貴音「終わらぬ旅路に終止符を」 (64)


今宵は一人の月見

成長すれば、月見酒

しかしながらお酒を飲まなければいけないわけではありません

「街は、まだ起きているようですね」

月明かりに照らされる街は

0時を回ったというのにも関わらず

どこかでは明かりがつき

どこかでは笑い声が響いていました

「良き月夜です。もしも今宵が満月であれば、なお良きものでした」

そう独りごちて窓を締めると

途端に部屋は静寂に包まれてしまいます

寂しいものですね

夕刻まではあなたの声が聞こえていたというのに

いえ……聞こえていたからこそ、

静寂であるべき時を寂しいと感じてしまったのでしょうか

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季節は8月

夜の冷めている時刻とはいえ

布団をかぶるような余裕はありません

しかし私はあえて潜り込みました

瞳を開いていては、あなたが見えるのです

瞳を閉じても、あなたが見えるのです

そして鼓動がわずかに早まってしまうのです

「これは……なんなのでしょうか」

理解し得ぬ何か

されどこれが悪しきものではないと

なんとなく解ってはいました

「明日にでも……訊ねてみる事といたしましょう」

3重の闇が私を覆い尽くし

抱かれるようにしてようやく、私は眠りにつくことができました


翌朝

相も変わらず照り続ける太陽の下

私は事務所へと向かっていました

夜の街とは違い

家々の明かりはなく、太陽のみが私達に光を注いでくれます

しかしこうも熱されると

少々嫌気がさしてしまうもの

「……あいすくりぃむでも」

途中の買い食いは控えるように。と

プロデューサーから仰せつかっているものの

あの冷気

あのひんやりとした刺激の誘惑には

勝つことなど不可能でした

コンビニへと入ると、涼しい風が正面を

蒸し暑い風が背面を襲い

その不快感に思わず顔を顰めてしまいました


「あれ、貴音さん?」

しかしそのような不快感は

私の変装を一瞬で見破る強者を前に

すぐにかき消されました

「貴音さんですよね?」

「いかにも、私は四条貴音です」

帽子とメガネで顔を変えた少女は

私がそう答えるや否や嬉しそうに微笑みました

「よかったぁ、間違えたらどうしようかって思っちゃった」

「………………」

馴染み深い声

しかしながら似た声など多きもの

この者は一体誰なのでしょうか

私の疑問は声になる前に答えを受けました

「私、判ります? 春香ですよ。春香」

「おや、そうでしたか」

一見では判りかねる

素晴らしき変装術。見習わなければ


「春香はなぜこちらに?」

「暑かったから休憩を兼ねて飲み物でも買おうかなと」

真、正直なものですね

もっともこのようなことで隠し事など

不要なものですが

「貴音さんは?」

「私はあいすくりぃむを買いに――」

気づいたときには遅く

春香は少し悩ましい表情をしていました

それもそのはず

私の買い食い抑制をプロデューサーより聞いたとき

春香は傍にいたのですから

「……1つだけ。ですよ?」

「春香、貴女は食すつもりはございませんか? いえ、持っていてくれるだけで良いのですよ?」

その理由は買い占めてしまうから。だそうで

購入数を制限されてしまっているのです


「流石にアイス2つは止めた方が良いんじゃないですか?」

「し、しかし……春香。あれを見てください」

会計のところに飾られためにゅう表

そこに表示された

めろんそふとと、ばにらそふと

機器の都合上2つで1つは不可

しかし、期間限定ゆえに

今頼まねば失くなってしまう可能性もありました

「春香、人を救うと思い、目を瞑っては頂けませんか?」

「貴音さんって、期間限定とか見たら買っちゃうタイプですよね?」

春香は苦笑し

なんと、会計へと共に並んでくれたのです

「2人で半分ずつですからね?」

「ええ、約束いたしましょう!」

「そ、そこまでいかなくても……」

良き友に巡り合えたこと、真、我が生涯に感謝せねばいけません


「春香、ありがとうございます」

「あははっそんな気にしなくていいですよ」

暑い中

2人で歩きながら食すあいすくりぃむはとても美味でした

「誰かと食事をすると、一層美味しく感じると聞いたことがあります」

「はい?」

「朝餉と夕餉も誰かと食すことができれば、さらに美味しいのでしょうか?」

「……きっと、美味しいですよ」

春香はわずかに表情に影を落とし答えてくれました

暗い理由は私が一人暮らしだと知っているからでしょう

昨日初めて我が家に招いた時も

春香は心配そうにしていましたからね

一人で……寂しくはないですか? と


「あの、貴音さん」

「はい?」

春香は立ち止まり

私の顔をじぃっと見つめ

意を決したように口を開きました

「また、行っても良いですか?」

「ええ、もちろんですよ」

答えはきっと正解でしょう

春香は嬉しそうに笑ってくれました

「あ、貴音さん」

春香は気づいたように名を呼び

そしてハンカチで私の口元の拭うと

夏の日差しに負けない、柔らかで明るい笑顔を見せてくれたのです

「あははっ、つけっぱなしでしたよ?」


その笑顔を見た瞬間

昨夜のように鼓動は加速し

まるで写真撮影を行ったかのように

頭の中にはその笑顔だけが残りました

「春香……」

「貴音さん?」

春香は私の様子がおかしいと気づいたのか

顔を覗き込んできましたが

しかし、逆効果のようでした

余計に頭が春香に侵食されていき

動悸も鎮まるどころか激しくなってきてしまい

終いには、体が火照ったように熱くなりました

「貴音さん、熱でもあるんですか?」

春香のあいすによって冷えた手が私の額に触れ

心地よく感じるのと共に

私達の間にほとんど距離がないことに気づき

体温がさらに上がっていくのを感じました


「春香、離れてください」

「え?」

「今すぐ、離れてください」

春香を突き放すようにして離れて目をそらす

これ以上密着し

春香を思い続けていたならば

きっと、良からぬ事になっていたでしょう

「あの、大丈夫なんですか?」

「しばらく休めば問題はありません」

昨夜も似たようなものでしたが

直ぐに眠ることができましたから

「とりあえず事務所に向かいましょう」

「は、はい」

春香の不安そうな声はあまり聞きたくない

そう思った私は疑問をぶつけ

悩みを解消するとともに、気を紛らわせることにしたのです


中断

次から次へと…飽きないなぁ
前に消えたって言ってたやつか?

スレタイで色々想像はできるがまだわからないから期待する


「ところで春香」

「はい?」

「春香を思うと動悸がして頭の中まで貴女で一杯になってしまうのです」

隣に並んでいたはずの春香が後方に消えていく

のではなく

春香は唖然としたまま立ち止まってしまったようです

「春香?」

「……………」

立ち止まり振り向いた私と見つめ合う春香は

途端に顔を赤く染め上げ首を横に振りました

何か悪いことを訊ねてしまったのでしょうか?


「た、貴音さん……それ冗談ですか?」

「ええ真のことです。して、ご存知なのですか? この動悸、この思考の意味を」

春香は私の問いに俯き気味になり

再び私を見つめたときは

どこか申し訳なさの見える表情でした

「それは、その……私には言えません。ごめんなさい」

「……そうですか。謝る必要などございませんよ。また、誰かに訊ねることに致します」

本当の申し訳ないといったご様子

やはり私の勘違いなのでしょうか?

この感覚は良きものではなく、悪しき感覚だった。と?

いえ、早計は失敗のもと

他の者の答えを聞いてからでも速はないでしょう

しかしその後

春香は無口になってしまい

明るい声が聞けず真……残念でなりませんでした

>>15訂正


「た、貴音さん……それ冗談ですか?」

「ええ真のことです。して、ご存知なのですか? この動悸、この思考の意味を」

春香は私の問いに俯き気味になり

再び私を見つめたときは

どこか申し訳なさの見える表情でした

「それは、その……私には言えません。ごめんなさい」

「……そうですか。謝る必要などございませんよ。また、誰かに訊ねることに致します」

本当の申し訳ないといったご様子

やはり私の勘違いなのでしょうか?

この感覚は良きものではなく、悪しき感覚だった。と?

いえ、早計は失敗のもと

他の者の答えを聞いてからでも遅くはないでしょう

しかしその後

春香は無口になってしまい

明るい声が聞けず真……残念でなりませんでした


事務所に着くと

春香は一転して明るい声で挨拶をしましたが

残念なことに事務所におられるのは小鳥嬢とプロデューサーだけでした

「おはよう、春香、貴音」

「おはよう、春香ちゃん、貴音ちゃん」

「おはようございます」

やはり、物足りないものですね

亜美達の元気な声や

律子嬢の叱る声……久しく耳にしておりません

「2人が一緒に来るなんて珍しいわね。どうしたの?」

「すぐそこのコンビニで偶然会ったんですよ」

「へぇ……」

「プ、プロデューサー! 私はあいすを1つだけ購入しただけです。制限は守っていますよ」

プロデューサーに領収証なるものを渡し

買い物の件は事なきを得ることができました


「おや、春香はこのあとすぐに仕事なのですか」

「え、あぁ、はい……」

近寄ることさえ

春香は受け入れてくれなくなってしまいました

やはり、対象が春香であったことは間違いなのではないでしょうか?

春香でそのような現象に陥るのであれば

他者に訊ねるべきであったのでは……と今更ですね

「おーい春香。仕事行くぞ」

「は、はーい! ごめんなさい貴音さん」

「ぁ、はる……か……」

貴女が去っていく

その後ろ姿に思わず手を伸ばしてしまうのもまた

動悸や思考の支配と同じ理由によるものなのでしょうか?

であればやはり悪しきものなのでしょう

でなければ、形容し難い悲しみなど……感じるはずもないのですから


「小鳥嬢」

「貴音ちゃ……え、貴音ちゃん? どうしたの一体!」

小鳥嬢は私を目にすると

慌ててハンカチを貸してくださいました

どうやら……私は涙を零してしまっていたようです

「解りません。解らない事だらけなのです……小鳥嬢」

「わ、私でよければ教えてあげるから。ね? 泣かないで」

春香に件の疑問をぶつけたことで

彼女の言動は私に対して控えめになってしまいました

ゆえに、嫌われてしまったようにしか思えず

堪らなく悲しかったのです

全てはこの疑問のせい……

「お願い致します。どうか、私の疑問にお答えを」

私は小鳥嬢に

春香に話したのと全く同じように伝えた


「それはね、恋をしているの」

小鳥嬢はそう、優しい声で答えてくださいました

言われてみれば

役の者達の台詞にて

恋はどきどきするものであると

記されていることがありました

「そうですか……これが、恋なのですね」

「それはそうなんだけど……」

小鳥嬢は何やら言いにくそうに

しかしながら言わなければいけないと思ったのでしょう

大事なことを教えてくれたのです

「貴音ちゃんはね。春香ちゃんにその意味聞いた……つまり、告白しちゃったのよ」

「告白……ですか? 私が、春香に?」


そう

それは人々が愛を伝え合う儀式のようなもの

どらまなどの役で告白を受けたりすることもあり

私は、その行動の結果がどうなるのかを知っていました

1つ

受け入れてもらえたならば

互いに手を取り合い、深く結ばれることでしょう

2つ

受け入れてもらえなければ

互いの距離は開き、疎遠になることでしょう

私と春香は

誰に聞こうと、誰が見ようと

明らかに後者であることは明白でした


それが解ってしまった途端

再び涙が溢れ出してきました

「私は、私はっ……」

「た、貴音ちゃん……」

小鳥嬢は私を抱きしめ、黙って頭を撫でて下さいました

図らずとも思いを告げ

その結果受け入れてもらえずに

疎遠になってしまう。それが私の末路

何たる不幸

何たる惨劇

なにゆえこのような厳しき道を歩かせるのでしょう

春香の笑顔に心を癒され

春香の優しき声に心躍らせる日々は唐突に終わりを告げてしまった

あまりにも、あまりにも……惨酷ではありませんか

小鳥嬢の暖かさに包まれながら

私は枯れ果てるまで、涙を流してしまいました


今日はここまで

書き方をちょっと変えたので
読みにくかったりした場合は指摘いただけると助かります

問題は無いぞ
しかし流れ的に嫌な予感しかしないんだが
閲覧注意が無いことに賭けて見て良いんだよな?

それがわかったら楽しくないだろう
確実にバッドエンド回避したいならそっ閉じよ


暫くして、私は小鳥条から離れました

「ありがとうございました、小鳥嬢」

「う、ううん……大丈夫なの?」

大丈夫か。と、問われ

すぐさま大丈夫ですと答えられるほど

私の心は穏やかではありませんでした

「……貴音ちゃん。あまり、思いつめちゃダメよ」

「解っています。恋に破れることなど幾百千。叶うことなど万に一つなのでしょう?」

「そ、そんなことは……ないんじゃない?」

なにやら余計なことを告げてしまったのかもしれません

少々困らせてしまったようですね

「小鳥嬢、なんとか落ち着くことができました。手間を取らせてしまい申し訳ありません」

「良いのよ。お仕事頑張ってね」

小鳥嬢の優しく諭すような声を背に受け

私は仕事へと、向かいました


「貴音ちゃん次こっちの角度、ちょい上向いてそうそう、動かないで」

「………………」

ただの写真撮影であることが救いでしたが

やはり、表情には出てしまっているようでした

撮影担当者の方には

今日の私は憂いに満ちていると言われてしまったのです

「何か悪いことでもあったの?」

「……特には、ございません」

すたいりすとなる方にもそう問われてしまうほど。

どうやら、落ち着けたというのは気のせいだったようです

光を失った月のような私の心

足りない、満たされない

食欲など、わくはずもない

喜怒哀楽……残されていたのは、哀しみだけでした


仕事をすべて終える頃には

外はすでに暗く私の頃のように、暗雲が立ち込めていました

「雨は降れないでしょう。私があれだけ降らせたのですから」

どんなに暗くても

雷鳴が轟いたとしても

一雫落とすことさえ、あなたには叶わない

「……おや、意外ですね」

しかし一滴の雫が手のひらに落ち

また一滴、十滴、百滴とその数を無数のものに増やしていきました

「誰から涙を奪ったのですか?」

空に訊ねても意味はない

この行動自体に、意味はない

「帰ることに致しましょう」

雨足の強まる中、私は一人家路につきました


傘無き雨中の帰路は

私に対しては厳しいもののようです

上からは雨に降られ

路上に溜まった雨水を車が撥ね飛ばし

横からも多量の水が私を襲う

なんと醜いものでしょうか

なんと惨めなことでしょうか

「たった一つの疑問が、すべてを壊してしまいました」

足りないぱずるの欠片は

足りないままで良かったのですね

俯き気味で、覚束無い足取り

そんな私がたどり着いた自宅には

一つの影が佇んでいたのです


「…………………」

「…………………」

今朝も目にした服装

世界には似通った者が3人はいると聞いたことがありますが

服装、そしてあのリボン

すべてを真似た人間など、近くに2人もいるわけがありません

「何を、しているのですか?」

「…………………」

春香も傘は持っていなかったのでしょう

服も髪も雨に濡れ、私同様に醜い姿でした

「……貴音さん」

「はい」

「……私、ここに来るかどうか迷ったんです」


消え入りそうな声でした

哀感の漂う春香の姿には

胸を締め付けられる苦しさを感じました

「でも、千早ちゃんの家は電車が必要だし、響ちゃんの家はペットがいるし」

「はい」

「……家に帰るような気力もなくて」

彼女は少しずつ語っていきました

しかしそれらはどれも

なぜここにいるのかという疑問の解ではありませんでした

「……だから、ここに来ました」

「はい」

理由はどうあれ、春香はなんらかの理由で傷つきここにいる

私の行動には、それだけで十分でした

「どうぞ、春香」

私は春香を家へと招き入れました


「……………………」

「……春香、お風呂が沸きましたよ。お先にどうぞ」

朝とは打って変わった春香の様子

何かがあったことは確実

しかし、当人が語らないのであれば

訊ねるべきではないのでしょう

「……雨は暫く止みそうにはありませんか」

とはいえ

家に帰る気力もないと言われましたし

帰路を気にする必要などないのかもしれませんが

「……はて。帰る気力がないとするならば、春香はどこに」

今更気付いても遅いこと

春香は我が家で明日を迎えるつもりなのですね


「お風呂、上がりました」

「では私も失礼いたします。寛いで頂いて構いませんから」

「……ごめんなさい」

春香は小さく謝罪をしてベッドに座り込んだだけでした

気がかりではあるものの

濡れ鼠でいるわけにもいかず

春香を部屋に残し、風呂場へと向かいました

今は春香と共にいるため

昼間よりもずっと楽な気持ちではありますが

断られたことが変わることはありません

「……春香」

思いは名を呼び

思いは痛みを呼び

思いは私を苦しめる

告白した人、告白され断った人

両者に同じ屋根の下で共に一夜を過せというこの所業

真、憎きものですね


入浴を早急に済ませ

春香のもとへといち早く向かいましたが

「……………」

「……………」

ほんの10分程度だったからでしょうか

春香は全く動いた形跡もなく

ただ黙り込み、俯いていました

「春香」

「………………」

何があったのか訊ねるべきなのでしょうか

それともこのままにしておくべきなのでしょうか?

判断に困った私はとりあえずいつもの誰もいない生活に戻ることにしました


らぁめんは場に不相応と判断し

些細な日本食を作ってはみましたが……

「春香」

「ごめんなさい、食欲ないんです……」

普段の私ならばいざ知らず

今の私では2人前を食すような余裕はありませんでした

「少しでもお腹に入れなければ体調を崩しますよ」

「……でも」

「貴女が今いるのはどこですか?」

「貴音さんの家です」

「ならば、家主に従うのが礼儀でしょう?」

やや強引な手段ではありましたが

春香は非常にゆっくりとした手つきで食を進めてくださいました

あまりつくらず少なめにしたのは間違いではなかったようですね


春香といるのに

一人でいるのと変わらない食事でした

そんな寂しい夕餉を終え

ようやく、春香が口を開きました

「貴音さん」

「はい」

「私、プロデューサーさんが好きです」

「そう、ですか……」

私が恋愛の対象ではないと知っていました

しかし何も言われず態度のみだったものが

言葉となって確たるものへと変化するのは

態度のみよりも、辛いものなのですね


「でも」

「………?」

春香はそこで言葉を止め

私のことを悲しげな瞳で見つめてきました

「春香?」

「でも……」

言いづらいのでしょう

口を開いたり閉じたりを繰り返しながら

春香は悩ましく顔をしかめるのです

「言いづらいのならば、言わなくても良いのですよ?」

「……いえ、言います」

春香はそう言い私を見つめましたが、

その瞳に宿る決意は

どことなく不安を感じずにはいられませんでした


「プロデューサーさんは、貴音さんが好きだそうです」

「……はい?」

「だから、貴音さんに恋してるんです。プロデューサーさんは」

春香は二度目を言い放ち

椅子を蹴るように立ち上がると

ベッドの方に向かって言ってしまいました

なんと言えば良いのでしょうか

私は春香に恋をし

春香はプロデューサーに恋をし

プロデューサーは私に恋をした

悪循環とはかくも恐ろしきものですね

私達の恋は終を知らず

ただただ、彷徨うばかりです


「春香、それを私に告げてどうしようというのですか?」

ベッドに座る春香の元へと向かい、目的を訊ねてみましたが

彼女はただ静かな瞳で見上げるだけでした

「…………………」

「…………………」

長い沈黙

雨風の織り成す騒音さえも萎縮するような緊張感

「……どう、したいんですかね」

「……どう、したいのですか?」

春香は問い、しかし私も問う

己がいかなる道を選ぶのかは己次第

他の者の言葉など道を増やすためのものでしかないのです

ゆえに

私自身も、解ってはいませんでした

「……どらまでは、恋敵を殺すこともあるそうですよ」

なぜ、そのような選択肢を与えたのかを


中断。

もうすぐ終わります


「死んでくださいといえば、死んでくれますか?」

彼女の答えは問いだった

それだけで私は理解する

「いいえ、貴女のその手でない限り、私は生きるでしょう」

「………………」

与えた選択の意味など、ない

そもそも彼女には選択など存在していなかった

もとより一つの道しか見えていない

だからこそ、ここに来たのでしょう?

「天海春香、彼から私を奪いますか?」

「…………………」

「図らずも私が彼を奪ったように」


「あははっ、私の考え解っちゃってるんですね」

彼女は、笑いました

とても寒い笑顔でした

「ええ、解っておりますよ」

「そうですか……」

静かで、寂しく、冷たくて、悲しい声

貴女の心は迷子なのですね

彼に奪われ、置き去りにされ

回収されることもないまま……何処かへと去っていってしまった

そう、つまり春香はただの抜け殻でしかない

だから私は暗いままなのですね

貴女と共にいても

癒されず、動悸さえ起きず

貴女のことで頭を一杯にすることもないのでしょう?


「貴音さん」

腕を引かれ、流れるようにベッドへと押し倒され

しかしながら、私は抵抗を一切しませんでした

「……貴音さん」

「なんでしょうか」

「良いんですか? 奪っても」

春香が私を見つめる

先刻感じた決意への不安

それは決意が決意ではなかったからだったのですね

心のない決意はもはや暴走

なるほど……貴女に見えていたのが一本道なのも解りました

すべて、理解いたしました

その上で、お受けいたしましょう

「ええ、構いませんよ」

私の心は既に貴女に奪われているのですから


春香の顔がゆっくりと近づき

私の唇に重なって呼吸が止まる

触れたものは温かいものであるはず

しかし、それはあまりにも冷たい接吻でした

「んっ……」

「…………っ」

けれども、そこで留まることはなく

春香は強引に唇の隙間へと舌を伸ばし

やがて私のそれに絡めてきました

「んんっ、っ……ぁ」

「んっ……ぁ……ぇ……」

互いに漏らすのは淫猥な吐息

離れていく春香の口から覗く舌からは

どちらのものかは定まらない唾液が滴っていました


情交を結んだ経験はありません

しかし、これは違うものだと解っていました

春香の心はなく

春香の愛もない

ただの一方通行でしかなく

情が交わってはいなかったのです

ゆえに

肉体を重ね合わせていく温かさあれど

心は寒く、一向に満たされることもありませんでした

それは私だけでなく

春香も感じていたのでしょう

室内にいるはずの私に、ぽつりと一雫の雨が降りました


「ごめん、なさい……っ」

「春香」

「ごめんなさぃっ……」

露出した胸元に

ぽたぽたと……雫が落ち、流れていきます

「ごめんなさい……」

春香はただただ謝罪を続け

次第に私を責め立てる手は止まりました

「なに、してるのかな……っ」

「…………………」

「なんで、貴音さんにこんなことしてるんだろう……」


「ちっとも……楽しくない。なにも、感じないよ……」

「そうですね。ただただ、苦しく、辛く、悲しく、寂しく、冷たいだけですね」

「……貴音さん」

春香は私の上から退くと衣服を脱ぎ捨て

私の隣に並ぶように横たわりました

「春香?」

「愛して……くれますか?」

春香は静かにそう呟いて、私のこたえを待っていました

愛しているか、いないかではなく

愛してくれますか。と

こたえなど、考える必要もありません

「ええ、愛して差し上げましょう」

答えと同時にそっと……唇を重ね合わせました


愛する女性の抜け殻がそこにはあり

凍てついた太陽がそこにはありました

「貴女の心を、お呼びしましょう」

「貴音さ、ぁ――っ!」

唇を重ね合わせて呼吸を止め

春香にされたことを、春香に返していく

「っはっ、ぁ、たか、ねさ……っ」

「私は愛がありますよ。貴女とは……違うのです」

経験も知恵も持たない私と違い、

貴女には経験はなくとも知識はあったのでしょう

ですが貴女は私を責め立てた

淫らに狂わせようとその知恵を行使した

ゆえに、経験による知恵を私は持つことができました

「愛欲に溺れ、彼のことを忘れなさい」

「っ、んっ、あっ、貴音、さっぁ……」

「心を取り戻してください。彼を愛するのを止めるのです。天海春香!」

それは、愛でした

しかしあまりにも強い愛でした

彼を愛していることに対する嫉妬

それゆえの強き愛

乱れゆく貴女の姿以上に、私は醜いものだったのかもしれませんね

つまんない、文才ないよあなた


雨風も静まる頃には

私達の情交も一時の休息を迎えていました

「春香……」

「貴音、さん……?」

荒い呼吸を整えながら見つめ合うと

春香はいつもの優しい笑顔を浮かべてくれました

「貴音さん……酷いですよ……」

「ええ、酷く、醜いものでした」

心を取り戻すためとはいえ

拙いながらも私は貴女を狂わせてしまったのですからね

「……責任は、取りますよ」

「あははっ……ははっ……」

本気で言ったつもりなのですが、春香には笑われてしまいました


「私……貴音さんの好意を利用したんですよ?」

「はい」

「許して、くれるんですか?」

春香は申し訳なさそうに私の顔を見つめました

しかし、許すも許さないも私の頭の中にはありません

「これから、利用した分だけ利用させて頂ければそれで」

「り、利用されちゃうんですか?」

「ええ、たくさん利用させて頂きます」

驚いた春香に対して私は笑みをこぼし

考えつく限りのことを言葉にしました

「家に来て頂いたり、共にしょっぴんぐなどをしたり、手料理を頂いたり……一夜を過ごしたりしたいですね」

「あははっそれってただの恋人みたいですよ? 良いんですか? 私なんかで」

「いえ、貴女でなければいけないのです」


「貴女なら、それがお解りになるはずですよ」

「…………………」

一度心を奪われてしまった以上

想いを断ち切るまでは

他の者に愛を与えることはできないのです

「……貴音さん」

「はい」

「貴音さんのことが知りたいです」

春香は服を着直しながら

不意にそんな申し出をしてきました

「なぜでしょう?」

「こんなに愛してくれてる人を裏切るなんて、あの人みたいで嫌じゃないですか」

   【このスレは無事に終了しました】
  よっこらしょ。
     ∧_∧  ミ _ ドスッ

     (    )┌─┴┴─┐
     /    つ. 終  了 |
    :/o   /´ .└─┬┬─┘
   (_(_) ;;、`;。;`| |

   
   【放置スレの撲滅にご協力ください】  
   
      これ以上書き込まれると
      過去ログ化の依頼が
      できなくなりますので
      書き込まないでください。


春香は彼をあの人と言いました

それは、想いの決別

彼への愛を無くし、取り戻した心で新たな者を愛する決意の現れ

「おや、では。私を愛して下さるのですか?」

「貴音さんに恩返しがしたいんです。それに貴音さんのことは元々好きですから」

意外な言葉でした

春香のことですから

友達や仲間としてという可能性が大きいのですが

「それは、どう言う意味なのですか?」

「人して、仲間として、友達として……恋愛の対象として」

「春香、いえ、無理にそのような付け足しは不要ですよ?」

「そんなはずないじゃないですか。綺麗だし、可愛いし、格好いいし、優しいんですから」

>>53
ウザッ


それは過大評価では?

そう思わざるを得ませんでしたが

春香は笑顔で続けて言ったのです

「だから貴音さんのことをもっと知って、あの人の代わりにじゃなく、貴音さんのことを好きになれたらなって」

「………………」

私が返す言葉を見失い黙り込んでしまうと

春香は少し表情を暗くしてしまいました

「ちょっと……都合良すぎですよね」

フラレたから貴女と付き合っていい

春香からしてみればそのような感覚になっているのでしょう

しかし、心機一転

相手のことを知り、好きになりたいと思うその心構えは

そのような軽薄なものではないと私は断言いたしましょう

「いいえ、貴女のお気持ちは十分です。みなには、とっぷしぃくれっと。これは貴女と私だけの秘密ですよ」

そう告げると、春香は嬉しそうに頷いてくれました


それから数日たったある日のこと

結果的に言えば

私の心は迷子になることはありませんでした

春香の心も、迷子になることはありませんでした

そう……ただ一人孤独に彷徨う旅は終えたのです

「なぁ……最近、貴音と春香べったりしすぎじゃないかー?」

「おや……響。なにか問題でもあるのですか?」

「も、問題はないけど、な、なんていうかその……」

響は一人でに頭を抱えてあれも違う、これも違うと悩み

そこに、彼女の声が聞こえてきました

「どうかしたんですかー?」


「春香、おはようございます」

「おはようございまーす……あっ。昨日忘れたジャージのことなんですけど」

「ふふっ、しっかりと洗濯してお持ちしましたよ。次はお忘れないように」

「えへへっ、ごめんなさーい」

普通の会話をしているだけだというのに

そんな私達のことを見た響は複雑そうな表情でした

一体、なんなのでしょうか

「どうかしたのですか?」

「……いや、それ自分が言いたいよ! なに、なんなの!? 付き合ってんの!?」

響のこの指摘に対し揃って即答してしまい

事務所が大変な騒ぎになってしまったことは……また、別のお話


終わりです

スレタイは全員が両想いじゃないことで
フラレ続ける失恋の連鎖を止めるって意味にしようとしただけ

でも、途中で春香に情が移ったせいで修正
春香と貴音になった(予定では貴音とP)

情が移ると予定が狂うから春香に酷い事してみたけど

やっぱり無理、はるるん愛してる


途中で変なの湧いたけど面白かったよ
自分は春香好きな百合好きだから次も期待してます

どこで予定が狂ったのか判らないくらいに上手く纏まったな

で…そのまた別のお話っていうのはいつ?
春香スキーさんだとこのあとすぐって期待できるんだけど

乙乙

すばらしい…はるたかは至高
良い雰囲気だったぞ

おつおつ

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