・初投稿です。
・残酷な描写があります。
よろしくお願いします
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その疫病は、強い感染力を持っており、発病した人間から空気感染する。感染した人間は発病後、一週間をかけて徐々に体の力が抜けてゆき、やがて体が動かなくなると今度は全身の穴という穴から血を流し、地獄の苦しみの果て死ぬ。
しかし特筆すべきはその疫病が魔族には一切発病しないということであった。
疫病は女神との対話を経て、教会が解毒魔法を開発するまでの3年間に全人口の4割を死滅させた。
結果として人々は魔族の進行と、疫病に苦しみ、魔王が現れてから三年の間に人類の領土は、ある小さな王国と、その周辺地域を残し、すべて侵略された。
三年間の劣勢の中、その小さな王国が生き残ることができたのは、孤島に浮かぶ地の利があったほかに、勇者の存在があったためであった。
その女神の加護を受けた選ばれし少年が、その啓示を全うし、疫病に苦しむその王国を仲間と共に、襲い来る魔物の手から守り抜いたのである。
そして、疫病の危機を人類が乗り切った後、勇者は旅立つことを決意した。
人々を苦しめる魔王を倒すため、勇者は、頼もしい三人の仲間と共に、世界を救うための旅にでた。
そして、艱難辛苦乗り越えた勇者一行は、5年間の旅の末、ついに魔王と対峙を果たしたのである。
勇者「魔王……っ」
魔王城、魔王の間。 勇者は目の前、王座に鎮座する男を鋭く睨みつけた。
魔王「我の配下を次々屠り、ついにここまで辿りつたと思うと、感慨深いものがあるな」
魔王は、穏やかな口調でいった。一見すると黒髪長身の若い男にしか見えない。
しかし、勇者にはわかった。この男から発せられる禍々しい魔翌力が、目の前の存在が間違いなく魔王であると告げていた。
僧侶「勇者さま……」
勇者と同様、魔王の気に感づいたのか、彼女は冷や汗をかきながら勇者を呼んだ
僧侶「あの者は、今までに感じたことのないほどの力を感じます、ご用心を」
勇者「言われるまでもねーよ」
戦士「さっさとやっちまおうぜ」
戦士は筋肉隆々の腕に握られた斧を担ぎ、構えを完成させる。
魔法使い「援護は任せて」
彼女も小ぶりな杖を構え、いつでも戦える体制だ。
魔王「頼もしい仲間だな」
魔王の言葉に、皆がプレッシャーを感じる、ただその口から発せられる言葉だけでも、並みの人間なら意識を刈り取られていただろう。
魔王「だがな勇者、余は知っているぞ、貴様らが余を前にして勇敢に戦える理由をな」
勇者「…なんだと?」
魔王「ふふ、余がただ、何もせず貴様らが来るのを待っているとおもっていたのか?」
魔王「その貴様らの希望が、地獄であったことを教えてやろう」
魔王は、顔に微笑を浮かべると、王座から腰を上げた。
勇者「くるぞっ!!」
――仮に、この場に、村人がいたとしよう。その村人の目には、魔王が席を立った瞬間、勇者一行と魔王がその場から消えたように見えただろう。
次に起こるのは、爆炎と粉塵、しかしその粉塵も刹那の間に切り裂かれ霧散する。
魔王の間には今、常人ならかすっただけでも致命傷になりうる暴力が錯綜していた。
魔法使い「極大疾風呪文!」
巨大な竜巻が、魔王めがけ突き進む。
魔王「ふん」
魔王の手の一振りで、魔法使いが生み出したものと同じレベルの竜巻が発生する。
同規模の呪文が激突し、相殺された。
僧侶「全能強化呪文」
僧侶の魔法が、勇者と戦士のステータスを跳ね上げる。
そして風の衝突により発生する粉塵を突き抜け、戦士と勇者が魔王に切りかかった。
戦士の重く早い斬撃と、勇者の素早く正確な斬撃が息の合ったコンビネーションと共に、音速を超える速度で放たれる。
魔王「ふははは」
その閃撃を、魔王は両手の上腕のみで受けきってみせた。
刃と腕が激突するたびに、金属音と火花が散る。
勇者と戦士の剣技を受け、体を後退させながらも、魔王は余裕を張り付けた顔で、二人の攻撃を防いでいた。
勇者(伝説の剣でも切れないのか!?)
戦士(ぬうううっ僧侶ちゃんによって強化された俺たちの剣技を防ぐとは)
無呼吸運動に二人が限界を感じたその時。
魔法使い・僧侶「どい てっ・くださいっ!」
勇者・戦士「!」
その音が届くと同時、勇者と戦士はその場から飛び退く。
魔法使い「極大熱線呪文!!」
僧侶「極聖十字呪文」
灼熱の極太光線と、眩く光る巨大な十字の衝撃波が、取り残された魔王を襲う。
魔王「!」
魔法使いと僧侶の究極魔法が、魔王に直撃する。粉塵と共に爆音と衝撃が空間を駆け抜けた。
戦士「やったか!?」
着地同時、声を発した戦士の顔が、一瞬で曇った。
魔王のいた地点を起点に巻き起こる風が、粉塵を払いのけ、無傷の魔王が姿を現したのだ。
魔王「ふむ、なかなかやるな」
魔王の周囲に、野球ボールほどの大きさの光球が三十ほど召喚される。
勇者「!」
魔王が手を振るうと同時、光球が、四人それぞれへ向け迫る。
勇・戦・魔・僧「っツ!」
四人がそれぞれ音速の回避運動に入る。 それを追尾する光弾。
戦士「なっ」
迫る8つの光弾、その内の一つに戦士は斧を振り下ろした。 着弾、同時に爆発、その爆発は残りの光弾にも誘爆し、戦士は爆炎の中に包まれた。
勇者「戦士! くっそ」
勇者は、体を錐もみさせながら跳躍し、紙一重で迫る10の光弾を避けると、自身を通り過ぎた光球めがけ雷撃呪文を放つ。呪文の衝突により、10の光球が同時に炸裂した。
光球の爆風に吹き飛ぶ体の舵を取り、なんとか着地する。視界の隅で、魔法使いが僧侶と自分に迫る光球を、勇者と同じ要領でやり過ごすの確認する。
魔王「」
勇者「!!」
背後に走る悪寒に、勇者はとっさに背面へ向け伝説の剣を振り抜く。
刃が空を切る、その切っ先の数センチ先に魔王の余裕の張り付いた顔があった。
勇者「――~~ッ!!」
勇者は左手をかざし、雷撃呪文を放つ。
対し魔王は、暗黒呪文で応じた。
至近距離で二つの呪文が激突する。 鋭い雷鳴と光が辺りを包み込み、その後訪れる衝撃波に勇者の体が吹き飛んだ。
体が地面をバウンドし、転がり、やがて停止。 停止と同時、呪文を撃った左手に激痛が走る。
見れば、腕がなくなっていた。
ほぼゼロ距離からの勇者専用魔法と魔王専用魔法の激突だ、これぐらいで済んでむしろ運が良かった。
そう思考すると同時、勇者は同じ条件であった魔王を見、顔をしかめた。
魔王は涼しげな顔をして、先ほど勇者がいた場所に直立している。
僧侶の回復魔法で、黒焦げになった戦士の体と、勇者の失った左腕が再生した。
魔王「どうした? こんなものか?」
魔王はその余裕ゆえか、声をかけた。
勇者「……く」
勇者は、顔をゆがめる。
強い……今まで戦ったどんな敵よりも……これが魔王
女神の加護を授かった自分達をまるで相手にしていない。
しかし……どうにも引っかかる。戦闘前の言葉もそうだが、今の魔王の戦いぶりだ、たとえば先ほどの魔法使いの疾風呪文に対して、あの暗黒魔法を使えば、貫けたはずだ。 なぜ相殺を選択した? というより、なぜ人型のまま戦うのか。 この最終局面で本気を出さない理由などどこにもないはずなのに……
勇者「!」
一瞬で勇者の目前に移動する魔王、その手刀と、勇者の剣が激突する。
魔王(何か感づいたか?)
勇者「――ッっ」
勇者は、思考を中断し、魔王との鍔迫り合いをやり過ごすと、後方に跳び、魔王と距離をとる。そして皆に目配せする。
戦・魔・僧「!」
三人の仲間達は、その目配せから読み取ったのか、勇者へ手をかざした。
三人の魔翌力が勇者に注ぎ込まれる。
勇者の体から魔翌力がほとばしる、頭髪が発光し重力に逆らうように逆立った。
魔王「!」
魔王の眼前に伝説の剣が迫る。
今までとはくらべものにならない圧倒的な初速で、繰り出されたそれを、魔王は屈むことで避けた。
続く第二閃、勇者によって放たれるそれは、やはり今までの比でない速度と威力をもって魔王に迫る。
魔王は魔翌力を腕の前腕に集中させ、繰り出されるそれを腕をクロスさせることで防いだ。
しかし、その威力を相殺できず、体が大きく後方へ吹き飛ぶ。
続く三閃、音速の空中滑空の最中迫るその閃撃を、魔王はまたしても前腕で防ぐ。
魔王「……!」
四閃、五閃、六閃、刹那の間に繰り出されるその攻撃を魔王は腕の挙動のみで対処しきった。
吹き飛ぶ魔王と並走する勇者によって振るわれる剣撃と、魔王の腕撃の激突により、二人の通る空間には漆黒と稲妻の衝撃波だけが取り残され。まるで二人を追従するように次々と爆ぜてゆく。
魔王の背が壁と激突する、それによって停止する体の滑空、目前には、伝説の剣による刺突が迫っている。
対し魔王は、両の手の平で白刃取りした。
勇者「!」
白刃取りの衝撃波が黒と雷の魔撃を放出しながら波紋上に周囲を駆け抜けた。その中心、勇者の腹部に、魔王のつま先がめり込む。
勇者「……ッ」
魔王に蹴り上げられ、上空にかちあげられる勇者。
同時、戦士が投射したアックスが、僧侶の極大呪文が、魔法使いの極大呪文が―
―三方から魔王へ迫る。
対し魔王は、漆黒の魔翌力を周囲に球体状に展開し、魔翌力のバリアを張った。
すべての攻撃が、魔王へ届くことなく、バリアに阻まれる。
勇者「究極皆雷撃呪文」
魔王(詠唱時間を稼ぐことが狙いか)
勇者を纏っていた魔翌力が、一瞬にして体から離れ、周囲に拡散する、そして勇者の掲げた手のひらに収束、まるで光線のような極太の雷撃が、雷速でバリアを貼った魔王へと降り注いだ。
魔王「……!」
勇者の全魔翌力を放出した一撃が、魔王のバリアを吹き飛ばし、魔王に直撃する。
光のドームに包まれる魔王。
やがて光が拡散する。
同時、着地する勇者。
勇者「……くそ」
勇者は着地と同時、顔を歪めた。
そこには、傷つき、口の端から血を流しながらも、直立する魔王の姿があった。
30分後
魔王「思いのほか手こずったな、さすがは勇者一行といったところか」
衣服や体についた傷に顔をしかめながらも、魔王は満足気に足元に倒れる勇者一行を見つめた。
勇者「……く」
戦士「なんたる…」
僧侶「はぁ…はぁ…」
魔法使い「化け物…」
魔翌力をすべて使い果たし、立ち上がる体力も奪われた勇者たち、しかし皆、息がある。
魔王「まだしゃべれるのだから大したものだよ」
魔王はそういいながら、指を鳴らした。
魔王の間に魔物がぞろぞろと入ってくる。
魔王「連れて行け」
魔物「はっ」
勇者一行は乱暴に引きずられながら、荒れ果てた魔王の間を後にした。
続きは明日か明後日に投稿します。一応全部書き終わっているので今月中には完結できると思います。
乙
おもしろい
勇者に選ばれたものに与えられる女神の加護。
この加護を受けた人間は、人としての限界を超える体力と魔力を得ることができる。
そして勇者は、制約はあれど、この加護を仲間にも与えることができ、それにより勇者の仲間は、勇者と変わらぬ力を得ることができる。
また、女神の加護を受けたことによる最たる効力として不死がある。
どんな方法で殺そうと、加護を受けたものの死体はその場に残ることはなく、契約を交わした教会へ全快の状態で転移される。
つまり女神の加護を受けた者は、高い戦闘能力に加え、何度死のうがその戦闘の経験値を引き継いだまま生き返り、戦い続けることができるという、一般の人間や魔族と比べても圧倒的なアドバンテージを有するのである。
それは、魔王にとっても脅威であり、勇者一行にとっては十分すぎる保健となっていた。
あるいは……
勇者は考える。
その油断が、この最悪の現状に気づけなかった原因であったのかもしれない。
魔王に敗れ、勇者一行はそれぞれ別の独房に入れられた。
独房、鉄柵の檻の奥は四方を壁に覆われ、窓もベットも何もない、壁はただのざらついた石造りのように見えるが、その強度はあの戦闘でも崩れることのなかった魔王の間と同じ材質であると考えられる。
そして鉄柵の向こう側には花。毒々しい色をしたその花は近くに存在する者の魔力を吸い上げる性質を持つもので、魔王城にたどり着く前の冒険でも、なんどか苦戦させられたものと同じであることを勇者はしっていた。
ここで睡眠をとっても魔力は回復しない……女神の加護は自分の魔力の消費によって成り立っているため、魔力がなければその恩恵を得ることができない。 回復するのは勇者本来の体力のみとなる。
加えて、舌を噛み切らないように猿ぐつわをかまされ、両手両足は鉄の枷で固定されている。
勇者(厳重だな)
不自由な体を身動ぎさせ、顔をしかめた。
そう、死んでも復活するのなら、殺さずに、このように無力化すれば良いのだ。
くそ……ほかのみんなは大丈夫なのだろうか
……世界は、大丈夫なのだろうか
女神さま……どうか……世界にご加護を
勇者は目をつぶり、ただひたすらに祈った。
腕や足が、関節を無視してねじ曲がり、体が球状に歪んでいた。
痛覚が全開で悲鳴を上げるが、意識が飛ぶことはなかった。
例えではなく、実際に体が歪に曲げられているのだ。
脳内は、鋭い痛みの信号のみが蹂躙し、もはやどこが痛いのかもわからない。
ただ、声だけは出すことができた。
今自分は痛みに耐えられず、無様に声を上げている。
そんな状態が、どれほど続いたのかわからない。
体感的には1年にも10年にも感じた。
勇者を肉団子にしてから1日後、魔王は、勇者を魔王の間に連れてこさせた。
魔王は指を鳴らすと、肉団子がほどけ、ぐったりとした勇者が姿を現す。
魔王「女神の信仰を捨てる気にはなったかね」
勇者「……ッ」
勇者は痛みに歯を食いしばりながら、弱弱しく首を左右に振った。
魔王「まったく、本当に強情だな、お前らは」
勇者は、魔王をにらむ。
魔王「捨てれば良いのだ、そんな信仰、そうすれば、貴様らにこんなことをしなくても済むというに、なぜわからん、もう信仰を捨て、死んだ方が楽であろうに」
勇者「……」
猿ぐつわははめ、不細工な息を吐き出しながらも、勇者は魔王を睨み続けた。
魔王「…もう良い、次だ」
勇者は魔物に引きずられ、部屋を後にする、そして独房に戻る途中で、同じように魔物に引きずられる魔法使いとすれ違った。
……
戦士「まーた化粧なんてして、俺には理解できん」
馬車の上、手綱を握りながら、隣に座る魔法使いへ戦士はため息を吐いた。
魔法使い「まー、筋肉だるまには分からないわよね~かわいそうに」
魔法使いはそんなこと意に返さないといった風で、コンパクトを見ながら口紅を塗る。
戦士「筋肉だるまだと!? そんな褒めても何もでんぞ!!」
魔法使い「別に褒めてねーよ」
戦士「ぬなっ!?」
魔法使い「……全くこれだから脳みそ筋肉なやつとの会話は疲れる、ねー勇者」
馬車の荷台に腰をおろしている勇者は、困ったように笑う。
勇者「俺にふるなって」
戦士「脳みそまで筋肉だと!? お前まさか……これが口説かれてるというやつか」
魔法使い「だから褒めてねーって!」
そんな漫才を見て、勇者と僧侶が笑う。
魔法使い「まったく笑い事じゃないわよ、私のこの美貌はこんな筋肉馬鹿のためにあるんじゃないっつーの」
戦士「筋肉馬鹿……」
魔法使い「だから褒めて……ってほんとに落ち込んでんのかよ! 鈍いくせにメンタル弱すぎでしょ!」
戦士「筋肉馬鹿……筋肉馬鹿……」
ズーンと身を沈めながら戦士はうわごとのようにつぶやいてる
魔法使い「あーもうごめんって、言い過ぎたわよう」
戦士「すまん……しばらく放っておいてくれ……すぐ…復活するから」
魔法使い「お前もうめんどくせーよ!」
僧侶「くすくす」
魔法使い「あ、なーによ僧侶、あんた笑っちゃってないで一緒にこの馬鹿なんとかしなさいよ」
魔法使い「あ、なーによ僧侶、あんた笑っちゃってないで一緒にこの馬鹿なんとかしなさいよ」
僧侶「えっ いえ、私にはどうしようも……」
ごにょごにょと僧侶は困ったように言葉にならない言葉を並べる。
魔法使い「何言ってるかわかんないわよう」
勇者「魔法使い、僧侶をあんまり困らせるな」
魔法使い「なーによ勇者まで、私が悪者?」
勇者「いや、そういうわけじゃないけど…」
魔法使い「もう怒った、勇者なんてしらない!」
魔法使いは頬をふくらませ、プイッとそっぽを向いてしまった。
勇者「そう怒るなよ、機嫌直せって」
魔法使い「……」
魔法使いは半目でじとっと勇者をにらむ。
勇者「なんだよ……」
魔法使い「買い物」
勇者「ん?」
魔法使い「次の町で、一緒に買い物につきあってくれたら、許してあげる」
勇者「ん? 買い物?」
意図がよく読めない勇者であったが、これ以上魔法使いの機嫌を損ねるのも面倒だったので、了承する。
魔法使い「ホント? ホントに?」
了承した瞬間、魔法使いの顔が、コロッと笑顔になった。
勇者「ああ、いいよ買い物くらい、ただし、あんまり高いものは困るぞ」
魔法使い「わかってるって、女神様に誓って約束よ、勇者」
魔法使いは子どものような笑顔を勇者へ向け、小指を出す、勇者は若干の理不尽さを感じながらもその指に自分の小指を絡ませた。
「勇者ぁぁぁ」
はげ上がった頭頂、両目が厚ぼったく腫れ上がり、鼻が豚のようにでかく、奇妙な口をした者が、口から液をはき出さしながら勇者の名を呼んだ。
鉄柵ごしに、魔物に引きずられながら、その異形な顔をした者は、勇者の名を呼び続ける。
「どうしよう勇者、私……ずっとこの顔なんだって……死んでも直らないんだって……魔王がそういう呪いをかけたんだってぇぇぇ」
勇者「……ッ!!」
猿ぐつわを噛まされたままの勇者は、目を見張り、その奇形の女を見つめる
まさか……魔法使い?
「どーしよー勇者……なんで…なんでこんな、ひぎゃ」
魔物の蹴りが、魔法使いの腹部に突き刺さった。
魔法使いの体が浮き上がり、地面に落ちる。
豚のような鼻から、膿のような臭い汁を出し、魔法使いはうずくまる。
「うっううっ」
すすり泣く声が聞こえる。
魔法使いは、引きずられながら、自分の独房の中へ帰って行った。
「……ッ」
魔法使いの悲痛な叫びが耳から離れない、それは勇者の胸の締め付ける。
その痛みは、爪を剥がされた手足の痛みを、折檻により痛めつけられた体の痛みを凌ぐほどの苦痛を勇者にもたらした。
魔王に破れ三日がたった。 三日間、ほぼ一日中魔物より与えられる苦痛、時には魔王みずからが、虐待に参加することもあった。
死なないように細心の注意を払いながら行われる拷問の数々。
特に魔王の拷問が何よりも残忍であり、冷酷であった。
勇者はそれを思い出すだけで、未だに体が震える。
「うっ…ううう」
遠くから、魔法使いのすすり泣く声が聞こえる。
猿ぐつわはされていない、しゃべれることから舌を噛むことだってできる……
でも、きっと魔法使いは、それをしないだろう
人一倍外見に気を遣っていた彼女だ。 あんな顔で人前にでるなど、彼女に取って死ぬよりも苦痛であろう。
勇者は、顔をゆがめる。
言ってやりたかった、そんなお前でも俺はかまわないと、
ほかの誰が何を言おうと守ってやると。
ただ、勇者の口からは猿ぐつわを伝って唾液が漏れるのみで、声は液にまみれどこにも響くことはなかった。
……
「ぴー、ぴー」
「そう怖がるなよ、友達になろう」
……
「ぴー」
「いて、ははは、かみついてくるとは、いい度胸だ」
「ぴーっ!」
「いててて、このやろう」
……
「ぴー」
「そんな顔するな、すぐ戻ってくるから」
「ピー…」
「馬車の事、たのんだぞ」
……ピィ
勇者「……」
囁きかけるような鳴き声に、勇者はぼんやりと目を開ける。
目の前、青い体のスライムがいる。
勇者(スラきち…)
こんなところまで来たのか……
体中の筋を削がれ、もはや動くことすら出来ない勇者。
スラきち「ぴぃ」
スライムは、悲しそうな顔でこちらを見る。
捕まって……どれくらいたった……みんなは……
久しぶりに見た仲間の姿に、勇者は心にわずかな余裕を取り戻していた。
勇者になってから出会った友達……、まだ魔王の事も、魔物の事もよくわかってなかった頃。
その見た目のかわいさと、負けん気の強そうな目に惹かれ、つい構っていたら、仲間になった、唯一の魔物。 そして女神の加護を受けた魔物でもある。
しかしスライムにおける女神の加護の伸びしろは人ほど長くはなかったらしく、俺たちが成長を続ける中、早期にスラきちの成長の限界は訪れてしまった。
そこらの魔物には負けないだろうが、音速戦闘が行えるレベルに達する事はなかった。
だけど
勇者(今の俺を殺せる攻撃力くらいは……ある)
勇者は、目で訴える。
スラきち「……」
スラきちは、黙って勇者を見つめた。
勇者とスライムは、しばらくお互いを見つめ合った。
そして
スライムの牙が、勇者の喉を食いちぎった。
――……
神官「……勇者」
教会、ステンドグラスからそそぐ光に目を細め、勇者は静かに、自由の利く体を噛みしめた。
いつぶりの自由だろうか
勇者「今何時でしょうか? すぐにでも王に報告したいことが……っ」
しゃべり、動き出そうとした勇者はその場にかがみこんでしまった。
神官「勇者、大丈夫か?」
勇者「大丈夫です、少し体に違和感があるだけですので、それよりも、早く王に報告したいことがあります。ことは一刻を争うのです」
神官「…うむ、わかった。司祭、事情は分かったな? すぐに城へ向かいなさい。私は勇者の介抱をする」
近くにいた若い司祭の男がうなずいた。
司祭「…わかりました」
勇者「いえ、俺が…」
神官「勇者、あなたは疲れているのです、死んだばかりだ、無理もない、とにかく一度腰を落ち着け、何か温かいものを飲んでから、城にむかいなさい」
勇者「しかし……」
神官「みなさい、体が震えているではありませんか、今シスターに温かい飲み物を用意させます、それまでおとなしくしているのです、いいですね?」
勇者(確かに……体も思うように動かないし、気分も悪い…)
勇者「……わかりました」
勇者は、教会の椅子に座ると、一度大きく息を吐いた。
勇者(スラきちは…うまくやっているだろうか、それとも…俺が最後なのだろうか?)
勇者「神官さま、私の仲間はこちらにいらしているでしょうか?」
神官「!…今はそんな事よりも、自分の回復に努めなさい」
勇者「神官さま、そんな事ってどういうことです? 何かご存じなのでしょうか?」
神官「後で話ます、今はとにかく気を落ち着けなさい」
勇者「いえ、今すぐ教えていただきたい、私の仲間は、何人、こちらに来しました?」
神官「……一人……です」
勇者「誰です?」
神官「……僧侶が、あなたの来る5時間ほど前に」
勇者「! 彼女は今どこに?」
勇者はふらつきながらも立ち上がった。
神官「会わない方がいい」
勇者「!? なぜです? まさか醜い姿で転生されたとか?」
神官「いや、女神の転生を経れば、肉体に対する傷も呪いも正常状態時に戻ります」
勇者「! ではなぜ!?」
神官「心です、彼女の心は……壊れてしまっていた」
勇者「……!」
神官「もはや意思の疎通はとれず、日常生活は不可能、あんなに信仰熱心な子だったのに……残念だ」
勇者「合わせてください」
神官「勇者よ…」
勇者「お願いします」
神官「……」
僧侶「あー」
勇者「……」
教会の個室で、床にペタリと腰をつけ、だらしなく涎を垂らしながら、彼女は天井を見つめていた。
勇者「…僧侶」
僧侶「うー…あー」
僧侶は応えない、ただ天井を見つめてうめき声を上げる。
勇者「……」
この5年の旅だってつらかった。
辛いことがたくさんあった。
でも、みんなで協力して乗り越えることができたんだ。
でも……でも
あんな……拷問を受けたことはなかった。
死ぬ方がマシと思えるようなことは……なかったんだ。
仲間がいたから。
体が動けたから。
死んでも……教会で目覚めることができたから
彼女も、信仰を捨てるよう、迫られたのだろう。
でも、人一倍信仰の強かった彼女は、どんな拷問を受けてもそれを捨てることはしなかった。
心を犠牲にしても……っ
俺のおごりだ。
俺の作戦ミスだ。
死なないことにあぐらをかいた、俺のミスだ。
勇者「僧侶……すまない…ッ!」
勇者は、うつろな瞳で天井を見上げ、ただ声を漏らす僧侶の前に項垂れた。
今日はここまで。 前回、魔力が魔翌力になるとは考えもしませんでした。
次も明日か明後日に投稿します。
それでは
乙なんだよ
乙
魔法使いつらすぎワロタ
でも死んだら治る
死んだら呪いが解けるらしいけどもしかしたら解けないかもしれないからな…
さてどうなるのか…
死んでも治らないと言っておろうに
「どうしよう勇者、私……ずっとこの顔なんだって……死んでも直らないんだって……魔王がそういう呪いをかけたんだってぇぇぇ」
神官「いや、女神の転生を経れば、肉体に対する傷も呪いも正常状態時に戻ります」
知らないから[ピーーー]ないんだな
魔物の出現と同時日発生したウイルスは、研究の結果、微生物型の魔物であることがわかった。
このウイルス型の魔物は《オルガ》と名付けられた、オルガは魔物の体内では無害であり、また魔物の呼吸から外にでたオルガは大気に触れた瞬間死滅してしまうほど弱い。しかし、魔物の牙や体液を通して人間の体内に侵入することがある。
そして人間の体内に侵入するとオルガの構造が変化するのである。
変異したオルガは性質が変わり、宿主の人体を攻撃すると同時に、魔物の体内時とは比べ物にならない速度で増殖を始める。また、人間の呼吸から空気中にでた変異オルガは、すぐに死滅することなく他人の体内に侵入できるようになる(なお、その状態で魔物に感染しても魔物に対しては無害である)。
人間の体内に侵入したオルガは一週間徐々に体を破壊し、やがて全身に死ぬほどの痛みをもたらした後に宿主を絶命させる。
オルガは、教会の研究により、人の体内に巣くうオルガのみを破壊を可能とする魔法を生み出すことで、人類は絶滅の危機を回避することができたが、病原の発生元は、魔物であるため根本的な解決には至らず、治癒魔法が開発された現在でもいまだに年間で1000人を超す死者が発生する。
戦士、魔法使いが来るのを待った勇者であったが、一向に来る気配はなく、城から派遣された兵士が勇者を迎えに来たため、勇者は後のことを神官に任せ、一時城へ向かうこととした。
会議室
楕円型のテーブルを囲むように、国の重鎮たちが勇者の話に耳を傾けている。
勇者は、魔王城への旅路や、魔王と実際に戦った経験を通して話をした。
勇者「……五年の旅の中でまず感じたことは、魔王城へ近づくにつれ、魔物が強くなっているということでした」
勇者「その疑問も、魔王と戦闘をした今ならば理解できます、おそらく魔王城を中心に魔族を強化する空気のようなものが放出されているためでしょう、つまりあの、私たちを蹂躙する力を持つ魔王も、城から離れてしまうと本来の力は出せないと考えられます、そうでないのなら、魔王自らが世界を滅ぼすこともできたはずです。加えて、魔王城から最も遠いこの国がもっとも被害が少なかったことも説明できます」
参謀長「しかし、弱体化するといってもどの程度なのか、君たち勇者一向を屠る力など、弱体化したところで我々にとっては脅威以外のなにものでもない」
勇者「そうですね……しかし、ここで魔王にはもう一つの問題が発生します」
参謀長「もう一つの問題?」
勇者「ええ、魔族との戦闘中にも感じたことなのですが、魔王と直に戦ったことで確信しました。魔族は、神系の魔法を使うことができない」
参謀長「神系の魔法……回復魔法……空間移動魔法のことか」
勇者「そうです、拷問を受けている最中、魔王の姿を確認しましたが、私たちとの戦闘で受けた傷はまだ残っていました。この事実からも信憑性はかなり高いです。傷を治さない理由はありませんからね。 つまり神系魔法である転移呪文を持たない魔王は、ここまで攻め込むには自分の体で行くしかない。おそらく魔王城からこの国まで、どんな移動手段を用いようと1年は要すると考えられます。しかしこちらには空間移動魔法がある、魔王が留守にしている間に魔王城を落とされるリスクを、魔王が犯すとは考えずらいかと」
参謀長「うむ……では仮に、軍を率いて魔王が攻めてきたとして、その戦闘能力はどれほどになると考えられるか?」
勇者「オルガの感染能力から割り出せるのではないかと、思っています、参謀長、オルガの感染率は、魔王城から近い町と、この国でどれほどの差がありましたか?」
参謀長「確認できる範囲ではおおよそ、1000分の1ほどであったと記憶している」
勇者「だとすれば……国の全軍でなんとか対応できるレベルではないかと思われます」
参謀長「うむ……なるほどな、ならばさっそく準備に取り掛かるとしよう」
勇者「…では、私はこれで」
王「待て、勇者よ」
今までずっと黙って話に聞き入っていた王が突然口を開いた。
勇者「は」
王「これから、どうするつもりなのだ?」
勇者「どう……と言われましても、まず教会へ行き、仲間の安否を確認します、もしまだ戻ってこないようならば、今すぐにでも転移魔法で乗りこみ、仲間を助け、そして魔王を討つつもりです」
王「…女神様の加護の効力は、すでに限界を迎えていると聞いているが」
勇者「…はい、その通りです、一か月前、教会でお告げを聞き、もうこれ以上強くはなれないと告げられ、それは先ほどお告げを聞いた時も同じでした」
王「さらに言えば、伝説の装備もすべて失ったのであろう?」
勇者「はい、装備をすべて外された状態で転生したので、今、私のもとに伝説の装備はありません」
王「…また捕まったらどうするつもりなのだ?」
勇者「もちろん、策があります」
王「う……うむ…」
勇者「もう行っても?」
王「…うむ……武運を祈っておる」
勇者「はっ、見事魔王を倒して見せます」
勇者は一礼すると会議室から出て行った。
王「……」
勇者「…!」
城を後にした勇者の前に、三人の男女が待ち構えていた。
魔法戦士(男)「……」
武道家(男)「お待ちしていました、勇者さま」
賢者(女)「ぜひ私たちを、魔王討伐に連れて行っていただきたいと思っています」
勇者「……君たちでは、無駄死にするだけだよ」
勇者は、そういうと三人を横切り歩く
魔法戦士「待てよ」
勇者の前に立ちはだかり、彼は言葉を続ける。
魔法戦士「そら、加護を受けたあんたにとっちゃ、俺たちなんて、戦力にならないかもしれねぇ、だけど、その加護とやらを俺たちにも授けれくれりゃあ、話は変わるんじゃねぇのか?」
賢者「そうです、勇者さま、勇者様の仲間と同じように、私たちにも勇者の加護をお授けください。必ず力になって見せます」
勇者「……、三年だ」
武道家「え?」
勇者「戦士、魔法使い、僧侶が、加護の力を得たのは、俺が勇者になってから三年たったころだった」
賢者「……どういうことです? 加護は…勇者様が任意にお与えになっているのではないのですか?」
勇者「そう都合よくできるなら、全人類に加護を授けているよ」
魔法戦士「……」
勇者「俺から加護を与えられる者は、俺と長く時間を共にし、かつ俺の信頼を得ている者ってのが俺の結論だ、多分だが、女神への信仰とは別に、俺への信仰を求められるんじゃないか?」
武道家「でしたら、我々も負けていません! 勇者さまのことは誰よりも尊敬していると自負しているつもりです」
勇者「理想の俺を信仰しても意味なんかない。今の仲間とは、小さいころからの付き合いだった。それでも、俺が勇者になってから3年たって、加護の力を得た、この意味わかるか? そもそも俺は与えるという意識すらなかったってことだ、もちろん、今の俺にそんな長いこと悠長に待ってる時間はない」
そもそも魔王の前では、また新しい仲間を作ったところで同じことの繰り返しにしかならないだろう
賢者「…そんな」
魔法戦士「……だが、あんたのサポートくらいはできるはずだ」
勇者「…あきらめが悪いな」
魔法戦士「当然だ! 俺たちは家族をオルガや魔物に殺されたんだ、その仇を討つために、今まで血反吐を吐いて、特訓を続けてきた! 魔王討伐の為に死ねるのなら本望、頼む勇者様、大した力にはなれないかもしれない、しかし、魔王への隙をつくるくらいはできるはずだ」
武道家も、賢者も強い眼差しで勇者を見つめる。
勇者「……はぁ、わかった」
魔法戦士、武道家、賢者の顔がほころぶ。
勇者「ただし、俺に触れることができたらな」
魔法戦士、武道家、賢者「!」
勇者「今、ここでだ、魔法を俺に当てられたら、でもいい、それができないようでは、魔王には触れることすらできないだろうからな」
武道家「しかし勇者様は今、丸腰ではありませんか」
勇者「ちょうどいいハンデさ」
その言葉に、三人の顔が曇った。
どうやらプライドに触ったらしい。
魔法戦士「いいでしょう」
魔法戦士は剣を抜く。
賢者は杖を取り出し。
武道家は構えた。
勇者「じゃあ、開始だ」
魔法戦士、賢者、武道家が動く。
まず武道家が、勇者めがけて矢のように迫る。
その間に、魔法戦士が魔法剣の詠唱を、賢者が火炎魔法の詠唱を――
勇者が、その場から消えた。
そして三人の後ろに立つ。
武道家・魔法戦士・賢者「!?」
同時、巻き起こる突風。
音速に近い速度で移動したことによって発生するソニックブームが、三人の体を吹き飛ばした。
賢者(詠唱の時間も――)
武道家(攻撃する時間も――)
魔法戦士(相手の動きを見る時間すら――ない!)
三人は、吹き飛び、地面を数メートル転がった後、停止した。
勇者「どうした? 俺はただ動いただけだぞ?」
魔法戦士「……ッ」
魔法戦士はなんとか立ち上がろうと体を動かす、しかし次の瞬間には、全身を強い痛みに襲われ、体を動かすことは叶わなかった。
勇者「やめておけ、常人なら死んでるレベルの衝撃のはずだ、体が動くわけがない」
武道家「こんな…理不尽な…」
勇者「理不尽? 魔王はもっと理不尽だぞ、俺レベルが四人がかりで、手も足も出ないんだからな、だがこれでわかったろ?」
勇者「魔王と戦闘では、悠長に詠唱してる時間なんてないし」
賢者「!」
勇者「相手の動きから出方を見る余裕もないし」
魔法戦士「!」
勇者「ましてや拳を当てるなんて、今のままでは不可能だとな」
武道家「……!」
勇者「じゃあな、お前らも、そこらの魔物相手なら、難なく戦える、できればその力を、この国を守る為に使ってほしい……そうしてくれると、俺も心強い」
勇者は、それだけ言い、倒れる三人をその場に残し、教会へ足を向けた。
教会に、戦士と魔法使いの姿はなかった。
神官に僧侶のことを託し、勇者は教会を出る。
司祭「もういくつもりか?」
教会の壁に身を預け、腕を組んだ司祭が、勇者の背中に語りかける。
勇者「…司祭……妹のことは……すまなかった」
司祭「よせ、あいつも望んでいった旅だ。 お前の所為じゃない」
勇者「……でも」
司祭「そんな事よりも、ほんとに今すぐ行くつもりなのか?」
勇者「…ああ、戦士と魔法使い…スラきちを助けないと」
司祭「…俺も手を貸すか?」
勇者「……いや、確かにお前も、加護を持ってるけど……お前の加護のレベルじゃ、正直足手まといにしかならない」
司祭「正直に言ってくれるな」
勇者「…すまん」
司祭「ほら」
司祭は一振りの剣を勇者に投げ渡す。
勇者「!」
司祭「この国の名工が勇者のために打った剣だ、伝説の剣には及ばないだろうが、下手な剣よりはましだろ」
勇者「…恩に着る」
司祭「あの二人も、俺たちの幼馴染であり、友達だ、頼むぞ」
勇者「ああ、必ず助けてみせる……女神様は無意味な試練を与えない。 今までだって何度もピンチは経験してる。 それを乗り越えるたびに俺達は強くなった。今回だって同じさ」
勇者は微笑し、剣を背負うと、転移魔法を唱えた。
勇者の体が浮き上がり、すさまじい加速とともに空を翔けていった。
司祭「……女神様……どうか……ご加護を……」
勇者「……こんなもんか」
岩石地帯で勇者は自分の手のひらを見つめる。
体に発生する違和感に、眉を寄せ、しかし対魔王の策における第一段階をクリアしたことを確認する。
勇者「…待ってろよ、戦士、魔法使い、スラきち」
勇者が転移魔法で飛び立つ。その後には、全身を解体され、血をまき散らす巨大な竜の残骸が残されていた。
魔王城前に着地した勇者は、剣を抜くと魔王城へ侵入した。
勇者(牢獄の位置は把握している、本気を出せば一瞬だ)
一蹴りで音速まで加速した勇者は、行く手を遮る魔物を蹴散らし、地下牢へ侵入した。
自分がいた牢屋を横切り、その奥、戦士と魔法使いのいるであろう牢屋の前で止まる。
二つの向かい合うように設置された牢獄に、それぞれ人影。
一思いに殺そうと、勇者は雷撃呪文を――
その手が止まった。
異臭が、勇者の手を止めたのだった。
蒸し暑い牢獄の中、ハエが飛んでいる。
ハエは、二つの人影に群がっているようだ。
勇者「戦士…魔法使い…」
「貴様がここを脱出する二日前には死んでいたぞ、この花の前だと、腐食が早いらしい」
勇者「!」
突然の声に、勇者は音源へ視線を向けた。
魔王「勇者、よく戻ってくる気になったな」
勇者「なぜ……二人は…死んでいるんだ?」
なぜ女神の加護を持つ二人が、転生されずに……
突然現れた魔王を前に、勇者はそう言った。 そう聞かずにはいられなかったのだ。
魔王「二人は信仰を捨てた、それだけさ」
勇者「でたらめを…」
魔王「でたらめではないさ、現に死んでいるだろう?」
勇者「……っ! スラきちは…どうした」
すぐにでも斬りかかりたい衝動を堪え、勇者はもう一匹の仲間のことを訪ねた。
魔王「スラきち? ああ、あのスライムのことか、奴ならもうこの世界にはいない」
勇者「もういない……どういう――」
魔王「そんなことよりもだ」
勇者「!」
魔王「そんなことよりも、勇者、この二つの死体に、どうやって信仰を捨てさせたか、教えてやろうか?」
魔王は、にやりと笑った。
その顔だけで、勇者は理解する。
想像を絶する拷問が、あったのだと。
信仰を捨てるほどの
使命を捨てるほどの
それは一体、どんな――
勇者「――ッ」
そう思考が至った瞬間、それまでなんとか抑えていた勇者の理性は吹き飛んだ。
勇者「魔王ォォォおおおッ!!」
勇者は地面をける。 激情と共に剣を振り上げる。
魔王は手刀で受け太刀。
剣が折れた。
勇者「――」
魔王の拳が勇者の腹部にめり込んだ。
勇者の体がくの字に曲がり浮き上がる。
一瞬で勇者の背後に移動する魔王。
蹴りが、勇者の背に着弾。
勇者は海老ぞりに体をそらせ、ソニックブームをまき散らしながら吹き飛び、壁に激突した。
口から血を吐き出し、白目をむき、体をピクピクと動かしながら、その場に倒れる勇者。
魔王「拷問から抜け出したばかりで、戦闘の勘も鈍ったお前が、一人で、伝説の武具もなしに、敵を前に激情し、理性を失うとはな……貴様、どうやって余と戦うつもりだったのだ?」
勇者「……」
三日後
猿ぐつわ、鉄の手枷と足枷をはめられた勇者は、魔王の間の王座の横に倒れこんでいる。
手枷と足枷は、鉄製だ、加護の力を使えれば、難なく砕ける、しかし加護の力の供給源たる魔力をカラにされた状態では、常人となんら変わらない力しか使えない……そのもどかしさに、勇者は顔をゆがめる。
目の前に……魔王がいるのに、何もできない。
魔王「貴様の仲間を見てな、余は気が付いたのだ、貴様が信仰を捨てる方法をな」
勇者(何か……策があるのか? だから捕まったこの数日、拷問がなかったのか…一体…何を)
戦士と魔法使いが信仰を捨てた原因が、痛み以外にあるというなら……なんだ?
魔王「あの戦士は、魔法使いの小娘の正面の牢獄にいた、これは偶然だったのだが、ある時、戦士はこう言ったのだ。 俺が信仰を捨てれば、魔法使いを助けてくれるか? とな」
勇者「!!」
魔王「余は約束した、そして女神の気配を失った戦士を殺すことに成功したのだ、最後は実にあっけなかったな」
勇者「……」
魔王「魔法使いの女は、目の前で戦士が死ぬ様を見て、自殺したよ、信仰を捨ててな」
勇者「……っ」
魔王「あれは大変興味深い事例であった、魔族には決して考えつかない発想だ、余にも今だによくはわかっていない」
勇者「……」
魔王「しかし、人間という生き物は、時に自分よりも他人を大切に思うことがある、これは大きなヒントだと思わないか? なぁ勇者よ」
勇者(……まさか…)
魔王の間の扉が開く、魔物に連れられ、一人の少女が魔王と勇者の前に放り出された。
少女「うぇぇ、ママ……パパ……」
魔王「先日滅ぼした村の生き残りだ」
勇者「…っ……ッ」
勇者はもがく、体の自由が奪われていることも忘れ、ただもがく。
魔王「どうだ勇者、信仰を捨てれば、この小娘は助けてやるが」
勇者「……ッ」
勇者は、力の限り魔王を睨んだ。
魔王「……」
魔王は指を鳴らす。
少女の片足が吹き飛んだ。
少女が絶叫を上げ、のた打ち回る。
勇者「っ!」
勇者は目を閉じた、悔しさで、無力さでおかしくなりそうだった。
ただ、少女の悲鳴が聞こえる。
絶叫だ、なぜ……なぜこんな……
勇者拘束6日目
勇者は、茫然と目の前で行われる行為を見つめる。
魔王によって四肢を爆裂させられ、痛みに悶える男を見つめている。
男「勇者さまぁぁ、お助けくださいいい、め……女神さばっ」
男の頭部がはじけ飛んだ。
勇者は、静かに涙を流す、しかし、信仰は捨てない。
魔王(ふむ……もう30人は苦しめたあと殺したはずだが……何か、間違えているのか?)
ただ殺すだけでは駄目なのか?
勇者拘束7日目
魔王「……」
魔王は王座で一人思考にふけっていた。
魔王の間に一人のローブで全身を覆った魔物が入ってきた。
側近「魔王様、本日は、いかがいたしますか?」
魔王「……なぁ側近よ、なぜ勇者は信仰を捨てぬと思う?」
側近「……人間の感情など、私にはわかりかねます」
魔王「余は、何か短絡的な間違いを犯している……そんな気がしてな」
側近「……魔王さま、差し出がましいようですが、いっその事勇者も、あのスライムと同様魔界に送ってはどうでしょうか?」
魔王「側近よ、最初に勇者達を拘束した時に言ったであろう」
側近「は、勇者に魔界の位置を認識させると、万一勇者が死に、逃がしてしまった場合転移魔法で乗り込まれてしまう……それは重々承知しております、しかし、その勇者が邪魔なのも事実、ならば普通の人間にはたどり着けない魔界におき、魔王様直々にこの人間界を早々に落とすというのも、一つの手ではないかと」
魔王「何をそんなに焦っておるのだ、この城から放たれる魔結界も徐々にではあるが広がりつつある、あと5年もあれば、余はこの人間界のどこでも全力で戦えるようになるのだ、焦る必要などあるまい」
側近「…何か悪い予感がするのです、失礼ですが、魔王様は、あの勇者を侮っているように見えます」
魔王「侮るもなにも、余の敵ではないではないか」
側近「実力的には確かにそうなのですが……あの男の目は……その、うまく言えないのですが、侮れないものがあるように思うのです」
魔王「ふん、下らん、考えるまでも―」
魔物「魔王様!」
配下の魔物が、急ぎ足で魔王の間の扉を開ける。
魔物「勇者が……勇者がどこにもおりません」
魔王「……なに?」
神官「……勇者」
表情のない顔で、勇者はただ茫然と、祭壇の前に立っていた。
神官「勇者…どうかしたのか?」
勇者「司祭は……どこにおられますか?」
勇者は、表情を変えぬまま、神官に尋ねた。
神官「…っ……今は、自宅にいるはずだが」
その声に気圧されながら、神官は応える。
勇者「ありがとうございます」
勇者は踵を返すと、司祭の家へ向け歩き始めた。
魔王討伐の策は、若干の変更が必要だった。
僧侶「あー」
ばちゃり、不器用にもったスプーンが、スープの入った皿をひっくり返した。
司祭「またこぼして」
司祭は布巾でテーブルを拭く。
僧侶「うー」
司祭「……」
ドアが鳴る、司祭はこんな時間に誰だ? と思いながら扉を開け、目を見張った。
司祭「勇者……てことは」
勇者「いや、魔王は殺してない」
司祭「? 魔王と戦わなかったのか?」
勇者「いや、戦った」
司祭「…? じゃあ一週間も何をしていたんだ? それにどこかやつれて見えるぞ」
勇者「…少し外に出ないか? 話がしたい」
司祭「…」
司祭はちらりと僧侶を見た。
勇者「だめか?」
司祭「いや、10分待ってくれ」
十分後、司祭の家の前に立つ二人。
勇者「僧侶は大丈夫なのか?」
司祭「ああ、睡眠魔法で眠らせてある」
勇者「そうか……じゃあ、場所を変えるぞ」
司祭「は?」
勇者の転移魔法により、二人は空へと飛んだ。
司祭「…ここは?」
森の中、洞窟の前に転移した司祭は尋ねる。
勇者「まず、俺の話を聞いてくれ」
勇者は話す、戦士と魔法使いがどうなったか、魔王と戦ってどうなったか、魔王と戦ったあと何があったか、どうやって魔王の城から抜け出したか
司祭「……」
話が終わったあと、司祭の顔は、引きつっていた。
勇者「最初は、持久戦を挑むつもりだった…体の痛みには耐えられると思った……だが…あれは……あの拷問は…きつい」
司祭「…」
勇者「だが…そのおかげで一つの策が思いついた、ある意味、最初の策よりも成功すれば勝率は上がると思う…それを試すのに、一流の神系魔法の使いてであるお前の力が必要だ」
司祭「…一体何をする気だ?」
勇者「ついてきてくれ」
司祭は、勇者の後を追って洞窟に入った。
勇者「ここには、これまでの冒険で手に入れたアイテムを秘密裏に管理している、その中の、これを使おうと思う」
司祭「! これは――」
勇者脱走の翌日
魔王の間
その扉が、勢いよく開け放たれる。
魔王「……!」
王座に座る魔王は、目の前の存在を勇者と認めながらも、目を細めた。
禍々しい漆黒のスカルフェイス、刺々しい闇色の鎧が全身を覆い、両手には、妖気を纏った刀と剣をそれぞれ持っている。
いずれの装備にしても、禍々しい呪力を感じさせた。
魔王「貴様…勇者か?」
魔王は、勇者らしくもない勇者へ対して、問う
勇者「ウ゛ォオオぉぉぉおおおおおおオオオオあああ゛おぉぉぉ」
勇者は、獣のような叫び声を上げると、魔王へ向け切りかかった。
今日はここまで、続きは明日か明後日です。
なるほど、呪い装備で魔王に対抗か
確かに呪い装備はステータスは優秀だからねえ…
おもしろい
二つの黒い影が、魔王の間で幾重にも錯綜する。
黒い魔力が衝突しあい、そのたび漆黒の波紋が空間に浮き上がった。
魔王「……ッ」
全力を出せば、瞬殺できる、今もなお魔王と勇者の力量にはそれほどの差がある。
しかし、殺しても意味がないのだ。
次の瞬間には、全快となった勇者が転移魔法で飛んでくる。
殺さぬように加減する、それがこの幾重の呪いを重ねられ、本能のみで戦う勇者に対しては、並々ならぬ消耗を魔王にもたらしていた。
勇者は両腕を後方に伸ばし、双剣の刃先を魔王へ向け、刺突の構えで迫る。
魔王「っ」
対し魔王、刺突を放とうとする左右の腕へ向け、両手それぞれで暗黒魔法を放った。
二つの暗黒のエネルギーボールが勇者の両腕にそれぞれ着弾する。
勇者「がぁぁぁああああああああああああああああああ!!」
魔王「!」
そんなダメージなど意に反さないように、勇者は刺突を突き出した。
暗黒魔法を貫き、魔王の両肩を掠める刃。
魔王「ッ!」
魔王はとっさに距離をとる。
勇者は暗黒魔法を突き破った両腕をだらりとたらし、獣のような唸り声を上げる。
勇者の両腕、鎧を通して血が滴る。
ダメージはある、しかし
勇者は次の瞬間には、また魔王へむけ、痛んだ腕など気にしないように切りかかった。
荒々しい濁流ように繰り出される二刀流の斬撃をいなしながら、魔王は思考する。
確かに、側近の言うように、認識が甘かったのかもしれない。
刃の掠めた両肩が痛む、こうも容易く傷つけられたことも、その甘さの所為であろう。
切れ味は伝説の剣をしのぐであろう武器、その一刀が、魔王の眼前に迫る。
魔王はそれを掌底で刃の側面から押し上げると、前蹴りを勇者の腹部に直撃させた。
吹き飛ぶ勇者、体を回転させ着地、するとすぐに二刀を構え迫――
甘く見ていた事実は認めよう、傷つけられたことも認めよう、勇者の脅威も認めよう。
―勇者が、足を踏み出すよりも速く、魔王は勇者の眼前へ移動、そして突き出すように放たれる蹴りが、勇者を吹き飛ばし、壁に激突させた。
魔王(だが)
勇者「ッッ」
勇者の目前に、魔王――
魔王の目にもとまらぬ連続蹴りが、勇者に反撃の隙も与えることなく着弾してゆく
その回数は瞬く間に1000を超え、蹴り終えた魔王は、足を払うように振り、足に纏った漆黒魔法を解除する。
足の先から漆黒の飛沫が上がり、それが空気の中で薄まり消える
それと同時に、魔王は足を地面につけた。
それと同時に、勇者の体は崩れ落ち、地面に倒れた。
魔王「勝つのは余だ」
勇者捕縛、7日後。
魔王は王座に座り、眉に皺を寄せていた。
この7日間で、自分の認識がなお甘かったことを知ったのだ。
勇者の策略を前に、魔王はただ顔をしかめるほかなかった。
魔王の誤算――そのすべては、勇者の装備にあると言える。
勇者の装備を、外すことができないのだ。
スカルフェイスの隙間から猿ぐつわをかませることには成功したが、全身を守るように覆う鎧や兜、加えて刀と剣も外せない。
呪いの効果というやつなのだろう。
さらにこの呪いが厄介なのが、勇者の狂化がいつまでたっても解けないことだ。
これではどんな拷問も意味をなさない。
もちろん、呪いの装備を解呪する術は探した。
呪いを解呪する方法は、ただ一つ、魔族が使うことのできない神系魔法でしか成しえない。
しかし、先の戦闘で落とした町の神父に、人質をとって魔法を使わせる方法は不発に終わった。
どんなに目の前で人を殺そうと、体を痛めつけようと、神父は魔族のために魔法を使おうとは決してしないのだ。
……やはり、方法が短絡的なのだろうか?
この問題は、勇者の信仰を捨てさせることと、密接につながっているような予感がある。
ならばと幻術をかけて解呪の神系呪文を使わせようとしたが、これも失敗に終わった。
正常な神経ではないと、神系の魔法は使えないのだ。
そして、魔王の一番の誤算、それは、勇者を、またしても逃したことである。
前回も一週間、今回も一週間……ちょうど七日キッカリに今回も勇者は消えた。
これが偶然でないとすれば、答えは一つだ。
勇者は、感染した状態でこちらに乗り込んできている。
なるほど絶命の痛みも、狂気の中ではゼロに等しいだろう。
魔王の背筋が寒くなる。
魔王の間の扉が空く。
呪いの装備に身を包んだ勇者が、雄叫びを上げ切りかかってくる。
面白い、いいだろう
魔王は立ち上がる。
必ずお前を屈服させてやる。
今はそのために、余の全能力を使うとしよう
魔王の手刀と、勇者の双剣が激突した。
司祭「……」
司祭は神官を庇うように、おおよそ勇者らしくない勇者の前に立ち、緊張を高めた。
場所は教会、祭壇の前。
司祭「勇者?」
勇者「ぎりぎり…意識はある」
コミュニケーションが取れることに司祭は安堵する。転生によって、呪いのかかる前の状態になることは、これで実証された、しかし呪いの装備を纏っているため、またすぐに呪いにより正気を失ってゆくのであろうが。
司祭「すぐ行くのか?」
勇者「ああ、自我があるうちに、まず感染して、魔王城に乗り込む、あとは、狂気に身をゆだねるだけでいい」
司祭「…勝機は?」
勇者「手ごたえは…ある…と思う。 悪い、もう行く、長いこと正気を保っていられる自信がない」
司祭「…そう…か」
勇者は踵を返すと歩き出し、教会をでると転移魔法を発動した。
神官「あれは…勇者なのですか?」
神官が、怯えたように、司祭に尋ねる。
司祭「…ええ、勇者です、今、人類のために必至になって戦っている、俺たちの知る勇者ですよ」
司祭は、願うようにそう応えた。
勇者は魔物の巣くう岩石地帯へ移動すると、迫る狂気に歯を食いしばりながら、一頭の巨人を瞬殺する。
吹き出る血を飲みほし、すぐさま転移魔法、すでに正気があいまいになる。
魔王城を駆け抜け、魔王の間へ、そこに魔王の存在を認めた勇者は、あとは狂気に身をゆだねた。
竜巻のような乱舞の激突の末、二人はお互いに後方へ吹き飛ぶ。
魔王「…っ」
着地と同時、魔王は手のひらを前方へ突出し、野球ボールほどの大きさの光球を30個召喚、勇者へ向け放つ。
魔王「!?」
しかし、視界の先にすでに勇者はいない。
魔王は視線を上へ、双刃を振りあげ、上空から切りかかる勇者を視認する。
魔王は、手のひらを上へひねる、放たれた光球が急旋回し、上空の勇者へ迫った。
対し勇者、魔力で自分の体をはじき、迫る光の球を避ける。
落下運動の中、光弾を躱し切りそのまま魔王へ切りかかる。
魔王はバックステップで回避。 一本の刃が頬を掠めた。
魔王「つっ」
床に激突する二つの刃、勇者の着地地点に、ワンテンポ遅れて光球が着弾。
30発の光弾が雨のように降り注ぎ、粉塵が巻き上がる。
勇者「ウ゛ォォオオオオ゛ッ」
音速の加速により粉塵を蹴散らし、迫る勇者。
その直線的な動きを読んでいた魔王
魔王の手のひらから放たれる疾風魔法弾が、勇者の胴体に着弾した。
勇者の体がくの字に曲がり、後方へ吹き飛ぶ。
空中、身動きの取れない勇者へ向け、30発の光弾が迫る。
光球がそれぞれ勇者の両手両足に着弾。
勇者は絶叫し、手足から煙を吐きながら地面を転がった。
唸り声をあげ、立とうとする勇者、しかし、手足のダメージが深く、立ち上がることができない。
立ち上がろうともがく勇者の頭部に魔力を込めたかかと落としが叩きつけられた。
勇者の頭部を中心に弾ける漆黒の魔力、頭を地面に押し付け、勇者の意識を断ち切られた。
魔王「……」
足を勇者の頭部に押し付け、頬から血を流しながら、魔王は憎らしげに勇者を睨んだ。
私は屈しない
どんな痛みにも
どんな困難にも
私は屈しない
どうか女神様、ご加護を
魔王の間の扉が開く。
同時に魔王は自分の周囲に30の光球を召喚し周囲に浮遊させる。
勇者が雄叫びを上げ迫る。
まず15の光弾を、勇者へ向け放つ。
対し、勇者の体が発光した。
魔王「!?」
勇者へ向け放たれた光弾が、勇者に着弾する前にすべて爆ぜた。
勇者が魔王へ向け地面を蹴る。
勇者が魔王との距離を詰めると同時。
魔王の周囲、残った15発の光球が勇者へ向け迫った。
同時、魔王はバックステップ。
そして先ほどの発光を意味を知る。
魔王の目がとらえた。勇者の体から放射状に放たれる雷撃を。
それが、迫る光球をすべてを蹴散らしたのだ。同時に光による目くらましの効果も、この距離になって初めて魔王は知った。
目を細める魔王へ向け振るわれる刃を、魔王はすんでのところで避ける。
この勇者、ただやみくもに襲ってくるだけではなく、学習能力が備わっている
この事実に魔王が舌打ちする。
放射上に拡散した雷撃にそこまでに威力はない、しかし、目くらましと、若干のダメージが鬱陶しい、加えて先の戦闘で有用だと判断した光弾の戦果が期待できない。
また一から戦闘を組み立てなおさなくては
勇者の振るう刃を屈んで回避、勇者は勢いもそのままに体を回転させながら、第二、第三の斬撃を次々繰り出してくる。
まるで黒い竜巻のように体を回転させ、二刀の刃が無駄なく魔王を襲う。
その二刀の刃を魔力を込めた腕で捌き、勇者の懐へ踏み込む魔王。
同時、勇者が放射雷撃、その攻撃に、魔王の体が刹那ぎょっと停止する。
その一瞬の隙――しかし、魔王の放射暗黒魔法が、勇者の体を吹き飛ばした。
床を滑りながらも足を踏ん張り、勇者の体が停止――矢のように迫る魔王の蹴りが、勇者の腹部に突き刺さった。
口から血を吐き出しながら、勇者は後方へ吹き飛び、壁に体を激突させる。
魔王は、以前と同様、連続蹴りで終わらせようとするが――
魔王「ち」
勇者の移動は早かった、激突した壁の反動を利用して移動し、魔王から距離を取る。
先ほどの蹴りを、後方へ飛ぶことでダメージを軽減し、回避できる余裕を持ったか
同じ手は通じない? ならば、次の手を出すまでだ。
喉を鳴らすような唸り声をあげ、魔王の出方をうかがう勇者。
対し魔王は、屈みこみ、自分の影の中に手を入れた。
影からすくい上げられる等身大程に巨大な斧。禍々しい装飾の施された、漆黒の魔力をほとばしらせる斧だ。
勇者は、その危険性に本能的に気が付いたのか、じりと半歩後退した。
その背後に、魔王
勇者「!?」
魔王はバックステップを踏み、斧を振るう。
斧の刃は勇者に触れない、しかし斧から放たれる黒い斬撃の衝撃波が、勇者の体に直撃した。
黒い魔力がほとばしる、漆黒の爆発の爆心地、黒い煙を上げながら勇者の体が膝から崩れ落ち、地面に倒れた。
私は屈しない
どんな辱めにも、どんな痛みにも
私は…屈しない
黒い影のみが辛うじて視認できる超高速戦闘のさなか
幾百の交錯と激突の末、魔王の斧に亀裂が走った。
魔王「……」
しかし魔王は構うことなく勇者に対し斧を振るう。
勇者「ガァァアアアッ」
咆哮と共に放たれる二刀のX斬りが、魔王の斧を切り裂いた。
砕け散る斧、破片が周囲を覆う。
勇者は放射雷撃を放ち、残骸を弾き飛ばす。
しかし、目前に魔王はいない。
やはり、背後には魔王。
勇者「――ッ」
勇者はとっさに剣を背後へ振るう。
0.1秒遅かった。
漆黒魔法の直撃を受け、勇者は床に体を横たえた。
魔王(殺さない最低限度の魔力量は把握した……しかし、勇者の反応…そろそろこの方法も潮時か?)
とにかく、細心の注意を払って次に備えるとしよう
声がする
なぜ、何もして下さらない?
声がする
なぜ、ただあなたは見てるだけなのですか?
声がする
……これも……試練なのでしょうか?
声がする
…私は……
光球が、放射雷撃によって爆散する。
同時、魔王の影が、本体から分離し、光と衝撃に紛れて勇者の背後へと回り込む。
魔王の能力の一つ、自身の影を分離させ、その場所にワープする。
その移動の際、物理的な余波は一切発生せず、移動時間もゼロに等しい。
現状の勇者の野生の勘は侮れないものがあり、斧や、このような派手な攻撃をフェイクにし、影を紛れ込ませていた。
この方法で3度勇者を沈めている。
しかし魔王は慢心しない。
いつでも反応できるよう、特に移動直後には特に気を張り、今回もワープを発動する。
ワープ、同時、勇者の刃が魔王の眼前に迫った。
魔王(やはり)
覚悟をしていた魔王は、その攻撃をサイドステップで避ける。
何か目の引く攻撃があった直後、瞬間移動があることに直観的に感づいているのだろう。
避けに回り、体制を崩した魔王へ、勇者の追撃が襲いかかる。
嵐のような二刀流の乱舞。
魔王「っ!?」
魔力を込めた手刀で受けきれない。
勇者の剣技がここにきてさらに荒々しさと鋭さを増していることに、魔王は顔をしかめた。
影移動で、その場から離脱。
しかし勇者、すぐに魔王のいる場へ飛びかかる。
魔王「――!?」
移動の母体が影であることまで気が付いている!?
想定を超えた勇者の動きに魔王に動揺が走る。
知能がそこまで高い印象は、今までの戦闘ではなかった。
本能のみで戦う存在が、そこまで注意力を払えるものなのか――?
ワープ直後、複数の想定外の自体に、魔王が混乱したコンマ数秒――
魔王「!」
魔王は見た、勇者の髑髏兜の闇の奥――意思を持った瞳の煌めきを―
魔王(まさかこいつ――意識を保った状態で――)
魔力を込めた呪刃の双閃が、魔王の左腕を切り飛ばした。
魔王「ッ――」
腕―余の――
魔王「――キィサマァァァッ!!」
激痛と共に、魔王の意識が怒りに飲み込まれる。
右手から放たれた最大出力の暗黒魔法が、勇者を消し炭にした。
魔王「――しまった!」
怒りによどんだ魔王の瞳が、次の瞬間には正気に戻る。
左手から吹き出す血を、筋肉を圧迫することで止血する。
しかし、血を流し過ぎたらしく、魔王はふらりと、一度立ちくらみした。
魔王の背筋に悪寒が走る。
魔王の間の扉が勢いよく開き、全回復した勇者が襲いかかってきた。
怖えw
勇者(勝てる)
狂気に飲み込まれそうな意識に歯を食いしばり、勇者は魔王へ向け刃を振るう。
片腕を失い、連戦の疲労も見える魔王に対し、勇者は勝利の予感を感じていた。
勇者の怒涛の攻撃に対し、魔王は片腕では防ぎきれず、防御を抜けた刃が、肩や頬、足を掠めてゆく。
確実に押している、ダメージも入っている、今までにない手ごたえだ。
勇者(勝てるっ!)
魔王「……」
魔王の鮮血が飛び散る。
傷は浅い、しかし確実にダメージを蓄積させている
勇者の連続斬撃を、魔王は片腕でいなし、弾き、躱す。
躱す
避ける
弾く
そらす
いなす
防ぐ
受け流す
……
勇者「……ッ!」
魔王の防御行動を抜け、傷は入る、しかしいつまでたっても致命傷に届かない。
しかも先ほどから、魔王はまったく攻撃に転じようとしない
ざわりと、勇者の脳髄を狂気の黒い靄が撫ぜた。
その一瞬、視界が赤く染まる。
しかし、歯を食いしばる。
狂化状態では、おそらく影の瞬間移動に対応できない。
ここで決めるんだ。 この最高の状態で、こいつを――魔王を――
勇者「ォォォォオオオオオオおおおッ!」
剣技では、埒が明かないと察した勇者は、大きくバックステップを踏む。
魔王と距離が開く、しかし案の定魔王の追撃はなかった。
こちらが意識を失うのを待ってから攻勢にでるつもりなのだろうが
そうはさせない
魔王の思惑を読み切った勇者は、充分な距離をとると、呪文を叫んだ。
勇者「極大雷撃呪文!!」
詠唱と共に、勇者の両手が突き出された。
腕の動きと連動するように放たれる強大なプラズマが、魔王へ向け稲妻の速度で迫る。
魔王「」
魔王はサイドステップでその雷撃を避けた。
勇者「おおおおおッ」
魔王「!」
魔王が避けた雷撃の直線状に移動する勇者。
自身の放った呪文を追い越し対面した勇者は、迫る雷撃を両刃で受け止める。
雷撃を纏った二振りの呪刃を振り上げ、勇者は魔王に迫る。
勇者(これで――)
魔王「―ッ」
勇者(終わりだァァぁアあああアッ)
雷刃が魔王へ
アドレナリンの上昇と共に、勇者の意識が狂気に飲み込まれた。
しかし関係なかった。
ここまでくれば、もはや意識の有無は関係ないのだ。
この刃が届けば――勝つ
魔王の拳が、勇者の二刀の刃と交錯するように放たれる。
クロスカウンター
それは勇者の刃が魔王に届く――よりも速く
勇者の顔面を打ち抜いた。
勇者(勝――)
勇者は、頭を起点に体を錐もみさせさせながら吹き飛び、地面を何度もバウンドし、壁に体を打ち付けた。
強烈なカウンター攻撃である。
それは勇者の意識を削ぐのに十分以上の成果を上げた。
体をピクピクと痙攣させるが、勇者は倒れた姿勢のまま、起き上がる気配はなかった。
魔王(……信じられん)
魔王は冷や汗をぬぐう。
危なかった。 少なくとも勇者との戦闘で命の危険を感じたのは初めてである。
そんな状況にまで追い詰められたことに、魔王は戦慄する。
あの絶望的な戦力差が、ここまで詰まることに、驚きを禁じ得ない。
認めるだけでは足りなかったのだ。
この勇者は、確実に我ら魔族の脅威となりうることを
魔王はこの時、初めて確信した。
勇者ってこんな恐かったのか…
勇者敗北一日目
側近「魔王様…」
魔王「…側近か」
荒れ果てた魔王の間の王座に座り、魔王は気だるげに側近へ視線を移す。
側近「傷の具合は、いかがでしょうか?」
魔王「左腕は、もう戻らん、他にも浅くはない傷がいくつかある、…一週間では直りきれんな」
側近「……」
魔王「余の甘さだ、甘んじて受け入れるさ」
側近「…」
魔王「なんだ? 何か用があったのではないのか?」
側近「は、非常に申しあげづらいのですが……大魔王様がお呼びです」
魔王「! 大魔王様が?」
側近「は、…どうやら魔王様の魔力の衰弱を察したようで…」
魔王「…」
魔王は、失った左腕に視線を落とす。
魔参謀「…いかがなされますか?」
魔王「……他ならぬ大魔王様直々の呼び出しだ、行くしかあるまい…」
魔王はそう言うと立ち上がった。 ふらりと体が一瞬揺れる。 まだ勇者からの傷がうずく。
魔王「しばし留守を任せた。 それと…例の件はどうなっている?」
側近「そちらの方は…はっきりとしたことは言えませぬが……手ごたえは感じております」
魔王「ほう」
側近「うまくすれば……次の勇者の死亡に間に合うかと」
魔王「久しぶりに良い知らせだ、そのまま頼む」
側近「御意」
魔王が王座の裏に回ると、そこに備え付けられた隠し階段が開いた。
その魔界へと続く道を魔王は歩き、人間界を後にした。
今日はここまでです。 続きは明日投稿します。
乙なんだよ
さて明日が来たわけだが
乙
もはやどっちが勇者かわかんねえわ
怖すぎる
いやこれは魔王側の方がやってることエグいだろ
人間側から見れば魔王のやってることはエグいが魔族がわからみたら勇者のやってることはエグい
この勇者は無抵抗の一般の魔物を虐殺やら拷問やらはしてないように見えるけど、なのに人間側から見た魔王のように魔王側から見た勇者がエグいってのはおかしくね
単に、執念とほぼ本能で殺しにかかる勇者とそれを理性で撃退する魔王を見て、どっちが人間=勇者かわからんって話だろたぶん
ここまで魔王らしい魔王は久しぶりに見たな
面白いな
期待
魔界――大魔王城、大魔王の間
巨大な王座に鎮座する、大魔王に対して魔王はひざまずいた。
赤い体、5メートルはあろうかという巨体を持つ大魔王は、じっと魔王を見つめた。
大魔王「魔王…なぜ呼ばれたかわかるか?」
魔王「……私の魔力が弱まったからでしょうか?」
大魔王「そうだ、その姿は、どうした?」
魔王「…勇者との戦いで負った傷です」
プッと吹き出すような声が、大魔王の横で上がった。
魔王「…何か?」
魔王は、視線を横へ向ける
大魔王の左右に扇状の列を作っていた計11人の内の魔族の一人、女の魔王と目が合う。
女の魔王「いえ失礼、まさか人間ごときにここまでやられるなんて、とんだ王族の恥さらしだと思いまして」
銀髪の魔王「そういってやるな、こいつは俺達の中でも最弱、落ちこぼれだ、むしろよく生きて戻ってこれたとほめてやるべきじゃないか?」
女の魔王「まぁおなんて寛大な、でも確かに…その通りですわね」
嘲笑の目を向けながら、女の魔王は口を閉じた。
魔王「……」
魔王族、12人の魔王と、1人の大魔王の計13名のみ存在する種族である。
先ほどの女の魔王と、銀髪の魔王が言ったことは事実であり、13名の魔王族で最弱の魔王である自分に、何も言い返すすべはない。 魔王族で最も弱いのも事実、人間に傷を負わされたのも事実。 反論しても、瞬殺される。
屈辱に右手を握りしめ、魔王はただ耐える。
それほどの差が、自分とほかの魔王たちには、ある。
……勇者、余を倒したところで、その先にはさらなる絶望しかないのだ
おそらくここにいる方々ならば、貴様なぞ、指一本で軽くひねることができるだろう。
それが12人だ。 何度よみがえり、奇策を施そうが……
大魔王「魔王よ」
大魔王の言葉に、魔王の思考が途切れた。
大魔王「…人間界に侵入できるのは、貴様のみだ、ゆえにこの作戦を任せている」
魔王「……」
でなければ誰がこんな、人間に手こずるような奴を送り込むものか、そういう事だろう
大魔王「だがな、こちらも、大魔力を持った魔族を人間界に送る術は検討することにした、貴様の魔結界の完成を待たずとも済む様にだ、この意味は分かっているな?」
魔王「……は」
危うく勇者に殺されそうになった自分の、その情けない現状が招いた当然の帰結だろう、この屈辱にも耐えるほかあるまい
女の魔王「情けないことこの上ないわね、こっちは天使と戦いで忙しいというのに…無駄な手間よ」
魔王「……」
大魔王「もう良い、下がれ」
魔王「は」
魔王は、大魔王の間を後にした。
魔王「……」
大魔王城を出た魔王は、カッと目を見開き、空へ向け魔力を解き放った。
放たれた漆黒の光線が、魔界の赤い空を貫き、どこまでも昇ってゆく。
魔王「……クソ」
魔王は、苦虫を噛み潰したように顔をゆがめ、人間界へと足を向けた。
側近「魔王様、よくぞご無事で」
魔王「うむ」
魔界から帰還した魔王を、側近が迎える。
側近「さっそくご報告したいことが」
魔王「ほう」
側近「奴が、おちました」
魔王「! 今は何日だ? 勇者は?」
魔界で過ごした時間は半日にすぎなかったが、魔界の人間界では時間の流れが違うのだ。
側近「まだあと一日あります、魔王様がお戻りにならなければ、独断で進めようと思いましたが、間に合って幸いでした」
魔王「うむ」
魔王は、顔に笑みを浮かべ、歩き出した。
魔王(勇者……お前はいったいどんな顔をするんだろうな)
それ考えると、先ほどまでの不愉快な気分が晴れた。
司祭「オルガってのは、要するに超小型の魔物だ」
魔法使い「魔物? スラきちみたいな?」
そう言って彼女は、胸に抱いたスラきちを撫でた。
スラきち「ピ?」
司祭「ああ、イメージとしてはそれであってる、そいつらは魔物の体内では無害な存在だが、一度人間の体内に侵入すると、変身し、宿主の細胞を攻撃するようになる」
戦士「zzz」
勇者「オルガって、スラきちの中にもいるのか?」
司祭「ああ、いる」
魔法使い「え゛」
魔法使いは胸に抱いたスラきちを手放した。スラきちが地面に転がる。
スラきち「ピー!」
司祭「まあ、ただ触れる分には問題ない、オルガ自体は空気中での生存能力は高くないからな、魔物の唾液や血液などを口から摂取するくらいじゃないと、魔物からの感染は起こりえない」
ぷりぷり怒るスラきちを無視して、司祭は言葉をつづけた。
僧侶「ではなぜ、人々はオルガに苦しんでいるのでしょうか?」
司祭「それは、変身したオルガだからだ」
魔法使い「んー? 頭がこんがらがってきた」
司祭「人間の体内に入りこみ、増殖したオルガ…便宜上オルガ2と呼ぶが、こいつは人間の呼吸と共に外に飛び出し、他人の体に入りこむことができる」
勇者「…空気中での生存能力が高まるってわけか」
司祭「そうだ、いつまでも空気中を漂っているわけではないが、感染者を増やすには十分な時間だ」
魔法使い「はいはい! 質問であります! そのオルガ2が魔物に感染したらどうなるの?」
司祭「オルガ1に戻る」
魔法使い「は?」
司祭「原理は一切不明だ、おそらく魔物の仲間意識に近いんじゃないか?」
魔法使い「なんか……すごい違和感、そんな都合のいい生物っているの?」
司祭「実際いるじゃないか」
魔法使い「でもさ、その性質はオルガが生きていく上でどんなメリットをもたらすわけ?」
司祭「快適な宿主を守るための防衛行動とか、いくらでも理由は考えられるが……そんな言葉は、人間から見れば大半の魔物に当てはまるだろう」
魔法使い「まぁそうなんだけどさ…」
魔法使いは何やら考え込んでいる。
僧侶「お兄様、そろそろ、私たちに教えていただけませんか?」
司祭「おお、そうだった、横やりが入るもんだからつい長引いちまったな」
勇者「勝手にしゃべりだしたのはお前だろうが」
司祭「お? なんだ? お前らが何も知らないアホずらしてるから教えてやったんじゃないか」
魔法使い「…ほほう、喧嘩ね、買うわよ、戦士が、さあ目覚めなさいあなたの出番よ」
魔法使いは傍らに寝むる戦士をペチペチ叩いた。
戦士「ふが……なんだ? 飯か?」
司祭「戦士、お前と戦うのはいつ以来だろうな? 人のありがたい話を前にぐうぐう眠りやがって」
戦士「お? なんだ? 喧嘩か?」
僧侶「なんでこんな時だけ察しがいいんですか! 違いますよ! 旅立つ私たちに、お兄様がオルガの解毒魔法を教えてくれるって話だったじゃないですか!」
火花を散らす司祭と戦士の間に割って入り、僧侶が叫んだ。
司祭「ああ、そうだったっけ」
戦士「ああ? そうだったっけ?」
僧侶「オルガの感染対策はこれからの旅でも必須だ、だから俺と魔法使いも覚えたいって言ったのは勇者さまですよ、この場をなんとかおさめてください」
勇者「…ああ、悪かった…ちょっとドヤ顔の長話にイラッとしただけで…申し訳なかった」
司祭「はは、勇者、まず歯を食いしばれ、話はそれからだ」
……
勇者は、目を覚ました。
場所は…牢獄の中、格子の向こう側に毒々しい色の花が見える。
勇者は、戦慄した。
この場所で明瞭な意識があることに、こちらに手をかざす神父の姿に、その傍らで無表情にこちらを見下す魔王に
勇者は視線を自分に向ける。砕け散った装備の破片が床に散乱している。 解呪呪文で装備をはがされたのは明らかだ。
…と、いう事は…
神父「すまない…勇者」
猿ぐつわをかまされた口を開き、勇者は、愕然とした表情で神父の男を見つめた。
信じられなかった、女神に忠誠を誓った神父が、解呪魔法を会得すほどに信仰深い神父が、魔王に寝返るなど…
神父は勇者の心臓に手をかざす。
勇者は知っていた、その行為の意味を
心臓に注がれる微弱な聖魔法
それが心臓にポンプされる血流にのって全身を行き渡り、体内のオルガを死滅させた。
勇者「……ッ」
体のだるさが嘘のように消えてゆく。
勇者はただ茫然と神父の男を見つめていた。
今になっても信じられない。
この目が見たものを確信できない。
なぜ? なぜ? なぜ?
神父「……」
神父は勇者の視線か逃れるように顔をそらすと、口を開いた。
神父「私は…間違っていない…女神様は…見てくださっている……」
勇者「!?」
神父「勇者…これからあなたに与えられる試練を乗り越えれば、きっとあなたも私のことをわかってくれるだろう…………」
神父はそれだけつぶやくと、逃げるように牢から出て行った。
神父とすれ違うように魔王が勇者の前に立つ。
勇者「ッ」
勇者は魔王を睨む。
そんな勇者に対し、魔王は不敵な笑みを浮かべた。
魔王に寝返りながら、なぜあの神父は神系魔法が使えた?
わからない
少なくとも神父は、女神様への信仰を捨てずに、魔王に従ったことになる。
どうやって?
わからない
……なぜ女神様は……神父に力を与え続けている?
わからない
捉えられてから二日が過ぎた、拷問はない……何もしてこない、なぜ?
わからない
神父の最後の言葉の意味は…
…わからない
わからないことが多すぎた
勇者はただ恐怖した。
ガチャリと牢が開く音がした
勇者はビクりと、視線を上げる。
魔王「勇者、元気そうだな」
魔王…その傍らには、若い女がいる。
女は恐怖と戸惑いの入り混じった表情を浮かべながら、あたりを見渡している。
勇者はこの女に、見覚えがあった。 かつて旅の途中で救った村の娘だ。
魔王「この女に、貴様の面倒を見てもらう」
勇者「……?」
魔王「入れ」
女「ヒッ」
女は、勇者のいる牢の中に突き飛ばされた。
牢が閉まる。
魔王「せいぜい世話をしてもらうといい」
魔王はそういうと、踵を返し去って行った。
勇者「……」
女「……」
勇者は、女を見る。
痩せた、頬のこけた女、その女は目を合わせると、弱弱しく微笑んだ。
女「勇者様…こんな形ですが、またあえて光栄です」
勇者「…」
勇者は、猿ぐつわを外すよう目で促す。
女「勇者様、残念ですが、それはできません、勇者様からは見えませんが、それ鉄で錠がされとります」
勇者「……」
女「それにおらの親兄妹が人質になっとります、ただおらは、勇者様の世話ば仰せつかっただけです」
勇者「……」
女「ふつつかもんですが…よろしくおねげぇします」
勇者「……」
勇者は、またわけがわからなくなった。
女「勇者様……、ささ」
女はスプーンに救った粥を、勇者の猿ぐつわの方へ差し出す。
勇者の口を拘束している猿ぐつわは、中央に貫通した穴があり、そこから食物を通すことができた。
穴を通して流し込まれる粥を、勇者は飲み込む。
毎日一度、勇者と女がいる牢獄には食事が出された。
毎日変わらず、二枚の食器に粥が乗せられている。 味のない粥であり、ただ栄養を取るためだけのものだ。
両手両足を拘束された勇者は、それを女の介護を借りて食べていた。
そんな生活を続けて三日、その日、勇者は気が付いた。
女「ささ、勇者様」
女の差し出す粥を、勇者は首を振り拒んだ。
女「勇者様…まだ半分しか食べておりませんよ」
勇者「……」
違う、勇者は気が付いていた。 二枚の食器に入れられた粥、女はそれを取るとき、隠れるように自分の分を勇者の食器に移していることに。
それでも少なすぎる量だ。
痩せた女を、勇者を目で制した。
女「……お気づきになりましたか」
勇者「…」
勇者はうなずく。
女「お優しい……こんな状況でも、勇者様は…やっぱり優しいのですな」
勇者「…」
女「勇者様…おらを覚えておいでですか?」
女の問いに、勇者はうなずいた。
女「ほんまですか…うれしかぁ」
女は顔をほころばせた。
勇者「……」
女「魔物に困ってたおら達を、救ってくださった恩、微々たるもんですが…返させてくだせぇ」
勇者「…」
勇者は首を振り、女をにらむ
女「……勇者様」
勇者「……」
女「…ありがとうございます」
女は、あきらめたように、粥を自分の口へ運んだ。
二週間が、何事もなく過ぎた。
そしてその日は訪れた。
声が、聞こえる、うごめくような、いびきのような声
牢屋に響く声。
その正体を、俺は知っている。
勇者は、猿ぐつわを食いしばり、苦悶の表情でその声を聴き続けた。
牢が、開く。
魔王「入れ」
少女「……」
ぶるぶると体を震わせながら、まだあどけなさの残る少女が勇者の牢に入った。
勇者「……ッ」
勇者は、目を見開き、魔王を見た。
魔王「貴様が信仰を捨てれば、今すぐにでも解放してやる」
魔王はニタリと笑うと、牢を後にした。
少女「いびき…?」
牢に響く声に、少女は怪訝な顔でそうつぶやいた。
違う
勇者は否定する。
この声の主は、昨日まで自分の世話をしてくれた女だった。
昨日、魔王が牢を訪れ、そして
そして……
魔力で女の体を無理やりゆがませ、球体の肉団子に変えたのだ。
痛覚はそのままに、だ。
一度経験したことのある勇者はわかる。
その苦痛は、想像を絶する。それが継続して続くのだ。
生きている限り、魔王が解こうとしない限り。
この声も、最初は悲鳴のように力強かった。
しかしそれも今、うめくような軋んだ声に変っている。
肉団子になった女は、牢の奥に移動させられた。
ただ声だけが、勇者の耳に入るように。
苦痛の声が。
あの優しい人を……
俺が信仰を捨てるまで。
魔王はこれを繰り返すのだろう。
次はこの少女というわけだ。
この少女にも見覚えがある。
やはり、かつて救った町の子供だ。
少女「……勇者さま…せっかく救っていただいたのに…こんな形で再開してしまい、申し訳ありません」
少女から感じられる優しさに、勇者はただ震えた。
……
声がする
無数の声が
5人の肉団子の合唱
胸が張り裂け、頭がどうにかなりそうだった。
なぜ自分は何もできないのだろう
なぜ……女神様は助けてくれないのだろう
皆優しい人間なのだ、こんな苦痛を受ける咎などない、普通の…優しい
なぜ……なぜ……なぜ…
うめくような声が響く牢屋、勇者のいる牢が開いた。
勇者はビクりと、魔王を見た。 今回は一人のようだった。
勇者の頬はこけ、髪はストレスから白く染まっていた。
痩せ細った体は常に震えている。 精神状態に異常をきたしているのは明らかだ。
しかし、信仰は捨てない。
魔王「貴様がここにきて、もう半年か?」
魔王は、憎々しげに勇者を睨んだ。
魔王「本当の勇者なら、皆を救うため、自己犠牲をするものではないのか?」
勇者「……」
勇者はただ震え、うつろな瞳を上下させた。
魔王「……」
そんな勇者の姿に、魔王はため息を吐いた。
魔王「勇者、少し話をしようか」
勇者「!」
魔王「余は、魔界から来た」
勇者「…」
魔王「魔界には、魔王が余のほかに12名いる」
勇者「……!」
魔王「恥を覚悟で言おう、余はその魔王たちの中で最も弱い」
勇者「!!??」
魔王「嘘ではない、事実だ、他の魔王にかかれば、余など片腕で瞬殺される」
勇者「……っ」
魔王「まぁ、それだけ弱い余だからこそ、《この》人間界に来ることができたのだがな」
魔界と《この》人間界をつなぐゲートを通るには、内包する魔力量に上限があった。伝えられる情報量に限度があったのだ。
魔王「だから余は今、《この》人間界に対し干渉し、他の魔王が通れるようゲートの拡張を行っている」
勇者「……」
魔王「わかるか? 勇者、さらに言えば、今余を倒し、ゲートの拡張を防いだとしても、魔界の技術向上によっては、いつ他の魔王たちが人間界に侵攻してもおかしくないのだ」
魔王「余ごときにこの様である貴様に、他の12人の魔王を倒せるのか?」
勇者「……ッ」
魔王「もう一つ、話しておこう、女神についてだ」
勇者「!」
魔王「そもそも、なぜ余が人間界に攻撃を仕掛けるかわかるか?」
魔王「女神…神族の力は、人間の信仰心から得られるからだ」
勇者「…!」
魔王「魔族はな、鼻から人間界の支配など興味はないのだよ、神族の家畜を駆除し、力を弱めたところを叩く作戦なのさ」
勇者「……」
家畜、その言葉が、いやに耳に残る。
家畜だから…助けてくれない?
家畜だから…こんな目にあっても、細々構っていられないってことか?
いや、だとしたらおかしいはずだ、いうなれば人間は食糧、それが今なくなろうとしているときに、神が干渉してこないのはおかしいではないか
魔王「一つ言っておくが、神は干渉しているぞ」
勇者の思考を読み取ったかのように、魔王は言った。
勇者「!」
魔王「人間界が一つだけだとでも思ったのか?」
勇者「……!?」
魔王「より人口の多い世界では、神の使いである天使と魔物が熾烈な戦いを繰り広げている、この世界は、数ある人間界の中でもっとも小さい世界だ」
勇者「……ッ」
魔王「神はこの世界をとっくに見放しているのさ、だからこそ、余はここで人間界の研究が行えているわけでもあるがな」
勇者「……」
魔王「いかに自分が小さい存在か、わかったか?」
勇者「……」
魔王「さて、本題に入ろう」
魔王はそういうと、片手を上げた。
うめき声を上げる肉団子が、魔物に運ばれ牢の前に並べられる。
勇者「…っ」
魔王がパチンと指を鳴らすと肉団子が人間の形へと戻った。
皆ぐったりしている。
突然の苦痛からの解放、しかし、体は震え、うまくコントロールできないようだった。
そんな中で、最も長い期間肉団子として過ごしてきた女が、弱弱しく勇者を見、そして言った。
女「勇者…様……助げて…」
勇者「っ」
魔王「連れて行け」
魔王の命令を受け、魔物が五人を引きずっていく。
魔王「勇者、一日待つ、明日、信仰を捨てていれば、あの者どもは生かしたまま元の村に返そう、約束する」
勇者「……ッ」
魔王「もし、信仰を捨てていなければ、五人はまた肉団子だ、そしてまた、貴様に恩のある者をさらい、ここに連れてくる、貴様が信仰を捨てるまで、何度でもだ。 わかったな?」
魔王はそれだけ言うと牢を後にした。
勇者「……」
女神にとって
神にとって、俺たちは家畜……
だから、助けない
善人だとか、そういうのは関係ないと
ただ、信仰さえあれば……
だから、勇者なんて存在を作っただけであとは放置か
こんなに苦しいのに
あんなに努力したのに
女神を信じて
僧侶は心壊した
俺を解呪した神父は歪んだ
今、あの神父の言葉の意味がわかった気がした
女神様は無意味な試練を与えない
女神を信仰する者が、一番最初に教えられる言葉だ。
なぜなら女神は、人々を幸福にするために存在するから
だから……この先に、自分の行いの先にも幸福が待っていると……あの神父は、信じたのだ。
その気持ちもわからないではない。 神父が動くことで助かる命がある。
目の前で地獄の苦しみを味わっている人々を、神父の行いで救うことができるのだ。
俺も、同じ立場だったら、そうしたかもしれない。
だから神父は、自分の中の信仰を捨てることなく魔王に手を貸すことができた。
女神の慈悲の心を信じ、目の前で苦しむ人々を救ったのだ。
勇者は自嘲する
この局面で魔王に手を貸すことが、この人間界にとってどれほどの損害になるか、わからぬ女神ではあるまい。
しかし、神父は神系魔法を使うことができた。
それがすべてだ
そう思った。
女神は、信仰さえ持っていれば、その人間の行いは問わない。
なぜか?
家畜だから
勇者はくぐもった笑い声を上げる。
あの魔王より強い魔王があと12人?
あの魔王を倒しても、他の魔王が攻めてくる?
女神も助けてくれない
俺もこのざま、
もう……もう……
今の俺にできることって…
勇者は、明日、魔王の目の前で信仰を捨てようと、そう決めた。
俺の為に苦しんだ人々を救う
交渉次第でできるはずだ。
その後世界が滅ぼされては同じなのだろうが
少しでも、あの優しい人たちの苦痛を減らしてやりたい。
まだ自分にできることがあるとすれば、やはりあの神父と同様、それくらいしか思いつかなかった。
??「勇者様……やっと……会えた」
勇者「……」
神官「……勇者…か?」
勇者「……!?」
勇者は目を見開く。
辺りを見渡し、見慣れた祭壇に立っていることを確認する。
勇者(死んだ? 俺が……)
なぜ? どうやって……?
疑問が頭の中でループする。
そんな勇者の横で、まばゆい光がはじけた。
司祭「…ふう」
粒子を散らしながら、司祭が勇者の横に立つ。
勇者「お前が…助けてくれたのか?」
司祭「……!」
司祭は、勇者を見て、目を瞠った。
白く染まった髪、こけた頬、痩せこけた体。
腕や目元が、小刻みに震えている。
それだけで分かった。
この半年間、どんな状況に勇者がいたか。
助けだせてよかったと思う。
しかし同時に……また別のことを司祭は考えずにはいられなかった。
この勇者に……この弱り切った若者に……はたして魔王が倒せるのか?
倒さなければならないのだ。
もはや後戻りはできない状況なのだ。
しかしその勇者がこのありさまでは――
司祭「…ああ、無事…でよかった」
勇者「無事?」
勇者の顔が強張る。
勇者の気配が変わったことに、司祭は緊張を高めた。
勇者「お前このありさまを見て…本気でそう思ってるのか―」
兵士「勇者さま」
勇者の言葉は、突然教会へ入った数名の兵士によって途切れた。
勇者を見た兵士の目が驚きに染まる。
しかし兵士は事務的といった様子で言葉をつづけた。
兵士「王がお呼びです、ご同行願います」
勇者「……!」
勇者は泣き出しそうな顔になった。
勇者「まってくれよ……疲れてるんだ……後にしてくれないか?」
司祭「勇者、行け」
勇者「!?」
勇者は信じられないといった顔で司祭を見た。
勇者「俺のこのざまを見て、お前はそんな事を言ってんのか!?」
勇者は司祭へ向け怒鳴る。
司祭「ああそうだ、行け」
勇者「お前……っ」
司祭は、キッと勇者をにらみつける。
司祭「お前は、堂々と、勇者らしく、弱音を吐かず、行け」
勇者「ふざけんな……俺があの場所でどんな…」
司祭「頼むから!!」
司祭は叫び声を上げた。
司祭「頼むから! 弱い言葉を吐かないでくれ! 頼むから! 堂々としていてくれ! そうじゃねぇとみんなが浮かばれないんだ!!」
ほとんど悲鳴に近い声で司祭は勇者に迫る。
勇者「みんな……? みんなって」
司祭「3万人だ」
勇者「!?」
司祭「勇者奪還作戦に参加した命の数だ」
勇者「は?」
司祭「お前を助けるために、みんな命を捨てて魔王に挑んだんだ」
勇者「3…万?」
司祭の瞳から涙がこぼれる。
志半ばで息絶えた若者を知っているから。
皆に思いを託し、死に絶えたものを知っているから。
司祭「魔王城での決戦になれば、誰も生きて帰れないと覚悟しながらもな! 実際みんな魔王に殺された! だが、お前はここにいる! この意味が、分かるか!?」
勇者「……っ」
勇者は、顔をゆがめる。 そんな勇者の両肩をつかみ、司祭は懇願するように口を開く。
司祭「だから勇者……頼むから……みんなの覚悟を、思いを、無駄にしないでくれ……っ」
勇者「……」
勇者は茫然と、司祭を見つめる。
3万…? 俺を救うために?
そんな……
そんな
3万の兵士を、1000人の魔法使いが転移魔法で送り出し、魔王城への電撃攻撃は行われた。
突然の人類の反撃も、しかし魔王にとっては向かってくる蟻を踏みつぶすに等しい
ただ数である、三万ともなれば、いかに強力な魔法で蟻を蹴散らそうとも、そのすべてを瞬時に殲滅させることは不可能であろう。
ゆえに、勇者救出の成功率は高いといえた。
ただし、その代償もまた、極めて高かった。
三万の作戦参加者のうち、転移魔法で逃げおおせた20名を除き、魔王城の強力な魔物や魔王にすべて殺された。
それが、勇者の聞いた、自分を救出する作戦の全容だった。
勇者「……」
勇者は、王座の前で跪いていた。
変わり果てた勇者の姿に、王も、周囲に立つ大臣や参謀も声をかけられずにいる。
無造作に生えた無精ひげ、痩せた体躯、こけた頬、髪は白く染まり、目に生気がない。
半年もの間、拷問を受け続けたであろうことを考えればありえないことではない。
しかし、勇者なら、と、皆信じていたのだ。
昔小さいながらに、懸命に魔物と戦い、この国を守った勇者の背中を、皆信じていた。
だがその背中も、今は痩せ細り、小さく頼りなく見える。
王「……勇者、よくぞ戻った」
王は、言葉を選ぶように口を開く。
勇者「……」
勇者は何も答えない。
大臣「勇者、王の御前であるぞ」
大臣の言葉にも、勇者は反応を示さなかった。
王「……」
重い沈黙が落ちる。
王は痛々しげに勇者を見つめていた。
勇者「……馬鹿だ」
かすかな声が聞こえた。
王「?」
勇者「こんな俺なんて…救う価値なんかないのに…」
王「!?」
勇者「三万の戦力を……こんな……」
王宮兵士「貴様ッ!!」
若い一人の兵士が今にも飛びかかろうと身を乗り出す。
王「やめよ」
その兵士を、王が止めた。
王宮兵士「しかしっ」
王「……勇者よ、救う価値がないとは、どういうことだ?」
王は、視線を勇者へ向け、そう尋ねた。
勇者「……意味がないんです」
王「意味がない?」
勇者「魔王から聞いた……魔界には、今の魔王よりも強い魔王が12人いる」
王「!?」
その一言に、王の間にいたすべての人間に動揺が走った。
王宮兵士「…そんな」
さきほど激昂した兵士も、茫然とそうつぶやく。
勇者「あの魔王相手にこの様の俺が、どうやって他の魔王を倒す? 無理だ、できっこない、そんなことは子供にだってわかる」
参謀「しかし勇者、そのほかの魔王とやらは、なぜ人間界にやってこない? 複数の魔王がいればこの世界など簡単に征服できるのではないか?」
参謀の言葉を、勇者は鼻で笑った。
征服? 笑わせる
勇者「そもそも、魔王が戦っている相手は、人間ではないってことですよ」
勇者はそう切り出すと、魔王の言った話を説明した。
しかしその中で、女神のことはあえて伏せた。
女神は確かに人間を家畜だと思っているのかもしれない、しかし信仰から得られる力は、確かに存在するし、その力を失えば、人類が…この世界の人類が生き残る可能性は限りなく0になるだろう。
生き残る可能性……
説明をしながら、勇者は内心苦笑する。
まだそんな可能性があると、…俺は思っているのか
勇者の話が終わると、場は水を打ったように静まり返った。
皆が口を閉ざし、先ほど進み出た兵士は、あまりのショックからか膝を床につけている。
勇者「……しばらく……休ませてほしい」
話をする中で、皆が現状を認識してゆくにつれ、勇者は幾ばくか冷静さを取り戻していた。
王「……」
勇者「…三万人分の働きはする、転移魔法で町を回り、魔物を殲滅する。ただ…魔王の討伐は約束できない…」
勇者のこの言葉に誰も反論を挟まなかった。
勇者「これからの予定や、詳しい作戦は、明日にしてほしい……とにかく今は……眠りたい」
王「…うむ、ご苦労であった、…今は、ゆっくりと休め」
大臣「王…!」
勇者は、よろりと立ち上がると、歩き出した。
その足を、止める。
勇者「……ありがとう…父さん」
王「……!」
勇者はそう言うと、また歩き出した。
途中、うなだれた兵士を横目に見、口を開きかけたが、すぐ閉じた。
きっとこの兵士の友も、自分を助けるために犠牲になったのだろう、そう思った。
すまない、弱い勇者で
その言葉を飲み込んだ勇者は、自室に向け歩き出した。
大臣「王、よろしいのですか?」
勇者が出て行ったあと、大臣は、青ざめた顔を王へ向ける。
王「……」
王は、何も答えなかった。
今日はここまでです、続きは明日投稿します。
絶望しかない...
乙
絶望的すぎワロエナイ
魔法使いの出番まだ?
乙なんだよ
もうこの世界どうしようもなくね…
乙…
面白いけど、なんとも…
仲間は死んで神に見放されて魔界には魔王以上の奴が12人、勝てるわけねえ…
バラモスで詰んでる状態だな
逆転の可能性があるとすれば、他の人間界から神の加護を受けた勇者とかが加勢しに来るとか…まあ、それこそ世界を見捨てた女神とかが戻らない限り不可能だろうが…
落ち着けこれは魔王の罠だ、家畜云々も魔王側からの解釈を勇者の心を折る為に言ってるに過ぎないだろ
魔法使いの呪いだって本当に解けないか倒す手立ては全く無いか確めずに戦士共々死んだだけでよ
むしろ神を介入させない様に懸命に邪魔してるとか、そういう楽観的思考でいこうぜ
今まで見てきた勇者ssの中で一番面白い
面白い
勇者「……」
城、勇者の自室。
キングサイズのベットに腰を下ろし、闇の中、壁にでかでかと掲げられた太陽の紋章を、勇者は一人、ぼんやりと見つめていた。
太陽の紋章、女神信仰のシンボルであり、信仰の象徴である。
魔王城から抜け出して、1か月が経とうとしていた。
この一か月の魔王軍との戦闘で、勇者が感じたことは、魔物が強くなっている、ということだった。
正確に言えば、強い魔物が出る範囲が広がった。 と言うべきだろう。
つまりそれは、魔王城を中心に展開されている結界のようなものが、広がっている、ということだ。
だから……それは……あの魔王が、全力で活動できる範囲が広がっているということだ。
勇者の体が、ブルリと震えた。
このまま、均衡を保つこともできないのか……
時間の問題か……くそ
一度震えだした体は、勇者の制御を外れ、ずっと震え続けている。
震える口で、勇者は口を開く。
女神の信仰を捨てる方法は、簡単だった。
女神を貶める言葉を、吐けばいい。
思うだけでは駄目なのだ。
その想いを、心の底から声に出すことで、初めて信仰を捨てることができる。
勇者「お――」
声を発し始めた口を、勇者はとっさに手で塞いだ。
かつてともに旅をした仲間達が、自分の所為で苦しんだ人たちが、自分の為に死んだ人たちが
勇者にそうさせたのだった。
勇者「くそ……くそぉぉぉ」
口を手で塞いだまま、くぐもった声を上げながら、勇者は涙を流した。
自分の息遣いが、いやに大きく聞こえる。
女戦士「……」
女戦士は震える体を何とか抑えつけようと、両手で体を抱いた。
恐れるな、恐れるな
女戦士は、そう何度も自分に言い聞かせる。
ある森林地帯と岩礁地帯の境目、木の影の隠れ、女戦士は先の岩礁地帯に目を向けた。
巨大な竜の頭が、岩礁地帯の岩の上から顔を出している。
女戦士「……ッ」
女戦士はとっさに首をひっこめた。
いる、この先に、魔王軍が。
女戦士は腰に下げた剣を抜くと、両手で握りしめた。
村のみんなのために。
殺されたって構わない。 このままのうのうと生きるくらいなら、せめて一矢報いてやる。
女戦士は、ぐっと歯を食いしばると、木から飛び出すように身を躍らせ、岩礁地帯へ駆け出した。
突然の雷鳴と閃光が、女戦士の聴覚と視覚を奪った。
女戦士「!?」
光に目を細め、何とか先の景色を見る。
その先の景色は、雷の嵐が魔物どもを紙切れのように吹き飛ばす光景であった。
魔物の絶叫と雷鳴が空間を震わせる。
黒焦げになった竜が、地に倒れ、大地が揺れた。
女戦士「……ッ??」
一体何が……
雷の雨が止んだ。
しかし女戦士は、いまだに視界に入ってる情報を、うまく処理できずにいた。
魔物が、魔王軍がひとりでに吹き飛んでゆくのだ。
ある一体は突然細切れになり。ある10体は同時に胴体と下半身が分断される。
場を支配する突風が、肉片を吹き飛ばす。
吹き荒れる衝撃波の余波だけでも、戦地から1㎞は離れている女戦士が、体が吹き飛ばされないよう力まねばならないほどだった。
また稲妻。
そして突風。
魔物の残骸が女戦士の横を転がってゆく。
血しぶきが衝撃波に乗り、女戦士を頬を汚した。
総勢1万を超えるであろう魔王軍が、次々とゴミのように吹き飛ばされてゆく。
女戦士「……なにこれ」
女戦士はそうつぶやきながらも、謎の力に蹂躙されてゆく魔王軍から目を逸らせずにいた。
時間にして10分ほどたっただろうか。
女戦士は、戦場のど真ん中に立ち、あたりを見渡した。
岩の森とも言われるこの岩礁地帯には、10メートルを超える岩石がいくつも無造作に転がっていた。
しかし今、この岩礁地帯の一角に、岩と呼べるものはなく、砂と巨大なクレーターが点在する殺風景な景色が広がっている。
あたりには血の匂いはすれど血や、魔物の死体もない。
すべて原型も残らぬほどに破壊され、蒸発したのだ。
そんな異様な破壊の跡地、その場に立つ一人の男。
白髪を風になびかせ、どこか虚ろな目で地平線を見つめる男。
女戦士「……」
女戦士は確信する。 この男が
勇者なのであると。
勇者不在の半年の間に、魔物の進撃は行われ、現状世界の7割は魔族の手に落ちた状況であった。
しかし、解放された勇者の働きにより、魔物の勢力図は瞬く間に後退する。
勇者は転移魔法により世界中を移動し、極限レベルの剣術と魔術で魔物に応戦した。
魔界から無尽蔵に送られ、数を増やす魔物であるが、その数が千であろうが万であろうが、所詮下級魔族である魔物など、勇者の敵ではなく、それこそ蟻を潰すように瞬く間に駆逐されていった。
各拠点に建造された魔族の塔も、勇者の雷撃魔法の一閃で吹き飛び、十万の数で進軍していた魔王軍も、たった一人の勇者を前に、一時間と持たず全滅した。
しかし勇者は、ただの一度も魔王城へ近づこうとはしなかった。
女戦士「やーみんな、ただいまー」
女戦士は朗らかに笑いながら、村の人々に手を振った。
広間に集まっていた村人たちが、一様に驚きの目で、女戦士を迎えた。
村人(男)「お……女戦士! お前無事だったのか!」
村人たちの中から、一人の若い男が前へ出る。
女戦士「まーねー、私にかかれば楽勝? みたいな」
村人(男)「ばかやろう! 村のみんながどれだけ心配したと思ってんだ!」
女戦士「もー、そんなどならないでよう、朗報を持ってきたんだから!」
村人(男)「朗報……?」
女戦士「そうよ! 魔王軍は全滅した! これで村を手放さなくてすむよ! みんなの畑も大丈夫!」
女戦士は満面の笑顔と共にVサインを作った。
「!」
衝撃が村人たちに走り、それは大きなどよめきに変った。
魔王軍が?
まさか
いやでも
信じられない
村人(男)「……お前ついに頭おかしくなったのか?」
女戦士「あー、やっぱり信じてくれないか、じゃあ証拠を見せるよ!」
村人(男)「証拠?」
女戦士「そう! こちらにおわす勇者様こそ、魔王軍を倒してくれた張本人なのです!」
女戦士はそういうと、大げさに手を振り、後方に立つ男を示した。
村人(男)「勇者…」
村人たちの視線が、一斉に女戦士の後方へと注がれる。
そこに立つのは、腰に一振りの剣を携え、布の服をきている痩せた男だった。
何よりも目を引くのはその白髪だ。まだ若い風体だというのに、その髪だけは、一本残らずすべて白一色であった。その下、どこか疲れ切った目がどんよりと中空を見つめている。
勇者には……見えない。
村人(男)「本当に……勇者なのか?」
村人(男)は、疑わしげな視線を、勇者へ向ける。
女戦士「ほら、勇者様、なんか証拠だして、このままじゃ村のみんなが信じてくれないよう」
女戦士は、ぼそぼそと勇者にささやく。
勇者「……わかった」
勇者が答えると同時、勇者の額に光り輝く太陽の紋章が浮かび上がった。
村人(老婆)「おお……」
勇者様…
勇者様だ……
間違いない
女神信仰の中でも象徴的な太陽の紋章。
その紋章が刻まれたものこそ勇者であることを知らないものは、この世界には存在しない。
この紋章を見せれば、大抵のことは叶った。
紋章を見せれば、王や平民などどんな階級の人物からも情報を得ることができた。
それほどまでに絶大な信頼性を有する紋章である。
勇者「魔王軍は壊滅させた、だから安心して、ここに住むといい」
その一言に、村人たちがひれ伏す。
ありがとう、ありがとうございます
感謝の言葉、しかし勇者はその言葉に、内心顔をしかめる。
勇者は、踵を返すと歩き出す。
女戦士「ちょっと、どこへ行くの?」
勇者「用はもう済んだだろ? 俺は帰る」
女戦士「そんなつれないこといわないでよう、お礼もまだだし、合わせたい人がいるの」
女戦士はそういうと、勇者の腕にしがみつく。
勇者「……放っといてくれ」
勇者が女戦士へ言葉を放つ。有無を言わせぬ迫力を含んだその声を、女戦士は
女戦士「ヤダー、放っときません、とにかく来て! ね? ね?」
さわやかな笑顔と共に吹き飛ばした。
勇者「??」
勇者は面食らった顔になる、このやり取りに、とんでもない違和感を感じたからだ。
違和感…一体なにが
勇者「うわっ おい!」
ぐんと引っ張られ、勇者の思考が途切れた。
勇者の腕を抱いたまま、女戦士は勇者を無理やり引きずってゆく。
村人達も茫然とその姿を見送っていた。
村人(男)「相変わらずだな……あいつは」
村人(男)は苦笑する。
あいつの前では、勇者だろうが、なんだろうが、関係ないのか
女戦士「ただいまー」
勇者の腕を片腕に抱いたまま、女戦士が自宅の扉を開いた。
男の子「お帰り…おねーちゃん」
ベットで横たわる小さな男子が、弱弱しい笑顔で出迎えた。
勇者「……」
女戦士「もう聞いて、おねーちゃんすごい人と知り合いになったの! 誰だと思う?」
男の子「えー誰かなぁ、コホ、コホ」
男の子は小さく咳こむ。
勇者「……特有の疫病かなにかか?」
毒や、病気、感染症なら村の神父が直すことができる。 この世界で病弱で床に伏せている人間など、勇者は今まで見たことがなかった。
女戦士「ううん、もともと、体が弱いの」
勇者「……」
その一言に、勇者は眉を寄せる。
弟「お姉ちゃん、誰?」
弟が、姉と話し込む男を見、そう尋ねる。
女戦士「あー気づいちゃった?」
弟「いや、そんなに堂々とされたら誰でも気づくよ…」
女戦士「なんと! この方は! あの! 伝説の! みんなの憧れ! 勇者様なのです!!」
弟「え」
勇者「!」
弟「わー、すごい…本物なの?」
女戦士「本物本物! 直に戦いを見た私が言うんだもん! 剣の達人である私が何が起こってるかわからなかったんだから間違いないって」
弟「剣の達人っていうのは引っ掛かるけど、そこまで言うなら本物なんだね…」
勇者「…」
弟「ねぇ、お姉ちゃん」
女戦士「ん?」
弟「ちょっと…勇者様と、二人で話をさせてくれないかな」
女戦士「え? なになに? 内緒の話?」
弟「うん…ちょっと男同志で話がしたいんだ、お願い」
女戦士「えー、気になるなぁ、まぁいいか、可愛い弟の頼みだし、お姉ちゃんは買い物がてら退散するとするよ」
弟「ありがとう」
女戦士「いーえ、ごゆっくり」
女戦士は、そういうと扉を開け、外へとでた。
扉が閉まる。
女戦士「……」
しばらくの沈黙の末、勇者が口を開く。
勇者「……わざとらしいな」
弟「! ……あのっ」
勇者「他言する気はない」
弟「!」
勇者「これで、満足か?」
弟「…やっぱり、気が付いてたんですね」
勇者「……どうやって、神父をごまかしてる?」
弟「……うちは、祖父の時代からずっとこうなんです。 その縁で、目をつぶってもらっています」
勇者「危ういな、小さな村なら誤魔化せるかもしれないが…いつばれてもおかしくない、そうなったら、身の安全は保障できないぞ」
弟「…僕も、姉も覚悟の上です」
勇者「……本当か? 君は見たことがあるのか? 背信者の末路を、俺も何度か見たことがあるが、酷いもんだった」
弟「……っ」
勇者「その時になったら、君たちは後悔するだろう」
勇者「…こんなバカげたことに命をかけるぐらいなら、いっそ入信すればいい、神父とパイプがあるようだし、こっそり洗礼を受ければそれで済む、そうすれば君には神系魔法が効くようになり、その不自由な体も全快…いや、今まで以上に快適な生活ができるはずだ」
弟「……」
勇者「姉に迷惑をかけることもないだろう」
弟「!」
勇者「君が言い出せずにいるなら、俺から言ってやってもいい、そんな不自由な体は苦痛だろう? 」
弟「……」
勇者「どうした? さきほどから黙っているが、何を悩む必要があるんだ? メリットしかないように思うが?」
弟「……理屈では…ないのです」
勇者「!」
弟「この体が、姉に迷惑をかけていることも知っています、でも……もう知ってしまったから」
勇者「…知った? 何を?」
弟「入信している人たち…女神を信仰している人たちの気持ち悪さ……です」
弟「勇者様は、おかしいと思いませんか? 何かに憑りつかれたように女神を信仰する人たちを……あの姿を見ていると……自分が自分じゃなくなるようで…怖いのです」
勇者「…」
弟「勇者様にこんなことを言って、僕は天罰が下りますかね」
弟をそういって力なく笑う。
勇者「……そんなことはしないさ、ただ、一つ聞かせてくれ」
勇者「なぜ、俺にこんな話をする気になった? 下手すれば殺されているぞ」
弟「……女神様の使いともいえる勇者様ですけど…なんだか、他の人と違うように見受けられたので…」
勇者「ほかの人と違う? よく意味がわからないな、どういう意味だ?」」
弟「……このどこか変な世界を……勇者様なら変えてくれる……予感……?」
とぎれとぎれに、何かを確認するように弟は言った。
勇者「…まぁいい、君たちのことは黙っておくさ、それに…面白いこともわかった」
弟「?」
勇者は立ち上がると、家を出た。
女戦士「……!」
扉を開けたすぐ横で、腰の剣に手をかけた女戦士と目があった。
勇者「…騙しうちでどうにかなると思ったのか?」
女戦士「……まっさかー、ただ、このまま帰して大丈夫かなーって思っただけよん」
女戦士はそういって悪戯っぽく笑う。
勇者「村人から、襲われそうになったのも、初めてだよ」
勇者はそういって苦笑する。
女戦士「あら、そうなの?」
勇者「ああ、恥ずかしい話、今まで考えもしなかった、こんな人間がいる……いや、こんな人間になれるんだな」
女戦士「…ん?」
女戦士は、言葉の意味がつかめず、眉を寄せる。
勇者「ずっと、避けてた、勝てないと思ったから、もう万策尽きたと思った」
女戦士「??」
勇者「だけど、君たちのおかげで、俺はまた、挑むことができそうだ」
女戦士「えーっと、勇者さん?」
勇者「――ヤツらを倒す策を、思いついた」
勇者は、口にした、今まで口にできなかった言葉を、いまこの時確かに口にしたのだ。
女戦士「え? 今、なんて?」
勇者「ありがとう、君たちのことは他言しないから安心してくれ」
勇者はそういってほほ笑むと、転移魔法で飛び去って行った。
女戦士は勇者の消えた空を唖然と見あげる。
空を駆ける勇者、その目は、失いつつあった光が輝きを取り戻していた。
山奥の洞窟、勇者はそこでひたすらに待った。
ここで来るかどうか、それが、何よりも大事だった。
女神の信徒には、ある特徴がある。
あの姉弟に出会い、勇者が気が付いたことである。
王子としての生活、そのあとすぐに勇者としての生活が始まった。
そんな勇者だからこそ、この異常事態に気が付かなかったのだ。
しかしここで、疑問が一つ生じる。
今までの冒険を思い返せば、共通点は見えてくる、しかし明確な違いを確信できるほどの情報が今の勇者には不足していたのだ。
可能性は十分にある。
思い当たる節もある。
しかし、確信に至るほどの情報ではない。
これが、何よりも大切なのである。
これがもし、成功するのであれば…
大きな希望が見えてくる。
勇者の頭に閃いた策の成功率が格段に上昇する。
だから来い
勇者は洞窟の岩に腰掛け、ただひたすら待つ。
そして――
足音、すたすたと、一定のリズムで、その者は来た。
僧侶「…うー」
僧侶は、意思のない瞳を彷徨わせながら、勇者の前で足を止めた。
勇者「……」
ここは王国から300キロメートル離れ、四方を海に囲まれた孤島の洞窟である。
心の壊れた僧侶が、この場所に現れた。
それにはどれほどの苦労があっただろう。
それは想像に難くない。
しかし僧侶は来た。
勇者は、込み上がってくる感情を御しきれず口元を釣り上げた。
勇者が洞窟にこもって五日後のことであった。
僧侶をこっそり司祭の家に帰した勇者は、すぐさま行動を起こした。
勇者の号令によって急遽開かれた会議、突然の招集にもかかわらずその席には国王をはじめ、国の中枢を担う人物たちが集まっていた。
皆が会議室の下座に立つ勇者に視線を向ける。
何せ勇者は皆を集める理由として言ったのである。
魔王達を倒す策を思いついた。 と。
参謀「皆もそろった、勇者よ、さっそくその策とやらを教えてくれ」
勇者「はい、それでは説明します」
勇者はそういうと、心の中で、構えた。
イメージは、仲間と一緒に戦闘している時だ、その時の心構えでもって、勇者は口を開く。
勇者「全員、起立してください」
勇者の言葉に応え、皆が一様に起立をした。
「……」
王「…勇者よ、これは一体なんの真似だ?」
王は起立したまま、怪訝な顔を勇者へ向ける。
勇者「まずは、実際に体験してもらったほうが、説得力があると思いまして」
参謀「体験?」
勇者「勇者の能力の一つ、命令です」
参謀「?」
勇者「私の言葉から発せられた命令は、女神様の信徒ならば誰ひとり拒絶することなく、違和感を持つことなく、従わせることができる」
参謀「…?? 勇者、あなたは一体何を言っているんだ?」
勇者「……突然の起立の号令に対して、あなた方は何も違和感を感じませんか?」
参謀「違和感といわれても」
参謀は立ったまま、まだ府に落ちない様子だった。 あたかも勇者の命令に従うことが正しいとまるで疑っていないように。
勇者「冷静に考えてみてください、突然起立と言われて立つ人間がいますか? それも全員、こんなこと、普通ありえない、 違いますか?」
参謀「……たしかに…言われてみれば」
参謀はここでやっと半分納得したようだった。
勇者「もちろんこの命令は、どんなことでもできるわけではありません。 たとえば信仰を捨てろなどの命令は、矛盾が生じるために拒否されます。 加えて、命令の内容が、された側の能力を超えている場合も同様です」
加えて、この能力は勇者が心の底から願った場合のみ、発動される。
それ故に、勇者は気が付けなかったのだ。この神にも似た能力に。
戦士、魔法使い、僧侶……仲間が自分の思い道理に動いたことや、冒険の最中他国の住人や、重要人物から都合よく話を聞けたのも、思い返せばこの能力のおかげだったのだろう。
参謀「う……うむ、それで、この能力を使って、勇者は何をするつもりなのだ?」
勇者「この要領で、この世界の全人類に命令を出します」
参謀「!」
勇者「ある時刻に、私に魔力を送れ、と」
参謀「!! そんなことが」
勇者「パーティーの魔力を集めて放つ魔法があります、それを応用し、全人類の魔力を自分に集める」
参謀「…しかし、一般人に魔力の伝達など」
勇者「基本的な魔法技術があれば十分可能であると考えられます」
参謀「魔法博士…どうですか?」
魔導博士「ふむ……確かに、…理論上は可能じゃろうが…」
勇者「ええ、その技術を世界中の人間に伝授するだけでも、時間がかかるでしょう」
参謀「…それで、そこまでして、本当に魔王達に勝てるのか?」
勇者「……初戦では、いいとこ五分かと」
参謀「…五分……いや、それより初戦とは?」
勇者「魔王の言動から、この世界には、魔界と人間界をつなぐ旅の扉があると考えられます」
参謀「ふむ」
勇者「そして魔界には、他の人間界へと通じる旅の扉があるはずです」
参謀「……! そうか」
勇者「はい、まずこの世界の魔王を倒し、旅の扉までの道を開きます、その後、魔界を通じてほかの人間界に乗り込み、その世界の国と協力して同じ命令をする」
参謀「……なるほど……しかし勇者、その旅の扉のある場所は分かっているのか?」
勇者「十中八九、魔王城、それも魔王の間でしょう、ですが安心してください、ここに来る前に試しましたが、旅の扉は、どんな魔法攻撃でも壊れる代物ではありません。」
参謀の言葉の意味を読み取り、先回りして勇者は応えた。
今までにない大魔力同士のぶつかり合いだ。 その余波で壊れるかもしれない、そう考えるのは、自然といえるだろう。
しかし旅の扉はいわば時空の歪みである。こちらの魔法攻撃もすべてその時空に吸い込まれるため、破壊できるといった代物ではないのだ。
参謀「……確かに……希望はあるように思う……しかし五分か…」
参謀は額に手を当て、目を閉じた。
魔王城から放たれる結界の範囲は、日々拡大を続けている
魔物が徐々に力を増しているのも確かだ。
このままではじり貧……今は、五分でも賭るしか…
参謀「魔法博士、魔法を伝える技を伝授するのにかかる時間は?」
魔法博士「うーむ、全人類ともなると……魔導協会を総動員しても、3年はかかるかの」
参謀「……各国に伝令を回し王宮の魔法使いにも手伝わせましょう、それならどうです?」
魔法博士「……王宮の精鋭か……それならば、2年でいけるかもしれん」
参謀「2年……」
結界の拡大するスピードから考えると、かなり微妙な時間だ
勇者「……2年…」
勇者がゆっくりとつぶやいた。
勇者「その間に、武器職人の方々には、膨大な魔力をコントロールする武装を作っていただきたい」
武器屋「む?」
勇者「魔法使い用の魔力を攻撃力に変える杖があるでしょう? あれを利用して理力の防具と剣を作ってほしい」
武器屋「ふーむ…膨大な魔力を放出する武具…か」
勇者「現状、この世界に魔王と互角に戦える武具はありません、足りない部分はこちらの工夫でカバーするしかない」
武器屋「…わかったやれるだけやってみよう」
司祭「……勇者、本当のところ、勝算はどれくらいなんだ?」
司祭の家、久しぶりに勇者を招いた司祭は、食事の席でそう切り出した。
勇者「……この策じゃ7:3で上出来ってところだな」
司祭「…ちなみに7は?」
勇者「もちろん魔王達さ、魔結界も日に日に強くなっている、それに比例して魔王も強くなっているはずだ」
司祭「……2年…か」
勇者「あの魔王の全力は、一度だけ引き出したことがあるが、仮に今の俺の魔力をすべて放出して戦うことができたとしても、五秒で消し炭だったと思う」
司祭「……その状態からさらに強くなるわけだろ?」
司祭は顔をしかめ、目がしらに指を当てた。
考えただけでも気がめいる。
勇者「まぁ…希望が出来ただけ今までより何倍もマシだ。 このままだと、どちらにせよこの世界は滅ぶ」
司祭「…なぁ」
勇者「ん?」
司祭「女神様は…なんで助けてくれないんだろうな?」
勇者「どうした? お前らしくもない、女神様は無意味な試練は与えない、そうだろ?」
司祭「…ああ…そうだったな、すまん、変なことを聞いた」
勇者「お前も疲れてんだよ。最近はこの地域でもオルガの発症が増えてるって話じゃんかよ」
司祭「ああ、そうだな、毎日の治療で…すこし参ってるのかもな」
勇者「ああ…そうさ……疲れているんだ……」
スライム二匹と共に、洞窟を利用し人工的に作り出した密室の中に、勇者は一人いた。
敵意を向け、襲いかかるスライムを防御力で無視し、勇者はひたすらに瞑想を続ける。
勇者「……ッ」
教会で目を開ける勇者。
司祭「またきたのか」
司祭は、半場呆れたように口をはさむ。
勇者「……少しでも気を抜くと体が吹き飛ぶんだ」
勇者は、両手の平を見つめながら言った。
司祭「……まだ期限まである。 そんな何度も死ぬほどハードな修行を積まなくてもいいんじゃないか?」
勇者「……いや、そこまで時間はないよ、これが成功するかどうかも、まだわからないんだ。時間はいくらあってもたりない」
勇者はそういうとすぐに歩き出した。
司祭「なぁ、魔力の出力を上げる修行に、なんでスライム二匹と引きこもる必要があるんだ?」
そんな勇者の背なかに、司祭は言葉を発した。
勇者「どんな状態でも、魔力をコントロールする技術が欲しいからさ、そのうち、魔物のレベルも上げる予定だ」
司祭「……あまり、無茶するなよ」
勇者「魔王を倒せるかもしれないんだ、無茶でもなんでもするさ」
司祭「……」
勇者が作戦を立ててから1年半後
勇者「……」
勇者は二匹のスライムをじっと見つめていた。
一匹のスライムは、敵意をむき出しにし、相も変わらず勇者に襲いかかっていた。
方やもう一匹は死んでいた。
原型を保ったまま、ピクリとも動かず。
勇者「……まってろよ、魔王」
勇者は襲ってくるスライムを踏みつぶすと、にやりと笑った。
勇者は、魔王の前に対峙する。
勇者「このシュチエーションは何度目だろうな?」
玉座に座った魔王に対して、勇者はうんざりした様子で言った。
魔王「もう忘れたよ、勇者」
魔王は、どこか疲れたように答える。
魔王「何度繰り返す気だ? お前もわかっているんだろう?」
勇者「…ああ、わかっている、こっちの作戦がバレバレのことも…お前が手加減していたことも…な」
世界中の人間の魔力を集める、この作戦の性質上、情報の漏えいは避けられない。
魔王「……余が、どれほど手心を加えていたか、わからん貴様ではあるまい」
勇者「それはどうだろうな、その伸びしろを超えると俺は踏んだからこそ、ここに立っているわけだが」
魔王「……余は、今まで人型で戦ってきた」
勇者「…」
魔王「この人型でいるだけで、余の魔力は、100分の1に抑えられている」
勇者「……ほう、そりゃすごい」
魔王「……しかし、魔結界がここまでこの世界を犯している現状、もはや真の姿になろうとも、この世界は耐えられる。 この意味が分からぬ貴様ではあるまい」
勇者「殺さないよう手加減されていた上、100倍か、…まいったね」
魔王「さらに言えば貴様の策とやらも、死ねば死ぬほど不利になる、違うか?」
勇者「……はは、その通り」
この方法では、何度も魔力を供給できるわけではない。
それは、人間の信仰心の問題が、大きくかかわってくるからだ。
誰が何度も無償で自分の魔力を渡すというのだろう。
命令すれば、不可能ではない、しかし命令を繰り返すたび不審は深まり、やがて女神の信仰を捨てる者も現れるだろう。
つまり、負ければ負けるほどジリ貧になる。
勇者「ずいぶんと、人間を研究してるじゃないか」
魔王「…殺せば弱体化してゆくのだ、余の手心も期待できぬぞ、それでもやるというのか?」
勇者「……勝率は、10パーセントってとこかな」
この時点ですでに、魔王の能力が想定の10倍である
魔王「……まだ何か、余の知らない策がありそうだな」
先ほどからの勇者の軽い返答に眉を寄せながら、魔王が言った。
勇者「さぁ、どうだろうな?」
勇者は、肩をすくめて見せる。
魔王「……おしゃべりが過ぎた」
思いのほか長く会話をしてしまったことに、魔王は違和感を感じながら立ち上がる。
魔王(余は…敵と何をこんなにしゃべっているのだ)
勇者「……」
魔王の体が変態を始めた。
額には二本の黒い角がちょうど眉の上部から生え出る。 肩甲骨の部分が盛り上がり皮膚を裂くとコウモリのような翼が左右に広がった。
髪が銀髪に染まり、腰のあたりまで伸びる。
勇者「……それで? 変身は終わりか?」
魔王「ずいぶん余裕ではないか」
勇者「まぁ、パワーバランスは今までと、そんなに変わらないみたいだからな」
勇者はそういうと、先ほどから供給される魔力を、体外に放出した。
魔力が勇者の体からほとばしる、髪が逆立ち、全身の内側から光があふれ出す。
全身にまとった理力の鎧が魔力に呼応し、金色の光を放ち始めた。
魔王「ずいぶんと派手なことだな」
勇者「人の英知のたまものさ」
勇者は、理力の剣を腰から引き抜いた。
魔王「ほう」
勇者の剣の形状に、魔王は目を細める。
見たことのない形だ。
緩やかに反った柄の部分には、銃のトリガーがあり、刀身は片刃、峰の部分は円柱状であり、切っ先が銃口になっている。
勇者「行くぞ魔王、……これが最後だ」
今日はここまで、続きは明日か明後日です。
乙なんだよ
いよいよ佳境か
おつ
乙
勇者もついに悟空のレベルに達したか…
面白い
勇者は銃剣の銃口を魔王へ向けると、引き金を絞った。
銃剣から放たれる、雷撃弾、稲妻の速度で迫るそれは、何もない空間を通過した。
外れた弾が、壁に激突すると、超高熱のプラズマフィールドをその場に作り出した。
勇者「!」
弾速よりも、遥かに速い速度で、勇者に迫る魔王。
魔王の拳を、勇者が受け太刀する。
激突の衝撃により光と闇の波動が、空間に明滅する。 激突する力に耐えきれず、二人を中心に床がめくれあがり、クレーターを作り出した。
魔王(今まで戦闘で壊れることがなかった、この魔王の間が、耐えられない……か)
勇者「……ッ」
魔王が拳を振りぬく、勇者の体が押し出され、後方へ吹き飛んだ。
勇者「くっ」
空中滑空の過程、銃剣の銃口を魔王へ向け、魔弾を放つ。
弾丸を放った余波が大気を震わせる、空間を焼き切りながら迫る雷弾を、魔王は拳の一振りで弾き飛ばした。
魔王「…!」
弾いた魔王の拳の表面が裂けていた。
魔力を集中した拳の防御力をやや上回る威力を誇る弾丸が、魔王の顔をわずかに曇らせる。
一体どれほどの魔力を圧縮して撃ちだしているのだ。
人の身で。
人の技術で。
魔王(おもしろい)
魔王は微笑すると、周囲に光の球を召喚する。
勇者「!」
魔王の間とを隔てる扉に体を打ち付け、体の運動が停止した勇者は、目の前の光景に目を瞠った。
その数300発。 勇者の視界を埋める光弾が、一挙に勇者へ向け迫ってきていたのだ。
勇者「―」
百発の光弾が勇者のいる場へ向け、豪雨のように降り注ぐ、
弾が激突する度、光がはじけ、その場を削り取ってゆく。
百発の光が魔王の目の前を蹂躙したのち、巻き起こる粉塵。 魔王は床を蹴り、その中を突き進む。
勇者「!」
膨大な魔力の盾を張り、何とか光弾を凌いだ勇者、その目前に迫る魔王。
その蹴りが、光弾により削られた盾を砕き、勇者の腹部に突き刺さった。
勇者「がっ」
勇者の体がくの字に曲がり、そのまま吹き飛ぶ。
一瞬で音速まで加速した勇者の体は、魔王城の壁を何層も貫き、場外へと体が投げ出された。
勇者(外―)
空、青空、その青空を背景に、こちらへ手をかざす魔王。
勇者「……ッ」
勇者は魔力を放出し、体を滑空方向へ加速させる。
魔王の手のひらから放たれる漆黒魔法が、大地に炸裂した。
爆風を上げ、黒いドームが大地を覆う。
その余波に、体を乱回転させながらも、寸でのところで攻撃を避けた勇者は、森林地帯に突っ込み地面を掴むことで大地を削りながら体勢を立てなおした。
勇者「……ッ」
木々の隙間から見える、空中に浮遊する魔王を睨む。
魔王「どうした勇者? その程度か?」
勇者「ッ……極大雷――」
勇者の詠唱の最中、魔力で自分の体を弾いた魔王が、急速落下。
0.1秒で勇者のいる地点に魔王の体が着弾する。
勇者「ぐっ」
バックステップで何とか回避した勇者、しかし、魔王の追撃は終わらない。
勇者の目前に展開する魔法陣。
そこから放たれる漆黒の稲妻が、勇者に襲いかかる。
ほぼゼロ距離から放たれたそれを、勇者の一閃が斬り消した。
勇者「!」
魔王が自身より切り離した影を利用し、一瞬で勇者の後方に移動。
放たれる魔力を込めた拳が、勇者の背に突き刺さる。
体を海老ぞらせ、木々を根こそぎ吹き飛ばしながらぶっ飛ぶ勇者。
その勇者めがけ、魔王は手をかざす。
魔王「極大暗黒魔法」
魔王の手から放たれる、漆黒のエネルギーボール。
それが吹き飛ぶ勇者に向け空間を削りながら迫る。
ガラスが砕けるような音をまき散らすその魔弾が、勇者に直撃した。
勇者「 」
勇者を起点に、球が肥大化する。
瞬く間に直径一キロメートルを覆い尽くしたその漆黒は、その空間にあるすべてのモノを破壊しやがて収束、その場には、巨大なクレーターのみが残った。
魔王「…」
クレーターの中央、うずくまるように倒れる勇者を見つめ、魔王は目を細める。
勇者「……くそ」
勇者は、理力の剣を杖のように地面に突き立てよろりと立ち上がった。
着弾と同時に回復魔法と防御魔法を連続でかけ続けたが、まったく威力に追いつけなかった。
しかも詠唱する暇がないため、魔力の使用効率は極端に悪い。
そんなことはわかりきっていたことではあるが、それでも、この短時間で想定よりも遥かに多くの魔力を消費してしまった。
もう回復に回す余裕もない。
少し早いが……やるしかない。
魔王「極大暗黒魔法」
勇者「!」
勇者は、全力で地面を蹴る。
着弾する暗黒魔法が再度大地を削り取る。
巨大化する漆黒のドームが、回避運動に入った勇者に迫った。
勇者「――」
勇者は、魔法に飲み込まれぬよう全力で駆ける。
ドームの肥大化が、停止する。
寸でのところで間に合わなかった。
下半身を失いながらも、しかし勇者は理力の剣を構えた。
魔王「!」(勇者のあの位置取り…)
理力の剣が、込められた魔力に呼応して光り輝く。
その銃口の先は―
魔王(やはり気づいていたか)
魔王がいつも、魔王の間から動かない理由。
魔王の間を破壊する魔力が備わっているとわかった瞬間、勇者を場外に追いやった理由。
気づかぬ勇者ではないことはわかっていた。
魔王の間には、何か破壊されては困るものがある。
そう結論付けるのも、自然である。
そしてそれは正解だ。
しかしこれが策と言うのならば――想定内である。
魔王は、魔王城の前に残した影の前に瞬間移動する。
勇者「!」
魔王(この状況にだけ関していえば、貴様も想定内なのだろう?)
魔王が避けられないであろう状況で、勇者の出来うる最大攻撃を放つ。
それが圧倒的な実力差の中、勇者に残された最後の策
ただそれは、不意をつければ、の話であろう。
全力の魔力のぶつかり合いを想定した策ではないはずだ。
勇者「 」
勇者は引き金を絞る。
理力の剣より吐き出される雷を纏った極大ビームが魔王へと突き進んだ。
対し魔王、手をかざし、暗黒の波動で迎え撃つ。
抵抗を無理やり突き破る蛇のようにうねるその暗黒と、光溢れる光線が激突する。
魔王「!?」
黒の魔撃は、勇者渾身の魔法攻撃を呆気なく霧散させ、その延長線上の先、勇者を飲み込み、滅却した。
魔王「……」
魔王の眼前、魔法攻撃により、荒野と化した大地を見つめ、魔王は眉を寄せた。
側近「お見事です」
いつの間にか魔王の背後に立つ側近が口開く。
魔王「……いや、違う」
魔王は、地平線を見つめながら、つぶやくように言った。
側近「どうかなされましたか」
魔王「手応えがなさすぎる」
狂化していた時の方が、まだ手ごわかったように思う。
勇者が防戦一方だったのは事実だ。
そんな中で、余を誘導するのも一苦労であっただろう。
ゆえに早い段階で、余の誘導も不完全な状態のまま切り札を使った…
回避不可能の、勇者渾身の最大攻撃。
……それすら…罠?
そう思わせることが重要だったとしたら?
あの手ごたえ…
最大攻撃に見せかけた、…ただ範囲と見た目だけに特化した魔法だった?
魔王「! 側近、今の時刻は?」
側近「は? 今の時刻ですか?」
側近はそういって空を見上げ、太陽の位置を確認した。
側近「……あ」
側近は、何かに気が付いたというように、声を上げた。
それで十分だった。
魔王「勇者め」
魔王は歯噛みする。
すなわち、最初から勇者の策のうちだったのだ。
最初の会話、あれで、こちらの時間間隔を狂わせた。
現時刻。まだ、全人類の魔力を集める時間ではない。
つまり、少数の、策を知る者のみの魔力で、全魔力を集めた様に見せかけ、こちらの魔力を削る策略だったのだろう。
事実、こちらは、盛大に魔力を消費してしまった。
魔王「……やってくれる」
こちらが策を知ったうえで、それすら利用してきたというわけだ。
目前、先ほどとは比べ物にならない魔力をほとばしらせ、転移魔法により着地した勇者を見つめ、魔王は顔をゆがめた。
勇者のひと蹴りで、大地が爆散する。
側近の目の前、激突する魔王と勇者。
その余波を前に、側近の体が宙に浮かび、歪に折れ曲がった。
魔王「っ」
問答無用か―
勇者の激突にこらえきれず、魔王の体が浮く。
そのまま直進、魔王城の外壁を突き破ると、場内を転がった。
勇者は、弾けるように魔王から離れると、そのまま魔王とは別方向へ床を蹴った。
魔王「!」
魔王がその方向を妨害するように立ちふさがる。
勇者の理力の剣の一振りを、魔王は前腕で受け太刀した。
スパークと、黒い魔力が弾ける。
強大な魔力の追突により壁や床、天井にヒビが走った。
勇者「……ッ」
魔王「……ッ」
衝撃に互いに後方へ吹き飛ぶ。
地面を削りながら停止する二人。
そして停止と同時に、二人の姿が消える。
爆散する天井
壁を、床を、天井を蹴り、互いを錯綜させる二人。
魔王城を縦横無尽に駆け回り、破壊的な余波をまき散らしながら二人は激突を繰り返す。
勇者の狙いは明白であった。 魔王など後回しにし、魔王の間に到達することである。
魔王の間には、破壊されては困る何かがある、それがなんなのかまではわからない。
しかし、魔王は明らかにその場所を庇うように戦っている。
その状況こそ、重要だった。
勇者の銃剣の銃口が、魔王の間へ向けられる。
庇うようにその場に転移する魔王。
放たれる雷弾が、魔王に着弾する。
魔王「……ッ」
雷弾の直撃により吹き飛び壁を貫通し、床を転がる魔王。
床を腕で撃ち、胴体を起こす。
勇者「!!」
勇者の周囲を覆うように、無数の黒い槍が切っ先を勇者へ向け、空中に召喚されていた。
雷撃の閃光で視界が塞がる一瞬を利用して、防御ではなく、攻撃に転じた――
槍が、一斉に勇者へ迫る。
勇者は跳ねるように跳躍すると、体を錐もみさせ、迫る槍を時に躱し、時に剣で撃ち落とし、時に魔法で迎撃した。
いなしきった勇者の背後、拳を振り上げる魔王。
勇者「!」
勇者は咄嗟に体を反転させると、剣の腹で拳を受け止めた。
勇者「 」
下から上へかち上げるように振るわれた拳撃に、勇者の体が浮き上がる
魔王の拳の着弾点を中心に、まるで透明な風船が膨らむ様に空間がゆがんだ。
魔王「死ね」
やがて空間がガラスの割れるような音と共に爆ぜると、勇者の体は一瞬にして極超音速まで加速し、魔王城の外へ弾き出された。
魔王「!」
勇者とは反対方向に突き進む反撃の雷撃弾が、魔王の胴体に着弾する。
胴から煙を吐きながら後方に吹き飛んだ魔王は、床を踏み砕いて体を停止させると、忌々しげに上空を睨んだ。
魔王(あの状況で反撃の余裕があるか)
魔王は、右手を開くと、詠唱を始めた。
空気の摩擦熱に体を焼かれ、体の原型を失いながら雲を貫き上空へ上る勇者。
魔力を逆ベクトルに放射する、その結果高度2000メートルにて運動を停止させることができた。
口から噴き出る血液。
勇者は回復魔法により体を回復させる。
ガラスの砕けるような音を、鼓膜がとらえた。
同時、勇者は回復を早々にきりあげ、銃剣の銃口を下へ構え、引き金を絞った。
空間を砕きながら迫る黒い球体、魔王の究極暗黒魔法と雷撃弾が激突する。
球状に混ざり合った魔法同士が次の瞬間に爆裂し、周囲の雲を波紋状に拡散させた。
勇者「……」
勇者は左手で右手の前腕を支えるように持ち、右腕でまっすぐ構えた銃剣に全魔力を集中させると、再度引き金を絞った。
銃剣の剣先から放たれる雷を纏った直径10mの円柱状の光線が、大気を焼き切りながら魔王城へ向け突き進む。
魔王「!」
対し魔王、右掌を空へ突出し、漆黒の波動を放つ。
直線状に突き進むビームと、不規則に歪みながら大気を犯すように突き進む波動が、空中で激突した。
勇者・魔王「……ッ」
激突点を中心に球状に混ざり合う光と闇。 際限なく放たれるビームと波動のエネルギーを前に形状を保てず、勇者と魔王を隔てるように波紋状に拡散してゆく。
波動を放出し続ける魔王、その足場がひび割れ、やがてクレーター状に窪んだ。
ビームを放出し続ける勇者、その引き金を絞ったままの腕の皮膚が裂け、血が噴き出した。
鼻血、吐血、目や耳からも血が噴き出す。大気に放たれた血は瞬く間に蒸発する。
規格外、特大の魔力を一気に長時間放出することに、体が耐えられないのだ。
理力の剣に、ヒビが走った。
勇者は歯を食いしばる。目の前が真っ赤に染り、やがて何も見えなくなった。
耳は音を失い、触覚もあいまいになる。
今、確かに感じるのは魔力を放出し続けているという感覚だけだった。
勇者「ぉぉぉォぉおおおおおおおおおオオオおおおおおォおおーーっッ!!!
魔王「……!」
魔王の膝が折れた。
魔力が、底を尽きかけていることを悟る。
前半戦での、浅はかな魔力の消費。
それに加え、魔王の間を庇いながらの戦闘は、勇者よりもはるかに魔力を消費したのは間違いない。
いや、それ以前に、左腕を失ったことも大きかった。
完全に――読み負けた。
だが――
だが――っ
魔王の脳裏を、自分を嘲る魔王達の顔が掠めた。
こ の ま ま で は 終 わ れ な い
波動がビームに押し負け、散る。
大地に着弾した雷光線は、瞬く間に大地を削りながらドーム状に広がり、魔王城を光で覆い尽くした。
抵抗の消滅を感じた勇者は、引き金を絞る指の力を緩めた。
体が落下する。
勇者「究極回復魔法」
落下の過程で勇者の体が光に包まれ、やがて全快した勇者が光から飛び出し、巨大なクレーターの一部に着地する。
勇者「……」
勇者はあたりを見渡す、そこに魔王の魔力は感じない。
完全に消滅したか……あるいは……
勇者の視線の先には、不自然に残った魔王の間があった。
天井も壁もすべて消滅しているが、床と王座のみが不自然に残ったその場所。
勇者は歩みを進めると、王座の前に立つ。
勇者「……」
理力の剣の一振りで破壊される王座。王座の下には階段が地下へと延びていた。
階段を下りた先は、洞窟となっていた。 巨大なドーム型の空洞である。
その中央には、紫色に発光する巨大な魔法陣がある。
勇者「……」
勇者は銃口を魔法陣に向けると、引き金を引いた。
魔法陣の中央に着弾した雷弾がプラズマフィールドを形成し、地面ごと魔法陣を抉り飛ばした。
同時、世界を覆っていた圧力のような物が消える。
おそらくこれが、世界を蝕んでいた魔結界の発生源だったのだろう。 なるほど魔王は身を挺してこれを守っていたわけだ。
勇者は視線をめぐらせる。右側に、さらに下に降りられる道を発見した。
勇者は歩く、その道を下りた先に、渦があった。
人ひとりを飲み込めるほどの大きさの赤い渦。
旅の扉と呼ばれるワープ装置だ。
勇者「やはり…か」
この先、十中八九魔界へと通じていると見てよいだろう。
魔王は言った、今のこの世界ならこの形態でもに耐えられると。
おそらく魔界では、より魔王が力を発揮できる環境になっているはずだ。
そして、12匹の魔王もいる。
どうする?
この状況ならば、策はいくつか考えられる。
分岐点だ。
自分の残りの魔力はおそらく全力戦闘で3分ほどは持つ。
この先、あの魔王よりも強いとされる12匹も相手にする可能性もある。
……ギリギリだな
先の展開によっては、無駄に終わる。
だが…こんなチャンスは、もうないかもしれない。
勇者「……」
勇者は、決意を固めると、旅の扉に体を潜らせた。
旅の扉を潜った先、淀んだ空気と瘴気を前に、勇者は顔をしかめた。
周囲に目を配ると、どこかの建物の中であることがわかる。
石造建築の祠かなにかなのだろう。台形にせり上がった祭壇のような場所に立つ勇者は、背後を見、赤い渦を確認しながらそう思考する。
目の前の階段には、血の道しるべがあった。
血痕はまだ新しく、おそらくあの魔王のものなのであろう。
勇者は一歩を踏み出し、階段を下る。
階段を下りると、左右を石柱の柱が並ぶ、石畳の道が前方に伸びている、その先には開け放たれたままの扉。
扉の先には、城が見える。
こちらの世界の魔王城とよく似た作りの城だ。
祠を出た勇者は、赤い空を背景にそびえたつその城を見上げた。
あの魔王城の10倍は広そうな城だ。
勇者「……」
大魔王「……」
大魔王は冷ややかな視線で、魔力が切れ、息も絶え絶えながら跪く魔王を見つめた。
女の魔王「よく生きてもどってこれたわね」
傍らに立つ11人の魔王、そのうちの女の魔王の言葉だ。
もちろん心配しての言葉ではなく、無様な醜態をさらしながらも、ここに顔を出せた魔王に対しての皮肉である。
魔王「……」
魔王は、顔を上げることなくただじっと床を睨み、歯を噛みしめる。
人間ごときに…家畜ごとにきここまでやられ、それでもなお死にきれず、ここまで逃げてきた。
とんでもない恥さらしである。
なぜ、自分はこれほどの恥をさらしながらもここに来たのか。
今の魔王に明確に説明するだけの理由は思いつかなかった。
つまり……自分は、想像よりも弱く、卑屈で、臆病者であった…ということなのだろう…
大魔王「もうよい」
魔王「!」
大魔王「貴様には何も期待をしない」
魔王「……!」
ぷっと数名の魔王が笑い声を漏らす。
細目の魔王「! 大魔王様」
大魔王「?」
???「大魔王さま!」
大魔王の間の扉が開け放たれ、白い毛並に背中から翼の生えた猿型の魔物が血相を変え駆け込んできた。
魔物「人間です! 人間がぁ―」
魔物の発声は最後まで続かなかった。
口から血を吐き出し、崩れ落ちるように倒れる魔物。
細目の魔王「…!」
倒れた魔物の背後から姿を現す一人の男。
フヒューと過呼吸のような呼吸を繰り返す、猿型の魔物をまたぎ、魔王の集結するその場所に一人歩みを進めるその男。
魔王「…馬鹿な」
魔王は、目の前の光景が信じられなかった。
まさか、あの状態のままここまで来たのか?
魔界に入られることまでは覚悟していた。
だがそこまでだ、その後はまた、インターバルを置いたのちの戦闘になると踏んでいた。
だが現状、勇者はここいいた。
何を思って、こいつはここにくるのだ?
魔力もほぼ使い果たしたはずだ。
より強大な敵がいることもわかっていたはずだ。
なのに――
なぜ
魔王「……っ」
なぜ《ここ》にくる?
魔王の全身の毛が逆立つ。
あの狂化した勇者と戦っていた時にも似た、不気味な予感――
不条理だ、不合理だ、だが――この男は――
勇者「…」
勇者は、その場に立つ。
13の魔王の視線の注がれる、その場所に。
今までに感じたことのないほどの強大な魔力を感じる。
女の魔王「これが例の勇者?」
女の魔王は、表情一つ変えずにそういった。
勇者「…」
勇者は魔力を全開で放出する。
ほとばしる魔力、しかし場の空気は全く変わらなかった。
女の魔王「……」
女の魔王がその場から消える。
そして勇者の前に立つ。
そして女の魔王は、勇者の額にでこピンをした。
勇者「――」
目では追えている。
しかし、体がまったく反応できなかった。
勇者の体がその場から消えた様に吹き飛び、大魔王の間をはじき出されると、壁に体を打ち付けた。
勇者を中心に壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
勇者は目を見開き、額に走った激痛に顔を歪めた。
女の魔王「…冗談でしょ?」
女の魔王は嘲笑するように魔王へ顔を向ける。
女の魔王の背後、切りかかる勇者。
刃が女の魔王の首に激突した瞬間、理力の剣がへし折れた。
勇者「―」
女の魔王「……」
振り返る女の魔王、その手のひらが、勇者の胸に触れる。
そして指を倒すように勇者を押した。
勇者の体が、後方へ加速し、先ほど体を打ち付けた壁に再度激突した。
口から血を吐き出し、その場に項垂れる勇者。
銀髪の魔王「……大魔王様、もうよろしいでしょう? 例の勇者とやらの実力もこれで証明されてしまった。 もはや魔王に弁明の余地はない」
大魔王「……うむ」
大魔王はそう一言発すると、興味をなくしたように目を閉じ、そのまま動かなくなった。
11人の魔王たちが、その場から解散する。
魔王「……」
魔王はじっと、女の魔王にいたぶられる勇者を見ていた。
必死に反撃する勇者、血を流しながら、残り少ない魔力で戦っている。
対し女の魔王は、そんな勇者を嘲るように、攻撃をすべてノーガードで受け止め、殺さないよう注意しながら、まるで虫を痛めつけるように勇者に傷を負わせている。
勝負は、誰の目にも明らかだった。
それもそうだろう、この女の魔王は魔界序列第5位の実力者だ。
最弱の魔王と互角である勇者に、もとより勝ち目などあるはずがない。
細目の魔王「悔しいかい?」
魔王「!」
突然耳元で声を発した細目の魔王に、魔王は驚いて視線をむけた。
細目の魔王「君、気づいてないかもしれないけど、あの勇者が来たとき、口元が緩んでいたよ」
魔王「え?」
細目の魔王「あー、やっぱり気が付いていなかったか」
魔王「私が……笑っていた?」
なぜ? 笑う?
細目の魔王「……」
視線を床に向け、思考をめぐらす魔王へ向け、細目の魔王は口を開いた。
細目の魔王「僕はね、君が苦戦するあの勇者に、興味があったんだ」
魔王「…?」
細目の魔王「以前、君からもらったスライムがいるだろう?」
魔王「…ええ」
魔の物にして勇者の仲間になったスライム、その貴重なサンプルを、魔王は魔界に提供していたのだ。
細目の魔王「……もしあの勇者がここに来た理由に、あのスライムが関係しているとしたら」
魔王「…?」
魔王は、細目の魔王の言葉の意味を図りかねていた。
細目の魔王「ひょっとしたら、僕たちはもう、負けているのかもしれない」
魔王「!?……それは一体…!」
細目の魔王に問いを発しようとした魔王は、そこではたと気が付く、その場から離れようとしていた魔王たちが歩みを止め、勇者を見つめていることに
女の魔王(……妙だ)
勇者を痛めつけながら、女の魔王は眉を寄せた。
勇者「おおおおおっ」
口から血反吐を吐きながら迫る勇者の拳が空を切る、女の魔王の手刀が、勇者の腕を両断した。
勇者「がぁ」
勇者は顔を歪めながらも、失った腕を回復魔法により再生させる。
女の魔王の蹴りが、勇者のみぞおちにめり込む。
空中にかちあげられる勇者。
女の魔王は極限まで手加減した魔法弾を勇者に向け放った。
勇者「!?」
勇者は気が付く、勇者を囲うように四角い魔力の結界が張られていることに。
魔法弾が勇者に着弾する。
その四角い立体型の結界の中ではち切れんばかりの魔力の爆発が発生する。
その爆心源、結界内で閉じたエネルギーをまともに受けた勇者の体は、原型を失うほどに裂けた。
黒焦げ、べちゃりと音を立て、床に倒れる勇者。
女の魔王「……」
ピクリと、勇者の指が動いた。
勇者の体が、黒い光に包まれ、傷が一瞬で癒える。
ゆらりと立ち上がる勇者。
その目が、赤く変色していることに、女の魔王は気が付く。
先ほどから、勇者の放出する魔力の質が変わってきている理由を、女の魔王はこの時理解した。
勇者の指が動いた瞬間、自分の魔力が若干ながら減った感覚があった。
つまりこの家畜は、家畜の分際でありながら、こちらの魔力を吸収している。
その魔力を糧に体を回復させ、戦闘を長引かせているのだ。
――だが何のために?
どれだけ魔力をため込もうと自分の出力では到底勝ち目などないと、この戦闘でわかったはずだ。
なのに…なぜ?
銀髪の魔王「……魔力を吸われた?」
銀髪の魔王は、眉を寄せ、目の前の勇者から目を離せなくなっていた。
周囲に目を向ければ、すべての魔王が、魔力を吸われた感覚があるのであろう、皆足を止め、勇者を見つめていた。
つまり、この場にいるすべての魔王の魔力を、同時に勇者は吸収したことになる。
吸われた魔力は微量ではあるが、人間の器には十分すぎる量であろう。
つまり、ただの人間が、必要分を、魔王達から強制的に吸収した?
そんなことが…たかが家畜ごときに、可能なのか?
女の魔王は、まだこの事実に気が付いていないようだが…。
銀髪の魔王の視線が、魔王の傍に立たずむ細目の魔王へと向く。
細目の魔王は、この魔界で、大魔王様に次ぐ頭の持ち主だ。
その上、誰よりも魔界のことを考えている。
その男が動かないという事は……大丈夫なのか?
何か…いやな予感がする。
勇者「ぉぉぉおおおおお!」
目を見開き、勇者が咆哮を上げる。
右手から光輝く稲妻を、左手から漆黒に輝く稲妻をそれぞれ迸らせ。女の魔王を睨む。
女の魔王「……」
対し女の魔王は、じっと勇者の攻撃を待った。
無限に回復するつもりなら、まず心を折る。
そう思考した結果である。
勇者「極限混沌雷撃呪文!」
勇者が両手を突き出す。
反する二つの魔力の反発により、発動と共に勇者の両腕が吹き飛ぶ。
聖と魔の雷撃が混ざり合いながら突き進み、女の魔王へ迫った。
女の魔王は、人差し指をピンと張ると、目の前、勇者が今できるであろう最大攻撃に対して、その指を突き出した。
雷撃が、突き出された指を中心に波紋状に拡散し、霧散する。
勇者「――」
目を見開く勇者。
勇者「がはッ」
女の魔王が突き出した指の圧が、勇者の魔法を消し飛ばしてもとどまることなく、そのまま勇者の腹部を貫通した。
指一本分の穴が、腹に空く。
腕と腹から血を吹き出しながら、勇者の体が宙へ浮いた。
背中を地面に打ち付け、倒れる。
勇者「……」
勇者「……」
茫然と勇者は天井を見つめる。
――決定的だな
こちらの出来うる限りの最大出力の攻撃よりも、敵の指一本の突きの威力がはるかに勝る――
これじゃ、どんなに魔力を体にため込んでも、どうしようもない。
膨大な魔力得ようと、それを放出する出力が、人間では絶望的に足りないのだ。
全世界人類魔力集中作戦は、ここに破綻した。
勇者は力なく笑うと、魔王達から魔力を吸収し、その魔力で体を回復させながら、よろりと立ち上がった。
勇者(やはり正攻法じゃ……勝ち目はないか)
女の魔王は、勇者の瞳を見て眉を寄せた。
女の魔王(まだあきらめていない……?)
勇者の弱さを見せつけ、あの屑魔王の評価を最大限落とすつもりだったが…ここまで粘られると逆効果か…?
まさかここまでやって心が折れないとは
女の魔王「もういいわ」
女魔王はそう言うと、勇者を拘束するための魔法を――
だそうとしたとき、その手を止めた。
勇者が、おもむろに腕を上げ、指差したのだ。
その先には――大魔王がいた。
家 畜 の 分 際 で 大 魔 王 様 を 指 差 す だ と ?
その行為に切れたのは、女の魔王だけではなかった。
女の魔王と勇者の戦いを見ていた内の五人も、この不届きものを殺すべく、動く。
が
勇者に向かって放たれた攻撃はすべて、勇者からそれた。
!?
勇者の前に立ちふさがるようにして立つ細目の魔王。
それにより、勇者を殺すべく放たれた攻撃は、すべて無効化されたのだった
女の魔王「どういうつもり?」
細目の魔王「……僕たちの負けだよ」
女の魔王「はぁ? 一体なにを」
銀髪の魔王「大魔王様!!」
悲鳴にも似た声に、すべての者の視線が、音源へと向く。
そこには――
口から血を吐き出し、ぐったりとうなだれる大魔王の姿があった。
「大魔王様!!」
細目の魔王を除くすべての魔王が、血相を変え大魔王に駆け寄る。
勇者「……」
勇者は歩き出す、自分の前に立つ細目の魔王の横を抜け、喧噪の最中へ
細目の魔王「……ッ」
勇者が横を抜けた瞬間、細目の魔王は、全身の毛が逆立つのを感じた。
勇者は、ぐったりとうなだれる大魔王の巨体の前に立つ。
もはやその命がないことを、勇者は知っていた。
すべての魔王の視線が、勇者へと向いた。
女の魔王「貴様……一体何をした……」
憎悪と恐怖が入り混じったような視線で、魔王達が勇者を睨む。
勇者「極大雷撃呪文」
勇者の呟きにも近い詠唱から放たれる雷撃が、大魔王の死体を消し飛ばした。
銀髪の魔王「――貴様ぁぁああああッ!!!」
激昂した銀髪の魔王が、勇者に迫る。
対し
勇者は何もしなかった。
銀髪の魔王「ガフッ」
勇者の数センチ手前で、銀髪の魔王の動きが止まった。
口から血を吐き出し、苦しそうに身をよじると、その場に膝をつく。
「……ッ」
その様子に、すべての魔王の表情が強張った。
勇者は悠然と歩を進めると、唖然と見つめる魔王達の前で大魔王が座っていた王座に腰を下ろした。
勇者「……安心しろ、お前らはまだ殺さない、……やってもらいたいことがあるからな」
魔王「……ッ」
魔王は、茫然とその光景を見つめていた。
そして、こみ上がる感情に、納得していた。
あの勇者が……ここまで
理屈も、理由も、すべて吹き飛んでいた。
ただ、胸には、優越感――
どうだ、俺の闘っていた勇者は――
俺の闘っていた勇者は――
とんでもない化け物だったぞ。
偉そうにしていた貴様らは、何もできずこのありさまじゃないか
魔王「……はは」
魔王はこらえきれず笑みをこぼす。
そうか……余は
この光景が見たかったのか
やったぜ
一年後……
王「勇者よ、よくぞ…よくぞ大魔王を討ち倒し戻ってきてくれた!」
王は、感極まったように、声を絞り出す。その瞳は涙にぬれていた。
王座の前、魔王達のボスである大魔王を倒した証拠である大魔王の角を前に置き、跪いた勇者はただ顔を伏せる。
王「勇者……いや、わが息子よ、面を上げよ、英雄の顔をみせてくれ」
勇者「……」
勇者は、ゆっくりと顔を上げた。
目があった瞬間、王の顔が強張った。
白くなった毛髪、痩せこけた頬……そして、その瞳は魔族のように赤く染まっていた。
王「……勇者、その目は…」
勇者「魔王達を倒すには……生半可な手段では無理だった……ということです」
勇者は小さな声で応えた。
勇者「魔王達を倒すため、魔族の魔力を吸収しました。その結果、体が変異してしまったようです」
王「う……うむ…」
場にいた兵士や、大臣たちがざわつき始めた。
「勇者さまそこまで…」「しかしあの姿はまるで…」「おい、英雄に対してその態度は」「だがあの姿を公にさらすのは」
勇者「……セレモニーやパーティーで、この姿では皆を不安にさせるでしょう、ですから、私は不参加で構いませんし、今後王族として、この国を治める立場にいようとも考えていません」
その言葉に、少数の大臣が安堵の息を吐く。
王「しかしそれでは!」
勇者「いいのです、この世界から魔族はいなくなった……ついに人間だけの時代がはじまろうとしているのに、それを作った英雄がこの姿では、民に対して示しがつかない、違いますか?」
王「……だが」
勇者「王……いや、父上」
王「!」
勇者「代わりと言ってはなんですが、二つほど、私の願いを聞き入れてはいただけませんか?」
王「う……うむ、なんだ? なんでも言ってみろ」
勇者「まず一つ目、私は今後平和になった世界を旅したいと考えております、その許可をいただきたい」
王「旅……か、それはいつまでじゃ?」
勇者「…期限はかんがえておりません」
王「……うむ……」
王が、複数の大臣に目を向ける。
何人かの大臣がうなずいた。
……
王「わかった……許可しよう、存分に、平和になった世界を見て回ると良い、しかしお前の帰る場所はここだ、そのことは忘れるでないぞ」
勇者「……はい、ありがとうございます」
王「して、二つ目は?」
勇者「銅像を、作って頂きたい」
王「銅像?」
勇者「はい、私や戦士、僧侶、魔法使いのそろった銅像……そこに私を救うために命を落とした人々の名前を刻んだ物を、世界各地の主要都市においていただけないでしょうか」
王「ふむ」
勇者「私一人の力では、決してここまで来ることはできなかったでしょう、そのことを、忘れないために……忘れさせないために」
王「わかった、すぐにでも手配しよう」
勇者「……ありがとうございます」
勇者が魔王を倒したというニュースは、瞬く間に勇者がいた世界を駆け巡った。
世界中から魔物がいなくなり、人々は与えられた平穏に歓喜した。
やがて、魔物のいなくなった世界で人々は殺し合いをはじめ、新たな暗黒時代が幕を開けた。
エピローグ
魔界、大魔王城、大魔王の間
司祭「……やっと見つけだぞ……勇者」
勇者「久しぶりだな、司祭、十年ぶりか?」
大魔王の間、12人の魔王がずらりと並ぶその場所で、司祭はその中央、巨大な椅子に腰を下ろす勇者を睨みつけた。
勇者「お前なら、いつかここにたどり着くと思ってたよ」
司祭「……ッ」
司祭は顔を歪め、周囲を見渡す。
魔王達を従えている勇者の姿に、涙が出そうになった。
司祭「お前が旅に出た後……人間界は、大変なことになった」
勇者「ああ、知ってる」
司祭「勇者教と、女神教の泥沼の宗教戦争だ」
勇者「ああ、知ってる」
司祭「ならなぜお前は何もせず! こんなところでふんぞり返ってるんだッ!?」
勇者「……」
司祭「今だって人が死んでる! 宗教なんてわからない子供まで巻き込まれてる! こんな世界を、俺達は望んだのか!? 違うだろ!」
勇者「いや」
司祭「!」
勇者「少なくとも俺は、それを望んでいたが?」
司祭「……ッ!」
司祭は、崩れるようにその場に腰を落とした。
司祭「……やっぱり……そうだったんだな」
司祭は、どこか諦めたように、口を開いた。
うすうす、感じていた。
魔王と戦う中で勇者が変わっていっていることは……
でも、まさか……こんな…
司祭「おかしいとおもっていた」
勇者「だろうな」
司祭「……妹が6日間行方不明になったのは、勇者の力を調べるためだな」
司祭は、答え合わせをするように、言葉を発した。
勇者「そうだ、一般人と、勇者の仲間の違いを、明確にするためだ」
司祭「……勇者は…勇者の仲間に対して、対象との距離に関わらず念じるだけで思い道理に動かすことができる」
勇者「その通り」
女神の信徒に対しては直接声掛けが必要だが、仲間に対してはその限りではない。
戦闘中に、悠長に命令などしてられない。そんな中でも、仲間は思う通りに動いてくれた。
最初は、ただの連帯感や信頼感だと思っていたが。
そうでないことは、心が砕けた僧侶を動かせたことで証明されている。
司祭「だから……本来なら幼児にも劣る知力しかないスライムが、あんなに都合よく動いたわけだ」
勇者「その通り」
加えて、勇者奪還作戦に司祭が参加したのも、勇者の念に従った可能性が高い。
司祭「その時に、気が付くべきだった……」
勇者「それはどうだろうな? 気が付いてどうにかなったか?」
司祭「……信じたくなかったんだ……俺は」
勇者の言葉を無視し、司祭は独り言のように言った。
勇者「お前なら勇者になれるんじゃないか? そこまでわかっているなら、お前も試せばいい」
その言葉に、司祭は自嘲的に笑う。
司祭「もうやったさ……一度……試そうとした」
勇者がやったであろう方法と同じ方法で。
まず適当な魔物を一匹用意する。
こちらがダメージを受けないレベルの魔物が望ましい。
後は、密室空間にその魔物と籠り、オルガに感染するだけだ。
一週間、オルガを感じながら、過ごす。
やがて自分は死ぬが、それまで一緒にいたオルガは魔物の体内に戻り、またその魔物からオルガに感染する。 それを繰り返すのだ。
オルガが《仲間》になるまで
だけど……
司祭「あんな地獄に、耐えられるわけないだろ」
あの死ぬときの苦痛は、想像をはるかに絶していた。
あんなもの、並の神経で耐えられるわけがないのだ。
オルガが《仲間》になるまで、一体なんどあの苦痛を味わえというのか
司祭「……お前は……イカれてる」
勇者「だが、その苦痛に耐えるだけの価値はあるぞ」
勇者はどこか楽しげに語り始めた。
勇者「《仲間》になったオルガは、魔物だろうと人間だろうと等しく攻撃してくれるし、宿主の魔力を吸って俺に渡す、なんて複雑な命令も可能だ。そして分裂したオルガには、《仲間》と《レベル》の情報が引き継がれる」
司祭「あっと言う間に、お前の《仲間》が増えていくわけだ」
勇者「そうだ、そしてオルガは今や全世界の人類に感染している」
司祭「……!」
司祭はとっさに自分の心臓に手をかざした。
勇者「無駄だ」
司祭「!!!?」
オルガ(Lv99)「……」
勇者「そんな微弱な魔法攻撃じゃ、限界までレベルを上げたオルガを駆除できねーよ」
司祭「……っ」
勇者「つまり…人類の命運は、俺の手の中ってわけだ」
司祭「……ッお前は……銅像を作り、勇者を崇めさせた」
勇者「……そう」
司祭「すべては……女神様を……神を倒すため」
勇者「その通り」
勇者は、笑う。
司祭「……みんなから魔力を集めて戦うのは、単なる見せかけだったんだな」
勇者「ああ、その気になれば、オルガだけで倒せた」
司祭「……こんな茶番を、他の世界でもやったのか」
勇者「そうだ、みんなの祈りを一身に受けた勇者が魔王を倒し、世界各地に作らせた勇者像を、信仰する新たな宗教ができるよう仕向けた」
司祭「……女神様が、黙ってないんじゃないのか」
勇者「食糧を奪われたからな、そりゃだまってないさ、だが、どうする?」
司祭「勇者の加護をはく奪する」
勇者「それは愚行だろ、制御を失ったオルガがどうなるか俺にもわからんぞ」
司祭「……勇者への信仰を滅ぼす…」
勇者「そう、その通りだ。 つまりこの戦いは、女神様が起こしていることでもあるんだよ」
司祭「……ッ」
勇者「なぁ司祭、この魔王達がなんでこの世界に存在しているか知っているか?」
司祭「…」
勇者「こいつらには、性別はあるが生殖能力はない、ただ規格外の魔力と、女神を倒すという目的だけの為に生きている」
司祭「……何がいいたい」
勇者「俺は思ったんだ。こいつらは人間の信仰を吸い上げるための当て馬なんじゃないかってな」
司祭「!」
勇者「魔物を使い、人の信仰心を煽るための舞台装置、そう考えると、すべてに辻褄が合う」
司祭「……ッそれは…、お前の妄想にすぎない」
勇者「なぁ司祭、こんな世界を作った神を、守る価値なんてあるのか?」
司祭「だからそれは―」
勇者「じゃあなんで女神は、助けてくれなかった?」
司祭「!」
勇者「あの村娘や、少女を、何の罪もない人たちを、なんで女神は、助けてくれなかった?」
司祭「……女神様は……無意味な試練を与えない…」
勇者「無意味だろ」
司祭「!」
勇者「死ぬよりもつらい苦痛の声を、お前は聞いたことがあるか?」
司祭「…やめろ」
勇者「あんな心優しい人たちを、あんな目に合わせる意味ってなんだ?」
司祭「やめろ!」
勇者「だから倒すのさ、こんな糞みたいな世界を牛耳ってやがる神どもを」
司祭「……ッ」
司祭は顔を歪めると、絞り出すように、質問をぶつける。
司祭「じゃあなんで……さっさと終わらせない」
勇者「ん?」
司祭「女神信仰の信者どもを殺せば、それで済む話じゃないか、女神様は信仰を失い、やがて滅びるだろうよ」
勇者「……なぁ司祭、俺の見た目を見て、どう思った?」
司祭「?」
司祭は、勇者に目を向ける、十年ぶりにみるその姿は……まったく老いていなかった。
勇者「俺の体の成長は、女神教と勇者教の戦いが始まったときから、止まっている」
司祭「!?」
勇者「おそらく女神たちの小賢しい抵抗だろう。どうやら奴らは俺に死なれるのが怖いらしい」
司祭「どういうことだ?」
勇者「信仰の中心である俺に死なれると困るってことは、要するに、俺の魂は死んだあと神の領域に届きうるってことだと考えている」
司祭「……そんなことが」
勇者「実際、信仰はすごいぞ、信仰を得るほどに、俺の力が今までにないほどに高まっているのがわかる、今ならこいつらを片手であしらえるほどにな」
勇者はそういって、周囲の魔王を見渡した。 魔王達の顔が一様に強張る。
司祭「……だから、そうそうに決着をつけない」
勇者「そうだ、女神を殺したからといって、この呪いが解けるとは限らない」
司祭「…」
勇者「それに、俺の力を少しでも高めるために勇者教の信者を増やしたい、だから、そういう意味でも早々に女神教の信者を殺すわけにもいかないのさ。女神教も寝返る可能性があるからな。その為に今はこの魔王どもと共に工作を続けてるってところだ、そのやり方に長けた人材もいる」
片腕の魔王「……」
司祭「……勇者の力が女神様を上回るのが先か…、それとも女神様がオルガの攻略法を見つけるのが先か」
勇者「もしくは妥協案を女神が出してくるか」
司祭「……壮大だな」
司祭は、諦めたように笑った。
なんだそれ
司祭「お前は……神にでもなるつもりなのか」
勇者「少なくとも、今よりはマシは世界にできる」
司祭「……本気で言ってんのか」
勇者「本気だ」
司祭「……ッ」
勇者はぐるりと周囲を見渡す。
勇者「この魔王達も、俺の為によく働いてくれる。裏工作をする天使をあぶり出したり、悪役に徹し俺を引き立ててくれたりな、俺一人のキャパじゃあ、今はまだそこまでできない」
司祭「勇者! お前はっ」
勇者「ああ壊れてる!! 自覚してるさ!! だが他にどうしたらよかった!?」
司祭「ッ」
突然の感情の発露に、司祭は口をつぐんだ。
勇者「……みんな優しい人だった。 優しい人を大切できない世界。 優しい人を無視する世界……こんな世界と知って、それでもそれを甘んじて受け入れろと? それこそ……俺には耐えられなかった」
司祭「……っ」
司祭は、歯を食いしばり、強く目を閉じると、天をを仰いだ。
勇者「その為だったら……どんなに殺したいほど憎んでいる魔王だろうと、利用価値があれば利用するさ」
最後、勇者の声は落ち着きを取り戻し、そして冷たくなった。
司祭は、もう、何も勇者に対して言葉を持たなかった。
そんな司祭が最後に発した言葉は、ただの反復だったのかもしれない。
司祭「……だから生かしてるのか……仲間を殺した魔王でさえも」
司祭の力のない、ただ思ったことを口にしただけの言葉に、しかし勇者は意外にも笑った。
笑い声が、大魔王の間に響く。
なぜか今、不意に頭に浮かんだ言葉が、やたらと面白かったのだ。
勇者は確認するように、ゆっくりと口を開いた。
勇者「死にたくても死ねない死なない俺と、殺そうにも殺せない殺したい魔王」
完
ここまで読んでいただきありがとうございました。
乙
勇者SSで多分一番好きだわ
乙、これ書いた人天才だろ
乙
見事だった
乙
楽しませてもらったわ
女神編はよ
面白かった
乙なんだよ
乙
絶望的な状況で勇者がもがいてる感じが面白かった
けど結局罪のない人々が大量に死に続けてるというね……
乙。続き読みたいという気持ちと蛇足かなという葛藤
乙
勇者のSSの中では一番面白かった
女神編は蛇足になる気がするけどそれでも見たい
すんごい読みごたえがあるスレだったわ
ここでスレタイ回収するのも鮮やか
乙!
素晴らしく面白い!
なんつう面白さだ・・・
乙
乙
今まで見て来た勇者で1番かっこいいと思う
神スレをみた…
乙
面白かった!乙!
1乙
すげぇ面白かった
いっきに読んじゃった
面白い
すごく面白い
良いものをみた
建前でなく、本心から乙と言わせてもらいたい
乙乙面白かった一気読んだ
大魔王をどうやって倒したの?
あオルガか…
乙
スレタイ回収が鮮やか過ぎた
乙
乙、すばらしいの一言
これが初投稿という驚き
乙、続く絶望感からの最後が面白かったわ
細目の魔王は猿型の魔物が死んだ時点で気付いたのな
読み返してみると、本当によく練られているとわかる
素晴らしい作品だ
いつもなら何この自演の嵐って言うとこだけど
面白かった乙
乙
面白かった
良作だった
乙
あれ、女神の信徒には直接の声掛けが必要なんだよね。直接すべての国を巡回して、何日の何時に頼むわって命令していったのかな
一年半ずっとオルガ籠もりだとすると、半年で全部回ったのか
まあルーラあるし、楽勝か
引き込まれた
乙乙
>>187
作戦は作戦で別に直接頼まなくて王様に頼めばいいんじゃない
そうやって魔翌力伝達法の指導してたんだから
>>189
それじゃあ命令は不要だったってこと?
>>189
作戦遂行に当たって主要人物達に頼む(命令)とすれば
ひとりひとりに対して命令しなくても動いてくれると解釈したけど
勇者自身が全員に命令を出すって>>115で発言してるから
実際に女神信者に対しては動いてたのかもしれない
なるほど
(勇者を)殺そうにも殺せない殺したい魔王
じゃなくて、(勇者が)殺そうにも殺せない殺したい魔王
なのか
乙
ヽ( `o´)ノンゴンゴダンスの時間だあああああああああああああああ
v(`o´)vンゴwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwンゴンゴ若林♪L(`o´)┘
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所詮SSLか…
このSSまとめへのコメント
初投稿です。←どういう意味ですか
すげえなこのss
とりあえず素直にそう思ったわ
あれ?口座番号書いてないけどどこに振り込めばいいの?