杏「お腹がすいた」 (38)
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「ん……?」
杏は目を覚ます。
「きらり?」
寝惚けた頭は自分がどこにいるのかを忘れ、きらりの名前を呼んでみる。
「……あー、そっか、ここ、きらりの家じゃなかったっけ」
昨日まではきらりの家に泊まっていたのだから、間違えるのも仕方ない。と杏は自分を納得させる。
杏の家のエアコンが三日前に故障、それからまずはきらりの家に泊まり、昨日からはここに泊まっているのだ。
「あー、そっか、ここで寝ちゃってたのか」
ここは、事務所の仮眠室である。
時計を見ると昼の一時。
「さすがに、起きようかな」
お腹もすいてきたことだし。
事務室まで行けば何かあるだろう。事務室隅のミニキッチンには冷蔵庫もあったはず。
「うああ」
大欠伸をしながら事務所に行くと、そこには大原みちるがいる。
というか、みちるしかいない。ちひろもPもいない。
「あれ、杏さん。いたんですか」
「いたよ、昨日の夜からずっといたよ」
「お泊まりですか?」
「まーね」
ごそごそと戸棚を探る杏。
「あれ、何にもないね」
いつもならカップラーメンやお菓子の一つはあるというのに。
「なんで今日に限って何にもないのさ」
「そういえば、銀行のついでに買い出しに行かなきゃならないって、ちひろさんが言ってましたね」
「みちるは留守番なの?」
「そうですよ」
「ふーん……ところでさ」
「はい?」
「さっきから何食べてるの?」
「パンですけど」
「ずっと食べながら話してるよね、器用だね」
「ふふふふふ、台詞がいつも『ふごっふごっ』しかないと思ったら大きな間違いですよ」
「ゴン太くんと間違えそうになるよ」
「いえいえ、ゴン太くんは杏さんですかね」
「なんで」
「いつもノッポさんと一緒にいるじゃないですか」
「よぉし、きらりの前でもう一度同じこと言ってもらおうか」
「すいませんでした、先輩」
「わかればよし」
ぐーっ
杏の腹の虫が鳴いた。
「……あ」
「お腹すいてます?」
「うん」
「パン食べます?」
「ありがと」
「食べかけですけど」
「は?」
「今囓っているのが最後の一個なんですよ」
「それしかないの?」
「はい」
「やあ、食べかけをもらうのはさすがに」
「そうですか? 私は気にしませんけど」
「いやいいよ、それはみちるが食べちゃって」
「そうですか? それじゃあ遠慮なく」
齧りかけのパンをそのまま一気に咀嚼するみちる。
あまりの迫力に杏は思わず一歩退いていた。
「そんなに怖がらないでください……怖いですかね?」
「なんかね、一緒に食べられそうな気がするんだよ」
「そうなんですか?」
「うん」
「あっはっはっ、この前、仁奈ちゃんが走って逃げました」
「完全に怖がってるよね、それ」
「いや、食べませんよ。パンじゃあるまいし」
「仁奈がパンだったら食べるの?」
「んー、事務所の仲間ですから、我慢しますかね」
「ほっ」
「五分くらいは」
「短いよ!」
ぐーっ
叫ぶと腹の虫が鳴る。
「鳴ってますね」
むしゃむしゃ
許可はもらっているので、みちるは遠慮なく食べ続けている。
「なんかないのかな」
再び戸棚に向かった杏。しかしさっきまで何もなかったところに突然現れるわけがない。
「こんにちわー」
そうこうしているうちに事務所に一人やってきた。
「あれ、みちるさん一人ですか?」
「杏さんもいますよ」
杏が顔を出すと、そこには椎名法子。
「あ、法子ちゃん」
「こんにちは。お二人だけなんですか?」
そうだよ、と答えつつ杏は法子に近づいて、
「ねえねえ」
「はい」
「ドーナッツちょうだい」
手を伸ばす。
「……あ、今は持ってませんけど」
「偽者だ!」
杏の叫びにみちるも乗っかる。
「偽者ですね!」
「はい?」
二人の叫びに一歩退く法子。
「本物の法子とドーナッツを出すんだ! 杏はチュロスがいい」
「出すんですよ。あたしは、ハニーツイストでいいです。パンがあればもっといいです」
「いや、パンはいらない」
素に戻る杏。その杏に向き直るみちる。
「パンは大事ですよ?」
二人の間に入る法子。
「あの、どっちにしてもパンも持ってませんから」
「ちっ」
「今みちるさん舌打ちしましたよね?」
「しかし、断固、杏はドーナッツを要求する」
「だからドーナッツもないんですって」
「偽者だ!」
「偽者ですね!」
「話がループしてますよ!?」
「円を描くように?」
「ドーナッツだけに」
ヒューと口笛を吹いて手を合わせる杏とみちる。
おかしな友情が誕生した瞬間だった。
「つきあいきれません」
肩をすくめてソファに座る法子。
「Pさんもちひろさんもいないんですか?」
「Pさんはお仕事。薫ちゃんたちを送っていきましたよ。ちひろさんは銀行」
「みちるさんが留守番で、杏さんが寝てたんですね」
杏がすかさず抗議の声を上げる。
「杏はいつも寝てると思われてるのか。酷い風評被害だね」
「違うんですか?」
「違わないけど」
ぐーっ、と、三度杏の腹の虫。
「お腹減ってるんですか?」
「まぁね」
「何もないんですか?」
「ない。見事に何もないんだよ。杏を餓死させる気だね、これは」
「何もないんだったら、出前でも頼みましょうか」
「うーん、財布持ってたっけ」
杏が言うと、みちると法子も首を振る。
「事務所からならツケでなんとかなりませんかね?」
「勝手にそんなことしていいんでしょうか」
「んー、前に早苗さんがそれやって、ちひろさんに怒られてたような気が」
早苗が素直に怒られるレベルなら、この三人では瞬殺である。
「……せめてお茶でも煎れましょうか」
「どこかに紅茶かコーヒーがあったような……」
見事になかった。
「ここまで何もないとは」
何もないと言われると余計に腹の虫が鳴り響く。二分ぶり四度目。
法子が冷蔵庫を開けた。
「冷蔵庫も空っぽですね、アイスノンと氷、あとマヨネーズとケチャップと日○キャノーラ油、ビールはありますけど」
「寮に行けば何かあるんじゃないですかね」
「あ、乾電池がいっぱい冷やしてある」
「寮まで動きたくないなぁ」
「そこは我慢してください」
「ん? エレベータが上がってきたよ」
地下室に通じているエレベータが動いていた。
地下からということは、外から帰ってきたわけではない。
地下にあるのは倉庫や機械室。そして池袋ラボだ。
きゅらきゅら
エレベータから出てきたのはウサミンロボ。背中にリュックを背負っている。
池袋晶葉が池袋科学の粋を尽くして開発したウサちゃんロボ。
そのウサちゃんロボの一部に、異星の超科学ウサミン科学による改修を加えてハイパー化したのが、ウサミンロボである。
うさーうさー
ウサミンロボは三人に挨拶すると冷蔵庫へと向かう。
ぱこん、と冷蔵庫を開けて、日○キャノーラ油を取り出すと、頭の耳を取り外して、現れた穴にキャノーラ油を流し込む。
うさ……うさ……けぷっ
「何今の」
「燃料補給ですかね」
「ウサミンロボ、キャノーラ油で動くんだ……」
「しっぽがコンセントだから、電動だと思ってたのに」
「ハイブリッドですかね、色々と」
「でも、さすがにキャノーラ油は……」
けぷっ……けぷっ……うさ
一本全部のみ終えたロボは、リュックから新しいボトルを数本出すと、冷蔵庫に詰めていく。
あれだけあれば、一本ぐらい油以外の物がないのか、と杏はふと思った。
「ロボ、それ全部キャノーラ油なの?」
うさ?
杏の問いに振り向いたロボは首を振って、ボトルを一本見せる。
日○ヘルシーリセッタ
「……うん、確かにキャノーラじゃないけど……うん、なんかごめん」
ぐーっ
思わず謝る杏の腹の虫がまた鳴った。五度目である。
うさ?
よく冷えたキャノーラ油を冷蔵庫から取り出すロボ。ふたを開けると、杏に渡そうとする。
「え? あ、いや、気持ちはありがたいけど」
うさうさ
ぐいぐいとアピールするロボ。
「いや、飲めないから」
ぐいぐいとアピールするロボ。
うさうさ
「……いや、だからね、飲めないって」
ぶもっ
ウサミンロボを押しのける茶色い巨体。
ブリッツェン。
ぶもっぶもっ
なにやら抗議のような声を上げてウサミンロボを威嚇している。
【人間はそんな油ばっかり飲めない】と言っているのだろうか。
「おおう、いつの間に来たのか知らないけれどありがとう、ブリッちゃん」
ぶもっぶもっ
ブリッツェンは杏の前にくわえていた何かを置いた。そして鼻面でそれを杏に向けて押しやる。
「え、なに、それ」
みちるがうなずく。
「苔ですね。それ。トナカイのご飯です」
「ブリッツェン、苔食べてるのか」
「普通の苔じゃないですよ。ブリッツェンが食べるのは、ペギミンHが含まれている特別な苔だって、イヴさんが言ってました」
ぶもっぶもっ
苔を押しやりながら杏に近づいていくブリッツェン。
「あ……うん、気持ちはうれしいけど、苔も食べられないよねぇ……ねえ?」
ブリッツェンとウサミンロボに挟まれた杏は、別の方向へ逃げようとする。
……
「あ」
そこには、一匹のカブトムシ……をくわえたヒョウくんが。
じりじりと杏に近づいていく。
「まさか、杏にカブトムシを恵むつもりじゃないよね?」
じりじり
「えーと……」
じりじり
ぶもっぶもっ
うさうさ
「二人とも、見てないで……」
杏は助けを求めるが、みちると法子の姿はいつの間にかない。
「裏切り者ぉおおお!!」
じりじり
ぶもっぶもっ
うさうさ
「杏は油も飲まないし、苔も食べないし、カブトムシも食べないよ!!」
じりじり
ぶもっぶもっ
うさうさ
「ううう……」
じりじり
ぶもっぶもっ
うさうさ
にょわ
「にょわ?」
ヒョウくんとブリッツェンとウサミンロボが宙に浮いていた。
いや、それぞれ尻尾、角、耳を捕まれ持ち上げられているのだ。
じたばたじたばた
ぶもっ? ぶもっ?
うさっ? うさっ?
「杏ちゃんを苛めるいけない子はメッすゆよ?」
じたばたじたばた
ぶもっ? ぶもっ?
うさっ? うさっ?
「みんな、いけない子だにぃ」
一匹と一頭と一機が壁に並べられる。
「冗談が過ぎちゃう悪い子は~、きらりも本気で怒ゆよ?」
がくぶる
がくぶる
がくぶる
「きらり? どうしたの?」
「杏ちゃんがそろそろ起きゆかなぁ☆って」
包みを差し出すきらり。
「はい、朝昼兼用ごっはーん」
「おおー」
そういえば、昨晩はきらりも事務所にいたような、と思い出す杏。
「杏ちゃんが事務所でねむねむー☆だったから、きらりはお家に帰ったんだにぃ」
「ご飯がないないだったら杏ちゃん悲すぃ? と思って、作ってきちゃったミ☆」
「ありがとね」
「一緒に食べゆ?」
じりじり
ぶもっぶもっ
うさうさ
これは一匹と一頭と一機の反撃の狼煙ではない。後退しているのだ。
二人から離れるようにそっと……そっと……
そしてエレベータの中に逃げ込むと、ウサミンロボが地下のボタンを押す。
降りていく一匹と一頭と一機。
それを視界の隅に捉えてにょわにょわと笑っているきらり。
「じゃ、食べようか」
「はい、杏ちゃん、あーん」
「それはいいってば……」
「うふふ~、だーれも、見てにゃあよ~☆」
一方その頃事務所前では……
事務所に入ろうとするちひろを、みちると法子が遮っていた。
「なにやってるの?」
「いや、お邪魔かなって」
すっと背伸びして、二人の頭越しに中を覗き見るちひろ。
「……みちるちゃん、法子ちゃん」
「はい」
「買い出し忘れてたからもう一度出かけるけれど、一緒に行く?」
「はいっ」
「なんだか必要以上に暑いから、冷たいものでも飲んでゆっくりしましょうか」
そう言って、ちひろはニッコリ笑うのだった。
以上、お粗末様でした
「Pときらりがいなければ杏は生きていけない」という本編ゲームでの言葉に感銘を受けました。素晴らしい。
乙ー
乙。
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