【咲-saki-ss】白望「だる平犯科帳」Ⅱ (68)

致命的な勘違い&前回、名前間違えが多かったので修正版を…

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1398534477

『誑師無宿の久』

華菜「うにゃ~!にゃ~!」しゅんしゅん!!

春もうららかな陽射しの最中に、竹刀を振って懸命に稽古する女が居た。名は池田華菜、同僚の同心連中からはそのうざさから『うざ忠』の蔑…愛称で親しまれている。

白望「ウチの庭で稽古…だるいな…」

塞「まぁまぁ、お殿様もだるがってないで、稽古でもしたら?」

華菜「そうですよ!私なんかこう、サムライ魂で溢れかえっているんですから!」

白望(だるいし、うざいな…)

そして、この覇気の無いだるだるの眉毛、何者にも興味を示さない虚ろな瞳、箸を持つのも面倒くさいと主張する口、彼女こそ江戸中の悪党より『だる平』の名で恐れられている江戸の火付盗賊改方長官『小瀬川白望』である。隣に居るのはその『だる平』の妻である小瀬川塞だ

照「酒饅頭こわい…栗饅頭こわい…」もぐもぐ

小蒔「あわわ、こっちの塩饅頭もいけ…怖いですよ」もぐもぐ

華菜「あ!カナちゃんが持って来た饅頭!」

そして小瀬川家のエンゲル係数を上げることに莫大な貢献を果たしているこの二人は…よくわからない只の居候である。

実はこの小瀬川白望、この春から火付改を解任されたばかりなのだ。おそらくは、だる平のこれまでの活躍を評価し、一時の休息期間を設けたのち、幕府の重要な役職に就けようとする野依備前守の計らいなのだろう。

白望(これからはゆっくり出来る…)ぐて~ん

華菜「うにゃ~!!お頭も稽古しないと体が鈍りますよ!」

塞「まったく、この馬鹿殿は…」

照「ごっくん…まったく近頃は江戸も平和だからと言って弛みすぎ…」もぐもぐ

小蒔「もぐもぐ、まったくです」ぱくぱく

白望(………)

そんな時折、同心である吉留末春と文堂夏香が、白望の役宅へやって来た。双方、神妙な面持ちであり、おそらくは何か重要な使いを任されたのだろう。

末春「お頭!野依様よりお呼出が!」

白望「めんどくさ…」

文堂「えぇ!野依様からの直々のお呼出ですよ!」

白望「どうせ、コミュ症を治す方法を考えろとかそんなところでしょ…」

塞「こら!さっさと行く!」

白望「だるい…」

照「出かけるの?なら、ファミマで午後てぃー買って来て」

小蒔(………)「ファミチキください!」

華菜「こいつ!直接口で…!」

白望(本当に煩わし…)

白望「じゃあ出かけてくる…」

塞「いってらっしゃい、夕飯はどうするの?」

白望「わかんない…」

塞「はぁ…じゃあ適当なの用意して待ってるから」

白望「生きるのってつらいな…」

亜久里町に構える役宅を出ると白望は、すぐさま駕篭を使い野依備前守の屋敷へと向かった。野依備前守の屋敷は、江戸の中心にありそれほど時間を要するような場所ではなかった。

理沙「白望!遅い!」ぷんすこ=3

白望「何?だるいから手短かに言って…」

家臣A「こ、こいつ野依様に…」わなわな

家臣B「ぶ、無礼だぞ!」

みさき「まぁまぁ…」

理沙「白望!あなたを火付盗賊改に再任命する!」ぷんすこ=3

白望「だるいからやだ…」

理沙「!?」がーん=3

みさき「あなたもそのくらいで諦めないでください」

理沙「再任命!絶対!」ぷんすこ=3

白望「だるいな…」

理沙「盗賊現れた!赤坂一味!白望にしか無理!」ぷんすこ=3

白望「何言ってんの?」

みさき「実は最近、赤坂一味と名乗る盗賊が江戸中を荒し回っているのです、こいつらはなかなか手強い連中で私たちだけではまったく歯が立たないんです」

理沙「そう!赤坂一味、強い!」ぷんすこ=3

白望「赤坂一味?」

みさき「特に芽下原の恭子と誑師無宿のお久には私たちも大分やられています…」

望「久…」

みさき「知ってるんですか?」

白望「うん、確かあれは数年前…」

数年前、白望はまだこの役職には就いておらず、同じ道場で修行する身の加治木ゆみと一緒に江戸の本所を根城にしては悪さばかりしていた。

この頃の白望はまだ、『だる平』とは呼ばれておらず、もっぱら地元のゴロツキ共からは『本所のだる望』と言われ恐れられていた。

女A「キャー!加治木様!」

ゆみ「ふふ、可愛い奴め…」

女B「シロ様、はいおかき」

白望「だるいから食べさせて…」

とりあえず一旦ここまで…

奉行所と火付改がちょっとごちゃになっていたので修正しました…

今日の夜八時頃、全部投稿します

まってる

一旦乙です

早めに再開

このように食う寝る遊ぶの体たらくぶり…今でもか…
そこへ現れたのが本所を縄張りとするチンピラのボス、『誑師無宿のお久』である。これといった住居も仕事も持たず、口先だけで巧みに人を誑かし、強請や恐喝を働くので誑師無宿と呼ばれるようになった。

久「あら?あなたが小瀬川白望と加治木ゆみかしら?」

白望「なに?」

久「最近あなた達が私の島で舐めた真似をしてるそうじゃない。みかじめ料でも置いてってもらおうかしら」

チンピラ「へへ、アネキに逆らわないほうがいいぜ…」

ゆみ「ほう、生憎だが貴様に払う銭は一文も持ち合わせてはいないな」

白望「だるいからさっさと片付ける…女の子を頼んだ…」

ゆみ「一人で大丈夫か?」

白望「たぶん…」

久「ふ~ん、舐めたことしてくれるじゃない…それなら…」

チンピラ「アネキ!下がっててください!ここはあっしが…」

チンピラが脇に忍ばせた小刀を抜き取ると、白望めがけて突進してきた。それを白望ははらりと避けると、逸らしたままの状態で相手の小刀を持った腕を掴み脇の方へ投げ捨ててしまった。

久「あら?やるわね…でも私はこうは行かないわよ」

そう言うと久は腰の脇差しを抜く。

白望「………」じっー

久「あら?どうしたの、怖じ気づいたんなら今のうちに…」

白望「その刀、よく見たら名刀正宗そのもの…」

久「え?」ちらっ

白望「今だ…」

久が己の刀に気をそらされてるうちに、白望は久の腕を締め上げ、刀を捨てさせるとそのまま組み伏せてしまった。

久「くっ…!」

白望「こんな鈍らが正宗なわけないじゃん…」

久「計ったわね…」

白望「………」

久はそれ以降、白望達を一目置くようになっていった。

白望「久…どこか食べにいこう…」

加治木「うむ!そこの蕎麦屋にでもどうだ?」

久「あら♪それじゃあご相伴にあずかろうかしら♪」

こうして、本所を縄張りとしていた久は、白望や加治木とつるむようになったのだ…

みさき「そうだったんですか…」

白望「今はぱったりと交流がない…てっきりどっかでくたばってるかと…」

理沙「そいつ!強い!私たち手を焼いてる!」ぷんすこ=3

みさき「とにかく、お願い出来ませんかね?」

白望「だるいけどしょうがないなぁ…」

こうして、小瀬川白望は再び江戸の火付盗賊改方長官に返り咲くことになった。このことから、とてつもなく憂鬱そうな顔をしながら屋敷から出ると、一旦は役宅へと帰りこれを報告した。

塞「ちょうどよかったじゃん♪毎日ごろごろしてばっかで大層暇だったでしょ♫」

まこ「これで江戸の悪も終わりじゃのう♫」

妻の塞や与力や同心連中は、これを大いに喜んだ。特に筆頭与力である染谷まこにいたっては、もう全ての事件がまるく収まったかのような言い草である。

まこ「それ!お頭に再任命されたからには、早速聞き込みやなんや始めるのじゃ!」

白望「うへぇ…」

塞「ほらほら、だるがってないで働く…」

白望「しょうがない…わかった…」

まこ「当てはあるのかのう?」

白望「だるいけど、昔のなじみに一度聞いてくる…」

池田「にゃ!お頭、お供します!」

役宅を出ると白望は立部町の繁華にある商家を訪ねた。ここには、かつての悪友が雇われ用心棒として仕えているのだ。

加治木「うむ、まさかあのお久が生きていたとはな…」

白望「だるいけどなんとかしないと…」

華菜「大丈夫ですよ!お頭が盗賊改めに再任命された暁にはどんな悪党も明日の朝日が昇る様を拝むことは出来ませんよ!」

加治木(うざいな、こいつ…)

加治木「しかし赤坂のようなケチな奴にあの久が従うのだろうか?」

白望「わからない…何か事情があるのかも」

池田は白望に出された麦湯を勝手に飲み始めた、うざいこと千万である。

華菜「ずずー大丈夫ですよ!どんな相手だろうとカナちゃんがちょちょいのじょいでやっつけますから!」

白望「私の麦湯…」

加治木「わかった、私の方でも商家の使用人などに聞いたりして色々調べてみるよ」

白望「頼んだ…なるべくだるくならない情報を掴んで来てね」

加治木「相変わらずだなお前は…」

こうして二人は商家を後にした、春の日も暮れかかっているのだが白望にはもう一つ寄っておきたい場所がある。ここら辺ではかなりの老舗で、白望が若い頃から贔屓にしている料理屋『薄荷屋』である。

美穂子「あらあら、いらっしゃい♪今日はお一人で」

白望「うん…」

ちなみにここで働く看板娘の美穂子の前では、池田のうざさがストップ高になるのでなんだかんだと嘘を言って無理矢理帰らせた。

美穂子「待っててくださいね、今お料理持ってきますから♪」

白望「いや、今日は食べに来た訳じゃ…」

白望(まぁいいか…お腹も減ったし…)

白望はなかなかの美食家としても有名で、食うこと寝ることに関しては彼女の右にも左にも出るものはいないと言われいた。(※現在はそれを大きく上回る居候が二人居る)その彼女が贔屓にしているということで、ここ『薄荷屋』ではなかなかの料理を出す。

白望「なにこれ…?」

白望の前に置かれた料理は焦げ茶色をしていて、白望にとっても初めて見るものだった。

美穂子「あらあら、新しく来てくれたエイスリンちゃんが作ってくれた『麺麭』という食べ物よ♪」

エイスリン「シロ!クエ!」

白望「もごもご…味ない…」

エイスリン「イイカラクエ!」

白望「もぐもぐ…あんまり美味しくない…」

一通り食べ終えると、これまでの経緯を話始めた。当時、白望や加治木、久は遊びでお金が無くなってはよくここでお世話になったのだ。その頃より、ここで働く美穂子と久との間には思い人同士の甘酸っぱい何かを白望は感じていた。

白望「かくかくしかじか…」

美穂子「四角い仁鶴がまぁ~るくってなるほど…あの人が未だにそんなことを…」

美穂子の表情には、先ほどまでの天真爛漫な顔とは一転して陰りが刺し始めた。無理も無い、今や久と白望は盗賊とそれを取り締まる火付改めの関係、その白望が久のことを探ってるというのだ。

美穂子「やっぱり、捕まったら島流しに…」

白望「いや、なんとか説得してそうなる前に盗賊から足を洗ってもらう…」

白望の手元には、先ほどの口直しにとイカのこのえ和えと鮎の甘露煮が置いてある。この時ばかりは、普段はだるいので一行以上の言葉は喋らないTwitterの劣化版のような口も頻りに働かせている。

白望「とにかく久が来たら連絡してほしい…」もぐもぐ

美穂子「久はもう二年以上も顔を見せていないんですよ…私のことなんか…」

白望「ううん、人は心細くなった時に昔、親しかった人の元に帰りたくなる…」

美穂子「わかりました、あの人を見かけたらすぐ連絡します…だから…」

白望「わかった…」

美穂子(久…)

時刻は当に亥の時(午後9時~11時)を回っていた。最近は治安も回復したとは云え、やはり一人でこんな夜遅くに人気の無い場所を歩くのは危険である。

白望「ふぁ~ぁ、眠い…」

???「小瀬川白望!覚悟や!」

白望「なにやつ…?」

闇から黒尽くめの女が現れた、白望の命を狙って現れたということは、もう白望が火付改めに再任したことを知られているようだ。相手は刀を抜いた、その筋から只の物取りではないことが伺い知れる。

白望「やめといたほうがいい、怪我する…」

???「うるさい!死ね!」

白望「さて、とっくりと見せてやるよ、だる平の技を…」

美穂子(久…)

時刻は当に亥の時(午後9時~11時)を回っていた。最近は治安も回復したとは云え、やはり一人でこんな夜遅くに人気の無い場所を歩くのは危険である。

白望「ふぁ~ぁ、眠い…」

???「小瀬川白望!覚悟や!」

白望「なにやつ…?」

闇から黒尽くめの女が現れた、白望の命を狙って現れたということは、もう白望が火付改めに再任したことを知られているようだ。相手は刀を抜いた、その筋から只の物取りではないことが伺い知れる。

白望「やめといたほうがいい、怪我する…」

???「うるさい!死ね!」

白望「さて、とっくりと見せてやるよ、だる平の技を…」

白望が腰に刺した脇差しを抜くと、相手は刀を振り下ろして飛びかかって来た。白望はすぐさまそれを刀で受け流すと、相手があっけにとらわれるその一瞬をついて刀の返しの方で相手の刀を持った手を叩きつけた。

白望「まだやるき?」

???「うるさい!覚えときいや!」

そう言うと相手はすぐに闇の中へと消えて行った。白望はそのまま見送った、追う必要は無いと判断したのだろう、おそらくは相手の検討はついている。

白望(赤坂一味の刺客か…)

役宅へ帰ると同心達にこの闇討ちしてきた刺客のことを話した。

照「もきゅもきゅ…それは大変」

小蒔「きゅうりのぬか漬けに炊きたての玄米美味しいですね」もきゅもきゅ

白望「………」

文堂「しかし、こうなると赤坂一味もますます捨てておけなくなりましたね…」

純代「うむ、我々同心も注意せねば…」

照「そうそう、こういう時は気の緩んだ奴から真っ先に狙われる…」もぐもぐ

小蒔「しっかり気を引き締めなくてはなりませんね…あ!お茶貰えますか?」もきゅもきゅ

白望(だるいな…)

翌朝、白望と池田はある船宿へ向かう。そこには白望が頼りにしたい女性が働いて居るのだ。

咲「なにか御用ですか?お頭」

白望「実は潜り込んでほしい場所がある…」

咲「!?もしかして赤坂一味ですか…」

華菜「おい!お頭がわざわざ来てやったんだぞ!茶くらい出せ!」

咲「あ!そうですね、ごめんなさいすぐ出します…」

白望(こいつ、ひっぱたいてやろうか…)

咲はそう言うと、店の奥へ行きすぐに煎茶と茶菓子を紅の盆に乗せて持って来た。白望は、それを頂きつつ、咲に赤坂一味のことについて話した、途中池田を斬り捨てたい衝動に何度もかられながらも、この場を血で汚すと咲に迷惑がかかると考え、これを思いとどまった。

咲「実はこうなるだろうと予測して、あらかじめ奴らの周辺を探っておいたんです」

白望「ほぅ…」

咲「赤坂の一味は、本所にある『愛宕屋』を盗人宿にしているみたいで…」

白望(愛宕屋といえば美穂子さんの働いている薄荷屋とは目と鼻の先じゃないか…)

咲「お頭の言う久さんという人もよく出入りしているみたいですよ」

白望「!?」

咲「なんでも夜遅くに、やたら人目を気にしながら入って行くのをみました…」

白望(久…おそらくは、近くで働いている美穂子さんに顔を見られたくないのだろう…)

白望「それで他に…華菜「にゃ~!愛宕屋といえば美穂子さんが働いている薄荷屋の近くじゃありませんか!!」

咲「あとは、どうやら近々大きいお勤めを計画しているらしいです」

白望「お勤め…」

咲「えぇ、内容まではわからないのですが…」

白望「それじゃあそのことについてそれとなく探りを入れてもらえないかな…」

咲「わかりました…明日の晩には何か情報を掴んで持ってきます…」

白望(咲ちゃんはだるくなくていいな…)

華菜「せいぜいカナちゃんたちの足を引っ張らないよう、釈迦力に働くし!」

咲「あ、あはは…」

白望は池田を殴り飛ばした、池田はそのまま河へと落ち『溺れるし!助けてほしいし!』と叫んでいる。そのまま溺れ死んでくれた方がどんなに楽か…

白望「………」

華菜「ぶふぇくしょん!!お頭、酷いし!風邪を引いたらどうするし!」

馬鹿は風邪を引かないと言うが、この際、風邪でもいいのでこいつをこの世から始末してもらいたい。

咲「あの…お姉ちゃんはどうしてますか…」

白望「相変わらず食べてる…」

咲「あ、あはは…そうですか…」

あの二人は常に何か食べているので、同心連中からは『二頭のイビルジョー』と呼ばれているとかいないとか…

二人は船宿を出ると、奉行所へ急いだ。早くこの馬鹿を他の同心に押し付けたいのだ。

華菜「お頭!早く帰りましょう!」

白望「………」

これからの仕事の面倒さを考えると、もはや『だるい』とつぶやくのも億劫になってきた。おそらくは今回の事件、恐ろしく迅速な対応が必要となってくるだろう…

夕暮れになると咲は店の者から早めにお暇を貰い、さっそく赤坂一味の居る『愛宕屋』へと足を運ばせた。

絹恵「いらっしゃ~い」

咲「あいてるかな?」

男1「じろ…」

男2「ちっ…」

赤坂「………」にやにや

絹恵「そこなら空いてますよ、なんやねえちゃん一人ですか?」

咲「うん、今日はちょっと一人で飲みたくてね…」

店の奥の方の席には案の定、貝蔵の郁乃がそのにやついた顔でへらへらしていた。

咲(間違いない、赤坂一味だ…)

赤坂「イヒヒ、咲ちゃんやないの~」

咲「!?」びくっ!

赤坂「イヒヒ、知っとるで~嶺上の咲やろ~ちょっと助けてほしいんやけどな…」

咲(どうやら赤坂はまだ私が盗賊の助け働きをしてると思ってるみたい…)

咲は以前、盗賊の助働きなどをして生計を立てていた。彼女は錠前を外すのに天才的な才能を持っており、倉に忍び込んではどんな堅い錠前でも開放する様は、まるで森林限界を超えた嶺に花を咲かせるが如くと言われ、そこから嶺上開放の咲と呼ばれるようになった。

咲「わかりました、お勤めですね」

赤坂「さすが咲ちゃんや~話が早くてええわ~」

赤坂とってもやはり咲の能力は、のどっち…いや、喉から手が出るほど欲しい人材である。せっかく大商家へと侵入できても倉の鍵が開かないのでは意味がない。

赤坂(イヒヒ、咲ちゃんが手伝ってくれるなんて…今回のお勤めは成功したも同然やで…)

赤坂「ささ、二階へ上がろか」

そう言うと咲は、赤坂に連れられ愛宕屋の二階へと案内された。室には数十名の柄の悪い男達と、米牙の恭子、そして白望が探していた誑師無宿の久が酒を飲みあかしていた。

咲(久さんだ…)

赤坂「イヒヒ、新しくウチらのことを手伝ってくれることになった咲ちゃんや~仲良くしたってや~」

末原「………」

久「………」

赤坂「んもーそんなつれない顔しなんなや~」

末原「あなたに忠誠を誓ったつもりはありません…このお勤めが終わればすぐにでも…」

赤坂「そんなこと言って、一美さんの病気を直す為にはまとまったお金が必要なんやろ?」

末原「………」

赤坂「イヒヒ、そんならいくのんにあんまり逆らわんことやな…」すりすり…

末原「くっ…!」

赤坂「まぁええわ…今度狙う商家やけどな…」

そう言うと、赤坂は見取り図を取り出し、事細やかに説明を始めた。狙うのは料亭『天衣屋』である。赤坂の話だと天衣屋は倉に一万両近く溜め込んでいるらしく、一人あたりの分け前はざっと百両を超えるらしい。

赤坂「明後日の夜のつもりやったけどな、どうやらあの『だる平』が色々探ってるようやし、明日の晩に変更するで」

咲「!?」

赤坂「イヒヒ、末原ちゃんがちゃ~んと『だる平』暗殺に成功してれば、こんな急ぎでやる必要なかったんやけどな~」

咲(やっぱり…お頭を狙っていたのは赤坂一味の刺客だったんだ…)

それから、一味は明日のお勤めの成功を祈ってか、酒を飲んではどんちゃん騒ぎを始めた。大酒をかっ喰らい真っ赤になる赤坂とその取り巻きを尻目に、末原と久は隅の方で静かに酒を飲んでいた。

咲(うぅ…やっぱり宴会は何度やっても苦手だな…)

末原「………」

咲「あのぅ…さっき一美さんの病気がどうとか言ってましたけど…」

末原「アンタには関係あらへん…」

久「………」

そう言うと、末原は奥の方の室へ入り、一人ふて寝を始めた。暫くたってから、咲は久から声をかけられ店の裏へと連れ出された、春の夜風はまだ冬の肌寒さを残しているようであった。

久「あなたは信用できそうね…」

咲「久さんみたいな方が赤坂なんかの元で働いているのは何でなんですか?」

久「えぇ、私はあの子…恭子を助けたかったのよ…」

咲「助ける?もしかしてさっきの一美さんという方の事ですか?」

久は咲の質問に頷くと、自分と末原との関係や事情を話始めた。

さきほどの赤坂の話に出て来た一美とは、末原が思いを寄せている女性らしい。名を善野一美といい、町はずれの寺子屋で子供達にそろばんを教えているのだが、半年前病を患ってから寝たきりとなりどうにもならなくなったのだ。

見兼ねた恭子は、一美の病を治してもらうべく、町でも名医として名高い立部町のはずれに住んでいる針医のところへ相談しにいった。

ミョンファ「どちらさまですか?」

末原「明華という医者はお前か?」

ミョンファ「そうですが?何か御用で…」

末原「お願いや、見てほしい患者がおるんや!」

ミョンファ「わかりました、すぐ向かいます…」

医者の見立てによると、このままほっといては善野一美の命に関わると云う。

末原「それで!善野さんはどうすれば?」

ミョンファ「薬が必要ですね…犀の角を煎じた薬を与えればおそらくは良くなるかと…」

末原「お願いします!お金ならなんとか用意します…」

ミョンファ「すみません、生憎切らしてしまっていて…珍しい物なのですぐに手に入るかどうか…」

末原「そんな…」

末原(待てよ…犀の角…確か町外れの質屋で見た事あるで、確か値段は百両ほど…)

ミョンファ「私も色々手配して出来るだけ安く手に入るよう努力します。それまで、応急の薬で…」

末原「わかりました…ありがとうございます…」

という訳で、恭子はどうしてもまとまった金を手に入れようと、あまり良くは思っていない赤坂の元で、助け働きを行うことになったのだ。

久「この勤めはぜひとも成功させなければいけないわ…恭子の為にもね…」

咲「でもどうして久さんがそこまで…」

久「私と同じ思いをしてほしくないから…」

久は二年前の事を咲に話した。久には当時、懇意にしていた女性が居た。彼女は片目を患いある高価な薬を処方しなければ視力を失うと医者に宣告されていた。

久は必死になってお金を掻き集めた、仲間も関係の著しくない実家に頭を下げたり、用心棒などの危険な仕事を引き受けてはなんとか金を作ろうと奔放した。しかし、努力も虚しく彼女の片目は治る事はなかったのだ…

久「せっかく死ぬ思いで貯めた金50両をスリに掏られちゃったのよ。本当に間抜けよね私…」

咲「………」

久は笑っては見せたが、その笑い顔は薄青い空に雨雲の差したような深い哀愁が感じられた。

咲「それでその人とは…」

久「知らないわ…こんな間抜けな女、逢わす顔がないもの」

必死に強がって見せているが、未練が無い訳ではないだろう。おそらくは恭子と一美との間に在りし日の自分を重ねているのだ…

久「それでね、あの子には私と同じ思いはしてほしくないのよ…」

咲「………」

その後、咲は隙を見ては愛宕屋よりこっそりと抜け出し、そのまま小瀬川白望の役宅へと足を運ばせた。

白望「書類の整理が終わらない…あいつらどうでも良い事ばっかりまとめてくるからな…」ウトウト

咲「お頭、お休みの所申し訳ありません。宮永咲です」

白望「いや、今徹夜の仕事を片付けていたとこ…入って…」

咲「失礼します、どうも急を要する事なので、夜遅くにお邪魔させていただきました」

白望「それで、なにかわかったの?」

咲「はい、奴らが狙っている商家、日取りを聞いてきました…」

咲は奴ら赤坂一味が明晩にも天衣屋に押し込むこと、久が赤坂に味方する理由を事細やかに説明した。

白望「久が…あいつまだ気にしてたのか…」

咲「………」

白望は思案に耽った、赤坂一味の事、久の昔の確執の事、そしてその為に自分と恭子を重ね助けようとしている事、そもそも咲-saki-屈指のニートキャラである自分が何故、社畜の如く働かねばならないのか?何時もついて回るうざい部下、真面目な割に大した仕事をしない同心連中、我が家の家計を圧迫する居候二人、恐ろしく口下手でしかも大半の面倒な仕事を丸投げしてくる上司、大地をかち割る間欠泉の如き怒りがふつふつと沸いて来た…

咲「お頭、どうしたんですか?」キョトン

白望「なんでもない…ありがとう」

咲「いえ…恐れ入ります」にこっ

白望(さて、いろいろ準備するか…)

塞「殿様、お夜食作ってきたわよ」

塞が夜食を持って来た、それを食べながらまた思案に耽る、明晩に勤めをするのであれば早めに天衣屋に潜伏しなければならない、そして久と恭子をどう説得するかも、今だ妙案が浮かんでこない…

白望(う~む…どうしたものか…)


翌朝、白望は早速同心、与力一同を集め赤坂一味を愛宕屋にて一網打尽にすると告げた。なお、白望は天衣屋周辺、うざと文堂には愛宕屋周辺を見張らせることにした。

華菜「にゃ~、こんな日には鰻めしでも食べたいし!」

文堂「えぇ!?まだ鰻の時期には早すぎますよ…」

「蕎麦~蕎麦は要らんか?ほっちっち~」

華菜「お!蕎麦じゃないか?食べてくし」

文堂「えぇ!?こんなところで油なんか売ってたら、またお頭に怒られますよ」

華菜「いいから、いいから~カナちゃんを信じて~」

文堂「はぁ~しょうがない人だなぁ…」

「あいよ!蕎麦二杯ね…」

そうすると蕎麦屋は、鈴を二回ほどちりんちりんと鳴らした、池田と文堂はこれをさして気にも留めなかったが、愛宕屋の二階に居た郁乃はこれを聞き…

赤坂「ほう、だる平の手下がどうやらここら辺を嗅ぎ回っとるようやな…おそらくはここの場所も…」

末原「どうします?一旦、取りやめにしますか?」

赤坂「いや、一年間、入念に計画を立ててきた勤めや、今更取りやめには出来へん…」

赤坂「やけど、ちょっとばかしだる平の顔を明かしたろ、イヒヒ」

郁乃は不気味に嗤うと、手下共を集めここから離れるよう命令した。池田達同心が蕎麦に気を取られている間に、裏口より出て行き、町はずれの川の中流にある、古寺へごっそり逃げ込んでしまったのだ。

赤坂「イヒヒ、それみんな逃げるで~」どひゅ~ん

末原「………」

その様子を店の影からじっと見つめる女性が一人…

美穂子(あれは!?白望さんが言っていた盗賊…もしかしたら久もあの中に…)

彼女は無謀にも盗賊の跡をついていってしまったのだ…

華菜「うまし!うまし!」ずずー

文堂「こんなことしてていいんですか?」あせあせ

「まだまだありますからね、どんどん食べて行きなさい」にやり

文堂「そ、それじゃあ私も一杯…」えへへ

自分達が見張っている愛宕屋は、もはやもぬけの殻だということとはつゆ知らず、池田達は暢気に蕎麦をすすっていたのであった…

赤坂一味が愛宕屋を移動したのを白望が知ったのは深夜を回り、意を決して愛宕屋へ押し込んだ時であった。

白望「火付盗賊改方長谷川白望だ…大人しく、縛につけ…」

まこ「ありゃ?誰もおらんぞ」

白望「そんな、うざ達に見張りをさせてたはず…」

華菜「に、にゃはは…」

白望「………」ぶわっ

この時、白望は悔しさのあまり三六五日間、絶えず憂鬱そうな表情を浮かべていた顔をぴたりとも動かさず、只々称名滝の如き涙を流したという。

白望「だるい…」

まこ「おんし!何やっとるんじゃ!」ぼこ

池田「いて!」

池田「にや!その代わり怪しげな蕎麦屋の主人の身柄は押さえてあります!」

シロ「そいつをここまで連れて来て…」

池田と文堂は、慌ててその怪しい蕎麦屋とやらを連れ来た。その人物とは多少の変装はしているものの、確かに誑師無宿のお久であった。

久「………」

白望「久…久しぶり…」

華菜「ぷぷし!お頭、それ洒落ですか?」

白望「うるさい…」ごちん☆

華菜「うぎゃー!!」

一旦は役宅へと戻る、兎にも角にも奴らがどこへ逃げたか探さなければならない。白望は、同心、与力達に周囲の聞き込みを頼む、何か奴らの痕跡がまだ残っているかもしれない。

牢屋敷では久への尋問が行われていた…

純代「おりゃ!!赤坂のアジトは何処だ?吐け!!」バシン!!

久「…!?」バチン!!

同心である深堀純代が手に持った竹刀で、久の体を思いっきり叩き付ける。久はその竹刀の一振りに体中を引き裂かれるような熾烈な痛みを覚えた。

久「くぅ…」

純代「はぁはぁ…コイツなかなかしぶといな…」

華菜「にゃ…あのスーミンの竹刀を喰らってもなお口を割らないなんて…」

久「ふふ…誰がアンタ達に…」

純代「くぅ!コイツ生意気な!!」バシン!!

久への尋問を始めてから、半刻ほど経って、白望が牢へとやって来た…

白望「久、居る…?」

久「………」

華菜「お頭!コイツなかなか口を割りませんよ!」

白望「後は私がやる…うざ達は聞き込みしてきて…」

純代「は!」

華菜「わかったし!」

うざ達は牢を後にする、他に入っている罪人もいないので、ここには久と白望の二人だけしかいない。

久「どうしたの?私を拷問するんでしょ…」

白望「これ…愛宕屋の裏に落ちてた…」

久「!?」

百合の華の簪、昔久が美穂子に送った物である。少しの汚れも無く綺麗なものであり、よほど大事にされていたことが伺い知れる。

白望「美穂子、昨日の夜から帰ってないらしい…」

久「へ、へぇ…それで?」

白望「おそらく、赤坂一味の跡をついていったと思う…協力してほしい私の密偵として…」

久「私には関係ないわ…」

白望「そう…」

郁乃が根城としている古寺は、亜久里町はずれの川の向こう岸にある。古寺の中には、郁乃の手下数十名が酒やら手慰みをやっていた。

奥の方では、郁乃が何やら少女を抱え込んでいる…

赤坂「イヒヒ…ええもん見つけたな…」

美穂子「んー!んー!」

末原「………」

美穂子は追跡の途中、郁乃の手下に見つかってしまい、ここに縛られていた。

赤坂「ヒヒ、恭子が全然相手してくれへんし、しゃーないからこの娘で我慢しよ~」

美穂子「んー!!」

赤坂「なんや、右目を閉じとるな~ほれ!開けてみ~」

美穂子(嫌!やめて!)

赤坂「ん?何や、右目と左目で色が違うな~もしかして片目病気なんか?」

末原「!?」

末原(もしかして、久の言ってた女ってコイツのことか…)

美穂子「んー!!!」

赤坂「イヒヒ、大丈夫や、いくのんがすぐ気持ちようさせたるからな…」

末原「ま、待って!」

その時、表の戸を思いっきり蹴飛ばす音が聞こえる。

白望「火付盗賊改方小瀬川白望だ!大人しく縛につけ!」

照「縛につけ!」

小蒔「つけー!」

白望が啖呵切って潜入する、それに続いて他の同心達も古寺の中へと押し込んで来た。

華菜「やい!お前らの悪事もここまでだし!」

文堂「歯向かうものは手討ちにいたす!」

赤坂「ぐぬぬ…だる平め…」

郁乃の手下が池田達、同心に襲いかかる、しかし所詮は烏合の衆、次々と返り討ちにあっては同心によって捕らえられていく。

赤坂「どうしてここが…」

久「美穂子!」

美穂子「久!」

末原「久…お前、裏切ったんやな…」

白望「久しぶりだね…芽下原の恭子…あの日、私を闇討ちしたのはアンタだよね…」

末原「そうや…」

恭子は刀を取り出す、白望もこれに対し刀を構えじりじりと躙り寄る。暗い堂の中とはいえ、やはり白望の剣さばきは巧みであった、一瞬で恭子の虚を突き、刀を落とさせて完全に無防備にさせた。

末原「くっ…強い…」

白望「………」

赤坂「ひぃぃ、ウチだけでも逃げ…」

華菜「そうはいかないな…」

混乱に乗じて逃げようとする郁乃を池田は見逃さなかった、郁乃の持っていた得物を刀で振り払うと、すぐさま捕縛してみせた。

赤坂「い、イヒヒ…これでおしまいや…」がくっ…

白望達は見事、赤坂一味を古寺で一網打尽にしてのけたのであった。古寺からは、縄にかかった盗賊共が同心達と共にぞろぞろと列をなして出ていった。

あれから一夜明けた、お白州にて白望と久がこれからの事について会話をかわす。

久「ねぇ…恭子の事は…」

白望「わからない…恭子次第…」

久「………」

白望「それと医者が犀の角煎じて飲ませてくれたおかげで、一美さんの病気はすっかり良くなりそう…」

久「そう…よかったわ…」

白望「これからどうすんの?」

久「暫く美穂子のところで世話になるわ…」

久はそう言い終えると、役宅を後にした…
白望も仕事を終え、久々に邸宅へと帰ることにしたのだ。

白望(久と美穂子、上手くやれるといいな…)

今度こそは…と言ったところだろう…

白望「近いうちに顔を出すか…」

木紗川の幅は二十間ほどで、これに橋をかけて一ツ目橋、二ツ目橋、その次の三ツ目橋を渡った所にあるのが小瀬川白望の邸宅であった。

舞い散る桜の花びらが、はらりと川を流れる、小瀬川白望はそれに反するようして自身の邸宅へと足を運んでいくのであった。

カン!

一旦ここまでです

前のは名前の間違いが多いので修正させてもらいました

乙です

『蟹頭の洋榎』

亜久里町にある役宅の地下には白望にとって特別な罪人を入れる粗末な牢がある。広さは二三畳ほどを仕切りで区切ってあるだけなのでかなり狭く、本当に簡素なものであった。

白望「おはよ…」

白望が朝一番にここへ顔を出すのには理由があった、この間の赤坂一味の仲間の一人がここに幽閉されているのである。

末原「なんや…何の用や、家賃の催促か?」

白望「いや…聞きたい事があるんだけど…」

どうやら、白望に対して良い感情は持っていないようである。

末原「ウチに言ったって無駄やで、ウチはお前なんかに何も答える気なんてさらさらあらへん」

白望「態度によっては、少しは優遇できる…」

末原「ふん!知るかボケ!さっさと島流しにでも獄門首にでもしたらどうや!」

白望(これは面倒だな…)

白望「蟹頭の洋榎って知ってる?」

末原「!?」

蟹頭の洋榎の名を出すと、恭子は明らかに反応した…

末原「し、知らんな…」

白望(もう一押しかな…)

白望「奴らは最近巷を騒がせる凶賊、見境無く盗む、女は犯す、昨日はとうとう怪我人まで出た…」

末原「ちゃう!!蟹頭の洋榎はそんな奴らやない!!」

恭子が声を荒げる、どうやら恭子と今回の盗賊とは関わりがあると見た白望の読み、

白望(当たったみたい…しかも結構親密みたいだし…)

末原「ちゃう…そんなこと出来る人やない…」

白望「ほぅ…じゃあ、今回の盗賊は…」

末原「そうや!偽物や!そうに決まっとる!」

恭子の蟹頭一味への擁護のほど、尋常ではなかった。話を聞くと、恭子はその昔、洋榎の親であり初代蟹頭の頭、雅枝の元で盗みをおこなっていたらしい…

末原「ウチに盗賊としての心得を教えてくれたんわ、蟹頭の雅枝の御陰や…もしあの人がおらんかったら、ウチは血も涙も無い外道に成り下がってたわ…」

白望「………」

白望「なぁ…その蟹頭一味の真意、知りたくない…?」

末原「どういう事や?」
     いぬ
白望「私の密偵となって、奴らの居場所を探ってほしい…」

末原「お断りや…」

白望「どうしても…?」

末原「ふん!洋榎の頭がそんなことするはずないんわ、わかっとる…誰が密偵なんかに…」

白望(これはなかなか手強そう…)

白望はこれ以上話しても何も進展が無いだろうと考え、地下牢を後にした。頑になった恭子の心を溶かすのは、まだまだ時間が要るだろう…

事件は、その日の夜深くにおきた…

まこ「お頭!大変じゃ!蟹頭の洋榎が現れたらしいのじゃ!」

優希「だじぇ!」

筆頭同心の染谷まこと同心の片岡優希である…

白望「すぐ向かう…」

華菜「にゃ!お供します!」

場所は、亜久里町から二三里離れた大和田町、そこの商家である『薄墨屋』に蟹頭の洋榎が忍び込んだらしいとの知らせを受けた。盗られたのは、わずか四十両、しかもそのお金も全額、蟹頭一味が犯行現場に必ず残すとされる、蟹頭の札と共に商家の真ん前に置かれていたのだ。

華菜「この鶏の唐揚げ料理を描いた札は、間違いなく蟹頭一味のものですよ!」

白望「う~む…おかしいな…今回は随分、やり口が鮮やかだ…」

商家の家族から、女中、奉公人に尋ねども、みな奴らに手荒な真似をされたものは独りも居ない…

白望(もしかしたら、これが恭子の言ってた、本物の蟹頭の洋榎…)

この後、周囲へ聞き込みなど、捜査に当たったが奴らの痕跡さえ掴めず、日も暮れるばかりであった…

白望「暗くなって来たな…」

華菜「にゃ…どこか鰻めしでも食べにいきましょうよ…」

白望「お腹も減ったし、そうするか…」

華菜「やった」

がさがさ…

白望「!?」

するとその時、確かに暗闇の奥より人の気配がするのを白望は見逃さなかった…

白望「何奴…」シャキン

華菜「あわわ…か、カナちゃんが相手します…」ぶるぶる

白望「うざは下がってて、どうやら相手の狙いは私みたいだし…」

「お前がだる平だな…」

暗闇より徐々に輪郭を露にした影は、どうやら浪人のようで、顔の方は管笠を深く被り解らなかった。

白望「だるいけどやる気?」

「ふふ…なかなかのやり手のようだな」

濃厚な匂いがする、おそらく浪人から臭ってくるのだが…

白望(なんの匂いだろう…)

「しかし…今日は分が悪い…」

そう言うと、浪人はすぐさま闇の中へと消えていった…

華菜「にゃ!?ま、待て!」

白望「追うな…」

華菜「は、はい…」

白望「一体なんだったんだ…」

役宅へ帰ると、早速うざの自慢話が始まった…

華菜「いやぁ~こうカナちゃんが言ってやった訳だし『この風越流一刀目録の池田華菜が相手だし…』って」

小蒔「わくわく」

華菜「そしたら、その浪人はカナちゃんのオーラにビビって逃げたって訳だし!」

小蒔「うわぁ…すごいです!」

白望「………」

照「くんくん…美味しそうな匂い…」

白望「どうやら、さっきの浪人の匂いがこっちにまで移っちゃったみたい…」

華菜「うわぁ!なんだし!」

照「くんくん…これは、魚介豚骨系の濃厚な香り…」

白望「この匂いが何だか解るの?」

照「うん…これは最近流行ってる支那蕎麦屋さんの匂い…」

白望(支那蕎麦…おそらく奴はその支那蕎麦屋と関わりがある…)

一方、ここは町外れの一軒の支那蕎麦屋、らあめん三郎…

ダヴァン「へい!お客さんらあめんデスカ?」

智葉「いや…私だメグ…」

ダヴァン「なんだ、サトハじゃアリマセンカ!敵は見つかりましたか?」

智葉「いや…今日もさっぱりだったよ…」

一人の浪人が店に入って来た、名を辻垣内智葉、幼い頃より父の敵を探して旅に出るうちに、路銀が底を尽きだいぶ前よりここで居候になっている…

ダヴァン「そうデスカ…」

智葉「ふふ…父の敵といっても私は奴の顔も知らない…見つかるわけないさ…」

智葉が自称気味に嗤う…

智葉「私の父は、私の生まれる少し前、奴に突然斬り殺された…」

智葉「奴は血も涙も無い外道としてそこいらでは有名だった、私の父を殺すと持っていた財布を抜き取りどこかへ去っていったからな…」

ダヴァン「酷い奴デスネ」

智葉「故郷をでてはや十年…もうどこかでくたばってるかもな…」

ダヴァン「………」

智葉「宮永照…父の敵…私の倒すべき敵…」

しかし、事件は智葉が生まれる前の事、顔も形も知らない相手をどうやって倒すか、ただ母より聞かされたのは、宮永照という名前と角のような個性的な髪型のことだけ…

智葉「ふふ…こんな生活にも疲れて来たからな…少しお金を作ってのんびりしたいと思う…」

ダヴァン「すると…この間の話、受けたのデスカ?」

智葉「あぁ…蟹頭の一味の奴から頼まれただる平暗殺、引き受けたよ…」

何を隠そう、智葉こそが先ほどだる平達を襲った浪人である…

ダヴァン「して…だる平暗殺、成功したのデスカ?」

智葉「いや…駄目だった…まるで隙がない…」

そう言うと、智葉はダヴァンが出した支那蕎麦をすする、今まで金に困った事はあったが、金を貰い人を殺すのは初めての事である…

智葉「慣れないこと故な…」

必要以上に慎重にならざるおえない…

智葉は魚介豚骨系のスープと麺を、一雫も残さず平らげると、店の二階へ上がりぐうぐうと寝てしまった…

またも白望は地下牢へ向かう、今日は心を開いてくれる、そんな期待をして恭子の顔を牢格子越に見ると…

末原「なんや…だから言ったやろ?あの蟹頭は偽者やって…」

やはり、白望に対する感情はあまり良くないようだ。

白望「それと、暗がりに乗じて私を襲った刺客…」

末原「あぁ…赤坂がウチに頼んでやったみたいに、蟹頭を名乗るアホウがそこらの浪人に金掴ませてやったんかもな…」

白望「うん…」

しかし、昨日とは少しだけ白望に対する感情も柔らかいように感じる。

白望「ねぇ…蟹頭の汚名を晴らす気はない?」

末原「密偵になれてか…」

白望「うん…一美さんとも逢いたいんじゃない?」

末原「考えさせてくれ…」

そう言うと恭子は、白望から顔を背け、寝たふりをする、

白望(今日は良い感触だな…)

あともう一息と言ったところだろう…他にも蟹頭の雅枝の仲間であった咲や、薄荷屋に世話になっている久にも声をかけに行こうと、白望は考えた。

美穂子「久!白望様が呼んでますよ!」

久「むにゃむにゃ…なによ…うるさいわね…」

美穂子「もう…だらだらしてばっかりいて…」

華菜「にゃ!任せてください!ここはこのカナちゃんが…」

突如、池田が爪を立てると久の顔を思いっきり引っ掻いた、これにはさすがの久も溜まらず、

久「うぎゃー!!!」

昼過ぎだというのに、大きな悲鳴を上げた。

白望「グッドモーニング…久…」

久「ひぃぃ…あ、あら白望じゃない?どうしたの?」

華菜「ふふん!やっと起きたようだな!」

白望「頼みたい事がある…蟹頭の一味の居場所を探ってほしい…」

久「ふ~ん、蟹頭ねぇ…」

美穂子「最近、巷を騒がせてる凶賊ね…」

華菜「大丈夫ですよ!美穂子さん!このカナちゃんの猫耳がつややかなうちは、凶賊なんかに指一本触れさせやしません!」

美穂子「ふふ、頼もしいわね♪」

華菜「うにゃ//」ぷしゅ~

白望「まぁ、うざは良いとして…」

久「わかったわ…私も調べてみるから…それよりお腹が減って…」

久が大きな欠伸をすると、その口目掛けてあの焦げ茶色の物体が放り込まれた。

エイスリン「ヒサ!コレデモクエ!」

久「うわっぷ!もごもご…」

美穂子「あらあら♪」

久「ごほ!ごほ!苦しい…息が…」

華菜「ししし♪」

白望「だるいな…」

何やら、久は口を塞がれ大変なことになっているが、とりあえずは池田に周辺の聞き込みを頼み、自身は薄荷屋をあとにした…

様々な場所を訪ね歩いたが、何一つ良い情報は見つからず、仕方なく咲との待ち合わせの一膳料理屋で暇を潰すことにした…

白望「お腹すいた…」

「あいよ…お侍さん、ちょっと待ってて…すぐ料理出来るから…」

「あわわ、小芋のなますですね…」

すぐさま、白望の前に熱燗と料理の乗った小皿が出された。

白望「これ何?」

「小芋を茹でたものの上に、鯉やスズキなどのなますを和えて、刻み生姜を添えたもの…」

白望「もぐもぐ…なかなかオツな味…」

「気に入ったなら何より…」

白望「これは、奉行所のイビルジョー二頭への土産にする…」

「本当ですか!やった!」

白望「?」

「こ、こっちの話…気にしないで…」

するとそこへ、独りの浪人が入って来た…

智葉「邪魔するぞ…」

「へい…らっしゃい…」

智葉(!?目の前に居るのはだる平…)

白望「もぐもぐ…旨い…」

智葉(ふふ…飛んで火にいる夏の虫とは、まさにこのことだな…)

実は数時間前、智葉は蟹頭の手下より呼び出されていたのだ…

男「何時になったらだる平を殺れるんだ?」

智葉「奴は少々、手強い…たかだか五十両では割に合わん…」

男「ちっ…いくら欲しいんだ?」

智葉「二百両…相手は大物なんだ、それくらいほしい…」

男「二百両!?」

智葉「嫌ならいいんだぞ…」

男「わ、わかった…頭に駆け寄ってみる…だからさっさと始末を…」

智葉「あぁ…解ってる…今度こそ仕留める気だ…」

男「絶対だぞ!だる平を仕留め終わったら、俺たちが盗人宿にしている『船久保屋』へ来い!」

智葉「解った…」

依頼料は締めて二百両、相手はあのだる平とは云え、破格の料金である。あるいは、それほどまでにこのだる平…

智葉(手強いというのか…)

白望「旨い…幸せ…」

智葉は、小刀を忍ばせゆっくりと白望に近づく、普段は全く隙を見せない白望であったが、この時ばかりはつい、気を緩ませてしまっている…

智葉(だる平!死ね!)

智葉が白望に向けて、小刀を振り下ろそうとしたその一瞬、店主は持っていたお玉を智葉の額に目掛けて振り投げた。

「てるてるストライク!!」

智葉「うぎゃ!!」

白望「!?」

お玉が見事額に命中し、そのまま倒れてしまった…

咲「お邪魔しま…うわぁ!な、何ですか!?」

白望と約束をしていた咲が、ちょうど店に現れた。目の前にお玉を当てられ気絶した浪人が居るのだ、咲は情報が理解出来ずにおろおろしていた…

白望「コイツ…この間の浪人…」

咲「あわわ…な、何ですか?一体?」

照「咲、落ち着いて…敵を返り討ちにしただけ…」

小蒔「店を借りて、待ち伏せしたかいがありましたね」

白望「ドユコト?」

宮永照はこれまでの経緯を説明し始めた…

どうやら、風の噂で自分のことを狙う浪人の話を聞きつけたらしい、それならばと、やられる前に返り討ちにする為、料理屋を借り、その浪人が店に来るのを待っていたらしい…

照「ここは借り物…元は空き家で、安く借りられた…」

小蒔「頑張って、お料理しました!」

白望「………」

咲「あわわ…お姉ちゃんの事を付けねらっていたって、お姉ちゃん何かしたの?」

智葉「それはな、宮永照こそ、私の父の敵だからだ!」

浪人は急に起き上がる、しかし周りに白望と照とに囲まれたこの状況、手出しは出来ないだろう…

照「敵?知らない?」

智葉「とぼけたって無駄だぞ!宮永照!」

照「何か勘違いしてる…」

白望「そういえば…」

この浪人、敵を討ちに来たのではなく、白望の命を狙っていたのである…

白望「君、私の事を狙っていた…」

智葉「あぁ、そうさ!私は金を貰って貴様を始末するよう頼まれていたんだ!」

白望「ねぇ…誰に頼まれたの?」

智葉「ふん!まぁ今となってはどうでもいいか…蟹頭の一味とか言った奴らだ…」

白望(やっぱり…)

咲「蟹頭!?そんな…蟹頭の一味が人殺しをするなんて…」

無理もない、咲は数年前まで白望によって捕らえられた蟹頭の雅枝の元で、助け働きをしていたのだから…

咲(うぅ…信じられないよ…)

白望(しかし、恭子の話が本当ならそいつらは蟹頭を名乗る偽物…)

智葉「船久保屋を盗人宿にしているとも言ってたぞ…」

白望「!?それは本当?」

智葉「知らん!私は奴の手先からそう聞いただけだからな…」

白望(しめた…思わぬところで蟹頭の居所が解ったぞ…)

思わぬ収穫である…

白望はすぐに浪人を連れて、役宅へ戻ろうとした、その時…

ネリー「お邪魔するよ…」

照「生憎、今日は店じまい…」

ネリー「ふふん♪なんでもいいよ♪」

女は、手に持った煙幕で視界を遮った隙に、智葉の縄をほどいてしまった。

智葉「よし!よくやったぞネリー…」

ネリー「今のうちに逃げるよ」

白望「ごほ…ごほ…しまっ…」

智葉「宮永照!覚えていろよ!」どひゅ~ん

浪人と女は、店から一目散に逃げ出し、すぐに行方を眩ましてしまった…

照「ごほ…ごほ…」

小蒔「あわわ…逃げられました…」

咲「お姉ちゃん大丈夫!?」

照「うぅ…大丈夫…それよりも…」

咲「?」

照「お腹すいた…」

もう夜もだいぶ深けて来た…

白望「今日はここで夕餉にしようか…」

小蒔「やった」

白望「今度は私が料理する…咲ちゃんも食べていって…」

咲「え?いいんですか…それじゃあごちそうになります」

照「わくわく」

白望は腕まくりして厨房へと入っていった…


今日は一旦ここまでです

乙です

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