魔女「寓話の魔女」 (23)
賢人「あの魔女を殺さねばならぬ」
賢人「然り。奴は些かやり過ぎた。今この大陸には、あまりに災厄が蔓延し過ぎている」
賢人「それも、英雄の力を持ってすら打破し得ぬ規模のものが、だ。西の王国で永久の眠りを与えられた姫は、日に日に生命力を失い衰弱し続けている。清き魂を持つ王子と命を共有し、その猛き生命力で呪詛を破るはずが、王子諸共死に引き込まれつつあるとはどれほど強力な呪を打ったのだ」
賢人「東の海辺の王国では海魔の被害が深刻化している。よりにもよって深淵の王を呼び寄せるとは……あれは近海の主とは文字通り格が違うぞ。姫を奪われたが最後、王の居る深みまで取り戻しに行く術はほぼ無いと言って良い」
賢人「北の氷竜が力を増したのも奴の差し金だ。このままでは、北の王国は四半節を待たずして完全に氷雪に閉ざされよう。南部の王国では、何もかも喰らい尽くす魔蟲の群れが大規模な飢饉を引き起こしている。あれも、群れの女王の所在があまりに巧妙に隠されているため打つ手が無い」
賢人「その他にも、あちこちで数え切れぬほどの災いが起きている。あいつは本気でこの世界を終わらせようとでもいうつもりか」
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賢人「だが、我々が直接手を下すことはできぬ」
賢人「然り。我らまで役目を外れるわけにはいかん。邪悪を討つには、然るべき手順を踏ませねば」
賢人「私達の役目は、あくまで正しき歴史を守り伝え、人と国の行く末を導くことであって、三賢人自らが世を動かすことは規範から外れることだ」
賢人「ならば――」
賢人「うむ」
賢人「あらゆる国に託宣を授け、大陸全土を上げて奴を討つ勇者の選定を行わせるとしよう」
賢人「大陸全ての国々から勇士を募り選りすぐれば、あの魔女を討ち得る勇者も見つけられよう」
賢人「それぞれの国が抱える問題については後回しにせざるを得ないが……ひとつやふたつ先に解決したところで、あいつを討ち滅ぼすことができなければ、結局は未解決の災禍が拡大して大陸全土を飲み込むだけだからな」
賢人「この大陸で、最も勇猛で、最も強靭で、最も清き魂を持つ者よ。災厄の権化たる邪悪の魔女を滅ぼし、この世界を救うのだ」
ギギィッ...ゴゴガァン...
勇者「とうとう見つけたぞ、暴虐の魔女よ!」ジャキッ
魔女「来たか……待ちわびたよ『勇者』」スクッ...
勇者「ふん、暗黒山脈の頂きにこんな城を構え、挙句玉座の間まで。邪悪な魔女の分際で王を気取るか」
魔女「囀るな。これは言うなれば『様式美』というものだ。『邪悪の権化たる魔女に相応しい城』、というな」
魔女「……? 貴様は何を言っている……?」
魔女「どうでも良いことだ。それより……我が城の足元まで辿り着いた時には、『勇者』は四人いたようだが?」
勇者「神弓の射手は、断崖絶壁を登攀する俺達を翼持つ魔獣の群れから守るため、独り崖下に残った。斧槍の使い手は城を囲む茨を断ち割った後、貴様の邪竜を引き受けてくれ、三賢人から教えを受けた希代の魔術師は、動白骨の軍勢が俺を追わぬよう、結界を張って食い止めてくれている」
魔女「かくして、聖剣の担い手たるお前独りが私の下に辿り着いた、ということか。なるほど、相応しい。それでこそ、英雄譚の勇者として相応しい有り様だ」
ギギィッ...ゴゴガァン...
勇者「とうとう見つけたぞ、暴虐の魔女よ!」ジャキッ
魔女「来たか……待ちわびたよ『勇者』」スクッ...
勇者「ふん、暗黒山脈の頂きにこんな城を構え、挙句玉座の間まで。邪悪な魔女の分際で王を気取るか」
魔女「囀るな。これは言うなれば『様式美』というものだ。『邪悪の権化たる魔女に相応しい城』、というな」
勇者「……? 貴様は何を言っている……?」
魔女「どうでも良いことだ。それより……我が城の足元まで辿り着いた時には、『勇者』は四人いたようだが?」
勇者「神弓の射手は、断崖絶壁を登攀する俺達を翼持つ魔獣の群れから守るため、独り崖下に残った。斧槍の使い手は城を囲む茨を断ち割った後、貴様の邪竜を引き受けてくれ、三賢人から教えを受けた希代の魔術師は、動白骨の軍勢が俺を追わぬよう、結界を張って食い止めてくれている」
魔女「かくして、聖剣の担い手たるお前独りが私の下に辿り着いた、ということか。なるほど、相応しい。それでこそ、英雄譚の勇者として相応しい有り様だ」
勇者「御託はいい。貴様を討ち、俺はこの大陸を災厄から解放する!」
魔女「ああ、そうだな。それがあるべき流れというものだ」フゥ...
勇者「貴様……観念したか? 抗う気が無いのなら、せめて苦しまずに送ってやるぞ」
魔女「ん? ああ……そうか。そうだな、ここは抵抗して見せねば泊が付かんか。ならば――【這え】」カツーン
勇者「なっ、床の影が蛇に――何のッ!」ズバァッ!
勇者「魔女よ、覚悟ッ!」ダッ
魔女「【踊れ】」スッ
勇者「中身のない甲冑を操るか! だがッ!」ギャリィンッ ズガァッ!!
魔女「【羽ばたけ】」カッ
勇者「今度は彫像の悪魔が実体に……! これしきのことで……!」ザンッ ザシュッ!
魔女「【嗤え】」カツーン カッ
動白骨「」カタカタカタカタ...
勇者「なっ、動白骨の軍勢が……!?」
魔女「お前の仲間が結界で押さえている、のだったか。生憎と、私の魔力なら直接この場に召喚できるのでな」
動白骨「」カタカタカtズバァッ!
勇者「くっ……貴様の行動は不可解だ!」ザンッ ガシュッ!
勇者「俺にはこの聖剣の加護がある! そうして手札を小出しにしても、俺を殺すことはできんぞ!」ズバァッ!
魔女「ああ、だろうな」
勇者「知っていて……!? 貴様は一体何がしたい!? 一体何が目的なんだ!?」
魔女「では私から逆に問う。――お前は、私の何を知っている?」
勇者「……災禍の魔女。かつてはかの三賢人の下に師事しながらも、我欲と傲慢に溺れ出奔し、この大陸中に呪いを振りまいている……と聞いた」
魔女「伝聞形なのは何故だ?」
勇者「……幸運にも俺自身は、これまでお前のもたらした災厄に巻き込まれたことが無かったからな。人伝に聞いた以上のことは知らん」
魔女「正直だな。そしてその情報は正しい。それこそが『正史』だ」
魔女「――では人心を惑わす邪悪な魔女として、私はお前にひとつ、本当のことを教えてやろう」
勇者「何――?」
魔女「私の目的は、いや役割はな、勇者。――“人々を幸いに導くこと”だ」
勇者「馬鹿な! 人伝にしか聞いていない俺でも、お前のもたらしたものが幸いからかけ離れたものであることくらいわかるぞ!」
魔女「ほう。では私が過去に犯した罪とやら、お前の知る限り挙げてみろ」
勇者「西方の王国の姫に、覚めぬ眠りの呪いをかけただろう! 隣国の王子が呪いを破らねば、姫は今も眠り続けていたはずだ!」
魔女「下衆で卑劣な宰相が、姫を我がものにせんと密かに狙っていたからな。いかな策謀を巡らせど、ああも華々しく姫を救い出した王子からは奪えまい」
勇者「では、南の国から姫を攫い、荒野の塔に幽閉したのは!?」
魔女「あれの父王は、娘を政略結婚の駒のひとつとしか見ていなかった。私に城から連れ出され、あの王子に見初められることが無ければ、外の世界も、本当の愛も恋も知ることなく、どこかの城の中で一生を終えただろう」
勇者「なら……森の国の姫を襲ったことはどう説明する!? 小人族に保護されねば、深い森の中を彷徨い続けてそのまま……!」
魔女「逆だ。一時的に森の小人族の下へ身を寄せたからこそ、王位継承権を狙う叔父に謀殺されずに済んだ。毒林檎の呪いを解いた結婚相手まで連れて戻ってこられては、もはやそれ以上は手を出せんからな」
魔女「他に何かあるか? 私によって何者かが破滅したという話が。私が振り撒いた災いは、どれも優れた者の勇気と行動によって打ち破られ、呪われた姫もそれを祓って、今も幸いに暮らしているはずだが」
勇者「け……結果論だ! 優れた者が運よく現れたから救われただけだろう!」
魔女「いや、必然だ。私がそう仕向けた。災いを、呪詛を先にもたらすことで不幸を遠ざけ、しかる後に何者かに救わせることで、遠ざけた不幸が戻ってこられぬようにする。私はそういったことを幾度も繰り返してきた……」
勇者「貴様は……お前は、そのために姫達を呪ったと言うのか?」
魔女「他にも色々やったぞ。枯れた土地を再び肥えさせるために大洪水を起こしたり、寂れた山村に鉱山資源を発見させるために、巨大な巣穴を掘る蛇竜を山に放ったりとかな。いずれも、その苦難を乗り越えた先で、人々は以前よりも豊かで幸福な暮らしを得ているはずだ」
魔女「それこそが、『寓話の魔女』たる私の役目であり機能であり目的だ。打破し得る障害を与えることで、幸いな結末へと導く、というな」
勇者「それなら……それなら今の大陸のこの惨状は一体何だ!? 数多の勇士が挑んだが、お前が各地で振り撒いた災いは一向に衰える気配が無い! だから俺みたいなやつらが、お前を殺すために遣わされてきたんだぞ!」
魔女「……私はな、疲れたのだよ。他者の幸いを演出するだけの生に。因果の道筋を知らぬ者達にとって、私は『幸いへの道を阻む悪』でしかない。排除するべき敵でしかない。本当はその『悪しき魔女』によって、破滅への道から救われているというのにな!」
魔女「だから――そんな世界を滅ぼすことにした。それだけだ」
勇者「貴様ッ――!」
魔女「さあ、来るがいい『勇者』。今の私は掛け値なしに、破滅をもたらす最悪の魔女だ! この世界が大事なら私を殺してみせろ!!」
勇者「貴様ぁ――ッ!!」ダッ
動白骨「」カタカタカタカタ...!
勇者「魔女――!」ザンッ ズガッ ドガァッ
魔女(そうだ……)
動白骨「」ワラワラワラ...
勇者「くっ、このっ……邪魔だァァァ――ッ!!」ヒュ――ズバァッ!!
魔女(そうだ……!)
勇者「魔女、お前は、お前だけは……!!」
魔女(さあ来い、そうだ、私を見ろ! 救うべき姫ではなく、守るべき民草ではなく、殺すべき私の姿だけをその眼に映せ!)
魔女(誰も私を見てはいない。当然だ、幾多の歴史において、私は所詮、救うべき姫の前に立ちはだかる悪役(しょうがいぶつ)でしかないのだから)
魔女(だがそれならば――それならば、一体、私自身の幸いはどこにある……?)
魔女(だから、大陸全土で災いを起こした)
魔女(もはや誰もが、この私から目を逸らせぬように)
魔女(哀れな姫でなく、守るべき民ではなく、この私を目的と見据えた勇者が来るように――)
動 白骨「」ドシャッ
魔女「……ふ、所詮は動白骨。幾百の軍勢を組み上げようと勇者の前には勝てんか」
勇者「魔女……」ハァハァ
勇者「覚悟……!」ダッ
魔女(ああ、これで私は――)
勇者「……ッ!」ビタッ
魔女「……どうした。何をしている勇者」
勇者「魔女、お前はっ……!」
魔女「さあ殺せ! それで初めて私は、誰かの物語に登場する障害物ではなく、私自身の物語の主役になれるのだ!」
勇者「魔女、やはりお前は……!」
勇者「なら……お前のことは――殺さない」スッ
魔女「嗤わせる。その下らん情けで世界が滅ぶぞ」
勇者「お前は……お前はただ、自分の幸せが欲しかっただけなんだろう?」
魔女「…………」
勇者「……俺は辺境の、小さな村の出身でな。娯楽と言えば、行商人が持ってくる絵物語や、旅芸人が語る英雄譚くらいしかないところだ。だから俺も、そういったものを見聞きして育ち、そして当然のように、そこに現れる英雄に憧れた」
勇者「彼らのように、誰にも救われずに苦しんでいる人を救えるようになりたい。それが俺の夢だった。だから王国のお触れを聞いた時、俺の力を役立てられるならと志願し、全力を尽くして勇者の選定に勝ち残った」
勇者「だが俺は、世界を救うなんて大層なことは考えちゃいない。俺はただ、目の前で苦しんでいる奴を救える男でありたい! それだけだ!」
魔女「ハッ、それで何だ? 私を救うと? お前に望みを託した全人類を裏切ってか?」
勇者「ひとつめは肯定だが、ふたつめは違う」
勇者「俺の役目は、この大陸を災禍から解放すること。そのためにお前を殺すのであって、そうせずとも役目が果たされるなら、わざわざお前を殺す必要はない」
魔女「詭弁だ。私が大人しく呪いを解くとでも?」
勇者「解くんだ。今すぐ、この大陸を災いから解放しろ。そうしたら――」
勇者「そうしたら、俺と共に、お前の幸いを探しに行こう。お前のことを恨んで襲ってくる者がいるなら俺が守ろう。罪を償う必要があるなら、俺も共に償おう。他人のためにそこまで尽くしてきたのなら、お前はもう報われたっていいはずだ」
魔女「……はは、ハハハハハッ……私に向かって、そんなことを言ってくれたのはお前が初めてだ」
魔女「――だが信用すると思うか? あの賢人共の手先であるお前の言葉を」ザッ
勇者「魔女!」
魔女「歴史は劇的であるべしというのが賢人共の信条だ。たとえ卑劣な手段を取ろうとも、悪役を討ちさえすれば、後は如何様にでも編纂した『正史』を残せる」
勇者「俺は誰の手先でもない! たとえ命じられても、こんな卑劣な嘘を使ってまで勝とうとするものか!」
魔女「どうかな。時に、追い詰められた人間はどんな手段でも取る。幾千幾万の言葉を並べようと、確たる証拠が無い以上は堂々巡りの水掛け論だな」
勇者「くっ……! やめろ、俺はお前を殺したくはない!」
魔女「ならば死ね! 強大なる魔女に敗れた有象無象の一人として! たとえお前やお前の仲間が今日ここで死のうとも、どうせあの賢人共が手を回して、次の『勇者』を仕立てるだろうからな!」ゾァッ!
勇者「やめろ魔女!」ババッ
勇者「くそっ……いや待て。お前は言ったな、信ずるに足る証拠が無いと。ならば逆に言えば、確たる証拠があれば良いのだな?」
魔女「……何を言っている?」
勇者「時にお前は、治癒の魔術は使えるのか?」
魔女「……三賢人に師事していた頃に、一通りの魔術は会得しているが、それが何だ」
勇者「使えるんだな。ならばお望みの『証拠』と、……俺の『覚悟』を見せよう」チャキッ
勇者「ふんッ……!」ドスゥッ!
勇者「ぐ、う……!」ゴフッ
魔女「お前ッ、一体何を……!? 聖剣をもって己が身を傷つければ、聖剣の加護も働かんぞ!?」
勇者「お前が呪いを解くのなら……俺の名と命に賭けて、お前の安全を守ると誓う……俺を信じてくれるなら……治癒の魔術で救ってくれ。あくまで、信じられないというなら……このまま放っておいて、くれれば……お前の敵が一人、減る、だけだ……!」ゴブッ...
魔女「勇者……お前は――!」
勇者(魔女……ああ、駄目だ、意識が――)ドサッ
勇者「……ぅ、ぐ……」パチッ
勇者「ま、じょ……」
魔女「喋るな。まだ完治したわけではない。治癒魔術は……そう上手くないのだ。他人に使う機会などなかったのでな」
勇者「いや、十分だ……助かった。ありがとう、魔女」
魔女「ふん……」
勇者「俺を助けてくれたということは、信じてくれた、ということでいいんだな」
魔女「……ここまでの無茶をする馬鹿になら、殺されてもいいと思っただけだ」
魔女「気が付いたのなら、剣を取り、私を殺せ。そうしなければこの物語は終わらない」
勇者「何を……」
魔女「……正直に言おう。お前の提案、魅力的だった。だが無理だ。世界があるべき物語の枠から外れることを、あの三賢人はけして許さん。奴らに師事し、この役割を仕込まれた私は誰よりそれを知っている」
魔女「この世界を滅ぼしかけた邪悪が、勇者に許されおめおめと野に下って幸いに暮らすなど、三賢人からすればあり得べからざる展開だ。奴らは賢人自ら世を動かすことはしないなどと嘯いているが、『正史』を作るために必要ならば幾らでも裏で手を回す」
魔女「田舎娘に『神の声』が祖国を救う術を教える、だとか、心正しき青年が『偶然にも』魔獣を討ち取れる聖なる武具を発見する、だとかな。そのくらいは茶飯事だ」
魔女「賢人共の目はこの大陸の隅々にまで渡っている。もしも私を生きたまま城から連れ出せば……間違いなく、『寓話の魔女』としての役目を放棄した私だけでなく、お前も諸共に討たれるぞ」
勇者「そんな出鱈目なことが……」
魔女「奴らはやる。『勇者の手で巨悪が討たれ、世界は平和を取り戻す』……それが賢人共の唯一認める、あるべき歴史(ものがたり)だ」
勇者「待てよ……それなら……彼らが規定する『あるべき歴史』の流れを、外れさえしなければいいのだな?」
魔女「そうだが、もはや手遅れだ。私は既に、そこから外れてしまっているのだから」
勇者「いや、大丈夫だ。何故なら、お前は己の本分を立派に果たしたのだから」
魔女「……は?」
勇者「『打破し得る困難を与え、幸いな結末に導く』のがお前の本来の役割なのだろう? 今のお前の立場は、今までお前が呪詛を与えてきた姫達と何ら変わらないじゃないか」
勇者「俺は君の信頼を勝ち得たのだろう? つまり俺は、君の作り出した困難を打破したということだ。ならば、『あるべき物語』の流れとして……あとは、幸いな結末に至るだけだ。そうだろう?」
魔女「そんな理屈が……」
勇者「通してみせる。だから……魔女。お前はもう独りで泣かなくていいんだ」
魔女「……勇者よ。お前はまさしく勇者だな。……ああ、認めよう。私の負けだ」
勇者「行こう。大丈夫だ、俺が一緒に居る」
魔女「ああ、ああ……そうだな、お前のような馬鹿となら、きっと――」
ペラッ
少女「『――そうして二人は、魔女が今までに起こした罪を償いながら、共に幸せに暮らしましたとさ めでたしめでたし』。……ふぅ、どうなることかと思いましたけど、やっぱりこれも『めでたしめでたし』で終わるんですね!」
賢人「然り。たとえ苦難と絶望が蔓延しようとも、最後は必ず幸いに至る。それがあるべき世の流れというものだ」
賢人「いずれお前も、その流れを作る重要な役目に就くのだ。日々の研鑽を決して怠るのではないぞ。しっかりと役目を果たし続ければ――やがてお前にも、幸いを得られる日が来よう」
少女「うん! わたしも大勢の人を幸せにできるよう、精一杯がんばります!」
賢人「良い返事だ。では、今夜はここまでとしよう」
少女「はーい」パタン
賢人「さて、では本をこちらに。私が書庫に片付けておく」
少女「はいっ。……そうだ、ねえ、そういえばお師匠様、ご本には書かれてなかったけど、わたしの前の『魔女』は、この後どうなったの?」
賢人「分かり切ったことを聞くのではない。本には『幸せに暮らした』と書いてあったろう」
少女「どう幸せになったのか、詳しいことが知りたかったんです……そのお話を残したお師匠様なら、知っているでしょう?」
賢人「それは……いや。実はな、私達も、あいつらがその後どうしているのかは正確には知らないのだ」
少女「えー? どうしてですか?」
賢人「大陸全土を滅ぼしかけた呪詛は解かれ、あの魔女はその後、寓話の魔女としての役割を完全に放棄した。だが、それまでも幾度となく呪いを振りまいていた災禍の魔女を許さぬという者も多かった」
賢人「故に、せめてもの手向けとして、最後は我ら三人が特別に魔術を用いてやってな」
賢人「二人はその後――決して何者にも脅かされることのない、天上へと住まいを移したのだよ」
賢人「――だから今二人がどうしているかは、私達ですらわからないのだよ」
少女「そうだったんですか! じゃあ二人は今も、幸せに暮らしてるでしょうか」
賢人「ああ、きっとな。……さあ、早く寝なさい。これ以上は明日に響く」
少女「はーい」
パタパタパタ...ガチャ バタン
賢人「……そう、これこそがあるべき正史だ。この物語に『その後の話(だそく)』は必要無い」
賢人「世界の歴史をあるべき姿に。それこそが我々三賢人の務め」
賢人「然り。――さあ、次の物語を始めよう」
幕
おつ
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