阿良々木暦「ことりハザード」 (62)
・化物語×アイドルマスターのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・ネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です
・アイドルマスターは箱マス基準
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番外編です。
ちょっとしたら書きます。
来た期待
001
この物語を語る前に、僕の恋愛観について少し語ろうと思う。
恋愛。
響きだけでくすぐったく甘い感触を感じるのは僕だけだろうか。
遠い昔では恋愛すらままならなかったと聞くのだから、自由に恋愛を許される時代に産まれたことをまずは感謝すべきだろう。
陳腐な言葉で表現することになるのを先に謝罪しておくが、誰かを好きになれるということはとても素晴らしいことだと僕は思う。
他人への思いやり、肉親の絆、それとはまた違う人間の感情。
僕もまた、高校三年生にして最初で最後の恋人が出来た。
あれは夜道で暴漢に襲われるが如くの突然の告白だったが、今となってはいい思い出だ。
あの日があったからこそ今日の僕とひたぎがあるのであって、無かったら今頃どうなっているかなんて想像すら出来ない。
それ程に、人が誰かを好きになるという感情は強い。
それは時に人ひとりの人生を丸ごと変えるほどに。
情なしに人は存在出来ない。
一切の感情を持たない人間などこの世には存在しない。断言しよう。
誰だって相手が誰であろうと、好ましいと思うことくらいは一度はある筈だ。
だが、人間の感情は複雑だ。
複雑が故に、時折間違いも犯すだろう。
いや、間違いというのは誤りだ。訂正しよう。
神原のような同性愛者のことを形容しようとしたのだが、彼等は間違っている訳ではない。
よく同性愛を非難する人の定型句に、『生物学的に間違っている』というものを聞くが、この人口氾濫の時代において人口を少しでも減らそうと恋愛の舵を違う方向に向ける者がいてもそれは生物的におかしくないのでは、と思うのだ。
誤解しないで欲しいのは、僕は同性愛を否定している訳でも、槍玉に上げて批判しようという訳でもない。
感情の形なんて十人十色だ。
かと言って理解出来る、と言える程に人生経験を積んだ自信もない以上は偉そうなことを宣う権利などないかも知れないが、それでも言わせて欲しいことがある。
変わった嗜好や趣味、人生観や恋愛観を持つのは一向に構わない。
述懐した通り、そんなものは個人の自由だ。個人の内で完結するのであれば、どんなドン引きするような性癖だろうが勝手にすればいい。
だが――人を巻き込まないでくれ、というのが僕の素直な思いだ。
つまり、感情は個人のものであり、人に押し付けるものではないのだ。
押し付けた瞬間に、それは恋愛とは呼べなくなる。
只の傲慢だ。
待ってた
ここで今回の主役について少々触れよう。
音無小鳥、二十代後半。
765プロダクションでの事務仕事を一身に担う事務員であり、その能力は優秀にして、彼女自身も年下の僕から見たって魅力的に映る。
過去にアイドルをやっていた、という噂までまことしやかに囁かれている程の美女だ。
アイドルたちの若く可愛いというコンセプトとはまた一線を画す、いわゆる大人の魅力を持った女性、である。
それでいて言動や行動には何処か抜けた所もあり、それが妙にはまっていて彼女の魅力のひとつとなっている。
正直、ひたぎという恋人がいなかったら仄かな恋心を抱いていてもおかしくはなかっただろう。
だが――765プロダクションのアイドルたちが怪異と行き逢ってしまったように、彼女もまたその例外から漏れることはなかったのである。
彼女は、狸に慕われた。
支援
002
ただでさえ薄暗い教室内に、闇が次第にその領地を広げ始めていた。
あと三十分もすれば足元すら視認するのが覚束なくなる。
今は相手の顔が辛うじて見える位だろう。
だろう、と曖昧な表現したのは、暗闇は僕にとって視界を黒く塗り潰す代物ではないからだ。
吸血鬼の後遺症を遺した僕にとっては、夜は真昼とそう大差がない。
「どうしたんだい阿良々木くん、何か――いいことでもあったのかな?」
だから、忍野メメの表情も良く見えた。
僕の下で、忍野が薄笑いを浮かべながらからかうように言う。
忍野が根城としている潰れた学習塾。その一室で、僕は忍野を組み敷いていたのだ。
「突然僕を押し倒したりして……あれかい? 僕を殺して借金をチャラにしよう、なんて考えているんじゃないだろうね?」
「忍野…………」
「嫌だ嫌だ、お金は怖いねえ。別にこの世にそこまで未練はないから殺してくれても構わないけど、痛くしないでくれると嬉しいな」
「違う!」
こいつは、いつもそうだ。
いつもはぐらかすように僕を翻弄して、小馬鹿にした態度で誤魔化す。
「違うなら——どうしたんだい?」
わかっている癖に。
こいつのことだから、僕が考えていることなんて百も承知だと言うのに。
「お前のことが好きだって、どうしようもないくらい忍野メメが好きだって僕の気持ちくらい、全部分かっている癖に!」
「……阿良々木くん」
「……わかってる、こんなことおかしいって……けど、どうしようもな いじゃないか……!」
好きになってしまったんだから、と嗚咽混じりに陳腐な台詞を吐く前に口を塞がれた。
「ん……」
僕の口を塞ぐ柔らかな感触に一瞬戸惑うも、それがなんだったのかは理解した。
「……忍野」
「本当、阿良々木くんは鈍感だねえ。そんなんだから吸血鬼なんかに襲われちゃうんだよ」
「……」
「僕だって、出会った時から阿良々木くんが好きだったよ」
「忍野……」
「阿良々木くんったら全然気付いてくれないんだもんなぁ。
この齢になって恋する乙女の気持ちがわかっちゃったよ。ま、でも意外だったな」
相変わらずの口調で、相変わらずの態度で、忍野は言った。
「まさか相思相愛だったなんてドラマみたいなこと、想像もしてなかったからね」
僕は何も言わず目を閉じると、組み伏せた忍野の肢体を——。
「……何してる、神原」
「む? 阿良々木先輩ではないか、おはよう」
「あら、おはようございますプロデューサーさん」
「おはようございます……速やかに僕の質問に答えろ、神原」
暖かな日差し、心地よく耳朶をくすぐる喧騒、緩やかな職場の空気、それは麗らかな午睡の時半。
デスクワーク最大の敵は眠気だ。
ひたすらパソコンに向かい打鍵をしていると強烈な睡魔に襲われる。
各々で対策をし仕事に励むのが社会人としての義務とも言えるが、僕はこの状況を悪くないと感じている。
睡魔と戦いながらの仕事。
不謹慎ではあるが、何とも牧歌的で平和の象徴のようじゃないか。
波乱万丈な人生とも形容できる道を歩んできた僕でさえ、思わずこの時代に産まれたことに感謝してしまうくらいだ。
そんな穏やかな午後、 僕が営業から戻ると、神原と音無さんは一冊の邪悪な本を読み解いていた。
「何って、私が高校時代に書いた阿良×メメの薄い本だ」
「発禁だそんな本! 今すぐ回収処分しろ!」
「何故だ、別段迷惑を掛けている訳ではなかろう」
「僕が多大な精神的被害を被っているんだよ!」
よりにもよって忍野って!
ってことはこいつ高校の時そんな目で僕と忍野を見ていたのか!?
いや、知ってたけどさ!
目に見える形で具現化するんじゃないよ!
「ええい、ここからが見せ所なのだ。必死に攻めるも性技に熟達した忍野さんには勝てず、攻守逆転の結果鬼畜攻めに遭うという――」
「まあ、王道だけど鉄板よね」
「やめろやめろやめろ! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!」
「でもね駿河ちゃん、やっぱりプロデューサーさんは強気受けだって!」
「いいや違う! 人生の先達たる音無さんに対し失礼にあたるかも知れないが、これだけは譲れない! 阿良々木先輩はヘタレ攻めだ!」
「私も少し前まではそう思っていたからわかるけどね、無理やり襲われて悔しい……でも身体は正直で、溢れ出す若さゆえのリビドーと仄かな恋心に負けて屈しちゃうところにロマンがあるのよ!」
「そのジャンル自体は否定しない、私も好きな類だ。だが阿良々木先輩は攻めなのだ!
好きだけど強引になれず、ようやく勇気を出しても上手く行かず逆に主導権を握られてしまう……そこに歯痒い愛があるのだ!」
「駿河ちゃんはプロデューサーさんとジュピターとの絡みを知らないからそんなこと言うのよ!」
「何!? 阿良々木先輩はジュピターの面々と面識があるのか!?」
「そうよ、生意気で挑発的な冬馬くんとそれに気付いてないプロデューサーさんの会話なんてそれはもう妄想を掻き立てられて素晴らしかったんだから!」
「それは素晴らしい! 今度詳細を教えてくれないだろうか」
「ええ、いいわよ。ちゃんと録音しておいたから」
「流石は音無さんだ。代わりと言っては何だが、この本を献上しよう」
「そう言えば忍野さんってどちら様?」
「簡潔に言うならば、阿良々木先輩の怪異に関する師だ。当時三十を越えていた中年の専門家だな」
「高校生のプロデューサーさんとオヤジの年齢を越えた愛! 凄いわ駿河ちゃん!」
「ふふ、取引成立だな音無さん」
「ええ、これでまたプロデューサーさんコレクションが増えるわ!」
「私が魂を込めて描いた本を熟読してもらえば、音無さんも阿良々木先輩のヘタレ攻めの素晴らしさを認めざるを得ないだろう」
「駄目よ、そこだけは譲らないんだから。プロデューサーさんは強気受け!」
「阿良々木先輩は攻めだと言っている!」
どうしよう。
何だか二人が地球のものではない次元の言語で会話をしている。
ほんやくコンニャクでも落ちてないかな?
僕には理解出来ないよ。
「二人とも、落ち着いたら?」
「プロデューサーさんは黙ってて」
「阿良々木先輩は黙っていてくれ」
「…………」
今更ながら何故ここに神原がいるのかを説明させていただくと、先日の菊地の件でここが気に入ったらしく、時々理由をつけては遊びに来ている。
大学の単位を卒業に必要な分はほぼ全て取ってしまったので暇、らしい。
それを許容する社長も社長だけど。
バイトでもしろよ、と暇な大学生へのテンプレートたる勧めでも言いたいところだが、神原の家は一線を画する富豪なのでそれも言い辛い。
本人も社交的の鑑のような奴なので、社会勉強と言う攻め口も使い辛い。
で、アイドルたちがいない時はこうして音無さんと僕にとっては新しい政治体制よりも興味のない、不毛な会話を繰り広げているのである。
当人たちは楽しいかも知れないが、傍らでネタにされるこちらの身にもなってくれ。頼むから。
「って言うか本人の目の前でカップリングの話をするな。常識を考えろ」
「そんなものはとうの昔に捨てた」
「いいですかプロデューサーさん、私達に常識なんてないんです。どっちが攻めでどっちが受けか……それだけでピヨン軍はあと十年は戦えるんですよ」
「リアルでのカップリングは貴重なんだぞ」
「そうなのよねぇ」
「駄目だ……腐ってやがる、遅すぎたんだ……!」
「なに、腐っていないと見えない世界もあるのだぞ、阿良々木先輩」
「見たくねえよそんな世界」
「そうは言っても阿良々木先輩、火憐ちゃんと月火ちゃんもその類の本は持っていたぞ?」
「出来たら墓に入るまで知りたくなかったよそんな事実!」
月火ちゃんが昔そんなこと言ってた気がするけど!
せっかく忘れてたのに!
「ちなみに私も色々と勧めておいた 。二人には素質があるぞ」
「そんな素質のある妹はいらない! お前、僕の大事な妹になんてことするんだ!」
「そんなに目くじら立てないでくださいよプロデューサーさん。プロデューサーさんだってえっちな本の一冊や二冊持っていたでしょう?」
「そりゃあ……まあ」
実際のところ、一冊や二冊なんてレベルではない。
数を数えてなんかいないが、総数は間違いなく二桁を越えている筈だ。
ぶっちゃけ、今でも持ってるし。
いや、待ってよ。
毎日あんな可愛いアイドル達と仕事をしなくちゃならない僕の身になって考えてみて欲しい。
究極の飢餓状態で目の前に満貫全席をちらつかせられているようなものだよ?
男はな!物理的に溜まるんだよ!
と言うか一切持たずに青春を通過する男なんているのか?
いや、いないだろう。
「それと同じです」
「そうそう、ホモの嫌いな女の子なんていない、と昔のエロい人も言っているじゃないか」
いや、二人とももう女の子って言うよりは立派な成人だし……等と言うと音無さんが怒りそうなので言わないでおこう。
年齢には敏感な人なのだ。
「個人的な趣味をどうこう言うつもりはありません。ただ僕を巻き込まないでくださいよ」
「無理です」
「即答されちゃった!? 考える余地もありませんか音無さん!」
「さーて、じゃあ今度は私が描いた冬×こよの薄い本を」
その時、僕の中で何かが切れる音がした。
比喩するのなら紐や血管が近いだろうか。
まあ、漫画とかでよくある描写である。
「……って言うか仕事しましょうよ音無さん」
「仕事……うぅ、お仕事かぁ……」
駿河ちゃんとお話してる方が楽しいのに、なんて言っている。
この人、本当に僕より年上なんだろうか?
「そんなのだから二十◯歳になっても彼氏の一人も出来ないんじゃないですか?」
「ぴよっ!?」
説明しよう、音無さんは彼氏がいないことを気にしているのだ!
僕としては全然美人の類だし、焦る必要なんてないと思うのだけれど。
現代社会において三十代での結婚なんて珍しくもなんともないし。
「そ、そんなことないですよ!? 私はちゃんと相手を選んで——」
「隙ありっ!」
「ひいっ!?」
もみもみもみもみもみもみ。
狼狽える音無さんの両脇に手を挿し入れ、力を入れ過ぎずに揉む。
「あはっ、ちょっ、ぷ、プロデューサーさんやめっ、やめてぇ! きゃははははははは!」
「音無さんは脇が弱いんですね」
悪い顔をして揉んだりさすったりこね回したり突ついたり!
無論、音無さんは僕の手から逃れようと右よ左よと暴れ回るが、そこは腰に抱きつく形でホールド!
「あひゃいっ!?」
腕を交差させることにより座ったり倒れたりも出来なくなる技なのだ!
「い、いやっ、ひゃひ、ひゃめれぇぇぇーーー!」
「やめて欲しければ今履いているパンツの色を教えるんだ!」
「そっ、しょんなはぁっ、ひょんなの言えまへんっ」
「ならばやめるわけには行かない! うおおおおおおおおお!」
「ひゃめっ、きゃははははははは! あはははははははははは! いっ、言いまひゅっ、言いますからぁっ!」
「よーし! 言って楽になりましょう音無さん!」
「黒っ、黒黒黒! 黒でしゅぅ!」
「黒!? 黒だと!? けしからん! 実にけしからんですよ音無さん!」
はたから見たら無理やり女性に抱き付いて泣かせている犯罪者にしか見えないが、生憎今ここには神原しかいないのだ!
「も、もうやめへぇ!」
「おっと、そうでしたね」
「ひゃひぃ……はぅ……」
力尽きその場に崩れ落ちる音無さん。
恍惚とも取れる表情でぐったりとする様はたいへんエロかったです。
ありがとうございました。
ククク……ハハハハハ!
音無小鳥討ち取ったり!
「阿良々木先輩、何を――!」
「お前もだぞ神原、いつまでも掘った掘られたなんて言ってないで、ちゃんした恋人を見付けて僕とひたぎを安心させてくれ」
「ぐ、ぐう……」
説明しよう、神原は上下関係を重んじる体育会系出身であるためか義理と人情に弱いのだ!
「今だ!」
「な、何を——うわぁ!?」
神原は身体能力が高いので、一瞬の隙を突き背後に回り羽交い締めにする。
だがこれだけでは元々ポテンシャルの高い神原からは力尽くで抜けられる。
そうさせないためにも神原の耳元に唇を寄せ、甘い声で囁いた。
「神原…………愛してるぜ」
「え、えぇっ!?」
神原は性癖や言動こそ常軌を逸しているが、その実中身は意外と乙女である。
「な、何を言ってるんだ阿良々木先輩!」
「ふっ……今だ!」
「うわっ!?」
背後から腰を掻き抱き、下腹部をくすぐりながらうなじに息を吹き掛け愛撫するのも忘れない。
「ひゃ……あ、阿良々木先ぱ……あはははははは!」
全身を舐めるようにくすぐると、神原は悶えながら身を捩る。
昔、火憐ちゃんに食らわせた歯磨きの刑のように、快楽は時として拷問の道具と化す。
特に神原なんかは根がドMだから素直に虐めても悦ぶだけなのだ。
「さぁて…… どこまで耐えられるかな……?」
「……っ、な、何が目的なのだ阿良々木っ、先輩……!」
「目的? 目的なんて陳腐なものはない! あえて言うのならばこの行為自体が目的だ!」
ここで神原に音無さんのように下着の色を聞いたところで喜ぶだけだろうし。
「わ、私の下着はピンク色だ!」
「聞いてねえよ。相変わらず腰細いな神原。ちゃんとご飯食べてるのか?」
「こっ、腰をっ、撫でないで……ひっ!?」
「そらそらそらそらぁ!」
さわさわさわさわ。
「あははっ、あはははは! やっ、やめてくれぇ!」
「やめて欲しければ僕の言う通りにしろ!」
「する! しゅ、するからぁ!」
「『私はどこにでもいる普通の女の子です』」
「わっ、わたしはっ、どこにでもいる普通の女の子ですっ!」
「『普通にイケメンな男の人が好きです。BLなんて理解できません』」
「あ、阿良々木先輩っ、あははっ、そ、それだけは言えないっ!」
「ならばっ! 神原が! 泣くまで! くすぐるのを! やめない!」
更にくすぐる手を加速させる。
恐らく今、神原の心中ではプライドと肉体的屈辱が戦っているに違いない。
神原のような変態相手には恥ずかしいセリフを言わせてもつまらないし、心を折る方が効果的だからな!
「あはっ、あはははははははははは! や、やめろ! やめてくれ阿良々木先輩!」
「ならば認めろ! 自分が普通の性癖だと!」
「わっ、わたしはぁ! ふっ……」
「ふ?」
「普通のっ!」
「普通の?」
「くっ……いっ、言えない! これだけは言えないぞ阿良々木先輩!」
「いい度胸だ神原! 僕のくすぐり攻撃を思う存分に味わえ!」
「や、やめっ、あはははははははははははははは!」
数分後、頑なにも拒み続けた神原はとうとう体力が尽きたらしく、しなだれるようにその場でへたり込んだ。
真っ赤に顔を紅潮させて脱力状態の神原はとっても扇情的でした。
本当にありがとうございました。
「ひ、ひろいぞ……ありゃりゃぎせんふぁい……」
くっくっく、僕に刃向かうからこうなるのだ。
「くくく……はははははは……はーっはっはっはっは!」
……。
倒れる女性二人を見下ろしながらの三段笑いは、思った以上に虚しかった。
なんかちょっと悲しくなってきたな……なんでだろう。
「ひ、卑怯だぞ阿良々木先輩!」
「ひどいですプロデューサーさん!」
反論できる程度にまで復活した二人が食ってかかって来る。
「知らんな、これに懲りたら僕で妄想するのはやめるんだな!」
「それは――あ」
「そんな約束出来る訳――ひっ」
二人の動きがザ・ワールドを発動されたかのように硬直した。
僕の気迫に押されて言葉を失ってしまったか。
なに、僕も大人だ。これ以上は言及せずにおいてやろう。
「ほら音無さん、いつまでも固まってないで仕事を……ん?」
二人の視線が僕の背後に注がれている。
まさか本当にスタンドが発動してしまったのだろうか。
おかしいな、矢で怪我をした覚えはないんだけど。
確認しようと振り向いた瞬間。
「…………っ!」
僕は死を覚悟した。
キスショットと初めて出会った、高校生の春休み、地獄の二週間。
街灯の光に照らされたキスショットに首を差し出したあの時とよく似ていた。
ああ、僕は今から死ぬのか。
そんな諦めとも取れる感情が四肢を支配する。
「ふっ……」
僕は笑った。
人間は、許容できない濃度の絶望に晒されると顔が綻ぶことを僕は知った。
その教訓は、もう活かせそうにないけれど。
それでも僕は、虚勢を張ろう。
それが、人として産まれた僕の最期の意地だ。
「おはよう、秋月。今日はいい日だな」
「ええ、本当に、いい日ですね」
仕事をさぼって遊んでいられるんですものね、と修羅か羅刹のような表情で微笑む秋月。
僕、阿良々木暦はその日、かつて経験した春休みの地獄に匹敵するであろう惨劇を垣間見ることになったのであった。
003
「いててて……」
赤くなった頬をさすりながらふにゃふにゃのポテトを齧り、ホットコーヒーをすする。
怒った秋月はとっても怖かった。
僕の頬が千切れて無くなるかと思ったくらいだ。
その後、秋月に頬を全力で引っ張られながら怒られた僕は営業に出てきたのである。
決して秋月から逃げてきた訳ではない。そう、決して。
とりあえず、営業に行くための用意を始める。
アポイントは取った。営業の内容もシミュレーション済み。
あとはアイドルたちの予定を確認して……。
「すいません、お客様」
手帳を取り出そうとした瞬間、0円スマイルを携えた店員に阻まれた。
「はい?」
「現在店内が混んでおりまして……よろしければ相席をお頼みしたいのですが」
「ああ、いいですよ。どうぞ」
都内ではファーストフード店も常時満席だ。
僕みたいに一人で座れることすらも珍しいくらいだから、これくらいは許容しなければ都会では生きていけない。
「ありがとうございます、ではお待ちのお客様、こちらにどうぞ」
「…………」
机の上を片付け何となしに『お待ちのお客様』を見上げる。
「お、お前……!」
と、そこには、
「……おやおや、これはこれは」
恐ろしく意外そうな顔でトレイを持つ、アロハシャツの男がいた。
「お、忍野……!?」
百円ハンバーガー二個とコーラとポテトのMを乗せたトレイを机に置くと、忍野メメは動揺した素振りも見せずポテトを手に取る。
「こんな所で会うなんて、偶然だねえ」
「お前な……探してる時は絶対見付からないのに、なんでこんなどうでもいい時に会うんだよ」
「さあねえ。久々の再会なのにいきなり皮肉をくれるなんて、何かいいことでもあったのかい?」
冷めたら全てが終わりだよ、と言わんばかりにポテトを次々と口へ運ぶ忍野。
なんだろう、絶望的なまでにファーストフードの似合う奴だな……。
決して褒め言葉にはならないだろうから言わないけれど。
「何かあってこっちに来ているのか?」
「別に、さっきも言った通りただの偶然だよ。人が多い場所は相応に怪異譚を集める機会も増えるんだけどね……人が多いのは嫌いだから、あまり度々は来ないし、長居はしないんだ」
それにこの格好で夜中うろついているとお巡りさんがうるさいんだよね、と忍野。
確かに四十近くのアロハ男が夜中にブラブラしていたら不審者以外の何者でもない。
それに忍野に都会ってどうしてもマッチしないイメージがある。
どちらかと言えば僕の故郷みたいな人の少ないところでひっそりと暗躍するのが似合っている。
と言うか……神原と音無さんのあんな会話を聞いた直後に当の本人と会うなんて、この世の理はどうなっているんだ。
忍野って言ったらメタル系モンスターよりもエンカウント率低いんじゃなかったのか?
「僕のことなんかよりも、阿良々木くんは最近どうなんだい?
アイドルのプロデューサーって毎日可愛い女の子に囲まれながら仕事ができるんだろう? ご同慶に預かりたいなあ」
「言っとくけどお前、貝木と同じこと言ってるからな」
「それは悲しいね……んん?」
忍野がポテトを平らげ、百円バーガーを齧りながら僕の顔を覗き込んでくる。
ふと、僕の愚脳が神原の描いた薄い本が思い出す。
ちくしょう、後でまた苛めてやる神原のやつ。
「な、何だよ。僕の顔に何かついてるか?」
「流石は阿良々木くん、それは言い得て妙だ。ついてることはついてる」
「え?」
「怪異が、憑いているよ」
004
忍野の言葉通り、僕には怪異が取り憑いていたらしい。
ただ、取り憑いてから『発症』までに時間のかかる怪異、という理由から全く気付かなかった、という訳だ。
忍野が言うには主に女性に取り憑く怪異であり、事によってはかなり厄介な相手、との事で忍野自身も765プロ事務所へと来訪したのだった。
その道中、珍しく真面目な表情のまま僕に問診するように会話を交わす。
「阿良々木くんさ、例えば……僕を見てドキッとする、なんてこと、ないよね?」
「何だよいきなり、気持ち悪いな」
「僕は大真面目だよ」
「……ある訳ないだろ」
「そう、ならいいけど」
それでも表情を崩さずに、忍野は何かを考え込んでいた。
「……僕の取り越し苦労ならいいんだけれどね」
等とこぼす。
この軽薄が売りの男がここまで思い煩う程、危険な怪異が取り憑いている可能性があるというのか……?
あくまで中立、世界のバランスを整えることを生業とした忍野は、あの全盛期のキスショットの心臓を掠め奪るという偉業とも呼べる事を成している。
その忍野が、だ。
どれ程の脅威だというのだろうか。
思案を巡らせているうちに事務所に辿り着く。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいプロデューサーさん……あら、お客様ですか?」
「ええ、昔の友人で……応接室、借りますね」
「忍野メメです、よろしく」
「……! 今、お茶を淹れますね」
そう言って音無さんはそそくさと給湯室へと向かった。
忍野を見て表情が緩んでいたのは気のせいだろう。
気のせいであってくれ。
応接室に向かいながら、その後姿を忍野が鋭い視線で射抜く。
「まずい……これは非常にまずいよ阿良々木くん」
「音無さんに憑いているのか……?」
「ああ、かなり厄介なのが、ね」
覚悟しておいてね、と忍野が付け足す。
不安を拭い去る暇もなく応接室で待っていると、数分もしないうちに音無さんが緑茶をお盆に載せてやってて来る。
「お待たせしました」
「音無さん……お話があります」
「え? 私ですか?」
予想もしていなかったのか、眼を見開いて首を傾げる音無さん。
きょとんとしたその様子は年相応に見えず若々しかった。
「非常に言いにくいのですが……音無さんには怪異が取り憑いています」
「ええっ!?」
「忍野」
説明を促すと、忍野はお茶で口を濡らし、前屈みになって語り出した。
「隠神御前。いぬがみごぜんだ。
読みこそ犬だが、狸の怪異だよ。隠れ神、居ぬ神、すなわちいない神と書く。
かの有名な玉藻御前から派生した怪異だ、阿良々木くんも玉藻御前くらい知っているだろう?」
「玉藻御前って……妖怪の?」
玉藻御前。日本ではわりかしメジャーな妖怪で、なんでも絶世の美女で男を骨抜きにし、駄目にするとか。
かつて中国にあった殷国も彼女の手によって滅ぼされた、なんて逸話もある。
「隠神御前は言わば男の嫉妬が寄り集まって出来た怪異。隠神御前に魅入られた女性は――」
「…………」
僕は息を飲んだ。
一体、どんな恐ろしい影響があると言うのだろう。
「心が腐る」
「ぴよ!?」
「……は?」
「言葉通りだよ、隠神御前は取り憑いた女性の嗜好に男性同士の恋愛を強制的に植え付ける。想いに応えてくれない女性なんて堕ちてしまえ、という男の醜い逆恨みさ」
「そ、そんな……じゃあ私は……」
そういう事だったのか。あの美人でよく気のつく音無さんが何故恋人も作らずに神原のように男同士の恋愛に傾倒しているのか。
露呈してしまえば何という事はない。
音無さんは、怪異に行き遭っていたのだ。
「くだらない怪異に思えるかも知れないけれど、これは由々しき事態だ。なんせ人類の繁栄を阻害する。それに何より、この怪異の恐ろしいところは……」
僕と音無さんが息を呑み、忍野が続きを口にしようとした瞬間、応接室の扉が開いた。
外から突然入ってきたのは、誰でもない天海だった。
その手には原稿用紙が数枚握られている。
「小鳥さん! 新刊のネーム出来たんですよ!」
「は、春香ちゃん?」
「ほらこれ!」
「な……!? 」
天海が鼻息も荒く持ち込んで来たのは、あられもない姿で天ヶ崎に陵辱される僕の姿だった。
顔を紅潮させ、涎を垂らし、情事に身を委ね熱い吐息を荒くしているその僕は、ネーム状態の下書きとは言え、知人を描写する時とは思えない程、それはリアルに描かれている。
馬鹿な、天海がこんなものを描くなんて信じられない。
「すごい……今にもプロデューサーさんのあえぎ声が聞こえて来そう……すごいわ春香ちゃん!」
「えへへ……頑張りました!!」
「……『感染』することにある」
「感染……だって?」
僕と忍野の存在など初めから眼中に入っていないのか、天海は次々と音無さんにまくし立てていた。
「千早ちゃんと合同誌なんです! それで今回は全員で参加しようってことになって――」
全員で。
その言葉で一気に体温が下がった気がした。
「隠神御前の特徴として、感染後、一気に発症する事だ。そして感染した者は――やがて、男同士の恋愛のことしか考えられなくなるのさ」
「……冗談だろ、おい」
ぞくり、と背筋に冷たいものが伝った。
人を傷つけたり、生命に関わる事象ではないのに、こんなにも恐怖を感じるなんて尋常ではない。
「気付いた時にはもう手遅れ……さ」
額に汗し、苦笑いと共に吐き出した忍野の言葉も傍らに、僕は焦燥とも絶望とも取れる感情に自分の呼吸が荒くなっているのを感じたのだった。
801プロ
なるほど、だからハザードか・・・・。
005
「嘘、だろ……」
天海と共に応接室を出たところで、僕は絶望に打ちひしがれていた。
キスショットとの邂逅も、吸血鬼となった時も、千石が蛇神となった時も、天海に取り憑いた魔王と対峙した時も、身体が吸血鬼に近付いていると宣告された時ですら、これ程の絶望は感じなかった。
世界は終わるのか。
そう連想させるには充分な光景が、そこにはあったのだから。
「ね、やっぱりプロデューサーさんは総受け!だよね千早ちゃん!」
「そうね、やっぱり男の人の表情が快楽に歪むのは格別だわ。プロデューサーは誘い受けかつ小悪魔受けがいいと思うのだけれど」
「違うって! プロデューサーは鬼畜攻め!そこだけは譲れないよ!」
「真ちゃんの言う通りですぅ! 普段は大人しいプロデューサーなのにベッドの上ではドSに変貌する……その解放のカタルシスこそが愛なんだよ!」
「雪歩の主張もジャンルとしてはわからなくもないけれどね……プロデューサーに悪い顔は似合わないしあの性格じゃない。ヘタレ攻めが妥当でしょ?」
「うっうー! そうですよ、へたれなプロデューサー×生意気な小悪魔エピソードくんのカプはご飯三杯はいけちゃいました!」
「伊織ちゃんとやよいちゃんは分かっているな! 阿良々木先輩はあの性格ゆえに攻め切れない部分が歯痒くて良いのだ!」
「何言ってるんだ! プロデューサーは乙女受け以外に考えられないぞ!」
「響の言う通りです。あの方は純粋で穢れなき方……必死に抵抗するも快楽には抗えず、涙ながらも受け入れ純潔を散らされる儚き運命なのです」
「私もどちらかと言えば受け派だけれど、うちの涼やジュピターの御手洗くんとのショタ攻めっていう選択肢も悪くないわよね」
「わかります律子さん、年下の男の子に攻められて翻弄されるノンケ受けのプロデューサーさん……妄想としては食傷気味だけど、夢があっていいですよねぇ」
「違うの! ハニーは誰がなんと言おうと両刀遣いの俺様スタイルなんだから!」
「亜美もミキミキと同じ意見かな……ほくほくに掘られ! トイレを掘って! あまとうを掘ったり掘られたり!」
「両刀は邪道っしょ→。真美は社長みたいなオヤジとの絡みがいいと思うけどNE!」
これはひでえwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
こんな事務所嫌だwww
何なんだこれは。
と言うか何処なんだここは。
本当にアイドルの事務所か!?
思うがままに各々がプロデューサーのカップリングについて議論を交わしている事務所なんて聞いたことねえよ!
アイドルたちの言っていることの半分も理解できないが、大体ろくでもないだろうことは予想出来る。
あと一人アイドルじゃないやつが混じっている気がするのだが、スルーすべきなのだろうか。
「これが隠神御前の恐ろしさだよ、阿良々木くん……」
「は、ははは……もう笑うしかねえな……」
「笑ってる場合じゃないよ。隠神御前の『毒』は人から人へと凄まじいスピードで感染する。放っておけば、日本が男性限定の同性愛推奨国と言われるのも遅くはないんだかよ?」
「そりゃ悪い冗談だな……」
冗談どころではない。
果てには人類の繁栄が危ういレベルではないか。
嫌だよそんな世界。
「しかも感染経路は同じ空気を吸った、くらいに簡単に伝染る。今頃、ツンデレちゃんや委員長ちゃん、忍ちゃんも発症しているだろうねえ。ほら、その証拠に百合っ子ちゃんも感染している」
「余計な予備知識を吹き込むな。知りたくねえよそんな事実」
僕の知人が全員神原みたいになるなんて想像したくもないよ。
あと神原は元からだ。
こんな事務所嫌だwww
「でも一番恐ろしいのはね……これ、男にも感染するんだ」
「な…………っ!?」
それは、どれ程の衝撃だったのだろうか、直接受けた自分でも理解が及ばない程だった。
視界が歪み、目眩がする。
吐き気と頭痛が止まらない。
心臓は早鐘のように打ち、今にも口から飛び出しそうだ。
「男性は女性と違って発症しにくいけれど……発症者に大勢囲まれたりしたら……腐のエネルギーに冒されてまずいことになる」
腐のエネルギーて。
微妙に上手いこと言ってんじゃねえよ。
「……対策はあるんだろう、忍野」
「そうだね……隠神御前の毒は周りが異様に速い代わりに、根元を絶てば感染者全員の毒が消える」
「そりゃ楽でいい。で、その毒を消す方法は?」
「簡単だよ。女の悦びを教えてやればいいのさ」
「――――は?」
今なんて言ったこいつ?
女の悦び?
「……おい待て忍野、今不健全な言葉が聞こえた気がするんだが、僕の気のせいでいいんだよな?」
と言うか気のせいであってくれ。
「確かに言い方は良くなかったけれど、間違ってはいないよ。隠神御前を祓う方法は、宿主に『やっぱり普通の恋愛がいい』と思わせることだ」
「でもそれは……どうしたらいいんだ?」
「知らないよ。女の子の扱いは間違いなく阿良々木くんの方が長けているじゃないか。任せるよ」
「任されても困る! お前は怪異の専門家なんじゃないのか!」
「怪異に関してはそうだけれど、僕はもう四十路近いんだよ? そんなおっさんに頼らないで……」
僕と忍野が世にも不毛な押し付け合いをしていると、忍野の視線がアイドルの皆の方角へと移った。
「まずい、見付かった!」
忍野が声を上げるも時は遅く、アイドル達は目にも留まらぬ早さで僕と忍野に詰め寄ってきた。
「阿良々木先輩! 忍野さんと一緒ということは昨日はお楽しみだったんだな!?」
「この人が命の恩人だっていう忍野さんですか!?」
「きゃあ!! プロデューサーとチャラそうなおじさんの新しいカップリング!! 夢が広がりますぅ!」
「忍野さんは外見から誘い受け……いや、クール受けかしら?」
「いやいや、おじさんだしテクニシャンだって考えたら攻めだYO!」
「あなた様は純愛なんですよね? そうと言ってくださいまし!」
「み、皆元気いいねえ……何かいいこと……あったんだろうね、きっと……」
有無も言わせず迫ってくるアイドル達(+1)。
その瞳は例外なく爛々と不気味に輝いており、興奮しているのか息も荒く独特の威圧感を醸し出していた。
その様子は、喩えるのならかつて違う未来で垣間見た、血液を求めて生者に群がるゾンビーか死者のようだ。
神原もいつもより悪化しているようだし、恐ろしい怪異だ。
流石の忍野も見たことのない表情で狼狽えている。
決め台詞も決められない程に。
「逃げないと……!」
「逃がさぬぞ、お前様よ……!」
ぬるり、と影から出て来た忍が僕の足首を掴む。
そう言えば、忍まで感染しているって忍野が……!
「くそっ、離せ忍!」
嫌だあ!
こんなところで性的嗜好が変わって別の意味で人生終わるのは絶対に嫌だよ!
こんなのならまだ血を吸われて死んだり輪切りにされた方がマシだあ!
「忍ちゃんはやはりご主人たる阿良々木先輩は攻めだと思うだろう?」
「ふむ、それも一つの真実……じゃが儂は、アロハ小僧の鬼畜攻めに主様の姫受けと五年前から一貫しておるからの」
「あらぁ、それもロマンティックでいいわねぇ」
「身内だからこそのカップリングですね!」
「忍ちゃん……! やっぱり忍ちゃんとは決着を着けなくちゃいけないみたいだな……!」
「応よ、いつでも掛かって来るが良いぞ猿娘。その身の髄にまで主様の受けの良さを叩き込んでくれるわ」
「今だ!」
大真面目な顔でとてつもなくくだらない諍いを起こしている二人の間に入り、忍野が忍を組み伏せる。
「何をするかアロハ小僧! 押し倒す相手が間違っておるぞ!」
「ここは僕がなんとか食い止める! 阿良々木くんはあの腐女子さんを!」
「ああ、くそっ! わかったよ!」
でも腐女子さんて。
いや間違ってないんだけどさ……。
僕は忍野の犠牲を無駄にしない為にも急いで応接室に戻る。
>腐のエネルギー
見た瞬間に腐き出したわ
「音無さん!!」
「あ、プロデューサーさん……何か騒がしいみたいですけど……」
音無さんは天海の持って来たネームを読みながら迎えてくれた。
外は洒落にならない事態になっているというのにこの人は……。
「音無さん、時は一刻を争います。簡潔に事実だけを話しますと、音無さんに取り憑いている怪異が原因で人類が滅亡する可能性すらあるんです」
「そ、そんな……私はどうしたら……?」
「ですから一刻も早く、BLを捨てて下さい!」
「ぴよっ!?」
「音無さんの性癖が人類を滅ぼすんです! 元はと言えばその嗜好も怪異の仕業……英断をお願いします!」
それは純粋で切実な僕の願いであった。
まさか僕だってこんなお願いをすることになるとは思わなかったけれど……。
「で、でも……」
混乱しているのか、困惑の表情を浮かべ狼狽する音無さん。
ええい、仕方ないが少々荒っぽい手で行くしかない……!
「音無さんは美人だ、よく気もつくし理想の女性像と言っても過言ではありません」
「そ、そんな……」
満更でもないのか顔を紅潮させ頬に手を当てたりしている。
「そんな女性が恋人も作らずにのさばっていてどうするんですか! 早く素敵な恋人を見付けて女としての幸せを掴みましょう!」
これでいい。
これならば浮気にもならないし、音無さんの自尊心も満たしつつ怪異を祓える。
過去最大の緊縛感
「な、ならプロデューサーさん……もし私が告白したら、お嫁さんにしてくれますか?」
てれてれと二十代後半とは思えない可愛い仕草で殺し文句を放つ音無さん。
それに対し僕は、
「あ、それは無理です」
「即答された!?」
いや、だって僕にはひたぎがいるし。
「やっぱり若さなの? 若さなのね!?」
「そ、そういう訳では……」
「三十路が何よ! 年齢が何よ! 私が三十になるんじゃないのよ! 三十が私になるのよ!」
「落ち着いてください音無さん!」
これが女性の執念なのか……ある意味怪異よりも恐ろしいぜ。
「現実を見てくださいよ……十年後も同じように生活する自分を想像してみてください」
「う……」
そこは痛い所だったのか、表情を歪める音無さん。
「友人は皆結婚して、アイドルたちも結婚……なのに自分は未だ誰と誰がカップリングだなんて話を……」
「いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「僕には将来を誓った恋人がいます。音無さんとお付き合いすることは出来ませんが、男の僕から見ても音無さんが女性として魅力的なのは本当です」
「ううぅ……」
「ですから……ね、頑張りましょうよ」
「う……うわあああぁぁぁん……恋人欲しいよぉ……!」
脇目も振らず泣き出すアラサーがそこにはいた。
僕がどうするべきか逡巡していると、扉が開き憔悴し切った忍野が入って来た。
かつて羽川の猫と数十回に亘って死闘を繰り広げた時だってここまでやつれてはいなかった。
「良くやったね阿良々木くん……隠神御前は祓えたみたいだ……」
手段は変わってしまったが、目的は果たせたみたいだし、いいか……。
「僕は……少し休むよ……」
扉の向こうで何があったのか、ボロボロの姿でその場に崩れ落ちる忍野。
何があったのかは、友人の情けとして聞かないでおいてあげよう。
色々と珍しいものを見れた日だったが、今いち達成感が感ぜられないのは何故だろうか。
そんなことを思った事件だったのだ。
006
後日談なんて大層なものがある訳もなく今回のオチ。
「今回のことで私は考えを改めたわ……やっぱりプロデューサーさんは攻め! それも俺様攻めよ!」
「違う! 阿良々木先輩はヘタレ攻めだと何度言えば――」
翌日、相も変わらずに何ひとつとして益にならないであろう論議を交わすOLとJDがそこにはいた。
何を隠そう僕の後輩と同僚だった。
「……おい、どういうことだよ忍野。怪異の仕業、じゃなかったのか?」
「いや確かに隠神御前は憑いていたよ……祓われて尚変わらないとなると……」
「……元々、か」
「まあ、そうだろうね……」
元の鞘にも程がある。
僕と忍野は何のために昨日、あんなに精神を削って戦ったんだ……。
あのままアイドル全員が神原・音無さんの両名のような状態にならなかっただけ良しとしよう……。
忍野は皆の無事を確認しに来ただけなのだろう、ポケットに手を突っ込んで僕の隣から離れる。
「じゃあ、僕はまた旅に出るとするよ」
「そうか。お前ももう齢なんだから、無理するなよ」
「はっはー、言ってくれるじゃないか阿良々木くん。何かいいことでもあったのかい?」
「じゃあな、世話かけた」
「いいよ。じゃあね」
また会おう、とは言わずに別れを告げる。
忍野との関係は、これくらいが丁度いい。
果たして風来の怪異の専門家は、また新しい怪異を探して全国を回ることだろう。
どちらかが死ぬまでにあと一回くらい会えれば御の字だ。
「あれ、忍野さんは帰ってしまったのか?」
「ああ、今しがたな」
「そうか、ろくに挨拶も出来なかったのは残念だな……もっとゆっくりしていけばいいのに」
「うん、それは完全にお前の自業自得だけどね」
「おはようございまーす!」
「おはようございます」
入れ違いに天海と如月が出勤してくる。
これで元通りだ。
また変わらない日々が続いて行く。
人間は忘れることの出来る生き物だ。
嫌なこと、都合の悪いことを忘れることで精神への負担を軽減する。
決してそれが良いことだとは言わない。
いくら嫌なことでも忘れてはいけない事項は必ずあるし、だからこそ人間は成長出来るのだ。
けれど、忘れた方がいいことだって逆説から説けば必ず存在するのだ。
先日の事件は、出来の悪い悪夢だとでも思っておこう。
さあ、今日もまた日常という日々を繰り返そう――。
「ところでプロデューサーさんはタチですか? ネコですか?」
「……え?」
ことりハザード END
拙文失礼いたしました。
あと春香を書いて終わりとなります。
読んでくれた方、ありがとうございます。
乙!
今回はもう腐゛っ飛んでたなwwwwwwwwww
おつおつ
乙
いつになくホラーな終わり方であった
乙! いやいや、無事解決でなによr……あれ?
乙です!
前回ラストは最終回に持ち越しかな?
乙です
隠神御前は強敵でしたねww
腐の地獄になったら765プロは倒産間違い無しですね。
あと、忍野メメの狼狽えた顔が滅茶苦茶見てみたい
どっかで昔見たなぁ、P除いた登場人物全員(社長、961プロ含む)が腐ってた奴。それ思い出したわwwwwww
腐ってやがる、遅すぎたんだ…?
乙したー
・・・なんかなー、こういうのに混じって語りたくなる。うん。
小鳥さんの回は案の定ロクな怪異じゃなかったな
しかし、ジュピターと阿良々木の絡みも見てみたいような
タヌキは英語でラクーンドッグ
バイオハザードの舞台はラクーンシティ
狙ったのか偶然か
乙乙
楽しかったよ
乙ピヨ
別方向に今回も最高のSSだった
掛け値なしに腐ってやがる!
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