ジャンボ鶴田「オー」観客「オーはいいから早く押さえろ!」 (16)

昭和は良かったなぁ

それザ・ロックのピープルズエルボーの前でも同じこと言えるの?

がんせきおとし

「坂口~そこはバックドロップだろ~ なんでアトミックドロップなんだよ!」

脳天逆落とし

オリャ

拝み渡り

昔はジャーマンは最後の決まり手だった

馬場さーん!やっちゃってくださーい!
何故かヤジが敬語になる

当時の通の小学生「本当に一番強いのはローランボックなんだぜ」

全日の野次は和気あいあいだったな

>>11
馬場がやられても客がみんな笑顔

動け! 馬場

 ジャンボ鶴田

・ミュンヘン五輪7位→捏造。五輪では2戦2敗 2警告失格負け=審判に注意されても前に出ないビビリ負け
・大学一年(1969年)でバスケ全日本入り→虚言。1969年のバスケ全日本メンバーに鶴田の名前はない。
・バスケチームが弱くて五輪に出られないのでレスリングに転向した→捏造。バスケ全日本チームは
1969年のアジア選手権で2位。1971年のアジア地区予選で優勝しミュンヘン五輪に出場している。
・ジャンボ鶴田公式に発表されている鶴田論文のなかでアマレス時代のライバルだった磯貝選手の戦績を
実際には一勝しているにも関わらず全敗と捏造。二戦二敗で失格の自分は「二回戦敗退」とだけ強調し、
さりげなく全敗をぼかす。
・修士論文で、東スポ桜井康雄氏の記事を盗用。
・プロレス引退会見でポートランド州立大学教授就任と発表→詐称。自費による単なる留学。
・中学から6年バスケを続けて全日本入りできず。柔道は選手層が厚いので層の薄いアマレスへ転向
・アマレスの社会人選手権3位入賞は3位決定戦の相手が棄権したタナボタ。
・71年度全日本選手権グレコ優勝は出場者が鶴田一人。なんと一試合もせずに日本一!
・71年度全日本選手権フリー優勝は出場者3人。なぜかレスリング経験のない柔道部員が2名と鶴田だけ。
・国体優勝は出場者が4名。学校の先生2名と自営業のおじさん1名と鶴田。
・174㎝の矢田選手にフォール負け
・181㎝の磯貝選手に一度も勝てず
・世界選手権は4戦4敗。国際試合では全敗!

>>10
「えー、噛み付きブラッシーだろ~」

ニックボックインクル強いのか弱いのかよくわからんw

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