P「七夕の夜に」 (4)

都会の熱は、昼間の灼熱地獄から、蒸し焼きにするような物に替わっていたが、相変わらず立っているだけで汗が流れ落ちる。
俺は、ネクタイを緩めながら事務所に入り、鞄を自分の椅子に放り投げると、更に階段を昇って行く。

「おー、もう盛り上がってるのか」

俺が屋上に着くと、既に宴会が始まっていた。
たるき亭の仕出しのお惣菜の他にも、テーブルにはいろいろと並べられている。

「あ、プロデューサーさん、お疲れ様です!はいっ、プロデューサーの分のお弁当です」

俺の姿に気付いた春香が、こちらに駆け寄ってくる。
綺麗によそわれた料理に舌鼓を打ちながら、ふと願望が口を付いて出る。

「ビールは…」

思わず呟いた言葉に、春香が口をとがらせる。

「だーめーです、まだ一応お仕事中です」

春香に窘められたが、仕方ない。
まだこの後、この娘達を送らなければならないのだから。

「そうだったな。これ、春香の手作り?」
「はいっ!やよいと千早ちゃんにも手伝って貰って」
「…千早に?」

その俺の表情に春香が頬を膨らませる。

「あーっ、プロデューサーさん、千早ちゃん、最近料理も上手くなってきてるんですよ!」
「そ、そうか、春香の教え方が良いのかな?」
「えっへへへっ、やよいの家にも行ってるみたいです」
「…それは色々実益兼ねてるな」

その時の千早の顔は、きっと緩みまくっている事だろう。
勝手な想像だけど、きっと間違ってはいないだろう。

「はい?」
「いや、何でもない、いただくよ」
「はいっ!」

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「さーさーさのはーさーらさらー…何だっけ、この後」
「んー、のーきぐがどうとか、きんぎんざいほう?」
「違う!のきばに揺れる、お星さまキラキラ、きんぎんすなごでしょう」
「あーそうそう!流石はりっちゃん!」
「うんうん、耳年増だね!」
「それは意味が違ぁうっ!」

律子が、亜美と真美を怒鳴り、亜美と真美がそれを面白がって律子を煽る。
何時もの光景に安堵しながら、律子に声を掛ける。

「相変わらずだな、律子」
「お疲れ様です、プロデューサー。外回りはどうでした?」
「相変わらずだよ、どこも引っ張りダコでスケジュール調整に頭が痛い」
「嬉しい悩みですね」

心底意地悪そうな笑顔を、律子は浮かべた。

「俺は真剣だぞ?」
「はい、分かってます。私も手伝いますから」
「頼む」



「うふふっ、皆、楽しそうですねぇ」

あずささんが、缶ジュースを片手に、少し離れたところで微笑んでいた。

「そうですね、こうして集まるのも久々ですね…しかし、まさか社長が笹持ってくるとは」

視線を移せば、社長が満足げに笑っている。

「はっはっはっ!折角の七夕だ、我が765プロの発展とアイドル諸君の健やかな成長と活躍を祈って笹を持って来た、皆で短冊に願いを書き入れたまえ!はっはっはっはっ!」
「社長!何ですかこの、律子君の経理処理がもう少し甘くなりますようにって!」
「おおおっ、見つかってしまった、それでは私はこれから用事が出来たので、あとは若い君達だけで楽しみたまえ、では、さらばだ!はっはっはっ!」
「こらー!」

律子が動き出す前に、社長は歳の割には軽快なフットワークで逃げおおせてしまった。

「だそうです」
「へぇ、そうなんですか…」
「まあ、都内ですから流石に天の川は見えませんけど…ほら、あそこの明るい星、あれが、ベガで、こっちがアルタイル」

指さした先には、都会の空でも分かるくらい明るい星が、2つ。
ここから見れば拳3つ分ほどしか離れていないけれど、2つの星の間は光の速さで14年以上かかる距離。
それだけの距離を隔てられた、彦星と織姫は、どんな気持ちなのだろう?

「まあ、プロデューサーさん、お詳しいんですねぇ」
「小さいころから、星を見るのが好きで。星空を見てると、色々悩みが無くなると言うか」
「意外にロマンチストなんですねぇ」

あずささんが、クスクスと笑う。
ちょっとだけ、それにムッとする。
何だか、子ども扱いされてるようで。
一応、あなたより年上なんですよ?

「そうですか?現実を見てないだけですよ」
「…現実を、ですか?」

あずささんの訝しむような視線から顔を逸らして、空を見上げる。

「認めたくない現実だって、幾らでもあると思うんです。でも、それと自分の夢とかと、摺合せが出来るのが大人なんでしょうし」


昔からそうだった。
嫌な事があれば、家を飛び出して、学校の裏山の展望台まで登って行った。
光害の所為で、見える星は限られていたけれど、それでも幾つもの星々を見つめていると、些細な事は気にならなかった。

「プロデューサーさんは、大人じゃないんですか?」
「自分のやりたい事と、やらなきゃいけない物を無理矢理一致させることは出来ますけどね。それを認めたくないんですよ…だから、こうして星を見上げる」

我ながら、センチな事を言ってるなとは思った。

「…織姫と彦星は、一年に一度だけ、天の川を渡って会う事が許されているそうですね」

あずささんが、思い出したようにぽつりと言う。

「ええ、あまりに仲が良すぎるのも考え物で、仕事をしなくなってしまって、それに怒った神様が川を挟んで暮らすように言ったとか」
「…許されない恋っていう事なんでしょうか?」

その声には、怒りと、諦めとがない交ぜになった複雑な声色だった。

「さあ、どうですかね…仕事をしないのは、彼らの心づもり一つで変わる訳ですし」
「そうですか…」
「…どうしたんです?」
「…聞かなくても、分かってるんじゃないですか?」

あずささんの問いに、俺は彼女の顔を見ていられなかった。

「…意地悪言わないでください。まだ、俺とあずささんはプロデューサーと、事務所のアイドルなんですから」
「…私が引退すると言ったら、あなたはどうするんですか?」
「俺も然るべき責任を取ります」
「そういう事を聞いているんじゃないんですよ?」

あずささんの声は、怒りが滲んでいた。

「…意地悪ですね」
「ええ、意地悪です」
「…しがらみが完全になくなるか、というのは無理です。事務所のイメージ、俺の立場…こんな物、捨ててしまいたいですけど…」
「…だから、星を見るんですか?」
「叶わぬ願いを短冊に乗せて、ね」

気障ったらしい台詞だな、と思った。

「…叶わぬ願いなんて、無いって思います」
「…あずささんは、ロマンチストですね」

少し嫌味の様な感じになってしまったが、帰ってきた言葉も同じような感じだった。

「誰かさんと同じですよ、現実を見たくないときだって、あるんです」
「…ふふっ」
「何が、おかしいんですか?」
「…いえ、珍しいなあ、と思って。あずささんがそうやって愚痴るのは」
「誰のせいだと思ってるんですか?」

睨み付けられてしまった。

「ごめんなさい」
「…今は、まだ川を渡ることは出来ないですけど…いつかは」

あずささんの言葉に、俺も頷いた。

「…ええ」


「あずさお姉ちゃーん!にーちゃーん!何してんの!こっち来て一緒に食べよーよー!」

「亜美が呼んでます、行きましょうか」
「はい」


五色の短冊。
私が書いた。
お星さまきらきら。
空から見てる。

俺達の願いも、何時かは聞き届けてくれるのだろうか?

ねえ、神様。


一日遅れ&突発だった、何も考えずに書いてたね。
名古屋会場の皆さんお疲れ様でした、大阪の方々、頑張ってね。

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