のび太「29歳の誕生日か」 (8)

電車の車窓から街を眺める。乱立したビル群の隙間からは、微かに残る夕陽がみえる。
太陽はビルの彼方に沈みきろうとしていた。
ふと、スマートフォンを取り出す。
『あなた、お誕生日おめでとう。今年もこうしてお誕生日を祝えて嬉しいわ。のび助と一緒にケーキを準備してまってるから、お仕事頑張ってね』
しずかからのLINEを確認し返信を打つ。
29歳。気がつけば大人なったなと思う。社会人になり、家庭を持ち、子供も生まれた。
子供の頃の僕はとにかく、何につけてもどん臭かった。本当に将来大人としてやっていけるのか不安だった。そんな僕もこうして、一端の幸せを掴んでいる。

もちろん、順風満帆だったわけじゃない。何度もくじけそうになって、実際に何度も挫けて、地面に伏せて涙を流して。そしてーー、そんな時にはいつも側には頼りになる"彼"がいた。
"彼"がいなければ、今の僕はいなかったに違いない。というより、彼は僕を1人の大人として自立させ、僕と、僕の子供達の運命を変えるために未来からやって来たんだ。幸せにやって当たり前といえば当たり前なのかもしれない。

だからだろうか?
こんなに幸せなのに、こんなに虚しいのは。

期待

のび助ってのび太の親父の名前じゃなかったか

22世紀。
今にして思えば、そう遠くない未来から彼はやって来た。どんな技術革命があったのか、彼の持っていた道具はそれはそれは夢のような機能を持っていて、僕のサポートをしてくれた。
この道具さえ使ってしまえば、一緒安泰に暮らせる。そんな道具も沢山あった。
その道具を一つ置いてくれれば、それで僕は財産を築き、子孫も裕福に暮らせただろう。
だけど、彼は僕が道具に依存することを許さなかった。
時には道具を使わずに、自分の力で問題を解決するように諭されもした。

子供ながらに、それが本当の優しさなんだなと思ったものだ。

子供の頃、小学生の僕を一言で表現すれば"空回り"だったと思う。
やりたい事、こうありたい自分、将来の夢。そういったものを沢山思い描きながら、それを実現するための力がなくて、もがいて、たくさんたくさん足掻くのにいっぽも進まない。
沢山走ってるのに、その足は地面を蹴れずに空回りして一歩も進めず、走行してるうちに周りの皆は涼しい顔で僕を追い抜いて行く。
今にしてみれば笑い話になるが、当時の僕には深刻な悩みだった。

全部嫌になって何もかも投げ出そうとした時、彼はいつもそばに居てくれた。
そして、どうしようもない時だけ、彼は道具を出して問題を解決してくれた。
『のび太くん、やればできるじゃないか』
彼がそう言って笑ってくれる度に、本当は道具の力なのに、僕はまるで自分の力で解決したようなつもりになった。
だけど、不思議なもので、道具で解決したことも、2度目になると自分の力でできる気になってトライしてみるようになる。
なぜか、自分の力で再チャレンジした時には、道具を借りなくても問題を解決できるようになっていたものだ。

彼がいなければ僕は今頃何を思って、何をしていたんだろう?

ふと、そんなことを思った時、丁度電車が目的の駅に到着したところだった。
電車のドアを出てホームに降りる。
夕陽はすでに、完全に落ちていた。
時計を眺める。19:15。今日は残業も少なく、駅に着く時間が少しだけ早い。
家で僕の帰りを待っていてくれているしずかとのび助を思い浮かべながら、僕は駅の改札口を出ようとした。

そして僕は立ち止まった。

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