千早「キサラギクエスト」 (992)

彼は大きな舞台から私達を見下ろして言った。

「必ずしも彼女を取り戻して欲しい」

そう、知っている。そんな言葉、言われることくらい既に知っている。いや、予想がつく。
誰もが知りながらにしてここに集まってきている。
何故、自分がここにいるのかを知っている。

ここはナムコ王国の首都、バンナム。
その中央にそびえ立つ、難攻不落のナムコ城。
その広大な城の中の大広間。

大広間の中には何十人と武装した人間がいた。
その中の一人、如月千早が私。
ほとんどの人が男である中、私が唯一の女性だった。

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武装した男達は私を除け者にした。
どうやら私みたいな女がここにいるのが気に食わないらしい。
無理もないわ。
ここに立っているのはあの試験をパスした者のみ。
今ここにいるのは何十人だけど、受験者はもっといた。数百単位でいたわ。

そこからここまで勝ち進んできた私は確実な実力がある。
だからこそ、ここに、この大広間の空間に立っていることができる。

「けっ、女が……。遊びでやっているんじゃねえんだよ」
「なんだあいつ……どこの田舎もんだ」
「誰だよありゃ、女?いや、男か?」
「おいおい、女にしちゃ、まな板だな。これから料理ショーでもするってのか?」

そんな心ないことを言う人もいた。最後のはよっぽど斬ってやろうかと思ったけれど。
しかし、私は無視した。

無視できたのも全て目的がある。
私にはやるべきことがあるから。
何もかもが目的のためだった。

そう、何もかもが。

奪われた私の全てを取り戻すために。
報酬の財宝なんて物に興味はない。見ているのは全てその先のこと。

「我が、ナムコ王国は現在、隣国、クロイ帝国との戦火にある。
そして非常に押されつつあるのは皆も承知であろう」

大広間のその演説用の舞台。
何人も警備の兵に囲まれながら話す男こそがナムコ王国の王。
高木順二郎。

私は彼の話を大広間の隅っこの壁に寄りかかりながらも適当に聞いていた。
睨みつけ、話を早く本題に入れるように、念をこめて。

時間の無駄。長い演説のような話は嫌い。大して説得力のあるものでもないのに。

「さて、君たち諸君が集められたのは先にも言ったように姫君である
 貴音を取り戻して欲しいのだ」

そう今にも泣きそうな、震えた声で言う。

先日。大きなニュースとして国を震撼させたのが、国の姫である貴音が誘拐されたという事件。
犯行は恐らく、クロイ帝国によるものとされている。

実際にはどうなのかは私ごときが詳しく知るはずがないのだが、
この戦火で疑うべきは確かにクロイ帝国だろう。

そんな風に思ったが口に出すこともなく思いとどまった。
もとよりそんなことを喋っていても誰も反応してくれるはずがないから。
一人で隅にいる私は。
一人ぼっちでいる私は。

「彼女が今現在、どこにいるのかはわからない。
そして、何のために誘拐されたのかも……」

そう話を続ける国王・高木に少し違和感を抱く私。
何かしら? この気持は。

自分の娘であるならもっと大切にするべきだし、熱心に調べるはず。

さすがに他人ごとのようでどうにも呆れるわ。

「君達は……あの厳しい試験をクリアしたんだろう?
 あぁ、彼女の考える試験は残酷だからねぇ。
 だが君たちなら大丈夫だ。私が保証しよう」

とてもいらない保証、無意味、と思いつつも試験の様子を思い出す。
確かにあの試験は意味不明なものや理不尽なものが多かったわね。

そして、それを作った彼女というのは国王のとなりに立って睨みをきかせている律子であろう。
彼女は大臣であり、実質ほとんどの仕事を彼女がやっているとの噂である。
まぁ、もっとも噂なだけだといいのだけど。


私は刀を交えた経験があった、あの大臣である律子と。

しかし、彼女はそれこそ無茶苦茶に強かった。
そんな場面に至った経緯は今は言えないが、だけど、相当強かった。


律子( あの子、確か千早って言ったわね。そう、来たの。
    どれだけの力を見せられるかは、見ものになるわね)

あんなに遠くにいるのに目と目が会った。いえ、そんな気がしただけ。
実際には私のことなんて見てないに違いないわ。

高木「いいかね。必ず姫を取り戻して欲しい」


そこまで溺愛するのなら何故……?
城の警備の甘さを反省させるべきなのでは……。
それをも突破する能力がクロイ帝国の側にあったというの?

しかし、私の疑問を遮るかのように大広間の武装した屈強な男たちの中で、
一人が拳を高く掲げて言った。

「任せてください! 僕が必ず助けて見せますよ! へへん」

そう言うにはあまりにも細く強そうには見えないのだけど。
そもそも男……? のようにも見えない。

違和感を感じるくらい周りの屈強な男の人たちと比べると弱々しく見えた。

「けっ、てめえみたいなヒョロい奴がよく生き残ったもんだぜ」

「何〜!?」

ザワザワと大広間が騒がしくなる。
細い男(?)は挑発してきた大きな男の前に出る。
それを見下すように大きな男は言った。

「おいおい、何なら俺が今から稽古つけてやろうか? あぁ?
 ほれ、このがら空きのボディーに一発いれてみな」

そう言いながら自分のお腹のあたりを指さした。
なんとも安い挑発なんだろう……浅ましい。と思いつつも見守ることにした。
そういう問題事に口出す性分ではない。

そして、このご時世、挑発をしてきた男はどこの世紀末のような格好をしているのだろうか。
肩のパットに棘がついているわ。

そして、細い男(?)はピョンピョンと軽く跳ねて構えをすぐに取ると
その小さな拳を相手の腹に目一杯めり込ませた。

次の瞬間には大きな男は、これまた大きな音をたてて倒れていた。

「ふっ、あまり僕を舐めないでください」

倒れた男を満面のドヤ顔で見下ろす。
その大きな音に再びどよめきを騒がしくなる大広間。

「僕の名前は菊地真。よく覚えておくんだ」

一連の騒ぎがあってから王の隣にいる大臣・律子は大きな声で「静粛に!」と
喝を入れ、一瞬にして大広間を静かにさせてみせた。

その後、王の方は何事もなく話また始めるのであった。

真。別段、私としては興味はなかったけれど、どうも向こうはそうはいかないみたいだった。
うっかり目があってしまった。

近づいてきたらわかる、整った顔立ち。大きな瞳。

「ねえ、君は……一人なの?」

「ええ、そうよ」

わざと素っ気なく返してみる。いつもの癖。

「そっか。ねえ、良かったら僕と」

「結構です。私は一人でいいです。一人で大丈夫ですから」

僕と一緒に姫を取り戻さないか?
そう言いたいのでしょうけど、お断りよ。


数々の男がその前にも私の所にきてそういう風に言ったわ。
だけど、見え透いていたのは己の欲望。

旅には華がなくては、なんてことも言われたけれどお断り。
そういうのには興味が無いの。

「そうか。何かあったらいつでも僕を頼ってくれてもいいからね」

と爽やかな笑顔を残し、元にいた方に戻っていった。

戻っていった先で別の男たちに

「なんだ振られたのか? せっかくカッコつけたのにな!」

とからかわれていた。
その度に「うるさいなぁ」と怒っていた。


「報酬は、国の財宝。聞ける願いはひとつだけ聞いてやろう」

一番に近くにいた男が「じゃ次の王にさせてくれるかもな」なんて言っているがそれは恐らく無理だろう。
できたとしてもすぐにはでないし、後継の形を取らされて、まあ、確かにその時は姫と結婚できるだろうけど。


そういった王位、権力にも私は興味がなかった。
どうでもよかった。

だけど大広間の男たちがこの国の美人で有名である姫の顔を知っている。
それを聞けば我先に、とそわそわしだした。

私は、聞ける願い。私の願いはこの国の財力、戦力があれば無理ではないはず。
いえ、この国自体にお願いするの。
そうすればきっと叶うはず。

「では、検討を祈る」

そういい王の余計な演説はいつの間にか終わり、
終わってみればやはり大したこともなかったなぁ、と思っていた。

そして、次々大広間を出ていく男たち。
そのあとに続いて私も、これからどうしよう、など考えながら大広間を出た。

数々の勇者、戦士、剣士、魔法使い、呪術使い、弓使いがいた大広間。
その人々が次々に大広間を出ていく。

そうして、これから、王位をかけ、己のプライドをかけ、姫の奪還に向かうのであった。

城の大きな入口を出るとそこに広がる城下町。
首都であるバンナムは相当に栄えている町でなんでもあった。
どうやら他の人達はこの町で武器や装備を整えるらしいが、
私は困ってはいない。
私には元々武器はこの剣が一つあるし、それでいいと思っていた。

城を出ると夕日が差し込んでいて、そこでは今日の出発は無理だろうと悟り、
宿を取ることにした。
一日やそこらで終わるような内容でもないし、
急いでドジを踏む方が痛手だし。

宿に行く前に城下町を少し歩いた。
少ないお金を買い物に使った。
この国と、国周辺の地図や、回復薬等の薬品。
また食料を買った。

これで旅の準備は万全ね。

宿は簡単に見つかった。私みたいにいきなり最初っからのんびり始めの町で過ごしている
タイプの勇者は少ないらしくどこの宿もそれなりに空いてる様子だった。

さて、宿でゆっくりと状況を整理するとしましょうか。

宿の自室でさっき買ったばかりの地図を広げる。


王の話だと姫は隣国であるクロイ帝国に囚われている可能性がある。
ならばまずは妥当にそちらを目指すべきだろう。
ここからだと……そうね。アズミンという町が近いみたいね。

まずはそこまで行きましょう。
地図で確認すると、ここからだと森が2つ。
これを通らないといけないみたいね。

他の勇者の人たちがどう行くのかは全然わからないけれど、
でも夜の森を今歩くのは危険ね。
明日の朝にでれば、それで十分よ。

どちらにしろ森にこの時間から入っている先頭集団は恐らく野宿。
夜行性のモンスターに襲われているはずね。

さて、そうと決まれば明日も早いわ。
もう寝ることにしましょう。
私の野望のための冒険はまだ始まったばかり。

そして私はベッドに入り、何も考えないようにして、眠った。

翌朝。身支度を済ませたあと、宿をでた。
営業の準備なんかで慌ただしい町の中を通り、町の外へ出るための門まできた。

さすがに首都だけあって町の出入り口は警備が厳重なのかしら?
だとしたら何故もっと警備を強化しなかったのか不思議ではあるけれど。

首都の大きな出入り口は東西南北に4つある。
他には裏町の悪人達が使う裏口がいくつかあるみたいだけど。

門の警備と挨拶を軽く交わし、少し歩くと森が見えた。
あまり森とかそういう場所は得意ではないけれど。
仕方ない。
これも慣れていくしかないこと。

土地勘のない場所を歩くのはどうにも不安すぎるけれど。
けれど、今の時間、特に大きなモンスターが活動するだろう時間ではない。
大きなモンスターはもう森の奥の洞窟なんかに引っ込んで寝ているはずね。
そこを攻撃しなければいいだけの話。

森へ入って10分くらいが経過しただろうか。
それとももう随分歩いたのだろうか。地図の上からではどれくらい森の奥まで
歩いて来たのか、なんてことはわからない。
とにかく前を歩くしかない。

早朝の出発だということもあり、今だに森の中は霧が出ている。
視界が悪いのはそうだけど,それはモンスターにとっても一緒。
敵との遭遇を格段に下げるはず。

という思考はだいたいフラグになりかねない。と思ううちに
モンスターが目の前に現れた。
小さなモンスター。

1メートルもないくらいのカマキリが巨大化したかのようなモンスターだった。

このモンスターは朝食でも探していたのだろうか。
私は宿から出て、昨日の買った食べ物の残りを食べていたからそれでいいけれど。
さすがにこのカマキリみたいなモンスターに捕食されるのは御免だわ。

最初の一太刀を交わす、その隙に後ろに背負っている剣を抜き
その勢いで斬りつける。

ダメージは浅くカマが飛んでくる。
後ろに飛んで回避。

「朝の体操にはちょうどよさそうね」

私が走って近づいたのを狙ったカマキリは腕を振り落とす。
上手く体を反らし、避ける。そして。

振り落とされた腕を肩から切り落とす。
すぐさま背後に回りこみバックスタブを決める。

この程度の敵は朝飯前ね。
朝ごはんは食べたあとなのだけど。

確かこのカマキリのモンスターは、腕の刀身の部分は売れるはず。
あまり荷物は持てないわね。

あとで奥に行けば。自然とモンスターの強さも上がっていくでしょうし、
そこのモンスターのお金になりそうな部位をいただけばいいわ。

森の奥へ行けば行くほど人が住む町からは遠くなる。
基本的に強いモンスターほど人間との接触を嫌う。
知性があるが故に人間の強さを理解している。
だからこそ、人の強さを知ってるモンスターの方が人里よりも遠ざかる場所を選んで住んでいる。

「はぁ……この調子だと……日没するわね。
 一晩は野宿しそうかもしれないわ」

そうなると、昨日宿をとってゆっくりしていた意味がなくなるのだけども。

そういえば昨日の宿で……。


————宿。

「へえ、あんた、もしかして城が集めた勇者ってののうちの一人かい?」

男性の店主は気さくに笑顔で話しかけてくれた。
あまり人にしゃべるのは気が進まない話題ではあるが

「ええ、まあ」

とだけ答えた。

「するとじゃあ、これから森へ行くのかい?」

「はい、そうですね。まずはそこが一番かと」

他の勇者から聞いたのかしら?
宿屋のおじさんは耳打ちするように店のカウンターから身を乗り出した。
口元に手をあてて小さな声で

「あそこの森は最近モンスターが世代交代したらしいんだ。
 なんでも急に外部から現れた一角獣が森の支配者になってるとか」

ユニコーン?

なんでそんなモンスターがこんな所にいるのよ。
どういう魔物かはわからないけれど、相当強いのかしら?

そう、それをまずは倒すなんてのもいいかもしれないわね。

「だけど倒そうなんて考えないほうがいいぞ?
 ユニコーンはすごく強いからな。だからこそみんな森の浅い場所を辿りながら遠回りして進んでいるはずだ」

「森をまっすぐ抜けようとして、最深部には入っちゃいけないよ」

そう、ご忠告ありがとう。だけど知っているの。
ユニコーンの角、取っても高く売れるということを。
もしくは鍛冶屋に行って武器にしてもらうというのもあり、だということも。


———。

なんて考えていたことを歩きながら思い出した。
じゃあ、折角だし、折る角と書いて折角だし、一角獣とやらの自慢の角を
切り落としに行きましょうか。

という訳で森の浅い所を遠く回れと忠告されたけれど無視して真ん中を大きく突っ切ることに。
そこでどこかで遭遇できればいいのだけど。

しかし、時間もだいぶ経ってきたわね。
歩き続けているけれど、方角は……、コンパスで確認する。
よし、こちらで大丈夫みたいだ。

奥に来ていることもあるのか、日が登ってきたからなのか、
モンスターとの遭遇率がグングンと上がってくる。

しかし、所詮雑魚。出てくる度に剣を抜くのが億劫になるくらい出てくる敵は弱く、
敵を倒すのに時間はかからなかった。

モンスターが現れ、剣を抜き、斬り捨てる。
単純作業の繰り返しである。


その中で、ひとつ、高速で近づく足音が。


ザザザザ……!

草むらをかき分け走る音。
モンスターなんかよりももっと早い。

一角獣……!

後ろから大きく、ガサッ、と音がし大きな影が飛び出す。

剣を抜き、その勢いで、一発で仕留める!

「はぁぁ!」

ガッ。

そしてガードをされる。ガードされた!?

「おい……! 何も、殺して歩くことないじゃないか!」

人だった。
紛れも無いくらいに人だった。
その人は私の一撃をガードした。手加減したつもりは一切ない。
もちろん仕留めるつもりで剣を振った。

しかも、自分の拳につけたナックルで防いだ。

少しズレれば手首の先は吹っ飛んでいただろうに。なんて勇気……。
あるいは何も考えていないだけ?
だけど、それにしても無謀。
頭に血が登っているのかしら?

「なんで[ピーーー]んだよ! 生きてるんだぞ!」

思い出した。菊地真。そう、戦闘スタイルは戦士だったのね。
城で私に話しかけてきた。

まさかこんな綺麗事を言うとは。お笑いね。

「向かってきたからやっつけたのよ」

「そんな言い方して! 例えモンスターだろうとしても
 生きているんだ! ……生きているんだよ!」

何を言いたいのかイマイチ私には伝わらないし、何に怒っているのかもわからない。
私には到底理解できないことだった。

「そう、でも、私には関係ないわ。
 あなたは私が勝手にモンスターに殺されたとしてもモンスターに対しても
 今と同じように怒るの? 怒らないのでしょう?」

「怒るよ!」

「っ!」

驚いてしまった。そんな所で即答されるとは思ってもいなかった。
そんな馬鹿な話があるわけない。本当にそれは……綺麗事ね。

「そう、それはいい宗教をお持ちで」

「僕は無宗教だ……」

互いの間に火花が散る。



真(なんだ、この女。今の一撃……)

真(とても女の子のそれとは思えないパワーだった)

真(恐らく……相当強い!)


「それで何を言いたいのかしら」

「だから無闇に殺して歩くなって言ってるんだよ」

心底ウザいキャラになってるな真

「無駄ね、それは。向かってくる敵をどうするの?
 話し合いで解決するのかしら? それとも何?
 食料与えてそれで引き返してもらうってこと?」

「そうじゃない……けど」

「そうじゃないならもういいわね。私は行くわ。先を急ぐのよ」

振り返り、剣をしまい歩き出す。無駄な時間を使ったわ。

「モンスター一匹も殺せないようなんじゃ、姫を救出することなんて無理ね。
 とんだチキン野郎ね」

私としたことが余計なことを。
この程度のことで苛つかされるとは。

「待ちなよ。聞き捨てならないな。剣、抜きな。
 僕の名前は菊地真。……ライバルはいらない。敵なら尚更。
 だけど、戦闘不能にまでならしてあげるから感謝してお家に帰るといいよ」

はぁ……失言を撤回する間もなく釣れてしまった。

「はぁ。名乗るのがお好きなのね。いいわ。
 私は如月千早。……覚えなくて結構よ。ここで終わるのだし、あなたは」

剣を抜く。

「舐めるなぁぁぁあ!」

突進。単調な突撃。
一直線に向かってくる真をかわす。
そこを斬りつけて終わりに。

「ふっ」

鋭い横殴りが横にかわしただけの私の体に入る。
体の正面をガードをすることは余裕だけど、側面をガードするのは
盾なしが基本的なスタイルの私には辛かった。

一撃が重い。

「どうだ! へへん、僕だってやればできるんだから」

軽く吹き飛ばされるが、踏ん張って持ちこたえる。
まだまだ!

反撃開始。

「はぁっ」

まずは足元を薙ぎ払う!

「甘いよっ!」

軽くジャンプされ、かわされる。とてもジャンプで飛べる高さではない。
なんて跳躍力……。
猿のような身のこなし。……只者ではないことを今更ながらに思い知らされてる。

「そっちこそ……甘いんじゃない!」

真がジャンプした勢いで着地した木を斬り倒す。

「おっと……」

真が倒れる木に巻き込まれないようにジャンプし、着地する瞬間を狙う。
上から、脳天から真っ二つに……!

スドンッ!

「ぐはぁッ」

重い一撃が……お腹にっ!
反応が遅れた。 意識が遠のきそうになるのを気合でなんとか保っている。
避けられた。

あの絶好のチャンスを避けられた上に一撃くらっている……。
木々を縫うように自分が吹っ飛んでいるのがわかる。

視界に真が飛び込んでくる。
服の前が真っ二つに斬られた状態だった。
かすかにあった手応えは、服だったことを悟る。

真は斬られる瞬間に体をひねるように回避し、そのままひねりを利用し
私の腹部への攻撃へ移行した。

ぶっ飛んでるなう。
このまま飛んで行ったら頭から森の木に突き刺さる。
そんなギャグみたいな死に方は御免なので、なんとか体勢を立て直す。
木の幹に着地、というか受け身を取り、地面に降り立つ。

内蔵が熱い。

しかし、休んでる暇もなく追撃に来ている真の警戒を。

どこに……!? 見失った!?

瞬間。
音とともに真はしゃがんでいて私の体の真下にいた。
足だけは私の顔面、顎を狙っていた。

高速とも言える蹴りが炸裂するが、上体をそらすことで避ける。
あれをまともに食らっていたら顎が粉々になっていたに違いない。

そして、避けた瞬間に目に入ったものは私の中で意外なものだった。
間合いを取る。

互いに睨み合う。

真の服は正面が斬られ破れている。そのせいで見ることができる真の肉体。
胸の部分には白いブラジャーがしてあった。

「そういう趣味の変態だったの……?」

途端に真は顔を真っ赤にして、胸を隠す。

「違う! 僕は女の子だ!!」

衝撃。女の子でした。
まさかあの大広間に集められた勇者達の中で女は私だけだと思っていた。
だけど、他にもいたなんて……。

真も、いえ、彼女も女の子だった。

まさか……。

「それで……私に話しかけてきたの……?」

「? ……何が?」

頭に血が登っているようで会話にならなかった。

「あの時よ。大広間であなたが騒いだあとに、私に話しかけてきたのは、
 あれは一体どういう理由なの」

「あぁ、女の子一人だと可哀想だし危ないと思ったから。
 だから僕もついていって一緒に頑張ろうとしたんだよ、女の子同士で」

「女の子が一人で危ないなら二人いても変わらないわよ」

「だからなんてそういう風に言うんだよ。もっと素直になりなよ」

「別に私は素直よ。私は一人でも平気」

「もういいよ。はぁ。興がさめた。勝手にしろよ」

振り返り、歩き出す。
なんだろう、その言いようは。後ろから斬ってやりたくなったわ。

「僕が先に行く。君は勝手にしてくれ。だけど僕の先を歩かないで欲しい」

「死体を見るのは嫌なんだ」

と吐き捨てるように言った。

去りゆく背中を斬りつけてもいいのだけど、その気にはならなかった。
また戦闘するには少しばかり厄介な相手だった。

「そう、女の子だったのね……」

そんなことばかりが頭のなかをよぎって何も集中できそうになかった。
森を歩くにしても、モンスターが出るにしても、乱暴に斬り捨てた。

私の方が歩みは早いし、そっちの方が効率的であるしきっと追いついてしまうわ。

なんて嫌味に思うこともあったが、どうにも後味が悪い。
なんだか私が悪人みたい。

ただ向かってきた敵を倒したことの何が悪い。
イライラしてきた。

殺気を纏う私にモンスターは近づかなくなってきた。
こんなにも対人の戦闘を終えたあとに殺気を纏う人間に襲いかかるモンスターがいるのだろうか。


私の方が歩くの早いのに彼女のが先に行って私の先を歩くなんて……何様なの。
何それ。

飛びかかってくる知能の低い狼のようなモンスターを薙ぎ払う。
斬りつけずに殴りつけた。
刀身の側面で殴るように。

ギャンっ、と狼のようなモンスターは短く鳴き木に打ち付けられ気絶する。
こういうやり方をしろといいの? いちいち? 面倒ね。

苛つくラノベの主人公みたいだな
これは無い

しばらく頭を冷やすために休憩した。余計な時間を使ってるとも分かっていながらも。
ただでさえ、宿で一泊していて遅れをとっているのに。

しかし、森を歩くと雨が降りだした。
突然のスコールのような雨。
雨に濡れるのは後に風邪を引くこともあるかもしれないと思い
私は森を走り抜けた。

「もう……」

飛び出してくるモンスターは一撃で倒す。
木々の合間を縫うように走り、邪魔するものは斬りつけて道を作った。

そして、しばらく走ったあと、洞窟を見つけてそこに入り込んだ。
運が良かったとも言えるし、後々の事を考えると運が悪かった。

だが、驚くことに奥のほうに明かりが見える。

この森の奥に進んでいる人間は一人。

(はぁ。彼女もここで雨宿りをしているのね……)

端的な勘定を言うと嫌だった。非常に会いたくなかった。
こんな雨宿りのために入り込んだ洞窟でさっき死闘を繰り広げた女の子と再会するなんて。

(まぁ、でも奥に行ってみましょう)

奥に進む。
明かりのある場所は洞窟の内部だというのにも関わらずかなり開けている場所だった。
かなり広い。天井もこのスペースだけ高い。ドーム状になっている。

明かりも真が焚き火でもして濡れた体を温めているのかと思ったがそういうものでもなかった。

明かりの正体である松明は土の壁に括りつけてあった。

まるで誰かがここで生活をしているかのようだった。

(こんな森の中で……。誰が?)



————なんでも急に外部から現れた一角獣が森の支配者になってるとか。

ふいに宿での言葉を思い出す。と同時に嫌な汗がたっぷりとでてきた。
そう、ここが住処ね。
確かに幻獣クラスのモンスターになるとこんな芸当までできてしまうって聞くわ。

なるほど。
恐らく松明は雷、炎系の魔法で灯したのでしょう。

ドーム状になっている天井の方を見ていると、上の方に穴があった。
見るからにこの洞窟の続き、といった感じである。

私はそこに何か一角獣繋がりの宝でもあればいいかと思い登った。
土の壁を登り、なんとか登り切れ穴に入った。

そこはやはり洞窟の続きになっていた。
最初の入り口から入った洞窟の広さと対して変わらなかった。

さて、結局洞窟の続きと思える場所には宝も何もなく奥に見える明かりだけが見えた。
多分外の明かりだろう。

(こんな洞窟には用はないし、さっさと……)

ゴゴゴゴ……。

下から地響き、そして人の走ってくる音。もう一つ大きな足音。

戻って見下ろす。
するとそこには一角獣がいた。
馬のような体は馬のそれよりも何倍も大きく、そして大きな角。

「あれが……ユニコーン……」

体中に帯電しているのがわかる。そして、一角獣が見ているものは
黒髪ショートで服の前だけが破けた男にも見間違う少女。
真だった。

それはさっき私と別れた時よりもボロボロになっていた。

「はぁ、はぁ……不味い。ここは……こいつの住処!?」

誰が見てもわかるように追い詰められてた。
どうでもいい、と思ったが、少しの間どうなるかは気になった。

頭を大きく振りながら突進する一角獣。
真はなんとか避ける。

一角獣が壁にぶつかった衝撃が洞窟中に伝わり、揺れる。
危うく下に落っこちる所だった。

この上から見下ろせる場所を気に入った私は少し嫌らしいとも思いつつ、
事の次第を見守ることにした。

が、全く気が付かれないのも癪なので小石を真に向かって投げてやった。
一角獣と一触即発の状態の真の足元に転がり、靴にあたる。

真は一角獣を牽制しつつも上を見上げ、私と目が合う。
その瞬間に彼女の顔が露骨にひきつるのがわかった。

真(なんであの女がここに……!)

真(ボクをあんな場所から見下ろして笑うのか……! クソ!)

結局、私もあの一角獣の角の欲しさに彼女がどう戦うのかを見て
攻略方法を探そうとしている。
あの角は高く売れる。それこそ、一本で武器や防具が新しくできるほどに。

「そこで何してるんだよ……」

睨みつけてくる。

「何もしてないわよ。たまたまここに座っていただけなのだから」

我ながら声を出して反応してしまうのは馬鹿だと思った。
一角獣がこちらに気がついてしまえば元も子もない。

まぁ、この高さにいる私をまさか壁を駆け上がって攻撃するよりは
まずは目の前の真を倒す方がらくしょうし。

実際にこちらには目もくれない。

真だってこの高さくらい彼女の身体能力を持ってすればこちらに登ることも可能なのだろうが、
一角獣自体がそうはさせないだろう。
洞窟の入り口ギリギリのサイズの一角獣は真の身長を遥かに超えている。

「あんな所から馬鹿にして! こんな所で、死んでたまるか!」

いっきに殴りにかかる真。
しかし、帯電してた雷を角から放射した。それによって致命傷は避けたみたいだが吹き飛ばされ
壁に激突し、崩れ落ちていく真。

「はぁ……こ、こんな所で……」

「ボクは……男の子よりも……強い女の子に……なるために」

真に迫る一角獣。

「もう……誰も傷つけないために……! くそぉ……」

——僕がお姉ちゃんを守ってあげるよ。


なんでこんな時に出てくるのよ。
あなたが出てきたら……私は……もう何も言えないじゃない。


「ねぇ、そこの……如月千早」

名前は覚えなくていいと言ったはず。
無理もないか。あんなに悪態をついたのは初めてなのだから。


「僕が死んだら、僕は立派だったと嘘でも伝えて欲しいんだ……」

ユニコーンが角に電気を溜めだした。
バチバチと光る角が真に向けられる。

「僕は、立派な勇者だったってさ」

——お姉ちゃん、僕、大きくなったら立派な勇者になるんだ!
——ふふ、きっとなれるわ。応援してる。


真の頬には光る涙が見えた。
自分の死を覚悟した時の人の顔。私はこれも知っている。

私の起源であり、剣を取った。その時に見たものである。





私は上から飛び降り、ユニコーンの帯電された角めがけて剣を振るっていた。
そして……角を切り落とした。

どうやら一角獣の帯電される場所が角だったらしく、その帯電する場所を失ったその痛みに
暴れまわる一角獣を目の前に、戦闘不能の真を後ろに。
そして、荷物の中から素早く回復薬を取り出し、後ろも見ずに放り投げた。

「何をぼさっとしてるの! 早く使いなさい!」

「あんな伝言、私は伝えたくもないわ。自分で伝えなさい!!」

真が受け取るのがわかった。

「ち、千早……?」

絶対に助けてくれる訳ないと思っていた人物が助けてくれたことに驚いている真は身動きも取れなかった。

「女の子は一人じゃ危ないんじゃなかったの……!」

「う、うん……!」

回復薬をいっきに飲み、立ち上がる真。

瞬間。一角獣が突進してくる。
私と真は左右にそれぞれ飛び退けた。

「さすがに角を斬り落としただけじゃだめね」

「いいから、次に備えて!」

「私に指示しないで!」

「何!?」

「何よ!」

言い合いの中にお構いなしに私の方に突っ込む一角獣。

「私が引き付けてるから横から一撃で決めなさいよ!」

「わかった……!」

私めがけて飛んできた。刀身でガードして動きを止める。

「今よ!」

「うおおおおおおおっ!」

私が動きを止めた隙に真が横腹に一発入れる。

ボギィィッ!

骨が何本も折れる音が洞窟ないに響く。
大きな音とともに倒れる一角獣。

また立ち上がろうとする一角獣を私が斬りつけた。

「また……そうやって!!」

血相を変える真に対して冷静に返す。

「死んでないわよ」

「……」

「峰打ち。傷は浅いし、じっとしてればすぐに回復するわよ」

真が何か言いたそうにしていたけれどそれを無視してまた出口に登るために壁に向かう。

「あ、ありがとう。君は命の恩人だよ」

「いいえ、それほどでもあるわ。でも別に気にしないで。ただの気まぐれよ」

何の記憶が被ってあんな行動に出たのだろうか……。
私自身にも正直な所よくわからなかった。
何のために。

「僕も着いて行くよ」

「結構よ」

「なぁ!?」

また断ってしまった。

「そんな女性用の下着をつけてる変態はお断りね、ふふ」

「だから僕は女の子だって……今笑った!?」

「笑ってないわよ」

「ねえ、もう一回笑ってよ! ねぇ、千早ってば!」

「ついて来ないで。今から登るんだから」

「僕も手伝うよ、ほら、ここに足を乗っけて。ロープ持って」

なるほど、先に私が行ってロープで後から……ってわけね。

「いいわよ」

ロープを受け取り、真が中腰で手を前で組み足場を作った所に片足を乗せ

る。

「行くよ、せーのっ!」

ブンッ

「ひっ、高っ」

馬鹿力という単語がふさわしいほど飛び上がり、穴には余裕で届いたのだ

った。
一発で穴に入ることができた。

私が前に登った、あの苦労は一体……。

「おーい、千早ー!ロープ投げてよー!」

「今投げるわ」

ポイッ。スルルルル……ポトッ。

全部投げた。

「おいいいいいいいい! 全部投げたら登れないじゃんか!!」

「投げてって言ったからよ」

「そんな馬鹿な! 何か長い物を垂らしてよ!」

「イヤよ、それじゃごきげんよう」

「待てゴラァァァァアア!!」

ズ┣¨┣¨┣¨┣¨ドド!!


壁を登ってきた!? いや、じゃあ最初からそうすればいいじゃないのよ。

「はぁ、はぁ、僕もついていくからな!」

「いやよ、私は一人で十分なの」

「またまたそう言って、僕と千早のやり方は少し違うけれど、
 千早が改心すればきっといいコンビになれるよ!」

「イヤよ、あなたが私に合わせなさいよ」

「イヤだよ、そんな千早みたいなダークサイド……」

「誰が暗黒面だ!」

露骨に嫌そうな顔してるし。

「さっき死に際に言っていた男の中の男、出てこいやぁ、ってのは一体?」

「ボク、そんなこと言ってないよ!?」

「それでその男の中の男の私が助けてあげたんじゃない」

「男だったの!? 道理で胸が……」

「誰が壁よ!!」

出口に向かって歩く2人。

「あれは……ボクは女だからってバカにされてたんだよ。
 だけど、強くなりたい一心でここまできたんだよ」

「あの大広間やこれからもだけど、ボクは女でありながら強くあり続けるつもり」

「本当は可愛い格好をして素敵な恋人を見つけて平和にくらしたいんだけど、
 どうもボクの中にある正義の血が許されないんだよ」

それであんなに殺しが苦手なのね。
まぁ、それも異常ではあるのだけど。

「そう、本当に立派な宗教だこって」

「またそうやって……」

「でも千早も結構、ボクみたいに正義の血があるよね?」

「一緒にしないで」

イラッとする。馴れ馴れしい。
女性だと知られてから余計に馴れ馴れしくなった気がする。

「ねえ、知ってる? ボクさ、結構ナムコ王国の東の方に住んでるんだけど」

「聞いてないわそんな話」

「まぁまぁ……。で、もっと東の極東の島国があるんだけどね。
 そこでは勇者のことを”アイドル”っていうらしいんだ」

「結構外国かぶれなのね」

「へへーん、それでね、真の勇者のことを”アイドルマスター”って言うんだよ」

「そう、興味ないわ」

「だからさ、その極東で言う所の”アイドルマスター”にお姫様救ってなっちゃおうよ!」

「トップはいつだって一人で十分よ。その時は斬りつけてあげるから」

「言ったな!? その時はボクは千早にも負けないくらいの一人前の超戦士になってるからね!」


私と真の二人は並んで洞窟を出た。外は雨があがり、森の中には木漏れ日がさしていた。
一人で良いという私に懐いてしまった真という女の子。
しばらくはこの子と、行動を共にするのだろうかと思うと溜息がでる。

一行は次の町、アズミンを目指す。



キサラギクエスト EP� 旅たち、真の勇者編  END

一旦ここで終わりたいと思います。
続きはまたいずれ書きます。

キャラ崩壊、ずれ、誤字脱字、設定の矛盾、等々多いと思います。
何よりアイマスでやる必ryは重々承知です。
アイマス愛故ですので

こんな駄文ですがお付き合いください。

メ欄sagaにしなきゃ>>57>>26みたいに文字が変なふうに変わっちゃうよ

「おーい、千早ー!ロープ投げてよー!」

「今投げるわ」

ポイッ。スルルルル……ポトッ。

全部投げた。

「おいいいいいいいい! 全部投げたら登れないじゃんか!!」

「投げてって言ったからよ」

「そんな馬鹿な! 何か長い物を垂らしてよ!」

「イヤよ、それじゃごきげんよう」

「待てゴラァァァァアア!!」

ズドドドドド!!


壁を登ってきた!? いや、じゃあ最初からそうすればいいじゃないのよ。

人だった。
紛れも無いくらいに人だった。
その人は私の一撃をガードした。手加減したつもりは一切ない。
もちろん仕留めるつもりで剣を振った。

しかも、自分の拳につけたナックルで防いだ。

少しズレれば手首の先は吹っ飛んでいただろうに。なんて勇気……。
あるいは何も考えていないだけ?
だけど、それにしても無謀。
頭に血が登っているのかしら?

「なんで殺すんだよ! 生きてるんだぞ!」

思い出した。菊地真。そう、戦闘スタイルは戦士だったのね。
城で私に話しかけてきた。

まさかこんな綺麗事を言うとは。お笑いね。

ありがとうございます。すっかりそんなルール忘れてました。

「はぁはぁ、やっと森を抜けたわ……」

「ああ、大丈夫?おばあさん!?」

「あ、あぁ……なんとか無事さね」


私の名前は 如月千早。
クロイ帝国に拐われた姫を救出するために雇われた勇者です。
一つ目の森で菊地真と出会い、喧嘩をしながらも仲間になることができた2人は、(私は一人でも構わないのだけど)
旅を初めて3日目。
一つ目の森を難なく制覇し、2つ目の森へ。

その中でおばあさんと出会うのであった。

——森。


「おや、あんた達、こんな所で奇遇だね……」

「ど、どうしたんですかおばあさん!こんな森で!  危ないですよ!?」


森の中で偶然鉢合わせしたおばあさんに真が真っ先に駆け寄る。


確かにこの森は多少強い魔物が多くいるし、まだこの場所は地図から言っても 結構深い場所にある。

「すまんのう。この森にある山菜や薬草を取りに来ていた所、  いつの間にか随分と奥まで来てしまったようなのじゃ」

「そうなんですか……おばあさんの住んでいた街は?」

私がそう尋ねると、

「えっと、この森を抜けて、あちらの方角にある  アズミンという静かな街じゃ」

と答える。

「アズミンって言ったら僕達も向かっている所ですよ」

真のいう通りで、私たちはとりあえずこの森を抜けたらアズミンで休憩をしようとしていた。

「そうね、そこまで一緒に行きましょう?」

「おや、ありがたいありがたい。森を抜けた所で平気じゃから
 そこまでお願いしようかのう」

「ええ、もちろん。私は如月千早と言います」

「僕は菊地真」

「黄石三穂という者じゃ、よろしくな」

——。

それから私たちは魔物からおばあさんを守りながら戦うのであった。
おばあさんは以外と勇気があり、私達が攻撃を受けると

「こら、若い女の子をいじめるでねぇ!」

と自前の杖を振り回した。

しかし、その度に攻撃を喰らい少ない体力のために
すぐに回復薬を目一杯使わないと死にかけてしまう。

回復薬は尽きてしまった。
安いものじゃないんですが……。
足手まと、いえ、やめましょう。
考えないようにしよう。ただ守ることに専念しよう。

一度一緒に行こうと言ったからには仕方ない。

回復薬……はぁ、街で補給しないと。
まぁ、街はこの森から歩けばそう遠くはないし、平気か。

「おお、森を出たか。ワシはここで大丈夫じゃ、ありがとう」

そう言いながら真におぶさっていたおばあさんは降り町のある方向とは逆を向いた。

「え? でも町はあっちですよ?」

「ええんじゃよ。ワシは町外れに住んでいる変人ばあさんで通ってるからな」

確かにこんなモンスターばかり出る森にわかって入るのは……。

「ふぇっふぇっふぇ、街で聞いてみなさい。町外れにいる変人のばあさんのことについて」

「そうですか。では私達も急ぎますので。ここでお別れしましょう」

「え? 千早!? せめて送らなくていいの!?」

「ここならもう街に近いし、モンスターも出ないわよ」

何より足枷が外れると思うとすぐに別れたかった。
申し訳ないことだけれど、ね。

「ならいいけど、おばあさん、良かったらこのホイッスルを使って?
 結構遠くまで響くものだから、魔物に襲われたらこれを吹いて?」

そんなもの持ってたのね。というかいつの間に? 元々持っていたもの?

「そしたら僕達が助けに行くから」

「おお、ありがたいありがたい。」


そして、ホイッスルを受け取ると真とハグをして 私とは握手をして歩いて行ってしまった。


「なんだか面白いおばあさんだったね」

「そう……ね。回復薬がもったいなかったけれど」

「そういうこと言うなよ!
 また買えばいいじゃないか!」

「じゃああなたの分はこれから2分の1にするわよ?」

「それは僕が死んじゃいそうになったらどうするつもりなんだよ!」

「千早って……そんなケチだったっけ?」

ジト目で見てくる真。

「べつにケチじゃないわよ」

森を抜け2人で見晴らしのいい草原進む。
少し歩くと街にまで続いてる獣道の脇に山のように大きな荷台が積んである貨車があった。
まるで本当に1つの山みたいになっている。
荷物は見事なバランスで積まれていて乱暴に間の荷物を引っ張れば崩れてしまいそうなものだった。
なんだろうか。

旅芸人の人? 貨車の先には首輪のついたゴーレムがいた。
たぶんこいつが押して移動してるんだろう。

「おやおや〜。森から出てきたお客さんかな!?」

大きな荷物の上からひょっこり顔を出したのは小さな女の子だった。
向かって左側にちょこんと小さく髪を結んでいた。

「んっふっふ〜。こんにちは。お姉ちゃん達。森はどうった?
 私は亜美って言うんだけど何かお困りじゃないかな? いいものあるよ〜?」

「そうね、すごく疲れたわ。いろいろと」

「いろいろとって……それはおばあさんのことか!?」

「んっふっふ〜。じゃあ回復薬がいるんじゃない?」

ぴょんっと荷物の上から私達の前に降りてくる。
くねくねしながら上目遣いをし

「じゃあじゃあ売ってあげるよ?特別に?」

「いくらで?」

「ふふん、そうだね。あの街で売っているものよりも  半額でどうよ?」

そう言いながらもうすぐそこに見えているアズミンの町を指差しながら言った。
次の町で買おうと思っていたからちょうどいいわ。

「そう、なら買うわ。5つほどもらうわ」

「まいどありー! ちょっと待っててね〜!」

ゴソゴソもぞもぞと、大量に積まれた荷物の山の中に潜り込んでいった。
頭から潜り込んでいったために短いスカートからパンツが丸見えだった。

そして、ぽんっと、頭、と胴体だけを荷物の中からひょっこり出して

「はい、回復薬!」

と渡してきた。受け取ってお金を渡す。
それからそのまま真を見る。
まるで胴から先が荷物から生えてるみたいになっていて軽くホラーだった。

「そっちのお兄ちゃんは何にするの?」

「僕は菊地真。れっきとした女の子だ!」

真は私とのやり取りですっかり慣れたようでさらっとツッコミを入れる。

「ありゃま! それは失敬。んじゃまこちん。何か買う?」

「そうだね、えっと、僕今いくら持ってたっけ……」

「新しい、防具が欲しいんだけど……」

ゴソゴソと腰に装備してあるポーチを漁る真。

「えっとね。……ん?」

「あれ?……あれ?おかしいなぁ……」

「どうしたの?」

「ないんだよ、何にもないんだよ!!」

ポーチをひっくり返す。
だが、なんにも落ちてこない。

覗くとポーチの中身は空っぽだった。

「森に落としてきたんじゃ……」

「いや、だって森にいた時は普通に道具はあったし使ったよ?」

「きっと口を閉め忘れて落としたのよ」

「えぇそんなぁ……! おかしいなぁ」

腑に落ちない様子でガックリする真をよそに亜美と名乗るその少女は

「なんだよ、まこちん一文無しかよー……。
そんなお金持ってない子はあたしゃ用はないんだよ! しっしっ!」

真はそんなことを言われながらも未だに納得いかないで空になったポーチを何度も見ていた。

「あ、お姉ちゃんの方はいつでも頼ってねぇ→」

「旅の商人、亜美ちゃんはいつだってあなたの心に現れるんだからっ☆」

キラッとウインクをし目から星を飛ばしてくる亜美。
可愛い。

「おっしゃー! んじゃ次の街まで安全航路をとって出発だよゴーレムちん!」

ゴーレムと、えいえいおー! をしてから荷物を山のように詰んだ貨車はゆっくりと動き出し行ってしまった。
せっかくの安い買い物のチャンスの前にがっくりと項垂れる真。

「ま、まぁ、きっと次はチャンスがあるわよ……でも私、少し気になることがあるのよ」

「……気になること?」

「盗まれたんじゃないかしら? それ」

「誰に……。今の商人に?」

「違うわよ……あのおばあさんに」

「また千早はそうやって!」


キッ、と睨みつけるが、真自身もあのおばあさんを庇える自身がなかったのか、 そのあと何も言えなくなる。

「だ、だけど……そんなの……わかんないよ。あのおばあさんは確かに
 おばあさんだし、すごく良い人だったじゃないか……」

「そういう人に限って、っていうのはよくある話じゃない」

「だけど……結構、歳もいっていたし、そんな体力……」

「そうなのよ……そこなのよねぇ……」

それだけはどうもわからなかった。

————森、出口。



「ほう……あの、青い子の方が鋭いようだねぇ……」

よぼよぼの体に杖をつきながら森から離れていく。

「って、もうこんな喋り方はしなくてもいいの」


ベリベリベリ……。


顔から変装用の特殊マスクを剥がす。
それから魔法で骨格を変えていたのをもとに戻す。
魔法で加えているから絶対にばれない。
あっという間に金髪美少女に元通り。

「ぷっ、あの人達とっても面白かったの……」

「黄石美歩だって……ぷぷっ、きいしみほ……
 本当の名前は星井美希だってのに……可愛いんだから二人共!」

————森、出口。


「ほう……あの、青い子の方が鋭いようだねぇ……」

よぼよぼの体に杖をつきながら森から離れていく。

「って、もうこんな喋り方はしなくてもいいの」

ベリベリベリ……。

顔から変装用の特殊マスクを剥がす。

それから魔法で骨格を変えていたのをもとに戻す。
魔法で加えているから絶対にばれない。
あっという間に金髪美少女に元通り。

「ぷっ、あの人達とっても面白かったの……」

「黄石三穂だって……ぷぷっ、きいしみほ……
 本当の名前は星井美希だってのに……可愛いんだから二人共!」

「まぁ、ミキからしたら本当にチョロいカモだったなあーって」

「真くん、結構お金持ちだったし、ミキちょっと好きなの」

「でももう全部もらっちゃったし、用なしかなぁー」

「そういえば二人共アズミンに入るんだった……。じゃあ少しあの街に保険をかけておく必要があるの」


————。

「でも、取られちゃったものはしょうがないか。武器さえあれば戦えるんだし……」

「あなたの回復薬はないから私はあげないわよ?」

「なんでだよ! 少しくらいもらってもいいだろう!?」

「よくないわよ。あれはさっき私が上手な買い物をしたのよ?
 見たでしょ?」

「うぅ……あっ!そうだ!!」

「何よ……半分ことかもお断りよ?」

「違うよ! 回復薬がなくても回復できる方法があるだろう!?
 魔法使いだよ! ヒーラーを探そうよ!一緒に度をしてくれる人!」

「……なるほど。それはいい案とは言えるわね……
 あまり足手まといが増えるのは気がすすまないけれど」

「誰が足手まといだよ!」

「真よ」

「違うね! 僕はそんなんじゃないね!」

こうして、次の街で魔法学校なりなんなりを探そうと決めたのであったが……。



ズバァァアンッ!!


森の木々が倒される音が聞こえた。
さほど遠くまで行ってない森。
まだまだ見る距離にある森。

だが、振り返るとそこには見たことのあるモンスターがいた。

馬のような体が帯電して白く光っている。
頭には大きな角がある。

「ゆ、ユニコーン!?」

真が大きく後退りする。
少しトラウマになっているみたい。
馬みたいなモンスターだけに、ぷっ。
あ、いえ、今のは忘れてください。

「だ、だってあの時倒したのが、恨みで追ってきたのかもしれない……!!」

「そ、そんな……バカな……森を一つ挟んでもなお追いかけてきたの!?」

しかし、私達の動揺も関係なく頭を振って足を踏み鳴らしている。
突進の合図。

幸い森を抜け草原地帯にいる今、
広く短絡的な突進攻撃は避けることは容易いが、
実に回復薬が5つと少なさでは危険である。

「ま、待って真。あのユニコーン……角がある……確かに斬ったはずよ」

「そんな一週間や二週間で生え変わるわけない……」

「あれは……私達が倒したユニコーンの恋人……これはたぶん、オスのユニコーンよ……」

だとしたら非常にまずい……。
恋人の、それもユニコーンのシンボルでもある角を切り落として
背骨とかバキバキにして来たのを帰ってきたオスが見つけたのだろう。

きっと怒り心頭で追いかけ続けたに違いない。
幸いなのはあの足手まとい、ぶっちぎりNo.1のおばあさんと別れたこと。

おばあさんはもう近くにはいないだろうし、そっちに行く心配はないにしても
こちらの命が心配である。

ドドッドドッ!

大きく地面を揺らしながら突進してくる。

なんとか横に飛び、避けるがすぐにユニコーンも振り向き二回目の突進を決めてくる。
剣を抜き刀身でガードをする。
しかし圧倒的な力で角が目の前まできてどんどん押されていく。

「千早ぁぁ!!」


ドンッ、と大きな音を立てながらユニコーンの胴体を殴りつける真。
ユニコーンは大きく飛び退き、体勢を建てなおす。

それから 、真に向けて今度は走りだす。

「こんな所でやられるわけには……! 僕の必殺技を見ろ!」

そう言うと突如、真の拳には炎が宿り出す。

「行くぞ! ファルコンパーーーンチ!!」


何かしら。わからないけれど色々アウトな必殺技が炸裂する。(したと思う)

残念ながらファルコンの幻影はでないが ユニコーンの顔面にヒットする。

殴られた衝撃で突進の起動がずれて真には当たらなかったが、
非常に怒っているのが目に見えてわかる。

角に電撃を集めだすユニコーンに対し、あの時みたいに上手くいくのだろうか。
おそらく攻略法的には同じなのだろうけれど、このユニコーンのが相当厄介だろうと、感じる。

角から電撃が走り、剣の刀身で受け、電撃を受け流し弾く。

その隙に真が走っていくが、後ろ足の蹴りをモロに喰らう。

「ぐあぁぁっ!」


ズザァァアッ!


草原をダイナミックに滑り、転げる真。
そして……立ち上がらない。

だから足手まといなのよ、とも思いつつ。

(何をしているの真、早く回復を……)

(しまった……持ってないのか……!!)

(分け与えておくべきだった……)


再び来る電撃を剣で弾く、とすでにユニコーンは体を真の方に向けている。
真が危ない!

しかし、ここからユニコーンを追いかけるには人間の脚力では不可能。ましてや追い越して真を助けるなんてもっと無理。 追いつけない。



「真ぉーーーーっ!!」

ドッドドドド!!


ズドォォオオンッ!!

その瞬間、横から何か大きな物がすごいスピードでユニコーンにぶつかった。
怪獣大決戦でも見てるかのような迫力だった。

そこにはユニコーンに横から体当たりするベヒーモスがいた。

ユニコーンが軽く吹っ飛び、草原に倒れる、そこを追い打ちをかけるかのように 顔面を殴りつけまくるベヒーモス。

ベヒーモス大暴れ。


「いいぞー! いぬ美ー! やっつけろー!」

私の目の前には大きなポニーテールをした女の子が立っていた。
踊り子なんではないかと思うくらいの大胆な服。
私もあんな格好できたら……いや、しないけれど!

その少女は振り返るとニカッと笑い


「もう大丈夫だぞ! でも、君たちすごいね!
 あのユニコーン相手に生身で戦うなんて」

「は、はぁ……」

あなただって戦っているのでは……?
あのベヒーモスはどうみてもあなたのでしょう?

いぬ美がベヒモスとはな

「いいぞー! いぬ美! 噛み付き攻撃だ!」

いぬ美、もといベヒーモスはそれでもユニコーンを殴り続ける。
どうやら言うことを聞いていないらしい。

いぬ、というのは昔、本当に小さな頃、絵本で異世界のことを書いたもので見たことがある。
首輪でつながれて人なんかよりもずっと小さい動物。

その動物に人々は癒しを求めて飼うのだけど。
このベヒーモスはどうみても癒しを求めて、というよりかは完全に戦力だけど……。

「うぎゃー! 違うぞ! 殴る、じゃないぞ!?」

いぬ美、大暴れ。
ユニコーンはすでに意識がない様子。

「こらー! 言うことを聞いてよー!」

その場で地団駄を踏むその少女はあきれ果ててとうとう

「もう、言うこと聞かないから戻すからな!」

と言い、小さく呪文を唱えてる。

ベヒーモスを囲うほどの大きな魔法陣が足元に現れる。
そしてその中に吸い込まれるように消えていった。

一方、ユニコーンは全くと言っていいほど動かなかった。

撲殺。

恐るべし、ベヒーモスの本気。

ユニコーンの角を回収してからついでに真も回収。
真には無理矢理に回復薬を飲ませとりあえずは回復させる。

真自身は怪我は回復したが気絶してるままだったのでとりあえず背負って、町へ向けて歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」

目の前の道を通せんぼする先ほどの少女。
悲しそうな目眼差しを向けられた。

「うっ、そ、その、さっきはありがとう。助かったわ」

「でしょ!? でしょ!?」

うざい。そんな風にキラキラした目を向けないで。

「自分、我那覇響って言うんだ! 今は訳あって旅をしてるんだぞ!」

「そう、我那覇さん。……それじゃあ」

「ちょっと! ねえ! 待ってってば!」

「何?」

少し冷たく言い過ぎたかしら?
今にも泣きそうになっているのだけど。

「ねえねえ、君たち二人共、本当にすごいね!
 かっこよかったよ! 2人だけで挑んでさ!」

「……結局、ユニコーンを倒したのはあなたよ? 我那覇さん」

「そうだけどさ、でも自分自身で戦うなんて怖くてできないぞ……。
 2人みたいに強く、自分もなりたいんだ!」

キラキラと目を輝かせながらグイグイとこっちに……うぅ、顔が近い。

「だからさ、自分も少しだけお供させて欲しいんだ! ね?いいでしょう?」

「イヤよ、ただでさえお荷物があるのにこれ異常増やすのはごめんよ」

背負う真をチラッと見る。

「そんなこと言わずにさー! ねえねえー! 名前くらい教えてよ」

袖をくいくい引っ張って上目遣いをしてくる我那覇さん。
あの……人一人背負ってるんですけど。

「はぁ……如月千早。こっちのは菊地真よ」

「ねえ千早? いいでしょ?」

上目遣い……この上目遣いはズルい。

「あのベヒーモスがいればあなたは別にいいんじゃないかしら?」

「ベヒーモス? あぁ、いぬ美のこと?」

「実はいぬ美はそんなに言うことを聞いてくれないんだよ……」

「うーん、やっぱり召喚の時の魔法陣が間違ってるのかなぁ?」

とブツブツと腕組ながらひとりごとを言い出した。

「他にはバハムートのハム蔵とかいるんだけど……」

「うぅ、いいわよ、別に今呼ばなくても……あなたは、一体?」

「自分? 自分は召喚士なんだ!
 いろんな動物がいるんだけど、みんなと戦うのが一番好きなんだ!」

私にはとても真似できない眩しい笑顔をこちらに向ける。
なんだか、実はとてもすごい人が勝手についてくることになったのかもしれないわ。
ポテンシャルの高さ。

そうこう話ながら、いつの間にか町の入り口まで来ていた。

町は静かで綺麗な町だった。
まずは宿を探して、このデカイ荷物を置きたい。

「ねえ、千早! この街では何をするの?」

宿を迅速に見つけ、すぐに手配を済まし部屋へ。
部屋につくなり、真をベッドに放り投げる。

「はぁ……もうダメ。さすがに疲れたわ」

「うぎゃー! 可哀想だろ! もう!」

と言いながら真をちゃんとベッドに寝かす。

その横でテーブルにつき、一息つく。

「そうね、このままだと消費するだけの回復薬。
 これだけでお金が底をつきそうだわ。
 だからこの町でヒールの魔法を使える人を探そうと思っているのよ」

「へぇ〜、魔法使いか。じゃあここの教会に行ってみたらどう?」

「協会?」

「うん。自分、千早たちと会うまではこの町に元々滞在してたし、
 結構この町には詳しいんだぞ?」

それは願ってもない情報だわ。

「そこに魔法を使える人はいるの?」

「えっと、魔法ではすごく有名な、えーっと、何とか組って組合なんだけど」

「組合? 協会なのに」

そこはかとなく、地雷臭がするのだけど。

「そう、まぁ、でもとにかく行ってみましょうか」

「今から? あ、じゃあ自分も一緒にいくね!」

「わかったわ。じゃあ真には書き置きでもしておこうかしら」

真のためにこれから我那覇さんと2人で協会に行く事を書き置きして
宿をあとにすることにした。

宿を出ると我那覇さんは

「ほら、この町のどこからでも見れるあの丘の上にある建物がそうなんだ」

指をさす方角には丘の上にそびえる大きな教会があった。
どうやらこの町はあの教会を中心に成り立っている町らしい。

すると、

「おや? 旅の人かい? 協会に行くのかい?」

「そしたら是非、私の名前を使ってくれ」

「いや、私のを頼むよ」

「いや、私のを」

今の少しの会話を聞いたのか、町を歩いていたそこら中の人が
寄ってきて、同じようなことを口々に言い出した。

何? なんなのこれは。どういうこと?

「ごめんな、みんな。ありがたいけど自分が一番のりさー」

そう我那覇さんが近づいてくる人達に言うと

「そうか、なんだ」

「先客がいたのか……そりゃ残念だ」

と諦めて離れていった。

「あの、一体これはどういうことなの?」

「この教会の持つ宗教の勧誘をすると協会では願いが叶う道に
 近づく、とされていて、たくさんの人をみんなが勧誘したがるのさ。
 だけど、この町自体があの教会のものでほとんどの人が加入済みなんだ」

「だからああやって他所から来た客なんかにはみんで寄ってたかるってわけね」

なるほど。なんだかいよいよ怪しくなってきたわね。

「少し変わった町なんだよ。ちょっとおかしいんだ」

「そのことにも気づいてないんだ。だからやっぱりおかしいんだよ」

そう私と同じような感想を言う我那覇さん。
丘の上の協会を目指して歩き出す。

しばらく急な上り坂を登り、大きな教会の門についた。
洋風なその造りの門とは裏腹に野太い字で大きく
『萩原組』と書かれていたのを私は見逃さなかった。

協会には何も問題なく入れ、誰にも止められることもなく進む。
そこで一人のシスターに、萩原組の責任者に会いたい、とお願いすることに。

「お2人共、教義に興味がおありで?」

「自分、別にここの宗教は興味なムガムガッ」

「ええ、だから、その合わせて欲しいのだけど……だめかしら?」

折角のチャンスを水の泡にする所だった。
確かに興味が無いけれど、そうでも言わないと奥には通してもらえそうにはなかったので
ここは仕方ない。

シスターの一人に案内され礼拝堂のさらに奥に通される。
こうも簡単に通されていいものだろうか。

廊下には歴代の組長の名前と写真がでている。

そして、12代で最新なのか、そこで終わっていた。

「なんだか不気味な場所だぞ……」

我那覇さんはすっかり私の後ろに隠れている。

そして通された場所は大きく、そこはさっきとは別の礼拝堂のような広い場所だった。
奥からスーツの男が一人、とずいぶんと老けたおじいさんがでてきた。

「あなたが、萩原さんですか?」

一緒にでてきた付き人のような黒いスーツの男が椅子をサッと出し
そこには萩原さんは座る。

「ふん、お前たちは……信者になりつもりはないようだな」

ギクッ。

「見ればわかる。目の色が違う。魂の救済を神に求めた者とは違う。
 2人共まだまだ自分の力を信じているし、それを諦めようとしていない」

「そんなものに宗教は必要はない」

そう、萩原さんは言う。老いてなお鋭い眼光で私達を睨みつける。

「そう……ですか」

「ふん、だが、ここまで来てるのには何か用があるのだろう……。
 要件はなんじゃ」

ゆっくりとした口調で言う。

「私はバンナムから旅をしてきた勇者の一人です。
 応急の姫の事件はすでに聞いているとは思います」

「あぁ、もちろん知っている」

「そこでその救出に向かっている勇者の一人が私なんです」

「えぇ!? そ、そうなの……!?」

隣で我那覇さんが驚いていた。
確かに言ってなかったから仕方ないか……。

「なるほど……その勇者が何の用なんじゃ」

そわそわと落ち着かない様子で私と萩原さんの交互を見る我那覇さん。
何がそんなに気になるのだろうか。
とにかくみっともないから落ち着きなさい。

「はい、そこで私達と共に来てくださる僧侶、魔術に嗜みのある方を
 探しているのですが……どなたかよい人材はいないのでしょうか?」

ピクッ。
と萩原さんの眉が少し動いた。
これは何かある……。

断られる前に。

「もしかして、何か心当たr」

「あ、あのぉ!」

バンッ! と勢い良く開いたのは背後にあるドアだった。

うわぁ、とびっくりして声が漏れている我那覇さんを尻目に
振り返ると、他のシスター達とは違う格好をした、女の子がいた。

肌も白く、いかにもこのスーツを来ている付き人とは正反対のようなか弱い子だった。


ガタンッと座っていた萩原さんは立ち上がり、その子に向かって言った。

「雪歩、何故出てきた! 今はお客さんがいるのだぞ」

「ごめんなさい、お祖父様。だ、だけど、私、外の世界にどうしても行きたくて……」

「ならん!」

「ひぅ……」

大きな声にビクついたその雪歩と呼ばれる少女はそのまま黙ってしまった。
耐えられなかったのか我那覇さんが付き人の黒いスーツの男に聞いた。

「ねえ、あの子は?」

「申し訳ございません。お答えできません」

と流されていたけど。

組合。表の門にあった『萩原組』の看板。
この奥の場所の方がシスターよりも黒い服のスーツの男がたくさんいる。

……。何か嫌な予感がしてきた。

「だけど、私はいつまでもここには……」

「ならんと言ったらならん。外の世界はあまりにも危険すぎる」


「すみません、萩原さん。その子は?」

「おお、すまん。……恥ずかしい所を見せてしまったな。
 私の孫なのだ。名を雪歩という」

「よ、よろしくお願いしますぅ」

深々とお辞儀をされる。
釣られてこちらもお辞儀をかえす。

「こ、こちらこそ。私はバンナムから来た勇者の如月千早です」

「ば、バンナムって……あの首都の!?」

目を丸くして驚いたあと、尊敬の眼差しを向けてきた。

「あ、あの、バンナムってどういう町なんですか?」

グイグイとこちらに食いついてくる少女。
しかし、それを止める萩原さん。

「雪歩、部屋に戻りなさい」

「えっ!? で、でも……私もお話聞きたいんですぅ」

萩原(祖父)さんは萩原(孫)さんに諭すように言うが、この娘。
なかなか頑固な正確である。
だけど、それの血の元であるこのおじいさんも頑固でした。

「部屋に戻りなさい、雪歩」

「……はい」

とぼとぼと扉の向こうに消えていく、少女。
最後は結局、萩原(祖父)さんの方が勝ってしまったが。

それから、萩原(祖父)さんはこちらに戻ってきて、

「すまないね。お見苦しい所を……」

と先まで座っていた自分の席に戻りながら言う。

「いえ、大変かわいらしいお嬢さんでしたよ」

お世辞はあまり上手く言えないけれど、白くて綺麗だったのは本当。

「まさか……あの子が外の町に興味を持つようになるとは」

はぁ、と溜息をつく。
しかし、そこに畳み掛けるのは、鋭く、そして羨ましいぐらいに空気を読まない発言だった。

「なんで連れていっちゃいけないんだ? 自分、連れて行くなら雪歩がいいぞ」

隣でビクビクしなくちゃいけない私の気持ちにもなってほしいのだけど。

「そうかい……。ありがとう。だけど、雪歩はだめだ。あの子だけはだめなんだ」

「雪歩はまだ弱い。彼女自身は何もできない子供のままなんだよ。
 だからこの町からはまだ出すことができない。それに」

それに? まだ理由が?

「雪歩にはこの教会を継いでもらいたいんだ」

「雪歩の面倒はわしが小さい頃からずっと見ている」

「わしらは雪歩を必要とし、雪歩もまたわしらが必要なんじゃよ」

親の気持ち……というものなのかしら?

私にはもうわからないものだけど。いえ、知ろうとは思わない。
普通は親はこう思うのかしら?

「でも自分が今見た感じだと、それはじいちゃんだけがそう思ってるんだと思うぞ?」

ギクッ。
そろそろ猿轡でもして黙らせたいのだけど。

「だって、雪歩にそんなこと聞いたのか?」

「ほう。だが、それくらいは雪歩に聞かずともわかるもんじゃよ」

「ふーん、でもそんな風にしばりつけたら雪歩だって可哀想だぞ?」

ピクピクと萩原さんの眉が動くのがわかる。やめて、これ以上は。
生きて帰れなくなる。
本当に勘弁してください。こんな子、置いてくるべきだった。
いえ、連れてくるべきではなかった。慣れ合うべきではなかったのかもしれない。

「すまないな、帰ってくれないか……」

やっぱり。

すごく怖い顔をしている。
手で顔を覆っているけれどわかる。あれは間違いなく怒っている。

その後、私は我那覇さんを引き連れて協会をあとに。
が、正面の門を目の前にした所、門の隅の草むらから声が。

「あ、あの……!」

見ると、そこには先程の少女、萩原雪歩が。

「おお、雪歩! 一緒に来るか?」

素晴らしいくらいの笑顔を草むらにいる女の子に向けるけれど、だめ。
今ここでこの娘を連れていけば、私達は地の果てまでも追われかねない。

この町、そのものを敵にまわすようなもの。
ここは穏便にすませたいところ。

本当のことを言うと、私はもう彼女ではなく別の町で探すのがいいんじゃないかと思っていた。

「あ、あの……私、町に興味があって、それでつい」

「どうしたんだ?」

彼女の顔を覗きこむ我那覇さん。

「あの、今晩は宿を変えるか、今すぐ町を出ていったほうがいいです」

突拍子もないことに、驚いたけれど、随分と嫌われたものね。
説明不足で何がどうなるというのかさっぱりわからない。

「えっと……どういうことかしら?」

「さっきのこと……お祖父様はすごく怒っていました……」

「げっ!? そうなのか……じゃあ謝りに行かなくぅげぇ!?」

振り返り歩き出そうとする我那覇さんの首根っこを掴み、無理矢理止める。
首がしまったのか手の甲をパンパンと叩くがとりあえず話を進めなくては。

「それで、もしかしたら、いえ、もしかしなくてもお祖父様の部下の方々が
 お二人の宿泊している場所に今すぐにでも襲撃する可能性があるんです」

「いつもそうやって、お祖父様は自分を怒らせた相手を葬ってきましたから」


はぁ……。
どうしてこんなことに。元凶の方をチラッと見てもケロッとしていて何の罪も感じていない様子。

「すみませんでした。ご迷惑をおかけして」

ペコリと深々と頭を下げる。
しかし、もうどうにもならないことではあるし。

「いえ、それならば……今日中にこの町を出ればいいことですので」

とそう言い、私は我那覇さんを引きずったまま出ようとした。
すると、ガバッと抱きついてきた萩原さんは

「あ、あの……どうか、その時に私も一緒に連れて行ってください」

「え、えっと……」

言葉に困る。だから私達はあなたを今、連れていけば、狙われてしまう。
涙目ですがる、萩原さんにどうしても断ることができなくなってくる。
これ以上見ていると……。

気絶寸前の我那覇さんのことをすっかり忘れていて、手を放す。

「も、もちろんさ! 一緒に行こうよ!」

「ほ、本当ですか!? じゃ、じゃあ、今夜、月のでることには
 協会を抜けだして南の町の出口で落ちあいましょう!」

そう言うと嬉しそうにタタッと行ってしまった。

もちろん私は迎えに行くつもりはないし、次の目的地は西の方角。
町の出口は西の入り口を使うことにしてるし。

「これでまた仲間が増えるな!」

嬉しそうに話す我那覇さん。どう、説明したものか。

「そ、そうね……」

ごめんなさい我那覇さん。どうにもあの子を連れ出して仲間にする、
というのは少々危険なが気がするのよ。
だとしても、あれは彼女自身の問題だし、彼女が解決しなくてはいけないことだと思うし。

それから私と我那覇さんは2人共何も喋らずに宿まで戻った。
ただしく言えば、会話があまり続かなかった、と言うべきかしら?

我那覇さんも今は何も話す気分でないという私の思いに
ようやく気がついたのか、黙っていてくれた。

足早になる。
心のなかには協会からの襲撃が。
ただそれだけが気がかりだった。


そして、宿に戻ると、そこには宿は形をなしていなかった。

いえ、燃え盛る火の中で崩れていく宿がそこには確かにあった。

確かに、ここにあった。


今日はここまでにします。

いぬ美=ベヒーモス=バハムート=ハム蔵
ということか

ハムしか合ってないww

「真は!?」

しまった。荷物が……。 私の旅の道具が!
隣で今、我那覇さんが誰かの名前を叫んだ気がするが、今はそれどころじゃ——

「ねえ、今ひょっとして中々酷いこと考えてなかったか?」

ジト目を向ける我那覇さんを無視して、宿に近づく。
危ない、だの危険だの、と私を止める町の人たちを無視する。

「真ーーーっ!」

「おーい! 真ー!」

燃え盛る宿の前では、宿屋の主が泣き崩れていた。
が、すぐにこちらに気が付き

「なんてことしてくれたんだ! 俺の、俺の宿が! お前たちのせいで!」

肩を捕まれ大きく揺すられる。痛い。
涙を流す宿主のおじさんを払いのけ、辺りを見渡す。

まだこのあたりにいるはず。

犯人は明白。
恐らくこの辺りに黒い服を着た人間がいるはず……まだそう遠くへは。


……いた!

今、あの角をサッと曲がっていったのを見つけた。

「あっ! どこ行くんだよ千早!」

我那覇さんの声が聞こえるが、関係ない。
今はとにかく犯人を捕まえないと。

正直な所、あの程度の火事で多少真が火傷の被害を受けても
死んでしまうなんてことはありえない。
そういう図太さも持っているし、絶対にそんな情けない体力なわけがない。

背中から剣を抜く。

黒い服の男は顔が見えなかったが、すぐに追っていることに気が付き、走りだした。
こちらも追跡のスピードをあげる。

が、速い。何て速さなの。
身体強化系の魔法を使っている。

これでは追いつくどころか、見失わないのが精一杯。

町中を走り抜ける黒い服の男。
咄嗟に屋根の上に飛び移りだした。そしてそのまま屋根の向こうへと消えてしまった。

もう無理だ。追い切れない。ここから屋根の向こうの道へ行くには遠回りになる。
そんなことしている時間はないし、それにあの身体強化系の魔法がかかった状態の人を追うなんて。

それこそ人ではない。
通常の人間の私では無理だ。
いくら私が……。

ここは一旦、荷物が心配だk、いえ、真が心配だから宿に戻らなくては。

……。

……。


まずい。知らない町を駆けまわりすぎたかもしれない。……ここは、一体。
町のどの辺りに位置する場所なの。

「罠……」

次から次へと現れる黒い服の男。
なるほど。誘い込まれたわけ……。

剣を構える。

「すまないが命令なんだ」

誰かが喋った。同じような格好をしている人間達、今のを誰が発言したのかもわからない。
まずい……。この人数はさすがに一人では。

真も心配だし。どこにいると言うの。真……!

〜〜真side〜〜



「う、うーん。こ、ここは……?」

ベッドから起き上がる。
辺りを見渡す。
どこかの家? いや、たぶんここは宿。

千早は? どこへ?
あの時確か……。

ユニコーンに襲われて、気絶したのか。
千早があのユニコーンにただでやられる訳はないだろうし。
きっと今は別のとこにいるのかもしれない。

部屋にある机に一枚の紙が。書き置き?

『協会に行ってきます   千早』

協会? 窓から景色を見る。見慣れない町。ここが目指していたアズミンだろう。

しかし、協会に何の用事があるのだろうか。
すごく宗教とかそういうのは好きそうじゃないのに。

一先ず下に降りて誰かに話を聞こう。
宿の人でいいか。

「あの、教会というのはどこにあるんですか?」

「ん? あぁ、起きたのかい? 倒れた人を運び込んできた時には驚いたが、
 君も随分とタフなんだね」

「ええ、まぁ。鍛えてますから」

ほめられてしまった。いや、そこで喜んでる場合じゃないって!

「協会ならこの町の一番高い丘にある建物がそうだよ。
 外に出て見ればすぐにわかるさ」

「へえ」

言われてすぐに外に飛び出してみる。本当だ。あれが……協会。
あんな所に一体何の用事が?

「すごいだろう? あれはこの町の自慢なんだよ」

中から宿主が話しかけてくる。
ボクもすぐに中に戻る。

「確かにすごいですね。あんなに大きなものを建てるのは
 相当な権力がないとだめなんだろうなぁ」

「あぁ、もちろんさ。あそこの人はすごい。とにかくすごい。
 なんて言っても世界有数の魔術一族だからね」

へえ。魔術一族か。なるほどね。
魔法使いでも探しに行った、って所なのかなぁ?

今から行っても知らない町でスレ違いになったり迷子になるのは危険だし、
ゆっくりここで千早の帰りを待っている方がいいかもしれないな。

「はあ、なんだかすごい時間寝てた気がするからお腹すいちゃったよ。
 ねえ、晩御飯とかってこの宿は用意してくれるの?」

「……?」

店主は怪訝そうな顔をした。
まるで何を言っちゃってるんだこいつ、とでも言いたげな。
そういう晩御飯付き、なんてサービスのいい宿に泊まった訳ではなどうやらなさそうだなぁ。

でもこの匂い……。

「晩御飯は付いてないのか。残念だな。でも一体、何をさっきから焼いてるんですか?」

少し焦げ臭いような……。

「……! なんの匂いだこれは!?」

店主が慌てて奥の部屋に入る。
扉を開けた瞬間に黒い煙が飛び出した。

出火場所は宿の奥の部屋。
その部屋はすでに火の海になっていた。

まずい……この宿の材質じゃ、この火力は持たない……。

火の元の対策なんてのは魔法しかないし。
ボクは魔法を使えない。

「すぐに逃げないと。おじさん! この宿にいるのは何人ですか!?」

「運良く君が一人だ……」

店主はその場にへたり込んでしまった。
長年続けていた宿の業務が一瞬にして、そしてこの火によって崩される。

「おじさん、早く逃げて!」

ボクはまずは二階にあがり、自分の部屋に入った。
自分の荷物と千早の荷物、それからもう一人の荷物がある。
一体誰の? まぁ、いい。
わからない。でもとりあえず荷物は確保しないと!

3人分のに持つを窓から放り投げる。
その後も他の部屋をまわり同じように荷物だけは救出してあげた。


可哀想じゃないか。宿に泊まって帰って来たら宿が燃えていて一文無しになった、なんてことがあったら。

頭の中で千早がボクのこの行為を無駄だと笑っている姿が見える。
いいさ、きっとこうやって頑張った方があとが気持ちいいからね。

それから1階に降りて店主のものと思われるものはあらかた外に放り投げ助けることに成功した。


「ま、まずい……もう火が……!!」

火が周り、柱が崩れてくる。
その中で一人の人影を見た。あれは店主でも居残っていた宿泊客でもない。
じゃあ誰……。


「おい、待て!!」

黒いローブを来て、頭もフードをかぶってよく見えない。
その男はすぐに火の奥に消えてしまった。

逃がすわけにはいかない!!

お前が犯人なんだろう……!!

「はぁぁぁぁぁッッッ!!」

全身に力を入れる。拳を握りしめ、声を全力で出す。
アドレナリンを出す。

自らの意志で……。


「おらぁぁっ!!」

気合で燃え盛り、僕の行く手に立ちはだかる柱をぶっ飛ばす。
そして、窓に体ごとつっこんで外に飛び出した。

パリィィンッ!

外にいた野次馬たちからどよめきとも歓声とも言える声がザワザワと耳に届いた。
あいつは……。いた!

よし、あそこだな。

黒いローブの男は踵をかえし走りだした。
建物の中だったからこそ全力のスピードは出せなかったものの、
ここはもう違う……!

そのスピードは遅い……!!
脳内でリミッターを解除したボクの速さには到底敵うまい。


正面にあっという間に回りこむ。

「……っ!!」

「遅いよ……。あんたが犯人だね」

「……まに……」

「……?」

ぼそっと何かを言った気がしたが、一体何を……?

「神の御心のままに!!」

狂ったように目を赤く充血させたその男は何かの棒を持って襲いかかってきた。

「ま、魔法使い……!」

あの棒はただの木の棒なんかじゃない。
魔法の杖だ。

ギクリとする。戦闘状況において、明らかに遠距離戦を普通とする魔法使いと近距離戦の
専門であるボクではこの状況はヤバい。

小さなその杖の先端から炎が噴射される。
瞬時にその杖を判断できたから、後ろに大きく飛び退いたボクは、
すぐに、蹴りの爆風で炎をかき消した。

当然のようにやってみせたけど、実はかなり労力を使う。
スタミナを一気にかき消すほどの蹴り。

「しまった……」

炎で姿が見えなくなった瞬間を見計らって、その男は消えてしまった。
だが、すぐに街の別の方向でおおきな音がした。


ズドォォンッ!


この音は……千早の剣の音じゃないだろうか?
まずい……! もしかしたら……。

…………
……



「はぁ……はぁ……」

これは……不味い。いろいろヤバいけれど……。


「”凍てつけ”……!」

一人の男が杖から光の線を出してくる。
これに当たると、不味い。
咄嗟に飛び退けるが、その先にも

「”止まれ”!!」

光の線が。咄嗟に上着を脱ぎ、上着だけを止まらせた。
上着は時間を止められたかのようにカチカチに動かなくなった。

「……くっ」

対人だからこそ、下手に斬りつけることはできない……。
なんとかこの場を切り抜ける方法は。
囲まれている。

そうか……。


「やぁぁぁ!」


ズドォォンッ!


地面を大きく切りつけて大量の砂埃を立てる。
これで目眩ましにして、まずは体勢を建てなおさない……と。

「”風よ”!」

一人の男が発動した魔法により、
砂埃はあっという間になくなってしまった。

まずい。どうする?
どうすればこの場を切り抜けられる?

一人ずつ倒す? 無理よ、この人数を相手にするのは。
くっ……。


男達がじりじりと迫ってくる。……やられる!


「はぁぁっぁぁっっ!!」


ズンッ!

と音とともに私の横には一人の好青年が。
本当は少女なのだけど。

「ごめんね、千早。お待たせ!」

「……ずっと待っていたわ!」

本当に、待ちくたびれて思わず死にそうだったのよ。
今だけは真の到着に感謝しないといけないわね。

「さぁ、お前たち……覚悟しろよ……!」

男たちは全員魔法使い。となるとやはり、狙ってきてるのは
あの教会の人間たち。

頭の中を簡単に整理する。
起きてしまったことは仕方ない。別に今更我那覇さんを責める気にはならない。
生きて帰れればそれでいいくらいよ。

「”雷槌よ”」

杖から放たれる閃光を二人で飛び退ける。
私は左へ、真は右へ。

そして、私はすぐ近くにいた黒い男にみねうちをいれる。
男は建物に吹っ飛び、起き上がらなかった。

すぐに別の男に向かう。

まずは足払い。
振りかぶったソードは脛に直撃する。

フルスイング。

「〜〜ッッ!!」


声にならない悲鳴をあげた男は倒れ悶絶する。
すぐ隣にいた男が杖を向け、

「”炎よ”!」

と叫び杖先から炎を射出するが、
私はそれを倒れ悶絶する男を引き起こし、
そいつに浴びせた。

「あぁぁぁあああっ!!」

燃える男を蹴り押して炎を出してきた男にくれてやる。
よろめいた燃える男と一緒に倒れこむ。

すぐに後ろに助太刀にきた3人目の男は容赦なく振り返り際に手首に峰打ちを入れる。
切りつけるまではないが、骨は逝ったかもしれない。

杖さえ持てなくなればそれでいい。
手首を抑えるように喚く男の顎を再び峰打ちで切り上げ、気絶させる。

真の方も随分と大暴れしているみたいだった。

と、そこに。本日の元凶にして遅れた到着。

「やっと見つけたぞ! 自分も加勢するからな!」

スタッ。

と建物をつたってきたのか、屋根の上から飛び降りて登場した我那覇さん。

ニヒヒ、と笑いながら楽しそうにこっちを見る。
こっちは割りと真剣な命の取引をしているというのに、こいつは。


我那覇さんは両手をパンっ、と合わせると地面に両手の手のひらをペタリとつけた。
その瞬間我那覇さんの足元には大きな魔術式の魔法陣が……。

「来いっ! いぬ美ーーーー!!」

我那覇さんはあっという間に私の目線を通り越し、遥か上にいってしまった。
いぬ美、というのはベヒーモスに乗った我那覇さんは、自慢気に腕組をしていた。

「ゴー! いぬ美!」

「グモォォォォ……」

唸るいぬ美が次々に黒い服を来た男達をなぎ倒していく。
前足で振り払うかのように吹き飛ばしていく。
その強さは圧倒的だった。

目の前にある埃を払うかのようにいとも簡単に人を吹き飛ばしていく。


「”炎よ”!!」


一人の男が出した炎がいぬ美の顔面に直撃する。


しかし、いぬ美は頭を振ってその炎をかき消す。
全く効いていない。

レベルが違いすぎる……。


「えへへ〜、いぬ美、すごいぞー!」

我那覇さんは馬乗りになっていたところを
全身をべったりといぬ美に抱きつくようにして頬ずりをしていた。

なんて怪物の上にいながら楽しそうなの……。


「な、なんだあいつは……!!」

男達は動揺が隠せないでいる。
それもそうね、あんなデカイ怪物出されたら。

だけど、私達にとってはこれはチャンスでもある。

「真!」

「あぁ!」

二人でここはいっきに畳み掛ける!
まずは一人。杖を持っている手を剣の側面で叩き杖を落とす。
怯んだ隙に、鳩尾を蹴り上げる。


真も同じようにまずは杖を叩き落とし、
それからジャーマンスープレックスを男にかけていた。

とても女の子がするような技ではないのだが……。
しかし、とても似合う。
言ったらきっと怒られるのだろうから黙っておくけれど。



いぬ美に乗った我那覇さんはボンボン人を跳ね除ける。
おかげでこちらにも飛んでくるのを避けるのも大変である。

「ぐあっ!」

たまたま飛んできたのを避けたら正面にいた男に直撃して一緒に吹っ飛んでいった。
助かったけれど、なんだか安心できない。


「危ないじゃない!」

「ご、ごめんごめん!」

黒い服を着た男もあと3人。


「くっ、撤退だ……!」

「逃がすもんか!」


逃げようとする男たちを追おうとする真。
だけど、それはきっと無意味。
今はやめておいた方がいい。

「待って真! まだいいわ」

「なんでだよ千早! まだって……どういうこと?」

「いえ、彼らはきっと教会の連中よ」

「そ、そうなのか!?」


いぬ美を再び魔法陣の中に封印しながら我那覇さんは驚いていた。
どうして一緒にいったあなたが気がついていないのよ。
それにあなた黒い服の人に話しけけてたじゃないの。


「そっかぁ……。あそこの人なのか。でもなんで?」

「そんなの答えは簡単よ。あそこの娘、萩原雪歩が連れて行かれると思ったのでしょう」

「確かにあの爺ちゃん、すごい大切そうにしてたもんな」

「……?」


真はよくわかっていなさそうな顔をしていたので、最初から説明することにした。

——説明中——

「なるほどね。それで教会に行ったけど断れれて尚且つ怒らせて
 帰ってきて狙われてるのか」


宿へ帰りながら全て説明した。
我那覇さんも自分が悪いことをしたとようやく
気がついたようで、面目なさそうにしていた。


「自分、そんな風に怒らせてたなんて全然気が付かなかったぞ。ごめん」

「別にいいわ。もう起こってしまったことだし、とにかく宿の人には謝りましょう」


それから宿の人にはすごく謝った。
経緯を説明し、自分達がどういう状況にあるのかを説明し、
犯人は誰なのか、ということを説明する。

すると、驚いたことに、


「そうか……教会の方達の裁きだったのか。ならば仕方ない」


と受け入れだしたのであった。

それにはさすがの3人も驚いた。
というよりも不気味だった。
あの教会がこの街では絶対であるかのように。
いや、実際にそうなのだろう。


教会に行く前にも、教会に行くのかい、なんて聞かれてすごく人が集まってきていた。
絶対の信仰。恐るべき信者達。


それらを生み出したあの教会の真相は……?

魔法使いの名門がいるとは言われていたけど、恐らくあの教会。
本体は魔法使いの集団であろう。教会で見た人間たち全員が懐に杖を
忍び込ませていたに違いない。


幸いあそこで喧嘩にならなかっただけまだマシと行ったところだろう。
じゃああの雪歩は……?


名門中の名門。あのトップの孫娘。相当な使い手に違いない。
もしかしたら……気が弱いだけで戦ったら本当は強いのかもしれない。


「ねぇ、二人共」

「なんだ?」

「どうしたの?」

「あの教会に殴りこみに行くわよ」

「「えぇ!?」」

生きて帰れる保証はない。
だけど、この街はどっかおかしい。それらを直すためでもある。
私は国を代表する勇者の一人。真もそうだけど。


だったら、そういう活動だってしてもおかしくはないはず。
まだここはナムコ王国の街の一つ。


私の師匠もきっとそうするはず。
かつて私に剣のなんたるかを教えたあの人は。


少し前ならこんなこと、思い出しもしなかったのに。
きっと色んな人と関わりだしたせいかしら?




『困ってる人がいるなら、私は助けちゃうな』

『どうして? 私達にとってなんの利益もないことなのに?』

『利益? あるよ。困ってる人を助けて、ありがとうって
 言われたらそれはきっと、すっごく私達も嬉しいこと。
 その言葉が貰えたら、お釣りが来るようなものだよ』

「ち、千早、賞賛はあるの……!?」

「ええ、あるわ」

大丈夫。いけるはず。大した作戦ではないけれど。

「目には目を、よ!」

…………。

——教会、正門前。


パンッ。
我那覇さんは両手を叩き、いぬ美を召喚する。


「グルルル……」


唸るいぬ美に華麗に上り、跨る。
そして、背中をポンポンと叩きながら


「よし、暴れよっか、いぬ美」


「グォォォオオオッッ!!」


ガシャンッッ!


大きな音を立てて門を破壊する。

警戒は厳重なはず。
魔術結界や、術式のトラップもいくつかある。
私なら、あの木陰に一つは仕掛ける。

剣を構える。感情を無にする。
何も考えない。気持ちを全て剣に集中する。

イメージする。私の振る剣がその全てを斬りつけるイメージを。


「はぁぁぁ!」

ソードを一直線に振り、斬撃を飛ばす。


バキィッ。


何かが怖る音がすると共に目の前にあっただろう結界が消えていくのがわかる。
止まってる暇はない。

「我那覇さん、行って!!」

「任せるさーっ!」

ドドッドドッ。

といぬ美を警戒に走らせ、協会の正面玄関。
魔術結界の術式を一つ破壊することにより、結界の障壁を消した。
そのことによりようやく協会内部に侵入することができるようになった。

そして、大きな入口にいぬ美がタックルする形で突っ込んだ。
協会側からしたらとても恐ろしい光景だろう。

夜、いきなり巨大な怪物が玄関を破壊して侵入してくるのだから。


私は別の方向から侵入することに。
真もまた別の方向に。

さて、まずは私から。
裏口とは言わないまでもまずは二階の方の窓を破壊。
屋根に飛んで捕まり、なんとか登る。


そして、窓から侵入することに。連れて行かれた、
あのお爺さんと話をしたあの最深部……?
あそこにきっとあのお爺さんはいるはず。


この部屋は、誰かの一室だろうか。
ガチャと扉が開いた。
咄嗟の判断ではあったが首のあたりに一撃をかます。
もちろんソードの側面を使い打撃にはしているが、相当な威力であっただろう。
相手は気絶していた。


協会の中にいる人達は今頃、我那覇さんの方に集まっているはず。

ドアを蹴破るって部屋を出る。
廊下を走り、そして前にお爺さんと話した大きな礼拝堂へたどり着く。


突如、雷槌が迫る。

今のは避けるが正しかっただろう。
ユニコーンの電撃は剣で受けたことがあるが、さすがに今のは規模が違いすぎる。
今の一瞬であれだけの規模の雷槌を放てるのはやはり、
魔術一族トップクラスの萩原組。


「何やら騒がしいと思ったが、お前さんか」


大きな杖をついて歩いているお爺さんは昼間の萩原さんその人だった。

「あなた達は間違っているわ」

「おうおう、出会い頭に否定されるとは思わなかったわい」

杖を向けた瞬間に突風が。
思わず吹き飛ばされそうになる。

剣を地面に突き刺し、なんとか持ちこたえるが、
次の瞬間には電撃がこちらに向かっていた。


剣を引き抜き、近くの長椅子の影に隠れる。


「はぁぁぁっっ!」


何度も出せる技ではないのだけど。
長椅子から飛び出し、萩原さんに向けて斬撃を飛ばす。

「ふんっ」

サッと横に飛び退き、すぐに杖をこちらに向けてくる。
老いてなおその身体能力!

敬意を払うわ。

ドゴォンッ!

萩原さんが振った杖から光が私に向けて一直線に飛んでくる。
間一髪で避けると、
私の避けた先にあった協会の長椅子が粉々に吹っ飛ぶ。

吹っ飛んだ? いえ、消し飛んだ?
まるで異空間に飲まれたかのように消えた。

今のを食らっていたと考えると……。


あの杖さえ折れば! 間合いが取りづらい。
魔法使いとの戦闘はこれだから嫌いなのよ。


次の大魔法を避けた隙に!
決める……!

〜〜真Side〜〜

はぁっ……はぁっ……。
くそ、一体どこに……!!

次々に部屋のドアを開けて探す。
角から出てきた男には一発腹に、二発目は顎に。三発目は横っ面に。
拳をそれぞれ打ち込んでいけば倒せる。一人一人とちゃんと戦えば楽勝だ。


間合いの取り合いはボクの方がスピード上だし、簡単に詰められる。
距離を詰めればこちらのものだ。


角を曲がる。
その一番奥には厳重に警戒されているだろう、
鎖が何重にもかけられた扉があった。


「これか……!」


〜〜〜〜

〜〜雪歩Side〜〜


あぁ、どうしよう……。
まさか、こっそり家を出ていくつもりがお祖父様にバレるなんて。
はぁ……。

きっと今頃、あの人達は待ってるかもしれない。
でも、外側から鎖をかける音がしたし。
もう部屋からはでれないだろうなぁ。



……ゴゴォォンッ。


え?

何? 今の音?

今の音は……建物が壊れる音。うちが壊されてる?
襲撃?

あぁ……やっぱり私がだめだめでこんな風に勝手に家を出ようとしたから
天罰が下ったんだろうなぁ。

ごめんなさいお祖父様。私がこんなにもダメな子だから。


ドゴォォォン……。


音が近づいてる。
協会の人たちの叫び声が聞こえる。
きっと私を殺しにきたんだ。

はぁ……萩原雪歩はもうここで人生の幕を閉じます。
今までありがとうございました。

協会の人たちの叫び声が近くなってくる。
この部屋の近くでも戦闘が行われてる……。


怖い。死にたくない……。まだ私……生きてたくさんのことをしたいのに。
外に出て、いろんな町を見て歩いて。

いろんな人の役に立ちたいのに。


ガチャッ。ガチャ! ガチャガチャンガチャ!


「ひぃッ!」

ついにこの部屋まで来てしまった。私を殺しに。
どうか楽に死なせてください。

ガンッ! ガァンッ!

鎖のかかったドアを何度も何度も叩く音。叩くという生易しい音じゃないけれど。

ドアを破ろうとする音はどんどん大きくなる。


「ひぃぃぃ……!」

体の震えが止まらない。差し迫る死がこんなにも怖いだなんて。

そして……ついに


ドガァァァンッ!


私の命を守っていた最後の壁は無情に壊され、
廊下の明かりでどんな人が来たのかも見れなかった。
眩しくて目を細める。

一歩。

部屋に入ってくる。

「こ、来ないでくださいぃぃぃ! お、お願いです。こ、殺さないでくださいぃ〜」

見苦しいにも程がある。
私は私のせいで殺されるのに。こんなふうにお願いしても。


その人は部屋に入ってきて、ようやく顔が見えた。
キリッとした顔立ちで、そして私に手をゆっくり伸ばしてきた。


「さあ、一緒に行こう。雪歩」

その人の優しい微笑みに、私の震えは止まっていた。

目が合う。
ドキドキする。さっきまでずっと殺されると思ってたその人がこんなにも
暖かくて優しい笑顔を向けたから?


この人は……もしかして、私を助けに来てくれたの?

不思議と手が伸びていた。


「……王子様?」

何を口走ってるんだろう私。恥ずかしい。
幸い聞こえてなかったみたいで本当に良かった。
でも、でも!

今、この人は、世界でたった一人、私を救ってくれる人。


「あ、あの、私を連れて行ってください……」

顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。
暖かい、細くて、綺麗な手。

でも、それでも私には心強かった。


「任せて! ボクについてきて! 君にやって欲しいことがあるんだ!」

「は、はい!」

私にやって欲しいこと? なんだろう。

「あ、待ってください。私の杖……」

危ない危ない。このまま家を出るなら杖も持っていかなくちゃ……。
私専用の、世界に一本だけの杖。私の背丈の半分もある大きな杖。

「すごい杖だね! さぁ、急いで!」

私は突然現れた王子様に、今夜どこかへ連れて行かれることになる。


〜〜〜〜

我那覇さんは上手く行ってるでしょうか……。

私はあまりあの娘のことはなかなか信用できないけれど、
それでも、きっとうまくやってくれると願いたいものね。


「ほう、何か考える余裕があるようじゃな」

「えぇ、まだあなたを黙らせるには時間がかかるみたいね、悪徳宗教さん」

「ふん、貴様が黙らんかい」


一瞬の隙により魔法により、体が浮かされる。
くっ、しまった。

そのまま吹き飛ばされる。
長椅子を何個も破壊しながら飛ぶ。
激痛。何本か骨が逝ってるかもしれない。


なんとか体を起こす。
目の前には電撃が。
体全身を使って飛び退ける。


もうこれが限界。


さっきまで倒れこんでいた所は吹き飛び、真っ黒焦げになる。
さすがに大教主。魔法の詠唱速度もほとんどない。


「ふん、呆気なかったのう。口だけの者よ。これで終いじゃ……!」

杖先には大きな火の塊が。
この大魔法をよければ! 間合いが詰められるはず。

だめ、もう無理。動けない。
だけど、私ひとりがこんな所で終わるわけには……。


終わるわけにはいかない!!


師匠。力を貸してください。


「うあああああああ!!」

聞こえる。師匠が元気をくれる声が。
私の心の支えの一つ。


『大丈夫。千早ちゃんならできるよ』


飛んでくる大きな火の塊を大根切りでぶった切る。
振り下ろされた剣を萩原さんが持っていた杖めがけて切り上げる。

「なっ!!」


よし、杖さえなくなれば!!


「ふん、杖さえなくなれば、魔法が使えないとでも思ったのか?
 愚かしい……! 魔術名門、萩原一族を舐めるな!」

手の平から直接電撃を出す。もう避けられない。


「う、ぁぁああああああッ!!」

床に何度も打ち付けられながら転がる。
何かにぶつかり、やっと止まることができた。

「バカめ、杖がなくなることは多少の詠唱速度や威力は落ちるとしても
 魔法が使えなくなるということにはならんわい」


不覚。


「その愚かさを嘆きながらあの世で詫びるがいい。
 臆することはない。ここは腐っても協会。天への導きは怠らん」


指先に閃光を溜めながら歩みよる。もうダメ。

薄れゆく意識の中で、頭には走馬灯のように
忘れかけた笑顔が。



『お姉ちゃん、歌って! 歌ってよお姉ちゃん!』



あの歌は……なんて歌だったかしら。
始まりは、歌の始まりはどんなだったかしら。

「鳴くこと、なら……容易いけれど……」


不思議に頭では歌詞なんて思い出せてない。
だけど、口からは歌がこぼれ落ちるようにでていた。

私は気がつけば、剣を握り、萩原さんを目の前にしていた。
口は動く。自制が効かない。

でも、なんだろう。

嫌じゃない。
こんな時に、私、ばかみたい。

頭を強く打ったのかしら?


歌を。
唄っているのよ。

「貴様……あれだけの魔法をくらっておきながら動けるとは!
 それに、それになんだその光は……!」


何かを叫んでいるのかしら? 聞こえないわ。
私の口からは歌が。

まるで壊れたオーディオ機器のように歌を奏でる。


歌を唄っているのはわかる。
でも、やめようとも思わない。
むしろ清々しい気持ちで唄っている。


「貴様……、まさか……待て。聞いたことがあるぞ。
 あぁ、そうか、そういうことか! 貴様、アルカディアの人間か!」

バンッ。

「やめてください!!」

「”癒し”を!」


意識が鮮明になる。
急に、動けるようになる。


今、一体私は何を!?


目の前の萩原さんの手を蹴り上げる。


「ぐぁっ!」


指から放たれた魔法は天井にあたり、爆破する。
一体どんな魔法を一個人に使おうとしていたの……!


扉の向こうには萩原さん(孫)と真が。

「お祖父様、やめてください。もうこれ以上は」

「雪歩、何故お前が……」

起き上がり、十分な間合いを取る。
体力は大丈夫。体も最初にここに来たときよりもいい。

「ごめん、またせたね、千早」

「本当。遅かったじゃない」


今日は真に待たされてばかりだわ……。
あとで何か奢ってもらおうかしら。

「おのれ、これから雪歩がこの教会のシンボルとなり、さらなる
 繁栄を目指そうというのに……! なぜ邪魔をするか!」

「決まっているわ。それが悪だからよ」

「そうです。これ以上、街の人を魔法で騙すのはやめてください!」

「何を言う、私は騙してなんかいない。奴らは望んでワシを求めてきたのだ!」


やはりこの町はおかしかった。
何がどうして、こうなったのか……私にはわからないけれど。
でも、いつか見た部屋の歴代の写真を見る限り。
きっとこの人も生まれた時からこうなのかもしれない。

「あなたがそこまでする訳は一体……?」

「決まっている。富と名声、地位。全てを手に入れるためだ!
 まだ満足がいかん! もっとワシを認めるのだ!」

「例え、騙しても……」

「そうだ! 例え騙しても、この大魔法を解く呪文、”ユリシー”を
 みなの前で言わない限り、奴らは永遠とこの教会の虜なのだ!」

「はぁ……。本当に脳のない、お気楽宗教だったのですね。
 形ばかりで騙してきて。必ず衰退する時期は来るのに……」

「な、なんだと貴様……国の勇者ごときが!」

「萩原さん」

「はい、お祖父様。今のお言葉。全て町中に流させてもらいました」

「直接脳内に流し込みましたので、信教徒の信仰はもうほとんどありません」

「なあぁぁぁあ!! な、なんてことを!!」

「き、きさまぁ! それでも我が孫娘かぁぁ!」


手から炎を生成する。
しかし、それを孫である萩原さんは杖を軽く揺すっただけで消してしまった。


「孫娘にあなたは敵意を向けるのですね。私は破門されます!」

「今からは私は好きなように生き、好きなように自分の人生を歩みます!」


そう強く言い切った。


「ま、待ってくれ、雪歩……」


絶望に打ち砕かれた萩原さんは膝から崩れ落ちた。

この後、黒い服の男達が、(彼らもまた騙されていた)捕まえに来て、
街中の人たちが夜中だというのに教会に集まってきてしまい。
大騒動になった。


暴動とまでは行かなかったものの。
かなりの騒ぎになったために、国が動き出すかもしれない、
ということで私達はさっさとこの街から出ることにした。


終わってみれば呆気なかったのかもしれないけれど、
あの時、私は萩原さんを前に何故あんな無意識の状態を保っていたのか。
それだけが気がかりだった。


誰にも見つからないようにこそこそと協会を抜け、
魔法が解けたことにより自分達が操られていたことがわかった協会の男たちは
あっという間に萩原さんを捕まえた。

その様子をそっと見守る孫娘は小さな声で

「ごめんなさい。行ってきます」

とつぶやき、その言霊を光に乗せもみくちゃにされてる萩原さんの所へ飛ばしていた。

見送りもない、誰も知らないような出口まで私達は来た。

「雪歩、あんなお別れで良かったの?」

悲しそうな顔をしてる萩原さんに真が話しかける。

「う、うん……平気。ありがとう」

出口の所には我那覇さんが立っていた。
そういえば協会に置いてきた、と思っていたけど、どうしてここに?


「おーい! 遅いぞー!」

あはは、と笑いながら大きく手を振っていた。

「みんな酷いぞ! 少しは自分の所にも助けに来て欲しかったんだからね!」

「あ、あはは……ご、ごめんごめん」

「そうね、ごめんなさい。私達も私達で手一杯だったのよ」

「えっと……響ちゃん、だっけ?」

萩原さんが我那覇さんに近づく。

「うん、そうだよ! どうかしたのか?」

「ううん、ほっぺの所、怪我してる……今治すね。”癒し”を」

指を一振りする。
あっという間に傷は消えていった。
これくらいの傷ならば杖を振るまでもなく指で十分なのかしら?

またしてもとんでもない人がついてくることになった気がするけれど。

私は今回のことは結局良かったと思っていた。
私のことを助けてくれた人を結果的に救うということになった。

住んでいた町は混乱に陥れてしまったけれど。
これでアズミンがいい方向に向かっていけばそれでいい。
少し世直しをしたことで気分がいいのか、舞い上がってるのかもしれないわ。


必要な戦力よね、この回復能力というのは。
彼女の大きな才能。

首都のバンナムよりは全然小さな町だけれど、
町全体の人の脳に声を届かせる魔法。

すごいなんてものじゃないわ。

「おお、すごいぞ! ありがとう雪歩!」

「本当に雪歩の魔法はすごいね!」

「と、とんでもないよぉ……。えっと、そういえば名前まだ聞いてなかった……」

「ボクは菊地真。真でいいよ!」

「は、はい!」


なんて会話をしながら居座れなくなった町を出る。
月夜の明かりに照らされながら広い草原を歩いている。


私達は2人からいつの間にか3人に、そして4人に増えていた。

次に向かう町はもう国境付近。
そして、荒れ狂う紛争地帯。ニゴ。


隣国にして敵国、クロイ帝国へ渡る手段をここで考え無くてはならない。
そして、ニゴの町を国境を挟んであるクギューウの町。

恐らくこの2つの町に何らかの移動手段が残されてるはず。
例え敵国といえども、紛争地帯といえども、
町同士の貿易なんかは行われていてもいいはず。

そこに上手く潜り込めれば……あるいは。


新たに増えた、我那覇さんの召喚士としての召喚獣の高い戦闘能力。
そして萩原さんの異常な魔法スキル。
4人に増えた私達には向かう所、敵はなし。
……で、ありたい。



キサラギクエスト  EP�  教会の魔術一族編  END

途中誤字脱字が多くて本当にすみません。
今回はここまでにします。

駄文にお付き合いくださって本当にありがとうございます。

おつー

おつー
千早の師匠ってだれなんだろー

わからんなー(棒)


フリーダムひびきん可愛い

キサラギクエスト EP2.5  番外編



響「そういえば雪歩は他にどんな魔法が得意なんだ?」

雪歩「私? えっと……”お茶”かなぁ?」

千早・真「お茶!?」

千早(……何それ?)

雪歩「えっと、簡単に言うと……お茶を出す、魔法、かなぁ?」

千早「…………」

響「…………」

雪歩「うぅ……そんな風に疑わなくてもぉ」

真「じゃ、じゃあ、ちょっと休憩にしようよ!
  ほら、お茶の魔法も試してみたいし!」

…………
……


千早「というわけで……出してもらうんだけど、いいかしら?」

雪歩「うん、大丈夫だよ。一番得意だし」

千早(……それでいいのか魔術名門萩原一族)

雪歩「”お茶”よ!」


コポコポコポ……。


真「ほ、本当だ! 杖の先からお茶が出てる!!」

千早「しかも、極東でしか取れない緑茶の葉を使用してるじゃない……!」

雪歩「あ、じゃあ千早ちゃんにはレモンティーで。”お茶”よ!」


コポコポコポ……。


千早(お茶というかティーならなんでもいいの!?)

雪歩「はい、どうぞ」

千早「ありがとう……」

響「自分、さんぴん茶がいいぞ!」

雪歩「はーい、”お茶”よ」

コポコポコポ……。

響「おお〜! ありがとう雪歩! すごいな!」

真「本当に……美味しい」

千早「た、確かに味も本物だわ……」

雪歩「えへへ、ありがとう」

響「じゃあじゃあ食べ物も出せたり……」

雪歩「ごめんなさい。それはできないの……」

雪歩「魔法にもいくつかちゃんとルールがあって、
   元素のしっかりと存在するものなら出せるんだけど、
   元からない物質を作り出すということはできないんだ……」

響「そ、そうなのか……」

雪歩「うん、だからほら、元素のある”炎”」

ポォッ

千早(指先から小指の先ほどの炎を出して……保っている)

響「おお、なんか異世界のガス会社のコマーシャルみたいだぞ」

真「響はそういう本に影響されすぎなんだよ」

響「えー!? 別にいいじゃん」

雪歩「こういうのは簡単にできるんだけどね」

雪歩「一応お茶は水属性のものだからそこにお茶の葉の味を
   生成するための複合術式を脳内で組み込んで……。
   あっ、でも普通の魔法使いさんは術式を目の前で見えるように
   出すんですけど、私はそんなことはしなくても術式をダイレクトで
   完成させられるから」

響「あうー、なんか頭が……」

真「僕も頭がイタタタ」

千早「萩原さんもう大丈夫、なんとなくわかったから。
   二人の脳がショートする前にやめてあげて」

雪歩「えぇ!? だ、大丈夫?」

千早「つまり、水とか炎とか元素的なものは出せるってことね」

雪歩「複合術式の簡略方法は普通、腕を動かす時は脳で考えてから
   腕に信号が行って動く所を反射神経みたいに、直接、動かす、みたいな。
   謂わばショートカットみたいなものなの」

真「そのショートカットって誰でもできるってわけじゃないんでしょ?」

雪歩「うん、私の家の特殊な術式だともっと簡単にできるし、
   すごく使いやすいんだけど」

響「あ、でもでも自分も召喚獣は契約を結んでるんだけど、
  召喚の時は魔法を使ってるんだぞ!」

響「ほらっ」

真「うわっ、すごい、響の手のひらって今まで注目しなかったけど
  魔法陣がビッシリ描いてある……」

響「うん、これ、にぃにに描いてもらったんだ。これで呼び出せるんだ」

雪歩「へぇ〜、なるほどぉ」

千早(やっぱりあの意味不明な文様を全て解読できてるのかしら?)

響「ちょっと待って、自分、召喚獣を召喚できるってことは、
  普通の魔法も結構センスあったりするんじゃないか!?」

千早「でも今は何も知らないわけでしょ?」

響「ふふん、まぁまぁ、ねえ、雪歩! 何か教えてよ!」

雪歩「えぇ!? じゃ、じゃあ火属性の一番最下級のものでいい?」

雪歩「松明代わりくらいにしか役に立たないんだけど」

響「ふっふっふ、それを鍛えれば炎使いとしていろいろできるんだよね!?」

響「大丈夫大丈夫!」

雪歩「えっと、まず、初心者から中級者までは術式のスペルを
   手元に描いた方が間違いがなくちゃんとできるからそこから教えるね」

響「うんうん!」

雪歩「スペルを書くには体内の魔力エネルギーを書くもの……。
   本当は杖は書きやすいからそのためにあるんだけど、
   でも今は響ちゃんは杖がないから指に集めてry」

響「う、うん……! んん〜〜」

千早(萩原さんは指先で全く読めない文字を自分の目の前、空中に書きだした)

雪歩「まず火の元素記号を作成するために、この文字とこの文字を描いて、
   それから発動の条件である、記号と文字を描いてry」


響「ん、んん〜〜…………」

雪歩「それから呪文である”炎”を唱えるの」

響「うぎゃーー! 全然わかんないぞーー! 自分には無理! やめた!」

千早「まぁ、我那覇さんのは見え透いたオチだったけれど、
    私も今のを聞いても最後の呪文を唱えるって所しかわからなかったわ」

真「今の動作を雪歩はやらなくても出せるんでしょ……?」

千早(……やはり、天才だったか)

千早「って、真、何か肩についてるわよ?」

真「えっ!? って、うわぁぁあああ!! む、虫! 虫ぃい!」

響「げっ、それ、吸血虫だぞ! 早くどかさないと血、全部抜かれるぞ!」

真「うわぁぁ! 早く言ってよ!」

パンッ

千早「ちょ、やだっこっち飛ばさないでよ」

雪歩「大丈夫、真ちゃん!? 今やっつけるからね!」

雪歩「よくも真ちゃんの血を……。てぇぇぇいっ!!」



ボゴォォンッ!


千早「へ?」

真「……はい?」

響「……えっ」

千早(虫がいたと思われる空間が丸ごと……なくなった。
   飲み込まれた? どこに?)

真(いやいや、虫がいた周りの土とか草とかも丸ごと逝ってるよコレ)

響(きっと、別の亜空間に飛ばしたんだぞ……)



3人は雪歩には逆らわないようにしようと、心に誓った。



キサラギクエスト EP2.5  番外編〜萩原先生の魔術講座〜  END

今回はここまでにします。

EP2.5は30分も時間かけずに描いたから雪歩の口調に違和感を感じますが、勘弁してください。
精進します。

おつ

4人で旅をすることになり、もう1ヶ月が過ぎた頃。
私、如月千早自身の旅はもう半年以上が経過している。



今頃は城に集まっていたあの勇者達がどれくらいまで進行しているのかは
もうわからないけれど、私達はかなりの遅いペースで進んでいると感じて

いる。



途中、山道で我那覇さんが崖から落ちたり、
萩原さんが温泉を掘り当てたり,
我那覇さんが拾ってきた動物が猛毒を持っていたり、
我那覇さんが池に落ちたり、と色々していた。

だが、
現在、一行は国境付近の紛争地帯、ニゴの目の前の砂漠地帯を歩いている




この辺りはモンスターも国有の軍に所属しているモンスターがいたり、
帝国のモンスターがいたりと、大変であったが、4人でなんとか
乗り越えてようやくここまでたどり着いた。



そんな中で、私達はまた彼女と会うことになった。

荷物を積みすぎて山のようになっていて
ほとんどが荷物の荷車をゴーレムが引いて動く、旅商人。


幼い顔をしているが商売はしっかりと行う抜け目ない女の子、
前にあった時は右後ろに髪をちょこんと束ねていたようだけど、
今日は左に束ねているようだった。


まぁ、別段気にすることもないようなことだけど。


「んっふっふ〜、ねえねえ、お姉ちゃんたち、いい武器あるよー?」

「久しぶりだね、前に会った時はアズミンの前であったのかな?
 今日こそはボクもお得な買い物させてもらうからね!」


真がそう言うと、少女は首をかしげた。


「んー? 真美とは初めまして、だよ?」

「真ちゃん、知り合い?」

「ううん、真美とお姉ちゃん達は初めて会うよ?」

萩原さんは真に聞いたが、旅商人の女の子が答える。
でも、初めまして? どういうこと?

「別人……?」

「え? 千早……どういうこと?」


我那覇さんは別段興味無さそうに地面にヤンキー座りをしてその辺の草をいじっていた。子供か。


萩原さんはすっかり混乱していたが、どうやらこの少女は前にアズミンの
入り口で会った時の子とは別人のようだ。

「あー! なるほどね。お姉ちゃん達、亜美に会ったんだ!」

「そうだ! 亜美だよあの女の子の名前は……君は……えと」


真も思い出してきたようだった。


「真美だよー。えっと、千早お姉ちゃんに……」

「あぁ、僕は真。それからこっちが雪歩、あっちのが響」

真がささっと紹介を済ませてしまう。

「うんうん、じゃあじゃあ名前も覚えたということで、
 何が欲しい? いい武器あるよー?」

「千早お姉ちゃんの剣も随分、ボロっちくなってきたんじゃない?」

「そうかしら?」


そう言われてみればそうかもしれない、と剣を鞘から抜いて見てみる。
そこに食い入るように見てくる真美の顔。
それからこちらを見つめてきて、


「お姉ちゃん、ちゃんと整備してないでしょう?」

「そ、そんなことないわ。
 ちゃんと戦闘のあとには血を拭きとっていたりするもの」

「戦闘の無い時だってちゃんと整備してあげなきゃダメなんだよー!」

「そ、そうなの?」

「普通はそうだと思うぞ?」


横から我那覇さんにも言われる。くっ。
あなたに言われるなんて。

「自分も戦闘のない時以外にだって召喚獣達に餌あげてるぞ」


なんか違う。放っておきましょう、彼女のことは。


「そんなお姉ちゃんに……」

と言いながら荷物の中に潜って進んでいってしまった。
相変わらず頭から突っ込んでいくためにパンツが丸見えである。


そして、荷物を詰んだ車ごとがたごとと揺れたあとに真美は顔を出し、


「ほい、この剣! いいよー?」

「なに、これ?」

「性能自体は今の千早お姉ちゃんの持っているものと代わりはしないんだ

けど、
 なんといっても錆にくい! すごい! 最高!」

「それから魔法の属性の付加も付け加えやすいというお得感が!
 ゆきぴょんは魔法使えるよね?」


突然話を振られて驚いている萩原さん。


「う、うん。一応一通りは使えるよ」

「じゃあこの剣に炎とか雷とかいろいろつけられるから!」

「それで千早お姉ちゃんの強さもパワーアップだよ!」

「そうね、そこまで言うなら買おうかしら……」

「たまには千早、自分の買い物をするのもいいと思うよ」


と真。我那覇さんも頷いてし、萩原さんも


「うん、いいと思うよ」


と言う。

「そう、ありがとう。じゃあ買うわ」

「まいどありー!」


それから私は新調した剣を背負い、古い剣を我那覇さんにあげた。
我那覇さんは

「いらないんだけど……」

と言っていたが護身用に、と持たせておくことにした。

いい商売ができたと、満足をした真美は荷車を引くモンスターの方に飛び乗り、


「じゃあ、またねー! さ、ゴーレムちん。いっくよーん!」


と大きく手を振りながら私達がきた道の方へと消えていった。
私も新しく武器が手に入って久しく上機嫌だった。

それから街へ入る。
街はなんというか寂れていて、建物は茶色く汚れていた。


街全体も薄汚く、どこか居心地の悪い空気が流れてる。
そしてすれ違う人々は生気が感じられずにいつ死んでもおかしくないかのような
雰囲気だった。



そして時折鳴り響く、爆発音、悲鳴、怒轟。
せわしなく、だが、確実に戦闘の気配を感じさせられる場所だった。

萩原さんは大きな爆発音のなる度に体をびくつかせ、そちらを向いて、
それが遠くであることを確認すると少し安堵の表情を見せていた。
今からそんなでは本物の戦争に巻き込まれた時どうするのだろうか……。


そんな中、我那覇さんは

「あうー、お腹すいたぞ……」


と駄々をこねだしたので、まぁ、お昼時でもあるか、と私達も昼食をとることにした。
昼食はその辺のご飯屋さんでいいか、という話になり、店に入る。

店はかなりオープンになっていた。
普通はお店に入るのにもドアがついていて、
と思ったが、この街ではこれが普通なんだろう。


お店の人に聞くと、街に襲撃があった時に全員が逃げやすいように
ドアはなく開放的になっているとのこと。
なるほど。


「さて、じゃあご飯にしましょうか」

「やったー」


両手をあげて喜ぶ我那覇さんにお腹を軽くさすりながら

「実はボクもお腹ぺこぺこだったんだよー」


と真。
それから店の奥の屋根のある場所に座り、
つかの間の休息。

寂れた街の中で食べるご飯はあまり美味しくなく、
よくこれでご飯が出せたものだろう、
と思いみんなの様子を見てみると
萩原さんもどうやらそんな様子だった。


萩原さんにこっそり耳打ちで


「あまり美味しくないわね」

というと、申し訳なさそうに小さく頷いた。
丸いテーブルに座った私達4人はこれからについて喋りながらご飯を食べていた。

「じゃあこれから、
 あっちの帝国に入るためにここで準備をしなくちゃいけない
 ってことか?」

「そうね、だからもう少し、ここの街にはいるのだけど……
 でも、まずは色々と情報が必要よ」


そうやって話していると……
いかついオジサンに話しかけられた。
この店の人ではないみたいだけど。

「おい、姉ちゃん。
 その背中に背負っているもん、少し見せてくれないか?」

「……?」


男の人っ、と私の後ろで萩原さんがびくついているのがわかる。


「今時、剣が珍しいでしょうか?」

「そうじゃねえよ、ちょいと見せてみろってんだ」

「はぁ……」

仕方なく、背中から剣を下ろし、自分で真美から買ったばかりの
剣を鞘から抜き、刀身を見せる。


「あぁーーー!!」


突然の大声に萩原さんはビクついて小さくなる。


「やっぱりだ、やっぱりこいつはうちの店の剣じゃねえか!!」

「えっ?」

「いえ、これは……旅商人から買ったもので」

「いいや、間違いねえ、これはうちの店のもんだ!!」

「お前そんな旅商人とか言いながらあんたが盗んだんじゃあるめえな!!」

「おい、千早は確かに旅商人から買った、それは僕達3人が見ていたぞ!」


そう言いながら真が立ち上がる。我那覇さんも


「そうだぞ!! きっとあの旅商人が盗んだんだぞ!」


なんか違う。

「旅商人が盗んだものを転売しやがったってことか……」


なぜか納得しかけているオジサン。


「じゃあもともとは俺の店のもんなんだからあんたが払ってくれよ」

「どうしてそうなるのよ」

「うちの店だってなぁ……かなり苦しいんだぞ……」

「息子は戦争に巻き込まれ死んじまうし……」


と突然のお涙頂戴がはじまった。私はこういう話は好きではない。
どうしても思い出してしまうことがあるから。

「わかったわ。払うからあっちに行ってください」


刀を置いて、そして、お金をオジサンに払う。
思わぬ出費。痛々しい。でも、まぁお金は割りと余裕があったりする。
今度会ったらあの真美とかいう旅商人をとっちめてやらなくちゃ。


オジサンもそれで手打ちにしてくれたのか、
その後は何も言わずに去っていった。

「はぁ……」

「なんだったんだ……? あのオジサン」

「わからないわ……」


テーブルに再びつく、まだ残ってる。
皿の上の不味いご飯を食べる気にはなれなかった。


「ごちそうさま。もういいわ」


と言いかけた所でまた別の人が話しかけてきた。今度は女の人。


「ねぇ、あなたの持っている、その杖、もしかしたら
 私の家のものかもしれないのよ」


そう萩原さんに話しかけた。
萩原さんの装備してる杖に言ったのだろうか。
でも、これは確か萩原さんの一族の特殊な杖だったはず。

「おい、君、その椅子はこの店に来た時にいつも私が使っているのだ。
 使用料金を払ってもらうぞ!」

「えっ!? じ、自分そんなにお金持ってないぞー!?」


今度は我那覇さん……。
まさか……この店。
いえ、違うわ。店にいなかった人までもが来ている。
この街自体が。


「みんな、行きましょう……」

「うん」

ガタッ。席を立ち行こうとする。
しかし、次々に現れる金を出せと迫り来る
街の人たちが邪魔で店さえも出れない。


さらには店主までもが


「おい、いつまで店にいるつもりだ。
 居座った時間分の料金がまだ払われてないぞ」


と言い出す始末。この街……人の心までもが寂れているのかしら?

剣を背負い、外に、早く出たい。


「あ、あれ?」

「どうしたの千早……」

「さっきの……私の剣がない……」

「「「 えぇぇ!? 」」」

咄嗟に周りの人間達が黙りこむ。
あっという間にこんな大人数に囲まれてしまったのか。
買ったばかりの剣がない。誰かに盗まれた。
この乞食の街に住む、誰かに……盗まれた。


周りを見渡す。人と人の間。


「どいてください!! 道を開けてください!!」


真がいっきに戦闘モードに入る。
途端に溢れ出る真の尋常ではない殺気に
囲んでいた乞食達はどよめきいっきに離れた。

4人は一斉に店の外に飛び出す。
他の3人は荷物は取られていないみたいだ。


「我那覇さん、匂いでわかったりしないの?」

「えぇ!? さすがにそれはわかんないぞー!?」

「まったく、相変わらず使えないわね……」

「千早!? そんなことないぞ!?」

「千早ちゃん、あれ!」


萩原さんの指差す方向、遠くの街角に、
ボロい服にフードを被った少年が
私の剣を抱えて、消えるのを見た。


「いた!」


咄嗟に走り出す私をみんなが追いかける。
絶対に逃すものですか。

「もしかしたら最初のオジサンも全部ウソかもしれないね」

「そうかもしれないね、
 たぶんそれで街のみんながお金をくれる人だ、って
 思って寄ってきたのかもしれない……」


萩原さんと真の会話が後ろから微妙に聞こえる。
私は騙されたっていうの!? 余計に腹が立ってきた。


この街の住人だけあってさすがに逃げるのに手馴れている。
街の角を右に左に……。

くっ、おいつけない……? あんな子供に!

「千早ちゃん、ちょっと待ってね。今、身体強化の魔法かけるから」

「お願い、萩原さん」

「はい!」


萩原さんの手から白い閃光が走り、私の体を取り囲む。
すると、体がいつもよりも軽く感じる。何倍もの力を出せる気がした。

いや、実際には出ているんだろう。
どんどんと少年の後ろ姿が近くなる。

そして、飛び込む。
体をがっちり掴んで抑えこむ。


二人同時に倒れこみ、少年の手から持っていた剣が落ち、地面を滑る。
それを誰かに拾われたらたまったもんじゃない
と思った私は強化された身体能力で
滑り行く剣の行き先に先回りし、足で剣を跳ね上げキャッチする。


剣を抜き、いっきに少年の首にそえる。
残念ながら今は機嫌が悪いのよ。


「覚悟はいい……?」

少年は顔をあげた拍子にフードが取れた。頬には絆創膏をしていた。
だが、どこか街の他の人間のしていた目をは違った。


「くそ……化物め……」

「別に化物で構わないわ。人の道を踏みはずすあなたよりはましよ」


黙って私を睨みつけるその少年。
悪びれる素振りもなく。

「人の物を盗むという罪を知っているかしら?」

「うるさい、おっぱい盗まれた女に人間を語られたくないね」


殺そう。ここで首を落としてやろう。
振りかざす。


その時に後ろから羽交い絞めにされる。


「待った、千早、ストップ!」

「放して、真。殺すの。いいのよ! こんなヤツ殺したって!」

「お、落ち着いて千早! だめだってば!」

「あ、あのぉ……ど、どうして千早ちゃんの剣を盗んだのかなぁ?」


にこっ、と笑いながら中腰になって少年と同じ目線になって
話しかける萩原さん。
子供の男の子は平気なのかしら?


「うるせえちんちくりん」


プイとそっぽを向く少年。
次の瞬間には近くには穴が誕生していた。
そして、穴の中からはしくしくと泣く声が。

「こら、だめだろそんなこと言っちゃ」


ゴン、と軽くゲンコツをかます我那覇さん。


「いってぇ、何すんd」

「君、名前は?」

「……ぅ」

「名前。言えるだろ? 自分の名前だよ。ほら」

「……き」

「え?」

「高槻……長介」

今日は切りが良いのでここまでにします。
短時間大量投下すみませんでした。

…………
……


「それで、なんで盗んだんだ……?」

「お前らよそ者には関係ねえよ」


再びむっとする我那覇さん。


「そんな言い方はないぞ」

「そうね、とりあえず理由だけでも話してくれないかしら?」

「チッ、わかったよ……」

「剣を売り飛ばそうとしていたの?」

「そうじゃねえよ。この街ではどこも安く買い取ろうとしたがる。
 売る時はぼったくるくせにな」

「俺の家は貧乏で両親はずっと出稼ぎにいってて、帰ってこないし
 姉ちゃんもずっと働いてた」

「だけど、つい3日前。
 姉ちゃんは帝国の街にある貴族のお嬢様とやらに連れて行かれたんだ」

「でもそこで雇われたっていうわけじゃなく、
 ただそこに囚われているって感じなんだ」

「そこまでは俺がこの街で得た情報だから宛にはならないけど……」


帝国の街……。

敵地。

「真、ここから一番近い帝国の街って確か……」

「うん、この町と国境を挟んでちょうど反対側にあるのは
 クギューウの町だ」

背中の荷物から地図を取り出し、広げる。
そこに4人で顔を寄せて見る。
真が現在地であるニゴを指さす。

「ここがニゴ。そして、このラインが国境」

「国境近くの紛争地域とは聞いていたけど地図でみると
 やっぱりすごく近いぞ……」

「そして、これが帝国の一番近い街……クギューウの町」

「そうだ! 思い出した!
 確か、水瀬とかいう金持ちの家があるんだ」

「たぶんそこに連れ去られたんだよ……」

「なぁ、あんた勇者だろ。助けてくれよ……」


そういう長介の目は俯いていた。


「だめよ」


だからこそ、きっぱりと断った。

真と我那覇さんはやっぱり私の発言には驚いていた。
すっかり二人共助ける気まんまんだったようだ。


「じゃあいいよ、剣貸せよ」

「剣を使って何をする気?」


長介は真剣な眼差しで手をだしてきた。
思わず飲み込まれそうになるくらい、まっすぐな目をして。

「もともと剣を盗ったのはそのつもりだったんだ。自分で助けに行く」

「あんたのその強そうな剣で戦って、助けだしてみせる」

「たった一人の姉ちゃんだからな……」



——助けて、お姉ちゃん!

——優! やめて! 優を返して!



はぁ……。
またいい良いタイミングで出てくるのね、あなたは。
私もまだ未熟者なのかしら。

「確かにそうね。
 私に頼むんじゃなくて、助けたいなら自分で助けなさい。
 だけど剣は貸せない。これは私のよ」


「あなたのお姉さん、助けるためにはあなたが使うよりも
 私が使う方が何倍も戦力になるわ。
 だから、手伝いくらいはしてあげられる」



そう言うと長介も真も我那覇さんも安心した顔をした。
一方、近くにある穴からは未だにめそめそと泣く声が聞こえていた。

「さて、そうと決まれば助けに行くためには
 どうやって行けばいいのかしら?」

「そうだね、国境を超えるとなるとかなり難しいと思うんだよね……」

「戦地どまんなかをどさくさにまぎれて突っ込むってのはどう?」

「危険すぎるわ。戦闘の素人の長介がいるのよ」

「雪歩の魔法でなんとかならない?」

「そんなに万能じゃないけど、シールドぐらいなら……」


たとえシールドを張って特攻したとしても知らない地に潜伏して
逃げ回れるという自信はない。そんな危険な賭けにはでられない。

他に何か方法は……?

地上がだめならば空から? だけど空をとべるものは?

ある。一匹だけ。


「我那覇さん、バハムートで向こう側まで行けないかしら?」

「ハム蔵のことか? ハム蔵は人を乗せて飛ぶのはすごく嫌がるんだ」

「ましてや自分以外の人を乗せるなんてのはもっての外だぞ」

「そう……なら仕方ないわ」


全然使えないわね、ハム蔵。

「とりあえず様子だけ見てみましょう」

と言い。国境付近、立入禁止の戦闘区域に行く事にした。
本当に街を出ればすぐそこにあった。
こんな所でなぜ戦闘を。


戦闘の様子を少し見るだけでもわかるが、これは圧倒的にナムコ王国が
押されている。

戦闘区域の入り口には憲兵が鬼のような顔をして立っていた。

「なんだ貴様らは……。ここは立入禁止の区域だぞ」

「あの私は勇者なんですが……」

「勇者? あぁ、国がやってる催し物か」


ため息をつくように憲兵はいった。


「勇者が助けに何人か入ったいずれも全員死体になって返ってきたよ」

「どこに行きたかったのかは知らんがね。
 死体の処理をするこっちの身にもなってほしいものだ」

「だからとにかくここを通すわけにはいかないんだよ」


と言い、しっしっ、と手で払うようにする。
仕方なく街に戻ろうとすると見たことのあるものを見つけた。

それは後にぼったくりで偽商売で詐欺に
あったからこそ招待はわかったが、
それでも思い出しただけでもイライラとするほどのその荷車の形。


荷物が大量に積んであってまるで一つの小さな山のようなその形容。
よくぞバランスを保っているものだ、と思うほど。
それは旅商人の亜美、もしくは真美のものだった。


「みんなあれよ! 走って!」

荷車はまっすぐそのまんま戦地に向かって動いていた。


「はぁっ、千早、どうしたんだよ急に!」

「あの荷車、真美か亜美のでしょう!」

「あの車がもしここを渡ろうとするのであれば何らかの方法を持っているはず」

「それに便乗して一緒に渡ろうという作戦よ!」

「な、なるほど」

「亜美ーーーっ! 真美ーーーっ!」


どちらかわからないのでとりあえず両方呼ぶ。
すると驚いたことにピタっと止まってくれた。


「はぁっ、はぁっ、ねえ、亜美? えっと真美?」

「どちらかはわからないけれど、ここを渡って帝国に行こうというの?」


荷車の上にいつもちょこんと乗っかっていたあの双子はどこにも乗っていなかった。
どこにいるの?

「さて、私はどっちでしょー? 真美でしょうか? 亜美でしょうか?」


荷物の中から聞こえるあの双子の軽い声。
実際には見分けがつかない。
そんなクイズどっちもわかるわけがない。


萩原さんはさっきの走ったので息を切らし膝に手をついて、
全然顔をあげずにハァハァ言っていた。

長介はあとから送れてハァハァ言いながらこっちに到着した。
やはり戦闘では足手まといになる……かもしれない。


「クンクン……この匂い、さっきあった子とは違う子だぞ」


我那覇さんが言った。本当に? 
正直信じていいとは思えないくらい我那覇さんは使えない。


「ってことは亜美?」

我那覇さんは続けて言う。

「ピンポンピンポンー! さっすがひびきん!」

「おおーっ! やったぞ! 千早!」


ニカッ、と笑いかけてくる我那覇さん。
確かにさっきの子とは別の子だった。最初にあったのは亜美。
次にこの町の入り口であったのが真美。
そして、次に会ってるのが亜美。

と交互に会ってきている。


「えぇ、よくやったわ。ありがとう」

という訳で本題へ。


「これ、一緒に連れて行ってもらうことはできないのかしら?」

「……」

「旅費は払ってもらうよ?」


以外にシビアである。
確かにこの爆発なりやまない戦地を駆け抜けるというのは
危険な航路になる。

「わかったわ……」

「毎度ありー! えっと、5人だからお一人様3000ヴァイだよー」


萩原さんがすごく苦い顔をする。
長介もそんなに持っているとは到底思えない。


私だって5人分払えるほど持っているとは思えない。
剣を買ってしまったせいで。

「と、言いたい所だけど、まぁ、お得意さんだし、
 一人、1000ヴァイでいいっしょ」

と荷物の中から答える亜美。

「その背中の剣。真美から買ったんでしょ?
 亜美もお姉ちゃんには買ってもらったことあるし」

「ありがとう。みんなは払えるわよね?」

「じ、自分、そんなに持ってないぞ……」

「……」

……。私もさすがに我那覇さんの分までは出せないわ。
よし、仕方ないここは


「みんなで割って出しましょう。長介の分は」

「自分も出してよお! 
 自分、召喚獣達のご飯代で結構すぐお金なくなっちゃうんだぞ」

「はいはい、わかったわ。じゃあ我那覇さんの分も出しましょう」

「ははは、大丈夫だよ、響。僕達が出してあげるから」

「うぅ、真、雪歩、千早、ありがとうな」

「なんだ、ちびの姉ちゃん、貧乏なのか! 俺と一緒だな!」


長助が言う。


「うるさい! 自分は仕方ないんだぞ!」



荷物が大きく揺れたと思うと一本の手が伸びてきた。

「ひぃっっ!」


それがよっぽどホラーに見えたのだろうか萩原さんは悲鳴をあげた。

「ほら、ゆきぴょん捕まって? たぶんみんな自分じゃ
 中に入れないと思うから亜美が引っ張って中にいれてあげるから」


中に入ってしばらくはこの荷物の中で
ギュウギュウになってうごけない姿勢で
いると思うと気が引けるが、何よりもその他の手段がないために、
今はこれに頼るしかないのである。


恐る恐る手の伸ばす萩原さん。
指先がチョンと触れた瞬間に亜美の手は萩原さんの手を思いっきり掴み。


そして、荷物の中に引きずり込んだ。

「い、いやぁぁぁ! ま、真ちゃぁぁぁん!!」


本気の形相で泣き叫ぶ萩原さんは
真に助けてと大きく空いた手をぶんぶん振り回した。


「だ、大丈夫、雪歩?」


とは言いつつも一歩も近寄ろうとしない真。
真も怖いのだろうか。

みるみる内に荷物の中に体を引きずり込まれている萩原さん。
肘、肩と飲み込まれるごとにどんどん萩原さんの泣き叫ぶ声もでかくなっていく。


私達自信もその様子を恐怖としか表すことができない
と言った表情で見ている。
一歩も動けない。近づいたら捕まって一緒に引きずり込まれそうだった。


「ま、真ちゃぁぁぁん! イヤァァアアア! た、たすけんぷぅッ!」


とうとう、顔がすっぽりと荷物の中に消えていった。

隣にいる真も顔を真っ青にしてその様子を見ていた。
我那覇さんは腰がぬけてへたれこんでいた。


荷物の中からはさっきとはいっぺんし


「んん゙〜〜〜ッッ! ん゙ん゙〜〜ッッ!」

と口を塞いでもなお叫び続ける声がする。

一方萩原さんは今だ残るもう一方の手を
荷物に当てて顔を引っ張りだそうと
暴れているが、荷物に手を当てるとそこからその手も荷物に埋もれて
飲まれていくために荷物をボフン、ボフンと叩くようにしていた。


その努力もむなしくとうとう反対の腕も飲まれて、
最終的には胴体の下半身だけになった。


萩原さんはスカートのために白い純白の、
レースが可愛くついたパンツを丸出しにしてもなお、
その両足でバタバタ暴れまわってなんとか抜けだそうとあがいていた。

一方、長介は顔面を真っ赤にしながら食い入るようにパンツを見ていた。
まぁ、他のメンバーはズボンだし、
パンツを見られることもないからいいけれど。


「すけべ」

「なっ、べ、別に見てねえよ!」


そして、まもなくその可愛いお尻と白いパンツが
見えなくなるまで荷物に飲み込まれた。

最後に脚、つま先まで飲み込まれていって、
そしてグラグラと暴れていた荷車も
すっかりシーンとなってしまった。


中からはかすかに真美と萩原さんの会話が聞こえる。


「ほら、ゆきぴょん、目をあけて。大丈夫だから」

「う〜、……え? 何ここ?」

「す、すごい! すごいよ真美ちゃん!」

そして、外に向けて


「真ちゃーん! 真ちゃんも早くおいでよ! すごいよー!」


真っ青になっていた真もその萩原さんの変貌に気がついたのか
再びニョキッと出てきた真美の手を恐る恐る掴んだ。


そして同じ様に引っ張られ最初はうわっ、
と小さい悲鳴をあげた真だったが
観念したのか、目をぎゅっと固くつむり、大人しく飲まれていった。

それから全身が飲まれたあとに、


「す、すごい……! 千早ー! 響ー! 早くおいでよ!」

「本当にすごいんだって!!」


それから我那覇さんが嫌々ながら抵抗しながらも飲まれ、
頭まで飲まれた時にはもう目を開けていたのだろうか、


「す、すごいぞー! あはは!」


と楽しそうに自ら飲まれていったように見えた。

そして、もう中からは楽しそうな会話が聞こえる中。
外に残った私と長介。


「先に行きなさい」

「わかった……」


とは言っても震えている様子だった。
荷物から出ている真美の手を前にして少し立ち止まっている。
真美の手は黙って、ほらほら、早くおいでよ、と言わんばかり
ピコピコ動いている。


少し怖いのか、まだ立ち往生をしてる。
そっと肩に手を置いてあげる

「ほら、待ってるわよ。時間もないわ」

「わ、わかってるって……」

そして、手を取ってあげる。

「離さないから」

「……ありがとう」

私が反対の手を握ってあげることで安心したのか
さっと真美の手をとり、そして
飲まれていった。

我那覇さんと同じように顔まで飲まれていった時にはもう

「すげー!」

と言い、そして私の手を自ら離して、中に飲まれていった。


そして、私も恐れながらも真美の手を取る。
おもった以上に強い力で引っ張られるその感覚。
最初の入り口だけが妙に狭いが荷物なので別段硬いわけでもないので
本当に何かの生き物に飲み込まれるようだった。

しかし、その気持ち悪さを超えてしまうと何か別の空間に出るかのようだった。
顔まで飲まれて行き、そして、顔が別の空間とおもわれる所で目を開けた。


そこには大量の本、苗木、薬草、花、薬品、そして武器の数々。
これらが綺麗にビッシリと棚に陳列されていた。


本当に何から何まで揃っていた。


「……すごい……」

その光景に思わず声が漏れてしまった。
圧倒的な広さ。外から見た時のあのギュウギュウ詰めになっている
荷物の山とは大違いである。


私は早くその異空間に降り立ちたくて自分から飲まれた。
というよりも潜り込んだ。
降り立った場所には広々としたソファに4人とも腰をかけていた。
そして、奥から真美が出てきた。


「やっほー、みんなようこそ!」

私が周りを見渡すと私が入ってきたその穴はすぐに埋まってしまった。


「ここは亜美、真美特性の異空間なんだよ」

「外のあの荷物の山はそれを隠すための魔法陣と
 言ってもいいものなんだ」

「実はあの荷物の山にはちゃんと構造があってね。
 順番が入れ替わると大変なんだよ」


なるほど。あの荷物の山で一つの固有結界を作り出していると。
だけど、それでよくこれほどまでの空間を作り出せたものね。

「さ、もう車は戦地に向かっていると思うけど
 この中自体はチョー安全だから安心してねー」

「みんながこの中にいる時に外の荷物の山をいじられて魔法陣の陣形が崩壊した
 場合は外には二度とでられないんじゃないの?」


真にしては嫌に察しがいいが、その通りである。
この荷車自体が攻撃を受けて魔法陣が崩れた場合はどうするのだろうか。

「それは大丈夫っしょ。一応協力なバリアーは今張ったし、
 砲撃なんか受けてもへっちゃらなんだ」

「人の手でいじるって場合も一応触っただけで感電するようになってるから」

「そ、そっか……」

「ま、そんなことは気にせずにゆっくりしていってよ」

「ただ、進むのは遅いからかなり時間がかかるんだけどね」


……という訳で、この荷車の中でかなり1日ほどかかるらしい。
思わぬ、痛手。
しかし、安全に行けるのであればいいわ。

明日の朝には目的地であるクギューウの街についているはずである。
と言ってもこの街はほとんどが水瀬家の私有地であり、
水瀬さんがこの街の中で王のようなものだということである。


私はもっぱらこの荷車の中での生活は本を読むことにしている。
せっかくある大量の本、本来は売り物なのだけど特別に許可をもらった。


魔導書なんかが大量にあったり、歴史の本や。
それ以外の物語の本などがある。

萩原さんもどうやら本を読んだり、草を見たり、お茶を入れたりとしていた。
お茶を杖からコポコポと出していた。


我那覇さんと真はというともっぱら長介との遊び相手であった。
真と我那覇さんのなけなしの金で真美から購入したダガーで
戦闘訓練を行なっていた。


真いわく、5年もしないうちに僕らと同じ位の強さになっているらしい。
今のところはまずダガーの持ち方から危なっかしくて見てられないけれど。

真美は夜と思われる時間になってもガサゴソと動きまわり、荷物の整理をしているのか知らないが、ずっと働いていた。
この空間には窓がなくランプの灯りだけで過ごすことになっていた。


ためにいつも外で活発に活動を続けている私達にとっては一日近く、この空間に閉じこもっている
という状態は中々に辛いものであった。


「姉ちゃん達ー、そろそろ夜っぽいから寝ておいた方がいいかもよ」


と棚の奥のほうから真美の声がする。

確かにそうね、と本を閉じ、そのままソファで寝ようとする。


「あぁ、だめだめ。売り物なんだけど、ベッド使っていいからさ。
 そこで寝ていいからね」

「ホントに!? やーりぃ! 久しぶりのベッドだよ〜」


と言いながら歩いていく真にみんなでついていく。
いつの間にそんなものが置いてある場所まで見つけたのよ。


ベッドは4つあった。一人分足りない。

「一人分、足りないけれど……」

そこで我那覇さんはニヤニヤしながら長助に話しかけた。


「長助は誰と寝たいんだ?」

「え? なっ、はぁ!? 別に誰とも寝たくねえよ!」


顔を真赤にして否定するところがまた怪しい。


「すけべ」

「な、違う! 別に何も考えてない」

「で、だれなんだ?」

「だから、俺は……!」


顔を赤くして俯く。あら、いるの?

「まぁまぁ、その辺にしてあげなよ。
 私が真ちゃんと寝るからさ」

「チェッ、つまんないの〜」


さすが萩原さん、優しいのね。
我那覇さんはぶーたれていたけれど。


そんな会話もしながらも私達は床につき
明日の戦いに備えるのであった。

そして、翌朝。
出口のない空間であったためにどうやって
出るのかと思っていたが実はこの外壁。
柔らかいものらしく、これをこじ開けるようにしてでればいいそうだ。


というわけでこの壁。
レンガづくりのこの異空間。
のレンガとレンガの間を手で引き裂くように手を入れる。


すると案外それは簡単にも開けて外の様子が見えるほどであった。
そこに今度は私が最初にでることになり、
腕を出し、頭をだし、そして腕をつかって這いずり出るようにでてきた。

出る時は入る時みたいに手を荷物に
ついても飲み込むようなことはなかったために
私はすんなりと外にでることができた。


一体どうやってあの戦地を駆け抜けたというのだろうか。
軍人達にとってはとても異様な光景であっただろうに。


私の次に真がでてきて、次に長介が。
萩原さんがおそるおそる出てきて出てくるなりに真に抱きついていた。
最後に我那覇さんが出てきた。

降ろしてもらった場所はクギューウの街の入り口であったが、
入り口からでもわかるこの寂れた空気。
そして、戦地の近くというだけで伝わるピリピリとした重い空気。


「ありがとう、あなたのおかげで助かったわ」

「なんのなんの。姉ちゃん達はお得意様だかんね。
 お礼よりも何か買ってくれれば真美達はそれで大喜びだよん」

「ふふっ、そうね。それじゃあまたどこかで会いましょう」

「そだね。じゃあ真美はもう行くね。
 さあ、ゴーレムちん、出発するよ〜」


そうして真美にお礼を言うと真美は同じように
とろとろとしたスピードで去っていった。

それから街に入ると、どこの店もクローズと札がかかっており、
何もやっていないといったところだった。


だが、街をウロウロと歩きまわる一行はすぐに高い塀が目に入った。
その壁は落書きだらけでとても口に出せる内容ではないものまで書いてあった。


「どうする?」

「長介だけこの塀の奥に投げて飛ばせばいいんじゃない?」

我那覇さんの冗談めいた提案に長介がぎょっとした。


「じゃあ響行きなよ」


と真が冷たく返すと


「えぇ!? ど、どうしてそうなるんだ!?」


と焦っていた。
仕方ないわね。


「自分は嫌だぞ! だって、長介が助けてやりたいんだろ!?」

「長介が飛んで中にはいって先にどこにいるのか見つけるべきだぞ」

「そう、じゃあ私が先に行くわ」

とスッと手をあげる。


「ちょっと待てよ。確かにこの響の姉ちゃんの言うとおりだよ」

「俺のことなんだ。俺が行く」


と言い出した。
さらにそこに


「待ってよ。こういうのは特攻隊長のボクが行くべきだろ。
 二人はあとからゆっくり入ってきなよ」


と前に踊りでた。だが、そこへ萩原さんが


「ま、待ってください。こ、ここは私が先に行って
 魔法で沢山の人を眠らせてその隙にみんなが来るべきです!」

「私が剣で見張りを倒してくるわ」

「いや、僕が!」

「俺のことなんだから!」

「私が魔法で」

「じゃ、じゃあ自分だって」


「「「  どうぞどうぞ  」」」


「 うぎゃー! なんなのもうっ! 」

すかさず真が我那覇さんを羽交い絞めにする。
そして、私が壁を背に中腰になり両手を前で組み
バレーボールのレシーブの時のような構えで足台を作る。


そこに足をかけた真と息を合わせて上に真を飛ばす。


そのまんま真は塀よりも高くに飛び、
その塀の向こうに我那覇さんを投げ捨てた。


「うぎゃぁぁあ〜〜〜!」

「ぎゃっ! お、覚えてろよ二人共!」


地面に転がり落ちる音と、
塀の向こうから聞こえる嘆きの叫びと、それと同時に


「誰だ! 侵入者だ! 捕まえろ!!」


という怒轟も続けて聞こえてきた。
そして、すかさず聞こえる獣の大きな雄叫び。

「グォォオオオッッ!!」

またしても、悲鳴と断末魔の嵐が塀の向こうで。

「行きましょう。たぶん正門はあっちになるわ」


そして4人は走りだした。
正門に着くと、目の前には大きな噴水があり、
たくさんの緑で囲まれた綺麗な庭だった。


「さっき我那覇さんを放り込んだのはここから正門を正面に見た時に
 東の方角。なら私達はこっから入って西に向かいましょう!」

スラッと剣を抜き、力を貯める。


「おい、この門どうするつもりなんだよ」

「真美の売りつけた剣。お手並み拝見と行きましょうか」


門を×字に斬りつける。
すると門は崩れ落ちるように開いた。
正門から4人は堂々と正面を突破しようというなんも作戦を考えてない
行き当たりばったりの行動である。

もう少し、クギューウの街でゆっくりと作戦を考えたかったが、
生憎この街には開いているお店は結局の所一つもなかった。


噴水の奥にある建物から次々に人がでてきた。


「僕に任せて! 千早達は早く西の方へ!」


真が前に踊り出て、そのままスーツを剣を持った騎士達のどまんなかに
突っ込んでいった。

真が突っ込んでいったのを見て、
萩原さんと長介を連れて建物を回って西へ。
しかし西の方には綺麗な庭園があり、誰もいなかった。


だが、
高い建物の上の方に何かを見つけた長介は指をさし大きな声で叫んだ。


「ね、姉ちゃんだ!! おい! あれ、姉ちゃんだよ!」

「どこ!?」

「あそこだよほら、あの右から3番目の窓の所にいる!」

1,2,3……あ、あれが?
あのオレンジ色の髪をした2つ結びの……?


ドクン。

鼓動が早くなる。


ゴクリ。


な、なにこの気持ち。た、ただわかることはただひとつ。

「あ、あなたのお姉さんって……すごく可愛いのね……」

「へ? はぁ?」

兄弟からしたらそんなのは別に気にならないみたいだとか。
遠目にだけどわかる。美しさ、とは違う。


「姉ちゃーーーーーん!」

長介が思いっきり叫ぶがあの窓には届いていないみたいだった。
そして、すぐに奥に連れて行かれた。


真っ白のドレスを着ていた高槻さん。
まるで兄弟とは思えないみすぼらしい格好の長介。
純粋な瞳をきらめかせていた高槻さん。
生意気そうな長介。

確かにあの可愛らしさでは誘拐してしまいたくなる気持ちはわかるわ。
今、見ただけでも私も目を奪われるほどの可愛らしさ。


私の中で何かに火がつくのが感じられる。
それは確かな感情。


今すぐ、助けに行かなくちゃ!
私が、今すぐ、助けるから!


「全力で助けにいくわよ!!」

「おう!」


長介と拳と拳を突き合わせる。
全力で近くにある建物内に侵入できるドアを蹴破る。

しかし、そこには待ち構えていたかのように
多くの召使いとも思われる人間が武器を構えていた。


スーツ姿のものや、メイド服姿のもの。
ましてやコックの格好をした人までもが武器をこちらに向けている。


「伊織様に何のようだ!!」

「伊織様には指一本触れさせんぞ!」

そして、飛び道具のようになんでも手にとるものをなげつけてきた。
ナイフや包丁なんかも混ざっているから蹴破ったドアよりも先に進まなくてよかった。
逃げ場を失って大変だった。


私達3人は咄嗟の判断で建物には侵入せずに外を逃げることにした。
しかし、ドアを挟んで私と長介は右に
萩原さんは左に逃げたために萩原さんとははぐれてしまった。

たぶん数分もしないうちに捕まるだろう……。


なんてことを考えていたがどうやらそうでもないらしい。


ゴゴゴゴゴゴ……!!


「じ、地震だぁぁぁ!!」

「うわぁぁ!」


あまりにも大きな揺れだったから瞬間的に驚いてしまったが
すぐに萩原さんの大規模魔法だとわかる。

軽く震度6とかの地震は平気で出せるようだった。
どうしてそんな土系統の魔法に強いのだろうか……。
やはり人が埋まる穴を一瞬で作れるだけはある……。


というかこの塀も掘ってもらえばよかったと思っているくらい。


一旦は草木に隠れることにして追ってくる屋敷の人たちを撒くことに成功した。
だけど、ここからが本番。

再び屋敷の内部に侵入。
どうやらこの窓から適当に侵入した所が男子用のトイレだったようだ。


ちょうど一人用を足している人がいたが、
こんな所から襲撃されるとは思っていなかったらしく
あまりにも驚きぎて声もでていなかった。


騒がれるのは面倒なので
首の裏をみねうちで素早く叩いて気絶してもらうことにした。

その早業に驚いて立ち止まっている長介の手を引く。


「こっちよ。ぼさっとしない」


サッとドアを開け外の様子を確認し、誰もいないこと見て、廊下に出る。
高槻さんは上の階にいたから上へいかないといけない。
まずは階段を探さなければいけないわ。


廊下を走り、角になったら左右の様子を見て、
誰もいないことを確認してまた走る。

ようやく見つけた階段。
途中まで登った瞬間に上から3人。下から2人現れた。


「見つけたぞ! 捕まえろ!」


上から飛んできた敵の服を剣に引っ掛けて下の敵に投げ飛ばす。
これで下の2人はOK。
残る一人は、下からの足払いで脛を打撃。

基本的に人間は斬らない。これが私流だったりする。
あれ? 旅を始めた頃はそんなことなかった気がするけれど。


まぁなんでもいいわ。
それでも、師匠は容赦なく切り捨てることのできる人だった。


私にはまだその覚悟が足りないみたいだった。
本当にまだまだ未熟なのね。


今のを機に次々と人が出てくるようになり
それぞれを一撃かニ撃くらいで
倒して次に進んでいく。

「はぁ……一体どれだけ人がいるのよ!」

「伊織様には触れさせんぞーーー!!」


しまった! 一瞬の油断だった。後ろにいる長介の様子を見ようとして
振り返った瞬間に背後を取られた。


これで終わるの……?


「させるかぁぁ!!」


ガギィンッ


目の前には私よりも先に持っていたダガーで飛び出した長介だった。
だが、すぐに長介のダガーは弾き飛ばされてしまった。

「うわぁっ!」


私はその隙にすかさず柄で顔面を横殴りし、顎を蹴り上げる。
後ろに仰け反った相手に長介が捨て身の肘鉄タックルを食らわせる。


軽く吹っ飛び、そしてダウンした。
その相手を血眼になって見下ろす長介。
ハァハァと息を荒くして、大きく肩が揺れる。


きっとアドレナリンが大量に分泌されている状態。
少し落ち着かせる必要があるかもしれない。

「長介。もう大丈夫よ。ありがとう」


そういい、後ろから両手を回し抱きしめる。


「う、うん……ハァ。びっくりしてやっつけちゃったよ」

「それは誰にでもできることではないわ」


軽く頭をなでる。
顔をこちらに向ける長介。

「千早姉ちゃん、おっぱいないんだな」


撫でていた手におもいっきり力が入る。
髪の毛を引っ張りあげるようになってしまったために


「いっでええ!! ご、ごめん……!!ごめん!!」

「わかればいいのよ。次に言ったら髪の毛引きちぎるから」

「……は、はい……」

続いて2階から3階へはすんなりと上がれた。
だが、3階についた時にはすでに一番偉そうな執事の人が待ち構えていて


「こちらです」


と案内してきた。


「待って、罠よ。長介」


と軽々と付いて行こうとした長介を引き止める。
疑うことをしなさすぎよ。

しかし、執事は何も言わなかった。
少し間をあけてから執事はようやく口を開いた。


「あちらの奥の扉に伊織様と高槻やよい様が控えております」

「くれぐれもご無礼のないようにお願いいたします」


高槻さんの名前を聞くやいなや飛び出して部屋に飛び込む長介。
すぐに後を追う。

だが、残念ながら時はすでに遅かった……。
大きな部屋の真ん中の方で長介は男の人に取り押さえられ、
大きな部屋を中央で真っ二つに区切るようにある透明のガラスの向こうに
窓から見た高槻さんはいた。


やはり私は間違っていなかった!
遠目に見た時よりもより確かに、確認できる。


あぁ、どうして私は今までこんなに可愛い子に出会わなかったのかしら。
愛くるしい表情、つぶらな瞳。


あ、ついでにその隣に例の水瀬伊織と思われる女の子もいた。

「新堂。そこの餓鬼は丁重に扱い、ニゴの街に送り返しなさい」

「そっちの女は……どうでもいいわ。やってしまいなさい。
 私の計画を邪魔する者は何ぴとたりとも許さないわ」



そう言うと水瀬さんは高槻さんを引っ張って別の扉から部屋を出ていこうとしたが
高槻さんが長介の名前を大きく呼ぶ。


「伊織ちゃん、長介に酷いことはしないで!!」

「姉ちゃん! 姉ちゃん! 一緒に帰ろう!」

すると水瀬さんは予想外に困ったような顔をして


「やよい……お願いだからいうことを聞いて。
 大丈夫だから。やよいの家族には手を出さないって約束したじゃない」

「だからお願い……こっちに来て」

「長介を放して」

「わかったわよ……。二人共、放してあげて」

長介を捉えていた男は長介を放し、そして部屋を出ていった。
と無理矢理引っ張っていきドアが閉じた。

「くそ……姉ちゃん!」


高槻さんの方へ伸ばしていた手を床に殴りつける長介。
剣を抜いてガラスを切ろうとしても無駄だった。


「申し訳ありません。そちら、水瀬家特製の作りになっておりますので」


と新堂と呼ばれた先ほどの案内をしてきた執事は
ジャケットの中から2つの剣を取り出した。

「双剣……」


長介は後ろの方で鉄格子の大きな鳥かごのようなものに入れられていた。


「水瀬家、伊織様専属第一執事、新堂。参る」


ヒュンヒュンと2つの刀を回して突撃してくる。
こっちは剣は一本。盾は持たない主義だし……。


さて……どうする……。

〜〜響Side〜〜


くそー! あいつら本当に許さないからな!


いぬ美もたくさん出てくる敵に少し疲れが見える。
ここはハム蔵も出して、いっきに片を付けるべきか……。



「逃げろーーっ!! ジャンバルジャンだぁぁぁ!」

「退けー! ジャンバルジャンが来るぞ!!」


次々と屋敷の人たちは屋敷内に逃げていく。

「あ、あれは……い、イフリート!?」


角の生えた獣。体に炎をまとっている。
いぬ美よりも一回り大きい……!


「いぬ美、いけそうか……?」


「グォォオオオッッ!!」


鈍く、しかし、それでいて鋭い雄叫びをあげる。
いぬ美が走りだし、そして、イフリートとの取っ組み合いになる。

たぶんこれを間近で見ている人たちにとっては怪獣大決戦のような
ものすごい光景になっていると思う。


近くにあるイフリートの頭目掛けて痺れ薬を塗りたくった小さいナイフを投げる。
頭に刺さるがそんなものではビクともしないようだった。


だが、確実に効果のある毒ではあるので時間の問題だぞ。
毒ではないので、死ぬこともないし。

いぬ美はイフリートに力比べで思いっきり負けて投げ飛ばされる。
その際に、自分も投げ出される地面に転がり落ちる。


「仕方ない……! 来いっ!! ハム蔵!!」


両手を合わせて、それから地面につける。
巨大な魔法陣が自分を取り囲む。


通常、召喚獣を召喚する場合、一体が限界。
だけど、完璧な自分ならば、二体くらい一気に召喚しても
すぐにいぬ美は戻せば大丈夫! ……なはず。

魔法陣からハム蔵、ことバハムートが登場する。


「ハム蔵、お願い! あいつをやっつけて!」


ハム蔵は自分とイフリートを見比べるように見て、
そして何も言わずに突っ込んでいった。


一発。ハム蔵がイフリートの横っ面を殴り飛ばす。
起き上がる所に対して飛び蹴りを食らわせる。

なんとも武闘派である。魔法力が勿体無いとかで
確かにあまりフレアは使わないハム蔵。


イフリートの反撃の右ストレートをひらりと交わし
肘鉄を顔面に入れる。ふらふらよろよろとするイフリートを見て
ハム蔵は自分の方をチラッと見る。


「行けー! ハム蔵!! メガフレア!」


小さく頷くハム蔵。イフリートの方を向くと全力のメガフレアの放出。
イフリートはあえなくダウン。

ただでさえ砂漠地帯で気候は熱帯だというのに
こんな業火を何とも思わずに放出するハム蔵はやっぱりすごいぞ。


ハム蔵は相手が戦闘不能になるのを確認すると
すぐに自分で足元に魔法陣を出して、
沈むように魔法陣の中に消えていった。



「ハム蔵! ありがとうなー!」


ブンブンと手を振るがハム蔵はこちらの方は一瞥もしなかった。

「おーい、響!」

「真っ!?」

「ってなんだその後ろの数!!」


真を追う屋敷の人間の数。ざっと50は超えていた。
慌てて踵を返し走りだす。


すぐに真が自分の横を走りだす。

「た、助けて響! さすがにあの人数はかなわないよ!」

「自分だって無理だぞー! ハム蔵もいぬ美ももう出せないよ!」

「えぇ! じゃ、じゃあ雪歩はどこに!?」

「と、とりあえず、逃げながら雪歩を探すぞー!」



〜〜〜

きりがいいので今日はここまでにします。

おつでした

途中から真美になってんじゃねーか

大変申し訳ございません。今回は荷物で国境を移動してくれたのは亜美です。
亜美真美旅商人は別々で行動をしています。
最初に会ったのが亜美。
次に会って千早が剣を新しく買ったのが真美。
最後にあったのは亜美です。
ご指摘ありがとうございます。

おつ

ギィン……ギィン。


激しい攻撃にただ圧倒されるのみ。
この新堂という男。相当な手練であることは
彼の構えの時点での気迫から伝わってきている。


「姉ちゃん……」

長介が心配そうにこちらを見ている。
私とてここで負けるわけにはいかないし、
ましてや死ぬわけにはいかない。

「はぁぁ!」

「甘い……!」


足元のなぎ払いも間合いを取られ避けられる。
逆に間合いを詰めれば剣ではなく近接の格闘術を使用してくる。


「くっ……」


不味い。勝てない……。

「如月千早と言いましたね」

「……はい」

「あなたは……何故、国のための勇者をしているのですか」


構えの状態を解く新堂さん。
何故……?


「……あなたには関係のないことです」

「あなたの剣にはまだ迷いがある……。
 怒り、憎しみ……それらの負の感情が
 今のあなたをとても弱くしている」


何を知った風な口を……!


「はぁぁぁっ!」


ギィン。

片方の剣で弾かれそして間合いを詰めすぎた結果、
鳩尾を蹴り上げられる。

「ぐぅッ!」


床を転がり壁に激突した。


「はぁ……はぁ……たかだか今日会っただけのあなたには
 何もわからない……」

「私にはわかる……」

「私はかつて……戦争の中を生き抜いた一人の兵士だった。
 大佐クラスまでに上り詰めたるほど、国のために戦った」

「だが、私を待っていたのは裏切りだった」

「軍からは追放され、あまつさえ私は指名手配犯に仕立て上げられ
 命を狙われた。厳しいスパルタ教育のせいもあったのだろうな」

「仕方ない。……と思えるはずもなかった。私は恨み、憎み、怒った」

「命を狙う人間達をことごとく返り討ちにして殺した」

「殺し、殺し、奪い、逃げて、また殺してその繰り返しだった」

「だが、ある日、食べる物もなく疲弊しきった私をあるお嬢様が拾ってくれた」

「それがまだ8歳の伊織様である」

「あの日は冬で食べるもののなく、寒さに凍え、死にかけていた」

「伊織様はそんな私めを見て、この屋敷に連れ帰り一杯のスープをくださった」

「あの味は忘れられないものだ」


「それから私は命を救ってくださった優しさ。恩義に対し、忠を尽くすと誓った」

「私の全てに、私の生きがいである伊織様に近づく貴様らに。
 何の忠も持たぬ貴様らに……私が負けるわけがない」


そう言い切った。
自分の過去を話したあと、それを思い出したかのように
新堂さんの目はさっきとはまるで違うものになった。
それは完全な戦士の目であった。
幾多の視線を乗り越えた最強の戦士のそれであった。

「そんなの……。そんなのおっさんの勝手だろ!
 俺には関係ねえよ!」

長介が叫ぶ。

「返してくれよ! 俺の……みんなの大事な姉ちゃんなんだぞ!」

「……!」


そう。約束をした。取り戻してあげると約束した。
家族と別れるのは何よりも辛いもの。
辛くて苦しくて悲しくて……。


そんな思いをこの少年にはさせたくない。
かつて私がそうさせてしまった償いをこの少年で払うように。

懇親の力で立ち上がる。

「そうよ……私は約束した。長介に高槻さんを取り返すと。
 そして……過去の私との決別を!」

「なるほど、過去に何かあるようですかな」

「一体何の目的があって姉ちゃんを連れて行ったんだよ!」

「それは……お嬢様に直接お聞きください」

「だったらあなたが邪魔よ!」


振りかぶる剣。防御の体勢を取る新堂さん。
何度叩いてもその防御は崩れることはなく、ついには弾き返される。

間合いを取り、体勢をたてなおす。
が、すぐに詰め寄る新堂さん。
そこに自分も突撃し、ダッシュからの付き攻撃。


「ぐぁッ!」


私の剣は咄嗟に避けられてしまったが頬をかすめ、血が吹き出す。
だが、そこで新堂さんは倒れずに踏ん張り回転を利用した両方の剣での回転斬り。
なんとかガードは間に合ったものの勢いが強すぎたためにふっとばされる。


「さて、そろそろお終いにしてあげましょう」

ダッ!

素早く間合いを詰められる。

「はあぁッッ!」


ビュッ!

斬撃を飛ばし、一直線にこちらに向かってきた新堂さんに直撃する。


「ぐあぁぁッ!」


ゴゴゴゴゴ……。

まるで見計らったかのようなどこかで発動しただろう、
萩原さんの大規模な土系統の地震魔法で建物ごと大きく揺れる。


新堂さんが立ち上がろうとした瞬間に起きたために新堂さんは蹌踉めいた。
その隙をついて、いっきに間合いをジャンプで詰めてその勢いで斬り裂いた。


「ぐあああああッ!」

最後の力を振り絞るかのように私を蹴り上げる。
完全に宙に舞う。回避ができない!


「ぬぅぅあああッ!」


右腕を斬りつけられる。


「アァァ゙ッ! ……ッッ!」


落下する所を首を掴まれる。
苦しい……!

どこにまだ……そんな力が。
そのまま壁までもの凄い勢いで叩きつけられる。


く、首の骨をおられる……!
このままだと! 


左手に持つ剣を動かそうとした瞬間に、
左肩に新堂さんの剣が刺さる。


「あ゙ぁぁあああ!」

その刹那、視界に飛び込んできたのは
まっすぐこっちに走ってくる長介の姿。


まだ動く左肩から下、肘から思いっきり剣を
長介の方へ床を滑らせるようにして投げる。


「何っ!? ……小僧ォ!」


瞬時に私の首から手を離し返り討ちにしようと攻撃の体勢を取る。
だが、そこに私が後ろから羽交い絞めにし身動きを封じる。


「は、離せ!」

「あなたの手で、お姉ちゃんを救うのよ! 長介ぇ!」

「うわああああああ!!」

ズバァッッ!


長介の振り下ろした剣は、縦一直線に新堂さんの体を斬りつけた。
血が噴き出し、ゆっくりと倒れこむ新堂さん。


「ぐっ、不覚……」


「喋らないで。全てが終われば回復の魔法の使える子が助けに来るから」


そして、気絶する新堂さん。このまま放置しておくのは本当に命に関わることだけど。
でも萩原さんの魔法ならなんとかなるはず。

未だに自分が斬ったことを自覚してるのかしてないのか、
息を荒くして、倒れている新堂さんを見下ろしている長介。


剣を持つ手は固くて、指を一本ずつ外して
その手からゆっくりと剣を貰い受ける。


少し、足がふらつく。


「お、おい、大丈夫かよ姉ちゃん」

「大丈夫よ。……また、助けてもらったわね」

「いいんだよ、それより早く姉ちゃんを」


そう言いながら、長介は私に肩を貸してくれる。

水瀬さんが高槻さんを連れて行った奥の扉に行くために邪魔だった
透明の特殊なバリヤーはいつの間にか消えていた。


新堂さんが気絶したからかしら?


扉を開けると長い廊下があった。
廊下の奥からは今まで聞こえたこともなかった音楽が聞こえてくる。


廊下を急ぐ。
蹴られた箇所や殴られた箇所、そして不覚斬りつけられた右腕と左肩が痛む。


ズキズキと痛み、重かった。

長い廊下を抜けるとそこはダンスホールのように広く、
何十人もの人が音楽に合わせ楽しそうに踊っていた。


だけど、不気味なのは全く笑顔ではなかった。
楽しそうに振る舞うが、その顔はまるで死んでいるかのようだった。


「な、なんだこれ……」

「私にもわからないわ」

「そう、新堂を倒したの……」

水瀬さんは奥から綺麗な衣装に身をまとい現れた。

まるでこの死んだような目をした人々と
これからダンスパーティでも一緒にするかのようなきれいな衣装を。


「こ、これは……」

「これは町の人間よ。小汚い人間から何から何までここにいるわ」


見るとそこには衣装だけは綺麗だが、顔はどうみても不釣り合いで
着せられている、といった人が何人もいた。

「町の人間を……どうして!」

「私の夢だったのよ」

「……」

水瀬さんは柱によっかかりながら話を始めた。


「私、おじいちゃんの代からお金持ちで私が生まれてからもすごく裕福だったわ。
 頼めばなんでも買ってもらえた。表の噴水も私がつけてって言ったのよ」

「でも、私はいつも一人だった」

「ある時、屋敷を抜けだしたの。子供心につまらない屋敷の中にいても
 勉強しなさいだのなんだのうるさく言われるだけだったからね」

「そしたら、やよいと出会ったのよ」

「私とやよいは一緒に遊んだの。何時間も。何日も」

「だけど、間もなくナムコとクロイの間で戦争が始まった」


「クギューウとニゴの町の間がちょうど国境。
 ここはあっという間に紛争地帯になったわ。
 クギューウの町は私がいるおかげでお金の循環は良い方だった」

「だけどニゴは戦争により、吸収されるお金で廃れる一方だった」


「そんな戦争が始まったせいで、私はやよいと会うことができなくなったの。
 私は恨んだわ。私の唯一の友達だったやよいとこんな訳のわからない戦争で
 引き離すなんて……」


「8歳の頃、ボロボロで汚らしくて、この人も人との別れを知ってるんだろうな、
 って、そんな人を一人の見つけたの。
 それが新堂だったわ。
 ボロボロで、たまたま気が向いただけだったけど助けてあげたの」


「それが私と新堂との出会い」

「そして、私は戦争を恨む、新堂と共に小さな反乱を試みたの」


「昔、やよいとした、大きくなったら楽しくダンスをみんなで踊ろうって」


水瀬さんの後ろには、目に光もない人たちが、
くるくると周り、楽しそうに振るまい、踊っていた。

「これは魔法の一種だけど、感染症の高いもの。
 あとでこの人間たちを町へ解き放つわ」

「すると、町をくるくると踊りながら楽しそうに徘徊するのよ」

「そして、軍を巻き込み、ここの紛争は集結する」

「一石二鳥どころではないわ。何羽も落としてやるんだから」

「やがて、この世界は楽しく平和でいつまでも踊り続けるのよ」


ダンスホールの一番奥の椅子に高槻さんが眠っていた。


「やよいにはとりあえず眠ってもらったの」

「それじゃ、私は町へ解き放つ準備をしなくちゃ」

「待ちなさい!」


剣を抜く。だが、その剣にも臆することはなく


「私を殺しても無駄よ。この魔法は発動した限り解くことはほぼ不可能」

「ほぼ……? 可能性があるのね?」

「さあ、どうかしら?」

「止めたいなら止めてみなさい。
 あと10分で町に解放するわ」


そう言い、水瀬さんは消えていった。
新堂さんとの約束ゆえに水瀬さんを傷つけることはできない。


どうする?
一人一人、叩いてでも止める?
無理よ、こんな人数。時間がないわ。


「姉ちゃん……ど、どうしたら……!
 ま、町のみんなが! ニゴの町にだってすぐに来ちゃうよ!」


焦る長介。わかってるわ。私だってどうしていいかわからない!
これを動かしてるのは何?


魔法で洗脳されてる? 洗脳され続けている。
ということは、今、鳴り続けている音楽……。
もしかしてこの音楽が原因?

私達もここにいすぎるというのは危険かもしれない。
この音……どうしたら。
何か音を消せれば……。


剣を構える。左肩を右腕を負傷していて、上手く剣が持てない!
それでも……斬撃をいっきに飛ばす。


誰もいない。誰も座っていないパイプオルガンに向けて。
だけど、斬撃は届かなかった。

この負傷では無理か……!
音を別の音で……。


——貴様、アルカディアの人間か!


ふいにどこかで聞いた言葉を思い出す。
そうだった。私はあの時……。


「姉ちゃん、剣が使えないんだな!?
 俺が行って壊してくる!」

「そうか、姉ちゃん、剣が使えないんだな!?
 俺が行って壊してくる!」


だめ、長介の筋力じゃ、あの大きなものは全部破壊できない。

長介の肩に手を置き、止める。


あの歌はなんだったかしら。始まりを思い出す。
大きく息を吸う。


「ずっと眠っていられたら……この悲しみを忘れられる」

「ね、……姉ちゃん?」

「そう願い 眠りについた 夜もある」


この音を……私の歌で、かき消して見せる!
剣を振るうことができない今。


視界の隅に誰かが入る。
新堂さん……?


どうやら気絶していた所からもう意識を取り戻したらしく、
這いずりながらこっちまで追いかけてきたらしい。
しかし、戦闘という素振りはない。

「この……音色。この歌……。
 貴様も、戦術舞踊民族、理想郷(アルカディア)の人間だったか」

「しかし、歌を聞くのは……初めてか。 これが伝説の民族の歌……悪くない」


そう言って再び倒れていった。
最後の最後のちからだったのかもしれないわね。


私の歌がどれほどの効力を持っているのかは私は知らない。

だけど、人々の動きはだんだんと迷いが生じ始めた。
いける。

歌を唄い、体が軽くなる。
確かな思いを乗せて歌を。


不思議と声は出る。
気持ちが楽になる。


そして……。
歌い終わる頃にはすっかり洗脳は溶けて、
自分達の着ている衣装や場所がどこなのか、わからずに戸惑い出した。
中には親子で再会し、喜び合っているのもいた。


「みんな! ここにいればまた洗脳される魔法にかかるわ!
 今すぐ出口から逃げて!」


と叫ぶと出口を目指して人々は走りだした。
洗脳されている時の記憶はどうやらわずかながらにあったらしく、
すぐに理解をしめしてくれた。

間もなく、人々がいなくなろうとしていたダンスホールに
水瀬さんが再び現れた。


「なんでよ……私はただ……やよいと遊びたかっただけなのに……」


涙を浮かべる水瀬さんに同情はできなかった。


「国が戦争状態になってから私はやよいとは遊べなくなった。
 だけど……私のお友達なんてのはやよいしかいなかった」

「だから私はやよいを屋敷に連れてきて、一生こうして遊べるようにしたかったのよ!」

「それの何がいけないのよ!!」

「一人しかいない友達と遊びたいと思ったからこうしたのよ!」

「あんたみたいに仲間を何人も引き連れてるような奴にはわからないのよ……」


あの人達は最初は勝手に一緒に来ただけとはいえない。
でも、別に今はそんな気持ちはない。
だって私達は……。


「伊織ちゃん……」

高槻さんが奥の椅子から起きたのか歩いてくる。

「伊織ちゃん……ありがとう。
 私も久しぶりに伊織ちゃんに会えて本当に嬉しかった。
 ちょっと強引にこっちに連れてこられちゃったけど」


えへへ、と笑う。笑顔が眩しい。


「でも私、ニゴの街に残してきた兄弟達を放っては置けないの……。
 だからいつかは帰らなきゃっていわないと思ってたんだけど中々言えなくて」


「だから私、もう帰らなくちゃいけなくて……ごめんなさい」


そう申し訳なさそうに深々と頭を下げた。

「そんな……やよい……」

「わかったよ。姉ちゃん。
 俺がもう頑張るから……姉ちゃんはここに残ってろよ……」


長介が言った。
それでは元々ここにきた意味がないとは思った。


「俺も男だし、一人でできるよ」

「だめだよ……まだ長介にはそんなことできない……よ」


しかし、このままでは拉致があかない。

「……私にいい案があるわ」

「あなた達の問題は要は国の状況、またはここが
 国境付近の紛争地帯だから、なのよね?」

「そうよ……だから私とやよいは会えなくなったのよ」

「この地域だけでも紛争をなくせばいいんじゃないかしら」


国境付近の紛争地帯。
補給地であるニゴ、そして帝国側の補給地であるクギューウ。
この区間で起きてる戦争だけでもなんとかなくせばこの二人は行き来も
自由にできるし、平和に暮らせるのではないだろうか。

「馬鹿!? そんな無理に決まってるわよ」

「い、いや……まだ可能性は……」

「新堂!? 動いちゃだめだってば!」


新堂さん!? あなたさっきから死んだり生き返ったり……。
どれだけしぶといのよ……。


と瀕死の新堂さんに思うのだが。


バタンッ。勢いよく扉が開くと、そこには
タイミングよく萩原さんがいた。


「萩原さん、お願い。まずはこの人を治してあげて」

「うん、わかった」

突然の展開に驚いている水瀬さんだったがすぐに新堂さんを治療してくれるということに驚き


「治してくれるの……?」


と聞いてきた。萩原さんは杖を円上に振り、呪文を唱えている。


「ええ、もう事情はわかったわ。解決策も見えてきた」

「”癒し”を!!」


大きな光が新堂さんを包み込む。
そして、みるみるうちに傷口がふさがっていく。
私も早く治して欲しいのだけど……。


「すげえ……」


と横で長介が言葉を漏らしていた。
新堂さんはまずは床に座り、深呼吸をすると話だした。


「この区間の戦争を止めるにはただひとつ。
 どちらの国にも属さない第3勢力の介入だ」

「伊織様……すぐに……軍を作りましょう」

「軍を?」

「我々が武力を持って、武力を封じるのです」

「それで本当に、この地域は平和になるというの?」

私は大きく頷く。何よりこの新堂さんが指揮を取れば確実に勝てるはず。



「わかったわ。今すぐ私兵団を買うわ。大量の傭兵を雇いなさい!」

こうして、水瀬さんは私兵団を購入した。
そして、現在では新堂さんを軍の中心にしてあの区間の戦争を止めるために
第三の勢力として介入している。


私達はあのあと、我那覇さんと真に合流した。
結局ずっと逃げ回っていたらしい。本当にお疲れ様。


高槻さんと水瀬さんはもうしばらくの辛抱であるとのことで
なんとか引き離すことが成功した。

と、思ったのだけど、どうやら萩原さんが戦闘中に作った巨大な穴が
隠れ通路となって行き来が簡単にできるようになってしまったらしい。


ただし、それを知っているのは私達と、水瀬さん、高槻さん、長介、そして新堂さん。


私は高槻さんのその度量を見込んで私達と一緒に旅をしないかと
誘ったのだが、あえなく断られてしまった。


後日また誘いに行けば気が変わりOKしてくれるだろうから、と
みんなに相談すると首根っこを捕まれ街を出ることになった。


街の出口には水瀬さんと新堂さんと高槻さん、
そして高槻さんの後ろに隠れるように長介が見送りにきていた。

「如月……また戦えるといい。
 あの時は不意打ちにも程がある。実に悔しい戦いであった」

「私も勝った気がしていません。次は……きっと
 迷いも捨て、もっと強くなってまた来ます」

「あ、あの……これ、お礼よ。
 その……これからきっと解決してみせるわ。私の育てる軍隊がね」

何をしたのかもよくわからないままに解決してしまったが
一応お礼の品として水瀬さんに特殊な水晶でつくられた
イヤリングをもらった。


「これはきっと役立つから……」

と言ってくれたが効力は本人もよくわかっていないのか教えてはくれなかった。

「千早さん、本当にありがとうございました」


膝につくんじゃないかという勢いで頭を下げる高槻さん可愛い。
それから、私の手を取りながら


「本当に本当にありがとうございます。長介がお世話になりました」


ええ、私はこの時のために生きていたのかもしれない。


「ええ、大丈夫よ。だからあの、良かったら一緒に」

「すみません、それはできないんです」


キッパリ。でも可愛い。

「あ、あのさ」


長介が話しかけてくる。


「ありがとうな……ほんとに」

「いいのよ。私は最後には私の意志で高槻さんを助けたのだから」


少し話してあげようかしら。気分が乗ったのかもしれない。
あるいは血迷ったのかもしれない。



「私には、そうね、生きていたらあなたみたいな弟がいるの」

「えっ」


他の萩原さん、真、我那覇さんも驚いていた。

「それで、少し放っておけなかったのかもしれないわ。
 まぁでもあなたみたいに生意気じゃないけれどね」

「うるせえぞ、壁!」

ゴンッ!

「こら! 長介! なんてこと言うの! 謝りなさい!」

「ご、ごめんなさい……」


「ふふっ、ありがとう高槻さん。お礼に私と一緒に旅を」

「ごめんなさい、それはできないんです」


…………。
ぽん、と真が肩に手を置く。


目で「諦めろ」と言っていた。

「小僧。最後の私への一撃。見事なものだった。
 どうだ、小僧。私と共に戦わないか?」

「は? い、いや、だって俺、あの時、無茶苦茶でわけわかんなくて……。
 それに姉ちゃん一人で家のこと任せられないし」


慌てる長介。
しかし、高槻さんは


「え? 私なら大丈夫だよ?」

とケロッという可愛い。

「そうね、あんたが強くなって私の軍で戦えば、
 この地域の紛争はなくなるわけだしね」


と水瀬さん。そう言われて高槻さんを見る長介。


「ね、姉ちゃん……」

「えへへ、長介が私のために戦ってくれるんなら私は止めないよ。
 行きたいなら行っておいでよ」


高槻さんは笑顔でそう言う可愛い。

「行っておくが私の訓練は血反吐を吐くほど厳しいからな」

「なんてことないね! 俺はあんたを斬った男だからね!」


すっかり調子にのっていた。
いつか、私も長介とも戦ってみたい、とそう思う。


それから私達は次に帝国の首都に近いとされる町へ向かう。

——クギューウの街、出口。

「ふぅん……なんか着々と進んでて本当につまんないの」

「またお邪魔が必要かな?」

「まぁ、ミキ的には真くんの活躍している所は多いに見たい所だけど」

「やられちゃってる所も見たいって感じ」

「あの人達にかけておいた保険ってのは効いてる……かはわからないけれど」

「きっとあの人達はこれから何が起きるかきっとわかってないの。あはっ」

——。

4人で旅をすることになり、もう1ヶ月が過ぎた頃。
私、如月千早自身の旅はもう半年以上が経過している。


歩きながらふと思い出した。

「ところで長介って誰と一緒に添い寝して欲しかったのかしら?」

「え?」

「え?」


そして、みんなでせーのっで私のことを指さした。


「えぇっ!?」


一行は次の町、タキタウンへ向かう。





キサラギクエスト  EP�  紛争地帯の舞踏会編   END

今回はここまでにしたいと思います。
ストックがなくなりました。気長に待っていただければ幸いです。

誤字脱字乱文、設定の矛盾等、大変申し訳ございませんでした。
お付き合いくださってありがとうございます

おつー

しえん

キサラギクエスト EP3.5 番外編



千早「戦闘舞踊民族……アルカディア……」

千早(萩原さんのおじいさん、そして新堂さんも知っていた……)

千早(あれは……一体、なんだというの?)

千早(私が? そのアルカディア……?)

真「どうしたの千早?」

千早「い、いえ……なんでもないの」

雪歩「大丈夫?」

千早「えぇ、本当に……大丈夫」

キサラギクエスト EP3.5 番外編



千早「戦術舞踊民族……アルカディア……」

千早(萩原さんのおじいさん、そして新堂さんも知っていた……)

千早(あれは……一体、なんだというの?)

千早(私が? そのアルカディア……?)

真「どうしたの千早?」

千早「い、いえ……なんでもないの」

雪歩「大丈夫?」

千早「えぇ、本当に……大丈夫」

千早「少し考え事をしてた……だけだから」

響「全く……千早? それをみんな心配してるんだぞ?」

真「そうだよ。何かあればみんな相談に乗るし」

千早「……そうね。ごめんなさい。実は」




…………
……



響「戦術舞踊民族……?」

真「アルカディア?」

響「なんだそれ? 全然知らないし、聞いたこともないぞ?」

真「うん、ボクも知らないや」

雪歩「私は……本当に小さい頃におじいさんから聞いたことがある気が……」

千早「本当!? そ、それは一体どんな人達なの!?」

雪歩「え、えっと……ごめんなさい。聞いたってことくらいしか覚えてなくって」

千早「そう……仕方ない……わね」

響「きっと国のおっきな図書館とかに行けば大丈夫さー!」

真「そうだね。すぐになんなのかわかるはずだよ」

千早「えぇ、そうよね」

響「ところで……ちょっとみんな休憩しない?」

響「つーかーれーたーぞー」

真「またそんなこと言って……」

響「だって〜……」

千早「まだ出発して6時間しか歩いてないわよ」

響「それ、結構歩いてるからな……」

響「体力馬鹿二人にはさすがに自分もかなわないぞ……」

千早「真と一緒にされるなんて心外ね」

真「むっ、ふん、ボクはあと倍の時間は歩けるぞ」

雪歩「わ、私はまだ我慢できるし、大丈夫かなぁ」

雪歩「それに……回復できるし」

響「うぎゃー! それずるいぞ、雪歩!」

千早「萩原さんに許された特権よ」

真「そうだよ。だったら響も魔法覚えればいいよ」

響「あ、あの難しいのをか!? 自分、無理だぞ……」

千早「じゃあ我慢して歩きなさい。私達はたぶん結構なペースで遅れてると思うのよ」

真「確かにね……。もうみんな早い集団ならクロイの首都に到着してるくらいかもしれないし」

響「うぅ……雪歩の特権かぁ……」

雪歩「わ、私は逆に響ちゃんみたいな召喚魔法はもともと動物とか苦手だからできないし……」

雪歩「だから羨ましいけどね」

響「えへへ……。そっか……。自分の特権!」

響「いぬ美に乗って運んでもらおう!」

真「それは……やめた方がいいんじゃ……」

響「へへーん。自分といぬ美は最近もっともっと仲良くなってるからなんくるないさー!」

千早(あんなに言うこと聞いてないのに……?)

響「さあ、来い! いぬ美!」

いぬ美「グォォオオ……」

響「よーし、いぬ美〜! よっと、さあ出発ー!」

いぬ美「……」

響「あ、あれ!? おい、いぬ美!? ねえってば!」

いぬ美「……ZZZ」

響「うぎゃー! 寝るなー!」

千早「敵がどこにもいないのがわかって安心して寝たんじゃないかしら?」

響「えぇー!?」

響「ねえいぬ美ー! いぬ美ってばー!」

いぬ美「……」イラッ

いぬ美「……」グリグリグリグリ

響「お? なんだ? 撫でてるのか? いで、痛いよいぬ美……いだだだだ」

真「大丈夫なのこれ?」

響「ま、全く……いぬ美は、な、撫でるが下手くそだなぁー。いてててて」

いぬ美「グォォオオッッ!!」

響「わ、悪かったよ呼び出して! ご、ごめんってば! 怒らないで!」

千早(魔法陣の中にいぬ美が引っ込んでいったわ)

響「ふ、ふぅ……危なかったぞ〜」

響「寝てて機嫌が悪かったのかなぁ?」

真「十中八九響のせいでしょ」

響「えぇ!?」

千早「たぶん敵もいないのにくだらない内容で呼び出したから……じゃないかしら?」

響「うぇー!? そんなぁ……」



キサラギクエスト EP3.5   番外編〜響といぬ美の関係〜    END 

響はかわいいなぁ

私、如月千早の旅はもう半年以上経ち、
随分とこの4人で歩きまわるのに慣れてきた。


私達はつい最近、クギューウの街を抜け、森を暫く歩いていた。


「うぅ〜、お腹すいたぞー」


お腹を鳴らす我那覇さんが最後尾でうるさい。


「響、そんなこと言ってもまだたったの4時間……
 も歩いたのかぁ……はぁ」


時計を見てため息をつく真。さすがに疲れが見えているようだった。
疲れ、と言えば魔法で回復できるはずなのだが
今度はそれだと萩原さんが疲れて何もできなくなってしまう。

あまり魔法を便りにすることもできない。


「じゃあ次にモンスターに出会って勝ったら
 休憩にしましょう」

「おー」

「おー」

「お〜」


疲れきった掛け声が後ろから聞こえる。
大丈夫かしら……。


「うぅー、なかなか出てこないぞ」

「たぶんすぐに出てくるよ」


ガサガサガサッ!

モンスター! 狼のような形状をしたモンスターは私達にはお尻を向け
そして、無視してどこに走り去っていった。


「あぁ! 待て! 昼飯!!」


真が追いかけていった。そのあとに続き我那覇さんも。


「あ、真、ずるいぞ! 自分も!」


萩原さんと目を合わせ、結局追いかけることになった。
森を走り、草木をかき分け、少し開けた所に出た。

するとそこはまるで何か隕石が落ちてきたかのような何もなくなった土地で
よく見ると真と我那覇さんは何かを守っているように見えた。


その中心には女の人が眠っていた。
ショートの髪にアホ毛が一本。
スタイル抜群のナイスバディに嫉妬で狂いそう。


「真! 我那覇さん!」

「危なかったよ……こいつら……この人を食べようとしていたんだ!」


そう言いながら一匹一匹を確実に仕留めて言ってる真。
我那覇さんも負けずとダガーで応戦している。

私もさっそく剣を抜いて、狼達に斬りかかる。

数分もしないうちに狼の群れは全部やっつけ。周りには誰もいなくなっていた。



「それにしても綺麗な人だなぁ……でもなんでこんな森の奥で寝てるんだろう……」

「ひょっとして迷子かもしれないぞ」

「そんな……。我那覇さんじゃないんだから」

「なんだそれ! ひどいぞ!」



そう言い合ってるうちに女の人は目を覚ました。


「うぅ〜ん……あ、あら? ここはどこかしら?」

「もしかして……また迷子かしら? あら、こんにちは」


ようやくこちらに気がついたのか挨拶を呑気にかわしてきた。


「こんにちは。ねえ、お姉さん何してるの?」


我那覇さんが近づいて手を差し伸べ起き上がる。


「えっと……何をしていたんだっけ?」

「記憶がないみたい……困ったわ」


うふふ、と笑っている女の人。
笑ってる場合ではないと思うんですが。

「お名前は覚えていますか?」

「名前……えっと……あずさです」

「あずささん……」

「あ、そうだ! 思い出した!」


さっそく何か思い出した!?


「私、空を走っていたのよ」

「……はい?」

「だから……空を走っていたの。何かに追われていたわ」

「そ、空……?」


4人が顔を見合わす。
一体……どういうこと……?

森の中で偶然助けた女性、三浦あずさは記憶喪失でそれに加え
空からやってきたというので私達は混乱状態に。
ここは敵地のどまんなかであるが故に迂闊な行動は避けたいが、
それでも放っておくわけにはいかない。


本人に聞いても何も思い出しそうにないのでとりあえずは次の街に行って
何か聞いてみることにした。


「へぇ〜、雪歩ちゃんはそれで魔法使いをやっているのね」

「そうなんですぅ」

「自分だって召喚士だけど一応魔法使いの部類ということでいいんだぞ!」

「あらあら、私、魔法の力ってすごく苦手なのよね……」

なんて適当な雑談を交えながらも歩く。モンスターが出る度に
あずささんは小さな悲鳴をあげるがすぐに私達が片付けてしまうので
なんら問題はない。

そして……。


「やっと森を抜けたぞー!」


森の出口を見つけ、走りだす我那覇さん。
すると森の出口には見たことのある大きな山のような荷物の貨車が。


「おやおや〜? やっほー、また会ったねぇ」


旅商人の亜美だった。
亜美に聞いてみるのもいいかもしれない。

「ええ、この前はありがとう。おかげですごく助かったわ」

「なんのお礼はいらないよ。ご注文を一つでもしてアタシにご飯をくださいなっと」


そんなわざとらしく軽い調子で亜美は話した。
とりあえず、あずささんにはこれからたぶん暫くは一緒にいるだろうから、
守るためにも自分達の分と、あずささん本人の分の装備を購入した。


いつものようにパンツ丸出しで荷物の中に潜り込んでいき、
今頃はあの広い空間の中を走り回っているに違いない。
それからしばらくすると買った商品と自分の上半身だけを荷物の
中から出して、手渡してきた。


「毎度あり〜! いつもご贔屓にありがとうねんっ」

「そう、亜美、この人なんだけど……」


とあずささんを紹介する。


「あずさ、っていう人なんだけどどうやら記憶がなくって」

「空から来たっていうことだけはわかってるのよね」

「何か知っている情報はない?」


亜美は渋そうな顔をした。


「うーん、情報かぁ……」

「うーん……お得意さんだしなぁ」

「情報は安くないんだよ……」

「あの……私の情報なんで私が買いますよ」

とあずささんは一歩前へ出て自分の服の中に手を入れ、財布を探し始める。
が、すぐには見つからずにあちこち探していた。
しかし、あずささんは会った時には手ぶらでいたし、何もお金は持っていないんじゃいか。


「あずささん、荷物は持っていませんでしたよね?」

「えぇ、荷物は持っていないのだけど、確かにお金くらいは持っているのよ。
 あっ……そういえば……」


と大きな胸の谷間からお札を出した。


……。


大きな胸の谷間からお札を出した。

大きな胸のた

「千早? どうしたんだ?」

「にまからお金を……へっ!? あぁ、いえ、なんでもないの!」


我那覇さんに話しかけられなんとかこちらの世界に戻ってこれた。
いけないわ。精神を見だしていたわ。
危ない危ない。

亜美はあずささんからお札を受け取ると手際よくペラペラと
お札を数え始めた。


「うん、こんだけあれば、それ相応の情報は渡せるかなって」

「あのね……空から来たっていうのはね……」


ごくり……。
沈黙とともに一同が固唾を呑む。


「もしかしたら本当にこのあずさお姉ちゃんは空から降ってきたのかもしれないんだ」

「……というのも、ある種伝説とも言える空中王国が存在するんだよ」

……。
……。
……。


「亜美、お金を返しなさい」

「うあうあ〜! 本当だって! お金もらって嘘ついたりしないよ!」

「お空に国があるっていうの?」


真は首をかしげる。萩原さんも


「私は小さな頃に絵本でそんなお話を読んだことがあります……」

「確か背中に翼の生えた鳥人族が住んでるとか」

「自分は鳥人族は嘘だって聞いたことあるぞ!?」


と口々に話をはじめる。困った。あてにならない情報を買ってしまった。

「それでね、その王国への行き方なんだけど。
 ある人がすごく詳しく知ってるんだって。
 でも、その人は魔女でババアでおっさんくさくて……」

「だけど、先の大戦を一度休戦にまで持ち込んだことのある実力者でもあるんだ。
 もっぱら引退してしまったみたいなのだけど」


魔女でババアでおっさん臭い? でも大戦を休戦にまで持ち込んだ実力者?
一体……どういうことなの?


「まぁでもこれは噂、にすぎない情報なんだけどね……ごめんね」

「いえ、でもそれだけでも手に入ったのなら十分かもしれないわ。
 私達は結局何も知らなかったのだから」


「だからその人を聞いてみるといいよ!」


と随分といろいろと説明してくれた。


「それじゃ亜美はこれでもう行くねー!」

そして使い魔であろうゴーレムは再び亜美を乗せて動き出す。
私達も次の町へ向かうことにする。
森を抜けた私達の目の前には街が広がっていた。


「情報集めなんてしたことないですけど、どうやってすればいいんですか?」


萩原さんはもうすでに緊張している様子で少し固くなっていた。


「大丈夫だよ雪歩。まずは酒場へ行こう! 情報集めは酒場って相場が決まってるからね」

「どこの相場よ」


なんてツッコミをいれながらも街へ入る。
一応の目的地ではあったタキタウン。
街はそれなりに賑やかで人々は笑い、そして楽しそうにいた。

「じゃあまずはあのお店に入ってみましょう」


と指をさした店は人の多い酒場だった。
入り口は開放的になっていて、人々が自由に出入りする。
外の入り口付近にまで席が広がっていてそこでも人々は騒がしく飲んでいた。


狭い道の通路を入り、カウンターの奥にいる店員の所までやっとの思いでたどり着く。


「あの〜、ビール一つ」


とあずささんが急に頼み出す。

「あ、あずささん!まだ目的が果たされてないですから」

「いけない……そうだったわ。私のためにみんなこうしてくれているのに」

「ははは、お嬢ちゃん達、随分可愛いねえ。一体何かあったのかい?」


酒場の店主は気前よく聞いてきた。


「えぇ、実は……」

「おうおうなんだお姉ちゃんたち!」


急に一人の見知らぬ男が肩に手を回してきた。
酒臭い……! 

パシッ、と軽く手を払いのけてもとに店主のほうに


「あの、私達聞きたい情報があって」

「情報が必要なら俺が教えてやるよ」


絡んできた酒臭い男はそう答える。
この人には聞いていないのだけど……。
面倒だなぁ。


「私達、空からきたという人を返してあげたいのですが……」

店主はその言葉を聞くと急に怪訝な顔をし、露骨に嫌そうにした。
バァン! と大きな音をたてて私のすぐ横のカウンターを叩いているのは
酒臭いその男。


「出ていきな。空のものはこの街にはいらねえ!!」

「お前らがいたら空から何が降ってくるからたまったもんじゃねえからな!」

「空の者だと……?」


と一人の男が騒ぎ出すと次々とこちらに目線が寄ってくる。

「あ、あの……これは……」


店主に目を向けるが黙っているが、やがて小さく


「すまん、今日は引き取ってくれ」


あの店主は人がいいのだろうか、あまり気が強く言えない人なのか、
申し訳なさそうにそういった。
私達は仕方なくその酒場はあとにすることにした。


「なんだよ、真のせいで変な気分になったじゃないか」

「変な気分ってなんだよ……あのお店が体外なだけなんだろう!?」

「それはわからないけど、でもあのお店の人からだとあまりいい印象はないかもですぅ」


と萩原さんは言う。


「そうね。どうしましょう……」


あずささんはすっかり飲み干している空のジョッキを片手にいた。
これからどうするか迷っていると
一人のおじさんが店から出てきたこちらに駆け寄ってきた。


「あぁ、良かった君等。無事かい? 君たち、空のことに聞きたいんだろう!?」

「え?」

誰かしら。人のよさそうなおじさん。太った体に急いででてきのか
膝に手をついて息を切らしていた。


「空の者について知りたいならば、リトルバードに行くといい」

「リトルバード?」


真と我那覇さんが同時に首をかしげる。
確かに何のこと? 行くといいってことは……どこかそういう場所があるのかしら?

それが空と何が関係あるの……?

「リトルバードはアトリエだ。この街のはずれにある
 そこに行って空のことを聞けばわかるはずだ」

「俺は、教えてやれるのはこれくらいなんだ」


なんてったって俺自身がこれしか知らないからな。
と付け加えた。


「それだけ知れば十分よ。ありがとう」

「いや、いいのさ」


そう言うとおじさんはその辺の段差に座り込んだ。
そして、空を見上げた。

「私もね……空の者だったのさ」

とそう私達の背中を見向きもせず聞こえるか聞こえないかの大きさの声で呟いた。
私は特に聞こえないフリをして、その場をあとにした。


私達は街のはずれへと向かった。


「本当に空に街なんて存在するの?」

「でも、自分、そんな話お伽話でしか聞いたこと無いぞ」

「ええ、私それも覚えてないものだから……わからないわ」

「あっちの方角です」


と萩原さんはすでに探査系の魔法を
発動していたみたいで(いつの間に)私達を先導しはじめた。

街から大分外れた場所に来た私達は周りを見ると小さな遺跡のような場所になっていた。
木やつるが遺跡にこびりついて石版に何が書いてあるのかもわからなかった。


萩原さんは先導をしながらもところどころにいる虫にはビクつきながらも、それでも歩いた。そして私達は黙ってそれに続いていた。

そして。


「この家がそうなの? 急にメルヘンな家が現れたわね」

「可愛い〜〜!」


真が目を輝かせていた。確かに可愛らしものではある。
だけど、どうしてこんな街の外れに作る必要があったのだろう。
まるでお菓子か何かでできているんじゃないかと思うその家の扉から
ゾンビが現れた。

ゆらゆらとこちらに向かうゾンビに対し、私は無言で剣を抜き、斬りつけた。
悲鳴も出ない恐怖とはこのことね。
まさかゾンビ屋敷だからこんな街のはずれにあるのかと。


でもそんな風には見えないくらいメルヘンチックな家……。


「ぎゃーーーーーーー!!」


ゾンビは地面に倒れながらもじたばたと苦しんでいた。

「ひぃっ! 悪霊め!」

「や、やっちゃえ千早ー!」

「いいぞ、千早ー!」


振り返ると我那覇さんと真はいつの間にか森の木の後ろに隠れていた。


そして、再び剣を構えるが、とっさに萩原さんが割って入る。


「ま、待って千早ちゃん! この人、身なりはこんなだけど人だよ!」

「へ?」


「い、いだいっぃぃいいいい!! ぎゃぁぁぁあああ!」

「あ、あの、今治しますから! ”癒しを”!」


萩原さんは倒れもがき苦しむゾンビ(?)の横に膝をつき、傷口に向かって両手をかざした。
両手から出る閃光により、傷口がみるみるうちに癒えていくのがわかる。

「も、もうだめじゃないか、千早。いきなり人を斬りつけたら」


遠くの木の幹に隠れながら言う真。
その後ろに我那覇さんが小動物のように覚えて震えていた。


「ふ、ふぅ〜、生き返る〜」


と溜息混じりにゾンビが起き上がる。まるでおっさんのように。


「あ、どうもいらっしゃい。こんなに可愛い方達が来てくれるなんて
 本当にいつぶりかしら……。
 あ、いけない。申し遅れました。
 私、このアトリエ・リトルバードのオーナーの音無小鳥です」

このおっとりした口調は……女性?
なんだかこの世界には女性しかいないんじゃないかと思うほどの女性との深い関わりっぷりね。
だけど、一体なんでこんなゾンビみたいになるほど汚らしい格好をしているのかしら。


「あ、あの……すみませんでした」


とりあえずいきなり斬りかかってしまったことを謝罪しないと。


「えっ? あぁ、もう大丈夫ですよ。すっごく痛かったけれど今はもう何ともないですから」

「あぁ、ごめんなさい。これはそのアトリエというものだから巨大な同人ゴホン、
 アートを書こうと思って、それにはやはりカラーじゃないとだめでしょう?」


と丁寧に説明を始めてくれた。途中何かを隠そうとしたのは今は放っておこう。
触れない方が私達のためにもなるでしょうし。

「でも、私、そそっかしいところもあるからペンキ頭からかぶったり
 いろいろしてるうちにこうなっちゃったのよ……うぅ〜」


はやくお風呂入りたい……と愚痴をこぼしていた。
入ればいいのに、と思ったけどまた真にいろいろ言われそうだから黙っておこう。


それから私達はアトリエの中に入れてもらい、お茶を用意してもらった。
私達がお茶を飲んでゆっくりしている間に音無さんはお風呂に入ってその汚れを落としているみたい。


「へぇ〜、なんだかすっごい可愛い所だよね!」


我那覇さんは椅子に座りながらも両足をパタパタとさせて子供みたいに興奮していた。
一方萩原さんは入れてもらったお茶の味を確かめるように湯のみを睨みつけていた。

真とあずささんは立ってそこら中にある作りかけの彫刻や、絵画、を見て回っていた。
とても真に芸術的な感性があるとは思えないのだけど。


「……今なにか失礼なこと思わなかった?」

「いえ、何も」


こちらを振り向く真。聞こえてるのかしら?


しばらくするとすっかり綺麗になった音無さんがでてきた。
普通にしているとこんなに綺麗な人なのに……どうしてああなってしまったのかしら。


「ごめんなさい。遅くなっちゃって。それで、えーっと、密売の方々でしたっけ?」


密売?

「いえ、私たちは……」

「あぁ! え? 違うの!? ご、ごめんなさい……」

「てっきり私の同人を密輸して高く売ろうとしている人たちなのかもしれないなんて言えない
 、絶対に言えない……」


とボソボソと何かつぶやいていたが、わからなかった。


「自分達はこのあずささんを元の場所に返してあげたくてここに来たんだぞ」

「響、それじゃあ大事な所を端折りすぎてわかんないじゃないか」


と我那覇さんに対する真。

「えっと、要するに、あずささんが急にぱっと現れたもんだから僕達の力でどうにか
 お空に返してあげたいって話なんだよ」


問題外でした。


「あの、あずささんは元々天空街の人間なんです。それがなんの因果かわからないけれど、
 地上に降りていて、それで私達が帰れる方法を探そうってことになって。
 街の酒場で聞いたらこのアトリエに来てみろって言うんで来たんです」

「なるほどね。天空街のことかしら……」


どうやら察してくれたみたいでうんうん、と頷く音無さん。


「えぇぇぇぇ!? て、天空街いいいい!?」


と一人で驚き椅子から転げ落ちる音無さん。
何を一人コントをしているのだろうか。

「え?」

「ちょっ、えぇぇぇ!? ま、ままま、まさか本当に存在するだなんて……」


慌てふためく音無さんに一同、はてなマークが頭の上にでている。
どういうこと?
天空街? それは空にある国のことかしら?


町の酒場で聞いた、忌み嫌われていた空の者と何か関係があるの?


「あ、あの本当に存在するだなんて……とは?」

「だ、だって天空街ってのは私の書いたBL同人誌『天空街』の架空設定だったのに……」


「えぇぇぇぇえええ!?」


BL……? 同人誌? 聞きなれない言葉が飛び交うのだけど、
他のみんなもよくわからない、といった感じだった。

「ほ、ほら、これよ……」


ガタッっと慌ただしく席を立つと机の引き出しの中から原本らしき紙の束を持ってきた。


そしてそのまま私達の机の上に広げる。
その内容は見ても分かる通り、若き男性が
男性同士のくんずほぐれつの様子を描いたものだった。


「なっ、なあぁぁああ!!
 こ、こういうのは……そ、その……なんというかエッチだぞ!」


耳まで真っ赤にしながら大きな声を出し、立ち上がる我那覇さん。

「でも、これが私の中で最も売れた作品なのよ……。『天空街』……」

「う、うわぁ……すごいね、これ」

「まぁ……私の住んでた所ってこういう所なのかしら……」


真にあずささんは興味津々な、ようでもないが食い入るように見ている。


私も一応、この本の中に何かヒントが隠されていないか、
暴き出さないといけないので一応全てのページに目を通す。


「ち、千早……よくそんなの平気で見れるね……」


真がドン引きしていた。

「ち、違うわよ!! この中にだって何かヒントがあるかもしれないでしょう!?」

「そ、それはそうかもしれないけれど、こんな所にあるヒントなんて嫌だよボク」

「い、嫌!?」


一人ショックを受けているのを他所に、
萩原さんがさっきから静かにしていると思ったら、完全にフリーズしていた。


「萩原さん!?」

「お、男の人……」


目を回していた。青ざめながらふにゃふにゃと椅子に座りこむ萩原さん。
なかなか刺激が強かったようだ。

確かにこれは原本らしいので男性器の部分には
何も修正らしきものはされていなかった。


こういうのって普通少しくらいモザイクなりなんなりがあるんじゃ……?


私は弟がいたから別に驚くことはないけれど、
こ、こんな風になるのね……。


って別に興味はないのよ!?


「でも、どうしてこの本が空へ戻れるヒントになるとあの酒場の人は思ったのかしら?」


「うん、確かにそれに空の者がどうとかってことも言ってたし」

真の言葉にすぐに反応した音無さんが


「空の者!? だ、誰が!?」

「で、ですから、このあずささんがそうなんですって」

「ほ、本当ですか!?」


ぱしっ、とあずささんの両手を取る小鳥さん。
小鳥さんの勢いにあっけにとられるあずささん。


「いつもご愛読ありがとうございます」

「あらあら、こちらこそ? って、何のことなのかしら?」

小鳥さんの反応も意味がイマイチわからないけれど、
それに対応してしまうあずささんの天然っぷりは……本当に謎。


「ご愛読って、あずささん『天空街』をいつも読んでるの?」


と我那覇さんがあずささんに質問する。
私もそうなのかと思ったらさっきのあずささんの何もわかっていないような反応は
どうやらそうではないみたいだった。


「いいえ。読んだことも聞いたこともないわ」

「えぇ!? そ、そうなんですか!? ガーン」


と一人で効果音までつけてショックを受けている音無さん。

「それで……音無さん。空の者というのは一体何者なんですか?」

「ただのファンよ」

「へっ?」


私の質問にさらっと答える音無さん。
しかし、その答えも突拍子もないもので私は変なところから声が出てしまった。


「空の者っていうのはね。私の書いた同人誌『天空街』を
 こよなく愛する信者さんたちのことを言うの。そういう愛称みたいなものなの」

「じゃあ、あずささんはその空の者じゃないみたいね」

「そうね、私の作品を知らないみたいだしね」


と、自分の作品が世に出てそれほど有名ではない、ということを悟ったのか、
少し照れくさそうにしていた。

「で、本当に空にある国については何も知らないんですか?」


と念を推すように質問する。


「うーん、確か……。何か思い出しそうな気もするんだけど……」


と頭をコツコツと叩きながら思い出している。


どうやら話を聞いた限りだとこの町の人たち、いえ、
あの酒場にいた人たちもそうね。


その人達は単純に音無さんの書いた『天空街』というBL同人誌が
嫌いなだけで、それでアトリエ自体もこんな森に入るまでの町外れにあるということね。

それからこれは私の予測だし、見逃していただけかもしれないのだけど。
町には本屋というものは一つもなかった。


何故、ないのか。
この町があの有名な(自称ではあるが)BL同人誌『天空街』の生まれた場所。
さらにその聖地であるこの場所で購入したいというコアなファンも出てくるのでは?


また普通にファンだから町に来た。
という人も出てきているのだろう。


だからこそ、ファンである空の者も
空にある国がテーマになっている『天空街』も
この町の住人から嫌われている。


何よりもそれを求めて集まってくる客で
この町自体の生計が成り立っているのが気に食わないのだろう。

「酔っぱらいの言うことなんて当てにするんじゃなかったぞ」


机にうなだれる我那覇さん。
確かにあんな酒場にいる酔っぱらいの言うことを、
すべて鵜呑みにして信じてしまったのは失敗だったかもしれないわ。


確かにこんなドギツいBL同人誌の内容が頭に浮かんでしまえば
折角の美味しいお酒も不味くなりかねない訳なのだし。


……と、なると。全く本物の空への手がかりはなさそうね。


「はぁ……。だめね。他を当たりましょう」


がたん、と立ち上がる。

が、それを袖を掴んで離さない音無さん。


「あ、あの……私達もう行かないと」


「待って、思い出したわ。この『天空街』何も全て私の妄想だけで構成された代物じゃないのよ。
 これは、ある日突然舞い降りた、イケメンに目を取られているとその人が言ったの。
 空の街を陥落させるってのも……大した仕事だぜ、ってね」


「それってどういうこと?」

「私はその言葉を聞いて思ったの。あ、それいただき! ってね」

「それピヨコがネタを思いついた時の話だろ……」


ジト目で音無さんを見る我那覇さん。

どうやらそのようね。本当にここには要はもうないみたい。


「あぁ! でもその時に、私、勇気を出して話しかけちゃったのよ」

「あ、あの、天空街へ行くにはどうしたらいいんですか! って」

「そしたら」


ガシャーンッ!!

音無さんの言葉を遮るようにアトリエの窓が割れる。


「何っ!?」


窓の近くには拳程度の大きさの石が投げ込まれていた。

咄嗟にみんなで外に出る。


「誰!」


表に出ると、そこには一人の老婆がいた。


「黄石さん……?」


この人は会ったことのある、確か黄石三穂という老婆。
アズミンの街へ
行く前に私と真で森から助けて上げた人。


「おお、今大きな音がして驚いたのだが、どこの音じゃ?」

とよぼよぼと杖をつきながらこちらに歩み寄る。
それを真は駆け寄って支えるようにしてあげる。


「大丈夫ですか!? アズミンから引っ越したんですか?」

「おお、あんたは、確か命の恩人、真くんじゃないか。
 また、結構稼いでるようじゃね? あはっ」

「へ? どうしたのおばあさん」


とても老婆とは思えないスピードで腰の当たりからダガーを取り出した。

「真っ! 危ない!」

言うが遅く、おばあさんは柄で真の鳩尾に深く一撃食らわす。


「ぐっ、うぅ、何を!?」


膝をつく真。
その真の顔面に大きく蹴りを食らわす老婆。

「真ちゃんっ!」


吹き飛んだ真はアトリエに突っ込み壁を貫通する。
そこに駆け寄る雪歩。


「あはっ、どうやらまだミキがおばあさんだとか信じているんだね」

「あなたは一体……!」


ベリベリ……。
顔の皮を剥がすように変装を解いていく、骨格まで変化する高等な変化の術。
そして、あっという間に若くて綺麗な女性に早変わりした。

「えぇぇえ!? なにそれ! それ、いただき!」


表にでてきた音無さんが急に懐からメモとペンを取り出し何か書きだした。


「へ、変装により、彼は彼女を騙していただなんて……うふふ、ふひっ」


とブツブツ何か言っているがこの際全く気にはならなかった。


「また真くんからお小遣いもらっちゃったの!」


真のお財布を手の中で転がすようにする彼女……。

「まさかアズミンであなたと別れた時、財布を盗んだのもあなただったのね!」

「あはっ、ようやく気づいたの? 遅すぎてもうミキ眠くなってきちゃったよぉ、あふぅ」

「真へ何の恨みがあるのか知らないけれど、そのお金は返してもらうわ!」

「じ、自分だって戦うぞ! 来い、いぬ美ーっ!」


両手を合わせ、地面に手を付けるが全く反応しない。


「あ、あれ!? い、いぬ美!? おーい!」


パンパンパン!
何度やっても反応しないいぬ美。

「今日は調子が悪いのかなぁ? そ、それともまだあのこと怒ってるのかなぁ……」


とブツブツと呟いている。
こんな時にあの大きなモンスターがでてくれば朝飯前なのに。
この女の子からにじみ出るオーラは……異常。


「我那覇さん、とりあえずアトリエの奥の方にあずささんと音無さんの避難を!」

「わかった! 行こう、ピヨコ! ってうぎゃー!何書いてるんだよ!
 あ、あずささん、そっちじゃないってばー!」


私の背後でてんやわんやしている。

「あなたの名前は……!」

「ミキ? 美希の名前は黄石三穂、なんかじゃなくって星井美希なの」

「あぁ〜、なるほど」


後ろのほうで呑気に真を看病しながら納得してる萩原さんの声。


「そう、まぁなんでもいいですけれどね!」


ダッ。


「わ、私も加勢するよ千早ちゃん! 身体強化の魔法! えーいっ!」

「へへーん、いっただきなのー!」


その俊足で私にかかるはずの光を自ら浴びに行って身体強化をした。

「おお、雪歩も結構な魔法使いさんなの! ありがとう、あはっ」

「くっ」

「ご、ごめんなさい〜〜! 私、ドン臭いから……」


杖を持ちながら縮こまる萩原さん。
そんなこと言ってないでいいから早くこっちも身体強化して欲しいんですけど!


「それっ! いっくよー!」

元からあのスピードだった美希の俊足はさらに早くなっている、
まともにこの剣じゃ全て抑えきれるかどうかも怪しい……!


美希の俊足、そして猛攻に防御する一方。


剣と美希のダガーが交わる度に何か妙な違和感を感じる。
どこか……似ている。



「ほらほら、千早さん、遅いよ〜?」


一瞬のうちに背後に回られる。
まるで瞬間移動でもしてるかのように。
剣の鞘で攻撃をガードする。

防御もままならなくなってきてる。


美希の攻撃を剣で受けた瞬間に顎を蹴り上げられる。
激痛と共に目がチカチカする。


その怯みに対し、美希が回し蹴りを炸裂させて、
私も真と同じように吹き飛ぶ。


……が、なんとか踏みとどまる!
美希の方を見るとあくびをしていた。

「あふぅ、なんだか千早さん、弱いよねぇ……」

「ミキ、ちょっと以外かなって。千早さんはセンスあると思うけれど
 きっと剣を教わる先生を間違えちゃったんだね。ドンマイ」

「先生はセンスなかった感じかな?」


先生……。師匠。
私に剣を教えた師匠。

あの日、途方もなくなった私を救いの手で拾い、
生きるすべである剣を教えた師匠。


忘れもしない大事な日々。



私の前で……よくも。

「……まえで……」

「? 今何か言った?」

「私の前で……! 春香を悪く言うことは絶対に許さない!」


らしくもなく頭に血がのぼる。
目の前に美希しか映らない。

許さない。許さない。許さない。
私の大事な春香に。私の大好きな春香に。


よくも。センスがない? あの人は天才。
私の親友でもあり、親のような存在でもあり、
恋人のような存在でもあり、そして、剣を教えた師匠。


「あはっ、そうこなくっちゃ!」


激情に任せ剣を振るう。
遠くの方で真が回復したのが感じられる。

「こんな単純な攻撃じゃ、ミキは倒せないよ」


ギィン……ッ! ギィンッ!


激しくぶつかり合う私の剣と美希のダガー。
嫌な違和感を感じる。これは何?


なんで師匠のことが頭にチラチラとでてくるの?


よくその短いダガーで私の剣を防御できていられるわね。


だけど、それも今のうち。
今に見てなさい。その首をはねてやるわ。


しかし、美希とぶつかり合う次の瞬間に私は後ろに服を思いっきり引っ張られ倒れる。
私を後ろに引っ張り下げたのは意外にも萩原さんで、
萩原さんはそのままの勢いで突進してくる美希に目一杯の炎を浴びせた。


「”炎”よ!」


ゴオオオオッ!


杖から出る灼熱の炎は美希を静止させるのには容易いものだった。
突進してくる美希は恐らく炎を前に回避して、
体勢を立て直している頃合い。

「千早ちゃん、少し落ち着いた? 
 何があったのかとかは私、よくわからないけれど、
 でも、今は少し落ち着こう?」


「ええ、大丈夫よ、ありがとう。助かったわ」


本当はまだ少し頭に血が登っている。
だけど、今はそれくらいでちょうどいいのかもしれない。



炎が壁になって未だに美希は姿を現さない。


「今のうちに、傷を癒しとくね。”癒し”を」


萩原さんの杖から光が出て、私を包む。
みるみるうちに回復し怪我も何事もなかったのかようになる。


これで反撃開始よ。

「ふーん、回復の魔法ってそうやるんだ〜」


ふいに炎のなかから声が聞こえる。


ザッ……。


嘘でしょう!? この炎の中を!?
歩いて普通にでてきた?


だって、体は燃えているのに。
熱くないわけがない。痛くないわけがない。

なのになんで?


燃え盛る炎の壁をいとも簡単に突き破ってきた。
ただしくは何もないかのように普通に歩いて通った美希。


だけど、美希の体は確実に燃えている。
火が移っている。


そして、美希は衝撃の行動を取る。


指を動かしている。
あの動きは確か……魔法!?
魔法が使えるの?

文字が美希の目の前の空中に浮かび上がる。


「う、うそ……」


萩原さんが驚愕していた。
震え、怯えていた。


「だ、だって、回復系の魔法はすごく難しくて私でも幼少の頃から
 学び始めてちゃんとできるようになったのは14歳の時なのに……」


「え? 何がどうしたっていうの?」


萩原さんのそれも異常な気がするのだけど。
要するに美希も回復の魔法を使えたというわけね。

「美希ちゃんは……完全に魔法の素人だよ、千早ちゃん」

「だって、あの文字列は、私が頭に描くものと同じ……
 普通の魔法とは別の。私の魔法文字列なの!」


つまり、この場では萩原さんしか使えるはずがない魔法を使っているということ?


そして


「”癒し”を!」



美希が己の体を光で包み、炎で傷ついた体を癒していた。

「おお〜、なかなか悪くないって感じなの」


「そ、その魔法は……私の、私だけが持っている特殊な魔法文字列ですぅ!
 い、一体どこで教わったんですか!?」


珍しく萩原さんが叫ぶ。
萩原さんだけが持っている特殊な魔法文字列というのも気になるのだけど。


「え? そんなの今、雪歩が教えてくれたんじゃん?」

「え?」

「え?」


教えた!? どういうこと?
何を言っているの?

「わ、私は教えてなんかいません……!」

「確かにそうだね。ミキが勝手に覚えたって感じかな?」

「覚えた!?」

「じゃあ、特別に教えてあげるの。ミキの生まれ切っての能力」

「生まれた時から見て真似するのが得意だったの。
 そうやって盗むことで生活してたからね」

「人の特徴を盗むの。言い方をよくすると覚えるの。
 見て、聞いて、感じて、触れて、覚える。
 そして、会得する。自分のものにする」


「異常なくらい習得する。人智を超えた習得速度。
 全てのものを見ただけでマスターするミキの生まれ持っての特別な力。
 ”オーバーマスター”で、今の雪歩回復の魔法も覚えたの」


オーバーマスター!?
じゃあ私の剣の捌きも覚えて……?
通りでやりづらいわけね。

「だからさっきのだってできるよ? えーっと、こうかな?」


再び自分の目の前に魔法文字をつらつらと書きだす美希。
そしてそれを一瞬で解読し、私ごとタックルで緊急回避した萩原さん。


「”炎”よ!」


私と萩原さんの真上を業火が過ぎる。熱いっ!


炎が過ぎ去った隙を狙い、側面に回りこみ、剣を振るう。
しかし、またしてもダガーで防がれる。

「だめだめ! そんなんじゃ!」


再び美希の猛攻を受ける。
受けきれずに腕や足を次々に軽く切り裂かれる。


「”雷槌”よ!」


電撃を美希に向かって走らせるが、それも大きくジャンプして避けられてしまった。
そのまま美希は近くの木に飛び移り、


「”雷槌”なの!」


と電撃を返してきた。

いとも簡単に自分が出した魔法が相手に読み取られてしまったのが、
相当ショックだったらしく萩原さんの足は動かなかった。


「萩原さん!」


走っても間に合わない!
しかし、私よりも先に萩原さんに突っ込む一つの黒い影。


雷槌が萩原さんのいた所に落ちて、大きな音をたてる。
土煙をなくなるとそこには萩原さんの代わりに真が黒焦げになっていた。


「……っ」


ドサッ。

崩れ落ちる真に近くで倒れ込んでいた萩原さんが、這うようにして寄る。


「真ちゃん!? だ、大丈夫!? ど、どうして私なんか」


しかし、それにも真は返事もせずにただ寝たきりだった。
萩原さんの目には涙が浮かぶ。


私はそれを背後にし、美希に突っ込む。
美希も私に応戦する。
しかし、歯がたたない。


強い……。

「千早ちゃん……もういいよ。退いて」


殺気。恐ろしいほどの殺気を感じる。
振り返ると杖を持った萩原さんが。


萩原さん?
本当に?


この娘が?


白い服を着ているのにもかかわらずにじみ出る黒いオーラ。


「だ、だけど! あなたと美希じゃ愛称が悪すぎる!」

そんな私の静止もお構いなく目の前を通り過ぎる。
目には涙が。足は震え。
手は固く握られていた。


「あはっ、真くんってばやられていても結構さまになるんだね」


美希に向かって萩原さんが杖を振った。

美希は余裕ぶっていたが、その瞬間だけ大きく右に飛び退けた。


「い、今のは!?」


美希はその魔法だけは何かが違うと察したのか焦っていた。
そして、美希が避けたために、美希の後ろにあった木は幹を大きく抉られた。

抉られた、というよりも亡くなった、消滅した。
消え去った。食いちぎられたかのように。

ばっくりと、飲み込まれた。
あれは……確か、おじいさんも使っていた技だった気が……。


「覚えちゃうって言ってるのに、いいの?
 その技、美希も使えるようになっちゃうからね?」


美希は杖を持っていないためにいちいち自分の目の前に魔法文字を書かないといけない。
誰しも魔法の素人の時代はそうしているそうだ。

萩原さんはノーモーションで魔法が発動できるのは、
本来書かないといけない魔法文字を脳内で直接書き込んで、
思い浮かべているから、そう見えるそう。


実際には脳内でちゃんと書いているらしい。


美希が文字を自分の目の前に書き始めた。
しかし、先程から手が動かない……。


「無駄だよ。そんな魔法じゃ私と魔法での勝負をしようなんて100年早いよ」


あとで聞いた所、何をしているのかと言えばこの時、萩原さんは
美希の書いていた魔法文字をジャックして全てかき消していたとのこと。


ぐちゃぐちゃに。そして発動すらさせない。

だが、時期に


「まぁ、いいの……美希だってやり方さえわかれば……!」


「”雷槌”なの!」


ノーモーションで雷槌を発射する美希。
やはりこれもマスターできるというのね。


しかし、萩原さんは杖を上に振る。
その瞬間、萩原さんの目の前の土が盛大に盛り上がり、萩原さんの盾となった。

電撃の攻撃がやんだ瞬間に目の前の土壁を杖の一振りで破壊していた。
しかし、速度の面では相変わらず美希の方が格段に上だった。
そのために反撃もままならず美希の攻撃がくる。


「”炎”なの!」


ゴオオオオッ!


業火が迫るが萩原さんは、再び杖を振り、呪文を唱える。
その呪文は聞こえるか聞こえないかの大きさで唱えられた。


「……ダ……ィ……!!」


その瞬間、萩原さんに迫り来る炎は一瞬にして消し飛んだ。
まるで無効化になったみたいに。

「あ、あれ!? くっ、もう一回なの! ”炎”なの!」


再び、炎が迫り来るがもう一度同じ呪文を唱える萩原さん。
そして、それに対抗して再び美希も同じように炎を繰り出す。


しかし、それもかき消される。今度は雷槌を出す。
だが、これも消される。


萩原さんも魔法を消すごとに自分自身もヒートアップして行き
最終的には呪文を大声で叫び散らしていた。


「”雷槌”なのーーっ!」

「イクシアダーツサムロディーアー!!」


雷槌は呪文を唱えられた瞬間に何もなかったかのように消し飛んだ。

「な、なんで……!?」

「魔法の仕組みも理解できていない人に、
 私の魔法は壊せない……!」


「今のだってミキは簡単に覚えられるんだからね!」

「……真ちゃんに謝って」


大きく掲げた杖の先には太陽のような灼熱の炎の固まりが。



「さっきの魔法、きっと魔法を打ち消す魔法なんでしょう!?
 それくらいミキだってわかっちゃうの!」

「イクシアダーツサムロディーアー! なのー!」


美希は指を振るうが、萩原さんの杖の先の炎は消えない。
それどころか大きさをどんどんと増していく。


「あ、あれ? イクシアダ……あ、あれ!? なんで!?」


今度はちゃんと文字列を書こうとしているが、文字が書けていなかった。
だが、それはまた乗っ取りをしているわけではなかった。


「な、なんで!?」

「無駄だよ。その呪文は普通の魔法のスペルを書く、
 魔法文字ではないものを使ってます。さっきの私の文字列と言ったけど、
 あれは私の一族の文字列を改変したもの」

「結果的には悪く、改変ししまったけれど」


「私の一族が開発した文字は絶対に解読できないです。
 だから……素人の美希ちゃんには全く書けないとおもいます」


ニコッと笑う萩原さんの目は杖先の炎と同じように燃えていた。


「くっ……! ほ、”炎”なの!」


炎で対抗する美希。だが、灼熱の業火の塊には何も効いてなかった。

「ひっ……!」


咄嗟にこの実力差を知ったのか踵を返して走りだす美希。
森へ入ろうとする、その敗走の姿はみっともなかった。


「もう……真ちゃんに謝っても許さないんだから……!」

「い、いやっぁぁぁあ! ご、ごめんなさいなのーーー!」

「はぁぁぁ……!」

「”インフェルノ”ォォーーッッ!」

「い、いやなのぉぉぉおおおおお!!」


太陽のような業火の、灼熱の、塊は、逃げる美希を
森ごと焼き払い、消し去った。

元々このアトリエ・リトルバードの近くは町の外れで
森に囲まれたような所だった。
萩原さんの発動した、”インフェルノ”は、
(幸いタキタウンの方角とは真逆の方向に走った)
森を焼きつくし、えぐるかのように、まるで巨大な何かが通ったかのようにあとを残していった。


インフェルノの通ったあとの森は焼きつくされ、跡形も無く燃え尽きていた。



「す、すごい……」


思わずそんな言葉が漏れてしまった。
美希の逃げ足ならば逃げられるのかもしれないと、思ったけれど。
たぶんこの有り様では無理だろう。
逃げたとしても相当な重症になったと思う。

萩原さんはすぐに振り返り、真のもとに走り、魔法をかけた。
たぶん結構本気だしてかけてる回復の魔法で、真はすぐに目を覚ました。


「あ、あれ? ボク……」

「真ちゃぁぁあん」


ガバッ、と真に抱きつく萩原さん。


「ありがとう、雪歩。助かったよ」


真の胸でわんわん泣く萩原さんの頭を優しく撫でる真。

「すごかったぞ、雪歩ー!」


萩原さんの後ろから飛びつくように抱きつく我那覇さん。


「ねえ雪歩。思ったんだけど、送り届ける魔法みたいなのってない?
 そうしたらあずささんを送り届けられるじゃん?」


と、珍しくもっともな発言をする我那覇さん。
確かにそうね。


「む、無理だよぉ……。確かにそういうのはあるけれど、
 それって結局、響ちゃんの出した召喚獣をしまう、ってのと同じ原理だし」


「人間でやったら失敗した時……悲惨なことになるかもしれないし」



そう否定する萩原さん。じゃあどうしたら……。

パチパチパチ……。
乾いた単独の拍手がアトリエの前にいる私達の耳に届く。


真がアトリエの屋上、屋根の上を見て


「見てみんな……誰かいるよ」


という。
見ると屋根の上には金髪の……美希とは全くの別人。
そもそも男性だった。
金髪のその男性は屋根の上に座って足を組みながらこちらを見下ろしていた。


「チャオ☆ エンジェルちゃん達」

ウインクしながらキザな挨拶をかますその男。
今、何かすごくイラッとする星が見えた気がするけれど。


「あぁぁぁあ! あ、あの時のイケメン……!!」


むふーっ、と鼻息を荒くする音無さん。


「あ、あの人よ! 天空街がどうこう言ってたのって!」

「へぇ。そっか。参ったなぁ。話を聞かれていたのか……」


その瞬間、ただならぬ殺気を感じ、またこの人も相当な手練だということを悟る。
咄嗟に構えてしまう。

だが、


「やだなぁ。別にやりあうつもりはないよ。子猫ちゃんたち」


と笑ってみせる。


「その子、空の者なんでしょう?
 この町じゃ無理だよ。この町はそこのお姉さんのせいで
『天空街』といういかがわしい本で有名になった町だ」

「だからこそ、この町の人達はそれを嫌い、
 また本を求めてくる人達を空の者として忌み嫌う」

「だけど、実は天空街というのはお話の中だけの空想世界じゃなかったんだ」


空想世界じゃなかった……。やはり本当に空に町は実在する。

「それから。もう少しヒントを与えると。そこのポニーテールのエンジェルちゃんの
 推測は正しい。確かに転送魔法で送り届ければいいということ」


何やら勝手に語り出したのだけど。
しかし、ヒントをくれるというので一応聞くことにするが、
私は決して信用するつもりにはならない。


「ここはクロイ帝国の領地。タキタウンの町外れのアトリエ。
 この町から北の方角。クロイ帝国の最北地にある特殊な種族の村があるんだ」

「そこには転送の魔法を最も得意とする者がいてね。その子に頼むが一番いいと思うよ」

「な、何故そんなことを私達に……?」


疑問。今あった謎の人物にそんなことを教えられる……。
一体どういうことなの?


「やだなぁ。ただの親切心さ」


肩をすくめるその男の人は私を困ったように見る。
だけど……まだ信用はできない。このただならぬ熟練された戦士のオーラ。
油断はできない。


「じゃあそこの村へ行けばいいのね!」

楽観的なあずささんが楽しそうに言う。
でもあなた迷子になるくらいの方向音痴なんじゃ……。
言い出すやいなや、南の方角に歩き出すあずささんを止める真と我那覇さん。


「そっちは南だぞー! 逆だってばー!」

「あなたは……一体」

「通りすがりの人さ。名前は伊集院北斗。
 それと……大事なニュースがある。
 君たちはナムコ王国の人達でしょう?
 君等の首都は今、一番危険だよ。
 反乱が起きている」


「なっ……!?」

思わず動揺してしまった。
会ったこともない人の話を聞いて。鵜呑みにしてしまって。


「どうするかは君等次第さ」

「なんでそんなことを知っているの……!?」

「風の便りってやつさ」


相変わらずキザに返すのがイライラする。
そして、まだ何か語り出した。

「なんて言いつつ、君に一つ忠告してあげよう」

「ん? 予言、とも言ってもいいかな?」

「まぁ、占い? 良かったわね、千早ちゃん」


と隣であずささんは楽しそうにしていた。
それどころじゃないのだけど。


「結構よ」


キッパリと断る。あずささんは残念そうにしていた。

「ふっ。釣れないねぇ。
 こんなに親切に情報を与えといてなんだけども
 あまり人を信用しない方がいいよ?」


「信用は裏切りを呼ぶ。そしたら傷ついちゃうじゃないか。
 傷ついたエンジェルちゃんは僕は見たくないからね」


そう言うこの男の目は私なんかを全く見ていなかった。
どこを……見ているの?

誰を見て言ってるの?


「それじゃあね、エンジェルちゃんたち」


と屋根の奥の、向こう側へと消えていった。

「ちょっと、今のどういうこと!?」

「ふ、ふぅ……一体なんだったんですか?」


すっかり私の後ろに隠れていた萩原さんが顔を出す。
私にもわからないわよ。そんなの。


「千早、今の話……」

「わからないわ。本当なのかも……どうなのかも」


私にはわからない。だけど、本当だとしたら。
助けに行かないと。

「どう行ったら早い……!?」

「水瀬さんに頼んで国境を渡るというのは……!?」

「千早ちゃん、それじゃあ国境を超えたあともまだ長いよ」


そうね。問題は国境を再び超えること……。


「じゃあ一緒にその村まで行って、首都のバンナムに転送されればいいんじゃないか?」

「それだ!」

「ええ、そうしましょう!」


我那覇さん。あなたは冴えてるわね、本当に。
今日は最高に使えなかったのに。


我那覇さんの提案に賛同する真と私。

「じゃあ急いで向かいましょう!」


萩原さんも杖をギュッと握り締める。


「よかったわ。これで一緒にいけば道に迷うこともなさそうだし」


安心するあずささん。
地図で軽く確認するとまっすぐ首都バンナムに戻るよりはこちらのほうが早い。


「あ、あの〜、私もその村に連れて行ってもらえませんか?」


そろ〜っと手を挙げる音無さん。
あまりお荷物は増やしたくないのだけれど。

「えっと……私、この町を追われてて、こんな所にアトリエがあるんですよ」

「私も何か旅にでれば新しいネタが手に入るかもしれないし!」


と楽しそうに言う音無さん。
また守る人が増えた。
これだけの人数で移動するのは正直大変なのだけど……。
まぁでもすぐに村までつけばいいことよ。


真と地図を出して確認する。
しかし、地図上にクロイ帝国の最北地の当たりには村なんて見当たらなかった。


騙された!?

「騙されたのかしら?」

「わからない。でもとにかく行ってみないと……!」

「えぇ、もし嘘だったらとっちめてやればいいわ」


山奥にある村までモンスターにはどれくらいの頻度で会うかはわからないけれど。
それでも真も我那覇さんも萩原さんもいるし、なんとかなるはず……。


しばらく音無さんの準備を待ち、そして一行は旅に出発した。


あとあとになって確認すると亜美からもらった情報はあながち間違いではなかった。
空中の王国は私達は訪れないにしても存在はしていた。


またそれの詳しいもの、(この場合は同人誌の方だったけど)
それは音無さんが知っていた。


不思議だったのが大戦を一度休戦にまで持ち込んだことのある実力者。
というものだったが、音無さんに問いただした所。


「あれは私の発売した同人誌があまりの人気っぷりで大反響を呼んで
 敵も味方も私の同人誌で戦いがそっちのけにもなってしまったの」

「もちろんこれは歴史では語られることはない真実だけどね」


と言っていた。なんとも馬鹿みたいで嘘みたいな話である。


私、如月千早と真、萩原さん、我那覇さん、あずささん、そして音無さん。
いつの間にか大所帯になった一行は転送魔法を得意とする者の待つ村へ。


クロイ帝国の北の山は極寒なことで有名。
そんな地に行く私たちを待ち受ける特殊な種族とは……一体?




キサラギクエスト EP�  天空の迷い子編  END

あずさ編のつもりだったのに戦闘では千早も活躍しないし、
ボリュームもダウンした感じが否めません。精進しています。

今回はここまでにします。
誤字脱字乱文、設定の矛盾等、大変申し訳ございませんでした。
お付き合いくださってありがとうございます

おつー

キサラギクエスト EP4.5


貴音「……」

貴音「……」

貴音「……」クゥ〜

貴音「お腹すきました」

冬馬「さっき食ったばかりだろうが!」

貴音「はて? そうでしたか?」

冬馬「そうだよ。……なんで覚えてないんだよ」

貴音「いえ、時間が経つのがあまりにも遅すぎるのです」

貴音「わたくしの体内時計ではもう5時間以上は経過しているはず……」

冬馬「してねえから安心しろ」

貴音「はぁ。そうですか」

冬馬「……」

貴音「……」

冬馬「……」

貴音「……」

冬馬「なんだよ」

貴音「あの……このようなことはしたないのであまり言えたものではないのですが……」

冬馬「あ?」

貴音「何か食べ物は持ってないでしょうか?」

冬馬「持ってねえよ。お生憎様でした」

貴音「……いけず」

冬馬「んなこと言われてもねえんだよ」

貴音「では何か取ってきてはいただけませんか?」

冬馬「んなこと言ったってもう城のコックは片付けとかしてる頃だろうよ」

貴音「では、取ってきていただけませんか?」

冬馬「は? 何言ってんだだかr」

貴音「いえ、ですから森へ行ってイノシシでも狩って来ていただければと」

冬馬「丸ごと食うつもりかよ……」

貴音「ふふ、そのようなはしたない真似ごとはできません。ちゃんと焼きます」

冬馬「あんま変わんないぞ!?」

冬馬「だいたい……俺は今お前の牢屋の見張り番をしてるんだ」

貴音「見張り番? そうでしたか」

冬馬「だからここを離れる訳にはいかないんだよ。ってか俺のことなんだと思ってたんだ」

貴音「お話相手だと」

冬馬「……」

貴音「……?」

冬馬「そんな風に見えるのか?」

貴音「はい」

冬馬「……はぁ。まさかお前、他の警備兵が見張りしてる時もこんな風に話してるんじゃ」

貴音「ええ、そうです。でもこのことは内緒にしておいてくださいね」

冬馬「は?」

貴音「そう、いつも話す警備兵の方達と約束していますので」

冬馬「あぁ、そうかよ」

冬馬(あとで説教だな)

貴音「確か……お馬さんパカパカさんとか言う人には言わないでくださいと懇願されたのですが」

冬馬「それもしかして俺のことか!?」

貴音「パカパカはいらなかった気もします」

冬馬「どっちでもいいわ!」

貴音「ところで、今日はあなたは私のお話し相手になってくださるのは初めてですね」

冬馬「だから話相手じゃねえっての」

貴音「あの、私はいつになったらここから出られるのでしょうか?」

冬馬「さあな。幹部クラスの俺でもわかんねえ」

貴音「はぁ。そうですか」

冬馬「……」

貴音「わたくしは何故誘拐されたのでしょうか?」

冬馬「さぁな。それもわからん」

貴音「……」

冬馬「……」

貴音「……」

冬馬「なんだよ」

貴音「本当は知っている。だけど、言えない。そうですね?」

冬馬「……チッ。あぁ、そうだよ。と言いたい所だが、実際にはほとんど知っているってのが事実だ」

貴音「と言いますと?」

冬馬「全部は知らない。本当に計画がどういうものかは知らないのさ」

貴音「なるほど。そうですか」

貴音「ところで」

冬馬「あ?」

貴音「なぜ、あなたのような幹部の方がこんな牢屋の警備を?」

冬馬「あぁ、実はだな」


…………
……



部下1「あぁ〜、今日も警備か〜!」

部下2「くっそ〜、いいなぁ〜」

部下1「なんてったって敵国とは言え姫だからなぁ」

部下2「やっぱ最高に可愛いよなぁ〜」

部下1「最近もうあの子としゃべるのが楽しくてよぉ〜」

部下2「俺も俺も。あの子箱入り娘だったのか結構世間のこと知らなくってさ」

部下1「そうそう。教えてあげると興味津々に聞くんだよなぁ」

部下2「いや〜、もういちいち言動が可愛くてよぉ〜」

部下1「俺なんか今度スニッカーズ持っていく約束したぜ」

部下2「おいおいどうするんだよそれ」

部下1「食わせてやるんだよ。あの子喰ってる所すげえ可愛いからな」

部下2「まじかよ。俺もなんか持って行こうかなぁ」

冬馬「おい」

部下1、2「は、はい!」

冬馬「何雑談してたんだ?」

部下1「い、いえ何も」

冬馬「何やら任務が楽しそうに聞こえたが?」

部下2「いえ、そんなことは。例え見張りと言えども気を引き締めているので」

冬馬「そうか。見張りか。あの姫の見張りの奴らかお前らは」

部下1「はい、日付で交代して見張りを行なっています」

冬馬「……。姫の様子はどうだ?」

部下2「? いたって普通ですが?」

冬馬「そうか」

部下1「あ、あの……もしかして気になるんですか?」

冬馬「は、はぁ!? ちげーよ!」

冬馬「そういうことを言ってるんじゃねえんだよ」

冬馬「あれはとくに危険なんだ。逃がさないようにしてくれよ」

部下2「またまたご冗談を。あんな女が危険な訳が」

冬馬「とにかく……いいか。しっかり見張っておけよ」

部下1「もしかして……ビビってるんですか?」

冬馬「あ? ビビってねーし! 全然ビビってねーし」

部下2「いやいや、まぁ、確かに僕等にしかできないですからしょうがないっすよ。あの見張りは」

冬馬「おい、ちょっと待てよ。まるで俺には無理みてえな言い方じゃねえか」

部下1「いえ、そんなこと言ってないですよ?」

部下2「そうですよ。この前、クロイ王の大事な皿割ってた冬馬さんでもできるとは思えますけどね」

部下1「まぁ、所詮。ただの見張りですけどね」

部下2「でも、もしかしたら冬馬さんじゃ逃がしてしまうかもしれないんで。
     僕等でちゃんと頑張りますね」

冬馬「おい……」

冬馬「ちょっと待てお前ら」

冬馬「俺が見張りもできねえとでも言うのか!?」

冬馬「いいだろう。受けて立つぜ。今日はこの俺が直々にあいつを見張る」

冬馬「お前たちはとっとと帰れ!」

部下1,2「……は、はい!」

部下1(ラッキー! 帰れるぜ!)

部下2(姫と話せないのはちょっと惜しいが、こいつ相変わらずチョロいな)


…………
……

貴音「なるほど。ハメられたと」

冬馬「ちげーよ! あくまで自主的に来たんだよ」

冬馬「敵国のトップの娘がどんなものか知っておきたかったからな」

貴音「ふふ、面白い方ですね」

冬馬「……ほっとけ」

貴音「是非、またわたくしとお話してはいただけませんか?」

冬馬「だから見張りだってのに……」

貴音「見張りでもいいのです」

冬馬「……」

冬馬「忘れるなよ。あんたは今囚われてるんだってことをな」

貴音「えぇ。肝に銘じておきます」

貴音「ところで」

冬馬「あ?」

貴音「ご飯は……」

冬馬「だからねえよ!」



キサラギクエスト  EP4.5   番外編〜囚われの姫君〜  END

おつ

乙ー

私が旅を始めもう半年と3ヶ月は経過している。
ナムコ王国とクロイ帝国の戦況は相変わらずナムコの劣勢。
一行はナムコ王国の首都バンナムに舞い戻るために
転送魔法を得意とする者がいる村へと向かっていた。


私、如月千早、真、萩原さん、我那覇さん。
そして転送魔法をもとに天空の城へ帰るために着いて来ているあずささん。
なんで着いて来たのかわからない音無さん。


現在地はクロイ帝国内、北の方角。


とにかく雪がすごい。寒い。
山道の上に足元が取られるとモンスターが出てきた時に対処しづらい。

一行はゆっくりと足を一歩一歩確実に踏み出して進んでいる。


「うぅ……お腹すいたぞ」


ぐぅ〜とお腹をならす我那覇さん。
前回の最初もそんなこと言っていた気がするのだけど……。


「大丈夫? 響ちゃん。これ、最後のおにぎりなんだけど食べる?」


荷物の中から丸めたおにぎりを取り出す萩原さん。
それから包を取り、我那覇さんに渡す。


「おお〜、雪歩! ありがとう〜!」

萩原さんさんの手から受け取りもしないでそのまま食べようとする我那覇さん。
そしてそれを後ろから息荒く見る音無さん。
微笑ましく見守るあずささん。



だが、萩原さんと我那覇さんの間を何かがヒュンッと通り抜けた。
そして


「あぁ! お、おにぎりがない!」


萩原さんの手にあったおにぎりは丸ごと消えていた。


「うぅ〜、自分のおにぎりだぞ! どこだ! 返せ〜!」


と見えない敵に怒る我那覇さん。

そして脇道の草からガサガサッと何かが飛び出してきた。


「モンスター!?」


咄嗟に構える私と真。
しかしそこにいたのは私達の膝くらいの大きさの人……とも言えない、
モンスターとも言えない。
正体不明の種族だった。


「ナノッ!」

「……なの?」


金髪のその小さな種族は何かどこかイラッとさせる姿だったが、
口にはおにぎりを咥えていた。

「あー! それ自分のおにぎりだぞ! 返せ!」


飛び込む我那覇さんを軽々避けるその種族は雪に埋もれる我那覇さんの頭に着地した。
そしてそのままおにぎりを丸呑みした。


「あふぅ」

「何かしら……この娘。同じ人間の種族とは近いものだけど……」

「うぎゃー! そんなこと言ってる場合じゃないぞ!」


ガバッ、と雪の中から復活する我那覇さん。
一方謎の小さな種族はくるんと回転して上手に着地してみせた。


そして踵を返し走りだした。

「あ、コラ! 待て!」


それを追う我那覇さん。


「ちょ、ちょっと響! みんな追うよ!」


真に続いて我那覇さんを追うことに。
雪山で足元を取られながらも頑張って追う。

そして、息をきらせながら走ること5分弱。


雪の積もってない集落とも言える小さな村に出た。


「ここが……もしかして例の村?」

歩く住人達はみんな先ほどの金髪の子のように小さく、ピョコピョコ動いていた。


「か、可愛い〜〜!」


真が目を輝かせていた。


「ひぃっ」


萩原さんはあずささんの背中に隠れていた。


「わ、私こういう動物ってちょっと苦手で……」

「そう? こんなに可愛いのに? ほらっ!」


サッとその辺を歩いていた例の種族を捕まえて抱きかかえてこちらに持ってくる真。
あんたは人さらいか。



「ま、まきょ!?」


種族はバタバタと暴れている。


「えへへ、可愛いなぁ〜」


とその種族に頬ずりする真であった。


「ま、真ちゃん、あ、危ないよ!」


何を持って危ないのかは私にもよくわからなかったが、
どうやら萩原さんの判断では危ないらしい。

「確かに不思議な種族ね。言語が未発達なのかしら?」

「確かにそうみたいだね。僕達みたいな言語は喋らないみたいだね」


すると、近くに銀髪の子がいた。何やら紙に何か書いて出してきてる。


『こちらへ』


その文字を確認したことが明らかだと判断したのか、その銀髪の子は振り返り歩き出した。


「どうやらこの子に付いて行くしかなさそうね」

「な、なんというワンダーランド……」


音無さんはメモとペンを持ったままで何も書けずにいた。
確かにこの状況不思議なくらいである。

しばらく歩くと大きなテントがあり、そこに案内された。
テントの中はそれはこの小さな種族のためなのか、狭かった。
小さな椅子にみんな座る。
真はちゃっかりさっきの子を自分の膝の上に置いて抱きかかえていた。
何をしているの、返してきなさい。


そして銀髪の子が話を始めた。


『ようこそ』

『ぷち村へ』

「いえいえこちらこそ」


とは言っても言葉は使えないようなので相手は筆談になる。

『何用?』

「えぇ、実はここの種族の方々が転送の魔法を熟知していると聞いたのでやってきたんです」

「そうなんだ。だから、自分たちに力を貸して欲しいんだけど……」


銀髪の子は横にいた猫耳の生えた長い髪の子に話しかけていた。


「ちひゃ」

「くっ」


そしてちひゃーと呼ばれる髪の長く猫耳のついた子は
私の足元までやってきて脛のあたりをペチペチ叩きながら


「くっくっ」


と私に任せろと言わんばかりだった。

「そう、ありがとう」


頭を撫でると気持ちよさそうに目を閉じた。


「ちひゃー? っていうのかしら?」

「くっ」


小さく頷く。


「そうよろしくね」

「くっ」


なんだろう……可愛い。

「あれあれ、千早〜、もしかして気に入っちゃった?」


我那覇さんが隣でニヤニヤしている。


「違うわよ! 協力的な種族で良かったって安心してるだけよ」

「ふぅ〜ん」

「もうっ」


そうこうしているうちにちひゃーについて再び外へ。
相変わらず雪の舞う村は凍えるほど寒い。


「くっ」


ちょこちょこと先頭を歩くちひゃー。

「みんなーついてこいってさ」


と通訳する我那覇さん。通訳!?


「響、言葉がわかるの?」


「え? 今のはわかるだろ……」


真と同じ感想を思ったのだけど我那覇さんは真に対してジト目を向ける。
萩原さんは一番後ろを歩くあずささんの服の袖を
掴みながら恐る恐る周りを警戒しながら歩いていた。
音無さんは周りをキョロキョロしてはメモを走らせていた。



そしてちひゃーを先頭に一つのテントに到着する一行。

しかし、そのテントの入り口にはなんともこれまで小さな種族のものとは
思えないほどの巨大な子がそこで眠っていた。


入りぐちを塞いでいて中に入れない状況だった。


「な、何かしら……これ」

「これ……どかせるのか?」

「やってみるしかないね」

「よっ! んんぐぎぎぎ……」


真と我那覇さんと私でその子を押して見るもビクともしなかった。
な、なにこれ……。

仕方ない。折角寝ている所申し訳ないのだけど……。
スラっと剣を抜く。


「ち、千早!? な、何する気!?」

「大丈夫よ。少し起こすだけだから!」


ブスリ。


剣を思いっきり根本まで突き刺して引っこ抜いた。


さすがにこれは効いたらしく。
もぞもぞと動き出した。

「ヴぁ〜い」


そして目の前にいた我那覇さんを頭から食べた。



「う、うぎゃあああ!」

「我那覇さん!」

「響!」

「響ちゃん!」


上半身を完全にくわえられてる我那覇さんの足を3人で引っ張って
なんとか口から引っ張り出す。


「くっくっ」


唾液まみれの我那覇さんにちひゃーが何かを言う。


「え? はるかさん? 君たちもよくわかってないの?」

「どういうこと?」

「わからないわ」

「どういうことかしら?」

「たぶん、特徴とか性質とかそういうのがみんなまだ掴みきれてない子らしいんだ」

「だ、唾液まみれの響ちゃん……フヒヒ」

「あらまぁ、大変ね。それじゃあ中に入れないわ」


困ったようにするあずささん。本当に困ってるのかしら?
しかし、この中に転送魔法の得意とする子がいるのは事実。
なんとしてもこの子をどかさないといけない……。


「どうやればいいのかしら?」

「攻撃するのはちょっとかわいそうだし」

「真の馬鹿力でなんとかならないもんなの?」

「さすがに無理だなぁ。さっき押した感じでもわかるけど」

「どうしたものかしら」


「くっ!」

「え? 水? 雪歩、お水出せる? それをこの子にかければいいんだってさ」

「へ? や、やってみますね」

「”水”よ!」



萩原さんの杖から水が噴き出る。
そしてはるかさんに直撃した瞬間にはるかさんがビクンと目覚め、
次から次へと分裂していった。

「かっか!」 「かっか!」 「ヴぁ〜い」 「かっか!」


「な、な、なんだこれ!?」

「ちょっと我那覇さん!? どういうこと!」

「い、いやぁぁぁ〜〜!」

「じ、自分だってわかんないぞ!」

「と、とにかく逃げるよみんな! ほら、あずささん! 小鳥さん!」

「は、はい〜」

「あ、待って真ちゃん!」


一目散に逃げ出した萩原さんを追うように私達は走りだした。
しかし、大量に増えたはるかさんは私達目掛けて猛ダッシュしてくる。
あんな大量のはるかさんの餌にされるのはごめんよ。

「ど、どうするのよ真! 一匹ずつ倒す!?」

「だ、だめだよ千早! たぶん、あの子は悪い子ではないし」

「とにかく逃げまわるしか……!」

「そうだ! 自分にいい考えがあるぞ!」

「聞かなかったことにするわ」

「ボクも同意だよ千早」

「うぎゃー! ひどいぞ!」


それから萩原さんに何か耳打ちを始める我那覇さん。


「わ、わかりました。やってみます! 穴を掘るのは得意ですから……!」

穴……?
何を言っているの?


「えいっ!」


萩原さんは振り返り、追ってくる大量のはるかさんの足元に落とし穴を作った。


「す、すごい雪歩……。穴を掘る土系の魔法に関しては呪文を唱えなくても発動するなんて」

「真……驚くのはそこなの?」


たしかにそれも異例なくらいですごいのだけど、
それよりも今はこの巨大な穴に入っているはるかさんの量。

「うふふ、じゃあ私に任せてね」


とあずささんが自信満々に前へ出て穴を除くようにして


「めっ」


と優しく叱った。
ように見えたのは私達があずささんの後ろ姿しか見ていなかったから。
なのかもしれない。


はるかさん達は顔面蒼白になり、一瞬のうちに一匹に戻っていた。
一匹に戻っていてもなお、震えていた。


「あ、あずささん……何したんだ?」

「さ、さぁ……」

一行ははるかさんを穴から救出し、
真が抱きかかえて村のテントがある方まで戻ってきた。


「くっ!」


ちひゃーが自信満々に空いたテントの入り口を指さしていた。
本当は怒りたかったけど、可愛いからなんか許してしまった。


「それじゃあ中に入りましょうか」


再びちひゃーを先頭にして、テントの中におじゃまする。

来てた

そこでちひゃーはこちらを振り向き静かにするよう合図する。
私もなんとなくわかるようになってきていた。


そっとテントをめくるちひゃー。中にいたのはなんとも表現しがたい同じ種族の女の子。
その容姿はこたぷーんとしたものだった。


「くっ」

「こっちの子はみうらさんって言うらしいぞ」

「こんにちは、みうらさん」

「あら〜」


優しそうな笑顔でこちらにちょこちょこやってくるみうらさん。

「おじゃまします〜」


とみうらさんのテントの中にぞろぞろと入ってくるみんなの中で小鳥さんが


「はぁ〜〜、寒かったよぉぉ。ふ、ふぇ、ぶぇっくしょい!!」


と大きなくしゃみをした瞬間。
みうらさんは目の前で消えた。


消えた。


これが転送魔法? 今のは一体……。


「くっくっ!」


我那覇さんに何か必死に言いかけるちひゃー。

「大きな音が苦手らしくて今のくしゃみで逃げたそうだぞ……」

「ええっ!? わ、私のせい!?」


ことの重大さを今更ながらに知る面々。
だから静かにしろと……? なるほど。


「で、どうやったら帰ってくるのかしら?」


と聞くと、ちょうどそこに


「ちひゃ」


とテントにさっきの銀髪の子が入ってきた。

「くっ」

「あ、こっちの子、さっきから離してたけどたかにゃって言うらしいぞ」


我那覇さんが通訳代わりになっているために私達は彼女を通すことでしか会話ができない。


「ふんふん、さっきみうらさんがたかにゃの家に飛んできたから返しに来たって」

「あら〜」

「ひっ」


ビクついてあずささんの後ろに隠れる萩原さん。こんなにおとなしそうなのに。
噛み付いたりなんてしないとは思うけれど……。


それでもやはり怖いのか距離を置こうと努力するも
如何せんテント内が狭いので落ち着かずにずっとソワソワしている。
音無さんは別の意味でずっとそわそわしていた。

「な、何かしら……ふ、不思議な感覚だったわ……」

「それじゃあ……まずはあずささんを天空街へ、返してあげて欲しいんだ」


我那覇さんがみうらさんに話しかける。
あずささんもみうらさんの近くに行き


「よろしくお願いしますね」


と言いながらみうらさんの頭をなでる。
そして狭いテント内でこちらにゆっくりと振り向きながら


「あの……みなさん、本当にありがとうございました。
 私、みなさんに出会えていなければきっと今頃……
 もっと大変なことになっていたかもしれません」

深々と頭をさげるあずささん。
そんな風にお礼を言われるほどのことをしたわけでは……。
私達は目的地へ向けての道がたまたまあずささんとも被ったというだけだし。


「い、いえ……それほどのことをしたつもりは……」

「ふふ、だめよ。こういう時は素直に感謝の気持ちを受け取ってちょうだい。ね?」


手を引っ張られ、抱きしめられる。


「あっ……」


やめてください。なんて言えなかった。
あずささんの胸の中はとても暖かく居心地がよくてずっと……
できればずっとこうやって抱きしめて貰えたら、と思うほどに心が安らいだ。


あずささんは優しく頭を撫でてくれた。

「千早ちゃん。あなたは……これからきっと辛いこともあるかもしれない。
 でも、負けちゃだめよ。きっと大丈夫だから」


そっと抱きしめ返した。
今まで一人で、ずっと一人でやってきた私に……。
一ヶ月も一緒にいただけのこの人に、私はどんな感情を抱けばいいのかわからなかった。


「あずささん〜〜!!」


ガバッ。

私の上から真が覆いかぶさるように抱きついてきた。
く、苦しい!
でも、嫌じゃない。

「あじゅじゃじゃーーん!」


涙でボロボロになりながらも我那覇さんがその上からあずささんに向かって抱きつく。


「あらあら……もう。私まで泣いちゃうじゃない。うふふ」

「本当にみんなありがとう」

「ざびじいぞーー!」


萩原さんは涙を目に浮かべながらあずささんの手を取り


「あの、お元気で。い、いつかまたお会いしましょう!」

「えぇ、必ず会えるわ」


そして、転送魔法の際の注意事項。
接触されている人物は同時に転送されてしまうという難点から私達は
惜しくもあずささんから離れることに。


「また……会えますよね!?」

「ええ、真ちゃん。いつも守ってくれてありがとう」

「そうだわ。最後に……千早ちゃんにこれを……」


最後に、と言ってあずささんは私のおでこにキスをした。
それから胸の前で手を組んで言った。



「神の御加護がありますように」

「え、えっと……」


顔が真っ赤になるのがわかる。別に恥ずかしいわけではないけれど。


「あなたが本当にピンチになった時に……」


神の御加護って……まさか……? あなたは一体?


「それじゃあ……よいしょっと」


みうらさんを自分の頭の上に乗っけて思いっきり手を叩いた。

パンッ。


そして、テントの中から一瞬にして消えていった。

静まり返るテントの中。
我那覇さんのすすり泣く声だけが聞こえる。


「ねえ、真。あずささん……最後に神の御加護がって言ってなかった?」

「え? うん、確かに。それが何か?」

「変だと思わない? あの人、まさか……」

「え? まさかって」

「そ、そうよね。そんな訳……ない……」


のかしら。真はどうやら感づいてはいないみたいだけど。


我那覇さんと萩原さんは私たちの会話は聞いていたものの
何のことかイマイチわかっていない様子だった。

「さて、それじゃあ気を取り直して、次は私達の番ね!」

「よーし、国家転覆の危機! ささっと救って勇者一直線ってわけだね!」

「自分もできることから頑張るからな!」

「わ、私も、やれることはやってみますぅ!」


私の頭の上にちょうどみうらさんが戻ってきた。
転送魔法の注意点。転送されたい先のことを思い出し、頭に思い浮かべること。
私の肩に真が捕まり、その肩に我那覇さんが捕まり、それに萩原さんが捕まった。
連結。電車ごっこみたいになった。

「それじゃあみんな行くわよ!」

「ちひゃー。ありがとう。たかにゃも助かったわ。ありがとう」

「くっ」

「しじょっ」


パンッ。


大きく叩いた手の音と同時に私達は瞬時に別の場所に飛ばされた。
一行がみうらさんの転送魔法で飛んだ場所はナムコ王国首都バンナム。


国家、首都の危機と聞いて舞い戻ってきた。
目の前には首都に4つあるうちに門のうちの一つの前だった。


そして、噂こそが本当のものだったと知った
門の奥からは煙がいくつも立ち込めていた。

「着いたわ」


頭の上からみうらさんを降ろす。


「どうもありがとう。あなたのおかげで本当に助かったわ」

「あら〜」


みうらさんは小さく手を振り、そしてヒュンッと消えていった。


「よーし、千早。この門を潜ればバンナムなんだよね?」


「ええ、間違い無いわ。ここは私と真が旅を始めた地、バンナムよ」


我那覇さんの問に答える。
ここからまた……始まる。


しかし、それがまた終わりに繋がるものだとも知らずに私達は
火の海と化した首都の門を開ける。



キサラギクエスト  EP�  小さな者達の小さな隠れ村編  END

乙〜
さぁクライマックスだ!

おつ

乙!

私、如月千早とその仲間達、菊地真、萩原雪歩、我那覇響。
4人は転送魔法を得意とするみうらさんの力によって首都であるバンナムに舞い戻ってきた。
首都の危機。すなわち国家転覆の危機。


私達が旅に出るようになってからもうだいぶ経つ。
バンナムから始まり、そして現在はバンナムにいる。


目的は王妃奪還。その報酬、また名誉のために。
しかし、それも国家が転覆してしまい、
その拍子にクロイ帝国にやられてしまえば何の意味もないことになる。


そうはさせない。

「とにかく行ってみないと何もわからないわね」

「うん……」


いつになく真剣な表情の真、そして萩原さんと我那覇さん。
首都にはいるための門をくぐり抜けると、
そこはかつて繁栄していた城下町とは別物になっていた。
あまりに違いすぎて、あまりに残酷な状況に、誰もが息を飲んだ。


町は荒れ、人々の悲鳴がそこらから聞こえ、そして建物は燃えていた。


「酷い……」

「これじゃあ国境付近の町よりも酷い状況だぞ……」

「くっ……急ぐわよ。ここで立ち止まってはいられないわ。まずは城に行きましょう」


走りだす。一刻も早く城にたどり着き、何がどうなっているのかを知るために。
幸いなことにこんなに攻撃されればこの町に残っている人も少ないのだろうか。
悲鳴や怒轟の響く街なかを駆け抜ける。



しかし、城の前に着くとその見なかった人々は姿を見せた。
この何も説明されないで攻撃され続ける状況に
不満を持った町のみんなが城の前に集まってきていた。
だが城に入れないのかずっとみんなここで大きな声を出して抗議をしている。


「ど、どうしよぅ……ここからじゃ入れないよ」

「千早、どうするんだ?」

「こっちよ。こっちにまだあの時の抜け道があるなら入れるはずだから」



あの時、私はかつて大臣の律子と剣を交えたことがあった。
あの時は……いえ、何も言うまい。何も考えまい。



みんなを連れて正門から外れ城の周りを走る。
ちょうど正門からは真逆のあたりに位置する場所まで来た。

「あったわ。この木よ。この木なら相当高いから城の柵も超えられるの」

「こ、この木を登るんですかぁ!? うぅ、やってみますぅ」


萩原さんは少々驚いていたようだが、最後には諦めて登ることを決意した。
あとの二人は何の問題もなくすでに登り始めていた。


「でも千早、これって不法侵入、ってことにならないのか?」

「大丈夫よ。私達は一応名目上は首都のバンナムから
 派遣されている勇者ってことになっているはずだから」


太い木の枝は城の柵の向う側まで伸びている。
そこを一人ずつ渡る。まず真が先導してそして柵の向こうに降り立つ。

静かに手で来てもいいという合図を送る。


それから萩原さんがゆっくり太い木の枝の上を這うように行き、
柵を超えた辺りで真に飛ぶように言われる。


「む、無理だよぉ……高くて……怖い」


ふるふると首を振る。あなたそこまで来といて何を言っているの。
尻を蹴飛ばそうと思ったが……


「大丈夫だよ、雪歩。僕が受け止めるから」

「ほ、ほんとう?」

「うん、ほら」


柵の向こうで大きく両手を広げる真。

そんな真を見て飛ぶことをようやく決心したようで


「えいっ」


と飛ぶ。真の身体能力ならこの高さから飛び降りても平気だが、
さすがに萩原さんの身体能力ではこの高さから
飛び降りれば足の骨はイカれていたに違いない。
真は見事に受け止めることに成功していた。


一方我那覇さんは何の問題なく着地していた。

「真ちゃん……ありがとう」

「大丈夫、雪歩? 怪我はない?」

「うん」

「いつまでやってるのよ」


私も難なく着地し、見事に全員が城の柵を超えることに成功する。
ここから中に入るには……。


「みんなこっちよ」

再び私を先頭に誰にも見つからないように走りだす。
そして、裏口とも呼べるさほど大きくない扉の前にきた。


「千早、この扉は?」

「確か……キッチンのゴミ捨てのために使ったりなんかする裏口だった気がするわ」


周りには溜まったゴミやそれらを焼却するための焼却炉もある。


「それじゃあ入るわよ」


扉に手を掛ける。ゆっくりと扉が開き、中の様子を確認する。
誰もいない。


サッと入り、警戒しながらキッチンを歩く。

おかしいわね。誰もいないなんてことは……。
みんな逃げたのかしら。
キッチンを抜け、廊下を走り、誰もいない一階を抜ける。


そしてかつて私と真が最初に出会った、大広間に出た。
見張りが何人かいるそこは柱の影なんかを使い隠れながら進む。


「ねえ千早……なんで隠れながら進むんだ? 別にいいだろ」

「しっ。静かに。一応よ。まずは王か、大臣に直接話を聞きに行くのが一番だわ」


見張りがこちらを見ないタイミングを見計らっていると
ずっと奥の扉から何人も人が出てきた。
その先頭を切っているのが律子だった。


律子の周りにいるのは警備兵が何人もいる。

そして柱から飛び出し、律子のもとに駆け寄る。


「誰だっ!」


一斉に見張りの兵士なんかがこちらを向く。
律子も我々が出てきたことに驚いている。


「律子! 今首都はどうなっているの!? 王はどこに?
 この攻撃はクロイ帝国のものなの?」


兵士たちは次々にこちらに集まってくる。


「あなた達……どうしてここにいるのよ。あなたは……確か、千早」


そして、ゆっくりと息をする。


「なるほど。あなたがねぇ」

私の周りにいる他の3人を見て言う。
私がこの人たちを釣れていたら何かおかしいのかしら?


「まあいいわ。もうお終いね。残念だったわ。一足遅かったみたい」


目つきが変わる。
この目つきをする時は本気の目。私と剣を交えた時に見せていた目。


「ひっ捕らえて地下牢にいれなさい」

「はっ!!」

「ちょっと律子!?」


どういうこと!? 私は勇者としてここにきちんと舞い戻ってきたというのに。


「さあこっちへ来い」


腕を掴まれる我那覇さん。

「うぎゃー! 離せよ!」


がぶっ、兵士の腕に噛み付いた。
私もその隙に剣を抜く。


一斉に襲いかかる兵士を一人斬り倒し、その肩を足場に飛ぶ。
そして、律子の前に立ちはだかる。


「待ちなさい……どういうことなの? 王はどこへ」


グラグラと城の大広間は揺れる。
この大きな地震は萩原さんの魔法。

そして我那覇さんの


「来い!! いぬ美ーーー!」


「グオオオオオオッ!」


ベヒーモスの召喚と鳴き声。
それから真が戦っているのがわかる。


私は目の前の律子から目を離さなくてもわかる。


「そう……邪魔ね。そこの。剣を貸しなさい」

「はっ」


短く大きな返事をした近くにいた兵士は律子に剣をよこす。
そしてゆっくりと抜く。

「千早。王の居場所が聞きたいと言ったわね」

「王なら……ここにいるわよ」


自分の胸を指さす律子。
何を馬鹿な……。


「まさかあなた……王を」


そんなことが許されるはずがない。
じゃあこの攻撃はどこからの……?


「この攻撃はクロイ帝国のものじゃないわ。これは社長の部下たちの攻撃」


社長。王のことをあだ名でそう呼ぶ、律子。

「一体何を血迷ってこんなことを……」

「私が血迷って……? 迷ってなんかないわ。ずっと計画されていたことだから!」


ダッ。


律子が向かってくる。そして剣での付き攻撃。
かわす。


連続の付き攻撃。
律子のこの攻撃は誰よりも早く鋭かった。


後ろに飛び、距離を取る。

「邪魔よ、そこをどきなさい千早!」


再び付き攻撃が来る。
剣で弾く。


しかし弾いた途端にもうまた次に付きが来る。
それも剣で弾く。
しかしまた次に。


ダメ。埒があかない上にこちらの体力が減っていく。


律子の腹部に蹴りを入れる。
が、律子も当たる瞬間に後ろに飛んで衝撃を減らす。

「王を一体どこに!」

「それはあなた知る必要はないわ」


ジリジリとにらみ合いが続く。
強い。
私は……まだ勝てないというの?


くっ……。


「おい、あんた、何をやってるんだ」


声のする方向を向く、するとそこには見たこともない男がいた。

「ふん、秋月律子。まだそんな風に手こずってるのか?」


誰? 何者なの?



「あなたは黙っていて頂戴。これは私の問題なのだから」


「ああそうかよ。じゃあ俺は先に上に行っているぜ」


そう言うと男は振り返り、大広間からは去っていく。
あの格好……音無さんのアトリエで見た伊集院北斗を彷彿とさせる。
どこか似たような格好だった。一体……。

「この国はもう終わりよ……あんな謎で意味不明で……。
 不気味な実験を、放っておけるわけがない!」



律子の素早い剣が私を襲う。防御で精一杯になっている。



「何を言っているのかさっぱりわからないわ!」

「あなたは何も知らないからそうやって言えるのよ!」



律子は泣き叫ぶように続ける。徐々に隙が見えてくる。

「国王の真の目的は……うっ」


ドサッ。

突如律子が気を失い、倒れる。
律子の背後に立っていたのは先程の男。
戻ってきたの?


「チッ、戻ってきて正解だったぜ。こんな青臭い奴に教えることなんか何もないっての」

「……どういうつもり、あなたは、何者なの?」


「教える義理はねえよ」


振り返り、去ろうとするその男の背後に剣を突きつける。


「待ちなさい……。誰が行っていいと言ったの」

「おい」


ゾッとする。まるで先ほどのチャラチャラとした雰囲気が別物のよう。


「誰に剣を突きつけてんのか、あんたわかってんのか?」

「Guilty……」


ボソッと何か呟いたが、何かは聞こえなかった。
考える余裕もなかった。


その男は一瞬にして私の背後に同じように回り込んでいたのだから。


一体、何をしたというの?

「特別に教えてやろう。俺の名は天ヶ瀬冬馬」

「そう……興味ないわ」

「俺もあんたには興味はないね」

「じゃあ死んでくれ」


くっ……。


ここで初めて他のメンバーの様子が目に入る。
そこには捉えられた真、萩原さんの姿が。


みんなが捕まってしまってる……。

「……と言いたい所だが、あんたを殺すこともない。
 この王国の城の地下に存在する拷問処刑場で殺すことにするぜ」

「精々、楽しんで死んでくれよ」

「待ちなさい!」


振り返り背を向けるその男に向かって叫ぶ。
背中に剣を突き刺してやろうとしたその瞬間、
私は今までに感じたことのない衝撃を受け、広い大広間を端まで吹き飛ばされる。




「ぐぅッ……!?」


何? 何が起きたの……? あ、あれは?
う、嘘でしょう?

「グォォオオオオ……!」


ベヒーモス、もとい、いぬ美?
わ、私はいぬ美に吹き飛ばされたの?


意識が朦朧とする中で、あの男はとっくのとうにこの場から消えていた。


「ごめんな、千早」

「は?」


真も同じように両手足を縛り上げられていたが
ずっと我那覇さんを殺すような勢いで睨みつけていた。


「よくも裏切ったな……響!」


その真の言葉でようやくハッとする。
裏切り。

「裏切るも何も、自分はもともとクロイの人間だぞ」

「みんなが勝手にそう思い込んだだけさー」



萩原さんもボロボロになり、両手を縛られ杖は取り上げられていた。


みんな……。私に付きあわせたばかりに。
みんなを失いたくない。


どうしたら……どうしたらいい。

しかし、間もなく別の兵士に布袋を頭から被せられ暗闇に葬られる。
そして、乱暴に蹴られながらもどこか長い長い道を進む。


真っ暗の中ひたすら引っ張られながら歩く。
何を考えただろうか。


こんな状況になった今。


真は何を考えているだろうか。
萩原さんは私のことを恨んでないだろうか。


そして、しばらくすると布袋を取られ、檻に入れられた。
3人一緒に鳥かごのような檻に入れられた。

私はひとつ気がかりだったのが、布袋を被ったまま長い道を歩いた時に聞こえた声。


「こいつら手出しても別に怒られは」

「おい」

「っ!」

「そいつらに無駄に触ってみろ。自分のいぬ美がお前たちの体を真っ二つに引き裂くからな」

「……はい」


という声。我那覇さん……よね。
裏切り。敵になってしまったの……?

それから鳥かごは天井付近まで引っ張られ空中に上がる。


鳥かごの真下には熱湯、それをも超えるマグマのような熱気が立ち込めている。
どうやら鳥かごごとそこに突っ込み私達を骨まで溶かそうと……。
趣味の悪い殺し方をするのね。


と考えるが、よく考えるとこの拷問処刑の施設はバンナム城の地下にあることを思い出す。


仮にも自分の雇われている国がこのようなものを隠し持っていたことに
腹を立てる……気力にもならなかった。




さすがの真も意気消沈し、死が迫り来る今、ただ俯いていた。
萩原さんはここに連れてこられる以前から今までずっと気絶している様子だった。

鉄が組まれて鳥かごのようになっている檻には
私と真と萩原さんしかいなかった。
いつもならいるはずのもう一人は……。


こんなのって……ない。
ここで終わるわけにはいかない。


目に輝きを失い絶望の縁に立たされているような顔をしている真に声をかける。



「真、起きて! しっかりして! まだ諦めてはだめよ!」

「……もう無理だよ。ほら、段々僕達の重さで檻が下に下がっていってる」

下を見ると燃えたぎるマグマが存在する。
しかも真の言うとおりどんどん近づいてきている。暑い……。


「萩原さん、お願い、あなたの魔法が必要なの!」


頬の辺りを少し強めにペチペチ叩いてもピクリともしない。
こうやって暴れるごとに檻はどんどんと下に下がっていく。



檻には3人が入ってちょうどの広さ、余分なスペースなどないくらいの狭さ。
そしてでられない。

部屋に何かヒントとなるものは何かないか見て探す。
だけど、そこにはもっと意外なものが、いえ、人が見つかった。


部屋の片隅には金髪の。
かつて萩原さんが大規模魔法で消し飛ばしたはずの
あの小悪魔のようで悪魔のような、そして、最強にして最悪の盗賊。
星井美希の姿があった。


そして、その後ろには我那覇さんの姿もあった。


「あはっ、やーっと、気がついたの。ごめんね、千早さん」

「美希っ!?」

どうして美希がここに……。


「どうしてミキがここに……って思ったでしょ?」

「確かにミキはあの時、雪歩に大規模魔法を喰らって消し飛ばされていたの。
 だけど、雪歩の魔法でもミキのオーバーマスターに寄れば簡単に暴けちゃうの」


「ちょっと術式の構造を読み込んでそれを組み替える。
 するとあっという間にあの大規模魔法は途中でキャンセルさせられることができるの。
 まぁ、簡単に言えば、雪歩の魔法をマスターしてあの魔法の中に溶け込んだって感じ」


「だからこうして生きているんだよ」



そう美希はけろっと簡単に説明するが他人の魔法の術式を読み込み、
上書きし書き換えることなんて並大抵のことじゃできない。


だけど気になるのは美希の髪の毛。
前髪が少し前にかかって右目が隠れている。


いえ、それよりもいったいどんなポテンシャルなのよ。
恐ろしい。

「それでどうしてあなたがここにいるのよ」

「うーん、ここまで鈍いとは思わなかったけど、響はミキの部下なんだよ?
 つまり、千早さん達はみーんな響に騙されてたってわけ」

「だって、誰かが教えてくれなければあんなアトリエにたどり着けるわけがないし、
 最終的な目的地がバンナムの城になってることも
 響が教えてくれなければここで合流できなかったしね」


……。


そう……そういうことだったのね。
そんなつもりはなかったけれど私は無意識に我那覇さんを睨みつけていた。
だが、我那覇さんは今まで見せたこともないような怖い顔をしてこっちを見ていた。


「それにね……千早さん」



背筋が凍る。
感じたことのない殺気が溢れ出ている。
この鳥かごのような牢屋に入って吊るされているのが幸せなくらい。

この場所が地下だということなんてどうでもいい。
どこからともなく風が吹き、隠れていた美希の顔の右側があらわになる。


それは萩原さんが放った炎系の大規模魔法による火傷痕だった。
右側はほとんど焼けただれていて見るに耐えない悲惨な状況になっていた。
敵ながらに同情を一瞬してしまうほど。


「そこにいる雪歩には絶対に苦痛を与えて死なせるんだから」

「よくも……よくもミキの顔に……」


萩原さんは起きていない方が良かった。
この圧倒的な威圧に耐えられるほど彼女の精神は常に強くあるわけではない。


あの時だってたまたま真のピンチで無理矢理にでも引きでた本気だったのだから。
あれは偶然。今度も……そんな風にはいかない。

美希の隣に経つ我那覇さんを見るが、
やはりこの娘も前までに一緒にいた時とは別人のようなオーラを出している。


「なんだよ」

「そう、足手まといも演技だったってわけ?」

「当たり前さー。自分完璧だからな」

「本当はハム蔵だっていぬ美だって言うこと聞くし召喚に制限なんてないよ」


「そう……それは良かったわね」

「……」

「……」


にらみ合いが続く中で


「ほら、響、もう行くよ。ミキ達にはやらなくちゃいけないことがあるんだから」

くっ……そんな。

せめて剣があれば……。
奪われた剣はこの地下の部屋の入口に置いてある。萩原さんの杖もそこに。


見張りも誰もいない牢屋で私達3人は殺され骨も残らない。

我那覇さんと美希は静かに部屋を出ていった。


「……っ! あーーー! もうっ!」


思わず叫ぶ。
二人共早く起きて!
檻が落下する速度がだんだんと早くなってる。


「ちょっと、お願いだから二人共早く起きて!」

「起きなさい真! あなたは夢はどうするつもりよ!」

「私がせっかくあの時助けたという命をまた無駄にするつもりなの!?
 生き残れるんだったら最後の最後まで見苦しくたっていいから、少しはあがきなさいよ!」


言ってることもやってることも無茶苦茶だってことくらいわかってる。
だけど、こんな所で死ぬ訳にはいかない。

黙ってゆらゆらと動く真はそのまま牢屋の鉄格子を掴む。
ググッと力こぶが真の腕に出るが、牢屋の鉄はびくともしない。


そのま10秒ほど力を込めたあと、ゆっくりを手を離した。


「ほら、無理だよ千早……」


真のちからを持ってしても抜け出せない……なんて。
万事休すの所にまだ救いの女神はいた。
萩原さんが目を覚ましたのだ。

「うぅ……千早ちゃん……?」

「萩原さんっ! お願い。あなたの魔法でこの檻を壊して!」

「へっ!? えぇぇぇ!?」


自分の置かれている状況に驚きながらもなんとか把握する萩原さん。

しかし、


「だ、だめだよ千早ちゃん。今この檻を壊すような魔法を使った瞬間に
 檻がいっきに落下する仕組みになってる……」


そんな……。
それじゃあ魔法は使えない?


真の方もそれでも何度でも挑戦してこじ開けようとしてくれていた。
だが、檻はビクともしない、それどころ真が開けようとする反動で
繋がれた鎖がジャラジャラと音をたててどんどん落下する。


萩原さんは正座して目を閉じて何かぶつぶつ呟いている。
もうだめかもしれない。

暑い! マグマが近づく。
ガクンッ。


そして、タイムアップ、ゲームセット、ゲームオーバーを告げるかのように
檻は煮えたぎるマグマへ向けていっきに落下する。


今まであったことがこの瞬間になってスローモーションで流れてくる。





——そう、如月千早……あなたが。首都へ来なさい。

——真の勇者のことを”アイドルマスター”って言うんだよ。

——好きなように生き、好きなように自分の人生を歩みます!

——神の御加護がありますように。




あずささん……?
私は死への恐怖に負け、目を閉じていた。
だけど、あずささんの姿だけはハッキリと見えていた。
優しくこっちへ微笑んでいる。


私はその優しい光の中で少しだけ意識がなくなったのだった。

気がつくと私達は檻の外に倒れていた。
ガバッと起きて辺りを見回すとそこには
倒れている萩原さん、そして真の上に乗っかった
ちひゃー、たかにゃ、そしてみうらさんがいた。


「くっくっくっ」

「えっ!? ち、ちひゃー!?」

飛びついてくるちひゃーを受け止めるが反動で後ろに倒れこむ。

たかにゃが私の顔の近くに紙に書いた文字を出してきた。


「しじょっ」


「未来予知」そして「救済」の文字。


「そう、たすけに来てくれたのね」


起き上がりちひゃーとたかにゃを抱きしめる。

「本当にありがとう。助かったわ」

「くっくっ!」

「ええ、そうね。一刻もはやく国王の救出に向かわないといけないわ」

「今度はあの天ヶ崎なんとかってのには絶対に負けないわ!」

「みんな、二人をお願い!」

「くっ」

「しじょ」

「あら〜」


3人、3匹? にまだ気を失っている二人を任せて地下の拷問処刑場を剣を持って飛び出す。


地下牢にたぶん国王が閉じ込められているはず。
どれくらい私が気を失っていたかはわからないけれど、
とにかく律子、そして天ヶ崎なんとかよりも先に国王の救出をしないと!

廊下を走り、階段を一つ飛ばしで駆け下りる。

兵士が何人か現れたが一撃で倒す。
こんな雑魚に構っている暇はない!


地下に降りて奥の奥まで進む。そこからまたさらに地下へ進む。


そして空の、誰も入ってない牢獄が続く中で一番の奥の牢屋の前で話し声が聞こえた。
牢屋のなかにはいつか見た国王がいた。


「だから、知らねえって言ってんだろ」

「それは嘘なの! さあ、早くミキにその在り処を教えるの」

「だめだ。何も俺達は殺しあう義務はねえはずだぜ」

「ミキは賢者の石のために協力しているの。ここまで協力したんだよ?
 さあ、早くその在り処を言うの」

賢者の石? 何、それは。
だけど、聞いたことがある。万能にして最強の石。
魔法を扱う人間にとっては誰もが欲しい代物。


しかし、そんなものが本当に存在するとは思えない……。


「あっそ、じゃあこの鍵はもらっていくの」


チャリ、と美希は手の中にある鍵を冬馬に見せつける。


「あ、てめえいつの間に!」


パンッ、チャリンッ。


天なんとかが美希の手にあった鍵を叩き落とした。
が、その鍵はちょうど私の足元に滑ってきたのだった。

美希と甘なんとかの奥の牢屋には国王が、この鍵は国王を閉じ込めておる鍵!


すかさず拾うが、二人にも私がいることがバレる。


「なっ、てめえ、生きてやがったのか!」

「あれー? おかしいなぁ。ちゃんと殺せなかったのかなぁ?
 あはっ、まぁいいの。ミキが直々に息の根を止めてあげるから」


二人が一斉に向かってくる。
私が国王を救わないと……!


あのミキもいるというのに……二人いっぺんはかなりキツい。

「邪魔なの!」


ブンッ。


ミキがアマなんとかに思いっきり蹴りをかますが、避けられる。
甘なんとかはその蹴りを掻い潜り私に剣を振るう。
もちろんガードし、激しい攻防が繰り広げられるが、
美希がすぐにそれを邪魔する。


美希は天なんとかとの斬り合いをしてる私の首にダガーを向ける。
咄嗟の判断で避ける。
ステップを踏んで避けて、美希に斬りかかろうとするが美希は
天何とかと斬り合っている。チャンス!


だが、横から天何とかの蹴りが私に炸裂し、私の剣は美希を捉え、斬りつける。
そして美希のダガーも天何とかに突き刺さる。

「ぐっ……!」

「いったぁぁ!?」

「チッ! くそ!」



三者が同時に倒れ、同時に起き上がる。



天何とかの武器も私と同じ剣。
美希は私と天何とかよりは短いダガー。

私は敵国の陣営であるこの二人を倒したい。
美希は賢者の石の在り処を聞くために天何とかを、
敵である私を倒したい。


天何とかは敵である私を、
美希を、一時的に手を組んでいたが邪魔をしてくるのでそのまま消したい
(とかなのだろうけれど)。



私は国王に理由を聞きたい、そして救出したいために鍵が必要。
美希は賢者の石の在り処を聞くために国王が必要で鍵もいる。
天何とかはそれらを阻止したいために鍵を保持したい。

にらみ合いが続く。
援軍が誰かに来た時点で負ける。
しかし、私にくれば勝てる。


三人が同時に突っ込む、私の手から牢屋の鍵を奪う美希、
その瞬間、天何とかに右腕を私は斬られる。


「ぐぅっ」


やられてばかりはいられない。
天何とかを斬りつけかえす。
ダメージも浅く軽くかすった程度。

「チッ!」



そして鍵を持ち去ろうとする美希を天何とかと同時に斬りつける。


「痛っ! もぅ! 何するの!」


甘何とかが斬りつけたのは鍵を持っている左手。
斬られた痛みで鍵を落とす。


私は咄嗟に鍵を拾いに行くが、美希に鍵を蹴られ鍵は遠くへ滑る。


「そうはさせないの!」


鍵を蹴った勢いで回転し、回転蹴りを私に食らわせる。
私は痛みに耐えながら鍵とは別方向へ転がる。
斬られたばかりで傷が痛む右腕をピンポイントで蹴られるなんて……!

その隙に甘何とかは鍵へ向かって一直線に走っていた。
がやはり美希の方が動きが早く、美希は甘何とかの背中に跳びかかる。
ダガーで背中をグサグサと何度も抜き刺しをする。


「ぐぉおおっ!?」


振り落とそうと肘を入れるが美希はそれもひらりと飛び跳ねて避ける。
私はその着地地点目掛けて走り着地した瞬間の美希の足を斬りつける。
まずはその素早い足を封じないと!


「痛ぁぁ〜〜!? なにするの!? あの鍵は」

「あの鍵は」「あの鍵は」



「ミキのなの!」「私のよ!」「俺のだ!」



鍵を中心にし、三人がだいたい均等に立って睨み合っていた。
だが、すぐにその緊張もほどかれ再び三者が激突する。

私と甘何とかが剣を交える。
重いっ!


そこに飛び蹴りを食らわそうとする美希を二人は交わす。
中に浮いている美希を同時に斬りつける。


「イヤァァァア!!」


美希が倒れる。
よし、残るはこの男……だけ!


「あとはお前だけだな」


互いに剣を構える。

「チッ、殺すわけにはいかなかったんだがな……。仕方ねえ」


それはどっちのこと?
今殺した美希のこと? それともまだ殺せてもいない私のこと?


「そう判断するのはまだ早いの」


甘何とかは美希に背中から再びダガーを刺されていた。


「お、お前……!」

美希はすぐに距離を取る。
そうだ……そういえば、美希には恐ろしい能力が……。

「あの時に雪歩とあって助かったの」

「魔法で回復したのね」

「チッ……いつの間に!」


萩原さんと共闘した時に美希はその能力”オーバーマスター”で魔法を覚えている。
人と戦うごとにどんどんと他人の能力を吸収して強くなる。


本当に厄介な敵ね。


「ミキの”妖精計画-プロジェクト・フェアリー-”は絶対に邪魔はさせないからね」

「て、てめぇ……! その計画を口にした以上、どうなるかわかってるんだろうな!」


プロジェクト・フェアリー?
さっきからこの二人にはよくわからない単語が飛び交っている……。
賢者の石。プロジェクト・フェアリー。


これは何か関係があるというの?

「そこまでだ!」

「”止まれ”ぇ〜!」


バンッ、と勢いよく扉が開かれるとそこには回復した萩原さんと真が。
本当に遅いわね、いつもいつも。
でも助かったわ。
ありがとう。


萩原さんの魔法で身動きが取れなくなる甘何とかと美希。
だけど美希の方は早く始末しないといつ魔法を覚えて解除してくるかはわからない。


私はすぐに王の入っている牢屋の鍵を拾い、王を救出する。
萩原さんは常に美希に杖を向けて、いつ解除されてもいいように
次の魔法を用意しているみたいだった。

「おお、君ぃ、すまない」

「いえ、このくらい……当然のことです。それよりも一体何があったんですか」

「あぁ、どうやらそこの男に唆されてしまったみたいでな。律子くんが」

「なるほど。魔法を解除するには……この男をここで始末する必要があるみたいだね」


剣を構えて、身動きの取れない甘何とかに背後から近づく。


「言いたいことはある? 甘何とかさん」

「天ヶ瀬冬馬だ。言いたいことか。お前らは俺達を甘く見すぎだ」

「そう、それだけね」


剣を振りかぶる。

しかし、その瞬間に天ヶ瀬冬馬は振り返り私の剣をガードした。


ギィンッ……!


「なっ!?」

と同時に私が動けなくなる。この魔法……!? どういうこと!?
萩原さんと同じ魔法。美希!? いや、美希は萩原さんが見張っているけれど。


「ち、千早ちゃん! ええいっ」


萩原さんがすぐに空いている手を振り、私の魔法を解く。
この隙に天ヶ瀬冬馬はもう遠くまで逃げ出してしまっていた。

「サンキュー、翔太。助かったぜ」

「全く、冬馬くんも油断しすぎだよ」

「あぁ、悪かったな」


急に聞いたことのないような少年の声が地下に響く。誰!?
萩原さんはすぐに索敵魔法を発動させ、次の瞬間には


「そこ! ”雷槌”よ!」


と電撃を発していたが、手応えはないみたいだった。
王は

「な、なんだ? 何が起きているんだ!」


とオロオロしていた。
真もすぐに天ヶ瀬冬馬を追うが、あのアトリエで会った伊集院北斗に止められていた。

「ごめんね、真ちゃん。だけど、此処から先へは通せないんだ」


伊集院北斗と真が殴り合いをし始めたが、
あっという間に真が私達の方まで吹き飛ばされてくる。


「うわぁああ……!」

「あなた……そっちがわの人だったのね」

「ごめんよ、騙すつもりはなかったんだ。
 まぁ、もともとそんな話もしなかったし、
 騙したことにはならないよね? それじゃあ、またどこかで会おう。チャオッ」


目から不快なウインクを飛ばし、天ヶ瀬冬馬と見えない声を発する翔太と呼ばれる少年。
そして伊集院北斗は逃げていった。

しかし、またもこの瞬間には振り返ると美希はいなくなっていた。
幸い全員の持ち物は無事で王も怪我もなく無事にいた。


「はぁ……危なかったわ」

「ほ、ホント……助かって良かったよ」

「ええ、ありがとう、二人共」

「ううん、気にしないで」

「ああ、千早もほら、怪我早く治そうよ」

「うん、そうだね。”癒し”を」


萩原さんの杖から出る魔法で私は回復する。
いろんなところを斬りつけられ、出血し、フラフラだった。


ほとんど限界に近かったから良かったわ。

「君たちぃ、本当に助かったよ。私ももうダメかと思ったくらいだ」

「いえ、私達は当然のことをしたまでです」

「はい! ボクも王様を助けることができて光栄です!」

「いいんだ。王だなんて……私のことは、ふむ、そうだな社長とでも呼んでくれたまえ」

「えっ、で、でもぉ」

「いいんだ。こっちのほうが慣れているからね」

「王といえど、国の民と同じ地に立たねば見えないものもある」

「さぁ、律子くんの所へと案内しよう」


それから私達三人は社長の後ろをついていき
入り組んだ城の内部を律子の部下に見つからないように
慎重に歩いて進んでいった。

「ねえ、千早。どうして響は」

「わからないわ」

「わからないって……」

「わからないわよ。スパイが得意だったのかもしれないわ」

「でも、ボクは響が。あの響が……あんなことを本気でやってるなんて思えないんだ」

「私もそう思いますぅ」

「そう思わせるように上手くやるのが彼女のミッションなのよ」

「確かにそうかもしれないけれど」


言葉につまる真。

「じゃあ千早ちゃんは……それでいいの?」


芯をつかれてハッとしている自分にも嫌気がさす。
私だってわからないし、戸惑っているのよ。
でも、今はとにかくこっちの城の方の問題を解決しないといけない……。


「いい……。訳ないじゃない」

「我那覇さんには絶対に何かあるんだわ。何もない訳がない……」

「私はそう信じてる」


しばらくの重い沈黙のあとに


「彼女は恐らくは王室にいるだろう」


王の一言で我に返る。
そうね、今はともかくこの反乱をどうにかしないといけない。

王の案内で私達3人は城の中の上階を目指した。
螺旋階段から除かれる町の景色は目も向けられない有様だった。


早くなんとかしないと。



途中何人か巡回している兵士にも見つかったりしたが、
すぐに気絶させるなり魔法でなんなりして警報を鳴らすことは防いだ。


そして、王室の前まで来る。


「ここに恐らく律子くんはいると思うんだ」

「はい……。彼女をなんとかしてでも止めないと!」

「あぁ、こんなことがあってはクロイの帝国軍も黙ってはいないだろう」

「恐らくはこの機会にすぐにでもこちらの城を目掛けて攻め上がってくるはずです」

王室の前の扉は豪華で王とはこんなふうな生活をしているのか……。
と少し感心もしつつ呆れ返る。
ニゴの町は今もなお復興作業が遅れ廃れたままだというのに。


だが、この国の方針としてはその町でのことは町での問題。
ということであまり干渉してこないというのがこの国の政治の方針の一つ。


あまりにも内部での反乱や争いなどが酷い場合は国が動き、
それらの動きを鎮圧にかかることはあるが。
だけど、それもめったに無いこと。


ほとんどは国のほうが無干渉を保っている。
ただ、現在はクロイ帝国との戦火にあるためにその町を
落とされてしまってはたまったもんではないナムコ側の
策のうちの一つである。

「行くわよ」


扉に手をかけ、真と萩原さんとアイコンタクトを取る。
そして、扉を開ける。


王室の奥にある大きな王様専用の机に律子は座っていた。
後ろ向き出会ったために顔は見えなかったけれど。


「律子。この反乱をとめて! 今は国の内部でそんなことしてる場合じゃないの!」

「……」

「お願い、いますぐとめて! 律子!」

「……わかってるのよ」

「え?」

ゆっくりとこっちを振り向く律子。
その顔は半分が焼けただれていた。
未だに血が収まらずにぼたぼたと流れている。


「っ!」

「萩原さん、急いで治療を!」

「うん」

「来ないで!」


大きな声を張り上げる律子に対し驚いた萩原さんは動きを止める。


「いいの。自分で焼いたのよ」


自分で!? どうしてそんなことを……。

「はぁ……参っちゃったなぁ。私ともあろうものが」


王の椅子に座りながら足をぶらぶらさせてくるくると回る。


「操られてたみたい。この王室でこの町の景色を見て高笑いしてたのよ」

「思ってもないことを口にしたり、叫んだりしてた」

「今さっき魔法が溶けかかったの。その時に記憶が蘇って……」

「でも、またすぐに持っていかれそうになったの」

「どうにかして意識を保とうとした私はすぐ目の前にあった暖炉の火で顔を炙ったわ」

「おかげで今はシラフよ」


ははっ、と乾いた笑いをあげる律子。
王はその場から微塵も動かなかった。


「どちらにしろこれは私の犯行に違いない。
 私の死刑は免れない。そうですよね? 社長」


社長は唇を固く結んで何も言わなかった。


「千早、と言ったわね、確か」

「え、えぇ」

「刺しなさい」


王の机の上にドカンと大きなナイフを置く。


「だめよ。そんなこと。これは罪になんてならないわ!」

「いいから早く!」


律子の眼鏡の奥には涙が見えた。
過剰なほどのプライドの持ち主。
王宮の最強の騎士にして国王の補佐を務めた大臣の律子。

その地位、王に仕えていることこそが彼女の最大の誇りだった。
しかし、操られるといった形で自分がもっともしないことをしてしまったが故に
ショックでしょうがないのだろう。


そして、うっすらと聞こえるかのような声で


「もう死にたいのよ……」


と呟いた。
ぼんやりと律子はナイフを見つめ、そして手に取り、
自分の首に向けた。


「だめ!」


言うが否や飛び出したのは王の手であった。
王は律子の手首を掴みそしてナイフを取り上げた。

「君の罪ではない。これは君を操ったものの罪だろう?」

「私も君に辛い思いをさせてしまったのは本当に申し訳ないと思っている」

「本当にすまない」


私達は律子が死なないことを確認するとすぐに手当に移った。


「うぅ……少しだけ後が残っちゃいますぅ」

「いいわ。それぐらいで。私の罪のあかし」


王に忠誠を誓った律子は反乱を自らが指揮をあげていたことが
ショックだったらしく、それで大変なところまで思いつめてしまったみたいだった。


自分の一番大好きな国を、自分が壊しているのだから。
私も……きっとそうだった。
でも、私も私の時と同じように師匠が私にしてくれたように。


彼女を救うことができたのかもしれない。
手を差し伸べてあげることができたのかもしれない。


「嘘の言葉が溢れ……」

「嘘の時を刻む……!」


どこから歌が聞こえる。
刹那、私の横を真が盛大に吹っ飛んでいくのが目に写った。
真は壁に激突し、倒れこんだ。


「真っ!? な、なんで……」

「忘れ物ついでだ。簡単にそう収められちまったら困るからな」


そこには先程まで地下牢の前で死闘を繰り広げた天ヶ瀬冬馬がいた。


「ま、真ちゃん!」

萩原さんは律子からすぐに真の方へ駆け寄り回復手当に入った。
律子はすぐに

「わ、私はもう大丈夫! 今助けを呼んでくるわ!」


と部屋を出ていった。


「はぁぁぁ!」


私はすぐに剣を抜き、天ヶ瀬冬馬の脳天目掛けて剣を振るう。
しかし、ガードされる。


「邪魔な奴だ!」

剣を弾き、回し蹴りを喰らい書棚に頭から飛び込んでいく。
でも、今さっき一番最初に天ヶ瀬冬馬は何したというの。


今、歌を歌いながら戦ったというの……?
まさかこの人も……。


「あなたはまさかアルカディアの」

「あぁ? なんでアルカディアのことを知っている」


途端に嫌そうな顔をする。


「アルカディアとは……一体なんなの?」

「はんっ。そんな簡単に教えられるほど俺達は安っぽいものじゃねえってんだ」

天ヶ瀬冬馬が剣を構える。
こちらも剣を構える。


「はぁぁぁあ!」

「……声の届かない迷路を超えて」


一閃。
一瞬の動きを見抜けなかった。
足を斬られる。


私の一撃を避けて足に一撃を食らわせた。


「ぐっ……ぁぁああ゙ッ!」


萩原さんがすぐに回復魔法の準備に取り掛かる。
しかし、あっという間に天ヶ瀬冬馬の投げたナイフが萩原さんの肩に刺さる。


「ぅぅッ!」


立て続けにナイフを投げまくる。
手に、足に、お腹にとナイフが刺さる。


「そいつはしびれ薬も塗ってある。しばらくは動けないだろうぜ」


倒れこむ萩原さん。
これでは魔法が……!


ずんずんと剣を構えてゆっくりと近づいてくる!
目の前でゴミを、虫けらを見下ろすような目で私を見ないで!


一太刀、持っていた剣で防御するが弾き飛ばされる。
これではもう防御する術がない……。

かくなる上は動く素手で奴の剣を受け止めるしか。



「あばよ」


冷たくボソッと言い捨てると剣を振り下ろした。
もう……ダメか。


グサッ!


途端のことで目を閉じてしまった私は目の前に何が起きているのかわからなかった。
目を開けると王が私の盾になっていた。


「なっ……!? あ、あんたマジか!?」

「あ、あぁ……マジだとも」


驚く天ヶ瀬冬馬に対し口から大量の血を吹き出す王。
そして、刺さった箇所から流れでて止まらない血。

「チッ! さすがにこいつは予想外か……!」


バッ、と剣を王から抜き取り、血を拭き取る。
そして、王の間から去っていった。


「な、なぜ、私なんかを……!?」

「命の恩人に命の対価を持って守ったのさ」


王を腕に抱える。
優しい瞳、威厳のある顔も吐血した血により真っ赤に染まっていた。

「萩原さん……! 真!」


萩原さんはまだ動けない。


「いいんだ」

「待って、大丈夫だから! 死んではいけない!
 あなたがいなくなったら国は乱れる一方!」

「あなたのような人がいたからあの場所に勇者は大量に集まったのよ!?」

「私のような老いぼれがいつまで居座る場所ではなかったのさ……ゴホッ」


再び吐血をする。
萩原さん、真! お願いどっちでもいいの早く!

律子は……!? せっかく回復して助けを呼びに行くといって部屋を出て行った。
扉のほうを振り向くと天ヶ瀬冬馬の代わりに部屋に入ってきたのは律子だった。


その律子はいぬ美ことベヒーモスが口に加えて、血を流しぐったりとしていた。


「い、いぬ美……!」


いぬ美がいるということはこの状況をどこかから我那覇さんが見ているということ。
彼女はクロイ側の人間だった。


それを明瞭とさせているのは彼女のいぬ美が器用に口に加えている血を流している律子。
まるでおもちゃの人形を持っているかのような。


これでは……助けは来ない!
私も足を怪我してもう動けない……。

止まらない王の血。
回復薬は……!? だめ、捕まった時に全部没収されてる!
剣しか持って来なかった。


「だ、誰か……! 誰か!」

「……た、助けて……」


もう……何もできない……!
このまま目の前で人が死ぬの!?


嫌!

そんなのは嫌!

「名を如月くんと言ったかな? ゴホッゲホッ!」

「だめです、喋らないでください! い、今、すぐに回復薬を!」

「真ォ! 起きて!」


遠くの壁に埋まってる真はピクリとも動かなかった。


「私の役目はもう終わりなのかもしれん……王の座は律子くんに明け渡そう」

「何を言って……! だめです! まだ諦めたら!」


王の目はうつろになっていく。

「彼女は立派な王を務めることができる。
 優秀だからこそ……操られやすい所もあったのかもしれない」

「彼女が操られて反乱を起こしたことは国には好評はしない」

「正式に彼女は国を反乱という形で受け継いだということにしたいのだ、私は」

「だが、姫は確実に救出しなければならない」

「君の、勇者の使命は忘れるな……」

「なぜなら彼女は……」

「……」


ガクン……。
そして、王の手をいつしか握っていた私のその手を握る力は完全になくなる。
目を閉じ、動かなくなった。

嫌……嘘よ。


し、死んでる……の?

嫌……いや……。



走馬灯のように記憶が蘇る。忌まわしい記憶。
私の……大嫌いな過去。


私の全てを奪った過去が。

——ごめんなさい。千早。優。

——嘘よ。ねえ! なんとか言ってよ、お母さん! 





——お姉ちゃん? お母さんは……。

——ごめん、優。……わからない。わからないの。







——助けて、お姉ちゃん!

——優! やめて! 優を返して! 私の……たった一人の家族を!

——嫌だ! お姉ちゃんーーー!

——優! 優! 優ぅぅううううう!





「イヤ……嘘よ……こんなの……!」

目の前で人が……?
王様だからじゃない。人が……死んでいる。


目の前には萩原さんをもぶっ飛ばした、いぬ美。


「グォォオオ……」


逃げなきゃ……殺される。


いぬ美が片手をあげる。そして、軽く薙ぎ払うかのように一撃。


激痛。意識がいっきに吹っ飛ぶくらいの打撃。
全身を打ち砕かれたみたい……!

「……ッッ!」


口から血が噴き出る。内蔵をやられた……みたいね。
血が温かく。


不思議と心地いい。
なぜ……?


再び迫りくるいぬ美。しかし、何か気が変わったのか私の目の前まで来ておいて、
地面に現れた魔法陣の中にゆっくりと沈んでいった。


同情しているの? 馬鹿ね……。
殺せばいいのに。


そうでないならば。私は生きていたら……いつかあなたを殺しにいくのに。

薄れ行く意識の中で騒ぎを聞きつけた警備兵達が大勢押しかける。
そして近寄ってきて大丈夫か、と聞かれるが答えれるわけもない。


王の部屋での暗殺。
部屋で息を引き取ったのは王。


そして気絶し、重症を負うのは私と真、萩原さん、そして律子。


この日、王位は律子に静かに継承される。
後に国に発表されたのは正式な王位の継承であった。

律子が催眠にかかった状態で起こした反乱も正式なものとされ、
そして、それはただの律子と王の喧嘩だったということになった。


そして、王の死は暗殺ではなく、病死として扱われた。
国には病床で臥せっていた王に対し引退しろと話をした所、
頑固に席を譲ろうとせずに戦いになったと国中に広まった。



高木順二朗が王としてナムコ王国に君臨していた時代は終わった。
そして、私達と我那覇さんの関係も虚しく崩れ去り、終わった。



私は暗闇の中に意識が投げ飛ばされ、世界は私を唐突に断絶した。
絶望を味わう私はこのまま二度と目が覚めないかもしれない。





キサラギクエスト  EP�  国家転覆を狙う黒い影編   END

響抜けちゃったか…

響ファンの俺は深い悲しみに包まれた

ひびきん・・・

うおお・・・続きがすげえ気になる

キサラギクエスト  EP6.5 


黒井「……」

冬馬「……」

北斗「……」

翔太「……」

美希「……」

響「……」

黒井「貴様ら……お前たちが城に直接向かっていて何てザマだ!」

冬馬「何言ってんだ、それでも王は殺しただろうが」

黒井「愚か者め……美希ちゃんはともかく冬馬、お前がいながら一体何をしているんだ」

美希「ほんとその通りなの。邪魔ばーっかりするし」

冬馬「なんだと!? もとはと言えばお前が」

北斗「まぁまぁ冬馬。お言葉ですが、冬馬はよくやってましたよ」

黒井「ふん……まあいい」

響「あ、あの! 自分は……その……」

響「あ、あれはやりすぎなんじゃ……」

美希「やりすぎって自分でやったくせに?」

響「そ、そりゃあ命令されたからやるけれど……でもあんなの酷いぞ!」

響「いくらなんでも殺さなくても……」

黒井「クックックッ……情が移ったのか? 奴らと腑抜けた旅をしたせいで」

響「……そんなことないぞ」

美希「でも、響をスパイに送った美希の判断は最高だって思うな」

黒井「さすがは美希ちゃんだな」

響「……うぅ、自分だって頑張ったのに」

黒井「で、報告することは以上か」

北斗「そのようですね」

黒井「では解散とする」

黒井「響ちゃん……あのクズの手先の連中と絡んでいたことはもう忘れるんだ」

黒井「迷いは己を弱くする。さっさと迷いを断ち切るんだ」

黒井「響ちゃんのお兄さんも心配してしまうよ」

響「うぅ……。はい」

響「……千早たちは……クズなんかじゃない……」

美希「……」

美希「響。あの人達はもう敵なんだからね。次に会ったら殺すんだよ?」

響「わかってるよ」

美希「そう。ならいいけど」

響「あ、ねえ美希。美希の言ってたプロジェクト・フェアリー? って何?」

美希「……聞かれてたの」

響「え?」

美希「ううん、なんでもないの。響は気にしなくてもいいことなの」

響「えー! なんでよ! 教えてよ!」

美希「やだよー! 教えて欲しかったらここまでおいでー!」

響「あぁ、こら! 待てー!」

…………
……



響「ハァ、ハァ、美希の奴、真の身体能力までマスターしてたのか」

響「追いつけない訳だよ……」

響「って、あれ? ここどの辺だっけ?」

響「久しぶりにお城に来たからわからなくなったぞ……」

響「まぁ、いいや。とりあえずその辺の見回りにでも聞けばいっか」

響「ん? 誰かの話し声が聞こえるな」



「どう? 美味しい?」

「真、美味です。しかし、面妖な味ですね」

響「ねえ、ちょっと」

部下「っっ!! はい!」

響「ここで何してるの? っていうか誰? その人」

貴音「わたくし、ですか?」

部下「き、機密事項により言えません!」

響「ふぅーん、いぬ美!」

いぬ美「……グルルルルッッ」

部下「ひ、ひぃぃ!? こ、こちらはナムコ王国の姫であられる四条貴音です!」

響「ナムコのお姫様……」

響「そんなのが何でこんな所にいるの?」

部下「わ、わかりません。私はただこの姫の監視の業務にいるだけですので」

貴音「わたくしはどうやら攫われたようです」

響「誘拐? そっか、敵国だもんね」

貴音「あなたは……何か落ち込んでいるのですか?」

響「えっ? べ、別に自分は落ち込むことなんて何ひとつないぞ!」

貴音「いえ、わかります。立ち込める負のオーラ、染み付いた血の匂い」

貴音「わたくしと同じ匂いがしますので」

響「ちょっと席を外してくれない」

部下「はっ!」

響「……」

響「自分と同じ匂い? 一国の姫が?」

貴音「えぇ」

響「……あんたに何がわかるんだよ」

貴音「わからずとも、感じるのです」

響「……」

響「……ぷっ、変な奴! あははは!」

貴音「? 何かおかしなことでもありましたか?」

響「ううん、なんでもないよ。そう言えば自分の名前を教えてなかったね」

響「自分、我那覇響って言うんだ。よろしくね」

貴音「はい。よろしくお願いします」

貴音「ふふ、これでわたくしとお話してくれるお友達がまた増えました」

響「なんだそれ? まぁいいや」

貴音「しかして、どうしてそのように落ち込んでいたんですか?」

響「うーん、なんと話せばいいんだろうな」

響「仲の良かった友達と喧嘩別れ? よりももっと酷いような別れ方をしちゃってさ」

響「まぁ、自分が一方的に悪いんだけど」

響「でも、しょうがないんだ」

貴音「それは真ですか?」

響「え?」

貴音「その言葉に偽りはありませんか?」

響「い、偽りって言われれば……ないこともない」

貴音「でしたら仲直りはするべきです」

響「なんか変な気分だな。全部見透かされてるみたいで」

貴音「そのようなつもりはありません」

響「そっか。でもさ、貴音はじゃあどうしてこんな所にいるんだ?」

貴音「わたくしですか?」

貴音「……トップ・シークレットです」

響「本当に変わった奴だな! あははは!」

響「自分気に入ったぞ! ねえ、これからもちょくちょくここに来てもいい?」

貴音「えぇ、構いません。もっともそれはわたくしではなくそこの憲兵さんが決めることですが」

響「そっか、ありがとう。自分もうお仕事の時間だから行かなくちゃ!」

貴音「ええ、頑張ってきてください」

響「ありがとう! じゃあまたね!」

響(……ちょっと変わってるけど面白い人かも! なんか気が合いそうな気がするぞ!)



キサラギクエスト  EP6.5  番外編〜運命の出会い〜   END

おつ

貴音がカタカナ使ってると違和感ぱない

やっぱり響は良い子だなあ

〜〜菊地真Side〜〜



こんにちは。おはようございます。それともこんばんは?
菊地真です。


ボク達の旅が終わってからもう2年が経ちました。
そんなボクの今の生活は……



「いらっしゃいませー! はい! 牛丼ですね!」

「うんうん、菊地真さんは今日も元気だなぁ」

 

牛丼屋でアルバイトをしています。






「……はっ!?」

「……夢か」

なんだろう、今の夢。何か乗っかってはいけない波に乗っかろうとしていた気がする。
寝ぼけ眼をこする。


朝日も登らない、まだ暗い。もう一度眠ろう。
枕に顔を埋める。


暗闇に意識を葬り去る。
それにしてもさっきの夢はなんだろう……。
牛丼? 美味しそうだったな。いいや、考えない考えない。



ボクの冒険は終わったんだ。
楽しかった、でも危険がたくさんあった冒険はもう終わった。
そう。



もう終わったんだよ。

ナムコ王国の前王である高木順二朗が死亡した事件が起きたあの日、
ボクはその事件場所にいたが、突然現れた天ヶ瀬冬馬というクロイ帝国の幹部により、
一瞬にして気絶されられてしまった。


不甲斐ない。あんなに鍛えていたのに。
やっぱりボクは女の子。男の人には勝てないのかなぁ……。


いいや、弱気になんかなっちゃいけない。
ボクは立派な勇者の一人なんだから。
いけないなぁ、ここの所どうも弱気になってしまう。


ナムコ王国の王が死亡して、その後は大臣であったはずの律子に王位が移った。
元王の直々の指名だそうで誰もこれには逆らえなかった。

しかし、この急死とも言える国の事情を戦争まっただ中の敵国、
クロイ帝国が見逃す訳がなかった。
そんなことボクが敵でも見逃す訳がない。当たり前だ。


これはボクが気絶したあとの話ではあるが、
王は千早を庇って天ヶ瀬冬馬に斬られ死亡。
その時に雪歩は天ヶ瀬冬馬により、
痺れ薬が塗られたナイフで攻撃され身動きが取れなかった。


千早は足を斬られ重症。急いでいたために手持ちは剣しかなく回復薬もなし。
律子は響の召喚獣であるハム蔵に捕まり、こちらも身動きが取れない。


そして王は死んだ。


千早もその後、まもなくいぬ美の攻撃をモロに喰らい……目を覚まさなくなった。

深い眠りにつき、昏睡状態でいる。
寝たきりになってしまった。
普通の医者だけでなく、魔術系の医師が診断した所、
起きようという意志がないと言われている。



その千早の体はバンナム城の秘密の隔離部屋に入れられていて、
まだクロイ帝国の者にも見つかってはいない。



見つかってはいない。
なぜ、このバンナム城にクロイ帝国の者がいるのか?
それは簡単なこと。


この戦火、敵国を潰すならば絶好のチャンス。
クロイ帝国は全総力をフルに引き出し襲来。



ナムコ王国は戦争に敗北したのだ。

クロイ帝国に対し、白旗を掲げた。



ナムコ王国が敗北した今のナムコ王国の現状は、
残された地域はナムコ王国の首都であるバンナムが一番端となってしまった。


元々クロイ帝国とナムコ王国は隣接し、
それぞれの首都からちょうど均等の位置辺りに国境線がある。



だけど、今は首都バンナムの町が国境線付近となっている。
これを聞けばどれだけ攻めこまれた、占領されたのかがなんとなくわかると思う。

かつてボク達が旅をした数々の地域。



ボクと千早が出会った森も、

ボクと美希が最初に出会った財布をスられた森も

響と出会ったあの草原も

雪歩と出会ったアズミンという町も

長介と出会って、やよいの住んでいる町ニゴも


全部クロイ帝国の領地になってしまった。

ナムコ王国はクロイ帝国の監視の下で日夜生活する羽目になってしまった。


この戦争に負けたのは律子が原因ではない。
ボクは毎日欠かさず律子には手紙を出している。


それは励ましの手紙である。
彼女の生活もまたクロイに監視されているものになっている。




その敗北から2年が経過していた。



ボクはクロイ帝国の中では重度の指名手配らしく今でもナムコ王国の中でも
クロイ帝国の中でもボクを探してうろうろしている連中がいる。

そんなボクの隣で寝ているのは……


「……まきょ?」

「ごめん、起こしちゃったね……」


そっとまこちーの頭を撫でる。
眠そうにして目をこすっているが、すぐにまた寝てしまった。

この一ヶ月毎日毎日、夢に見る。
こうやって布団で寝ていても夜空を眺めながら焚き火を囲んで4人で寝たことを。


誰彼構わず自分の夢を語り、雪歩はそれを興味津々で聞いて、
千早もそれを楽しそうに聞きながらも


「明日も早いんだからそのくらいにしないさい」


といって笑っていた。



ボクは今、あの小さな民族達が住む隠れ村に匿ってもらっている。
クロイの連中はボクがまだナムコ王国に潜んでいると思い込んでいる。
だからこそ、本来クロイ帝国のはずなのに、激しい雪山、豪雪地帯のせいで、
未開拓となっている地域に潜んでいるのだ。


それだけでなくいざとなった時に何度もお世話になったみうらさんに
瞬間移動で助けてもらうためということもある。

雪歩は……戦争により自分の出身地であるアズミンがピンチだと聞いて、
事件が起きたあの日から目が覚めると一人でアズミンに帰ってしまった。


ボクの生まれ故郷はクロイ帝国側から見ればバンナムよりも奥にある場所だから
まだ攻めこまれてはないし、それなりに安全である。


そして、ボク達が関わった町の一つでもあるクギューウの町にいた水瀬伊織。
彼女が持つ有志の軍はこの2年でさらに膨大に膨れ上がり、
水面下ではあるが活動が続いているらしい。


何でも、衰退したナムコ王国はもちろん、クロイ帝国にも引けを取らないとか。
その中でも優秀な破壊王とされてる年端も
いかない若い豪傑がいるとかで話題になっているらしい。



ねえ、千早、ボクはどうしたらいいんだ。

隣で眠るまこちーを撫でる。
すやすやと安らかに眠るその姿は本当に愛くるしいものがある。


あの時、ボクがもっと強かったら天ヶ瀬冬馬に勝てたのだろうか。
今もコツコツと修行を重ねているけれど、
ボクはそれで強くなれたのだろうか。




パサ……とテントの入り口が開く音と共に豪雪地帯特有の寒さが雪崩れ込んでくる。


「うぅ……寒っ、誰?」


首だけ起こして入り口の方を見るとそれはたかにゃだった。
何やら紙を持っている様子ではあるが、たかにゃが珍しく息を切らしていたのに驚いた。

「ど、どうしたの?」

「し、しじょっ」


といつものように筆談用の紙をあげる。


そこには「朗報」と書かれていた。


「朗報?」


そして、再び、テントが開いた。
寒さに驚いたまこちーが飛び起きる。


そこには真っ白いコートを着たボクのかつての相棒の一人である
萩原雪歩がそこにいた。


「やっと見つけたよ、真ちゃん」


「ゆ……きほ?」

雪歩は有無を言わさずにテントの中に入り込んできてボクを引っ張りだそうとした。


「時間がないの。今すぐみうらさんを呼んで。お城に戻るよ」

「……まさか」

「うん……。二人でお寝坊さんを起こしに行かなくちゃ」



何がショックだったのか。
初めて会った時、彼女は人の心を持っていないのかと思うくらい、
残忍で冷徹で、冷静な人だと思っていた。


だけどそれは間違っていた。彼女はその優しい心を押し殺していたんだ。
きっと何か人の死とかには人一倍に敏感なんだよ。


ずっと旅していたんだ。仲間だから。
ボクが助けなくちゃいけなかったんだ。

ボク自信は何もできないかもしれないけれど、
それでもただただずっとこの村で隠れて潜んでいたわけじゃない。
千早は旅を続ける中でずっとずっと成長をしている。
ボクなんか足元にも及ばないくらいになっていた。


追いつかなくちゃいけない。千早の相棒として。
ボクが隣に立つためにはボクがもっと強くならなくちゃいけない。


「……ごめん。雪歩。待っていたよ」

「頼んでいた魔法は開発できたみたいだね」

「うん、お待たせ真ちゃん」


ボクは立ち上がりすぐに着替えを始める。
雪歩はその間ずっとこちらを見ていたけれど、
誰かが来てボクを襲わないか見張っていてくれてるのだろう。
少し息が荒いのはここまで走ってきたからなんだよね。

着替え終わり外に出て、みうらさんの元に行く。
それからボクと雪歩はたかにゃや村のみんなに挨拶をする。


「みんな、ありがとうね。こんな危険なことに付き合ってくれて」

「ボクみたいなのがいれば村は危険になるのに」


ちひゃーは元気よくボクの懐に飛び込んできてペシペシと胸を叩きながら励ましてくれた。


「くっくっくっ」

「しじょっ」


たかにゃは紙に書いた「仲間」の文字を見せてくれた。
心強い言葉。ありがとう。

「まきょ」


「うん、ごめんね。また一緒に修行付き合ってね」


まこちーの頭を優しく撫でる。



「急ごう真ちゃん」

「うん、それじゃあ。みんなまた会おう!」


みうらさんを頭の上に乗せて、目指さすはバンナム城の内部にある
千早を匿っている秘密の部屋。


両手を勢いよく叩き、そして瞬間移動する。

一瞬のうちに雪景色の中にある村からレンガの中の冷たい部屋に飛んできた。
目の前にはひとつのベッド。


「ありがとう。もう戻ってもいいよ」


「あら〜」


と手を振ってからシュンッと消えていった。
移動の時は彼女達に助けてもらってばかりで申し訳ない。
だけど、仕方ない。急ぎなんだ。


ベッドにゆっくり近づいていく。


「千早。お待たせ」

「さあ起きなくちゃだよ」


答えてくれる訳もない。

「真ちゃん。千早ちゃんはきっと今も夢の中を彷徨っていると思うの」

「だから、千早ちゃんが目覚めないって聞いた時に私と真ちゃんで
 なんとか起こす方法を考えようってなったよね」

「それがやっと開発できたよ。この新しい魔法”DREAM”で」



雪歩はクロイ帝国が攻めこんできて
アズミンの町が危ないから支援しに帰らなくちゃいけない、
という時にボクが無理矢理宿題を出したんだった。


ボクと雪歩は1日や2日で目が覚めたが、千早はそうはいかなかった。
この眼の前でぐっすり眠っている、眠りこけてる眠り姫は。


ベッドでただ眠る千早も見る。
戦わずして、剣を持たずしてただ寝ているだけの千早は美しかった。


「さっそくやろう。だけど……どういう魔法なの?」

「これは私達の意識が千早ちゃんの意識の中に潜り込むっていう魔法なの」

「要するに千早の夢の中に入り込むって魔法ってことか……。よーし」

「じゃあ早速行くよ……タイムリミットは10分だからね」


10分間の間に千早を起こさないといけない。


ベッドの両脇に二人が立って千早の手を握る。温かい。まだ温もりがある。
雪歩がそっと目を閉じたのを真似して目をとじる。


「準備はいい?」

「うん。いつでもオッケー。その魔法をかけて」


呪文が聞こえる。





「”DREAM”……」

意識が飛んでいく。
徐々にふわふわした気持ちになる。眠っているのかなぁ?
違う。なんだろう。
これは。


浮いてる感じ。ぷかぷか浮いてる感じ。


「え?」


風を感じる。さっきまでここは無風地帯の城の中だったのに。
窓や明かりも何もなかったのに。


目を開けるとそこは見たこともない草原だった。
広く美しい。
雲ひとつ無い青空。


たくさんの花がある。

「綺麗……」

「真ちゃん……」


気がつくと隣には雪歩がいた。


「雪歩……ここって」

「たぶん、千早ちゃんの夢のなかだと思う……」

「ボク、千早のことだから夢のなかでも戦ってたりするのかと思ったよ」

「あ、あはは……」


雪歩もそんなものだと思っていたっぽい。
二人で草原を歩く。広い草原を。

しばらく歩くとそこには花がたくさん咲いている場所にでた。
今度はさっきよりも一段と綺麗だった。


「見て、雪歩!」

「うん、すごいね!」


二人して童心に帰ったような声を出して走りだす。
花畑が近づいてくるとさっきまではいなかったような気がするのに
いつの間にか真ん中に小さな女の子がいた。


「春は花をいっぱい咲かせよう〜夏は光いっぱい……」


楽しそうに歌を歌いながらこの一面の花を摘んでいた女の子は
こちらに気がついて歌をやめてしまった。
少し邪魔してしまったかなぁ、という気分になる。


でも、今の歌……どこかで聞いたことが……。この感じ。

「ねえ雪歩、今のってもしかして」

「わ、私も同じ事考えってる……」

「こんにちは。君、もしかして……千早?」

「うん! こんにちは! お姉ちゃん達誰?」


きょとんとした表情をする小さな女の子、もとい千早。


「どうしてこんな所にいるの? ここは私の秘密の場所だよ?」

「えっと……それは……」

「でもいいよ! はい、これあげる!」


回答に困っていると摘んでいた花を一つもらった。綺麗な花だった。
千早の容姿はざっと5歳とかそこら辺なんだろう……。
たぶん。

「ねえ千早ちゃん。このお花どうするの?」

「これはねえ、お母さんと優にあげるんだ」

「優?」

「うん! 優!」


誰だろう……でもきっと家族……。お父さんの名前なわけがないし。
確か千早にはもう一人家族が。


「真ちゃん、もしかして千早ちゃんの弟さんなんじゃ……」

「それだ! ねえ、もしかしてそれって千早の弟のこと?」

「そうだよ! いつも歌を歌ってあげてるの」

「……どうする雪歩?」

「どうするって言われても……この子に言ってもわからないんじゃ」

「うーん……試してみるか」


ボクは千早と同じ目線になるために屈みこむ。

「ねえ千早。よく聞いて欲しいんだ。ここは夢なんだよ」

「……夢?」

「そう、夢なんだ」

「なんで?」

「本当の千早はもう起きなくちゃいけないんだ」

「どうして?」

「うーん……」


言葉に詰まってしまった。なんて説明したらいいんだろう。
というかなんだろうこの純粋な眼差し……。
心が痛いよ。

というか、本当に同じ人物なのか?


「千早ちゃんはね、本当はここにいちゃいけないんだ」

「弟さんはどこにいるの?」


雪歩が自然とバトンタッチしてくれる。


「優はお家に……」

「いないよ」

「もういないんだよ」

「うそ……」


小さな千早は持っていた花を地面に落とす。
雪歩はそれでも真剣な眼差しで。

ダッ。
小さな千早は雪歩の横をすり抜けて走って逃げ出した。
ボク達は小さな千早を追うために後ろを振り返ったが、そこはもう町になっていた。


さっきまで花一面だったのに。青空の下にいたのに。
夢だから場面の変化も突然起きるのかな?


「千早!?」

「千早ちゃん!?」


千早もいなくなったし……どうしよう。
とにかく探さなくちゃ。

「雪歩、魔法でなんとか探せないかなぁ」

「ごめん、それは厳しいかも。ただでさえ、発動中の術式を操るのに精一杯で」

「そこに索敵の高度な魔法を織り交ぜるなんてのは……できないよ」

「下手したらこの”DREAM”も溶けちゃうかもしれないし」


そっか……。じゃあ今度はボクが頑張らないといけない番だ!


全力で町のなかを走りまわる。
夕方の設定なのかやけに町が暗い。


頑張らないと、言うけれど、どうしたらいいんだ。

がむしゃらに走り回って見たこともない町の中を探しまわる。
時間がないってのに!


町の終わりまで行くと今度は千早は少し成長してそこにいた。
少し背が大きくなってるから7歳くらいなのかなぁ。


ある家の前にいた。
町はずれの家に一人でいた。


「千早……探したよ」

「お姉ちゃん……誰?」

「真だよ。菊地真。あっちのは萩原雪歩」


遅れて雪歩が走ってくる。

「千早。ここは夢なんだよ」

「だから、もう起きよう。起きる時間なんだよ」

「王様は死んだよ。でもそれは受け入れなくちゃいけないんだ」

「ボク達が国のために頑張らないといけないんだ!」

「千早……わかるよね」

「真ちゃん……ハァ、ハァ、もうあと残り時間がもう……」


もう時間が……!

「千早、君はこんな所でとどまってはいけないんだ!」

「頼む、ボクに力を貸してくれよ!」



小さな千早は戸惑うばかりで声も出ていなかった。


「響もいなくなっちゃったし、王様は死んだ」

「負けたんだ。王国は……」

「頼むよ……」



どこかからいつの間にか涙が溢れる。
なんだろう。なんでだろうなぁ。
こんな所で何やってるんだよ千早。


悔しかった。ボクの相棒とも言える人がこんな所でこんな風になっているのが。

「千早……ボク達がやらないで誰がやるんだい」

「もうわかってるよね。気づいてるよね?」

「いつまでもそんな所にいちゃだめだ」

「確かにあの事件は悲劇かもしれない……。
 だけど、そこから逃げちゃいけないんだ」


ボクはいつの間にか目の前にいる小さな千早になんて話してはいなかった。
空に向かって空間に向かって、この夢の中で逃げ続けている千早に向かって、
声を張り上げて叫んでいた。


「過去を断ち切って……! 千早! 前に進むんだ!」

「諦めたらだめだ! 逃げていたらだめだ!」


タイムリミット。ボクの体と雪歩の体は光の粒となって足元から消えていく。

千早ばかりが苦しい思いをしているわけじゃないんだ。
雪歩だって自分の故郷が危ない目にあっている。


だけど、ボク達は今、千早が必要なんだ。
千早がいたから歩き出せる。こんな所で負けてばかりいられない。



「千早ならできる!」

「大丈夫だよ。傷ついたって。苦しくたって、ボクもいる。雪歩もいる」

「千早は一人じゃないんだ」



首の辺りまで消えて視界が奪われると思った瞬間に、
目の前にいたはずの小さな千早はボク達の知っている成長した千早だった。
口元は笑っている。優しく微笑んでいるのに涙を流していた。

目を開けるとボクと雪歩はまたベッドの両脇に立っていた。
ボクは涙を流していた。おかしいな。
何を言ったんだっけ? 思い出せないや。


最後は笑っていた気がする。
よく見えなかったけれど。



寝たきりの千早の手をボクはまだ握っていた。


意識が帰ってきた雪歩と目と目が逢う。


「やっぱり……思い出せないね」


やっぱり……? 夢のなかで何があったのか思い出せないことが?
最初からそれがわかっていたのかな?


「ごめんね、真ちゃん。説明不足だったよね」

「この魔法は千早ちゃんの見ている夢、つまりは千早ちゃんの脳が見ている夢に
 私達が潜り込む形になっているから、あまり私達の記憶には残らないようになってるの」

「そうだったのか」

「でも……」


雪歩は千早の方を見る。
もしかして、千早の記憶には残るかもしれない?


「でも、夢だから起きても千早ちゃんは覚えてないかもしれないけど」


と少し寂しそうに笑う。
ボクはその雪歩の顔が見れなくてつい目をそらして眠る千早を見た。

ボクは雪歩に「でも、どうやら失敗したみたいだね」と言おうとした。


その時、かすかに握っていた手にピクンと力が入った。


「い、今!」

「うん! 今!」


ボクと雪歩はいつの間にか手を繋いでいた。
3人で輪になるように。


だけど、すぐにボクの握っていた手は離されて、
眠っていた目をこすり、体をゆっくりと起こした。


「おはよう、千早ちゃん。待ってたよ」

「……ったく、遅いぞ千早。おはよう」



ボクと雪歩は優しく千早を抱きしめた。



キサラギクエスト  EP�   眠り姫編   END

サブタイトルが思いつかなかった訳じゃないんです。
千早のお誕生日だから更新したんだけど、たまたま千早が全く活躍しない回になってしまった。
申し訳ない。
千早お誕生日おめでとう!

乙!
やっぱ面白いわこれ
そして千早誕生日おめでとう!

おつ

私は……目が覚めると見知らぬ部屋にいた。
目の前には真と萩原さんがいた。


「おはよう、千早ちゃん。待ってたよ」

「……ったく、遅いぞ。おはよう千早」


「……おはよう」


何か二人に感謝しないといけない気がするのだけど、記憶がない。
それからというものの私は真と雪歩に介抱されながらも徐々に思い出していく。


私は一体何をしていたのか……。
あの時、何があったのか。


「律子は?」

「律子ももう目覚めてるよ。彼女は城の病室にいるよ」

「だって、彼女はもう女王だからね」


それも……そうか。
その後私はあのあとどうなったのかを一部始終聞かされた。
クロイ帝国に敗北したこと。いろんな地域を失っているということ。



それらの話をちょうど聞き終わる頃。
女王であるはずの律子がこの部屋に入ってきた。


一体どこが入り口なのかわからないくらいいつの間にか入ってきていた。
あとで聞いた所、入り口は城の中のどこにでもあって、
どこからでも繋がるようになっているとか。


魔法での秘密の扉になっていて、今の律子は城の中を見回っている
クロイ帝国の兵隊から逃れるために女子用トイレの便器から来たそうだ。


一体……なんて所に扉を作ってるのよ。

律子と目が合う。
眼鏡の下、頬のあたりに傷があった。
火傷痕が少し残っている。


「遅かったわね。待ちくたびれたわ」

「律子……。体はもういいの?」


私の質問は少し頓珍漢な気がした。
寝起きだし仕方ないのかもしれない。



「あなたに言われたくはないわよ。2年もあれば全部治るわ」


2年、律子は簡単にいうけれど、私がずっと迷っていた期間。
実際には眠ることしかしていなかった私だったけれど、
それでもこのことの重大さは私でもわかっているつもり。

「えぇ、えっと、雪歩? だったわよね? その子のおかげよ」

「ありがとう」

「それから二人共もありがとう」


律子は二度私達に深く頭を下げた。
その言葉と行動は私の脳内に深く刻まれていた。
私をこの土地へ導いた人が、私のことをこんな風に感謝している。


愉悦とはかけ離れた、だけど、私はこの律子の姿を見て、
何故か安心してしまっていた。
自分の居場所に似たようなものを見つけていたから。


「や、やだなぁ……律子。
 律子はもう女王なんだからそんな風に簡単に頭なんて下げたらだめだよ」

「それに……ボク達は結局クロイ帝国には勝てなかったんだから」


真が驚いて動揺しながらも律子に言う。
力は随分と弱くなってしまったけれど、
一国のトップがこんな風に簡単に頭を下げていてはいけないんじゃないかと。


「いいのよ。残された人達の命を救ってもらったんだからこれくらい」

「私一つの頭でいいならいくらでも下げるわ」


それからサッと顔を上げると


「それじゃあさっそく本題に入るわよ」


「えぇ……急にどうしたの?」

「千早には起きて早々で申し訳ないんだけど。
 見て欲しいものがあるのだけど……。これよ」


と王の机に置いたものは一通の手紙のようなものだった。


「これは……?」

「いい? これは王が残した最後の文章よ」

「千早。王が何を言い残そうとしたかは覚えてるわね?」

「えぇ、王位は律子に譲ると。そして姫の方は必ず救出するということ」

「そう。書いてあるのはその姫のことよ」

真が頭を抱えながら必死に思い出している。


「姫? 貴音……だったっけ?」

「そうね。彼女はこの文章から察するに王の本当の娘ではない可能性があるの」


「 !? 」

「そ、それはどういうことなの?」


本当の娘ではない?
何を言っているの?
確かに、性が違うけれど、そんなもの養子になればいくらでも説明がつく。


まさか養子だったとか言わないでしょうね。

「わからないわ。私だって今まで知らなかったのだから
 それに、正確には娘でもないのよ」


真は何が違うのかわからない様子だったけれど、
これには私も同意。この言葉の何が違うのか、どこが違うのか。
言い方を変えただけではないのだろうか。


「そして、この手紙にはもう一つ重要なものが書かれているわ」

「それは……」

「賢者の石の在り処よ」



賢者の石……。いつか聞いたことがある。
王を助ける時に美希と天ヶ瀬冬馬が戦っている時に美希が口にした言葉。

「その石の効力とは……?」


「伝説の魔法を使うことができるのよ。その内容すらも謎なのだけど」

「所詮は伝説……というわけね」


さすがの律子も魔導書がすべて読める訳ではなく、
魔法についてはあまり詳しくない様子だった。
だけど、魔法ならば……。


「萩原さんは何か知っているかしら?」

「えっと、魔法は基本的に何でもできるんだけど、やってはいけない禁じ手があるの」

萩原さんは淡々と続ける。


「それをすると魔女裁判っていうのにかけられて、最悪死刑になることもあるんだけど」

「でも、多分それを合法化してやってのける代物なのかもしれない……」

「それからその禁じ手の魔法ってのは
 もう発動した時点でペナルティがあるって噂だから……」

「結局の所、誰も試そうなんてしないの」


そのペナルティ付きの魔法を何も問題なく使えるというのがこの賢者の石?

「それは……どういう魔法なの?」

「えっと、例えば人を生き返らせたり、世界の時間を止めたり、
 だいたい時に関係することだったと思う」

「時間……」


人を生き返らせるということはつまりは、
死んでしまって止まってしまった人の時間を再び動かすということらしい。



「でも、時を止めると言っても一時的な人を封じるって意味の止めるって訳じゃないからね」

「なるほど。それで律子……賢者の石はどこに?」

「詳しいことは書いてないの。言い方が悪かったかもしれないわね」

「この手紙に書いてあるのは……賢者の石の在り処を示した本があるのよ」

「それはこの城なの……」

「城に本が?」

「城の大図書館があるわ」

「そこに行って調べてきて欲しいの」


律子はそう言うと一応のためか


「あ、嫌とは言わせないわよ? あなたを匿うのも一苦労だったんだからね?」

「それにこの手紙の保管も大変だったんだから……」


と言った。もちろんそんなことは言わないわ。



「うん、ありがとう。わかったわ。行ってみる……」


私が素直にお礼を言ったのを真は少し驚いた様子だった。
失礼ね。


「城の中には帝国軍がうじゃうじゃいると思うから十分に注意して」

「ええ、ありがとう」

たぶん私と萩原さんがいればそういう調べ物関係はなんとかなりそうね。
あ、あと真も微力ながらも戦力にはなってくれるはず。


という訳で。
(私はよろよろしているが)私達は城の図書館に来た。
幸いにも誰にも見つかることもなく来ることができた。
本来ならば城の人間ですらあまり入ることのできない大図書館なのだけど、
律子からもらった直筆のサインを館長に見せた所すんなりと入ることができた。


それから館長にも手伝ってもらうことにしたかったが、
館長に聞いてもその館長自信もあまり知らなかった。


という訳で自ら探すしかないのか……。
まぁ、最初からそのつもりではいたし。

本の棚を隅から隅までまずはタイトルで探してみる。
しかし、こうも簡単に『賢者の石の作り方』、なんてお料理本のような本は出て来なかった。


という訳で次に国の歴史から知っていくことにした。




ナムコ王国が出来たのが約50年前。


クロイ帝国との分裂時に誕生。


もともとはひとつの国だった。

それから先の大戦が約20年前に起きる。
どの歴史の本にも一人の女性の書いた同人誌により戦意が失われたなど書いていなかった。


そして、現在の戦争が起きたのが、3年前。
今もなお続くこの戦争。



ざっと見てしまえば大した歴史のない国である。
もっと外国に行けば長い歴史を誇る国だってあるだろうに。


きっと今は大戦期なのかもしれない。
だからこそ、まだ我慢して戦い続けなければいけない。

一時休息。



「だめね……賢者の石の在り処を示した本なんてどこにもないわ」

「それどころか賢者の石に触れている本がないじゃないか」

「……うん。何か賢者の石の特性が知れたらいいんだけど……」



萩原さんは魔法系の本から探してくれたみたいだったけれど、手応えはなし。
同じく真も手応えはなし。何やら真は体力まかせに片っ端から探したみたいだったけれど。


「どうする? このまま見つからなかったら……」

「でもきっとこの国にも何か役にたつのよ」

「危険な石なんでしょ? 役に立つかなんてそんなのどうかわからないよ?」


と真は本棚によっかかりながら喋る。

「賢者の石ね……」


ひょっとすると何かの暗号になっていたり?
まさかね。


「ひょっとすると……何かの暗号になってたり……しないわね。ごめんなさい」

「千早……。確かにボクもそれは考えたけれど、いくらなんでもそれはないよ」

「私の魔法でも調べてみますね」


と萩原さんが珍しく魔法文字を書きだした。


「それは?」


と真がわかりもしないのに覗きこむ。
もちろん私もわかりっこないのだけど。

「これは今、暗号解読の魔法を走らせてるの。
 一応この図書館の本のデータはさっき探してる間にずっと収集はかけておいたし」

「へぇ〜」

「うーん、でもないみたい……」


あっという間に終わったのか、そうがっくりと言う萩原さん。
本当によくやってくれるわ。この娘。


手に持っていた歴史の本を真に渡す。
真はタイトルの背表紙だけを見ると少し苦そうな顔をして、
よっかかったまま手元の棚の空きの部分に本を戻す。


ガコンッ。


「?」

何かにちょうどよくフィットしたかのように音がなると
そのまま真の後ろの棚が一回転して真は奥の部屋に消えていった。


「う、うわぁぁぁあ!」

「真!?」

「真ちゃん! 大丈夫!?」


棚の奥の方で真のうめき声が聞こえる。
頭でもぶつけたのかしら。だとしたらぶつかった床とか壁の方が心配ね。


「う、うん……なんだろうこの部屋……」

真が棚を回転させて中に入れるようにしてくれたのでとりあえず私達も入ることにする。
中から回す分には簡単に回るけれど外側からだとびくともしなかった。
部屋は先程の図書館とは大違いの空間。


隠し扉とは……まぁありがちと言えばありがち。


暗い石畳の部屋だった。
真っ暗で何も見えないが松明の明かりを灯す所はあったために、
すぐに萩原さんが炎の魔法で火をつけて明かりをつける。

部屋の奥にはゴミのように乱雑に積まれた大量の本があった。
まさか……この中に? 嘘でしょ?


「この中に……あるの?」

「この本のデータを今回収するね」


と再び自分の手前に魔法文字を書き出す萩原さん。
真は本の山に飛び込んで探しだした。私もこの量は手探りするしかないみたい。
何より本当に乱雑に積み上げられていて、背表紙だけを確認しようにも
いちいち拾わないとそれができないようになっている。


「やってみないと分からないけれど……あったらいいわね」


そう言って私は一冊一冊拾い上げては背表紙のタイトルを見て、
見ては投げ捨て見ては投げ捨てを繰り返した。
その作業にすぐに真も加わる。

「……違う。……これも、違う。真、そっちはどう?」


いつの間にか半分ずつに区分していて真の方を振り返ると
真はひとつの本を楽しそうに見ていた。


「何してるの……?」

「えっ? あぁ、なんかこの本、ゲームの攻略本みたいなんだよ」

「……ちゃんと探してる?」

「もちろん」

「これ、クロイとナムコの大戦の歴史をゲームの攻略本風に書いてあって
 ボクにでも簡単に読めるんだよ」

「へぇ……」

「ほら」


と本を投げてきたのを受け取る。
ゲームの攻略本なんて見たこともないのだけど……。


さっきと同じ。だけどもう少し詳しく書いてある。
しかも写真付きで……。


これはナムコとクロイの分裂する前の国の写真ね。


私達の全く知らない王の写真がある。
ペラペラとページをめくる。


「ん?」

何か違和感を感じる……。
なんで?


いや、でも……確か年端もいかない子だって聞いたけれど。
え?


私と同じくらいの年齢だったんじゃ……?


なんで?

なんで……姫が写真にいるの?



「ふ、二人共……! これを見て……」

「これは……」

「…………誰?」

「……真。あなたねぇ」

「……真。あなたねぇ」

「ご、ごめん……」

「これは今の姫よ。私と真はこの姫を救うために旅にでたんじゃない!」

「そっか……でもなんでこんな古い写真に?」


本のページをパラパラとめくる。
そっくりさん? いや、いくらなんでも代わり映えがしなさすぎる……。


時代が新しくなるごとに写真はハッキリしたものにはなってきているが、
その集合写真のようなものには必ず写っていた。


しかし、高木順二郎、元国王の先代の王になるあたりから全く写らなくなった。


萩原さんも魔法文字を書く速度を全く緩めないまま本を見ていた。

「真ちゃん、千早ちゃん……その本の山から床を出してみて?」

「え? なんで?」


とりあえず言われるがままに二人で本の山を掘り崩す。
しかし、どこまで行っても床にはたどり着かなかった。


掘り進むごとに、萩原さんの目線よりもどんどん下に。


本のタイトルも確認せずに掘り進む。


すると一つ下の階にでた。
というよりかはこの図書館の秘密の部屋からさらにその地下に行くことができた。

「雪歩、明かりを」

「うん、”炎”」


下の部屋にも明かりができる。


その部屋の壁には人、一人つないでおくのに十分な手錠、足かせがあった。


まるで誰かを閉じ込めておくために。


「この部屋で……姫を?」

「な、なんでそうなるのさ千早!」


真が動揺しながら言う。
でも、一番に思い浮かんだのはそういう情景だった。

この部屋で姫をここに閉じ込めておいた。
高木順二郎元国王の先代がここに閉じ込めておいた。


「そういえば高木順二郎元国王には娘がいるとは聞いてはいたけれど
 全く表出ている所は見たことがなかったわね」

「言われて見ればそうだよね……でもさっき律子が娘じゃないって」

「ええ、それも気になるわ。表には出せない理由があったということ?」



手錠、手枷足枷の横には綺麗に平積みされてる本があった。
地下室を埋めていたゴミの山のような本ではなく。



本を手に取る。

何……この本は……。
一体どういうことなの?


さっきまで探していたような本達が急に姿を表したのだった。


「『人体実験』……。『賢者の石』……。こっちの本は『人造人間』……」

「ち、千早……。この本」


真も同じように平積みされた本の中から一冊を取り、それを私に見せてきた。
その真の手は震えていた。



「し、『四条貴音 制作日誌』……? 何……これ」





日誌の内容はこうであった。



ナムコとクロイが分裂する以前の国のとある王が、
死んでしまわない女性を作りたいと懇願した。
若くて、つやのある絶世の美女をと。


確かに姫はその通りではある。


しかし、研究に研究が積み重なれられるが成功はしなかった。



次の代の王の時代にもまだ研究開発のチームは引き継がれ残っていた。
最早その頃にはなんのために動いていたのかわからなくなっているほどに混沌としてきた。

製作に必要不可欠なものが賢者の石だと発覚するのが最初の王の孫。つまり3代目。


賢者の石を使用した人造人間の製作には2度失敗している。
国の死刑囚を使って、賢者の石の材料にしていた。


成功した日のページは破り捨てられてあった。
この近辺は読むことができない。



犠牲者の……肉体を重ねあわせ、調合したものは生きて、死ぬことはない人間。


四条貴音。

彼女は死ぬことはない。
何があっても。


つまり……彼女自信が賢者の石だった。


「彼女自信が……賢者の石……」

「お姫様が……」

「……」


というかそれを奪われたの? この国は?
全然だめじゃない……と責めたかったが、私にはあまり言えることではなかった。


四条貴音がクロイ帝国に奪われたことがほぼきっかけとなって
戦争が始まったようなものだった。


上の図書館にあるような歴史の本は全部嘘っぱち。

この国は大変なものを奪われてしまっている。
すぐに律子に報告しないといけないわね。


「真、萩原さん。すぐにこのことを報告にいきましょう」

「今、この国はとても危険な状態にあるわ」

「うん。早く報告に行こう」


という訳で崩した本の山をなんとか3人力を合わせ登り切ることに成功した私達。
すぐに律子の待っている王の間へと急いだ。


クロイ帝国の見回りに何度か見つかりそうになりながらも
今ここで交戦することは非常に避けたい。

そして色んな道を回り道したりしながらも
ようやく王の間に到着する。


王の間の扉には『着替え中』の立て札があったが、
私達はどちらにしろ女同士なので関係なく入ることにした。


律子は着替えてなどいなく、王座でのんびりコーヒーを飲んでいた。
私達が必死に探している間に何をしているのかしら。


律子は私の眠っていた部屋に来る時など、大抵はあの立て札を扉の前に下げて
兵士達が勝手に入ってこないようにしていたらしい。


それから私達は調べてわかったことを報告する。

「なるほど……そういうことだったのね」

「……知っていたの?」

「いえ、何も知らないわ。でも薄々感づいてはいたのよ。
 あの子、なんか人と違う……って」

「たぶんあなた達が見た手錠なんかは貴音を捉えていたものよ」

「その頃、貴音は知識というものがほぼゼロに等しいものだったのよ」

「私が社長に雇われる様になった頃にはちゃんとしていた……とはとても言えなかったわ」

「彼女はちゃんと言葉は喋れていたのだけど、赤ちゃんが成長するかのように」


「? つまり、言葉は上手くなかったってこと?」

律子が王の机の上をぼんやりと見つめながら思い出すように話はじめる。


「私が来て間もなくはね。恐らく社長の先代の人たちは貴音を外に出すことを恐れたのよ」

「知識を持って襲ってきたら勝てないからね」

「だから、閉じ込めていたのでしょうね。何も知識がわからない少女をずっとあそこに」

「何枚かの写真はたぶんその日だけ外に出されたのね」

「知識がない、というか感情すらもなかったんだと思うわ」


律子はため息を大きくついた。



「私は貴音を怖いとか楽しいとかの感情を表すのが最初は苦手な子だと思ったいてのよ。
 だって、あの子がそんな人じゃないなんて思いもしなかったからね」

「それで、ずっと閉じ込めるのはかわいそうだと主張した社長が解放して、
 しつけをしっかりとして育てればいい子に育つから、と」

「そして、貴音はさらわれたのよ。千早はわかるわよね?」

「ええ、あの日ね」


ここまでは恐らく律子の聞いた話や自分でみた感じなどで話しているのだろうけれど
どれも真実味があった。


国が独自に研究したものを根こそぎ奪い取ったのね。
クロイ帝国は。
どこまで汚い奴ら。


「先の大戦については知らない?」

「それから私達が2年前までしていた戦争のこと」


と私達に問いかけたが生憎それは何故なのかは知らなかったがもう予想はついている。
お互いが憎いからとかそういう理由ではない。


土地の奪い合いなんかでもない。

だけど私は一応牽制して


「詳しくはわからないわ。先の大戦が終戦した理由は知っているけれど」

「え? ど、どんな感じ?」


律子が聞き返してきたことに対して驚いてしまったが、
私は言葉を選びながら答える。


「そ、それは……確か、お互いの戦力や戦意が薄れてしまったって聞いたけれど」


言えない。同人誌読んでそれに夢中になってしまった人たちが続出したからなんて。
でも、それも律子は知っているのかしら?


知らなくても知っていてもそんなことを知っているか、なんてとても聞けたものじゃないわ。

「そうね、原因不明の病気のようなものに襲われて兵士達の戦意が薄れたの」


良かった。どうやら特別に知ってるわけではなさそうね。


「これから話すのは、戦争が起きた原因よ」

「まぁ、もう察しがいい子は気がついてるのかもしれないけれど」


そう律子は萩原さんの方を見ていた。


「はい……。本当は土地や財産が目当てだとかじゃなくて
 賢者の石、つまり四条さんの奪いあいですね」

「その通りよ」

あれほどの伝説級の代物を奪い合うことに意味があった。
確かにあれを手に入れればどんな魔法も使用できるわけだし。
あれさえ手に入れば簡単に相手国を滅ぼすことができるわけね。


「だけど、それならどうしてナムコ王国は最初の戦争の時に賢者の石を使って、
 クロイ帝国を滅ぼそうとはしなかったのかしら?」

「それができていれば……ね」


できない。賢者の石は並大抵の魔法使いでは使用ができないということ?


「これは社長が亡くなる少し前に聞かされた話なのだけど」

「賢者の石を使うにはある血が必要なのよ。血によって産まれ、
 そして血によって全てを終わらせることができるのが賢者の石」

「石の力を使うには……ある血が必要なのよ」

「でももう今はない。私達には……ない。
 クロイ帝国の側は持っている……らしいのよ。その血を」

「不確かな情報ばかりで申し訳ないわ」


律子はそうさらっと謝る。
血が必要? 発動条件に血が必要。一体どんな特別な血なの。


「それは……どういう血なの? まさか永遠の命を持った吸血鬼の血とかそういうこと?
 それとも特殊なモンスターの体液とかってこと?」

「そうじゃないわ。人間の血肉を持って作り上げた石なのよ?
 もちろん人間の血よ」


真の質問にも冷静に答える律子。
そして、重く閉ざされた口から聞いた衝撃の一言に私達は3人とも目をあわせるのだった。


「クロイ帝国は賢者の石を使ってくるものだと身構えて戦争に挑んでいたの」

「だけど、発動条件を詳しく知らなかったナムコ王国は賢者の石の力を発動できずに終戦を迎えた」

「その直後にその血液を持った人達は滅ぼされたのよ……」

「その血の供給源を断つことはクロイ帝国の好機に繋がるからね」

「数十年前、クロイ帝国によって滅ぼされた……」

「彼らの一族は土地と同じ名前なのだけどね……そう」


3人は律子をじっと見つめる。
今日は私は寝起きだと言うのにも関わらず、次々と予想のできないことが起きている。
そんな中でもう驚くことなんてないだろうと高をくくっていた。


しかし、それもまた虚しく崩れ去り、私達は衝撃の事実を知ることになる。



「その土地の名前は……アルカディア」



私が長い眠りから目覚めたこの日、
私達はもうあとには退けない重大な秘密を知ってしまった。



キサラギクエスト  EP�  秘密の血の真相編    END

真相というか色々暴き過ぎた気もします。
グリマススタートの記念ということで更新してみました。
読んでくださっている方はありがとうございます。

乙でした
いろいろ明らかになってきたね、面白い。

響か美希辺りが生贄にされそう…

乙!
最近更新が早くて嬉しい
伏線が回収されてきてますます面白くなってきたな


私、如月千早がナムコ王国のバンナムを旅だって早くてもう3年が経過していた。
その1年は激動の1年だったとも言える。
もう2年は……私はただ眠りこけていたのだけど。


3年前、私は首都であるバンナムを旅立ってからすぐに真と仲間になり、
そして次に我那覇さん、萩原さんと仲間になる。


それから国境地帯の紛争を止める役にも立っているし、
意外と考えてみれば勇者っぽい仕事はかなりしているんじゃないかしら。


そして、クロイ帝国の首都へ攫われた姫、四条貴音を取り戻しに行くが道中で
バンナムが反乱の危機に合っているとの噂を聞きつける。

とある村の転送魔法の得意とするみうらさんを訪ねて、
見事にバンナムに帰り着くことができた。


しかし、反乱に乗じたクロイ帝国の刺客により王は死亡。
王の最期の言葉から秋月律子が女王として君臨することになる。


そして、この動揺に漬け込んだクロイ帝国によりナムコ王国は敗北。
国の半分の地域を奪われてしまう。


私は情けないことにもそのショックで現実逃避をして
2年もの間、城の秘密の部屋で寝たきりになった所を匿ってもらっていた。

そして、王の遺言から導き出した答えによると、
攫われた四条貴音は人ならざる人であった。


それは賢者の石。
彼女自信が賢者の石として動き、感じ、思考する生き物として誕生してしまった。   


彼女を使い何かの計画を行おうとしているクロイ帝国の野望を阻止するために
私達はその魔法の発動条件の一つであるものがアルカディアの血だと律子から知らされる。


「あ、アルカディア……」

「それって……」

「戦術舞踊民族アルカディアよ」

何度も気になっていた。その民族とは一体なんなの?
何があるというの?
私は……誰なの?


頭の中で数え切れない疑問がぐるぐると回りだす。


「ち、千早ちゃん」


萩原さんが心配そうにこちらを見る。
真も何も言わないがこちらを気にはしているみたい。

「? どうかしたの? 3人とも」

「えっと……実はそのアルカディアの出身がここにいるんですよ」


と申し訳無さそうに真は私のことをチラっと見た。


「ほ、本当なの!?」


ガタッ、と椅子から勢いよく立ち上がる律子。

「ええ、確証みたいなものはないのだけど。本当よ」

「ど、どうして?」


そう律子が聞く。
だって、それは仕方ないもの。
私は……過去の記憶なんてほとんど思い出したくないようなものばかりだし。


それに、出生の地がどこかなんて小さな頃の記憶のことだけあってもうわからないわ。


「小さな頃の記憶だからわからないわ。ごめんなさい」

「そう……。仕方ないわ」


とゆっくり椅子に座る律子。

「千早……あなた、家族や兄弟はいるの?」

「一応いるにはいるんですが……」

「千早、その人に会って確認を取りなさい。自分がどこの産まれなのかを」

「イヤよ」

「 !? 」



それだけはイヤ。
どうして。どうしてあの人に。頼らなくてはいけないの。

「な、何を言っているの千早? そんな子どもみたいなことを言っている場合じゃ」

「それだけは……イヤなのよ」

「千早、落ち着いてよ。訳を話してみてよ」


真が私の手を握り、そっと指を開く。
いつの間にか拳に力が入っていたみたい。


「大丈夫だから」


そう言う真の目はどこまでも深く、落ちてしまいそうだった。

「はぁ……」


深呼吸を一つする。私が駄々をこねても仕方がないのかもしれない。
だけど、私は……あの人を許すことは到底できない。


記憶の扉を開ける。
重い重い扉をゆっくりと開ける。


苦くて苦しくて寒くてひもじいあの頃の私。


「家族は……父は……とっくの昔に死んでいます」

「弟も……たぶん死んでいます」

「じゃあ……」


と律子が私の言おうとしたことを言ってしまいそうになったのでそれを遮るかのように。


「母は……たぶん生きています。どこにいるのかはわかりませんが」


シンと静まる王室。
広々とした空間が静かに音がなくなる。


「一番最後に住んでいた場所は?」

「私が……最後に住んでいた村……」




思い出したくもなかった……。
だけど、私は。


「ミンゴス……」

「そう……。ミンゴスの育ちだったのね。悲惨。だったわね」



そう暗い顔をする律子だった。
何か知って悟っているかのような。

「律子、ミンゴスでは一体何があったの?」

「……あなた達が8歳だかの頃に村が襲われたのよ。
 そこは国境の近くではあったけれど、襲われるようなことのない場所だったわ」

「山に囲まれてて物資と言えば山のトンネルから採掘するだけの平和な村だったの」

「そこにクロイ帝国が侵攻をしてきたのよ」



私自信はそこで初めて知る。クロイ帝国だったのね。あの人達は。
と同時に沸々と怒りが込み上げてくるのをなんとかなだめる。


「千早、これ以上のことは行ってみて全てを確認しないとわからないよ」

「……」


真の言葉は聞こえてるが、答えることができない。
私にはどうしてもあの人には頼りたくない理由がある。
あの人は私達を……。



「ち、千早ちゃん、もし嫌ならば私達だけが聞いてくるから近くまでは一緒に……」



そういう問題ではないの。
誰が聞こうと最終的に私はあの人が出した道標を歩まなくてはいけないということが。
それが何よりも嫌なのよ。


「千早らしくないね。うじうじしてても仕方ないだろう」

「私がここまで拒む理由があるのよ……」



「……」

「……」


二人共黙ってしまった。
重い空気が流れる。私だって好きでこういう重い空気を作りたいわけじゃない。
ここまで来られたのは私だけでは無理だった。


彼女達がいたからこそ、いえ、彼女達だけでなくここに辿り着くまでに出会った
色んな人が私を強くしてくれたんだと思う。

彼女達にまた助けてもらうのだろうか。
でもきっと、嫌な顔一つもしないで言ってくれるのでしょう。


「ごめんなさい。わかったわ。行く。だけど……一緒に着いて来て欲しい」

「もちろんさ!」

「うん、私で良かったら着いて行くよ!」


そう……こうやって言ってくれる。
私達はいつしかこんな風に仲間になっていたのね。

と考えた時に、いつもいたもう一人の声が頭の中に響く。


「当たり前だぞ! なんくるないさー!」


違う。
少し頭を振って脳内に響く声をかき消す。
あの子はもう……私達の敵なのよ。


命を狙われる側。


もう容赦はできない。私があの子を殺さないといけない。
できるの?


私が?


脳裏に浮かぶのは私が一緒に我那覇さんと笑っている姿。
楽しそうに。何も知らない私は。

「ええ、行きましょう。絶対にクロイ帝国の思い通りにはさせはしないわ」

「頼むわよ、千早。真。雪歩」


「「「  はい!  」」」



こうして、私達3人は私の故郷であるミンゴスへと向かうことになった。


その晩、私達は城にある部屋に泊り3人は
昨日今日と起きた出来事に困惑しながらも眠りについた。


城の中は夜になるともうクロイ帝国の連中は見回りには来ないので
安心して寝ててもいいとのことだった。

私はなかなか寝付けずにベッドの上でずっと体育座りして、
小さくなって座っていた。


頭の中には今でも思い出される人の死を目の当たりにしたこと。
悲惨な光景。


そして、我那覇さんの顔。
あの子はどうして私達を裏切って……。
何か理由があるはず。


本当にあの子が、本心から私達を殺そうと思っていればそんなのはいつだってできただろう。
それに、私達に招待を明かす時の表情。
つらそうにしていた。
彼女にも何か後ろめたいことがあるんだろうとすればそれは一体……。

コンコン……。


「千早ちゃん……」


この声は萩原さん?


「萩原さん? 今開けるわ」


私はベッドから降りて、別の部屋で寝ているはずの萩原さんを部屋にいれる。


「こんばんは。えへへ」


白い綺麗な寝間着姿の萩原さんを私の部屋の中に入れる。

「どうしたの?」

「ううん、なんか眠れなくって。隣の真ちゃんはもう寝ちゃったっぽいし」


萩原さんは真と同じ部屋。私は、一人の部屋を。
いつもはここに我那覇さんもいるのだけど。


二人二人で別れて泊まったりもしてた。


「それよりも千早ちゃんも起きてたんだ」

「うん。寝付けなくて」

「私も」


えへへ、と笑う。
枕を抱えたままこっちの部屋に来たのか。そのままベッドの上に座った。

私はその隣に座る。
私を見て、萩原さんは寝間着のポケットから小さなカップを2つほど取り出した。


「お茶入れる? 温まるよ?」

「ええ、お願いするわ」


萩原さんはお茶の魔法を唱えて指先からお茶を精製する。
指先から出るお茶を飲むってのもまた不思議なものね。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」

カップを受け取るとお茶の熱が伝わっていて熱かった。
それをゆっくり口にする。


「美味しい……」

「ありがとう」



今度は萩原さんがお礼を言う。


しばらくの沈黙。
気まずくはない。前みたいに。
きっと出会ったころはお互い何を話していいのかもわからなくて、
少し気まずい空気が流れたのかもしれない。

二人で窓の外の夜空を見ている。
窓の外の景色はとてもいいものではなかった。
復興作業をこんな夜中になってもしている人達がいる。


「ねえ、千早ちゃん」

「なにかしら?」

「響ちゃんのこと……怒ってる?」



ドキッとした。まさか萩原さんから聞いてくるとは思ってなかったから。


「怒ってる……のかしら。わからないわ」

萩原さんは何も言わない。


「それこそ最初は怒っていたわ。裏切られた、という感情だったり、
 騙された、って感情だったりが、もうぐちゃぐちゃだった」

「だけど、今はもう落ち着いてる。彼女が色々としたことは何も代わりはしないけれど」

「それでも私は信じている」


そしてようやく萩原さんも口を開く。


「だよね」

「絶対……そんなわけないよ。響ちゃんが」

コンコン。


また? 真?


「千早、起きてるかな? そっちに雪歩いる?」

「王子様が迎えに来たわよ」


と少しからかうように萩原さんに言う。


「いるよ、真ちゃん。あけてもいいよね?」


頷くと萩原さんは嬉しそうにドアを開けに行った。
真が眠そうな顔をして立っていた。

「はぁ……良かった。
 起きたらいなくなってたからどこに行ったのかと思って探しちゃったよ」

「真も寝れなかったのね」

「へへっ、まぁね」

「なんか今日は色々あったからねぇ」

「そうね」

「これから千早の故郷に行くんだよね」

「ええ」

「千早ちゃんの故郷ってどういう所だったの?」


私のベッドに萩原さんと真が座る。
萩原さんの入れてくれたお茶が温かい。

私の故郷……。


何から話したものか。少し悩む。
私はこの時、二人になら、と思っていた。
私自信を信じてくれているこの二人にならば。


「私の住んでいた村は何もなかったわ。山の炭坑で稼いでいただけの小さな村」

「大人たちはみんな炭坑勤めだった。
 私達は私も幼い時にミンゴスの村に来たから覚えてないのよ」


「あの日は……確か……」





………………
…………
……





あれは私がまだ小さかった頃の話。
私は小さい時にミンゴスという炭坑が盛んな村に引っ越してきた。
その経緯は私は知らなかった。
何故、私はこの村に移ったのかわからなかった。


「お母さん〜!」

「あら、千早。どこで見つけたの? そんな綺麗なお花」

「えへへ、あっちの方にあったんだ!」


家の中にいるにも関わらずとにかく遠くの方を指したくって目一杯腕を伸ばす。

「待ってよお姉ちゃん……。はぁ、はぁ……」

「遅いよ優!」

「だ、だってぇ……」

「まぁ、優も取ってきたの?」

「はぁ、はぁ。うん! これお母さんに!」

「二人共ありがとう……」


二人から一輪ずつ花を受け取ると優しく微笑んでくれた。
私と優はこの笑顔が大好きだった。


優しいお母さん。いつも私達を見てくれていたお母さん。
とは言ってももちろんお母さんも働きには出ている。

この村の大人はみんな炭坑の仕事をして掘り出したものを売ってみんなで生計を立てている。
村はみんなが家族のようなものだった。


だけど私達は村からは少し離れた所に家があった。


「ねえお母さん。どうして村の子たちと私の家は遠いの?」


こんなことを聞いたことがあった。
お母さんは困ったように眉をハの字に曲げて、それでも笑顔で答えてくれていた。


「私達がこの村に引っ越してきた子だからよ」

「そっか〜」


聞いたはいいけれど幼い私には何も理解できていなかった。

生活は安定してた。
お母さんは優しく何を言っても笑顔でいてくれた。


私はいつも弟の優と遊んでいた。
優とままごとあそびをしたり、村の外を探険したりした。


探険に行って、優が転んで怪我をして泣くと私は決まって歌を唄った。


「ほら、泣かないの。もう、しょうがないなぁ。
 コホン、泣くことなら容易いけれど〜」


そうしているうちにいつの間にか優も一緒に歌う。
元気になって、一緒に歩いて帰る。これがいつものお決まりだった。

優は私の唄う歌が大好きで、機嫌がいい時も、挫けそうな時も、
悲しい時も、楽しい時も、いつも決まって私に言った。


「唄って! 唄ってお姉ちゃん!」


私も、優の前で唄うことが大好きだった。
歌い終わるといつも拍手は2つに増えていた。


優とお母さん。


毎日が幸せで、私の生活にはいつも歌があった。

それから幾ばくかの時が過ぎたある日、優が


「遊びに行ってくるね!」


と行って家を出た。
それに私は


「私も行く!」


と付いて行こうとしたが、優は


「お姉ちゃんはだめ! これは男の子の遊びなんだ!」

「えー、そうなの?」


私はその時はすんなりと諦めた。

男の子の中の遊びというものはどういうものかはわからなかった私は、
特にこの時はぐいぐいと聞いたりはしなかった。


何せ私の家には男の人は優しかいなかったのだから。


最近、優は村の男の子とも仲良くなっていた。
私はそれに着いて行ったりすることもあったが、大抵は蚊帳の外で見守っているだけだった。


優の勧めで村の子供達の前で唄うことになったこともあった。
最初は優が


「お姉ちゃんはすっごく歌が上手なんだよ!」


と自慢したことから始まったのだった。
それを疑った村の子供や、馬鹿にした子供がどうしても許せなくて
私に泣きながらお願いをしてきたことがあった。

もちろん私は泣き止むように優に唄ってあげたし、
村の子供たちの前で唄ってあげた。


その時だった……。


いつもより感情を込めて唄ったのだが、みんなはそれこそ最初は圧倒されていたが、
いつの間にかぼぉっとした表情でどこか上の空になっていた。


「どう!? お姉ちゃん、すごいでしょ!?」


優は村の子供達にそう聞くが


「……うん」

「……すごい」

「どうしたの?」


優の言葉がまるで届いているのかがわからない様子だった。
私の歌がそんなに気に食わなかったのか、とその時私は不愉快になり
そのまま帰ってしまった。

今思えば、あれは私が持つ歌に関する能力の何かの始まりだったのかもしれない。
私の歌には何か特別な力がある。
優が上の空にならなかったのは優はいつも聞いていたから?


それとも私達が姉弟だから?
血の繋がった。アルカディアだから?


だけどその時はわかりもしなかった。


ある夜。
もう真夜中だって時に玄関の方で話し声が聞こえてきていた。
私は眠い目をこすって、玄関に向かう。

そこには村の大人達とお母さんが話している姿だった。
私は影からこっそり見ていることしかできなかったけれど。
お母さんはずっと頭をペコペコ下げている。


「お母さん……」


その時は私は何かお母さんがいじめられてるようにも見えて、苦しかった。
だけど、もっと苦しかったのはその場で飛び込んで割って入ってでも


「お母さんをいじめないで!」


と一言言えたら良かった。そう、ほんの一言だけでも。
しばらくすると話は終わったみたいで私はお母さんに近づいていって聞いた。


「お母さん……どうしたの?」

「っ! 千早……なんでもないわ。さ、寝ましょう」


そう言いお母さんは私の頭を優しく撫でながら私を寝室へと押して歩いた。
誤魔化すように。


その時の私は何も考えなかった。
眠くて何も考えてなかったし、それにお母さんが何でもないと言ったのを信用してしまった。



今思えば、私が見たお母さんが、村の人達にペコペコと頭を下げていたあの時。
あれはきっと私の歌が原因で意識が朦朧としてしまった子供達の親だったのだろう。
それの苦情を私の母親にぶつけていたに違いない。

それからもお母さんは何日も何日も来る人達に謝り続けていた。
何時間も何日も。



話は戻って。


そんなことなどがあったのを思い出した私はやっぱり優が一人で村の子供と遊ぶのは
まだ早いんじゃないかもしれない、と思った。


だからこっそりと後ろからあとをつけることにした。


村の中央の方にあるいつもみんなで遊ぶ所に行くと誰もいなかった。
探険に行ったのかしら?


私は森の付近も探した。
村の周辺を探してしばらくすると。

子どもたちの大きな歓声が聞こえた。


「やれー!」

「いいぞー!」

「はっはっは! バケモン姉弟め! くらいやがれ!」

「お、お姉ちゃんを馬鹿にするな!」

「こいつ、いつもいつもお姉ちゃんお姉ちゃんってよ!」

「情けなくねえのかよ!」

「うぁ゙ッ! くっ、情けなくなんかない! お姉ちゃんはすごいんだ!」

「どこがすごいんだ! 気持ち悪い歌、聞かせやがって!」

「ぎゃぁッ……! そ、それ以上は許さないぞ!」


茂みの奥には数人の男の子達に囲まれて殴られて、
蹴られて、それでもなお立ち上がる優がいた。
卑怯なやり方をするのが許せなかった私はすぐに飛び出していった。


「何してるの! やめなさい!」

「げっ、バケモンの姉が来たぞ!! 逃げろ!」

「あ、待ちなさい!」

しかし、静止も聞かずに逃げられてしまう。
数人の男の子を追いかけて全員捕まえるなんてことは私はできなかった。


それよりもまずはボロボロになった優を助けに行った。


「優! 優! 大丈夫!?」

「ご、ごめん……お姉ちゃん」

「いいのよ。すぐにお母さんの所に連れて行くから」


そう言って優を背中におんぶする。

いつもなら泣いて私に泣きついてくる優だった。
だけど、今日はいつものと違った。


こんなにボロボロにされたっていうのにどこか誇らしげだった。


「お姉ちゃん……」

「なぁに? 優? もうすぐお家だからね」

「お姉ちゃんの夢って何?」

「夢……? わからないわ。そんなことよりもどうしてお姉ちゃんに黙って」

「お姉ちゃん、僕、大きくなったら立派な勇者になるんだ!」

「勇者……?」

「うん、色んな所、冒険して、旅して、強くなるんだ」

「こんなにボロボロにされたのに?」

「これから強くなるんだよ」

私はいつの間にか涙が出そうになっていた。
あぁ、いつの間にかこんな風に成長してたのか、
と近くにいながらも気が付かなかった優の成長に嬉しく思っていた。


「ふふ、きっとなれるわ。応援してる」

「うん、強くなったら。僕がお姉ちゃんを守ってあげるよ」

「ええ、ありがとう。待ってるわ」



私達はこの時にはすでに狂い始めていた生活の安定をまだ知らなかった。
そして、もう手遅れだった。

ボロボロになった優を見かねたお母さんは
優を殴りつけたりした男の子の家を優から聞き出した。


優としてはそんなことしたら折角話せるお友達が増えたのにまた減ってしまう、
という気持ちでいっぱいだったろう。


しかしお母さんはそれでもその家にいって子どもたちを全員連れてきて優の前で謝らせた。
私はこの日、こんなに怒ってるお母さんを見たことがなかった。


と同時にいつも優しいお母さんが怒っていて怖かった、けれどまた大好きになっていた。

だけどお母さんは段々とやつれていた。
気がつけばまた腕が細くなっている気がした。


それからお母さんが玄関で夜な夜な村の人に謝っている姿も
日に日に増えてきている。たぶんそのせいでちゃんと休むこともできてないのかもしれない。





そして、事件は唐突に起きた。


村の近くで遊んでいた私と優は高台に登っていた。
そこから私と優は歌を唄っていた。

誰にも邪魔をされずに、村にも聞こえないから文句を言われることもない穴場。
二人だけで、いつも色んな歌を。


「お姉ちゃん、あれ何?」

「どれ?」

「あの沢山の人は何?」

「……」


たくさんの人が行列を作って歩いている。
進行方向はこの村。間違いない。


「あれ、武器持ってない? 村に向かってるよ?」

「大変……みんなに知らせなくちゃ!」

私と優は急いで高台を降りて、一生懸命走った。
村まで走って走って、息が切れても、枝に頬を切られても。


「村長さん!」

「なんだ。騒騒しい」


この村の村長にまずは伝えなくちゃ!


「きょ、今日って、何か武器持った人が大量に来る日!?」

「何を馬鹿なことを言っているんだ」

「武器を持った人達がたくさんこっちに近づいてくるの!!」

「それじゃあきっと国の人だろう」

「国の色じゃなかった……!」

「黒かった! 国の人はもっと色があった!」

「何? どこで見たんだ?」

「高台から見たの」

「うむ、少し若いものを行かせてみよう」


村長さんは信じてくれた。が、私が一番恐れていたことが起きた。

「じいちゃん、その姉弟のことは信用しないほうがいいぞ!
 そいつらバケモンだからきっと嘘ついてるんだよ!!」

「コラ! そんなことを言うもんじゃない!」

「絶対嘘だって!」


村の子供。優をいじめていた主犯格の男の子の祖父が村長だった。
その子がでてきた。


「嘘じゃない! お姉ちゃんと僕が嘘つくわけない!」

「そうよ、嘘じゃないわ!」

「確かにこれは終わったはずの戦争の影響かもしれん。
 だが、それにしては早すぎはしないか……」

村の位置は当時は国境の近くだった。
ナムコ王国とクロイ帝国の国境の南側。
村の位置はナムコに入ってる。


「こんな村に……物資の調達をしにくるほどあの国もヤバいということかのう」

「とにかく、千早、優。家に帰ってまずは自分達の母親に知らせるのだ」



そうして私達は村のはずれに自分達の家にいるお母さんの元へと走っていった。


「お母さん大変! 村に悪い人たちが攻めて来てるの!」

「千早……」

「そう……来たのね」

「千早。優。よく聞いて。あなた達は今からここを出るのよ」

「迎えの馬車が来ているから」

「え? 何?」




どういうこと? と近づこうとした瞬間。


「近づかないで!」


こんな風にお母さんが怒鳴り散らすのは
初めて聞いた私は身動きが取れなくなってしまった。



「私はあなた達二人を売るわ」




この日まで築き上げられていた私の大好きだった母親は一瞬にして崩れ去った。
このたった一言で。


唐突すぎる言葉に私達は戸惑うばかりだった。



私は頭が真っ白になった。何? お母さんは何を言っているの?
何がどうなっているの?

「突然のことで分からないわよね。
 ごめんなさい。あなた達はもう私には必要ないのよ」


違う。そういうことを聞いているんじゃない……。


「ちょうど良かったのよね。タイミング的にも」

「ちょっと待ってお母s」

「もう耐えられないのよ」

「あなた達が毎日毎日毎日毎日毎日毎日
 唄うせいで私がどれだけ文句を言われ続けているのか」

「もう……我慢できない」

「だから……売ってしまうのよ」

「あなた達二人分を売って……
 私は攻めて来た軍の人にお金を払って私は助かるの」

「外にお迎えの馬車が来ているわ。そこのおじさんの所で農民の奴隷として働いて」


そう言うと母親は背を向けた。

「お……母さん?」

「どうして?」

「こんちは。如月さん。この二人でいいのかい?」

「えぇ、約束は……守っていただけるのですね」

「もちろんさ。金がかかった約束だからね」

「ただし、この子達はもう私の物。
 何をしようとも私の勝手ですからね」


突如、家の奥から知らない見たこともないオジサンが現れた。
身なりは汚らしくとても嫌な雰囲気をまとった人だった。


「ええ……わかっているわ。連れて行って」

「待って! お母さん! なんで!? 私達何かしたの!?」



優は何が起きているのかさっぱりわからないと言った感じだったが、オロオロしていた。
私の服の裾をギュッと握りしめて離さなかった。

「さあ、お譲ちゃん、ぼく。こっちに来るんだ。急がねえといけねえ」

「嫌! 触らないで!」


パシン、と手をはたくが子供の力ではどうにもならない。


「いてえな、クソガキめ! お前はご主人様に暴力を振るうのか!!」


思いっきり頬を殴られる。
今までに味わったことのない痛み。
痛い。痛い。なんで? なんで殴られなきゃいけないの。
涙が止まらない。理不尽な暴力に、突然の別れに。


どうしていいのかわからない。
お母さんは背中を向けたままだったが顔を手で覆って
膝から崩れ落ちる。

「お姉ちゃん! 何すんだお前!」

「うるせえガキ! 黙って早くこっちに来い!」


優は押さえつけられただけで殴られはしなかった。
そんな所に少しホッとしてる自分がもう自分で怖かったりもした。



「おら、お前らこっちに来い!」


服を無理矢理に引っ張られズルズルと引きずられていく。
段々とお母さんの背中が遠くなっていく。


「お母さん! ごめんなさい! もう悪いことしませんから!」

「……」

「お母さん! ごめんなさい! ごめんなさい! 捨てないで!」

「おら、とっととこっちに来やがれ!!」


ずるずると玄関の方まで引きずられて行く私と優はそれでもまだ全力で叫び続ける。


「お母さん! お母さん!」


優は泣きながら叫ぶ。
小さくつぶやいた。私達との完全な決別の言葉を。


「ごめんなさい。千早。優」

「こうするしかなかったのよ」


そう言うお母さんの声は震えていて何を言ってるのかわからなかった。

「嘘よ。ねえ! なんとか言ってよ、お母さん!!」



お母さんは背中を向けたまま、もう何も言わなかった。


泣き叫ぶ私達を引き連れたオジサンは鉄格子の檻のような
内側から開けられないようになってる籠へ放り込まれる。


その間にも暴れ泣き叫ぶ私達をオジサンは何度か殴りつけて黙らせようとした。
優は痛みに泣き叫ぶ。
これ以上、優が殴られないように私は優を抱きしめ庇って、
背中を何度も何度も殴られ蹴られた。



私と優が落ち着いた頃にはすでに私達は馬車に揺られかなり遠くまで来ていた。


どこへ連れて行かれるのだろう。
お母さん、助けて。


お母さんに裏切られたばかりだというのにも関わらず私は神にも祈らずに
ただひたすらお母さんに助けを求め祈った。


優は泣きつかれて眠っていたのか。


「お姉ちゃん? お母さんは……」

「ごめん、優。わからない。わからないの」


それだけ聞くと優はまたすすり泣きを始めた。


「うるせえぞ! また殴られてえのか!!」

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 殴らないでください。痛くしないでください。痛くしないでください」


馬車は揺れる。
私達二人の姉弟を乗せて、どこか遠くへ。





ズガァンッ!


何か衝撃が走る。
馬車自体に響く大きな衝撃。


咄嗟に優を抱きしめて守りの体勢に入る。
おかげで私は後頭部を強く強打した。


気がつくとどうやら馬車は転倒したらしく、私達を入れていた檻は見事に開いていた。



「優……こっちよ!」


そっとささやくように優に言うと優も察したのか黙って頷いて私のあとについてくる。
そして、馬車から抜けだして通ってきただろう小道の腋の茂みに隠れる。

すると、高台で見た格好の人が何人もオジサンを囲んでいた。


「貴様。あの村から子供を二人、連れだしたな」

「ええ? な、なんのことでしょう?」

「とぼけるなよ……!」


そう言うとオジサンの足を武器の槍で刺した。


「ア゙ッぎゃぁ゙あ゙ああああ!!」

「大佐、荷物は空です」

「今倒れた拍子に抜け出しのだろう。探せ!」

私達のことを探している!?
急いで逃げなきゃ!


「優、こっち!」


優を引っ張って走りだす。
走って走って、それでも走り続けた。


転んで足を擦りむいても、枝に引っかかって血が流れても。


だけど、子供の足で逃げれるわけがなかった。
索敵系の魔法を使ったのかすぐに居場所がバレてしまった。


私達は取り押さえられ、もとの馬車の位置まであっという間に戻された。

「貴様。この子供を二人連れ出したな?」

「は、はい」


首に槍を向けられたオジサンはすぐに答える。


「ならば、我々が二人共もらっていくぞ。
 あの村は帝国の領地になったからな」

「いや、正しくはこれからなるのだが……まぁどちらでもいい」

「とにかくこの子供二人はもらっていくぞ」

「ま、待ってください……! こいつらは母親から売られたものです」

「何? チッ、奴隷法に反するか」


分からない会話が目の前で続いてく。
なんの話をしているの。

「貴様、いくらでこいつらを買ったのだ」

「我々が買い戻そう」

「二人共売る気はありませんよ……」

「黙れッ!」


オジサンはさっき刺された同じ箇所をまた刺された。


「あぁ゙ぁああ゙ああああッ!」

「ならば、二人分の金をここに置いていく。
 片方はもらっていくぞ」

「そ……それなら……」


オジサンの顔はいっきにいやらしく笑みをだす。

「嫌! お姉ちゃんと離れたくない」

「黙れ小僧。貴様がどういう立場の人間かわかっていないらしいな」


武器を持った男の人は優を引っ張りあげて言う。
私は目の前で優と引き裂かれそうになるのが怖かった。


優もいなくなってしまったらどうしよう、とあの馬車の中で
揺られながら考えたが、それがすぐに現実になってしまった。


「貴様らの血のおかげで我らに勝利をもたらすのだ」


何を言っているのかさっぱり理解ができなかった。
どういうことなのか。

「お姉ちゃん!! 助けて! いやだああああ!」

「いや、もうこれ以上バラバラにしないで!」


私も必死に叫ぶ。


「いいからお前はこっちに来るんだ!」


オジサンに髪の毛を引っ張られる。


「では、こちらの男子の方は私達がもらっていく。
 いいか。貴様はこのことは他言無用だぞ!」

「へ、へい。 おら、こっち来ねえか!」


「い、痛い! 痛い……! 嫌ぁぁ!」

「そこの馬ももう起きる頃だろう」


「強烈な麻酔の魔法をかけておいたが、今解除した」


馬は起き上がり、そして、武器を持った男の部下たちが倒れた馬車を持ち上げて立てる。


優はまた泣き叫び声が枯れてでなくなるくらいに叫び続けた。


「お姉ちゃん!! 嫌だ!! 連れて行かないで!」

「優! 優ーーーーッッ!」

「助けて、お姉ちゃん!」

「優! やめて! 優を返して! 私の……たった一人の家族を!」

「うるさいぞ小僧! さっさとこっちへ来い!」

「嫌だ! お姉ちゃんーーー!」

「お前もだクソガキ! 早く中に入れ!」

「優! 優! 優ぅぅううううう!」

馬車は襲われ、どちらの所属かもわからない軍人に私と優は引き裂かれた。


どうして。


なんでこんなことに……。



馬車の中から綺麗なお花畑が目に入る。
涙が、前が見えないくらいにこぼれて止まらない。



——ねえねえ、お姉ちゃん。このお花、お母さんに持って行こうよ!

——いいわね。きっと喜んでくれるわ!



いつかの記憶がよみがえる。
今は憎くてたまらなかった。綺麗な花が。
何も知らずに咲いてる花が。



——ほら、優! 置いていくわよ!

——えっと、ど、どれが一番綺麗かなぁ? あ、待ってよ!




再び馬車は揺れる。
握りしめた拳から血は流れ。
そして、涙は枯れるほど流れた。









………………
…………
……





私は……このあと数年、農奴として毎日毎日ボロボロになるまで働いた。
日の出てる間は休みもなく働いて、夜は家畜達と一緒に寝た。



幸いなのは私を連れて行ったオジサンが私をただの奴隷としか見ていなかったこと。
オジサンには家庭もあり、何より奥さんにビクビクしていたから、
私なんかに手を出したらもっと大変なことになる。
それにそのことで逆上して私を奥さんが殺しても人手がまた足りなくなるだけだったから。
だから私のことにはより一層気を配ってはいた。




だが、それが気に食わなかったのは奥さんの方だった。
私は奥さんから度し難いいじめを受け続けた。



そうやってオジサンのもとで働くこと2年。

私は心に決めていた。


「絶対に……優を探しだしてみせる! 見つけだして二人で幸せに静かに暮らしてみせる」



だけど、私の心はもう壊れていて、とっくにそんなことも忘れ果てていた。
そんな中で私の元に転機が訪れる……。



——千早ちゃん。あなたは本当にこのままでいいの?



しかし、それは悪夢の目覚めではなかった。
悪夢が覚めてもまだ……悪夢は続いていく。






キサラギクエスト  EP�   幼き日の悪夢編  END

お疲れ様でした。
読んでくださった方はありがとうございます。

わっほい更新されてた!
毎回楽しみに読ませていただいてます

ついにわた春香さんの登場かね!
乙!

おつー

………………
…………
……





毎晩毎晩泣いた。
声を出して泣くとうるさいと殴られた。


だから必死に声を押し殺して泣いた。


来る日も来る日も私は太陽の光なんて一切見ないように下を向き、
土を耕し、肥料をまき、家畜に餌をやり、そして、収穫をする。

私の連れて来られた家は広く、
今考えるとかなり売れている農家の地主でもあり、
何かの実業家でもあったらしい。


家の外装はそれなりに裕福な雰囲気があったが、
私はその家の中には一切入ることは許可されていなかった。
ただ、玄関などの掃除は許可されて入ることはあるが。


手に豆ができても、豆が潰れても私は道具を握らされた。
逆らうと殴られるから。



朝になると、とは言っても陽が登らないうちから仕事を始める。


主人であるあのオジサンが起きる前に終わらせておかなくてはいけない仕事が山ほどある。
毎日主人の靴を磨いたり、装備品の整備をしたり。
婦人はたまに早起きして玄関にだけ入ることを許される私の姿を見ると
嫌そうな顔をして、汚れ一つないか確認して
何かしらにケチをつけて私を革のベルトで打ち付けた。



日が昇りしばらくすると主人はどこかへ出掛けるのでまだ気が楽だった。
何も考えずに与えられた仕事を淡々とこなす日々。


自然と体力も力もついていったつもりだった。
でも飢えには勝てない。


朝食はなかった。正しく言えば食べる時間など到底なかった。



昼食の時間になると主人はいないので、代わりに婦人がご飯を与えにくる。
そう主人に言われているから仕方なくそうしているそうだ。
その時が一番苦痛だったかもしれない。




主人はご婦人にも私を殺すことだけは許さないと言いつけてあった。
だけど、どうやらそれが気に食わなかったらしい。



髪を引っ張られ、顔を蹴られ、食べ物だ、と言われ投げ捨てられたことも、
目の前に置かれ、踏みつけられたものを泣きながら食べたこともあった。


「お前みたいな女に……。なぜ私がご飯を与えなくちゃいけない」


と怒鳴られた。口答えは許されなかった。
あとで帰ってきた主人に言いつけられ殴られるから。


殴られるのは嫌。痛いのも嫌。
苦しいのも嫌。



歌うことだけは好きだった私。
だけど、許されなかった。



夕方になると主人は帰ってくる。
あることないことご婦人に吹聴され、その度に私はバツを受けた。



夕飯がなかったことが多々あった。
ご飯が食べられないのが一番辛い……。
お腹が空いて日中に倒れると、蹴られて、水をかけられて起こされる。


何もでないのにゲーゲーとひたすら吐いた。
胃液の苦味が口の中に広がるのも我慢して飲み込んだ。


そして、私はまた再び仕事をする。
黙って、黙々と仕事をする。



夜は寒い家畜小屋で家畜と一緒に寝た。
藁の布団は毎晩毎晩寒くて凍えていた。
バツで夕飯のなかった時はよく寝床の藁を噛み締めて
少しでも食料になれば、なんて考えたこともあった。
実際には土の味がして食べれたものじゃなくすぐに吐き出すのだけど。




拷問のような、悪魔のような日々が続いた。



何度だって幾度だって私は主人らを皆殺しにしようと考えていた。
竹を薄く、鋭く切って、研いで槍を作ったこともあった。


大きな石で頭を殴ろうとしたこともあった。


すべて失敗した。

失敗してたくらみがバレる度に酷い拷問を受けた。


婦人の楽しそうな高笑いの中で、
水車に括りつけられて溺れ死ぬかと思った。
馬で引きずり回されたこともあった。


泣きながら泥の中に頭を突っ込んで謝った。



そういう日々が2年続いた。


仕事にも慣れてきて、
あとは日々の拷問のような待遇に耐えるだけの生活になっていた。
明日のことなんて考える余裕なんてなかった。



私はなんで生きているのだろう。



そんな答えのない疑問が頭によぎる毎日だった。


そんなある日、昼下がりの午後。
いつものようにご婦人から嫌がらせをされながらも昼食を
下剤の仕込まれている部分だけを取り除きながらも少量を飲み込む。


こんな芸当もできるようになっていた私はまた


「折角持ってきてやったのにこれっぽっちも食べないで残すのか!
 だったら夕飯はいらないね!?」



と怒鳴られて皿を取り上げられた。食べれば下剤に苦しむ。
食べなかったら夕飯がなくなる。
怒る気力はとっくの昔になくなってただ悲しみを味わうだけになった。


そんなことがあった後、
それからまた土地を耕している最中だった。
しょぼくれながらもさっきの嫌がらせについて何も考えないようにしようと
せっせと手を動かしている所、頭に小石がぶつかった。


コツン。


私は婦人の嫌がらせかと思ったために無視をした。
二回目がすぐに飛んできた。


コツン。


今度は来たら避けてやろうと思ったのでチラッと投げられた方を向く。
するとそこには見たこともない人がいた。


「こんにちは」


この2年まともに主人の家の人以外は見ていなかった。
誰なんだろう。と思う前に私は別のことを考えていた。



その女の子は手で手招いてる。
こっちだ、と言わんばかりにちょいちょい、と手を動かしている。


私は主人に怒られたくないので注意しにいくことにした。
こんな風に部外者に侵入を許されるとは何事だ、とか怒られそうだったから。


「ねえ、君、名前は?」

「あの……ここには入らないでください」

「へえ〜」

私の格好をじろじろと眺めるその女の子。
少し不快になった。
このことが婦人に見つかればバツを受けるのは私なのに。


「へぇ〜。それで、ここで一生奴隷をやっているんだ?」

「……。何を言っているのかわかりません。失礼します」

「変わりたくないの?」


振り返り、仕事に戻ろうとしたが、足が止まってしまった。
変わりたくない?


こんな奴隷のような生活から?
変わりたくない訳ないじゃない。


キッと睨みつける。


「それが答えだね。私と一緒においでよ」

「私、天海春香。見たところ私と同い年くらいだけど……あなたは?」

「……。如月千早」


つい乗せられて名乗ってしまった。

風で頭についたリボンがひらひらと揺れるその少女は。


私に手を差し伸べた。


私の泥だらけの汚い手に向かって。


「私が変えてあげるよ」


私は迷った。
この手を取ってしまったらもう戻れない、あとには退けない。
そういう気がしていた。


だけど、この手を取らない限り、私は変わることなく
苦痛に耐えるだけの生活を送ることになる。


「千早ちゃん。あなたは本当にこのままでいいの?」


私の気持ちを見透かされたようで、
すごく嫌だった。


私は何でも知っているわ。とかそんなことも言い出しそうな、
そんな自信にも満ちた顔をしていた。


だけど……。
だけど、頼らずにはいられなかった。


私は握ってしまった。どんなものでもすがりたかった。
私を救ってくれそうないかなるものにでも私はこの時反応していただろう。


その時の春香は羨ましいくらい、妬ましいくらい、どこか輝いて見えた。


「作戦は夜に決行だよ」


と言い残し、その場を去っていった。
私は内心なにも期待していなかった。
と言えば嘘になるが、
どちらかと言えば疑っている方が強かった。



そんなの無理に決まってる。
私を助けるって……一体どうするつもりなのか知らないけれど。
あんなの口約束に過ぎないものだわ。


夜。
私はいつものように仕事を終えて寒さに凍えるように支度をしなかった。
せめて私はもし来てくれるのならば、
と願いを込めるように竹槍をまた作っていた。


懐に忍ばせて、それを抱いてそのまま寝た。
いつだって騒ぎがあれば聞きつけて表にでて、
そこから私の逆転劇が始まるんだと。


そんな考えをしていた。



しかし、そんなことは決してなく、ただ小屋の扉がゆっくりと開いた。
月明かりが差し込み、慣れていないのか藁を踏む音が大きくそれで私は目が覚めた。


うっかり寝てしまっていた所だったために反射神経で
咄嗟に抱いて寝ていた竹槍を扉の方に構えるがそこには誰もいなかったが、
後ろには春香がいた。


「お待たせ、千早ちゃん」

「ひゃあっ!?」


びっくりした拍子にいつもは転ばないのに藁で滑って転んでしまった。
その転倒に起きたのか隣の豚が鳴き始めた。


「や、やめて、お願い! 静かにして!」

「静かにしたいならその槍で一突きすればいいんだよ」

「え?」

「こういう風にね」


私の手からひったくるように竹槍を取って、豚の喉元に竹槍を刺した。
自分で作った竹槍の切れ味に驚きつつも、
春香が一瞬にしてやった動作に驚いて声が出なかった。


「私はもうお家の人たち片付けてきたからもう逃げるだけだよ」



そういう春香の手には月明かりの光が差し込んでいた。
私にとっては希望の光が。


だけど、同時にこの人に着いて行って大丈夫なのだろうか。
という不安も抜けきれずにいた。


差し伸べられた手は結局迷うことなく取ることになった。
何よりもここにいるくらいだったらこの人と着いて行ったほうがまだましだと、
そう私が直感的に感じたからだった。


「心配みたいだね。見ていく?」


何を見ていくかはすぐに解った。
死体だ。私のことを今まで散々傷めつけた家族達を見ていくのか、と。


私は頷いた。覚悟が必要だった。
この家の敷地を逃げ出すのに私は、
家の人たちがちゃんと死んでいるのを確認しないといけない気がした。


私は初めて領主の家の中に入り込んだ。
中はもう蝋燭の火も何もついていなくて真っ暗だった。

春香のあとを着いて行き、ある部屋に到着した。
そこには大きなベッドが一つあった。


だが、そのベッドは何かによって真っ二つに切られていた。
たぶん、このベッドごとベッドで眠る夫婦を殺したのだろう。
切れ目の辺りから血が流れていた。


「千早ちゃん、これは私がやったものだけど、でもあなたも共犯なんだよ」

「わかって……います」

「……」


私の手を急にとる春香は顔を近づけてじっと目を見て言った。


「もうっ、敬語はなし! 私達同い年なんだよ?」

「えっ?」

「私も同じ13歳だよ」



驚いた。確かに若い、とは思ってたけど、
まさか自分と同じ年だなんて想像もしなかった。
でも、なんでこんなに私とは違って強いの?


「どうしてそんなに強いの?」

「強い……のかなぁ。えへへ」


結局この質問にだけは答えてくれずに私と春香は屋敷をでた。
しばらく歩いて、完全に領地から出ることになった私達。


「まずは……服だね」


春香は私の格好をジロジロと上から下まで舐めるように見たあとに言った。


「服……? 別に私はこのままでも構わないですから……あ、えっと、構わないわ」

「何言ってるの!? せっっかくこんなに可愛いんだからもっといい服着ないと」

「えぇ!?」


今の格好はというと説明を受けた所、
都会の方に行くとそれは下着のようなもので、
そんな格好で歩いている人はもういないらしい。


「あそこのオジサンはよく千早ちゃんを襲わなかったね」

「ご婦人が厳しい人だったから……。私を殺されるのはなんかまずかったみたいです。
 あ、えっと……みたいよ」

「そうなんだ」

私なんかにオジサンが手を出していたら
私はきっとご婦人に嫉妬で殺されていただろう。
だけど、それはオジサンが許さなかった。
なんでなのかはわからないけれど。庇っていたみたい。


だからこそ、それが気に入らなくてご婦人は私に色々としてきたのだったけど。



2年間、あの場所で奴隷生活をしていた私には
世間の変わり様なんてのは疎くても仕方ない。


それから春香はとある民宿のような宿屋を借りて、
一晩私を待たせた。


私は春香が宿をあとにしてからしばらく呆然としていた。
目の前にはベッドがある。


扉がある。屋根がある。
シャワーがある。シャワー!


私は久しぶりにシャワーを浴びた。


昼間のうちにシャワー代わりに、
家畜達の水を浴びて自分の着ている服で拭いたりしていたこともあった。
もっともその服はただの布切れのようなものだったのだけど。

シャワーのお湯は温かくて心地よくて、涙が出た。
気持よくて私はシャワーを止める腕が震えた。


止められない。
勿体無いくらいで。


そんなことを思っていたせいで
10分もしないうちにあっという間に逆上せてしまって、ぐったりしていた。
だけど、悪くない。幸せだった。


フラフラの足取りでベッドに倒れ込んだ。


ふかふかでベッドは暖かい。
枕が柔らかい。



初めて藁の布団で寝た時のことを思い出す。
こんな所で眠るのか、とか
家畜の臭いがキツくて眠れなかったことや、
寒くて凍えていたこと。



目の前には春香が出て行く前に用意してくれたであろう
パンがいくつも置いてあった。


私はそれを見た瞬間に、いつもの癖で
本当に食べてもいいのだろうか、とか
毒は入ってないだろうか、とか考えてしまった。

きっとお母さんが見ていたら御行儀悪いなんて怒られそうだったけど、
ベッドに寝転んだまま手を伸ばして、パンを一つとった。
その時、私にはそのパンは宝石の山のようにも思えていた。


一口。
普通のパンの味を長らく思い出せなくて、
こんなに美味しいものだったっけ。



胸が苦しくなる。
目閉じれば苦しかった昨日までの、光景が目に浮かぶ。


だから私は目を開けていた。ずっと天井を見ていた。
もぐもぐとパンの味を確認しながら、少しずつ少しずつあじわって食べる。
目を開けていても、
あの小屋はこんな風に屋根はなかったなぁ、なんて思い出してしまう。


2年もいたんだもの。仕方ないわ。


私はタオルがあったのに体を拭きもしないでそのまんま、ベッドで寝ていた。

いつの間にか私は眠っていた。
夢を見ることもなく、深く眠った。


朝、目が覚めると私はしっかりとベッドに寝ていた。
隣のベッドでは春香が眠っていた。


カーテンを開けると外はまだ暗かった。
すっかり生活が染み付いている。


そして自分が今ここにいる瞬間こそが、夢ではないことを悟る。



「夢……じゃないんだ」


春香の、恩人の春香の寝顔が見たくて振り向くと春香はもうベッドの上に座っていた。
そしてこちらに微笑みかけてくれた。


「おはよう、千早ちゃん」

「おはようございます」

「もう、敬語はなしだって言ったのに」

「昨日帰ってきたら寝てたからそのまま寝かして置いたんだけど、
 食べながら寝ちゃったの?」

「え、えっと……ごめんなさい」


ベッドの枕元には食べかけのパンが落ちていた。



「あ、あと、千早ちゃんが寝ている間に色々買い物してきたんだけど」


と眠そうにしながらも顔を赤くして
目を逸らしながら話を始める春香だった。
いつもはまっすぐに目を見てきて
こっちが逸らすのにどうしたのだろう、と考えた時。


窓から入る隙間風をあびて
自分が昨日の晩から何も着ていないで過ごしていたことに気がついた。


顔から火が出るくらい恥ずかしかった。
昨日あったばかりの他人にこんな姿を見られるなんて。
そんな感情が自分の中からまだ出てきてることにも驚いていた。


「ねえ、千早ちゃん、どの服にする? 動きやすいのがいいかなぁ?」


寝起きだからか、少しフラフラしながらも、どっさりと服を出してくる。
一体……同じ年なのにどうしてこんなにお金を持っているの。


「ありがとう……。ど、どうしたらいいか私はわからないわ」

「どうして?」

「お金……持ってないもの」

「いいよ、いらないよ」

「そんなの悪いじゃない」

「悪くないよ。大丈夫大丈夫! ほら、これなんかどう?」

「そ、その……着方がよくわからないのもあるし」

「着せてあげるよ」

「えっ」

「ほら、こっち着て」



言われるままに着せられたのはふりふりのスカートがついたもので
小さなエプロンが前についていた。
これは機能性としては欠けるものがあると思うのだけど。


「これはねえ、メイド服って言ってお金持ちの家の使いの人が着る格好なんだよ」

「私は……またどこかに……?」

「あぁ……ごめん。そうじゃないの。大丈夫だよ。どこにも売ったりなんてしないから」


私の不意によぎった心配ごとを察した春香は私を抱きしめて、
すぐにその服を脱がした。


次に着せたのは普通のズボンで、それまで私はスカートしか履いたことのなかったから
履き方には苦労したが慣れればなんてことはないもので、
動きやすく気に入った。


上もなんてことはない普通のジャケットに装備品をいくつかつけた。

そして最後に、


「はい、これ」

「な、何これ……」

「何って……剣だよ。千早ちゃんの武器」

「武器……?」

「うん」

「いらないわ」

「なんで?」


「戦わないもの」

「敵が来たらどうするの?」

「逃げるわ」

「無理だよ。すぐ追いつかれる」

「どうして決め付けるの」

「馬に乗ってたら絶対に勝てないよ、速さじゃ」

「……」

「千早ちゃんは強くならなくちゃいけないと思うの」

「……」


「千早ちゃん自身のためにも」

「……わかったわ。でも使い方なんてわからない」

「大丈夫。それは私が教えるから」

「……ありがとう」



剣を握った。ずっしり重くてこんなものを振り回すのかと思うとゾッとする。
だけど、一つだけわかるのは畑を耕していた農具とさほど重さが変わらないということ。

2年もやってきたから体力はついてきたけれど
私にはこれをちゃんと扱えるのかしら……。


それから私はここがどの辺りに位置する場所なのかを教えてもらい
だいたいの位置がつかめた。


私と春香が現在いる場所はバンナムより、国境付近。
私が元々住んでいたミンゴスよりはもっと北に位置する。


そしてこれからどこに向かうのかと言うとまずは国境を南に下り、
それから首都であるバンナムに一度向かうということ。


私と春香は午前中は移動をして、午後は剣の特訓をした。
だから私達の旅を予定よりもずっと遅いものとなっていた。


時々宿が見つからない場所で夜になってしまい、
仕方なく森のなかで眠ることもあった。だけど、私には春香がいた。
焚き火もたいてあったけれど、何よりも春香が横にいたことが大きかった。


「そう、いいよ」

「はっ……! えぇいッ!」

「甘い甘い……!」

「はぁ。はぁ」

「うん、少し休憩にしようか」


私と春香はいつものように午後は剣の稽古。
そこで私はまた春香に聞いた。


「ねえ、春香……。どうしてそんなに春香は剣が使えるの?」

「私と同じ年なのに」


春香はゆっくりと教えてくれた。


「助けたい人が助けられない時、私自身が戦えたらって思ったことがあったの」

「その時から私は気がつけば剣を持ってたんだ」


「それと……春香はどうして旅をしているの?」

「私が旅をしていた理由ねぇ」

「別に私も何も考えなく旅をしていたわけじゃないんだよ」

「千早ちゃんみたいに救えるかもしれない人や村を私は救うんだ」

「えへへ、なんかかっこつけすぎかな?
 実際全然人の役にたてたことなんてないのにね」


少し自虐的な風に言ったけれど、
春香は嬉しそうにそう話していた。
本当に嬉しそうに。





後日。
私はついに春香の役にも少しはなるんじゃないかってくらいの
実力までたどり着いたらしく、ともにある村を救おうとした。


村の支配構造は単純だった。
強い権力を持ったお偉いさんへの賄賂により
村の経済が回らなくなっていて、住民の懐は貧しくなる一方。
そこを私達が正義のために、やっつけてしまおうという。


「行くよ千早ちゃん。準備いい?」

「ええ、春香。大丈夫よ」


私はこの時、すごく頼もしかった。春香が隣にいてくれることが。
私がミスをして敵にやられそうになっても


「千早ちゃん! 大丈夫?」


そういってすぐに助けてくれた。少し甘えていたのかもしれないと思うくらいに。
村は見事に救われ、これから経済が回り始めるだろうとのこと。
私にはその辺の詳しい経緯はわからないけれど。


そんな風に寄り道を重ねながらナムコ王国の首都。
バンナムに向かうこと2年が経過していた。


私は春香と旅をして2年になっていた。
春香との関係は最早、友人だけには収まることはなかった。
恋人のように感じてもいたし、親のようにも思っていた。


私は春香とよく話し、よく笑い、よく怒った。
剣の稽古では私は怒られっぱなしだった。
でも時折みせるおっちょこちょいな一面を持つ春香を私は叱ったりもした。


とにかく充実していた。
思い出せないくらい中身のない会話をして、
くだらないことで喧嘩をして。


なくてはならない存在。
傍にいることが当然の存在になっていた。


そんなある日。
いつものように早朝から移動をしていると、
とある集団の拠点としている場所へ到達した。
それは軍隊だった。


「は、春香……この人達は……」

「シッ、静かに」


汗が噴き出る。つばを飲み込む音さえ消したいくらいに二人は息を潜める。
トラウマがよみがえるようだった。
いつか、私の住んでいた村に突然現れた軍人達。


「どうしてこんな軍隊がここに?」

「ここはもうナムコ王国の領地だよ。だから多分、クロイ帝国の軍人達だと思う」


春香の予想ではここにテントを張っている連中はクロイ帝国の連中だろうとのこと。
しかし、なんでこんな所にいるのか?


それは単純で簡単である。ナムコ王国への奇襲だろう。
それを春香が黙って見ている訳がない。


「そこにいるのは誰だッッ!」


ビクッ。
体が凍る。見つかった!? 隠れていたはずなのに。
だけど、人の気配も感じることのできる強い魔法使いが
いればそれも容易いことかもしれない。


と思っていたがどうやらそれは私達のことではなかった。


「はっ、ただいま偵察から戻りました。
 現在ナムコの軍勢も我々の侵攻に気づかれたみたいで、
 こちらに向かってきています! どうしますか?」

「そうか……では迎え撃つとしよう」

「正面から叩き潰してくれる! 全軍に指揮を取れ!」



現れたのはここの軍勢の仲間で敵軍の情報の偵察兵だった。
これから戦争が目の前で始まろうとしている。

「春香……」

「私は常に中立の立場だけど、争いは認めたりはしない」


春香は真剣な眼差しで慌ただしく動き回る目の前の軍隊を見る。


「だから……止めないといけない」


だけど、どうやって……。
いくら春香が強くても2つの軍を止めるなんてことができるわけがない。
私の横の春香は珍しく額に汗をかいていた。


「これを見て、千早ちゃん」


春香は荷物の中から大きめの地図を広げる。


「私達が現在いるのがこの森。……それのだいたいこの辺ね」

「彼らが待ち伏せするとしたらここの谷になっている所ね」

「少ない軍勢を魅せつけて細い谷へおびき出し
 横から挟み撃ちにするという作戦を取るはず」

「そんな風に罠に気づかずにハマってしまえば死者が大量に出る」


「私達はそこへたどり着く前のナムコ軍に合流して話をしなくては!」

「だけど、春香。そしたらナムコ軍が今度優勢な作戦を考えるんじゃ」

「そこを止めるしかない……。たぶんこの戦いが引き金になってまた大きな戦争が始まる」


そう言って荷物をしまって私達は急いで移動を開始した。
なるべく誰にも見つからないように迂回して迂回して移動を重ねる。


何時間かかけて移動すると、ある町へ出た。
そこの町は何やら緊張感が漂っていた。
ピリピリしているのは多分軍隊がここに駐留しているからに違いない。

「どうするの春香。どこから話せば……」


私はただただうろたえるばかりだった。
大きな戦争が始まろうとしている。
この殺気が溢れる駐屯所は最早狂気とも言えた。


戦争なんてしたくないんだ。
誰も殺したくない。殺されたくない。うちに帰りたい。
そんな顔をしながらも血の気溢れて、体は血に飢えている。


「とにかく、上の方の人に掛けあってみよう」


ガサッと隠れていた草むらから飛び出す私と春香はそのまま軍の方に歩いて行く。
すぐに軍人に見つかり大騒ぎになるが、春香の懸命な敵ではないという話がやっと通った。


それも軍の上層部である秋月律子が騒ぎを聞きつけ自ら出てきたからである。


「何? それであの谷へ行くのはやめろって?」

「そんなもの信用ならないわね。むしろ行ってみて確かめた方がいいわ」

「誰か偵察に出なさい。出陣はそれからでもいいわ」



と言い、念には念をおしてなのか、偵察を一人出した。

私達はその間、もし嘘の情報ならば殺す、と宣告され、偵察がでている間も
ナムコ王国の軍の中にいた。



「律子さん。この戦いを中止してください」

「できないわ」

「どうして!」

「当たり前のことよ。向こうの国から売られた喧嘩なのよ?」

「だからって……」

「それを買わないで自分の国の土地をどうぞってあげるの?」



確かに言うとおりである。
対抗しなければ国は喰われる。


「向こうの国も血気盛んだし、今更止まる訳無いわ」

「だいたい、この戦争も社長が受けたものだし、社長がやらないって言わない限りは無駄ね」

「どうして……」



私にはわからなかった。それでも戦わなきゃいけないのは土地のため?
国のため? 自分の保身のため?
何のためにこの人達は剣を取るの?

「もし……」

「もし……あなたと戦って私が勝ったらこの戦争をやめてくれますか?」


自分でも馬鹿だと思う。
誰がどうみても戦闘力は歴然の差であった。


剣を取る私に春香も猛反対した。


「ち、千早ちゃん……! だめだよ!」

「でも、春香……」

「いいわ。すぐに負かして上げるから」



スッと腰に下げたサーベルを抜く律子。
初めてこんな風に一対一で戦う……。
どうしよう。


いつもいつも春香に助けてもらってばかりだった私は
これが実質の初めての実践のようなものだった。


今まで見せていた表情とは全くの別物になっている目の前の相手に
私は少しビクビクしていた。


「千早ちゃん、落ち着いて。剣をしまって!」

「……私、今ここで引いたらダメな気がするの」


律子が構えるのを見て私も集中する。


「後悔させてあげるわ……!」



爆発的なスピードの突きが飛び出す。
私は頬をかすめながらも避ける。


頬には血が流れるのがわかる。
痛い。でも、いつかの痛みに比べれば……!



「よくかわしたわね。でも次はどうかしら」


再び同じ構えを取る律子に距離を取る。
しかし、その距離なんてのは無意味なほどに律子の突きのスピードは早く、
圧倒的なリーチの長さだった。

突き攻撃の特徴は前進的な攻撃のために横からの薙ぎ払いに弱いこと。
春香との修行で何度も教わったし、春香の突き攻撃のスピードも
それは恐ろしいものだった。


私は脳裏に出てくる修行の日々を思い出し、律子のサーベルを横から叩き落とそうとする。



しかし、私が剣を振った瞬間に律子はあろうことか剣を引っ込めて避けたのだった。
体は前に進んだままの突き攻撃だが、無理な体制を取ってでも剣を引いていた。


そしてそこから再び突きが飛び出した。
右肩を斬られる。


負けずと剣を振るうがガードされて鍔迫り合いになる。
ガリガリと剣と剣が音をたてる。


パワーではなんとか私の方が押している!
右肩を負傷しながらも力押しでなんとか押し切ろうと思った。


だけど、律子は力を一気に抜いて
私はそれに反応できずそのままよろけて体勢が崩れた。
その瞬間飛んできたのは律子の鉄拳だった。



「ぐぅッ!?」

モロに顔面にヒットし、軽い脳震盪。
目の前がチカチカする。


ぼたぼたと鼻血が落ちるのがわかる。
それでも構えた剣を持つ手に血が垂れていたから。


「やぁぁあ!」


今度はこちらから攻撃しないと。
防いでばかりでは勝てない。
攻撃は最大の防御。


足払い。
足元に向かって剣を振るうが後ろに飛び避けられてしまう。
だけど、ここで引いてはいけない。


すかさず着地点に目掛けて剣を振るう。


私の剣は届かなかった。
いえ、正確に言えば当たられなかった。避けられた。


律子は空中で地面に向かって自分の最速の突き攻撃を繰り出し
その反動で着地点をさらに奥にやり避けていた。


「くっ」

「単調な攻撃ではあるけれど、何も考えてない訳ではなさそうね」


言うが否や二人はまたしても激突する。
剣を交える度に伝わってくる一太刀の重さ。


強い。
そして、そこにタイミング悪く偵察兵があっという間に帰ってきてしまった。
なんて速さで移動をしていたの。

それを見た律子は


「楽しかったわ。だけどもう終わりね。そろそろ予定していた出陣の時刻になるの」


そう言って目つきがさっきよりも鋭くなる。
私はこの時、直感的に本能的に、殺されると感じた。
同じく春香もそう感じたのか鞘から出しはしていなかったが剣を手にかけていた。


そこから律子の全く見えない無双のごとき連続の突き攻撃が繰り出される。

私は何十にも斬られ、刻まれる。
初の一対一をとても無茶苦茶な相手に挑んでいたということを思い知る。
そして、私は剣を握ることもできなくなり、その場に倒れこむ。


「急所はすべて外してあるわ」


私はもう何もできなかった。痛みに苦しみ、無駄な呼吸を一切許されない。
死の間際で何も反撃の減らず口の一つも叩くことできなかった。


「千早ちゃん!」

春香が駆け寄ってきて回復薬を私に無理矢理飲ませ大分楽になる。
それでもまだ当分は動けない。


「それじゃあ、いいことを教えてもらったことだし」

「感謝しているわ。幸いこちらのほうが軍の人数的には多少負けている所はあったのよね」

「作戦を立て直し、それからすぐに配置について」


私と律子の戦いを見て取り囲んでいた兵士達は一斉にバラけだして
自分のやるべき仕事へと戻っていった。


「千早って言ったわね? 死ぬには本当に惜しいわ。これを」


そう言って春香に何か投げた。
それは軍だけが持つことを許されている高価な回復薬だった。

すぐに春香はそれを私に無理矢理飲ませる。


「春香……ごめんなさい」

「もう。無茶しすぎだよ」

「でも、春香もそうしたでしょう?」

「……」


春香はバツが悪そうにする。
私がああやって勝負を挑んだのは何より春香がそうするだろうと思ったから。


「バレてたか」

「やっぱり」


えへへ、と軽そうに笑うが春香は今にも泣きそうだった。


「失敗しちゃった……春香」

「うん、あとは私に任せて。力づくでもあの軍隊を止めてみせる」

「ダメよ春香。私も行くから……待って」

「千早ちゃんはここにいて」


私はこの時、怖かった。
私は春香とは違ってまだまだ弱い。
足手まといになっているんじゃないかって不安だった。


春香に一緒に連れて行って貰えるとたかをくくっていた。
きっと連れて行ってくれると。
だから私はこの時に本当にショックを受けた。


母親に捨てられたことが何よりも心の傷となっていた私は裏切られることを
何よりも怖くて恐れていた。


じゃあなんで春香は私を連れて旅をしてくれたの?
……どうして私を連れ出してくれたの。


「……」

「ごめんね。必ず帰ってくるから」



そして、そのショックからもこの言葉を私は信じることができなかった。
駐屯所とされていた町はすっからかんになり、人っ子一人いない状態になり
私は一人取り残された。


木の根元に座り込み、渡された回復薬をちびちび飲みながら
体の回復を待っている。


だんだんと体の傷も癒えてきて楽になってくる一方。
私は一人残された虚無感に耐えられなくなっていた。


本当は一緒に行こうって言って欲しかった。
だけど、しょうがない。
あんな無様な戦い見せつけてしまっては足手まといになるのは目に見えている。


春香は私となんでいたの?
どうして一緒にいてくれたの?


春香は私といたかったの?
私は?



私は……。


私はいつだって春香と共にいたい。
春香のためにいたい。


春香と一緒にいたい。


たまらずに駆け出していた。
自分では全力で走っているつもりだったのかもしれないけれど、
傍目から見たらびっこ引いてズルズルと足を引きずるように歩いている子。


1分も動かないうちに息が切れてきた。
春香……。


春香……。


置いていかないで。
私も一緒に戦うから。あなたの盾になることくらいできるから。


とにかく森へ入る。地図はない。とにかく急ぐ。
急いで合流しないと。一人でなんて危険すぎる。


森に入り、谷へ向かう。
まだ森の中は静かだった。戦争はまだ始まっていない。
もしかしたら春香が説得に成功しているのかもしれない。


そんな淡い期待もしながら私は森を歩いた。
どれぐらい歩いただろうかわからないくらい。
でもきっと痛みが再発したりして、
どれぐらい歩いたなんてことを考える余裕もなかった。


そんな中で足の痛みも回復薬がやっと効いてきてやっと冷静になれたのか
何の手がかりもなく飛び出してきてしまったことにようやく気がつく。
なんてことを。


また馬鹿な失敗をしたものだと自分で嘆くがもう過ぎてしまったこと。
どうしようもない。
だったらもう先に進むしかない。


木々をかき分け進む。
そこには軍隊が通った足あとがあった。


良かった。これを辿っていけばまずは片方の軍に追いつける!
私は足あとを見落とさないように注意深く、しかしなるべく早く移動した。


「どこまで言ってるのかしら……」


何百もの人間が歩いているから移動のスピードはそれほど早いわけではない。
だから私も頑張って追いかければそこに追いつくことはできた。


「あ、あの……!」

「誰だ貴様ッ!」

「え?」


背筋が凍る。

ヤバい。なんてことを。
これは違う。さっきの人たちとは違う。


春香が止めに先に行ったナムコの軍隊ではない。
クロイ帝国の軍隊に出くわしてしまっていた。
ナムコの軍隊の人達ならばさっきの騒動を
だいたいの人が見ていたはずだから私のことも分かるはずだった。


何重にも武装している兵士達、焦っていたからこそそうかもしれないが
私には見分けがつかなかった。
とにかく人がいればそうだと信じ込んでいた私の思い込み。


足あとを見つけたからと言ってそれがナムコの王国軍だとは限らなかった。

「敵か!」


大勢の人間がこちらを振り向き武器を向ける。
ヤバい……。だけど、一か八か。
春香が止めてくれているならばこちらも止めに来るはず。


だったら私だってその役に立たなければならない。
この人達を止めておけば春香の役にも立てる。


「あ、あの! この先は危険なんです! 私は敵ではありません」

「この先でナムコの王国軍が待ち伏せしています!」

「どうか、今回の戦争を先延ばしにすることはできないでしょうか!」


私は叫んだ。こちらに武器を向けている人達に向けて、
何も持たずに、無抵抗であるということを示しながら。


しかし、私の思いは届くわけもなく。
どこからともなく笑いが起きた。失笑。嘲笑。


私をあざ笑った。


「馬鹿な連中だ! こんな女にスパイなど送り込みおって。
 それで我々が臆すると思ったのだろうか」

「全軍、このまま侵攻を始めろ!」

「そこの女は殺せ!」

「ハッ!」


馬に乗った偉そうな人がそう叫ぶと軍のほとんどは瞬くもなく移動を始め
だんだんとその姿は小さくなっていくのだった。
そして、私の目の前には小隊が残り、武器を構えている。


「待ってください、私は敵じゃないんです! 本当に待ちぶせはされています!」


もし春香が王国軍を止めることができなかったならば確かに待ち伏せはされている。
だけど、成功しているのであれば、こちらの軍隊も止まらなくてはいけない。


人数は4人。どうしよう。


私はこの時、さっき律子に負けたばかりで自信をなくしていた。
剣に手をかけるが手が振るえている。


「おい、なんだお嬢さん? 剣を握るの初めてかい?」


一人の男がニヤニヤとしながら話しかけてくる。


「くっ、本当のことを言っているのよ!」

「あーあー、わかったわかった。お嬢ちゃんもツイてないねぇ」


4人のうちの一人は明らかに身長が小さかった。
少年兵? クロイ帝国はそんなのまで軍隊に入れて戦争をしているの?


「なあ、おい。こいつにやらせるか?」

「お、俺か!?」

「いいだろ、こいつも実践が初めてなのにこんな戦場の最前線に送り込まれちまってよ」

「この女と斬り合いさせて慣れさせてやれよ、殺しって奴を」



二人の男がそう話している。
そして、小隊の中で最年少であろう男の子の背中を
ぽんと押すとよろよろと剣を抜きながらこちらに来た。


実戦経験が浅いとは言え、一度経験した私と全く経験していないこの男の子とは違う。
そう思い込むように自らを奮い立たせる。


剣を構える。呼吸を整える。
集中していくことにより周りが見えなくなる。


「うわぁぁあああ!!」


がむしゃらに突っ込んでくる少年をかわす、
男達はそれを見てヘラヘラと笑っていた。


殺らなきゃ殺られる。これは戦争。戦い。
命を賭けた殺し合いなのだから。


振り返り、すかさず一撃入れる。
背中を斬りつけるが、浅い。


「ぎゃああッ!」


痛みに転げている所を顔面を蹴飛ばす。


「ッッがッ!?」


フラフラと立ち上がろうとする所にフルスイングで剣を横にして
顔面を殴りつけ、振りぬいた。


男の子は吹っ飛び、木に激突し、ずるずると落ちて、そのままダウンした。

やった。勝った!
まずはこのぐらいの強さの男の子が調度良かったのかもしれない。



「ははは、野郎。やってくれやがったぜ?」

「どうする? やっちまうか?」


ヘラヘラと笑いながら3人は剣を抜く。
緊張が走る、手から汗がでているのがわかる。


「まぁ、元々そういう命令だしな」

「じゃあそういうわけだお嬢さん。サクッと殺してやるから安心しな」


3人が一斉に向かってくる。
さすがにこの人達は素人ではない。
一人ずつなんとか相手して倒そうとした私の考えは
あっという間にもろく崩れ去り、囲まれてしまう。

「オラァァッ!」


一人の男が斜め後方から攻撃してくる。
これをいちいち受け止めていたらいけない。
その隙に多分背中側に回っているもう二人に斬られてしまう。


軽いステップで避ける。
突っ込んできた男は私を斬れなかったらすぐに諦めてまた3人で陣形を建てなおす。


次々に同じようにかかってきては私が避けて、
また陣形を建てなおす。3人が常に均等に立って囲んでいるせいで抜け出せない。


この剣の長さでは、一人斬っても次に飛び出してくる相手に行くまでに
私が斬られてしまう。


どうする……。
どこから、3人のうち誰が来るのかを常に気を使うために集中力がかなり必要。
必然的に体力もずるずると削られていく。


「どうやら、本当に戦闘は素人のようだな。お嬢さん」

「ちょっとばかり鍛えているのかもしれんが」

「俺達には勝てないさ」


一人の男が目の前に立った瞬間、その男は地面を盛大に蹴り上げ、
土を被せて目眩ましをしてきたのだった。


「っはははー!」


後ろから肩を斬られる。
また足を斬られる。



「〜〜ッッ!!」


声も出ない叫び。
激痛が走る。


腕を斬りつけられ、ついに剣も持てなくなる。
地面に倒れこむ。



口の中が懐かしい、泥の味がする。



倒れ込んでいるからこそわかるが、何かがこちらに走ってくる。
それもとんでもないくらいの速さで地面を走り抜ける音が伝わってくる。

音のする方向を見た瞬間、木が真っ二つに縦に斬れた。
その奥からは鬼の形相の春香が割れた木の間を走ってくる勢いを
全く落とさずに飛び越え、私に剣を振り下ろそうとする男の前に立った。


しかし、春香はその男の前で剣を収めたのだった。
剣が鞘に入り、カチンと音がした時、遅れていたかのように
3人の男達が血を噴水のように吹き出し、真っ二つになった。


「何してるの?」

「……ごめんなさい……」

「はあ……。しょうがないなぁ。
 なんて……私も千早ちゃんのこと責めることなんてできないんだ……」

「ごめんね、千早ちゃん、私も失敗しちゃったんだ」


春香は悲しそうに、悔しそうに言った。
見ると春香はボロボロで、傷だらけだった。


「そ、そんな……」

「うん、戦争は始まる」

「ここから逃げないと……」

春香は私に肩を貸してくれてそれからもう片方の手で
自分の荷物の中をガサゴソと探してから


「ごめんね、回復薬はもうこれしかなくって」


と回復薬を私に飲ませてくれた。
私はそのおかげでなんとか生きることはできそうだけど、
それでも、まだ一人でなんて歩けない状態だった。


私を一生懸命に運んでいる春香に、
また足を引っ張ってしまったなんて考えていた。


「どうして……人は戦争をするのかなぁ……」

「どうして人は人を殺してしまうのかなぁ……」



春香はブツブツと繰り返す。



「春香……?」

「何? あ、ごめんなさいはもう無しだよ」

「うぅ……」


心が読まれてしまった。


「気にしないで。それに、私がこうしたいからしているの」

「私、もっともっと千早ちゃんと旅がしたい」

「今までずっと一人だったけど、私ね……千早ちゃんがいるからもっと強くなれる」


春香は少し血で汚れた顔で私に屈託ない笑顔を見せてくれた。
私の方は半ば瀕死でそれどころじゃないけれど、
それでも春香に対して笑ってみせた。きっと醜いものだったろうけれど。


私のことを最早引きずりながらも春香は諦めてなんかいなかった。


「足手まといなんかに思ってないよ」

「でもね、私が千早ちゃんと一緒に旅をするためにはこうするしかないって思ったの」

「あそこでもし、怪我をした千早ちゃんを連れて行って、
 戦争を止めることもできずに千早ちゃんが殺されちゃったらって思ったら……怖くて」

「私、馬鹿だからさ……こんなやり方でしか、千早ちゃんを守れなくって」


私は捨てられたんじゃないんだ。
私は一緒にいていいんだ。
春香と一緒に旅をしててもいいんだ。


何も責められはしない。
誰にも止められない。


春香はまだ諦めていなかった。


「……まだ間に合う。始まったばかり……」

「少し時間がかかるかもしれないけれど、絶対に止めよう」

「えぇ……」

「今は一回情けないけど、逃げて、それからまた一緒に強くなって」


私は泣いていた。
安心したのか、それとも今になって恐怖が形になって出てきたのか。


「心配かけちゃったかな? 不安にさせちゃったかな?」

「むしろ謝るのは私の方だったんだよ千早ちゃん」

「ごめんね」

「ずっと……私が側にいるからね、千早ちゃん」


私は涙と嗚咽で何も言えなかったけれど、それでも首を横に振った。
いいの、春香。私の方こそごめん……。
春香は反対の手で涙を拭ってくれた。


「ほら、もう。綺麗な顔が台無しだよ」

「千早ちゃんは笑顔が一番似合ってるんだから」

「一緒に……頑張ろう?」


春香はえへへ、と笑っていた。
私はまたその笑顔に応えるべく、地面ばかり見ていた顔を上げ、
春香の方に見せた時……




春香の背中に一本の矢が刺さった。





トンッ、と軽々しい音を立てたその矢は春香を射抜いていた。
そのまま春香は足元がふらつき、私は地面に投げ出さた。


正確にはあれは春香が私を突き飛ばしたのだろう。


春香の方を振り向くと、
森の木々の奥のほうからは何十人もの帝国軍が矢を引いて
私と春香に向けていたのが目に入った。


たった二人しかいないこっちに何十人もが。



「撃てぇぇぇえええーーーーッッ!」



飛んでくる矢に向かって春香は剣を取り出し、次々になぎ払い斬り落としていく。
しかし、その圧倒的な矢の量に次第に一つ、二つと春香の体を矢が貫いていく。


「春香ァァァーーーーーッッ!」


春香の振る剣は段々と遅くなり、力が抜け、剣を無残にも落とした。
しかしそれでも今度は両手を広げ、矢の雨の盾となった。


私は動けなかった。
身体が言うことを聞かない。
助けに行こうにもあんな矢の雨なんて防ぎきれない。
でも、春香は……。


春香は崩れ落ち、地面に転がる。
私は地面を這って春香の元へと手を伸ばす。
その手には何の能力も魔法の力もないけれど。


死なないで欲しい。どうか、私の命を吸ってでもいいから生きて欲しい。
私の最後の、最後の親友だった春香。


手を伸ばせど手を伸ばせど春香の体には届かず温かい血だけが流れ出てくるばかり。


春香、私を地獄のような日々から救い上げてくれた命の恩人。


私を必要としてくれた心優しい親友。
私が愛した唯一の……。


「第二軍……う、」


指揮官が私に向かって矢を射るように命令を下そうとした瞬間、
今度は逆にその指揮官が矢で首筋を射抜かれ乗っていた馬から転落する。


私の背後からは今となってはもう頼もしくもなんともない王国軍が現れたのだった。


「ここに居たか、帝国軍第二勢力軍め!
 撃てぇえぇええーーーーッ! 民間人を守れーーーッ!」



それに対し、先ほど倒れた指揮官の次に偉いだろう人が反応する。


「な、何故、こっちにもこんな軍勢がいるんだッッ!」

「迎え撃てッ帝国軍っ!」


私の頭の上を無数の矢が飛び交う。
矢の嵐が終わったあとに帝国軍、王国軍の両軍共が剣を抜き、
私と春香のことなど忘れたかのように森は戦場となった。


春香の体に手が届いた時、
私は確かな春香の死を実感していた。


もし私がお母さんに捨てられてなんかいなかったら。
もし私が優と生き別れになんてならなかったら。
もし私が春香と出会わなければ……。


春香となんて……。


こんな思いをするくらいなら春香となんて……。

頭の中には春香と旅をして、
春香と剣を交え修行をして、春香とご飯を食べて、
春香と寝ている。


そんな楽しそうな私がいた。
確かにに楽しかった。
かけがえのない時間だった。


辛い修行や辛い事件なんかが起きてる町に出会ったことも会った。
だけど、春香がいたからこそ私は……。


春香の頭を抱きしめる。


「は、……るか……」




——今までずっと一人だったけど、私ね……千早ちゃんがいるからもっと強くなれる。



また、私は一人じゃない。春香の馬鹿。




——ずっと……私が側にいるからね、千早ちゃん。



嘘つき。嘘つき嘘つき。


春香……大好き。



「あああああああああああああああああ!!」

「春香あああああああああああああ!」



戦場の断末魔と怒轟が飛び交う中で、
私は春香の頭抱いて泣き叫んだ。


何も考えずにただただ悲しみ、涙を流し、叫んだ。



周りで戦う軍人達は私のことなんて気にもとめずに戦い、
倒れて、血を流している。


このまま……死んでしまいたい。
優がいなくなって、春香もいなくなる……こんな世界なんて……。
もう生きていても仕方がなかった。


そう思った。


その時、私の体には片腕のない誰かも
どちらの軍の人間かも分からない死体が吹き飛ばされてきて激突した。
私はその衝撃で抱いていた春香から手を放して地面を転がる。


さらにその勢いが止む間もなく私は拾い上げられた。
とても強い力で引っ張らて、うなだれている私にも声だけは聞こえていた。


「何をしているの……! 早く逃げなさい!」

「千早! 死んだのよ! あの子は!」

「嫌あぁぁ!! 降ろして! 春香がああ!」

「春香あああああっ!」


私が最期の力で暴れてもびくともしなかった。
それから私を担いでいる人は叫んだ。



「あばれないでよ! もう!」

「全軍、反撃に出るわよ! 押せ押せ押せ!」

「あ、あれは鬼軍曹の直々の部隊……!! ええい、怯むなァァ!」



私は馬に乗った律子に担ぎ上げられ戦線を離脱していた。
私はその中でもいつまでも春香がいた場所から目をそらさなかった。


木々で見えなくなっても私はずっとそこを見ていた。



「春香ぁ……」



………………
…………
……



気がつくと私は病院らしきベッドの上にいた。
起き上がろうとした瞬間に体の痛みによって、
戦争のこと、春香が死んだことを全て思い出した。


私はいつまでも泣いた。
何もかもに悔いた。後悔ばかりした。
あの時、私が……あの時、春香が……。


そんなことを考えては泣いた。


一ヶ月間、私は病院に入院していた。
この町がなんて町なのかもわからないままに。


それから、私は退院することになりフラフラと病院をあとにした。
しかし、すぐに病院から出てきた医者に捕まり、ある手紙を手渡された。


私は何も考えずにポケットにしまい、またフラフラと歩き出した。
町の離れたところまで来ると人はいなくなり、
まるで世界には自分一人しかいないんじゃないかと思うくらいだった。


町はどこか見たことがると思ったら、いつかナムコ王国軍が駐留していた町だった。


私はその辺りで野宿をした。
農奴の時代だった時よりも寒くて、心が折れそうだった。


いえ、もう心はずっと前に折れていた。


ぼぉーっと次の日もその場にいた。
何も考えずにいた。誰かが声をかけてきた。
春香じゃなかった。


次の日もその場にいた。
けど、途中で雨が降ってきた。
雨宿りのために町のはずれの大きな木の幹のなかに入った。
中に春香はいなかった。


次の日。
お腹がすいたから何かご飯を買いに行こうと立ち上がった。
町に戻り、ごはん屋さんの前で自分が財布も何も持っていないことに気がつく。



「あ……」



ポケットの中に手を入れると、
いつか読みもしないで取っておいた手紙がぐしゃぐしゃになっていた。


あの時の……名前は確か秋月律子。
手紙の中身はこうだった。

如月千早へ。


あなたを勝手ながら病院へ運ばせてもらったわ。
それから彼女、天海春香のことだけど、遺体が奪われてしまった。
かなり酷い状態になっていたからあの戦いが終わったあとに
帝国軍が間違えて遺体を持って帰ったのかもしれない。


それとあなたの荷物とかお金とか持っていた持ち物は町の銀行に預けてあるわ。
それを持って、城へ来なさい。


いつまでも死んだ人のことでくよくよしていても仕方がないわ。
確かにあなたにとってかけがえのない人だったかもしれないけれど。
でも、あなたはそこで立ち止まっていてはいけない。


あなたが元気よく生きて逃がすことがあの人の最期の使命だったはず。
それが最後の最後に願ったものだと私は思う。


ごめんなさい。私みたいな何も知らない人が言うものではなかったわね。


それと。
今すぐ自分で鍛えながら城へ向かって欲しいの。


私達のナムコ王国の姫である四条貴音が攫われたわ。
恐らく犯人はクロイ帝国の連中。
この前の戦いの時に手薄になった城をやられたの。

その貴音を探すために一年後、城で王国内の全国規模で勇者を募集しているわ。
今は始まってしまった戦争に手一杯で、そこまでできない。
だけど、この一年の間、あなたがどれだけ成長するか、私は楽しみにしているわ。


もちろんその中で選出するためには試験があるのだけど、
あなたが少し鍛えてくれば何も問題ないわ。きっとパスできるはず。


まあこれももし良かったらの話、なんだけどね。


あなたがもう剣を二度と取らずに悲しみに打ちひしがれたまま
一生を暗いどん底のような生活で終えるのならばそれで構わないわ。
私には関係ないもの。

だけど、それでも、この理不尽な結果に抗いたいのであれば、
城へ来て、試験をパスして、まずはそれから考えなさい。


そして思い出しなさい。
自分の使命を。


あなたがやるべきことを。
答えはきっと必ずどこかで繋がっているはず。
人生ってそういうものよ。



ナムコ王国 大臣 秋月律子より。


私は手紙をこれでもかというくらいに破り捨てた。
細かく細かく刻んでいた所で風が吹いてそれらは全て飛ばされていった。


「知った風なこと言って……勝手なことばかり言わないでよ……」


拳は固く握られてブルブルと震える。
悲しみなんて吹き飛んでいた。
全て怒りに変換されていた。


「いいじゃない……。受けて立つわ……」


私はそれから荷物を預けているという所へ行き、剣と荷物とその他もろもろを受け取った。
そしてその場で銀行の人間にすぐに城へはどうやっていけばいいのかと聞いた。




するとここから東へ向かうと半年くらいで到着するとのこと。
私が棒へ降ってしまった日付がどれくらいかわからないけれど、
それでも私は今からたくさん修行しながら向かえばきっちり一年になる。


私は町を出ることを決心した。
出発する前に私は財布に入っているお金でご飯を食べて、
残りのお金で剣を一本買った。


自分の剣を一つ。


少し低予算になるのかもしれないけれど。


それから私は森へ入った。
森は荒れ果てて所々魔法で木が燃えたあとがあったりした。


私は森を一日中歩いて回った。


そして、夕暮れが近づいた時にようやく見つけた。
春香が死んだあの場所を。

銀行から預かっていた剣を抜く。古い剣の方を。
剣で鞘に傷をつける、というか掘っていく。


ガリガリ削って掘っていく。

HARUKA。


そして剣を地面に深く突き刺した。
簡単な墓標だけど……こんなんでごめんなさい。


私……春香が大好きだった。
春香のことは一生忘れない。
一生あなたのことを愛し続けることを誓います。

何分間そこに立ったままいたのだろう。
色んな思い出を思い出していた。


こんなことして決別をしたつもりになっているのかもしれない。
でもそれでいいのよ、今は。
私はもう……前に進まなくちゃいけない。


私の一番最初の目標を思い出す。
この戦争を終わらして、私は、
私の弟、如月優を見つけ出す。


バラバラになった家族を取り戻す。

失った春香はもう元には戻らないけれど、
まだ可能性が1%でもあるならば、
私はいなくなったもう一人の如月を探し出す。


振り返り、歩き出す。
それから私はナムコ王国、首都であるバンナムへと向かう。
旅の途中で何度かモンスターに出くわし、
その度に何て弱いのだろうと思いながらも切り捨てていく。


そうだ。私は殺さないといけない。殺らないと殺られてしまう。
迷いはなかった。次々に現れるモンスターを斬って斬って斬りまくった。
ただ、それらは私に向かってくるものだけだったが。

そして、1年が経過する頃。


ついに私は首都であるバンナムに到着した。
戦争中であるにも関わらず賑やかで華やかな街だった。
とても姫が誘拐されたのを知っている風だとは思えなかった。


もしかして知らされていない?


私は食料を調達してから城の近くへ行くと受付を済ませ、
試験会場へと向かった。
受付に名前と使用する武器を一つ書いてすぐに中に通せてもらった。


試験の内容は簡単だった。
単調なアスレチックコースの突破。
パワー計測試験。
持久力試験。


どれも難なく合格した。
他の人達は苦戦を強いられているようでどんどんと落ちていく。


その中でも成績の優秀な者達が城の中へと案内された。
私が受付を済ませたのは実は締め切りギリギリだったみたいで
私の名前は最後に呼ばれた。

私達合格者は王の話を直に聞くということで、
城の大広間へと次々と合格者から順々に案内されていく。
最後に私が案内された。


「こちらが、大広間への入り口となっております」


お城の使いのものである女性に丁寧な案内をされて
大きな扉の前に立つ。


「そう、ありがとう……」

私の中の意識は春香からしっかりと継承されている。
あの人は今も……私の中で生きている。


そして、私のやるべきこと。
私の使命。


利用できるものならば何でも利用してやる。
こんな姫奪還なんて簡単よ。
私と優が離れていた期間は長いけれど、
姫を奪還するくらいの期間に比べればきっと短くなるはず。


そしたら報酬に国を上げて優の捜索でもお願いしてやるわ。
最も、旅の途中で見つけられることに越したことはないのだけど。

「春香……あなたの意志は確かに受け取っているわ。
 必ず戦争を終わらせてみせる……」


それと。


「待っていて……優。生きているのならば……必ず、見つけ出してみせるから」



こうして私はもう一人の如月を探すために動き出した。


いつかまた戻ってくるであろう大広間への扉に手をかける。
これから始まるまだ見ぬ冒険があるとも知らずに。




キサラギクエスト  EP�   終わりと始まり編   END

春香の遺体が奪われたってのがフラグにならなきゃいいが
すげえ引き込まれた、乙

お疲れ様です。急にボリュームアップしたから
文が雑になったりして申し訳ないです。
読んでくださった方はありがとうございます。


とあるシーンで「ホースでカレーうどんを食わされたこともあった」
とかいう文を入れようかと思ったけどやめた。


きりが悪くなるから次回から次スレに行きます。


乙!新スレ立った時に誘導してもらえたら嬉しいです。

あの流れで
ホースでカレーうどんを食わされた
って唐突に書かれたら腹筋崩壊するわww
乙です

おつおつ

日笠にホースでカレーうどんを食わせた中村先生

おつー

ホースとはいえカレーうどんなんて高価なものは出ないやろ


次スレたてました。

千早「キサラギクエスト�」
千早「キサラギクエスト�」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1364452531/)



スレタイと被るからEpisodeのサブタイを
ローマ数字にしたことを今更ながらすごい後悔している。



読んで頂ける方は是非次のスレでもよろしくお願いします。

後は埋めてええん?

ありがとうございます。お願いします。

さげわすれたすまん

埋め

おつうめ

うめるんるん

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