P「クリスマスキャロルに包まれて」 (19)



25日
午後5時
BBSテレビ本社

「今日の収録は、これで終了です、765プロの皆さんも、クリスマスだと言うのに本当にお疲れ様でしたー」

クリスマスと言えど、収録はある。
今日は新春番組の収録の大詰めだった。
春香、千早、美希、つまりは『生っすか!サンデー!!』のコーナー収録が今終わったところだ。
本来であれば、もう12月も半ばには撮り終わっている筈のものだが、色々と『大人の事情』という奴だ。

「お疲れ様です、プロデューサーさん」

「ああ、春香もお疲れさま。千早、美希も」

「むーっ、プロデューサー。折角のクリスマスなのに、ミキ達にお仕事入れるなんて、デリカシーが無いって思うな」

「いや、本当にすまん…いろいろ出演者の変更とかが重なってなぁ」


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「美希、プロデューサーに文句を言っても仕方がないでしょう」

不満顔の美希を、千早が窘める。

「だってぇ」

「まあまあ、この後、事務所でケーキでも食べよう、ね?」

「春香のケーキが美味しいのは嬉しいけど、もっと、ロマンチックなクリスマスが良かったの」

「ふふっ、ほら美希、行くわよ」

事務所では日曜日に、ささやかだがクリスマスパーティを行った。
876プロの3名と、石川社長、それに岡本さん、何時も取材に来てくれている善澤さんを招いてのパーティは、中々盛り上がった様で、主催者側としても幸いだった。

「よーし、それじゃあ事務所に帰るか」



午後5時30分
765プロ事務所

「ただいまなのー」

「お帰りなさい、美希ちゃん、千早ちゃん、春香ちゃん」

「音無さんも、クリスマスだってのにこんな時間まですいません」

「いえいえ、皆さんがお仕事されてるのに、私だけ早く帰るなんて、それに…クリスマスだからって、特別予定もありませんから」

そう言うと、音無さんは遠い目をしている。

「…あ、あははは…」

どう返していいかわからず、愛想笑いをしていると、胸ポケットの携帯電話がけたたましい呼び出し音を鳴らす。

「はい、もしもし…え?あずささんが…?」

律子からの電話は、いつも通りの内容と言えば、いつも通りの内容ではあった。

「そうか…分かった、俺も探してみるよ」

「どうかしたんですか?」

小鳥さんの気遣わしげな視線に、苦笑いを浮かべる。

「うん…あずささん、また迷子らしくって。律子と伊織が探し回っているんですけれど、まだ見つからないらしくって…」

「そうですか…」


「え?あずさ、また迷子なの?」

「ああ…すまない、俺、探しに行ってくるから」

美希と千早と遥かに頭を下げると、俺はまた事務所を飛び出していった。

「…今日くらいは、ちゃんとした所で渡したいのにな」

そう、この前は渡せなかった、あずささんへのプレゼント。
いや、正確には、事務所のパーティとしては渡した。
だが、俺個人として、三浦あずさと言う個人に対してのプレゼントが、まだだった。

「…どこにいったのやら」


都内
午後6時00分

「あらあら?おかしいわ…こんな所、通ったかしら?」

刺す様な冷たい風が吹き抜ける大通り。
街の木々にはイルミネーションが飾り付けられて、クリスマスムードを演出しています。
街行く人達は、まるでカップルしかいない様にも見える位、連れ添って歩いている姿が目立つ。
皆、幸せそうな笑みを浮かべて、クリスマスと言うこの一日を楽しんでいるのでしょう。

「…はぁ…律子さん、怒っているかしら」

元はと言えば、収録修了後、律子さん達と車に向かう前に、お手洗いを済ませて、そこから駐車場まで行こうとしていたら、もうこんな場所に居る。

「…バッグも、亜美ちゃんに預けてあるし…電話が無いんじゃ、連絡も取れないわ」

電話番号も、最近ではあまり頭に入れなくなってきていたから、どうしようもない。
毎回、自分の方向音痴には呆れ果てる物もあるけれど、それを嘆いて居ても仕方がない。

「…折角のクリスマスなのに…寒い…」

元の道をたどろうにも、もうそれも叶わない。
歩いていくうちに、繁華街も抜けていた。
取り敢えず、どこか休める場所は。

「あら?この音…教会?」

かすかに聞こえてくる、厳かなパイプオルガンの音色と、透き通った歌声。
見上げると、十字架が掛けられているという事は、教会の様です。

「…クリスマスミサ、一般公開…入ってみましょうか」

扉を開くと、広い聖堂の中に歌と音色のハーモニーが広がっていた。
厳かな、でも明るい気持ちになる様な、そんな気持ちになります。

「もろびとこぞりて、迎えまつれ…」

見渡せば、やはりここにも、カップルの姿。
私の隣にも…誰か、いれば、こんな寂しい思いはしませんでした。
思いを寄せる人が、常に隣に居ない、出来ないのは、アイドルとしての宿命でしょうか?
でも、私は、運命の人と出会う為にアイドルになった。
あの人が、隣に居てくれたら、今の私は、どれだけ幸せだっただろう。
聖歌の綺麗な音色に包まれた、この教会の聖堂の中で。



午後6時30分
区役所前

「プロデューサー!」

「律子、どうだ」

そもそも、こんな所で合流している時点で、見つかっている訳が無いのだが。

「すいません…あずささん、そう遠くへはまだ行っていない筈ですが…」

「携帯は?」

「亜美がバッグも預かってて無理だよぉ」

「ホント、あずさらしいわね…何も、クリスマスの日に迷子にならなくても良いじゃ無いの」

「うーん…とりあえず、この辺りを探してみるよ。とりあえず、律子は伊織と亜美を事務所に送ってやってくれ」


「分かりました」

「さて…どこにいったのやら…」

当てもない以上、あずささんが行きそうな場所、というのを当るべきなのだろうが、何せそれが分からない。
こういう場合のあずささんの足跡は、ある意味では、風任せというにふさわしい。
ということは、こちらも感性に従って動くしかないだろう。

「…こんな寒い日に、うろうろしてたら風邪ひいちゃうぞ…ん?」

風に乗って、かすかに聞こえたのは、パイプオルガンの音色だろうか。

「…教会か」

確か、ロマネスク調とか言う建築様式だろう。
荘厳な作りの教会は、クリスマスらしくライトアップされ、出入り口の近くには綺麗に飾り付けられたクリスマスツリーがある。

「…入ってみるか」

ここで会えれば、ロマンチックなものだが…
扉を開くと、聖歌隊の透き通った声と、パイプオルガンの音色が聖堂を包み込んでいた。

「…清し、この夜…か」

聖堂を見渡すと、カップル、老齢の夫婦、学生、そして…

「…あずささん…?!」

聖堂の隅の座席に腰かけている、ショートカットの女性は、間違いなく、あずささんだった。


「…あずささん」

「…?!」

まさか、ここで出会うとは思っていなかったようで、あずささんは驚いた表情だった。

「何でここが分かったんですか?」

「いや…何となく、ここかなって思ったんです」

「…ふふっ、偶然にしても、教会で出会うなんて、ちょっとロマンチックですね」

小声で、あずささんが話しかけてくる。
その表情は、一人で座っているときとまったく違い、幸せそうだった。


「そうですね…」

俺が入って来た時点で、もう最後の曲だったらしい。
神父様の挨拶が終わると、ミサに来ていた人達が帰り始める。

「…律子から、連絡を聞いて探しに来ました」

「…すいません…クリスマスの日に、こんな」

申し訳なさそうに、あずささんが頭を下げる。

「いえ、そんな事はありませんよ、お蔭で、こうして綺麗な曲も聞けたし、それに」


「え?」

「あ…いえ…」

言いかけてしまった以上、もう後には引けない。

「それに、なんですか?」

首を傾げるあずささんの目を見つめて、俺は決心した。
場所は教会、今夜はクリスマス、条件としてはこれ以上に無いだろう。


「…ここで、これを渡すのは、反則かもしれませんが…メリークリスマス、あずささん」

俺は、内懐から、今日一日持っていた小箱を取りだして、その中身をあずささんに手渡す。

「え…これって」

あずささんの左手の薬指に、それを嵌める。

「…俺の、気持ちです」

「あ、あの…その…」

「…」


「…プロデューサーさん、少し、目を、閉じて頂けますか?」

「え?はい」

目を閉じると、唇に、温かい感触。

「?!」

「プロデューサーさん、私―――――――――」


あずささんの声は、丁度なり始めた鐘の音にかき消され、近くに誰かいたとしても俺以外の誰も、聞くことは出来なかっただろう。
二人だけしか知らない、秘密のクリスマスの誓い。

事務所に戻ると、心配していた律子にどこをほっつき歩いていたのかと怒られたり、あずささんの左手の指輪の正体を詮索する亜美真美につかまって冷や汗をかいたのは、また別の話。








おつおつ

おつ
あずささんはやっぱり美しい

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