女「かなり降ってるみたいね」(38)
男「ええ、まったくの雪です」
女「ほら、肩にも積もってる」
男「あっ、すみません」
女「途中、足元は大丈夫だったかい?」
男「はい、おかげさまで」
女「ちぇ」
男「ご不満ですか」
女「うん」
男「転んでいたらどうしたんですか?」
女「笑ってやろうとおもってた」
男「む……」
女「ふふ、冗談だよ」
男「おみやげがあります」
女「おっ、うれしいね。なんだい?」
男「来る途中めずらしいものを見かけまして、つい」
女「どれどれ……お、とうふだね」
男「今どき豆腐屋なんて、めずらしいでしょう?」
女「二丁目のあたりだろ?」
男「なんだ、しってましたか」
女「店主は色白の、ちょっとした美人だったはずさ」
男「お知り合いですか?」
女「小学のね。同級さ」
男「はあ」
女「や、しかしいいものを持ってきてくれたね。ありがとう」
男「いえ」
女「ちょうどなにかもう一つほしいと思ってたんだ」
男「そりゃあよかったです」
女「あの子のとこのなら上出来だよ」
男「今日はなんですか?」
女「なんだとおもう?」
男「鍋」
女「ふふ、あたり」
男「この雪ですからね」
女「よし」
男「はい」
女「わたしはこのとうふを切ってくるからさ。先に部屋でぬくもっていてくれ」
男「すみません」
女「こたつは入れてあるからね」
男「はい」
女「すぐいくからね」
男「うあー……」
女「っと、おまたせ」
男「あ、鍋、沸かしておきました」
女「ありがとう……どうしたんだい? ひとりで唸ってさ」
男「いえ、こたつのぬくさを噛みしめてました」
女「ふうん」
男「いいもんですねえ……」
女「わたしとどっちがいいかな?」
男「な」
女「ふふ」
女「さ、飲もう」
男「飲みましょう」
女「かんぱぁい」
男「乾杯です」
女「……」
男「……」
女「……ふう」
男「……いいあんばいですね」
女「ああね」
男「ええ」
女「君、菜箸を取ってくれないか」
男「と、俺がやりましょう」
女「すまないね」
男「なんです? これ」
女「鱈だよ君」
男「こっちは春菊」
女「あとは君のとうふだね」
男「シンプルですね」
女「歳をとるとね、こんなのがいいのさ」
男「同意ですけど、まだそんな歳じゃないでしょうあなた」
女「ふふ」
男「そろそろいいですか」
女「うん。煮えたろう」
男「いただきます」
女「めしあがれ」
男「……と、とと」
女「…うん」
男「……」
女「……」
男「…うまいもんですね」
女「んむ。やはりこうでなくてはね」
男「ま、一献」
女「お、お」
男「……」
女「……」
男「む」
女「ほれ」
男「どうも」
女「ん」
男「……」
女「……」
男「……」
女「春菊ほしいな」
男「はい」
女「ありがとう……と」
男「……はやくないですか?」
女「煮過ぎるよかマシさ」
男「ま、そうですね」
女「……む、うまい」
男「……」
女「……鱈はいいね」
男「はい?」
女「うまいじゃないか」
男「はあ」
女「身が白いのもいい」
男「そうですね」
女「噛むと、味がでるね」
男「酒に合います」
女「うむ」
男「……」
女「……やはりうまい」
男「はい」
女「うーむ……」
男「……」
女「字もいいな」
男「鱈ですか」
女「うん。魚に雪と書く」
男「えーと……ああ、そうですね」
女「今日みたいな日にぴったりだ」
男「雪の日」
女「うん」
男「……」
女「雪じゃなくてもぴったりだ」
男「……よほど鱈、好きなんですね」
女「ふふ、惚れたら一途なのさ」
男「はあ」
女「さ、今度は君がとうふ語りをしようか」
男「なんですかそれ」
女「好きだろ? とうふ」
男「まあ好きですけど……」
女「ささ、どうぞ」
男「えーと、じゃあ豆腐はうまいです」
女「うんうん」
男「やらかいですね」
女「そうだな」
男「あー……白くていいですね」
女「うん、とうふは白い。白いはウサギだ」
男「……」
女「……あふっはふっ」
男「……あの」
女「ん、もうおしまいかい?」
男「楽しそうですね」
女「まあねえ」
男「はあ…」
女「ため息はいけないよ君。まま、こいつで飲み込みなさいな」
男「…いただきます」
女「ふふ」
男「……」
女「さーよなら三角、また来ーて四角」
男「なつかしいですね」
女「四角はとうふ、とうふは白い」
男「……」
女「白いはウサギ、ウサギははねる」
男「……」
女「ウサギははねる」
男「…はねるはカエル」
女「カエルはあーおい」
男「あーおいいは葉っぱ」
女「葉っぱはゆーれる」
男「揺れるはローソク」
女「ん? おばけじゃないか?」
男「おばけですか?」
女「ふーむ」
男「地方差ですかねえ」
女「そうだねえ」
男「……」
女「……」
男「ごちそうさまでした」
女「うん、おそまつさまでした」
男「んー、いい感じに酔いが回ってます」
女「でも、まだ飲むだろ?」
男「ええ」
女「ふふ、今夜は寝かさないよ」
男「いっつもあなたが先に寝るんですよ」
女「ちがいない」
男「……」
女「……お、やんでる」
男「…いつのまに」
女「うーん、積もったねえ」
男「電車が止まらないといいのですが」
女「その時はもう一泊していくんだろ?」
男「そうですねえ」
女「よし。電車がとまりますように…」
男「呪いをかけないでください」
女「ささやかなお祈りくらいいじゃないか」
男「はあ」
ま た お 前 か
男「……あ」
女「空いたね」
男「もう一本いきますか」
女「うん。お燗つけよう」
男「いいですね」
女「ふふ」
男「……」
女「うーん」
男「どんな感じですか?」
女「どんな感じがいい?」
男「ぬる燗と熱燗のまんなかくらいが好きです」
女「上燗だね」
男「そんな名前なんですか」
女「人肌燗、ぬる燗、上燗、熱燗、飛び切り燗というね」
男「へえ」
女「ん、こんなもんだろ」
女「さ、どうぞ」
男「はい」
女「……」
男「あっ、そのくらいで…」
女「まあまあ」
男「……」
女「じゃ、乾杯」
男「乾杯」
女「……くう、いいねえ」
男「ご機嫌ですね」
女「わたしも回ってきたかな」
男「ええ、顔がほんのり赤いです」
女「これは照れてるだけさ」
男「嘘おっしゃい」
女「ふふ」
男「……」
女「……ん」
男「ねむいんですか?」
女「んーん」
男「……」
女「んふふ」
男「……」
女「……」
男「……」
女「……」
男「……」
女「ね」
男「なんですか?」
女「雪が見たいな」
男「どうぞ」
女「そうじゃなくてさ」
男「外は寒いです」
女「酒があるだろ」
男「そこの縁側で我慢しませんか?」
女「ちぇ。ま、いいか」
男「移りますか」
女「連れてってくれよ」
男「このくらい、自分で歩いてください」
女「やなこった」
男「……つかまってください」
女「わあい」
男「縁側の雪、掃きますね」
女「うう、寒いな」
男「だから言ったでしょう」
女「ま、こうしてりゃいいか」
男「……」
女「ぬくいだろ?」
男「ええ」
女「……」
男「……」
女「白いなあ」
男「ええ」
女「……」
男「……」
女「……」
男「静かですね」
女「うん」
男「……」
女「雪は音をけしてしまうというね」
男「ええ」
女「……」
男「……」
女「……」
男「……」
女「……」
男「……」
女「……」
男「……」
女「あ、月」
男「……え?」
女「ほら、あの雑木のうえ。雲のすき間」
男「ああ」
女「下弦だね」
男「もう二月もしまいですか」
女「そうだねえ」
男「……」
女「雪見酒に月見酒かあ」
男「贅沢ですね」
女「雪月花のとき、最も君をおもう」
男「なんですか? それ」
女「白居易」
男「はあ」
女「ま、花はないけどねえ。我慢しようじゃないか」
男「そんなことないです。ちゃんと揃ってますよ」
女「え? どこだい?」
男「……」
女「……」
男「……きれいですねえ」
女「…ちぇ、らしくないこと言いやがって」
男「すみませんね」
女「ふふ、ま、悪い気はしないね」
女「む、ちょっと冷えたな」
男「中に」
女「うん」
男「窓、しめますよ」
女「おおさむ」
男「こたつ潜りましょう」
女「んー……」
男「はい?」
女「あったまるなら、人肌がいいやね」
男「……はいはい」
女「ふふ」
男「……」
女「ん……」
男「……」
女「……」
めでたしめでたし
おちゅ
続きはよ
ひさぶりだな
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