女騎士「オーク退治だと……?」(51)

─ 騎士団駐屯地 ─

騎士団長「ああ、西の山で何件か被害が報告されていてな」

騎士団長「悪いが、頼まれてくれないか」

女騎士「被害というのは?」

騎士団長「山道を通りがかった通行人を斧で脅して」

騎士団長「通行料をいくらか巻き上げてるようなんだ」

騎士団長「はっきりいって、人間の盗賊や山賊に比べれば可愛いもんだが」

騎士団長「被害報告を受けた以上、この地区の騎士団として放ってはおけんからな」

女騎士「承知した」

女騎士「では、すぐに向かおう」

騎士団長「あ、ちょっと待ってくれ」

女騎士「ん?」

騎士団長「実は今回の任務、新米騎士も同行させてやって欲しいんだ」

騎士団長「あいつにもそろそろ、実戦というものを体験させねばならないからな」

騎士団長「もしかすると足手まといになってしまうかもしれんが……」

女騎士「後進の教育は、騎士として当然の務め」

女騎士「喜んで引き受けよう」

騎士団長「そういってもらえると、俺としてもありがたいよ」

騎士団長「では頼んだぞ」

女騎士「はっ!」

新米騎士のもとに向かう女騎士。

新米騎士「え、いいんですか!?」

女騎士「ああ、団長がそろそろ君にも実戦を体験させろ、とな」

新米騎士「やったぁ!」

新米騎士「とはいえ、オーク退治なんて遠足みたいなもんですけどね」

女騎士「こら」

新米騎士「!」

女騎士「たとえどんな任務であろうと、決して浮ついた気持ちで臨んではならない」

女騎士「我々の失敗や敗北は、市民たちの平和を脅かすことにもなるのだ」

女騎士「……分かるな?」

新米騎士「すっ、すみません……女騎士さん!」

女騎士「謝る必要はない。分かってくれればいいんだ」

女騎士と新米騎士は馬を走らせ、西の山を目指す。

ドカラッ! ドカラッ!

新米騎士「それにしても、女騎士さんと同行できるなんて光栄です!」

女騎士「なぜだ?」

新米騎士「この地区の騎士団は、他と比べても精鋭揃いだと評判ですが」

新米騎士「特に団長は、若くしてこの騎士団の長を任されたほどの腕前……」

新米騎士「そして女騎士さんは──」

新米騎士「そんな団長から、実力でも格でも同等だと認めてもらえてるんですから!」

新米騎士「ウチの騎士団にナンバー2にあたるポジションはありませんが」

新米騎士「みんな、女騎士さんがナンバー2だって思ってますよ!」

女騎士「……褒めすぎだ」

ドカラッ! ドカラッ!

─ 西の山 ─

女騎士「ここからは徒歩で行こう」

新米騎士「はいっ!」

ふもとの小屋に馬を預け、山道に入る二人。



ザッザッザッ……

女騎士「……なかなか、険しい山道だな」

新米騎士「大丈夫ですか?」

女騎士「ああ、心配をかけてすまない」

女騎士「それにしても、君は健脚だな。さっきからまったくペースが落ちない」

新米騎士「ボク、山育ちで足だけは自信があるんですよ」

新米騎士「かけっこで、少しの距離なら馬とだって張り合える自信もあります」

女騎士「ほう、すごいじゃないか」

新米騎士「ただ、肝心の手──剣の腕の方はさっぱりでしてね」

新米騎士「仲間にも逃げ足だけは達者、なんてバカにされてるんですよ」

女騎士「そう自分を卑下することはない」

女騎士「逃走とて、場合によっては立派な戦略といえるし」

女騎士「地道に訓練を重ねれば、剣の腕だって必ず上達する」

女騎士「そうすれば君は、騎士団きっての俊足騎士として大成するはずだ」

新米騎士「は……はいっ!」

女騎士「!」ピクッ

女騎士「止まれ」サッ

新米騎士「え?」

女騎士「……どうやら、目当ての客のようだ」



ザッ……

オーク「よう、お二人さん。ここを通りたきゃ、通行料を払ってもらおうか」

巨大な斧を持った筋骨隆々のオークが、二人の前に立ちはだかる。

新米騎士「オ、オーク……!」

女騎士「最近、この山道で通行料を脅し取っているオークというのは、キサマか」

オーク「そうだ」

オーク「1000ゴールドほど、置いてってもらおう。そうすりゃ通してやる」

女騎士「……断るといったら?」

オーク「この斧がなんのためにあるかぐらい、分かんだろ?」ズイッ

女騎士「…………」

新米騎士「女騎士さん、ここはボクに任せて下さい!」チャキッ

女騎士「あっ、待て──」

新米騎士「いざ勝負!」

オーク「ちっ……来やがれ!」

新米騎士とオークの戦いが始まった。

ガィンッ! ガキンッ! ガンッ!

剣と斧が激しくぶつかり合う。

新米騎士「うわわっ!(なんて馬鹿力だ!)」

オーク「どおりゃあああっ!」ブオッ

ガツンッ!

新米騎士「うあっ!」

新米騎士の剣は、オークの斧に弾き飛ばされてしまった。

オーク「ふん、オレの実力が分かったか!」

新米騎士「くっ、くそぉ……!」ガクッ…

膝をつき、うなだれる新米騎士。

女騎士「たしかによく分かった」

オーク「分かったなら、通行料を──」

女騎士「次は、私が相手になろう」チャキッ

オーク「なんだと……!?」

オーク「へっ、お前みたいな女がオレの相手をするってか!?」

オーク「いっとくが、オレは女だからって手加減しねえぞ!」

女騎士「ああ、そうした方がいい」

女騎士「さもなくば、実力を出さないまま死ぬことになる」

オーク「ぬうっ……素直に通行料を渡せばよかったって後悔すんなよ!」

オーク「うりゃあああああっ!」

ブンッ! ブオンッ! ブンッ!

女騎士「…………」ユラリ…

オーク(くうっ! なんて滑らかな動きだ!)



新米騎士(す、すごい……!)

新米騎士(オークの斧を、涼しい顔でかわし続けてる!)

シュバァッ! ピタッ……

目にも止まらぬ速さで、女騎士の剣がオークの喉に寸止めされた。

オーク「う……ぐ、う……!」

女騎士「さて、どうする? 続けるか?」

オーク「くっ……殺せ!」ガクッ

オーク「とっとと首をはねちまってくれよ」

オーク「こんなこと、いつまでも続けられるわけねえって分かってたしな……」

女騎士「…………」

新米騎士「やったぁ! 女騎士さん、トドメを!」

女騎士「殺す前に、話してもらおうか」

オーク「!」

女騎士「なぜ、キサマのような温厚なオークがこんなことをしたのか、をな」

新米騎士「温厚!? ──どこがですか!?」

新米騎士「だってボクをあんな目にあわせたんですよ!?」

女騎士「このオークは、君の剣だけを狙っていたよ。君を殺さないようにな」

新米騎士「!」

女騎士「いや……私と戦っていた時もそうだった」

女騎士「それに……そもそも通行料1000ゴールドというのが」

女騎士「この手の悪事のわりに良心的すぎる」

新米騎士「そういわれてみれば……」

オーク「…………」

女騎士「これはまったくの勘だが……。おそらく、家族のためだろう?」

オーク「!」ギクッ

女騎士「話してみろ」

女騎士「ここで話せば、キサマも家族も助かるかもしれぬ」

女騎士「だが、ここで話さねば私はキサマを斬らねばならんし、家族も助かるまい」

女騎士「他人に恥を話したくないという気持ち、私とてよく分かる」

女騎士「だが、真に家族の身を案ずるのであれば──」

女騎士「安易な死よりも、たとえ見苦しくとも生を選ぶべきではないのか?」

オーク「…………」

オーク「わ、分かった……話すよ、全て」

オーク「オレは普段、木こりをしている」

オーク「この斧も、木の伐採に使っているもんだ」

オーク「だけど、最近ちょっと疲れがたまってきてたから」

オーク「仕事仲間に相談したら『ある店の回復薬はよく効く』っていわれたんで」

オーク「魔術師がやってるっていう、その店に向かったんだ」

オーク「仕事を休む日だったし、妻と子供も連れてな」

オーク「だが……それがいけなかったんだ」

………………

…………

……

~ 回想 ~

─ 魔法道具店 ─

オーク「じゃあオレは薬を買ってくるから、お前たちはここで大人しくしてるんだぞ」

オーク妻「ええ」

オーク娘「うんっ!」

好奇心旺盛なオークの娘が、店内のあちこちを観察する。

オーク娘「お母さん、お母さん! あのツボ、面白い形してるね」

オーク妻「これこれ、面白いなんていっちゃダメよ」

オーク娘「もうちょっと近くで見てみよ~っと」

オーク妻「これ、あまり近づいちゃ……」

グラッ……

オーク娘「え?」

ガシャァンッ!

“面白い形のツボ”は床に落ちて、砕け散ってしまった。

オーク「!」

魔術師「なぁ~んてことをしてくれたんだ!」

魔術師「いいか、これは“魔王のツボ”という、大変高価なツボなんだぞ!」

オーク娘「え、わたしさわってないよ……」

魔術師「じゃあ、ツボが勝手に動いたとでもいうのか!? ええ!?」

オーク娘「わ、わたし……」

魔術師「まったく……モンスターを店に入れると必ずこういうことが起こる!」

魔術師「今すぐ近くの騎士団駐屯地に通報させてもらうよ」

魔術師「オークの集団に店を荒らされましたってね!」

オーク「待ってくれ! ……分かった、弁償する!」

魔術師「ふうん……。じゃあ、これぐらい払ってもらおうか」ピラッ…

オーク「!」

オーク「さ、さすがにこんな額は……」

魔術師「なら……金を作ってくるんだな」

魔術師「オークであるキミじゃ、担保になるものなんて持ってないだろうから」

魔術師「この妻と娘を預からせてもらうよ」

オーク「そんな……!」

魔術師「いっとくが、くれぐれも他言しないでくれよ」

魔術師「すれば、キミはもちろん、家族全員牢獄行きだ!」

オーク「……分かった! 必ず金を作って持ってくる!」

魔術師「いい心がけだ」ニィ…

オーク「待っててくれ、必ず金を作ってくるから!」

オーク妻「あなた……!」

オーク娘「お父さん……ごめんなさい……」

………………

…………

……

~ 現在 ~

─ 西の山 ─

オーク「──ってわけだ」

オーク「大口叩いたはいいが、オレは金を稼ぐ方法なんか全然分からねえから」

オーク「根城にしてるこの山で、通行人から金を巻き上げてたんだ……」

新米騎士「オークのやったことはもちろん悪いことだけど……」

新米騎士「それ以上にとんでもない魔術師だ!」

新米騎士「いくら店の商品を壊されたからって、家族を人質を取るなんて!」

新米騎士「女騎士さん、すぐその店に抗議しに行きましょう!」

女騎士「だが……それをやれば、オークの妻子が害される危険がある」

新米騎士「ですが……!」

女騎士「オークよ」

女騎士「ここに金貨袋がある。これを持って、魔術師のところに行け」ジャラッ…

女騎士「妻と娘を取り戻すには、十分な額があるはずだ」

オーク「金を恵んでもらうなんて……そんな情けないことできるかよ!」

女騎士「通行料を巻き上げていた者が、今さらなにをいっている」

オーク「うぐっ……! そ、そりゃそうだけど……」

女騎士「行け! こういうことは早い方がいい」

オーク「……分かった、ありがとよ! この恩は必ず返す!」

タッタッタッ……



新米騎士「女騎士さん……。あんな大金渡してしまって、大丈夫ですか?」

女騎士「心配無用だ」

新米騎士(そっか……そうだよな)

新米騎士(女騎士さんはかなりの名家の出……)

新米騎士(それを考えればあの程度の支出、どうってことないよな)

─ 魔法道具店 ─

金貨袋を手に、オークがやってきた。

オーク「オイ!」

魔術師「ん?」

魔術師「おや、キミか。いっとくが、いくら泣きついたって──」

オーク「いや……金を集めてきた!」ジャラッ…

魔術師「なんだって!?」

オーク「さぁ、妻と娘を返してくれ!」

オークを無視して、脇目も振らず金貨を数える魔術師。

魔術師(ふむむ、近頃は取り締まり強化のせいで“裏の商売”がやりにくくなり)

魔術師(臨時収入になればと、たわむれにブタどもを脅してみたが──)

魔術師(どうやったか知らんが、こんなブタがこれほどの金貨を稼いでくるとは!)

魔術師(ククク、こんな金づるをみすみす手放す手はない!)ニィ…

魔術師「いやいや……こんなんじゃ、とても足りないなァ~」

オーク「……なんだと!? 足りてるはずだ!」

魔術師「たしかにツボの代金はこれでまかなえたが」

魔術師「次は器物破損による、ワタシの精神的苦痛を賠償してもらわねばならない」

魔術師「そうだな……。ざっとこれぐらいは頂かないとね」ピラッ…

オーク(ツボの代金の倍以上はあるじゃねえか……!)

オーク「ふ、ふざけやがって……!」

オーク「そんなもん払えるか! さっさと妻と娘を返せぇっ!」ダッ

魔術師「ふん」スッ…

ドォンッ!

魔術師の右手から飛び出た衝撃波が、オークの体を吹き飛ばした。

オーク「ぐおお……っ!」ドザッ…

魔術師「暴行未遂による慰謝料も追加、と」

魔術師「ククク、こりゃキミは一生ワタシの奴隷決定かなァ?」

女騎士「やれやれ……」

女騎士「ずいぶんタチの悪い商売があったものだ」ザッ…



魔術師「だれだ!?」

オーク「お、女騎士……?」

女騎士「悪いが、後をつけさせてもらっていた」

女騎士「魔術師が、金と引き替えに妻子を返すのであれば」

女騎士「余計な介入はせずに済ませようとも考えていたが」

女騎士「これでは……とてもそういうわけにはいかんな」

女騎士「おおかた、最初から罠だったのだろう」

女騎士「“魔王のツボ”とやらが割れたのは、おそらく魔術師の魔法による自作自演」

女騎士「いや……本当に高価なツボだったかどうかすらも怪しい」

オーク「そ、そんな……」

魔術師「ほう……いいとこ突いてるよ、キミ」

魔術師「だとしたら、なんだというんだ?」

魔術師「担保である人質がある以上、キミら二人は決してワタシに逆らえない」

魔術師「オークの妻子を犠牲にしてでもワタシと争うというのなら、話は別だがね」

女騎士「キサマに心配されるまでもない」

魔術師「……なに?」

女騎士「今頃、頼りになる後輩が、二人を助けているはずだ」

その頃、店の裏側では──

ドカァンッ!

新米騎士「よっしゃ、蹴りまくってたら檻が壊れた!」

新米騎士「我ながらすごい威力だ!」

新米騎士「う~ん、剣じゃなくキックで戦う騎士っていうのもアリかもしれないな……」

オーク妻「あ、ありがとうございます!」

オーク娘「やっと出られたよぉ……」

新米騎士(二人とも、ずいぶんやつれてるな……)

新米騎士(きっとろくに水も食べ物も与えてもらえなかったんだろう)

新米騎士(女騎士さんには、魔術師とオークのことは任せろっていわれてるし……)

新米騎士「ひとっ走り、水でも持ってくるよ! 待ってて!」

ドヒュンッ!

オーク妻(もうあんなところまで……)

オーク娘「はや~い!」

再び店内──

魔術師(あのメスブタ二匹は簡素な檻に入れてあるだけ……)

魔術師(おそらく“後輩”とやらに助けられてしまっているだろう)

魔術師(たとえモンスター相手でも、脅迫や監禁は立派な罪になってしまう……)

魔術師(ブタ一家如きのために、お尋ね者になるわけにはいかん!)

魔術師「その格好を見るに、キミは騎士なんだろうが」

魔術師「この件について上に報告してたりする?」

女騎士「いや、していない。するヒマもなかったしな」

魔術師「そうかい……安心したよ」

魔術師「つまり──」

魔術師「ブタ一家と騎士二人を始末してしまえば」

魔術師「この一件が明るみに出ることはないわけだ!」バッ

ドウッ!

魔術師の不意打ち。

強烈な衝撃波が、女騎士の腹部を直撃した。

女騎士「……あいにくだったな」シュゥゥ…

魔術師「き、効いていない……!?」

女騎士「私の甲冑には対魔法コーティングが施されているし」

女騎士「私自身も、事前に魔法薬を飲んで魔法耐性を上げている」

女騎士「今の魔法ぐらいでは、到底私は倒せん」

魔術師「ぐ……!」

女騎士「しかし、肉体を用いての勝負では私に勝てぬことぐらいは分かるだろう」

女騎士「さぁ、観念しろ」

魔術師(く、くそっ……ワタシではこの女を倒し切れる魔法は出せん!)ジリッ…

魔術師(ここで捕まると色々マズイ……どうする!?)

魔術師(いや待てよ……先日仕入れたアレを使えば!)

お前のヴァージン豚煮込みーwwwwwwww

期待

魔術師「ククク……観念するとしよう」

魔術師「ただし──」

女騎士「?」

魔術師「こいつが通じなければな!」サッ

魔術師は近くにあったビンを床に叩きつけると──

パリィンッ!

女騎士(丸い粒が入っている! ──なにかの薬か!?)

魔術師「さぁ、育つがいい!」ブゥゥゥン…

──床に散らばった粒に、魔力を送り込んだ。

すると、粒は瞬く間に変形し──

ウネウネ…… ウゾウゾ……

女騎士「触手……!?」

魔術師「ククク、ビンに入ってたのは触手の種だったのだよォ!」

女騎士(こんなもの……明らかに取引禁止アイテムではないか……!)

女騎士(やはり、オークへの脅迫などはほんの序の口だったということか!)

女騎士(この分ではオークがいっていた“よく効く回復薬”とやらも怪しいものだ……)

魔術師「触手よ、あの女を捕えろ!」

シュルルルル…… シュバッ!

ガシィッ……!

女騎士「ちっ……!」ググッ…

たちまちのうちに、女騎士の四肢は触手に捕らわれてしまった。

魔術師「ククク、動けまい」

オーク「このヤロウ……」ググッ…

魔術師「ブタは寝てろ! あとで家族まとめて始末してやる!」バリバリッ…

オーク「ぐあっ!」ドサッ…

女騎士「やめろ!」

魔術師「キミはもっと、自分の心配をした方がいいぞォ?」

魔術師「“後輩”とやらを始末する時のため、人質として生かしておいてはやるが」

魔術師「無傷のままにしておく必要はないんだからな」

ニュルニュル…… シュルル……

細い触手が次々に甲冑の隙間に入り込んでいく。

女騎士「…………!」

魔術師「さあて……どう辱めてやろうか……」ニィ…

女騎士「……チャンスをやろう」

女騎士「今すぐ、この触手から私を解放しろ」

女騎士「さすれば、痛みがないように捕えてやる」

魔術師「…………?」

思いもよらぬ言葉に、魔術師の顔がみるみる怒りを帯びる。

魔術師「ハァ!? なにが痛みがないように、だ!? オマエはアホなのか!?」

魔術師「四肢を封じられたオマエと、生殺与奪を握るこのワタシ」

魔術師「ここはオマエが痛くないようして下さい、と懇願する場面だろうがァ!」

女騎士「…………」フゥ…

女騎士「聞き入れてもらえなかったようで、残念だ」グッ…



ザザザザンッ!

一瞬の出来事であった。

女騎士の体にまとわりついていた触手が、バラバラに切り飛ばされていた。

ボトッ…… ボトボトッ……

女騎士「久々に使ったな」スタッ

魔術師「な、なんだ……!? 今なにをした!?」

女騎士「私の甲冑には、あちこちに暗器を仕込んでおいてある」カチカチッ

女騎士「今のように拘束された時や、あるいは自害する時のためにな」

女騎士「それを作動させただけのことだ」

女騎士「とはいえ使わないに越したことはないから、一度チャンスはくれてやったがな」

魔術師「お、おいっ、触手! もう一度あの女を捕えるんだ!」

ウネ…… ウネ……

魔術師(動かない……! 怖気づいてしまっている!)

女騎士「無駄だ。もう私が敵わぬ相手だと学習してしまったからな」

女騎士「いくら命令しても、私に襲いかかることはないだろう」

魔術師「う、ぐぐ……」

魔術師「くそぉっ!」バッ

ズドドドォンッ!

魔術師の衝撃波が、女騎士に命中した。

女騎士「魔法は通じないといっただろう?」シュゥゥ…

魔術師「げえっ!」

女騎士「さてと、キサマは先ほどの忠告を聞かなかったから、少々痛くするぞ」

女騎士「剣ではなく、鉄拳でな」グッ

バキィッ!

魔術師「ぐえぇっ……」ドサッ…

女騎士「一発で沈むとは……情けない男だ」

女騎士「さて、触手の件といい、叩けばいくらでもホコリが出る身だろうが──」

女騎士「ひとまずはモンスター監禁と脅迫の罪で拘束する!」

後始末を済ませ、女騎士たちはオーク一家とともに西の山に戻った。

─ 西の山 ─

オーク「ありがとよ……!」

オーク「アンタたちがいなきゃ、オレらはどうなってたか分からねえ……」

女騎士「騎士として当然の務めを果たしたまでだ」

新米騎士「そうそう!」

オーク「ところで、この金は返すよ! 結局いらなかったしな!」ジャラッ…

女騎士「いや、それはすでに一度渡したものだ。今さら返却されても困る」

女騎士「とっておいてくれ」

オーク「オイオイ、そういうわけにはいかねえよ!」

女騎士「妻と娘は、監禁中まともに食事をさせてもらえなかったという」

女騎士「その金で、少しいいものを食べさせてやるといい」

女騎士「それに……後々キサマが通行料を巻き上げた人たちを見かけた時」

女騎士「そこから金を返せるだろう?」

オーク「……分かった、そうさせてもらうよ!」

オーク「あといっとくが、アンタたちへの恩はどんな形であれ必ず返す!」

女騎士「ふふっ、楽しみにしているよ」

女騎士「では、行こうか」

新米騎士「はいっ!」

新米騎士(女騎士さん、スタイルいいけど太っ腹だなぁ~)

オーク「また山に遊びに来てくれよ!」

オーク妻「本当にありがとうございました……!」

オーク娘「またね~!」

駐屯所へと馬を走らせる女騎士と新米騎士。

ドカラッ! ドカラッ!

新米騎士「女騎士さん、あざやかでした!」

新米騎士「オークを倒さずに事情を聞き、裏にいた悪徳魔術師をやっつけるなんて!」

新米騎士「それにひきかえ、ボクはなんの役にも立てず……」

女騎士「そんなことはない」

女騎士「私とは別行動で、オークの妻子を助けたのは君の手柄だし」

女騎士「君がいたからこそ、私は魔術師と五分の立場になれたのだ」

女騎士「少なくとも、初任務としては上出来だ」

女騎士「今後も期待しているぞ」

新米騎士「は、はいっ! ありがとうございますっ!」

女騎士「ただし……剣技についてはもっと訓練が必要だがな」

新米騎士「……ですよねぇ」

ドカラッ! ドカラッ!

─ 騎士団駐屯地 ─

女騎士「──以上が、今回の報告となる」

騎士団長「……ご苦労だった。急な任務にも関わらず、よくこなしてくれた」

騎士団長「だが、女騎士」

女騎士「?」

騎士団長「俺の命令は『オークを退治せよ』だったはずだが」

騎士団長「そのオークを殺すことなく、あまつさえ手助けまでするとは」

騎士団長「いったいどういうことだ?」

騎士団長の顔つきが変わる。

騎士団長「女騎士よ……」

騎士団長「これは命令違反といえるのではないか……!?」ギロッ

女騎士「お言葉だが、団長」

女騎士「通行料を巻き上げるような心を持ったオークは、もうあの山にはいない……」

女騎士「これもまた、退治と考える」

騎士団長「詭弁だな……」スラッ…

ヒュオッ!

女騎士の首筋に、騎士団長の剣が突きつけられる。

騎士団長「この騎士団にて、お前を俺と対等と認めたのは、他ならぬ俺自身だが──」

騎士団長「命令違反をされたのでは、さすがに長として黙ってはおれん」

騎士団長「他の部下に示しがつかんからな」

騎士団長「……だが」

騎士団長「改めてオークを退治に向かうというのであれば、不問に付してやろう」

女騎士「私にそのつもりはない」

女騎士「私を命令違反とするならば、今すぐその剣で私の首を叩き斬ってもらいたい」

女騎士「ただし、私の命と引きかえにオークの命は助けてやって欲しい」

騎士団長「…………」

騎士団長「……ふっ」

騎士団長「やはり、お前を俺と対等としたのは正しかった」スッ…

剣を収める騎士団長。

騎士団長「俺はあの山のオークは本来温厚で友好的だと知っていたが」

騎士団長「立場上、オークを殺さず説得せよという命令を出すわけにもいかなかった」

騎士団長「もし、他の騎士に命令していれば、命令通りオークを殺害していただろう」

騎士団長「今回の件はお前に任せて正解だった。みごとだ……女騎士」

騎士団長「これからも“その調子”で俺を助けて欲しい」

女騎士「団長も人が悪い……私を試したのだな?」

騎士団長「まぁ、そんなところだ」

騎士団長「それにしても、俺の剣を突きつけられても眉一つ動かさないとは」

騎士団長「俺の腕も鈍ったかな?」

女騎士「団長の剣には殺気がこもっていなかった」

女騎士「そうでなければ、今頃私の顔は青ざめていたはずだ」

騎士団長「なるほど……さすがの鋭さだ。最初から見透かされてしまっていたか」

騎士団長「では下がっていいぞ」

女騎士「…………」

騎士団長「?」

女騎士「……あの」

騎士団長「どうした? まだ報告することがあるのか?」

女騎士「給料の……前借りをお願いしたいのだが……」

騎士団長「……え? 給料?」

女騎士「その……なりゆきで、オークに手持ちを全部渡してしまって……」

騎士団長「前借りは認めん」

女騎士「!」

騎士団長「だが──」ジャラッ…

騎士団長が金貨袋を手渡す。

騎士団長「お前が捕えた魔術師、道具屋をかくれみのにかなりの悪事を働いていたようだ」

騎士団長「それこそ、今回の件など生ぬるく見えてしまうほどの悪事もな」

騎士団長「今後、憲兵らとも協力して、奴を徹底的に洗っていけば」

騎士団長「芋づる式に悪党同士の相関関係を突き止めることができるはずだ」

騎士団長「大した額ではないが、特別ボーナスとして受け取っておけ」

女騎士「しかし……!」

騎士団長「たまにはかっこつけさせろ」

女騎士「……かたじけない!」

礼をいうと、女騎士は部屋から退出した。

騎士団長「あいつは鋭いんだか、抜けてるんだか……」

─ 女騎士の家 ─

私服に着替え、居間でくつろぐ女騎士。

女騎士(また父上から手紙か)カサッ…

女騎士(金が必要であればいくらでも送る……)

女騎士(そろそろ貴族との縁談を受けて、落ちついたらどうだ、か……)

女騎士(しかし、仕送りも縁談も、今の私には不要だ)

女騎士(私はもっともっと民のために働き、剣技を磨きたいのだから!)

女騎士(だから、父上には頼らない!)

女騎士(とはいえ今回は、団長に救われる結果となってしまったがな……)

そして、ベッドに入ると──

女騎士(新米騎士……また機会があれば同行させてやろう。彼はきっと伸びる)

女騎士(オークたち、幸せに暮らせるといいな。ちょくちょく様子を見に行くか)

女騎士(魔術師め……もう少し懲らしめてやってもよかったかもしれん)

女騎士(団長には借りができた……なんとか働きで返さねば……)ウト…

女騎士「すぅ……すぅ……」



今日一日で関わった人々に思いを馳せながら、ゆっくり眠りにつくのであった。







                                   ─ 完 ─

これで完結となります

終わり…だ…と!?


あまりにも斬新すぎるSSだった


まさかオークがあの台詞を言うとはな

面白い

続きはよ

なんだこれ
消化不良感が凄いな

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