鳴く真夏の日。
龍崎薫、九歳。
彼女は、蛍に手繰られた。
004
蝉の大群が叫ぶ。
決してたどり着けない橋に、靄のような蜃気楼が掛かっている。
湿度と温度の調和により草木の濃厚な匂いが鼻の奥を突く。
口内はからからに渇き、唇の周りに流れ来る水分不足で濃度が上がった塩辛い汗を舐めてなんとか誤魔化す。
あまりの暑さに胡乱となった体感温度は既に五十度を軽く越えている。
僕と龍崎、そして斧乃木ちゃんが迷籠蛍により一定の空間に閉じ込められ、はや数時間が経った。
どうやらこの閉鎖された空間の中では時間も流れないらしく、一向に太陽は位置を変えず、僅かに漂っていた雲すら動かない。
暑さでぐったりとした龍崎を背負いながら、ひたすら橋を目指し歩き続ける。
五感の全てを乱雑にかき乱され、交互に動かしている足が本当に自分の意思の下に動いているのか、疑いたくなる。
太陽は苦手だ。
僕が僅かながらも吸血鬼性を残しているのも理由のひとつだろう。
狼たちの午後、という映画を思い出す。
あの映画は夏の日の狂気を滑稽に描いた物語だが、夢のような途中までのストーリーが嘘のように、ラストは呆気ない。
コメディかと思っていた作品が、最後の最後で胸の真ん中に穴を空けられたような空虚感を味わせる。
今も、ちょうどそんな感じだ。
状況は微塵も進展していないのに、心は何処かふわふわと危なげに正気と狂気の狭間を漂っている。
せめて龍崎だけでも助けなければ、という想いと、今すぐこの場で理性やら尊厳やらをかなぐり捨てて思うがままになってみたい、という誘惑がせめぎ合っていた。
遅くなったが、今の状況を説明したい。
いや、させて欲しい。
僅かでもいわゆる『まともな』思考に頭を浸していないと、どうにかなってしまいそうだからだ。
とは言え、説明しようとすれば一言で終わってしまう程度の内容ではあるのだが。
迷籠蛍から龍崎を引き離し一目散に逃げ出した僕らは、ただひたすらに出口を求めて橋へ向かい歩き続けていた。
無論と言うべきか、幾ら歩いたところで橋が近付くことはなかった。
前へ進んでいる筈なのにちっとも変わらない景色は、まるでその場で無限に足踏みをしているような錯覚を覚えさせる。
賽の河原で石を積み続けるような、愚か極まりない行為に見えるだろうが、何せそれ以外にこの状況を突破できる方法を思い付かない。
半ば無駄だと解ってはいても、いずれ拘束が解ける事を信じ可能性の扉をノックし続けるしかない。
ついでに付け足すと、当然のように携帯は電源すら点かなくなっていた。
迷籠蛍は、龍崎を『一緒に行こう』と言った。
それはつまり、死者にありがちな、生者を――――龍崎を、死後の世界へと強制的に連行しようとしている、という認識でまず間違いないだろう。
そんなことを、許す訳にはいかない。
その過程で疲れ果てた龍崎を背負い、無意味とも思える行進を継続する。
もう唾も満足に出ない状態なので今すぐにでも水分を摂りたいところだが、残り少ないペットボトルの水分も龍崎のためのものだ。
僕と違って身体が小さく新陳代謝も大きい龍崎は、それだけ消耗も激しい。
それに、僕は中途半端なりとも吸血鬼だ。
そう簡単にはくたばらないだろう。
しかし、目の前に川が流れているのに、閉じ込められたせいで手を出せないのはもどかしいにも程がある。
川に近付こうとしても、一切前に進まないのだ。
一方斧乃木ちゃんは、疲れも暑さも感じないのか、そんな僕らのことなど露知らずといった平然な顔でついて来ていた。
「鬼のお兄ちゃん、僕が薫を持とうか」
持つ、って。荷物じゃないんだから。
だが、斧乃木ちゃんなりの気遣いなのだろう。
空気の読めない斧乃木ちゃんではあるが、他人の心中の機微を悟れない程ではない。
「いや、いいよ……僕が歩けなくなったら、僕ごと担いでくれ」
「そう。ならそうするよ」
冗談めかして言ったつもりだったのだが、本気に受け取ったようだ。
そもそもそんな状況になること自体が冗談ではない。
「ねえ、鬼のお兄ちゃん」
「何だよ……」
斧乃木ちゃんが悪い訳では決してないのだが、現在のコンディションからぞんざいな返事を返す。
「いつまでこんな不合理な行動を取るのか聞いていいかい?」
「不合理って……」
「不合理極まりないじゃないか」
皮肉を混じえた断定を返す斧乃木ちゃんの言わんとしていることは、判る。
迷籠蛍の目的は、龍崎だ。
ならば龍崎を『餌』に怪異をおびき寄せて退治なりすればいい。
が、述懐したように、僕にそんなことは出来ない。
「迷籠蛍を退治するつもりなら、僕が死んでからにしてくれ」
龍崎は、彼女を、迷籠蛍を、友達だと思っている。
ひと夏の友達とは言え、目の前で友達を消すなんてこと、出来る訳ない。
何も龍崎に恨まれたくない訳じゃない。
例え龍崎の立ち位置に貝木がいようと、僕は同じ行動を取るだろう。
「そんな、誰もが傷付かない結末を毎回迎えられるとでも?」
「……そこまで思い上がっちゃいないさ。でも、それを目指すのは間違ってはいないだろう」
誰だって、バッドエンドなんて望んじゃいない。
努力次第でハッピーエンドに持っていけるのならば、努力をするのは当然だ。
「鬼のお兄ちゃんは、いつもそうなんだね。自分の我が儘を通すために、他人の事なんて顧みない」
「別に……僕はそんなつもりじゃ」
ない、と言おうとするも、その先の言葉は出なかった。
「背中で苦しそうにしている薫を前に、同じ事が言えるのかい?」
呼吸も荒く表情を苦悶に歪める龍崎を横目に視界に入れる。
斧乃木ちゃんは、いつにも増して辛辣だった。それが龍崎が絡んでいるからか、たまたま今日、今まで溜まっていた僕への鬱憤が噴き出したのかは、その読み取れない表情からはわからないけれど。
……いや、この状況ではそうでなくても言われて当然だ。
八九寺がくらやみに追われていた時もそうだ。結果的にとは言え、僕は斧乃木ちゃんにかなりの割合で助けられている。
けれど、その好意や働きに報いられているかと言われれば、限りなくノーだ。逆に、迷惑ばかりかけている。
きっと斧乃木ちゃんは、僕を責めている訳ではないのだろう。
元々そんな事を言う斧乃木ちゃんでもないし、恐らくは、無意識の内に僕と斧乃木ちゃんの過去の前歴から出た言葉だ。
けれども。
『他人を巻き込んでまで、その憧憬に貫き通す程の価値はあるのかい』と。
そう言われている、気がした。
変な艦これ劇場 -鎮守府狂騒曲-
変な艦これ劇場 -鎮守府狂騒曲- - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1409906850/)
大面白いSSと銘打って自信を持ってお送りする艦これSS!
その名も「変な艦これ劇場 -鎮守府狂騒曲-」!
コメディタッチなほのぼの艦これSSでございます!
しかしまあ大面白いというと語弊がありますし、自信なんてものもさっぱりで。
ほのぼのってのもあんまりだし、でもコメディはホント。
つまりはただのコメディ艦これSSに過ぎないのであります!
わかりづらいパロ、妙ちくりんな独自設定やキャラ崩壊などございますので
お気を付けてお読み下さいませ!
今まで気力で支えていた身体が崩れ落ち、力尽きるように膝を折る。
「斧乃木ちゃん……」
「なんだい、鬼のお兄ちゃん」
「僕は……僕を……」
待てよ。
何を言うつもりなんだ、僕は。
まさかこの状況に辟易して、楽になりたいなんて言うつもりじゃないだろうな。
だったら僕は何のために人間をやめたんだ。
見苦しく、みっともなく、恥を晒しながら自分の言い分を貫き通す為じゃなかったのか。
諦めるのは、阿良々木暦が阿良々木暦でなくなった時だけで十分だ。
「いや……何でもない。斧乃木ちゃん、現時点で出せる解決方法を、全て挙げてみてくれ」
「前提として、囚われた以上ここから物理的な移動は不可能に近い。それこそ怪異が諦める、くらいのイレギュラーが起きないと無理だ。人間じゃあるまいし、怪異が一度網に掛かった獲物を諦めるなんてことは期待しない方がいい」
僕も、初めからわかっていた事だった筈だ。
ごめん、龍崎。
ごめん、斧乃木ちゃん。
今更謝って済む事じゃあないけれど。
「だから迷籠蛍をおびき寄せて消滅させるか、その願いに応えるかの二択」
「そうか……だったら――――」
もう迷いはない。
僕のくだらない矜恃のために、龍崎を苦しめるくらいならば、そんなものは溝に捨てた方がマシだ。
まずは迷籠蛍を見付け、心渡で斬るか、忍に喰べて貰うか、
「せんせぇ……」
と、背中の龍崎がか細い声で僕を呼んだ。
「龍崎……悪いけどもう少し、我慢してくれ」
「せんせぇ、おろして……よんでる」
「え?」
僕の差し出したペットボトルを見向きもせず、僕の首に回していた腕をするりと解き、龍崎は地に足を着ける。
その様子はお世辞にも、いつもの元気な龍崎とは言い難かった。
「ほたるちゃんが……よんでる」
ふらつく足取りで今まで進んでいたのとは逆方向に、龍崎は走り出した。
その無我夢中な状態は、どこか危うさを感じさせる。
そう、まるで何かに取り憑かれているかのように。
「龍崎!!」
不安が過ぎり、急いでその背中を追い、龍崎の肩を掴む。
子供であるにしても一際小さな龍崎の肩は、少し力を込めるだけで壊れてしまいそうで。
「……せんせぇ」
振り返る龍崎の表情は、少し辛そうではあったが、いつもの龍崎だった。
憔悴の色が見え隠れするものの、歯を見せて笑って見せる。
「大丈夫だよ、せんせぇ」
「龍崎」
「ほたるちゃんはね……ひとりで寂しいだけなんだよ」
それだけを言い残すと、一際とびっきりの笑顔と共に、龍崎は走り出した。
今の龍崎は危惧していた状況――――怪異に取り憑かれている、ということは無さそうだが、一体どこへ向かおうとしているのか。
思わずその小さな背中を追う。
僕には見えないが、恐らくは『ほたるちゃん』が先導しているのだろう。
龍崎の足取りに迷いは無かった。
やがてたどり着いたのは先程の場所から数百メートル離れた木の下。
ここ数日、僕と龍崎が待ち合わせをしていた場所だ。
「え……ここ……?」
龍崎は大きな眼を更に見開いて驚いている。その指先は、地面を指していた。
「…………龍崎」
そうか。
「せんせぇ?」
そういう、ことか。
「後は、僕に、任せろ」
吐きそうになるのを堪えながら、なんとか喉から言葉を紡ぐ。
その吐き気の大部分は、間違いなく自分への嫌悪が占めていただろう。
僕は、とんでもない勘違いをしていた。
「斧乃木ちゃん、龍崎を遠くに」
怪異は、人に悪影響を与える存在。
その認識は間違ってはいない。
間違ってはいないが、全ての怪異が必ずしもそうでないことは、八九寺や斧乃木ちゃんを見て、わかっていた筈なのに、完全に意識の外へと追いやっていた。
「うん。行こう、薫」
「え?」
斧乃木ちゃんは最初から事情もわかっていたのか、特に何か聞く訳でもなく、龍崎をその場から遠ざける。
僕は龍崎が視界から外れるのを見届けると、龍崎の指差していた地面に手をつけた。
爪の間に土が入り込むのも構わずに、地面を下へ下へと掘り進む。
スコップやシャベルのような道具でもあれば楽なのだろうが、あいにくそんなものを常備できるほどの胆力を、僕は持ち合わせていない。
怪異は、人の願いに呼応する。
そうでなければならない。
存在する理由の存在しない存在が存在しないように、怪異もまた、人間ありきの存在だからだ。
だから、僕はてっきり龍崎が何かを願った、もしくは千石の時のように、龍崎の意志とは無関係に巻き込まれたのだと、そう思っていた。
「痛……っ」
途中、埋まっていた硝子の破片で指先を切る。
この程度なら一分もしない内に治るだろう。
けれど、もし、その怪異が人間寄りならば、話は違ってくる。
そういう意味では、今回の迷籠蛍は、八九寺に在り方が似ている。
八九寺は怪異だというのに自分の責務とも言える人を迷わせる怪異としての特性を放棄し、くらやみに追われた。
そう。
願っていたのは、龍崎でも、僕でもない。
怪異そのものが、願っていたのだ。
「…………っ」
地面を掘り進めて約十分。
数十センチほどの地中に、果たしてそれはあった。
「……ずっと一人で、寂しかったんだな」
土に塗れてはいたが、真っ白で滑らかな前頭部に、窪んだ眼窩。
それは見紛うことなく、人のそれだった。
そんな、夏の日の物語だったのだ。
005
後日談というか、今回のオチ。
結局、あの後僕はすぐに繋がった電話で警察に連絡を取り、龍崎の体調も慮り念の為に救急車も呼んだ。
龍崎は軽い衰弱程度で、どちらかと言えば僕の方が脱水症状やら熱中症やらで重症だったのだが、僕は医者にかかることが出来ないし、必要もない。
後日聞いた警察の話によれば、十年以上前に行方不明になった少女と当時の服装、年齢などの特徴が一致し、遺骨は無事家族の元へ帰るとのこと。
何故あんなところに居たのか、なんて事まで探るのは僕の役目じゃあないだろう。
確かに、何か理由はあったのだ。
だが、あるべきところに戻れただけで、良しとしなければならない。
これ以上は、誰の為にもならないだろうから。
それから数週間後に、時間軸は移行する。
今日は龍崎の運動会、ということでようやく得た有給を取り、事務所で暇していた面子も集めて応援に来たのであった。
仕事と龍崎の体操服姿……じゃなくて応援、どちらを選ぶなんて選択肢、最初から僕には存在しない。
それに、仕事で来られない親御さんの代わりに映像を撮ってきてくれ、と懇願されたことも事由にあたる。
折角の運動会に応援する身内が一人もいないのでは龍崎も寂しいだろう、と配慮もした結果だ。
ついてきたのはお弁当係に首藤と五十嵐、そしてヒマだから、とやって来た向井と白坂の四人でビニールシートを広げ、現在スタート位置に立つ龍崎を見守っている。
が、猛暑も明けからりとした晴天に反して、僕の心中はこの上ないほど曇っていた。
ビニールシートの端っこに体育座りをし、膝に顔を埋めて呟く。
それは、龍崎との体験をまだ引きずっていた……という訳でもなく。
「不審者……不審者……」
「もー、いつまで落ち込んでるのよプロデューサー」
「そりゃ、薫ちゃんグッズを山盛りにビデオカメラ持って行ったら怪しまれますよ」
「いいじゃねえか、元々わかってたことが明るみに出ただけだろ」
「フフ……そうさ、僕はどうせ変態なんだ。警戒されるべき人物なんだよ……」
「……じ、重症……だね」
そう、入場する際に不審者扱いされ、警察を呼ばれそうになったのである。
五十嵐たちが関係者だと庇ってくれなかったら冗談抜きで冷たいご飯を食べることになっていたかも知れない。
最近は父兄に混じっていたいけな少女達の動画を撮るなんて不届き者が出るらしいので、その対策なのだろう。
確かにそういう対策をきちんとしている学校には好感が持てる。
それでも、だよ?
「……まさか僕のような善人の見本誌と呼ばれる好青年が怪しまれる日が来るとはな」
どうなっているんだこの国の政治は、と吹いてみるも、周りの反応は冷たかった。
「お前のどこが好青年なんだ。半分以上、自業自得じゃねえか」
「庇ってあげたいけど……いつものプロデューサー見てるとフォローし切れんけえ」
「普段の行いって結構見えないところで反映されるんですよ?」
いつも僕に厳しい向井はともかく、首藤と五十嵐にまで突っ込まれる。
白坂も苦笑いしてるし。
ああ、僕は孤独だ。
この、小学校で不審者扱いされた事実は永久に僕の心を抉り続けるだろう。
ついでに龍崎グッズ(自費で買ったもの)は没収された。
なんてことだ。
帰りに返してくれるらしいが、あれが無ければモチベーションも半減だ。
ちなみにこれ以上疑われては立ち直れないので、カメラは五十嵐に渡してある。
「あ……は、はじまった……よ」
軽快な空砲と共に、龍崎が駆け出した。
白坂が音に驚いたのか、隠れるように僕の背後に回る。
龍崎は結構早い方らしく、スタートしてすぐに前から二番目の位置にいた。
「薫ちゃーん! 全力で行くっちゃよー!」
「行けぇッ、薫ーッ! そこだ、ブッ殺せぇーッ!」
「物騒だぞ向井……」
応援の助っ人になるだろうと向井を連れてきたのはいいが、期待に応えすぎだった。
徒競走の応援にぶっ殺せはないだろう。
いや、徒競走でなかろうと応援の際に使用する言葉ではない。
しかも声が地ででかいものだから、ものすごく注目されている。
注目されているのはそれだけが理由ではなさそうだけれど……。
改めて龍崎を見遣る。
トップを目指しひたむきに、そして一生懸命走るその姿は、ただの徒競走だというのにとても厳かで尊いものに見えた。
ああ、龍崎最高。
「またすごい顔してるよ、鬼のお兄ちゃん」
「うわぁっ!?」
「ふきっ!?」
また突然現れた斧乃木ちゃんの声に身体が仰け反り、思わず白坂を潰しそうになってしまった。
奇妙な悲鳴と共に背中に当たる柔らかな感触に、慌てて振り返る。
「だ、大丈夫か白坂!?」
「う、うん……だ、大丈夫」
「何をやっているのさ、鬼のお兄ちゃん」
「そっちこそ気配を消して現れるな! ……って、なに、その格好」
斧乃木ちゃんは、体操服とブルマを着た上で赤白帽を被っていた。
僕が言うまでもないとは思うが、見事なまでに似合っていない。
何気に髪を降ろした斧乃木ちゃんって初めてじゃないか?
一方、グラウンドでは見事龍崎が一位を取っていた。心の中で賛辞を送る。
「カモフラージュ」
「ああ、そう……」
いいけど、今更ブルマ履いてる小学生なんていねぇよ。
実に悲しいことではあるが。
「で、こんな所にまで来て何の用なんだ」
「この間のおまけ」
そう言って差し出した斧乃木ちゃんの手には、小さな虫かごがあった。
中には、数匹の蛍が入っている。
「あげる」
「おい、これまさか……」
「ただの蛍だよ」
怪異の捜索中に見つけたのだと言う。
一瞬、迷籠蛍かと思ったが、ただの蛍ならば問題ない。
……いや、だからと言ってもらっても困るけど。
「じゃあね」
「せんせぇー!」
と、去ろうとする斧乃木ちゃんを留めるかのように龍崎が手を振りつつ走り寄ってくる。
「せんせぇ、かおるが走るの見ててくれた!?」
「ああ、凄かったな。おめでとう龍崎」
「あ、余接お姉ちゃん!」
「やあ薫、今日もロリかわいいね」
「ろり……? わ! 余接お姉ちゃん、パンツのままお外に出ちゃだめだよ!」
「いや龍崎、それは……」
パンツじゃないから。
かつて日本の隆盛を手助けした至高の遺産だから。
「大丈夫。パンツじゃないから恥ずかしくないんだよ」
「…………」
「薫、一位のお祝いにこれあげる」
「わあ、ほたるだ! ありがとう余接お姉ちゃん!」
満面の笑みで蛍を受け取る龍崎。
龍崎は太陽だ。
だが肌を焼き地面を焦がし、水分を蒸発させる夏の日の太陽ではなく、全てを優しく照らす光だ。
その光は蛍の光と同じくして熱を持たず、見る者に形容し難い純朴な安穏を与えてくれる。
誰にでも分け隔てなく持ち前の明るさと純真を振りまく、金色のアイドル。
……うん、龍崎のコンセプトとしては悪くない。
「ねえせんせぇ、これ、事務所のみんなで育てようよ!」
「そうだな、莉嘉ちゃんあたりも喜びそうだし」
そんな龍崎と接していて、ちょっとだけ、子供が欲しい、なんて。
僕には不相応なことを、思ってしまったのである。
かおるファイア END
拙文失礼いたしました。
お盆周りの敵(納期)がやっと終わったかと思えばまた新たな敵。
次の敵は黒でした。
読んでくれた方、ありがとうございます。
乙ー
今回も面白かったですー
乙
次も楽しみにしてるよ
クラシカルキューティマイエンジェルほたるのことかと思って泣きかけたけど、本名じゃなくて怪異として新しく得た名前の方だと自分を納得させることにした
イメージは真夏の蜃気楼だな。
ラスト小梅が出て来たから、運動会にほたるが来てるのかと思ったよ。
薫は可愛いなぁ……
子供が欲しいならさっさとガハラさん呼び寄せてゴールインしちめぇよこの似非甲斐性無しが!
と言わざるを得ない
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