阿良々木暦「はるかデモン」 (78)
・化物語×アイドルマスターのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・ネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です
・アイドルマスターは箱マス基準
関連作品
阿良々木暦「ちはやチック」
阿良々木暦「ちはやチック」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1396960569/)
阿良々木暦「まことネレイス」
阿良々木暦「まことネレイス」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1397052451/)
阿良々木暦「あずさジェリー」
阿良々木暦「あずさジェリー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1397116222/)
阿良々木暦「まみコーム」
阿良々木暦「まみコーム」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1397204958/)
阿良々木暦「あみスパイダー」
阿良々木暦「あみスパイダー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1397552552/)
阿良々木暦「みきスロウス」
阿良々木暦「みきスロウス」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1397790167/)
阿良々木暦「やよいリバーシ」
阿良々木暦「やよいリバーシ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398069955/)
阿良々木暦「たかねデイフライ」
阿良々木暦「たかねデイフライ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398243271/)
阿良々木暦「いおりレオン」
阿良々木暦「いおりレオン」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398425751/)
阿良々木暦「りつこドラゴン」
阿良々木暦「りつこドラゴン」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398854343/)
阿良々木暦「ひびきマーメイ」
阿良々木暦「ひびきマーメイ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399458752/)
阿良々木暦「ゆきほエンジェル」
阿良々木暦「ゆきほエンジェル」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399632432/)
阿良々木暦「ことりハザード」(番外編)
阿良々木暦「ことりハザード」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399893398/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1400063080
ついにきたか
最終章…?
001
「人とは、滑稽であるな」
と、彼女は言った。
まるでその格好が彼女の象徴であるかのように、腕を組み、首を傾け、不遜な笑みを浮かべ、頸骨をぽきりと鳴らし、こちらを見下ろして。
いつかのキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードを想起させる、傲慢と美しさを同居させた様は、立ち向かうべき敵ながら驚嘆の一言に尽きる。
思想や教義をいくらでも流布出来る情報氾濫時代において、外面からのカリスマ性は現代においては最も重要な要素ではないか。
「そうだな……僕も、そう思う」
人の上に立つ存在――権力者や統率者のことを、僕たちは王と呼ぶ。
規模の違いはあれど、王と呼ばれるべき存在は一線を画している。
画していなければならない。
不特定多数の人間の上に立つ以上は、凡夫であってはならないからだ。
王と呼ばれる彼らは、端的に言ってしまえば『代表』である。
「下賤な人の子よ、聞いてやろう」
単純に力が強い者、人心掌握に長けた者、戦略性に優れた者、容姿が美しい者、運の強い者、王は必ずどこかの部分で、統べられる輩より優れていなければならない。
血統だけで王を継いで行く国がいずれ必ず亡びの憂き目に遭う結果を迎えるのは当然とも言える。
解り易い例えで言えば、三国時代の中国などは典型的だ。
一代で国を築き上げた劉備・曹操・孫権の三人は、例外なく子孫の代で衰退し、50年も続かなかった。
肉親がどれだけ偉大であれ、王が凡夫では王として成り立たないのだ。
血統で国を統べるのであれば、我らが日の本の国のように象徴としての王でなければならない。
閑話休題。
だが、例えばの話だが。
「何故ここまでこの娘に与する?」
あまりにも有能すぎる王がいたとしたら、どうなのだろう。
誰よりも強く、誰よりも美しく、誰よりも頭脳は聡明で、誰よりも先見性に秀でている。
彼に失敗などという言葉は存在せず、彼に相対する存在は皆無。
そんな人間がいるとしたら、彼をもう人とは呼べないだろう。
「人間だからさ」
なんせ個人で全てが完結している。
彼にとっては王という称号すら些末の一部としか映らないだろう。
何故ならば、彼には他人すら不要だからだ。
だから、むしろ、神と呼称されるべきだ。
「ならばその身を以て知れい」
いや。
神の如き能力を持った人間が、それを良からぬ方向へ使ったとすれば、それは。
畏敬と恐怖をもって呼ばれるべきなのだ。
かつて第六天の王と称された男がこの国で名乗った様に。
「吾輩は魔を統べるもの――混ざり者風情が我に楯突く等と言うその傲慢、吾輩自らの手で断ち切ってくれよう!」
そう。
魔王、と。
002
さて、いかにも思わせ振りな前振りを終わらせたところで時系列を本編へと戻してみようと思う。
僕と天海が出会った契機は、天海春香とのファーストコンタクトは、ある一点において、かのツンドラヒドイン日本代表・戦場ヶ原ひたぎのそれに追随するものであった。
ひたぎは己の保身のために僕を脅迫し、拘束し、危害を加えた。
その事についてはもう終わったことであり、当時の彼女を思えば同情こそしても今更怒る気にもならない。
最も、微塵も同情などして欲しくはないと、本人の口から直接聞いているけれど。
天海とひたぎに共通するある一点とは、僕が被害を被った、という点に集約される。
厳密に言えば確固とした意志を以て危害を加えたのかそうでないかの違いはあるが、被らされたこちら側からしたら事実としてどっちでも一緒だ。
結論から言えば、天海春香もまた、ひたぎが蟹に行き遭ったように、怪異と関わることになったのだ。
彼女、天海春香は、魔王の寵愛を受けた。
事が起こったのは三月上旬のこと。
卒論も無事提出し受理されたことで大学の卒業が決まり、講義もほぼ消化試合と化した時期に、僕はまだ内定がなかった。
誤解のないよう一応言い訳だけはしておくと、決して就職活動をサボっていた訳ではない。
就職氷河期の風潮と、男に好かれない傾向のある僕の性質が重なって、内定が取れないのであった。
……ちょっと自分で言ってて悲しくなってきた。
勿論僕なりに危機感は感じていたし、就職浪人なんて羽川や戦場ヶ原に顔向け出来ないので、求人雑誌を片手に一息つこうとミスタードーナツに来ていたのである。
「吸血鬼も就職に困る時代……か、世知辛いな」
自虐的な皮肉を交え社会風刺を挿入してみたが、虚しいだけだった。
もちろんと言うべきか、隣には忍が座っている。
僕の苦難などいざ知らず、幸福満面の笑顔でドーナツを貪り食っている。
糖尿病になってしまえ。
「おい忍、聞いてるのか?」
「何じゃうるさいのう、儂がドーナツを食べておる時くらい静かにせんか」
「ドーナツと僕の就職事情、どっちが大事なんだよ」
「言うまでもないわ」
「だろうな……」
ああ、わかってましたよ。
わかっていましたとも。
少しでも僕を心配してくれていると思った僕が愚かでしたよ。
忍なら明日自分に隕石が落下するとわかっていようとドーナツを優先するだろう。
こいつはそういう奴だ。
「でもな忍、よく考えてみろよ。今でこそ大学生という遊んでてもご飯が食べられる身分に傾倒しているけれど、僕は卒業したら自分の食い扶持は自分で稼がなくちゃいけなくなるんだ」
「働かざるもの食うべからず。至極当然な自然の掟じゃの。それで?」
「就職できなかったらドーナツさえ買えない、なんて状況に陥ることだって十二分にあるんだぞ?」
「さっさと就職とやらをせんか! このヒキニート野郎めが!」
「僕は引きこもりでもニートでもねえよ!」
ドーナツが絡んだ途端に手のひら返しやがって。
「人間社会も色々大変なんだよ……就職難ってやつだ」
「ふむ、ドーナツ供給の危機となると早急に対策を立てねばのう」
忍が顎に手を添えて頭を傾げるその様は非常に可愛かったが、元より忍の策なんてろくでもないに決まっている。
何せ躍起になっている僕でさえどうにもならないのだから。
「おおそうじゃ、名案が浮かんだぞ」
「おっ、なんだなんだ?」
猫ならぬ吸血鬼もどきの手も借りたい僕は、一応期待している振りをして身を乗り出す。
まあ役には立たないだろうけど、聞いてあげるのが大人というものだよな。
「あのツンデレ娘に養ってもらえばよいではないか」
「ヒモじゃねえか!」
本当に役に立たなかった。
それどころかマイナスだ。
ちなみにひたぎは夏にはさっさと内定を取ってきたのだった。
その時に毒舌100%で散々罵られたのはそれこそ言うまでもない。
ちょっと待て。
ヒモ?
ひたぎに?
……。
…………。
………………。
『ただいま』
『お帰り、ひたぎ』
『……』
『早くご飯作ってくれよ。もうお腹と背中がくっつきそうだ』
『暦……そろそろ働いてはどう?』
『な、なんだよいきなり……』
『いえ……その、このままでは生活も苦しいままだし……私、暦には全うな道を歩んで欲しいのよ』
『僕に全うな道を歩けって……? この人間もどきの僕に人並みの人生を送れって言うのか!?』
『そ、そこまでは言ってないわ……でも』
『いいんだよ。僕にはひたぎがいる。僕はひたぎを愛しているし、ひたぎも僕を愛しているんだろう?』
『それは……そうだけれども』
『愛してるぜ、蕩れ蕩れだひたぎ』
『……食事にしましょう』
『あ、そうだひたぎ。話は変わるけどお小遣いをくれないか?』
『……昨日あげたばかりじゃない』
『明日パチンコ屋がリニューアルオープンなんだ、稼いでくるからお小遣いをくれよ』
『……もう一度聞くわね暦。働く気は、ないのね?』
『しつこいな、いつかビッグな仕事を成功させてみせるよ』
『そう……仕方、ないのね』
『……?』
『暦』
『ど、どうしたひたぎ……包丁なんて持って』
『あなたを殺して、私は保険金をもらうわ』
『僕に生命保険かかってたの!? しかも一緒に死んでくれないんだ!』
……。
うん、無理だ。
それにこれじゃヒモと言うよりただの人間失格じゃないか。
そもそもひたぎがそんな状況に一瞬たりとも甘んじる訳がない。
早い段階で僕を強制的に更正しにかかるだろう。
ヒモとは一般的に女性に寄生する社会不適合者の男性を指すと聞く。
ならば他の女性ならどうだろうか。
数少ない友人とのヒモ生活を思い浮かべてみる。
友人でそんな想像をすること自体人間失格な気もするが、そこは想像だから許してもらうとしよう。
羽川は……有無も言わさず更正させられるだろう。
『ダメなんだよ阿良々木くん、そもそも人間の根底には相互補助の意識が根付いているからこそ社会というものが成り立っているんだよ?』
等と、如何に働かずに怠惰な生活を送ることが正しくないかを、比喩と故事と仮定と正論を適切に駆使し、表現に抒情を添える倒置を効果的に使用しながら、一晩中説教された上で真人間に矯正されるのが目に見えるようだ。
神原はあの性格上きっと養ってくれるだろう。
だが、あまつさえ、
『阿良々木先輩が気に病む必要はない。これは私が好きでやっていることなのだからな』
等とナチュラルに言いそうで、逆に怖い。そう言う意味では神原が一番怖いな……。
八九寺と千石は除外だ。
小学生や妹の同級生に養ってもらう男など死んだ方がいい。
「しかし……本当にどうしたものかな」
「お前様よ、ドーナツの追加を所望するが?」
「却下だ――――ん?」
「きゃああああぁぁぁ!」
気付いた瞬間には、もう手遅れだった。
女の子の悲鳴に対し脊髄反射で身体が反応し振り向くと、絨毯爆撃よろしく視界いっぱいのドーナツと黒い液体が広がっていた。
すべてがスローモーションのように感じる。
人は死の危険が迫ると時間の体感をゆっくりと感じるそうだ。
かつて常時生死の狭間を渡って来た剣の達人などは、斬り合いの際にこのような境地に達していたと聞く。
今の僕が正にそれだ。
数種類のドーナツ、それら全ての商品名も認識できる。
そして、例えるのなら網油のように迫り来る液体に直面したのは産まれて初めてのことであり、いくら感覚が達人級になっていようと、身体が緩慢に感じる時間の流れに対応する訳ではない。
まあ、一言でその時の情景を表すのなら。
さよなら、僕の服。
今までありがとう。
「熱っつ――――――――――――い!」
熱湯とは言わずとも人間の皮膚に損壊を与える程度に温められたホットコーヒーを、頭からぶちまけられた。
下手人は悲鳴の主であり、どうやらトレイを持ったまま前方に向けてダイナミックに転んだようだ。
「熱っ! 熱い熱い!」
「い、いたたた……はっ!?」
膝をさすりながら顔を上げた彼女は、頭につけたリボンが特徴的な女子高生だった。
あれ?
どこかで見たことあるような……?
転んだ少女の身体を慮れないのは紳士としてあるまじき態度かも知れないが、僕は僕で濡れた衣服が肌にひっつかないよう服を引っ張るのが精一杯なのだった。
付け足すと、忍は気付いたらいなかった。
危機を感じて一瞬で影に潜ったのだろう。
「す、すみませんごめんなさい! た、大変! 火傷しちゃう!」
転んだ少女は現状を把握したらしく慌てて僕に駆け寄って来た。
そこまではいいのだが、事もあろうことか彼女は僕の衣服を強引に脱がしにかかってきたのである。
「脱いでくださーい! はやくー!」
恐らく彼女も錯乱しているのであろう。
間に合わなくなっても知らんぞ、と言わんばかりに僕の身を案じて力一杯に僕の服を引っ張るのだが、残念ながら僕の服は横に引っ張って脱げる構造をしていなかった。
「痛い痛い熱い痛い!」
「脱いでくださーい!」
結局、引っ張られ脱がされてひん剥かれ、彼女は僕がタンクトップとパンツだけになるまで離してはくれなかった。
…………。
「……」
そして数分後、かの有名な子供のとーちゃんの部屋着のような格好をした大学生と。
「え、えーっと……」
花も恥じらう女子高生が、ミスタードーナツの店内で向き合うと言う異様な光景が爆誕したのであった。
「ご、ごめんなさい……?」
これが、後に僕の人生の分岐を左右した、天海春香との出会いだったのである。
003
「本当にごめんなさいっ!」
「いやいいよ。そこまで気にしなくても」
「そうじゃそうじゃ、善きに計らえ」
新しいドーナツとコーヒーを目の前に、僕と彼女は対面に向き合う。
彼女が『せめてドーナツくらい奢らせてください』とのことだったので、お言葉に甘えさせてもらったのだ。
女子高生に甘える僕も僕だが。
無料ドーナツに釣られてまたもいつの間にか現れた忍が隣でドーナツをほくほく顔でかじっている。
更年期障害になってしまえ。
「ドーナツを儂に献上した時点で、ぬしの罪は例えこやつを殺したとしても帳消しじゃ」
「僕の命はドーナツ以下か!」
それ、自分の命も揚げ菓子以下だって言ってるようなもんだぞ!
結局、あのあとすぐに彼女に服を買ってきてもらった。
待つ間半裸で一人という非常に突っ込まれたら釈明のし難い状況だったが、彼女が店員を言いくるめてくれたらしい。
心の底から申し訳なさそうにバッタの如く頭を下げる女子高生。
見知らぬ女子高生に頭を下げられるって妹に謝られるより気分いいなぁとか思っている時点で僕は色々駄目なんだと思う。
それに僕の服なんて上下合わせて一万円もしないし。
台無しになったところで大して痛くない。
「しかしマンガみたいな転び方したね、大丈夫だった?」
「あ、あはは……よく転ぶんです、わたし」
それはもう見事な転び方だった。
世界スリップコンテストがあったらベストオブスリップ賞を授与してもいい。
「改めまして、私、天海春香と言います」
「僕は阿良々木暦、大学生だよ」
「忍野忍じゃ」
「忍……ちゃん?」
忍のことが気になるのだろう。
そりゃどう見ても外国人の子供が日本名を名乗ればおかしく思って当然だ。
「ああ、気にしなくていいよ。訳あって僕が面倒見てるんだ、それより」
と、僕は半ば強引に流した。
それよりも天海春香?
先程も感じたが、どこかで聞いたことある名前だ。
天海なんてそんなにありふれてる名字でもないし……。
「……あ、もしかしてアイドルの?」
「わあ、ご存知なんですか? 嬉しいです!」
女子高生。
アイドル。
その瞬間、僕の中の蕩れカウンターが振り切れた。
ぐいーん、と。
予想もしない場所で八九寺を発見した時と同じくらいに。
「マジで!? うわあ、生アイドルだ! 生アイドル!」
「生!?」
「生アイドル! 生アイドルだぞ忍!」
「生って言わないでください!」
「何を言う、現代では生とは珍重されるべきものだ」
生クリームに生乳、生放送に生ビールに生野菜に生チョコレート!
更には子供には言えない大人の生まで!
ともかく生は貴重なものなのだ!
「でも生兵法とか生半可って言うじゃないですか! 」
「確かに生傷とかは普通の傷より痛々しいな」
いいことばかりでもないですよ、と的確なツッコミを入れる天海。
将来有望だ。
「実はタモさんの生放送ギャラってそんなに高くないらしいぜ」
「生々しい話だ!」
そろそろ生がゲシュタルト崩壊してきたのでこの辺にしておこう。
「お前様よ、あいどるとは何じゃ?」
「僕の恋人のことだ」
「違います!」
「何!? 話が違うぞ!」
「なんで怒られてるんだろう、わたし……」
「ところでファンの愛を盗むと言う意味で愛盗るという動詞があってもいいと思わないか」
「字面だけ見るとそこはかとなくロマンがありますね!」
「僕は君に愛盗られちゃったぜ」
「恋人のいる人から告白されたような複雑な気分です」
「そしてファンの愛を一身に集めるアイドル活動を愛盗リングと呼ぼう」
「RPGの装備品みたいになりましたね!」
中々ノリのいい性格だ。
交友関係を持てばきっと仲良くなれることだろう。
「さて、天海さん」
向き直り、改めて真面目な顔をする。
「呼び捨てでいいですよ」
いいなあ、アイドル。
アイドルってだけで好感度が一般人の十倍くらい違う。
春香ちゃんは気さくだし。
だってアイドルだよ!
愛盗られちゃうぜ!
「じゃあ、天海……さっきのお詫びとしてひとつ、僕の頼みを聞いてもらおうか」
「は、はい、なんでしょう」
某ヒゲでグラサンの司令のように手を口の前で組み、厳かに目を伏せる。
だがここで弱味を握って何でも言うこと聞かせてやるぜゲヒヒとか考える阿良々木君ではない。
天海もそれを危惧しているのだろう。
膝に置いた手をぎゅっと握って緊張した面持ちで僕の言葉を待っている。
ちくしょう、可愛いなあ。
みんなのヒーロー阿良々木君は男の中の男でなければ、僕を応援してくれるちびっこ達に顔向け出来ないからね。
「握手してくださーい!」
土下座だった。
男の中の男の土下座だ。
ザ・土下座と定冠詞をつけてもいいだろう。
「ちょ、ちょっと!」
見るからに動揺し出す天海。だが男の中の男は衆目など気にしないのだ。
「出来たらサインもお願いします!」
「わかりました! わかりましたから!」
「さすが主様じゃのう……」
004
その後。
天海に握手してもらいサインをタンクトップに書いてもらい別れた後、面接を希望する企業に目星をつけてまとめるともう時刻は夜だった。
「お前様」
「ん? どうした忍?」
「気を付けい、何かおる」
「何か……?」
「いかん!」
忍の叫び声が聞こえたところまでは、辛うじて覚えている。
次の瞬間、僕の右脇腹が吹き飛んでいた。
「ぐぎっ……!? ぎゃああああぁぁぁぁぁ!?」
吹き飛んだ、という表現は正しくない。
何も見えなかった。
突然、身体の一部が消失した、と形容するしかない。
影から飛び出した忍に突き飛ばされていなかったら、身体の中心が『消えて』確実に死んでいただろう。
「が……っくぅぅ……!」
辛うじて中身が溢れないように両手で抑え、忍の方を見る。
「…………」
忍が、見たこともない表情をして、暗闇を凝視していた。
一般的には、苦笑いと表するのが正しいだろう。
だが、仮にも怪異の王だった吸血鬼が浮かべるべき笑みではない。
「む、避けたのか。いやはや愉快愉快」
暗闇から、声がした。
どうやら、いや確実に僕を狙った張本人だろう。
女性の声だ。
しかも、かなり若い。
「うん……? 人間か?」
「お前様――覚悟をしておけい」
「か、覚悟……?」
「此処で果てる覚悟じゃ」
「……!」
こんな忍は初めて見る。
それほどの相手なのか、僕は夜の主である吸血鬼の眼を凝らして暗闇を見通す。
夜ということもあって傷口は次第に閉じ始めていたが、継続する痛みに加え焦燥と混乱から脂汗が止まらない。
そこには、天海春香がいたのであった。
「うん? うぬらは……昼に会った童共ではないか、いやはや奇縁奇縁」
いや、違う。
姿形こそ天海春香だが、雰囲気がまるで違う。
それに、瞳が紫色に濁っていた。
怪異に身体を乗っ取られたか。
そうでなければ説明がつかない。
とてもじゃないが昼間会話をした元気な女子高生とは同一人物とは思えない。
「あれは怪異等と呼べる程生易しいものではないぞ、お前様よ」
「吾輩を知っておるのか。褒めて遣わすぞ、鬼の残滓たる幼女よ」
「貴様など知らんわ。だが力量を見誤る程耄碌しておらんわい」
忍が、相手を恐れている。
こんなことは前代未聞だ。
しかも奴は忍の正体まで看破した。
「……お前、誰だ!? 天海じゃないな? 何故僕達を狙う!」
「質問はひとつずつにせんか、たわけ」
さも呆れたと言わんばかりにオーバーリアクションを取る天海。
はっきり言って仕草から表情から、全くと言っていいほど天海に似合わない。
「吾輩は懐が広いので寛大に答えてやろう。まず名前だが――吾輩に名前などない」
名前が……無い?
「吾輩は魔を統べるもの。他の者は吾輩を魔王だとか閣下と呼んでおるがの」
「どういう……意味だ?」
「奴はそもそも住む世界が違うのじゃ」
「世界……?」
「そっちの幼女は理解しているようだな。善哉善哉」
喉を鳴らして愉快そうに笑う。
「うぬら人間には理解し難いだろうが、ここを世界Aとすると、うぬらが怪異と呼ぶものだけが住まう世界Bがあるのだ」
「怪異だけが住む世界だって……?」
あるのか、そんなものが。
否定は出来ない。
僕だって一度、怪異に満ちた未来を見ている。
「時折、人間が迷い込むこともあるがな。吾輩はその世界での王だ」
つまり、言ってしまえば怪異の中の怪異、か。
「さあ、吾輩は名乗ったぞ。うぬらも名乗らんか」
「……阿良々木暦」
「忍野忍」
「暦に忍、か。良い名だな。もうひとつの問い、何故襲ったかについては――間違いだ。赦せ」
「はあ……?」
「間違いで殺されてはたまらんのだが?」
「いやなに、こちらで同族に会うのは初めてなのでな。敵かと思ってつい手が出てしまったのだ、何せ吾輩も敵が多い身での」
あちらでも特に鬼の類は吾輩に反抗的なのでな、と付け足す。
「つまり……僕達を殺す気はないのか?」
「皆無だ」
『彼』はきっぱりと言い切った。
嘘はついていないように見える。
と言うより、元より彼に嘘をつく必要は無いと、信頼に似た確信があった。
「最後の質問だ。何故天海の身体を乗っ取っている……!」
そこが、最も重要な部分だ。
他に僕の知らない世界があるのはいい。
過去の経験から、大抵の事は許容できる。
そこの王がこちらに遊びに来ているのもいい。
元より総じて彼らに行動原理を求める方が非常識だ。
だが、何の罪もない女子高生に気紛れで取り憑いているというのなら話は別だ。
「戯れでその子の身体を使っていると言うのなら、やめてくれ」
「暦は春香の何なのだ? つがいか?」
「赤の他人だ。しかも今日会ったばかりのな」
「ならば何故だ。吾輩の知っておる人間とは赤の他人に無頓着で無関心な生物と憶えておるが」
「知っちまったからな、知ったからには、見過ごせない」
「ふむ」
彼は少し思案した風に首を傾げる。
どう話そうか考えているようだ。
「まぁよいか。吾輩が春香の身体を借りているのは、春香がそう望んだからだ」
「何……?」
「世界一のアイドルになりたい、とな」
それはアイドルをやっているのならば当たり前と言ってもいい願いだろう。
「吾輩は春香をアイドルとして大成させてやりとうてな。なに、敵がおらん故のただの気紛れよ」
「……なんだそれは、冗談か?」
「冗談でここまでせんわ、吾輩はアイドルが好きなのでな」
ここ最近になって、芸能界に疎い僕の耳にまで入ってきた天海春香の人気。
それは、この怪異の王とやらが力添えをしていたからだとでも言うのか?
しかしアイドルが好きな魔王って……微妙に威厳ないな。
「具体的には――そう、このように」
彼の紫に歪む瞳が一瞬、金色に輝いたように見えた。
次の瞬間、錯覚か、と考え出す暇もなく、
「う……あ?」
とくん 、と心臓が脈打った。
同時に、目の前にいる少女がとても愛しく思える。
それこそ冗談ではなく、彼女のためなら死んでもいい、と思える程に――。
「ていっ」
「痛っ!」
突然後頭部を忍にどつかれた。
「何するんだ!」
「何をする、ではないわ。放っておいたらお前様も彼奴の熱心なファンになっておったぞ」
「くくくくく、いやはや残念無念」
「魔眼ってやつか……!」
確か、吸血鬼も同じものが使える、と聞いたことがある。
異性を虜にし、有無を言わさずに従僕へと変える恐ろしい技だ。
僕は血が薄いせいか片鱗すら使えないけれど。
「余興じゃ余興、本気になるなよ。先程も言うたが、吾輩は人間が大好きなのだ。争う気は毛ほどもない」
ただし、と。
「吾輩の邪魔を、せぬ限りは、な」
くくく、と喉を鳴らして笑う。
「吾輩は帰る。ではな、奇々怪々たる混ざりもの共よ」
元々そこにいなかったかのように、彼は姿を消した。
静寂と緊張が残される。
あれだけ会話が出来ていたのが嘘みたいだ。
「……お前様よ、わかっておるとは思うが」
「ああ……あれと戦っても万に一つも勝ち目はないから関わるな……だろ」
いくら僕でも、力の差くらいは向かい合えばわかる。
彼――いや、『あれ』は、格が違うなんてレベルじゃあない。
文字通り世界が違う。
それこそ、ゾウリムシが象と戦うようなものだろう。
「だがのう、困ったことに素直に儂の助言を聞く主様ではないからのう」
忍の言う通り、このまま知らぬ存ぜぬを貫いて忘れてしまうのが賢い判断なのだろう。
でも。
「天海春香にあんな笑い方は、似合わないよな」
「全くじゃ。いくら力の差があれど気に食わんぞ、お前様よ」
「ああ、許せないな」
こうして、僕の就職活動はまた一歩遠退いたのだった。
005
その日早々に眠った僕と忍は、朝の内に765プロダクションに足を運んだ。
脇腹は一晩眠っただけでは完治しなかったが、一応外面だけは取り繕えたので良しとしよう。
そして出勤していた、事務職らしき女性に天海の名刺を渡し、天海について話を聞かせて貰うことにした。
名刺を貰っておいて良かった……無かったらただの変質者か挙動不審者だ。
事務所内に入ると、まだ朝も早いからか、アイドルは天海と細身の女の子がいるだけだった。
……とは言え。
「か、可愛い……お人形さんみたい……」
「小鳥さん、鼻血出てますよ……忍ちゃんって言うの? 可愛いわね」
「ドーナツが大好きなんだよ。ね、忍ちゃん?」
「うむ、苦しゅうないぞ。もっとドーナツを持ってくるがいい」
忍がモテモテだった。
本人は女王の如くふんぞり返ってるし。
今にもパンがなければドーナツを食べればいいじゃない、とでも宣いそうだ。
暴君クイーンシノザベスだ。
「昨日もドーナツ食べてたよね、好きなの?」
「うむ、ドーナツは至高の食い物じゃな。人類はドーナツを産み出すために進化したと言っても過言ではないの」
「じゃあ今度機会があったら作ってくるね!」
「マジでか! ぱないの!」
「千早ちゃん、お茶飲む?」
「ええ、いただくわ。忍ちゃん、お茶は?」
「ミルクティーを所望する」
「お砂糖は?」
「愚問じゃな。あるだけ持ってくるがよいぞ」
調子に乗ってるなこいつ。
帰ったらくすぐり地獄の刑に処してやる。
「お待たせしました」
と、事務所の奥から現れたのは、スーツを着こなし、眼鏡を掛けた女性だった。
年齢は測れないが、相当若い。
まだ十代に見える程だ。
「プロデューサーの秋月律子です、春香のことでお話があると伺いましたが」
彼女、秋月律子からは、しっかり者、という第一印象を受けた。
若くしてOLという言葉を体現している。
ネクタイも満足に締められない僕とは大違いだ。
と言うかあんな複雑なもの、何を思って日本人の象徴みたいにしてしまったのか理解に苦しむ。
ネクタイに文句をつけたところで、上手く着けられない負け犬の遠吠えにしかならないけど。
「どうも、阿良々木暦と申します。大学生です」
と言うか、少々びっくりした。
始めは天海ひとりに話そうとしていたのだが、やはり彼女がアイドルである以上はプロダクションの重役にも形だけでも話はしておいた方がいい、と考えた末の結論だ。
だから来るのならば壮年の男性だと思っていたのだけれど。
「話をする前に――出来れば、他の人には席を外して欲しいんですけれど」
「…………」
怪しんでいる。当然だ。
「千早、小鳥さん、後で私から詳しく話しますので、席を」
「はい」
「……春香」
「大丈夫だよ千早ちゃん。阿良々木さん、いい人だから」
「そう……なら、いいのだけれど」
事務員さんと如月千早――確か彼女もアイドルだ。
テレビで見たことがある。
すごく歌が上手かった印象に強い。
天海とは年齢も同じくらいだし、様子を見るに仲が良いのだろう。
最後まで僕を訝しげな眼で値踏みしながら、ドアの向こうに去って行った。
さて。
ここからが骨だ。
怪異となんら関わりのない一般人だと、信じてもらえない可能性の方が高い。
少々強引だが、天海を引き出して納得させるしかないだろう。
何せ、時間がない。
「結論から言います。天海春香さんは、怪異に取り憑かれています」
「……怪異?」
「言ってしまえば妖怪とか悪魔とかの類ですよ」
「失礼ですが、いきなりやって来た怪しげな方の、そんな突飛もない話を信じろと?」
「律子さん……」
「天海」
「はっはい!」
「最近、自分が自分じゃないと思うこと、ないか?」
「……!」
図星なのだろう。
眉根を寄せて息を飲む。
「秋月さんも、最近天海の様子がおかしいと思ったこと、あるでしょう?」
「…………」
「天海と面識があったとは言え素性の怪しい僕を通したってことは、心当たりが――あるんじゃないんですか?」
「……阿良々木さんは、大学生と仰いましたけど……なぜそんな怪異、ですか? お詳しいので?」
まだ疑っているのだろう。当たり前だ。
ただでさえ慎重にならざるを得ない業界だろうし、これで信用されるとは思っていない。
「……ちょっと失礼します」
「?」
秋月さんの前に手帳と共に置いてあったボールペンを手に取る。
あまり気は乗らないが、事態が事態だ。致し方あるまい。
芯を出し、机に手のひらを伏せて、一呼吸。
心中で忍に謝りペンを力の限り突き刺した。
「ぐっ……う……!」
「ちょ、な、何を――――」
「阿良々木さん!?」
ボールペンは手の甲の皮膚を突き破り、骨に到達した時点で止まった。
ペンを引き抜くと、円形に空いた赤黒い穴から血液がどろりと湧く。
突然の奇行に二人は言葉も失くし目を丸くしていた。
「見てください」
机にこぼれた血もそのままに、自ら作った傷痕を二人に見えるよう掲げる。
しばらくは怪訝な雰囲気で黙って従っていた二人だったが、
「あ……」
「う……そ……」
約一分ほどかけて次第に閉じていく傷口と、手品のように消えて無くなる血液を見て、息を飲む。
「僕は高校生の頃、吸血鬼に身を捧げ、吸血鬼と遊び、吸血鬼となった」
「吸血、鬼……?」
「夜に生き、日の光と大蒜と十字架に弱い、あの吸血鬼ですよ」
「――――っ」
「紆余曲折の末に人間の生活には戻れたけれど、こうして後遺症を残している」
いつしかひたぎや忍にも言われたことがあった。
僕は誰でも助けてしまう、と。
それは正中を射た皮肉であると同時にどうしようもない僕の悪癖だ。
だが、目の前で起ころうとしている悲劇もしくは惨事の種を、何もせずに見過ごすことは出来ない。
目を瞑って知らぬ存ぜぬと振る舞うことは可能だ。
だが、それはもう阿良々木暦ではない。
「天海には、こうなって欲しくない。善意でも悪意でもない。単純に力になれると思ったから、今日はこうして来た」
「……私が最初に気付いたのは、年越しライブの日でした」
天海は訥々と事情を語り始めたのだった。
006
去年の大晦日その日、765プロダクションの面々は年越しライブという名のイベントの下に集合していたらしい。
その面子は追々紹介するとして、ともかく、その中の一人として天海春香はいた。
僕は昔から年末年始を基本的に家族と過ごす習慣があるのでそのようなイベントをテレビで見ても、『ああ、大晦日と元旦にかけて仕事なんて大変だなあ』と思うだけで無関心なのだが、芸能界では年末年始に仕事は常識なのだろう。
そして年越しイベントのクライマックスとも言える場面が何かと聞かれれば、十人中十人が年を跨ぐカウントダウンを思い浮かべるのではないだろうか。
余談だが、新年を迎える瞬間地球上にいなかったんだぜ、と毎年元旦の零時ちょうどにジャンプする奴がいる。
小学生くらいがやるのなら馬鹿らしくて微笑ましいのだが、大学生の身でしている奴が身近にいる。
僕の上の妹、火憐ちゃんだ。もうすぐ成人を迎えると言うのに小学生の頃から未だやっている。
馬鹿の極みだ。兄の身からしてみたら将来を危惧せざるを得ない。
まあそんな言葉通り年に一回の一大イベントに、天海はアイドルとして参加していたのである。
そして年も明ける寸前のこと。
どうやら彼女は、去年の暮れ辺りから、アイドルとして伸び悩んでいたらしい。
加え天海は当時、失敗を繰り返してしまい、精神的にもへこんでいたそうだ。
アイドルも常に競争が付きまとう過酷な世界だ。
ライバルなんて星の数ほどいるし、極端な話、同じプロダクションの仲間だってライバルだ。
行き遅れてしまえば、アイドルという括りの中でオンリーワンにはなれど、ナンバーワンにはなれない。
常に自身との戦い。
それはアイドルをやったことのない僕では到底わからないが、凄絶なものなのだろう。
しかも女の子同士での争い。
僕は男の子なので想像でしか語られないが、ベルサイユの薔薇みたいな陰湿かつ陰険な争いなのだろうか。
テレビでは笑顔と元気を振り撒いているアイドルがそんなことをしているとは思いたくない。
男の身としてはマリア様がみてるのように仲良くして欲しいものだ。
いや、決して変な意味じゃなくて。
「大丈夫……私ならできる、私ならできる……」
「春香、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ千早ちゃん」
「はるる→ん、出番だYO!」
「亜美たち先に行ってるね↓」
「わかった、すぐ行くよ!」
「春香、余計なことかも知れないけれど……あまり、根を詰めないように、ね」
「……ありがとう、千早ちゃ ん」
親友である如月千早の激励を受け、改めて気合を入れ、ステージへ。
その途中。
何の脈絡もなしに、どこからともなく、声が聞こえたらしい。
『天海春香よ、美しき人の子よ。吾輩に導かれる栄誉をくれてやろう』
そこを起点に以降年越しライブの記憶はない、と天海は言う。
ライブが終わった後、新しいキャラに驚愕と賛美を惜しみ無く仲間たちから投げ掛けられた天海は言った。
『ごめんね、良く覚えてないんだ』
と。
「それ以来、アイドルの活動中になると、突然意識が飛んだりして……」
「…………」
間違いない。
その時、去年の大晦日、日付が変わる数分前。
天海は『彼』に憑かれた。
魔王の、寵愛を受けたのだ。
「秋月さん」
「……確かに、ここ数ヶ月の春香はおかしかった……人が変わったみたいに」
「……っ!」
「ごめんなさい、春香……最初はキャラ作りをしているのかと思って……人気はうなぎ登りに上がるし、私は――いえ、私達はわざと目を逸らしていたのかも知れない」
「そんな……謝らないでください、律子さん。私だって、自分がどうなってるのか、怖くて見ないようにしてた……」
「……ちょっと待ってて」
秋月さんは一旦仕事場に足を運ぶと、一分もしないうちに戻ってきた。
その手には、一枚のメディア。
CDなのかDVDなのかブルーレイなのかは一見してわからない。
「その年越しライブの映像よ……見る?」
「……」
こくり、と天海は頷く。
部屋の隅に設置された40インチ程のテレビ、その下に備え付けられたプレイヤーに媒体を入れ、テレビの電源をつける。
しばらくしてメディアが回る音と共に画面が表示され、真っ暗な画面にちらほらと明かりが灯る。
何人なのか想像も出来ないほどの声援と、何処かで耳にしたことのある音楽の中、やがてライトアップは全開に。
「――――」
ごくり、と自分が固唾を飲む音で我に返った。
そんな状況でもないと言うのは百も承知であったけれど。
思わず、見惚れてしまった。
次々とステージに登る女の子たちは、どの子も宝石のように輝いていて、とても眩しい。
直視するのが辛いくらいに――。
「……やはり、違うの」
忍がぽつりと呟いたのは、画面に映り込んだ天海の様子を見て、だろう。
そこに映っている天海春香は、姿形、声や仕草は天海春香でも、明らかに『別の何か』だった。
見る者が見れば、それはおぞましい何かに映ったかも知れない。
オープニングの一曲が終わり、MC。天海の姿を借りた『奴』は、マイクをさながらタクトが何かのように回転させ、大仰に地面に突き刺さんばかりの勢いで叩き付け、一言。
『愚民どもよ――ひれ伏すがよい』
映像はそこで切られた。秋月さんが気を利かせたのだろう。
当の天海は、信じられない物を見たような目で小刻みに震えていた。
朧げだった信じ難い事実を目の当たりにして、ようやく恐怖が来たのだろう。
「……天海、僕がしてやれることはひとつだけだ」
「…………」
「天海に取り憑いている『奴』を一時的に引き剥がすこと。それだけしか出来ない」
「そんな、完全に引き剥がすことは出来ないんですか!?」
と、秋月さん。
「天海に取り憑いているのは破格の悪霊だと思って下さい。どちらかと言えば神や悪魔に近い。そんな大物を無理やり封じる力は僕にはありません。それこそ専門家を連れて来るしか無いでしょう」
心渡でばっさりと斬る、という方法も考えなくもなかったが、あんな強大な力を持った相手が簡単に斬らせてくれるとは思えないし、何より斬ることすら不可能な気がする。
「なら、その専門家を」
「そんな大物の退治は対価もとてつもなく大きい。下手をしたら何人もの人生が台無しになってもおかしくないレベルだ。呼ぼうと思えば僕が呼べるから、それはあくまで最後の手段として考えて欲しい。そしてもう一つ」
これが一番重要な事だ。
「今回のことは、天海は被害者でありながら事の発端だ。酷なことを言うようだが、天海にも責任の一端はある」
「え……」
「今の事態を春香が願ったって言うんですか!?」
「り、律子さん」
「別に天海を責めているわけじゃない。ただ怪異は何の理由もなく取り憑いたりはしない。それに天海が真っ当なアイドルである以上、トップアイドルになりたいと言う願望はあってしかるべしだろう?」
「それは、そうですけれど……」
「天海が望み、願ったからこそ彼はその心に棲み着いた。けれど、逆を言えばそこに隙が出来る。今回の不幸中の幸いは、彼が意思疎通の出来る怪異であることだ。意思疎通が出来るのなら話し合いが出来る」
「大人しく聞いておれば小賢しい事をつらつらと……喧しいぞ」
と、突然現れた『彼』の声にその場に居た全員が息を飲む。
見ると、天海の瞳が紫に変色していた。
初見では暗闇と動揺で良く見えなかったが、ライブ映像を含めこれで三度目。
どうやら、入れ替わった証として瞳の色が変わるらしい。
「春香!!」
「お前……っ」
「吾輩をどうにかする、等と無駄な事を考えるな。言うならば太陽に喧嘩を売っておるようなものだぞ?」
その比喩は、恐らくは正しい。
天海の姿を借りて尚、あれほどの力を持つ攻撃を蝿を払うかの如く出して見せたからには間違ってはいないだろう。
だが。
だからと言って屈する訳には行かない。
「僕は天海が望む限り、お前を追い出す努力をするぞ」
「春香が望む?」
彼は鼻先で嗤うと尊大に足を組んで椅子を揺らした。
「春香は現状に満足しておらん。それは事実だ」
「だからと言って、望みもしない人間に遊び半分で取り憑いていい理由にはならないだろ!」
彼は顎で手を組み、諭すよう、ゆっくりと息を吐いた。
「のう、暦よ……今一度冷静になって考えて見よ。主の言い分も理解出来るが、先程言ったように春香は今の自分を良しとはしておらず、吾輩は春香を好ましく思いそれを解決出来る……誰も損をすることはない、うぃんうぃんの関係、というやつではないのか?」
「損得の問題じゃねえんだよ閣下。それは天海の本意じゃないと言っているんだ」
「何だと……?」
それは言葉通り、悪魔に魂を売り渡している。
自分のものではない力だけでアイドルとして大成するのが天海春香の望みならば、僕はこれ以上首を突っ込むことはしない。
『天海春香はその程度のアイドルだった』というだけだ。
「違うよな、天海……お前は他人の用意した栄光に乗っかってその上に胡座をかくような奴じゃあないよな!」
「当たり前です……っ!」
今の今まで彼の支配下にあった天海が声をあげる。
その頬には涙が伝っていた。
わかるよ天海。悔しいよな。
上から目線で施しを受けるようにアイドルとして成功するなんて、屈辱以外の何物でもないんだ。
「勝手に人の人生を変えないでください!」
「だそうだぜ、どうするんだ閣下?」
敢えて挑発的な言葉で煽って見せる。
天海への支配を取り戻したのだろう、歯軋りと共に苦虫を噛み潰したような表情で彼は呟く。
「この世界に生を受け十万と余年……これ程の侮辱を受ける初めての相手が、まさか人間とはな……!」
その地獄の釜の底から響くような怨嗟と怒気を孕んだ言葉は、魔王と称されるに相応しい威圧感を放っていた。
007
「人とは、滑稽であるな」
「そうだな……僕も、そう思う」
そして時系列は冒頭へと戻る。
僕と彼は日付の変わる時間を目安に、都心から幾許か離れた人気のない廃墟で対峙していた。
彼も赤地のマントを羽織り黒を基調としたボンテージにいつの間にか着替えていた。
戦闘服なのか彼の趣味なのか迷うところだが、恐らくは後者だろう。
天海には微妙に似合っていない気もするが敢えて言わせてもらおう。
グッジョブ、と。
普段があれだけいい子だから、こういうゴスロリな退廃的イメージがギャップがあって良い。
正直言って、あの天海春香閣下に踏まれたい。
天海の衣装については語り足りないところで惜しいが、とりあえず置いておこう。
僕の故郷で、何度も学習塾跡で怪異と相対したのを思い出す。
猫の時は身体が二つに分かれた。
猿の時は開腹された上に内臓破裂。
影縫さんの時は殴殺直前まで行かれた。
明らかに黒星の方が多い僕のこと、いい思い出は決してないが、あそこから始まった物語もある。
「忍」
「何じゃ」
「これで最後だ。血を吸え」
「……良いのか」
「一回だけだ。あれから五年……一度も吸血鬼化はしていない」
ここに向かう直前、忍に限界量まで血を吸ってもらい、その身を夜族のそれへと変えた。
忍もキスショットまでとは行かずとも、二十歳弱までその姿を変える。
そして具現化した心渡を各二本ずつ、計四本。
僕と忍が持てる最大戦力だ。
最も、これでも彼に勝てるとは到底思えない。
忍が全盛期で、僕が完全な吸血鬼であったとしても怪しい程の相手だ。
「うむ、しかし見れば見るほど奇怪だな、うぬらは」
「好きでなった訳じゃない」
「ふむ、人の子と、鬼の残滓……繋がっておる、ということはどういう事だ?」
「余計な詮索の多い男は嫌われるぞ?」
「それは困る。あちらの世界は化物ばかりで美人がおらんのでな、吾輩もアイドルと仲良くしたいのだ」
何だか微妙に話の合いそうな奴だ……。
昼間、事務所で交わした会話を回顧する。
『良かろう。そこまで言うのであれば、貴様らを吾輩の障害と認識する』
彼は頬を緩め、面白い余興を思い付いたかのように嗤った。
『だがまともに闘っても吾輩が一方的に勝つのは火を見るよりも明らかだ。吾輩は下々には寛大だ。機会をくれてやろう、暦よ』
本当に愉しそうに、彼は瞳孔を開き、口が裂ける程の邪悪な笑みを浮かべた。
だから、その笑い方は天海に似合わねえんだよ。
『一太刀だ。一太刀でも吾輩に入れることが出来たらうぬらの勝ちとしよう。吾輩は大人しく春香から離れ帰る。怪異斬りの刀を持っておるようだしの。だが吾輩も全力にて迎え撃つ。突破して、己が主張を貫き通して見せよ』
『……僕らの敗北条件は?』
『犬の喧嘩と同じよ。きゃん、と鳴くか死んだら負けだ……死んでも、化けて出るでないぞ』
お化けは怖いのでな、と冗談にしては悪質な言葉を放つ彼の言葉を最後に、回想を断ち切った。
正直に彼の申し出は渡りに舟だった。
彼にはどんな手を尽くそうと勝てる気がしない。
が、一太刀くらいならば何とかなるだろう。
僕はやれるだけのことをやる。それだけだ。
心渡を両の手に構え、天海の姿を象る魔の王と対峙する。
ここで果てるかも知れないと言うのに、心中は何故か穏やかだった。
僕も精神的に成長したということか、或いは人としてとっくに壊れてしまったのか。
後者でない事を祈ろう。
心渡の切先を向け、大見得を切って見せる。
「よく聞け、魔王閣下」
「許す。言うてみろ」
「人間ってのはな、完璧なものを敬い畏れはしても愛しはしねえんだよ」
「何だと……?」
「儂かてそうじゃった。かつて熱血にして冷血にして鉄血の吸血鬼と恐れられておった頃は、皆が儂を畏れから崇め奉ることはあっても、愛してくれる事などありはせんわい」
「愛されねえアイドルなんて、アイドルじゃねえんだよ。わかったか、この色ボケ親父!」
罵声と共に斬りかかる。
「愉快痛快……威勢のいいのも無礼な振舞いも実に好ましい……吾輩に刃向かおうなんて輩はここ千年はいなかったからな!」
奇襲にも避ける動作すらしない。
果たして刃は天海の身体を一刀両断に斬る――ことはなく、心渡は虚しく何もない中空を斬る。
「遅すぎて欠伸が出るぞ」
手応えのなさを感じるよりも前に、背後からの声に肌が粟立つ。
速い、なんてレベルではない。
吸血鬼の眼ですら見ることすら敵わなかった。
「春香の身体を痛めたくはないからな……ちと手荒になるが、簡単に壊れてくれるなよ!」
彼の手にいつの間にか握られていたのは、一振りの剣だった。
ロールプレイングゲームに出てきそうな、ごてごての悪趣味な装飾を施した大剣だ。
一見、刃の部分にも装飾が散りばめられているため、斬れそうには見えない。
その剣で、僕は『二つにされた』。
「――――――っ!?」
悲鳴を上げるのに必要な肺は断ち切られていた。
斬られた感触すらない。
痛みを感じる暇もない。
気が付いたら、胸から下が消えていた。
そう表現するしかなかった。
「お前様!」
忍が袈裟斬りの状態で留まっている彼の背後へと、二本の心渡を突き立てようと両腕を振りかぶる。
「その手を……離せい!」
身体が復元されて行くのを感じながら、忍の両腕が根元から返す剣跡で斬られるのを視界に捉える。
神経はとっくにオーバーヒートしているのか、やけに時の流れが緩慢に感じた。
「んぐ……あああぁぁぁっ!!」
「な……!」
下半身が再生されるのを待たずに忍の身体から離れた、心渡を持った腕を口に咥え、頭を振りかぶるが如く横薙ぎにする。
が、目算も覚束ない剣筋が当たる訳もなく、一歩退いた彼にいとも簡単に避けられた。
「ぐぁ……っ!!」
わずか数秒にも満たない攻防が終わると、僕は重力に引かれ地面に伏した。
下半身は完全に再生されている。
忍の心渡も含めた計四本を拾い、一度退くと、腕の再生された忍に渡した。
と、
「は、ははは、はははははははは、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
彼は、天海の身体で笑っていた。
心底愉しそうに、嬉しそうに、可笑しくて仕方が無いと言わんばかりに。
それは当に紛うことなき強者の笑いだった。
「愉しい。愉しいぞ人の子よ! これ程の躍動は五千年は無かったぞ!」
「天海の顔で……そんな風に笑うんじゃねえ!」
忍と共に再び駆け出す。
勝算なんてはなっから微塵もない。
刀が四本とは言え、僕の剣の心得なんて体育の授業で剣道をやったくらいだ。
太刀筋も何も無い、ただ単に振り回すだけの攻撃。
忍も似たようなものだろう。
だが、どんなに不恰好な攻撃だろうと当たれば僕らの勝ちだ。
ならば、ひたすらに突っ込み続けるしかない。
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
「はああああぁぁぁぁ!!」
「もっとだ、もっと吾輩を愉しませよ!」
左右の方向から迫る四本の刀を軽くその異形の剣の柄でいなし、見惚れるような動きで四本の心渡を一本残らず一刀両断にした。
刀を折られた時の衝撃すらない。
先程身体を両断された時にも感じたが、あの剣は別の違う法則でものを斬っている、という気さえする。
そう考え始めた頃、ご丁寧にも彼が説明を始めた。
「この剣はこう見えて名剣でな。吾輩は『蒔絵斬り』と呼んでおるが、その名の通り二次元を斬る剣だ」
立体ではなく、平面を斬る剣。つまり僕らの世界が三次元である限りは斬れないものはない、ということか。
先程、怪異を斬る心渡が柄で止まったのは、あの剣が文字通り次元の違う代物であれば説明はつく。
あちらの攻撃は絶対に防げないが、こちらの攻撃もあの剣には絶対に通らない。
「何だかな……もう神話や寓話の世界だよな」
刀身の短くなった心渡を捨てて愚痴る。
今更だが、まるで自分が他の世界観の登場人物になった気分だ。
強い、等という陳腐な表現では到底足りる気がしない。
「かかっ、言い得て妙じゃの」
ほれ、と忍が心渡を再度複製し渡してくる。
ここまで来てギブアップする気もない。
限界まで吸血鬼に近付いた今の再生力ならば、一瞬で粉微塵にされようと再生可能だ。
ならば、愚直に向かい続けるのみ。
「何でも切れる刀って……厨二病にも程があるだろ!」
「厨二病とはなんだ?」
「お前や儂らみたいな奴の事じゃよ!」
それでも、あの剣しか使わないということは彼としては手加減しているのだろう。
しかも身体は天海のものだ。
それらのことを総合すると、改めて彼の異質さが身に沁みる。
再び走り出す。
何度も、何度でも鍔迫り合いを繰り返す。
頸を斬られ、腕は斬り離され、身体のあらゆる箇所を貫かれ、時には微塵に寸断された。
だが――十合、百合を越えて尚、僕と忍の刃が届くことはなかった。
「そろそろ諦めてはどうだ? 吾輩も疲れてきたぞ」
年寄りは労われと習わんかったか、と二次元の剣を弄ぶ彼。
疲労の欠片も見えないのに何言ってやがる。
だが、確かにこのまま続けてもきりがない。
彼は時間経過で油断や緩みを見せるような輩にも見えない。
完璧な強さ、完璧な心、完璧な存在。
だからこそ、王を名乗る資格がある。
ああ、認めてやろう。
てめえには僕如きが百回強くてニューゲームしようと勝てはしない。
けれど、さっき言っただろうが。
「アイドルはな、『完璧』程度で出来るほど甘っ白くねえんだよ」
「む?」
「閣下様よ、お前はアイドルってもんを理解していない。アイドルっていうのは、人類の希望だ。そこにいるだけで生きる力を与えてくれる」
「……何が言いたい」
「さっきも言ったが、アイドルが『完璧』だったら何の意味もないんだ。同じ人間だと思えない存在に、どうやって親近感を感じるんだ?」
完璧で非の打ち所がない存在。
それはもう、神や悪魔の類。
天海が神ってのも悪くはないが、少なくとも本人はそれを望まないだろう。
「完璧を捨て、完成を諦め、完全を否定しつつ尚、万人から好かれる人間というコミュニティの王――それがアイドルなんだ」
一分の乱れもないダンスを踊り、毎回同じトーンの歌を歌い、コピペのような笑顔を振り撒くアイドルなんてのは、ボーカロイドにでも任せておけばいいんだ。
「それにな……」
僕は心渡を捨てた。金属音と共に二本の刀が地面に転がる。
「何を……」
「天海はな――ドジっ子だから萌えるんだよ!」
刀を持たずに一直線に彼に向けて走り出す。一対二だろうが、刀が四本だろうが、殺陣では彼に勝てる可能性は皆無に近い。
ならば。
「天海ぃぃぃぃぃぃぃ! 好きだあああぁぁぁ!!」
無論、アイドルとして、だよ?
特に意味はない。ただ気合を入れたかっただけだ。
彼の唯一の弱点。
卑怯だろうが姑息だろうがこの際構わない。
『天海の身体を借りている』という点を突くしかない。
事務所で会話していた時もそうだったように、天海は完全に彼の支配下にある訳では無さそうだ。
天海が目覚めれば、必ず勝機は……ある!
「起きろ天海! ドジっ娘の上に居眠りキャラまでつける気か!?」
「無駄な事を……そう簡単に上手く行くかよ」
迫り来る僕を両断せんと、彼は剣を構える。
構わず走りながら叫び続けた。
「そのエロ親父はな……天海春香を否定しようとしているんだぞ!」
「何だと……?」
「今のままトップアイドルになったって、それは天海春香じゃねえ! 天海春香って名前と容姿の、一人のアイドルオタクだ!」
「この……言わせておけば!」
流石に癇に障ったのか、両手持ちで剣を振りかぶる彼。
「それでいいのか、天海春香ぁ!!」
「いい訳ない!!」
「っ……!」
彼の動きが、振りかぶった状態で停止する。
見ると、天海の片眼が黒に変化してオッドアイとなっていた。
「天海は普通の女の子だ! どこにでもいる、可愛い女の子なんだ! でも、だからこそ、誰にでも愛される可能性を秘めているんだ!」
「く……止めよ春香! 吾輩に任せておけば苦もなくアイドルの王になれるのだぞ! それを一時の感情で無碍にするでない!」
「ふざけるんじゃねえ! 夢ってのはな……誰かに叶えてもらうものじゃねえんだよ!」
「大きなお世話なんですよ! 私は――天海春香なんだから!」
天海の身体をホールドするために抱き付く。
さり気なく胸に顔を埋めるのも忘れない。
現役女子高生アイドルの身体は柔らかくていい匂いがしました。
このまま剣を振り下ろされ脳天より真っ二つにされようと問題も未練もない。
この両腕だけは、死んでも離してやるものか!
「離せ……っ、この無礼者が!!」
「阿良々木さん!!」
「忍!!」
「わかっておるわ!!」
影のように僕の後ろにぴったりついていた忍が一本の心渡を僕の背中目掛けて突き入れた。
「ぐぅ……っ!」
「な……!」
刀身は僕の身体を突き抜け、天海、いや彼の心臓を貫いていた。
最も、彼に心臓なんて至極一般的な器官があるかは怪しいが。
「僕達の……勝ちだ!」
彼は信じられないものを見るように胸に突き立った刃を見下ろし、不敵な笑顔を浮かべる。
そして、
「見事」
そう言い遺し、天海の身体からその気配を消したのだった。
008
翌日、正式に客として765プロに招待された僕は、応接室にて天海と765プロ社長・高木氏と向かい合っていた。
「本当にお世話になりました、阿良々木さん」
「話は秋月くんと天海くんから聞いたよ。私からも礼を言わせてもらおう」
揃って頭を下げる天海と高木社長。
「いや、そんな大したことはしていませんから……頭を上げてください」
正直、礼を言われても困る。
今までこんな風に大の大人に頭を下げられた経験なんてなかったし。
「僕が好きでやったことですから」
偶然とは言え、力になれる程度の経験を僕がしていた、というだけで必ずしも僕である必要はない。
僕の力で不幸になることが回避出来るのなら、と少し手を貸しただけに過ぎない。
そういう生き方をすると、キスショットと出会ったあの春休みに、決めたのだから。
「気に入った! 若い身でありながら我が身も省みず赤の他人を助けるのに東奔西走するその心構え……素晴らしい!」
高木社長が何だか感極まっていた。
しかしこの人、顔が良く見えないというか、表情が把握しにくいというか……なんだろう。
説明しにくいが、特徴の掴みにくい人だ。
「社長ともお話したんですが、お礼をしたいんです。阿良々木さん、何かありませんか?」
「いいよ、別にそんなことが目的でやった訳じゃないし」
それに相手はアイドルだ。これで金やら要求したら貝木と同じではないか。
あいつと同種にだけは死んでもなりたくない。
「益々気に入った! ティンと来たよ君、どうだね、うちで働いてみないかい?」
「え?」
働くって……就職?
「阿良々木くんは大学生だったね? 君さえ良ければ765プロダクションは正社員として君を迎えよう」
「え、あ、いや……」
「丁度いいじゃないですか、阿良々木さん内定がない、って嘆いてましたし」
「そんなことは覚えていなくていいよ」
しかし就職……か。
確かに内定もなく、就職説明会に行くのもうんざりして来た今日この頃だ。
電車賃やら写真代やらで貯金も寂しくなってきたことだし、渡りに船ではある。
……けれど。
「それでも、僕はそんな邪な理由で就職なんて出来ませんよ」
「それは違うよ、阿良々木くん」
高木社長は諭すように口調を和らげる。
その表情は未だ不可視だが、微笑んでいるように見えた。
「人とは縁で繋がるものだ。こうやって君が偶然、天海くんを助けたのも縁。内定がなく困っている君がここにいるのも縁。世の中なんて大体の事象が偶然を繋げた結果、必然となるんだ。それを邪だなんて言ってはいけないよ」
「…………」
縁、か。
そう言われてみれば、確かにそう思えるから不思議だ。
思い返せば、ひたぎに関わることになったのも偶然だった。
もしひたぎがあの日、バナナの皮で滑って階段から落ちなかったら、今日という日の僕とひたぎの関係はない。
そう考えれば、全ての過去は偶然で構築されている。
ifの世界、パラレルワールドではないが、無数の選択の上で今現在が成り立っていることは間違いないだろう。
そしてそれらの選択は、その時その時では決して必然ではなかったのだ。
「……わかりました。ではお言葉に甘えさせて頂きます」
「阿良々木さん!」
僕がアイドルのプロデューサー、か。世も末だな。
まあアイドルは大好きだし、男よりも女性に懐かれる傾向にある僕だ。
ひょっとしたら天職かも知れないじゃないか。
「よろしくな、天海」
「はいっ! 一緒に頑張りましょう、プロデューサーさん!」
その後、時々ファンの中にハチマキとスティックライトを装備した、紫のカラコンをしたチョイ悪オヤジ風のおっさんの姿を見たとか見ないとか。
それはまぁ、そういう事なのだろう。
009
後日談。
僕はかつての学習塾跡、忍野メメが拠点としていた教室にいた。
「――――以上だ、為になったか?」
扇ちゃんの物質具現化能力で再建と相成ったその廃墟で、僕は対面の男にここ半年の出来事を語り明かす。
綿密に、緻密に、詳細を事実と違えることなく、虚実を交えぬよう、細心の注意を払い。
ぼろぼろになった机をベッドのような何かに見立てて並べた上に座り、火の点かない煙草を弄びながら僕の話を聴き続けていた男の名前は、忍野メメ。
僕の命の恩人であり、放浪の怪異専門家であり、今は僕がアイドルのプロデューサーとして体験した、怪異の物語の聞き手だった。
忍野は煙草を咥えると、長い話で縮こまった身体に伸びを促すよう、首を真後ろに傾ける。
頸骨がぽきり、と音を立てた。
「さすがは阿良々木くんだ。本当に昔から何にでも首を突っ込むねえ」
余計なお世話だ、と返すがその口調に力はない。
言われるまでもなくその通りだから。
僕は、故郷に戻って家に帰る間も無く、扇ちゃんを通してここに呼ばれた。
緊急事態だから、という扇ちゃんらしからぬ言葉に焦り走ってきた先に居たのは、目の前にいる風来坊だった。
『どうしたんだい、そんなに急いで。何かいいことでもあったのかい?』
五年以上の月日を隔てて再会した忍野との邂逅は特筆すべきものではなかったが、僕は何処かで心が休まるのを感じていた。
それはきっと、得体の知れない空虚が未だ胸に穴を開けていた為。
僕の行動は正しかったのか、違うのなら何が正しかったのか、忍野に断罪して欲しかったのかも知れない。
『それじゃあ、阿良々木くんが体験してきた怪異譚を聞かせてもらおうかな』
なんて、相変わらずの人を食ったような態度で忍野は胡座をかくのだった。
正直、僕も今からどうしようか考えていたところだったし、考えを纏めるためにも回顧は役に立つだろう――そう思い、765プロダクションで起こった、アイドルと怪異の話を忍野に聞かせたのだった。
「もう用は無いだろ。僕はもう行くぞ」
とりあえず家に帰っておふくろの味を堪能したいのだ。
長い間自炊もしていないためか無性にまともな飯が食べたかった。
「ああ、ちょっと待った阿良々木くん」
「…………?」
「あー……そうだな、何から話そうか。うん」
忍野は珍しくも歯切れの悪い調子で言葉を濁す。
まるで忍に逃げられたあの日のように。
「何だよ」
「うん、実はね……臥煙先輩から阿良々木くんにスカウトが来てるんだ」
スカウト?
僕に?
「うん。怪異の専門家にならないか、ってね」
「…………」
僕が怪異の専門家に?
「君は経験も豊富だし、知識もそこそこある。上乗せで妖刀心渡という力も持つ……怪異の専門家としては、及第点どころか一人前と言ってもいい」
「……なんで今言うんだよ」
「だから臥煙先輩に頼まれたんだよ。『こよみんは私がスカウトしたところで絶対嫌だって言うから』ってさ。僕だってこんな役回りは嫌なんだよ」
「……忍野、お前はどう思うんだ?」
「さあね。阿良々木くん次第、さ」
相も変わらず軽薄な笑みを浮かべ、忍野は煙草の先端を僕に向けた。
なるならば止めはしない、ならなくても責めはしない、と。
正直、それも悪くはないと思う。
つい先日765プロに辞表を出して来た今、たつきの方向を見失った僕にはありがたい位だ。
それに、これから生きていく上で、僕は嫌でも再び怪異と巡り合うことだろう。
今だからこそ断言出来るが、それは避けようがない、もう決まったことなのだ。
ならばいっそのこと、専門家になってもいい、とも思う。
でも。
「……今は、わからない。どうしたらいいのかも、今の僕には」
「ふうん」
さもどうでも良さげに煙草を口に咥える忍野。
やはりというか、火を点けるような動作は出ない。
「実はさ、羽川にも誘われてるんだ。世界中を回って困ってる人を助けないか、って」
「そっか。じゃあ――」
僕は帰るよ、と、忍野が腰を上げようとした瞬間、部屋に人影が差した。
「おやおや、これは千客万来だ」
「……ひたぎ?」
間違いなくひたぎだ。
ここに来たばかりの僕同様、息を切らしていた。
昨日、ひたぎにこちらに帰る旨を伝えてあったのでおかしくはないが……。
「ひたぎ」
「もう帰って来たという事は、私を娶る覚悟でも出来たのかしら?」
「めと……っ!?」
いきなりの言葉に一瞬、日本語を忘れてしまった。
「あずさから聞いたわよ。貴方、逃げるように辞表を出して来たそうじゃない」
「それは――」
「言い訳は要りません。兎も角、私の好きな、私が愛した、私の暦は途中で仕事を放って逃げ帰るような人間ではないわ」
ひたぎは僕を責めているのか、その言葉には怒気が含まれていた。
「貴方は誰なのかしら?」
「…………」
「それに暦、貴方を追ってきたのは私だけじゃないのよ」
「え?」
「プロデューサーさん!」
「あ……天海?」
ひたぎと同様に走って来たのか、肩で息をしながら入って来る。
何故こんな場所にいるのか、アイドルの仕事はどうしたのか、様々な疑問が渦巻く中、天海は続ける。
「プロデューサーさん……これ」
天海は何も言わず、携帯電話を差し出す。
女子高生らしくピンク色にデコられた携帯に示されていた通話先は、765プロだ。
出ないという選択肢もあったが、半年とは言え波瀾万丈を一緒に潜り抜けてきた仲間達だ。
疎かにするのは躊躇われた。
通話ボタンを押す。
「……もしもし」
『プロデューサー!!』
「……っ!?」
耳が潰れるかと思った。
電話でこれほどの大音量なのだ、実際はどれほどの大声なのか予想もつかない。
「あ、秋月か?」
『秋月か、じゃないでしょう! ふざけないでくださいよ! いきなり辞表を置いて消えるなんて何考えてるんですか!!』
「いや、僕はお前達に――」
『迷惑だなんて言ったらぶん殴りますよ!? いい加減にして下さい! 貴方に言いたい事なんで山ほど――』
『代わってください』
『ちょ、ちょっと千早!』
『もしもし、プロデューサーさん。如月千早です』
「如月……僕は……」
765プロを辞めようと決意したのは、つい最近の事だ。
僕の体質――一度怪異と関わったものは、怪異を寄せる。
僕は自身が怪異に近いせいか、あまりにも顕著に現れる。
僅か半年で所属アイドル全員。
専門家ですら眼を剥く程、その数は尋常ではない。
その性質のせいでアイドルの皆にこれ以上辛い目に遭って欲しくなかった。
僕だって、皆のプロデューサーとして仕事を続けたかった。皆がアイドルとして大成していくのをこの目で見届けたかった。
けれど僕とは違い、アイドルの皆は未来が、眩い将来がある。
それを僕が原因で阻むことになるのかと思うと、いても立ってもいられなかったのだ。
『帰ってきてください……』
如月は受話器の向こうで泣いているようだった。
「ごめん、如月……それでも、僕は」
「私たちには、プロデューサーさんが必要なんです!」
天海が皆の想いを代弁するかのように叫ぶ。
痛切なその声は擦り切れた廃墟に谺となり響く。
誰も何も言えずに時が止まったかのような空気の中、突如として窓からの来訪者があった。
「っと」
窓から入って来たのは、想像だにしなかった人物だった。
金髪の白ランを着た美青年、エピソード。
高槻の件で一度世話になったが、まだ日本にいたのか。
「よう、ハートアンダーブレードの眷属に、忍野……だっけ? なんでお前までいるんだよ、超ウケる」
「え、エピソード?」
「なにこの空気。もしかして俺、KYだった?」
へらへらと笑いながら自覚通り空気も読まず喋り続ける。
「帰国前に伝えとくことがあったのを忘れてたんだよ」
「僕に?」
「ハートアンダーブレードの眷属よお、お前さん、ヴァンパイア・ハンターにならねえ?」
「……は?」
「いや、ドラマツルギーの旦那からも言われてんだよ。あれから五年以上経ったし、心変わりしてるかも知れねえからスカウトして来いってよ」
俺もお前さんは嫌いじゃねえしな、とエピソードは付け足す。
「ま、考えとけよ。気が変わったら俺の携帯に連絡くれ。じゃーな」
言いたいことだけを言い残し、エピソードは来た時と同様、窓から去って行った。
「……何だあれ」
「ちなみに」
ひたぎが思い出したかのように口を開く。
「私を娶るのなら最低でも年収一千万は必要よ」
「無茶振りだ!」
「お小遣いは月百万。加えて週休八日、家事の類は折半ではなく暦負担」
「生活が始まる前からのDV!?」
さすがはひたぎさんだ。
斬新過ぎてついていけねえ。
しかもそれお小遣いが年収越えてる。
「私をものにしたいと言うのなら、それくらいの意気込みは見せて御覧なさいな。男の子でしょう?」
「ぐ…………」
「ぷ、プロデューサーさん! 765プロなら毎日女子高生の手作りお菓子が付いてきますよ!」
今ならお弁当も付けます、と天海。
「それも魅力的だな……はははっ」
思わず笑いがこぼれた。
ああ、もういい。
どいつもこいつも。
僕の気持ちなんて何一つ考えずに怒涛の如く押し寄せてくる。
それは僕が原因なのか、僕の残してきた結果なのかはわからないけれど。
悩んでいたのが馬鹿らしくなってきたじゃないか。
「はっはー、いいねえ、若いってのは。で、どうするんだい、阿良々木くん?」
怪異の専門家。
世界を駆ける冒険家。
ひたぎと築く平凡な(?)一般家庭。
ヴァンパイア・ハンター。
アイドルのプロデューサー。
これらのどれも選ばない。
「さあな。けれど、僕次第だろうな」
選択肢は無限に広がっている。
それがどんな結末を迎える道であろうとも、僕は僕でいるだけだ。
続きは無いけれど、先は続いている。
そんな物語だった。
はるかデモン END
拙文失礼いたしました。
これにて終了になります。
お付き合いしていただいた方々、ありがとうございました。
>>50
乙読んでて本当に楽しかった
乙です。
クオリティ高くて面白かった
乙
毎回物凄くキレイに締まっててすごかったよ
時間ができたら他にも色々書いて欲しいな
次回作の予定とかはまだないのかな?
>>51,52
ありがとう
>>53
元は春香、真、あずささんだけ書いてあって後は考えもしていなかったので他にはないっす。
書いてる過程で幸子やちひろさん、きらりあたりは思い付いたけれど……モバマスは正直収拾がつかない気がするのでw
おっつっつ
さあ次は876だ
リセットして、と
次はモバマスSSを書いて欲しいかなーって
乙でした!
OFA発売前にきっちり終わらせるとは…
続編あるとしたら楽しみに待ってるんで!
乙
実はチックから今まで全部リアタイ遭遇してきてるんだぜオイラ
乙
気が向いたら、また続編を
モバがダメならグリですね
せめてムビマス組だけでも・・・
乙!!
このシリーズに出会えて本当によかった・・
そして春閣下に踏まれたい。
>>55
876はきついっす……。
>>56
モバマスは傍らちょこちょこ書いてたんでセリフだけのSS形式ならあったり。
でも箱マスみたいに締められないなーと思うと微妙なんですよ。
>>57
自分もそれは思いました。
明日からはしばらくOFAですな。
とりあえずはやよいですぞ。
>>58
すげえ……ありがとうございます。
乙
素晴らしかった
乙でした。すごくよかったです
・・・・・・社長は?
たのしかった
乙です
乙。
デレマスでやって欲しいけどデレとミリはやっぱ敷居っつうか認知度低いわな
『もしもし、プロデューサーさん。如月千早です』
プロデューサー…さん…?千早はプロデューサー呼び名はずだが…
そんなにまとめサイトに載りたかったのか
乙!
楽しみにしてたシリーズが終わっちゃったぜ・・・
シリーズ通して乙です
欲を言えばジュピターや876勢の話も見てみたいかも
切れ味抜群のSS
シリーズ完結、乙!
最後まで最高だったぜ
モバマスの方も考えてるのに投下しないとか勿体なすぎるだろ?!
お願いしますなんでもしまむら
ちはやチックで千早が突然現れた忍に驚かなかったのは顔見知りだったからか
最大限の乙を
素晴らしかった。
後日談が見たいと思うのは贅沢かな?
はるるん閣下結婚して下さい乙
すばらしいクオリティだったな
誰かボンテージ春香をイラストにするんだ
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません