千足「美しき世界」 (84)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
気が付くと
私は真っ白な世界に一人たたずんでいた
どこが上で
どこが下かもわからない
自分の体がずっと前を向いているのかも
ぐるぐるとまわっているのかも分からなかった
身体はぴりぴりとしびれているような感覚に包まれていて
手や足も動かないようだった
「千足さん」
ぼんやりと、虚空を眺めていると
突然誰かが私を呼ぶ
「千足さん」
瞬きを一度すると
目の前に声の主が立っていた
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クマのぬいぐるみを抱いている小学生ほどの女の子
どこかで会ったことがあるだろうか
数か月前に会ったような
毎日のように会っていた気もする
そんなことを考えながらぼんやりとその少女を見つめていた
それが恥ずかしかったのか、照れくさそうにほほを赤らめる彼女
一度目線を下に落とし、私に向き直ると
小さく微笑んで、不意に、抱きしめていたぬいぐるみを手放した
そんな彼女の左胸には
ぽっかりと、穴が開いていた
何故穴が開いているのだろう
何故
何故私の右の手のひらに、先ほどまでなかった無機質な感触があるのだろう
自分が握っているそれが、何なのかはわからないが
とてつもなく厄介で、恐ろしいものであるような気がした
何もなかった自分の中に
恐怖や不安が湧き上がってくる感覚がある
腕は自然と上に動く
私に、右手のそれが何なのかを、知らしめるかのごとく
ぞくぞくと背中を這う不快感に顔が引きつる
見たくない
それが何か分かってしまえば、全てが壊れてしまう
見たくない……
じわりと、視界がぼやける
私の腕が、胸のあたりにまで来たとき
突如、右手に小さな衝撃が加えられた
それは目の前の少女によるものだった
彼女が私の右手のそれを叩き落としたのだ
同時に彼女は私の左手を取って走り出す
いつの間にか身体も自由に動くようになっていた
私も彼女に引かれるがままに脚を動かした
どこを走っているのかわからなかったが
どこかへ向かっていることは何となくわかった
「クマのぬいぐるみはどうしたんだ」
「もういらないので捨てました」
「どこへ行くんだ」
「どこへ行きたいですか?」
「わからない」
「じゃあ、ぼくもわかりません」
「良いのか、それで」
「いいんです」
「そうか」
「ぼくがいたいのは」
「貴女がいる場所なので」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピピピピピピピピ...
千足「……ん」
千足「……」
千足「……朝か」
「おはようございます、千足さん」
千足「……桐ケ谷」
「おはよう」
柩「よく眠れましたか?」
千足「……まぁまぁかな」
「桐ケ谷は眠れたか?」
柩「はい、ばっちりです」
千足「そうか……それは良かった」
「……」
柩「千足さん? どうかしましたか?」
「なんだかぼーっとしているようですが……」
千足「……あ、ああ、大丈夫だ」
「なんだか……変な夢を見た気がしたんだ」
柩「変な夢?」
千足「良くは覚えていないんだが……うん」
「とにかく、変な夢だった」
柩「ふふ、なんですか、それ」
「でも夢って、すぐ忘れちゃうものですよ」
柩「私も、楽しい夢を見た気がするのに、起きたらぱっと忘れちゃう、なんてことがよくあります」
千足「まあ、そんなものか」
柩「そうですよ。 ……あ、でも」
「ぼく、千足さんが出てくる夢はちゃんと覚えてるんですよ!」
千足「わたしが出てくる夢?」
柩「はい! 夢の中の千足さんも……相変わらずかっこいいんですよ」
千足「そ、そうか……」テレ
柩「えへへ……それより、千足さん、早く準備しちゃってください」
「朝ご飯食べに行きましょう」
千足「……っと、すまない、そうだな」
ひつちたよっしゃ
千足「……ふぅ、お待たせ」
「じゃあ行こうか、桐ケ谷」ギュ
柩「はい!」ニギ
千足「……?」
「桐ケ谷」
柩「はい、なんですか?」
千足「忘れ物はない……か?」
柩「忘れ物? ありませんよ?」
千足「そうか……」
「桐ケ谷は、いつも何かを持っていた気がしたんだが……」
柩「いえ、ぼくはいつもバッグだけですよ」
千足「そう、だったな」
「……すまない、何か変なことを聞いた気がする」
柩「いえいえ、良いですよ」
「千足さん、今日は何食べますか?」
千足「そうだな……今日は――」
(私の、勘違いか……)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
柩「うぅ……今日は朝から暑いですね」
千足「そうだな……日差しが強い」
「っと、手を握っていては、余計に暑くなってしまうな」
千足「手は放そうか」
柩「あ……」
千足「ん?」
柩「ぼくは……このままで大丈夫です」
千足「そうか?」
柩「はい!」
「そうでもしないと……」チラッ
「あ、生田目さんじゃない?」ヒソヒソ
「相変わらずかっこいーね……」ヒソヒソ
柩「悪い虫が寄り付きそうなので」
千足「そ、そうか……?」
「柩ちゃん! 千足さん!」
千足「ん?」
柩「あ……一ノ瀬さんに東さん! おはようございます」
晴「おはよー!」
兎角「……おはよう」
千足「!」
柩「あはは、今日はおはようって言ってくれましたね」
兎角「……一ノ瀬が挨拶くらいしろってうるさいんだ……」
晴「んー、でもまだ表情が硬いよ、兎角さん」
「笑顔笑顔!」
兎角「それは無理だ」
晴「えぇ~、即答? 頑張ろうよ! 折角の美人がもったいないよ!」
兎角「そんなことを頑張る分の労力はない」
晴「もぉ……」
柩「ふふっ……東さんらしいですね」
千足「……」
晴「あ、そういえば!」
柩「?」
晴「二人とも、文化祭で何やるか考えてきた?」
千足「……文化祭?」
「ウチでは、劇を……ロミオとジュリエットをやるんじゃなかった……か?」
晴「えっ?」
柩「もう、千足さん? 昨日溝呂木先生が言っていたじゃないですか」
「今年は、もうほかのクラスにロミジュリを取られちゃったから、何か別の案を考えて来てって」
千足「あ……」
「そうだったか……すまない」
晴「ふふ、千足さんでもこういうことがあるんだね、意外!」
兎角「何から何まで完璧な人間なんていないぞ、一ノ瀬」
柩「まぁ、そんなところも……ぼくは素敵だと思いますけど」
晴「柩ちゃんはほんとーに千足さんのこと好きだね……」
柩「はいっ♪」
千足「……」
(一体どうしたんだ……わたしは、さっきから……)
柩「……千足さん」
千足「あ……どうした、桐ケ谷」
柩「なんだか、やっぱり調子が悪そうですが……本当に大丈夫ですか?」
晴「千足さん具合悪いの……?」
千足「あ……」
「大丈夫だよ、二人とも」
柩「なら良いのですが……何かあったら、すぐに言ってくださいね」ニギュ
千足「ああ……ありがとう」
千足(……私の勘違いで、桐ケ谷だけでなく、一ノ瀬まで心配させてしまった)
(駄目だな、もっと……しっかりしなくては)
千足「……一ノ瀬は、何か良い案を思いついたのか?」
晴「はい! 一つだけ思いつきました!」
兎角「……本気であれを提案する気か、一ノ瀬」
晴「勿論!」
兎角「……はぁ」
千足「東は……嫌そうだな」
兎角「……嫌に決まっている」
「だって――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
香子「――それじゃあ、今度の金星祭」
「わたし達のクラスの催しを」
香子「一ノ瀬提案の“メイド&バトラーカフェ”としたいと思う」
晴「わー♪」パチパチ
兎角「はぁ……」
千足「なるほど、こういうことか」
柩「ぼくは良いと思いますけど」
晴「でしょでしょ!」
「それなのに兎角さんてば、絶対わたしはやりたくないって……」
兎角「好き好んでやりたいと思う奴がいるなんて信じられない……」
鳰「いーじゃないっスかぁ! ウチ、兎角さんのメイド服姿見てみたいっス」
晴「におもそう思う!?」
鳰「はい! 普段強気な兎角さんがフリフリのエプロンを着て」
「“いらっしゃいませ、ご主人様♪”なんて言ったりしたら」
鳰「……く」
「ふふ、か、かわいいと、ふふふっ、思いますよ……」プルプル
兎角「走り、お前……!」
千足「……」
「東はバトラーの方じゃないのか」
柩「ギャップ萌えってやつだと思いますよ」
千足「……なるほど」
晴「柩ちゃんはやっぱりメイドさんかな!」
「小っちゃくて可愛いし」
柩「え、えぇ……? そうですか……?」テレ
晴「千足さんは、身長も高いし……かっこいいから」
柩「バトラーですよね……」
千足「う……うぅん」
「……2択しかないから、まぁ、そう、なるか……」
伊介「えー? メイドカフェとかやってらんなーい♪」
「伊介サボっていーい?」
鳰「サボると単位やばいっスよ~」
春紀「そうだぞー、伊介様」
「……あたし伊介様のメイド服姿見てみてーんだけどなぁ」
伊介「やぁだ、春紀ヘンタイ♪」
春紀「ひどいな」
香子「みんな、いろいろ話をしたいところだとは思うが、一旦それは後にしてくれ」
「……知っているとは思うが、金星祭までそれほど時間はない」
香子「早速今日の放課後から、準備を始めたいと思うんだが……」チラ
溝呂木「ん? ……!」OK,OK
香子「……今回準備するにあたって、一人リーダーを決めておきたいと思う」
「わたしがリーダーでもいいんだが、級長という立場上、話し合いなどでいなくなることも多い」
香子「だから、誰か代わりに……」
スッ
香子「……ん」
香子「ほかにやりたい奴は……」
香子「いないな」
「なら、リーダーは――」
優しい世界きたか……ちたひつぺろぺろりん
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
千足「……い、いらっしゃいませ……お嬢様」
しえな「おい! 姿勢がなっていないぞ! 生田目千足ッ!」
春紀「こ……紅茶の、えー……お替りは……」
しえな「寒河江もだ! そんなんじゃあ世の女性諸君はときめかない!」
ちたはるき「……行ってらっしゃいませ」
しえな「もっと優しく微笑め!」
「あぁ~~!! バトラーとして全然なってないっ! もう一回だ!」
溝呂木「剣持、まだ初日なんだから……そんなに頑張らなくても」
剣持「先生は黙っていてください! ここでのリーダーはボクなんです!」
溝呂木「……ごめんなさい」
兎角「……しかし、少し意外だな」
「剣持に演技指導という特技があるとは」
晴「特技というか……なんだろ、趣味?」
「すごい熱がこもってるね……」
伊介「伊介熱いのきらーーい♪」
鳰「剣持さんってあーいうの、好きみたいっスよ」
「ま、ウチのクラスって美形揃いっスからね~」
鳰「しっかりと動ければそこら辺の店より立派かもしれないっス」
「熱が入るのも何となくわかるっスよ」
晴「確かに……」
しえな「違う! 違う!」
「大事なのは心だ! おもてなしの心!」
しえな「心が伴えば動きに出るんだ!」
千足「……すまない、剣持」
柩「千足さん、ファイトです!」
伊介「春紀もがんばー♪」
春紀「うん、頑張るよ、伊介様」
千足「……ふぅ」
柩「お疲れ様です、千足さん」
「はい、お水です」
千足「ありがとう、桐ケ谷」
「……満足してもらうようなサービスとは、なかなか難しいな……」
柩「千足さんは千足さんらしさを出せば良いんですよ」
「それで、十分お客さんは満足してくれます」
千足「……そうだろうか」
柩「……」
「実を言うと、あんまりみんなにかっこいいところを見せたくはないんですけどね……」
柩「これ以上千足さんを好きな人が増えても困るし……」ボソッ
千足「……? 桐ケ谷?」
しえな「次! 桐ケ谷柩! 首藤涼! 武智!」
柩「っと……次はぼくの番ですね」
「行ってきます!」
千足「あ……ああ、頑張れ」
乙哉「しえなちゃーん、なんであたし名字だけなの?」
「特別視してくれてるのかなー?」
しえな「違う!」
涼「しえなちゃんよ、少し素直になったほうがよいぞ」
しえな「違うって言ってるだろ!」
「く……いじめをするような奴らにはもっと厳しくいくからな……!」
柩「あれ……ぼくもですか?」
しえな「連帯責任だ!」
柩「え~」
乙哉「……ドンマイ♪」
柩「一応こうなったのは武智さんのせいですからね?」
皆出てきちゃったやん
俺得やん
伊介「はー、裁縫とか無理♪ 疲れた」
純恋子「私にはこんなの似合いませんわ」
伊介「……」チラ
純恋子「……」チラ
真昼「……」チクチク
純恋子「あら、真昼さんは裁縫がお上手ですわね」
真昼「えっ、い、いや! ……そんなこと、ない……ます」
伊介「あら、ほんと♪ それじゃあ伊介のもおねがぁい」
真昼「えっ、いや、あの……ぉ」
純恋子「あら、犬飼さん、それはいけませんわ」
「自分の仕事は自分でやっていただきませんと」
純恋子「ましてや、真昼さんに負担をかけさせるのは言語道断ですわ」
伊介「ソッコーあきらめたアンタが言えることなの?」
春紀「じゃああたしが手伝ってあげよっか? 伊介様」ヌッ
伊介「ひッ! ……びっくりした、死ね♪」
春紀「死ねって言うことないだろー」
伊介「あんたに手伝ってもらうくらいだったら伊介自分でやるからいーって♪」
春紀「そんなこと言わずに貸してみなよ」
伊介「あ、ちょっ、と……」
春紀「……~♪」チクチク
伊介「……」ジィ
伊介「へ、へぇ……結構上手いじゃない」
「家庭的だなんて、ちょっといがーい♪」
春紀「ちょっとときめいた?」
伊介「それは無いって♪」
春紀「正直になれよー伊介様」
伊介「やぁだ♪」
千足「……」
「……ふっ」クス
千足「平和だな……」
鳰「あ、なぁに千足さん黄昏てんスかぁ?」
「ちょー様になってますよ」
千足「走り……」
「いや、みんな、仲よくやっていると思ってな」
鳰「そうっスねぇ」
「なんだかんだ言ってもやっぱり、楽しいんじゃないスか?」
鳰「いつもの授業ばかりの学校生活とは違う、特別なイベントっスからね」
「やるからには皆で成功させたいなっていう気持ちが、どこかにあると思うっス」
千足「……そうだな」
鳰「来年も再来年も学園祭はあるんスけどね」
「もしかしたら、クラスも変わっちゃうかもしれないし……」
千足「……」
千足「……走り」
「突然、こんなことを聞くのも……おかしいとは思うが……一つ、良いか?」
鳰「ん? 何スか?」
千足「わたし達って……元からこんな風だったろうか」
鳰「へ……?」
千足「……もともと、わたし達は……何か」
「目的を持って、このクラスに集まったんじゃ……無かっただろうか」
鳰「……目的って」
「大学進学とかっスか?」
千足「いや……もっと、何か……恐ろしいような」
鳰「……」
「ぷッ」クス
鳰「あははっ! 千足さ~ん、いきなりどうしたんスかぁ?」
「もしかして、厨二病?」
千足「え」
鳰「いや~ウチもそういう想像してた時期がないわけでもないっスけど」
「まさか千足さんの口からそういう発言が出てくるとは……ふふッ」
鳰「恐ろしい目的なんてあるわけないじゃないっスか」
「ウチらはただの高校生っスよ。特殊能力者の集まりでも、暗殺者の集まりでもないっスって」
千足「……そ、そうだな」
「悪い……」
鳰「ふふ、良いっスよ。誰だってそういう想像したくなる時はありますってェ」
「千足さんは、スリリングな日々をお望みっスかぁ?」
千足「いや、そういうわけでは……ないんだが」
柩「千足さん! 終わりました!」ギュッ
千足「おっと、桐ケ谷……お疲れ」
「応対、少しは覚えられたかい?」
柩「はい! まだ……不格好かもしれないですけど」
「そのあたりはこれから、頑張っていきます」
千足「ふふ、そうか」ナデナデ
柩「……」チラ
鳰「あっ、ども~」
柩「……」ジッ
鳰「あ、あはは、大丈夫っスよぉ」
「ウチは千足さんのこと取らないっスって」
千足「……?」
鳰「あ、そういえばお二人さん!」
「今日の午後って何か予定とかいれてるっスか?」
千足「予定? ……桐ケ谷」
柩「あ、特には無いですよ」
「どうしてですか?」
鳰「いやー、晴ちゃんが放課後にみんなでアイス食べに行こうって言ってたもんスから」
千足「一ノ瀬が?」チラ
晴「……!」
「いえーい♪」ニコ
千足「どうしようか」
柩「ぼくたちも行っていいのなら……」
「……行きたいです」
鳰「じゃ、決まりっスね!」
鳰「晴ー! 放課後のアイス遠征、2人追加っス~!」
柩「楽しみですね、千足さん♪」
千足「ああ……そうだな」
わたしは今朝から、何度も何度も
言い知れぬ違和感を覚えていた
何処がおかしいのか、何がおかしいのかはわからないが
“そんなはずはない”と、思う部分が自分の中には存在していた
しかし、他人に話を聞けば……どうもおかしいのは、自分自身のようだ
それに、現在の世界に疑問に感じることはあれど
わたしはそれを不快だとは思わなかった
……むしろ、このエラーだらけの日常を、どこかで望んでいたような気がするのだ
桐ケ谷や、一ノ瀬のような子が……
いや、黒組の全員が……楽しく過ごすことのできる、優しい世界を――
――ならば、この時を疑わなくて良いのではないか
あるがままに享受しても良いではないか
チョコミント味のアイスを口に含みながら
くすぶっていたわだかまりに一つ決着をつけると
今まで胸の奥にあった重苦しい塊が
涼しげな香りと甘さを残して
すっと、消えてなくなっていった
それ以来、違和感を覚えることは無くなった
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
千足「行ってらっしゃいませ……お嬢様」
「……」
しえな「……うん、まぁまぁよくなってきたんじゃないか」
千足「……そうか?」
しえな「ああ、及第点ってところだな」
「あと3日、さらに仕上げていこう」
千足「わかったよ、剣持」
柩「お疲れ様です、千足さん」
「はい、お水です」
千足「あぁ、桐ケ谷……いつもすまないな」
柩「千足さんのバトラーぶりも、さまになってきましたね」
千足「そういってもらえると嬉しいよ」
柩「……ぼく、惚れ直しちゃいそうです」
千足「ほ、惚れ……?」
鳰「あぁ~なんかこの部屋熱くないっスかぁ~?」
乙哉「そうだねー」チョキチョキ
鳰「……乙哉さん何やってんスか?」
乙哉「んー? これー?」
「……ちょっと待ってて」チョキチョキ
鳰「……?」
晴「なになに、どうしたの?」
鳰「え、なんか武智さんがー」
乙哉「はい、できた♪」
「じゃ~ん」パラパラッ
晴「わ! これ、すごーい!」
「切り絵?」
乙哉「そ、あたしの特技なんだよね」
鳰「この切り絵……もしかしてメイドとバトラーっスか?」
乙哉「しえなちゃんが切り絵で看板作ってーって言うからさー」
「あたしもがんばっちゃった」ドヤァ
しえな「切り絵出来たのか、武智……って、うわ」
「ボクが想像してた以上のヤツが出来てる」
伊介「へー……やるじゃない」
「こんな細かいの伊介には無理♪」
涼「なんじゃ、誰も知らんかったのか」
晴「え? 何を?」
涼「武智は切り絵のコンテストで金賞を取ったことがある実力者だよ」
「ほら、これが……」
晴「うわ……すご!」
「この写真に写ってるやつが武智さんの作品!?」
鳰「いや~……ここまで上手いと……」
伊介「ちょっとヒく♪」
乙哉「ひどーーい」
しえな「犬飼、何言ってるんだ、武智すごいだろ」
伊介「なんでアンタがフォローすんの♪」
鳰「なんか乙哉さんにだけ甘くないっスか? リーダァー」
しえな「……そ、そんなことない!」
「ただ、ボクはイジメが許せなかったからで……そんな」
乙哉「しえなちゃんはあたしの味方だもんねー♪」
しえな「べつに武智だけに味方してるわけじゃ!」
乙哉「大好きー♪」
しえな「なっ……!」カァァ...
鳰「あは、顔真っ赤っスよ」ニヤッ
しえな「うるさい!」
乙哉「大好きだからおさげ切っていい?」
しえな「なんでそうなる!」
乙哉「なんかおさげ見てると切りたくなっちゃって」テヘ
鳰「確かに切りごたえがありそうっス、おさげ」
千足「着々と準備が進んでいるな」
柩「そうですね……もう、大詰めって感じです」
千足「桐ケ谷は、楽しいか?」
「この時間」
柩「はい! ……あと3日で終わってしまうのかと思うと……ちょっとさみしいです」
「千足さんは?」
千足「わたしも楽しいよ……最初は、気が滅入ることもあったが……」
柩「ふふ……今となっては、バトラー、病み付きになっちゃいましたか?」
千足「嫌ではないが、病み付きになるってほどでもないな……」アハハ...
真昼「あ、あの……ぅ」
千足「ん? どうかしたか、番場」
真昼「ふ、ふくが、できますた……」
「あ、合わせてみて、ください……」
千足「……服?」
柩「わぁ! 素敵です、千足さん!」
晴「ほんと、かっこいい! 様になってる~……」
千足「……あ、あんまり言われると恥ずかしいな」
「桐ケ谷も、一ノ瀬も……似合っているよ、メイド服」
柩「そう……ですかね」テレ
千足「ああ……とてもかわいらしい」
晴「えへへ……」
「あれ、兎角さんは?」
兎角「……」
晴「あ、いた! 兎角さーん!」
兎角「! や、やめろ一ノ瀬! み、見るな……!」
晴「~~!」キューン
「やっぱり兎角さんのメイド服姿! かわいいぃ~!」
兎角「やめてくれ……」
鳰「え、どれどれー」
「……」
兎角「……」
鳰「あは☆」
ゴッ
兎角「殴るぞ走り……」
鳰「いや、もう殴られてるっス……」
晴「もう、兎角さんダメだよ? 暴力良くない!」
純恋子「番場さんが手がけただけのことはありますわね」
「この衣装、完璧ですわ……」
真昼「あっ、ああ、ありがとう……ござ……ます」
純恋子「……番場さんも超キュートですわ」
「学校卒業したら、私の家にぜひ……」
真昼「えぇ……や、メイドは、無理です……ごめんなさい」
純恋子「メイドに、とは言っていませんわ」
真昼「え……え?」
伊介「やだー♪ 胸きついんだけど」
春紀「あれ……サイズはきっちり合わせたはずなんだけどな」
伊介「あ、伊介の衣装って春紀がやったの?」
「……ワザとでしょ♪」
春紀「いや、さすがにそこまではあたしだってやらねーよ」
伊介「そ、ならいいけど」
「……春紀」
春紀「……ん?」
伊介「……まぁまぁ、かっこいいんじゃない? バトラー姿」
春紀「ありがと、伊介様」
「あー……なんだ、その……伊介様も可愛いよ」
伊介「当たり前でしょ♪ ……」
「……ありがと」
涼「香子ちゃんはヴィクトリアンメイドか、イメージにぴったりじゃな」
香子「……なかなか、はずかしいな……」
「フリフリなど、着たことがなかったから……」
涼「いい機会じゃないか」
「……先輩が来るんじゃろ? 意外な一面を見せるのも良いかもしれんぞ」
香子「なっ……! 首藤、なぜそれを……!」
涼「毎晩電話しとるじゃろ」
「隠れて話してるつもりかもしれんが、まる聞こえだよ」
香子「……く」カァァ...
ガラガラッ
溝呂木「みんなお疲れぃ!」
「っと、お!? ついに衣装ができたのか!」
晴「はい! 番場さんと春紀さんが中心になって、完成させてくれました!」
溝呂木「お~~……なかなか似合ってるぞー、みんな」
「特に生田目はさまになってるな!」
生田目「……ありがとうございます」
伊介「間違いなくセンセーよりはかっこいいんじゃなぁい♪」
溝呂木「こら、犬飼……言うにしてももうちょっと優しくだな……」
柩「まぁそれは千足さんですから、当り前ですよ」
溝呂木「桐ケ谷まで……先生泣いちゃうぞ」
アハハハハ……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しえな「念のため、食材は大目に買っておくが、もし在庫が切れたら――」
香子「剣持、そろそろ下校時間だ」
しえな「っと……そうか。じゃあ今日はここまでにしよう」
晴「ふぅ、お疲れ様~……」
「兎角さんもお疲れ~」
兎角「一ノ瀬、帰ろう」
晴「わ、いつの間にか着替えてる……早いよ兎角さん」
「ちょっと待ってて、晴もすぐ着替えるから」
晴「……そんなに嫌だった? メイド服」
兎角「……まだわたしにはアレの良さが分からない」
晴「晴は似合ってると思うんだけどなー……」
春紀「伊介様ー、ハンドクリーム買いにいかねー?」
伊介「あ、行くーー♪」
「ボディバターも切れてたのよねー」
鳰「あ、ウチも行っていいっスか!」
伊介「は? あんたハンドクリーム使わないでしょ」
「来んな♪」
鳰「冗談っスよ……何もそんなにマジなトーンで言わなくても……」
「お二人のデートの邪魔はしませんっていたたたた」
春紀「お二人の、なんだって?」ギリギリ...
鳰「ギブっス、春紀さんギブギブ」
千足「……桐ケ谷、わたしたちも帰ろうか」
柩「はい、そうですね」
千足「……ん」
「なんだか、雨が降りそうな天気だな」
柩「本当だ……あ、でもぼく折り畳み傘持ってきてるので、いざ降っても大丈夫ですよ」
千足「そうか、それは……」
ポツ
ポツッ
サァ―――――――
千足「……良かったよ」
柩「早速使いましょうか」
「千足さんも傘の中へどうぞ?」
千足「いや、しかし……わたしが入ったら狭くなってしまう……」
柩「大丈夫ですよ、ほら」
「こうやって……」
千足「……っと」
柩「密着すれば……ね?」
千足「そ、そうだな……」カァー
「……あ、傘はわたしが持とう」
柩「ありがとうございます」
ザァ...
千足「……」
千足(……桐ケ谷の体温が伝わってくる……)
千足(手を握って居る時とは……また違った感覚だな)
千足(……妙に、緊張してしまう……)ドキドキ
柩「千足さん?」
千足「ど、どうした?」
柩「……もしかして、緊張してますか?」
「ぼくと密着して……」
千足「いや、そんなことは……」
「……」
柩「ふふ……」
「もし、ドキドキしてくれているなら……ぼくは幸せですよ」
千足「幸せなのか……?」
柩「はい、だって……緊張してるってことは」
「ぼくのこと、意識してくれてるってことですよね」
柩「いつも……手を握ってくれるのは嬉しいんですけど」
「ためらいもなく、ぼくの手を取るじゃないですか、千足さんって」
千足「ああ……」
柩「だから、ちょっとさみしかったんです」
「もしかしたら、ぼくのこと……妹とか、年下の親戚とかとしか見てくれていないんじゃないかって」
柩「こんななりだし……」
「……女の子としての、魅力があんまりないのかなって、思ったりして」
千足「……そんなことはない」
「桐ケ谷は素敵な女性だ」
柩「本当ですか……?」
千足「もちろん、嘘はつかないよ」
柩「……」
「ありがとうございます……千足さん」
千足「……どういたしまして」
柩「……ぼく」
千足「ん?」
柩「千足さんと出会えて、良かったって……いっつも思ってます」
柩「優しいし、かっこいいし……時々、可愛いし」
千足「……可愛いって」カァ
柩「そういうところが可愛いんですよ」ニコ
「……毎日を、一緒に過ごせて……幸せです」
柩「できることなら……これからも、ずっと……」
千足「……」
柩「……千足さん」
千足「……ん――
――チュ
千足「――!」
柩「えへへっ!」
「……大好きですよ」
千足「き、桐ケ谷っ……!」
「あ……ま、待て! 傘から出たら……!」
柩「寮の玄関まで競争です!」
寮に着くころには、わたし達はびしょ濡れになっていた
まだ、冷たさが残る雨は
今日の火照った体を冷やすには、丁度良かったのかもしれない
桐ケ谷の言葉と、柔らかな唇は
わたしに、新しい……大きな問題を残していった
文化祭前日になってもわたしを悩ませたこの雨雲は
一つの大きな雷をもたらしたうえ……それでもなお晴れることなく
芽生えた悩みの種に要らぬ恵みをもたらし続けるのであった……
しえな「なんで前より駄目になってるんだよ――っ!!」
千足「……すまない」
寮に着くころには、わたし達はびしょ濡れになっていた
まだ、冷たさが残る雨は
今日の火照った体を冷やすには、丁度良かったのかもしれない
桐ケ谷の言葉と、柔らかな唇は
わたしに、新しい……大きな問題を残していった
文化祭前日になってもわたしを悩ませたこの雨雲は
一つの大きな雷を放課後の教室に落としたうえ……それでもなお晴れることなく
芽生えた悩みの種に要らぬ恵みをもたらし続けるのであった……
しえな「なんで前より駄目になってるんだよ――っ!!」
千足「……すまない」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しえな「ついにやってきたッ! 文化祭当日!」
「本日は快晴! 絶好の文化祭日和だ!」
晴「わー♪」
兎角「……来てしまった」
しえな「今日は、今まで積み重ねてきた成果が発揮される」
「この“黒色紅茶館”はいわばボクたちの集大成」
しえな「今までの努力も、時間も、苦労も」
「今日の出来次第では無駄になる可能性もあるんだ」
しえな「みんな、気合い入れていくぞ!」
しえな「……特に生田目千足っ!」
千足「っ!」
しえな「昨日おとといみたいな体たらくなら……」
「武智のはさみが光るからな……」
千足「ああ……分かった」
乙哉「別にへましても良いんだよ?」
千足「武智の手は煩わせたくないな……」アハハ
しえな「それじゃあ、9時のオープンに向けて、各自最終準備だ!」
晴「あれ? 剣持さん!」
「このティーカップってどこにおけばいいんですか?」
しえな「あ、それはティーポットと一緒に温めておいてくれ」
「英、茶葉は持ってきてくれたか」
純恋子「勿論ですわ」
「英コンツェルンが胸を張ってお勧めできる一級品ですのよ」
鳰「うわっ、すっげーいい匂いっスね……」
「……試飲オッケーっスか?」
しえな「だめだっ! ……まぁ」
「飲んでみたくなる気持ちも……わかるけど」
純恋子「勿論、大目に持ってきていますから……余ったら皆さんで飲みましょう」
晴「わぁ! 本当に!?」
鳰「俄然やる気が出てきたっス!」
「……いや、ここはやる気を出したら逆にだめなのか……」
しえな「……わざと茶葉を残すような真似はやめてくれよ」
鳰「ジョーダンっスよ、冗談」
「……まぁ、茶葉が残らないくらい来てくれたら嬉しいっスね」
晴「そだね!」
兎角「……」
晴「兎角さん! 嫌そうな顔しちゃだめっ!」
春紀「ケーキのスポンジの準備はオッケーだよ」
香子「クッキーも用意した」
「割れたものもない」
しえな「ん、ありがとう」
「生クリームの方はどうだ、番場」
真昼「……」チャカチャカチャカ...
「あ、えっ!?」
しえな「あ、いや、大丈夫だ……」
「そのまま作っていてくれ……」
香子「剣持、頼まれたものは買ってきたぞ」
涼「調味料も全部そろっておる」
しえな「よし。 料理の方も何とかなりそうだ」
「っておい! 犬飼! つまみ食いするな!」
伊介「毒が入ってたらまずいじゃなーい?」
「念のためよ……ほら、春紀も食べて♪」アーン
春紀「あー……んん」パク
「……お、毒は入ってないみたいだな」
しえな「知ってるよ!!」
しえな「まったく……油断も隙も」
「……って、うえぇ!? なんだこの生け花は!」
乙哉「あたしでーす! ……なかなか綺麗でしょ?」
「華やかなほうが良いかなって思って、植物園からちょっと拝借してきちゃった」
涼「ほほう……武智は生け花の心得もあったのか、やるのう」
乙哉「生け花っていうか、ハサミね」
「ま、ハサミ使うことならあたしに任せてよ」
鳰「じゃあこのほつれてるところ切ってくださいっス」
乙哉「オッケー♪」チョキン
しえな「良いのかそれで」
溝呂木「剣持、お客さんに配るビラはこれでいいのか?」
しえな「あ……はい」
「でも、本当にいいんですか? 警備中に、ビラ配りなんて」
溝呂木「大丈夫だ! ちゃんと警備していれば問題ない!」
「……ビラを配るななんて一言も言われてないしな」
しえな「……ありがとうございます」
溝呂木「気にするな! 先生にできることはこれぐらいなんだから」
「まぁ、途中で客として来るかもしれないから、その時は頼むぞ」
しえな「はい!」
千足「……ふぅ」
柩「緊張しますね……千足さん」
千足「そ、そうだな……」
柩「……手、握ってくれないんですか……?」
千足「あ! す、すまない……」ニギュ
千足(あの日以来……桐ケ谷の顔をまともに見れていない……)
(もしかしたら今の状況の方が緊張しているかもしれない……)
千足(自分の中で答えをすぐに出すことができていたのなら……ここまで引きずることもなかっただろうに)
(情けない……)
柩「……」
柩「……ごめんなさい」
千足「えっ……」
柩「ぼく、たぶん千足さんのこと、困らせてますよね」
「3日前……あんなことしたから」
千足「おい、何を」
柩「忘れてください、あの時のこと」
千足「!」
柩「そして、今日は。 やるべきことに集中しましょう?」
「……そうしないと、また……剣持さんに怒られちゃいますよ」ニコ
千足「待て、桐ケ谷、わたしは」
しえな「オープン5分前っ!」
「出る奴は準備だ!」
柩「……ほら、千足さん」
「もう、準備しなきゃ!」
千足「桐ケ谷……」
柩「大丈夫です、千足さんなら……」
「いろんな人を笑顔にできますよ」
千足「……」
柩「じゃあ、ぼくは……最初はバックにいますので」
「お互いに、頑張りましょうね」
千足「……っ」
「……ああ」
しえな「おい、生田目! 何やってるんだ」
「早く準備しろ!」
千足「剣持……すまない、すぐ用意する」
千足(……何をやっているんだ……わたしは)
千足(何故……あそこで反論しなかったんだ……)
(自分の気持ちくらい……言えただろうに)
千足「……ハァ」
しえな「……」
晴「はぁ……ドキドキしてきた」
兎角「あぁ、そうだな」
晴「あれ、兎角さん……なんだかいきなりびしっとした感じになってる」
兎角「もう覚悟は決めた」
「中途半端が一番恥ずかしいと気づいたからな……やるからには決めるさ」キリッ
兎角「不逞な輩も大勢来るらしいからな……いざというときはわたしが守ってやる」
晴「」キュン
(やっぱり、バトラーの方が似合ってたかな……今の兎角さん、すごくかっこいい)
鳰「人どれくらい来るっスかね~」
香子「この学校の文化祭には、毎年外部から数万人規模の客が来るらしい」
「……多いときには、1日で3万人を超えるとも言われている」
鳰「うわぁ……やばいっスね」
「それ聞いて、ウチも緊張してきたっスよ」ドキドキ
鳰「あれ? もしかしてさすがの千足さんもドキドキしちゃってるっスか?」
千足「……」
鳰「……千足さん?」
千足「あっ……あぁ……そうだな」
鳰「……ガチガチっスね」
「ウチが言えることでもないっスけど、リラックスっスよ、リラックス!」
千足「ああ、分かった……ありがとう走り」
鳰「いえいえ」
しえな「――よし」
「午前9時! 黒色紅茶館オープンだ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
晴「いらっしゃいませ! 黒色紅茶館へようこそ♪」
「3名様ですね、こちらのお席へどうぞ」
「なぁ、あの子メチャ可愛いなァ――ッ」
「あぁ……良い……」
兎角「お・客・さ・ま♪」
「「ひィ!」」ビクゥ
兎角「……何かご注文されますか?」ギロッ
「……あ、じゃあ……この……紅茶をォ」
「……オレも、それで……」
兎角「……」ニコ
「はい、かしこまりました」
((怖ェ~~~~ッ))
「……この辺のはずだけど」
「黒色紅茶館とかいう名前だったかしら」
晴「あ、いらっしゃいませ!」
(あれ? この人達……)
「ここって、黒組?」
晴「はい、そうです!」
「そう! ……じゃあ、3名でお願いします」
晴「はーい! あちらの席へどうぞ!」
晴「……」
(兎角さんに……似てる?)
しえな「お客さま3名様です!」
「……東、よろしく」
兎角「は、はぁい」
兎角「いらっしゃいませ!」
「ご注文は
空見「あ、いた」
「兎角~♪」フリフリ
兎角「うわあああああああああああああああああああ」
晴「!?」ビクッ
東祖母「あらうるさいこと」
兎角「……な! お……おばあ様まで……」
真呼「わたしも来ちゃった」
「兎角ちゃん可愛いねぇ」ニヤニヤ
兎角「」
晴(あ……やっぱり)
(兎角さんのご家族なんだ……どうりで似てると思った……)
兎角「なんで……来たんですか……!」
東祖母「孫が何かをするのだから、見に来るのは当り前でしょう」
空見「娘が何かをするのだからそれは」
真呼「姪っ子が」
兎角「だからといって3人で来なくても」
東祖母「それよりも注文を取って欲しいのだけれど」
兎角「あ……はい」
東祖母「言葉遣いもそれでよいのかしら」
兎角「……」
「ご、ご注文はなにになさいますか?」
真呼「アッハハハハハ!」
兎角(しにたい)
鳰「へぇ……兎角さんのご家族は意外と陽気な方が多いっスねぇ」
晴「そうだね!」
鳰「……晴はご挨拶に行って来なくていいんスかぁ?」ニヤリ
晴「ご、ご挨拶って、な、何言ってるの~……におってば」カァ
鳰「あははは! 何にしても今のうちから仲良くなっていた方がいいっスよ」
晴「そ、そうかな……じゃあ……ちょっとだけ」
鳰「はい! お客さんはウチがさばいとくっスよぉ」
晴「ごめんね、鳰!」
「兎角さ~ん!」タタタ...
鳰「はいっス~」
一「……鳰さん」
鳰「げ! 理事長……」
「……何しに来たんスかぁ……?」
一「げ、とは失礼ね。あなたの監視よ」
「お忙しくて来られないご両親に代わってね」
鳰「……家族ぐるみの付き合いがあるからって……良いっスよそんな気ぃ遣わなくても……」
一「気は使っていなくてよ」
「お父様もお母様も大変悔やんでいたわ」
一「……というわけで、写真を撮るから何か、ポーズとかしてくださる?」
鳰「し、写真撮影は事務所通してくださいっス……」
香子「何をやっているんだあいつらは……忙しいというのに」
「……仕方ない、担当時間外の奴にも来てもらうしか」
「香子」
香子「!!」
「い、イレーナ先輩……!」
イレーナ「ふふ、来てやったよ、香子」
「……なかなか似合ってるじゃないか、その衣装」
香子「そう、でしょうか」
イレーナ「ああ、いつもよりもっと美人に見える」
香子「……う」ドキッ
イレーナ「ふふ……とりあえず、席に案内してもらえるか?」
香子「あ、すみません……」
「こちらです……」
涼「ほう……あれが香子ちゃんの言っていた先輩じゃな」
「香子ちゃんが惚れるのも分かる」
乙哉「え、どれどれ?」
「うわっ、ほんと、すっごい美人だ……」
涼「二人で並んで歩いたらなかなかさまになりそうじゃのー」
乙哉「そだねー」アハッ
真昼「……」セッセッ
「……」チャカチャカ
涼「……」
「覗き見している場合ではない、ワシらも仕事しよう」
乙哉「うん……番場ちゃんに悪い気がしてきた」
しえな「ありがとうございました!」
「……ふぅ」
しえな(客足良好、目立ったミスもない……)
(身内が来た時に、若干対応が滞るが……)
しえな(ある程度は互いにフォローできている)
しえな(うん、順調だな……)
(ただ……)
しえな(一人を除いてだけど)
千足「……」
「あ、あの、すいません」
千足「……」ボー
「あの!」
千足「あッ……! 申し訳ありません、お嬢様」
「いかがなされましたか?」
しえな(……はぁ)
千足「抹茶パフェ2つと、アイスティー2つ、お願いします」
しえな「生田目、ちょっと来い」
千足「あ……ああ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しえな「……何をやってるんだ、生田目」
千足「剣持……」
「……すまない」
しえな「そう思うならしっかりやってくれ……!」
「お前はそのビジュアルで、今の状態でもなんとかなってはいるが」
しえな「接客のレベルは、合格ラインにも及んでないぞ!」
千足「……返す言葉もない」
しえな「……ハァ」
「確かに……少し、考えることがあるのかもしれないが」
しえな「この文化祭は、お前ひとりが作ったわけじゃない!」
「ボクら、皆で作り上げたものなんだぞ!」
しえな「台無しにしたくないのであれば、もう少し……頑張ってくれ」
千足「……ああ」
しえな「……」
「とりあえず、休憩時間をやるから……ちょっとでも頭を冷やすんだ」
しえな「自分が、出られる状態になったら……戻ってこい」
千足「わかった……」
千足「……ふぅ」
千足(……無様だな)
(桐ケ谷に言われたのにもかかわらず……剣持に叱られてしまった)
千足(ますます、桐ケ谷に合わせる顔がないな)
千足(仲間を、笑顔にできないで……客を笑顔にできるはずがないじゃないか)
千足(……悔しいな)
ガチャッ
千足「っ!」
「東……」
兎角「生田目か……」
千足「休憩時間か?」
兎角「……そうだ」
「お前は……」
兎角「……悪かった、ちょっと話をしている所を見てしまった」
千足「いや、良いんだよ」
「……こちらこそ、情けないところを見せてしまったな」
兎角「わたしは現在進行形で情けないところを衆目にさらしているが」
千足「……」
「似合っていると思うぞ」
兎角「やめてくれ」
兎角「……生田目」
「何か……悩んでいることがあるのか」
千足「……!」
兎角「わたしでよければ……話を聞いてやる」
千足「……東がそんなことを言うなんて……」
「こういうのは失礼かもしれないが……珍しいな」
兎角「……一ノ瀬なら、こういうとき……そうするだろうと思っただけだ」
千足「そうか、確かに……一ノ瀬は、そう言ってくるかもしれない」
千足「……」
千足「なぁ、東」
千足「一ノ瀬がお前に、好きだと言ってきたら、どうする」
兎角「!」
兎角「……それは」
「……なぜそんなことを聞くんだ」
千足「話を聞くって言ったのは東じゃないか……」
「……まぁ、なぜそんなことを聞くかと言われれば」
千足「わたしがそういう風な状況だからなんだが……」
兎角「……桐ケ谷か」
千足「ん……」
「……数日前に、言われたんだ」
千足「わたしは、言われたとき……なんの言葉も返せなかったんだ」
「別に直接的な返事を求められたわけではなかったが」
千足「桐ケ谷は、たぶん……どこかで私の答えを望んでいたのではないかと思う」
兎角「生田目は、桐ケ谷のことをどう思っているんだ」
千足「それは」
「……勿論好きだ」
兎角「その好きは」
千足「……友人に向けるようなものではないな」
兎角「なら答えが出てるだろ」
千足「……桐ケ谷に対する気持ちについての答えは最初から出ている」
「ただ……それを桐ケ谷に言っていいのかがわからないんだ」
千足「言ったとして……もとの関係が壊れたらどうする?」
「桐ケ谷を幸せにできる力があるのか? もっと、幸せにできる相手が……ふさわしい相手がいるんじゃないか」
千足「そう、思ってしまうんだよ……」
兎角「……」
兎角「くだらないな」
千足「え……?」
兎角「生田目の想いがその程度なら」
「たとえ桐ケ谷の気持ちに答えたとしても、うまくいくはずがない」
千足「……」
兎角「一ノ瀬に好きだといわれたら、どうするかと聞いたな」
「わたしは、その気持ちに応える。一ノ瀬を幸せにしてみせる」
千足「!」
兎角「幸せにできる力がなければ」
「わたしよりも一ノ瀬を幸せにできる相手がいるなら、そいつよりも……もっと幸せにできるよう努力する」
兎角「誰にも認められなくとも構わない」
「わたし一人でも……一ノ瀬を幸せにしてみせるさ」
千足「……そうか」
千足「東は……意外と情熱的なんだな」
兎角「自分が相手を好きで、相手も自分のことを好きだと言ってくれるなら……」
兎角「それくらいの覚悟をして当たり前だと思っているだけだ」
千足(覚悟……)
千足(わたしは……じぶんのことばかりを考えていたのかもしれない)
(桐ケ谷がいなくなることを恐れて……保身に走り)
千足(桐ケ谷のことを考えているふりをして……桐ケ谷の気持ちから目を背けようとしていた)
(……つくづく情けない人間だ……わたしは)
千足(だが)
千足「……ありがとう、東」
「話を聞いてくれて」
兎角「……もういいのか」
千足「ああ……おかげさまで」
「……もう、わたしは大丈夫だ」
兎角「……なら良いんだ」
兎角「そろそろ戻ったほうが良い、皆待ってる」
千足「そうだな……戻るとするよ」
「……」
千足「本当に、ありがとう。東」
兎角「……」フイッ
千足(桐ケ谷……)
(3日も……待たせてしまったな)
(……もう、わたしは……迷わない)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
伊介「またきてね~♪」
「伊介待ってるから♪」
「は、はいっ!」
伊介「ばいば~い」
伊介「……」フリフリ
伊介「はぁ、つっかれた」
春紀「声がでかいよ、伊介様」
伊介「ほんとのことだもん、しょうがないじゃなーい♪」
春紀「まぁ、あたしも……」
「寒河江さーん!」
春紀「……」ニコ
「きゃぁーーっ♪」
春紀「……疲れたけど」
伊介「……バカみたい」
「超イライラする」
春紀「……もしかして、拗ねてる? 伊介様」
伊介「拗ねてないわよ」
伊介「そもそもなんで拗ねなきゃいけないのよ」
「……うぬぼれてんじゃないわよバカ」
「――伊介」
伊介「!」
「……ママ!?」
恵介「よう……元気か」
伊介「うん、元気! ……え、来ると思わなかった♪」
恵介「パパが来たいって言ってたんだ」
「オレは別にどっちでもよかったんだけどな」
伊介「やだもー、ツンデレ♪」
「パパはどこにいるの?」
恵介「廊下にいるから、会ってやってくれ」
伊介「うん♪ パパー!」
恵介「……」
「……」チラ
春紀「あ……ッ」
恵介「お前」
春紀「……は、はい」
恵介「寒河江春紀か?」
春紀「はい……そうですけど」
恵介「……」ジッ
春紀「っ……」
(やば……なんだ? あたし、なにかしでかしたっけ……?)
春紀(すっげぇ睨まれてる気が)
恵介「……伊介のこと、よろしく頼むな」
春紀「……え?」
恵介「アイツ、たまにオレに電話してくるんだけど」
「お前のこと、めっちゃ話してくるんだよ」
恵介「気に入ってんだと思う」
春紀(……マジか……)
(うわっ……嬉しいかも……)
恵介「アイツ、寂しがり屋なんだ」
「小さいころは、ぬいぐるみが無いと寝られなかった奴なんだ」
春紀「そうなんですか……」
恵介「表向きはキツいかもしれないけど」
「……根は悪くねえ」
恵介「それを、分かってやれるやつが、身近にいないと、ダメなんだ……」
恵介「友人だろうが、腐れ縁だろうが」
「恋人だろうが、嫁だろうが旦那だろうが」
恵介「どんな立場でも構わねーからさ」
「あいつのこと……大切にしてやってくれ」
春紀「……はい」
「わかりました」
恵介「ん……」
「ありがとな」
伊介「ママー! どうせなら紅茶一杯くらい飲んでって♪」
「パパは飲んでくって言ってるしー」
恵介「……分かったよ」
「じゃあ、紅茶2つな」
伊介「はいはーい♪ ここに座ってちょっと待っててね♪」
伊介「~♪」
春紀「……伊介様」
伊介「何? 伊介今紅茶淹れてるんだけど」
春紀「あのさ」
春紀「……あたし」
「伊介様のこと、大事にするよ」
伊介「あっそ♪」
「……」
伊介「……えっ」ダバー
春紀「伊介様、紅茶溢れてる」
純恋子「イギリスでもそんなにたっぷりとは紅茶は注ぎませんわよ」
柩「……」
「はぁ……」ナミナミー
純恋子「こちらの紅茶の淹れ方も英国式のようですわね」
純恋子「ちなみに私の紅茶の淹れ方も英国式ですわ」ナミナミ
「はい♪ 真昼さん、どうぞお飲みになって?」
真昼「あ、えっ、あの、でも……!」
「まだ……お、お仕事が……あるます、し……その」
純恋子「大丈夫ですわ、今は人の波が比較的穏やかな時間帯ですもの」
しえな「……何やってるんだよぉ……お前らぁ……!」
「全然、穏やかな時間じゃないって……!」
しえな「あ、ほら、早速大人数の客が来たし!」
春紀「あ、あれあたしの家族だわ」
しえな「お前の身内かよ!!」
寒河江母「あ……春紀」
春紀「よっ」
「よく来たな、母ちゃんもお前らも」
寒河江母「……全員で来ると迷惑かと思ったんだけどね」
「みんな行くって言って聞かなくて」
春紀「そんなことだろーと思ったよ」アハハ
冬香「姉ちゃん、学校楽しい?」
春紀「ん、結構楽しい」
「はーちゃん」「姉ちゃん!」「春紀ちゃん、あたしねー」
春紀「あはは、待てって……みんなで話されてもわけわかんねーよ」
「姉ちゃんひつじなんだろ!」
「ひつじじゃなくてしつじだって!」
春紀「そう、執事」
「かっこいいだろ?」
「えー、はーちゃんは可愛い服の方が似合うよ」
「オレはかっけーと思うけどな」
春紀「ありがとな」
「あ、そうだ……皆にちょっと紹介したい奴が――」
わいのわいの
しえな「くっ……忙しいんだからのんびりしてるなと言いたいけど」
「……あんなほのぼの家族のだんらんは……ボクには壊せない……!」
「――剣持」
しえな「……!」
しえな「生田目……」
「やっと戻ってきたか……」
千足「ああ……待たせてしまって、すまない」
「休んだ分は、しっかりと取り返すよ」
しえな「当たり前だ!」
千足「その前に、一ついいだろうか」
しえな「」ガクッ
「……なんだよ」
柩「……」
千足「桐ケ谷」
柩「あ……千足さん」
「お帰りなさい、十分休めま――
千足「ん――」チュ
柩「――!」
しえな「!?」
純恋子「あらあら」
真昼「!!!???」
柩「……ち、千足さん……?」
千足「桐ケ谷……いや」
「柩」
千足「あの時、何も言ってやれなくて、すまなかった」
柩「え……」
千足「わたしは……自分が傷つくのが怖かったんだ」
「柩との関係が壊れてしまうことが、わたしよりも柩にふさわしい人が現れることが……不安で、恐ろしかった」
千足「結果として、柩のことを傷つけてしまった」
千足「でも、今は違う」
「わたしが誰よりも……柩を幸せにできるって自信があるんだ」
千足「もう、お前のことは絶対に傷つけない」
千足「わたしも、柩のことが大好きだよ」
「……愛してる」
千足「わたしでよければ……ずっとお前のそばにいさせてくれ」
柩「~~……っ」
柩「……は……はいっ……!」
「こちらこそ……お願いします……!」
千足「ありがとう……柩」
「……少し、待たせてしまったね」
柩「いえ……いいんです。ただ、あの時から、なんかぎくしゃくしちゃってたし」
「なんであんなこと言ったんだろうって……後悔に押しつぶされそうで……」
柩「辛さのあまり……危うく、先ほどの紅茶に毒を入れてしまうところでした……」
しえな「おいお前」
「さらっと何言ってるんだよ」
柩「毒なんて持ってないですけど……」
しえな「当たり前だよ」
しえな「あー、もう……まったく……なんなんだ、お前ら」
「だらしない接客してたと思ったら……なんかいい感じになっちゃってさ」
柩「うふふ……」
しえな「……はぁ」
「ま、いいよ。これで、もう何も心配事ないよな?」
しえな「生田目、桐ケ谷」
「お前ら目当てで来た客だって、いっぱいいるんだ」
しえな「今からは、しっかりたっぷり、働いてもらうからな!」
千足「ああ……分かったよ」
「それじゃあ、行こうか。柩」
柩「はいっ」
しえな「……」
「ふぅ、これで……一安心かな」
しえな「さて、気を取り直して――」
乙哉「し・え・な・ちゃん♪」ギュ
しえな「わっ!」
「なんだよ武智……! びっくりしただろ!」
乙哉「ごめんごめん……驚かせるつもりはなかったんだけど」
しえな「まったく……で、なんだ? 何か材料が切れたか?」
乙哉「ううん、そうじゃないよ」
「しえなちゃん、ちょっと休憩したら? って言いにきたの」
しえな「は?」
乙哉「しえなちゃん、朝からずっと動きっぱなしでしょ」
「そんなんじゃだめだよ」
しえな「リーダーだし、動くのは当たり前だ」
「休憩は、こまめにとってるし」
しえな「そもそも、今は忙しいんだ、休んでる暇なんて」
純恋子「武智さんのおっしゃる通りですわ」
しえな「な……」
純恋子「あまり気を張りすぎていても、パフォーマンスがよくなるとは限りませんのよ」
「特に、剣持さんは……お客さまだけでなく、私達にも目を配る分、負担が大きい」
純恋子「私としても、少し休憩することをお勧めしますわ」
しえな「で、でも」
兎角「人手のことなら気にするな」
しえな「!」
晴「晴たちも休憩から戻ってきたよ」
鳰「しえなさんの今の仕事は、休むことっスよ」
「ここはウチらに任せて、文化祭を味わってきて下さいよ」
涼「うむ……ワシらは既に、十分休んだし」
香子「それぞれのクラスの特色が出ていて、とても面白かった」
「……剣持も見てくると良い」
涼「面白かったのは先輩と一緒だったからではないか?」クス
香子「違……!」
しえな「お前らまで」
「……だけど」
乙哉「んもー! でも、だけどってうるさいな」
「おさげちょん切っちゃうぞ?」
しえな「や、やめろ!」
乙哉「じゃあ切らないから、休憩しよ! っていうかいろんなところ見て回ってこよ!」
しえな「わっ! た、武智、引っ張るな!」
乙哉「てなわけでみなさん、行ってきまーす♪」
晴「行ってらっしゃーい!」
鳰「楽しんできてくださいっス~」
純恋子「……ふふ、このクラスは不器用な方ばかりですわね」
鳰「そうっスねぇ」
「何気に武智さんも、“しえなちゃんが出てるならあたしも休めない~”とか言って」
鳰「全然休んでませんでしたし」
晴「ふふ、優しい武智さんらしいといえば、らしいけどね」
兎角「そうだな……」
晴「……よっし!」
「それじゃあ、2人がいなくなった分、晴たちでがんばろーっ!」
「「「「おーっ!」」」」
その後、わたし達は助け合い、それぞれの小さなミスを補いながら
確実に仕事をこなしていった
心を暗くしていた雨雲もすっかり晴れて
わたしは最高のモチベーションで、仕事に臨むことができた
……剣持たちにはだいぶ迷惑をかけてしまったが……
少しは、それまでの分を取り返すことができたと思う
溝呂木先生の宣伝が功を奏したのか
客足は、最後まで途絶えることがなく
大量に用意しておいた茶葉や、食材もすっかりなくなってしまった
来てくれた人々も、大いに満足してくれたようだ
我々黒組の文化祭は、大成功を収めたのであった
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
...カポーン
鳰「あ゛あ゛~……づがれだぁ~……」
晴「ふふ、おつかれ、にお」
鳰「晴ちゃんもお疲れっス……」
「いやぁ、きつかったっスね……最後の来客ラッシュ」
晴「そうだね……もう、頭の中ごちゃごちゃで、よくわかんなかったよ」
兎角「……あんな中で、晴はよく頑張ったと思うぞ」
晴「えへへ……」
「……晴はね、兎角の助けがあったからこそ、頑張れたんだよ?」
晴「たくさんフォローしてくれて……ありがとね」
兎角「……ん」
鳰「あれぇ? お二人って名前で呼び合ってましたっけ? しかも呼び捨てで」
兎角「悪いか」
鳰「いや、なんも悪くないっスけどぉ……」
兎角「えへへ……」
鳰「晴はなんか嬉しそうだし」
伊介「って、いうか♪……全員で大浴場来る必要あったわけ?」
「……結構暑苦しいんだけど♪」
涼「互いの健闘を裸で称えあうのも、ワシは良いと思うよ」
「ともに疲れを癒せるのは、今まで全員で頑張ってきたからこそじゃ」
伊介「えーー何それ♪」
「めんどくさ」
春紀「そんなこと言うなよ、伊介様」
「伊介様はさ、こういうのは嫌いなのか?」
伊介「……」
「嫌いとは言ってないでしょ」
春紀「そうだよな」
「……そもそもちゃんと大浴場に来てるって時点で嫌なわけないし」
伊介「うッ……!」
涼「ふふ、仲がいいのう、2人とも」
「実にいいことじゃ……」
乙哉「あ、仲がいいといえばさー、首藤さん」
涼「ん?」
乙哉「お昼過ぎ頃かな、涼ちゃんと仲よさそうに話してた男の人いたけど」
「もしかして彼氏さん?」
晴「うそ! 首藤さんって付き合ってる人いるの?」
鳰「ウチも気になるっス!」
涼「……ふふ」ニコ
「さて、どうじゃろうな」
晴「え~、教えて教えてっ!」
涼「ふふふ……」ニコニコ
「ワシより、香子ちゃんの方が実りある話をしてくれるかもしれんよ?」
香子「なッ……!」
晴「え!? 神長さんもお付き合いしている人が……!?」
香子「い、いや、わたしは……!」
乙哉「あ、もしかしてあの色黒の、超美人サンのこと?」
晴「武智さん知ってるの?」
香子「い、イレーナ先輩は関係ないっ!」
乙哉「イレーナさんって言うんだあの人」
晴「名前もかっこいい!」
香子「」
しえな「なんなんだよ、あいつら……!」
しえな「元気が嫌というほど有り余ってるじゃないか……!」
「……余力残すなよ……!」
純恋子「まぁ、いいではありませんか」
「……みなさん、とことん頑張ったと思いますわよ」
しえな「それはわかってるけど……」
「……少しは、最初から最後まで全力だった番場を見習ってほしいよ」
真昼「ん……すぅ……」スヤスヤ
純恋子「真昼さんは……」
「“表には出られないから、その分”と言って……頑張ってらっしゃいましたものね」
純恋子「……今回の真の立役者かもしれませんわね」ナデ...
しえな「……ん」
乙哉「ま、総合で一番努力したのはしえなちゃんだけどね」
「しえなちゃんが皆を引っ張ってくれたから……番場ちゃんも」
乙哉「みんなも、それに応えようって、頑張ったんだと思う」
しえな「……そ、そうかな」
乙哉「うん!」
「素敵な1日をありがとね……しえなちゃん」
しえな「……」
乙哉「あは♪ しえなちゃん顔真っ赤」
しえな「っうるさい!!」
柩「……」ジィ
「……ふふっ」
千足「どうした? 柩」
柩「なんだか……みんなで一つのものを作り上げたり」
「ある話題で、仲よく盛り上がったり」
柩「喧嘩したり、喜びあったり」
「誰かのことを好きになったり」
柩「些細なことかもしれないけれど……」
「どれもかけがえのない、大切なもので」
柩「そんなものたちで埋め尽くされてる世界があるんだなって……」
「そう思ったら、嬉しくなっちゃったんです」
千足「ああ……そうだな」
千足「わたしも……そのような世界で」
「柩や、黒組のメンバーと色々な気持ちを共有できることを」
千足「とても幸せに、誇りに思うよ」
柩「……はいっ」
柩「……そうだ」
「文化祭も終わったし……」
柩「それに……ぼく達の関係も、ちょっと変わりましたし」
「記念に、旅行にでも行きませんか?」
千足「旅行か……良いかもしれない」
千足「どこへ行こうか?」
柩「んー……千足さんはどこに行きたいですか?」
千足「わたしは……そうだな」
千足「柩と一緒なら、どこへでも――」チュ
柩「……ん♪」
鳰「せんせェー、なんかお風呂が熱いでーす」
◇おすまい◆
お疲れ様でした
ちたひつメインのつもりでしたが欲張りました
暇つぶし程度になったのなら幸いです
書きためたのは良いけど投下するペースがよくわかんなかったです
鳰「ナナミス……?」
鳰「ナナミス……?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1401632548/)
同時進行しました
乙。
言葉とは究極に近づく程陳腐になるという。
故に素直な言葉に万感を込めて告げよう。
乙、ありがとう。
しえなちゃんが輝いてる
乙っス
序盤のお陰で不思議な感じっスね
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