千早「my song」 (32)

寂しげに冷たい風が吹き抜ける小さな電気街。

普段は鉄橋の上を電車が走る音と、僅かにテレビの音が聞こえるだけだったが、今日は違った。

掠れてしまいそうなくらい力強い歌声と、華麗なギター裁きが奏でる心地よい音。

私は何故かその歌声に、その音に聴き入っていた。

「アタシの歌、聴いてくれたのかい?」

彼女は私にそう問い掛けた。

「あの…すみません」

私はその場をそそくさと離れようとした。

「いや、いいんだよ。よかったらもっと聴いていってくれないかな」

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私はその場に留まり、彼女の歌を聴いていることにした。

力強いのに優しく語りかけるような歌声。

この曲は彼女が作ったわけではなく、既存のバンドの曲だが、彼女の声に合った雰囲気をかもし出している。

しばらく聴いていると、演奏が終わってしまった。

「どうかな?」

「素晴らしい歌声です。何故か…安心する気がします」

「安心か…」

彼女がそう呟いた途端、私の脳裏に弟の姿が浮かんだ。

そして咄嗟にこう続けた。

「例えば…故人が聴いたら成仏できるような…。そんな安心感です」

失礼な事を言ってしまっただろうか。急いで撤回しようとした矢先

「アンタ、面白いね」

彼女は微笑んでそう言った。

「すみません、失礼な事を…」

「まあ、死人って言うなら私も死人だからさ」

彼女が何を言っているのか、いくら考えても分からなかった。

「私が一度死んでる、なんて言ったら信じる?」

彼女はそう付け足すが、やはり分からなかった。

その時、彼女は何かを見つけたかのように目を丸くしていた。

「アイドル…如月千早…?」

彼女の目線の先には、微かに音が聞こえるテレビ。そこに映っているのは私だった。

「へぇ、アンタも歌うんだね」

「はい…」

「それじゃあ悪かったね。アタシの下手くそな歌なんか聴かせて」

「いえ、あの歌は…本当に上手でした」

「お世辞はいいって」

彼女はまた微笑んだ。

その後は彼女と別れてしまい、ゆっくりと話をすることもできなかった。

そういえば名前を聞くのを忘れていたが、あの場所に行けばきっとまた会えるだろう。

時は移ろいでその翌日。

私は、所属事務所である765プロダクションのビル内で、同期の春香と会話していた。

「そうだ千早ちゃん。あれ、買えた?」

あれ、とは、音楽再生機器の事である。以前春香が小型の物を使っていたのを見てから、私も欲しいと思っていたのだ。

「ごめんなさい。どれを買ったらいいのか分からなくて…」

「そっか。じゃあ今日また行ってみようか。私も一緒に行くから!」

「ええ、お願いするわ」

春香に連れられて来たそこは、昨日の寂れた電気街とは違う、綺麗で、活気のある街だった。

あっという間に目的の品を購入し、少し時間に余裕が出来たので、他の店も眺めることにした。

すると春香が何かを発見し、私を呼ぶ。

電機屋が並ぶ通りの外れに、どうやら楽器屋を見つけたらしい。

「いろんな楽器があるねー」

「そうね。以前沖縄での音楽祭の時に見かけた楽器もあるわ」

「えっ、どれどれ!?」

春香が慌てて私の近くへ駆け寄ろうとした途端、何かに引っ掛かって転んだ。

春香が足を引っ掛けたそれは、エレキギターのチューブだった。

アンプに接続されていて、試しに弾くことができるようになっていたらしい。

「あいたたた…」

「大丈夫?」

その言葉を発したのは私だが、確かに二つ重なって聞こえた。

私と、誰かもう一人が声をかけたのだ。

顔を上げると、小学生か中学校に上がりたてくらいの幼い少女が立っていた。

「春香さん…!?それに、千早さん!?」

「はじめまして!いつもテレビで見てます!」

「はぁ…どうも」

私も春香も、ばれてしまっては仕方ない。と言わんばかりの態度で対応する。

「私もいつかテレビに出たいって思ってるんです!それで今バンドも組んだばかりで…」

こんな小さな女の子がバンド?もしかしたら見かけの割に私より歳上という可能性もあるかもしれない。

それにしても随分と図々しい子だ。自分の話ばかりしている。

途中、名前を名乗った気がしたが、聞き流していたせいか印象にも残らなかった。春香は聞いていたかもしれないので後で聞いてみよう。

「春香さんの『I Want』とか、千早さんの『目が逢う瞬間』とか大好きなんですよ」

「そうなんだ。なんか嬉しいなぁ…」

春香はそれなりに会話をしてやっているようだ。

「765プロのアイドルでは誰が好きなの?」

「千早さんですかね。伸びやかな歌声も好きなんですけど、何より…綺麗な青い髪…」

そう言って、うつ向き、誰かを想うかのように笑っていた。

「だって、千早ちゃん」

一気に照れ臭くなった。

別れ際に、これからそこの広場でライブやるんです。

と言うので、見に行くことにした。

ライブというのは、先程言っていたバンドのライブだろう。

あんな小さな少女がどんな楽器を扱うのかが気になったのだ。

広場に着くと、驚きの光景が目に入った。

彼女はセンターポジションでマイクスタンドの前に立ち、ギターを持っていたのだ。

「あんな小さな子が…?」

「すごいね。ユイちゃん」

後から聞こうと思っていた手間が省けた。彼女の名は『ユイ』というらしい。

ユイの歌はお世辞にも上手いとは言えない、ひどいものだった。

ギターの演奏もよれていたが、歌うか弾くかのどちらかに専念すれば少しはマシになるだろうというレベルだ。

二曲の演奏のみのライブが終わると、私達は広場を後にした。

ABとアイマスのクロスかな?

その後家路につくと、最寄り駅の改札を抜けたところで、見覚えのある人影が見えた。

彼女だ。

「あの…」

私は思わず声をかけていた。彼女がこちらに振り向くと、やはりあの時の人物だった。

「ああ、えっと…千早、だっけ」

私が言うのもなんだが、芸能には無頓着そうな彼女が私の名前を覚えてくれていたらしい。

チューブ?真空管?

「そういえば私の名前まだ言ってなかったね。私は岩沢まさみ。よろしく」

こちらから聞かずとも名を名乗ってくれた。岩沢。岩沢さん…。

「あの、岩沢さん」

「何?」

「今日もこれから弾き語りを?」

「今日はしないよ。今日は家に帰って作曲。家、この近くなんだ」

「そうでしたか…。作曲されてるんですか?」

「まあね」

岩沢さんは、いつか自分の作った曲を世に出したいと言う。

「それじゃあ、今日はこの辺で」

「そうですね。二度も会っているのだから、また機会はあるでしょうし」

そう言って、その日は別れた。


その翌日から、私は歌えなくなったのだ。

昨日と、一昨日とで岩沢さんとユイという二人の人物に出会っていた。

二人の姿や性格はまるで違っていたが、声を聞く度に、目を逢わせる度に、優の面影が重なっていたのだ。

そして今日もまた出会い、重なる。

優の事、私の事を全て岩沢さんに話した。

「そっか…。ならアタシも全部話すよ」

岩沢さんは死んでいるという。

死んで生き返ったという。

正確には、死後の世界で成仏し、人生を一からやり直しているという。

簡単には納得できない話だが、何故かすんなりと受け入れる事ができた。

恐らくユイも岩沢さんと同じくやり直した人生の最中なのだろう。

「要するにアタシがアンタの前から消えれば解決するって事かな」

「それは…違うと思います」

何となく直感だけで言った。理由は説明できなかったが、想いだけは伝わったらしい。

「分かった。私も考えてみるから、あんまり悩まないでよ」

「ありがとう」

そう言うと、岩沢さんは背を向け去って行こうとした。

「待ってください」

無我夢中で必死に呼び止めた。一瞬頭が真っ白になって、何故呼び止めたのかも忘れてしまいそうになった。

しかしそういう訳にはいかない。息を整えてから、要件を伝える。

「曲を…私にくれませんか?」

「歌えないのに曲をもらってどうするつもり?」

「歌います。必ず」

「そうは言っても今現在アンタの声は生きてないだろ?」

「元に戻してみせます」

「歌える確証がない奴に曲を与える程アタシも優しくないよ」

「分かってます。だけど歌いたいんです。岩沢さんの作った曲で」

「どうしてそこまで…」

「こう言ってはなんですけど…一度亡くなっている岩沢さんの作った曲なら、今度こそ亡くなった弟にも届くと思うんです」

「そう…」

アタシが渡すのは曲だけだよ。と言い、楽譜を与えてくれた。

昨日完成したばかりだったらしい。

きっと私は春香達が歌声を取り戻した時に、昔の私と決別したと錯覚していたのだ。

岩沢さん達に出会って確信した。私はまだ過去に縛られていたのだ。

しかしこれでようやく別れを告げる事が出来るかもしれない。

私は今度こそ変われるかもしれないのだ。

楽譜を受け取ると、私は走り出していた。

電車に乗り、昨日の電気街へ。昨日の広場へ向かっていた。

そこには昨日の体の小さな少女がいた。

「ユイ!」

「千早さん…?」

「お願いがあるの…」

ユイに作詞の依頼をした。

出来るかどうかは問題ではない。ただ、ユイに詞を付けてほしかったのだ。

ユイは快く受け入れてくれた。

ユイに楽譜を渡すと、二、三日はかかると言われた。

その間はボイストレーニングで埋めた。一日でも早く歌声が戻るように。

作詞が完了したというので、詞の付いた楽譜を受け取りに約束の場所まで向かった。

待ち合わせ場所までもう少しのところで、私を呼ぶ声が聞こえた。

「千早さーーん」

振り返ると、ユイが嬉しそうに駆け寄ってきていた。

その場で立ち止まり、どこか高槻さんを思い出させるような微笑ましい光景だと思いながら見ていた。

しかし、気づいた頃にはもう遅かった。

ドン。と鈍い音が響き、最後に少しだけ宙を舞ったユイを見て、私の視界は真っ暗になった。

「千早さん!?大丈夫ですか!?」

視界が少しずつはっきりしていく。目の前には高槻さんが…。

「ここは?」

「千早ちゃん、道端で倒れてて…救急車で運ばれたから今は病院よ」

あずささんが説明をしてくれた。

「そうだ…!私と一緒に高槻さんくらいの女の子が倒れていませんでしたか!?」

「ユイちゃん…だよね…?」

「春香…?」

春香によると、ユイはまだ脈はあるが、回復は極めて困難な状態らしい。

「それと、これ」

千早さんへ。と丸文字で宛名書きされ、丁寧に包装された封筒の中には楽譜が入っていた。

歌わないと……。

その一週間後に新曲『my song』を発表。

更にその一週間後にユイが目を覚ました。

ユイは目を覚ますなり私の新曲を聴いて喜んでくれた。

後日、私は普段765プロがお世話になっている作詞家さんと作曲家さんに頼んで曲を作ってもらった。

その曲を岩沢さんに渡し、『my song』と名付けた。

岩沢さんはその一年後に歌手としてデビューすることになったのだった。


四人の魂が巡り廻り、二人は歌う。

自分だけの歌を響かせながら。

終わりです。読んでいただいた方、感謝です。

最後が投げっぱなしになってしまい申し訳ありません。

岩沢さんやユイなら千早と上手くマッチすると思ったのに、どうしてこうなった。
単に自分の文章構成力と想像力が欠けていたからですね。もっと上手く書けるようになりたいです。

それでは申請出してきます

おつおつ

乙おつ

途中まで良かったのに後半かなりダイジェストだな
まぁ乙

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