【魔法少女まどか☆マギカ】 神の子の物語 (712)






  He was wounded for our transgressions,
 
  crushed for our iniquities;by his wounds

  we are healed.




  Isaiah 53                  700 B.C.






SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1385559040






  ”1人の少女が私たちの因果を受け止めます”


    ”1人の少女が私たちの払うべき奇跡の代償を背負います”


       ”だから、私たちは呪いを生み出す前に消え去ります”




       

    ”それが、私たちのさだめでした”





        ”私たちはそれを呼びます”




                           ”円環の理と”








鹿目まどかは、3年ぶりにアメリカから日本に帰国した。

生まれの地に戻ってきて、初めて中学校に通う。


そこは、見滝原中学校。


さて、緊張したけれども、転校そのものは二度目である鹿目まどかは、自己紹介をすませた。


「鹿目まどかです。親の出張で、三年間、アメリカに滞在していましたが、やっと、日本に戻れました。
これから、よろしくお願いします。」


もちろん、一度目の転校は、アメリカの学校への転校だ。

カトリックの学校だった。


当たり前だけれども、日本とアメリカでは、学校の雰囲気が随分と違った。


カトリックの学校には、シスターがいらっしゃって、優しく指導してくれた。

しかし、不出来な生徒にはとても厳しかった。体罰があった。


見滝原中学は、おおらかで、学校を包む雰囲気はやわらかい。

これから始まる、新しい学校生活を明るく予感させる。


自己紹介も、まあまあなんとか、こなせたかな?と、鹿目まどかは思った。

この学校では、転校生がとても珍しいみたいだ。

ホームルームが終わって、休み時間になると、たくさんの、これからお友達になれるクラスメートたちが、
集まってきた。

「黄色のリボン、かわいいね。」

「英語ぺらぺらなの?すごい!」

「アメリカの学校では、どんな部活をしていたの?」


「ええっと…」

まどかは困った。

たくさんの質問を一度にされて、どれから答えたらいいのか分からない。

それに、緊張だってまだ残っている。



すると、まどかの回りに集まってきたクラスメートたちを掻き分けるように、黒髪の女子生徒が現れた。


あっ。

まどかはちょっと驚いた。


その子は、自己紹介したときに、目が合ってしまった子だった。


目があってしまった、というよりは、その女子生徒は、ずっとこちらを見ていたのだった。


自己紹介しているとき、ずっとだ。



そんな転校生が珍しかったのだろうか。


「ちょっと、みんな。一度に質問されて、その子が困っているでしょう。」


黒髪の子は、そういって、質問攻めに取り囲むまどかを助け出した。


「鹿目まどかさん。」

その人は、手を差し伸べて、まどかに言った。「学校、案内してあげるわ。」


優しい人なのかな?とまどかは思った。

その人は、髪に赤色のリボンを結んでいた。


どうしてだか、わからないけれども、頭に黄色いリボンを結んできたまどかにとって、赤いリボンを髪に
結びつけているこの子が、どこか親近感を感じた。

クラスで、髪にリボンを結んでいるのは、2人だけだったから。


この子と最初の友達になれるかもしれない、と期待感に心が膨らんだのだった。




そして、学校案内を黒髪の子に頼むことにした。

鹿目まどかはさっそく、親切にも、まだ登校初日の学校を案内してくれるこの人の名前を、たずねた。


「あの…お名前……きいても?」


日本語を話すのは、久々だった。三年ぶりだ。

けれども、口はちゃんとこの国の言葉を覚えてくれていた。

もちろん、この登校初日に備えて、家族とリハビリしたのだけれども。


「ほむらでいいわ」


黒髪の子は答えてくれた。

ほむら……ちゃん。


それが、この学校にきて初めてできた友達の名前。



そして……。


最高の友達。



「ほむら…ちゃん」

鹿目まどかは、名乗った女子生徒の名前を呼んだ。



それに、どうしてだか、この名前をきいたのが、初めてでない気がする。


ほむらという名前を、かわった名前だよねと言うのも、初めてでない気がする。

なんだか不思議な、あたたかな予感がする。

「鹿目まどか」

すると、冷たい声がした。


「…えっ?」


さっきまでの、優しげな、あたたかな声は打って変わってしまう。

学校案内をしてくれる、と親切にいってくれた女子生徒は、突然、渡り廊下でふり返って、鹿目まどかを
正面からみた。

そして、予想もしなかった質問が飛んできたのだった。

「この世界が尊いと思う?欲望よりも秩序を大切にしている?」

真正面から、思いつめた黒髪の子が、問いかけてくる。


どこか脅迫にも近い迫力さえ、まどかは感じた。



この問いかけに対して、まどかが思い起こしたのは、アメリカに滞在した三年間通ったカトリック学校の、
厳しい教育だった。

教師のいうことをきかず、規則を乱す生徒は、鞭打たれた。



規律に厳しい先生たち……。いつもは優しいが、怒ると怖いシスター…。

怒らせてはいけない…。


「尊い、と思う…」

そこで鹿目まどかは答えたのだった。

小さい頃から教えられた通りに。


「ルールを破るのは、ダメな事じゃないかな…」


しかし、自分でそう答えておきながら、口にだしたとき、鹿目まどかにある記憶が蘇りかけた。


さあ、世界の魔法少女たちを泣かせたくない、最後まで笑顔でいてほしい、それを邪魔するルールなんて
壊してみせる。変えてみせる!

そして、宇宙のルールを書き換えたのは、誰だったか!


────魔法少女?


変なの、何を考えているのだろう。

そんなの、いるはずもないのに。

なのに、記憶がある。



忘れてはいけないような何かの記憶がある。


「なんだろう、私、ここに戻ってきて……忘れていることがある気がする…」

心に思ったことを、ぽつりと呟いたとき、ほむらの顔が変わった。

怖い顔だった。


はっと恐怖を目の当たりにしたような顔……まるで自分の罪に直面したような顔。

そして、次の瞬間には、鹿目まどかは、抱きしめられていた。

強く、とても強く。


その身に走る衝撃と、感触に、はっと意識が現実に戻る。


ついさっきまで、何か宇宙のような光景が広がっていた。


どうしてだか分からない。


その宇宙の先に、自分の使命を見た気がした。


けれども、その意識は現実にもどる。

ほむらと名乗った女の子が、まどかを抱きとめていた。



「え…?」

女の子に抱きしめられてる?

「なに……ちょっと…?」

困惑が沸き起こってくる。

目の前にほむらがいて、まどかを強く抱いていた。


鹿目まどかは、ほむらから、少し離れた。離れようとした。

足が数歩退く。


けれど、まだ抱きしめられているままだった。


転校初日、学校案内をしてあげる、と言ってくれた女の子に、いきなり抱かれる。



変だ。

怖いとか、気持ち悪いとかじゃなくて、変だ、と思った。

「そう…あなたはルールが尊いと思うのね」

まどかの両肩を強く握りながら、震える顔をして、ほむらが、呟くように言った。

まるで、悲しみに落ち込んだ声だった。

自分の罪悪に打ちひしがれているような。

ルールを破ったらダメ、と答えた自分の答えが、そんなにいけないことだったのだろうか。

そんなに、この女の子を悲しませる答えだったのだろうか。


秩序が尊くないとでも、いうのだろうか。


「だとしたら……あなたはいつか、私の敵になるかもね」


しまいには、そんなことまでいわれた。


敵?

転校初日に、学校案内してくれた子が、敵に?


分からない。

鹿目まどかには分からない。


しかし、分からなくて当たり前。

自分の正体に気づかず、その記憶を、暁美ほむらに、────悪魔に、奪われているうちは、分かるはずもない。



しかし、分かるまでは、時間の問題だ。


世界のルールを書き換え、宇宙に”理”を創造し、概念になっておきながら、現世に戻ってきた鹿目まどかに
訪れる新しい運命は。



希望と絶望の残酷なサイクルから、概念体になることによって脱出したはずなのに、また戻ってきた神の子の
運命とは、まだ支払いの済んでいない、宇宙を変えた奇跡の対価を、要求されるもの。




ルールを変えなんかしちゃダメだ、という自分の言葉が、そっくりそのまま自分に返ってくることになる。








             The PASSION of Madoka

 
              written by : raze lettering




  *注意書き*

・『叛逆の物語』の続きとして書きました。
・残酷な表現が入ります。
・後半、モブ魔法少女がでてきます。



今日はここまで。
明日あたりに、また投下します。

俺得の予感・・・!



改行が無茶苦茶だし空行も多いから、ガタガタの文章が淡々と続いてるように思えた。

期待してます




いま、鹿目まどかは、いつのまにやら頭から消えてなくなった消えてなくなった黄色いリボンの変わりに、
ほむらが髪に結いでいた赤いリボンを、結ばれていた。


「やっぱり…あなたのほうが似合うわね」


暁美ほむらは、赤いリボンを結んだ鹿目まどかを見て、そういった。


鹿目まどかはこうして今、円環の理となった少女の姿を取り戻した。


その姿を取り戻して尚、まだ記憶が戻らないまどかは、不思議な気持ちだった。


やっぱり私のほうが似合うって、どういう意味だろう?と。

まるで、以前から私を知っていたような口ぶり。


今日、出会うのがはじめてのはずなのに。


それに、私のほうが似合うって言葉の意味も変。


私のほうが?

まるで、このリボンが、ほむらちゃんとわたしの2人の持ち物みたいな言いかた。


それに、黄色いリボン、どこにいっちゃったんだろう?

なんだか、私にリボンを結んだほむらちゃんの、私を見る視線も変。懐かしい顔してる。変な眼差し…。


疑問はたくさんあった。




鹿目まどかは、転校初日を終えて、帰路についていた。

三年ぶりに歩く見滝原の町だったけれども、下校するのは1人だった。


誰かと一緒に帰ることはしなかった。

転校初日なんだから、それは当たり前かもしれないけれど、少し、寂しかった。

もちろん、友達…?が、できなかったわけでもない。



でも。

と、鹿目まどかは思い起こす。

今日のことを振り返る。


あれは、友達……なのかな?


転校して初日に、最初に親切にしてくれた人。友達になれると思ったし、なりたいとも思った。

けれど、突然、抱きしめられてしまった。

しかも、抱きしめられたのちに、あなたはいつか私の敵になるとも言った。



これは友達なのかな?

普通じゃないよね…。


いきなり、私の髪に、自分のリボンを結んで、やっぱりあなたのほうが似合うわねって言う初対面の人って…。


どうなんだろう?

なんだか、分からない…。



「はう…」

思わず、鹿目まどかのため息が漏れる。

見滝原は夕方だった。


川を挟む町々の建物に夕日が沈む。


車道には電灯が並んでいる。自動車が行き来している。


何の変哲もない町。


三年前より、もちろん新しく道路ができたり、新しい建物ができたり、知らなかったショップが新装開店
していたりと、変化はあるけれども、やっぱり鹿目まどかの知っている見滝原だった。


生まれの地に帰ってきたという実感がある。


町の景色は変わらないのに、何もかも変わってしまった気がしていた。


見滝原小学校に通っていた頃、それから、アメリカに通っていた三年間の学校生活。

全くそれと変わってしまった。

まどかが、そう思ってしまった理由の一つに、美樹さやかとの会話があった。


というのも、美樹さやかとは、小学校で同じクラスメート同士だった。


五年生になったときに、別れてしまったけれど、こうして三年ぶりに再会できた。


鹿目まどかは、一緒のクラスにさやかとまたなれた嬉しさで、休み時間に、話かけた。


でも、どうしてだろう、美樹さやかの反応は、いまいちだった。


まるで、鹿目まどかを前にして、戸惑っているというか、かしこまっているというか。

何かを隠しているような。


「さやかちゃん!またクラス、一緒になれたね!えへっ、うれしいな…。」

嬉しくなって、美樹さやかに、そう話かけたけど、さやかは。

「えっと…まどか、久しぶりだね。うん。本当に……、あれっ、また?」

言葉の歯切れが悪かった。


「…えっ?」

まどかの顔が曇る。

「さやかちゃん。小学五年生のとき、私たち、クラス、一緒だった…。覚えて、ないの…?」


「ええっと…お」

さやかは、困ったように腕を組む。目をそらす。「ああ…そうだ!思い出したよ。うんうん。そうだったなあ!そうだ!」

まどかは悲しくなった。


さやかちゃん、…。小学校のこと、忘れちゃったの…?

しかも、そのあと、もう1人の幼馴染、志筑仁美に、こう話しかけられた。

「はじめまして。鹿目まどかさん。わたしく、志筑仁美といいます。久しぶりの日本で、戸惑うことも
ありますでしょうけど、これから、一緒のクラスメートとして、がんばっていきましょうね。」


「はじめましてって…ひ…仁美ちゃん?」

まどかは、何かの嘘、と思った。

仁美ちゃんとは、さやかちゃんと一緒に、三人で、川に遊びにいくような仲だったのに。


覚えてくれてないの?

三年たったら、私のこと、すっかり忘れてしまったの?


「仁美ちゃん、どうしてそんな…。私、まどかだよ?三年間、アメリカにいたけれど……その前は、
いつも一緒だったよ…?」


「あら?」

仁美は、とても意外そうな顔をして、目を大きくさせて、手で口を覆った。

そして、きょとんとなったあと、あららと笑い始めた。


「いやですわ、鹿目まどかさんったら。それが、アメリカ式冗談、ですの?一瞬、本当に、昔にもお会い
したことあるんじゃないかって思ってしまいましたわ……鹿目さんは、面白い方ですのね。」


「…えっ?そんな…。」

まどかは信じられない気持ちだった。


誰も覚えてない。私を。


まるで、”今の今まで存在しなかった”かのように。


そして、逆に、私を覚えてくれているような素振りをみせるのは、私の知らない、黒髪の女の子。

初対面なのに、私のほうがリボンが似合うって言ってくれた子。



どうして?


三年間で、こんなに変わってしまうなんて…。



変わってしまった。


何もかもが。


さやかにも、仁美にも、すぐに三年前の自分を思い出してくれない、それがなにより、悲しくて、寂しくて、
孤独な気持ちになった。




つらい記憶を辿りながら、鹿目まどかは帰宅する。

「ただいま…」

と、元気のない声と共に、家に入る。


玄関で学生靴をぬいで、かばんを持ったまま、廊下を渡り、制服姿のまま着替えもしないで
ベッドに寝転んだ。


「…だれも私を覚えてない…」

ベッドで仰向けになって、天井をぼんやり見上げる。

スカートは黒色のチェックだった。まどかは白いソックスを履いていた。


目に涙がこみあげてくる。


やだ…。

転校初日に、泣いちゃうなんて…。


そんな悲観的な想いが胸に沸けば沸くほど、ますます涙は熱く目頭に溜まってくる。


「…うう」

まどかは指で瞼をぬぐった。熱い滴が指についた。


楽しい学校生活を思い描いていた。

やっと日本に帰れると思ったとき、美樹さやかと、志筑仁美との再会が一番楽しみだった。



それは裏切られた。

三年間で忘れられてしまった。



存在そのものを。


こんなことって。


私は、アメリカにいた三年間、一度もさやかちゃんのことも、仁美ちゃんのことも忘れた日なんてなかったのに、
2人とも、私のことなんて忘れてた。


友達だと思っていたのに…。私より、一緒にいて楽しい友達が、たくさんできたのかな…。


中学校で、一緒になるクラスメートも変わって、私より楽しい友達が、たくさんできて、鈍くさい私のこと
なんて忘れちゃったのかな。


それは……仕方のないことかもしれない。

小学校の頃までは、何も考えなくてよかったけれど、中学校になったら、自分は何が取柄なのか、どんな
役にたてる子なのか、誰と一緒にいたらいいのか……考えるもん。


わたしは、なんの取柄もないし、誰の役にも立てない。


さやんちゃんにとっても仁美ちゃんにとっても、私は、役に立たない子だったんだ。

友達なんかじゃなくなってしまったんだ。

「ああっ…」

どうしてだろう。涙が、止まらない。

ぬぐってもぬぐってもあふれ出てくる。


顔……洗わなくちゃ…。



部屋を出て、洗面室に入る。

そこは、ガラス張りの広い部屋で、いまは夕暮れの日照りを反射してオレンジ色に輝いていた。


ばしゃばしゃっと顔を洗い、鏡をみた。

目を赤くさせた、泣きじゃくった顔があった。


髪には赤いリボンが結んであった。


「あっ…」

そこでまどか初めて気がつく。

「ほむらちゃんのリボン……だったのに」

学校案内をしてくれたほむらによって結ばれたリボン。初体面なのにいきなり結ばれたリボン。



返さなくちゃいけなかったのに。

結ばれたまま…家に着いちゃった。

明日、返さなくちゃ。ほむらちゃんに。


赤いリボンを解こうと、髪に触れたとき、衝撃が走った。

リボンと指がこすれあう。



そして、そのとき、目の前に宇宙が広がった。


幻覚だろうか。

でも、間違いなく、いま鹿目まどかの視界には、宇宙があった。

銀河があり、惑星があり、恒星があり、星斗が無数に浮かび、煌いていた。


「…ええ!?」

驚いた声をあげたまどかの顔は、鏡の中で変化していた。


目の色が金色に変わっていた。

ピンク色をした髪は、腰下まで伸び、銀河の浮かぶ宇宙空間に漂った。


服は、制服から、純白のドレスに変わった。


羽が背中に生えて、桃色の光を、きらきらと放つ女神。

強烈なパワーに溢れている。何もかも吹き飛ばしそうな強さがある。

「なに…!?」

鹿目まどかが叫ぶと、女神も何かを叫んだ。

…だれ!?


「きゃ、きゃああああ」

まどかは、目前にひろがった恐怖に、悲鳴をあげてしまった。


「…まどか?」

とつぜん、背後から声がした。


「きゃああっ」

また、まどかが声をあげる。

はっとなって後ろに振り向くと、母親がいた。


「まどか、どうかしたか?」

「あっ…」

はあ、はあと息を切らすまどかの前に、母親が立っていた。

鹿目詢子。


まどかの母親。

一緒に、アメリカに転居して暮らした家族。


母親がいたら、まどかは、どっと泣き出して、母親の胸に飛びついた。


「ううううう…!」

大きな声たてて号泣する。体は、震えた。


「どうした、まどか?」

母親は、泣き出す娘を抱きかかえて、そして、心配そうな顔をした。

「登校初日に泣くなんて……友達できなかったのか?」


「うう…!」

まどかは、母親の胸の中で泣けるだけ泣いたあと、顔をみあげて、母親に不思議な問いを発した。

「ねえ…ママ。私のこと覚えてる?」

娘の不安な顔が母を、涙目で、見つめて、縋る。

「私が小学校に通っていた頃のこと、覚えてる?」


鹿目詢子は、娘の突飛もない質問に、おどろいた。

大きく口を開いてしまって、驚愕したが、母親は優しく答えた。

「何いっるんだ、まどか。当たり前だろう。まどかが小学校に通っていた頃のこと、よく覚えてるよ。
母親に妙な質問するもんじゃないぞ?」


まどかは、目を伏せて、目を閉じた。

涙が溢れでていたが、安心した顔だった。「…よかった。ありがとう、ママ」

「それで」

母親は優しく、娘の髪を撫でていた。娘は、今朝とは違う色のリボンを髪に結んでいた。

「見滝原中学校。どうだったんだ?友達ちゃんとつくれたか?」


娘は再び怯えた様子になる。

「なんだか、変なの…」

「変?」

「うん…」

娘は、おずおず、語りはじめる。登校初日のことを。

学校案内してくれる親切な子がいた。

けど、いつか敵になるかもしれないと言われた。


「そいつは確かに、変だな」

母親は、娘の気持ちに同意してくれる。

それだけでまどかの気持ちは救われてくる。心に安心が生まれてくる。


私の気持ちを、分かってくれる人がいる。


ママ、ありがとう。ママ。

「世の中変わったやつもいるもんだけど、登校初日に当たっちゃうのはまどかにはびっくりだったかもな」

母親はまどかの髪を撫でてくれる。

「けどさ、まどかから聞いた話だと、そいつは悪いヤツじゃないと思うぞー」


「…え?」

まどかが母親をちらりと見あげる。上目で。「そうなの?」


「だって学校案内してくれたんだろう?」

母親が言う。

「最初はそんなところから、友情は始まる。けど、些細なことで敵に変わることだってある。
人間同士だからさ。いろいろあるもんだよ。それを予め転校生に言っちゃうそいつは、変わってるけど、
何も悪いことはいってないさ」


「そう…なのかな?」

母親に言われると、なんだかそんな気がしてくる。

鹿目まどかはそういう娘だった。

「秩序が守るが大切かどうか?ってきかれたんだろう。フツー、転校生にそんなこと聞くか?間違いなく
変わったヤツだろうけど、アニメかマンガの影響だろう?日本じゃそれが盛んだからね。あーなつかし。
いまどき、そういう子が多いみたいだね。まっ、なんていうのかな、その子なりの友情表現さ」


アニメ……?

マンガ……?


ああっ。そっか。


そうだよね…。


ママはやっぱり現実と向き合ってる。


私ったら、秩序を守るとか、ルールを破ったらいけないとか、本当に起こってしまう話みたいに考えてた……。

バカみたい。


日本では、アニメとかマンガが、盛んだから。


それに影響されて、私に変な質問してきたのかな。


ああっ。

なんだかそう思うと、すごくすっきりしてくる。


きっと、あの子は、ほむらちゃんは、アニメとかマンガが、好きなんだ。

私だって好きだモン。小さい頃は、マンガのお絵かき、友達としてたもん…。休み時間に。


お絵かき?

あれっ、なんだか、昔そういうお絵かきしてたし、最近もした気がする…。




「まどかが友達つくれてるみたいで、私は安心だ」

母親はいって、まどかを慰めると、夕食の食卓にむかった。

「さーて、まどかの入学祝に、今日はぱーっと酒でも……」

母は洗面所の部屋から、着替えるべく消えていった。

「…えへ」

まどかの表情が和らいだ。

あの子について、考えすぎだったみたいだ。


アニメか何かのキャラクターの真似してるなんて、かわいい。

明日からは、あの子と、ちゃんと友達になれる気がする。


いつか敵になる、って、どういう意味かな。

何かのキャラと何かのキャラになりきって、戦いごっことか、するのかな。



なあんだ。

そういうことだったんだ。



私も、なんだか本気になっちゃって、恥ずかしい…。


さやかちゃんと、仁美ちゃんが、私のことをぜんぜん覚えてくれてないのが、まだちょっと不安だけど、
きっと明日には…。


明日には、思い出してくれるよね。



明るい気持ちになって、まどかは部屋に戻った。

さっき鏡の中に目撃した女神と悪魔の光景など、とうに忘れ去った。

そのとき、鹿目詢子は一足先に食卓に戻って、席についていた。

キッチンでは夫の知久が、料理をテーブルに並べていた。


「今日は、お祝いのステーキだー」

といって、弟のタツヤを喜ばせている。テーブルにはステーキが並んでいる。


服を着替えて、食卓について、あとはまどかを待つのみとなった詢子は、ふと、思った。

「あっれ?」

椅子にもたれかかり、首をあげて、見上げる。

「そういえば、まどかが小学校に通っていた頃、私なんの仕事してたっけなあ…」

鹿目詢子にはその記憶がどうしても思い起こせないでいた。




その日の夜。


月が見滝原市に浮かぶ。


静まり返った深夜の道端に、風がふく。

街灯が立ち並ぶ公園の通路。仄かなガスランプの街灯。


その公園に、天井つきのベンチがあった。

ベンチは円形で、ベンチに座る人同士が、向き合う形をしている。

周囲はトレリスが囲い、植物と花が絡みついて、ベンチを籠のように包んでいた。



「それで、まどかの記憶も操ってるわけ」

と、声を発したのは、ベンチで座る、美樹さやか。青い髪に青い瞳の少女。


対面するベンチに腰掛け、優雅に、余裕そうに足をのばし、絡ませ、不適な微笑みを浮かべているのは、
暁美ほむら。


唇は潤っていて、ピンク色。ふっと、妖しく笑う。


美樹さやかに対して。


「操っている?人聞きの悪いこと言うわ。私は、鹿目まどかに鹿目まどからしくあってほしいだけ」


美樹さやかが、苦い顔をする。


トレリスが囲う円形ベンチに座った2人は、こうして、暗い深夜に、密やかに語り合う。

「まどかが自己紹介したときと、リボンの色が変わってるとおもった。すぐにあんたのリボンだと気づいた。
あんたは、円環の理の一部を、もぎ取ったんだ!」



髪にリボンがない、カチューシャだけをつけたほむらが、微笑む。


すーっと、爪ののびた指先がほむらの口元へ。

「そうね。だから、ずーっとまどかは、私の一部…」

恍惚に表情が染まる。唇に指をあてて、舌を、指にあてる。大切そうに。

そしてさやかを、勝ち誇った顔をして見た。「あなたには、わたさないわよ」

ちら、という視線。



さやかは心底、目前の悪魔を嫌悪した。

肩の震えるおもいだ。

「その体にもまどかの一部が?」


「そうね。私の中にはまどかがある。あのまどかは、まどかの一部だけど、私の一部でもある。
なんたって、一緒になったんだもの…」

ほむらの目がすうっと薄まる。幸せそうな顔だ。

「あのときにね…」


「くううう…!」

さやかが歯を噛み締める。悔しそうに。

ベンチからみを乗り出しそうになる。しかし、下手に動けば、記憶は瞬く間に抹消される。


この悪魔の慈悲で生かされているのだ。美樹さやかは。

「この悪魔っ…!」


ほむらが言った、あのときとは、円環の理を捕まえたとき。

ほむらは救済を拒んだ。



なぜ拒んだか。

ほむらには欲望があったからだ。


改変される前の改変される前、鹿目まどかは暁美ほむらの最後に残った道しるべだった。


その道しるべは、円環の理がほむらの前に現れたとき、確かに現れた。概念の世界より現れた。


しかし、その道しるべは、あくまでほむらの希望が救済の道に入るための道であって、ほむらの心に
芽生えた新しい欲望にはそぐわない道だった。


芽生えた新しい欲望は何か。


愛。

そう、ほむらは自分の気持ちに気づいてしまった。


なぜ鹿目まどかを救うため、度重なる時間のなかを奔走できたのか。

時間の迷宮を走れたのか。


折り重なる因果線の彼方に、いつもいつもあったあの子の存在は。



私にとっての愛。


愛だったのだ。



そのとき、まどかを守る私になりたい、という希望は、欲望へ昇華した。


まどかを愛する私になりたいという、愛欲に、変化した。


ソウルジェムはダークオーブに変わった。まどかの力を一部、吸い取ることによって。


希望をも絶望をも乗り越えた先にある人情の結晶。



この結晶の中にあるものはなにか。

愛、愛欲、私と鹿目まどかを閉じ込める愛の結晶。



それがあるなら、いい。


たとえ、世界が滅んでも。


だから、私は悪魔になった。


いつか鹿目まどかと敵対する日がくるかもしれない。

でもそれは、暁美ほむらにとって愛。

この感情はもう止まりそうにない。

ほむらは自分の手を愛しそうに撫でている。

この腕の中に、まどかがある。この中にまどかが閉じ込めてある。あの神秘が、ダークオーブの中に
含まれている。


悦に浸った顔をして、頬を赤らめて、きらきらとした瞳で、自分の腕を撫で続ける。

細やかな白い腕を。何回も。



「あたしもさ……恋したことあるけどさ…」

さやかは、困り果てた、いや、諦めにもちかい口調で、はあと息をつき、ほむらに言う。

「普通そこまでやる?」


「あなたには分からないのよ、美樹さやか」

ほむらは腕を撫でる手をとめない。

「あなたの愛はそんな程度のものだった……相手が気づかないうちに、勝手に魔女に変わっちゃう程度のね。
まどかは誰にも渡さない。私のもの。神にだって渡さない」

もう、あの円環の理なる女神に、まどかは渡さない。そういう意味であった。



「うわあ…あんたってすげーわ。重たいよ」

はあ、とため息つくさやか。

夜闇の風が公園にふく。ふわ、と。冷たい空気に。

「まどかがかわいそう…あんたに好きなように記憶を弄繰り回されて……あんたの人形みたい。
それがあんたの愛なんだね?」


「…」

ほむらの顔がわずかに鋭くなる。


「…アアアッ!」

途端に、美樹さやかの顔が苦痛に歪む。頭をおさえつける。


「う…ああう!」

激しい頭痛で、頭が割れそうだ。ガンガン、頭に衝撃が走り続ける。

意識を失う寸前になる。


「うう…はああ…」

ようやく痛みがおさまったとき、さやかの息は早くも切れていた。はあ、はあと呼吸を整える。

しかし、顔はまだ苦しそうだ。

「そうやって私の記憶も操作したの?」

苦しげなさやかが、対面するベンチに腰掛けるほむらを睨む。

「あたし、今日、まどかにきかれた。小学生のころ一緒のクラスだったよねって…。私、なんにも覚えてなかった…。
ほむらっ!あんたが私の記憶を奪ったっていうの?」


「惜しいわね。それは考えすぎよ」

ほむらの余裕の表情がさやかを見据える。

「まどかは、本来、概念となってこの世界から消し去られた子。この世界に何の干渉もできない世界に
生きる子。私がまどかを二つに裂いた。円環の理と、まどかの、二つに。それ以前のまどかは、存在しない
ことになっている。あなただけじゃない、世界の全ての人が、私が裂いた前のまどかを思い出せることはない」


「なにそれ……じゃあ、家族も、友達も、みんなみんな、転校してくる前のまどかは思い出せないって?」

さやかは皮肉った顔して、顔しかめて、ほむらに問いかけた。

「そうよ」

ほむらはすぐに答えた。即答だった。

夜風に黒髪がゆれた。ベンチに腰掛ける姿の背後に、白い半月があった。

「それでか…私も仁美も、小学校のまどかを思い出せないのは……。まどかには、かわいそうなこと、
しちゃったな…。傷つけちゃったかな…。いまごろ、家で泣いたりしてないかな…。まどかがかわいそうだよ、
ほんと…。」



「あなたには何もわかっていないのよ。あなた如きが、あの子の気持ちをわかったつもりにならないで!」

ほむらは怒りをみせた。

口調が荒々しくなる。

「一人ぼっちになって、この世界の一切から絶たれる気持ちが分かる?私には分からない。けれど、まどかは
言ったの。それはすごくつらくて、さみしいことって…。わたしは引き止めるべきだった。円環の理に
成り果てるべきでなかった。だから私は……!」


「まどかを裂いた?」

さやかが続ける。


「…」

ほむらはベンチから立ち上がり、そして、さやかを見下しながら、頷いた。


「何もかもあの子のためよ」

冷たい紫の瞳が、さやかを睨む。

「これ以上、まどかを悲しませることは、誰にもさせない」


「あんた、本気だね…」

さやかは言った。

悪魔に睨まれながら。「あんたってさあ、まどかのことを話すときはいつだったて、本気なんだね…」


「当然でしょう」

ほむらはベンチをあとにした。

公園に建った円形ベンチから歩き去る。

その黒髪が夜風に、またなびく。ふわり、と。

「ねー悪魔っ。話、これで終わりでいいのー?」

さやかは、ベンチの背もたれに両腕かけて、去る悪魔に、余裕をかました問いを投げた。

「私を呼び出しておいて、もっとさー、まどかに手を出すなとか、そういう脅迫されると思ったんだけど?」


「いわなくて伝わっているでしょう、美樹さやか」

ほむらは微笑み、そして、悪魔は闇と消えた。


通路の街灯がついているのに、ほむらの姿だけ、闇に溶けたように消えてしまったのである。


ほむらが消えてなくなるのを確認した後、美樹さやかは、ふーっと息ついて、ベンチから立った。


「さあて!」

腕をふりあげる。


「あの悪魔をどうやって退治するっかなー!」


アイツは愛の悪魔だ。

まどかに対して気持ちが本気、というのもわかる。

けど、一方的な押し付けだ。


まどかの記憶を封じ込めて、円環の理である本来の使命から、強制的に断絶するなんて、まどかが望むか。



そんな愛、まちがっていると思いますけど。そうじゃない?ほむら?


失恋をしたあたしから言わせてもらいますけど。

10


「というわけで、マミさん!」

美樹さやかは、日の暮れた深夜に、マミ宅に押しかけていた。


失礼は承知だったけど、悪魔がこの町にいる今、時間を惜しんではいられない。


鹿目まどかが。


鹿目まどかが、私の幼馴染が、いま、悪魔の手に落ちているのだ。


助けなければならない!


「あの悪魔を倒す方法を一緒に考えましょう!」

といって、マミに淹れてもらったダージリンのオカイティーも口につけず、ティーテーブルで身を
乗り出して、マミに迫った。


するとマミは、たちまち、戸惑った反応をみせたのだった。

「えっ…悪魔?」

何の話だか分からない、というように、首をかしげて困った顔をする。


「あの悪魔ですよ!悪魔ほむら!」

さやかは、三角形をしたガラステーブルをダンと叩く。カップに汲んだ紅茶がゆれた。


「あの悪魔ときたら、円環の理を裂いたんですよ!今日、転校生が1人、見滝原中学にきたでしょう?
知ってます?あの子なんです。あの子が鹿目まどかなんです!」


「ああっ、転校生、ね…」

マミは、のんびりとした声で、うーんと天井を見て思い浮かべる。

「どんな子だったかしら…」


「もう、マミさん、こんなゆっくりティー愉しんでいる時間ないんです!」

さやかは懸命にマミにせがむ。でも、マミはどうしても緊迫したこの事態を実感してくれなかった。


「鹿目まどかさん…だったかしら?その子が円環の理?美樹さん、話がみえないわ…」


マミはそれから、円環の理とは、私たち魔法少女をいつか導く天国のことであって、現世の人では
ない、といった。

それは概念として、宇宙に固定されてしまっているから、固体としての人格を保っているはずがない、と。

「いえっ、だから、その人格が、はぎとられてしまったんですよ!」

さやかは、ほむらという悪魔が、ダークオーブを生成したときに、鹿目まどかの人格を自分のソウルジェムに
閉じ込めて吸収したあの場面のことを思い出して、語る。

「マミさんも見ていたでしょう!忘れちゃったんですか?…あ」


忘れちゃったんですか?


自分の言葉が口にでたとき、さやかは理解した。


忘れてしまった。

巴マミは、私の憧れの先輩の魔法少女は。



覚えていない。


記憶を操作されて…。

あの悪魔に。



巴マミは、記憶がない。円環の理の正体が、鹿目まどかであることも、その人格が剥ぎ取られたことも。

剥ぎ取られた一部が、ダークオーブの魂の具現化として、いま転校生としてやってきたことも。


暁美ほむらは巴マミを普通の魔法少女に戻した。



何も覚えていない。



自分だけが覚えている。


「…マミさん、ごめんなさい」

覚えていないのに、この話をしても、今はダメだ。

「夜分に、失礼しました…」

「またきてね。美樹さん」

マミは、嬉しそうに微笑んで、さやかを見送った。

ご家族がいなくて、一人で暮らしているマミさんは、こんな夜分に押しかけても、少しも嫌そうじゃなかった。


こんな優しい先輩なのに。


今や、暁美ほむらに操られる身だ。



マミのマンションを降りたあとさやかは、並木がたつ見滝原の町並みの道路を歩きながら、
ぎゅっと拳を握る。


「この記憶があるのはあたしだけ…?いや、なぎさならきっと…」


そうだ。

この記憶を保っていられるのは、円環の理の使いとしてほむらの結界に忍び込んだ、あたしと、
なぎさだけだ。


当たる人物の順序をまちがえた。


「なぎさを探さなくちゃ…」


そういえば、どこに住んでいるんだろう?

見滝原中学の生徒でもないし…年齢的に。



明日、探そう。


いくらなんでも、今夜のうちは無理だ。

11


鹿目まどかにとって、転校2日目の朝がやってきた。


「ふーんふーん…」


楽しそうに鼻歌を歌いながら、鏡の前でリボンを結ぶ。

それにしても、ちょっと変なリボンかな、とまどかは思った。


制服リボンにしては、とても大きい。

ジャパンの制服はキュートだから羨ましい、と、カトリック学校の女子友達は言った。



通っていたカトリック学校の女子生徒服はジャンパースカートタイプで、決してミニスカートが許されなかった。

膝下までは絶対、である。


見滝原の制服はみんな短い。



転校初日は、変なことがあって、落ち込んだけれど、きっとほむらちゃんとは友達になれる。

友達ができると思うと、うれしい。


さやかちゃんともまたお話がしたい。仁美ちゃんともお話がしたい。


一緒にお弁当を食べたい。


昨日は思い出してくれなかったけど、今日はきっと、私のことを思い出してもらうんだ。

そういう意気込みがまどかにはあった。


「いってきまーす!」

元気よくいって、学生かばんをもって、まどかは家をでた。


この日も、よい天気だった。

今日はここまで。
明日か近日中に、また投下します。


何故だろうか、さやかの方が悪役に見えるのは

乙したー

>>37
そりゃこの世界牛耳ってるのはホムシファーだからな。叛逆してるのはさやかちゃんですわ

>>37
どう考えても悪役として書かれてるのはほむら
さやかちゃんは主人公だろ

一事が万事全てほむらのせい、ほむらが悪いと決めてかかる思考停止っぷりのせいだな
今のさやかはポストが赤いのも空が青いのもほむらのせいにしそう

さやかは一度相手を敵だと思い込むとそれしか見えなくなる人だし
相手や周りの事情なんてお構いなしでただ自分が見た相手の一部分が気に入らないから敵対するような
結果話を聞かないうざいキャラに

折角叛逆で格好良かったのにまたバカでクズなさやかちゃんに戻っちゃったのか

正直叛逆でさやかがほむらが魔女化するまで待っていた意味が分からん
単に久しぶりの現世を楽しんでいただけかと思うとイラッとくる

>>44
ここで話すことじゃないし長くなるからあれこれ言うのは無理だけど
流石にもう一回見直した方がいいと思うよ

いやまあ議論する気はないけど
まどかの力と記憶返したのシールド壊した後だったしQBがああ言う事やっていたの初めから知っていたはずだからそう思ったんだ
気に障ったのならすまんかった

流石にさやかは以前よりかは短絡的じゃないだろ
ある程度は精神的に成長してるはずだろうし
冷静にほむらのやってることを否定出来るはず

いちいち行間空けすぎだろ
うぜえ

>>1はほむらアンチか?
なんかほむらがやったことは全部悪みたいに書いてるようだが
そもそも宇宙を再構築したんだから、記憶操作も何も無いだろ

>>47 sageよう

12


鹿目まどかは、てくてくと、リズムもつけて、学生かばんを前にして両手にもちながら、通学路を歩く。

川辺のそばの通学路は、いつも通るおなじみの道。


さやかと仁美と、よく通った道。



川辺の水はきれいで、木漏れ日に照らされて、きらきらと光が反射している。

鳥は囀ってちゅんちゅんと鳴き、朝の心地よい空気が、見滝原街に満ちていた。


「いい天気だなあ…」

制服姿のまどかは、呟く。この制服を着るのは、2日目だ。でも、まどかは、この制服を気に入った。

一緒にあるく友達は、誰もいない。


「今日こそ、さやかちゃんと仁美ちゃんと、お話するんだ。それから、友達ももっとつくって…」

鹿目まどかの胸中は、これから始まる、ふつうの学校生活に期待を膨らませていた。


中学二年生の女子としての、ごくふつうな、望みがあった。


友達がほしい。

一緒に勉強したり、部活したりして、思い出をつくる。


受験勉強をがんばる。


そんな未来を思い描いていた。

その頃、美樹さやかは、川辺の樹木の裏側に隠れていた。


うっかりまどかと合流して、一緒に通おうよなんていわれないように、である。


樹木の陰から、そっと顔をのぞかせて、まどかが楽しそうに、1人だけで通行路を歩いて学校へむかう
後ろ姿を眺めたあと、ふうと息をついた。


「まどか、ごめん…」


さやかは密かに、まどかに気づかれない木陰の下で、そっとあやまる。


「でも、今の私には、会わす顔がない…」


さやかは昨晩、自宅で、懸命に小学校の頃のまどかとの思い出を探していた。

卒業アルバム、写真、携帯電話に残ったメール履歴、データ、なんでもいい。


小学校の頃に一緒だった記憶の何かでもあれば…。

でも、だめだった。

何もかも消え去っていた。


世界から、鹿目まどかの存在は、消えていた。

だってあの子の本当の姿は、円環の理だから。


この世界には決して干渉できない存在のはずなのに、強引に連れ戻された子。


世界が、そんな子の記憶が残ることを、許すはずがない。


まどかという存在は、まどかの中だけにある。

まどかの中には、小学校だった頃の自分、美樹さやかと一緒にいた自分、仁美と一緒に遊んでいた自分、
その記憶がある。


でも、さやかたちにはその記憶がない。世界にもない。

どこにも存在しない。



もし、今の私が、まどかと話したら、きっとまどかを傷つけてしまう。


「どうしよう…どんな顔してまどかに会ったらいいんだろう…」


それは、さやかにとっての苦悩だった。

あのまどかが、小学校の頃、一緒だったというんだから、たぶん本当に、一緒だったのだろう。

ただしそれは、円環の理が誕生する前のことで。


今のさやかには、全く思い出せない。存在しない子の記憶を思い出せと言われても無理な話だ。


「まっててまどか。すぐに、助けてあげるから…」

暁美ほむらは、まどかをいれ以上悲しませない、といっていた。


さやかは思う。

誰よりまどかを悲しませているのは、ほむら自身だよ!



まどかを助けるのはあたしだ。

私の記憶が、まだぎりぎり残っているうちは、できることをなんでもする。


だから、待っていて。

まどか。

13


鹿目まどかは学校に着ついて、ガラス張りの見滝中学の廊下の三階を通り、教室に入った。


教室に入ると、すでに教室に着いていた生徒たちと目が合った。

「おはよー!」

まどかはさっそく挨拶を交わした。

生徒たちと。


「鹿目さん、おはよー!」

女子生徒たちが返事してくれる。


それだけで、うれしい。


昨日の悲しみが嘘のようだ。


「ねえ鹿目さん、今日の授業で使う教科書もってる?」

「あっ、それが、まだ受け取ってないんだー」

「そうなんだ、分からないことあったら、わたしがみせてあげる。はやく教科書届くといいねー」

「えへ。ありがとう。」


みんな、優しい。

うれしい。

転校生なんて珍しいだろうから、馴染めるか心配だったけど、みんな、優しい。

「今日はどんな授業があるのかな?」

「今日はね、英語と数学、それから歴史だよー。あとなんだっけ?」

「ホームルームと音楽でしょ。ホームルームとかいらなくない?」

「鹿目さんって、英語はなせるんでしょ?私にも教えてよー」


「ねえ、かわいいリボンだよね。日本で買ったの?お店おしえてよー」


「えっとね…このリボンは…」

答えかけて、まどかは妙な違和感を感じた。「あれっ?どこで買ったんだっけ…」


そのとき、チャイムが鳴った。

一限目だ。

「…あ」

生徒たちが自分の席に戻っていく。

まどかも席につくと、美樹さやかの席が空席なのに気づいた。


「さやかちゃん、今日、休みなのかな…」


少し、寂しくなる。

新しい友達ももちろん、たくさんつくたかったけれど、今日こそさやかちゃんとちゃんとお話したいと思ってた。


わたしのこと、さけてる…?


さすがに考えすぎ…だよね。


なんてぼんやり、さやかの机を見つめていたら、ふと、さやかの隣の席に座る、緑色の髪した女の子が
まどかに微笑んでくれている視線に気づいた。

志筑仁美だった。


「鹿目さん、おはようございます。」


仁美は、まるで会って2日目の転校生に、ご挨拶するような丁寧さで、まどかに親切に話しかけてくれる。


「まだ2日目ですので、学校のこと、分からないことも多いでしょう。なんでも私に聞いてくださいね。
教科書もないでしょう?私が見せて、差し上げますわ。だから、先生に頼んで、隣同士になりません?」


「…え」

まどかは、違和感を感じて、そして胸が、きゅうっと……苦しくなる心地がした。

自然と手が、胸に当たって、握る。冷たさが胸にあった。

「さすが、志筑さんだよねー」

まわりのつくえから、女子生徒たちの声が、ちよっとだけ聞こえてくる。

「転校生に優しいっていうか……」



「あっ、暁美さんだわ!」

そのときクラスがざわついた。

黒髪のミステリアスな女子生徒が、教室に入ってきたからである。


「今日も、きれいだよねー。暁美さん…」

「あの自信満々さはどっからくるんだろう…」

「てか、化粧してない?」


「暁美さん?」

まどかが、はっとなって顔を、教室の入り口にむけたら、ほむらが立っていた。


ほむらは、黒髪にカチューシャという、新しい髪型のコーディネートで、さらさら髪を手で受け流しながら、
優雅に教室に入ってくる。


「あっ、暁美さん、髪型かえてる!」

「カチューシャは初めてだよね。あれっ、前はどんな髪型だったけ?」

「えっ?髪になんか結んでなかった?」

「どんなだっけ?」


クラス中の視線を釘付けにしながら、ほむらは教室の後ろから入ってきて、席につく。

その途中、まどかのすぐ後ろを通り過ぎた。

色香のある空気が振りまかれて、まどかの鼻をついた。

甘い香り…。



ほむらちゃんのまわりだけ、空気が違うみたい…。


そして、すぐ思い起こした。

昨日の会話こと。

敵になるかもしれないの意味って、なんだろう。

せっかく、友達になれそうなんだから。敵になっちゃ、いやだよ。




まどかは席に座りなおす。


チャイムがもう一度なって、本鈴となった。


早乙女先生が入ってきて、こほん、と教壇にて咳をした。


「鹿目さん、転校して2日目ですが、学校にはなれましたか?」

ホームルームで最初の先生の話は、そこから始まった。

クラス中の視線が一気にまどかに向く。

「あっ、はいっ、えっと、正直にいえば…まだまだ分からないことが多いです」

どきん、と緊張に胸が跳ね上がるけれど、まどかは席にて先生に答える。

「授業も、アメリカにいってた頃とぜんぜん内容がちがっていて……ついていくのも大変です」

「そうよね…。少しずつ、慣れていきましょうね。さて、皆さん、鹿目さんが困っていたら、助けてあげる
ように!……それから」


先生の顔の色が変わる。


生徒は身構えた。

こうなったとき、早乙女先生の愚痴が始まるサインなのだ。


「みなさんはこんな話を知っていますか?」


ざわっ。

生徒たち、沈黙する。


「わたしたちが暮らす惑星つまり地球の公転……が、少しずつ、太陽から逸れて外れるという話…地球はどうなり
ますか?はい、中沢くん!」

「ええっ!?」

まどかの隣の席の男子生徒が、飛びあがる。

「ち、地球に何か起こるんではないかと…」


「その通り!地球にとんでもないことが起こります!」

先生、指し棒を握りつつ、興奮して語る。

「かろうじで太陽の重力と遠心力で保たれていた公転のバランスが崩れ、地球は太陽系から外れてしまいます!
すると地球の温度は下がります。摂氏-200度になります。人類は滅びます!」


だーん。

先生の意気込みが教室を打つ。

しーんとなる教室。


「あっちの国では、予言されていた世界の終焉がきたと、神の子が再臨し、世界が滅ぶときがきたのだと…
でも私、正直世界が滅んでしまってもいいんじゃないかなと……四捨五入して40歳だなんて!」


生徒たち、先生の言動に、言葉を失う。

空気が白くなる。

その中でまどかは、先生の話を聞きながら、カトリック学校で習ったことを思い出していた。

神の子の再臨?



あっちの国て、アメリカ?


まさか、そんな。

どうして先生はこんな話を突然するんだろう?


なんだか、変なのう…。



しかし、実は早乙女先生がこうした話をするのは一度目でなかった。

これを二度目だと感じていた生徒が1人だけいた。



生徒の姿をした悪魔であった。

今日はここまで。
明日か近日中に、つづきを投下します。

14


ホームルームのちょっとした違和感はさておき、授業は英語の時間になった。

先生は教室のホワイトボードに、二つの英文を書いて、説明をはじめた。

「同じ形容詞ですが、使われ方が違います。使い方の違いを説明できる方はいますか?」


クラスが静まり返る。

誰も何も答えない。


「はい」

すると、まどかが席で手をあげた。


「おっ、きみは、転校生でしたね?」

先生が、まどかを見て、言った。

「はい」

まどかは答える。


「転校して2日目なのに、立派です。さて、答えて御覧なさい。」

先生が感心した様子でいうと、まどかが説明をはじめた。


「はい、先生。上の文は形容詞の限定用法です。主語を修飾する使われ方で、その悲しげな男の人は
ニュースを嘆いた、という意味になってます。下の文は、形容詞の叙述用法です。この文だと動詞の目的語を
補って修飾する使われ方で、その男はニュースをきいて嘆き悲しんだ、という意味になってます。形容詞の
限定用法は名詞しか修飾しませんが、叙述用法は一文まるごと修飾することもできます。たとえば
is,are,was,wereなどのあとに形容詞をおくときなんかがそうです」



おっ、おおおおお。

教室で起こるどよめき。


先生も驚いた様子だ。

「そうか、きみは確か、アメリカに滞在してしましたね…」

「はい、先生!」

まどかは嬉しそうな顔をして答えた。

目が煌いている。

「大変よろしい」

先生はまどかを褒めた。



まどかは席についた。



「やっぱ、英語が得意なんだあ…」

「さすがアメリカに暮らしてただけあるねー」


そんな声が聞こえはじめる。

もちろん、所詮中学英語だから、大した内容なんかではない。


ただなんとなく、生徒たちは、転校して早々に先生に褒められている鹿目まどかを、からかってみたくなった
だけだ。

15


そして、歴史の時間になった。

先生は、教壇にたって、説明をはじめている。



「ドル本位制とはなんですか?」


先生は生徒たちに問う。

「前回授業で触れましたね。さて、誰が説明してくれますか?」


また、しーんとなる教室。

沈黙の空気。


誰も何もいわない。教科書を目に通し始める生徒たち。


「うーん、もう一度先生からお話しましょうか?」

先生が、困った様子で、仕方ないなあという顔をしながらホワイトボードにマーカーをつけると。


「はい、先生!」

そのとき、手があがった。


鹿目まどかだった。


「おっ、チャレンジ精神があっていいですね。えーとー…」

先生は、教壇の座席表と出席簿を睨む。

「きみは、転校してきた鹿目まどか…さん…だね?」

「はい、そうです」

まどかは、ハキハキと答える。


「転校したばかりなのに、手をあげるなんて、素晴らしいですね。感心しますよ。皆さんも、鹿目さんのように
間違えることを怖がらず、学ぶ姿勢をみせること!さあ、鹿目さんなりに、説明してみてください」



「はい先生」

鹿目まどかは席をたち、生徒たちが黙して見守るなか、答え始めた。


「それまで世界経済は、金本位制でした。金本位制は、その名の通り、貨幣の価値を金で交換する制度です。
でも、世界経済が発展していくにしたがって、金の量だけでは貨幣との交換が間に合わなくなってきたため、
貨幣の価値は、アメリカドルで交換する仕組みにすることによって貨幣の発行を助けました。アメリカドルは
金と交換することができます」


おおおお。


また生徒たち、どよめき。


もちろん、生徒たちは、全員が全員、分からなくて質問に答えなかったわけではない。

ただなんとなく、目立ちたくなかっただけだ。


しかし鹿目まどかという転校生は、どんどん目だって、先生たちの目に留められていく。



「内申書のため?」

「推薦受験するのかな?」


なんだか、まわりでひそひそ話が聞こえる。

鹿目まどかは、先生に褒められたあと、席にゆっくり着いた。

まどかは別に目立ちたいとか、内申書をよくするため先生に気に入られたいとか、そういう魂胆があって
発言をするのでなくて。


ただ単に、アメリカで通った三年間に、先生の質問に答えなさいと教えられて育っただけだ。


先生が質問しているのに、答えないのは、授業に参加していないのと同じだ。

と、何度も厳しく怒られて、習慣づいてしまった。

16


きーんこーんかーんこーん。

チャイムが鳴る。


昼休みの時間になった。


教室の生徒たちはさっそく友達同士、屋上やら校庭やら図書室やら、それぞれの場所へ出かけていく。

はしゃぎあう声が聞こえる。


鹿目まどかは、席で、テーブルに並べたノートをかばんにしまっていた。


”campus note”。


それに手を触れたとき、異変が起こった。



ノートには、不思議な、ピンク色のドレスをまとった女の子の絵が描かれていて…。


しかも、ふと教室をみると、教室が宇宙に浮いていた。


「…わああ!」

鹿目まどかの悲鳴が教室に響き渡る。

記憶が呼び覚まされかける。


自分の体が変化をはじめる。

いつか鏡の中でみたような、神々しい何かのドレスのような姿に、変わってしまいはじめた。

鏡の中のあの女神が、何かを自分に、懸命に伝えようとしている。宇宙空間に浮かぶ彼女が。

「きゃあああっ!」

まどかが、怖くなってしまって叫ぶと、手を何かが捕まえた。

「…え?」

はっと、現実に戻る。

そこはただの教室だった。



生徒たちが、何事かと、目をまんまるくしてまどかを見つめている。注目がまどかに集中している。

当然だろう。

急に大声で喚きだしたのだから。教室で、1人勝手に。



まどかの目の前には、ほむらがいた。


ほむらは、まどかの暴れる手をそっと掴み、優しく守るように両手に包んでいた。

これによって、過去の記憶にふれて、概念化をはじめたまどかのパワーのあふれ出しが、食い止められた。

不安定ながら。



「大丈夫?鹿目さん…?」

ほむらの優しげな表情が、まどかを見つめている。


「…ええっと…ほむら…ちゃん?」

目の前にはあの優しい友達。

転校して初めてできた新しい友達。


ちょっと不思議なところもあるけど、今こうして、私を心配してくれている人。

「気分、落ち着いた?」

ほむらが問いかけてくる。眼差しは優しくて、まるで、母が娘を見守るような温かい目だ。

うっすら、その目が細まる。

「う…うん…」

そんなに近くで見つめられたら、恥ずかしいよ。

まどかはほむらから目を逸らす。



それに、どうして手を包んでいるの?

ほむらちゃんの手、冷たい…。



「まどか、一緒にご飯たべにいきましょう?」

ほむらは、昼食の休憩にまどかを誘った。


それは、まどかの気持ちを和らげるものだった。

「…うん」


まどかは、おずおず、恥ずかしさと戸惑いを感じつつも、誘いに乗った。

誘われたことが、とてもうれしかった。

16


ほむらとまどかの2人は、見滝原中学の屋上にいた。

そこは壮麗な仕切りがあって、屋上から落下することを防ぐ柵となっている。


まるでミラノ大聖堂みたい、とまどかは思った。



壮美な学校の屋上は、チャイムをならすベルの塔がある。

学校の予鈴・本鈴を鳴らしてくれる。


まどかとほむらの2人は、屋上のベンチに隣同士になって座り、弁当を食していた。

まどかは、母がつくってくれた弁当を、包みをあけて食べ始める。


「学校は慣れた?」

ほむらが、優しい声できいてくれた。

「今日は、たくさん発言していたわね。みんなびっくりしていたわよ」


「えへ。そういわれると照れるな…学校は、まだまだ、慣れないよ」

まどかは箸を手に持った。

「アメリカとはぜんぜんちがっていて……もちろん、私の故郷なんだけど…ちょっとまだ、
本調子に戻らない、というのかなあ…」

ぱくっ、と卵焼きをたべた。暖かい料理。

一方のほむらは、コンビニ弁当を、たべはじめる。冷めていた。


「ほむらちゃん、家でお弁当、つくってくれなかったの?」

まどかは何の気なしに尋ねた。


「私は、いま家族と暮らしていないの」

ほむらは答えた。本当の話であった。

「あっ、ごめ…ん」

すぐにまどかが申し訳なさそうにしゅんとなる。


「いいのよ、まどか」

優しく言ってほむらは、弁当のプラスチック箱から箸で食べ物を口に運ぶ。

ソースづけのとんかつ。

それから、キャベツ。


「ご家族は今どちらに?」

心配そうなまどかが、また尋ねた。

ほむらは、とんかつを一切れ、口にはこんで、はもはもと噛んだあと、言った。


「さあ……わからないわ」


「わからない?どうして?」

まどかのお弁当を食べる手がとまった。


「だって……病院にいた頃から、私は家族に疎まれていたんだもの」


「…え?」

ほむらの答えに、まどかが固まってしまう。

「仕送りはある。でも、看病も家のことも全て他人任せ……。家族…。そうね、どこにいるのかしらね」

といって、空をみあげる。

自分が創りあげた空を。

天地は7日間で創造されたらしい。



ほむらは一日でこの世界を創った。


「私は家族に迷惑ばかりかけて育った…。学校にも通えない、将来、働ける見込みもない。看病の負担と、
医療費を家族に払わせるだけ…。そんな子が昔の私だった」


過去を思い起こす。

やっとの想いで、心臓病が快方にむかって、見滝原中学に入学した初日。

それからの数日。



なにもできない子だった。

学校では何の問題も解けないし、体育では隅に座ってクラスメートの運動を見学しているだけ。


「でも、それを変えてくれた子がいる」

といって、ほむらはまどかを優しく見つめた。

そう、見たかった。


そんな私を変えてくれた子を。

世界から消え去っても、その子を見守りたかった。


忘れもしない、みじめな人生の日々。

生まれつき心臓が悪いなんて、神様はどうして私をそんな人に創ったのだろう。


でも、今はちがう。

変えてくれた。あなたが。


鹿目まどか、あなたが、私を変えてくれた。


だから、私はあなたに、抑えがたい気持ちを抱いている。



しかし、当の本人である鹿目まどかは、きょとんとした顔をしている。


ほむらの想いに全然気づいていない。

当然だ。

円環の理となって、全知になったとき、まどかはほむらの全てを知ることができたのだから。

そのとき、いってくれた。最高の友達、と。


今のまどかは、たぶん、ほむらことを最高の友達と言わないだろうし、出会って2日目の見滝原中学の
生徒くらいにしか思ってない。


でも、それでもいい。今のうちは。


最高の友達といってくれる円環の理よりも、そばにいてくれる出会って2日目のクラスメートのほうがいい。

だって、愛することができるから。


あなたを愛するためにこの庭をつくり、あなたをそこに置いたのだ。


「変えてくれた子って、だれのこと?」

何も知らないまどかは、無邪気にほむらに尋ねてくる。

首を傾げて、不思議そうな顔して。


それも、愛しい。


いっそあなたよ、と今いってしまおうか。

いや、ダメだ。


それは、まどかにあの力を呼び覚ませる引き金となってしまう。


まどかとの、本当の出会いのこと、そして、”あなたは魔法少女だった”なんてことをいったら、思い出して
しまう。


魔法少女だった自分を思い出して、しまいには、円環の理の一部である自分を思い出してしまう。


また、一人になってしまう。まどかが。


いけない。それは。


決して伝えられない。



「それは、あなたの知らない子よ」

ほむらは答えた。


「そう、だよね」

まどかは照れたように、髪の毛を自分で撫でる。てへへと。

「私がしってる子のわけないよね、ほむらちゃんとは出会って2日目だし…変なこときいちゃってごめんね」

「ふふ。いいのよ」

ほむらは微笑んで、まどかを見つめていた。


「ええっと…ほむら…ちゃん?」

すると三年ぶりに日本に帰ってきた鹿目まどかは、戸惑いはじめた。

顔がおろおろし始める。

「ずっと私の顔みつめて……何かついてる?私の顔に…」


「あ…ごめんなさい」

ほむらはまどかから視線を逸らした。


気づいたら、ちょっとだけまどかが、ベンチで隣同士座るほむらとの距離を、あけていた。

横にずれていた。逃げるように。ほんのちょっとだけ。


「あんまり、見つめられたら、私どうしらいいのか分からなくなっちゃうから……」


「そうよね…」

ほむらもまどかから離れた。

でも、なんだか、そのとき、心にズキというような苦痛が走った。

胸が裂かれる、という気持ちがあるのなら、今感じたのがそれだろう。

抑えがたい気持ちが胸にふくれる。

いっそ、あなたを愛していると伝えられたのなら。


ほむらはこの気持ちを、また、無理やり、胸に押し込む。


個人の欲望が優先して、秩序を乱すのは、ダメなことって、昨日この子がいったばかりなのに。

またも、私は世界を乱す気でいる。



「ほむらちゃん…?どうしたの…?」

痛む胸をぐっと掴んでいると、まどかに、心配されてしまった。

ひどく不安そうな顔をしている。




「いえ…なんでも…」

ほむらは、胸からてをはなして、ベンチにちゃんと座りなおす。


2人の間に、なんともいえない空気が流れる。

学校の屋上に、風がひゅう、と吹いて、2人の髪をゆらす。青空は、とてもきれいだ。

ベルの塔の時計は、まだ昼休み時間に余裕があることを示している。


「あのね…ほむらちゃん…聞きたいこと…あるんだけど…」

おずおず、まどかは弁当をたべる箸を置いて、両足の膝を合わせると、ぎゅっと身を縮ませて緊張する素振り
みせて、胸元に手をおきながら、話しはじめた。


「私が転校したときからほむらちゃん私のことずっと見てるし……いきなり秩序を守ることが大切かどうか
なんて、私に聞いてくるし…」


ほむらの胸に騒ぎが起こる。

まどかが、記憶を取り戻すような様相をみせたら、すぐ記憶を封じる。


神にも渡さぬ、わたしの愛しいまどか。あなたは、これからも庭に住み続けることになる。


「それって……おかしいなっていうか……。その、何かのアニメとかマンガの……キャラ…なんだよね?」

まどかは、ほむらに若干背をむけつつ、横目でほむらを見て話す。やや警戒している様子だ。



「キャラ?マンガ?」

ほむらは、予想外な疑問を投げかけられて、しばし頭が白くなった。

いろいろな時間を巡ってきたほむらだったけれど、何かのキャラの真似かなんて問われたのは、初めてだ。



そして、もちろん、何のキャラになりきっているわけでもない。

何と答えようか?


「何のキャラか、でいわれたら……そうね」

ほむらはその場で立ち上がる。


長髪が、屋上にて風に強くふかれて、激しくなびいた。

そして、ふり返って、まどかを見た。

「悪魔、かしら…なんてね」

といって、踵を返し、タタタと歩いて、見滝原中学の屋上を去ってしまった。

「五限目、はじまるわよ」


「うん…えっ!」

まどかは、慌てて弁当をみる。

まだ半分も残っている。


慌てて、箸で食べ物を口に運ぶ。

ほうれん草も、卵焼きも、肉じゃがも、ごはんも、ぜんぶ。


食べたあと、弁当を包みに戻して、きゅっと結ぶと、自分も走って屋上から廊下へ戻った。

ほむらの背中を追うように。

17


美樹さやかはその日登校をしなかった。

まどかに会わせる顔が見つからなかったから。


過去の思い出のこを話されたら、きっと何も答えられないだろうから。



まどか、あんたは、今まで存在しなかったはずの子なんだよ。

いえるかっ、そんなこと。


新しい学校生活に生き生きしてるまどかの姿みたら、余計…。



さやかの足は自然と教会にむかっていた。


教会といっても、廃墟。もう信者もいなければ牧師もいない空っぽの廃墟。

そこに、食べ物を齧る杏子がいた。古びた礼拝席に腰かけ、聖壇をみあげている。聖壇のあたりの
ステンドグラスは、廃墟だけあって、ほとんど壊れていた。



「よー。学校いかなくていいのか?」

杏子は、さやかの気配にさっそく気づいて、りんごを齧りながら、言った。

ステンドグラスは粉々に割れた、ひどい教会に、1人の少女が礼拝席に座っていて、りんごを齧っている姿は、
なんとも孤独だった。

しかも、足を伸ばして、前列の席にのっけている。なんとも不良少女なたたずまい。

とても教会の娘に思えない。


「いってる場合じゃないし…」

さやかは呆れた声で答え、それから、ふうと息をついた。

「あんた、どれくらい覚えてる?」


「おぼえてるってー?」

杏子はまたりんごを齧った。籠からりんごを手に取る。

「何の話?」


「この世界って本物だと思う?」


「はあ?」

杏子が、さやかのほうに顔をむけて、礼拝席でりんごを齧る口をとめた。

その顔は神妙になっていて、眉は曲げられている。


「なにいってんださやか?」

「そこは覚えてないか……じゃあ、暁美ほむらって子。あいつのこと、どう思う?」


「ああ?暁美ほむらだって?」

杏子の目が泳ぐ。

「んーと…」

手にりんごだけ持って、目線は教会の廃れた天井へ。

「見滝原の魔法少女だろ?マミから聞いたぞ。一緒に魔獣と戦ってるって……」


「それも覚えてない、か」

ちょっと落胆したさやかの声。

「ま、仕方ないよね。あのことを覚えているのはあたしとなぎさだけ……」


「一体何の話してるのさ?あたしなにか忘れてるか?もしかして、また居候交渉してくれるとか?」

ちょっとだけ期待の込めた、ニィという笑いが、さやかに向けられる。


「ねえ、杏子」

いっぽう、さやかの顔はとても真剣だった。

「悪魔の倒し方って……知ってる?」

「悪魔の倒し方?」

杏子の顔がさらに神妙になった。

教会のステンドグラスに描かれた天使の姿に光が降りた。「どうしたんだよ?」


「アンタなら知ってそうだと思ってさ。なんでもいいから、ヒントが欲しいんだ。ほら、神様とか、
悪魔とか、アンタ詳しいでしょ…?」


「そりゃ…。あたしは教会の娘だったけど」

杏子は、りんごをまた齧る動作に戻った。がぶっ。りんごを歯が砕く。

「見てのとおり今じゃ世捨て人だよ?学校とやらにもいってないしねえ。大体急にどうしたんだっての?
見滝原の平和を守る正義の魔法少女さやかともあろうお人が、神様に救いを求めるのかい?」

はっはと笑う。


「いや、あたしは悪魔を倒したいだけだ。んで、どっちかというと、神様を助けたいほう」


「んぁ…?」

杏子の顔が曇る。「さやか。本気でどうかなっちまったのか…?」


「たとえ話をするとこんなかんじ」

さやかは説明をはじめた。

神によって創られた世界があった。そこには神の創ったルールがあった。

しかし、悪魔が出現し、神の一部を奪い取った。神の力の一部を使って、新しいルールに書き換えてしまった。

その新しいルールの具現化として、神の子が世界に現れた。その神の子を篭絡することが、悪魔の目的だった。

神の子を悪魔の手から救うため、悪魔を倒すためには、どうしたらいいか。



「ふーん。たとえ話にしちゃあやけに筋書きのできた話だね」

杏子は、少しだけ感心した様子だった。そして、美樹さやかの質問に、こう答えた。



神の子が地上に再臨するとき、神の軍団が、悪魔の軍団を打ち滅ぼす。神は悪魔に勝利して、全く新しい世界、
つまり”新しい天と地上”が打ち立てられる。


神の子は一度、悪魔の手にかかって死んでしまうが、復活を遂げる。そのとき、完全な力を取り戻す。


「神の子の再臨…」

さやかは、杏子の答えから、何かヒントを得た様子だった。


「教会の娘にそんな質問投げかけたんだから、もちろんこういう答えがほしかったんだろう?まだここが
教会らしい教会だった頃、同じような答えを求めてたくさんの信者が集まってきていたものさ。救われるって
話を、みーんな聞きたがるからね」


といって、また、りんごを齧った。「親父の話を何度も小耳に挟んでいるうちに、覚えちまったんだよ。
あたしも…。で、さやか。こんな答えでいいのかい?」

「…うん。ありがとう。杏子」

さやかは、杏子に感謝の言葉を告げた。


それは、杏子を驚かせた。

さやかがありがとうと言うなんて。何の風の吹き回しか。

「ありがとうって……ほんとに変になっちまったな、あいつ…」


杏子は、なにか収穫あり、といった様子で教会を去っていくさやかの背中を見送っていた。

18


美樹さやかは確かにヒントを得ていた。

この、暁美ほむらという悪魔によって創られた悪夢のような現実を、打ち倒す方法のヒントを。


それは、杏子にとっては、幼い頃から毎日のように聞かされていた話だったけれど、さやかには、
まさに突破口にも思える重大な情報だ。



「そうだよ……悪魔、悪魔を倒せる存在があるとしたら、神の子だよ」


魔法少女の力で悪魔と戦うことは難しい。

もちろん、逃げるつもりはない。けれど、悪魔を相手にしようと思ったら、魔法少女だけじゃだめだ。

神の子の力が必要だ。



神の子と、魔法少女みんなが、手を結んで、悪魔と戦おう。

この世界を打ち倒して、新しい世界を取り戻そう。

「ああっ、ダメだ、その肝心な神の子が、いま悪魔の手の内にあるんだった…!」

あーっ、と歯軋りして、自らの青い髪をかきむしる。

円環の理の力を、呼び覚まそうにも、それをアイツが邪魔をする。阻止してしまう。

封じ込められている。あのまどかが、ほむらに篭絡されている。



とにかく、助っ人を探そう。助っ人。

「なぎさに話そう……このこと…!」


さやかは焦燥が心に込み上げていた。


自然と足取りが速くなる。


というのも、円環の理の使いであった記憶が、わずかでも残っている美樹さやかには、予感があった。


今のままではまずいという予感が。

この世界でいま、何が起ころうとしているのかという、無視できない危機感が。

今日はここまで。
明日か近日中に、続きを投下します。

叛逆を見てないのだろうから仕方ないけどほむら改変後も杏子は学校通ってるよ

設定がいい加減だがSSだしこの位構わない
それよりまどかを建前にし続けた自己愛の化身をそのままぶっ[ピーーー]展開を宜しく

気持ち悪いもしもしだなあ

ほむほむは最高に良い子だよ!
ほむほむを救ってくれたらさやカスとか踏み台にしても良いからそうしてよ!

誰かを踏み台にしようとするなんて愛が足りない

山本キッド徳郁は出ますか?

その神の子じゃない

円環の理の片鱗に対するまどかの反応が恐怖って所は新しい切り口だと思う

sageろって

19


その頃、鹿目まどかは2日目の放課後を迎えていた。

ノートをかばんにしまう。


学生かばんを閉じて、それを手に持って、席をたつ。

両手にかばんを持ちながらまっすぐ学校の廊下を歩き、学校の昇降口へ。

昇降口までくると、下校に急ぐ生徒たちが、入り口をくぐって校庭へとびだしていく。


ひょっとしたら、この2日目なら、誰かと一緒に、新しい友達と帰れるんじゃないかな。

その淡い期待は、残念ながら裏切られそうだ。


教室を出るこのとき、誰かが声をかけてくれるかもしれない。


ちょっとだけ、そう、期待していたけれど、誰の声もかからない。



仕方ないよね。


まだ転校して2日目だし…。



なんて、ちよっぴり心細い気分になりながら、しんみりと昇降口を通っていたら。


「鹿目さん」


名前を呼ばれた。

「はっ、はい」

諦めかけていたところに、不意打ちのように呼ばれて、まどかはちょっと上ずった声をあげる。


だれかな。


声をかけてくれた生徒を見たら、志筑仁美だった。


「仁美ちゃん」


まどかは顔を綻ばせる。

新しい友達ではなかったけれど、小さな頃からのお友達。


幼馴染が、私に声をかけてくれた。転校して2日目に、また。


「喫茶店に寄りません?」


喫茶店に寄るなんて、やっぱり私たち、中学生になったんだなあ。

と、仁美の誘い方に、ぼんやりそう感じたまどかだった。



小学校の頃は、「川にいきません?」とか、「丘にいきません?」とかだった。


そして、川に飛び込んだり、丘を疾走したり、寝転んだりして、体じゅうに汚れをつけて家についたものだ。

けれどもう小学生じゃない。


喫茶店なんだ。

私たちの遊び場は、もう…。


「うん。いいよ」

なんにせよ、仁美の声がけをうれしく思いながら、まどかは誘いにのった。「でも…こっちに戻ってきて
ちょっとしか経ってないから、私お店とか詳しくなくて…」


「うふ。私とさやかさんが、よく使う喫茶店があるんです。デパートですけど…」


といって、仁美はくすと微笑んだ。

ちょっとだけ違和感を感じたまどかだった。

川辺にいったり、丘にいったり、公園にいったりしたときは、もっと無邪気に笑ってくれたのに。

変わっちゃったのかな…?

仁美ちゃんも。中学生になって。



私がアメリカに引っ越してから、丘にいったりしてないのかな?

そういえば、中学生になったらお稽古ごとが忙しくなる、って言っていた気がする…。


やっぱり、三年間の空白って大きいんだ。三年間会ってないってことが、こんなにも…。

それを実感して、また、心細くなるまどかだった。

20


喫茶店は、仁美が言ったとおり、デパートのフロア4Fのカフェだった。


見滝原中学の生徒がよく使うカフェだし、まどかたちも、改変される前は、よくこのカフェに来ていたものだ。


例えば、魔法少女体験コースの事前打ち合わせに、仁美とさやかの恋愛相談事に、まどかとほむらの相談事に、
ことあるごとに、この喫茶店にきたものだ。



その記憶の全ては、今の鹿目まどかにはない。

この喫茶店に初めて来たと思っている。


「4時半にお稽古事がありますので、あまり時間はとれないんですが…」

と、最初に、申し訳なさそうな顔して、仁美がいった。


仁美と、まどかのテーブルには、ホットティーのアールグレイが、カップで湯気たっている。


「鹿目さんにひとつお話したいことがあって…」



「…う、うん」

まどかの面持ちが、少し悪い。

緊張している。どきどき、胸が騒ぎを訴えている。怖い、という感情だった。

「話っ……て?」

20


喫茶店は、仁美が言ったとおり、デパートのフロア4Fのカフェだった。


見滝原中学の生徒がよく使うカフェだし、まどかたちも、改変される前は、よくこのカフェに来ていたものだ。


例えば、魔法少女体験コースの事前打ち合わせに、仁美とさやかの恋愛相談事に、まどかとほむらの相談事に、
ことあるごとに、この喫茶店にきたものだ。



その記憶の全ては、今の鹿目まどかにはない。

この喫茶店に初めて来たと思っている。


「4時半にお稽古事がありますので、あまり時間はとれないんですが…」

と、最初に、申し訳なさそうな顔して、仁美がいった。


仁美と、まどかのテーブルには、ホットティーのアールグレイが、カップで湯気たっている。


「鹿目さんにひとつお話したいことがあって…」



「…う、うん」

まどかの面持ちが、少し悪い。

緊張している。どきどき、胸が騒ぎを訴えている。怖い、という感情だった。

「話っ……て?」

「どうか、嫌味のない話として、きいてほしいんです。鹿目さんのことを想って、いいます」


仁美が、目を閉じて、すうっと鼻で軽く息を吸ったあと、まどかの目をまっすぐ見て、語った。


「鹿目さん、少しクラスで浮き始めています。私の目にはそう、思えるのです。それで、お話しに」


「…浮いてる?」

まどかの心に、重たい何かが落ちてきた。

仁美ちゃんにそんなこと、いわれるなんて。

「どう…して」

胸がばくばく脈うっている。



「あちらの国では、自己主張が強い方の多い風土がありますから、そこで三年間過ごされた鹿目さんも、
自然とその風土が身についているんだと思います」


話がみえない。

まどかは、ただ、仁美と、他愛もない、なんの変哲もない友達同士の会話をしたかっただけなのだ。


「わたくしも聞いています。アメリカでは、たくさんの人種や、民族や、宗教の宗派の異なる人々が
いますので、自分がどういう人種でどの宗派でどの所属に生きているのか、人と出会うたびに
自己主張をしなければいけない、と。近所同士のお付き合いではもちろん、知らない人同士でも、挨拶を
交わして会話することがあるそうですね。むしろそれがトラブルを避ける道だって…。自己主張が当たり前の
風土で過ごされて、私の目には、鹿目さんがこのクラスで目立ちすぎているように感じるのです」


「目立ちすぎ…?」


一体、なんだろう。

違和感を感じる。


さっきから感じている違和感が、どんどん大きくなる。


「鹿目さん、でもあなたは、日本に戻ってきました。気をつけたほうが、いいと思うんです。
私たちの国では、転校してきた数日のうちは、授業中の発言を控えたり、自己を主張しないことが、
むしろトラブルを避けることな気がします……。そのほうがよろしいのではと思って、鹿目さんに伝えたくて、
お誘いしました」


「発言を控える?自己を…主張しない?それって…」


まどかには全く自覚がなかった。


ただ先生に質問されたから、答えただけにのに。

先生が質問しているのに、答えないのは、授業に参加してないのと同じだって、教えられたから、
答えただけなのに。

「どうか嫌味と思わずに私の話をきいてください、鹿目さん」

仁美は本当に心配そうな顔をした。

「鹿目さんにはつらい想いをしてほしくないのです…これから一緒に過ごすクラスメートとして、
仲良くなりたいだけなんです」


「仁美…ちゃん…」

まどかは言葉を失っている。

カップのアールグレイは冷めた。


「いきなり、つらいことを言ってしまいましたね。でも、今ならまだ…」

仁美は申し訳なさそうに、小さな声で話してくれる。

「私立高校に入るまでの辛抱です。幸い、見滝原のエリアには帰国子女の多い私立高校が…」


「仁美ちゃん!」

まどかは仁美の話を遮って、大きな声をだした。


喫茶店の、他の客席の人たちが、こっちを向いた。何事?と。


仁美は驚いて口元を手で覆って、目を瞠っている。

が、すぐに落ち着いた表情にもどって、おだやかに訊いてきた。「鹿目さん?」


「ねえ……仁美ちゃん……これから一緒に仲良くって…いってくれたけど…」

まどかは怖かった。

その質問を問いかけるのが、怖かった。


けれど、問いかけられずにはいられない。

確かめずにはいられない。


アールグレイの湯気は冷めて、たたなくなっていた。


「小学校のときだって……一緒…だったよね?」

まどかの口から問いが出たとき、風がふいた。

紅茶の赤い水面がわずかに波紋を打った。


「川にいったりとか……駅の近くの丘のぼったりとか……あと、公園にいったりとか…してた…よね?」


「…え?」

仁美は、目を丸めてしまった。

それから、すぐに、くすと鼻で笑い始める。

「また、アメリカ式ジョークですの?その手には、ひっかかりませんわ。でも、安心しました」


「本当に……覚えてないの…?」

まどかは、目が熱くなって、こみあげる涙の粒と戦っていた。嗚咽をこらえていた。

「私のこと……なんにも…?風力発動のそばの土手道で、私たち、さやかちゃんと三人で、雲を
数えたり…クラスの男子の話とか……したこと…何も?」


「やだっ…鹿目さんったら。そんなにきかれたら、私ちょっと本気になってしまいますわ」

仁美が、口元に手を添えて、くすくす笑い続けている。

「ドッペルゲンガー…?でしたっけ?まどかさんの小学校のお友達には、私のそっくりさんが?
でも名前はきっと、違うはずですよ?」


「…そんな」

まどかはいよいよ、思い知った。


小学校の頃の友達は、今や完全にまどかを覚えていないことを。

それも、うろ覚えとか、部分的に忘れているのではなくて、まどかとの思い出そっくりそのまま全部、
なかったことにされていた。


「そう……そう、なんだ…」


ぎこちなく、まどかは言葉を紡ぎだす。


本当に私のことを想ってくれているのなら、自己主張を控えろとか大人しくしていろとか、そういう話よりも、
思い出話に花を咲かせたかった。


私たち、友達だよね。今までも。これからも。


それを確かめたかっただけだ。寂しかったから。



それは裏切られた。


「そうだよね……たぶん、仁美ちゃんのそっくりさんか何かと……私、思い出があるのかな…」


「きっとそうですわ。あら、やだ私ったら…そっくりさんなんて…」

仁美はまだ笑っている。

「でも、面白い方ですのね。鹿目さん、私、そろそろお稽古にいかないと。また、お話しましょうね。
では…」

といって、喫茶店の席をたち、まどかに頭を下げて一礼すると、歩き去っていった。

仁美が完全に去ると、取り残されたまどかの目から、ついに涙の粒がこぼれた。

「う…!…!どうしてなの…」

ひく、ひくと背中がゆれる。


「何も覚えてくれてないなんて……ひどいよ…!仁美ちゃん…!」


小学校の頃の自分は、なかったことにされていた。

一番、大切な友達だったのに…。


生まれてから小学五年生になるまでの人生が、ぽっかり、空洞になってしまった気持ちだった。

21


美樹さやかはその日の深夜、半月が夜空に浮かび上がる頃、見滝原の河川敷を歩いていた。

風力発電施設と、製鉄所のある工業地帯にそった川辺の土手道だ。


そこに、パトロール中の巴マミと百江なぎさの2人組みが歩いていたので、合流した。


「マミさん、どーもです…こんばん…は?」

なんてゆーか、暁美ほむらが悪魔と知っている自分と、そうでないマミとに、齟齬を感じる。

「今夜は魔獣が発生してます?」


とりあえず、普通の魔法少女として、巴マミと会話しよう。そう思ったさやかだった。


本当は、こんなことしている場合じゃないのに。


今日もまた、半月がのぼってくる。暗くなってきた夕日に。


あたしの、暁美ほむらが悪魔だっていう記憶が、いつ消えてしまうかも分からないのに。


でも、仕方ない。

今は我慢だ。

「ええ。今夜は魔獣が発生しそうなの」

巴マミは、黄色いソウルジェムを手元に翳している。ああ、ちょっと濁ってる…。

「このあたりと、公園と、丘に気配を感じるわ」


「マミが狩りに出ますので、なぎさもお手伝いするのです!」

百江なぎさが、マミの横ではりきっていた。


2人は仲がいい。

でも、なぎさの正体をあたしは知っている。


魔獣、かあ…。


まどかが世界を改変した歪みで、新たに発生した敵。魔法少女の敵。



魔獣を倒すと、グリーフシードを落とす。これを使うことで、あたしたち魔法少女は、ソウルジェムの
濁りを浄化することができる。


「杏子は?」


「佐倉さんは、今日見滝原にはこないみたい」

マミさんが、ちょっとだけ寂しそう。

「風見野の魔獣を退治するって…」

そっか。杏子も、魔獣と戦ってるんだね。

そりゃそうだ。暁美ほむらを悪魔と思ってないし、グリーフシードだって必要なんだから。


特に杏子は、その点については甘くない。ソウルジェムの穢れとグリーフシードのストックについては、
誰よりもシビアに考えてる。


あたしのような、甘ちゃんの魔法少女が、見習わなきゃいけないところが、杏子にはある。


取り分の薄い共闘じゃなくて、1人でがっぽり稼げる狩場を、今日は選んだわけだ。


そこまで割り切れるのは、マミさんにも私にもできない。

どうしても、誰かと一緒に、と考えてしまう。


グリーフシードは山分けになる。2人なら2分の1、3人なら3分の1、4人なら4分の1。

もちろん、戦いのリスクは少なくてすむんだけど…。


いつも共闘ばかりしてもいられない。時には、1人でがっぽり稼ぐときだって必要だ。


杏子にはそういう調整ができる魔法少女だ。

最初は、嫌いだったけど、でも、あいつはやっぱりすごい。

「分かりました。マミさん、私もパトロールさせてください」

あたしはマミさんの魔獣退治に加わった。

これが終わったら、なぎさと話しよう。


なきさとあたしの目があった。


たぶん、なぎさも同じこと考えてる。


”あの悪魔をどうするか”について、だ。


魔女が消え去っても、世の呪いや、絶望が消え去ることはない。形を変えて、今も人々を闇の底から
ねらっている。


さやかは、魔獣の結界をとびまわって、すれちがう魔獣の頭を切り裂く。

かつて魔法少女だった自分の、感覚がまだのこっている。剣道なんかならってないけど、サーベルを自在に
振り回すことができた。


魔獣たちはみんな消えた。


赤黒い結界が消え、見滝原の河川敷の風景がもどってきた。

そして、大量のグリーフーシードが、草むらにおちてあった。

「ふー。大収穫だねえ」

さやかは、自分でも、呑気なこといってるもんだ、と思う。


「うふ。今日もうまくいったわね。美樹さん、攻撃の能率があがってたわよ」

マミも、なぎさも、グリーフシードを拾い集めて、さっそくソウルジェムを浄化している。

マミの黄色いソウルジェムが、なぎさの淡紫色のソウルジェムが、濁りをきれいにする。


さやかも浄化をした。

青色のソウルジェムを浄化した。きれいになった。



そういえば、このソウルジェムって、なんで青色なんだろう。好きな色だから、いいけどさ。


あっ、本人の好きな色になるのか。


さて、と。

魔獣狩りが無事おわったところで、なぎさを呼びださなくちゃ。



ほむら。

いつまでも、あんたの妄想ごっこにつきあっているあたしじゃないぞ。

23


「この世界をどうしたいと思ってるの?」


マミさんが自宅のマンションに帰ったあと、さやかはなぎさだけを呼んでいた。

そしてなぎさと、2人きりで、見滝原の深夜、半月が地平線に沈みだす頃、花畑で落ち合っていた。


さやかとなぎさにしか通じない話がある。

2人とも、円環の理に導かれた二人だ。


「まさかこの世界が本物だなんて、思ってないでしょ?」


「ひとついえることは、」


なぎさが話し始めた。

さやかとなぎさは、2人して花畑の丘に腰掛けて、悪魔の庭たる偽物の夜空をみあげる。

星がたくさんあって、きらきらと銀河がきらめいていて、虹色。


地上ではみんなにも街灯や町の光がひしめきあっているのに、夜空に浮かぶ星はこんなにも多い。


それが、またウソくさい。

「なぎさが、魔法少女として今あることができるのが、今の世界のおかげ、ということなのです」


「えっ!?なにそれって…」


さやかは、驚いた顔した。

なぎさときたら、まるで今の世界を悪く思ってないみたいな口ぶりだ。

「あんた、この世界をつくったのが誰で、しかもそいつが何したのか見てるでしょ?」


「…はいなのです」

なぎさは、わずかに頭を垂れて、目を落として地面を見つめた。

「なぎさたちは、ほむらを助けるため、ほむらの結界に入りました。ほむらを助け出せましたが、
悪魔に変わり果てました」



「だったら…!どうにかしなくちゃ…!この世界…!あいつ、あの悪魔がいったんだ。あたしの一部に、
まどかを閉じ込めてあるって。あの禍々しいソウルジェムの変化、おぼえてる?あそこに、まどかが…!
あたしの幼馴染が…!」


「だったら、どうするのです?」

なぎさはさやかに問いを投げかけた。

「どうするって…」

さやかは、どういうわけだか、口ごもった。答えは決まっているのに。

「あの…悪魔を倒して……取り戻さなくちゃ…まどかを…。ほむらのいいようにされて、本当の自分の姿を隠されて。
人形みたいにされてる…。」

「本当にそうなのです?」

ふっと、顔をあげて、なぎさは、見滝原の空をみあげた。

その瞳に濁りがない。きれいな瞳だった。


あたしより4、5歳も年下の、子供だからできるきれいな瞳って、こういうのなのかな、なんて思ってしまった。


「円環の理は私たちの神様…なぎさは、導かれるまでは、そうとしか思ってませんでした。でも、ほむらが
導かれるあのとき、初めて、私たちの神様が、私たちと同じような、女の子だって、知ったのです。それを
思ったとき、円環の理である鹿目まどかが、背負った宿命って、あまりに残酷すぎるって。なぎさは
思うのです」



「…なにが、いいたいの?」


「なぎさは、ほむらの気持ちが、分かる気がするのです…」

瞳は、相変わらず、きれいだった。

なんて子供らしい目をしてるんだ、こいつ。そう心で呟いてしまう。


「鹿目まどかの負った使命は、残酷すぎます。だから、ほむらはその使命から、まどかを取り戻したんです。
解き放ったんです。記憶が操作されてたり、力を封じ込めてたり、幼馴染だったさやかには、納得いかないところ
もあると思います。でも、ほむらがしたこと、そんなに悪いことなのです?」

「それは…」

さやかは、すぐに答えが見つからない。

目を細めて、じっとりと、花畑に咲くタイムの花を見つめてしまう。


「でもじゃあ……!いくら円環の理の宿命から解き放ったっていったって……あんなまどか、ほむらの都合の
いいように、弄くられているだけじゃん……そんなまどかと、これからも友達でいろって?どんな顔して
まどかのそばにいればいい?悪魔に操られていることを知りながら、何食わぬ顔して、そばにいろと?」


「それは、なぎさには分からないのです」


なぎさはすぐに口にだして言った。相変わらず、目は、見滝原の空をみあげている。


だんだん、夜明けが近づいてきた。


町の地平線に太陽の日がのぼってくる。


「ゆっくり考えればいいと思うのです」


なぎさは立ち上がった。

ドット模様のついた、淡ピンクのワンピースを着た、さやかより幼い女の子が、夜更かしをしたあと、
自宅の帰路につく。

「なぎさは、マミと一緒にいるのが楽しいのです。さやかと一緒にいるのも楽しい。杏子とも、友達に
なりたいです」

といって、花畑を去ってしまった。

さやかはなぎさの後姿をぼんやり見送っていた。


「なぎさ…あんた一つ見落としてるよ…」


見滝原に訪れた、新しい日の出を眺めながら、さやかは呟いた。


「ゆっく考えればいい?あたしらに残された時間は、わずかだよ」


明日も、あさっても、ちあさっても、一週間後も、この日の出がみれると思ったら、大間違いだ。

24


その朝、鹿目まどかは朝早く起きて、部屋じゅうを探っていた。

なんでもいいから、小学校の頃の記憶を見つけようとしていた。


卒業アルバム、写真アルバム、携帯電話のメールの履歴、小学校の頃つかった体操着や、運動会のときの
はちまき、さやかに昔もらったバレンタインデーの友チョコの包み、仁美に贈られたクリスマスプレゼント
の写真たて…。


なんでもいい。



なんでもいいから、小学校の頃、さやかと仁美と、一緒にいたという自分の証拠を、探していた。



「…ない。見つからない…」

まどかの部屋は珍しく荒れていた。

ベッドの上には写真が散らばり、ぬいぐるみを乗せた棚は全て開けっ放しにされて、机の上は本だらけ。

床には、ふだん収納箱にしまっているおもちゃと、シルベニアファミリー、少女漫画
などがころがり、足の踏み場もない。


あらゆる物が出てきたけれど、卒業アルバムと写真、さやかちゃんのプレゼントだけは、全く見つからない。

消え去ってしまった。



「どうして……」


記憶の中には、たしかにさやかちゃんたちと一緒に、たくさんの遊びをした思い出があるのに、世界から
それは消えている。


「私って……」


茫然と部屋で立ち尽くす。

そろそろ制服に着替えなくちゃいけない時間帯なのに、気力がでない。


「私って……誰なん……だろう?」


変な質問だと、自分でも思った。

私は、鹿目まどかで、見滝原に生まれて、アメリカに三年間滞在して、やっと日本に帰ってきた。

何の変哲もない中学二年生。


変哲なさすぎるところが悩みどころで、鈍くさいところも、悩みどころな、見滝原中学の転校生。



今日は、転校三日目。


なのに、はやくも気が重たい。


それに、仁美に忠告のようにされた話も、きになる。


「はあ…」

ため息と共に、制服に着替えはじめる。


スカートは、長さをスクールゴムベルトで調整する。だいたいこれくらいかなと思ったところにスカートを
もってきたら、ウェストのあたりにベルトをつける。革ベルトとちがって、ゴムベルトは、きゅっとウェストを
ほどよくしめつけて、スカートがずり落ちることを防止してくれる。


これは、制服の上着をきたときに隠されるので、先生にばれない……というのは、形だけで、黙認だ。

たぶん…見滝原中学でも…そうだと思う。


上着を着たら、ソックスを履いて、つぎに、赤いリボンを鏡の前で結ぶ。

そしたら、髪に、これまたリボンを結んで、身支度は完了。


外見でなめられる女になるな、とママミによく念を押された。

男の子っていいよね、と思うこともある。

スカートの長さを、朝一番に、毎日調整することもなくて、髪の毛を結んだりもしなくていい。

通学に家をでる10分前に起床さえできれば、遅刻の心配はとりあえずない。なんとか間に合う。


…ということらしい、友達からきいた話では。

25


身支度も無事終えて、制服姿で朝食をとっていた。


鹿目宅では、父が菜園を栽培していて、よくトマトとか、ナスを、料理につかう。


この日はベーコンに、オムレツ。それからサラダに、デザートとしてパイナップル。

オムレツには、ケチャップをつけて。


しかし、あまり食事をおいしく思えないまどかがいた。

フォークで、はかどらない手つきでぱくぱく、ウィンナーを口に運んでいたら、父にきかれた。

「どうした、まどか、おいしくないのかい?」

父は心配そうだった。

母の詢子も、さっきまで新聞を読んでいたが、まどかの顔の暗さにきづいて、新聞はどこかに置いて、
まどかを見つめた。


「ううん…おいしいの…でも…」


まどかは、今朝の出来事を思い出していた。

部屋のどこを探しても、小学校の頃に、自分が日本にいた証拠が見つけられない悩みを、家族に打ち明けた。


「ねえ…パパ…ママ…」


「あーぷす!」

アメリカで生まれ育ったタツヤは、日本語を知らない。むしろカタコト英語ばっかりだ。

たぶん、Oops、といいたかったのかも。


「私の小学校の卒業アルバムと……写真アルバム……知らない?」

「のー!」

タツヤは何かの声をあげている。「のーあん!のーまっち!」


「卒業アルバム?写真アルバム?」

きょとん、となった母親の詢子は、まどかに聞き返す。


そのとき、タツヤが、フォークでブス、とベーコンをぶっ刺した。

「れっとあすいーと!」


「うん…私の部屋になかったから…屋根裏部屋とか……地下の倉庫とか……しまっちゃったかな?
と思って。覚えてない…?」

まどかの顔は暗くて、上目で、不安そうだった。

お願いだから、答えてといった表情だった。


「うーん…どうだかなあ…この新築、つーか地下ないし……おーい知久。覚えてる?まどかの
卒業アルバム…」

母親は父親にふった。


「えっ?んーと…」

父まで、台所のキッチンで首をひねってしまう。エプロン姿で。両腕を組みながら。


ぴゅーーっと、ガスコンロのやかんが音をたてはじめる。


「どうしたっけかなあ……まどかの卒業アルバム。アメリカには運んだと思うんだけど……まどかに渡した
ような?まどかは覚えてないのかい?」


「覚えてないから、ママとパパにきいてるんだもん…。」


「そ、そうだよね。ごめんよ、まどか。でも、わからないなあ…。パパが今日、倉庫と屋根裏部屋を、
探してみるよ」


「うん…」

まどかの顔は暗いままだった。


「どうしたの?まどか。これから中学生になるのに、小学校の卒業アルバムなんか気にして…小学校の友達に
会いたくなった?そうだよな。三年ぶりだし。連絡網なら、電話器のそばの引き出しに…」


「学校、いってきます」

まどかは朝食テーブルの席をたった。


「もういいのかい?まどか、コーヒーのおかわりは?」

「いらない」

まどかは、さっさとダイニングテーブルから出ていってしまった。


バタン。ドアがしまる。

まどかの朝食は、だいぶのこされていた。

ベーコン、ウィンナー、デザートのパイナップルさえ残されていた。


ママとパパは、互いに顔を見合わせた。

娘の様子がおかしい。


「学校、うまくいってねえのかなあ」

ママは心配そうに、顔をしかめる。苦しそうな顔だ。「やっぱり、アメリカなんかいかなかったほうが…」


「詢子、すぎたことをいっても、しょうがないじゃないか。詢子らしくない」

知久がいった。

「ああ…そうなんだけどさ…あたしの仕事の勝手で、まどかを転校させちゃったからさ…」

母親なりの、苦悩があった。

「まどかはやっぱり、転校なんかしないで、ずっと見滝原の学校に通ったほうがよかったのかなあ…」


「詢子。ぼくたちにできることは、今は、まどかを見守ることなんだ」

父はいった。

「ああ…そうだな…」

鹿目詢子は頭を抱える。


「アメリカにいたときよりも、まどかと一緒にいる時間を、これから増やそう。」

父は、優しかった。

アメリカ滞在時は、鹿目詢子が自宅にいる時間はとても少なかった。

ホテルに宿泊し、職場との往復。成果をだせばだすほど、認められ、地位がつく。上司と人間関係が
うまくいっているかいないかでなく、結果主義の出世。鹿目詢子が成し遂げたかったことだ。


アメリカで、それは成功した。


だが、これからは家庭の時間を大切にするときだ。

鹿目知久はそう諭したのだった。



だが、詢子も知久も知らなかった。

あの鹿目まどかが、実は、自分たちの産みの子でないことを。悪魔が切り離した存在であることを。


そして、およそ人間には想像絶した命運を背負っている因果の子であることも。



だから、鹿目知久が、午後になって家じゅう、小学校の卒業アルバムを探したところで、無駄であった。

26


鹿目まどかはとぼとぼ、通学路を歩いていた。


昨日の、うきうきした歩き方でなく、とぼとぼと。地面を見つめながら。


俯いて下を見つめながら歩いていた。不幸の少女のように。落ち込んで。

まどかと一緒に登校する友達の姿はない。



1人の登校だ。


それは、転校してからずっとその調子だったけれど、この日は違っていた。

これから友達をつくろう、という学校生活への期待感に胸がふくらんだ、いきいきした様子がなかった。



川辺は、この日も太陽の日を反射してきらきら光っていたけれど、まどかの心の中は曇りだった。



誰も覚えてない。アルバムもない。

私は誰なんだろう。何しに生きてるんだろう。


何しに学校へ?



まわりの見滝原の生徒は、みな、友達同士、仲よさそうに会話しながら、道路から学校の門を通る。

校庭で、はしゃぎながら、この日の学校を楽しみにして、教室へのぼってゆく。

まどかはぽつりと立って、昇降口に立っていた。

階段をあがって、渡り廊下を進み、ガラス張りの教室に入ると、生徒たちと目があった。



途端に、教室の空気が変わった。


鹿目まどかの入室に、教室全体が反応したかのようだ。

冷たく。


生徒たちのお喋りがとまって、全員、とくに女子生徒たちが、まどかを見た。


「ええっと…」

まどかは異様な空気を感じながら、挨拶をどうにか言った。

「おはよう…?」


女子生徒たちは、すると、挨拶を返した。

「おはよう、鹿目さん」

「おはよー」


まどかは、胸がすっと安心していく。最初感じた空気の違和感は、気のせいだったみたいだ。


本調子に戻って、席につく。

ノートを広げて、一限目の準備をした。


一限目は、数学。


そのとき、教室のどっかの後ろで、女子生徒同士のおしゃべりが聞こえた。

「また急に1人で叫びだしたりしてー」

「えっ、やだー。くすくす」

そんな話し声だった。


「…え?」

まどかが後ろをふりむくと、女子生徒たちはまた、まどかから顔を背けて、自分たちの会話に集中した。

ひそひそと。

なんだか、嫌だな…。



複雑な気持ちになっていると、暁美ほむらが教室に入ってきて、席につき、そしてチャイムが鳴った。


きーんこーんかーんこーんと。


数学の先生が教室に入ってきた。

そして、数学の授業が始まった。

今日はここまで。
明日か近日中に、つづきを投下します。


他はキモいキャラ多いからさやかとか杏子とかマミは無視してまどほむにしてくれよ


なぎさだけはまともみたいだな、なぎさマジ天使

まどかの意思をガン無視して自分のエゴで世界書き変えた
ほむらが正しいって歪んでると思うけどなあ
まどか以外は殆どどうでもいい、そんな思考が全肯定な風潮ってどうなのさ
結局の所のほむらのやってる事って本人の気持ちを無視した箱庭の中の人形遊びと変わらんよ

さやかとか非難してる連中って、そこら辺をわかってんのかね?

螟夜㍽縺後¥縺輔>

>>135
SSスレでそんなこと言われてもwwwwwwwwwwwwwwww

ほむらは必ずしも肯定されていないだろ?
ほむらのエゴの結果今回もまどかが苦しんでるじゃないか
まあ、さやかも全肯定されている訳じゃないが、だから先が気になる

映画と違って杏子が学校通ってない理由がわからないんですけどまだ説明入らないんですか?

まどほむ書いてくれればそんな事どうでもいいです

>>9
>・『叛逆の物語』の続きとして書きました。

これはどういうギャグなの?
こんな無茶苦茶過ぎる設定で叛逆の続き?
頭おかしいの?

わざわざ噛み付いてかないでブラバすれば良いのに

>>135
そんな事言ったら
ほむらの意志をガン無視して自分のエゴで世界を書き変えたまどかも歪んでるだろ

人のスレで議論したり噛みついたり騒がしいな
感想以外いらんだろ

27


数学の先生は、ホワイトボードにマーカーで、いくつかの式を書いていた。

「さて、電卓を使ってみたりすると分かると思いますが、5x0は答えがでません。3x0も答えがでません。
10x0も答えがでません。つまり、0で割るということは、できないわけですね。」


生徒たち、こっそり携帯をいじりはじめて、電卓機能をつかって、5x0と、3x0と、10x0を
計算してみる。

答えはでない。エラーの”E”と表示されるだけ。


「さあて、なぜ数字は、0で割ることができないのでしょうか。説明できる子はいますか?」


静まり返る教室。


昨日と同じ。


誰も答えない。


「誰もかわりませんか?」


先生が質問したって、生徒は無視。ただ、先生が機械的に、さっさと説明をしろという空気をだすだけ。

先生は、ただ生徒に、お話してればいいだけだ。

の空気に耐えられないのは、鹿目まどか。

アメリカに滞在経験を持つまどかは、この教室の、ぽっかり空いた生徒と先生のやり取りの空気にどうしても
耐えられない。


先生が質問したら生徒が答える。そして、先生に認められた生徒は学年があがり、認められない生徒は最悪、
落第して留年が決定する。


クラスメートには競争の空気がある。

アイルランド移民系の生徒が上位成績をしめるのか、イングランド系アメリカ人の生徒が上位になるのか、
アジア系が上位を占めるのか。


ひしめきあっていた。さまざまな人種が。



そこでは自己主張しなければやっていけない。

でないと、人種がたくさん異なっている社会では、なんのコミュニケーションも始まらなかったから。

”授業中の発言は、控えめに”


仁美のアドバイスが脳裏をよぎる。よぎるし、心にとどまっている。

けれど、やっぱり先生が質問してるなら、答えを出さなくちゃ。


それが帰国子女としての反応であった。



「はい、先生」

手があがった。


どよめく教室。


またかよ。そんな声すら聞こえた。


「鹿目さん、説明できますか?」

先生がさっそく問いかけてきてくれる。


「はい、先生」

鹿目まどかは立ち上がり、そして生徒たちの視線がちくちく痛いくらいに集まるなか、説明をはじめた。

「”割る”ということは、”かける”ことに変換できます。たとえば、”1わる2”は、”1かける2分の1”
です。”1わる3”は、”1かける3分の1”です。ここで、”2分の1”というのは、2をかけたら1に
なるという意味ですし、”3分の1”というのは、3をかけたら1になるという意味です。つまり”何分の1”
という式は、何をかけたら1になるかという式に定義できます」


まどかの説明が教室中の生徒の耳に入っていく。

みな、沈黙してまどかを注視していた。


「それを考えたとき、たとえば”1わる0”というのは、”1かける0分の1”という意味になりますので、
0に何をかけても1にはならないので、式として成り立たないことが説明できます」



まどかの説明は終わった。


おおお、おお。


生徒たちのうち、何人かが声をあげ、何人かは無言だった。


そのうちに、上条恭介という生徒も、混じっていた。



美樹さやかはその日も欠席だった。

28


その日も生徒としては絶好調な鹿目まどかだった。

お昼時間がやってきて、チャイムが鳴り、まどかはお弁当の用意をする。


今日は教室で食べるつもりだった。


だって、新しい友達もつくりたかったから。


昨日は、ほむらが屋上に誘ってくれたけど、これから同じクラスメートとも仲良くなりたいから、
この日は教室でお弁当を食べようと思っていたのだ。


けれど、お弁当の包みを机で広げていたら、声が聞こえ始めた。


「日本に戻ってきてさー、アメリカの学校のがよかったとか心で思ってるかもね」

女子生徒たちの声だった。

それも、まどかに聞こえるか聞こえないくらいかの、絶妙な声の大きさで交わされる会話だった。

「日本の中学生はレベルひくいねみたいな?」

「あるあるー」

「思ってるかも」


一言一言が、ズキ、ズキと胸に突き刺さる。

どうしてそんなふうに…。


あなたたちのことを、そんなふうになんて、思ってないし、一言もいってないのに。

どうしてそんなひどいことをいうんだろう。

「どうせ家もいいとこなんでしょ?商社マンか外交系?の人脈ありそうだし。私たちとはちがうんだろうね」


やめて。そんなふうに言わないで。

思ってない。そんなこと。仲良くなりたいだけ。あなたたちとも仲良くなりたいし、先生とも仲良くなりたかった
だけ。



もうやめて…!

心の中で叫び、耳を防ぎかけたとき、まどかの机の前をある女子生徒が通った。

黒い髪。

ふぁさっと、ゆれる。


「あなたたち、誰のお話をしているの?私も会話にいれてくれる?」

カチューシャをつけた、教室のお姉さん的存在。


「暁美さん…」


女子生徒たち、戸惑いはじめる。


「ねえ、誰のことを話しているの?私もききたいわ」

ほむらが生徒たちの輪に堂々と入る。空いた席に、さらりと髪をなびかせつつ、座る。そして、タイツ足を組む。


「えっと…それは。ここの教室の人じゃないよね!」

えへへと笑い出す女子生徒たち。

「うん。別の学校の人の話だから、暁美さんの知らない人なんじゃないかなあ…?」


「そう?それでもいいわ。噂話、私もきくのがすきなの。会話にいれてくださる?」

完全にお姉さまな風格を漂わせて迫り、生徒たちをたじたじにしてしまった。

いっぽう、鹿目まどかは。


1人で机でお弁当を食べはじめていた。

その隣に、志筑仁美が近寄って、まどかの肩をたたき、「一緒にたべましょう」といってくれた。


「…ありがとう」

複雑な気持ちなまどかは、仁美の誘いをありがたく受け取った。


けれど気持ちは晴れなかった。

29


その日の帰り、まどかは仁美に一緒に帰りましょう、と誘われた。


夕方の暮れ、赤い日が見滝原の街路を照らす頃、まとかと仁美は2人で歩いていた。


「私の心配していたことが、当たってしまいましたわ」

仁美はまどかの隣を歩きながら、つらそうに語る。

「鹿目さん。私は、あなたが心配です…クラスで少し、浮き始めていますから…」



まどかはしゅんとなって、かばんを両手に持ったまま、目を落とす。

「だって……だって、先生が質問するから……」

今や仁美の心配の意味がまどかには分かっていた。

クラスで浮いている、とは、帰国子女であるまどかを、この教室には馴染まない、どこか変わった生徒
であるかのようにみるクラスメートたちの視線であったのだ。妬みの視線さえあった。


「くす。先生の質問にどんどん答えをだそうとする鹿目さんは、大変立派ですし、先生からも一目を置かれている
転校生だと思います。それはいいことなのかもしれません。でも…」


「でも…?」


まどかは仁美に訊く。


「この学校の生徒たちが、先生に何か問われても、何も答えないのは、それはそれで、”知恵”なのです。
そう思いはしませんか?」

「知恵…?」

まどかには不思議な響きだった。

アメリカにいたころ、肌に感じたこともなかったあの沈黙の空気感は、いわゆる出る杭は打たれるの空気では
なかったのか。


それは知恵なのだろうか。

先生の質問に答えないのが知恵?どうしても、わからない。質問に答えてこそ、学力を高めることができる。


もっともアメリカは、出る杭は打たないかわりに、出ない杭をズブズブと押し込んでゆくような空気感が
あって、それも大変であった。とにかく”平均”って言葉がなくて、格差が日本より遥かに激しい。


「そう。知恵です」

仁美が語り始めた。

まどかの髪と、仁美の髪を、夕日の日差しが照らしている。見滝原の景色が流れてゆく。


「”沈黙は金、雄弁は銀”。あちらの国にも、そんなことわざはありませんでしたか?」


「…。」


まどかには思い当たらない。

「例えば、の話です。先生が問われたことについて、何か答えるとき、先生は建前、間違えても大丈夫、
とか、失敗することはむしろ学習能力が高いとか述べて、生徒に答えさせます。それを真に受けて、まったく
とんちんかんな受け答えをした生徒は、教室で大きな恥をかくことになります。鹿目さんの場合、どの質問も
正しかったですけど、いつも正しいことをいえるとは限りません。いつか失敗して、恥をかくことになるかも。
遠い目で見たとき、沈黙が答えになるんです。私は家では、そう教えられていますわ」


「そう…なのかな…?」

それって結局、先生の質問には答えるな、という結論になるのではないか。


「うーん…」


沈黙は金、かあ。

そういう知恵って、あるのかなあ。


「先生たちもそれがわかっているので、形だけ質問をしますけど、誰も答えなくたって、別に怒ったり
しないのです。それがこの国の知恵といいますか、教室での了解なのでしょう。私はそう思います。
だから、鹿目さんも、どうでしょう、少し控えめにしてみては?」


知る者は言わず言う者は知らず 、なんてことわざもあるますのよ。

仁美は付け加える。




いろいろアドバイスしてくれるし、本当に自分のことを心配してくれる仁美だったけれども、まどか
にとって今そんなことは重大なことではなかった。


まどかにとって、この仁美は、思い出の中にいきる幼馴染の仁美でなかった。



帰国子女の転校生に親切な仁美がそこにいるだけだ。


だから、いろいろ話してくれても、まどかには、仁美の言葉が全部からっぽに聞こえていた。

「ねえ…仁美ちゃん」

まどかは、顔をあげて、仁美に頼み込んだ。「私、さやかちゃんとお話がしたい」

「美樹さん…ですか?」

仁美の目が丸くなる。夕日に赤く照らされている。


「昨日も今日も、さやかちゃん、休みだった。今すぐさやかちゃんとお話したい。さやかちゃんに会いたい。
会って話がしたい。ねえ仁美ちゃん、さやかちゃんの携帯電話の番号をおしえてくれる?」


仁美が、とても不思議そうな顔をみせたのも、まどかにとってショックだった。


もし仁美が、まどかとさやかとの三人で、幼馴染だった記憶があるなら、携帯番号をきくくらい、すぐに
いいですわといってくれるはずなのに。


「美樹さんとはお話をあまりなさったことがないでしょう?」


まどかは胸が苦しかった。

「うん…でも、転校初日にちょっぴり話したから…友達になれそうだから……お話がしたいの…」


友達になれそうだから、といった自分の言葉に、胸がさらに苦しくなる。


どうしてこんなこと言っているんだろう?私。

さやかちゃんとは、小さな頃から友達だったのに…。

30


夕日がこの日も見滝原に沈む。


赤い日が沈んだら、空が青ずんできて、ぽつぽつ、星が浮かび始める。


美樹さやかはぼんやり空を眺めていた。


そよ風が野原にあたる。ここは、見滝原の野原。町の外れの山にある野原。


電塔が山の麓にも立ち並んでいて、隣町から電気を運んできている。

隣町は、風見野。



いつしかここは、美樹さやかと佐倉杏子が、隣町同士の境目で落ち合う場所になっていた。


木々のざわめきが、葉のざーざーというこすれあう音が夕暮れに聞こえて、夕空はやがて夜となる。


そういう、空気の冷たい時間。


「この空も、木も、町のぜんぶが、あの悪魔の創造した世界だなんてねえ…」

宇宙を見上げながら、さやかは呟く。その立ち姿の制服スカートが、風にふかれてゆれた。

「そんなのありかよ…ての」


空に浮かぶ一等星は、ぽつぽつとした光を地上に届かせている。


「文武両道でサイコな電波さん…まどかへの同性愛に目覚めて世界を改変した悪魔さん……萌えか……
そこが萌えなのか…って、萌えるかっ!」


あーっと、頭を抱え、歯を食いしばる。

>>144
まどほむ以外いらないの間違いだろ

「なに独り言いってんだ?」

木々のむこうから現れたのは、隣町に縄張りはってる魔法少女・佐倉杏子。


美樹さやかとは衝突したこともあった。

円環の理の使いとして結界に入ったさやかとしては、もう杏子との衝突はしていない。


むしろ、同じ魔法少女としての苦しみを理解しあう仲になっている。


なんたって魔法少女だから。他に同類なんていないから。

魔法少女の悩みは魔法少女にしか分からない…まあ、そんなわけで、理解しあえたってわけだ。杏子とは。


「杏子。無事でよかった。1人で魔獣退治しにいったいうから、ちょっと心配でさ」

さやかは野原に座った。体育座りするように、膝下を腕で抱えて。

制服のスカートが、また、風にふかれてゆれた。

杏子は普段着だった。パーカー。

いつから着てるんだろうね?この服。


「あたしがくだばるわけないだろ」


「そういう油断が一番、あたしが心配する理由だっての」

さやかの隣に、杏子があぐらかいて座った。


「あっ、女の子がそんな座り方するもんじゃないぞー」

さやかは杏子をからかう。

「女子力、さがるぞー」


「うるせえ!女子力なんか知るかよ。魔法少女の強さのほうが大事だ」

ポテトチップスの袋をあけて、食べはじめる。

「なにそれ?あんた女子力の意味わかってなくない?」

はっはっは。とからかって笑ってやる。


たしかに楽しい。こんな時間が。こんな一時が。


だれがこんな一時をつくってくれか。


あの、悪魔だ。

でも、そんな一時の幻想に惑わされない。


こういう幸せが、偽りで、長続きしない妄想だってのは、暁美ほむら自身が一番わかってるはずだ。

だって魔法少女って、そういう仕組みだったじゃないか。やがて、歪みが、最悪をうみだしてしまう。

「あんたさあ、ずっとこの先そうやって生きていくつもり?」


「はあ?」

杏子の顔が、渋くなる。


「だからさあ、ずっとこのまま魔法少女つづけて……死ぬまで」

さやかは空をみあげた。きれいな空だった。宇宙に星は浮かび、半月が浮かぶ。

見滝原の夜景は、町々の明かりが光の海のように広がり、満ちて溢れて、圧倒的な景観をみせてくれる。



「なにいってるんだよ?」

杏子は当惑していた。

この先ずっと、身寄りのない一人身、一匹狼を続けていくのか、という問いに。

「そ、そんなことわかんねェよ、けどさ、魔法少女になっちまったら、もう人の生活なんて送れっこないんだ。
分かるだろ?さやかにだって…そんなことくらい……」


「そんなこといったってさ、あたしには両親とか、友達もいるわけで……学校を通わないわけには……
うーん……でも、どうなんだろう……最近さあ、親に怒られちゃってね……。夜に家を出るなって。魔法少女って
大変だよねえ……。ってか、もしかしてあんたみたいに、世捨て人になるのが魔法少女のさだめ?あれ」


そのとき、電話がなった。

メロディーが奏でられる。


電話には、”志筑仁美”と名前が表示されていた。


「ひっ、仁美からあ?」

素っ頓狂な声がでる。

仁美から電話がかかってくるなんて、ひょっとして、また恭介の恋愛相談でもされるのか。

もう、うんざりだよ、そればっかりは!


もっと相談すべき相手は、他にあるでしょーが!

よりによって、なんであたしなのさ?


でも、仁美はしょっちゅう、上条恭介とのデートの約束事がとれない、とか、どんなデートしたらいいのか
どんな会話をしたらいいのかどうすれば恋を発展させることができるのか、恭介はどんな話をするのが
すきなのか、ただしバイオリンの話以外で、といった相談ごとをたびたび電話でしてきた。



最初は、あたしのことをバカにしてるのか、と思った。

彼氏自慢?仁美ったら、思ったり陰湿!性格わるっ!


しかしそうではなかった。


どうも仁美と恭介は本当にうまくいってないらしい。

というより、恭介は、仁美に付き合ってくださいといわれたから、なんとなくはいと答えただけで、付き合う
ことに関しては、すべて仁美まかせ。


つまり、デートの予定日を決めること、どこにいくか、お店をリサーチすること、時間を調整すること、
すべて仁美まかせであった。


なんて悲惨なカップルだろう!


そして恭介の頭の中にはバイオリンしかない。


もう、恭介ったら、仁美ほどの女の子を彼女にしておきながら、最っ低!

「あっ、電話でるの忘れてた」


いろいろ頭のなかで思いをめぐらせていたら、電話の着信をさっぱり無視していた。


「いけないいけない……はい、仁美?どうしたの…え?」

電話から聞こえてきた声は志筑仁美ではなかった。


「さやかちゃん……わたしです。まどかです。鹿目まどかです。さやかちゃんとお話がしたいの。
いまどこにいるの?さやかちゃんと会いたい」


仁美からの着信は、鹿目まどかとの通話だった。


「まどか……あたしと話したいって…何を?」

胸がドクドクと速まる。

どうか、まどかを傷つけることになりませんように。


「それは、会ってから…」

まどかの、自信のない声がする。


こんな弱々しい声で……あたしったら、こんな儚げな子と幼馴染だったの?

傷つけてなかったのかなあ……。以前のあたしが想像できない…。


杏子みたいなやつと友達なら、なんの気兼ねもないんだけど……。


うーん、まどかの記憶の中にあるあたしって、どんなあたしなんだろう…。



「いま、あたしをこんなやつ、みたいな目でみなかったか?」

杏子のつっこみをさやかは無視した。

「会ってから話する……」

まどかの声が耳にきこえる。

さやかはこの声を知らない。ほとんど知らない。円環の理の子。こんなに気弱な子が、どうして、
魔法少女の神様になれたんだろう?


「まどか…ごめん。あたしいま見滝原にいないんだ。すぐには会えないよ…」

「ならすぐに来て!」

電話越しに、まどかの強い声が聞こえた。

「まどか…?」


「どうして見滝原にいないの?どうして私に何もいわないで、見滝原を出ちゃうの?さやかちゃん…
すぐ来てよ…」


電話の声に涙が混じりはじめる。


うう…。

どうしよ。


神様が泣いちゃってる…。なんて可憐な女の子なんだろう…。杏子とは大違い…。


「いま、あたしとは大違い、みたいな目してあたしを見ただろ?」

杏子のつっこみは無視して、さやかはまどかに電話で答える。

「ごめんまどか…そのことはあやまる…ごめん。でも、すぐに見滝原にもどれないよ」


うそだった。

見滝原のはずれにはいるけれど、魔法少女の力さえ使えば、10分もあれば戻れる。

「…なら、これだけ答えて」

まどかの声が変化した。様子が変?何か勘ぐってるような…。


「私がアメリカいっちゃうとき……三年だけ待ってね…って。そしたら、中学で一緒のクラスになれたら
いいねって。あの話、覚えてる?」


そんな話の記憶は、ごめん、ないよ、まどか。

あっ、だからまどかは、最初に、また一緒のクラスになれてうれしいなって、話かけてきたのか。


そういうことか。

あたしったら、いけない。またまどかを傷つけるところだった。


「えっと…うん。そうだったねまどか。覚えてるよ」

さやかは答えた。


けれど、電話越しのまどかの声は、それっきり無言になってしまった。


「…。…。」


「まどか?どうしたの?」

電話は無言だ。


何かまずいこといったかな…と思ったとき、まどかの声がした。

「ありがと。さやかちゃん」


といって、プツっと切れてしまった。

うーん…なんて気難しい女の子なんだろう。

てか、ほむらの好みってこういう女の子なの?


あいつに、こんなガラスのハートみたいな女の子と恋すること、不可能に思えてくるんだけど…。


ほむらほど他人の感情に疎くて気遣いのないやつもいないし…。

自分の欲望のために、全部ひっくり返しちゃったからね。


「はああ…まいったなあ…」

さやかがため息ついて、携帯電話の通話を終わると、杏子が食って掛かってきた。

「あたしを二度もバカにしたな。一体だれと話してたんだ?」


「ん?誰か、っていわれてもね…」

さやかは、空をみあげた。


空は、悪魔が創ったのか、女神様が創ったのか、もう、ごっちゃになっちゃった世界。

ほむらの庭だ。


「円環の理…かなあ?」


「はあ?」

杏子は、狂人をみるような目であたしを見た。

まあ、仕方ないかもしれないけど。

今日はここまで。
明日か、近日中に、つづきを投下します。

だからどうして杏子は学校通ってないの?どうしてほむらはこんな明らかにまどかが不幸になるような世界にしたの?

行間空けすぎ
わざと読み難くしてんの?嫌がらせなの?

面白いけど杏子が通ってないの?ってのには同意。その場合本編と矛盾してるし。
単なる設定ミス?

昨日のID:IcGF/UhJ0みたいな奴が居るな
いや本人か
お前は死ね
苦しんで死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
どこ行ってもお前みたいな自分が絶対の奴は嫌われるだけなんだよ
その位理解しろ餓鬼のゴキブリ
散々いろんなスレを荒らしやがって
永久に許さねえ永久に憎んでやる
お前さえ居なければお前さえ居なければお前さえ居なければお前さえ居なければお前さえ居なければお前さえ居なければお前さえ居なければ
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

ガキ同士で喧嘩すんな

まあ嵐は憎まれて当然だよね、ざまあみろ



おもしろいけど行間空けすぎなのと、改行する場所が変で妙なところで区切られて読みにくい気がする
あと…が多すぎる気もする




文句言う奴は見るなよ

さやかの言ってることがブーメランすぎて草生える

悪いのはほむらだろ
まどかの覚悟を踏みにじった上に身勝手なわがままで明らかに不幸にしてる
さやかちゃんと違って元から協調性も無いから仕方ないけど

まどかの覚悟を踏みにじったと言ってるけど先にまどかがほむらの覚悟や願いや踏みにじってるからな
後さやかこの子と合わない発言や一人暴走して周りにあたり散らして
杏子やほむらが助けようとしても払いのけてその結果魔女になったりして協調性なんか全く無いから

>>157
むしろお前がいらない

>>177
そのさやかを殺そうとしたのは他ならぬ杏子やほむらなんだけどな
まあ、何言っても聞こうとしないさやかが悪いのも事実だけど
ほむらが今現在やってる事とは何も関係ないんじゃないかね
大体まどかが円環しなきゃ、どうあがいても絶望しかなかった世界に何を言ってるんだか

文句言う奴ここで議論する奴全員がいらない

上の奴が言ってる様に死ねば良い

>>179
杏子やほむらがさやかを殺そうとしたのは理由があるし
まどかが円環~~と言うが踏みにじったのは変わらないからな
あれだナディアのガスのやつみたいなもんだ
見殺しにしなきゃ他の皆が危ない

>>181
>見殺しにしなきゃ他の皆が危ない

その理屈だと、まどかに円環になって頂かなきゃ
絶望の連鎖が断ち切れないから魔法少女のために人柱になってね
っていう理屈もO.Kになるんだが?

マナーを知らない小学生君達、議論らしき事で熱くなっているのは子供らしくて結構だがこっちでやりなさい

魔法少女まどか☆マギカSS談義スレその91
魔法少女まどか☆マギカSS談義スレその91 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1386107299/)

ここは子供が居て良い場所ではないし、SS談義スレは君達みたいな子供も受け入れているから

>>182
まどかがほむらに対してやった事についてであって
そっちだとあの時のナディアやジャンの心境?
助けたくて助けを求めても助けられなかった……あれ子供の時見て一時期トラウマになりかけたわ
>>183
ありがとう黙るけど誘導の時に挑発はしないでくれ微妙な気持ちになるからさ

>>184
それを言ったらループでまどか助ける以外の事は切り捨ててきたほむらはどうするんだか
ほむらがループした世界は毎度ほむらのせいで滅んでるようなもんだけどな
でも>>183の言ってる通り、これ以上はスレチだからやめるけど
お前も言い返したいなら談義スレでやろうぜ

あっちも本来ならSSの話するとこなんだよ……

バカがSSスレでクソの役にも立たない作品の持論展開してるより百倍マシだが

>さやかちゃんと違って元から協調性も無いから仕方ないけど

さやかちゃんに協調性とかギャグかww
本人曰く、「一番大切な友達」であるまどかの言うことすら聞かないのに

31


夕方のすぎた夜のはじめ、巴マミは、百江なぎさと2人で夜のティータイムを愉しもうとしていた。
マミ宅のマンションのリビングルームで。

巴マミと百江なぎさは、同じ趣味をもったので、とても仲がよくなった。
ティータイム好き、という趣味であった。

もちろん、百江なぎさは、歳が幼いから、紅茶のストレートは苦手であったけれど、それと一緒に
食べられるものが大好き。

つまり、ケーキだった。


「私と一緒に紅茶を淹れましょうか?」

この日マミは、そう誘った。


なぎさはいつも紅茶をマミに淹れることにまかせていた。

「なぎさちゃんも紅茶の淹れ方、覚えてみる?」

それは、とても楽しそうだと思った。

「はい、なのです」

なぎさは腕をふりあげて笑顔で答えて、マミと一緒にキッチンにかった。

キッチンではガスコンロにやかんが置かれて、熱せられていた。

「紅茶をおいしく淹れるには、一番熱いお湯を注ぐの」

巴マミは、紅茶の淹れ方について、一から説明してくれた。


「選ぶ魔法瓶は陶磁器のティーポットを。あと、白色がいいと思うわ。紅茶は色の見映えが大切だから…
でも、透明なガラス製ポットが好きって人もいるわね」

「へえーなのです…」

なぎさは、背伸びして、キッチンのガスコンロの青い炎を見つめている。
背丈が小さいから、背伸びしてみるのがやっとだった。

「このリーフはアッサム。注文してとりよせたのよ」

巴マミは、キッチン棚の中身から紅茶缶3種のうち、アッサムの紅茶缶を取り出した。
そして、楽しそうに、紅茶缶をコトン、とキッチンのカウンターに置いた。

「ここの紅茶は本当においしいの」

鼻歌でも歌いそうな顔で、マミは目を閉じ、やかんのお湯が十分に沸騰するのを待つ。


やがて、ひゅーっとやかんが音をたて、湯気を注ぎ口から吹き出しはじめた。

「それから、ここがコツ」

指をたててマミは、なぎさに講釈。

マミは、やかんの中の沸騰したお湯を、まだ茶葉のいれてない、空のティーポットに注ぎ始めた。
白色の陶磁器のティーポットに、お湯が満たされてゆき、白い湯気がたつ。

「あらかじめティーポットをこうして温めておくの」

お湯を注がれたティーポットは、とても熱い。お湯にあたためられている。
なぎさの黄色いぐるぐるした瞳が、まじまじとティーポットを見つめている。

マミは、お湯をいれたティーポットをぐるぐるとゆるがせて、中でお湯をかき回す。
熱湯が、まんべんなくポットの中をめぐり、ポットはあたためられる。

そのあとで、お湯を、注ぎ口から出した。

「紅茶を淹れるお湯が冷めないように、ね。一番あついお湯を注ぐって、最初に言ったでしょ?
それで、紅葉にお湯をそそぐときは…」

マミはティースプーンで、缶の中からアッサムの茶葉を掬い取り、ティーポットの中に入れた。
3、4グラムほどの茶葉だ。

そして、沸かしたやかんの熱湯を、二回目、ティーポットの中に注ぎ始めた。優雅に。
お湯がポットの中に落ちてゆく。


「お湯を直接、茶葉に当てるように注ぐと、紅茶がよりおいしくなるわ」

巴マミが、鼻歌まじりに、ティーポットにやかんのお湯を注ぐのを、なぎさは上目で眺める。


やかんから注がれる熱湯は、ティーポットの中に積まれた茶葉の山に、落ちて注がれる。
じゅーっと音がして、お湯に茶葉の成分が抽出されはじめる。

「全部注いだら、スプーンで、一周くらい、まわすの」

といってマミは、ティーポットの中をティースプーンでまわした。
お湯の中の茶葉がぐるぐる、まわった。

そして、ティーカップの蓋をコトン、と閉じた。

「あとはニ、三分、待つだけよ」

といって、ニコリとなぎさに笑ってみせた。゜「さ、ケーキを用意しましょうか」


「ケーキなのです!」

なぎさは、わーっと両手をあげた。

「近くのケーキ屋さんで買ったケーキだけど…」

リビングのテーブルに、皿と、洋菓子を並べはじめる。
なぎさの目が、たちまち輝く。きらきらに。ぐるぐるに。

「チーズは?チーズは?」

「チーズは今日はおあずけ」

「えーっ!?どーして!?」

なぎさが泣き顔になる。「どーしてチーズが!?どうして!」

「もー、なぎさちゃんったら、昨日も一昨日もチーズだったでしょ?」

マミは、困った顔をする。

「たまには、他のケーキも召しなさいってこと。今日は、ミルクレープに、バナナタルトと、スコーン…」

「チーズがなくちゃ、いやなのです!」

なぎさは意地をはった。

「もー。しょうがないわね!」

するとマミは、怒った顔になって、なぎさの前からケーキの皿を取り上げてしまった。

「なら、このケーキはいらないのね?」


「ああっ、まって、まって、マミ、待って!」

なぎさ、慌てて手を伸ばす。

「それもいる!それも食べるです!」


「うふふ。素直でよろしい」

マミは、なぎさの前にケーキを置き直した。ミルクレープ。

「スコーンは、ジャムとバター、お好みでどうぞ。さて、紅茶を淹れる頃合かしら…」

といって、ガラス越しに夜景のみえるリビングをたって、再びキッチンへ向かった。

しばらくすると、なぎさの前に置かれたソーサーに、ティーカップがのせられて、ポットから紅茶が注がれた。
湯気がたち、赤い紅茶が注がれた。お湯の注がれる音がする。

「なぎさちゃんはどうしてチーズケーキが大好きなのかしら?」

巴マミは、疑問を投げかけた。

「ええっと、それは、ですね…」

なぎさは、話しはじめた。

「昔よんだ絵本の中で…」

みにくいアヒルの子という絵本があった。
子供向けの絵本で、すべての文字がひらがなで書かれているような本だった。

絵本のなかには、みんなきれいなアヒルの子が母親によって生まれたのに、一匹だけ、みにくいアヒルの子がいた。

「この子は、わたしの生んだどの子にも似ていないし、パパとママのどちらにも似ていない。」

そうした理由で、みにくいアヒルの子は追い出されてしまった。


みにくいアヒルの子はつらい旅にでた。
寝泊りにも困る毎日だった。森から森へ。川から川へ。旅をつづける。

ある日、森の木こりの小屋に、アヒルの子は辿り着いた。

木こりは、留守番をするかわりに、アヒルの子にここで寝泊りをしてもいい、と条件をだした。
だからみにくいアヒルの子は、条件をのんで、いっしょうけんめい、木こりの小屋で、留守番をした。


ところが、木こりの主人がいないことをいいことに、野生のねずみがたくさん、小屋に押し寄せてきた。

ねずみたちは、木こりの小屋の食卓テーブルに並べられた食べ物の数々を、かってに食い散らかしはじめた。
たくさんのパイ、さかな、パン、お肉、そして何よりねずみの大好物のチーズケーキが、好き放題、
食い散らかされてしまった。

さて、木こりが戻ってきたとき、木こりは小屋の食い散らかされた様子をみて、かんかんに怒ってしまった。

「おまえなんか、出ていってしまえ。」

食い散らかしを、ぜんぶみにくいアヒルの子のせいにされて、また、つらい旅にでなくてはいけなかった。

みにくいアヒルの子は、つらい旅のはてに、湖にたどりつく。
そこでついにアヒルの子は、自らがアヒルなのではなく、美しい白鳥の子であったことを知ったのだった。

百江なぎさは、小さいころに読んだみにくいアヒルの子の絵本の、ねずみたちが食らいついて、
穴だらけになったあのチーズケーキの絵が忘れられずにいた。

絵本の中の、食い散らかされたグリーンピースつきチーズケーキと、どろどろの蝋燭の溶けたろう、パイ、お肉の数々が、
夢のように忘れられない。

あの絵本にのってあるような、食べ物のぜんぶを、食べてしまったら、どんなにおいしいだろう?
子供心に、そう思った。

毎日、デザートも味気ない病院食は、いやになっていた。

かくして、チーズケーキ、それも絵本の中にあるチーズケーキを、食べたいと願ったのだった。
しかし、そのチーズケーキを食べられたのは、一度きりであった。

絵本の中のチーズケーキを、食べられるなんて奇跡は、一度しかなかったのだから!

この絵本は、入院していた病院の、若い看護婦によって、よまれた。


「えっ?なぎさちゃんは、小さな頃は病院に?」

巴マミは悲しそうな顔して、なぎさをみた。ティーカップを持つ指が、皿に降りた。


「はい、なのです」

なぎさは幼少時代を思い出した。

そして病院生活のこと、魔法少女になったら、打って変わったように健常になったこと、などなど、
巴マミと語り合った。

32


「マミに、よんでほしい絵本があるのです」

しばらく語り合って、ケーキを食べ終わったころ、なぎさがいった。

ミルクいり紅茶ものんだし、ケーキも食べた。スコーンもおいしかった。
マミのリビングルームの、ガラス越しにみえる見滝原の夜景は、まだまだ街灯が光っていて、ビル群も色とりどりだ。

もう、深夜だった。
なぎさとマミの2人は、部屋を移して、マミの寝室に行った。


「よんでほしい本って?何の本?」

マミは、寝室のランプの紐をひっぱって、スイッチいれて明かりをつける。

仄かな明かりが寝室に灯った。

マミはパジャマ姿に着替えた。
なぎさは相変わらずのドットのワンピースだった。

「これなのです」

なぎさは本をとりだした。

「はらぺこあおむし?」

ひどく子供むけな絵本の、表紙をマミはよみあげた。

「これだったらなぎさちゃんも自分で読めるでしょう?」

「マミに読んでほしいのです!」

「もう、甘えん坊さんね」

マミはベッドに腰掛けて、絵本をひろげた。


嬉しそうに、マミの隣にぴょこんっと、小さな体をしたなぎさが腰掛けた。

ベッドに腰掛けた足は浮いている。浮いた足をるんるんと前後にゆさぶる。


マミははらぺこあおむしの本を読み始めた。
絵本の中身は、あおむしが、とてもおなかをすかせて、ひたすら物を食べ続けるという内容だった。

あおむしが食べたものは、ぜんぶ絵本のページのなかで、穴があいていて、穴の箇所はどのページも同じ。

だから、一つの穴だけど、たくさんの食べ物の絵に穴があく。

あおむしが食べ続けるものは、自然界のりんご、ナス、いちご、オレンジ、なしなどの果物にはじまって、
だんだん、チョコレートケーキとか、チーズケーキとか、アイスクリームとか、キャンディーとか、
市場に出回っているものを食べ散らかすようになる。

ついにあおむしは、食べるだけ食べたあと、お腹いっぱいになって、腹を壊してしまう。
体に悪いものを食べ過ぎたのだ。

あおむしは、市場を去って、自然の森にもどった。

そこで森の木々の青い葉を食べた。

青い葉は、腹当たりがよく、あおむしの腹痛は癒えた。自然の森の恵みこそ、あおむしにとって、
大切な食べ物だったのだ。

なんてページまでマミが読み終わると、気づいたらなぎさは、瞼を閉じてうとうと、夢の世界に旅立っていた。
幸せそうに眠っていて、ふらふらっと体をゆらしたあと、マミの肩によりかかってきた。

「もう…ほんとに子供ね」

こんなに子供じゃ、命がけの魔法少女はつとまらないわよ。

なんて説教は、明日でもいいか。


マミはなぎさを寝かせてあげた。
布団をかけて、自分も寝室ランプの紐をひっぱってスイッチを落とし、部屋を暗くして、枕に頬をのせて眠りに入る。

なんて充実した日々なんだろう、とマミは心で思った。

今日はここまで。
明日か近日中に、つづきを投下します。

ここの読者はさやかのアンチとほむらのアンチしかいないようだな
で、杏子はどうして学校通ってないの?

33

この深夜、自宅のパソコンの前で、見滝原中学の二年担当教師・早乙女和子は、独り言をぶつぶつ、呟いていた。

部屋はまっくら。
電気もつけないで、青っぽいパソコンの画面だけ、メガネ越しに映している。

なんて健康に悪い環境だろうか。

そして、早乙女和子がつぶやいている独り言とは、こんなつぶやきだった。

「1910年……ハレー彗星が地球に接近……地上から空気がなくなって世界は滅びる」

パソコンの画面には、宇宙を飛ぶハレー彗星の画像検索結果が出ている。星が軌跡を描いて光っている画像だ。

その画像が和子のメガネにも青く映る。


「1938年10月30日……アメリカのCBSラジオは火星人の襲来を発表。人類は滅亡してしまう」

カチカチ。

クリックの音がなり、パソコンの別の画面が表示された。


「1944年……彗星が地球にいよいよ激突、人類は滅びる…ムニョス・フェラーダス」

インターネットのサイトの記述を、熱心に目を通す先生。

「1999年、7の月……恐怖の大王が空から降りてくる……人類は滅亡する」

ぶつぶつ…。ぶつぶつ…。
カタカタというクリック音がなり、ノストラダムスの大予言の中身が表示される。

「2012年、12月23日。マヤ文明が地球滅亡を予言した月、大災害が起こる…。
人類は滅亡する」

カチカチ。

無言。

ついに和子は、あーっと叫んで頭を抱え、過去に予見された人類滅亡がことごとく外れて、
人類は今だって地球でぴんぴんしている現実を思い知った。

「いったいいつになったら人類滅亡の予見は当たるのようー!」

あと40年もしないで、神の子が再臨する?

おそすぎる!

いつ本当の人類滅亡がくるのか。

いつ本当の終末がくるのか。

もっとも現実的な可能性は、大きな隕石が地球に落下すること。これは、地球に何度もおこっている。

恐竜は滅亡したし、なにより、月があること自体が、地球に隕石が激突した証拠だという。

月とはそもそも、地球の一部が剥ぎ取られたものという説があるからだ。
隕石がぶつかったとき、地球の地表がえぐりとられて、月になった。

それから、巨大な天体が、太陽系を通りかかる可能性。

遠心力と太陽の重力でかろうじで保たれている地球の公転は、巨大な天体にちょっとひっぱられた瞬間、
公転の軸を外れて、太陽系の外のどっかにすっとんでしまう。


太陽と地球はおさらばする。

すると、人類の生きる地球の環境に、どんな変化が起こるかなど、日をみるより明らかだ。

人類など、あっさり滅亡する。

とっとと、火星でも木星の衛星エウロパでも、移り住める惑星をさがさないと、油断してたら、あっさり滅亡する。

だというのに、アメリカでは、NASAに予算案が決議されていないそうだ。
NASAは閉鎖した。

人類が未来、宇宙人の仲間入りを果たすなら、NASAこそ、その役割を担っているかもしれないのに。

ロケットでもなんでも飛ばして、人類の未来を拓くべきだ。

しかし、思えばロケットは、人類を滅亡させることもできる。

核弾頭は、いま世界に、一万7千発あるらしい。
スペースシャトルを宇宙空間に飛ばす技術は、人を数十万人殺す技術だ。

戦争は万物の父。

よくいったものだ。

何も、人類滅亡の予言なんて待たなくっても、今日だって、明日だって、人類は滅亡する崖にいつも立っているのが、
今の世界ではないか。

中世の騎士たちが他国を荒らしまわっていた時代とも、戦国武将たちが天下をとろうと下克上を繰り返していた時代ともちがう。

そんな時代よりも遥かに壮大な死と隣り合わせだ。

世界は滅亡への準備が整っている!
中世よりも、戦国時代よりも、今が、もっとも危険だ。


「ああ、今こそ世界など、滅びてしまえば、いいのにっ!!明日など、いらないわあ──っ!!」


なんて叫んだ早乙女和子の様子に、変化が訪れた。

金色に光る大きなお星さまの粒がきらきらと、暗くしたPCデスクの部屋に舞い始める。

星の粒は、天井から、床や壁、あらゆるところに降ってきて、部屋を星で埋め始める。

ずぶずぶと。
いまや雪のように降り注ぐ星は、和子の部屋を満たし、和子は腰のあたりにまで黄色い星の海に浸かっていた。


すると、星のつぶつぶは、和子の部屋を満杯に埋めて、やがて窓から屋外に飛び出しはじめた。

きらきらとした星のつぶつぶが、夜間の街路や歩道、電灯の立ち並ぶ公園の道などに蔓延りはじめて、
見滝原のあらゆる場所を星粒で埋め始めた。

空に浮かんでいた本物の星は、すべて偽物の星にかわっていた。絵本の中の夜空となり、月は絵となる。
星は黄色のクレヨンで描かれた絵の星となる。

絵とかわった夜空は、布のツギハギが覆い、パッチワークのように変化した。

その、町を覆う空が布片のツギハギとなった世界には、木星や土星や、冥王星や海王星が、
びっくりするほど大きく空に描かれて、絵となって浮いた。


一体、何事だろうか。

そして、和子の自宅の上空に、そとつの大きな頭でっかちの人形が浮き、月の下に舞った。
キャンディーをなめるように舌をぺろっとだして、ツギハギに変わってしまった見滝原の夜空を、自由に舞う。

これは、暁美ほむらの望んだ世界だ。

見滝原の夜は、ときに悪夢に変わる。

しかしここは魔女の結界ではない。

ここは、暁美ほむらの創造した世界。
ほむらの望む世界。

暁美ほむらの望みの世界とは、悪夢を打ち倒すために、魔法少女たちが団結して、夜に戦いを繰り広げる
世界だ。

34

それは、鹿目まどかが帰国子女として転校してきてから4日目の夜のことであった。

美樹さやかと佐倉杏子の2人は、見滝原のはずれにある野原で、夜景を眺めていた。
が、とつぜん、夜景は絵本の世界に変わってしまった天体の空を見上げて、はっと瞠った。

「なっ、なんだよこれっ、どうなってんだよ?」

狼狽する杏子の隣で、ぐっと歯を噛み締める美樹さやか。


そう、さやかには、何が起こったのか、すぐに分かった。
この夜の景色が悪夢と化した世界を、だれが創造したのかを、知っていたからだ。

「あたしはこの敵を知っている」

ぐっと拳を握り締める。

「ほむらの遊びごっこに付き合わされるのは、あれでおしまいだと思ってた。魔女を倒したあの時点で…。
でも、これからも続くんだ。一体ほむらは、どんな世界を創造するつもりなんだ。世界創造の完成に、
何の理想を見るつもりなんだ?」

「さやか、アンタ、何をいって…」

杏子の唖然とした目がさやかを見る。

だがさやかの決意は早かった。ほむらの遊びごっこに付き合ってやる、という決意ではない。

あいつに、世界を好き勝手にさせないという決意だ。

「杏子、魔法少女に変身して」

夜空が悪夢と化した、パッチワーク手芸をしたツギハギの絵本の宙に、頭でっかちで舌をぺろっとだした人形がいる。

ナイトメアのぬいぐるみだ。

「さやか、何が起こってるんだ!こいつは魔獣の結界か?それにしてはでかすぎる!グリーフシードの
気配さえないのに!」

杏子には、この敵がわかっていない。

それもそうだ。佐倉杏子は、この世界が、暁美ほむらって悪魔の、創造の庭だと気づいていない。

ナイトメアなんて、ほむらの妄想の産物が具現化した敵を、しるはずがない。

美樹さやかたちは、またしても、ほむらの妄想の敵のイタズラに付き合わなければならない。


「杏子、あたしがあの敵の倒し方を教える。だから、あたしから離れないでついてきて」

35

その頃、鹿目まどかは自宅に戻っていた。

部屋のベッドに腰掛け、電気の明かりもつけないで、茫然と首をかしげていた。

「卒業アルバムにも誰の記憶にも、私の存在がない……」

鹿目まどかの部屋は暗い。夜に消灯していた。寝ているわけでもないのに。

ベッド棚のぬいぐるみたちが、目を光らせているだけだ。
目覚まし時計の、タッタッタという秒刻みの音が、聞こえる。


まどか。ごめん。

パパ、家じゅう探してみたけど、小学校の卒業アルバムはどこにも見つからないんだ。
どうにも、アメリカから戻って、どこにしまったか忘れてしまったみたいで……。

父の言葉が、脳裏に蘇る。

それに、さっきの美樹さやかとの通話。

「さやかちゃんの、うそつき……」

鹿目まどかは、すでに不信に心が侵されはじめていて、さやかに、わざとひっかけの電話をしてしまった。

つまり、私がアメリカから戻るのは三年間だよ、といったことを覚えている?という問い。
本当は、そんなこと言わなかった。

いつ日本に戻れるかわからないけれど、私のこと忘れないでね、これが本当の鹿目まどかの台詞だった。
小学五年生の頃の、まどかの言葉。

それに対して、さやかは、忘れるわけないじゃん、親友でしょ、あたしたちと答えてくれた。

「さやかちゃん…ひどいよ…」

たったの三年間で忘れられてしまった。


それも、小学校の頃の約束だけじゃなくて、自分の存在そのものが。

やっとの気持ちで日本に帰ってきたら、ただの帰国子女だと思われていた。
初めてお会いしましたね、みたいな顔だった。


しかも、そうでありながら、うそもつかれた。

三年間、アメリカにいってくるけれど、また一緒のクラスになれたらいいねという、口にもしなかったことを、
さやかは覚えてると答えた。

うそ。

うそ、うそ、うそ。

私は、さやかちゃんのことを本当に親友だと思ってたのに。

三年間で一度も忘れたことはなかったし、アメリカでできたたくさんの新しい友達のなかでも、
さやかちゃんだけが特別だったのに。

それとも、ひょっとしたら、私なんて鈍くさい子は、友達以下だったのかな。
一緒にいても楽しくないだろうし、価値も大してない。足を引っ張るだけ。

さやかちゃんが私に伝えたいことは、たぶん…。

中学校では、私たち友達同士はやめよう、ということなのかも。

どうして?
私が帰国子女だから?


アメリカの暮らしがあまりにもつらくて、日本に帰りたいと思う毎日だった。

学校のクラスメートたちと言葉も通じなくて、ときには差別すらされて。

毎晩毎晩のように、家に帰ったらまどかは泣いて日本を想った。

さやかを想った。仁美を想った。

あの暖かい日々がまたほしい……。


しかしとはいえ、アメリカでのつらい日々は、さやかと、仁美に再会できる日を楽しみにしていたから、
心を保てた。

日本に戻ってきたら、忘れられていた。

それが、鹿目まどかを今いちばん、苦しめていた。

36

百江なぎさは巴マミに居候生活を送らせてもらっていた。

マミは、なぎさのことを心配したけれど、許してくれた。

「ご両親は?お家は?」

マミがきくと、なぎさは答えた。

「なぎさの家は病室です。あんな退屈なところは、戻りたくないです」

どうやら学校にも通ってないらしいが、両親の家にも戻らないらしい。


巴マミは、じゃあ家に戻る決心がつくまで、と条件つけて、なぎさの居候を許した。


さてなぎさは、気づいたらベッドで暖かく布団に包まれていて、しかも隣には、胸の大きな巴マミが、
パジャマ姿になってブラジャーもなしに眠っていた。

すーすー寝息たてると、胸がベッド上で浮き沈みした。

暖かい日々だなあ…。

看護婦が絵本を読み上げてくれるしか愉しみのなかった病院生活よりよっぽど楽しい。
友達がいて、仲間がいて、魔法少女だけど、正体を隠さず語れる。

魔獣退治は、怖いけど、マミたちと一緒に戦える。

なんて、美しい日々だろう。

これが、暁美ほむらという悪魔が創ってくれた日々。

円環の理という神だけが存在した世界は、なぎさは、魔法少女になって病院を抜け出すことはできても、
同じ魔法少女の友達がいなくて、1人で魔獣と戦わないといけなかった。

戦い方もわからず、グリーフシードを得ることはできない。
あっという間に円環の理に導かれた。

魔法少女の命の灯は、とても短命だった。

今は、マミという仲間がいて、さやかという仲間がいる。できたら、杏子とも友達になりたい。
ケーキを食べて、夜にマミと2人で紅茶をのんで、たまに絵本も読んでくれる。

ああっ、なんて暖かな毎日だろう。

病室の冷たさがうそのようだ。病気にさえならなければ、こんなに楽しい日々があったのに。

生まれつきの病気は、それらを奪っていたのだ。

マミの部屋には、もはや夜に子守唄がわりによみきかせてくれる絵本が棚に山積みになっている。

正直な木こりの話、赤ずきんちゃん、ヘンゼルとグレーデルが迷い込んだお菓子の家の話、白雪姫。
カエルとお姫さま、ブレーメンの音楽団。

お菓子でできたお家?

なんて素敵なんだろう!


けれど、今は、巴マミの家こそ、お菓子の家だ。

毎日、ケーキがでてきて、紅茶が出てくる。
食べつくそう!毎日、でてくるケーキは。お菓子の家は。

寝息をたてる巴マミは、べべという、不思議なあだ名でなぎさを呼んで、ベットのなかで、
なぎさの白い髪を撫でてくれる。

もっとも、そういうあだ名で呼んでほしい、といったのは、なぎさのほうだったけれど。
マミに甘えたかった。人形のようになって。


恥ずかしいけれども、こうしてマミに髪を撫でられていると、とても幸せな気分になる。
いつまでもこうしてほしいって思う。

なぎさちゃんの髪はきれいなのね、これからも、大切にケアしましょう。

そんなことをいってくれた。

この世界には、悪魔がいる。女神もいる。そして、神の子は、そのあいだにいる。

さやかは、神の子が、悪魔の側に落ちる前に、私たちの側につけるべきだ、取り戻すべきだみたいなことをいっていた。

でも、なぎさは思う。神の子は、神の子の意志に任せればいい。私たちが、どうこういったって、仕方ない。


だって、神の子を創ったのは、悪魔なんだから。
創造主が、子に対して何をするのも自由ではないか。

暁美ほむらは、悪魔と呼ぶわりには、あまりに私たちに、割のいい世界を与えてくれている。

さやかは、プライドが高いだけだ。今の鹿目まどかを、神の子ということも無視して、かつての幼馴染の鹿目まどかに、
むりやり当てはめようとしている。

でももう、その鹿目まどかはいない。世界のどこにも。円環の理の一部が、人格化された神の子がいるだけだ。
ひょっとしたら、鹿目まどか自身が、そのことに気づきはじめているかもしれない。


だとしたら、なおさら、神の子の意志に任せればいい。

円環の理に戻ることを決めたなら、神と悪魔の戦いが始まるだろうし、人間として生きていくことを決めたなら、
いまの世界がつづく。

それだけだ。私たちから何をしろというのか。
なぎさは、とても楽観していて、未来をそんなふうに考えていた。

しかし、10歳の子供には、今の生活が楽しくて仕方なくて、これを壊す可能性のあるどんなこともしたく
なかった。

親の愛情が欲しい年代だった。その愛情は、いま、マミが注いでくれる。

そして、愉快そうにも、歌を口ずさみはじめたのだった。マミと一緒の布団の中で。

「さあめしあがれ、生きた鳥いりのパイ」

「パイを切ったら、黒つぐみが歌いだす」

「王様の大好物のパイ」

こうして、1人でずっと歌をはじめて、ロンドン橋おちた、とか、あの子が山にやってくる、とか、いろんな歌を
歌った。

「ピンクのパジャマを着て……あの子が山にやってきた……チョコレートクリームを口につけて…」

だんだん目がとろんとして、眠たくなってきた。


歌い終えたとき、空が変化をはじめた。空に浮かぶ天体が、絵のように変化して、クレヨンの黄色になった。

月にはなんと吊り糸がぶらさがって、空中ブランコを魔女が乗った。


夜が変わる。

なぎさ目が覚めた。

この敵を、なぎさは知っていた。

37

美樹さやかと佐倉杏子の2人は、空がツギハギになった見滝原の街を飛びまわり、宙をぷかぷか浮いている人形を追っていた。

ナイトメアの人形は、ふわふわ浮いているけれど、魔法少女たちが近づくと、その気配にきづいて、
さーっと逃げ差ってしまう。そのちょこまかした素早さときたら、強風にふかれた風船のようだ。

「おい!この結果って、魔獣じゃないんだよな?」

杏子は、見滝原の街で、ビル群の建物から建物へ飛び移りながら、さやかを追って叫ぶ。

「杏子は勘が鋭いね。そのとおり」

さやかは答え、魔法少女姿になって、サーベルを手に、ナイトメア人形をおって飛ぶ。


すぐ人形は逃げ去り始める。

その合間、人形からおもちゃのロケットがとんできた。


ひゅごーっと火をつけて飛んできたロケットは、おもちゃの核弾頭だった。
煙の軌跡あげながら、魔法少女たちに飛んできた。

美樹さやかは、空中で音符の結界をつくって、踏み台にして別方向にとび、核弾頭をよけた。
直後、おもちゃのミサイルが、ぼぉん、と爆発して、煙の中から出てきたリボンがあちこちに飛んだ。星粒と共に。

「いったいなんなんだこいつは!」

杏子は、人形が腕から飛ばしてくるおもちゃミサイルを、槍でバギっと叩いてわる。
また爆発と共に、くす玉が割れて、垂れ幕が垂れた。

「説明はあと!あの人形を捕まえて!」

さやかは、どっかの建物の屋上に着地すると、思い切り足に力をこめ、ツギハギが覆った空に飛び上がる。


飛翔したさやかは、人形を追う。

すると、人形は反撃に、核ミサイルを放ってきた。

「とりゃ!」

さやかはおもちゃの核弾頭を叩き割る。核弾頭は左右にゆれて、バチバチと火花たてつつ煙をあげ、
ついにくす玉になる。

「くらえーっ!」

ミサイル攻撃をおっぱらったあとは、一挙にナイトメアに距離をつめ、サーベルで斬りかかった。

「妄想ごっこはもうおしまいだっての!」

ひゅっ。

ナイトメア人形はすばしっこく、さやかのサーベルの軌跡をわずかにそれてよけた。

「くっ…!杏子!」

さやかは杏子を呼んだ。宙を飛んだ体は、落ち始めた。「あだだっ、あー!」


魔法少女が自由に空を飛べるわけでもないことを忘れていた。

魔力維持が、ふとしたとき途切れる。

むなしく体が落ち始める。


「わかったよ。そら!」

杏子は、どっかの建物のガラス張りの壁に足をつけて、蹴って、宙へとぶ。
そしてナイトメア人形の背後をとり、槍で切り裂きにかかった。

槍の一撃がふりおちる。

これまた、ひゅっとすばしっこくよけたナイトメア人形にかわされた。まるで蝶を手で捕まえようとする
みたいに、攻撃をすると自然とナイトメアが槍先から逃げてしまう。槍の矛先は、ぬいぐるみを捉え損ねる。

「魔獣はこんなすばしっこくないぞ!」

杏子は顔をしかめた。こんな敵ははじめてだった。


しかも、ナイトメアは、攻撃がすかって勢いを失った杏子むけて、おもちゃのスペースシャトルを飛ばしてきた。
アポロ11号の模型をしたおもちゃのスペースシャトルが火をつけて飛び、杏子の腹につっこんだ。

「うおおお!」

杏子の腹につっこんだアポロ11号の模型は、そのまま杏子を吹っ飛ばしてゆき、杏子は見滝原のどっかのガラス張りのビルにつっこみ、
ガラスを木っ端微塵にわって、たたきつけられた。

ガラスのビルが蜘蛛の巣みたいなヒビを波紋状につくり、杏子はその中心にいた。

「いただ…やってくれるじゃねぇか」

杏子は、胸にささった小さなスペースシャトルを引き抜いた。

さやかは地面の道路にスタっと一度おりたった。

再び、足で強く地面を蹴りだして、ツギハギだらけな夜空に、もういちど飛び立った。

音符のついた魔法陣の踏み台をいくつも宙につくってゆき、ぴょんぴょんと、アメンボのように飛び跳ねてゆき、
ナイトメアが月の下を舞う同じ高さのビルに降り立つ。

マントを一度、体に包み、覆い隠す。そのあと、ばさっと白いマントをひろげた。

すると、さやかの足元に、これでもかという数くらいのサーベルが置かれていた。


「数うちゃあたる!そりがあたし戦法だ!」

ずばずばっ。

足元に並べた20本くらいのサーベルを、ナイトメア人形むけて、ばしばしと飛ばしはじめた。
まったくあたらない。サーベルとサーベルの隙をぬって飛びまわるだけだ。

そうこうしているうちに、ナイトメア人形の腕のような部分から、おもちゃのスペースシャトルがとんできた。

アポロ12号の模型おもちゃであった。


「うっ、うわあ!」

慌ててビルを飛び立つ。さやかは空に飛び上がる。


まっすぐ飛んできたアポロ12号は、さやかの立っていたビルを破壊した。
爆破し、火に包まれた。


「うわ!よけてなかったら、アタシ死んでた!」

シャトルの追突事故現場を見届けるさやかが叫ぶ。「早乙女先生ったら、一体なんの夢みてるの!?」

「美樹さん!佐倉さん!」

巴マミの声がした。

「マミさん!」

ツギハギの空をひゅーっと飛びながら、増援にきた頼もしい先輩魔法少女の名をよんで、さやかは見滝原のビル屋上に降りた。

スタッ。着地すると、マントがはためいて、浮き上がる。着地が済むと、またさやかの白いマントは背中に垂れ落ちた。

マミは、さやかとは別のビルの屋上にたっていた。
なぎさも一緒だ。

「あっ…そうか、なぎさならこの敵の倒し方しってる…」

さやかは、ビルからビルへ飛びうつって、マミたちの来たビル屋上に降り立ち、合流した。

杏子も、おくれてこのビルに降り立ってきた。柵の内側の屋上に、降り立つ。


こうして、4人の魔法少女が集結。

佐倉杏子、美樹さやか、百江なぎさ、巴マミ。

いつかのナイトメア退治のときの五人の集合のようだ。
だが、メンバーも中身もちがう。

前回の集合は、魔法少女五人の集結、にみせてかけて、そのうち1人は、円環の理の使者だったが、今回は、
正真正銘、全員が魔法少女。

いないのは、悪魔になった暁美ほむらと、神の子となった鹿目まどか。

「美樹さん、あの敵は一体?」

変身した先輩魔法少女は、柄にもなく、動揺した様子で、ナイトメアをみあげている。
たぶん、ほむらの魔女の結界の中で戦ったナイトメアの記憶がないのだろう。

「あれは魔獣とは別の、私たち魔法少女にとっての新しい敵です、マミさん」

さやかは言った。

「詳しい説明はあとにしたほうがいいと思います。あの敵の動きを封じる方法はありませんか?」

ツギハギの夜に舞うナイトメア人形を、さやかは白い手袋をはめた手で指差す。
ぬいぐるみは楽しそうにちょかまかと踊っている。空中で。あの頭でっかちな人形が。

「一応…拘束魔法があるけど…」

マミは動揺を隠せないでいる。想像しえなかった未知の事態に、弱気になっている。


ほむらめ。マミさんたちからナイトメアの倒し方の記憶を消し去ったな。
いやちがう、この世界は、元々は魔獣の世界だから、マミさんがナイトメアをしるはずないんだ。

「隙をついて、あの人形を拘束してください。私と杏子で、その隙をつくります」

さやかは言って、杏子を呼び、また空へ舞った。

ぴゅーん、とさやかの体が見滝原を飛ぶ。

「さやか!なんでお前だけあの敵を知ってるんだ。アタシは、きいたことないぞ、こんな敵!」

さやかのあとを追うように飛ぶ杏子が、叫ぶ。杏子も、さやかも、風に髪をふかれて烈しく靡いている。

「だーかーらー、詳しい説明はあとっていったでしょうがー!」

ビルに着地する。

また、ぽーんと飛んで、ナイトメアに切りかかる。

「あたしが斬って、あいつが逃げたら、杏子が仕留めて!」


サーベルをもったさやかがナイトメアに迫る。

魔法少女と人形の距離が縮まる。月にむかう馬車のように。


「てりゃーあっ!」

サーベルをふりおろす。斬撃が夜に走った。ナイトメアはかわした。

そして、さやかが攻撃を終えて隙になったところに、ロケットが放たれた。


ロケットは途中で爆発、墜落した。ぼぉん、と大きな音たてて、煙からリボンが飛び散る。


「うわ!」

この爆発にさやかは巻き込まれる。宙で魔法少女になった体が吹っ飛ぶ。

そして、どっかのビルに激突した。がしゃーん、とビルはガラスを散らかした。さやかはビル内部まで入った。


杏子は、ナイトメア人形がさやかのサーベルをよけた拍子のところを、背後から狙う。

ひゅっ!

槍が一突き。

が、ナイトメアには、まるで後ろにも目があるみたいに、杏子の攻撃すら感づいて、はらりはらりとよけてしまう。



この人形を斬ることは、薄い紙を手刀で切るように難しい。
まったく攻撃があたらない。


そこで、巴マミの拘束魔法が登場。

黄金色のリボンが見滝原の空を覆い、ナイトメアをおいかける。

これまた、見事にナイトメアは突破口をみつめて、マミの拘束魔法から逃げる。

逃げるし、捕まりそうになれば、おもちゃロケットを放って、リボンを破壊してしまう。

「うっ…」

マミは、十八番の拘束魔法があっさり崩されて、自信喪失した表情をする。

さやかは、どっかの破壊されたビルの内部フロアにいた。

鉄筋鉄骨コンクリート構造をしたビルの、赤い骨組みの鋼材が剥き出しになったフロアで、よろよろと起き上がる。

サーベルを杖代わりにして立ち上がる。

壁にも天井にも大穴があいていて、パラパラとコンクリートの破片と砂塵が落ちてきた。

「あいったた…もう」

ソウルジェムが肉体の本体じゃなかったら、骨折してただろうなあ…。
と思いながら、また、ビル外部に飛び立った。

ひゅーんと、さやかの体が、ビルの30階から道路まで降り立つ、その途中で、音符つき魔方陣をだし、
踏み出しにして、バネのように空へ飛び立つ。


ナイトメアのぬいぐるみが、けたけた笑って、ロケットを発射してきた。

「そう何度もくらうかっ!」

さやかは、飛びながら、サーベルでロケットをどんどん弾いた。

ロケットはあちこちの方向に軌道をずらしてとんでゆき、あらゆるビルにぶつかって爆発する。

ビルはどんどん倒壊していく。

おもちゃの弾頭は使い果たされた。

「なぎさっ!あたしらの攻撃じゃ範囲が狭くて、当たらない。あんたが一番、有効範囲の大きな魔法をつくりだせる。
ナイトメアを閉じ込めて!」

「はい、なのです」

どっかのビルに巴マミと一緒に立っていた百江なぎさは、魔法少女姿に変身していた。
手にストローを取り出し、ふーっと息をめいっぱい、ふきかける。

すると、透明なシャボン玉が出現した。

しかもそれは、ただのシャボン玉でなくて、みるみるうちになぎさ本人よりも大きくなって、それでも膨張をやめない
とてつもない巨大なシャボン玉だった。

虹色の色がのる透明な泡が、なぎさのふきかける息にしたがって、何十倍にも大きくなってゆく。

もう、ビルを丸ごと包み込むようにでかい。

「杏子、なぎさの結界の中に、あいつを閉じ込めて!」

さやかが呼びかけた。


「あたしの指示だしなんか、はえーぞ、さやか!」

なんて文句はいいながらも、さやかの作戦どおりに動き出す杏子だった。

ビルから飛び立ち、ふわふわと浮くナイトメアのぬいぐるみの、一方向から徹底的に切りかかって攻め込み、
ある方角へぬいぐるみを追い込んだ。

「そりゃ!」

杏子の槍攻撃が、目にも留まらぬ速さで、斬撃が何十回も繰り返される。槍の軌跡が無数に空気中に走る。

ナイトメア人形は、すばしっこく、ひょこひょこと、杏子の槍の全てをかわし、ツギハギの腕から、小惑星を発射してきた。

「うお!」

隕石をかろうじで杏子はかわした。空中で身をよじって、腹のすれすれを小隕石が通り過ぎる。

小惑星はビルに当たって、ビルを爆破した。ビルは倒壊した。悪夢でも見ているような光景だ。

「マミ!今だぞ!」

杏子はマミに呼びかけた。チャンスだ。

「えっ、…ええ!」

いきなり呼ばれて、少し驚いた様子をみせたマミが、本調子を取り戻す。

手にマスケット銃が召喚される。


このマスケット銃を、ビル屋上から構え、狙いを定めて、片目をつぶる。

その狙いの先には……シャボン玉に背中を追われつつある、舌をぺろっと出したぬいぐるみ。


マスケット銃の叉銃環にかけた指が引き金をひく……銃身をきちんと持って支えて…
発射装置に括りつけられた火縄が、銃の火皿に接触する…

というマスケット銃の、魔法銃バージョン。それは、マミの魔法オリジナルの銃。

いつもの、乱射のために使う銃でなく、一撃必殺のオリジナル銃。ティロ・フィナーレほどの破壊力はないが、
狙撃(エイミング)を重視したタイプの銃。


「私の弾をかわせる?」


マスケット銃の照星を睨んで狙いを定めたマミが、ついに魔弾を発射した。

バシュ!!

火縄の赤々とした先端が火薬に接触、発砲の途端、火皿から赤々とした火花が吹き出し、噴煙が吹き出た。
と同時に、魔弾が飛ぶ。轟音!

まさに大砲だ。ガス圧によって飛ばされた魔弾は、空を裂きながら飛んでゆき、ナイトメアのぬいぐるみに直撃だ。

命中だ。

「いいぞ!」

杏子が喜びの声をあげた。

魔弾を受けて、吹っ飛ばされたナイトメアのぬいぐるみが、なぎさのつくったシャボン玉に接触、またたくまに中に取り込まれた。
こうなっては逃げ場がない。

「やーりー!」

さやかも成功の喜びで、指を握り締めた。

さて、なぎさのつくったシャボン玉の中に閉じ込められたナイトメアの処理だが…。

まさか、またちまちまと、この夢を食い物にするバクの口に、いちいち妄想の食べ物を食べさせて満腹にしてやる必要もない。

シャボン玉に捕われたナイトメア人形は、なぎさの結界の中で暴れるが、自力ではどうがんばっても脱出ができない。

美樹さやか、巴マミ、佐倉杏子の三人が、封じ込めたぬいぐるみのまわりに集結した。
なぎさは、ストローほまだ口に咥えている。

「いったいこいつは……」

杏子が、怪訝な顔で、意志もって動く人形の挙動を眺めている。


やっとの想いで、ナイトメアを捕まえた4人の魔法少女たちのソウルジェムは、どれも、半分くらいまで黒く濁った。


「こいつは悪魔の産物なんだ」

さやかが、思いつめた顔して呟くと、魔法少女たち4人の頭上に、何か落ちてきた。4人の頭に影ができる。

ナイトメアが、結界の中で、腕をふるったのである。


「あっ!あぶない!」

さやかが最初に気づいたが、遅かった。


「あいた!」さやかの声。

「うっ!」杏子の呻き。

「いたい!」マミの悲鳴。

「あっ!?」なぎさの金切り声。


魔法少女たち4人の頭に、それぞれ天体が落っこちた。ごつん、と脳天を直撃する。タライのように。

マミには金星の模型が、杏子には火星の模型が、さやかには海王星の模型が、なぎさには木星の模型が。


全員が同時に頭を抱えて、あいたた…とたんこぶのできそうな頭を撫でる。

「これどういう意味?」

マミが、頭上に落っこちてきた天体をみて、呟いた。

「たぶん……色、だと思います」

さやかは自分の予想を言った。「みんなの色です」

そうなのか?

さやか以外のみんなが疑問符を浮かべた。

さて、こいつをどう満腹にさせようか。

天体にはさまざまな栄養価が満点だ。

火星には鉄分がふんだんにあるし、木星にはメタンガスがいっぱい、海王星は水素だらけ、金星にはいやというほど濃い二酸化炭素がある。

みんなくらってしまえ。

ナイトメアの口に天体が放り込まれる。腹がふくれてぬいぐるみは弾け飛んだ。


早乙女和子は元の姿を取り戻した。

しかし、しばらくのあいだ、見滝原中学の担当を休職した。

38


4人の魔法少女たちは、巴マミ宅に集った。

セイロンティーの紅茶が4人分、だされて、会議をひらく。

「今日、あたしたちが戦った敵の名前は、ナイトメア」

あとでくわしく説明する、とさっき言っていたさやかは、約束どおり、杏子とマミに、今日戦った新たな敵のことを話していた。


「ナイトメア?」

マミの顔が曇る。「悪夢…?」

杏子の顔つきも深刻そうだ。あぐらかいて座り、指先で膝を叩いている。

「そうです。マミさん、杏子、これでわかったでしょ?この世界が、もう普通の世界じゃない……何かが起こり始めている世界だってこと」


「でも…どうして美樹さんがそんなことを?」

巴マミは、湧き出てきた疑問を口にする。

「私たちは、まったく気づかなかったのに…」


「それは…」

少しどもるさやか。「あの敵は、ほむら、暁美ほむらが創った敵なんです。アタシらは、その遊びごっこにつき合わされてる……
それが真実なんです」

「私には気づけなくて、美樹さんにはそう思える、ワケが知りたいわね」

マミはこういうとき、鋭い。

自分は円環の理の一部だった。円環の理の使いだった。いうなら天使。
そんな話、信じてくれるだろうか?

「マミさん。円環の理は、マミさんなら知っていると思います」

マミはもちろん、全世界の魔法少女が知っている話だ。

「ええ。もちろん。私たちをいつか導く円環の理………希望を求めた因果は、この世に呪いをもたらす前に、
消え去るしかない。私たち魔法少女の運命…」


「そうです。そうでした」

さやかは、自分が記憶している、悪魔と化したほむらがしでかしたことを語った。


それは、ある1人の少女の犠牲によって創られた”理”だった。


私たちがシステムのように考えていた円環の理とは、1人の少女の願いであり、実は、私たちと同じ、
1人の魔法少女の奇跡がつくった世界のルールだった。

世界で、たった一人だけ、それを知っていた魔法少女がいた。


暁美ほむらだ。

ほむらは、さやかには分からないけれども、円環の理となった少女に、とても強い執着心があった。
それを、愛だといった。

神に叛逆する者、悪魔となり、神としてルールとして、ほむらを導きにきた円環の理を、一部はぎとり、
人格化してこの世に強引に閉じ込めた。

いうならその人格化された少女は、神の子とでもいおうか。

世界は、悪魔と化したほむらに、すべて都合のよいように作り変えられている。


だから、ナイトメアなんていう、わけのわからぬ敵が発生するし、たぶん、これからもっと不吉なことがたくさん起こり得る。


「そんな……じゃあ…」

巴マミは、ショックを受けた顔をしていて、今話されたことが、まだ心から信じられない様子だった。

「私たちを導く円環の理……その少女が、いまこの見滝原にいるというの?」


神様が、私たちと同じ街にいま、暮らしている。

そんなこと語られたら、驚かないわけない。


だが美樹さやかは、はっきり伝える。

「そうです。私たちを導く神様が、この街にいるんです。つい四日前、見滝原中学に転校してきた……」


「えっ!?ちょっとまって!」

マミの思考がショートしそうだ。慌てて、さやかの言葉を切った。

「見滝原中学ですって!?私たちと同じ学校なの?」


神様が、私たちと同じ中学校に転校してきた。つい、四日前。

そんなこと話されて、混乱しない人間はいない。魔法少女は人間じゃないけれども。

「そうなんです、マミさん。だって悪魔だって私たちと同じ見滝原中学にいるじゃないですか!」

なぎさと杏子は、2人のやり取りを、あっけにとられて見守っている。

「そんな、話がとびすぎだわ!」

巴マミはまだ信じようとしない。

「円環の理は、固体を持たない、概念のようなものよ。宇宙に固定された概念としてのルール……それが、私たちと同じ中学に
転校してくるですって?からかっているの!?」

「それが、ほむらのしでかしたことなんです!マミさん、あたしは一昨日も、同じことを相談しました。
覚えてますか?」

「ええ……覚えているわ…」

マミは胸を撫で下ろす。興奮してきた胸を手で押さえて、自分を落ち着かせる。深呼吸をとる。

「暁美ほむらが悪魔とか……転校生とか……。美樹さんったら、てっきり私をからかうことを覚えたんだと…」

えっ、なにその印象?

「信じられない気持ちは分かります。でも、今なら真実だって、わかってくれると思います。
ナイトメアが発生したんですし…」


「そんな……」

マミは、突きつけられた真実に愕然としている。

今までずっと知らないで魔法少女生活をしていたなんて。偽りの世界だったなんて。

「世界の他の魔法少女のみんなは気づいているの?」


「それは……分かりません」

見滝原には、悪魔も神もいるが、たとえば日本列島のどこか、それから中国、東南アジア、アフガニスタン、
ヨヘーロッパと地中海、アフリカ大陸にカナダにアメリカ合衆国にブラジルにオセアニア。

世界の魔法少女たちはどれくらいこの真実に感づいているのか。

すでにナイトメアという理解不能な敵に遭遇して、おかしいと勘ぐっているのか。

「でも、あまりうかうかはしていられません。世界はもっとこれから、おかしなことがたくさん起こると思います。
この世界は不安定です。すべてはあの悪魔と、神の子にかかっています」

「へえー。なんだかね…」

杏子は、セイロンティーを飲み干した。


セイロンティーは、純粋に茶葉の味を楽しめるから、巴マミのお気にいりだった。
柑橘系とか、ローズとか、その手の香りがブレンドされたティーよりも、リーフの味と香りを楽しめるティーが好きだった。

「悪魔とか神の子とか、世界がおかしくなるとか、小さい頃、親父によくきかされたけど、さやかの口から聞くことになるとは、
思わなかったねえ。んで、」

杏子はティーカップを皿にカツン、と置いた。

「その神の子ってだれさ?」


核心部分をつく杏子の問いかけ。

マミのリビングが静まり返った。


さやかは心臓がばくばくした。

神の子の名前を口にだすことが、恐ろしいことだと思った。

何でかは分からない。あの少女の名前を、神の名として口に出すことが、ひどく残酷なことに思えた。
禁忌を犯すような気さえした。神の名をみだりに仲間たちに伝えていいのか。

けど、悪魔を倒すなら、神の子の力を借りなければならない。

神の子を悪魔に渡していいものか。

さやかは腹を決めて、その名を魔法少女たちに告げた。
つまり、円環の理が、誰なのかを。

「その子の名前は、見滝原中学に四日前、中途入学した転校生───」

魔法少女たちの集中が高まる。

自分たちをいつか導く神の名を知る瞬間に、マミと杏子、なぎさの瞳孔が大きくなる。

「鹿目まどか。円環の理が人格になった、わたしたちと同じ見滝原中学の二年生。鹿目まどかという女の子です」


「かなめ……」

杏子たちが、神の名を口に唱える。

「まどか…」


その名がついに明るみに出た。

「へーえ。明日、マミの通う学校にいけば、その鹿目まどかってやつに会いにいけるのか」

杏子が最初に、喋りはじめた。陽気な声がマミのリビングに響いた。

「あたしらをいつか導く円環の理が、どんなやつなのか、拝みにいけるってことだな。面白いじゃん」


「そんなこと、いってる場合じゃない…」

さやかの胸を、よくわからない罪悪感が打っている。

「まどかを、鹿目まどかを、悪魔の手から取り返すんだ。これ以上、世界をほむらの好き勝手にさせないように」


「なんだかどでかい話で、どうにもさあ」

杏子はあまり乗り気でない。「でも、まあ、鹿目まどかってのがほんとに神様なのかどうかくらい、興味あるかな。
よし、明日見滝原中学に乗り込もうじゃん?さやか、制服かしてよ」

「あんたに貸したらあたしの着る分ないでしょーが!っ…てか、制服きたって、あんた名簿にのってないし」

「しけたこというなよー、幻覚魔法でなんとかしてやるさ」

「幻覚魔法でなんとかなるなら、最初っからあたしの制服いらないじゃん!」

なんて言い合いが続いたが、とにかく明日は、魔法少女のみんなで、鹿目まどかという子を確かめよう
という話の流れで落ち着いた。


これで……よかった、んだよね?

さやかの胸中に胸騒ぎがする。


夜明けを迎えた見滝原の道路を歩き、自宅のマンションにむかいながら、さやかは自問した。

39


まどかは転校してから五日目の登校日、中学校に通う。

この日も1人だ。


川辺のほとりの、いつもの木漏れ日の照らす通学路を歩き、かばんを両手で前に持ちながら、登校する。
やがて、見滝原中学の校門をくぐる。

校庭へ来て、朝練に励む部活動の生徒たちを横目にしながら、昇降口を通り、校内へ。

三階まで階段をのぼったら、ガラス張りの廊下を通り、教室に入る。

壁一面がガラスの教室は、ドアすらガラスであった。

「おはよう」

まどかが教室に入るなり、挨拶すると、すでに集っていた女子生徒たちが、挨拶を返した。

「おはよう、鹿目さん」

「おはよう」

いつもと変わらない、朝。

朝の登校。


鹿目まどかは席につく。

一限目の授業のノートを取り出す。


「授業中さ、空気よめてないよねえ…」

声が聞こえはじめる。

「先生が説明中なのに、質問ばっかして。鹿目のせいで授業すすまないじゃん」

「帰国子女だからねえ」


「…」


鹿目まどかは、教室の自分の席でだんまりしていると、いきなり教室の空気が変わった。

「暁美さんだわ!」


女子生徒のどよめき。

暁美ほむらは、ロングの黒髪を香り放ちながらなびかせ、席について、かばんを机のフックにかけた。

「ねえ暁美さん、今日放課後カフェいかない?」

「またコスメのこと、教えてよー」

なんて会話から始まり、だんだんと、女子生徒同士の会話は、変わってきた。

「暁美さんは……鹿目さんの敵?味方?」

まどかがわずかに席で反応する。

「一緒に無視しない?」

女子生徒は、まどかを無視しよう、という一派に、暁美ほむらを加えようとしていた。
何せ、クラスで最もリーダー格な女子なのである。

もちろん、まどかを無視する一派もあれば、帰国子女のまどかと仲良くする一派も、クラスにある。
志筑仁美とその一派だ。

こうしてクラスの女子グループは、派閥と亀裂の空気を生む。


暁美ほむらは、非常に微妙な答えを出した。

「私は鹿目さんの味方かもしれないし、敵になるかもしれない」

えーっ。

どういう意味?


まどか無視一派の不満げな声が教室で騒がれる。

そのとき、新たな生徒が1人、現れた。

「いやーっ、実に3日ぶりの登校ですなー。おっはよー!みんなは元気してる?」

「美樹さん…」

志筑仁美が、教室で目を潤わせた。

まどかと仲良くしよう一派の、心強い味方の登場だ。

ところで、一方の、まどかを無視しよう一派は、暁美ほむらが悪魔でなくて、魔法少女として見滝原中学に
いたときは、シャンプーなにつかってるの、とか、どんな部活してたの、とか質問攻めしていた生徒たちだった。

鹿目まどかの転校初日、英語ぺらぺらなの、と質問攻めした生徒でもある。


「さやかちゃん…」

まどかが、僅かに目に涙の粒を滲ませた。


「まーどか、久しぶり。ごめんっ、昨日はちょっと、隣町のほう、いっててさ……」

さやかは、謝りながら、まどかの席の後ろに座る。「とにかく、今日はよろしく…」


けど、まどかはさやかの着席を無視して、ホワイトボードのある教室の前を向いた。

「ん?」

さやかは違和感というか、教室の空気に気づく。

何が起こってるんだ?この教室で?


ほむら一派の女子生徒たちが、険しい目でさやかを睨んでいる。

「はっはー。なるほどね…」

さやかは、早くも事態を理解する。

「心狭いクラスメートさんがいらっしゃるようでー」


「さやかさん。この三日で、何がありましたの?」

志筑仁美が、心配そうに尋ねてくれる。

「あー。ちょっと調子悪くてね…3日間だけ……」

頭痛のしたフリをする。「ま、これでアタシがバカじゃないことが証明されたつーか……いや、風邪ってわけじゃないんだけどね……
仁美、3日分のノート、たのむわ」


仁美は微笑んだ。

「なら、また私の放課後に付き合いくださいね」


「うん、わかってるって。…えっ、付き合い?恭介は?」

きょとんとなるさやか。顔の動きが止まる。

あんたら放課後にデートしないのか、という意味だった。


仁美が、ちょっとだけ暗い顔をした。

「今日は、さやかさんに相談事ですわ」


「え…うんまあ、いいけど…」

一限目がもうすぐ始まる。

英語の時間だ。

さやかが席について、英語の教科書とノートを広げたとき、脳裏にマミの声がテレパシーで伝わってきた。

”どう?美樹さん?その、鹿目まどかって子はいるの?”

そう。

今日さやかが登校してきた理由。

それは、魔法少女たちと共同で、鹿目まどかという生徒が、実は円環の理の一部が剥ぎ取られて、
人格化した少女であることをみんなと確かめる目的があったから。

巴マミは、一限目の始まる時刻になるや、さっそくテレパシーしてきた。

さやかはテレパシーで答える。


”はい。マミさん。います。あたしのまん前の席です”


鹿目まどかは、寂しげな背中をして、席についている。


どうして寂しげなんだろう…?

さやかは、ふと考えた。学校で、何かあったのだろうか。


”おい。さやか。おしえてくれ。あたしたちを導く円環の理さまは、どんなやつなんだ?あたしにも見せてよ”

”あんたは学校に来るなっ!”

”元気なのか?”

”ええと…なんかちょっと寂しげ…”

”美樹さん。お昼休みになったら、屋上で一緒にお弁当食べましょうって誘ってくれる?私も、その子とお話してみたいの”

”ええ…分かりました。マミさん”

”なぎさちゃんも一緒よ”

”えっ…なぎさもって…”


さやかが、教室の席でぎょっとなる。目を大きくさせる。


”学校に?”

”今は人形の姿をしているわ”

”ああっ、そんな魔法使えましたね、なぎさのやつ……”

”その子は、自分が円環の理の一部だって自覚があるの?”

”たぶん…ないと思います。ほむらに妨害されてるから……本当の自分を思い出すのを…”


さやかは、まどかの背中を見ながら、マミとテレパシーを交わす。

口では、何も喋ってないのに、テレパシーの会話にあわせて、表情がころころかわる。


隣の志筑仁美は、首を傾げてさやかを不思議そうに見つめていた。


”もしそんなことできるとしたら……たしかに、悪魔だな。魔法少女にできることじゃない”

杏子の声。

”うん…そうだよ”

さやかが答えたとき、ふと視線を感じて、ふりかえった。

後ろのほうの席につく暁美ほむらが、さやかむけて、うっすら目を細めて視線を送っていた。

”やばっ…そろそろこの会話、ばれます”

といって、さやかは慌ててテレパシーを打ち切った。


チャイムが鳴る。


先生が教室に入ってくる。ガラス張りの教室に。

ホワイトボードに、昨日の復習、と先生が言って、英文を書き始める。


oh , I don't have time do the hand work any more.

But it's hard work , and sometimes I get too wrapped in it.


鹿目まどかがすぐに手をあげて翻訳を読み上げた。

「はい、先生。”えっとね、わたしには、もう手仕事する余裕がなくて。でも、大変な仕事で、たまに没頭しすぎてしまう”という意味です」

40


お昼の休み時間になると、生徒たちがわーっと騒ぎ出す。

途端に、教室を飛び出して、校庭にむかう男子生徒たち。


それから、お弁当を持って、一緒にどこかへ食べにいく女子生徒たち。


鹿目まどかは、教室に残って、1人で席でお弁当の包みをひろげていた。

すると、さやかに声をかけられた。


「まーどか、屋上で一緒に食べない?」

まどかは暗い顔をした。

ピンク色の瞳に、一瞬だけ生気がなくなった。死んだような目になった。目が怖い。

けれど、それは気のせいだったらしい。

「うん。一緒にたべよ」

えへっ、と笑って、にっこりした顔で、まどかはさやかの誘いに応えてくれた。

嬉しそうに。


すると、見計らったかのように、ほむらがやってきて、まどかとさやかの中に割って入る。

「鹿目さん、私と食べましょ?」


「あっ、暁美さん!」

まどか無視一派の女子生徒たちがたじろく。

「ちょっとほむら、あたしが先にまどかを誘ったんだ!」

さやかがきいーっと歯を噛み締めて、金切り声をだす。「まどかは渡さない!」


「なんですって?」

悪魔の目が鋭くなる。「それはこっちの台詞よ。美樹さやか」


「そのフルネームで冷たく呼ぶのやめろーっ!」

さやか、きいーっと歯をかんだ、怒った顔になる。

「なんか、アンタにフルネーム呼ばれるとすっごいむかつく!」


「ええと…」

困ったように苦笑いするまどか。お弁当の包みを結ぶ。

「あの…美樹さん…暁美さん…それから、鹿目さん…」


「え?」

「えっ?」

「?」

三人が同時に、声のしたほうを向いた。


遠慮がちに、志筑仁美が、首を傾げて笑い、そして三人に言った。

「わたしもご一緒させていただけません?」

さやかとほむらの、まどかの取り合いだと思っていたら、仁美が参戦してきた。


さやかとほむらが目を互いに交し合う。無言の会話。言葉なきやり取り。

その2人を、上目でそーっと見上げる神の子・鹿目まどか。


「えーっとじゃあ…」

まどかが、指をたてて、困った顔で苦笑いしつつ提案した。「み…みんなで食べる?」


まどかがいったのだから仕方ない。

さやかもほむらも同意して、2人とも頷き、停戦は結ばれた。

「ええ」

「うん」

一時休戦だ。

41

あたかもミラノ大聖堂と見間違えるような壮麗な屋上のベンチに、まどかが腰掛け、膝元にお弁当ばこを広げて、箸を握る。

その右隣に、美樹さやか。左隣に、暁美ほむら。

まどかはちょうど2人に挟まれていた。


さて、円環の理と直接会って話する手筈の巴マミは、屋上へ出る校舎の出口前で、胸を押さえ、とても緊張していた。

さやかがテレパシーを送りつける。


”マミさん、どうしたんですか?今、まどかと一緒にご飯たべてます。マミさんも来ないんですか?”

”ええ、ええ、行きたいところは山々なんだけど…”


マミは、不安な顔を浮かべ、臆病になっている。なかなか、屋上に出る一歩が踏み出せない。

屋上階段の出口一歩手前で、おどおど、行ったり来たりを繰り返している。何往復も。


”私たちを導く神様に会うと思うと、緊張しちやって……私、神様と何を話したらいいのかしら……”


たしかに、神と会話するとなって緊張しない人はいないかもしれない。

特に巴マミは、円環の理の実在を疑問視する魔法少女も世にいるなか、きっとその実在があると信じて疑わない魔法少女だった。


その神様とお弁当を食べるなんて、急すぎる。

私たちの呪いを受け止めて、天国へ導く人。どんな人なのだろうか?


”ふつうでいいですよ。今は、ただの女の子です。むしろ、ちょっと気弱なところがあるくらいです”


杏子との仲が長いせいか、すっかり租野が身についたさやかは、こんな繊細な女の子と親友でいた自分が想像できないくらいだ、
と思っていた。

いったい、まどかとは、本来はどんな関係だったのだろう?思い出せない。


”そ、そう…じゃあ…”


マミは、一息、深呼吸いれて、屋上にでた。

ベンチに腰掛ける4人の姿が目に映る。狭いベンチにひしめきあっている。

その内、2人は分かる。黒い髪の人は、暁美ほむら。正体は悪魔だと噂がある人。

奥の人は、美樹さやか。後輩の魔法少女。隣にいるのは緑色の髪したお嬢様風情な人。


そして、その真ん中に座っている、見知らぬ少女……はじめて目にする女の子。


赤いリボンをむすんだツインテールの髪型。

お弁当の包みを膝元にひろげて、箸でミートボールを食べている。


”この子が……。”


巴マミの脈が速まった。


”初めまして、円環の理。初めてお目にかかります”


心の中で挨拶を告げたマミは、鹿目まどかたち三人の前に現れた。


「あっ、マミさん、どうもです!」

美樹さやかが、打ち合わせどおりな台詞を吐く。「今日も屋上ですか?よかったらご一緒しません?」


「えっ、あ、でも、そのお友達と食べているのでしょう?」

マミの視線は、だんだんと、さやかとほむらの間に挟まれてる子。


鹿目まどかへと、移る。

すると、ピンク髪の少女が、そっと顔をあげて、マミを見上げた。


鹿目まどかのピンク色の目と、マミの瞳の、目が合った。
眼差しを交し合う2人。


”この子が円環の理……今まで、何千年も、世界の全ての魔法少女を導き出した人……なんて、可憐そうな子なの?”


マミは、円環の理が人格化した少女の印象を心で呟いた。


なぜなら、鹿目まどかは、マミと目が合うと、ちょっと怯えたように、身構えているからだった。

「まどか、この人はね、あたしの先輩なの」

さやかはマミを紹介した。まどかの警戒心が解けるように。

「先輩?」

とてもか弱そうな女の子の声が口からこぼれた。

ああっ、まるで小鳥の囀るような華奢な声!


”おい!あいつが円環の理なのか?あたしでも勝てそうな魔法少女だぞ!”


どうやら、見滝原の時計塔から、この屋上を見張っている佐倉杏子も、同じ印象を持ったらしく、テレパシーで語りかけてきた。


”てゆーかさ、さやか、その状況は一体なにさ!神様と悪魔が、隣同士で飯くってるじゃん!”


それも、仲よさそうに。

暁美ほむらは、ピンク色をした髪に赤いリボンを結んだ女子生徒に、自分の弁当の食べ物の一つを、箸で分け与えている。

鹿目まどかは、照れた顔して、やがて小さくあーんと口をあけると、その口にほむらの食べ物を受け入れる。



”おい!”


杏子のテレパシーが、頭にがんがん響く。

うるさいなあ…もう。と、心で毒づいたのは、美樹さやか。


”なんだよあのおままごとは。ほんとに暁美ほむらは悪魔なのか?あいつは神様なのか?”

疑問を浮かべる杏子の声のテレパシー。


暁美ほむらは、隣に座る小さな少女を、とても懐かしむように、愛しそうに、じっと眺めている。

優しい、母親が子を見守るような視線。


鹿目まどかがやがて、その視線に気づいて、戸惑いはじめる。

「ほむらちゃん……どうしてずっと私のこと見て……あの、お弁当、食べづらい……んだけど…」

視線をおろおろさせる。ちょっと怖がっている。


ほむらは、はっとなって、顔を背け、言う。

「別になんでも……」

なんていいながら、幸せそうに、ゆるやかな笑顔になるほむら。まどかの隣にいるなら幸せだ、とでも
いいたげな顔だ。


「…」

”しらけた。こりゃあ、神様と悪魔なんて壮大なモンじゃあないね。ただのお弁当ごっこだ”

”あっ。いうの忘れてた……。この悪魔は、まどかのことが好きなんだ。それも、愛の意味で”

”ええっ!?”

マミ、箸から卵焼きが落ちる。

”はあっ!?”

目を丸めた杏子の隣で、シャボン玉を吹くなぎさの瞳が空をみあげた。

”それってどういうこと?だって円環の理は、見る限り女の子でしょう?”

”そうなんだけど……んー、まあ愛の形っていうのかなあ…”

”それでこのべたべただってゆーのか!つーか、サフィズムか?”

”女の子が、女の子を好きになるの?”

マミが狼狽している。


「どうしましたの?おふた方……お話を交わすこともなく目と目で語り合って…」

仁美がついにしびれを切らして、時折みせる妄想モードに入ってしまった。

「もしかしてっ!?目と目だけで通じ合う仲ですの?」

きらきら目が光り始める。


「はっ、!いけない、仁美のいつもの妄想癖が…!昔っからそうなんだから…!」

さやかが気づいた頃には、手遅れだった。


そのとき、まどかが、えっ?という顔をして、悲しげにさやかを見上げた。


「でもいけませんわ、おふた方、女の子同士で、それは禁断のっ、恋のっ、形ですのよーー!」

仁美の、頬を両手に包んだ、赤面した顔が、そんな言葉を紡ぐ。

きゃあああっ。くねくねと腰をまげて喘ぐ。


すると、暁美ほむらが立ち上がり、たん、と仁美の両手を包み込んで、そして優しく、語りはじめた。

「志筑さん。」


「はっ、はい?」

おい、悪魔、仁美になにする気だ!

さやかが唖然となる。

ほむらは、仁美の両手を、すっぽり手で包んで握り、話した。

「禁断の恋なんて、ないと思うわ。」


何をいいだすんだっ、こいつ!

さやかの内心で悲鳴があがる。


「女の子同士の恋がいけないこと?愛という感情は、どんな壁だって越える力を持っていると思うわ。
どんな奇跡も呼び起こせる、すばらしい感情なのよ。」

うっ、うわあー。

ほむらがいうとすごい説得力…。引くわ…。


「あっ…暁美さん…!」

感動したように、目をきらきら、うるうると潤わせる仁美。

「愛さえあれば、どんな奇跡も実りますか?乗り越えられますか?壁を?」


「ええ。どんな障壁にだって、愛が打ち勝つ。それが、この世界のルールなのよ。」


くあーっ!!

ほむらが言うと、めっちゃむかつく!

実際にそうなんだから、言い返せない!


くそう、茶々いれてやる。

「は、はん。何が愛は素晴らしい、だ。欲望と履き違えてほしくないもんだね?」

さやかが、反撃にベンチで、喋り始めた。両手を肩の位置で広げて、呆れた仕草をだす。


きっ、と悪魔が物凄い形相でこっち見た。

おっっと。悪魔が怒ってるぞ?

心当たりがあるんだな。


「愛ってのはさ、相手が応えてくれてこそ愛だよね。そうでないのに、本人だけ愛って思ってるのは、
ストーカー?妄想?妄想で世界を創っちゃう人っているらしいね。あたしはそこまでなれないけど…」


「相手が応えてくれてこそ愛ですって?あなたは何もわかっていないわ」

悪魔が反論してきた。

「愛の本質とは、相手を好きだという気持ち。それがすべて。その気持ちさえあれば、世界を変えることだってできるのよ。ちがう?」

くっー!!

ちがうぞ、と言い返せたら、どんなに気持ちいいか!

悪魔め!

鹿目まどかは、あんたに、渡さない。

今にみてろ。


とりあえず、ここでの口論は悪魔が勝利したところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。

「ほむら!放課後、アンタに話がある。逃げるんじゃないわよ!」

びしっと指さして、さやかは釘さして、教室にもどった。

42


鹿目まどかは転校して五日目の登校を終えて、帰宅の道についていた。

この日も1人だった。

学生かばんをもって制服姿で帰路につき、夕日の光を浴びながら、歩く。


赤い空。
きれいな空。町の夕空。

また電灯はつかない暮れの時間帯。

鹿目まどかは橋を渡る。橋には格子状の手すりがあり、歩道もある。


自動車が通る橋の傍らの歩道を、手すり沿いに歩いていたら、まどかの目の前に、小さな女の子が現れた。


髪は白かった。

まだ小学生くらいの、本当にちっちゃな女の子が、物珍しそうな渦巻いた瞳でまどかを見上げていた。

「鹿目まどか、なのです?」


「えっ?」

自分の名前を、見知らぬ幼い子に呼ばれる。

驚いたまどかは、目前に立った小さなせけたの女の子を、見つめた。

すると、幼い子もまじまじ、まどかを見上げた。

興味津々な目。

「どうして私の名前を?」


「なぎさ、百江なぎさです」

女の子は名乗った。

「マミと暮らしているです」


「マミさん…?ああっ、今日、屋上で…」

屋上で初めて知り合った人。

けど、何の会話したかよく覚えてない人。むしろ、無言でずっと突っ立っていただけな記憶も…。


さやかちゃんの先輩。
でも、何の先輩なんだろう?部活かな?あれっ、さやかちゃんは、何の部活動してるんだろう。

巴マミさん。三年生の先輩。
なんだか、私に、畏敬でも込めたような視線を注いでいた気がする。


どうして、だろう?
初めて会う同士のはずなのに。

「なぎさ、まどかと話したいです」

幼い子は言って、まどかの制服の袖を引っ張った。ちっちゃな子供の目がまどかを上目でみあげた。

「一緒にいくです」


「えっ…うん、いいよ」

一体わたしと何を話したいのかなあ…?

見当もつかないまどかは、疑問に思いながら、なぎさ一緒に、見滝原の道を散歩することにした。

今日はここまで。
明日か近日中に、つづきを投下します。


ほむらはさやか達を始末しなきゃならなくなるかもなぁ

さやかが道化にしか見えないなww
現時点だとなんでここまで目の敵にしてるか意味が分からんww
はやく理由を知りたい。
このままだと世界崩壊!?とかQB語りだしたりするのかな?奴隷状態だけど。

制服貸すとか幻覚以前に杏子は自分の制服着りゃ良いだろ、作者の都合でなかったことにしてるとか抜きで

ほむらの改変世界を偽りの世界とか言って非難してるけど
それならまどかが改変した円環世界も偽りの世界ってことになるよなあ
さやかはその辺どう思ってるんだろう
やっぱ都合の悪いことには目を瞑って感情で物言ってるだけなんだろうか

レズ悪魔をさやかとみんなが改めさせて、間違った悪魔世界を変える系の話は何本か読んだけど
この話はまた方向性が微妙に違いそうだな
乙でした、期待する

>>248
ほむら厨はほむら至上主義でしか話を考えられないんだろうか?
まどかって世界を改変したけど、別に人の心を弄くったりしたわけではないんだけどなあ
それとも何か、世界を改変しないで絶望だけの改変前の世界のままの方が良かったと?
それってほむらさえ良ければ他はどうなろうと構わないっていう理屈と同じなんだが

>>250
それはお前がほむらアンチなだけだ
ほむらも弄ってないだろ
さやかの魔女が消えたシーンとかもあれ改編の影響受けただけだろ
マミや杏子がまどかの事覚えてなかったのと同じ
まどかの場合は記憶あったら概念のままだろうし人間として存在するのならああ言う風に改変の影響受けるだろうし
あと議論する気はないからこれ以上やるなら別所で


独特でなかなか面白い

なんでここはアンチこんなに多いんでしょうねえ

未だにさやカスとか言ってるの久々に見たわ
さやか厨のイミフな擁護もわけわからなすぎてファンの振りしたアンチに見えるレベル

なぎさはSSが読みたいだけなのです

43

同じたそがれ、見滝原中学では。

真っ赤な夕空に覆われた屋上で、悪魔である暁美ほむらと、美樹さやかと、佐倉杏子と、巴マミが、
つまり魔法少女と悪魔たちが、集結していた。

「昨日のこと、説明してもらおうか。ほむら?」

美樹さやかが、ひどく真剣な顔をして、ほむらに問い詰めている。

ほむらは、余裕の表情を浮かべてうっすら笑っているだけ。

「なんのこと?」


「とぼけるな!」

さやかはほむらに怒鳴った。本気で怒っていた。「昨日、ナイトメアが出現した。あんたの仕業なんだろ!」

杏子とマミの目つきが鋭くなる。
昨日の、あの新しい敵は、本当にほむらが原因なのか。さやかの話が、本当かどうかが、わかる瞬間。

2人の集中力は高まる。

緊張が包む空気。

「やだわ。私のせいにしないで…」

さやかたちに背をむけるとほむらは、壮麗な見滝原の屋上の仕切りフェンスに指をかけ、呟くように答えた。

ほむらは屋上から赤い空を眺める。

「ナイトメア?そんな敵もいたわね。そういえば……」


「あんたが作った敵でしょうが!何のつもり?ここはあんたが創った世界。そこにナイトメアが出るってことは、
あんたがそう仕組んでいるから。ちがう?」

「ちがうわ」

ほむらの即答に、さやかが、気圧される。悪魔の回答ときたら、あまりに巍然としていた。

「なんっ…!」


「ナイトメアというのは、私が生むんじゃなくて、ナイトメアになってしまう人自身の心が生み出すもの。
さしずめ、早乙女先生が、何か悪い夢でも見たんでしょうね。それがナイトメアになった…私は何もしていないわ」

フェイスに手をかける悪魔の黒髪が、ふわりと冷たい風にゆれる。夕日の冷たい風に。

「じゃあなにさ、これから、悪い夢でもみた人全部が全部、ナイトメアになる可能性があるって、そういいたいの?」


「…さあ」

ほむらは、しらばっくれている。

「自分のしていることが分かってる?」

さやかの怒気を含んだ声は、悪魔を責めたてる。

「この世界は、もうあのときのような、あんたの結界だけの世界じゃない。宇宙すべてが、あんたの都合に振り回される。
今、世界にどれだけ多くの人が生きている?70億人超えたんだっけ?その誰もが、ナイトメアになるかもしれない。
それがアンタの創ったこの世界。そう理解していいんだね?」


「さあ……未来のことなんて、神のみぞ知るんじゃ、ないかしら…」

ほむらの余裕は消えない。

うっすり微笑みを浮かべた瞳は、恍惚に浸って、赤い空を眺めている。

「今日は、楽しかったわ…」


いきなり、そんなことを語りはじめた。思い出したように。

「は……、はあ…?」

さやかが顔を曇らせ、奥の杏子とマミの眉もひそまる。


「あなたたちも見たでしょう?あの子の笑顔…」

幸せそうなほむらの微笑みが、フェンス越しに景色を眺める顔に、浮かぶ。

その悪魔の微笑みは、夕日に照らされて、暗く映る。


「あの……子?」

巴マミが、体を震わせる。厳然たる事実に、鞭打たれている。


「じゃあ、やっぱりあいつが……」

杏子も、込み上げる畏怖の感情とともに、口に声をこぼしてしまう。


「そう……鹿目まどか」

神の名が再び唱えられる。

「あの子が、円環の理。いつか私たち魔法少女を導くことになる子……そして私は」

ほむらの黒髪が、いきなり強風にふかれ、するとカラスの羽のような黒い羽が、とこらじゅうに飛び散るような、
そんな錯覚を魔法少女たちは見た。

「円環の理の一部を奪い取った悪魔……見方はそれぞれでしょうけど、円環の理に叛逆した者」

「うっ…」

マミ、杏子、さやかの三人が、ほむらの持つ異様な禍々しさを感じ取り、みんな数歩も引く。

ダークオーブを持つ者の、激烈なる渦巻く欲望の、世界を変えた邪悪な力の気配を、感じ取ったからだ。


「私はあの子の笑顔をみたかった。今日、それを見ることができた……あなたたちのおかげね」

悪魔は、魔法少女たちに感謝を告げる。

「もっとこんな日が続いたらいいのにって、本当にそう思うわ…」

悪魔は夕空をみあげる。赤い日は、沈む。世界創造の五日目の、夜がはじまる。

ほむらは懐かしむ目をしている。儚げな瞳。まるで、この先”こんな日”は到底続きそうもないと、
知っているかのような悲しい目だ。

────たとえ、世界が滅んでも。


「だったら……どうしてナイトメアなんか出現させたり…!?」

こんな日が続いたらいいのに、本当にそう思っているのなら、なぜ私たち魔法少女の敵を増やすのか。

それがさやかの問いかけだった。

すると、ほむらは背をむけて、壮美な壁に手をかけ、また答えた。

黒い羽根が舞い飛ぶ。ばささ、と。

「私は、心のどこかで、あなたたちを排除するつもりなのかも、ね」

さやか、杏子、マミの三人が、慄いた顔をする。

「だってあなたたちは…!」

フェンスに手をかけていたほむらが突然、顔をふり向かせた。


「えっ…?」

さやかは、ほむらの瞼から伝う透明の滴をみた。夕日の空に赤く照らされて、きらりと光った雫の一滴を。

「まどかを神に戻す気なんでしょ…?」


世界を歪みから救うためには、悪魔を倒すしかない。
神の子が再臨し、魔法少女が神の軍団となって、一丸して悪魔を滅ぼす。そういうシナリオではないか。

悪魔は知っていた。

魔法少女たちの考えてる企みを。

人間として世界に降り立った、神の子を、悪魔との戦いに繰り出そうとする魔法少女たちの作戦を。
私の愛する人を私の敵に立てようとする魔法少女たちの邪心を!

「させないわ!」

悪魔は叫ぶ。悲痛な想いを叫ぶ。

たしかに、悪魔であるなら、神との戦いは避けられないものかもしれぬ。いつか敵になるかもしれない。
それは、ほむら自身もわかっていて、まどかにはもう伝えてあることだ。

けど、望まない。そんなことは。

「たとえ世界が滅んでも、そんなことはさせない!あなたたちが、まどかを神に戻そうとするなら、
私はあなたたちに不幸をばら撒く。70億人がナイトメアになろうと構わない。私が、いつかまどかとたたかうのは、
そのあとでいい。世界が滅んでからでいい!」


悪魔の台詞の数々には、圧倒される魔法少女たちだった。
全員が硬直し、立ち尽くすのだった。

もし、まどかを神に戻す気でいるなら。

悪魔は、おまえたちに、不幸をばら撒いてやる、という宣告を、動揺と共に心に噛み締めるのだった。

44

鹿目まどかは、いきなり現れた幼い子・百江なぎさと道端を歩いていた。

見滝原の川を渡り、橋を過ぎたら、川辺にきた。


川辺の隣に、ちいさな林がある。仁美とさやかと、この林公園の、池で遊んだことがある。
けれど、仁美のなかにも、さやかのなかにも、まどかの記憶は無くなっていた。

まどかだけが覚えていた。

まるであの思い出を求めるように、まどかは百江なぎさを連れて、この池にきていた。


「昔と、変わってないなあ…」

まどかは、林公園の、夕日の赤い日差しに照らされた池をみて、なぎさに語った。


「昔、友達とよくきたの……」その瞳に、湖のきらきらした光が映る。


なぎさは、円環の理が人格化した少女が、過去を語るのがとても不思議だった。

宇宙を統べるような概念が、とつぜん、思い出を呟きはじめたのだから、意外だ。


そしてなぎさは悟った。

暁美ほむらの欲望が具現化したこの少女は、創られた身でありながら、1人の少女として意識を確立している。
しかも、円環の理である自覚もない。自分を人間だと思っている。

くわえて神になる前の記憶さえある。世界から抹消されたはずの記憶が。

こんな奇跡ってありえるのだろうか?

万能にもなった神が、1人の少女に変わる。自分が神であることの自覚なしに!

暁美ほむらの発揮した愛と執着は、とてつもないものだったことになる。


「その友達とは今も仲良しなのです?」

一体、神は、どのあたりまで自分を人間であると信じ込んでいるのか。

信じ込まされているのか。


なぎさはそれを知りたかった。

なぜなら、この神の子が、神である自分の使命を思い起こすときこそが。


この世界の終わる時。

終焉のおとずれであるのだから。悪魔と神の戦いがはじまり、全世界の魔法少女は神の兵となる。


なぎさの想いは、望みは、何か。

それは、実に子供じみた希望だった。


なぎさの希望は、ただ今の世界が続いてほしい。それだけだった。

悪魔の創った世界だろうと、今の世界が好きだ。マミと一緒にケーキを食べられる。さやかと一緒に、魔獣退治ができる。
ナイトメア退治ができる。杏子ともきっと友達になれる。

一体この世界の、なにが不都合なのか。

悪魔にだまって従っていれば、この世界はつづくではないか。

叛逆しようとするから、世界はおかしくなるのだ。それに、いくら暁美ほむらが悪魔だっていったって、
それは鹿目まどかという神の理に叛逆しただけであって、何も私たちに悪いことをしようとする存在でもない。


だから、なぎさが、鹿目まどかに話をもちかけたのは。

この少女が、どれだけ神としての自分を忘れているのか、ということを知りたいがためだった。


そして、自分を人間だと思っていれば思っているほど、都合がいい。

神と悪魔の戦いは延期される。遠い未来の話となる。悪魔と戦うための兵にはされたくない。

こんな楽しい世界を、お菓子の家のような世界を与えてくれた悪魔と、なぜ戦うのか?


「今も……仲がいい…ううん……どうなのかな…」


自信のなさげな神の子が話した。

とても自分が全知だと思っている少女の声には聞こえない。


それは、なぎさにとっては、よい傾向だった。

「たぶん……みんなは私のことを友達って思ってくれてるのかも……でも、私は…」

なぎさが、瞳を上にみあげる。「もう友達でないのです?」


「わからないの…」

なぎさが色々な思惑を抱いていた一方で、鹿目まどかは、とつぜん、両手で目を覆って、震えだした。

「でも、わたし、すごくさみしい。悲しい。なんでだろう……まるでわたしが、日本に帰ってきたのが、
なにかの間違いだったかのような……つらいの。いま、友達に会うのが」

鹿目まどかは、泣いていた。

友達との思い出の池の前に立って。


なぎさは、どうして神の子が涙をこぼしているのか分からない。

「会うのがつらいなら、会わなければいいのです」

なぎさは、オレンジの瞳で赤い夕日をみあげて、まどかに言った。

「…え?」

ショックを受けたまどかが、そっと、隣に立った小さな子を見つめた。


「なぎさは、会ってないです。会いたくもない友達になんて…」

なぎさは、まどかに学校のことを話した。

つまり、なぎさの通う小学校の話を。


ある日病院生活になった。小学二年、入ってそうそうのことだった。もとより、生まれながらの病気があったから、
こうなることは、クラスメートも知っていた。

一年間友達だったけれど、二年間も病院生活を続けていて、ようやく学校に戻ると、友達だったクラスメートは
うそのようになぎさに冷たかった。つまり、落ちこぼれだと思っていたのだ。なぎさのことを。

失意のなか、魔法少女として、魔獣とも戦わなくちゃいけない。一人で。仲間の魔法少女なんて、誰もいない。

円環の理に導かれて、短命の花は散った。絵本の世界に心をおきながら…。

いいことない短命人生だった。


この悪魔の創造世界に降り立って、マミと出会った。

マミは、何もかも優しかった。助けてくれたし、お家に呼んでくれた。ケーキもつくってくれた。

わたしは、この人と一緒にいたい。


マミと暮らしたい。

その幸せは、学校生活を離れることで、実現している。

「なぎさは、今の毎日がすきなのです」

と言って、オレンジの渦巻いた瞳が、神の子を見つめる。

「まどかは、今の毎日、好き?」


「今の毎日…」

問いかけられて、まどかは、今の日々を思い描く。

果たして今の日々が好きなのか。


池にアメンボが泳いで、水面の波紋がいくつか連続して広がった。

人気のない静かな林公園。

夕日は池の中に映り、ぐらぐらと形を湾曲させた。


「いつか、世界を変えなくちゃいけない、そんなときがきても…」

なぎさは、まどかの制服の両腕の袖をぎゅっとにぎって、まどかを寄せ付けると、顔をみあげてた。

まるで母に駄々こねる子のよう。

まどかは、ちょっと戸惑った顔になりつつ、小さな女の子の抱きつきを受け止めた。

「この世界が好き。そう思っている人のことも、忘れないでほしいのです」


まどかは、この神秘めいた女の子の言葉が、分からなかった。

45

夕日が沈み、空が青色になる頃。
見滝原の空が夜に染まる景色を、2人の少女が眺めていた。

美樹さやかと、佐倉杏子の2人だった。


「んで?どう思った?」

街の外れの丘の花畑に尻つけて、体育座りになっているさやかは、見滝原の工業地帯が並ぶ夜景を眺める。

悪魔がつくった世界の夜景を。


「どうってー?なにが?」

杏子が、ここにくる途中でさやかと一緒に寄った駄菓子屋のよっちゃん丸を食べつつ、聞き返した。

串に甘ダレを漬けた魚肉が刺されたお菓子だ。


「いや、なにがって、決まってるでしょ…」

呆れたさやかの声。体育座りしていたら、花畑にふいた風が、さやかの制服スカートをひらめかせた。

花畑には一面のタイムの花が咲いている。淡紫色の花びら。そして、緑の葉。

「わかったでしょ?もう、この世界がオカシイって…。悪魔が誰かって…」

「まあ……確かに、自分で悪魔って認めちゃってたしね。それに、あいつの持ってるソウルジェム、
たしかに、あたしらのと違ってたね。邪気そのもの、つーか?」

といって、よっちゃん丸の串にささったお菓子を、はむと食べる。

「だけどさあ、だからって、騒ぐほどか?」

瞼を閉じたすました顔で、片膝たてて座った杏子がいう。赤い髪がふわり、とゆれた。


「なに?じゃあ悪魔に加担しようって?この世界ごっこに付き合う気?」

さやかは、うっすら目を細めて、横の杏子を眺める。


「あたしが、悪魔を自称した暁美ほむらの話を聞いて思ったこと。それは」

杏子は語った。

今日の学校の屋上で、悪魔を名乗ったほむらの話を聞いた杏子なりの感想を。

「あいつは世界を滅ぼすとか、魔法少女に悪意があるとか、そういうやつじゃない。聞いたかんじ、
惚れた女を取り戻そうとしてただけってゆーかな」

お菓子を食べ終わった串を、指にはさみ、新たな串のお菓子を食べ始める。

五本の指に、三本のよっちゃん丸の串がまた持たれる。

「まっ、もしあたしが今も教会の娘だったら、そんな愛は、やめなさいって思うところなんだけどさ。
天国に入りたければ、ね」


「…」

さやかは、体育座りした両膝を、腕で抱えて、思いつめた顔をしている。その青い前髪も風にゆれた。

「でも自称悪魔じゃあねえ。天国に興味あるわけないし…」

はむっ、と、二本目の串のお菓子を、ぺろっと平らげる。

「それにあたし思うんだけどさ……この悪魔の世界は、便利ってね。あたしらに都合がいい」

「なにそれ…どういう意味?」

冷めた目をしたさやかが、杏子に問う。体育座りしたまま。


「考えてもみなよ……あたしらは魔法少女だよ?」

すると、杏子は、にかっと、口元をほころばせた。

何か、企んだというか、ずる賢いことを思い浮かべたときの杏子の顔だった。

なんだかんだいって利己的なところもある杏子は、打算的な性格もある。


それは、さやかと違って、家庭もなくて身よりもなくて、みなしごとして、食べ物さえ自力で得てきた杏子だからこそ、
たまにみせる、損得に関したシビアな部分。

魔法少女として必要な素質でもある。仲良しごっこで魔獣退治している魔法少女は長続きしない。

杏子みたいなタイプこそ、魔法少女として頼りがいがある。

なぜなら、魔法少女にとってソウルジェムの消費とグリーフシードの獲得という損得計算は、毎日のように、
死活問題として向き合わねばならないから。

「さやか。あんたさ、もし現実の世界だったら……このニセモノの世界が終わって、現実に戻ったとしたら…
あんた、どんな人生歩む気だ?」


「どんな人生って…」

いきなりそんなこときかれても。

答えは出てこない。さやかは、体育座りしたまま、花畑を見つめる。

「たぶん、あたしの思うところじゃ、あんたは中学校の二年生から三年生になって、高校受験して高校生になって、
そのうち大学を卒業して、社会へ出てそこで結婚相手を探すんだろ?」

「…」

そうなのかもしれない。

考えもしなかった。魔法少女になってから、将来のことなんて。

「それって、無理じゃん」

と、杏子は、きっぱりいってしまう。三本の串を食べ終えて、その串を、指の間に挟んでたてる。

「だってあたしらは魔法少女だよ?魔獣と命かけて戦わなくちゃいけないのに結婚して子育てに励む気か?
いっとくが、あたしはそうなるつもりなんかないよ。理由は簡単、魔法少女だから」

「…」

さやかは何も言い返せない。

確かに、夢見てた。お嫁さんになる日とか、結ばれる日とか…。だれのお嫁さん、かはいわないけれど。

でも、魔法少女になったら、もうそれは叶わない夢だ。

いつか円環の理に導かれて消滅する。それを待つしかないのが、魔法少女の運命。


「魔法少女になった時点で、もうアタシらは例外なく世捨て人なのさ」

杏子が、はっきり言う。分をわきまえている、ということなのか。

でもそうなのかもしれない。

もう普通の恋愛なんて出来ない。だって、私もう、死んでるし…。ゾンビだし…。

花畑の花びらが散った。


「世捨て人にとって元の世界なんて、不都合なだけだ。悪魔の創った世界は、好都合だ。
それにアタシ気づいたことあるんだけどさ…」

杏子が打算的な顔をみせた。いたずらっぽい笑みを浮かべている。なにか得になることを見つけた、という顔だ。

「この悪魔の世界とやらは、時間が止まってるんだ」


「時間が?」

さやかは、冷めた目から驚きの目に変わって、杏子を見つめた。「どういうこと?」


「つまりあんたは永遠に中学二年生ってことだよ」

にかっと笑い、杏子は、さやかに告げた。

「おおかた、その暁美ほむらって魔法少女は、悪魔になる前は、時間停止の魔法でも使ってたんじゃないの?
この世界は、時間がとまっている。あたしらは、歳をとらない。永遠に、あんたは中学生だろうし、
あたしは孤児の娘。いいじゃん、それで。高校生になって社会に出て男さがすより、よっぽどあたしら魔法少女には、
大変、都合がよろしい」


それでも、せっかく悪魔が創ってくれたこの世界を壊す気か?

杏子は質問を付け加える。


「どうしてそんなことに気づいたの?」

さやかは尋ねた。

すると、杏子は、花畑に座りなおし、首をあげて、夜空をみあげた。「月、かな」

「月?」

さやかも顔をみあげた。

「そう、月。ほらみてごらん。今夜も半月だ」

さやかは杏子にいわれて、月をみあげた。半月。きれいに。夜と昼がきっかり分かれたような、
真っ二つに裂かれたかのような月。

「昨日も半月、一昨日も半月。この世界が始まってから、ずっと半月のままだよ。時間が止まってるじゃん」

杏子は得意気な笑みをみせた。

「気づかなかったかい?」

よっちゃん丸を食べ終えた杏子は、今度は、駄菓子の、ソースせんべえを取り出した。袋から。

「この世界は同じ日が繰り返されてる。もちろん、見かけでは毎日が進んでいるように見えるだろうし、
毎日の変化もある。あたしがいいたいのは、時間軸だけが止まってるってこと。同じ時間軸にこの空間が
閉じ込められてる…それがこの世界の正体かな、ってあたしは読んでるね」


時間が止まっていたほうが大変よろしい。

それは魔法少女たちにとってそうだし、ほむらにとってもそうだ。


だって、ほむらは、まどかの為にこの世界をつくったようなものだから、まどかには、永遠に中学二年生であって
もらわないといけない。

「…」

さやかは、この世界の未来を思い描いた。

永遠に中学二年生。それってどんな人生になるのだろう?毎日同じ授業を受ける?

でも、確かに、魔法少女をつづけるなら、そのほうが都合がいい。たしかに杏子のそれはいえてる。

魔獣退治を続けるなら、中学生のままでいたほうがいい。

それでいいのかな?本当に?


「まっ、様子見ってところだよ」

すると杏子が結論を先に告げた。

「あの悪魔は、あたしらが逆らわない限り、何もしないって話だろ?あたしらが叛逆しようっていうなら、
容赦しないぞ、っていってたけどね。要するに、鹿目まどかってやつに近づかなければいい。それか、
お前は神様なんだぞってことを吹き込まなければいい。それで今の世界がつづくなら、あたしのとる選択肢は様子見」


「様子見……。そういえばなぎさも…」

おんなじようなこと言っていた気がする。

今の世界が好き。

悪魔は、円環の理を現世に戻したかっただけだ。だから、今は、何もしないでおく。それがなぎさの口からでた言葉。


「なんかみんなして呑気すぎない…?」

自分の心が声となって口からこぼれた。

「杏子もなぎさも……なんだかあたしは思うんだ」

野原で立ち上がる。黒い夜空に浮かぶ巨大な半月を、立ってみあげる。風に青い髪がゆれた。

「時間が止まってる……今の世界がずっと続く……時間のとまった世界。世界は今のままであるように見えて、
実は取り返しのつかないことになってるんじゃないかって……ものすごい速さで、滅亡にむかってるんじゃないかって……」

巨大な半月に黒雲が差す。

「今すぐあの悪魔を倒さないと、ひどいことになる……なんでかっていわれたら…ちょっとよくわかんない…
でも、そんな気がする」



杏子は、それには何も答えず、ソースせんべえをサクっと食べた。

野原の花畑は、月の影に暗くなった。

46

百江なぎさは、鹿目まどかとの対話を終えて、マミの宅へむかう見滝原の道端をとぼとぼ歩いていた。


神様に伝えたいことは伝えた。

それに、神の子は、自分が神だとは片鱗も思ってなさそうだ。

世界は平穏であり続ける。

神と悪魔の終末的戦いは、遠い未来の話だ。



あとは、マミ宅について、ケーキと紅茶を食べて、一緒に時間を過ごしたら、魔獣退治に出る。

そんな幸せな日々が、もっとつづく。

それでいい。ううん、”それがいい”。


夜に浮かぶ月が黒雲に隠れる。覆い隠される。こがね色の月光が黒くなり、見滝原の街が暗くなった。

「もう遅い時間なのです……マミが心配するです」

呟いて、林に沿った道を、早足になりはじめると、何か呻く声がきこえた。

「たす……けて…」


「えっ?」

なぎさが、ピタと足をとめる。


「たすけて……おね……がい……」

女の子の声?
なぎさは、この声を無視してはいけない気がした。


マミの宅に、はやく帰りたかったのは山々だけれども、道をそれて、林の中にはいった。

「…だれです?」

一歩一歩、草木をかきわけ、林の奥へ。公園に生やされた木々の茂った中は、暗い。夜に入ると、ほとんど何もみえない。

「おねがい……しーど……」


林の奥へ出ると、空間がひらけて、公園のベンチの傍らに、倒れた少女がいた。
横たわって、震えている。

その手元からこぼれ落ちているのは、うっすりオレンジ色の光を放つ…

「ソウル…ジェム…?」

なぎさはこの子が、魔法少女だと知った。


誰もいなくて、人気のない公園。街灯の光には蛾が群がる。


「たす……けて…!」

横たわった少女は、なぎさを見つけると、地面を這ったまま、腕だけ伸ばしてくる。

助けを求めてくる。


「ぐりーふ…しーど……!」


「グリーフシード?」

なぎさは、恐怖にひきつった目で、少女を見下ろす。

オレンジ色の少女のソウルジェムは、黒ずんでいて、光を失いかけている。
濁りに澱み、どろどろした光に変色しつつある。

「た…すけて…!」

少女は懇願する。同じ魔法少女であるなぎさに、情けを懇願する。「わけて……ぐりーふしーど…!」

なぎさは震えた。

同じ魔法少女が、ソウルジェムを濁りきらす寸前で死にかけているのを目撃してしまったのが、
あまりにも唐突で怖かった。

「ごめんなさい……なぎさ、今はグリーフシード、持ってないのです…」

昨日は、ナイトメアと戦ったせいで、魔力がかなり消耗した。

だから、マミ宅に帰ったときに、ストックを使い果たしてしまった。


「ああ……あ…ア!」

すると、救われようがないと悟った濁りかけの少女は、絶望の表情を浮かべた。

顔は震え、目は涙を零し、なぎさを見上げながら、なにかを訴えた。


「なに…なんです?」

なぎさは、一歩、退いてしまった。


「えん…かん…」

少女は、ついにソウルジェムに亀裂がぴしぴしと走りはじめたそのとき、何かの単語を言い残した。

「の…ことわり…」


そして、避けられぬ命運の刻がきた。

「───アウッ!」

少女の口が噛み締められ、苦痛に喘いだ。ソウルジェムは、黒く黒く染まってゆき、全ての光を飲み込んだ。
ぎんぎんと、邪悪な光を放ちはじめた。

「あう…あああ…あア゛!」

苦痛にのたうちまわり始める。


「えっ…?」

なぎさは、あまりの光景に絶句した。


ソウルジェムが濁りきると、そんなに苦しいのか。

目の前の、倒れこんだ少女は、ソウルジェムが黒い光を放ちはじめるたび、呻き声をもらす。
胸を苦しそうにかきむしる。

これじゃ、まるで安楽死とは程遠い、苦痛そのものな死だ。

「あっ…あああっ…!」

少女は何かをこらえている。

何かを押さえ込もうと抗っている。


なぎさには、少女の苦痛の意味と、何かに抗うかのよな、絶望的な抵抗の意味が分からない。

ただただ、戦慄の気持ちに打ち震えていた。


そして。

抗いはむなしかった。少女は絶望に負けた。

「あああああっ────あああっ!!」

最後の悲鳴とともに、ソウルジェムから……。


真っ黒な雲が飛び出した。

地震と衝撃派が同時に起こり、なぎさは吹っ飛ばされかけた。


「いやっ…!」

猛風が吹き荒れ、なぎさは近くの樹木にしがみついた。

そして、なぎさが見たのは、倒れた子のソウルジェムが黒くなって、見たこともない結晶に変化して、
濁った世界を築き上げた魔法少女の結界だった。

「……っ!?」

なぎさは、目を疑った。光景が信じられなかった。

私たち魔法少女に訪れる宿命とは何か。


円環の理に導かれて消滅すること。

その建前より、遥かに禍々しくて気味の悪いものが、そこで起こっていた。


なぎさは逃げた。

魔法少女の結晶から出てきた結界の形成から逃げ、林を抜け、見滝原の車道にでた。

車道では、ガードレールに守られた道路を、自動車が行き来していた。街灯に照らされて。


「見なかったことに……なぎさは……見なかったことに…」

ぜえぜえ、息を吐きながら、自分に言い聞かせた。

「なぎさは、何も見なかったことにするです……!!」

47

鹿目まどかは部屋で、ベッドに座り、受話器を耳に当てていた。

部屋は暗い。夜になったのに、明かりをつけていない。夜には半月が浮かぶ。


ぬいぐるみたちの目が光る。

丸いめざまし時計の針は、8時半ごろをさしていた。


「あっ……ちさとちゃん…わたし……わたしです…鹿目まどかです…」

受話器のプルルルルが終わって、相手が電話に出ると、まどかは受話器に話した。

「はい…誰ですか?」


まどかは、必死になって自分の名前を相手に伝える。

「鹿目まどかです!小学校のクラスで一緒だった…」


「ええと…」

受話器のむこうの相手が戸惑う。「いつごろ?」


まどかの声が震える。「3、4年生のとき……ちさとちゃんのお家に何度か遊びにいって……ああそうだ、
あの水槽の金魚、今も元気にしてる?」

「…」

受話器の相手、無言になる。

「ごめんなさい。でも、私はたぶん、あなたと遊んだことないと思うわ」

「…そん、な」

まどかの目に悲しさが映る。「……わかった。ごめんね」


プチ。

ツー。ツー。ツー。


受話器の通話終了ホダンを押した。

頭を落として、ぼーっと部屋の地面のカーペットを眺めた。

まどかの手元には、小学校の頃のクラスの連絡網のプリントがある。


母に、電話器のそばの引き出しにあるといわれて取り出した。
まどかはそれを取り出して、小学校の頃の友達に話しかけようと思った。

連絡網のプリントを見て、まず驚いたのは、そこに鹿目まどかの名前と、連絡先、電話番号が一覧から
消えていたことだった。

ない…?

どうして…?

まるで最初から自分が存在しなかったかのように。連絡網の一覧には、どこにも自分がなかった。

それで諦めきれないまどかは、覚えのある友達の連絡網に、電話してまわった。


どの子に連絡しても、答えは同じだった。


「たぶん、人違いじゃない?」

「ごめん。覚えてない……てゆーか、ほんとに見滝原小学校だったの?」

「いや、ぜんぜん分からない。鹿目さん?わたし日直してたけど、そんな子いなかったと思うよ…
クラスちがったんじゃない?」

「…」

連絡網のプリントも受話器も手から落ちる。


まどかは、ベッドに背中を倒して、茫然と天井をみあげた。

「どうして……なの」

ここには私の部屋がある。ピンク色のカーテンがあって、ぬくぐるみが棚にあって、地球儀があったりして、
淡い緑のカーペットを敷いた部屋には椅子がいくつかある。

女の子の部屋。

これがタツヤの部屋とは思えない。だから、鹿目まどかは、この家に存在している。

しかし、家から一歩外にでると、鹿目まとかはどこにもいない。


「わたしって……誰なの?」

まどかは、自分が何者かを、自問しはじめていた。

今日はここまで。
明日か近日中に、続きを投下します。


うん、この世界はもたない

乙。
とうとうほむほむ一人の狭い了見で作った世界、ボロが出始めたな…まどか然り、運営システム然り。
結局、身から出たサビを自覚しなきゃわからんのだろうね…悪魔になって好き勝手絶頂に酔ったほむほむには。

乙でした
ああ、結局見える形でボロが出てきたか
デビル世界を終わらせなきゃいけない理由が出てきた以上、こりゃさやかが全面的に正しいな
というかサザエさん時空なんてまどかが人間として生きて欲しいならマイナスだと思うんだけど
デビルレズはそこまで頭おかしくなっちゃったのかね?

サザエさん時空だったのかww
でも納得。永遠の中二かww


世界に大きな異変が出てるんじゃなぁ。なぎさや杏子の思いとか知ったこっちゃねぇって感じになってしまった
確かにまどかの幸せを望むとか叛逆で言っておきながらサザエ時空は大きすぎる矛盾だな。どうするんだろ

ある意味台無し感があるな
世界の異常という形でさやかの正当性が完璧に証明されたのは
杏子やなぎさの考えが細かく描写された後だけに

SSから書き手がいかにほむらを嫌いなのかが伝わってくるな、独自設定作ってまで貶めてる

>>286>>287
こいつら阿呆か?
叛逆以降の二次創作なんだから独自解釈が出るのは必然だろうが
そもそも世界がやばい事になるってのは叛逆みてれば大体察しがつくだろうが

これ二次創作じゃん?嫌ならさっさとそっ閉じすればいいのに何でいつまでも居座ってるんだか
それともこんなほむらちゃんは二次創作でもみたくありませんってか?

いや、落ち着けよ>>286にはほむらのほの字も含まれてないだろ
お前が叛逆見て世界がやばい事になると思ったからって全員が同意する訳じゃないだろ?
あんまり過剰に矛先向けるとキャラアンチに見えてしまうぞ

>>289
あの世界は基本ほむらにとって都合のいいようにした箱庭なんだから
それを維持する為の綻びが生じるのは寧ろ自然でしょ?
劇中でもあからさまに不安定な感じに描かれてじゃないか

さやかの正当性が元々言ってる>>286にも何か言えよ
こいつこそ前々からさやかをdisってるアンチだろ?末尾同じだし
やめろって言われてるのに毎度同じ事を先にやるのは向こう

ナイーブになって自治厨化してるだけだろうから放っておいてやれ

4円

台無しってのは今後、キャラがこの問題でどんな葛藤をしようが
世界がおかしくなってるんだから仕方ないだろ?で読み手の間では済まされてしまうって点じゃないか

「都合のいいようにした箱庭」ってなんだよ
宇宙そのものを作り変えたんであって、ソウルジェムの中に結界作ったのとはワケが違うんだが

>>293
途中送信しちゃった
んで、世界を正すべきって主張をしてるのはさやかしかいない

独自解釈が酷すぎるのがなんとも…
半月のところも間違ってるし

>>294
何が「都合のいい箱庭」かって?
そりゃまどかの意思をガン無視した、ほむらの自己満足の世界になってるだけだからな
世界そのものを自分の都合のいいように弄くり回してるんだから尚更質が悪い
結局は改変前と同じ「自分だけの時間に引きこもってる」のと何が違うの?
結局はまどかがいない現実から目を背けて逃げて墜ちまくってるだけじゃん

誰も困っていないというけど、本来なら向き合うべき現実をなかった事にされるのってどうなんだろう?
どんなに辛くても受け入れなきゃいけない事はあるんじゃない?
マミや杏子も家族を失って、さやかも恭介への想いは実らなかったんだし

それから、これ以上の議論は何度も止められてるから談義スレでやらない?

向き合うべき現実から目を背けてるのは奇跡を願った全員に言えることだからなぁ
マミはおとなしく[ピーーー]。さやかは腕は諦めろ。まどかはワルプルに消し飛ばされろ
ほむらはまどかを諦めて帰れ

可能性があるならみんなすがるものだよ

それで、このSSの>>2にもあるけど
奇跡に逃げた魔法少女たちの代償をまどかが支払っており
ほむらはそれが許せないと

>>298>>299
魔法少女達全員が現実から逃げてるというけども
そもそもあの世界そのものが魔法少女の願いで発展した世界なんだが?
魔法少女の願いを否定するって事は同時にあの世界の成り立ちも否定するのと同じなんだけどなあ?

だからさ何度も言ってるけど、この話題は談義スレでやろうよ?
何でこのss内でやって、談義とかやるあそこでやらないの?
他の連中からもボロ糞されるのが言われるかもしれないのが怖いの?
おお、小物小物ww

>>300
世界が奇跡で発展したからといってそうするのが正しいって論理は成り立たないよ
穴具生活ってのもQBの推測に過ぎないし
安易な方法に逃げたってのは変わらない。普通の人々は現実と向き合いながら生きてるんだから

現実で生きてる人は自分の行動による代償も自分で背負わなきゃならんが
魔法少女は自身が背負うべきツケをまどかに支払わせている状態
そりゃほむらも怒る。おそらくまど家族もそれを知ったら意地でも止めるんじゃないかな

>>301
だから何度も言うけどこれ以上の議論は談義スレでやろうよ
怖いの?チキンなの?

つーか、お前がQBの言ってる事が推測かもしれないってのも
ただの独自解釈じゃねえか
>>1の独自解釈を非難しておいて完全なブーメランだな

>>303
独自解釈を非難した覚えはないけど?妄想で語られても困る
あの世界では実際に結果が出てない以上は推測以外の何者でもないよ
QBも「だったんじゃないかな」としか言ってないしね

>>302
それを誰かが強制したのかね
選んだのはまどか自身だったでしょ?
魔法少女達が絶望の末に魔女になる悲劇が嫌だったから
まどかは「過去や未来、全ての魔女を生まれる前から消し去りたい」と願ったんだが?
誰に強制されたわけでもない、まどかが自分自身の意思で選んだんだよ

>>305
そうだけど、それが何か問題が?
ほむらもほむら自身の願いに従っただけだよ。まどかが自身の願いに従って行動したようにね
その行動原理に善悪を決めて語ること自体がちょっと頭おかしいとしか
梶浦(まど曲作曲者)もどっちが悪いともいえないと語ってたしね

>>304
可能性がある以上は危険だと思うんだけどなあ
原始自体に逆戻りするリスクがあるもしれないのに
すごい無責任な事を言うんですね

>>306
先にさやかのやってる事が肯定される様な事が気に食わない
ほむらを否定するさやかを非難してた人の口ぶりとは思えないな
だったらほむらのやってる事を否定する考えにケチをつけるなよ

>>308
だから脳内妄想で語るなよ。別にさやかを非難なんかしてないっての
それぞれの立ち居地で考えたら、別に誰もおかしいことはしていない
ただ、さやかの場合意地になってるだけってのはこのSSの作中でも語られてたがな

そういう割りにはやたらとほむらは正しい、さやかdisやssにケチつけるレスが多いんだが?
これ以上はここでやろう
>>1に迷惑だし
魔法少女まどか☆マギカSS談義スレその91
魔法少女まどか☆マギカSS談義スレその91 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1386107299/)

>>310
このスレの話題を他所に持ち込むのもな
さやかdisが多いのはこのSSの展開上当たり前の話だろう
誰もさやかの主張に賛同していない、さやかはプライドが許さないだけって辺りが
叛逆でも上条、仁美と再会できて涙していたし、本心ではこの世界を楽しんでるんだろうけどね

>>311
そうやってdisる行為を正当化してるのが質が悪いよな
それから議論やりたいなら別なとこでやれっのは前から言われてるだろ
それが相応しいのがここだから誘導されてる

>>310
単なるほむらアンチのお前が何言っても何の説得力もありゃしないわ
いちいちID変えながら駄文長文垂れ流した挙げ句に「談義スレ行け」とかギャグにしてもつまんねえよ

>>313
頭から読み返せタコが!
先にさやかをdisって一言やめる様に言ってもてめえらがやめる所か
ほむらが正しいみたいな感じで主張するからだろうが
お前こそ人に言う前にわが身、見直して死ね

>>312
それが狙いでやってる8部分があるだろ作者は
それが嫌なら荒らさずタブ閉じたほうがいい

今回、さやかの主張が詳細はどうアレ、正しいとされた
だからみんなさやか賛成派に回るはず
次に意地になるのはほむらだろうから……ある意味シーソーゲームだよ

>>315
お前もいい加減きめえよ
こんなとこでID真っ赤っかにしてないでさっさと黙れよ

筆者も幸せだね
こんなに熱心なファンとアンチがついてくれて

>>296
どうやらこのスレでまともなのはお前さんだけみたいだ
これがフルオリジナルのお話なら面白かったんだろうけどな

更新来たかと思いきやそんなことはなかった

他人のssスレで議論しだして罵り合う馬鹿(複数形)
感想ですらない俺のお気に入りのキャラは正しい!俺の嫌いなあのキャラは(ryとか見たくないわ。

よくもだましてくれたなアアアアアアアァァァァァァ!

投下着てなかったか
知的障害者であるさやかちゃんの次の活躍に期待
謎の罪悪感はまどかの気持ちを無視して神の名前をみんなに告げたことなんだろうな

神として名前を出せばそれはもう鹿目まどかという個人ではなく円環の理という神様だからな
個人として一人の少女としての鹿目まどかという存在を黙[ピーーー]ることに対してのものだろう>罪悪感
まあさやか自身、取り戻そうとしてるのは鹿目まどかではなく円環の理なんだろうから、いまさらな罪悪感ではある
現にまどかがどんな性格だったかどんな関係だったかとかほとんど覚えてないみたいだし
結局人間・鹿目まどかしか見てないほむらと円環の理しか見てないさやか、この点においてはどっちも大差ないんだよな

48

百江なぎさはマミのマンションに帰った。

「なぎさちゃん?」

呼び鈴のボタンを押すと、マミが玄関のドアをあけてくれた。


「マ、マミ…」

顔の青いなぎさが、マミをみあげた。息を切らしていたし、渦巻いた目が、怯えを含んでいた。

「ど、どうしたの?なぎさちゃん…!顔色が悪いわ!」

マミはすぐ心配して、なぎさを部屋に迎え入れる。今晩のごはんのために料理していたエプロン姿で。

「少し…休むのです…」

なぎさは言って、マミに手を握られて廊下を歩くと、マミの寝室につれられて、ベッドに横になった。


「いま、暖かいモノをもってくるわ!」

マミはすぐキッチンへ急いで、部屋をあとにした。

バタン。扉が閉められた。

なぎさは、ベッドの暖かな布団のなかに入り、そして、目を閉じた。
さっきの光景が、瞼の裏に蘇ってきた。

さっきは、何かの間違いだった。
あれは魔法少女ではなかった。悪魔か何かの落とし子だ。

魔法少女が、あんな死に方をするはずがない。事実、自分が円環の理に導かれたときは、
なんの苦痛もなかったではないか。黒く濁って、ジェムが割れ始めたときに、すうーっと天国に導かれただけだ。

つまり、あれは魔法少女でなくて、他の生き物だった。

あれと魔法少女が同じであるはずがない。同じであってはならない。
そう考えることにした。

「なぎさちゃん。大丈夫?」

直後、マミが部屋のドアをあけて、中に入ってきた。


プラスチックのおぼんに、湯気のたったおかゆが器にのせられていて、マミはなぎさの横たわるベッド脇の棚に置いた。

「食べられる?何があったの?」

なぎさは、ベッドで身を起こして、マミの持ったスプーンが運ぶおかゆを、口に受け入れた。

はもはも。頬の中でおかゆを食べて、ごくりと喉に飲む。

「……」

なぎさは、無言だった。
口を閉ざしていた。

マミには、この話をするのはやめよう。
話したら、崩れてしまう。

この毎日が。この幸せな日々が、こわれてしまう!


マミはとても心配そうになぎさを見守っていた。

また、スプーンでおかゆを運んでくれる。それをまた、なぎさは口に受け入れて、食べた。


「ちょっと、具合が悪かっただけなのです…」

甲高い、幼い少女の声が答えて、ベッドにくるまった。

「マミ、ごめんなのです。なぎさは、眠らせてほしいです…」


「ええ。ええ。そうするといいわ」

マミは言って、なぎさを優しくベッドに寝かせた。つまり、布団を肩までかけてやって、明かりを消してあげた。

部屋は暗くなった。

「おなかすいたりしたら、いってね」


言い残して、マミはリビングに向かった。廊下を歩きながら、マミは不安な表情を浮かべて、独り言をつぶやいた。

「今日はみんな揃わないかしら……。でも、そろそろグリーフシードを獲得しないと……」


昨日のナイトメアという、予期もしない敵と戦ったおかげで、マミのソウルジェムは消費されていた。

49

杏子とさやかは野原で別れ、杏子は風見野に、さやかは見滝原に帰るところだった。

「あーあ……また父さんに叱られる…」

はあ、と息をつきながら、面倒くさそうに学生かばんを肩に抱えて野原をくだる。町へ。

「ウチに帰ったら叱ってくれる父がいるのはいいことだよ」

杏子が、さやかの独り言に対して、背をむけつつ、そういった。

「さあてあたしは……今日はどこで夜すごすかなあ……悪魔のやつ、そういうところ気をまわしてくれてないよねえ。
自分に都合のいい世界とやらに、あたしの姿もあったんなら、おうちの一つや二つくらい、建ててくれたっていいじゃん?」

「それじゃ悪魔じゃなくて気前のいい王様だよ」

さやかは呆れたように言い放った。

「なあさやか、ほむらの創った世界じゃ、あたしはアンタのところに居候してたって、いってたね?
もういちど交渉してくれないかい?」

「絶対やだ!」

さやかはぴしゃりと断った。

「あんたがウチに居候なんかしにきたら、あたしが魔法少女だって家族にバレる!」


「べつにいーじゃん。自分とこの娘が、正義のヒーローだって知って、喜ぶよ?」

杏子はからかう。見滝原のほうにふり返って、さやかをおちょくるのだった。


「やだ!家庭崩壊しかねない!」

さやかはきっぱり言って、すると、自分の言葉の過ちにきづいた。

「あ…ごめん」


「いや、いいよ」

杏子はまっすぐ野原に立つ。堂々然としていた。

「前にも話したろ。それは、あたしの自業自得だったって。それで決着ついてる話だ。あたしは気にしてねえ」

「自業自得、か…」

その言葉をさやかは噛み締めていた。杏子に背をむけながら。その髪が風にゆれる。

「ほむらが創ったこの世界ってのも、自業自得なのかなあ……?」

そんなことを呟いた。


自業自得。

まさに、杏子とさやかを結びつける一つのワードだった。

しかし、この言葉は、暁美ほむらにも当てはまるのだろうか。

「それはほむらにしか分からないよ。ほむらが創ったその新しい世界の満足度によると思うね」

杏子は言った。

「あいつが望んで創った世界なんだから、満足してるに決まってるでしょ……」

さやかは、夜空をみあげつつ、語る。

この世界の景色を一望して眺める。見滝原という名の架空の牢獄だ。

「自己満足の世界。ああ、そんな言葉がぴったりだ。人間って悲しいね。自分が満足するとき、
他の誰も幸せにならない。自分が不幸になるとき、他の誰かが満足の悦に浸ってる。世の中ってそんな仕組み。
バランスが成り立ってるんだよね。そうやって…」


さやかも杏子も、その仕組み、世の法則に、ふりまわされた。

だから、2人は心の奥底で分かち合った。

それは微妙な関係で、親友同士と呼ぶにはちょっと違う、傷のなめあいとも違う、けれど、
杏子とさやかでないと共有できない悲しい部分が、2人を寄せ付けた。磁石のように。

でも、もしその法則が今も発動しているなら。希望と絶望のバランスが成り立っているのなら。


ほむらの満足のために創られたこの世界は、何かが歪んでいることになる。

それは、やがて最悪の形を生む。


2人は、まだそのほんの、歪みにあたる世界の小さなほろこびを、目の当たりにすることになる。

先に気づいたのは杏子だった。

赤いソウルジェムが邪気に反応している。

「さやか!」

「え?」

さやかが野原でふりむく。


杏子は言った。手の平に、卵型のソウルジェムを載せながら。「魔獣だ!」

50

庭の創造、五日目の夜。

見滝原の深夜に、眠れずにいる少女がいた。

洋風な屋敷の、女の子チックな天蓋ベッドの下で、パジャマ姿になっている少女。


さて、親が寝静まった頃に、その少女は、深夜の通話を固く禁じられている親の目を盗んで、
そっと携帯電話を握り、通話をした。

恋愛相談中であった。

「…そうなんです。私からデートを予定することはあっても、上条くんからデートを予定してくれることがなくって…」

しかも、深刻な相談であった。

寂しげな少女の瞳が、切実さを浮かべている。何かに縋るような孤独さがあるといってもいいくらいだ。


「そう。それは、悲しいわね」

恋愛相談の声が電話でする。

「それは、何ヶ月くらいになるの?あなたたちが付き合い始めて、どれほど?」


「かれこれ1ヶ月くらいです…」

仁美は答えた。寝静まった屋敷の子供部屋は、暗くて、声がやけに鮮明に響く。窓から差し込む月明かりだけが子供部屋を照らす。

「一ヶ月、ずっと上条君のほうからのお誘いはないの?」


いっぽう、仁美に恋愛相談を持ちかけられている相手は、今、見滝原の野外の丘に、
黒いタイツ足を伸ばして座っている少女、暁美ほむら。

昼の休み時間に、禁断の愛などない、と仁美に力説したほむらは、仁美の目に、恋愛経験豊富なお姉さまだと映った。

そこで仁美は、お昼休みが終わって、放課後になったあと、ほむらに電話番号を交換して、恋愛相談をしたいと願った。

ほむらは、それをOKした。


仁美は、深夜にならないと親が眠らないから、こういう相談ができない、と言った。

これに対してほむらは、深夜でも構わない、と答えた。


今、ほむらは、夜空に浮かぶ白い半月を眺めながら、丘で携帯符電話を耳にあて、仁美の相談相手になっている。

「やっぱりこれって…上条くんは、私とのお付き合いを承諾いただきましたけど、
わたしは愛されていないのでしょうか…?」

泣きそうな声が、ほむらの持つ電話器のスピーカーから零れる。涙声だった。

「とても一方通行な気がします。私の片思いなのでしょうか?演奏の練習で、上条くんの頭はいっぱいな気がします。
いえ、気がするどころか、そうなのです。私のデートさえ、煩わしく思ってる気もしてきて…。
もっと、上条君の気を引きたい。でも、わたくしには、男の子の気持ちが分かりません。暁美さん、私はどうすれば…?」

「そうね」

ほむらは、携帯電話を耳にあて、ふっと余裕の笑みをこぼすと、答えた。

その黒髪が夜風になびいてゆれた。丘の風にのって、緑の葉が何枚か、はらはらと舞った。

「でも仁美さん。私にだって、男の子の気持ちはわかないわ。けれど、あなたにはあなたの良さがきっとある。
押してダメなら引いてみろともいうし。一度引いてみて、上条恭介に、あなたがいないことの寂しさを
思い知らせてみたら?」

なんとも悪魔らしい意見であった。

「それは…わたし、不安です」

仁美の、震える声が電話器からした。「今ひいたら、今度こそ上条君は、私のことを忘れる気がします。
恋人というか、友達になってしまいます。わたくし、怖い。怖いですわ。そうなったら、他の人に、
上条くんをとられる気がして……。上条君の心の中に、わたしがいないと思うと、不安で夜も眠れなくて…。
お付き合いしているはずなのに、お付き合いができてない。そうとさえ、思えてきてしまって」


よくわかってるじゃない。

と、言いかけたのは堪えて、悪魔は、優しい話をしてあげた。


「その気持ち、わかるわ。私もつらかったことがある……ううん。今もつらい。心でこんなにも想っているのに、
その人の心には、自分がいない寂しさ。……あなたのいってること、私にも共感できるところがあるわ。
片思いってつらいわね」

「あっ、暁美さんも、お慕いしている人が?」

仁美の驚いた声が電話からこぼれた。

「ええ……まあ、ね」

ほむらは電話に耳をつけて語った。黒タイツの足はすらりと伸ばされて、丘の地面につく。

制服姿のスカートは短い。スクールゴムベルトで調整されたスカートだった。


「そんなわたしから言わせてもらえば……一ヶ月も、相手からのデートのお誘いがないのは、
はっきりいって脈薄よ。遠距離恋愛でもないんだし」

「……そう、ですか…」

仁美の落ち込んだ声が聞こえる。

「ちょっと聞いてみたいんだけど、上条恭介のどこがいいの?」

ほむらはただ単に興味で聞いてみた。

まどかが円環の理になる前は、何度も繰り返した時間の中で、幾度となく美樹さやかを絶望させてきた志筑仁美の恋愛。


いったい仁美は上条恭介の何に惹かれているのか。

知ってもいいんじゃないしら、と思っていた。この機会に。


すると、仁美から答えが返ってきた。

「真剣に打ち込む姿とか……優しそうなところとか……知的そうなところとか……あと顔…ですわ」

あの楽器にかける真剣な瞳を、私にも注いでくれたらいいのに!

という、仁美の妄想まで聞かされた。

「志筑さん、付き合っているのに、女の子を大切にしてくれない男の子をいつまでも追いかけてはダメよ」

ほむらは言って、電話相談を打ち切った。

「そろそろ話しを終わるわね?」


「…はい。でも、この気持ちは変わらないですから…」

プチ。

ほむらは電話を切った。


「志筑仁美。あなたって一途ね。一ヶ月も相手にされないのに愛し続けるなんて…」

首をあげて、世界をみあげた。

見滝原を覆う空を。黒雲が月の下に流れる空を。


「かわいそうな子…」


ぽつりと呟くと、ほむらの胸の中に、想いを抱く少女の後姿が浮かんできた。

「あ……」

ほむらの頬に赤みがさし、目が潤って、何もない虚空に手を伸ばした。

明るい髪をリボンに結び付けて、ふりかえってくれる笑顔。ほむらちゃん。笑顔が呼んでくれる。

「まどか…」

ふらふらと、ぶり返った記憶が生み出した幻想に、縋るように、ほむらは丘を歩き出す。

その先には何もない。誰もいない。

「まどか…あなたが変えてくれた。何もなかった私に。弱かった私に。生きててもしょうがなかった私を変えてくれた。
私を助けるのに間に合ったって。今でもそれが自慢だって。そう言ってくれたでしょ…?まどか…?いいわ、
いっぱい自慢して。私を助けられたって、たくさん、自慢してまわって。だから、まどか…!」

もちろん、それを自慢だ、といった魔法少女のまどかは、この世に存在しない。

魔法少女と魔女の仕組みが改変されたときから、全く存在しない。

いまいるのは、強引に概念の世界から連れ戻された、神の子。魔法少女ではなく、神の片鱗。


ふらふらと、まどかのイメージに近づいていったほむらが、まどかに後ろからだきついた。
守るように。大切そうに。閉じ込めるように。

けど、まどかの感触はなかった。

すかっと腕がすりぬけて、気づけば幻想は消え、そこには自分の腕だけがあった。


「あ…ああ…!」

ほむらは気づいた。

そこにまどかがいないのではない。むしろ、いつもまどかがいる。


───腕の中に、まどかがいた。

「あああ…!」

ほむらは、円環の理から奪いとった力がこもるその腕を、崇拝するかのように、天にもちあげて、
それを愛しそうに眺めて、撫で始めた。

足が自然と曲がり、丘の野原に膝をつく。

手だけが、月夜の天に掲げられ、ほむらは自分の手を崇拝する。まどかを握った手を。

まどかを捕まえた手を。


「まどか…ああ!」


自分の手にかむって、愛人の名を叫んだ。

いつまでも、愛に酔った目が、腕を崇拝して見上げていた。

51

いっぽう、ほむらとの恋愛相談が終わった仁美は、洋風屋敷の天蓋ベッドの下でうずくまり、悶絶していた。

「脈薄……?」

ほむらからきっぱり言われた答えが頭から離れない。


つまり、愛されてない?

ただ、私が好きだから、といっただけで、上条くんはOKしただけで、別段愛があるわけでもなし…?

きみがつきあいたいといったんだから、いいよ。でも、そっちがデート組み立ててね。

あっ、ぼくは演奏の練習が忙しいから、断ることもあるかもしれないよ。それでも、よければ……


「そんなの付き合ってるっていいませんわ!」

枕を抱きしめる。


ふかふかの天蓋ベッドの上で転げまわった。


携帯電話の履歴をみる。

暁美ほむらさん
さやかさん
上条恭介くん
上条恭介くん
裕香さん
上条恭介くん
お母様


「……はあ」

ベッドで乙女がため息をつく。

天蓋ベッドのカーテンつき天井をみあげる。

ピンク色をしたシルクのカーテン。

「…。上条くん…」

愛する人の名を呼ぶ。

しかし、だんだん瞳の色が暗くなってきた。

「わたくしは、あなたの楽器に打ち込む真剣な姿、努力家なところ、ストイックな性格、お顔、
そのどれもが好きです。ですが……」

ぎゅっ。

抱きしめた白い枕が腕にきつく締められる。

「あなたは私とお付き合いくださると。そういいました。あまり、女の子の心を弄ばないでください。
あなたと結ばれるまでに、わたしは、友達を失いかけるところまでいきました……。上条くん、
どうかあなたを愛する人の気持ちを大切にしてください。私だけに限らず……」

目に悲しい水滴が浮かぶ。

「さやかさんのことも…わたしのことも……大切にしてください……」


仁美の部屋に、不思議な変化が訪れた。

天蓋ベッドのカーテンは、ふわふわ浮き始め、仁美の部屋じゅうのぬいぐるみと、鏡台テーブルと、
ねこ足のついた座面マット張りの椅子、アンティーク調の引き出しと、ガラスシェードのランプなども、
ぷかぷか水に浮かぶように、宙を舞った。

全体的にアール・ヌーヴォー様式な、仁美の部屋のインテリアが、意志をもったように、動き出した。

ごごごごご…。

地響きさえなり始める。がたたた。家具たちが地面をゆれうごく。


「女の子を好きにさせた男の子には、責任があるのです……!」


怒りとともに、喘いだ直後、仁美の体がベッドから飛び出した白い羽毛につつまれた。

羽に包まれて蚕のようになってしまい、天蓋ベッドから浮いて、アールヌーヴォー調なガラス窓から飛び出した。


夜へ。

その夜空は、ステンドグラス模様やら、百合の花柄模様やら、焼きレンガを敷き詰めた模様やら、
さまざまな模様のパッチワーク布地のツギハギに変わってしまい、見滝原の空を覆った。

空全体がアールヌーヴォー様式の美術絵画と化した。

宙はベッドや、ロココ調の家具やら、ガスランプやら、街灯やらが飛びまわり、厨房器具のフライパンや、
皿などまでがあちこち飛び交う。


今夜も悪夢がはじまった。

52

百江なぎさは、マミにいれてもらったおかゆを食べて、ベッドで安静にしていた。

この夜くらいは、静かに過ごそう。

悪い夢を見てしまったから。夕方に。
夕べに見かけた魔法少女の死が、なぎさには理解できないでいる。

ソウルジェムが濁りきれば、円環の理に導かれる。それが世界の仕組み。

昨日の魔法少女の死は、何かがおかしい。何が起こったのか分からない。


いや、本当は、頭で理解しても、心が受け入れようとしない。

この世界は、とっくのとに、魔法少女にとって悪魔めいた世界に変わり果てていることを。


受け入れたら、終わってしまう。この日常が。

マミとの楽しい日々が。

頭で理解している?

何を、血迷ったことを。

悪魔が創った世界を理解できるのは、悪魔だけではないか。夕べの魔法少女の身に起こったことを、
そう簡単に、決めてもいいのだろうか。

だって、円環の理!

魔法少女を導くルールがある!悪魔がそれを壊したとでも?まさか、そんな。

悪魔は円環の理の、ほんの一部の力を奪い取っただけだ。というより、”力”と”人格”を切り離しただけだ。


ということは、円環の理は、健在だ。神の子が健在であるように。


だから、見間違いだった。夕べのことは。

もしかしたら、あの魔法少女は、この世界が悪魔の天地創造であることに気づいて、
ほむらに逆らった魔法少女なのかもしれない。だから、あんな目に遭った。

そう考えたほうが、むしろ納得できる。気が軽くなるし、謎が解けたようなすっきり感もある。


ふう、と気持ちが落ち着きかけたとき、なぎさは自分のソウルジェムを取り出した。半分以上黒かった。

「もう……魔獣……倒さなくちゃ……マミと…みんなで…」

なぜか、自分の声に生気がない。

これからグリーフシードを得るために命を懸けないといけないと思うと気が重たくなる。


「大変、なぎさちゃん!」

そのとき、ダーンとドアをあけて、マミが部屋に慌てた様子で入ってきた。


「マミ…?」

なぎさがベッドで身を起こして、白い髪を垂らして、大切な友達を見つめた。

「どうしたのです?」


「空が……空が!」

マミはうろたえていた。顔が怯えていた。「また、あの敵が現れたの!」

53

鹿目まどかは、ベッドに座り、暗くした部屋でぼーっと床を眺めていたが、ドンドンとドアがノックされた。

父の知久が出てきた。

「まどか、手伝ってくれる?」

まどかは、顔をあげた。暗いピンク色の瞳が父をみた。


玄関にむかうと、酒でへべれけになった母が、泥酔して寝ていた。

靴を脱ぐ上がり框のところに、ぐでーっと頭をのっけて、母が玄関で寝転んでいた。ブランド鞄をもった手を投げ出して、
愚痴をこぼしつつ赤い顔になって眠っている。口だけだあーっとあけて。

「……また、かあ……」

気のないまどかの声。

知久一人の力で、抱き起こすのは無理だったので、まどかと知久の2人で、母の鹿目詢子を玄関から引きずりだし、
靴だけ脱がせた。

「あぁ…?」

廊下へ引きずられる感覚に、目を覚ました詢子が、わずかに酒のまわった目を開いて、赤いリボンを結んだ少女を見た。

母の目がまどかを捉え、ぽそっと、口にだした。「だれだ…?あんた」


「…え」

母の腕を引きずるまどかの顔が凍った。目が冷たくなり、ひきつった。


「……ああ。なんだ、まどかか」

酒に酔った母が、言った。誰か分かったようだ。「かわいいリボンつけてるなあ……だれにもらったんだ?
イメチェンしてて分からなかったぞお…」


母の問いに、まどかは答えなかった。

知久とまどかの2人は、母を引きずり、リビングに臨時でつくった布団に寝かせた。

数時間経った。

母は風呂場へいってあがると寝巻き姿になり、頭にタオルを巻き、リビングテーブルに座っていた。

そのテーブル面には、ブランデーボトルがあり、水割りにしてグラスにも注がれている。
アメリカでよく選んだ飲み方だ。

しばらく、母がテーブルで佇んでいると、二階からまどかがそっと、階段を降りてきた。

リビングルームは暗く、部屋の明かりは、ない。月明かりだけが窓から差込み、青白くリビングを照らしていた。


「ママ……ちょっといい?」

暗い顔をしたまどかが、母の前に立つ。

「まどか?どうした?眠れないのかい?」


「…うん」

まどかはダイニングテーブルのチェアに座り、オレンジジュースをグラスに氷とともに注いだ。

母はブランデーを。娘はオレンジジュースを。


寝静まった深夜に、母娘がテーブルで向き合う。

存在しないはずの娘と、実在の母が。



それは、奇跡の再会であった。

まどかは、ジュースをグラスから飲むと、テーブルに置き、そっと、話し始めた。
カラランと氷の音が鳴った。

「あのね…ママ…」

「なんだい?まどか」

「もしも……もしもだよ?」

まどかは、きっとそれがきっともしもなのでなくて、ほんとうのことなんだ、という思い込みに毒されながら、話した。

「わたしは本当は存在しない子で……なのに、今だけ魔法みたいに、ここにいる……それはきっと期限つきで…
まだどこかに、消えてしまうかもしれない、そんな子だったとしたら……ママは私を覚えていてくれる?」

母は驚いた顔をし、それから、くすと鼻で笑い出した。

「まどか?アニメかなんかのキャラクターの設定、てやつか?その友達とは仲良くなれたんだね?」


「…。」

まどかは、アニメかマンガがきっと好きなんだ、と思った暁美ほむらという友達のことを思い浮かべた。

仲良く、なれてるのかなあ……?


なにか、もっと大切なところで、あの子とはすれ違っている気がする…。


「ママ……わたし、自分が消えてなくなってしまいそうって、最近、なんだか思うの…」

まどかは、近頃感じ始めた、大きな不安を、母に打ち明けた。

「いろんな人に忘れられていろんな人に存在を無視されて……最後には自分の意識さえ消えてしまうような……
そんな役割が……」

母は、娘は考えすぎだと思っていたけど、娘が、あまりに深刻で暗い顔をしているので、真剣に話をきいた。

「もしそうなったら……ママは覚えていてくれる?私のこと忘れないでいてくれる?」

まっすぐ母をみつめて、娘は問いかけてきた。

母は娘から目を逸らさなかった。


もし、娘が、全ての人から忘れ去られる存在だとしたら、母は娘を覚えているか。

なんて矛盾した問いかけなのだろう。


まどからしくもない。

だが、母は答えた。それも、迷うことも、くじけることもなく。

「覚えてるだろうね」


「…え?」

まどかが、暗い顔をあげて、目をおおきくさせた。わずかに、顔が明るくなった。

「といっても、全ての人から忘れられてしまうんだから、はっきりと覚えているのは難しいかもしれないけど…」

母は、くすと笑い、付け加える。

「なんとなくまどかが分かると思うぞ。たとえ、家族でなくなってしまったとしても、忘れていたとしても、
まどかはわたしの子なんだ、って……そう思える何かを覚えているはずだ。あまり母親をなめるもんじゃないぞ?
どれだけお腹を苦しめて生んだ子か……まどか、だからはっきり言う。まどかは私の娘だ」


「…ママ」

まどかが、ふわっと明るく、嬉しそうに微笑み、安心した表情をみせた。


転校してきたばかりの、学校生活に期待感をふくらませる、生き生きした顔にもどった。

母はそれをみて、笑みを口元にほころばせた。娘の幸せな顔をみるのは母の幸せだ。

そして、ブランデーを口に含んだ。


それを見たまどかが、母に言った。

「私もはやくママとお酒のんでみたいなあ…いつも楽しそうに飲んでるんだもん」

といった娘の手元には、オレンジジュースのグラス。


「おーさっさとお酒のめるようになっちゃいな。楽しいぞ、大人になって、酒をのむのは」

母は優しく笑って娘に言った。

指でグラスの注ぎ口を沿わせ、円環をぐるり、と描いた。

54

美樹さやかと佐倉杏子は、見滝原に発生した魔獣の結界に入り込んだ。

魔獣の結界に入り込むと、白い瘴気が、町々に満ち溢れる。道路、街角、路地裏、あらゆるところに、
邪気の霧が蔓延した。

「魔獣が相変わらず出るってところも悪魔はき前よくないよね!」

ひゅーっと、街の中を飛びながら、杏子は声を出す。

「どうせ全部、都合のいい世界にするなら、いっそ魔法少女のソウルジェムが濁らない世界とかにすればよかったのにさ!
悪魔だけじゃない。円環の理って神さまもだよ!どうしてそうしなかったんだ?」

「文句いってる場合かっ!」

杏子の高速の飛翔に、負けじと追いかけて飛ぶさやかが、口ばしって、サーベルを手に握る。

2人とも魔法少女の衣装になっていた。


スタッ、スタッと、2人とも並んで魔獣の結界が囲んだ見滝原の道路に立つ。


その先には、街灯が赤く光って、バチバチと漏電している車道を、行列になって行進してくれる魔獣の大群があった。

でかい。どの魔獣も。

「さてっと。今日も収穫の刈り入れどきだよ!」

杏子は、手に取り出した大きな槍を、クルクル振り回すと、肩の後ろに抱えて両手に持った。

余裕のポーズだ。

「さやか、2人で2分の1な。取り分の話だよ」

「わかってるって!公平原則!魔法少女のもつべき基本的な権利!杏子、それは?」

サーベルを、さやかはマントをまくって、たくさん取り出す。さやかの足元に、数十本のサーベルか並び立った。


「うーんと…なにかな?」

杏子は、灰色の曇り空が覆う魔獣結界をみあげ、考え始める。

「食いモンに困らないことと、寝るとこに困らないことと、着るモンに困らないことかな…?」


「ははっ。杏子らしいね。マミさんがいうには平等権!一緒に魔獣狩りした魔法少女の取り分は平等!
それから、生存権!魔法少女が魔法少女らしく生きられるように、ソウルジェムがやばい仲間は助けよう。
あと、自由権!仲間が魔獣退治にでるからって、魔獣退治に一緒に出ることは強制されない。本人の自由だよ。
それに加えて社会権!一緒に魔獣退治の輪に入りたいっていう新入り魔法少女を拒んだりしないように。
仲間に入れてあげてね。最後に、参政権!輪を組んだ仲間内リーダー格の魔法少女に、意見をいうことができます!」


「マミってのはそんなこと考えてたのか?」

杏子が顔をしかめていた。面食らっていた。槍を背中に抱えながら。

「ん、まあ、あたしら魔法少女がなるべく互いに仲間同士、長生きするにはどうしたらいいかってね。
ルールとか考えてた」

さやかが答えた。

「それでなぎさも仲間に入れたんだ」


「あいつの熱心さはたまに変な方向にいくからねえ」

杏子は、ぞろぞろと近づいてきた魔獣の群れを見据えていた。

槍を、いよいよ前へ向け、戦闘態勢になる。

「徒党組んだ魔法少女みんな丸ごとごっそり共倒れしそうなルールだねそりゃ」

「杏子がいうと、迫真さがあるね」

さやかも戦闘態勢に入った。

「マミのやつは、甘いんだよ。まるで魔法少女が、仲間同士になれることを当たり前のように考えてるじゃんそれ」


杏子の指摘が入った。


「長生きしようと思ったら、自分の取り分は自分でもぎ取る覚悟が必要だ。あたしはそれをやるが、
マミにはそんな気ないんじゃないか?仲間同士で魔獣と戦っていれば、みんなで仲良く生きていられるみたいな?
そういう魔法少女は、いつか本当の危機がきたとき決裂する。甘々だよ。まっ、ケーキ食べさせてくれるから、
本人の前では控えておくけどね…」

「なーんて、マミさん家でみんなにで集まれるの、好きなくせにー」

さやかはサーベルを持ち、魔獣たちに向けていた。白いマントが強風にはためいた。

その顔は笑っている。

「一人ぼっちは、さみしんもんね?」


「んなことねーよ!ばか!」

杏子は嘘ぶいた。

さやかにはそれが分かっていた。

友達も恋人も失って、一人になって、孤独になり、投槍だったあたしに、だれが寄り添ってきてくれたか。

瞼をいちど閉じ、感浸ったさやかが、そっと囁く。

「好きだよ、杏子」


「いきなり何いいだすんだ!おおばかか!」

「ははっ。ばかですもん!」


2人は魔獣に戦いを挑んでいった。

「おおおおー!」

さやかはサーベルに魔力をこめて。

「とりゃああ!」

杏子は槍に魔力をこめて。


魔獣たちを、蹴散らした。

55

見滝原の空はツギハギの模様が覆っていた。

アールヌーボーの芸術品のような絵画模様。

そこに星空はなく、月もなく、花柄の模様と、チェックの模様、衣に刺繍を施したようなレース模様と、
布地のパッチワーク。異空間の町と化してしまっていた。

ナイトメアがこの夜も出現したのだ。

この退治に向かうべく、ツギハギの空に飛び出したのは、魔法少女に変身した巴マミと、
それについてきた百江なぎさの2人だ。


しかし、ナイトメアの結界らしき空を舞いながら、なぎさの顔色はすぐれなかった。

青ざめていて、生気がなく、死を目の当たりにしたかのような顔だ。


「なぎさちゃん?どうしたの?今日は戦えない?」


マミが、変身姿となって、空を舞いながら仲間に呼びかける。

黄色いリボンをつかい、ぶらさがって、サーカスのように、街のビルからビルへ飛び移る。

風に乗ったかのように華麗だ。


いっぽうなぎさは、ナイトメア結界中に飛びまわるさまざま家具、ベッドから椅子、椅子からテーブル、
テーブルからロココ調引き出しなどに、ぴょんぴょんと飛び移って結界を移動していたが、やがて答えた。


「だい…大丈夫なのです…」

手にシャボン玉のストローを取り出す。


脳裏に、夕べみた魔法少女の死を思い出してしまう。

感づかれてはいけない。何か、よからぬものを目撃したことを、マミに。


「町の平和を守る…魔法少女の務めです。なぎさ、戦うです」


マミは、黄色いリボンに吊られて、ビルとビルのあいだの通路をとび、そして、あるビルの屋上にすたっと着地した。


途中、ガラスシェードのランプが隕石のごとく飛んできたので、マミはそれをマスケット銃で破壊した。

引き金をひくと、魔法のクリスタルに火縄が接触し、火を噴き上げて発砲される。

魔弾が回転軸の軌跡を描きながら飛び、ガラスのランプはがしゃーんと粉々にくだけた。

ガラス破片が結界じゅうにふわふわと浮いた。


「いたわ…あそこよ…!」

マミが指さした。

空を。


なぎさは、空とぶベットからカーペット、アールヌーボー様式の家具、箪笥、棚、椅子、
さまざまなインテリア用品の浮遊を足場にして、ようやくビルの屋上に辿り着くと、みあげた。

そこに、志筑仁美のナイトメアが存在した。

いつかは、6人の魔法少女で戦ったナイトメア。鹿目まどかと、美樹さやか、巴マミ、百江なぎさ、
佐倉杏子、暁美ほむら。

しかし、志筑仁美のナイトメアとの再戦、今回は2人しかいない。百江なぎさと、マミ。


しかもマミはナイトメアとの戦い方を知らない。ここは悪魔の世界。マミは記憶をなくしている。はじめからないともいえる。

なぎさだけが、この戦い方を知っているが、なぎさは別の心配事があった。


しかも、その心配事は、早くも的中する。


「なぎさちゃん。私は、あの敵との戦い方がまた掴めてないわ。だから、前回と同じ作戦でいこうと思うの」

どきっ。

なぎさの目が瞳孔を開く。

「また、ナイトメアを捕らえる結界をつくってくれる?私がなんとかして、ナイトメアをそこに追い込むわ!」


「…。…。」

なぎさの顔色が悪化する。


「…なぎさ、ちゃん?」

様子のおかしさに気づいたマミが、振り返る。「やっぱり、今日は具合が…」


「いえ、いいえ!大丈夫なのです!」

なぎさは嘘をついた。


しかし、もう取り返しのつかぬ方向にコトは進んでいた。

シャボン玉のストローを口に含み、大きな結界を生み出しはじめる。虹色をした透明のシャボン玉が、
大きくなってゆく。

なぎさのソウルジェムが消費されていく。黒色が増し、淡紫色の宝石は、輝きを失う。

「…これでいいです?」

なぎさの身長の五倍くらいのシャボン玉が生成された。


「もっと、大きく!」

マミは指示をだした。

自ら、マスケット銃を新たに手にとりだし、ナイトメアのぬいぐるみが発射してくるインテリア用品のロケットを、
破壊してやり返す。


なぎさは、ストローに魔力をこめて、ふーっと息をふきかけ、シャボン玉を二倍にした。

この中にナイトメアを閉じ込めてしまえば、いいのだが、マミ一人でうまくいくだろうか…。


魔力はさらに消費された。グリーフシードが必要だ。

手遅れになれば、円環の理に導かれてしまう。



─────円環の理?

なぎさは、どきっと、胸を悪寒が打つのを感じた。

夕べに話した鹿目まどかという少女の姿と、その会話が思い出される。


自らを神とは片鱗も思ってない。暁美ほむらに、記憶を呼び覚ますのを、邪魔されているから。


───邪魔されている?本当にそう?

なぎさは、魔法少女は、本当にあの鹿目まどかという少女に導かれる?

「うう…」

吐き気がこみあげる。

ついに悟ったのだ。自らの運命を。どうして今まで気づかなかったのか。


この世界には、いるはずの存在がいない。悪魔の世界が始まってから、一度も目にしたことがない。


もう手遅れだ。

悪魔はとんでもないことをしてしまったのだ。つまり、私たちを核弾頭か何かに変えてしまった。

それも、時限つきの。時限スイッチは、とっくに入っている。たぶん、起爆は、なぎさ自身が、いちばんはやい。


「あああっ…」

その場にへたれ込む。


黒色のソウルジェムが、ぽろり、と手にこぼれ落ちた。


どうしてこんなに消費が早い?

ちがうっ、消費じゃない。

なぎさは、絶望してしまっているのです…。

マミの家は、お菓子の家だった。

ただそこにいるだけで、お菓子と、ケーキと、紅茶が出された。絵本のようなお菓子とチーズケーキに溢れかえった家……。
ねずみのように、あらしまわった。食い散らかした。

あとは、残されたモノを食べるだけだ……。

「あう……う!」

渦巻いた目を大きく見開き、なぎさは口元を押さえた。体は震えはじめ、やがて訪れる時限つきの自らの魂に仕組まれた爆弾を、
起爆させる瞬間を待つのみとなった。

「…なぎさちゃん!」

マミが、舞踏会でもひらいてるかのように、空をくるくる飛翔して、ナイトメアむけてマスケット銃をばこばこ放ちながら、
呼びかけてきた。

「今いくわ!」


「…きちゃだめです!」

なぎさは、黒色に変色しつつある目をあげて、マミに叫んだ。「マミ、わたしから離れるです!」


そう叫んで、駆けつけてくれないマミではない。

ナイトメアに銃撃を撃ちつづけるのを休止して、マミは、なぎさの元に飛んできた。


「どうしたの?」

マミは、蹲って震える幼い少女の背中に手をかけ、心配する。

「大変!具合がわるいじゃない!どうしてちゃんと言わなかったの?ああっ、美樹さんか、佐倉さんが来ないと…!」


「マミ!」

なぎさは、黒色になった目で、マミをみあげ、そして懸命に言った。

「話をきいてほしいのです!」

「えっ…なに?」

マミは、なぎさの様子の変化に気づき、たじろく。邪悪な執念というか、執着みたいな黒い感情が、
魔法少女の変身衣装から、湧き出しはじめて、地面にどくどくと垂れ流れていた。


黒色の邪気は、なぎさの足元にひろがっていく。無邪気に。

「マミ、なぎさは、いつもいつも幸せでした…」

震える手を地面につき、力尽きながら、マミに言葉を託す。

「マミは、いつも優しかったです。いつもお菓子と、なぎさの大好きな、チーズケーキをくれました。
紅茶もくれました。いつも一緒にいてくれました。なぎさは、マミに甘えるばかりでした…」


「そんなこと、…」

マミは動揺している。急に、なぎさがどうして、こんなことを話し始めたのか。

「気にしなくていいのよ。わたしも、なきざちゃんがそばにいてくれて、すごく楽しかったから。
充実していたから。毎日が…」

なぎさは顔をあげて、マミを見た。

「でも、もうダメなのです。いえ、それがダメだったのです。なぎさは、マミに食べさせてもらってばっかりで、
なぎさはマミに何の恩返しもできませんでした。子供でした。マミにくっついてばかりで……マミだけ見てました。
なぎさにとって、マミの家は、お菓子の家でした」


「お菓子の家…?」

マミは、自宅が随分と妙ちんりくな表現されたものだと思った。


「そしてなぎさはなんでも食べてしまったのです。マミ、なぎさは悪い子です。だから、お願いです。
いますぐ、なぎさから逃げてくださいなのです。離れてくださいなのです。でないとなぎさは、なぎさは…」


ぶるぶる震えだすなぎさ。


「なぎさは、マミを食べちゃうのです!」


「…えっ!?」

マミが、なぎさの言葉に驚いて、動揺すると、直後、それは起こった。


────パリンッ

ガラスのヒビ割れる音。

それが、なぎさのソウルジェムの割れる音、孵化のはじまる音だと気づいたマミは、
あっという間になぎさの生成した結界の中にとりこまれた。

黒色の暗雲が、なぎさのソウルジェムから飛び出し、ナイトメアの結界の中に、ひろがり、
あらたな結界をつくりはじめた。

アールヌーヴォーな志筑仁美のナイトメア結界は、お菓子の家に変化する。


「…なに、これ!?なんなの!」

マミは、急激に変化をはじめた結界を見渡す。きょろきょろと。恐怖に襲われた顔で。


下を見ればクッキーとビスケットが散らかり、誕生日ケーキにささったキャンドルが結界を照らす。

誕生日ケーキは、ショートケーキ。クリームたっぷり。どのケーキも、マミより巨大。


壁は、お菓子でつくられた。ウェスハースに、色とりどりなマーブルチョコレートが模様を彩り、
天井からは茶色いチョコレートシロップがどろどろと垂れてきた。

なぎさの死体は結界に取り残され、浮いていた。ふわふわと。白い髪はゆらめき、目は閉ざされた。


「…!?」

お菓子のパッケージのごそごそという音。

中で、何かが蠢いている。

と同時に、パッケージがはじけて、ぶしゃあ、とチョコレートシロップやらクリームやらが、氾濫した。


マミは、チョコレートシロップが覆う天井に、一匹のかわいらしいぬいぐるみが浮いているのを見た。

「…これは、なに!?」

マミには事態が理解できない。なぎさがナイトメアになってしまったのか。

けれど、なぎさのソウルジェムは濁りきった。なら、円環の理に導かれる。その実在を、今日の昼休みに、
見滝原中学の屋上で見たばかりでないか。

その気弱そうな、ピンク色の髪を、赤いリボンでツインテールに結んだ少女。

あの子こそ、同じ中学の後輩こそ、私たちを導く神様。魔法少女の神様。


お菓子の魔女は動きはじめた。

使い魔たちがちょこまかと動き出し、ケーキを持ち運んでいた。四肢をうごかし、えっさほいさと。


と同時に、かわいらしいあのぬいぐるみも、動き出した。ふらりふらりと宙を舞う。

マミの立つ床に、天井から巨大なマーブルチョコが降ってきた。


「きゃあっ」

マミは飛び退く。落ちてきたマーブルチョコが爆発し、煙をあげた。本物のお菓子でない。

床にあふれ出したチョコレートシロップがマミの足をとり、とらえ、埋めた。


「う!」

チョコレートシロップの海にマミの腰まで沈む。

さながら溶けたチョコレートの底なし沼だ。マミは、顔まで沈んで窒息する前に、魔力をつかって、ぬけだした。

腰から下がチョコの茶色にべっとり染まった。



どうやらお菓子の結界は、マミにいろんなお菓子やケーキを付着させて、味付けしようとしているようだ。

クリームが大量にあらわれて、ざばっと波のようにあふれ出し、マミの頭にかぶさった。


「やめて!」

マミは、クリームからも脱出した。が、下半身はチョコ、上半身は生クリームにべっとり染まった。

クレープのようにあまく味付けされていく。


こんどはカラースプレーの粒粒がふってきた。ドーナツや、アイスクリーム、
ソフトクリームについている色とりどりなつぶつぶ。


結界じゅうまんべんなり降り注いで、マミの全身にもふりかかった。

すると、チョコレートまみれと生クリームまみれなマミの腕や、胸、足、腰、あらゆるところに、
カラースプレーがぺとぺとと付着した。


マミの全身は、色とりどりになった。

お菓子の魔女はすると、マミをおいしそうに眺め、ぺろっと舌をなめずりだした。



「あっ……ああ!」

マミの全身を、ミルクレープの皮が包んで拘束した。

さあめしあがれ、お菓子の家の主人、マミ!


お菓子の家を食い尽くしたあとは、家の主人を食べるだけだ。それが、お菓子の魔女の、隠された黒い欲望、
そして執着だった。

マミにいつまでも依存して、ついには食べつくしてしまう、舐め尽してしまう、そういう、ふくれあがった欲。

つまり、この魔女は、マミにウソついていたのだ。

マミは、この魔女が、実家に戻る決心が付くまでは、マミの自宅にいていいと言ったし、魔女もそれで約束したが、
この魔女ときたら、本心はそんなつもりなどこれっぽっちもなくて、いつまでもマミにくっついていようとしていた。

「やめて!」

クレープの皮に拘束されたマミは、叫んだが、歯をぎらぎらとぎらつかせた魔女の頭に、まさにすっぽり、
噛まれるところだった。

「きゃああああっ」

マミは、喰われる寸前に、かろうじで逃げて、全身をお菓子まみれにされながら、結界の中を飛ぶ。

魔法少女の魔力を最大限に出力して、拘束からのがれた。

「やめて!こないで!」

こんな化け物に人の言葉など通じるはずもないのに、なぜか、マミは、この化け物に対して、人の言葉で呼びかけていた。

「こんなことよして!わたしは、だれが悪いだなんて、思ってないわ!」

マスケット銃を両手に取り出し、バシバシと魔弾を放つ。

逃げながら。


マミの動きもさすがに洗練されていて、すばしっこいが、化け物の追尾も相当しつこい。

魔弾で化け物の頭を撃っても撃っても、マミを食べようとするばかりだ。


マミは、慣れた手つきで、魔弾を撃ちつくしていたが、化け物に対して通用しない。

魔獣相手なら、こんなことないのに!


魔弾が直撃した化け物の頭は、火をあげるが、かえりみずマミに歯をむき出しにしてくる。


まったく未知で、おそろしい敵だ。

「あっ…!」

足をチョコレートシロップのようなものにとられ、踵がつるんっとすべり、着地を誤った。

すてん、と尻もちついてしまったマミに、降りかかってきたのは、口をあけた大きな化け物の頭。

「ああああ…!」

マミは死を目の当たりにした。


その魔女の頭を、何かの矢が貫いた。


頭を貫いた紫色の閃光放つ矢は、爆発した。

すると、魔女の頭が、バラバラにはじけて、炎上した。


ぎゃあ、と魔女が叫びをあげて、マミを喰らおうとした魔女の頭は消し飛んだ。

結界も消し飛んだ。

すると、志筑仁美のナイトメア世界があった。


空はツギハギの模様だ。

「……あなたは…」

全身がお菓子みまれなマミの体は、元にもどった。


「命拾いしたわね」

紫の弓で、魔女を撃った暁美ほむらの、黒髪を爆風にゆらす後姿をマミはみあげた。


「今のは……なんなの!?あの敵はなに?なぎさちゃんの身に、何が起こったの!?」

マミは混乱していて、あまりに多くの質問を投げかけてしまう。


「…愚かな人」

すると、冷たいほむらの声がした。

「悪魔に質問をするなんて……。あの魔女に喰われそうになっておきながら、その正体にまだ気づけていない」


「…なに?どうこうことなの?」

マミが震えはじめる。ソウルジェムの消費が激しい。

心の中で、絶望を覚え始めている。

「これだけはいったておくわ、マミ。わたしは悪魔だから、あなたの味方になるなんてこと、期待しないこと。
それから、今後この先何が起ころうと、わたしはあの子を守る。誰から?あなたたちからよ」

それからほむらは、手に握った黒いグリーフシードを、マミの手に投げ込んだ。

マミはそのグリーフシードをキャッチした。


「使いなさい。魔獣のグリーフシードよりも、効き目があるわよ」

ほむらは志筑仁美のナイトメアの結界をあとにした。


マミは、ほむらに手渡された黒い塊をみつめた。

魔獣を倒した報酬に得るキューブとは別物だった。丸くて、軸が通ったグリーフシード。


恐ろしい気持ちになりながら、それを、黒ずんだソウルジェムにあてがった。

マミの黄色いソウルジェムは、みるみるうちに、浄化されていった。ざざざーっと、
黒色がマミのソウルジェムから消える。かわりに、グリーフシードがさらに黒ずんだ。

確かに、魔獣のキューブよりも遥かに効き目があった。



「なぎさちゃんのソウルジェムはどこ…?」

浄化の終わったマミは、ぽつり、呟いた。


空では志筑仁美のナイトメアが舞っていた。

現実の空は、とうとう最後まで戻らなかった。


マミは、戦意をなくしていたのだ。

今日はここまで。
明日か近日中に、つづきを投下します。


虚淵の話だと上条は実際>>333だからなぁ
男の甲斐性をちょっとだけ身につけるのはまだ先ってあたり
希望がないわけでもないけど

今回こそは杏子が映画学違って校かや通ってない理由は語られましたか?

単なる設定ミスだろ。
じゃなければ設定改変だが。
触られたくないようだからあんまりつついてやるな。


真の邪悪、その名はほむらって感じになってきましたな
このほむら、何か深い理由があるのか、それともやっぱり単に狂ってしまったのか
いよいよ先が気になる


この話のなぎさちゃんはわりと好きだったのでちょっぴり残念

56

世界は創造されて6日目の朝を迎えた。

赤いあけぼのの朝日が見滝原に昇る。


世間の人々は動き出す。列車にのったり、車が道路を行き来しはじめる。

誰も、同じ毎日の繰り返しに気づいていない。

朝日は鋭い。ビルのガラスに反射し、町を照らし出す。


寒々しい空気がはりつめる朝。


鹿目まどかは、制服姿に着替え、鏡の前でリボンを調整していた。

どちらかの帯が長かったり、短かったりすると、向きがへんになる。

朝の空気は冷たい。床も壁も、冷え込んでいる。


「おはよーママ。ハパ」

「ん。おはよーまどか」

「まどか。おはよう」


リビングでは、母が既に朝食のパンを食べていて、コーヒーを口に含み、新聞に目を通していた。

「行方不明者続出…?」

母は、新聞の記事をみて、怪訝そうに眉を細めた。

「…パパ……」

まどかは昨晩、父の知久と共に、自宅の階段下の倉庫と、屋根裏部屋を一緒に探し回った。

ごっちゃごちゃに過去の遺物、たとえばアメリカ滞在時に使った友人招待用バーベキューセット、
昔つかった絵の具グッズ、昔まどかが描いた絵、書道グッズ、いろいろ出てきたけれども、学校のアルバムだけは、
どうしても見つからなかった。


ところで、懐かしいグッズも出てきた。

それを父と一緒に発掘したとき、父は懐かしいなあ、と笑い、まどかは赤面した。

スイッチを押すときらりーんと効果音をだす、先端がハート型な魔法のステッキのおもちゃとか、
弓の形をしたおもちゃの魔法の武器とか。これまた、スイッチを押すと、きらりーんと光が点滅して音をならす。


ははっ、まどかは、小さいころから魔法を使う女の子が好きだったね。

掘り起こされた思い出と共に父が語り、まどかは、父に、やめてよ!と赤面して叫んだ。


朝食を終えた母の鹿目詢子は、父とほっぺたのキスをかわし───これもアメリカ流夫婦の朝の挨拶だ───娘と、
手のタッチをしようとした。

が、まどかは、母と手をタッチしようとしなかった。


詢子は、娘がいま、何か悩みを抱えていることには気づいていたので、とくに怒ったりもせずに、仕事に出かけた。

「まどか、どうしてママとタッチしないのかい?」

こういうとき、男はたまにデリカシーがない。

「うん……なんとなく今日は……」

まどかは、口を濁すだけ答えるに終わった。

ジュースを飲み干し、グラスを空にして、部屋に戻り、学生かばんを手に持って、駆け足ででかけた。

「いってきまーす!」


「いってらっしゃい。まどか」

父は娘を見送った。


そのあと知久は家事にあたっていた。

食器を片付け、除菌ジョイの洗剤をつけて、まあ、だいたいの洗剤は調合は同じ界面活性剤なのだけど───洗って、
ふきんでふいて、水切りかごに並べた。


掃除機をとり、コンセントに電源をいれて、コードをつなぎ、リビングから掃除をはじめたころ、妻の詢子からメールがあった。

「なにかな」

知久は携帯電話をエプロンのポケットから取り出して、メールを見た。


メールにはこう書かれていた。

”まどかの戸籍情報を役所で確認して”

57

巴マミはその朝、たった一人の朝食をとっていた。

リビングの窓ガラスから差し込んでくる朝日が眩しい。このリビングは、隅っこ一面がガラスになっている箇所があり、
そこから町の外が一望できる。朝はいつも、日の光が差し込む。


昨日の朝には、マミがいま一人でとる朝食のテーブルのむこう側に、なぎさがいた。

なぎさは笑って、マミと会話してくれた。朝食はマミがつくったが、なぎさはいつも嬉しそうに、
マミのつくったものを食べてくれた。


リビンクのテーブルは、ガラス製で低い。三角形の形したリビングテーブルで、下にはカーペットを敷く。

「なぎさ、ちゃん…」

マミは、お菓子の魔女の結界で昨晩、命拾いした末に、自宅に戻った。

そして、制服姿に着替え、朝食をとっている。


いつもはなぎさと2人でとった食事も、今は話相手が誰もいない。リビングにはマミしかいない。

朝はマミ一人の起床にはじまって、目覚まし時計に起されて、スイッチを止め、顔を洗って、
シャワーを浴びたら、髪をドライヤーでかわかして、カールにはしないまま朝食をキッチンでつくる。

すべて、一人だ。いつもなら、なぎさと2人で髪の毛をかわかしたりしていた楽しい朝は、ない。

なぎさはマミ寝室のベッドに寝かされている。

まだ、おきない。

なぎさのソウルジェムは、どこを探しても見当たらない。志筑仁美のナイトメアの結界に落ちてしまったのだろうか。

いや、ちがう。なぎさのソウルジェムは、濁りきってしまった。浄化されなかった。

だから、もう元に戻らない。


死体は持ち帰ったけれど、目を閉じたまま、白髪の少女は眠りをつづける。

王子様のキスを待つように。

眠っているといっても、脈も息もない。瞼をあけたら、瞳孔の開ききった目が、でろんとなってるだけだ。


マミの目に涙が浮かんでくる。

食事が冷たい。味が感じられない。じわり…とした感情が胸にわく。

ソウルジェムが穢れた。


不安はまだある。

近頃、魔法少女の敵が増えつつあること。


今までは魔獣だけだったのに、世界が渾沌としていくように、敵は増える。
ナイトメアと、そして、昨日の化け物。

お菓子の家と化した結界の中。
あの敵は何者なのか。

マミは理解しようとして、心のどこかでそれを拒んでいた。

受け入れてはいけない。その答えを。


だって、私たちを導く神様は、円環の理なのだから。同じ中学生の後輩ではないか。

でも、日に日に魔法少女の重荷が増している気がする。

その原因があるとすれば、暁美ほむら。
あなたたちに不幸をふりまく、と脅迫した悪魔。

いや、あの悪魔は、もう答えをくれている。つい、昨晩に。


”あの正体に、あなたたちはまだ気づけていない……”


「いやだ…。なんだか、いやだわ…」

心が重くて仕方がない。

魔法少女になって、毎日が充実した日々だと思っていたのに、一転して、この先をいきる毎日が、
暗黒の日々のように思えてきた。


しかもその日々は、命ある限り、ずっと続く。今後この先の人生で。

気だるさすらおぼえる体。

朝食のベーコンを食べ終え、キッチンのシンクにて食器をかたづける。


さみしい。

話相手がいない。一緒に食器を洗ったなぎさの姿が横にない。

背が足りないから、踏み台を使って食器洗いを手伝ってくれたなぎさが。


不幸のどん底に落ちた気分にすらなりながら、ヘアアイロンでカールをつくり、ケープでかためると、
学生かばんをもって出かけた。

「いってきます」

それに答える声もなかった。

58

鹿目まどかは教室に着いた。

ガラス製のドアをあけ、教室に入る。

「おはよー…」

元気のなくした声。

「…」

生徒たちは無視した。


どうやら、帰国子女無視一派の勢力が、クラスの中で強まっているらしい。

「…」

まどかは、何もいわず席につく。かばんにノートを取り出す。一限目は、理科。


志筑仁美の席をみたら、空席だった。いつもは、まどかよりも早く教室にいるのに。


「仁美ちゃん…休みなのかな…?」

ぼそっと、まどかが席で呟く。


「戻ってこなければよかったのに」

「ほんと。自分ひとりのためにクラスの授業があると思ってるよね」

まどか無視一派の、女子生徒たちの過酷な野次が聞こえ始める。

まどかは平気だった。

アメリカでも似たような経験をしていたから。


でも、ある言葉だけは、今のまどかの心にの癪に触れた。

「また消えちゃえばいいのに。アメリカでもどこでもいってさ」

「いなくなればいいのにね」


どくっ。

まどかの目の瞳孔が開いた。


「消えてなんていわないで!」

ガタっと席をたち、まどかは後ろふりむいて、なじる女子生徒たちむけて怒鳴った。

声が、本気で怒っていた。


「あっ…」

女子生徒たち、まどかの剣幕におどろき、声を失った。

全員がたじろいている。まさか、まどかのような女子生徒が、こんな急に怒り出すと思わなかった。


教室じゅうが驚き、そして、誰よりもまどか自身が驚いていた。

「あっ……えと…ごめん……え?」

ピンク色の瞳が金色に光っていた。


制服のスカートが光はじめ、変身がはじまって、神秘の力が溢れ出した。

強烈なパワーが教室に吹き荒れ、教室の机という机、ノートというノート、筆記用具という筆記用具が飛びまわり、
混沌となって、突風が室内を飛び交った。


「きゃあああっ」

女子生徒たち、スカートを押さえ込む。


「なんだなんだ!」

中沢ふくむ男子生徒たちが、叫び声をだし、まどかの放ち始めた強風に怯える。


「だれかアイツをとめろ!」

誰かの男子生徒が叫んだ。しかし、風が強すぎて、誰も身動きとれない。地面に蹲ってしまった生徒もいる。


教室が揺れる。上下に揺さぶられている。地鳴りが強くなる。


「なに…なんなの…!?」

まどかが、茫然と、壊れていく教室を眺めていると、誰かに手をそっと握られた。

すると、教室に吹き荒れる強風はやがておさまった。

「ほむら…ちゃん?」

まどかの姿が、純白のドレスから制服に戻った。


髪の毛にはきちんと赤いリボンが結ばれたままだった。

「どうしたの?まどか」

ほむらは優しく微笑み、まどかに顔をちかづける。「怖いことでもあった?」


「…その…わたしは……」

まどかは、ほぼ半壊状態となってしまった教室を見回した。

散乱したノートとかばん。吹き飛んだ生徒たちの教科書と筆記用具。ぜんぶ、すべて、散りばめられて、
ひっちゃかめっちゃかだ。


「なんなんだよおまえ!」

鹿目まどか無視派の女子生徒のリーダー格が、大声を出した。

「あんた怖いよ!教室を元に戻してよ!アタシらに何をしたの?」


他のクラスの生徒たちもぞろぞろ集まってきた。

一瞬にして教室が爆発的に壊されたのだから、注目が集まるのも無理もない。じろじろと、廊下から寄って来て、
ガラス越しに、まどかの教室を野次馬している。


というより、職員室まで報告をした生徒もいて、先生が何事だと叫びながら廊下を走って駆けつけている。


「わたし、は……」

まどかは、教室じゅうの吹き飛ばされた黒板けしや、クリーナー、落っこちた電灯など悲惨な状態の教室を見渡し、
自分の力に恐怖した。


「…いやあっ!」

鹿目まどかは、逃げ出すように、教室を飛び出した。駆け足で。

「逃げた!」

女子生徒が叫んだ。

「先生に報告して!」

そんな声が飛び交う中、まどかは懸命に走って逃げ出し、廊下を走り、校舎と校舎の渡り廊下に進み、
自分の手を見つめて、泣いた。


「わたしは誰なの!」

自分は何者か、と問うまどか。声は、上ずっていて、泣いていた。

「どうしてこんな……!こんな変なことが……私の身に……!」


父の台詞が脳裏に蘇ってくる。

まどかは、小さな頃から、魔法が使える女の子が好きだったね。


まさか。

わたしには、魔法の力が備わったとでもいうの?

そんなの、絶対おかしい。

学校から逃げ出したまどかの背中を、追いかける女子生徒の姿があった。

暁美ほむらだ。


教室ではもう大騒ぎ。鹿目まどかが、魔法のように強風を沸き起して、教室をメチャメチャにした。

ものの10秒で、教室は授業不可能な閉鎖状態になった。

落ちた電灯は、まだバチバチと火花を放っている。


美樹さやかが遅れて教室にきた。

「おっはよー!いやあ…昨晩は夜更かししちゃって……遅刻?間に合ったかなってえ、なんじゃこれ!」

教室の惨状を目の当たりにして愕然とした。顎が落ちた。


「美樹さん!」

女子生徒の裕香が、叫んだ。「あいつよ!帰国子女!鹿目がやったの!」


「ええ?まどかが…?」

あらためて教室をじっくり観察する。

壊れた机。吹っ飛んだ教室じゅうの生徒たちのかばんと、教科書と、ノート。筆記用具の数々。ぜんぶ、散乱。


台風でも通り過ぎたかのような惨状だ。

電灯は落ち、火を放っている。


「いま、暁美さんが追いかけていった!先生たち、警察に連絡するって!」

裕香が現状説明をしてくれる。


「まどかにほむら…かあ…」

うーんと腕を組んで考え込む。

「んまあ……考えてみたら神様と悪魔が一緒になってるクラスだし……いつかこうなる運命にある教室だったのかな…」


しかし、教室のみだけでならまだいい。

これを地球という世界を舞台にしてやられたら、ひとたまりもない。

そう思うさやかだった。

59

鹿目まどかは学校を出て、制服姿で、校庭をはしっていた。

手ぶらで。


一限目のチャイムがなる。

だが、おかまいなしに校門を出て、道路へでる。見滝原の街へ脱出。


「わたしは……変なんだ……!」

まどかは叫ぶ。

自分の奥底に備わった力に、怯える。「みんなに迷惑かけちゃう……!」


もう学校にいけない。

教室をこわしてしまった。そんなつもりもないのに。


「まどか!」

誰かが追いかけてくる。


しかしまどかは逃げた。「こないで!」


涙を零しながら叫ぶ。「私にかまわないで!自分でも分からないの!だから、なにきかれたって、
わからない!この力がどこからくるのか、どうして私だけにこんな力があるかなんて、わからない!」

「まどか!」

しかし、悪魔の足ははやく、まどかの腕をとらえた。

手首をつかみ、そして、引っ張り、無理やりまどかを、ほむらの側にむけさせた。

「いやあっ!」

嫌がって叫ぶまどかの体を。


ほむらは、強引に抱きしめた。

「……っえ?」

ほむらに、ぎゅっと抱きしめられたまどかは、呆然とした。体が硬直する。


「私が守る!あなたを守る!」

気づいたら、悪魔の目にも、涙がこぼれていた。

「ごめんね……あなたを不安定にしてしまって。だけど、わたしが守る。あなたといつか、約束したように……。
何があっても守るから……!」

「約束…?」

まどかにはその記憶が消えていた。というより、その記憶があったら、もうまどかは人間ではなくなる。


「そう、約束よ。あなたと交わした約束…忘れられない約束…」

ほむらの手が、まどかの背中を撫で、大切そうに抱え込む。しっかりと。

「あなたを守るって約束…」

愛する人を胸に抱くほむらの熱い鼻の吐息が、まどかの首筋にかかる。


まどかは、ぞっとなってしまった。何か、怖い悪寒がこみあげてきたのだ。

「さ…さわらないで!」

そして、まどかはほむらを突き放した。


どっと、胸を押される。

突き飛ばされたほむらは、ひどく狼狽したというか、傷心した顔をみせた。


「あっ……ごめん…」

ひどい拒絶に、罪悪感を感じたまどかは、謝った。

「ごめんね……ちょっと…怖かった…から…」


怖かった。

悪魔は、まどかの言葉に、心の傷を深めた。ダークオーブに絶望がみるみる深まっていく感覚がする。

絶望が深くなる。

目の前には、ほむらを拒絶するまどかがいる。


「ほむらちゃん……私ね……もう普通の女の子じゃないの…」

まどかは、悩みを打ち明けはじめた。

校庭で俯いて、そっと語る。

「なんでかな…?きっと魔法か何かで世界に降り立ったかのような、私の存在…。私、学校に通うのやめる…。
みんなに迷惑かけちゃう。つらいだけなの…。学校にいっても。自分が何者か、分かったら、戻ってくるね。
それまでは、さようなら…」

といって、とぼとぼ、ほむらに背をむけて歩き去り始めた。


まどかの、赤いリボンを結んだ後ろ姿が、ほむらから、離れてゆく。

手が届かなくなってゆく。


「まど……か…!」

ほむらは、何がなんでもまどかを追いかけなければならない、と心では理解していた。

けれど、魂がそれを恐れていた。


また追いかけたら、まどかに嫌われる気がする、怖がられる気がする、拒絶される気がしてしまう…。

ちょっとそれを考えただけで、まどかを追いかけることができなくなる。

なんて弱いわたし。



悪魔は泣いた。

地面に膝を崩して、地べたに座り、泣いた。


心の絶望が深まる。


この世界は、悪魔の庭だが、世界は何もかも悪魔の思惑通りに創られたのに、世界で一つだけ、
思い通りにならない存在がある。

それが、鹿目まどかだった。


悪魔の心に絶望が深くなる。

深淵まで堕ち込んだ魔力が、絶望を吸収して、より強くなりはじめる。悪の方向に。

どうしてまどかが思い通りにならないのか。

どうして、私の愛が通じないのか。


まどかが、私を怖がることが、許せない。嫉妬?いや、ちがう。これは、まどかへの憎しみだ。


私を拒むまどかへの怒りだ。


私の思い通りにならないまどかへの恨みだ…!

こんな感情は生まれて初めてだった。悪魔になったから、心にこんな感情が渦巻くのか。


愛憎とはよくいったもので、愛とは憎しみであり、憎しみは愛でもある。

愛すれば愛するほど、まどかが憎い。可愛さあまって憎さ100倍。憎いほど、まどかがさらに愛しくなる。


心は張り裂けそうだ。


「あああ…!」

悪魔は、まどかに拒絶された悲しみを、校庭で叫び、すると校庭の空が変色をはじめた。

悪魔に創造された世界は、悪魔の感情エネルギーにしたがって、様相を変化させる。


空の色は、美しい神の創造である青色から、禍々しい赤紫色にかわった。


両手をふりあげる悪魔。

叫ぶ悪魔。


地面はヒビ割れ、地震が起こり、ギザギサの亀裂が走った。

それは見滝原中学を遅い、学校はバラバラに崩壊をはじめた。

教室の中では、大地震の起こった校内で、生徒たちが机の席で揺さぶられ、驚き慌てる。

「机の下に隠れろ!」

先生が叫ぶ。


ひどい地震だ。

ガラス張りの教室は、砕け、ガラスの破片は廊下と教室に飛び散る。


「きゃああああ」

女子生徒が叫んだ。バリン!さらに教室のガラス壁が崩壊した。


巴マミは、その頃教室にいた。

生徒たちと一緒なって、机の下に避難する。


天井のコンクリートにヒビが入り、断片が落ちてきた。

机にふりかかる断片。


「避難経路を確保しろ!」

先生たちが声をかけあっている。


しかし、あまりの大地震なので、避難経路へ走り始めた先生が体をゆさぶられて、廊下でずっこける。

電灯は教室の床におち、火を放ち、教室内で燃えはじめた。


ギリリリリリリリリ。

激しい、火災報知器の音がなる。

生徒たちは混乱に陥り、もう机の中に隠れなくなって、それぞれの方向に脱出をはじめた。


床はヒビわれ、二階だてと、三階だての生徒たちは皆落ちた。

きゃあああああっ。

悲鳴。

落っこちていく生徒たちは、砂塵と煙の中に消える。


いっぽう、一階の生徒たちは、落ちてきた天上に潰され、みな、下敷きになった。


学校は全体が倒壊をはじめたのだ。


「全員、外に非難しなさい!」

教員が生徒に指示だす。


生徒たちは命からがけら逃げ始めた。


地震のおさまらない廊下を走り、ヒビわれる床の亀裂を飛び越えて、階段をくだる。

まさに、命がけの脱出だった。

昇降口へむかい、誰もが我先にと、校庭へ避難する。

巴マミもそのうちの一人だった。


「はあ……はあ」


大地震のなか、見滝原中学を脱出する。

そして、外の世界にひろがっている光景を目の当たりにして、絶句した。


世界は別次元のような、終末の光景と化していた。

まるで悪魔が暴走をはじめたかのような世界で、街じゅうの建物が倒壊し、廃墟の世界が広がっていた。

校庭も道路もヒビわれていて、破壊されていない地面はどこもなかった。瓦礫の野原だった。


空は紫の色が覆い、血の色のような雲が浮かんでいた。


ヒビだらけとなった校庭に、ぽつんと一人の少女の姿があった。

その少女の服装は黒くて、露出が高くて、カラスのような黒い羽根が生えていた。


「あっ……」

一瞬にして世界を滅ぼした少女の暴走を見た巴マミは、叫んだ。「悪魔……!」


悪魔、と呼ばれた黒い羽根のついた少女が、マミのほうにふりむいた。ゆっくりと。


悪魔は立ち尽くして、悲しさの涙をこぼしていた。涙は血だった。血が涙となって、目から零れて、
頬を伝っていた。


悪魔は悲しんでいた。

愛人に拒絶される悲しみを、世界に訴えていた。

60

学校は閉鎖されたので、生徒たちは皆、校庭で待機、避難という形になった。

倒壊したビルからも、同じように、避難した人々が、校庭に集まってくる。


体育館が公開され、避難所としてブルーシートと、ペットボトルの水と、非常食の物資調達の連絡がはじめられている。


巴マミは、この事態を理解していた。

ここは悪魔の創った架空世界のような宇宙だ。悪魔が傷つけば、世界が傷つく。


いったい、悪魔はいま、何に傷ついているのか。何を悪魔を傷つけているのか。

何に、あの血の涙を流したのか。


巴マミは、空が紫色に染め上げられ、血のように雲が赤い世界を、終末の始まりだと理解した。

大空から血の雨が降り注ぐ。火とともに。


予見されていた世界の終わりの通りではないか。

神と悪魔の戦いが始まる。


円環の理とその叛逆者。


その壮大すぎる戦いを見届けられる人間はいない。誰一人いないだろう。弱い人など、誰も生き残らない。

魔法少女だけが神と悪魔の戦いを見届けることができる。もちろん、悪魔を倒す兵として。


巴マミは、恐ろしい未来をそう予感していた。

だがしかし、あの悪魔さえ倒せれば、なぎさも元通りになる気がしたし、あの日常が戻る気がしていた。



悪魔はいうだろう。

巴マミ、愚かな人、と!


なんにせよ、戦いのときは近い。


マミは、なぎさを助け起すため、というより、ソウルジェムを失った体を守るため、自宅へと急ぐ。

避難命令のうるさいサイレンを無視して。

61

佐倉杏子は隣町の風見野の、父の廃墟だった教会に立っていた。

だが、そのとき猛烈な地震が襲い、大地は揺れ動き、世界は嘆きの声をあげ、
うなりと共に全ての陸の建造物を倒壊させた。


教会の建物も例外でなかった。

地震が起こると、教会の地面は、教壇からヒビが割れ、真っ二つに左右に裂けた。


古びた礼拝席はすべて砕け、ステンドグラスは粉々に砕けた。

父がよく立っていた教壇はヒビわれた裂け目に落ちた。


本部から破門された胡散臭い新興宗教の教会は、果てた。


「悪魔……の顕れ…?」

杏子は、思い出のある教会の倒壊に、嘆く気持ちに襲われながら、そっと呟いた。

あまりにも突発すぎる。


目の色に恐れが湛えられている。こんな力、魔法少女が持てるはずがない。悪魔のパワーは、邪悪で、
しかも、破壊的だ。

「とにかく……見滝原にむかおう!」


杏子は教会から一歩外に出た。

恐るべき光景が目に入った。



世界は廃墟と化しているではないか!

倒壊したのは杏子の教会だけでなかった。住宅地、工業地、ビル街に公共施設、すべてが今や灰だ。

大空襲の跡のように、焼け野原がひらけている。

だが、こんなことはほんの始まりでしかない。

この先もっと、破滅的なことが起こる。神と悪魔の戦いが起こるとき、それが予見されているのだから!

世界の果ての果て、終末の黙示録、神の子が再臨する。


「こいつはとんでもねえぞ……」


悪魔を野放しにしていた杏子は自分を呪った。

仮に、破門されていたとしても、自分は教会の娘だったではないか!


どうして悪魔ときいて、戦おうともしなかったのか?


魔法少女に都合のいい世界だから?

時間のまっている庭が、世捨て人にとって?


バカな!

魔法少女だって、人々の支える社会があって初めて生活ができていたのだ。悪魔はそれを無視した。

それにしても、親父の教会を破壊するとは!


「あたし、決めた。悪魔をぶっ殺す」


さやかの言う通りだ。アタシともあろうものが、呑気になっていた。


杏子は魔法少女に変身し、焼け野原の風見野を飛びまわった。

下では、避難をはじめた住民の人々が、道路に列をつくり、避難所へむかっている。

62

巴マミは自宅に戻った。

世界は廃墟と瓦礫の山と化していたが、耐震マンションは無事であった。


見滝原は、いつしかヴァルプルギスの夜が暴れまわったかのような、文明をひっくり返されたかのような、
灰の世界に変貌していた。


マミは、エレベーターが機能停止して電源が落とされていたので、階段から自宅のルームへ向かう。

鍵を入れ、カチっとドアの施錠を解除し、部屋に入る。


マミの自室は、何もかもが散乱としていた。リビングでは、皿と本棚の本、紅茶セット、花瓶、
鏡台のヘアアイロンやケープ、ソックタッチ、ヘアピンなどすべて床に散らばっていた。


キッチンも同様で、食器と洗剤、包丁にまな板、鍋類が、すべて落っこちていた。

マミは、日常世界の終焉を理解しながら、寝室の部屋に入った。


「なぎさちゃん!」


いつか目を覚ましてくれるはずの友達。

一緒にいてくれた友達。


悪魔さえ倒して、神の子が再臨すれば、なぎさは息を吹き返してくれるはず。

それまでの辛抱だ。それまでは、待たなくては。


なぎさの体は無事だった。

寝室もひどい有り様になっていたが、なぎさだけは、布団の中で、すやすやと……眠りつづけていた。

「よかったわ…なぎさちゃん…」

マミは、眠るなぎさの肩に手をそっとふれて、顔をマミのほうにむけた。

それが間違いだった。


「…きゃああ!」

マミは恐怖の声をあげてしまった。

なぎさの死体が、ごろんと首をまげてマミに顔むけたとき、顔の肌は崩れていた。

血が止まってから、はや一日、免疫機能を失い、腐乱がはじまっていた。


つまり、巴マミは百江なぎさの死体の鮮度を保つことをすっかり忘れていた。


マミはなぎさの肩から手を放し、飛び退く。腐り始めた死体から距離をとる。

マミのソウルジェムは、黒ずみを増し、この瞬間に大幅に穢れた。


「私も円環の理に導かれたら……こうなるってこと…!?」

なぎさの腐乱死体を見ながら、マミは震えた。恐怖に震えた。


そのとき、床に散らばった本の、あるページがマミの目に入った。

後ろへさがっていくうち、その本を踏んづけてしまったからだ。



それは、はらぺこあおむし。なぎさに読んであげた本だった。

はらぺこあおむしは、何もかも喰らい尽くそうと、町を這ってまわる青虫のはなし。


得にお菓子を好んで喰らいつくす。ケーキ、アイスクリーム、キャンディー、クッキー、チョコレート。

そのお菓子の絵柄の数々は、マミに、昨日死にかけたお菓子の魔女の結界の光景を思い起こさせた。

と同時に、なぎさの最後の言葉すら、脳裏に蘇ってきた。


”なきさは……マミを食べちゃうのです!”


「きゃああああっ」

お菓子の魔女の正体に気づいたとき、マミは、なぎさの腐乱死体が眠る寝室から逃げ出し、
マンションの外へ飛び出した。命からがらに。何に襲われているわけでもないのに、人生で一番こわい想いをした。


途端に、倒壊した町々の景色が目に飛び込む。心に絶望がひろがりだす。


「なぎさちゃんは……私を食べようとしていたの!?」


支離滅裂な台詞が口にでる。平静さは、今やマミの心にない。

わたしの家をお菓子の家にして、むさぼっていたというのか。しまいにはわたしも食べようとしていたか。

その本心が、魔女になったとき、露になったのか。

冷静を失った頭のなかで異常な発想がぐるぐる廻っていく。


「わたしもいつかああなるの……!?」


脈が早くなり、どくどくと、鼓動が鳴り、心臓は本能的な危機をマミに知らせていた。

そして、マミは、この危機を脱するため、”魔法少女として生き残る”ため、ある人を探し出そうと決意した。

なんとしてでもあの人を見つけ出し、救ってもらおうと決意した。


「探さなくちゃ……円環の理……」


なりたくない。あんなふうになりたくない。魔女になりたくない!

魔法少女が、そんな危険な存在になってはいけない。そんな世界は、正されるべきだ。


それを救ってくれる存在は、世界でたった一人しかいない。幸い、その人とは同じ中学校に通っている。


「探さなくちゃ……鹿目まどかさん!」


マミの目に、生き残りをかけた血の色がこもった。

63

鹿目まどかは、地震が起こって、町が倒壊したのち、命からがら、自宅に戻る。

耐震住宅は、町の他の家々とちがって、倒壊をまぬがれていた。


つまり、隣の住宅が崩れているなか、まどかの宅だけぽつんと、生き残って建っていた。


自宅に帰り、玄関を鍵差し込んで入ると、家の中はめちゃくちゃになっていた。

ゴミ屋敷のように乱雑だ。


鏡台や靴箱、花瓶、水槽、何もかもが床に散らばった。


「…パパ!」

まどかは、制服姿のまま家にあがり、リビングへ急いだ。ひっちゃかめっちゃかになったリビングが目に入ってきた。

「まどかかい?」

知久が、額に止血圧迫綿ガーゼを応急処置に巻きつけた状態で、娘を迎えた。

「パパ…!大丈夫…?」

父の、額に巻いた綿が、赤色に染まっているのを見て、まどかは怯えた顔をみせた。


不安と心配の瞳が父をみる。

「ああ…まどか…平気だよ。強くゆれたとき、ちょっと頭をぶつけてしまって…」

父は、娘を安心させようと笑う。

「それにしてもウチがめちゃくちゃだ……いや、そんなこといってる場合じゃないね。まどか、
ママの安全を確かめなきゃ。パパはママの会社に電話を入れたけど、通じない。携帯電話も全くつうじない。
回線が落ちているんだと思う。だからまどか、パパは、ママの会社に直接車でいく。まどか、一緒に来るかい?」

まどかは答えた。

「うん…」


なんだか、まどかは、悲惨になった町と、自宅の光景をみながら、罪悪感と恐怖が湧き出ていた。

今朝のことを思い出したのだ。

消えちまえ、とクラスメートにいわれたとき、怒りがこみあげてきて、まどかは何かを叫んだ。

激情が高まったとき、教室がゆれ、すべてがメチャメチャになった。


生徒たちは、お前はなんなんだ、と叫んだ。


「…わたし?」


鹿目まどかは自分を恐れる。

自分の中に眠る力を恐れる。


目覚めを待つその力を、恐怖で、押さえ込む。


「…わたしがしたことなの?」

この突発的な地震は、自分がしたことなの?

そんな想いに駆られたとき、まどかは目に涙が込み上げてきた。なぜ自分が?なぜ私が?


こんな力を持っているのだろう?


私が世界を破滅させてしまった?

その予感は、ある意味、ただしかったといえる。


鹿目まどかほど世界を滅亡させてきた少女はいない。何度もクリームヒルト・グレートヒェンとなって、
70億人の命をうばってきた。

その記憶の片鱗が、今の、神の子としての鹿目まどかに、蘇りつつあるのか。


「まどか。パパは荷物を車にまとめる。まどかも手伝って欲しい。倉庫の非常食とラジオ、
懐中電灯を持って来てくれるかい」

父の声によってまどかは我に戻った。「うん」と一声、小さく答える。


「よし。パパは車にまとめる工具をまとめるから、屋根裏部屋にいるからね」

といって、知久は二階へあがり、屋根裏へむかう。

まどかは呆然と立っていた。

たぶん、世界が滅亡にむかっているのも、地震によって多くの人の命が奪われたのも、
自分のせいだという理解があった。

でも、どうしてかは分からない。ただの人間が、どうして世界を滅ぼすことができるのか?


「…」

まどかは、ふとそのとき、リビングテーブルの上で音をたてはじめた、知久の携帯電話に目がとまった。

メールを着信していて、三回ほど、振動している。

ふらふらと、吸い寄せられるように、まどかは、今まで手のふれたことのない、父の携帯を手にとった。


ピ。

着信ボタンを押す。父の知久が受信したメールの内容に目を通す。


みるみるうちに、まどかの目が、恐怖に見開かれていった。

ピンク色の瞳が暗くなってゆき、やっぱりそうだったんだ、というような、諦念の色も浮かんできた。


メールにはこうかかれていた。


Frm:詢子
Sb:件名なし

やっぱりか。
私もまどかの誕生日が思い出せなくて。
いつ、まどかが生まれた?というより、
いつからまどかはウチの子だったんだ?
わたしには、まどかを生んだ記憶がない。
タツヤを生んだ記憶はあるというのに。
わたしの娘ってことは、分かるんだ。
でも、何か変なんだ。戸籍情報も見つ
からなくて当然だ。今度、血液型…


「もう、いい…」

まどかはメールを読むのを途中でやめた。

ピ。

携帯電話が冷たい電子音をならした。電灯の消えたリビングで、まどかは立ち尽くした。


「私はこの世にいちゃいけない子なんだ…」

暗い顔を落とし、床を見つめながら、静かにまどかは自室に戻る。

壊れたドアを通り、ぬいぐるみが散乱した子供部屋から、荷物をまとめはじめた。


財布と、自分の携帯電話、充電器、時計、懐中電灯、地図帳、着替えと下着、タオル。それからお菓子の数々。

遠足用のリュックを取り出して、冷蔵庫からペットボトルの水を数本とりだし、リュックサックにいれてまとめた。

チェック柄のかわいい女の子のリュックサックだ。


そして、父にも母にも内緒で、二度と家族に会わないことを心に誓った。


「さようなら……パパ。ママ。タツヤ…」


別れを告げて、玄関に出て、鹿目宅をあとにした。


灰塵と化した野原を、とぼとぼ、歩き始めた。あてもなく。家出して。

64

鹿目まどかは、灰色の暗い空が覆う見滝原の焼け跡を歩き、自然とその足取りは、
不思議と川辺へむかっていた。

川辺沿いの公園に進み、破壊されて廃れた噴水の、溢れ出して水びたしになった公園の石畳の地面を、
びちゃびちゃと踏みしめて、ヘンチに腰掛けた。

水は汚い。噴水の水など、汚れている。


ベンチにちょこんと腰掛けて、終末にむかいつつある厚い黒雲を首をあげて眺めた。

空は、暗雲が驚くべき速さで風に運ばれてゆき、強風は次第に強くなる。まどかのピンク色の髪をゆらした。

びゅうびゅうと。風はやまずにふきつける。赤いリボンもゆれた。


「お願いだから……」

まどかは、暗雲を瞳に映しながら、冷たい涙の粒を浮かべて、天に願った。


「お願いだから、これ以上、悲しいことにならないでください……」


しかしこの願いは裏切られれる。

そもそも、宇宙を、いちばん最初に変にしたのは、鹿目まどか本人であったのだから。

65

巴マミは余裕をなくしていた。

ソウルジェムの秘密に気づいたのだ。百江なぎさに喰われかけたことで。


探さなければならない。円環の理を。そして、彼女に、自分の役目を思いだしてもらわないといけない!


ソウルジェムは、黒い。染まっている。穢れに。

残された希望の光は、わずか。


魂に残された猶予は少ない。時限爆弾つきの魂は、起動スイッチが入ってから久しい。


マミは携帯電話を取り出し、円環の理を探すべく、友人に電話をかける。

おそらく鹿目まどかの友人らしい美樹さやかに。


「お願いだからつながって…!」


マミは、必死だった。


”おかけになった電話番号は────”


しかし、電話は繋がらない。

世界中がパニックだ。見滝原じゅうに住民が、回線を使って、ショートさせている。

「…テレパシーで通じなくちゃ」

もし、ソウルジェムの煌きが失われたら。

考えただけでぞっとする。しかも、それはカウントダウン式だ。心の持ちようによって、カウントダウンは早まってしまう。

なんて恐ろしい!

呪われた存在だ。魔法少女は!


神が、不在である限りは!


”美樹さん!美樹さん!きこえる?”

マミはテレパシーを通じた。黒雲の支配する見滝原を眺め、焼け野原のどこかに避難しているであろう、
美樹さやかに話かける。

”あっ!マミさん。無事だったんですね…!こっちはもう大変です。悪魔が地団駄ふんじゃって…大荒れです”

”鹿目さんは!”


マミは、さやかの会話がさして頭に入ってこない。


”鹿目さんもそこにいるの!”

”えっ…まどかですか?”


気圧されたさやかの声がする。

まどかをきょろきょろと探すかのような間があった。


”いないですね…まどか、あたしが登校したときからいなかったんです”

”…!どこにいるか見当つかない?”


マミの必死さが、さやかの心に伝わり始めた。


”マミさん、何かあったんです?……悪魔が本領発揮してきましたね。たしかに。
まどかがあたしらに残された最後の切り札……でも、見つからないんです。あたしも心配です”

”…そう。わかったわ…”


マミは、さやかとの連絡を絶った。

悠長な会話などしていられない。

たぶん、美樹さやかはまだ、事の重大さに気づいていないのだ。


説明は、あとにしよう。


………いや。

説明、しないほうがいいんじゃないかしら?


そんな考えが、頭によぎった。


これからは魔法少女が魔女化する仕組みになる。ということは、魔法少女が生き長らえるためには、
魔法少女のうち誰かが魔女になって、魔法少女に倒されるグリーフシードとならないといけない。

それなら、むしろ今は、このことは秘密にしておいて、美樹さやかたちがうっかり魔女に化けることを待ったほうが、
長生きできるんじゃないかしら?


「…やだ!私ったら…」

マミは、頭に浮かんだ邪悪な考えを振りほどく。

「なんてこと考えてるの……」


私はなんてことを考えてしまったのだろう。これは裏切りだ。

じわり……。


心に黒い感情が渦巻いたとき、ソウルジェムが反応した。魂は呪いに染まった。


「やめて…!」

マミは喘ぐ。「黒くならないで…!」


思えば思うほど、心が押しつぶされそうになり、ますます穢れに染まっていく気がした。


「キュゥべえ……びといわ!私たちを、こんなふうにしてしまうなんて……!」

マミは嘆いた。

魔法少女に課せられた使命の本質を知って、嘆いた。


ところで、マミはふと、あることに気づいた。


「キュゥべえ……どこ?」

66

巴マミは、地割れに傾いたマンションから道路に降りて、全壊の町をふらふらと歩いていた。

まさに終末の光景。ハルマゲドンだ。


行く先行く先は、すべてコンクリートの瓦礫。鉄筋のはみ出た瓦礫の山。

灰色の大地。


空まで灰色で、曇り空が覆う。赤色の空は、夕日というより、もはや血の雨を連想させる。


神と悪魔の最終戦争の舞台となるにふさわしい。


「どこ……どこなの?神の子はどこ…?」


もう、再臨したっていいはずだ。神の子はもう、日常生活を送る女子中学生の仮面を捨てて、
神様になって悪魔と戦うべきだ。

どうか、円環の理さま、私たち魔法少女を、希望と絶望の残酷なサイクルから救ってください。

私たちのソウルジェムが、のろいを生み出す前に、消し去る円環の理に、戻ってください。

こんな世界にしてしまった悪魔を、倒して、元の世界を取り戻してください。

しかし、どこを探しても神の子は見つからない。

先日に、屋上で挨拶を交わした、あのピンク色の髪の少女の姿が、どうしても見つからない。


どこを見渡したって、瓦礫しかない。コンクリートの砕けた断片の山しかない。

そこに下敷きとなる人々の死体が折り重なる。


神と悪魔の最終戦争を生き延びる人間はいないだろう。だが、神が勝利さえすれば、人は復活する。

巴マミにはみえる。未来が思い描ける。


神の矢と悪魔の矢が天界にて撃ち合う。それはとてつもない激戦だ。


神の矢と、悪魔の矢が一本ずつ、放たれるたび、町は灰となる。見滝原が灰となったように。

やがてそれはユーラシア大陸を灰に変える。アメリカ大陸を灰に変える。

アフリカ大陸を灰に変える。


地球を灰に変える。


だが、まだ悪魔と神の戦いは終わらない。宇宙改変の力を持つ者同士の最終戦争は、舞台を宇宙に変える。

矢が放たれるたび、惑星がひとつ、消える。太陽系から消える。


そして、矢の撃ち合いはつづき、一本の矢が放たれるたびに銀河系が消える。無数の銀河系のうち、
ほとんどが消え去って、宇宙の終末がくる。


宇宙は火の玉となる。

神が最後には打ち勝つ。人は蘇る。新しい世界となる。


なんて想像をして、ふらふらと廃墟の道を歩いていたら、マミの正面に誰かが走ってきた。


「マミ!おい、どうした?ここで何やってるんだ?」

佐倉杏子だった。

灰と化した見滝原の見晴らしのよい焼け野原を、杏子は渡ってきた。

「佐倉さん…」

マミの目の色は黒かった。

「神の子はどこ……?」


「神の子だ…?」

マミの腕をつかんだ杏子が、顔をしかめた。

「あの鹿目まどかって見滝原中のやつか?マミ、あんたまさか…!」


神の子を再臨させるつもりなのか。

と問いかけたとき、マミは涙を流しはじめた。


「わたし……もう何もかもがイヤなの!」

がくがくと膝がふるえ、終末の世界の地面に、へたれ込む。

手を地面について。下を俯く。


「私を食べかけたなぎさちゃんのことも……!魔法少女のことも魔獣のことも何もかもが全部…!もうイヤなの!」

泣き崩れるマミの肩を、杏子がもつ。何を泣き出すのか、と心配そうな顔して。

「マミを食べかけた?」

杏子は問う。

「なぎさに何かあったのか?」


「佐倉さん、私ね、最悪な女なの…」

マミが顔をあげた。黒い目から黒い涙がこぼれた。頬を流れた。

「みんなに内緒にしようとしてた……自分だけ生き残るために……」


「内緒?マミ、落ち着いて話してくれないと、わからないぞ!」

マミを杏子は懸命に励ます。マミの命の綱を握り締めようとする。今にも落ちそうな綱を。


「きっと私が魔女になったら佐倉さん……私を殺すでしょ……?だってそれが魔法少女だものね……」

絶望したマミが杏子に告げる。

「わたし、最後になって分かった。私は最後まで、自分のことしか考えない女だった……なぎさちゃんを家に入れたのも、
みんなと一緒に魔獣を退治しようって呼びかけたのも……全部自分の寂しさをまぎらわすため……いいのよ。佐倉さん。
こんな女が、魔女になったら、殺しちゃって、佐倉さんが生き延びるためのグリーフシードにすればいいの」


「マミ…あんた何を…!?」


魔女という単語が出たとき、杏子は目を見開いた。動揺に心が乱れている。

父にいわれたのだ。かつて。

おまえは、人の心を惑わす魔女だ、と。

マミは、なにを言い出すんだ。わたしたち魔法少女の敵は、魔獣じゃないか。


「ごめんね……佐倉さん」

マミの体から瘴気が噴出した。かすれた声が、涙ぐむ喉からしぼりだされた。

「魔女になった私が……あなたを襲ったら……ごめんなさい…!」


マミは事切れた。

パリンッという鋭い音がして、ソウルジェムの亀裂から、黒煙がもくもく飛び出した。


「マミ!!」

杏子が、かつての師匠の名を叫ぶ。

だが、遅きに失していた。


地割れが起こり、マミの立つ地面のあらゆるところが割れた。地響きがなって、結界が形成されはじめた。

何もかもを吹き飛ばすかのような強烈な風だ。瓦礫が舞い飛び、杏子の頬や額に、破片がささって、
血の筋がたれた。


「うわ!」

杏子はついに飛ばされる。

マミの魂が爆発したあとは、硝煙のように邪悪なもくもくとした霧が、たちこめていて、結界を広げていた。


「こりゃあ……なんだ!マミ、しっかりしろ!」


叫ぶが、声はとどかない。かわりに、瓦礫の破片がばしばし、杏子の顔にとんでくる。

杏子の顔につく血の筋が増える。


「魔女になったら私が襲ったらごめんって……どういう意味だよ!」


魔法少女が、魔女に変貌するとでもいうのか。

だったら、今まで戦ってきた魔獣という敵はなんんだ?円環の理に導かれるって話はなんなんだ?


その答えを知りたければ。

マミの結界に入るしかない。


「くそう……マミ、今、助けにいくからな!もう少しだけ、待ってろ!」

魔法少女に変身した杏子は、おめかしの魔女の結界に飛び込む。


槍を構えて魔女との戦いに挑む。


悪魔との決戦はそのあとだ。

今日はここまで。
5日後くらいに、つづきを投下します。


悪魔がなにをしたいのか本格的にわからないな
一緒に無視しようとかクラスの人間が言い出してるときも特に止めたりもしなかったし>>229
「私が守る!あなたを守る!」って台詞に説得力を感じない

陰口叩かれる辛さはメガほむ時代の経験から
ほむらが一番わかってると思うんだけどね
そこら辺、作者がなにを考えてるかもわからない

頭がティロティロしてきた

乙。とうとう瓦解が始まったな。
けっきょく、世界はひとりで運営できるもんじゃないってことだな。
まして、中二病患者どころか、『女神に反逆した、世界を書き換える悪魔』という中二病ウィルスそのものになった
自分の世界に引きこもりがちの世間知らずの14歳?のガキんちょひとりには。

まだクーほむ時代ほどの慎重さ、思慮深さがあれば、まどかの戸籍やらなにやらの『穴』やアラも
現状ほど出なかったんだろうが(それでも完璧には程遠いのは想像に難くないけど)……

なまじヘタに『世界を好き勝手できる悪魔』になってしまったことで
その全能性と背徳感に酔って、メンタリティが大雑把かつ幼稚になったのが、破滅の大本だろうなぁ…。

知的障害者のさやかちゃんについてはなぎさの丁寧な解説があったけど
悪魔についてはもはや意味不明ってレベルではあるなぁ
虐めを止めず、味方か敵になるかもしれないとか恰好つけたり
悪魔化して知的障害者になったって設定で話作ってるのかな?
>>398の自身の経験もアルツハイマー発病して忘れちゃったりとか?

マミ魔女=キャンデロロは出典のゲームだと瞬殺レベルの最弱魔女だったけど、
なぎさ魔女=シャルも能力が変化してたし、同じとは限らないか

最初から世界がおかしかったというよりは、
ほんの少しの綻びが違和感をもたらして、それを意識してしまったことでさらに綻びが広がって
ついには戸籍とかの具体的な形にまで影響し始めたと思うべきなのかね

言ってることとやってることに一貫性が見られないのが気になるところ
報知の記事でも語られて炊けど、ほむらというキャラが「壊れた」わけではないんだが……
この作品では人格崩壊者として描いてるのかな

>>402
>しかしこの願いは裏切られれる。
>そもそも、宇宙を、いちばん最初に変にしたのは、鹿目まどか本人であったのだから。

まどかが一度宇宙を滅茶苦茶にしちゃったことが、二度目の改変が上手くいかなかった原因でもあったりするのか気になるね

>>403
壊れた、というわけではないだろうけど……
QBどもの実験で魂が疲弊してたのと、『世界を書き換える悪魔』っていう
魔法少女時代とは比べ物にならない超便利な力を手に入れたことでそれに酔って、
増長で心のネジが緩んでるのはあるかもね。

>>404
なんか不具合にパッチ当てたら別の不具合出ましたみたいな話だな…

>>405
その程度では済まない感じがする
↑でも言われて炊けど苛めグループを放置するとか
映画を見たうえではちょっと考えられない

>「思い出したのよ」
>「今日まで何度も繰り返して、傷つき苦しんできた全てが、まどかを思ってのことだった」
>「だからこそ、今はもう痛みさえ愛しい」

叛逆でこう語っていただけに、あそこで切れるどころか
むしろこの状況を楽しんでいるかのように振舞っていたのは……
思うにこのSSのほむらは、まどかが神になりさえしなければそれで良いのかも

>「そう。なら、いずれ貴女は私の敵になるかもね
>「でも構わない」
>「それでも、私は貴女が幸せになれる世界を望むから」

この辺りの感情も無視してるように見えてうけつけない
クラスであんな状態になって幸せと言えるのかなと


サザエ時空、まどかと仲の良い仁美のナイトメア放置、イジメも基本的にどうでも良かった様子
まどかの幸せを望んでいるにしては行動に矛盾が多い
神化の阻止以外はまったく頭にないのかも

一度で良いから>>1は映画をじっくり見るべきだと思うよ、どうせ未視聴なんだろうし

>>1の脳内が破綻しているせいでこんなクソSSになってんだろ
それ以上でもそれ以下でもない

タイトルや序盤の流れから、追い詰められた状況で自分を犠牲にする選択を選ばざる負えなかったまどかが
今度は神の子という立場で、円環の理に戻るのか、悪魔の世界で生きるのか、それとも第三の道を探すのか自分で選ぶ
みたいな話かと思ったが、そうでもない感じですな

キラマギインタビュー読んだ
新房のまどか解釈では、まどかは勢いで魔法少女になってしまい
まさか概念になるなどとは予想してなかったのでは?
一見悟りを開いているように見えて、戸惑いがどこかにあるのではないか?
そこが引っかかっていたので、それを新編で表現したかったらしいね

すまん、誤爆

設定を理解できていないままssを書くのは恥を晒すだけだと思うよ

やっと追いついた。
>>1乙。
設定とかどーこーおっしゃる方々はほっといて、読み物として高いレベルで面白い。
是非、このまま読ませていただきたい。

いや、設定が違う云々だけでなく、そのオリ設定がまた酷すぎて面白さを大幅に削いでるんだよ

なぎさは>>1のSSが読みたいだけなのです

面白くないのに読んでるの?君変わってるね

>>420
人はそれをツンデレと言う。

ほむら信者は本当にうざいな……
ただのほむらマンセーなssでも読みたきゃ
回れ右して自分でスレ立てて巣に篭ってオナ◯ーでもしてろや

大体ほむらは少しでも自分からまどか以外の他人に歩み寄ろうとした事あるのかよ?
こいつのまどか至上主義なんざ決して肯定できたもんじゃないだろに
改変世界でも誰にも心を開かなかった結果が魔女化した後の悪魔化だろうに
あれだけ一人になるなと周りに念を押されていたにも関わらずに
まどかにだって勝手に自分の中の理想のまどか像を押し付けてる節があるし
実際の所はガチでとんでもないエゴイストだと思うけどなあ
信者はガチで美化してる奴らが多いから困る

感想ですらない自論はどうでもいいしww
それこそ自分のブログででも語れよ。

67

杏子は結界の中を見回した。

魔獣とちがって、随分とおしゃれな世界がひろがっていた。


大きなテーブルには、大きなティーセット。

ソーサーのお皿にのっかったティーカップは、異様に大きくて、人がすっぽり入れる大きさがある。


ティーセットを並べた大きなテーブルは、青白のチェック柄のテーブルクロスが敷かれ、おめかしされる。

ガスランプが置かれて、空間を照らし出す。


そこではパーティーがひらかれていた。使用人主催の、雇用主公認のお茶パーティーだ。

ここでいう使用人とは、黒いワンピースにエプロンをつけたメイドたちのことである。

お屋敷の使用人たちは、数少ない娯楽として、お茶パーティーを開く。雇用主は、この結果の魔女。


おめかしの魔女だ。

使用人たち、つまりメイドにも、いろいろランクがある。

最もお屋敷で権力を持つのは、家政婦。ハウスキーパー。結果以内のお屋敷のあらゆる扉を開く権限があるので、
鍵束を持ち歩く。髪の色は赤色。槍を持つ。


客間女中の接待メイドは、その次くらいにランクが高い。このメイドは、いわゆるメイド服を着ず、
雇用主のお古を着ることができる。訪問者にお茶をお出しする役割がある。髪の色は青くて、サーベルを持つ。


小間使いメイドは、そこそこランクが高い。主人の世話役だ。髪の色は白くて、場違いなストローを持つ。
雇用主の服を着替えさせたり、ベットメイキングしたり、体を洗う役目もある。


どの使用人たちも雇用主によって無償で働かされていた。お屋敷から出ることは許されず、
黄色い束のリボンに足と手を結ばれていた。


佐倉杏子は使用人たち主催のパーティーに招かれる。

さあさあ、席について、紅茶をのみましょう。歌をうたい、甘いものを食べて、恋話に花を咲かせましょう!

一緒に詩をつくりましょう?

さて、使用人たちが降り立ってきて、エプロン姿の案内メイドが、杏子にお辞儀して、席に案内した。

「なんだこりゃ?」

魔女の結界というものが初めてな杏子は、眉をかしげて、案内される通りの席へ。

着席すると、ご丁寧にもカップの紅茶がだされた。


杏子はそのカップの紅茶をいただいた。

「しぶ!」

すぐ吐き出した。

「というか、冷たすぎるだろ!」

紅茶は冷め切っていた。たぶんの、この結界の中には暖かさがないのだ。冷え切っている。


杏子は、席をたとうとした。すると、テーブルの雇用主がリボンを伸ばしてきて、どこからともなく、
杏子を縛って席にくくりつけた。

まだはやいわ。まだはやいわ。どうして、すぐに席を立とうとするの。


ちょっとでも退席しようとする気配をみせたら、リボンが客を縛る。

そして、ご給仕メイドが、ふたたび紅茶をだしてくる。

「さっきもそれ飲んだんだけど…」

杏子は、体に力を込める。


体に巻きついたリボンを、ちぎった。バリバリと。体に残ったリボンは、槍で切った。

普通の人間だったら、カフェイン中毒になって死ぬまで紅茶を飲まされつづけるのだろうが、杏子は魔法少女だ。


「つきあいきれねえっての!」


パーティーの席をはなれると、雇用主の魔女が、おんおんと泣き始めた。

自分が案内した席を、離れられたのが、寂しくて仕方がない。

どうしてわたしのだした紅茶を飲んでくれないの。あなたと一緒に、ティータイムを愉しみたいだけなのに!

さて、雇用主が泣き出すと、使用人たちが手に凶器を取り出した。槍とストローにサーベル。


雇用主を悲しませる客は必要ない。使用人たちは、この来客を抹殺する方向に動いた。

雇用主の思い通りにならない悪い来客などいらない。


「戦う使命、背負ったんだから、いい加減腹くくれよっ!」

杏子は使用人たちとティーテーブルの上で武器同士を交える。


槍同士が突き合う。

「バカなやつ!」

隙をついて、使用人を槍で撃破した。赤い髪の家政婦は消し飛んだ。


「おい、マミ!あんた、マミなんだろ!」

おいおい泣き出したおめかしの魔女にむかって、杏子は叫ぶ。呼びかける。

「自分を取り戻せ!あんたが寂しがり屋なのは、あたしがよく知ってる。仲間がほしかったんだろ。
同じ魔法少女の友達がほしかったんだろ。けど、友達を縛り付けてどうするんだ!」


マミの死に際の言葉が蘇ってくる。

”私は…最後まで自分のことしか考えない女だった”



リボンが伸びてきて、杏子を捕まえようとする。

「聞き分けがないにも程があるぞ!」

杏子は、伸びてきたリボンを槍で薙ぎ払う。リボンは切れた。しかし、また伸びてきた。

切っても切っても杏子を結びつけようと伸びてくる。


雇用主は、使用人たちに、杏子を殺さないで、と懇願する。


しかし使用人たちはきかない。雇用主を悲しませた客は、悪い客だ。

対して雇用主は、その人は大切な人なの、という。使用人たちは、こんな客は殺そう、と言い返す。


雇用主と使用人は、どうも肝心なところで、食い違う。

「呼べばいつだってあんたところにいってやる。いや、マミの家にいくのが、楽しかったんだ。みんなだってそうだ。
マミの家からいったん出るっていったって、二度と会わないなんて誰もいわないだろ。アタシも、さやかも、なぎさも!」


リボンに追われながら杏子は、おめかしの魔女に呼びかける。

自分の声を魔女にきかせる。

リボンはまだまだ伸びてきた。


「この!」

槍で振り払う杏子。


「そんなに、お茶会が終わって、マミん家からみんな出ていくが、いやだったのか?だれもマミを一人になんかしない!
マミ、しっかりしろ!」

リボンの一本が、杏子の足を結んだ。


うそよ!うそ。

みんなそういいながら、わたしの家から、はなれていくんだわ。もうだまされない。いちどいらっしゃった客は、
ぜったいに出さないわ!


「くそ!」

槍でリボンを斬る。しかし、槍をもった手を、リボンが捕まえた。

「はなせ!」

それも、どうにか槍で払った。


「マミ!いい加減にしろ!」

おめかしの魔女に、怒鳴りつける。

「そりゃ、不安だろうさ。もしかしたらまた一人ぼっちになるかもしれないって不安なんだろ?いらないよ。そんな心配。
みんな、マミの友達なんだから!仲間なんだから!一緒に、町の平和を守るんだって、約束したじゃないか!
だから、縛り付けたりするな!あんたいってたな。最後まで自分のことしか考えなかったって。
自分の寂しさを紛らわしたかったんだって。いいんだよ。マミ、それで。みんな同じだったんだ。みんな、
寂しさを紛らわせたかったんだ。マミは、みんなを仲間にしてくれたじゃないか。みんなそんなマミが好きだったんだ。
だから…マミ!もとにもどれ!」


リボンが再び伸びてきた。

魔女に、杏子の声は届かない。


今までで一番多いリボンが伸びてきた。

「マミ……ばかやろー!!」

おめかしの魔女の結界で、怒りの声で叫んだ杏子が、リボンに包まれて、拘束されてゆく瞬間。


「その魔女にはもう何言っても無駄」

冷めた声がした。

杏子の隣に立った黒髪の少女の姿があった。

「あんた…」

杏子が赤い目を瞠った。


「かつて巴マミだった魔法少女は、ソウルジェムを黒く染め、グリーフシードを生み出し、
魔女に生まれ変わった…。呪いをもたらす魔女にくだすべき裁きはただ一つ」

黒髪の少女は、弓を放った。

紫色の矢が飛び、おめかしの魔女に命中。爆発した。


おめかしの魔女は、苦しげな声をあげて、焼かれていった。

魔女は焼き殺された。


「死よ」


黒髪の少女は冷徹な声で言い放ち、魔女を倒した。

おめかしの魔女の結界は薄らぎ、ゆらいで、消えた。廃墟と化した見滝原の景色が戻ってきた。


「てめーは……」

唖然とした杏子が、足を崩したまま、膝をついて暁美ほむらを見あげる。傷のついた顔で。

「マミを……マミを殺したのか?」

隣にたつ暁美ほむらは、無言で手に弓を持っている。長髪を、焼け野原にふく風にゆらしている。


「これあげるわ。グリーフシード」

といって、黒い球を杏子に手渡した。「ソウルジェム、穢すと大変なことになるわよ。それで浄化しておきなさい」


「これは……てめえ…ひょっとして…」

杏子は、見たこともない形のグリーフシードを握り締める。花柄の模様が描かれていた。

ティーカップのと同じ模様だった。

「魔女って一体なんなんだ!マミに何が起こった?説明しろ!」


「魔女。それは絶望を撒き散らす災厄の使い。そして、絶望に沈んだ魔法少女たちが、
最期に成り果てる呪われた姿」

ほむらは、焼け野原と化した見滝原の廃墟の跡を目で眺めつつ、語り始めた。

「そして最後は、一人の少女が犠牲になって、希望と絶望を巡る残酷な連鎖は断ち切られ、
世界は新しい理へと導かれたはず」

「…一人の少女の犠牲…?」

杏子の記憶に、2日前、中学校の屋上で、ほむらと隣同士になって昼食を食べていた、
ピンク髪の女子生徒が思い起される。

「じゃあ……一人の少女の犠牲が連鎖を断ち切ったって……」


杏子の中に、一つの説が打ち立てられ始める。

絶望に沈んだ魔法少女たちが、最期に成り果てる呪われた姿。それが魔女。

希望と絶望を巡る残酷な連鎖。


それを断ち切った一人の少女の犠牲。

新しい理。


「それが、鹿目まどかなのか…?」

神の名が口にでたとき、びゅうっと乾いた風が、ふきつけた。冷たい風だった。


「…」

ほむらは何も言わず、背をむけてていた。それは無言の肯定であった。


「あいつが……」

杏子は、あの鹿目まどかという少女の神秘と畏怖に、心が震えた。

いったい、あんなごく普通な女子生徒が、毎日うまいもんくってそうなやつが、いかにして魔法少女の神になったのか。

全ての魔法少女がのろわれてゆく魔女を消し去る、全く新しい宇宙の因果を打ち立てたのか。

「なのに、世界は再び魔女の悪意に支配されつつある」

手に弓を持ったほむらは背中で語り始めた。煤けた灰が、風にのって舞った。

「全ての魔女は、私一人で片付ける」


悪魔は自らの決意を、世界に、そして杏子にむけて宣言した。


「全ての魔女を片付ける…?」

だが、杏子には、それは悪魔の狂気のようにさえ映った。


もし、魔女というのが、魔法少女の最期に成り果てる呪われた姿だというのなら、それを全て一人で片付けるという悪魔の台詞は、
杏子には、殺人者の台詞に聞こえた。


「いつかあたしらを一人残らず殺すってことか?」

杏子は、悪魔に問いただした。焼け野原に風がふく。

「魔女は、あたしら魔法少女がいつかなりはてる姿。そうだったな?魔女を倒すってあんたの台詞は、
あたしらを殺すって台詞に聞こえるな」


よっと、と声だして、傷のついた杏子が立ち上がり、槍を持ち、悪魔を睨む。

風に前髪がゆれる。


「私は、鹿目まどかを守るために存在する悪魔。まどかに危険を及ぼす魔女を滅ぼすのは悪魔の務め」


ガシッ!

杏子の槍が動いた。振り落とされる。

すばやく反応した悪魔の弓が、それを受け止めた。槍と弓が交差し、バチバチと、火花を散らせた。

「あの魔女はマミだったんだぞ!」

杏子は、悪魔に、糾弾する。

その赤い少女の顔つきは、悲しんでいた。だが、怒りもあった。

「あんたはマミを殺したんだ。そして、あたしが魔女になったら殺すとも言っている。さやかもか?」

「教えてあげる」

悪魔は冷たい目をして杏子を見据えた。「あたしは魔女になったさやかを何度も殺した。
魔女になったあなたを殺したこともある」


「うおおお!」

杏子は怒り、槍を、もういちど思い切り、悪魔へ向けた。


それは、また悪魔に弾かれる。ビュンと振り回された弓に、槍先があたり、バチンと火花がちって、
杏子は力強く後ろへズザーっと押し返された。


瓦礫の山にころぶ。

が、杏子は再びたちあがる。


「うおおおおおお!」

大きな声をはりあげながら、焼け跡となった大地を進み、悪魔に攻めかかる。

槍をふるい、悪魔を突き刺そうとした。悪魔は、手に持った弓をクルリと振り回すと、槍を弾き返して、
杏子はまた吹っ飛ばされて、瓦礫の山に突っ伏した。


すぐ起き上がり、杏子は、槍をもって悪魔に攻撃を仕掛ける。


槍と弓の節が、正面からぶつかりあう。赤い魔力と紫の魔力が激突しあう。

閃光が飛び交う。


「マミはな!マミは!」

杏子は悲しみの涙を、目に浮かべて、槍に力を込めた。バチチチ。悪魔の弓に、懸命に対抗する。

「寂しがり屋なところもあるけど、本気で正義の味方に憧れてて、みんなでそうなろうって、
仲間の魔法少女たちに呼びかけていたんだ!マミの仲間になった魔法少女は、みんな楽しそうだった。さやかも、
なぎさも、アタシも、だ…!あんただって仲間だと思っていたのに!」


「仲間なんかじゃないわ。わたしは悪魔よ」

悪魔は冷徹に言い返す。


「…!」


「実際、私はあの女が苦手だった……ええ、ほんとに」

吐き捨てるように、悪魔は、焼け野原をみて言った。爆弾でも降ったかのような焼け跡の町を。

「……巴マミ、死に際に、まどかを探していたでしょう。私にテレパシーの会話がただもれだった。
自分が魔女になりたくないからって、鹿目まどかを円環の理に戻そうとした……真実を話すには、あの人には残酷すぎた。
でも、おそかれはやかれ、事実を知ったら、同じことを考えたでしょうね………自分が魔女になりたくないからって、
鹿目まどかを、概念に戻そうと企むなんて!それがどんなにあの子にとってつらいことか、知りもしないで!」

「…!あんたは…」

杏子は瞠目する。

槍と弓の押し合いは、激しさを増す。火花が大きくなる。魔力のうねりが増す。

「これから、世界はもっと魔女が蔓延る。杏子、あなたはもう気づいたはず。インキュベーターは人類から手を引いた。
この惑星にはもういない。宇宙にとって危険な感情を持つ人類を、核兵器に例えて、撤廃永久処分を決定した、と。
アイツラはそういったわ。杏子、世界には数万人の魔法少女がいる。月日の経過と共に魔法少女は皆、魔女になる。
そして地球は魔女に食い尽くされる。ただの狩場となりはてる」


インキュベーターは人類から手を引いた。撤退した。

契約を新しく取り結ばないのだから、魔法少女の数は、これ以上は増えない。


魔女ばかりが増え、使い魔を増殖させてゆき、使い魔はたくさんの人間を食って、また魔女と生長する。

ヴァプルギスの夜のような大型魔女が、地球上、あちこちに発生し蔓延するようになる。

対して、対抗勢力の魔法少女は増えない。契約によって生み出されないから。


そのうち、魔法少女は、数増した魔女の前に倒されてゆき、数を減らすか、魔女の仲間入りを果たす。

やがてゼロになる。


人類に残された運命は、魔女によって食い尽くされるだけの末路。地球は、魔女の狩場と化す。



キミたち人類は、核兵器や原子力を危険視して、撤廃・廃止を検討するじゃないか。

ぼくたちインキュベーターからしてみれば、人類こそ宇宙にとっての危険物だ。ぼくたちは人類の撤廃・処分を検討し、
決定した。

いつか人類が、自分たちのもつ感情という無限の可能性に気づいて、それすら利用しようとする文明を創りあげない
とも限らないからね。

人類の感情を利用することが、どれほど危険か、先に学んだぼくたちが、責任をもってキミたちを処分することを約束しよう。

有史以前から歩んできたインキュベーターと人類の歴史は、ここに閉ざされる。今まで、インキュベーターに付き合ってくれて、
どうもありがとう。さようなら、人類。無限の可能性を秘めたきみたちとの出会いは、本当に、素晴らしいものだったよ!

「でもわたしは全ての魔女をこの手で片付ける」

悪魔は、拳を力強く握り、決意の固さをあらわす。

「この世界は、かつてあの子が守ろうとした世界。人類は私が守る。全ての魔女を滅ぼし、
インキュベーターの思う壺に陥ることなくこの世界を守り通す。私の庭を、これ以上あいつらには荒らさせない」


インキュベーターが少女と契約しない。ただそれだけで、もう、人類に明日などない。


やつらが危険物を処理するのに取った方法は何か。ただ触れない、手を引く、それだけでよかった。

変に、人類の弱点を研究して、実験なんてすれば、また、何が起こるか分かったものではない。だから、これが最良の方法だ。

地球は呪いに喰われ尽くされる。


だが、この悪魔、暁美ほむらという悪魔だけが、魔女と戦える。


「…」

杏子は、言葉を失って、悪魔の姿を、ぼんやり眺めていた。

傷ついた頬に当たる風。


「人類を滅ぼすのは魔法少女だっていいたいのか…?」


「愚かな人たち。インキュベーターと契約すること自体、呪いを世にもたらすこと。
魂を他者に捧げた愚かな末路を辿るとき、彼女たちは人を呪わないはずがない。でも安心しなさい。
あなたたちがいつ魔女になろうとも、すぐ殺してあげる。大して人を喰わないうちにね…」


風がふいた。

焼け野原のからっ風。


「そうまでしてあんたが守りたいものって一体なんなんだ…?」

杏子は風に打たれながら、悪魔に問いかけた。

何もかもに、驚いて、放心状態にちかい心境になりながら。


「私の庭。私の捧げた愛。わたしの切望する夢の果てにある─────あの子の笑顔を」


悪魔は答えた。見滝原は廃墟の海と化している。どのビルも、灰色のコンクリートの、瓦礫の山に埋もれる。

灰色の庭。

「杏子。これはね、私とインキュベーターの間に交わした契約でもあるの」

「なんだって?」

もう、話においつけない。悪魔とインキュベーターが、何を契約したというのか。


「この世界が創られたとき、私は、鹿目まどかを円環の理から、人格と記憶だけ奪い取った。人格は、
今もこの世界に生きている。あなたたちが呼ぶところの、神の子。でも、私から言わせれば、悪魔の子。私の気持ちが、
あの人格と記憶を再現したのだから。それはいいとして……人格は、不安定だった。ちょっとしたことで、
本来の役割と姿とに復帰しようとする不安定な人格は……すぐに神格化してしまう。それは、どうしてかしら?
彼女には、円環の理の役目が残っているから。本人の意志が、魔法少女たちを導く理を、求めているから。
なら私は、その理と役目そのものを、まるごと終わらせてしまえばいい。ここまでいえばわかる?」


「…。」

分からない、というのが杏子の素直な感想だった。

というより、悪魔の考えなど、わかってたまるものか。

そんな反抗的な気分さえ心中にあった。


するとほむらは、ふう、と息を吐いた。口から。

紫色をした瞳の目を閉じる。続きを語りだす。


「たとえば自衛隊のミサイル防衛システムって、仮想敵国がいるからこそ存在意義があるでしょう。
仮想敵国がミサイルを撃ち込んでくるという前提があるから、対抗する防衛システムがある。もし仮想敵国がいないのなら、
防衛システムにも存在意義がない。円環の理というシステムは、魔法少女が存在し、魔女になるという前提があるから、
その役割に存在意義がある。逆にいえば、世界から魔法少女が消えれば、円環の理は存在意義を失う。神の子は、
円環の理に戻る必要なんてなくなる!」

「…な!」

インキュベーターが人類から手を引いたという事実。

それは、もう、魔法少女がこれ以上、新しく誕生しないのと意味が同義だ。


もし、今、世界に存在する全ての魔法少女が魔女に身を落とせば、それで希望と絶望のサイクルは打ち切りとなる。

それ以降、魔法少女は一切存在しなくなる。

魔法少女システムが打ち切りになれば、円環の理も打ち切りだ。円環の理がおわれば、神の子の役目も終わりだ。

そのとき、鹿目まどかは神に戻る宿命から開放される。もう、不安定な神格化に襲われることはない。


それは、あの子の幸せを意味する。だって今朝だって、自分の奥底に眠る力を、恐れていたではないか。

もう、そんな心配はなくなる。安心して、と、今すぐあの子に声をかけてあげたい。


全ての魔女を消し去る役目は、あなたに代わって、私が負う。

それは、産まれる前に消し去るほど強力ではないが、魔女になった呪われし絶望のなれの果ては、全て、悪魔が滅ぼす。


悪魔にはその力があるのだ。



それで、希望と絶望の残酷なサイクルの連鎖は絶ち切られる。あのまどかが、成し遂げたことではないか。

こんどは、まどかに代わって、わたしという悪魔が、成し遂げるのだ。

まどかは幸せになる。


悪魔がインキュベーターと結んだ契約とは、悪魔がインキュベーターの人類の永久処分に全く干渉しない代わりに、
人類に二度と手をつけないよう約束させることだった。


もとより人類は危険すぎると考察したヤツらだ。契約は、好条件であった。



ヤツらは、人類は滅ぶと考えている。数十万の魔女が地球を狩場にして喰らい尽くすと考えているからだ。

悪魔は、対抗して、全ての魔女を滅ぼそうとする。地球を舞台にした、インキュベーターと悪魔の賭け事なのだ。

だがそれには、多大な時間が必要だ。この悪魔いえども、自由自在に時間を巡れはしない。時間を止める必要があった。


どちらにせよ、もう新たな魔法少女は契約によって誕生しないのだから、円環の理は存在意義を失う。

これまた、インキュベーターにとっても、悪魔にとっても、好都合だった。



これ以上、宇宙を弄繰り回してほしくないヤツらの本音と、鹿目まどかが神に戻る危険性の排除という企みで、
インキュベーターと悪魔の利害は一致する。


もう、神の子は、わたしにはもっとちがった役割があったはず、なんて呟くことはなくなる!

そんな役割など、宇宙から消え去る!神の子はわたしの庭に生きるのだ!

「あんたは……なんてことを……」

杏子は、耳を疑う気持ちで、悪魔の企みの打ち明けを、きいていた。

「あんたがしくじれば、人類は滅ぶってことじゃないか!」


「魔女どもによってね」

悪魔はいった。声は冷徹さがあり、心に決めた覚悟は、まるで揺らぎそうもない。


────たとえ、世界が滅んでも。


それが悪魔の決意だ。


この世界とは、庭とは、すべての時間軸を一点に収束して改変したほむらの庭であるから、この庭で起こったことは、
全ての時間軸の世界でも起こる。この庭で、魔法少女システムが打ち切りになれば、すべての時間軸の世界でも、
同じことが起こる。


世界のすべての魔法少女が絶望する運命と、鹿目まどか一人の犠牲と、どちらを選ぶか。

暁美ほむらには、決断に刹那も要さない問いだ。

わたしのすべての感情は、鹿目まどかのためにある!この魂がソウルジェムになったときから、ずっとそうだ。

世界のすべての魔法少女は絶望の命運へと、再び投げ込まれてゆくが、悪魔が責任をもって滅ぼす。


救われたはずの世界の魔法少女たちを、またも絶望に導くとは!まさに、悪魔と呼ぶに相応しい。


そんなほむらにとって、まどかが幸せである世界こそ望むものだったけれど、
まどか個人の人生にほむらは干渉しないように決めた。


まどかの幸せは、わたしから手をさしのばすことなく、まどか自分の力で掴んで欲しい。

そう、ほむらは思った。


暁美ほむらは円環の理の叛逆者。神の理に逆らう者。それ以上にでもそれ以下にでもなるべきではない。

だから、まどかに「神の力を呼び起こさせない」以外のことでは、中立を守る。

それが、世界のすべての魔法少女を絶望の運命へ突き落としたほむらなりの、戒めとけじめだった。


帰国子女としてクラスで浮いていたり、幼馴染との記憶の食い違いで、悩んでいる素振りはあったけれど、
ほむらは中立の立場を守り、することといえば、昼ごはんに誘って、そばで見守るくらいだ。


あくまで、円環の理に逆らう、神を貶めた悪魔としての立場を、守る。それ以上のことでまどかに手出しはしまい。

そう決めていた。わたしはまどかの味方ではあるが、敵でもある。


もし、鹿目まどかがこの世界の現状を知って、世界の魔法少女たちを救うことが、自分にしかできないと知ったとき、
ふたたび彼女は、概念の果てへと旅たってしまう。鹿目まどかはそれほどのことを決断できる勇気の優しさが強すぎる少女。

ほむらは、それを知っている。だから、こと鹿目まどかが、記憶と、神の力を呼び起こすことだけは、妨害する。

円環の理の叛逆者として。その一線だけは、何があろうと、譲らない。



その一線さえ死守できれば、やがて、魔法少女システムの終焉と共に、まどかを神格化から救いだせるのだ!

ほむらの願いが成就する、最後の目標地点ではないか。

けれど、ほむらは知らなかった。自分の中に、自分でも知らない変化が心に起こっていることを。

それはさっき、まどかに、さわらないでと激しく拒絶されたときの変化。


ほむらは心が裂かれそうになった。今までつないできた人生で、あれほど傷ついた体験はなかった。

あんな鹿目まどかが存在していいのか。ソウルジェムの殻の中にできた結界の壁を、一緒に打ち破ってくれた、
あの優しい少女は、どこにいってしまったのか。


ほむらは、まどかのことばかり考えるあまり、自分のことに考えがまわっていなかった。自分にはじまっていた変化に。

やがてそれは、恐るべき結末を呼ぶ。


「それだけ多くの魔女が生まれたら、たくさんの人が死ぬんだぞ。円環の理に導かれていれば、
助かったたくさんの命も、おまえは無視するのか!」

杏子は、ほむらという悪魔を目前にして、怒りの声をだしていた。

「私は構わない」

ほむらは言い切った。紫の冷たい目が、きっぱり告げた。前髪が静かな風にゆれた。


「そのてめーの愛とやらのために、なぎさも、マミも、魔女になっちまったんだぞ。なぎさに食べられそうになったっていった、
マミの顔。本気で怯えてた。本気でつらそうだった。親友が魔女になっちまって、親友に襲われて……。
あんたは、何も思ってないのか?」


「悪魔に人情を説かれても」


悪魔の冷徹な様相は変わらない。表情は動かない。まどか以外のことでは、もう、人情らしきものも心に沸いてこない。

不思議だ。

「あたしだっていつか魔女になるんだぞ。魔法少女は減る。魔女は増える。さやかだっていつか魔女になっちまう。
なんとも思わないのか?鹿目まどかってやつのためだったら、あたしらみんな魔女になってもいいんだな?
そしてあたしらをみんな殺すんだな?」


「さっきから、そういってるでしょ」

悪魔は答えた。


「……この悪魔あああ!」

杏子は槍を振り回し、ほむらに攻撃をしかけた。

その槍の一撃は、ほむらの弓に、弾かれて、紫色の閃光が、杏子の赤い槍を焼いた。

爆風が起こった。

「あうッ───!」


魔法少女の力では、悪魔に敵わない。

杏子は吹っ飛ばされて、高く体が舞い、瓦礫の山に背を打ちつけて落ちた。


ガララッ…

瓦礫の断片が、コロコロと落ちて行き、パラパラと音がなった。

杏子は起き上がる。ソウルジェムに残された魂の残量は、半分以下しかない。

「ほむらあ!」

杏子は叫ぶ。額から血を垂らして雄たけびをあげる。

瓦礫の上に立ち上がり、灰となった見滝原の廃墟の山の上で、ありったけの声を叫ぶ。


「あたしはアンタを殺すぞ。全人類の命を、たった一人の愛人のために犠牲にするだ?その女が知ったら、
どう思うだろうな?ふられちまうんじゃねえの?このど悪魔!あたしはアンタに加担しない。マミの仲間だ。
町の平和を守る魔法少女だ。ほむら、覚悟しな。殺してやる!」


槍を構え、瓦礫を飛び降り、そして、悪魔にむかって廃墟を走りながら、杏子は心でテレパシーを使った。


”さやか!おい、さやか!どこにいる?”


”杏子!よかった、杏子も無事なんだね?”


さやかの声が返ってきた。


”もうこっちったら大変……体育館に避難してるんだけど、早乙女先生がはしゃいじゃってはしゃいじゃって…
世界滅亡のときがきたって、予言者みたいに力説してんの。あんたに聞かせてあげたいよ。”


”んなことはどうでもいい!神の子をここに連れろ!”


”神の子?”


さやかの頓狂な声が聞こえる。


”円環の理の存在意義が抹消される前に、そいつを探し出して、神の力を取り戻させろ!
どうしても倒さなくちゃならない悪魔がいる!”


杏子は走りながら、テレパシーを終えて、廃墟となった町に立つ悪魔に、攻めかかった。

「テレパシーならただもれと、言ったはずよ!」

悪魔が剣幕のある顔で怒っている。

「そうはさせない!」


弓と、槍が、再び交差する。バチチチ。魔力と魔力が衝突し、ぶつかりあう。

光と光。紫と赤。意地と意地。全ての感情が、互いに押し合い、やがて杏子のほうが押された。


バチンッ──


火花が散って、杏子の槍は、弓の放つ魔力に弾かれて、あらぬ方向へむく。

「あ…がっ!」

それにつられて、杏子の姿勢も、前のめりになってしまう。


その隙に、ほむらは悪魔の弓に矢を番えていた。素早い動作だ。バチバチと音なる電撃の矢が、放たれて、杏子の胸元へ。

「あがあっ──!」

杏子は、槍を両手に持って柄の部分で矢を受け止めたが、矢が爆発した。


紫色の炎をふきあげ、鋭い閃光放った矢の一撃に、杏子は吹き飛ばされ、ずざーっと地面を後方まで滑った。

が、倒れることなく堪えた。


杏子の魔法少女の衣装が、焼け爛れた。

全身から煙があがっている。あちこちが煤けて、焼かれている。


「知ってるか?悪魔」

前髪に表情が隠れた口の歯をみせてニヤリと笑い、杏子は、悪魔に告げた。

「愛と勇気の勝つストーリーの登場人物は、ピンチになればなるほど、強くなるって法則をさ…」

ソウルジェムは、半分以上が黒い。これ以上、魔力を使ったら、危険だ。

「何度か言った気がするけど、愚かな人。やがて魔女になる運命の人が、愛と勇気を語るなんて……呪われてるわ」


杏子は無視した。

悪魔の目を引きつけていられるのなら、なんでもいい。


「それを覆したのが鹿目まどかってヤツじゃないのかよ!ほむら!」

槍をもって飛びかかる。


「私もそれを覆した!」

「くらえ!」

槍を、ずばっと一振り。槍が円の軌跡を描く。

悪魔は黒い羽根をだして、空にとんだ。


杏子の槍はかわされた。悪魔は空へ飛び、逃げた。

「逃がすか!」

杏子も、細切れな瓦礫だらけの地面を蹴り、宙へ飛び立った。


黒い羽を生やした悪魔と、廃墟と化した町の空で、決戦を交える。

槍を突き出し、羽の生やした悪魔の、心臓を狙う。


「あっはははっ、あなたは私に勝つことなどできない!」

悪魔は、壊れた笑みをみせた。


ばさっと羽がはばたいて、悪魔は杏子の突き出した槍をはらりとよけ、仕返しに矢を撃ち放つ。

「あう──っ!」

かろうじで、赤い槍を回し、矢を受けとめる。槍の柄に矢が直撃する。矢はバチっと邪悪な電撃を散らして、
軌跡を転じてどこかへ弾けとんで、崩れたビルに当たって砕けた。


「杏子。私はね、あなたは、いちばん冷静さがあってで沈着な魔法少女って思っていた。
無駄なことを重ねない魔法少女とね」

悪魔が語り始める。黒い、悪魔の翼が、ばさばさと廃墟の空にはためく。

「けれど、あなたも人の子ね。正義とか、勇気とかいっているうちは、悪者を懲らしめることはできるんでしょうけど、
悪魔には打ち勝てない。あなたの正義はこの世界のどこにあるというの?世界は、わたしの庭だというのに!」

杏子は、いったん、廃墟のビルに降り立つ。そして、足に力こめて、再び飛びあがった。


悪魔が弓を放つ。弦がしなり、邪悪な紫の閃光が迸る。その光を裂いて矢が飛ぶ。


杏子は、矢をかわし、空を浮きながら、悪魔に接近し、背後をとるようにして、槍をふるった。

この悪魔の翼を裂いてやる。


背後をついて槍を伸ばしたつもりの杏子だったが、悪魔に通用しなかった。

悪魔は攻撃の気配を察知して、杏子の槍が突かれる一歩手前で、ふり返って、上半身を反らすと槍をよけた。

そして、通り過ぎた杏子を睨む。杏子もにらみ返した。


目が合う、悪魔と杏子。


杏子は、悪魔を捕らえそこねて、槍は空を裂き、攻撃は無駄になった。

ひゅーっと悪魔の傍らを通り過ぎて、やがてスタっと廃墟のビルに着地、また飛び立つ。



悪魔は天空でバサバサと翼をはためかせて、大地に強風を引き起していた。



その猛風と突風の嵐のなかへ、決死の杏子が飛び込んでゆき、渾身の槍の一撃を、悪魔に加えるのだ。


嵐のなかで大地を覆う瓦礫の山は、竜巻に覆われたように、円を描いて飛んだ。

ビルは倒壊していく。



”あたしが、この悪魔の目を惹けるならなんでもいい!”


強風の中を吹き荒れる瓦礫とガラス、コンクリート破片に、顔じゅうが裂かれながら、杏子は心で思った。


”さやか、頼んだぞ。悪魔を倒す神の子を、つれだしてくれ!”

今日はここまで。
3日後くらいに、つづきを投下する予定です。

>>422
キャラdisがしたけりゃお前がブログでも立ち上げて>>1と一緒に篭ってろよ
ここまでキャラ全員をdisりまくってる叛逆SSも他に無いわ

ほむら厨はそっ閉じもできないのかよ……

さやか達には頑張って正常な世界とまどかを取り戻してほしい

なんで円環の理が存在してるのに魔女化するんだ?


悪魔弱すぎね?宇宙を壊すつもりかと言ったさやかが道化だな

>>444
全員の意見の総意みたいに言うんじゃねえよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwカwwwwwスwwwwwwwww
お前こそ回れ右して自分のブログしこってろwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ほむら厨はネットのルールすらわからないほむらと同じアスペなの?wwwwwwwwwwwwwwwwww

422発狂ww
案の定荒らしだったか


ほむら全肯定しか許さないほむら至上主義にが何を言ってんのwwwwwwwww

皆さん!SSは読者の意見に従うべきですか!?従わないべきですか!?
ハイ!中沢くん!!

作者の自由に書くべきだろ
いい加減黙れやアスペ野郎

どっちの信者もアンチもうざいから黙って読もうね
汚い言葉をなげたいなら議論スレでも口論スレでもたててやれ

内容が酷ければ叩かれて当然だろ

>>455
酷いのはお前の主観だろバカwwwwwww
お前が嫌いで楽しんで読んでる人もいるのに自分の感性が全てだとかと思ってるとか痛すぎwwwwwwwww
嫌ならそっ閉じして自分の好きなもの書けボケwwwwwwwww

触るから増長するんだから見かけ次第NGぶち込める環境で閲覧しろや
他のスレでも自動的にNGになってくれててることもあってお得だぞ

ここの杏子が言ってることって自分達が死ぬのが嫌だからまどかを犠牲にして助かろうっていう愛と勇気の欠片もないことなんだけど作者はわかってる?

>>458
ほむらのやってる事ってまとかさえ無事なら他は皆死ねって言ってんのと同じだよね?
それを肯定するのって愛と勇気と真逆の欲望とエゴの物語を肯定する事に他ならいなんだが?
ほむら厨はブーメラン好きだなwwwwwwwwwwww
ほむらと同じで無能なのwwwwwwバカなの?wwwwwwアスペなの?wwwwww

もう通報した方がいいんじゃないか
昔と違って今は警察にも連絡いくようになったし。
延々と草生やしてアスペだのなんだの酷すぎたろ

>>460
荒らしに言われたくないわwwwwwwwww
逆恨みが得意な半島人なのwwwwwwwwwwww
ほむら厨はwwwwwwwwww

うーん、ほむらの行動が中途半端な気がするな
0か100かの極端な行動に出る子なんで見守るにしても徹底的に距離を置くか
逆に常に傍にいて溺愛するかのどっちかだと思うので
あとむしろ自分の変化には敏感なキャラだと思うので、まどかへの想いが修正できないまでに歪んできたと察したら
自らの純粋性を守るのと、何よりまどかを傷付けまいとして己を処断すると思う。

設定と展開があまりにもアレ過ぎて全方位から呆れられてるだろこれ
半芝の馬鹿が一人発狂してるのが良く分からんが

というか擁護の半芝は>>1の自演だろ

ここまで堕ちきってるならリボン返さないと思うんだ
なんか魔法少女のほむらはもう消滅していて、ほむらの姿をした悪魔ってことなのかもだけど
それでも中途半端さが否めない
それと呪いの処理をさせるためにインキュベーターをわざわざ支配下に置いたのに易々解放する筈がないし

マジでうぜえなほむら厨よう
巣に篭ってオナニーでもしてろやカス
嫌ならそっ閉じしろよ。掲示板ルールすやわからないのか?死ね

>>464
何回注意してもやめねえくせに何を言ってんだwww
お前こそ何回も連投してんじゃないの?

作者の解釈で好きに書いてるんだからいいだろうに
二次創作のメモ帳の落書きみたいなもんなのに
嫌ならそっ閉じしろよ、同じ事を何回もやって幾つかスレを潰すから
だから彼方此方で嫌われんだよほむらの信者は

談義スレで話題にあがっていたから読んだけどあまりに酷くて途中で断念した
誰か3行でお願い

[田島「チ○コ破裂するっ!」]だのカスだのアスぺだの半島人だのを草生やして吐きながら掲示板のルールとか語っててワラタ

>>462
ほむらを美化しすぎじゃない?
皆と決別までしたほどなんだし、虚淵も言っていたじゃない
ダースベイダーみたいな形で成長して己の欲望に正直になったって
それならやっても不思議じゃないでしょ?

他の文句を言ってる人もそうだけど
二次創作なんだから合わないなら黙って立ち去ろうよ?

>>468
さやかクズほむらクズ
>>1クズ
外野クズ

>>469
何回も荒らすバカが自分を他に挙げてるなwwwwww

>>469
何回も荒らすバカが自分を棚に上げてるなよwwwwww

擁護する側の方が発狂しててワロタww

>>5で挫折したけど名前しらねえやつを最高の友達扱いしてるのは伏線なのかだけ聞きたい

NGできる環境で閲覧しろゴミどもてめえらも無自覚な荒らしだクズ

>>465
円環だった頃の記憶が微かに残ってんだろう
これから展開の伏線だろ
そんな事すらわからないの?バカなの?死ぬの?

>>468
談義スレでも話題になったのはほむら信者のマナーの悪さだろうに・・・

最高の友達と言えるほどには戻ってるのか
ふーん

あれだ
俺の考えた凄い理屈を見てくれ!
だけで書くとこうなるって見本のようなSSだな

設定破綻を指摘したらほむら厨扱いされるとか酷いな

いがみ合うのはもうやめて!
もとのピュエラ・マギ・ホーリークインテットのファンに戻って!

ちょっとでも否定的な書き込みがあると「ほむら厨ガー」を連呼しながら
ほむら+ほむら厨とやらを口汚く罵って暴れるキチガイが湧くのはいつものことじゃん

つまりほむらアンチが書くほむらアンチのためのSSというわけか

設定やら展開やらが穴だらけの糞SSにここぞとばかりにアンチが群がってくるだけ

ああごめん群がってくるって言うと何かたくさん居るような意味になっちゃうな
実際の中身は一匹か二匹だろう

ぶっちゃけ設定の矛盾とかキャラクターとかずれてんなとか思うけど文章力がある方だと思うから面白いし作者は好きに書けばいいと思ってるけど設定改変やアンチ?傾向があるなら最初に明記しといたほうがある程度トラブル回避になると思うよ。

68


美樹さやかは、教員たちの呼びとめを無視して、体育館を飛び出した。

「つながって……お願い!」

携帯電話に耳をかけながら、さやかは呼びかける。


鹿目まどかに呼びかける。

悪魔と神の最終決戦のときだ。


「どうしても力が必要なんだ……お願い神様、力を貸して!」


そうだ。そうだった。

なぜ、このほむらの庭が始まって以来、さやかはほむらを敵だと直感してきたのか。

円環の理の使いだった記憶が、わずかでも、のこっていたから。あいつが悪魔だということだけは、忘れなかった。


だからこそ、鹿目まどかをほむらが、理と人格に引き裂いた危険を、どこか本能的に知っていた。

円環の理には、何か起こってしまう、と。


今もうはっきりした。もう、靄がかからない。

仮にどんな記憶操作したって無駄だ。世界は終末のとき。平穏には戻らない。

この世界がはじまったばかりの、うやむやなときだって、さやかはほむらを、世界を壊しかねない敵と感じてきた。

最初の予感は、この世界のおかしさ。


ほむらの結界、つまり、くるみ割りの魔女の結界では、佐倉杏子とは学校に共に通う仲だった。

悪魔の改変のあと、佐倉杏子をさやかの自宅に紹介したら、さやかの親は、こんな子しらないと言い張った。

さやかは杏子のことを説明した。そしたら、親は怒ってしまった。


「どうして、無理心中した新興宗教一家の娘を、ウチが養って、学費まで払って、学校に通わせるんだい!」


さやかの親は杏子を追い払った。

杏子もそれで、見滝原中学に通うのが本来の自分でない違和感に気づいた。

「そもそも、小学校の学習も、中学の基礎学習も習ってないあたしが、どうして学校に通い続けてるんだ?
ぜんっぜん、授業の内容についていけないぞ?」

ほむらの幻想に付き合わされた杏子は、過去の自分を思い出した。制服姿のまま学校に通う杏子の姿はなくなった。

さやかは直感した。


この悪魔世界は、改変が完璧ではない!むしろ、不安定で、矛盾が多くて、悪魔の思い通りになってないことが多い。

たったの五人くらいの魔法少女と数人の女子生徒、先生たちの意識を呼び込めば成立したくるみ割りの魔女の結界、
つまりソウルジェムの殻の中だけでできあがっていた結界ならまだしも、70億人を取り込まなくちゃいけない悪魔世界は、
何もかも悪魔の望むとおりには、いかなかったわけだ。

思い通りにならないということは、悪魔はそのうち、心に不満を覚えることが多くなる。

他でもない美樹さやかがそれを体験してきた。


他のどんな魔法少女だってそうだった。自分の欲望、希望、願いが実際に実現したとき、
必ず思い通りにならないことが次々と起こって、ついには、あんな願いしなければよかったと心に後悔がよぎり、
絶望に身をおとす。

魔法少女は魔女になる。


しかし、悪魔が絶望したら、どんなことがこの世界に起こるのか。ただの自称悪魔が、本物の悪魔に成り果てるのか。

考えただけで、恐ろしい。ほむらには悪いけれど、この世界を正さないと、手遅れになる。


さやかにはその直感があった。

いよいよ、その直感は、鮮明なものとなる。はっきりしてくる。


さやかは走る。見滝原は一面の廃墟になっていた。

瓦礫の海だ。すべて灰色。ビル群は崩潰してヒビ割れ、傾く。街灯は全て倒れた。電線はすべてショートし、
地面に垂れ落ちる。


全世界の魔法少女が、神の兵となって、悪魔を打ち倒す時!

ハルマゲドン、最終戦争、終末。


足の踏み場もないコンクリート断片の山となった瓦礫を走ることは、危険だ。

だが美樹さやかは走る。彼女を捜し求めて走る。一体、鹿目まどかはどこにいってしまったのか。


そのとき、電話の通話が始まった音がした。

69

鹿目まどかは悩んでいた。

川を手すりごしに眺められる、見滝原の河川敷そばの公園ベンチに、座っていた。

倒壊した町の、倒木や家々の断片を運ぶ川の氾濫を眺めながら、世界の終わりを感じ取っていた。


空は灰色の雲が覆い、吸う空気は重たい。


誰一人いない。

公園の並木にふきつける強風が、樹木の緑の葉をゆらす。冷たい風が空気を切る。


そんなとき、携帯の着信があった。

家出を決意したときしょったチェック柄のリュックサックから携帯を取り出す。


着信中...美樹さやか。


まどかはこの着信に出るか悩んでいた。


たぶん、アメリカから帰国して数日の頃だったら、よろこんで出ていた。

でも、今となっては。


もう自分が何者かも分からないし、学校の教室を破壊してしまった。しかも、自覚のない未知の力によって。

ひょっとしたら町すら倒壊させているかもしれない。


それを思ったら、鹿目まどかは、美樹さやかの着信に出る勇気が出なかった。

いや、勇気が出ないというか、もう、嫌だった。


人に構われるのが。


世界のあらゆる人は、忘れているのに、どうして構うんだろう……私なんかに…。

そんな気持ちですらあった。

美樹さやかの着信は続く。何十回コールを無視しても、なり続ける。

まどかが出るまで諦めないという電話着信にそれは思えた。


「…どうしてなの…」


悲劇的な気持ちになりながら、着信ボタンを押す。

もう、鹿目まどかにはわかっていた。


この電話が悲しみの電話であることを。なぜ世界は終わりを迎えるのか。鹿目まどかとは何者なのか。

それを教えられる電話である気がしていた。


怖かった。通話をとるのが。

「…はい」

暗い声が電話に応えた。


「…あっ!?まどか?聞こえる?私の声が聞こえる?」

慌てた様子のさやかの音声が電話から鳴った。

「…聞こえる」

まどかは静かに答えた。



「まどか、無事?よかった。いまどこにいるの!?」

さやかの声は、とても焦っていて、切羽詰っている。問われる今の居場所。

「教えて!まどか、いまどこ?自宅?」


「…」

まどかは何も応えない。無口になる。口を噤み、暗い表情をする。


「…まどか?」

訝る電話の音声。「どうしたの?まどか。今、家族といるの?…でも、どうしても知ってほしい話があるんだ。
あたしと一緒に来て欲しいところがあるんだ。それも、今すぐ。危ないから、あたしと合流しよう。場所を教えて!」


幼馴染であるさやかが、必死になっている声が伝わってくる。

たぶん、本当に、さやかは今、大変な危機に直面していて、まどかに助けを求めているのかもしれない。


それとも、世界が破滅しつつあることについて、責任を追及するつもりなのかな?

私が壊したのは教室だけでなくて、世界そのものだった。ぜんぶ、まどかのせいだったんだぞ。


怖い。これ以上、さやかの声をきくのが怖い。

一体どんなことを言われてしまうのだろう?


「まどか?お願い、答えて!いまどこにいるのか教えて!」

だが運命は残酷だ。

さやかは結局、わたしに真実を告げるまで、この電話を終えるつもりがない。


「…川辺のほとり」

消え入るような声で、まどかが携帯電話に答えた。

声は震えていて、頬を一滴の涙が伝った。


「風力発電のそばの堤防の…」


「あそこだね!?分かった!」

さやかの活気付いた声がした。

「いまそっちいくから、まってて!」

通話はプツンと途切れた。ピ。さやかの通話終了ボタンを押す音が、スピーカーに聞こえた。


ツー。ツー。ツー。


まどかは、ぼんやり、暗い空をみあげた。びゅううと冷たい風の絶えない、黒雲の空を。

川に流れる倒木と住宅の数は増える。

湿った木片がぷかぷか水面に浮いて、流されてゆく。


運命はこの川のようだ。たくさんの不幸を飲み込んで、容赦なく一方向に押し流してゆく。

70

数分後、ベンチに座っていたまどかの下に、青い髪をした少女が走ってきた。

たったったと、手すり側の道路を走り、川辺沿いに急いでむかってきた姿は、美樹さやか。


「まどか!」

ベンチに、背中を丸めて座る気弱な少女を見つけて、名前を呼ぶ。

駆け寄ってくる。


「どうしてこんなところに?家族は?まどか、それ……」

さやかは、まどかの様子のおかしさに気づく。

学生かばんではなく、チェック柄のリュックサックをしょっていて、まるて遠足かピクニックにでも
出そうな荷造りをしていた。


「家出、…したの」

まどかは、そっと囁くように、悲しげに、さやかに言った。

「学校もいかない。教室を壊しちゃったのは申し訳なかったし……みんなにすごい迷惑もかけちゃったけど……
でも、弁償だってできない……ううん。わたしは学校にもお家にもいちゃいけない。そんな子だった…」


ちがう、ちがうんだ!まどか!

まどかは、いちゃいけない子なんかじゃない。


鹿目まどか、あんたは、わたしたち魔法少女たちにとっての希望。救済の人。さあ、思い出して。

どれほど、今まで、多くの魔法少女たちを救ってきたのかを。それがまどかの願いだった。


さやかはまどかに言い寄る。

「……まどか、きいて、大変なんだ!」

さやかはまどかの座るベンチに近づいて、まどかの腕を掴んで、杏子と共に戦うための増援として呼びかけようとした。

事態は一刻を争う。

「杏子が大変なんだよ。あたしも戦いにいくけど、まどかの力が必要なんだ。お願い、今すぐ、わたしと一緒にきて!
あまりうかうかしていられないんだ…!」


まどかの目に怒りがこもった。さやかをみあげて、そして、睨んだ。


「まどか!」

さやかは、あくまでまどかを引っ張り出そうとする。戦場に。

「杏子が、いま、ピンチなんだ!ほむらと戦ってる。マミさんもなぎさも魔女になったって…。
あとは、ほむらと戦えるのは、杏子とあたしとまどか……」


「来ないで!」

腕を掴んでくるさやかの手を、まどかはふりはらった。

ベンチから立ち上がり、さやかから数歩ひいて、距離をとった。

「…まどか?」

しばし、何が起こったのか分からず、きょとんとなるさやか。


一方、まどかは、さやかのことを睨んでいた。

それは、本当に、怒っていて、しかも、悲しい顔だった。

ズキっ、という痛みが、さやかの胸を打った。


「さやかちゃん、私は…」

おこっていた顔は、すぐ、泣き顔に変わってきた。

「杏子ちゃんなんて人、知らないし、ほむらちゃんと戦ってるって、話も、私にはよく分からないの。
知らない人のために、戦え、なんて、ちょっとひどいんじゃないかな……」


「あっ、ああ、そっか」

あまりにも事態が緊迫としているので、うっかりしていた。

さやかはまどかに謝った。

「そうだよね。ごめん。まどかは杏子を知らないんだよね。杏子はね、あたしの友達なの。なんつーか、
喧嘩してたほうが多かった気もするんだけど、腐れ縁みたいな感じで付き合い続いちゃってさ。…………とにかく、いま、
悪魔と戦ってる。正義の味方ってわけ。さあ、まどか!一緒に、悪を倒そう!ほむらをやっつけるんだ!」


今度こそうまく説得できたと思った。

まどかと手を繋ごうと、手を伸ばして差し出した。


円環の理の使いだったわたし。神さまを助け、いざというときは記憶を呼び覚ませる役目をもっていたのは、
なにも、今に始まった話じゃない。ほむらを助けるため鞄もちになったときからそうだった。


「…やだ…やめて…」

しかし、まどかは、怯えていて、怖がった目を、さやかに向けてきた。

「ほむらちゃんをやっつける…?悪魔と戦ってる…?さやかちゃん、なんか変だよ……おかしいよ!」


「…へ?」

さやかは、まどかの言ってることがあまり分からなかった。

頭の中がぽかーんとなる。


「さやかちゃん、私は一週間前に、アメリカから帰ってきた見滝原中学の転校生だよ…?」

まどかが語り始めた。目に透明な滴が溜まっていた。

「なんの話かも分からないし、さやかちゃんたちが、ほむらちゃんと戦っている理由も分からない。
ほむらちゃんは、変なところもあるけれど、転校初日に、学校案内もしてくれたし、お弁当も一緒に食べてくれるし、
授業で使う教科書の範囲だって教えてくれて……」


「ちがうよ。まどか、それ、ちがうんだ。暁美ほむらの本当の姿じゃない!」

さやかは、もどかしくなってきた。

今も杏子が、悪魔と命すり減らして戦っているのに、目の前の鹿目まどかは、学校生活のほむらのことを話している。

なんとかこの誤解を解かないと…!

鹿目まどかとは、円環の理。魔法少女を救ってきた。しかし悪魔によって、今は、その力を忘れさせられてる。

なら、鞄もちでもあったさやかの使命は、まどかに力を取り戻させること。


「杏子から教えてもらったんだ。ほむらの本当の企みを。インキュベーターと手を結んで、すべての魔法少女を魔女に貶めようとしてる。
すべてあいつにとって都合のいい世界にするためだ!まどか!たくさんの魔法少女たちが、いま、絶望に呑まれようとしてる。
思い出して!救済してきた、まどかの本当の力を!みんなの希望だった自分を!」


ここまで話せば伝わってくれるだろうか。

悪魔の企みが邪悪であること、暁美ほむらこそ魔法少女の敵になってしまったこと、インキュベーターの陰謀と計画。

この危機を打破するためには、まどかの力が必要だ。



「まどか!まどかは!」


さやかは、川辺の手すりの道路を数歩進んで、まどかに、真実を告げる。


「まどかは、円環の理だったんだ!あたしたち魔法少女を、導いてくれた、あたしたちの神様なんだ。…思い出して!」


事実が脈打ち、ドクドクとまどかの心臓に入り込んだとき、まどかは怯えた。

「やめて!」

耳を塞ぎ、さやかの声を遮断する。目をぎゅっと閉じ、拒んだ。

「それ以上なにもいわないで!」


「…まどか!」

さやかは歯を噛み締める。

どうしてまどかは、本当の姿を思い出そうとしないのか。円環の理の力を取り戻そうとしないのか。


「怖いっ、怖いよ…さやかちゃん、わたし怖い……」

まどかは消え入りそうな声で、言った。体が震えていた。

「さやかちゃんの言葉をきくのが怖い……。私が私じゃなくなっていく……そんな気がするの……
私が消えてしまいそうな気がするの……お願い、さやかちゃん、これ以上、私になにも言わないで……」


「そんな…」

さやかは呆然と立ち尽くした。風に制服のスカートがゆれた。さやか本人は、すべて真剣で正しい話をしているつもりなのに。
まどかの願いのことを思い出させようとしたのに。神様は、拒んだ。

「さやかちゃん…私ね…」

まどかは語り始めた。

世界滅亡の瀬戸際、荒れ狂う川のほとりで、かつての親友で幼馴染であった、まどかとさやかが、語り合う。

かつての幼馴染同士は、今は神と魔法少女として。


そこに、なんの心の距離が生まれてしまったのか。


「アメリカから帰国したとき……友達をつくって、お勉強もがんばって、放課後は友達と寄り道したりして……。
そんな毎日を送りたいな、って、そう思ってたの。さやかちゃんにも三年ぶりに会えるし、仁美ちゃんにも
三年ぶりに再会して、また三人でどこかにいけたらなって……。もう中学生になるから、どろんこ遊びは
しないんじゃないかなあって思ってたけど、お洋服屋さんみたり、ケーキ屋さんいったり……そんな日々、想ってた」


「…まどか」

さやかはこのとき初めて知った。

帰国子女としてぽっと現れた鹿目まどかが、実は、14年間の人生の記憶を一人の人間として持っていて、
さやかとの再会をどんなに心望みにしていたのか、さやかをどれだけ大切な友達に想っていたのか。


その心中を初めて知った。


言葉をなくして、顔を落としたさやかに、まどかは言った。


「でももう……そんな日々は叶わない。私も本当は分かっているの。本当は世界に存在を許された子
なんかじゃなかったって……どこにも私が存在した記録も証拠ものこってなかったし、パパとママも、
私の誕生日を知らないって……」


それで、まどかは家出を決意していたのか。

さやかは、やっと理解する。


「だからたぶん、さやかちゃんのいってることは、本当なんだと思う……たぶん私は、円環の理という存在が、
本当の姿で本当の役割で、神様みたいにみんなから存在が知られないんだって……。でも、怖いの!私が世界
から消えてしまうこと、みんなから忘れられることが、つらくてさみしくて、苦しいの…!」


「…まどか…」

さやかは下を見つめてばかりで、悲しげな顔するばかりで、何も言い返さない。


するとまどかは、さやかから離れはじめた。


「だから、ごめんね」

まどかは一言、さやかにあやまって、さやかと別れた。

「ごめんね…私、弱い子で……さやかちゃんの願いに応えられなくて…ごめんね…」

ぺこり、とお辞儀して、頭さげると、背をむけて走り出したのだ。


そして、これが美樹さやかと鹿目まどかの、永遠の別れとなる。


さやかに背をむけて、家出を決意した少女は、走っていった。


どこにあるとも知れずの、自分の居場所を求めて。廃墟の町の焼け跡へ、去っていく。

さやかは追いかけない。

今追わないと、世界は滅亡してしまうのに、追うことができない。

もし巴マミや、佐倉杏子だったら、それでもまどかを追いかけただろうか。


何を弱気なことをいってるのだ、お前は神なのだ、恐れることはない。さあ、悪魔と戦え!
そして概念となって、魔法少女たちを導け!

と、いえるのだろうか。


「いえないよ、あたしには…」

さやかは涼んだ顔をして空をみあげた。


神様を追わなかった自分の判断を、誇りとするように。世界は滅亡するというのに。

世界を救うはずの神を、一人の人間の少女として、見送ったさやかは、自分の判断に誇りをもった。


「……ごめん杏子。神様は味方につけられなかった。でもさ、アタシと杏子の2人で、やっつけようよ。
あたしら、正義の味方じゃん」

終末の空を見上げつつ、呟いた。


さやかは、まどかが去っていった方向から、逆向きに振り返り、そして、ソウルジェムを手に翳した。

そして、変身した。


ぴかあっ…と光が放たれて、さやかは魔法少女の姿になる。

「さようなら……円環の理。そして、待ってて、杏子!」

魔法少女になったさやかは、廃墟の見滝原を疾走しはじめた。



悪魔との最終戦争にむけて。

71

杏子と悪魔の終末へむける戦いはつづいていた。

廃墟の町で繰り広げられる殺し合い。2人は、グリーフシード争いをするのでもなく、
意見の相違でいさかいを起したのでもなく、正真正銘、殺しあっていた。


戦場となる焼け跡は、あちこちに火の手があがっている。町々の瓦礫は、煙をたてる。


悪魔の矢が多量に放たれ、町を破壊し、炎に包まれたからだ。

杏子は悪魔の矢をかわしたり、よけたり、槍で弾き返したりして、悪魔の攻撃に対抗し、悪魔の腹を、
槍で貫こうとしていた。


悪魔の胆を貫き、大地を胆汁で染めよ。


「うおお!」

カラスの翼で空を飛ぶ悪魔に、負けじと、地面をけって飛び上がり、槍を振り回す。

空中のほむらに接近し、槍を伸ばし、すると槍先がほむらの首元へ。


ほむらは、首元をひいてよける。冷徹な目つき。槍が顎スレスレを通り過ぎた。

「まだまだ!」

杏子は、やりすごされた槍を、持ち直し、こんどは横に振り切る。

槍の軌跡が、水平に走る。ほむらの首筋へ槍の穂が迫る。


ほむらは、弓をもちあげて受け止めた。バチン!槍と弓が激突しあう。


しかし、力比べではほむらが勝った。


弓と槍が交差して、拮抗するそれを、ほむらが押し切り、弓を横向きにふるったのだ。

杏子の槍は弾かれて、しかも、弓によって頬を殴られた。


「ぐ!」

杏子は廃墟の空をとび、どこかの倒壊した建物にぶつかり、地面に落ちた。ばったんと、倒れ伏す。

ほむらは、杏子を追い払うと、空をとび、今もまどかに接近しつつある美樹さやかの阻止へむかった。

ひゅーっと翼が音をたてて風にのって飛び、荒廃した建物と建物のあいだを飛びまわり、さやかを止めにいく刹那。


ガラララ。

赤いチェインのようなものが伸びてきて、ほむらの足を捕らえた。

ほむらは振り返る。翼を広げながら、空で。


杏子の伸ばした魔法の鎖が、びしっと伸びていて、悪魔の足に絡んでいた。


「いかせねえよ」


魔法を発動させた杏子のソウルジェムは、赤色から、黒色へ染まる。

ぐいっ、と鎖を手繰り寄せて、悪魔を地上へ引き降ろす。


「あたしと戦え!」


「!」

ほむらは、杏子の、ありったけの魔力を込めた鎖に引っ張られながら、弓に矢を構え、放った。

バチュン!


紫色の閃光が、空に走る。悪魔の矢が飛んでくる。


「はっ!」

杏子は飛び、直後、悪魔の矢が地面に直撃、爆発した。どごぉん!砕けたコンクリートの断片があちこちに舞い飛ぶ。

だが、杏子はその爆発から逃れ、高く飛びあがりつつ、チェインを握った腕を、さらにまた、ぐいと引っ張って、
そのあとぐるりと円を描くように振り回した。


すると、足をチェインに絡まれた悪魔が、ぐるりと円を描くように振り回されてゆき、引っ張られて、
廃墟の砕けた建物という建物に、体を突っ込ませてゆき、がしゃんごしゃんと建物を崩壊させつつ悪魔が建物を突き抜けた。


「これでどうだ!」


杏子は怒鳴って挑発した。


悪魔は、いらいらしてきた。いつまで、杏子の時間稼ぎに付き合わねばならないのか。

建物を五個くらい、貫通して体のあちこちを傷めた悪魔は、足に絡んだチェインを、手に握って砕き、壊した。

そして、建物を突き抜けて落ちた地面に、すっくと立ち上がり、杏子を睨んだ。


「睨まれたって怖くねえぞ!」



杏子は、スタタタタと走って、間髪いれず、悪魔に戦いを仕掛けてきた。

もう、槍先が悪魔の心臓へ伸びてきている。


悪魔は空を飛んだ。建物と建物に挟まれた路地を、ぴょんと高く。

逃げる気だ。

「あんた、アタシたちに不幸を振りまくっていってたな!」

すぐ杏子も追いかけて、飛ぶ。狭い小路の路地裏を。

槍を構えつつ。


「それが、魔法少女の魔女化だっていうのかい。はじめは、随分と都合のいい世界をくれたもんだと思ったんだけどな!」

ぴょんぴょんと路地の壁と壁とを交互に蹴って、飛びつつ、悪魔の高さに追いついて、翼を槍で貫こうとする。

悪魔ははらりとよけ、くるりと向きを翻しつつ、弓を放った。

「あたるか!」

槍をふるい、矢を受け返す。矢は弾かれて、どこかの方向へ飛び、どっかの建物を破壊した。

すると杏子はまた、路地の壁をけって、勢いにのせて飛びながら、悪魔へ槍を突き出す。

「くらえ!」


悪魔はかわす。頬に槍の矛先がかすった。紙一重だ。

かわしがてら悪魔は、杏子の槍の柄を握り、それを、持ち上げて、別方向へ思い切り投げた。


「うわ!」

杏子は、自分の槍が投げ出されて、槍と一緒になって路地の建物の5階の窓ガラスへ体を突っ込ませる。

がしゃーんと音がして、壊れた窓ガラスがさらに砕け、透明な破片がとびちり、杏子は建物の廃墟フロアの中に落っこちた。


誰もいなくなったビルの破壊されたフロアのコンクリート床に、ずざーっと砂埃たてて倒れ、ばたんと伏せた。


ソウルジェムは限界だった。


悪魔には勝てない。

ビルフロアのどの窓ガラスも、廃墟のごとく割れていて、破片だらけだった。

しばらくすると、杏子が仰向けに倒れこんだ建物のフロアに、カツカツというヒールの音が聞こえ出し、
杏子はそれが悪魔の足音だと気づいた。


悪魔は、杏子が吹っ飛ばされて砕けた壁の、たちこめる砂埃が舞うむこうから、うっすら影だけだし、
歩いてくると、やがて姿をみせた。


冷徹の目つき。敵を見下す瞳。

悪魔は、杏子の限界ちかいソウルジェムを見つめた。


「魔法少女って大変よね」

と、冷たい声が言い放つ。

カツカツ、ヒールの音たてて、倒壊したビルの廃墟となったフロアを、歩いてくる。

ビルの骨組構造をしたコンクリート柱が丸見えのフロアであった。


びかっ。ゴロロロ…。

廃墟の町の外で、雷が鳴った。雷光が、暗い廃墟のビル五階フロアにまで、壊れた窓ガラスから入り込んで、白く照らした。


「戦いを宿命づけられた存在のくせして、魔力にはいつも限りがある。戦力を温存するために戦場に赴かないといけない。
アイツらも、よく考えたものね。希望に縋れば縋るほど、喘ぎ続けるしかない。そういう瓶の中に入れられて、
中をころげるだけ。やがて窒息して息を失う」


「あんたが悪魔になってから消耗がはやくなった気がするよ」

杏子は、倒れながら、起き上がりもせずに笑って言った。

ソウルジェムの残量は限界で、体の修復のための魔力残量さえない。杏子は体の各部を骨折していたが、
魔法少女として痛覚を遮断し、立ち上がることもできなかった。


「さあ。それは気のせいじゃないかしら」

ほむらは首を傾げる。

「とぼけるなよ悪魔…」

杏子、憎まれ口を叩く。

「なんのために志筑仁美をナイトメアにした?世界にナイトメアを出現させた?あたしら魔法少女のソウルジェムの消費を、
早めるためだったんだろ。神様が円環の理に戻らないうちに、全ての魔法少女を魔女にしちまって、
そして魔女はあんたが片付ける筋書きだ。そうなればあんたの勝ちだからな。世界のどこの国でも同じことしてるのか?」


「いい読みね」

悪魔は冷淡に言った。

「確かに私の目的はすべての魔法少女を魔女に変え、かつ、私の手で皆殺しにすること。彼女を犠牲にはさせない。
佐倉杏子、魔女になれば、すぐ私が殺してあげる」


「…へへ…神の子はどう思うんだろうな…」

杏子は、笑う。傷だらけの体で、力尽きて倒れながら。

「あんたの愛とやらが成就するか見物だぜ」


「見物になるのはあなたの死に様よ」

ほむらは杏子に近づき、悪魔の矢を弓に番えて、弦をギギギイっと引いた。

くの字にまがる弓弦。

紫色の矢がびかっと煌き、廃墟となったビルのフロアが輝いた。杏子の死を覚悟した顔も紫色に照りついた。

光は強さ増す。

杏子を殺して、さやかが、まどかを見つけてしまうまえに、さやかも始末しよう。

もう、あなたたちとわたしは、仲間ではない。わたしは、悪魔となった。


弓は引かれ、矢は杏子の胸元のソウルジェムをしっかりと狙う。杏子は身動きしない。抵抗なしだ。


今、まさに放たれようというとき、サーベルが飛んできた。

びゅん!と空気を裂いて、まっすぐ、ほむらの頭めがけて。

「…!」

ほむらは反応して、弓を引いたまま背後にふり返って、すぐ矢を放った。


その矢は、飛んできたサーベルに当たり、爆発した。

矢とサーベルの正面衝突だ。


紫色の閃光と、青色の閃光。

光を放つ爆風が廃墟のフロアに溢れる。煙が舞う。風が砂塵を沸き起こらせ、地面は揺らぐ。


パラパラと、断片すら降ってきた。



「いやあーっ、ごめんごめん。危機一髪ってとこだったねえ!」


悪魔が、鋭い目つきをした顔をした。

杏子を殺す一歩手前、サーベルを飛ばしてきた魔法少女の、呑気な台詞が聞こえてきたからだ。


「まっ、ヒーローは遅れてくる、といいますか?魔法少女さやかちゃんの到着だよ!」


青いプリーツスカートに白いマント、手にサーベルを持った青い魔法少女が来た。

72

「おせーよ。さやか」

杏子が、コンクリートの冷たい地面に倒れつつ、笑い、言った。

「神の子は連れてきたか?」


ほむらの目つきが変わる。きっと、鋭く。細くなる。


「いや、ごめん」

さやかは廃墟フロアの地面を見つめた。さっきの鹿目まどかとも会話を思い出して語った。


「まどかはさ……そこの悪魔を認めてしまうようで悔しいけど、やっぱり、まどかだったんだよ。
神様でもなければ円環の理でもない……一人の女の子だったんだ。なのに、アタシらときたらさ、
まどかに対して、魔女を消し去る概念になれとか、悪魔と戦えとか、ひどいことさせようとしてたって、
分かったんだ」


最初は、ほむらによって、まどかが本来の望みすら忘れさせられて、人形のように操られていると思っていた。

すぐにでも、まどかの本当の姿を取り戻さなければ、とすら思って、奮闘さえした。


しかし、この世界に降り立った鹿目まどかが、一人の人間として、自分の気持ちを持っていることを、さやかは知った。

人形なんかじゃない。悔しいけれど、悪魔によって存在を与えられた、立派なひとつの命なんだ。

ひとつの命をもつ少女として、鹿目まどかは存在した。それは、円環の理になってしまうのが怖い、と言った。

だから、さやかは、その少女の気持ちを尊重した。


「なんだそれ?説得失敗ってことかよ」

杏子がははと笑みをこぼした。倒れ伏しながら。

「…」

さやかは、地面をみつめる。


それに、さやかは、ひとつ気づいたことがあった。

いや、ひとつどころではない。悪魔の、言ってることや、やってることには、妙な点がある。

さやかは、ほむらが敵であり、打ち倒すべき悪魔だと思って、ここにきたが、その前に、はっきりさせたいことがあった。


「ねえほむら、いま世界で起こってるこの魔法少女が魔女になる現象。これってぜんぶアンタの仕業なの?」


「…」

悪魔となったほむらは、鋭い眼つきをして、暗闇の廃墟フロアに立ち、さやかを睨むだけだ。

ゴロロロロ…。

建物の外で、また、雷がおちる。壊れた窓ガラスから、雷光が走る。廃墟フロアが照らされる。


杏子なら、この、世界で起こってしまった希望と絶望のサイクルは、悪魔の仕業だと思って疑問も抱かないだろう。

それは、仕方ない。円環の理に導かれたことがない魔法少女だから。


けれど、円環の理に導かれ、そのあと姿を与えられ、いわゆる鞄もちさえした記憶がはっきり鮮明に蘇りつつあるさやかには、
この世界で起こっていることがどんなにおかしいのか、ぽつぽつ疑問が浮き出てくる。


まず一つ目。

そもそもどうして、この世界では魔法少女が魔女になるのか?


円環の理が機能を失った?だとすれば、なぜ?この悪魔が、円環の理を壊したとでも?

それはおかしな話だ。杏子には、悪魔の所業と思えるのだろうけど、さやかには、そうじゃないとわかる。

悪魔のしたことは何か?

円環の理の導きがついにやっときたときに、その救済に叛逆して、女神から、人格、そして記憶を奪いとった。

”人格”と”力”に、切り離された。


それとも、それに飽き足らなくて、人格をもった鹿目まどかという少女を神格化から救うために、本体である”力”すら、
ほむらは奪い取ってのけたというのか。円環の理を打ち壊したというのか。


さやかには、ほむらはそんなことしていないという直感がある。


暁美ほむらにとって、円環の理は、鹿目まどかの願いそのものであって、それを全否定までする気を起すことが、
さやかには信じがたいことだった。


ほむらにとって、人格となった少女も、鹿目まどかであるし、残った円環の理のシステムも、鹿目まどかであるはずだ。

どちらかひとつがとりわけ大切、というのでなくて、どっちもほむらにとっては大切なはずだ。


切り離しはしたが、どっちも大切に想っているはずだ。

だとしたら、なぜこの世界で、魔法少女が魔女になるのか。

そうなって得するのは、どういう連中なのか。


そもそも、暁美ほむらが悪魔となりはてたのは、だれがほむらに何をしたからか。それはどういう目的があったからか。


さやかは確かに、この世界が始まってから、ほむらが敵だと直感してきた。

ほむらは、世界を滅ぼすこともしかねない、悪魔だ、と。


けれど、忘れてしまっていた。ほむらが悪魔であることだけは忘れない、と頭に刻み込んだおかげで、魔法少女にとって、
他にも危険な敵がいることを忘れ、人類に害を及ぼす敵がほむらだけだと限定してしまった。


二つ目。

インキュベーターは人類から手を引いた、と知らされた。

少女と契約しないことで、魔法少女の数を地球上から減らし、ついにはゼロにして、
魔獣やら魔女やらに人類を喰わせようとする連中の計画。人類滅亡計画。呪いの処理の放棄。

これもおかしい。


「ねえほむら。それにさ、インキュベーターが地球から撤退した、っていってたじゃん。それって、
あんたがアイツらが地球から離れることを許したの?あんたからそうさせたの?それとも逃げられちゃったの?」


「…」

悪魔は、冷たい顔をし、口を噤み、鋭い眼つきを変えない。


「…はあ」

さやかは、ため息とともに、サーベルを肩にのっけた。

「ねえさ、ほむら。前にもいったじゃん。全部ひとりで抱え込むんじゃないよって…。教えてよ。この世界で起こってること。
説明がほしいよ。でないと、あたしまた間違えちゃうじゃん。」

さっき、まどかに、円環の理の宿命を迫ったみたいに…。

さやかは、先日の魔獣退治で稼いだグリーフシードのいくつかを、杏子に投げ渡した。

廃墟のフロアを、四角いキューブが飛び、杏子はそれをキャッチする。

「…あなたたちに教えることなんて何もない」

悪魔の声は、冷たい。美樹さやかたちに、何も頼らないと決め込んでいる。

「この世界には、魔法少女が生きることは許されない。わたしが一人残らず、殺すしかない。いったはず…」

弓をもち、戦闘態勢をとる。


杏子はすっくと立ち上がる。魔力を回復し、ソウルジェムを浄化し、戦闘態勢に立つ。


ほむらの後ろには、佐倉杏子。前には、美樹さやか。

挟み撃ちだ。


「勝ち目があると思う?」

冷たい声が、杏子とさやかの2人に告げた。


「そっか。あんた、アタシたちと決別してるんだね」

未練は残る。

記憶が鮮明に蘇り、円環の理の使いとして、ほむらを助けにゆき、そうまでしてほむらを救いたかった女神の想い。

それが、こういう結果に終わることが。残念だ。


でも、悪魔は聞く耳もたないし、というより、もう、わたしたちとの決別をとっくにしていて、その決意が、
変わらないのだ。

「戦って明かすしかないんだね!」


さやかはサーベルを握って、ほむらめがけて走り出した。

杏子も走り出した。槍を手に構えつつ。


ほむらを挟み撃ちして駆け出す前後の2人は、同時に、悪魔に攻撃をしかける。


「それ!」

さやかはサーベルを突き伸ばした。

はらり、と黒髪をなびかせてよけるほむら、剣先は当たらない。胸をすれすれにしてかわす。

「これでもくらえ!」

杏子が槍を水平にふりまわす。ほむらの顔面に迫る。

ほむらはすると、頭をさげて、胸を反らせる。その真上を槍の軌跡が通り過ぎた。優雅に黒髪がゆれた。


「隙ありっ!」

背後にまわりこんださやかのサーベルが、ほむらの背中を狙う。「これでどうだ!」

サーベルの剣先は、まっすぐのび、ほむらの背へ。

ほむらは気づいて、くるっとさやかに振り向いた。剣先をかろうじでよけて、さやかの真ん前に立つ。

「…は?」

さやかは目を大きくした。


次の瞬間、ほむらの持つ弓が、力いっぱい振り回されて、さやかの頬を直撃、吹っ飛ばされた。

「あぐ!」

さやかは、廃墟となったフロアのラーメン構造をしたコンクリート鉄筋柱の一つを叩き割る。

そして地面に倒れ伏した。白いマントがはたっ、と風になびいた。


「余所見してるんじゃねえ!」

杏子の槍が再び伸びる。

弓をふるってさやかを殴ったほむらの後ろをとり、腰に槍を刺そうとする。

ほむらはまた、くるりとまわって、槍を伸ばした杏子の背後を逆にとった。


「なっ…!」

杏子が、槍を突き出しながら、ほむらの俊敏な動きに目を瞠っても、もう手遅れ。

ほむらの動きはまるで円舞を踊るかのようだ。どの攻撃も、あらかじめ知っているかのように、
華麗にかわしてのける。


澄ました顔したほむらは、杏子の槍をやりすごして、平静に、背中を弓で叩いた。

「あぐ!」

背中を弓で叩かれた杏子はバタンと倒れ伏した。


さやかは立ち直り、タタタと走ってくると、サーベルをふるって、ほむらに斬りかかった。

ほむらは弓で受け返した。バチチ。紫と青の魔力が衝突しあい、火花を散らす。

「ほむら!こんどは何抱え込んでるのは知らないけど、そんな調子じゃ、まどかを悲しませるだけだよ!自分で気づかないの?
さあ教えてもらおうか!インキュベーターは今どこにいて、何してるっていうの!」

「おめでたい人。何度いわせる気?インキュベーターは人類から手を引いたの。魔獣にしろ魔女にしろ、
それを倒す魔法少女が契約で新たに誕生しない未来は、もう、闇なのよ。そこを生きる悪魔が私」


「だから、それを一人で抱え込むなって、いってるでしょうが!!」

さやかはサーベルをふるい、ほむらに、何度も斬りかかる。

ほむらはサーベルの斬撃をみきって、かわしてゆき、そして弓弦をふるってさやかを追っ払う。

「あぐ!」

弓を腹にうけたさやかは、また廃墟フロアでふっとぶ。ラーメン構造をしたフロアの柱に当たり、柱は砕けた。

「さやか!」

杏子が走ってくる。「ほむら!てめえ!」


今度は杏子の番。ほむらの弓と、槍が、激しく交わる。ガチンガチンと、あちこちで2人の武器が激突し、
火花を散らした。


そのたびに紫色や、赤色の閃光が、暗い廃墟フロアをぎらつかせて照らした。


ほむらの庭の創造から6日目は、やがて、夜を迎えた。

73

戦果は、悪魔の勝利だった。

五分五分の戦いにみえたそれは、実際には、あまりに絶望的な戦いだった。


悪魔と魔法少女の決戦の、最大の違いは、悪魔は力を使い放題だが、魔法少女たちには魔力に限りがあることだった。

つまり、美樹さやかも、佐倉杏子も、魔力を使い果たした。

全てのグリーフシードも使い果たして、かつソウルジェムの残量も使い果たした。


2人のソウルジェムは黒くなり、魔力が尽きて、2人の変身は解けた。そして、さやかも杏子も、2人ともバタリ、と、
廃墟フロアの冷たいコンクリート地面に突っ伏して倒れた。

普段着のパーカーと、見滝原中学の制服に戻った、杏子とさやかの2人は、2人で廃墟ビルの天井を虚しくみあげた。


悪魔は去った。

2人の染まりきったソウルジェムを見て、もう相手しなくなって、廃墟ビルの壁にあいた穴から町へ飛び去った。
焼け野原の町へ。


「…バカ。だから、神の子を連れて来いっていったんだよ」

どろどろと澱んだソウルジェムを、手に握りつつ、杏子は声をだして呟く。

もう、ほんのわずかな体への刺激が、魔女化を呼び起こしかねないくらいの状況だ。

「あっはは……ごめんね、杏子。アタシたちだけでいけるかなーっと思って」

傷だらけなさやかも、手元に青いソウルジェムを握っている。しかし、青色といっても、
深海の底のように澱んでいて、輝きはない。


「魔獣を倒して町の平和を守るのが魔法少女だと思ってた」

杏子は、何もかも諦めた声を出して、人生を振り返る。

「もとはといえばそういうの、憧れてたし。けど。それが、鹿目まどかってやつの願いの上に成り立ってた、
あたしらの像だったなんてね。本当は、人を呪う魔女の姿だったんだ」

「円環の理になることを決意したまどかと、今、この世界にいるまどかは、ちがうんだ」

さやかは語った。アメリカから帰国子女として日本に戻ってきたまどかとの思い出を。それは、たった6日間の思い出だった。
さやかからしてみれば、そのまどかとは友達というより、神の子であった。

むこうが、どんなに、さやかのことを親友だといっても、さやかには、神の子以上にはならなかった。

それでも。

最後の最後には、理解することができた。今のまどかの心情を知ることができた。

だから、さやかはやめた。今のまどかに、神の子である宿命を迫ることは。


結果としては、悪魔の勝利に終わった。


「不器用だなあ、あたし」


廃墟ビルの、激しい戦闘の跡か残っているフロアは、コンクリートの柱があちこち破壊されていて、
瓦礫と断片が、床にちらばって溢れている。


「世界の魔法少女の絶望と、たった一人の、あたしを親友と呼んでくれた子の命とを、とっさに正しく選べないなんてさ。
あたしら、魔女になったら、悪魔に殺されちゃうんだろうなあ」


マミさんだったらどっちを選んだだろう?なぎさだったら?他の魔法少女たちは?どっちを選ぶ?

杏子もさやかも、2人で頭を並べて、天井をぼんやり眺めていた。力をなくして。



たぶん、世界中でも同じことが起こっているのだろう。

東洋でも、西洋でも、はるか南の国でも、インキュベーターが人類から手をひいて、魔女ばかりが数を増してゆく。

戦闘疲れした魔法少女たちはやがて魔力残量を尽かせる。


なのに、魔女は一日、一日追うごとに、倍に増していく。

ナイトメアさえいるし、魔獣だって沸く。世界はメチャクチャだ。破滅の世界だ。


そして、全ての魔法少女が魔女となり、魔女が焼き滅ぼされたとき、悪魔の世界が実現する。

まどかとほむらの2人が生きる。行き着く果ての楽園か。

「あたしが魔女になったら……さやかが殺してくれ」

杏子が、口からぜえぜえ、絶え絶えな息を吐きながら、言った。

「悪魔に殺されたくない。これでも教会の娘だったんだ」


「やだよ…杏子。あたしに殺させないでよ」

さやかのソウルジェムは黒い瘴気を放ち始める。

ああ…。私の魂から、邪悪なものが噴き出ている。なんて穢れているんだろう。

奇跡の代償は重すぎる。これを、軽くしてくれたのが、いや、希望のまま終わらせてくれたのが、
神様だったのに。

今の鹿目まどかはそんな記憶はない。魔法少女のまの字も知らない。


「魔女になりたくないのら、自分でソウルジェム……叩き割ってよ」

諦めた声で、さやかが言う。


「だめなんだ……できない」

杏子は語った。その顔も体も、傷だらけだ。

廃墟ビルのフロアは、槍の切り傷がコンクリート壁のあちこちに生々しく残されていて、
サーベルの裂いた跡も、柱のあちこちに刻まれている。

悪魔の放った弓矢の火が、崩れた柱の瓦礫の山の上で燃え続けていて、赤々と光を放っていた。


「父さん…ごめん」

杏子は、目に涙ためて、口を手で覆って、父に謝った。家族心中して、今も地獄にいる父にむかって。

「最後の最後……父さんの教義、守れなかった。こんな娘で……ごめんなさい」



ソウルジェムが孵化をはじめる。

「───ウッ!」

杏子の顔が苦痛に歪む。全身に走る邪気に、寒気がする。脱け殻から魔女が誕生する瞬間がきた。


「杏子!」

さやかは、最後の力を出し絞って起き上がり、魔女化のはじまった杏子の体をゆさぶった。

「しっかりして!杏子!あんた、言ってたじゃん。この力で好き放題するんだって……自業自得の人生を、
これからは取り戻すんだって……そんな終わり方でいいの?杏子!」


悪い夢をみた、といっていた。

さやかがいなくなってしまう夢。それは、夢じゃなくて、むしろ現実だったのか。

いや、現実は、杏子の魔女化と、さやかの魔女化。

「あうう!」

ソウルジェムの黒みが増す。もう、ソウルジェムの形をしていない。魔女の卵の形をしている。

軸が通り、結界を生み出している。


「杏子のバカ!」

さやかは叫んだ。

「魔法ってのは徹頭徹尾、自分のために使うものなんだって。今のわたしには分かるんだ。あんたの言葉が。
人のために魂を捧げるって、むなしい。だから、杏子!あんたが魔女になったら、あたしは、
だれを見て生きていけばいいの?杏子…!」

たしかに美樹さやかには、命をかけても叶えたい願いはあった。

しかし、叶ったあとの人生は?ぽっかり、空洞ではないか。願いごとがあったから、と言い聞かせても、
むなしさは、毎日、つきまとう。それを、これからは自業自得の人生を取り戻せと勇気付けてくれたのは、
杏子だったのに。

思いもかけず再び人の人生を与えられたって、魔法少女として生きるんじゃ、杏子がいなくちゃ、
もう先に進む勇気もでてこない。あたしはそこまで立派になれてない。

「杏子!!」

どんなに叫んでも、訴えかけても、魔女の孵化は止まらなかった。

「あああっ!!ああ゛ああア!」

最後に耳に入ったのは、杏子の死の叫びだった。杏子の、自業自得の人生は、終わった。


魔女になることは、魔法少女とって死を意味する。魂が根こそぎになるからだ。



そこには、死体があるだけ。相転移が発火した産業廃棄物としての瘴気が残るだけだ。


さやかは、膝を折って、魔女が誕生した結界の形成を、呆然と眺めていた。

武旦の魔女の結界を。


「…う……うう…!」

魔女を眺めているさやかの目に、悲しみが溢れてきた。

「杏子……!」


もし、神の子を、説得さえしていれば、こうはならなかっただろうか。

杏子が、必死に悪魔と戦っていたから、さやかはまどかを呼んだ。私たちと一緒に、戦って、と。

さやかは、結局、まどかを逃がした。まどかを、一人の少女として、その意思を尊重して、逃がしたのだ。


神の子はこの町を去った。


その結果がこれではないか。

さやかは、最も大切な親友の佐倉杏子すら、見捨てるに等しい失策を、してしまった。



円環の理が復活さえすれば、こうもならなかったのに!正しく導かれたはずだったのに!

そんな、さやかに出来るせめてものことは。責任とは。


この魔女を殺すことだ。

武旦の魔女。生前は、殺してくれとさやかに頼んだ。

「バカな杏子…!いいよ、わかった。杏子、殺してあげる……」

さやかは立ち上がり、絶望的な色に染まり果てたソウジェムを手元に翳して、魔力を解き放つ。

元々、殺しあう仲だった。ある意味、さやかと杏子の別れに、ふさわしい。

「あたしがあんたを殺してあげる……!」

魔法少女姿に変身し、サーベルを握ると、さやかは、結界の中に飛び込み始めた。


が、そのとき。


「あっ…?」

ふらっと、足元がふらつき、力が失せた。

体がいうことをきかなくなって、バタ、と前向きに倒れた。

変身がまた解けた。


「───うっ!?」

次の瞬間、激痛を胸が襲った。


「ああっ…がっ!」

胸を手が押さえる。この苦しさはなんだ。呼吸すらできない。

「ああっ…あ…!」


そしてさやかは知った。自分にも魔女になるときが来たのだと。奇跡の代償を支払うときがきたのだと。

鹿目まどかという少女に、自分の代償を押し付けず、きっちり、自分で払うときが。

「うう…ぐ…!」

苦痛が激しくて、身動きできない。全身に寒気がする。胸が苦しくて、何か、体にたまってきた邪気が、
湧き出そうとしてくる。自分の体に眠った悪鬼が、殻をやぶろうとしているような、ひどい悪寒だった。


「あう…う」


もう、だめ。

ソウルジェムには一点の輝きもない。


体がいうことをきかない。というより、脱け殻をコントロールしていた本体の魂が、壊れてしまって、
心にたまった妬みと恨みの化身を生み出してしまう準備をしている。


「やめて……!やめ…て!」

口が動いた。悔し涙を流している自分に気づいた。

「やっぱりあたし……なりたくないよ…魔女になりたくない!…」


取り逃がしてしまった神の子の姿が脳裏にうかぶ。

ああ、逃がしてしまった。円環の理を。魔法少女を救う神を。


まどかは、まどかだったから。

今更、神の子を逃がしたことを、ちょっとだけ、後悔しそうになるなんて。


───正義の味方、失格だよ、あたし…。


「───ああっ!」

心が負けた瞬間、魔女の孵化する刻は訪れた。ソウルジェムはグリーフシードの形になって、
結界を生み出していた。

もくもくと黒雲がたちこめていく。ああ、これが心にたまった呪いの大きさだ。

「…あああっ…ああ…」

さやかは、自分の生み出す結界をみあげ、そして。


「あ…ああ……あ」

安らかに、力尽きて、眠った。

今日はここまで。
続きは、2~3日後に、投下する予定です。


あらら

>>1


あとは、ほむらとまどかの一騎打ちか

乙、ほむらの低知能ぶりが見事に描かれてるな
本当にこいつ居なけりゃ話は簡単なのに

さやあん魔女vs悪魔が稀有?


調子に乗ったチーターがチート剥ぎ取られて絶望ってとこか。

指摘されて辻褄合わせようとしたせいでおかしなことになってるぞ
まどかが転校してきた日に杏子は学校に行ってるのにまどかはなんで杏子のことを知らないんだ?

>>522
でも学校に行かない理由もさやかのウチに居候する理由もごもっともだったなw
そら、赤の他人の子供をいきなり世話してくれって言われたら断るわww

杏子以外のキャラが全員カスすぎる

74

志筑仁美はナイトメアに。

百江なぎさはお菓子の魔女に。巴マミはおめかしの魔女に。

美樹さやかは人魚の魔女に。佐倉杏子は武旦の魔女に。


暁美ほむらは、悪魔に。

インキュベーターは、人類の処分を決定。


円環の理は、一部だけが、人格となって自らの意志を持ち、少女となって降り立った。

神の子だ。だが当の本人は、自分が円環の理のほんの一部ができあがった存在だと知らない。


せいぜい、最後の一人になるまで、共食いをつづけるといい。

檻の中で放たれた獣たちよ。魔法少女のうち、誰が魔女となり、食い物となるのか。しかし、全滅することは明らかな未来だ。
共食いをつづけていけば、数は減る。減った数で、さらなる共食いが始まる。永遠につづく閉鎖された檻の中での食物連鎖は、
出口のないレースだ。暁美ほむら、きみは共食いを続けて生き残った魔法少女たちを、すべて敵に回すというのか。
ならば見届けよう。悪魔に成り果てた、きみの結末を。


暁美ほむらは、花畑の丘に佇んでいた。

全壊状態の見滝原は、ただの廃墟の世界だ。見渡す限り、大地の、地平線まで、倒壊した灰色の瓦礫しかない。


終末と呼ぶにふさわしい眺め。

世界は庭となる。


その世界の先に、夕日が沈み、夜が訪れる。星が、ぽつぽつと暗い空に、輝き始める。


人間の世界が、こんな破滅的になっても、空はいつもどおりの太陽と、夕日と、星空をめぐらせる。


さて、あらゆる命が失われた悪魔の世界で、一人の少女が走っていた。

背中に、チェック柄のリュックサックを背負い、たったったと小股で走ってくるピンク髪の子。

赤いリボンは、歩くたびに、風にゆれる。野原の花畑を登ってきて、はあ…はあと息をつくと、
ほむらを見つける。


暁美ほむらも、その少女を見た。

2人の目が合った。


悪魔と神の対面であった。だが、それは、形の上ではそうだけれども、このほむらの世界という庭では、
暁美ほむらという見滝原中学の女子生徒と、鹿目まどかという帰国子女の見滝原中学の女子生徒。


鹿目まどかは、花畑の花を踏みしめながら、一歩一歩、丘を登ってきた。

自らを神と知らず、はあ、はあ…と、息を切らしながら、赤くした顔をして、両膝に手をつけて、息を整えていた。


「鹿目まどか」

ほむらは、一面の花畑にやってきた少女を、そっと呼ぶ。

タイムの淡紫の花が咲く。破滅の庭園。


「ほむら……ちゃ…ん」

息を乱したまどかが、赤い顔して見上げて、見つけた女子生徒の名前を呼んだ。


暁美ほむらは不思議がった。

まどかの荷造りに。背中に、リュックサックを背負っていて、リボンは、今日も赤色のものを結びつけて
ツインテールにしていたけれど、今朝は学生かばんに制服だったのに、今は遠足にでも出そうな、姿だった。


「わたし……家出をしたの」

まどかは、花畑に立ち、丘の上に佇むほむらを見上げて話しかけた。

花びらが舞った。

丘のほむら。花畑のまどか。


「家出?どうして?」

悪魔は優しい視線を、神の子に注ぐ。

花畑に腰かけ、黒いタイツ足を妖しく伸ばして、首を傾げていた。唇は、ピンク色に潤っていた。


「私は……鹿目家の娘じゃなかったから」

まどかは答えた。息は、まだあがっている。よっぽど長い距離を走ってきたのかもしれない。


「自分は養子だったと?」

ほむらは、首を傾げて、意地悪な質問をした。本当のことを告げられる訳、なかったから。


「ちがうの……たぶん…私は存在しないはずの子だった……」

神の子が、そう語りだすと、ほむらの目つきが、少し変わった。暗い色になった。

「私は探すの…見つけたいの。どうして、存在しないはずの私が、いまここにいるんだろうって…
私はどこから来たんだろうって…どこへ行くんだろうって……それを見つけるまでは、家に戻りたくない。
学校にもいかない。それも知らずに、毎日を過ごしたって……なんの意味もないって…そう思うから…」


「くす。おかしな子。」

ほむらは余裕をみせて笑った。星空の光を反射した、艶やかな黒髪を靡かせて。

「存在しない子がどうして私とこうやって話できるの?」


「それも…変…だよね」

あっはは…苦笑いするまどか。

「でもねほむらちゃん……日本に帰ってきたから、友達も、家族も、みんな、私のことを知らないの。
ぜんぜん覚えてないって……まるで私がはじめからいなかったみたいに……それで…なんだか怖くなってきちゃって……。
そのうち、本当にみんなから忘れられて、この世界から消えてなくなっちゃうんじゃないかって……そう思えてきたら……
うう…!学校に行くのも家にいるのも悲しくなって…」

まどかの目に涙がこぼれ始めて、制服の袖でぬぐった。

「だから探そうって…そう思ったの。私が存在する証……私がいた証拠……なんでもいいの……
私がこの世界にいていい理由……それだけを見つけたいって…そう思って…」

まどかの立つ花畑の背後は、破滅した世界がある。どこまでも瓦礫の海の、灰色の庭。


「あなたが存在した証拠?」

ほむらは、首を傾げて、まどかをうっすらとした視線を注ぎつつ、尋ねる。ほむらの紫色の瞳をした睫毛は、長い。
まどかを見つめる目は輝きがある。


いつか、わたしは絶望した。

まどかか、晴れた野原で隣の席に立っていると思ったら、まどかはピンク色の水飛沫になった。わたしがまどかを壊したのだ。
遠いところへまどかを放ってしまった。

かつての、三つ編みにしていたわたしが、わたしを非難している。ああっ、あれがわたしの絶望だった。


みよ、いま、鹿目まどかが、水飛沫でもなく、現実の子として、わたしのもとにきてくれた。

希望だ。これが、わたしの希望で、かつての三つ編みのわたしも喜んでくれる希望だ。


「ほむらちゃん…あのね」

まどかは、不安な顔をあげた。やっと息が整ったまどかの表情は、まるで、ほむらに縋るかのようだった。

「ききたいことがあるの。私と初めて会った初日……リボンが私のほうが似合うって……そういってくれた……よね…」

胸元で片手を握りつつ、不安なまどかの声が訊く。

「私のこと……知っていたの?ずっと前の私を…?昔の私を…?だから、わたしのほうが似合うって、
そう言ってくれた…の?」

まどかの、この問いかけの意味を理解したとき、ほむらには、嬉しさがこみ上げてきた。

そういうことなの。まどか。

喜びに円舞でも踊りたくなる気分だ。心の中で、勝利の旗みたいなものが、あがった。


「ほむらちゃん……私には、ほむらちゃんしかいないの…」

まどかが、花畑を進んで、学生靴で野原を踏みしめつつ、ほむらに近づいてきた。

「私のこと……知ってそうな人が……家族も、友達も、みんな私のこと知らないっていうのに……
ほむらちゃんだけが…私のことを覚えていてくれるからしもれないって、そう思ったの……」

縋るような目。

不安な顔。

か弱くて、可憐で、触れたら割れてしまいそうな、守りたくなる鹿目まどか。


暁美ほむらは、花畑で立ち上がった。一瞬、タイムの紫の花が、赤色の曼珠沙華に早変わりしてしまった気がした。

「いつか敵になるかもしれないって……言ったはずでしょ?」

赤色の花畑を歩きだし、ほむらは、まどかに近寄っていった。

黒い髪が、ばさばさと強風に煽られ、背の後ろで靡く。


しかし、まどかに歩き寄る足を止めない。

「なのに……あなたのほうから来るなんて、ね」


「ほむら…ちゃん?」

まどかは、少しだけ、体を引いた。

不安な目が、同じクラスの女子生徒を見上げる。


しかし、ほむらはもうまどかの目の前に立っていた。

庭に立つ、まどかとほむらの2人。


「……教えてほしい?」

ほむらは、すっと、しなやかで白い手を、まどかに差し出した。


悪魔が誘っている。

自分の庭へ。神の子を。

神の子だと知らない鹿目まどかは、この誘いにひっかかる。

「……うん」

まどかも手をのばして、ほむらの白い手に────冷たい悪魔の手に───。


自らの手をのせた。


指と指が絡まる。

まどかの手とほむらの手が。

結ばれた。


悪魔は、くす、と口元を笑んだ。嬉しそうに。

神の子は、円環の理をはなれて、悪魔の手元にきた。


「……これで本当に、つかまえた」

何が神と悪魔の最終戦争だ。

何がハルマゲドンだ。終末だ。神の軍団だ。


世界は、そんな壮大な終わり方などしない。こんなふうに、あっさりと終わる。

爆発とか、地割れとか、光と闇とかそんな劇的に世界が終わるのではなく、ふとしたとき、
ふわりとした拍子のうちに、トンと終わる。

驚きも安らぎも伴うこともなく、ジ・エンド。価値と展望はすべて終わりを告げる。

神と悪魔の戦いはこんなふうに決着がつくのだ。


「このときを待っていた。本当は…」

神の子が、みずから、悪魔の手の内に堕ちてくること。

ずっと、待っていた。あなたのほうから、わたしのもとへ、みすみす堕ちてくる時を。


まどかを神にさせない。それ以外のことでは、中立を守る。それがほむらの、円環の理に叛逆した者なりのけじめだった。

しかし、まどかのほうから、ほむらのほうへ寄り添ってきたのだとしたら。

ほむらは、まどかを愛せる。


ぐい、とほむらは力強くまどかと結んだ手を引き寄せて、まどかを捕まえた。まどかの腰に手を回して、
絡めた手は持ち上げて、しっかり抱擁した。

「…え?」

まどかが、ぞわっとした悪寒を感じたときには、もう遅く。


リュックサックを降ろされて、まどかという体だけ、ほむらに大切に抱きしめられていた。

「ずっと、こうなりたかった。本当の私は、欲望まみれ。だって、幸せを知らない生活を送ってきたから…」

いつか、わたしは未来からきた、と打ち明けたときのように、しっかりまどかを抱擁していた。

「…教えてあげる」


「…ひっ」

まどかの体が硬直した。


ほむらは、まどかをぎゅっと抱き寄せる。

体が震えはじめていた。恐怖心からか、愛する人を、遠回りして遠回りして、宇宙さえ一巡りして、
世界を敵に回してまで、ついに相手から求めてきてくれた喜びに、打ちひしがれているのか、分からない。


「やっと、あなたのほうからきてくれた」

抱きとめる腕は、ますます強くなる一方だ。感じる。まどかの体温を。


「…え?」

まどかの顔が、恐怖を深めて、ひきつった。青ざめる。


「まどか、わたし、幸せ…」

目を閉じたほむらは乙女の顔をして瞼をふるわせ、悦に浸っていた。きれいな顔だった。

そう。ついに、暁美ほむらは、自分が幸せだとおもった。


「そんな……変だよ……やめて……」

まどかが涙目になりはじめた。頬が赤くて、ずずず、と鼻をかむ。


ほむらは長い睫毛をした目をひらき、まどかの瞳を見つめた。

「何も心配しなくていいの。まどかは」

ほむらは、欲望も優しさも混じった、やさしい愛情にきらきらした目の眼差しを、まどかに注いで、語った。

「私を信じて。わたしに任せてくれればそれでいい。美樹さやかに言われたんでしょ?悪魔と戦えとか、
最終決戦だとか……。そんなやつらの言葉に耳を貸してはダメ。私だけがまどかを知っている。
他の子羊たちとちがって。ね?まどか。私、あなたに答えを教えてあげる」

「こ…答え?」

恐る恐る、まどかは訊いた。

「そう。答えよ」

ほむらが言った。

「探してるって。自分が存在した証拠。まどかがこの世にいたという確かな記憶…。わたしが、その答えをあげる」


ほむらは、そっと、艶やかな白い指を伸ばして、まどかの髪に結ばれた、赤いリボンへ。

リボンを優しく触れて撫でる。

「その答えは、いつもあなたと共にあった。鹿目まどかが、この世を生きた命のあかし。
今も、あなたにちゃんと、結ばれてる」


「…私の……リボン?」

まどかの目がはっと、答えを知った驚きに大きくなる。ピンク色の瞳が見開く。

「でも、これは、ほむらちゃんが転校してきた初日に……」

ほむらは、ゆっくりと、首を左右にふる。

「ちがうわ。これはあなたのものだった。あなたが私にくれたものだった。帰ってきて、あなたに返したの。
それが、あなたが存在したというあかし。そして、これからも……」


「ほむらちゃんにあげた…?」

まどかの顔色が悪くなっていく。さらに。

「そんな記憶、ないよ!ほむらちゃんと初めてあったのは私が見滝原中学に転校した日!それ以前に、
私たちは会ったこともないし、リボンをあげたこともない!でたらめ、いわないで!」


そのとき、ピシィ──、と頭の中に、何かがよぎった。

テレビのノイズのような、ざーざーした、妙な映像が脳裏に走ってきた。


わたしたち、どこかで……。


三つ編みに黒髪を結んでいる少女がみえる。モザイクのむこうに。

最高の友達?そんなフレーズが頭に浮かぶ。おもえば、最初であったときも……?


けれど、よぎってきた記憶は、やがて、消し飛ぶ。他でもない、目の前にいる悪魔が、その記憶の復活を封じる。

ぐい、と抱き寄せられて、体に痛みをかんじて、まどかの意識が現実にもどった。

「あっ」

もう、2人の胸のふくらみがわかりそうなほど、二人の距離は近い。

「ほむらちゃん、もう私を放して……」

ほむらにやさしく抱きしめられながら、まどかは懇願した。この抱擁を解いて、と。


「そんな……変だよ……やめて……」

まどかが涙目になりはじめた。頬が赤くて、ずずず、と鼻をかむ。


ほむらは長い睫毛をした目をひらき、まどかの瞳を見つめた。

「何も心配しなくていいの。まどかは」

ほむらは、欲望も優しさも混じった、やさしい愛情にきらきらした目の眼差しを、まどかに注いで、語った。

「私を信じて。わたしに任せてくれればそれでいい。美樹さやかに言われたんでしょ?悪魔と戦えとか、
最終決戦だとか……。そんなやつらの言葉に耳を貸してはダメ。私だけがまどかを知っている。
他の子羊たちとちがって。ね?まどか。私、あなたに答えを教えてあげる」

「こ…答え?」

恐る恐る、まどかは訊いた。

「そう。答えよ」

ほむらが言った。

「探してるって。自分が存在した証拠。まどかがこの世にいたという確かな記憶…。わたしが、その答えをあげる」


ほむらは、そっと、艶やかな白い指を伸ばして、まどかの髪に結ばれた、赤いリボンへ。

リボンを優しく触れて撫でる。

「その答えは、いつもあなたと共にあった。鹿目まどかが、この世を生きた命のあかし。
今も、あなたにちゃんと、結ばれてる」


「…私の……リボン?」

まどかの目がはっと、答えを知った驚きに大きくなる。ピンク色の瞳が見開く。

「でも、これは、ほむらちゃんが転校してきた初日に……」

ほむらは、ゆっくりと、首を左右にふる。

「ちがうわ。これはあなたのものだった。あなたが私にくれたものだった。帰ってきて、あなたに返したの。
それが、あなたが存在したというあかし。そして、これからも……」


「ほむらちゃんにあげた…?」

まどかの顔色が悪くなっていく。さらに。

「そんな記憶、ないよ!ほむらちゃんと初めてあったのは私が見滝原中学に転校した日!それ以前に、
私たちは会ったこともないし、リボンをあげたこともない!でたらめ、いわないで!」


そのとき、ピシィ──、と頭の中に、何かがよぎった。

テレビのノイズのような、ざーざーした、妙な映像が脳裏に走ってきた。


わたしたち、どこかで……。


三つ編みに黒髪を結んでいる少女がみえる。モザイクのむこうに。

最高の友達?そんなフレーズが頭に浮かぶ。おもえば、最初であったときも……?


けれど、よぎってきた記憶は、やがて、消し飛ぶ。他でもない、目の前にいる悪魔が、その記憶の復活を封じる。

ぐい、と抱き寄せられて、体に痛みをかんじて、まどかの意識が現実にもどった。

「あっ」

もう、2人の胸のふくらみがわかりそうなほど、二人の距離は近い。

「ほむらちゃん、もう私を放して……」

ほむらにやさしく抱きしめられながら、まどかは懇願した。この抱擁を解いて、と。


「そんな……変だよ……やめて……」

まどかが涙目になりはじめた。頬が赤くて、ずずず、と鼻をかむ。


ほむらは長い睫毛をした目をひらき、まどかの瞳を見つめた。

「何も心配しなくていいの。まどかは」

ほむらは、欲望も優しさも混じった、やさしい愛情にきらきらした目の眼差しを、まどかに注いで、語った。

「私を信じて。わたしに任せてくれればそれでいい。美樹さやかに言われたんでしょ?悪魔と戦えとか、
最終決戦だとか……。そんなやつらの言葉に耳を貸してはダメ。私だけがまどかを知っている。
他の子羊たちとちがって。ね?まどか。私、あなたに答えを教えてあげる」

「こ…答え?」

恐る恐る、まどかは訊いた。

「そう。答えよ」

ほむらが言った。

「探してるって。自分が存在した証拠。まどかがこの世にいたという確かな記憶…。わたしが、その答えをあげる」


ほむらは、そっと、艶やかな白い指を伸ばして、まどかの髪に結ばれた、赤いリボンへ。

リボンを優しく触れて撫でる。

「その答えは、いつもあなたと共にあった。鹿目まどかが、この世を生きた命のあかし。
今も、あなたにちゃんと、結ばれてる」


「…私の……リボン?」

まどかの目がはっと、答えを知った驚きに大きくなる。ピンク色の瞳が見開く。

「でも、これは、ほむらちゃんが転校してきた初日に……」

ほむらは、ゆっくりと、首を左右にふる。

「ちがうわ。これはあなたのものだった。あなたが私にくれたものだった。帰ってきて、あなたに返したの。
それが、あなたが存在したというあかし。そして、これからも……」


「ほむらちゃんにあげた…?」

まどかの顔色が悪くなっていく。さらに。

「そんな記憶、ないよ!ほむらちゃんと初めてあったのは私が見滝原中学に転校した日!それ以前に、
私たちは会ったこともないし、リボンをあげたこともない!でたらめ、いわないで!」


そのとき、ピシィ──、と頭の中に、何かがよぎった。

テレビのノイズのような、ざーざーした、妙な映像が脳裏に走ってきた。


わたしたち、どこかで……。


三つ編みに黒髪を結んでいる少女がみえる。モザイクのむこうに。

最高の友達?そんなフレーズが頭に浮かぶ。おもえば、最初であったときも……?


けれど、よぎってきた記憶は、やがて、消し飛ぶ。他でもない、目の前にいる悪魔が、その記憶の復活を封じる。

ぐい、と抱き寄せられて、体に痛みをかんじて、まどかの意識が現実にもどった。

「あっ」

もう、2人の胸のふくらみがわかりそうなほど、二人の距離は近い。

「ほむらちゃん、もう私を放して……」

ほむらにやさしく抱きしめられながら、まどかは懇願した。この抱擁を解いて、と。


出会って6日目の転校生と同級生が、こんなふうに抱きあうものだろうか。

「ほむらちゃん、こういうこと……普通しないよ…」

まどかは目から涙をこぼす。抵抗は諦めたが、心に訴えかける作戦に出た。

「私たち……まだ出会って一週間もたってないのに……こういうことってしないよ……」


まどかは懇願を続ける。

「お願い……放して……放してよ…」

ぐす、と泣き出して、ほむらの胸内で嗚咽を漏らしだすまどか。

「私……これほむらちゃんに返す……だから…」

といって、ほむらの腕に閉じ込められながら、髪のリボンを解きだし、二本とも、ほむらの前に差し出した。

「ほむらちゃんがくれたこのリボン……返すね。今まで勝手に使っててごめんなさい。ちゃんと返すから……
私を放して…」


怯えた目。

震える顔。

懇願の言葉を紡ぎだしながら、赤いリボンをほむらに差し出す。


ほむらは、それは、鹿目まどかの拒絶であることを知った。

だって、あなたが生きた証しだと伝えたそのリボンを、早々に、返すなどとと、言い出すのだから!


やっとの思いで宇宙から救った鹿目まどかは、ほむらのことを、出会って6日の少女としか思ってないのだ。


いつしか、まどかがピンク色の水飛沫になってしまったあの光景が蘇る。

幻想のまどかでさえ、わたしを絶望させたのに、今度は、本物のまどかでさえ、わたしを拒絶して、
わたしの前から消え去るのか。

何度、わたしは絶望すればいいのか。

「どう……して」

ほむらは歯を噛み締めた。悔しさと悲しみ、怒りが、ひっくるめて欲望となって、心に湧き出てくる。

ぎりり…。歯軋りが音をたてる。

「どうして……気づいてくれないの……!」

何回同じの書くんだよ気持ち悪い


感情が爆発したとき、ほむらの背中から黒い翼が生えた。バサバサっと、漆黒の羽が舞い、あちこちに散った。

「…え!?」

縋るような目をしていたまどかの顔が、恐怖に固まった。

その怯えたピンク色の瞳は、ほむらの背に伸びた、黒い大きな翼へと向く。


「救われないの……!」

ほむらは、がしっと、両腕を伸ばして、まどかの両肩を掴む。

「い…痛いッ!」

まどかが小さな悲鳴を声に漏らす。

「まどか。今は覚えてなのね。私にはこんなにも大切な友達がいたんだって……言ってくれたあのことも。
でもね、私、気づいたの。足りないってこと、満たされないってこと。わたしには、まどかの友達じゃ満ちない、
欲望が心にあるんだって。なんだか分かる?」

まどかは、恐怖に引きつってばかりで、立ち尽くしていて、何も答えられない。

「世界に今起こっていること。70億人が死ぬこと。魔女によって食い尽くされること。その未来は、
一度救われたはずだった。一人の少女が犠牲になって、希望と絶望を巡る残酷な連鎖は断ち切られ、
世界は新しい理へと導かれたはず」

「…一人の……少女?」

リボンを解いたまどかの髪は、長くなって、肩に垂れる。


「私のせいなの。まどか。わたしのせい。円環の理に叛逆した者は、私だけじゃなかった。アイツらはいってきた。
ぼくらに母星からの応援がきた。そしてついに概念であった鹿目まどかの神を捕獲し制御することに成功した……
暁美ほむら、キミのおかげだ、って。もう、この世界に円環の理のルールはない。その復活のためには、もう一人、
少女がもう一度、犠牲にならないといけない。わたしは、それを阻止する!」

「もう……一人?」

まどかの目が震えだす。「わたしの神…?」

「だからアイツらと約束を取り結んだ。人類から手を引けって……それなら、今の魔法少女たちが魔女になる
エネルギーは全部ゆずる。それに満足したら地球から去ってって……やつらは承諾した。もとよりそのつもりだ、
暁美ほむら、きみが妙な気を起さない保障がとれてよかったって……。神の子が自分の存在意義を思い出すのも、
インキュベーターには不本意だ。妥当な妥協点だといえよう……ぼくらは円環の理を制御し、きみは神の子を制御する。
利害の一致だ。珍しくキミと合意が成り立つね……私はあいつらとそう契約した」


「神の子…?」


まどかの目に、宇宙の惑星が、映える。


「まどか!」

ほむらは叫ぶ。愛人の名を叫ぶ。

そして、肩をぎゅっと掴んだまどかを、強引に、花畑へ、押し倒した。


「…きゃあっ!」

まどかは倒れて、ドダっと尻餅ついた。仰向けに横たわる。膝を曲げて、逃げ出そうとするところを、
ほむらにのしかかられて動きを封じられた。

手て手の指が絡められ、まどか抵抗力を失う。ピンク色の伸びた髪が、花畑に垂れた。


「ぃやだ…ほむらちゃんっ、何するのっ…?!」

すぐに、手をゆり動かしたが、すぐにほむらの手がまどかの手を掴んだ。

まどかの手首が、ほむらの手に押さえつけられて、抵抗を封じられた。

「…きゃあ!」

まどかは、おびえて、顔を青くさせる。絶望の色さえ、ピンク色の瞳に、映った。


「もう……わたしの前から消えないで!」

倒れたまどかは、ほむらを見上げて。

押し倒したほむらは、まどかの上から、涙ぐんだ顔して見下ろす。

しっかりまどかの手首を、掴んで、花畑の地面に押し付けながら。逃げられないようにして。


「まどか……わたしは、あなたを愛してる!愛してるの!」

ほむらは、怯えるまどかの顔を見つつ、涙こぼして叫んだ。顔が震える。体も震える。ほむらは愛の告白をした。

「世界中があなたの救済を待ち望んだって、世界にあなたは渡さない!」


ほむらは想いを打ち明けた。

ああ、なんてまぬけな悪魔よ、出会って6日の少女に、愛してるなどというとは。伝わるはずないではないか。

しかし、いま伝えないで、いつ悪魔は、意中の少女に、愛を告白できるのか。

神の子が、いつ円環の理に戻るかも、わからないのに!

これが、悪魔にできる精一杯の、秘めた想いの打ち明け方だった。


花畑の丘では、樹木の下に広がる草木から、蛇が這ってきて、ちろちろと舌をだした。

草むらを這う蛇の視線の先には、まどかを押し倒して愛を迫る、悪魔の姿があった。


「やだ……放して!ほむらちゃん、ひどいことしないで!」

まどかは花畑の花茎を、ぎゅっと掴んだ。それくらいしか抵抗ができなかった。

ほむらの服装は、制服ではなくなり、悪魔の衣装となった。

「いつから、こうなったのか、わたしにもわからない。でも、ある日とつぜん、わたしは気づいた。
あなたを愛してるんだって……」


「やだ……やだ…いやだよ!助けて!誰か!」

まどかは、ほむらに押し倒されながら、もがいて、声をあげた。体をゆする。しかし、大した抵抗にならない。

ほむらの力は、少女のものとは思えないくらい、強い。手首は、しっかり、掴まれて、押し付けられたままだ。


蛇は、くねくねと胴体を曲げながら、するすると、悪魔と神の子の2人に、近寄ってきた。


「足りなかった。満ちなかった」

まどかに顔を近づけて、ほむらは、涙混じりに、言った。

まどかは、怯えた顔して、ほむらを見上げた。

「こんなにも大切な友達がいたんだって。ずっと一緒だよっていわれたって。わたしは救われなかった。
だってあなたは知らなかった。私の気持ちを。あなたは、全世界の魔法少女と同じように、私にも慈愛を注ぐ。
でれそもでは心が救われない!だから悪魔になった!私が救われる道は、これしかなかった!」


といって、いよいよほむらの顔が、まどかの顔に接近して。

ピンク色に潤んだ唇を、まどかの唇に、ちかづける。


そう。

悪魔に堕ちたほむらが救われる道は、この道しかない。その他に、どんな道があるというのか。

最後にのこった道しるべが、鹿目まどかなのは、悪魔になる前も後も変わっていない。変わるはずがない!


救われるときがきた。


蛇が近づいてきた。


そのときだった。

「うう……う……う…う…」

ほむらは、はっと我に返った。

目を開く。


気づいたら、まどかが、すすり泣く声をたてて、両目を手で覆っていた。

全身をひどく震わせて。


円環の理の力も、魔法少女の力も、何もかも失った、あまりにも弱い少女は、こうして耐え忍ぶしかなかった。悪魔の欲望を。


「ほむらちゃん…やめて…」

両目を覆い隠したまどかが、消え入りそうな声を搾り出した。

「私ね……。夢だったの。初めてできた好きな人と、キスするの。だから……それだけはやめて…お願い……」


ほむらの動きが止まった。

手も、顔も、ぴたと止まって、我に返る。

一体、いつからこうなったのだろう?


最初は、出会いをやり直したい、鹿目まどかを守る私でありたい、という希望だけがあったのに。

まどかが幸せである世界、それが私の望みだ、と思っていたのに。


その私が、いま、まどかを欲望のまま、手中に収めようとしているではないか。



ほむらの動きが止まったのを見ると、まどかは、逃げ出した。

やっとのおもいで悪魔の手から抜け出した神の子は、ほむらには一瞥もくれず、リュックサックを背負って、
すぐ走りだした。

サッサッサッサ…。

花畑を踏みしめるまどかの足音。それは、小さくなってゆき、やがて消える。



ほむらだけがそこに取り残されていた。

「あ…ああ…」

悪魔の姿になり果てたほむらが、自分の手を見つめ、欲望に染まった腕を、目で、眺めていた。


丘にたった一人、残された、孤独の悪魔。

かつて友達だった巴マミも美樹さやかも、全て魔女に売り払って。

愛人からさえ逃げられて。


「ごめん……なさい…!まどか」

悪魔は、あやまった。目に涙ためてあやまった。

もう二度と会うことはない少女に、謝った。この声は、鹿目まどかには届かない。


神の子は旅立った。どこかに。ほむらのいないどこかに。自分の存在した証の答えであった、赤いリボンさえ、
悪魔に投げ返して、また、自分を捜し求める旅に出た。


「ごめんなさい……!うう…!うう…!」

しかし遅い。全てが失われたあとだ。

それはたしかに、悪魔に堕ちた心のおさえがたい欲望が、叶った瞬間ではあったけれど、その代わりに、
失ったものは、あまりにも大きい。まどかそのものを失った。


まどかを失うこと。絶望。まどかを得ること。希望。その希望が相転移して、絶望。まどかを失った。


堂々巡りする、なんてかわいそうな悪魔よ、どうすれば救われるのか。


これからは、世界の魔法少女たちが魔女になる、その退治が待っている。

70億人のうち、何十万人くらいが、魔女に成り果てるのか分からないが、全ての魔女を、
一人で片付けると宣言した悪魔の仕事は、こんなにもたくさん残されている。


「……ああ…」

ほむらは、絶望の想いに心が支配される。

自分のしたことは何か。悪魔の所業ではないか。全ての人を不幸にしただけだ。何のために?今となっては、それさえ分からない。


ちろ、ちろ。

蛇が舌を伸ばして、近寄ってきた。しゅるしゅると。


「…え?」

その気配に気づいて、ほむらが、恐る恐る、ゆっくりと……首を振り向いた。

そして、目が合った。


蛇と。

悪魔だ。本物の悪魔の化身だ。


「ああ……ああ!」

蛇の姿をみたほむらが恐怖に襲われ、飛び退いた。「こないで……こないで!」

蛇は胴体を伸ばして、ほむらに近づいてきた。

「あなたが私を誘惑した!」

ほむらは、蛇に怒鳴る。


「あなたが……あなたが私に、誘惑をもちかけたのね!悪魔っ!この、悪魔っ!」

ほむらは、怒り、そして足で何度も、蛇をふみつけた。

蛇はつぶれていく。ぐちゃと、赤い血が出る。


しかし、悪魔をメチャクチャに踏み潰したあとは、悪魔と成り果てた自分の姿が目に映った。

「ああ…あ!」

ほむらは、知った。

いつのまにか、自称で悪魔になっただけのつもりが、本物の悪魔に、魂を乗っ取られていた。


全てのことに絶望した。悪魔が悪魔である自分に絶望した。


顔を両手で覆いながら、カラスの羽を伸ばした自らを、殺す決意をした。

つまり自殺を決意した。

弓で、ダークオーブを放った。

しかし、ダークオーブは傷つかなかった。自分で崩すことは不可能だった。

このままでは、わたしの絶望が世界を巻き込んで、すべての宇宙をいよいよ壊滅させてしまう。

こんな世界はいらない!という気持ちが、自らの理性に反して銀河を覆い尽くす。


するとほむらは、暴走が始まりつつあるダークオーブを、崖から投げ捨て、黒い結晶は、
高崖から落下してどっかの町並みへと落ちた。


50メートル以上はなれて、落ちてころがってゆく。やがて、100メートルもくだるだろう。

そのあとで、丘の樹木にロープをひっかけて、輪に首をいれ、自らを吊った。


ぷらん、ぷらんとほむらの死体が、枯れた樹木に下でゆれる。

斬首刑を望む気持ちの次は、絞首刑か。何度もそうして、自己完結するのか。


世界は投げ捨てられた。もう、どの叛逆者も生きていない。


インキュベーターの母星で、ある日を境に、地球という惑星からのエネルギー回収が途絶えた連絡が入っていた。

そこで、母星の支配者層、つまりキュゥべえたちにノルマを課していた連中が、偵察にきたところ、
魔法少女に奴隷にも近い状況にされている部下たちの姿をみた。支配者層たちは、別の惑星担当だったインキュベーターたち
を派遣して、仲間たちの救出という任務に遣わせた。

ところで、インキュベーターとは、たくさんの固体がありながら、すべてが総体としてつながったネットワークでもある。

地球外の仲間たちは、奴隷化されたインキュベーターの固体に内臓された、つまり円環の理について研究された、
かろうじに保存されていた実験データを受け取った。


そのデータをもとに、研究を続行し、円環の理の制御は成功した。


その制御成功の経緯は、こうである。

すでに、円環の理という謎だった現象が、「鹿目まどか」という少女の概念体であること、その少女が、魔法少女となって、
契約してつくられた宇宙の新しい理であることは、暁美ほむらの人体実験によって、確かめられた。

そこまで確かめられたのならば、もう、暁美ほむらで人体実験しなくてもいい。残念なことに、円環の理が現世に顕現して、
実際にほむらの魂を救済するところの観測までは、できなかったが、なに、別の魔法少女で再び実験すればよいことだ。

鹿目まどかという存在は、はじめは、世界でただ一人、暁美ほむらしか覚えていなかったから、ほむらで実験する必要があった。
しかし、ほむらの実験の結果、円環の理が、鹿目まどかという概念であることまで突き止めた。

その成果は大きい。それさえ分かれば、世界のどの魔法少女でも、好きなように、円環の理に導かれる瞬間を仮説たてた上で、
観測できる。


じっさい、ほむらの目の行き届かないような、つまり宇宙の惑星の果てにて、魔法少女を連れ去って、
ほむらに施したこの人体実験と同じような研究を繰り返した。この魔法少女のソウルジェムが濁りきったとき、
救済にくるのは鹿目まどかの概念体であるという仮説にたって、その概念体を捕らえる遮断フィールドの罠を張った。


さあ、その実験は成功した。

ピンク色の衣装を着た、魔法少女の姿した鹿目まどかの概念体が、心をなくしたように死んだ目をしながら、
被験体であった魔法少女のソウルジェムを浄化しにきて、遮断フィールドの内部に自ら飛び込んできた。

外から中へは入れるが、中から外へは遮断される、ほむらに実験されたあの干渉遮断フィールドと同じような種類の捕獲網に、
鹿目まどかの概念体がひっかかった。


この概念体が捕獲されたとき、インキュベーターが解決すべき次の問題は、二点ほど。

この概念体は、どこから来たのか。どのように来たのか。それを観測する必要がある。

つまり、円環の理という名のもと、この概念体を宇宙のあちこちに放つ、本体としての円環の理の存在が、あるはずだ。

しかし、それが宇宙のどこにも存在しない。突き止められない。


この解決のため、インキュベーターが次にとった研究の段取りは、この概念体に情報収集機能を植えつけて、
円環の理の世界に帰してやることだった。


人類が、情報収集機能を搭載した惑星探査機を、宇宙のどこかへ飛ばして、データを受信しつつ観測するのと同じ理屈だ。


その空っぽな人格にインキュベーターの性格が植えつけられた”探査機”としての概念体が、
インキュベーターの思考回路を持ちながら、円環の理の世界に、放たれて帰るのだ。


それは、非常に刺激的な実験だった。


ソウルジェムを濁らせた魔法少女の救済を終えて、探査機となった鹿目まどかの姿した概念体が、宇宙の果てへと帰ってゆく。
円環の理の世界へ帰ってゆく。

すると、なんと、宇宙のどこにも存在しえなかったような世界が、扉ひらき、探査機としての概念体を招き入れるではないか。

そして、救済した魔法少女の魂を、円環の理の世界に導き、人類の言葉を借りるなら天国ともいうべき世界に、入る。


驚きの研究結果だった。

しかし、本当に興味深いのはここからだ。


探査機としての性格を植えつけられた概念体が、そそくさと円環の理の世界の調査をはじめる。円環の理の世界をすみずみまで、
調べ上げる。集めたデータを、インキュベーターたちに転送しながら。

すると、円環の理の本体、つまり、概念体たちを統べる母体ともいうべき女神の姿を、観測した。

しかも、この女神は、性格を失っていて、思考回路すら働いていない。

もし人格を持つ女神だったら、自分の世界で、こそこそと調査を始めた概念体のひとつに、疑惑を抱いただろうが、
そんな妨害すらなく、”探査機”は悠悠と円環の理の世界を調査した。


そして、インキュベーターたちもこの円環の理の世界へ入る扉を、観測結果によって、開いてくれたのだ。

この探査機の功績、お手柄ときたら、宇宙にひしめく文明の知的生命体たちの称賛に値する。


円環の理の世界に、ぞくぞくインキュベーターの研究チームが入る。

魔法少女たちの魂を招き入れるみたいに、探査機の概念体が、インキュベーターたちを円環の理の世界に招き入れる。


きびしい道のりになると思われていたそれは、思いのほか、簡単だった。たぶん、母体とての女神が、気を失っていて、
警戒心ゼロだからだ。無防備もいいとこだ。死んだように意志がないからだ。何の邪魔もされなかった。


あとはもう、円環の理の世界の全体を、干渉遮断フィールドで覆ってしまえばよかった。

円環の理の救済システムは、外部への干渉ができなくなり、世界の魔法少女たちの救済は不可能となった。


それはインキュベーターの逆襲ともいうべき大成功だった。

けれど、問題は、この先である。


捕らえた女神を観測したところ、想像以上の研究成果が、つぎつぎと出た。

その魔力は、魔法少女の領域を超越している。もはや魔法少女というべきではない。神とすらいってもいい。

全世界の魔法少女の希望そのものとさえいわれてきた円環の理の本体は、逆にいえば、全世界を終わらせるほどの強さがある。



それに、あけみほむら。

人類は危険すぎるので、宇宙にそしめく文明の知的生命体たちの不安をそぐため、人類の処分を決定する。


だが、その目標には、暁美ほむらの存在が立ちはだかる。どうやってあの自称悪魔を、倒せるのか。

人格が剥ぎ取られて空っぽとなった女神の本体に、インキュベーターの性格を植えつけて、悪魔を倒す神として、
地上に君臨させようか。

いや、それも危険だ。宇宙がどうなるか分かったものでもない。


最終的にとった選択は、女神は捕獲したまま、地球を野放しにすること。少女と契約しないこと。

ほむらはしかも、それに納得してくれる。神の子が、女神に戻る危険性が、なくなるから。


宇宙改変のとき、ほむらは、銀河のすべてを自分の悪魔世界に、造り替えたようにみえて、
インキュベーターの母星を手中に収めるほどのことは、できなかった。ほむらには、地球周辺の宇宙を改変する程度の力しかない。

円環の理の、一部の力しか、駆使できないから。生半可な宇宙改変の結果、インキュベーターの逆襲に遭った。


それを知ったとき、悪魔の選択肢は一つになった。円環の理が死んだのは、すべてわたしのせいだ。

だからって、死んだ神の片鱗である神の子を、円環の理として復活させることも、できない。彼女を犠牲にできない。

残された道は、ひとつ。


もう、日常の平穏をまどかに送らせてあげることはできそうにない。この庭は、荒らされつくされている。
ほむらにできるすべてのことは、とにかく、地上から魔法少女が消えるまで、神の子に戻ることを阻止して、
人の姿でいさせてあげること。かつ、裏では魔女と戦い、人類を守りつづけること。

いつか、希望と絶望のサイクルが地球上で終わりをみる、その日まで。


すべてはまどかのためだったのに。

心は悪魔にのっとられ、理性とは程遠い欲望へ走った。すべてはまどかのために、という気持ちは、裏を返せば、
まどかは自分の思うとおりのようになってほしいという気持ちの顕れだ。

自ら決意して円環の理となったまどかを、無理やり人の子に戻したのも、まさにその気持ちがあったのではなかったか。

だからこそ、まどかに、個人の欲望よりも秩序が大事か、と質問を発してしまったのではなかったか。


今にして思えば、世界の時間を止めたのも、魔法少女システムの打ち切りのためだけにしていたことだったのかも、わからない。
時間をとめなければ、鹿目まどかはそのうち20歳、30歳、40歳となって、いつか死ぬ。

その未来に顔をそむけたのではなかったか。


だとすれば、悪魔となったそのときから、鹿目まどかの幸せを望む心に、どこか歪んだ欲望が、
芽生え始めていたことになる。

美樹さやかの言うとおりだ。わたしは、まどかを人形にしてるにすぎなかったのかもしれない。わたしを倒そうと動くのも無理ない。

所詮、わたしの欲望だったのかもしれない。

わたしは倒されなければならなかった。わたしは滅ぶべきだ。


悪魔は、ついにその気持ちに負けた。裏の気持ちに支配された。

その気持ちにまけたとき、悪魔は自殺する。人類は滅ぶ運命が決定した。地球は死ぬ。

しかし悪魔の自殺によって、宇宙そのものの死は防がれた。


これは、インキュベーターたち側にいわせれば、計画通りだった。

変に、悪魔と戦おうとすれば、悪魔は奮い立って、宇宙ごと滅ぼしつくしてしまうかも。とすれば、静かに、自殺を待て。

自滅的傾向が強いことは、奴隷化されたイキュベーターに内臓されたデータに、保存されて記されていた。くるみ割りの魔女のデータと共に。

悪魔が自滅し、魔法少女の契約は取り結ばず、静かに、魔女ののろいが地球を覆うのを待て。

暁美ほむらが納得する条件を呑んで人類から撤退せよ。

危険因子は、刺激せず、互いが互いに共食いを続けていくに任せよ。地球から人類は消えるだろう。


もし、また、生命の進化によって、人類に近い二足歩行の生き物が観測されれば、魔獣と魔女を放し飼いにせよ。

以上が、インキュベーターの支配者層たちからの指示である。

今日はここまで。
途中、書き込みエラーが多発し、投稿が重複しました。
また、>>9にもありますが、本作はモブ魔法少女が登場することがあり、また、残酷な表現があります。

つづきは、2~3日後に、投下します。

>インキュベーターの支配者層

インキュベーターの支配者層ってなんだ?虚淵はそんなもんいないって言ってたけど


映画でさやかちゃんがはっきりと「欲望?執念?いや、違う」って言ってたけど
結局欲望だらけでしたってオチか

欲望ではない、渇望だ(適当)

投下の度に無知を指摘される神SS

つまりこのSSでは、インキュベーターは地球よりずっと文明の進んだ上に選民意識の高い宇宙人の皆々様に、
地球みたいな「自分たちよりレベル低い星」を菜種油みたいにすりつぶして
エネルギーを提供する、電力会社か石油会社みたいなもんか。

で、円環の理という油田かウラン鉱脈かとも呼ぶべき資源を得て、
(しかもまどかという管理人は、ほむらという地球代表のイスに座った『馬鹿なヤンデレ中学生』(注:宇宙人視点)
 によって植物状態だから、文句も危険もなくエネルギー取り放題だし、その真相を知ったら逆上しそうなほむらも勝手に死んでくれた)
それを顧客である「ハイソ宇宙人」の皆様に、悠々提供し続けてる、と。

……エネルギーがなきゃ宇宙が破滅する、というのも、単に「ハイソ宇宙人」の社会が破綻する、って意味合いでしかないのか、こりゃ。

つまりこのSSでは、インキュベーターは地球よりずっと文明の進んだ上に選民意識の高い宇宙人の皆々様に、
地球みたいな「自分たちよりレベル低い星」を菜種油みたいにすりつぶして
エネルギーを提供する、電力会社か石油会社みたいなもんか。

で、円環の理という油田かウラン鉱脈かとも呼ぶべき資源を得て、
(しかもまどかという管理人は、ほむらという地球代表のイスに座った『馬鹿なヤンデレ中学生』(注:宇宙人視点)
 によって植物状態だから、文句も危険もなくエネルギー取り放題だし、その真相を知ったら逆上しそうなほむらも勝手に死んでくれた)
それを顧客である「ハイソ宇宙人」の皆様に、悠々提供し続けてる、と。

……エネルギーがなきゃ宇宙が破滅する、というインキュベーターの触れ込みも、
単にお得意様である「ハイソ宇宙人」な皆様の、エネルギーバンバン使いまくりなゼータク社会が破綻する、
って意味合いでしかないのか、こりゃ。


……真にエネルギーが枯渇したヨソの宇宙に丸ごと食われてしまえ、こんな宇宙。

この>>1ニワカすぎるだろ
作品愛がないくせ注目を集めたいだけで書いてんのが滲み出てる

うぜえなあ…そんなに嫌なら見なきゃいいだろ読者様よお
これだから談義スレでもマナーが悪い言われんだよ
それとも単なるスレを荒らして煽りたいだけのバカが連投してるのか?
談義スレでそう白状したもんな

QB達の中で現場に派遣されてる連中とそれを統括してる連中がいるってだけだろ
QB以外の種族が関与してるとかこのSSのどこを読めばそうなるんだ
国語のテストの成績悪かったクチか

支配層ってかいてあるから無理もない
わかってたけどQB原作以上に信義も糞もないなww

円環の理に世界があるならなんで導かれた他の魔法少女がいないんだよ
QBの勝手をそいつらが許すとでも?
>>554
まどマギSSと銘打っている以上設定破綻を指摘するのは当たり前だろ?
指摘されるのが嫌ならオリジナルでやればいい話だ

>>555
>QB以外の種族が関与してるとかこのSSのどこを読めばそうなるんだ


>人類は危険すぎるので、宇宙にそしめく文明の知的生命体たちの不安をそぐため、人類の処分を決定する。

このへん。
『ほかの宇宙の知的生命体が、地球人類に対して不安に感じてるので、QBはこの方策で地球人類を処分する』
と読み取れるので。

こんな糞SSを読み砕いて議論してもらえるなんて作者も本望だろう

まさかと思うけどダークオーブをまどかが拾いましたとかそういうの無いよな?

土壇場でほむらの愛を拒絶する理由がよく分からん
そんなに嫌だったのか

そりゃ嫌だろ、何も知らん子にとってほむらの行為は電波にしか思えん
というか、このSSのほむらの行動はすべてにおいて中途半端、だからこうなった
挙句の果てにすべて投げ出して自決っすか、情けない

そもそも首を吊ったくらいで逝けるのか?
魔女の時点で自殺できなかったのに

読み間違えた
本当の死因はダークオーブが100m以上離れたことか
その前に首を吊ったってことね…

ダークオーブ100m以内に持ってくれば、復活できるじゃんよ…
どうせ死ぬなら沙々みたいに潔い自決をだな…

>>560
ありそうというか、それ以外なくね
ダークオーブの中にまどかの力の一部があるのに、回収しないでどうするよ

肉体が風化しても再生できて、オーブが濁りきってなければセーフ

>>562
記憶取り戻したらまた最高の「友達」といってしばしのお別れになりそう

談義スレで語れよ…。

>>561
記憶戻ったまどかからほむらにキスするオチなんだよ

またほむら厨が騒いでるのか
ほんとほむら信者はマドマギの癌だな。ネトウヨみたいだ。
作品に難癖つけるのはいつもほむら厨の基地外
アンチスレ住人やさやかファンの冷静さを見習ったらどうだ?

痛快な作品だったよ1乙
論理的に正しいssを読むと気持ちいいな

また謎のほむら厨扱いか
それこそ逆に連呼リアンだろww

75

悪魔は自殺し、見滝原の魔法少女たちは皆、魔女になった。

庭は破滅的であった。


束の間の希望は、果てて、朽ちて絶望が訪れる。

愛とは希望の最たるものではないか。なら、最たる絶望が訪れるのは、世のしくみだ。


たくさんの魔法少女たちの死滅を、何度も時間を巡って、みてきたにも関わらず、悪魔は学ばなかった。


悪魔が告白してきた愛から、逃げてきた鹿目まどかは、荒廃した見滝原の、瓦礫と火の灰色の地を歩く。

どこまで歩いたって、見えるのは廃滅した灰だけだ。どのビルも倒壊している。

あちこちで、火がめらめらと立ち昇っていて、危険な黒煙があがっている。空は、黒色が覆う。


まどかはたった一人、世界に取り残されてしまった気がしていた。

チェック柄のリュックサックを背負ったまま、空を悲しくみあげる。


ピンク色の瞳に、黒色の空が映る。黒い雨がふってくる。瓦礫を暗く塗らす。

絶望一色の空だ。

もう髪には、なんのリボンも結んでいなかったから、肩まで垂れた髪に、黒い雨が滴り落ちた。

額にも、ぽたぽたと透明の雨粒が当たった。


しかしまどかは知らなかった。

今まさに、その身にふりかかろうとしている、支払いの済んでいない、奇跡の代償が要求されてくるその刻が。

ついに近づいてきた、ということを。


誰の姿もない、壊滅した町をとぼとぼ、孤独に歩いていると、音がした。

しゅたっ、という、着地するような足音だった。しかも、足音は、かろやか。

パラパラ…

瓦礫の断片がころげ落ち、地面にひろがった。


「…だ、誰?」


怯えるまどかが、声をあげる。

まどかは一人だった。だれ一人、守ってくれる人もいない。家族とも別れた。友達は見失った。

そんな状況下、この破滅の町で、誰かに会うことが、まどかには怖かった。


まどかが視線をあげると、屑物と瓦礫の積もった山のてっぺんに、少女が立っていた。


鹿目まどかは、少女をみあげた。


少女も鹿目まどかを見下ろしてきた。少女は、おかしな姿をしていた。常識では考えられない服装をしていた。

黒を基調にしたゴシックロリータの服を着ていた。



──ひゅっ。スタッ。

パララ…

また、瓦礫の破片が、ぱらぱらと落ちてくる音がして、まどかはふり向いた。

後ろを見ると、また別の積もった瓦礫の山の頂に、すとん、と、空から降ってきた少女が、軽やかに着地した。


その服装もまたおかしな姿であった。黒いマントに、銀色の鎧を着込み、剣を鞘に差していて、
剣士のような姿をしている少女だった。

また、何人かの少女たちが、まどかを囲うように、空から飛んできては、瓦礫の山に着地、
まどかを見下ろしていた。

修道女服に身を包んだ少女もいたし、中世の貴婦人少女が現代に蘇ったかのようなかわいらしいドレスの、
フリルだらけで、スカートは短くて、編み上げのリボンが足をつつんだ、人形を持っていた少女もいた。


「───な、なに?」

まどかにはこの状況が分からない。

まさにたくさんの人が死に、町は滅びたこのとき、なぜ妙な格好をした人たちがいるのか。


しかし、この少女たちは、自分の格好の可笑しさは気にしていない様子だった。さも当然のように着こなしていた。

さて、少女たちが、まどかを前にして降り立ってくると、瓦礫をみしみしと踏みしめながら、まどかに近づいてきた。


「私たち魔法少女の神さま、円環の理であるあなた。」


剣士の姿をしている少女が、銀色の鎧を身に包みつつ、まどかに告げてきた。


「あなたこそが、私たちの救い主、いつか私たちを導くお人であると見受けています。」


といって、手を差し出した。

まどかは、相手の言ってることが訳わからなかったし、ほむらと手を結んだときに、痛い目にあったばっかりなので、
この手を拒んだ。


「どな……た…?」

まどかは怯える。これから始まる受難劇に怯える。



「世界は滅亡の刻です。私たち魔法少女は、自分が叶えた望みの代償を責められて、やがて皆、
魔女になってしまいます。このソウルジェムは、もう限界です」

といって、剣士の少女は、自分の銀色に輝くソウルジェムをまどかにみせた。

まどかは、ソウルジェムなんてものを知らなかった。しかし、それが、邪悪な光を放って澱んでいるのは分かった。

「ここに集まった人たちも、みな、同じように、穢れきって、魔女になってしまう者たちです」

剣士は、まわりに集まってきた魔法少女たちを目で示した。

まどかは、怯えることしかできない。できれば、放っておいてほしい。そう思った。


「宇宙をすべる円環の理であるあなた。私たち魔法少女の救済者様、さあ、今こそご自分の役割と姿を思い起して、
私たちを救ってください。私たちを導いてください。私たちの絶望を受け止めて、因果の果てとなってくださる方よ。
いまこそ、力を解き放ってください。全ての魔法少女たちを、お救いください。あなたにしか、できないことです。」


まどかは怯える。

怖くて、怖くて、泣き出したくなる。


今まで14年間、人として生きてきたのに、勉強もしてきたのに、あなたは宇宙のルールになる人だ、と
いわれてしまう。


「あの……」

消え入りそうな声で、ぶるぶる、体を震わせながら、目の前にたった剣士の魔法少女に対して、
まどかは言った。

「人ちがいでは……ありませんか?」

命がけの言葉だった。

相手の魔法少女は、剣を鞘に差しているのだ。何か気に障ることでも口にしたら、殺されるかもしれない。

そう、相手は刃物をもっていて、自分は、何も持っていない。

「…」

相手の剣士の魔法少女は、目を細めた。すでに、鹿目まどかこそ円環の理の人格化された少女で、
神の子としての再臨の力を秘めている未来を、確信している。

巴マミたち見滝原の魔法少女たちのテレパシー会話を、盗み聞きしていたからだ。


問題は、どう、本人に思い出してもらうか。


「あなたは、これまで何千年も、何万年も、たくさんの魔法少女たちを導いていたではありませんか。
忘れてしまったのですか。どうして、70億の命が危険に晒されている今のようなときに、お救いにならないのですか。
救済者であることに飽きてしまったのですか。」


剣士の問い詰めは険しい。

じりり……と、まどかに迫ってきた。


「こ…こないで……」

まどかは、おののいて、剣士から距離をとろうと、何歩か退いた。

「私は知らない!何もしらない……!日本に帰ってくるまで、一度も私が救済者だなんていわれたこともなかったし、
魔法少女とか円環の理とか……そういうことも全然わからない!ほんとに分からないの。お願い……はなして…。
わたしに関わらないで…」


その懇願は、聞き届けられない。

鹿目まどかとは何者か。

概念となることを自ら決意した少女ではないか。


全ての宇宙の魔法少女に対して、希望を捨てるな、最後まで信じなさい、と告げた当の本人なのだ。


それを、忘れてしまっているだけだ。思い出してないだけだ。

「あなたは神の子だ。私たちの苦しみと、絶望を、すべて受け止めるために、世にいま一度、降りてきた」

剣士がいうと、瓦礫の上にたった、ゴスロリ服の魔法少女も、語り始めた。

まどかに向かって。

「あなたは、私たちの奇跡の代償を全て、その身をもって払う人です。私たちの代わりに、痛みを背負ってくださる。
それによって私たちは、呪いを生み出すこともなしに、導かれて、この世から消え去ります。それが、円環の理でした。
あなたが、一時的に放棄している、あなたの使命です」

「私たちの罪のために、私たちの生み出した呪いのために、あなたは傷つき、引き裂かれ、存在さえ、
消されてしまいました。固体すら保てずに…概念となり、宇宙に固定されてしまいました。
あなたが一身に背負った壮大な祈りの奇跡のために、私たちは、癒やされたのです」


修道女服の魔法少女が告げた。


すると、剣士の魔法少女が、手の平に黒ずんだソウルジェムを、まどかに、見せ付けた。

「ひっ…」

目に涙を浮かべたまどかの瞳が、ソウルジェムを映す。

のろわれてしまって、魔女を生み出しつつある卵を。殻を割りつつある魔女の孵化を待つ宝石を。


「みてください。私のソウルジェムです。もう、魔女を生み出しつつあります。これを、消し去ることができるのは、
あなただけです。私だけでありません。ここに集まった魔法少女は、皆すべて、魔女に生まれ変わりつつある者たちです。
あなたしか救うことができないのに、なぜ、私たちをお救いくださらないのですか。あなたは、全ての魔法少女の因果を受け止めて、
魔女を消し去る概念となったことを決意したのではなかったのですか。それとも、救済者をおやめになったのですか。」


「ちがう……わたし……救済者なんかじゃ……」

魔法少女たちが、険しくなっていく視線に晒されているなか、まどかは、抗議した。

まさに命がけ。


鹿目という苗字をもらって、この世に生まれて、アメリカに滞在して、そして日本にもどってきた。

見滝原中学に通う女子生徒として。

明るい学校生活を思い描いていた。友達をつくって、お勉強して、夜にちょっと電話しちやったりして…。

さやかちゃんとも、仁美ちゃんとも、休日には遊びに出かけて……。

そんな日々を夢にみて、日本にもどってきた。


どうして、そんな私が、救済者にならないといけないの。

魔女を消し去る概念となって、消えなければいけないの。


しかし、さも当然のように、人間としての生活を思い描いている円環の理の人格は、世界の魔法少女たちを怒らせる。


あなたは、私たちの生み出す呪いを受け取ると決意したはずだ。その言葉はうそだったのか。

わたしたちを裏切って、使命を放棄して、円環の理であることをやめて、人間に戻ったのか。

私たちをお救いくださる神さまではないのか!


「さあ、今こそ、ご自分の本命を思いだしてください。あなたは神の子だ。もし、ご自身で、神の子であるという、
自覚がないのならばそれは、悪魔に侵されている証拠です。記憶を操られているか、支配されているのです!
いま、あなたを、助け出します。あなたを、悪魔の魅惑から、救い出し、あなたの本当の姿、本当の役目を取り戻させます!」


といって、剣士の姿をした黒いマントと鎧の魔法少女は、仲間たちに見配らせした。

すると、仲間の魔法少女たち3人が、まどかを取り囲むように、すた、すたと地面に着地してきた。


まどかは、怯える。背後にも、左右にも、魔法少女たちが立ち、囲まれて、逃げ場をなくす。

目に涙が浮かんでくる。


これから始まる、鹿目まどかを、神の子に戻す受難劇の恐怖を、予感した。


「あなたに眠る、神の力を呼び覚ますためには、わたしたちと、あなたが、戦わなくてはいけない」

と、剣士の少女は告げた。

手に、新たな武器、針の生えた棍棒を、取り出している。


その恐ろしい武器の威容に、まどかは、一歩、さがって退く。


しかし背後には、手に、金属片のぶらさがったばら鞭をもった魔法少女がいた。じゃらじゃらと金属片がはめ組まれた皮の鞭で、
ばら鞭の皮は、10本くらいある。フラグムという鞭の一種だ。


他にも、一本鞭のもった魔法少女もいたし、はらわたを腹から引きずりだすための拷問器具を武器として
持っている魔法少女もいた。その拷問器具は、先端が金属のフックになっており、人を苦しめる。


まどかは、どうしてこの異様な格好をした少女たちが、手に、かくも凶悪な武器を持ち歩いているのか、
分からなかった。


まどかが目の当たりにしているのは、魔法少女と呼ばれる存在たちである。

魔法少女たちは武器を持つ。


剣にしろ、槍にしろ、マスケット銃にしろ、弓矢にしろ、とにかく、武器を持つ。


魔法少女たちは、これらの武器を使って、鹿目まどかに眠る神の記憶と力、その神秘を、引き出そうとしていた。

世界の魔法少女たちを魔女化から救うため。


つまり、本人に、その意志がないのであれば、無理やり、引き起こすのだ。

神の力を。


「……うそ…だよね?」

まどかは、魔法少女たちが、魔獣を殺すために使ってきた道具が、いま自分に向けられている気配を感じ、
そして、たずねた。

信じがたい恐怖に、がくがくと、芯までふるえながら。

「ねえ……冗談…だよね?だって…わたし、本当に救済者でもなんでもないんだよ?自己……紹介、するね…。
わたしは、見滝原中学の二年生……鹿目まどか。鹿目まどかです。仲良くして…ね……」


まどかが言い終わらないうちに、後ろにたつ魔法少女が、皮に金属片の組み込まれたばら鞭をふるった。

バキン!


と甲高い音がなって、瓦礫の積もったコンクリート断片が、バラバラに砕けて、四散した。

「きゃあっ…」

まどかは飛び退く。


そして、魔法少女の持つ鞭の威力が、こけおどしのおもちゃでなくて、本物の武器であることも、知った。


「まだ、思い出さないのですか。」

金属片の鉤をばらばらとぶら下げた鞭を持つ魔法少女は、まどかを睨んで、いった。


ばしっ。

コンクリート断片を叩いた鞭を、手元にもどす。ばら鞭に埋め込まれた金属片の鉤に、コンクリートの破片が何個も
食い込んでいて、ぶらさがっていた。


「あなたの使命は、私たちを救済することではありませんか。そのために、魔女は消え去り、魔獣がうまれる世界に、
書き換えられたのではないですか。円環の理です。いつ、あなたは自分の本分を思い出すのですか。
世界は終焉の刻にきているのに、いつまで、そうして人の子の姿をしているのですか。怒りを感じているのは、
私たちだけではありません。世界の、すべての、魔法少女たちの怒りを、私たちは代弁するに過ぎません。
感じないのですか。世界は、円環の理に裏切られた魔法少女たちの呻きで、満たされているこの庭の絵図が、
見えないのですか」


人として14年間、生きてきただけなのに、世界中から憎まれる。

神の子に課せられた宿命なのか、呪いなのか、罰なのか。

ばら鞭の魔法少女は、鹿目まどかに、こう告げた。


「あなたの罰なのです。いえ、神の子であるあなたに、罰というのは、違うかもしれません。あなたの、
本分を思い出してもらうための、世界の魔法少女たちの願いと希望を、私たちが代行します。
道からずれてしまったあなたを、元の道に戻します。あなたを、本来の姿に戻します。それは、痛みを伴いますが、
その痛みこそ、あなたの本分。受け取るべきあなたの奇跡の、対価なのです」

まどかは、自分勝手にルールなんて変えちゃダメだ、と言った。

しかし、宇宙のルールまるごと、変えてみせたのは、そもそも、鹿目まどかであった。


対価を払うときがきた。

概念となったのならまだしも、人の子として降り立ったのなら、対価が要求される。


対価を要求しているのは誰か。

全世界の魔法少女たちだ。


呻き。嘆き。絶望の喘ぎ。

それらは求める。


円環の理が、復活してくれることを。


「やだ……いやだよ!」

円環の理が、人格となったまどかは、逃げる。

壮大すぎる祈りの対価に、背負うことになる痛みの大きさは、計り知れない。


だから、鹿目まどかは、逃げ出した。

瓦礫と焼け野原の広々とした地を飛び出して、走り出して、安住の家を求める。


求める。

鹿目まどかが、人として存在した証を。

すべての知人から忘れ去られて、存在がなかったことにされている少女は。


要求される対価から逃げる。

人として生きていいはずの、あかしを求めて、走る。


世界の魔法少女たちの喘ぎに、背をむけて、逃げ出す。空をみあげながら走りだす。


だが、その背中は、魔法少女たちが逃がさない。

神の子を、魔法少女たちは捕まえる。捕らえる。


円環の理は、インキュベーターたちが捕獲し、神の子は、魔法少女たちが捕獲する。


そして、はじまるのだ。

受難劇が。


「叩け!」

剣士の魔法少女が、なす術なく、背中をつかまったまどかに助けの手も差し出さず、冷徹に告げる。

「神の子である円環の理に、力を呼び起こさせるんだ!」


「やめて……助けて!」

まどかは、懇願して、叫んだ。少女の顔は、怯えきっていた。


だが、その背中を直撃したのは。


一打目の、金属片のばら鞭による、引き裂きであった。

10本のばらばらとした金属片のうち、4本が、まどかの背中を裂いた。


「あっ……がっ…!」

まどかは、苦痛に顔をゆがめ、そして、ふらっとバランスを崩し、瓦礫だらけの地面に、倒れて体を打ちつけた。

ばたっ…。力なく、倒れ伏す。


まどかの背中を叩いた魔法少女の持つ、鞭の皮にぶらさがった金属片の鉄くずからは、ぼたぼた、血の雫が滴り落ちた。

血飛沫の点々とした赤い跡を瓦礫のあちこちに残した。


鞭に打たれた制服は、背中だけ、びりっと四本の切り傷が、獣にひっかかれたかのように残り、そこからは、
まどかの血が、じわじわと浮き出てきて、制服を赤く染めていた。

「う……あう…!」

まどかは、痛みに震えて、指を握り締めている。


剣士たちの魔法少女は、鹿目まどかの様子を注意深く伺った。


ひょっとしたら、この一撃目で、うまくいけば、さっそく鹿目まどかは神の力を取り戻すと期待した。


痛みに耐えかねて、自分を救うために、神の子となって君臨するのではないか、と。


しかし、どういうわけか。

鹿目まどかは、背中を鉄くずに裂かれた痛みと戦いつつ、ぶるぶると手を震わせながら、膝を立てて、体を起した。


制服姿の少女は、神の力は借りず、自力で立ち上がる。背中からぼたぼた、出血しながら、ふらふら、歩き出す。

「まだ……わたしは……」

空をみあげながら、荒廃した見滝原を、あてもなく歩き出す。


「見つけてない…存在したってあかし……私がこの世界にいたっていうたしかな…証しが……!」

といって、独り言を呟いたあとは、血を流しながら町を進む。浮浪者のように。


神の子に戻る気配はない。


見かねえた魔法少女たちは、仕方なし、と判断して、また、金属片のむちをふるった。

ビュン!


「あっ……!あああッッ!」

二打目の鞭がまどかを打撃した。


さっきよりも多量の血が飛び出す。空気中に赤が舞った。びちゃっと音が鳴り、まどかの背中から、
金属片の鉄くずにえぐりとられた血が、花びらのように赤々と散って、地面に付着した。

地面にころがるコントリートの断片の所々は赤くなった。点々と。


まどかは再び倒れる。

瓦礫と、破片だらけの地面に、ぶっ倒れ、頬をうちつける。目はぎゅっと閉じられ、背中を襲う二打目の苦痛にたえている。


手の指の一本一本が、正常機能を失ってぶるぶる、激しくふるえ、想像絶する痛みに堪え続けた。


魔法少女たちは、今度こそ、鹿目まどかが神に戻ると思った。

人の子の姿をしている、この制服姿の女子生徒は、魔法少女とちがって、痛覚を遮断できるわけでもない。


つまり、ただの人間の状態だ。

そのうち、痛みにたえかねて、神の子と変身するだろう。


そういう期待が込められていた。


が、しかし。

まどかは、体も手も、激しくぶるぶるふるわせながら、ずるずると、瓦礫だらけの地面で立ち上がりはじめ、
握りしめた指で手をついて、膝をたて、自力で、起き上がった。


人の子として。

多量に出血しながら。


「わたしには……まだ…!」

目にこもった強がりの意志。まだ、神の子になろうとしない。

「見つかっていない……ものが…!」

ふらふらと、起き上がったあと、また、一歩一歩、歩き始める。

全身から血を滴らせて、傷だらけとなりながら。


「いつまで、そうしているのですか」

血に染まった鞭をもった魔法少女が、問いかけた。

「あなたの見つけたいものとは何ですか。あなたの存在する意義ですか。それなら、はっきりしています。
あなたは、私たちをお救いになる円環の理として、私たちを導く概念になることが、あなたの存在理由ではありませんか。
他に、どんな使命があるというのですか。なぜ、人の子として痛みに耐え続けるのですか。使命を思い出し、神の子となれば、
その痛みも、たちどころに、消えてしまうのに!」


「いや…だ…!」

鹿目まどかは抗う。

自分の中に蠢く、神の力を呼び覚ますことに、抗う。


「どうして…?」

魔法少女たちの目に困惑が浮かぶ。

「あなたほどのお人が、私たちの救済を一向に拒むのですか。なら、なぜ、あなたは円環の理となったのですか。
私たちを救済すると決めたのですか。」


その問いを無視して、鹿目まどかは進む。

どこにあるとも知れずの、自分の居場所。


家族も知らなかった。自分のことを。美樹さやかも志筑仁美も知らなかった。

暁美ほむらだけが、まどかのことを覚えていたが、ほむらは、悪魔だった。


だれが私を認めてくれるの。

どこに、自分の居場所があるの。どこに存在しえるの。


それを、捜し求める。


だんだん、魔法少女たちの目に、呆れの感情と、怒りの感情が、浮かんできた。

こうも、頑なに、自分たちの救済を拒まれるとは、思ってもみなかった。


ただ、悪魔が、神の子の記憶を操作しているだけで、ちょっと刺激すれば、神の子は、使命を思い出して、
すぐに自分たちを救いに来てくれる、優しい、慈愛に溢れる女神だと思っていた。


実際に会ってみると、そんなことはない、自分のことしか考えないただの女子生徒ではないか。

こんな人のために、私たちは、導かれていくのか。


魔法少女の鞭を握る手に、力がこもった。

ギギギ…。


思い切り握り締め、すでに血が滴るその鉄くずだらけの鞭を、再び、まどかの背中へ、あてがってぶっ叩く。


「あッッ──っ!」

まどかは、すぐ苦痛に喘いで、倒れてしまう。人の子は、いともたやすく崩れ落ちる。

ぎいっと歯を握り締めて、無様に倒れこみながら、痛みに堪えるまどか。地面に飛び散る血。

しかし、鹿目まどかは耐える。


耐え続ける。


ぶるぶる、ふるえる指を、血が滲むほどに握り、また、立ち上がり始める。

手をついて、頭は空をみあげて。

その起き上がったまどかの背中を、四度目、鞭が叩いた。

「ああああっ──あう!」

まどかは、再び倒れる。背中から血を飛び散らせて。神の子の血は、魔法少女たちの衣装に返り血として付着し、
魔法少女たちの服もびたびたと赤く染めた。


だが、一番赤く染まっているのは、まどか自身だった。


まどかの倒れた瓦礫の地面は、たちどころに、赤く染まってしまう。背中から垂れ流れる血は、とめどめなく、
制服を着た背中から、滲み出ていく。


これは、神の子の血。

鹿目まどかの血。


魔法少女たちの服と、地面に、滴り流れた血は、まどかの奇跡の対価として支払われる血。

奇跡のために、命を使う。

命とは、血。


赤色の、情熱の血は、まどかの背中から、飛び出していく。


五度目、金属片の鞭が、えぐれたまどかの背中に直撃した。

その反動で、びちゃっと血が、出血部分から、勢いよくとびだした。


「ああああ゛!あああ゛っ!」


まどかは、喘ぎの声をだす。目を閉じながら、声だけだして、痛みに震えた。


そして、また、地面に倒れふして、力なく手足を垂れた。

が、すぐにまた、立ち上がりはじめる。目をぎゅっと閉じ、痛みと戦いながら。

自分の中に眠る神の力を、懸命に抑え付けているかのようだ。決してその力には、頼らないと心に決め込んでいるかのように。

魔法少女たちは、鹿目まどかが、神の子に変身するまで、鞭で叩き続ける気であったが、鹿目まどかの抵抗は、
想像以上だった。


神の子となることを、この本人が、頑なに拒む意志。

それが、魔法少女たちには、理解できない。


鞭打ちの六度目。


鉄くずと、金属片が、じゃらじゃらとぶらさげる皮のばら鞭。叩けばコンクリートを砕く鞭が、少女の背中に、
あたった。


「あああ゛っ!!」

まどかは叫ぶ。痛みに。悲鳴をあげる。


六度目、鞭を叩いたのはよかったが、何個かある金属片のうち、一個が、まどかの背中の肉か骨にひっかかって、
とれなくなった。

ひっぱっても、ぐいぐいとまどかの体内に鉄くずがのこってしまい、ひっかかっている。


魔法少女は、力いっぱい、強引に鞭をひきぬいた。


次の瞬間。


血と肌が飛び散った。


思いのほかからだの奥深くにまで食い込んでいた鉄くずが、まどかの背中の肉ごと、引き抜かれた。

「うわ!」

鞭をもった魔法少女の黒いゴスロリ服に、多量の肉と、ひっぺ剥がされた肌が、飛び散って付着し、
おもわず彼女は飛び退いた。


「きゃああああ!ああああ゛っ!」

まどかは目をぎゅっと閉じて、激痛に顔をゆがめた。


そして、苦痛に悲鳴をあげて、礫だらけの地面で、指を握りしめて、痛みと戦った。
戦いつづけた。ぶるぶる背中を震わせて。


魔法少女たちは、異様な視線をまどかに注いだ。

なぜ神の子にならないのか。円環の理にならないのか。


ここまで痛めつけられれば、もう、十分なはずなのに。


しかし、もっと魔法少女たちを驚かせ、瞠目させたのは、その痛めつけられた神の子が。


人の子としての姿を保ちながら、再び、痛みを乗り越え、立ち上がりはじめた姿だった。

「う……うう……う!」

鹿目まどかは、指を握り締めながら、歯を噛みしめて。

血に爛れた背中の痛みを負いつつ、また、自力でたちはじめた。

足を動かし、地面に擦らせて、膝をつき、手を支えにして。


ぎいっとピンク色の目が、絶対にこの命を円環の理に渡しはしない、と意地を固くさせて、血まみれになりながら、
懸命に地面をよじって、立ちあがる。

今日はここまで。
明日か近日中に、続きを投下します。


うーん、えらいことになった

まどかフルボッコwwこれはひどい
みんなゲス過ぎww

痛快な作品だったよ1乙wwwwww
論理的に正しいssを読むと気持ちいいなwwwwww

いまのこのまどか、自分探しの旅に執着しすぎてるせい(かなりほむらのせいでもあるが)で
他者のことを考えるリソースなんかなくなってるんだろうな。 魔法少女だの神様だの云々さっぴいても。

たぶん、目の前に赤の他人ではなく、親愛なる人々の屍を並べられてもそんなに心動かないんじゃないかなって思う。
ほむらといい、さやかといい、あるいは家族といい。
『本当に親しい人、近しい人の死だの喪失だの』には『まどかの目では直面してないわけだし、
そーいうのを自分とは縁のない、テレビ、あるいは人から聞くニュース上のモンだとでもしか思ってなさそうだし。


あるいは今のこの子、パパ、ママ、タツヤ、仁美の死体並べられても、どこか他人事みたいに感じるのかもしれない。
自分のことを家族だと思い込まされていただけの、生んでくれた記憶も記録も思い出も出してくれない、
『家族っぽいことをしてくれたどっかの一家』ってな認識になりかけてそうだし。

モブ共は円環の理の女神なんて知らないだろうに
この展開をやりたくて無理やりな設定にするのはないわ

そもそも円環の理があるのに、魔女の事を知っているなんていう矛盾した展開だ
モブが円環の理の女神のことを知ってたって些細なことよ

まあまあそう痛いとこ突いてやるなよ
全員クズすぎて一周回って面白くなってきたよ

76

鹿目まどかは痛みに意識を朦朧とさせつつ、世界を眺めた。

視界はうっすらと霞み、霧がかっている。

今にも気絶しそうだ。


だが、このまま意識を失ったら、自分でなくなってしまうかもしれない。宇宙のルールというものに、
なってしまうかもしれない。

そう思ったら、どれほど痛くても、意識を手放せなかった。


耐えるしかなかった。

ぼたぼたと滴る血の生暖かい感覚が背中にする。しかし、外に出た血はすぐ冷え始める。

背中は冷たい。びっしょりと濡れた血によって、背中は冷たい。


制服のやぶけた繊維の一本一本が、切り傷の中にはいりこむ。

痛い。

とても痛い。


外気が、切り傷にふれて、服を強くふきつけ、服は肌にこすれる。

それも、また、とても痛い。


「愚かな人!」

ばら鞭をもった、ゴスロリ服の魔法少女が、喋り始めた。

その頬にも頭にも、返り血が、ついている。

「あなたは神の子なのですから、その力を解き放てば、その痛みからなど、すぐ開放されるというのに。
なぜ力を覚醒させないのですか。何をそう意地になるのですか。このまま死ぬとでも、いうのですか」

鞭がふるわれる。

バチンッ!

まどかの背中を直撃し、肌は剥げ、鉄くずにえぐりとられて、血だらけな背中に、
金属片の鞭が叩き込まれる。


「あああ゛っ!」

まどかは、また、倒れた。


ばった。


前にむかって飛ばされて、勢いよく、瓦礫だらけの地面に、ざざざーっと音たてて、体を擦らせつつ倒れ伏す。

体に無数のかすり傷ができた。


背骨を叩く鞭。背中をえぐりとる鞭の金属片。また、容赦なく、8打目、9打目、10打目の鞭が、
容赦なく叩き込まれ、鹿目まどかを、血まみれにした。


「あぐっ…ああ!」

瓦礫と破片を握り締めて痛みと戦うまどかに、鞭が叩かれ、まどかの頬は金属片がえぐりとり、血の切り傷が三本、のこる。

指を握り締めて、歯を噛み締めて、鞭の打撃に耐えるまどかの頬が、血だらけになる。


「あああ!」

また、12打目の鞭が叩き込まれ、顔をかばうまどかの腕に、鞭が振り落とされ、まどかの腕は金属片に引っかかれて、
血のひっかき跡が、無数にのこった。

「あ───ああ゛!」

15打目の鞭。

「ああ゛……あ…あ゛…」


息も絶え絶えになりはじめる鹿目まどか。

うずくまり、ひっかき傷だらけで激しく出血した背中を丸め、血だらけの腕で、体を守っている。


「はあ……はあ…はあ」

いっぽう、鞭をもった魔法少女も、息を切らしていた。


気づいてみれば、20打以上も、人の姿をした女子生徒に、ばら鞭を叩き込んでいた。

その出血量は半端ではなく、ゴスロリ服は、神の子の返り血で、べとべとだった。

鉄の臭いが充満した。鼻を覆いたくなるほど。


まどかが倒れる道路の地面は、もう、飛び散った血の点々とした跡が、無数に残り、
曼珠沙華が乱れ咲いているかのようだった。

「ああ゛…あ゛……ああ…」

まどかは喘いでいる。意識絶え絶えだが、まだ、片目だけ開けて、もがき、立ち上がりはじめる。


もう、制服はぼろぼろ、原型をとどめていない。


体じゅうが、鉄くずにひっかかれた切り傷だらけで、真っ赤だ。白い肌はほとんどない。どこも赤い。

腫れていて、ひっかき傷に覆われていて、背中は鉄くずにえぐられて深手を負う。傷口が外気にふれている。


「わたし……みつけなきゃ……」

傷だらけで、ぼろぼろな神の子が、口にした言葉は、こうだった。

「わたしがこの世界に生まれたっていう……その意味!それまでは……消えたくない!消えてなくなりたくない!」


円環の理という、世界から消し去られた概念が人格化した少女が。

この世界にふたたび降り立った意味を見つけられる場所とは、どこなのか。

77

魔法少女たちはあきれ果てると共に、強い怒りを感じていた。


この少女は、どこまでも、円環の理となることを、拒んでいるではないか。

こんな痛めつけられて尚、嫌なのか。もう二度と円環の理になど、なりたくないというのか。


そんな無責任な救済者だったのか。


ここまできて、ばら鞭をもった魔法少女たちと、剣士含むほかの魔法少女たちとの間に、
ひとつの合意が生まれた。

痛めつけるだけでは、ダメだ。神の子の抵抗は強い。


これでは足らない。

もっと、絶望的に追い詰められた状況を作り出さないといけない。


「どこにも逃げられないように、磔に架けよう」


それが、この魔法少女たちの下した決断だった。

鹿目まどかは、ついに、探し物を求めて彷徨う歩く自由さえ、失ってしまうのだ。


生きたまま十字架に磔にされて、人として生きる道は封じられる。

となれば、もう、この神の子は、円環の理の姿に戻るより他ない。今度こそ、うまくいく。


よぼよぼと歩き始めた、血だらけの少女の、血まみれな背中むけて、魔法少女が。

ばら鞭をふるい、ギザギザの鉄くずの数々を、食い込ませて叩いた。


血が飛び散る。あちこちに。地面を赤々とぬらす。


「あっ…あが…!」

まどかは倒れこむ。地面に。


派手に倒れて、血を滴らせながら、破片のころがった地面に、ばたっと倒れ伏す。悲しそうな目をして。

そのまどかの、体が蹴られて、まどかはごろん、と仰向けにころがされる。

「ああ゛……ああ゛っ!」

走る痛みに、まどかが呻き声を漏らした。


その腹に、ばら鞭が落ちる。


「あっ…が…!」

腹は、無数の金属片によって、ひっかかられ、血の跡が走った。筋のように、三本。

バチュン!

「あああ゛!」


もう25打も鞭に打たれていた。

想像より遥かに多くの回数、鞭うった魔法少女たちは、なぜだが、歯止めがきかなくなる自分たちを感じていた。


背徳感か、興奮か、加虐心か。

いや、そういう人の感情を越えたものだった。


あえていうなら、使命感。

自分たちが、神の子に受難を施すことで、やがて、世界は救われる未来がくる。


さあ、30打目の鞭が終わった。


まどかは、全身が金属片にえぐられたひっかき傷だらけになり、倒れて、足、手、腹、背中、顔、どの部位からも、
ひどく出血していた。

「あぐ……あ゛……あ゛…」

だらん、とピンク色の瞳を垂らして、気絶寸前になっている。


魔法少女たちは、使命感に燃えた。


いよいよ、神の子は、人の子としての意識を手放す。そしたら、神の子の本性の意識が、芽生えるのではないか。

世界は、救われるのではないか!


そんな期待感に胸が膨らむ。服を、返り血だらけにして、ぼたぼたと赤い血を服の袖から滴らせながら。

「磔に架けよう」

と、剣士の魔法少女が、指図する。

仲間の魔法少女たちは、合意して、意識を失いつつある鹿目まどかの、傷だらけな両手首を掴んで引っ張って、
ひきずって運び出しはじめた。


ずざざー、と、まどかの顔は天を仰いだまま、ひきずられて抵抗できないまま運びだされる。

まどかは意識半ばな瞳は、ぼんやり、空をみあげていた。曇り空。庭の創造、6日目の夜。

血まみれのまどかの体が、ずさーっと引きずられて運ばれてゆく。

瓦礫の破片が散らばった地面を。


「ああ゛……あああ…。」


まどかは痛みと戦っていた。

両腕の手首を持たれて、崩壊した地面を引きずられていって。


「あああ゛…!ああ゛っ…!」

意識の失いかけたまどかは、痛みに、喘ぐ。


それでも、鹿目まどかは、強引に連れ去られつづけた。

78

鹿目まどかは見滝原の丘にまで引きずられて連らてこられた。

そして、丘は、きりたった崖があった。


半月の輝きが、ここからは、よく眺められる。

丘には樹木があり、死んだ蛇のそばに、首を吊った暁美ほむらの姿があった。

悪魔は死んだ。自殺した。


魔法少女たちは、悪魔の死を喜び祝った。


あとは、円環の理の一部であるという、この神の子が、復帰してくれれば、世界は救済の未来を迎える。

勝利の予感に、胸が躍る。


ここまで引きずられてきたまどかは、ふわふわと、宙に浮いたような、夢のような心地に陥っていた。

もう、血が足りない。死は、近い。


本当は、死にたくない。

まだ、死にたくない。


でも、どうにもならない。

まどかには、なんで自分がこんな目に遭うのか、わからない。けれど、自分を痛めつけるあの魔法少女たちは、
それがあなたの運命だ、さだめだ、そうなるために生まれてきた、という。


神の子のさだめだ。

剣士の魔法少女は、丘まで到達すると、仲間の魔法少女たちに目配らせした。

するとどっから取ってきたのか、魔法で召喚したのか、大きな木でできた十字架と、釘とハンマーを持ち出した。

修道女の魔法少女がもつ道具だった。

この魔法少女は、たとえばグリーフシード争いで敵対する魔法少女を倒すために、この十字架にかける。仲間たちと共に。


そして、その十字架と、釘とハンマーを投げ落とした。

バララ。


まどかの倒れる丘の花畑に十字架が落ちる。数枚、花びらが散った。


人体を十字架に縛り付けるためのロープもあった。まどかの身長の三倍ほどもある十字架は、タテが長くヨコが短い。

手を磔にするための横木には、釘を通すための穴があいていた。

また、ロープを引っ張って十字架を立てるための金具の輪もあった。

グリーフシード争いになった敵の魔法少女は、打ち負かして、この十字架にかけてやれば、
あまりの苦痛に泣き叫びながら、もう二度とこのテリトリーには入りませんと誓うことになる。


鹿目まどかは、抵抗もできず、魔法少女たちによって、腕が十字架にロープでくくりつけられる。

横たわった十字架の上に、まどかの体はごろんと寝かすように乗せられて、まず左腕が、十字架の横木に、縛り付けられた。

限界までぴんと左腕が伸ばされた状態だ。ひっこめることはできない。ロープに縛られている。


もし、神の子の力を、ここで呼び起こせば、簡単に脱出できる。

けれど、まどかは、失いかけた意識のなかで、それだけは拒んだ。


ここまできて、ついに分かったのだ。

鹿目まどかという存在が、あるという証が、どこにあるのか。


世界は、神の子の誕生を待ち望んでいるのに、世界で一人だけ、それを拒んでいる少女がいる。

自分だけだ。


神の子に生まれ変わることを、拒絶しつづけるこの意志が、自分の存在する証拠でなくて、なんなのか。


だから、守り抜こう。

決して、折れない。


だって、思い描いていた。

素敵な学校生活を。


新しくできた友達がいて、勉強をして、成績の上げ下げに一喜一憂したりして…。

夏休みになったら、三年ぶりに会えたさやかちゃんと、仁美ちゃんとで、遊びにでかけて、
交換日記をつけたりして…。

将来のことも、考えてみたい。


それが、私の気持ちだったのに、どうして、円環の理にならなくてはいけないの。


わたし、分かったんだ。

円環の理になることを拒むこと、それに抵抗することが。


私の存在意義。私の存在理由。私の、最後に残った生きたあかし。

鹿目まどかは、朦朧とする意識のなかで、ぼんやり、血だらけの顔をした瞳を見開いて、
ロープに結ばれた十字架の上に寝かされて横たわった自分の腕をみつめた。

腕が縛られた横木には、釘を通すための穴がある。釘がここを貫通する仕掛けだ。


横木にロープで括られた腕の、左の手首に、まず一本目、釘が近づけられた。


まどかの手首の、やわらかい部分に、トンと釘が押し当てられ、肌に沈み込んでゆき、やがて、痛いほど強く押し付けられていく。


釘は、9インチの長さ。24cmほどある鉄の大釘。


十字架に縛り付けられてなす術ないまどかは、手首に押しつけられた一本の釘の頭に、魔法少女が、
大きなハンマーを叩きつけてくるのを、見つめているしかできなかった。

79


バゴッ。

釘の頭をうつハンマーの音が、頭に轟いたとき、まどかの手首に激しい痛みが走った。


「あがっ……あっ゛」

手首に釘が刺さる。

まどかの手首に釘が打ち込まれれた。ハンマーによって。


倒された十字架にロープで結ばれていて、釘の刺さる腕は動かせない。

ただ、自分の左手首に、釘がハンマーに叩かれ、押し込まれて、血が噴出していくのを、
この目で見届けていくしかできない。


バゴッ──!バキ!


繰り返し繰り返し、まどかの手首を刺す釘に、ハンマーが打ち込まれる。


手首の真ん中、やわらかい肉の部分に、釘が通ってゆき、十字架の穴へ入ってゆく。


「あ゛っ……ああ゛っ…ああ!」

釘が通り、まどかの左手は、完全に十字架の横木に固定される。



これが、まどかに用意された、宇宙を造り替えた祈りの対価を支払う舞台装置だ。


宇宙にしたって、そう何度も勝手に作り変えられては、たまらない。その行いには、代償が要求される。

「あっ…ああ゛っ─!」

まどかは、歯を食いしばって、左手首に埋め込まれた9インチの釘の痛みと、戦った。


引っ張ってみても、手に痛みが走るだけで、抜け出せない。


左手の釘打ちが終わったあとは、右手へ。

魔法少女たちは、ハンマーを手に、まどかの右手をつかまえて、釘を通す十字架の穴の部分に、
まどかの右手を固定しようとした。

つまり、釘の打ち込む位置に。


「あっ゛……あああ゛っ…ああ…!」

まどかは、絶え絶えな息をもらしながら、それに抗う。


左手は釘打たれ、使えなくなり、自由なのは右手だけ。


その右手にも、また釘打たれるのを、拒む。


魔法少女たちが、まどかの右手をつかまえて、釘の打ち込む位置、十字架の穴の箇所まで懸命にもってこようとするが、
まどかは、歯食いしばって懸命に抵抗した。

ぎきぎぎぎ…

十字架の横木に、まどかの腕を倒そうとする魔法少女の手と、倒されないように抵抗するまどかの手。

互いに、力を押し合う。まるで腕相撲状態だ。


すると、剣士の魔法少女が、ロープを取り出して、言った。

「わからんやつらだな。こうするんだ」

といって、ロープをまどかの右手首に巻きつけて、縛ると、ロープを体重かけてぐいと引っ張り始めた。

綱引きのように。


ググクグ…


手首に走る強烈な力。


ロープに引っ張られる力。


まどかは、懸命に、抵抗する。


「ああ゛っ……!ああああ…!」

絶望的な想いのなか、それでも歯を食いしばって、右手を守る。


だが、だんだん力負けして、まどかの右手が、十字架の釘を通す穴に、近づいてきた。

剣士の魔法少女はすると、もっと力を込めて、ロープを足を使ってぐいぐい引っ張った。


そして、次の瞬間。

ごきっ。


骨の関節の音が鳴って、まどかの肩の関節が外れた。

「あ゛っ…!あ!」

まどかは悲鳴が口に漏れる。


「さあ!やれ。神の子を、呼び覚ますんだ」

ソウルジェムが濁り、いつ魔女化がはじまってもおかしくない魔法少女たちは、急かされて、
すぐにまどかの磔にとりかかる。


肩の間接が外れたまどかの右手を、無理やり引っ張って、十字架の横木の穴のところにもってゆき、
そして、釘をあてがった。

右の手首に。いちばんやわらかい、細い骨と骨のあいだに。

また、右の手首が痛くなる。釘を押しつけられて。


「あああ゛っ…!……助けて…ほむら…ちゃん!」


まどかは叫ぶ。

魔法少女たちが、大きな重たいハンマーをふりあげた腕をみて、叫ぶ。

とっさに脳裏に浮かんだ人の名前を。

「助けて……!ほむらちゃん……助けて!」


バキッ!

「…ううう゛っ!」


一撃目。

釘が打ち込まれ、血の滴が飛ぶ。赤い液の数滴は、まどかの顔にふりかかって、赤くこびれついた。

生暖かい自分の血のぬめっとした感触を、まどかは頬で感じ取った。


「ああ゛っ……あああ゛!」

痛みに目を限界まで見開く。


瞼が、見開かれてしまって、天をみあげた。

瞳が大きくなる。体に走る衝撃と、痛みに、震える。がたたた、と瞳が小刻みにふるえる。

でも、我慢する。


バキッ。バキンッ──

何度も打たれる釘。手首に食い込む釘。肉を通る釘。骨と骨のあいだを通り、十字架の穴を突き抜けて、
血だらけな釘の先端が、横木の裏側に飛び出してきた。


バキッ!

石のハンマーが釘を叩く。


「ああ゛……あああ゛…」


両手とも、釘に打たれたまどかを襲うのは、足に刺さる釘。

ずたぼろになった制服スカートの下に伸びる、白いソックスの足に、踏み台がまず釘によって打ち込まれ、
そこにまどかの両足がのせられて、つづいて足の甲に釘が打ち込まれる。


「ああ゛っ!あぐっ……いいいっ…!」


両手両足に釘を打ち込まれ、十字架に磔となったまどかは、身動きとれなくなった。

こういうことは何度か、グリーフシード争いの敵となった魔法少女たちにも、この一団は、やってきた。

グリーフシード争いとは、喧嘩におさまるものでなく、殺し合いであった。そこには残酷さがあった。

まして魔獣が発生する世界が終わり、まければ自分たちが魔女となる世界では、なお更、過酷だ。


「十字架をひっくり返せ」

剣士の魔法少女は、返り血まみれな、ハンマーをもった仲間たちに指令し、仲間たちの魔法少女は呼びかけに応じた。


ゴスロリ服の魔法少女も、ドレス服の魔法少女も、まどかが釘によって打ち込まれた十字架を2人がかりで持ち上げて、
反転させてひっくりかえす。

十字架がいちど、横向きにたち、まどかは自分の体重に苦痛の声をだす。


そして。

バタンッ。


「あぐっ…ああ…あ゛!」

十字架はひっくり返り、裏返しにされ、まどかは十字架の下敷きとなった。


顔と地面が向かい合わせになる。両腕を横木に固定された状態で。


魔法少女たちは、まどかの手に打ち込んだ釘が、十字架の裏側にはみでたその先端を、石のハンマーをつかって、
真横に叩き曲げ始めた。


バキッ。

ドコッ。ガン!


まどかの手を貫通し、横木の裏側にはみでた釘の赤い先端は、こうして曲げられ、簡単には抜け落ちないようにされる。

左手の釘を叩き曲げたあとは、右手の釘を。


同じ要領で、叩き曲げる。


カツン、ゴン───バキ!

先端を叩いて、曲げ、横向きになったら、上から思い切り打ち付けて、釘を真横にする。

「元に戻せ」

剣士の魔法少女が、仲間たちに指示し、すると、魔法少女たちは、まどかが下敷きになった十字架を元に戻した。


再び十字架は反転し、まどかは仰向けに。


がたん!小石だらけの丘に、十字架がまた、裏表をひっくり返された。

重たい十字架が反転して落ちた反動で、まどかの呼吸がつまる。小石が飛ぶ。


「あぐっ…う!」

血の垂れる口が、呼吸に喘ぐ。

目をぎゅっと閉じる。手足が釘に固定されたまま、天を仰ぐ。


もうとっくに、人として血を流す限界がきている。でも、それでも死なないということは、やはり、
この鹿目まどかという少女は、人ではなかったのだ。


魔法少女たちはそれを知っていた。巴マミと、佐倉杏子、美樹さやかたち、そのテレパシー会話を、盗み聞いていたから。


「十字架を立てろ。神の子の再臨は、もうすぐそこだ」


剣士の魔法少女は言い、すると、十字架の横木両端に付いた金属の環に、ロープを通し、結んだ。

2人がかりで、同時に引き上げて、十字架をたてる。


すると、磔になったまどかが、高く高く掲げられた。十字架の犠牲者となって。空の下に。

両手両足は、釘を打たれ、通されて、ぼたぼたと血が滴る。


十字架。それは、罪びとの背負うもの。罪びとの果て。末路。


鹿目まどかは、罪人となった。

世界じゅうの魔法少女たちはいうだろう、この光景を見たら。

おまえの罪は、わたしたちを裏切ったことだ。わたしたちに、なまじ半端な希望を与えておいて、あとで裏切った。
私たちはあなたを信じて、導かれることを待っていたのに、あなたは裏切った。世界じゅうの魔法少女の希望を裏切り、
貶めたのだ。だから、あなたは十字架にかけられるのだ。


十字架が立てられると、崖の中の掘られた穴に、すっぽり十字架の縦木が収まった。

仲間の魔法少女が掘った穴だ。この穴に十字架を埋めることで、縦木が立つ。


「ううう……ああ…」


まどかは、痛みに喘ぎながら、十字架の磔になった状態で、魔法少女たちを見下ろした。


まどかの視界いっぱいに、見滝原の花畑と、樹木と、丘と、荒廃した町が入ってくる。


かすんだ視界。脳は、がんがん痛みが走っていて、血量不足を訴えている。


ふらふらとする意識。

でも、自我だけは失わない。意識だけは保ち続ける。


そう、決めたことだから。


「あああ…ううう…」

とはいえ、死は確実に、秒刻みで近づいていた。。

人は全体の血液の30%を失うと致死量となる。まどかの出血量も、その領域に達しつつあった。



足も手も痛い。ふきつける風が痛い。体中の切り傷に、鋭い痛みが走る。カッターで削られるかのようだ。

すると、様子を見かねた魔法少女が、話はじめた。

剣士の魔法少女だ。


鞘から剣をぬき、ギランと光る銀色の刃の先を、まどかへ向けて、呼びかける。


「あなたは神の子ではありませんか。なぜ、そのお力で、十字架から自らを救わないのですか。あなたが、
力を発揮すれば簡単にできることです。なぜ、磔のままでいるのですか。神の子なら、磔から降りるくらい、
できることではありませんか。」


「はあ……はあ…あ!」

まどかは、呼吸に喘ぐばかりで、何も答えられない。

息を吸っても吸っても、楽にならない。血が足りない。


「もしあなたが、救済者であるなら、今こそ十字架から降りて、私たちを救う、円環の理の神になってください。
世界中の魔法少女が、あなたを希望とし、救いを求めています。なぜ、いつまでも目を背けるのですか。あなたが、
目をずっと背けているから、私たちは、あなたを十字架にかけたのです。」



「ああ……あ…えて……ら…ちゃん」

すると、血まみれの鹿目まどかは、十字架の上で、何かを喋り始めた。

「たすけ…て……ほむら……ちゃ…ん」



それは、魔法少女たちを瞠目させた。


この期に及んで、神の子は、流血に体を染めながら、十字架の磔で、だらだらと血を流しつつ、悪魔の名を口にするのだ。


「ごめんね……あのとき……ごめんね…」

十字架の上で、空をみあげながら、血に染まったまどかの顔の口が、天に願うように、語りはじめる。

「あやまりたい…の…。私には、ほむらちゃんしかいない……そう、言ったのはわたしだったし、
今もその気持ちは変わらない。それだけ、もう一度だけ……言いたいの。ごめんね……」


そう、円環の理が人格化して、誕生した、この新しい鹿目まどかは。

その存在を知っている他者など、悪魔しかいなかった。


なぜなら、いま、十字架にかかっている鹿目まどかを、創ったのは、他でもない、暁美ほむらだったから。

産みの親は暁美ほむらである。鹿目詢子ではない。鹿目詢子が腹から生んだ鹿目まどかは、消え去った。忘れ去られた。


この新しい鹿目まどかは、円環の理の一部が人格となった、神の子であった。


その存在は、暁美ほむらしか知らない。ほむらが実験台となった理由でもある。だから、神の子の記憶にある親友たちが、
あなたを知らないと口を揃えるなか、暁美ほむらだけが、あなたを知っていると答える。


神の子にとって、暁美ほむらは、最高の友達だった。


ほむらの世界改変は、まどかの世界改変ほど、完全でなかった。

円環の理のほんの一部の力だけ借りて、宇宙を改築したそれは、本来まどかが存在しなくなった魔獣の世界に、
無理やり、円環の理が人格化した少女を置いて、関連する人たちの記憶を捏造した、ツギハギのような幻想の庭だった。


結局まどかが、人として暮らそうとしているうち、もつれがでてきた。


存在しないはずの子の記憶など、捏造するに限界があった。神の子は、それに気づいていった。

家族も、友達も、他のひとたちの記憶など、すべて捏造で、偽物であることに。

本当に、自分のことを覚えていて、知っている人は、ほむらしかいないこと。


「ごめん…ほむらちゃん……ごめん…それだけ、もう一度だけ会って、それを……伝え…たい…。


円環の理の人格は、悪魔との再会を求める。

唯一自分を本当に知っている人との再会を、求める。


それは、まどかを十字架にかけた魔法少女たちの、怒りを誘った。

「その悪魔は、私たち魔法少女が、呪われて絶望することなく導かれる円環の理を、崩した悪魔ではありませんか。
なぜ、その人の名を呼ぶのですか。あなたの敵ではありませんか。悪魔に、魅入られてしまったのですか」


「…。」


まどかは、全く何も答えず、だらん、と頭をたれて、すう、すうと息を吸う。

目がきょろきょろする。瞳孔の開ききったピンク色の目。また空をみあげる。速度を高め始めた空を流れる雲。



あたりはすると、だんだんと暗くなりはじめた。


夜が訪れた。世界の夜が。

神の子は死にちかづく。


本人は、死にたくないのに。

自分の中に眠る、神にも等しい力を呼び覚ませば、こんな十字架など、すぐ抜け出せるのに。


まどかは、それをしない。

速度を速めた雲が轟く。地のすべてを雲が覆い、世界を暗くさせる。


しかし、丘に立つ十字架のまどかだけ、きょろきょろ、まだ瞳を動かしつづける。

高速で流れる雲。黒い雲。


十字架に流れでる血は増える。


まどかの目に映る雲。まどかのきょろきょろとする視線に従って、雲が流されていくかのようだ。

天がまどかを見る。天がまどかの死をみとどける。


まどかも天を見返す。

長い睫毛をしたピンクの瞳は、天にいる神の姿をとらえる。白い神の姿を。まぼろしだった。


ゴゴゴコゴ…。

雲が暗くなる。ますます黒くなる。風は強まり、返り血にまみれた魔法少女たちの服が、風にふかれた。

時間を追うごとに風が強くなる。


神の子は、十字架から抜け出そうって気配も見せず、弱っていく。


三時間が経過した。


やがて、ついに。

心臓の音が不定期に、止まり始めたとき、まどかは天をみあげていった。


「ああ、神さま、神さま」


かの魔法少女たちが目をみはって、十字架にかかったまどかをみあげた。そして、まどかの独り言に耳を寄せた。


涙ながら、血だらけの姿をした神の子は、天に対して問う。

「神さま……なぜわたしは創られたのですか?」

と言い残して、神の子は、ついに、命を……。


絶やす。


全体重が、両手の釘にかかり、痛みが走る。十字架の木材に磔になっているまどかは、力尽きると、
Yの字に頭をたれて、体重を手に任せ、そして動きをとめる。


どく……どく………… どく。



心臓の音がきこえなくなってくる。血が足りなくて、心臓は血の補給を訴えて、最後に一度だけ、
激しく鼓動をはやめた。


どくどくどく。


まどかの体が痙攣する。びく…びく…。血があらゆる傷の箇所から、十字架に垂れ落ちる。


どく………どく。


ついに、血がまったく心臓に補給されなくなったとき、意識が飛んできて、頭はがんがんし、
目の視界には何も映らなくなり、いま目をあけているのか閉じているのかも、自分で分からなくなった。


まどかの瞳は、やがて、光を失って、大きくも小さくもならなくなる。

瞳孔は開ききったままになる。


夢をみているかのような気分になる。眠くなって、夢が訪れるときのような、心地のよい闇。


ああ……。

天国に、迎えられるとき…なのかな……。

心地、……いい…… …。



心臓の音はやむ。


動きが、停止する。


そして、そのときがきた。

だらん、と頭を垂れたまどかは、下を向きながら、目を静かに閉じ、その命を終えた。


鹿目まどかは絶命した。


神の子は、その力を呼び起こすこともなく……。

人の子として、果てる。


ひゅううう──。

冷たい風が、ふきつけた。



ゴスロリの魔法少女、剣士の魔法少女、修道女の魔法少女、ドレスの魔法少女。

丘に取り残された少女たちの変身服を、風がゆらした。髪もなびいた。


だが、それだけだ。

むなしい。


何も起こらない。

自分たちのしたことは、ただ、一人の女子中学生を、鞭打った挙句に十字架にかけて苦しめただけだ。


「私たちは、見滝原の魔法少女らの会話に踊らされて、この女が円環の理であったなどという、
とんだ妄想を信じ込んでしまった」


と、剣士の魔法少女は、絶望の気持ちで語った。

もう、ソウルジェムは、限界だ。


「円環の理が、なぜ、私たち魔法少女を救済することをおやめになったのか。それは、分からない。だが、
私たちは今たしかに、罪を犯した。手ひどい罪だ。円環の理が、私たちを救済するもしないも、それは、
神のご意志しだいだ。なのに私たちは、この鹿目まどかという女子生徒が、円環の理の人格化した存在だと妄想したとき、
怒りを、この少女にあてがってしまった。のろってしまった。なんて罪深い、私たちだ。」


「…」

仲間の魔法少女たちは、黙り込む。

手ににぎった、ハンマーと、鞭と、釘。どれも血だらけだ。


数時間つづいた、鹿目まどかへの激烈な責めの痕跡が、のこっている。



「私たちのしたことは、ただの殺人だった。」

絶望を語る魔法少女の口。


鹿目まどかは、人の子だった。

神の子ではなかった。


どこまで、痛めつけてもたたきつけても、救済者の力を呼び起こすことはなかった。

たぶん、人違いだったのだろう。

普通の見滝原中学の女子生徒だった。


円環の理が、人格化して、今もこの世界のどこかに生きているなんて伝説を、なぜ信じ込んでしまったのだろう。


ただ、その伝説が囁かれた時期と、魔法少女の救済がストップし、魔女化がはじまった現象の時期とが、重なったから。


なんとなく、円環の理が壊されて、一部、悪魔によってこの世界に引きこまれたなんて仮説に、魅力を感じて、
信じ込んでしまった。

この鹿目まどかという少女こそその人だと確信してしまった。巴マミたちの、学校の屋上や教室で交わされたあの会話を盗み訊くだけで。



そして、この狂気のような拷問。

鹿目まどかへの徹底的な責め。神の子になれ、概念になれ、と責めつつ、繰り返した拷問。


なんたる醜い、悪態。

人のすることか。


もう、甘んじて、魔女に化ける運命を受け入れるしかない。救済される資格など、ない。


永遠にのろわれつづけよう。そして、人類を喰らおう。

それが、運命だったのだ。


剣士の魔法少女が、目に涙を浮かべつつ、絶望しながらがくん、と膝をつくと、顔を手で覆った。

「罪人となったのは私だ」

といって、魔女化の瞬間を、待った。ただ、待ち続けた。


そして、そのとき、奇跡は起こる。


ゆっくりと、空が明るくなってきた。ぱあっ…と。

空は黄金色になる。雲がわれ、あいだから神々しい光が差し込む。


たった一つの雨粒が、涙のように、天から落ちてきて、まどかのピンク髪に、注がれる。

ぴた…と、一滴、まどかの髪に滴る。


すると、どうだろう。

十字架にかかって死んだまどかの髪が、長く長く、伸び始めた。

ふわりふわり…。と、浮いてはゆらめく、ふさふさした髪。

ピンク色の美しい髪が、腰までするする伸びて、髪の量を増やす。


「みて!」

ゴスロリ服の魔法少女が、まどかを指差した。「まどかが!鹿目まどかが!」


はっとなって、剣士の魔法少女も十字架の少女を見つめた。

死んだ鹿目まどかには、変化がはじまっていた。



まず髪が伸び、腰あたりまで長くなった。

ずたぼろの制服が光を放ち、変化して、代わりにあらわれたのは。

白いドレス。


純白だがわずかにピンクの混じった、スカートがふわふわとした神々しいドレス。



この変身を目撃した途端、剣士の魔法少女たちは、その圧倒的にして壮大な力の出現を、その肌で感じとって戦慄する。



きらり、と胸元に光が一筋、煌き、ドレスの胸に、紫の宝石がつく。

足は、ソックスではなくなり、ヒールのあるロングブーツになった。

しかも、踵には、天使のような翼がある。


手には、白い手袋をつけている。その手は、釘の打たれた横木から抜け出す。


足も釘から抜け出した。


そして、小さな少女の体が変身を遂げて……ふわり、と宙をまい、それから、すた、と花畑に足をつける。

白鳥が湖に着地するように。


復活を遂げて、金色の瞳が、ぎろり、と見開かれた。


「ひいっ…」


死んだ少女の復活と、その変身に、ゴスロリ服や剣士の魔法少女たちは、たじろき、怯えた。

どの顔も青くなる。


金色の瞳を見開いた、純白のドレスをまとう、その少女は言った。

「はっきり、あなたがたに言います。救済のときは近づきました。わたしは、円環の理の子、あなたがたの救済者、
導く者です。いま、私の国を打ち立てるときがきたのです。」


魔法少女たちは、すると、神の子の前で全員、ひれ伏して、言った。


「やはり、あなたは神の子でした。私たちの救済者であり、導く人でした。あなたはまことに、正しく、
円環の理の記憶をもつ、人格の子でした」


純白のドレスに変身した少女は、跪いた魔法少女たちを見回し、そして、続きを語った。


「ここではっきりあなたがたに告げます。わたしは、概念でなければ、霊体でもない。私は、肉をもつ実体の子です。
わたしは一度、人の子として死を遂げ、そして復活しました。神の子として、あなたたちを救うためです。
はっきり言います。円環の理は死んでいます。しかし、わたしは生きています。かつて円環の理は、産まれる前に、
全ての魔女を消し去りました。私にはその力の一部が宿っています。しかし、肉をもつ人の子でもあるのです。
概念のように、痛みも犠牲もなく、魔女を消し去れることはありません。ひとつひとつ、この手で消し去るのです。
そして、全知である私は、これを言います。あなたがたの呪いは、わたしの肉に染み込み、痛みとなり、私を穢す。
しかし、私の心は打ち勝ちます。人の子として、一度死を遂げたとき、私の心は穢れることなく鹿目まどかとして、
死を遂げたからです。」


魔法少女たちは、神の子を目前にした畏れに、頭をあげることも叶わなかった。

純白のドレスと、ロングブーツのヒールで、地面を歩きはじめた円環の理の人格は、完全にその力に目覚め、
宇宙のすべてを知る。


自らを全知と言い切る。

だが、その体は肉がある。概念体でも霊体でもない。人の肉がある。

いわば、円環の理そのものが、実体化し、意志をもつ人として、実世界を渡り歩いているようなものだ。


神の子が、花畑を歩き出すと、神々しい、圧倒的な魔力が、世界に吹き荒れた。

夜は吹き飛び、朝ですらない、終末の空となった。陰府が口をあけたかのような空だ。


そして、ほむらの庭は、ついに7日目を迎えたのである。


「円環の理さま、どちらにいかれるのですか。」

実体を持ち、人体としての肉を持ち、意志のままに歩き始めた円環の理にむかって、ゴスロリ服の魔法少女が、
追いかけて問いかけた。

「わたしの魔法少女たちを迎えにいくのです。」

神の子はいい、すると、丘からみろがる終末の町を、眺めた。


その町には、世界各地からやってきた、円環の理の復活を知った魔法少女たちが、ぞろぞろ、
大地に集まってきていた。

百人、いや、千人以上だ。

変身した服をきた、しかし、絶望的にソウルジェムを染めて、救済に喘ぐ魔法少女たちが、
どっから情報を得たのかはわからない、神の子の再臨と、その救済のはじまりを知って、この地に集まってきていた。


そして、千人とも二千人ともある魔法少女たちが、丘に君臨した神の姿を、その目に捉えて、祈りを捧げたのであった。

大地一面の廃墟に、ひろがって。あちこちのビルの屋上や、フロアの中に、佇んで。


手を握ったり、目を閉じたり、膝をついたりして。


「あなたがたにはっきり言います。」


丘の高みから、神の子は、純白のドレスの裾に包まれた腕を、ばっと目前の空へ伸ばして、世界の魔法少女たちへ告げた。


その声は、世界に轟く。威光と共に世界に届く。

救済を告げる宣言だ。


「あなたがたのうちだれでも、希望を胸にたたかった者は、私に救済されて、私の打ち立てる新たな国に入る。
私は、概念ではない。霊体ではない。固定された意志しかない者ではない。わたしは、神の子である。
わたしは、魔女に身を落とした絶望の者たちを、わたしの意志によって、天に救いあげる。あなたがたのうちだれでも、
天に導くことと、魔女の絶望の底から人の魂を取り出すのは、わたしの手によってのみであって、
他の者の手を借りてはならない。私が、あなたがたの抱く希望そのものとなるからです。しかし、全知の私はいう。
わたしは、もっとも手を穢す者です。」


まどかは語った。金色の瞳を、全地の魔法少女たちにむけて、視線で射貫いて。

かつては概念でしかなく、何も語ることなく、何の姿をみせることもなかった円環の理が、人格をもって、
いま、この世界に降り立ち、君臨している。


みよ、女神が、この庭世界の丘に立ち、語っている。


世界は畏怖と、畏敬と、救済の希望の、一色に染まった。


その空気の中心にたつのは、鹿目まどか───だった、円環の理の人格。

神の子である。

今日はここまで。
2~3日後に、つづきを投下します。

何なのこれ(困惑)

ずっとシリアスの皮を被ったギャグだと思ってたら、表も中身も完全なギャグだった

とりあえず>>1はキリスト様やその教徒に謝るべき
宗教馬鹿にしてんのか

ソウルジェム濁りきってるのに変身後の姿で長々と拷問なんてできるわけないだろ、あとなんでテレビは叩いたら直るみたいな考えの脳筋しかいないんだよ
それに真昼間から魔女退治するわけでもないのに屋上にいる女子中学生の会話を盗み聞きしたとか無理ありすぎ

すげえww誰てめえ感がwwwwww
急に宗教に目覚めたまどかwwwwwwwwwwwwwwww

杏子パパが混じったんだよ

乙!
感想を盾にした、自分の考えしか認めない器の小さな根性無しの荒らしは無視して頑張ってくれ

>>627
公式の発言やスタッフ内での解釈もほぼガン無視な>>1のどこが器が大きいくて根性があるのかと小一時間ry)

やっぱここおもしれぇなw
>>628お前あちこちで自分の思い通りにならないSSを荒らしてるゴキブリだろw
暇だから今回はちょっとだけつついて遊ぶかw
お前自分の中のほむらやまどかと違ったら良く地団駄踏んで暴れてるよなwwwwwwまどほむにならなかったら確実にwwwwwwwwwwwwwwww
お前には何の存在価値ないからお前はさっさと自殺をしろw
あ、お前はゴキブリで人権も人格もねぇからこれは人格批判じゃねぇからなwwwwwwwwww
お前にあるとしたらゴキ権ゴキ格だwwwwwwwwwww
しかもお前自分の中のほむら自分の中のまどかと違ったりほむらがまどか以外、まどかがほむら以外とCPになると顔真っ赤涙目で最後まで粘着して暴れまくる癖に真面にスレも潰せてないよなwなっさけねえ負けゴキブリだわお前wwwwwwwwwwwwwwwwww
お前が散々荒らしておきながら短編は勿論特に長編が平然と完成したら毎回爆笑してるわwこの長編も完成しそうだから今から楽しみだわwwww
お前みたいなゴキブリがまた負けたんだなとなwwwwwwwwwwwwww
お前、お前が自殺をするまでは永遠に俺の為に散々あちこちで暴れまくって俺を楽しませろと命令してやるw喜んでいいぞwwww
俺の命令だから聞けよお前は俺の奴隷なんだからwwwwwwwwwwwwwww

キチガイが多い中で黙々と投下する>>1はSS作家の鑑

その>>1自身がキチガイじゃん

と、キチガイが言っている

もう全員キチガイでいいや

個人的にはまどほむ云々は割とどうでもいい

設定や終盤の展開が気に入らないだけだ
モブを出して聖書再現は間違いなくやるべきじゃなかった

聖書にそって作ったせいか、モブもまどかも口調が中学生ぽくないし…

>>634
展開の好き嫌いは別として、まどかの口調はこれで悪くないんじゃない?
人ではない存在になったのがセリフで理解できるのは重要だと思う
むしろモブの方をもっと年代に適した口調で書いた方が、復活したまどかの異質さが際立ったんじゃないかな

>>1の精神力に感動した。

まあ「粘着する程」気に入らないなら自分で書けばいいだけだわな
粘着してる時点で荒らし

面白いかはともかく設定がむちゃくちゃではあるな
もう少し推敲なりなんなりするべきだった

単純に面白くないだけならそっ閉じしてるわ
多少ならともかく設定がここまで破綻してるのは二次創作としてありえない

そういう奴ほどそっ閉じしてないのは解る
2行目とか、自分は悪くないよ正しいんだよだから好きにして良いんだよ。そうだよね?皆?僕は絶対正しい!っていう完全な正当化だし
みっともなく粘着するなら一々叩いて潰そうとするより自分でありえると思うのを書けば良いよ

こんな糞展開でも擁護が湧くのがびっくり
やっぱ自演か?

つかいつもの粘着荒らしがボコられて口調変えてきてるのが糞笑える
そんな事しても無駄だぞ

こいつやっぱ根性なし度胸なしのヘタレなんだな
だからリアルでもネットでもどこ行っても嫌われんだよ

別の奴も言ってるがそんなに気に入らんなら粘着してないで自分が気に入る物を書けよ
それだけ偉そうに毎回毎回抜かせるならss書く位簡単だろ?
しかも完璧な物をな

80

暁美ほむらにも想像つかなかったことだったが、一つの円環の理が、人格と神の二つに裂かれたとき、その二つは、
相反する精神を形成した。

早い話、裂かれて、人に戻った鹿目まどかでさえ、円環の理の叛逆者となったのである。

人に戻った少女である鹿目まどかは円環の理に戻りたくなかった。人として生きたかった。


たとえ自分が、円環の理としての女神であり、それが本当の姿であり役割だと思いだしたとしても、
人としての姿を再び得たまどかは、人として生きたいと願った。

一言で言い換えれば、「わたしは、円環の理をやめる」。


しかしそれは、鹿目まどか本人が自身の願いを裏切ったのであり、世界の魔法少女たちを裏切ったことになる。

磔刑になったのは、必然か。


だとすれば、人としての鹿目まどかは、もとより、円環の理に戻る他、選択肢はなかったことになるのか。


だから、まどかは、磔刑になり、天の白い神、つまり白いドレスの女神をまぼろしにみたとき、問いかけた。

「なぜわたしを創られたのですか。」


人としての姿が、わたしに再び与えられたのは、なぜですか。

円環の理になる決意を、二度させるためですか。

人として生きる選択肢なんて、はじめからなかったのですか。

だとしたら、なぜわたしは、人としての命を再び与えられたのですか。


円環の理を拒絶する決意をしたまどかは、暁美ほむら、インキュベーターにつづいて、円環の理の叛逆者になった。

たとえ、世界のすべての魔法少女が、魔女になろうと、わたしは、人として生きたい。

それは当然、魔法少女たちを怒らせるので、まどかは磔刑にされた。


人としての姿を与えられて、人として生きたいと願うまどかと、女神となり、魔法少女たちを救いたいと願うまどか。

みよ、ほむらでも想像できなかった、まどかとまどかの対立が、二つに裂かれたことによって、引き起こっていた。


では、どちらのまどかの願いが、尊重され、大切にされるべきなのか。二つに一つだとすれば…。

まどかを磔刑にした魔法少女たちは、もちろん、後者のまどかを選ぶ。

一方、美樹さやかは、はじめては後者のまどかを選んだが、最後には、前者のまどかを選んだ。


巴マミは、後者のまどか寄りだった。円環の理の存在を強く信じていたから。

鹿目まどかとは、円環の理となることを決意した少女。そう想っていた。


佐倉杏子も、後者のまどか寄りだった。というより、まどか本人が、人ととして生きたいと願っていた本心を知らなかった。
だから、鹿目まどかとは、円環の理が現世に降りた少女である、くらいにしか思ってなかった。

最後には、自分たちが、魔獣と戦う、そんな町の平和のために戦える自分たちがあるのは、鹿目まどかの願いのおかげだと痛感して、
まどかに敬意を示した。しかしやはりそれも、まどかを円環の理としか見てなかった。


暁美ほむらだけが、はじめからさいごまで、「女神」としてでなく「人」としてのまどかを大切に想ってきた。


鹿目まどかが、ほむらのもとにきて、「わたしにはほむらちゃんしかいないの」と言った言葉には、そんな想いも、
込められていた。

ほむらしか、まどかのことを、「人」としてみてくれなかったから。


まどかは理解していた。

身の回りの人たちがことごとく、自分を「女神」としかみてなかったのを。

さやかに、あんたは神様だったんだ、といわれたときに、まどかは理解した。


百江なぎさと名乗った幼き少女が、公園にて、まどかに今の世界が好き、この世界を大切にして、
と意味深なことをいってきたのも。

巴マミという先輩が、屋上にて、畏敬をこめてまどかを眺めてきたのも。

まどかを、「女神」としてしか、みてなかった。


しかし、ほかでもないまどか本人が、円環の理に叛逆したとき、この悲劇は起こった。

叛逆者としての鹿目まどかは、罪びととされ、磔刑になり、死んだ。

すると、まどかの魂のなかに封じられていた、別人格のまどかが、蘇る。


磔刑のまどかは復活した。

しかし、人として、の復活ではない。

復活にみえるそれは、「人」としてのまどかが死に、「女神」としてのまどかが顔をだしただけだ。


さて、鹿目まどかは、力を解き放ち、女神の姿となって、丘に君臨する。

天に君臨する女神から、たった一つの使命を与えられ、世に降り立つ。

円環の理を封じるインキュベーターの罠に捕われた天の女神の代わりに、裂かれた分身の神の子が、
のこされた救済のすべてを、担う。


一歩一歩、てくてく、と、ガラスのようなヒールの靴で、丘から大地へ歩み始めると、ゴスロリ魔法少女たちの数人が、
あとを追うように、ついてまわってきた。


概念としての、あの古い円環の理は、宇宙を舞ったり、時間軸から時間軸へ、飛びまわったりもした。


だが、この人格のある女神は、実体のある人の子として、肉の制約をもちながら、大地を渡り歩く。

そのドレスに包まれた白い足で。

概念でも、霊体でもない。


誰の目にも入るし、誰の手にも触れられる。


それは、逆にいえば、非常に危険な状態にある女神ともいえた。


その背中は無防備で、撃てば銃弾が当たるし、目に入るということは、世界中の人、動物、
果てはインキュベーターの目にも、悠悠ととまる。


だから、戦いはもう、はじまっている。

救済のための最終決戦だ。


丘をおりると、すでに、コンクリートの砕けた建物に佇んでいた、世界あちこちからやってきた魔法少女たちのうち一人が、
まどかの背丈───中学二年生くらいしかない、しかし姿は女神である、神の子に近づいてきて、
その前にきて、膝を折って、懇願した。


「わたしたちを癒やしてください。救ってください。私の希望はいま、呪いによって、終わろうとしています。
なぜ、希望をもった私が、こんなに苦しいのでしょう。希望を持つことは、間違いだったのでしょうか。
お救いください。」


「あなたに言います。」

女神は、その魔法少女に対して、口で答えた。

「わたしの救済とは、理ではなく、心によるもの。あなたの魂を穢したものを、わたしが、心に受け止める。
それは、あなたに代わってわたしが穢れ、わたしが傷をおうことです。あなたたちは、だれかを救ったぶんだけ、
それがたとえ自分のことであっても、他のだれかをのろわずにはいられない。すべてあなたがたはわたしを呪うようにします。
わたしを呪い、わたしが呪いを受け止める。あなたがたは癒やされる。」


魔法少女が顔をみあげて、女神を見上げた。

純白のドレスを、ひらひらと、神秘的な風にゆらめかせる女神の輝きを。

「わたしは、そうなるために、この世に降り立ちました。あなたのソウルジェムは、白くなり、救済され消滅する。」


魔法少女は、恐るべき気持ちになりながら、自らのソウルジェムを女神に差し出した。

そして、これから何が起こるのか、自分の魂に何をされるのか不安をおぼえ、顔は怯えた。


女神は、膝をおり、跪いた魔法少女と頭を同じ高さにして、やさしく微笑みかけ、そして、
魔法少女のソウルジェムを女神の手に包み込んだ。

すると、どうだろう!

黒ずんで、絶望的に染まったソウルジェムの穢れが失せてゆき、白くなって光るではないか。

そして、光に包まれたあとは、卵のようにぴかぴかとなって、それはただの白い石となる。その白い石は、
虹のような光を放ちながら、やがて、消える。霧のように。

女神に魂を差し出した魔法少女は、死んだ。ばったり倒れて、動かなくなった。


それをみて、ゴスロリ服や、剣士の魔法少女、それから、女神のまわりの集まってきた魔法少女たちは、
恐怖と、畏怖の混ざった顔をし、女神の奇跡について、こう語った。

「救済者が降り立ったとき、われわれは癒やされる。本当だった。そして、そのぶんだけ、女神が、
傷をおい、引き裂かれ、穢される。」

そう。そうだった。

魔法少女のソウルジェムの穢れが消え去ったとき、黒い瘴気のようなものは、女神の体と、肉にしみこんでゆき、
ドレスをまとった体は傷を負い、血に染まってゆき、女神は、金色の瞳をした顔をゆがめて、苦しむ。

「あっ…あっ…ああ゛ッツ!!」


女神は苦しんでいた。

魔法少女の生み出す因果を、絶望を、呪いを、概念体としてではなく、肉をもつ実体の人格として、受け止めているのだ。

それは、かつての宇宙を再編した絶対的な力をもつ円環の理による癒やしより、はるかにあぶなっかしい救済だった。


本来は、膨大なエネルギー、それも、宇宙の熱的死すら覆すほどの猛烈な感情エネルギーの爆裂を、その肉に、
受け止めているのだから。

希望と絶望の相転移を、その一身に、受け止めているのだから!


神の子の肉体はボロボロになる。


ドレスをまとった腕は、傷だらけになり、心は穢れる。腕だけでなく、背中にも、腹にも、
女神のからだじゅうあちこちが、傷を負う。

血まみれとなった女神をみて、一人の魔法少女が、涙ながらに女神の前にでてきて、膝をついて言った。

「女神さま、円環の理さま。もう、やめてください。わたしたちは、傲慢でした。円環の理が世界に存在すると慢心して、
自分たちが何しても、その因果は、あなたが受け取ってくれると甘んじていました。
いま、私たちの慢心が、いかにあなたを傷つけているのかを知ったのです。本来なら、私たち自身が支払う
ことになる奇跡の代償を、どうして、あなたに押し付けることができるのでしょう。それ以上、
ご自分を傷つけないでください。穢れないでください。わたしたちは、運命を受け入れて、魔女となります。」


「あなたに言います、わたしを気遣う魔法少女のあなた。」


女神は、血を体じゅうから流した体をしたまま、その魔法少女に、語った。


「わたしは、あなたがたの因果をすべてこの身に受け止めるために、世界に降り立ちました。かつて概念だったわたしは、
わたしを愛する一人の少女によって、理と心の二つに、裂かれました。わたしは、心です。理は死んでいます。
インキュベーターが捕獲したからです。しかし、心は捕獲されません。彼らは心を理解しないからです。
理が死んでいるいま、残された戦いは、心にのみ託されているのです。わたしは、あなたがたを救済し導く者となるために、
人の子として世に降り立ち、誰からも忘れられる孤独と、肉体を裂かれる苦痛を味わいました。そして、
人の子としてのわたしは、死を遂げたのです。しかし、わたしはくじかれません。人の子として一度降り立ち、
死ぬ最後まで、孤独と苦痛を耐え抜いたからです。」


といって、目前に出てきた魔法少女の頭を抱きしめ、そして、魂を癒やした。

「あっ…ああ…」

魔女化も寸前だった魂が、癒やされてゆき、魂は真っ白になる。そして、消える。


そのぶんだけ、噴出した絶望の瘴気は、女神の肉へ染み込んでゆく。

女神の体はさらにずたぼろになる。


「ああ……ああ゛…あ!」

女神は歯をかみしめる。ドレスは、もう、真っ赤だ。

しかし、未来永劫につづくこの救済と、人の痛みをこの身に受け止める苦痛を、永遠に耐え抜くために、
人の子はいちど死んだ。

そして、すべての魔法少女の苦しみを受け取る女神として、復活したのだ。


膨大なエネルギーを発生されるソウルジェムの爆発を、肉体の中で消化する女神の苦痛は、相当なものだ。

体の中では、宇宙規模の爆発のようなものが、起こっているのかもしれない。


円環の理の一部として、肉をもちながら、その癒やしの奇跡をおこなえる女神は、渡り歩く。

救済を求める魔法少女たちの希望に、応えるために。

81

こうして女神は、まだ何千人と救済者が待ち受けている町を、渡り歩き、癒やして行き、あらゆる人の痛みと苦しみを、
一身に受け止めて癒やしていった。

誰がどうみたって、女神は人として限界の傷をおっている。頬にも、額にも、腕も、ずたぼろだ。


しかし、他人を救済することを、まったく躊躇しない女神は、また他人を癒やす。

魂を穢した呪いと、悲しみ、孤独を、すいとってゆき、その体に消化してゆく。


「…あああ゛。──あ゛アッ!」

女神は、唇をかみしめて、他人を癒やす苦しみに、自ら耐える。


救済された魔法少女は、虹色の光に包まれつつ、死ぬ。人として死ぬ。絶望のなれの果て、魔女にはならない。


ゴスロリ服の魔法少女や、剣士の魔法少女たちは、目を瞠って、女神の救済行動をじっと見守り、
背中についてまわった。

かわいそうに、美しい純白のドレスの背中も、引き裂かれたように傷が生まれ、誰かを救済するたびに、
傷は増え、血に染まる。



一人の魔法少女が、女神の前にでてきて、膝をついて、言った。

「なぜ、そんなにも苦しくて、痛ましいのに、救済をつづけるのですか。ご自身を救われないのですか。
わたしとあなたは、本来、他人同士ではありませんか。他人のために傷を負い続けるとでも、いうのですか。
それに耐え続けるというのですか。そこに人の心があるとでもいうのですか。」


「あなたは、わたしを試すのですか。」


女神は言い返した。ぼたぼた、血が滴る。


「自分を救う誘惑に、あなたはわたしを陥れるのですか。わたしは、最後の一人の救済がおわるまで、
止まりません。だれにも止められません。わたしは救済をつづけるのです。かつてわたしが、自分で、
そう決めたからです。かつて概念だったわたしがしていたことを、肉体の子として、つづけるのです。」

といって、その魔法少女の魂すら、浄化した。

浄化された魔法少女は死んだ。しかし、魔女には成り果てなかった。

「かつてわたしが、この決意をしたとき、大切な友達が、わたしにいいました。それは、死ぬなんて生易しいものでなく、
どれほど恐ろしい祈りになるのか、と。わたしは、理と人格とに裂かれ、人の子として一度おりたち、
人の苦しみと人の呪いを受け止める痛みを、この身をもって味わいました。いま、わたしは、円環の理になること
の苦痛を知っている。わたしは、あなたがたに言う。わたしは、円環の理になる。」


つづいて女神は、すでに魔女化してしまった魔法少女のなれのはての結界に入る。

人魚の魔女だ。


「あなたがたに言います。」

女神は、人魚の魔女をみあげて、告げる。

「魔女に身を落としたあなたがたが、”わたしは女神に救われなかった。わたしは、救われる資格がなかった”
と言いながら、絶望などしない。あなたがたは、だれものろわない。たたらない。その姿になったあなたがたの因果を、
私が受け止める。」


といって、手をかざす。

さの手に、ばらの花が咲いた大きな弓があらわれた。


ピンク色の美しい弦を張り、その弓に、矢を番える。

そして、放った。


一本の美しいピンク色の矢が、人魚の魔女をさす。

すると、どうだろう。


魔女は消えてゆき、グリーフシードが落ちる。

そして、女神が、そのグリーフシードをもちあげ、大事そうに胸に抱きしめて、瘴気を吸い取るではないか。


グリーフシードが、ぽろっと、ソウルジェムに戻る。そして、やがてソウルジェムに戻ったそれは、
卵のように真っ白になり、白い石となって、やがて霧と消える。


魔女になりたくない、魔女になりたくない、と泣きながら魔女になった美樹さやかは、救われた。

その絶望を、かわりに、女神が噛み締めてくれた。


「わたしは、新たな国を打ち立てる。」


魔女を救済した女神は、告げた。


「そこは、わたしが住むための国であり、この世界から私の一切を消し去るための、わたしの住処になる。
わたしはこれを言います。あなたがたはわたしを完全に忘れ去る。あなたがたは、わたしの国が打ち立てらたれとき、
この地上で、わたしのいかなる姿も描けず、わたしの名も口にすることができなくなるほどに私を完全に忘れ去る。
わたしに叛逆しようとしたり、制御しようとする者が顕れないようにするためである。
救済されたあなたがたでさえ、そこでもやはり、あなたがたは、わたしのいかなる姿も描けず、
わたしの名を口にすることもできなくなるほどにわたしを完全に忘れ去る。かつて円環の理は、たくさんの人に想像され姿を描かれ、
その名を口にされたばかりに、制御されたのです。わたしの新しい国は、完全に、だれの目にも耳にも、口にも触れられない、
不可侵の女神の住処となる。だれかが、わたしの存在を想像に描き、わたしの名を覚えているという奇跡は、
二度と決して、起こりえない。それは奇跡ではなく、綻びになる。」


「円環の理さま、どうか、おひとりにならないでください。」

誰かの魔法少女か、また、女神の前にでてきて、懇願した。

「永遠に一人となり、傷だらけとなって、救済をつづけるというのですか。誰からも忘れられて、
孤独で、その救済に対してだれからも感謝もされず、報われない。そんな永遠の孤独を、生きるというのですか。
どうか、そのような道に、すすまないでください。思いなおしてください。」


「女神が、一人でいるのがよくないのなら、わたしは、助け人をたてる。」


女神は、答えた。

魔法少女たちは、その助け人とは、だれのことなのか、分からなかった。


だが女神は、このとき、地上に落ちたダークオーブを、手にとって拾った。

両手に抱えて、大切そうに。

82

女神は、たくさんの魔法少女たちを救済した。

魔女化した杏子やグリーフシードとなった百江なぎさへ巴マミも救済された。みな、救済の国へと旅立った。


世界から集ったあらゆる魔法少女たちが、何千人と、救済されてゆき、のこるは、ゴスロリ服の魔法少女たちや、
剣士の魔法少女たちの一団となった。


もっとも、世界には、まだまだ多くの魔法少女がいる。

しかも、別の時間軸には、まだまだ、別の時間軸を生きる別の魔法少女たちが、何千人と、いる。

すべての時間軸を渡り歩き、救済していかなければならない。女神は、その永遠とも思える救済のために、
この世に降り立つ。


「女神さま、円環の理さま。」

ドレス姿の魔法少女が、これは、ゴスロリ服の魔法少女の仲間であったが───女神に、たずねた。

「助け人とは、誰のことですか。この永遠にもおもえる、あなたの救済に、だれが共にいるというのですか。」


「わたしを、いつも助けるために命をかけてくれた少女がいます。わたしは、その人を助け人に選び、
永遠を共にします。」



女神は答え、そして、丘へと戻った。

この地上の魔法少女たちを救済し、丘に降り立ち、そして丘にもどる。


女神がヒールで歩いていく足跡には、血がにじんでいる。さながら血の足跡だ。

ぼたぼた、体から血をながして、瓦礫だらけの町に、滴らせている。


丘をのぼった女神は、樹木のロープに首をつって自殺した暁美ほむらを見い出し、そして、言った。


「わたしのために、命を吹き返してください。わたしには、助け人が必要です。わたしは、永遠の孤独にも、
苦痛にも、耐え切れます。人の子としてそれに耐え抜いたからです。けれども、誰かを助けるために、
命を何度だって投げ出す心を教えてくれたのは、あなたではありませんか。わたしには、あなたのような心をもつ人が、
そばにあってほしいのです。」


といって、女神は、他の魔法少女たちが見守っているなかで、ほむらの落としたダークオーブを手に、包んだ。

優しく。


そのダークオーブには、自殺を試みて、傷つけたようなあとが、たくさん残っていた。しかし、ダークオーブは、
悪魔の力によっては、破壊されなかった。

女神は、そのダークオーブをもって、癒やした。

禍々しい光を放つそれは、やがて、瘴気と呪い、傷心の闇を、とりのぞいて、浄化されてゆく。

代わりに、女神の愛を注がれた。

「あなたは天にいますもうひとりのわたし、つまり円環の理の一部をもぎとって、悪魔に成り果てましたが、
その力とは本来は、わたしのものではありませんか。あなたのダークオーブに眠る力とは、
円環の理の力ではありませんか。いま、あなたの中に眠るわたしの力を、わたしの手が醒まします。」


まどかの力をつかまえた、ほむらの手。

ほむらはそれを、この手に、まどかを閉じ込めてある、と言った。まどかの一部が、自分の中にもあることに、
嬉しくて、酔ってしまって、つぶやいた言葉だった。


さあ、まどかの一部であった力をつかまえたほむらは、覚醒したまどか本人に、力を呼び覚まされた。


ぴく、と暁美ほむらの瞼がうごき、そして瞼をひらいた。

ダークオーブは、まったく別の宝石────に、変わった。

あえていうなら、結婚指輪のようなものに。


ブツンッ

ほむらの首を吊っていたロープがきれる。


「うう…けほッ──!けほっ!」

ほむらは、むせながら、目をぎゅっと閉じ、呼吸に喘ぐ。


そして、はっと目をあけて気づくと、そこには、女神がたっていた。

白いドレス。袖も、丈も、あちこち、血に染まっている。神秘の風にふかれている。

それを纏うのは、救済神、鹿目まどか。

いつか見た笑顔。優しい眼差し。しかし、体は女子中学生。概念体ではない、女子中学生の体をした女神。


「まど……か…!」

ほむらは、絶望の目をした。鹿目まどかを、円環の理という、残酷な使命から切り離すために、
全人類さえ敵に回したのに、目の前にたつのは、女神ではないか。

「まどか……どうして…!」


わたしは見た。概念体だったあなたでさえ、腕が傷だらけだったのを。


一人になることは、家族とも友達とも別れるのは、寂しくて、耐えられないと、いったのに。


なのに、どうして。

「わたしは、たしかに、あなたに、一人になることも、遠いところへいって、
みんなから忘れ去られることも、我慢できないほど、辛くて、耐えられないと、言いました。」

まるで女神は、ほむらの心を読み取ったみたいに、話はじめた。

「しかし、全知であるわたしはいいます。それ以上に耐えられないのは、あなたが、報われず傷ついていることです。
それ以上に耐えられないのは、たくさんの魔法少女たちが、キュゥべえに騙されて、対価といわれながら、
命を落とし、呪いとなり果てることです。わたしは、すべての宇宙、過去と未来、未来永劫の魔法少女の救済のために、
神の子となりました。しかし、わたしは、あなたを一人にしません。できません。」


といって、女神は、ほむらの手を握って、優しく、立たせた。

「まど…か…」

ほむらは、女神の手ににぎられて、ゆっくりと、立ち上がる。

目の前にたつ女神と目覚めてしまったまどかは、間違いなく円環の理でもあるし、鹿目まどかでもあるが、
この喋り方と話し方は、どこか人間味が少ない。「人」としてのまどかは、裂かれた人格からも、死んでしまった。


「私は分かるのです。」

女神は、目に涙ためて、ほむらに語った。

どこか、このときだけ、鹿目まどかだった頃の、面影がある。そんな表情をみせる。

「あなたを悪魔にしてしまったのは、わたしでした。あなたは、私を愛してくれていたのに、
わたしはあなたの元を去りました。わたしは近いうち、そろそろ、すべての人から忘れられ、孤独となります。
永遠の孤独です。そして、永遠に、人の苦しみを、この身にうけとる肉となります。わたしはそれに耐えますが、
もし、あなたがこの先ずっと、わたしの永遠を、共にしてくれたら、と……。…そう、思います。」


といって、女神は、ほむらのダークオーブが変化した指輪の宝石を、ほむらの、左手の薬指に嵌めた。

これはソウルジェムだろうか。それとも、もっと別の、奇跡が叶った何かだろうか。


「わたしには、あなたが必要です。あなたの心がそばにあってほしいのです。」


女神は、頬を、かすかに紅く染めて、ほむらに語った。


「これからも、永遠に、私を愛してくれますか。」

ほむらは、目に涙ためた。

そう、これだった。なぜ、わたしがキュゥべえと契約して、まどかを守ろうとしたのか。


何度も時間を繰り返すことができたのか。

まどかを貶めて穢すためか。そのために悪魔になることか。


ちがう。そんなはずはない。

だが、ほむらは自分の愛欲に気づいてしまった。まどかを守れてさえいればいいという自分に、
救われない自分に気づいた。


いつしか、まどかに振り向いてほしい、この気持ちに気づいてほしい、といつしか思うようになった。

しかし、それを伝えたら、壊れてしまうのではないか。まどかに嫌われてしまうのではないか。

本当の気持ちなんて、伝えられるはずがない。

そんなふうに、悩んだ。


その恐れと、億劫な気持ちは、やがて壊れて、限界に達した。悪魔になってしまった。

人の心は捨てられてしまい、欲望の塊だけが残った。それも、ただの欲望とも、ただの執念ともちがう、深い愛欲だ。

人の子としてのまどかの幸せを、表向き願いながら、いつか自分のものになってほしいという裏の欲望が、渦巻いて、
ついにはまどかを手中に収めようとした。


でも、それは、まどかを穢したいからとか、壊したいから、という願望なのでなくて、愛に気づいてほしい、
という気持ちがあったからだ。


やっと、…。


希望は、叶う。

希望のなかで最たるもの、愛が、結ばれる。


遠まわりしたけれど、まどかを守り、そして、愛を誓う希望が、ここについに、辿り着く。

そして、これからも。


鹿目まどかは今、全ての絶望を担う壮絶にして残酷な命運に、身を投じる。その苦しさと孤独を知ったはずなのに、
もう一度、円環の理に戻ろうとする。


だれがその鹿目まどかを守れるのか。その傍で支えられるのか。

傷つき苦しんできた全てが、まどかを思ってのことだった。痛みさえ愛しいと、そう言葉を残したほむらなら。


これからつづく永遠の苦しみと痛みを、まどかと分かち合っていけるだろう。


ほむらは、目にたまった涙を、両目ともぬぐって、そして、答えた。力強く。

「誓う。あなたとの愛を誓う。もう絶対に、あなたを離さない!」


女神は、幸せの表情を浮かべた。

そして……。やがて、ゆっくりと、無防備に、目を、閉じた。


ほむらは、女神のドレスを抱き寄せ、自分も目を閉じて、唇を重ねた。


女神は、ほむらに身を委ねて。ほむらは、女神を守る守護者のように、しっかり抱きとめて。


愛は誓われた。

2人は向き合い、目を閉じて、唇を重ねあわせつづけた。


そのとき、世界では、円環の理の古い概念が、再び動き出した。


天から光があらわれ、ピンク色の矢のような光が、あちこちに、降り注いでくる。


女神は、ほむらとの唇をはなして、言った。


「円環の理が復活しました。わたしは心ですが、愛を受けて、理も働き始めたのです。」


ピンク色の矢は、魔女化に喘ぐ、あらゆる世界の魔法少女たち、別の宇宙の時間軸で絶望する魔法少女たちを、
救済にむかう。

しかし、その救済のたびに、受け止めた絶望は、心である女神の肉に、しみこんでゆく。

女神は、みるみるうちに、ぼろぼろになる。


「まどか!」

ほむらは、女神をだきしめた。血をだしていく体は、癒やされてゆくが、すぐまた、傷が増える。

とても治癒がおいつかない。


「理は息を吹き返しました。インキュベーターの捕獲を、打ち破ったのです。」

女神は言った。


「でも…どうして?円環の理は死んだはずなのに…」

ほむらは問いかけた。


「愛こそ、あらゆる障壁に打ち勝つ力といったのは、あなたではありませんか。私と、あなたは、愛に結ばれ、
そして、円環の理の一部として、一体化したのです。私たちが生きていれば、円環の理も生きます。
インキュベーターは、愛を理解しません。ゆえに、愛まで捕獲できる遮断フィールドなど、つくりえないのです。」


女神は語りつづけた。


「私と、あなたと、円環の理が、三つが一体となります。救済する魔女たちの痛みは、わたしの肉に染み込みます。
それは、永遠に不変です。また、それによって、インキュベーターの遮断を抜けるのです。
どうか、わたしと永遠に共にいてください。いつかわたしが挫けないように。わたしは、あなたを疑いません。」


神の子であるこの女神、概念である円環の理の救済システム、そして守護者の暁美ほむら。

この三つが一体となる。


そのとき、インキュベーターのあらゆる妨害をも、寄せ付けない、新たな理となる。


やつらインキュベーターが、愛という感情を理解でもしないかぎり、解析不能、制御不能な、愛の理だ。

三つが一体の理。


みよ、暁美ほむらと、鹿目まどかの2人の絆が、はじめは、干渉遮断フィールドに封じられたソウルジェムの中の結界の殻を、
打ち破ったではないか。

絆の力でさえ、遮断フィールドを打ち抜く、強力な矢を放った。まして、この2人が、愛を誓って結ばれた矢が、
円環の理を封殺する干渉遮断フィールドを、ものともせずつき抜け、魔法少女たちを救済する。

愛の力こそ、文明だ宇宙の資源だと騒ぎ立て人類に迷惑かけたインキュベーターの打倒法か。陳腐な気もする。

だが、それでいい。


「わたしのつくるこの新たな改変は、宇宙を再三をつくり変える類の改変にはならない。」


と、女神は、世界にむけて告げた。


「むしろ、世界を元に戻すものです。わたしは、この舞台装置から完全に私を消し去る。名前も、記憶も、すべてを。
わたしが消え去るということは、暁美ほむらも消えることになり、インキュベーターは地上にとどまる。
はっきり言いますが、世界は、まだまだ、悲しみと憎しみを繰り返します。だから、奇跡を必要とする少女たちがいるのです。
魔獣は世界にとどまる。しかし、ナイトメアと魔女は、消え去る。」


世界の最後の改変がはじまった。



宇宙は光に包まれる。

この銀の庭が消える最後まで、ほむらは、女神をしっかり守り、抱きしめつづけて…。


ほむらは、女神がついに痛みに打ち負かされないように、励ましつづけて…。
負けないで、と大切な人の傍に寄り添いつづけて…。


祝福されよ。愛を誓い、すべての魔法少女たちの代償を背負う運命へ消え行く2人を、祝福されよ。

見よ、2人が揃ってこそ、完全なる救済の理ではないか。鹿目まどかが、その命を使って、円環の理となれたのは、
ほむらの気持ちがあったからではないか。何度も何度もまどかのために、その命を使ってきたからではないか。


円環の理とは、まどか一人の力で完成されたものではない。まどかと、ほむらの、2人の結晶である。

救済システム、まどか、ほむらの三つがひとつになることで、円環の理を完成させた三つのピースが、ようやく一つになる。


祝福されよ。2人の救済と、2人の愛、2人の運命の到達点を、祝福されよ。

暁美ほむらよ、希望を求めた因果に、悪魔にさえ成り果てた病弱な少女よ。祝福されよ。幸せになれ。

だが、インキュベーターつまり白いネズミを、毛嫌いしてはならない。もしインキュベーターがいなければ、
魔法少女になることもなく、病弱で何もできない人生のままで、鹿目まどかと愛を結べることもなかった。

インキュベーターへの恩を忘れてはならない。嫌いになってはならない。

女神は、だからインキュベーターがこの地上にとどまる、と言っているのだ。推し量れ、女神の慈愛を。
さあ、ゆけ、暁美ほむら、幸せになれ。祝福されよ。



ついに宇宙は元にもどる。

あらゆる魔法少女たちの記憶から、女神と、ほむらの2人は、消えた。永遠の彼方へと。

そして、魔獣と魔法少女の、元の世界が、再び、あらわれる。

83

志筑仁美はその日も学校の放課後を、一人で下校していた。

見滝原の夕方。見慣れた町の景色。


オレンジの光を反射するビルのガラス。


ある日とつぜん、同じクラスメートの美樹さやかが、いなくなってしまった。

行方不明。家族は、捜査願いをだしたそうだ。


「はあ…」

仁美は息をはく。

ひょっとしたら、上条くんとのことがあるのかもしれない。


美樹さやかと、上条恭介は、幼馴染だったけれども、自分は、恭介を慕っていると打ち明けた。


上条恭介に告白したら、OKを出してくれた。

さやかはそのあと、行方不明となる。


重たい気持ちで、川辺の土手道を歩いていると、川がキラキラ、夕日を反射する景色と、赤い空を眺める家族に、
目がとまった。


家族は、小さな男の子を連れて、川辺でたたずんでいた。男の子は、元気がよく、シートを敷いた上で、
遊んでいる。

何か絵を木の枝で描いていた。

しかし、その絵は、さすがに幼い子供の絵で、まったく何を描こうとしたのかわからない、
崩れたぐちゃぐちゃの絵だった。

人の形なのか、動物なのか、植物なのか、それすらも分からない。


そばに寄った仁美は、くすと笑って、口に手を添えながら、子供のぐちゃぐちゃな絵を懐かしんだ。


自分も昔こんな絵を描いたものだ。


「ねえさ、見滝原中学の子でしょ?アタシたちは、最近こっちに、引っ越してきたんだよ。」

仁美が顔をあげると、母親らしき人が、話かけてきていた。

「はい。見滝原中学の二年生です。志筑仁美です。」


仁美は答えた。


「礼儀ただしいねー」

母は、まいったように笑った。「三年間、本社にいわれてアメリカに出張いっててさ。それで久々に日本にもどってきたってわけ。
なんたってそろそろこの子が、学校に通い始める頃だからさ?その頃までには、日本にもどって、
日本の学校に通わせてあげようと思ってさ……だって、小学校の頃と、中学校の頃の友達が、ちがうなんて、
ちょっとさみしいだろ?あれ…なんでこんなこと思ってるんだ?」

ははっ、おかしいね、みたいに自分の頭を手で叩いて笑う母親。

「もの忘れ?なんか大事なこと…忘れてるような……気のせい、なのかなあ」

仁美は、ふっと、笑い、その場にしゃがんで座った。

タツヤが遊ぶシートの隣あたりに。


「わたしも、同じことを思います。大切な友人を忘れてしまったような……でも、思い出せないんです。
それで、なんだか気が重たくなっちゃって…」

その近くを、赤い髪と、赤い目をした少女が、土手道から通りかかってきた。

隣には、巴マミという、金髪に髪を巻いた見滝原中学の三年生もいる。


「ふーん。あいつが、さやかと喧嘩別れしたお嬢さんねえ…」

パーカーを着た杏子は、呟く。仁美を睨む目が、どことなく冷たい。

手には、白い肉まんがにぎられている。

「あいつのせいで、さやかはいなくなっちまった……」

くそう、と寂しげに付け加える。「やっと友達に、なれそうだったのに…」


「それが、私たち魔法少女の運命。キュゥべえと契約して、この力を手に入れたときから、わかっていたはずよ。
希望を求めた因果は、この世に呪いをもたらす前に、わたしたちは美樹さんのように、消え去るしかない…」

巴マミが、諭した。


「わかってるよ……それが、円環の理なんだろ」

杏子は、すねたように口を尖らせる。


巴マミと佐倉杏子。魔獣の発生が激しくなりつつあると噂の見滝原には、この2人の魔法少女しか、いない。

美樹さやかは、導かれていった。

「それはいいんだけどさ……惚れた男のために、自分が消えちまってどうするんだよ…」


空をみあげる。


赤い空がひろがっていた。


町いっぱいに。


「わたしたちだって、いつか、導きがくるのよ。わたしたちが生み出す呪いを、代わりに、
受け取りにきてくれる一人の少女が…。どんな人なのか、導かれるそのときまで、お目にもかかれないけれど…。
でも、素敵なお人なんでしょうね。」


杏子も赤い空をみあげる。真っ赤な夕焼け。雲も、空も、きれいに赤い。


呪いを代わりに受け取りにきてくれる少女。

マミはそう言った。


ということは、円環の理とは、システムでもなければ概念でもなければ、一人の人格なのだろうか。

だとしたら。もし、全ての呪いを受け止めるそのシステムに、人格があるというのなら。


その人格は、魔法少女たちの呪いをその身に受け止めるという、とてつもない苦しみを、味わっているのではないだうろか。

たくさんの絶望。魔法少女それぞれの、生み出す呪い。全てを、たった一つの心に受け止めるとは、どれほどの苦痛に、
なるのだろうか。

一人の少女は、その苦しみを知りつつも、円環の理になったというのだろうか。

それとも魔法少女が契約するときのように、希望だけ思い描いて、その反作用としてやがて身にふりかかる苦痛を、
知らないで、円環の理になったのだろうか。それをたった一人で続けているのだろうか。

杏子には、それは、分からない。


一方の巴マミも、美樹さやかが導かれた天の国のことを思って、そして円環の理のことを想って、心に呟く。

84






  ”1人の少女が私たちの因果を受け止めます”


    ”1人の少女が私たちの払うべき奇跡の代償を背負います”


       ”だから、私たちは呪いを生み出す前に消え去ります”




       

    ”それが、私たちのさだめでした”





        ”私たちはそれを呼びます”




                           ”円環の理と”


85





               The PASSION of madoka


             【魔法少女まどか☆マギカ】 神の子の物語 




                                                 END





これにて終了となります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


また、皆様や、とくに一部の方々にとっては、不快となる内容が本作に含まれていたと思います。
ここにお詫びします。すみませんでした。

お詫びした上で、本柵の執筆の動機が、リスペクトの気持ちであったことを、添えたく思います。

それでは、html化依頼を出してきます。

乙!普段とは違う形のまどかSSを見れて楽しかったよ。


ここまで荒らされてよく書ききったよ、そこは最近の書き手様にはない凄さ
後半は流し読みしてたけどまどほむエンドになってくれたようだから手のひら返して読み直してみるわ
キスの件は素直に評価します(小並感)

酷いゴミSSだわこれ
まどほむ厨だとこんな無茶苦茶なのでも良いのか?お前らまどほむが好きなだけでまどマギ嫌いなんだろ

>>627
まどほむ好きでもお断りだわこんなの
設定が破綻してる二時創作にリスペクトも糞も無いしな

本文読んでない俺は最後の後書きだけが楽しみだったのに…

あとホムラチュウ連呼リアンの感想も待っているからな!

とりあえず乙
途中までの雰囲気はよかったが
キリスト復活のパロディになったあたりからなんか逆に安っぽくなってしまった

完結乙。
設定云々とかを棚上げしても文章力があったので面白いし読めたけど↑に同じ。

好き放題やりすぎてたほむほむがあっさり救済されたのもな…いや、あれはあれで地獄の苦しみを味わってたわけだし
いいのかなぁ…

やはりまどほむは愛し合い結ばれる運命だな

乙でした

おもしろかった。

しかし残酷な表現があるとの注意書があったけど、まさかまどっちを拷問の末に殺すとはね

ハッピーエンドなんだろうけど
・理になりたくないと言ったまどかの肉体を使った新しい理
・まどからしさの無くなった人格
・救済の時に傷つくのを否応なく見続けさせられる
・挫けないように側にいてくれると疑わないという言葉による呪縛

何となくこの結末はほむらにとって永遠の地獄でしかないだろと思うわ

いつもの奴もわいてるし本当まどほむ厨というか百合豚がいかに歪んでいるかよく分かるssだった

まどほむ厨が書いたまどほむ厨の為の話って感じ

設定がどうとかまどかとほむらはどうとか、関係ないスレでも出てきて暴れる人達は結局まどほむならそれだけで良い、まどかやほむらはまどほむじゃないとそれだけで認めない許さないって事なんだなと確信と幻滅したスレだった

一応乙

>>681-682
なんで二回も同じ感想書いてんの?

と、悔しさに顔を真っ赤にしたまどほむ厨が言っています

まどほむは公式カプだからねまどほむエンドになるのは仕方ないね
まどほむ前提で見直すとそんなに悪いSSではなかったよ

クリスマス直後にキリストネタとはなwwww

面白かったよー

>>685
可愛い
そんなに必死にならなくても良いのに


序盤の雰囲気はよかった

ホムラチュウガー
マドホムチュウガー


自演した挙げ句にこれしか言えないからなこいつは

なんでまどほむ厨ってそんな余裕ないん?公式wなんだからもっと余裕綽々に堂々としてれば良いのに
まあそこが可愛いから俺は好きなんだけどな

ああそうこのSSね
クソ設定クソ展開クソendの誰得クソSSだと思いました
クソさが突き抜けすぎたせいで、途中の大部分を斜め読みしながらも最後まで読んだわ

なんだかんだで最後まで読んで感想まで書くとかこの子結局このSS大好きなんじゃない
良い時間を過ごせて良かったな

理想郷のポジティブとむやん君を思い出した
あっちもコレも、二次創作書きながら元ネタへのdisり方がハンパ無いところがそっくり

誰が悪いかと言えばやはり元凶たるQBしかいないんだよなぁ…。
QB死すべし。慈悲は無い。

元凶はほむらだったわ。

>>694
その辺に関しては全力で同意。
神の子様(笑)の救済できそーな範囲ってどう見ても地球どまりだし、スケールダウンも甚だしい上に
そもそも石油ゲバよろしく目先のエネルギー欲しさにここまでいろんなものを踏みにじって
事態を捻じ曲げ悪化させたQBに関してはお咎めなし、あまつさえ「憎んではいけません」と、
有り難すぎて耳クソが耳から噴出しそうなくらいに有難い説法までなさってたからな……ないわ、流石に。

百歩譲ってそれを肯定したとしても、「魔法少女は」救済されても、この先この世界は宇宙は滅びる気がする。
QBが今度はそれ以外の分野でエネルギー目当てに、宇宙の法則を崩壊させるような何かをやらかして。

>>696
そもそも宇宙の寿命を延ばすなんて行為自体が、西に沈んだ太陽を中天に呼び戻すくらい理に反した行いだしな

終わってたのか、おつ


ここで自論垂れ流したり会話してる奴って自分の考えを聞いてくれる相手がいないぼっちで寂しくてしょうがないんだろうな
全力で同意とかぼっち同士が傷を舐め合ってるだけだな

>>698
ものすごいブーメランだね

いい、とても面白かった
>>1よ、これからも挫けず頑張ってくれ

感想レス見てから読もうかどうか決めようと思ったがよくわからん
結局、途中まではほむらdisが激しいものの最終的にはまどほむ大勝利でOK?

ssでも自分の中のまどマギの通りじゃないと嫌だ我慢できないから僕の言う通りにして!と暴れて荒らしてるカスはやっぱ最後まで粘着するんだな
そんなに自分のまどマギが正しいってなら人のスレで喚くんじゃなく自分でssを書いて自分の考えるまどマギを表現してみろよ、ssひとつ書けない負け犬共

俺が言ってるのは感想は自由とかこのssは設定が変だとかではないから論点ずらししてもムダだぞ負け犬
例えば>>696その主張をssにしてみろ
この手の奴等はssひとつ書けないから書ける人間に嫉妬してそんな事やってるんだろうがな
惨めで情けないなssも書けず人のスレで自分のまどマギを主張するしか出来ない負け犬は
だからまともな人間からは全員に馬鹿にされて見下されて嫌われてんだよ

あ、他の奴も言ってるがお前らには人権人格ないからこれは人格批判とかではないからそこも身の程を弁えて理解しろよ負け犬

>>702
自治を気取ってる奴に限って口汚く罵ってるのが笑いどころだよな
完全なブーメランだわ

>>701
そうだよ
叩いてるのは公式の大正義まどほむを認められないマイノリティで型にはまらないことがステータスな中学生だけ
>>699>>703
皆から正論述べられてそれしか言えなくなったんだねまどほむアンチ
まどほむアンチはまどマギアンチだから[ピーーー]ば良いと思うよ

>>704
そもそもてめえらみたいなまどほむ厨が荒らしを行っていなければここもそこまで荒れなかったんだよ
自業自得だボケ

そもそも>>1が「独自解釈あり」と一言書いておけばここもそこまで荒れなかったんだよ
自業自得だボケ



二次創作で独自解釈が無いものなんて原理的に有り得ないんだよ
そんなこともわからない低脳は黙って原作だけみてろよ

いくらなんでも暴論過ぎるだろそれは…。

あれだけほむほむをdisってたら叩かれるのは当然だしまどほむをやれば手のひらを返して絶賛されるのも当然
最初からこれはまどほむになりますって注意書きしておけばここまで叩かれたりしなかったんだから>>1は勉強しないとな
だがまどほむになってからも叩く奴は去れ

ただの誰得二次SSってだけで、さほど責められるような内容では無いな。

まだまどほむ厨がいたのね

頭がティロティロしてきた
終わりはほむらが存在しない12話のアレだよな?

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