千早「桜花」 (33)
春。
麗らかな日差しを浴びて、草木が芽吹く季節。
事務所近くの公園でも桜の花が綺麗に咲き誇っています。
千早「綺麗ね」
美希「でも、人がいっぱいなの……」
私達はお花見をしに来ているのですけれど、休日ということもあって花見客でごった返しています。
千早「流石にお花見どころじゃないわね……」
美希「折角おにぎり持ってきたのに……」
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今日はお互いオフなのでお弁当を持ち寄ってお花見をしようという話だったのですがこのままだと折角のお弁当が無駄になってしまいます。
どうしましょう……。
事務所の目と鼻の先にある公園は適度に広く、座れると場所くらいあるだろうと楽観視していたのが仇となりました。
何とか座れる所を探しましたが結局、どこにもスペースはありません。
公園で二人、途方に暮れているとある事に気づきました。
千早「美希、私うっかりしていたわ。お花見するのにうってつけの場所がある事にどうして気付かなかったのかしら……」
美希「え?」
千早「着いて来て、美希」
戸惑う美希の手を引いて公園を出ます。
通りを挟んで反対側へ渡るとすぐに一つの建物の中に入りました。
コンクリートの階段を上りきり、軋んだ音を立てる鉄扉を押し開けます。
薄暗いビル内に春の日差しが差し込んで一瞬目がくらみました。
扉の先には何の変哲もないただの屋上が広がっています。
隅にはぽつんとベンチが一つ置いてあるだけ。
私には見慣れた風景。
ここは、事務所の屋上です。
千早「見て、美希。やっぱりここからなら綺麗に桜が見えるわよ」
屋上の柵に近寄り、背後の美希に声をかけます。
美希「うん、ビルに入った時点で気づいてたよ」
千早「あら、そうなの?」
美希「ミキ的には最初からここに来るのかなーって思ってたから
千早さんが公園に行こうって言い出した時はビックリしたの」
そんなに私はここにいるイメージがあるのかしら?
千早「近くで見た方がもっと綺麗だと思ったから……」
美希「あは☆何だか千早さん変わったね」
千早「え?」
美希「前の千早さんも好きだけど、ミキ的には今の千早さんの方がもっと好きだって思うな」
千早「えっと……」
美希「さ、お花見始めよ?ミキお腹ぺこぺこなの」
困惑している私をよそに美希はお花見の準備を進めています。
私が普段使っている四色のレジャーシートを敷いて、鞄から重箱を取り出しました。
結構な大きさです。
美希「今日の為にミキ頑張って早起きしたの」
嬉しそうに言う美希の表情はキラキラと輝いています。
楽しそうに重箱の蓋を開けると、おにぎりが敷き詰められていました。
千早「……これだけ?」
美希「なの」
千早「おかずは?」
美希「中に入ってるよ?」
さも当然と言わんばかりに首をかしげています。
千早「……まぁ、何でもいいのだけれど」
不思議そうな美希を尻目にいつもより大きめの鞄から、いつもより大きいお弁当箱を取り出して蓋を開ける。
唐揚げ、卵焼き、タコさんウィンナー、お野菜に煮物が詰まっています。
作っていて、母がいつか作ってくれたお弁当を思い出して懐かしくなったりもしました。
確か、我那覇さんと食べた時。
やっぱり私はこういうお弁当が好きなのでしょう。
自分で作っておきながら、ワクワクと高揚した気分なのがわかります。
普段使いのランチボックスにおにぎりを詰めて持って来たのだけれど、まさか美希がおにぎりしか持ってこないとは思わなかったわね……。
美希「あ、千早さんもおにぎり作ってきたんだ!」
千早「えぇ。作ってくるとは思っていたけれどまさか美希がおにぎりだけとは流石に思わなかったわ」
美希「おにぎりだけじゃないよ?」
千早「え?」
良かった、ちゃんと他の物も持って来てくれていました。
鞄を漁り小さな箱を取り出した美希。
……嫌な予感がします。
縁をテープで止められた白い箱を開けると、プラスチックのカップに入ったピンク色の食べ物が入っていました。
千早「……一応聞くけれど、これは?」
美希「いちごババロアなの!」
やっぱりそうだったのね……。
ケーキ屋さんの箱を取り出した時点でうっすらと予想は着いていたのだけれど。
美希「これね、美希の大好きなお店のババロアなんだ~。あんまり人に教えたくないんだけど、千早さんは特別なの」
……そんな風に言われたらもう何も言えないじゃない。
そう思われて悪い気はしないのだけれど、少し気恥ずかしいわね。
千早「ありがとう」
美希「? どういたしまして?」
自分が何故礼を言われたのか分かっていない様子の美希。
千早「それはデザートに食べましょう」
美希「うん!」
レジャーシートの上に広げられたお弁当箱の横に、白い厚紙で出来た箱が置かれます。
千早「さぁ食べましょうか」
美希「あは☆どれも美味しそうなの!」
お互いに両手を合わせて。
二人「いただきます」
美希はまず自分の持ってきたおにぎりに手を伸ばしました。
やっぱり中身は分かっているのかしら?
千早「ねぇ、美希」
美希「なぁに?」
千早「やっぱりおにぎりの中身はわかるのかしら?」
美希「当然なの!」
やっぱりそうなのね。
美希「自分で作ったんだもん、中身くらい勿論分かってるの!」
千早「え、美希が作ったの?」
美希「そうだよ?」
少し意外でした。
でも、自分の好きな事はとことん突き詰めていく美希だから、このくらいは出来て当然なんでしょうね。
嬉しそうに重箱の中のおにぎりを指差していく美希。
美希「えと、こっちがシャケでこっちが梅。これがゆかりご飯で、この銀紙のが味噌おにぎりだよ」
千早「あら、作れるのね」
私がそう言うと得意げな顔で美希は胸を張りました。
…………くっ。
美希「春香に作り方教わったんだよ。千早さんに食べさせてあげたいって言ったら
喜んで教えてくれたの!」
春香ったら……。
いつだったか美希に味噌おにぎりをあげた事を思い出します。
あの時はこんなおにぎりがあったなんてって驚いていたわね。
美希「千早さんはどれ食べる?」
千早「味噌おにぎりをいただこうかしら」
美希「わかったの!」
嬉しそうに、銀紙に包まれたおにぎりをつまみあげて渡してくれました。
あの時とは逆ね。
美希「千早さんどうぞなの」
千早「ありがとう、美希」
かさかさと音を立てて包みを開きおにぎりを一齧り。
適度に固められたご飯に塗られたお味噌の風味が口いっぱいに広がります。
千早「うん、おいしい」
美希「ホント?」
千早「えぇ、本当よ」
美希が握ってくれたおにぎりは硬過ぎず柔らか過ぎず、コンビニなどで売っているようなおにぎりとは違い、冷めてしまってもそこに、確かに温もりを感じられます。
言ってしまえば炊いたお米をただ握り固めている、それだけなのに。
でも、きっとお米や具だけでなく、そこにはきっと想いも込められている。
私は、そう思いたいです。
美希「千早さんのおにぎりももらっていい?」
千早「えぇ、どうぞ。おかずもね」
美希「えへへ。ミキね、千早さんの作ってくるお弁当好きなんだ~」
千早「え?」
ありがたい事に、最近では皆美味しいって言ってくれる事が増えたんですけれど、これを好きだと言ってもらったのは初めてです。
何だか照れますね……。
美希「千早さんのお弁当はとっても温かいの」
温かい?
大体冷めてしまっていると思うのだけど……。
美希「なんかね。ふわ~って胸が温かくなるんだ」
感覚的というかなんと言うか、美希らしくはあるのだけれど。
美希「ミキ的には、千早さんが優しいから。
それがお弁当にも込められてるんだって思うな」
千早「……よく分からないわね。でも、ありがとう、美希」
美希「どういたしましてなの」
言いながら私の作ってきたおにぎりをほおばる美希。
本当に美味しそうに食べていて、その様子を見ているだけで自然と頬が綻んでしまいます。
美希「千早さん?ミキの顔に何かついてる?」
千早「え?いえ、美味しそうに食べてもらえてるから嬉しくて」
美希「うん、美味しいよ。塩加減が最高なの!」
ふと思い立ち、幸せそうにしている美希を写真に収めようとカメラを向けます。
シャッターを切ると小さく電子音が鳴り、液晶画面におにぎりを食べる美希が映し出されました。
美希「へ?」
千早「ふふっ、あんまり美味しそうに食べているから撮ってしまったわ」
美希「ち、千早さんがデジカメを使ってるの……!」
そんなに驚くような事かしら……?
美希「MP3プレーヤーも満足に使えなかった千早さんが……!?」
とりあえず褒められていないという事だけはわかりました。
美希「どうしちゃったの、千早さん?」
千早「どうもしないわよ。ただ、色んな物を形に残せたらそれはきっと
歌の幅を広げるんじゃないかって思ったのよ」
以前の私は歌以外の物に余りにも無頓着過ぎました、だからこそ今まで目を逸らしてきた物をこうして形していきたい。
そう思ったんです。
美希「ふ~ん、そっか……」
思案気な表情を浮かべる美希。
美希「もしかして最初から屋上じゃなくて公園に行ったのも?」
千早「えぇ、桜を写真に収めたかったの」
私が言うと美希は満面の笑みを浮かべました。
美希「千早さん、綺麗に撮ってくれた?」
千早「どうかしら?人物を撮ったのは初めてだから……」
美希「そうなの?」
千早「えぇ、普段は風景を撮っているから」
美希「そっか」
何かを納得したのか、笑顔のまま美希はお弁当を食べ始めました。
私もそれに倣います。
美希の作ってきたおにぎりに手を伸ばし、口に運ぶと小さく切ったシャケの切り身が入っていました。
おしゃべりしながら食事をして、柵の向こうには綺麗な桜が立ち並んでいて。
春の陽気と相まって穏やかな時間が流れます。
美希「ねぇ千早さん」
そろそろ食べ終わるという頃でした。
千早「何かしら?」
美希「食べ終わったら公園行こう?」
千早「え?」
突然そんな提案をしてきました。
美希「だって、折角のお花見なのに全然桜を見られてないの」
そういえば、ほとんどお弁当と美希の顔しか見ていないわね……。
桜は時折視界に入るくらいで。
美希「だから、この後二人で公園で桜を見に行こう?」
千早「……いいの?」
美希「そこは『ありがとう』って言うべきだって思うな」
千早「美希……。ふふっ、ありがとう」
食べ終えて少しだけ食後の余韻に浸り、片付けをした後で公園へ足を運びます。
時間が経ったせいか、先程よりも花見客の姿が減っていました。
通りに面した桜並木を美希と二人で歩きます。
ふわりと風が吹くたびに舞う桜の花びら。
その様子をカメラに収めていきます。
並木を抜けるとベンチが置いてあるのを見つけたので座ることにしました。
屋上では食べなかったいちごババロアを食べながら桜を見ています。
千早「本当に綺麗……。来てよかったわ、美希のお陰ね」
数分桜を眺めてからお礼を言おうと隣に視線を送ると、美希は眠っていました。
きっとお腹がいっぱいになって眠くなったのね。
ふわふわで柔らかい金髪を撫でてあげると笑みを浮かべていました。
そんな美希をこっそり撮影します。
液晶画面に美希の寝顔が映し出されました。
これは私だけの秘密にしておきましょう。
見上げれば満開の桜と青い空、隣には家族とも言える仲間。
心が洗われるような緩やかな時間がなんとも心地よくて、満腹感と春の陽気も手伝い私にも眠気が襲ってきました。
こんな所で寝るのもどうかと思いましたが、それもいいのかもしれません。
隣の美希に倣って目を閉じます。
心地よさに誘われるまま微睡みに沈んでいきました。
千早「おやすみなさい」
おわり
おつおつ
終わりです。
桜もほとんど散ってしまいましたがお花見の話です。
以前書いた
千早「心交」
千早「梅花」
の続きを意識して書いてみました。
いかがだったでしょうか。
ほんの少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。
乙です
特攻かと思った自分は一体
おつ
>>30
俺も…
乙でした
不届や心交のひとだったのか
>>1の文章は柔らかくて心が温かくなってすごく好き
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