テイルズオブゼスティリアのR18指定百合小説です。
性的な表現が多く含まれていますので苦手な方はご注意ください。
アニメ版未視聴のため、ゲームの設定のみを使用しています。
主観にて書いておりますので、キャラ崩壊、矛盾等も発生するかと思いますがご了承ください。
ロゼ「ありがとうございましたー、またよろしくお願いしまーす」
ロゼはレディレイクの王宮から出ると、案内の女性と見張りの兵士に向けて元気よく挨拶をした。
災禍の顕主との戦いでしばらく商売から離れていたため、貴族や兵士から度々「久しぶりだね」なんて何度か声を掛けられた。戦争が始まる前と今では、王宮内の雰囲気が変わった気がする。以前は張り詰めた空気を感じていたが、今は慌ただしくも活力の気配に満たされていた。
ロゼ「さて仕事も終わったし」
ロゼは商売人の愛想笑いを切り替えて、自分の笑顔に戻した。
ライラ「アリーシャさんのお屋敷ですか?」
ロゼから赤い光が飛び出し、彼女の目の前には髪の長い女性が現れた。
ライラだ。それに続いて黄色、青、緑の光も放たれた。
エドナ「なにか頼まれているの?」
エドナは傘をばさっと開いて、自らに降り注ぐ強い日差しを遮った。
ミクリオ「またかい?いつから便利屋を始めたんだ」
ザビーダ「まぁまぁそんな野暮なこというもんじゃねぇって」
続けてミクリオ、ザビーダが口を開く。
ロゼ「おみやげがあるから渡しておこうと思って。みんなも会いに行くでしょ?」
ロゼはアリーシャの屋敷の方に足を向け、返事を待つこともなく歩き出した。誰も異を唱えることはなく、自然とロゼの後ろについていく。
このところ、レディレイクに立ち寄るとアリーシャに会いに行くことが多かった。ほとんどはアリーシャからの依頼があったからだ。各地の伝令や物資の配達、個人的な買い物等、いつの間にかすっかり使い走りになってしまっている。
アリーシャの屋敷は王宮のすぐ近くにある。いくらも歩かないうちに目的地には到着した。すっかり顔馴染みになった警備役の兵士が、ロゼを見つけて体を向ける。
衛兵「これはロゼ殿。アリーシャ殿下とお約束ですか」
ロゼ「いや、ただ寄っただけなんだけど。今日は家にいる?」
衛兵「はい。しかし、あいにく来客中でして。そんなに長くはかからないと思いますが」
はきはきとした口調で告げると、彼は門の中を覗きこんだ。
ロゼ「また嫌がらせ?」
ロゼは眉をひそめた。
和平の功労者だというのに、今でもアリーシャを疎む人間はいる。それでも前に比べて、王宮内での彼女の立場はずっと良くなっているはずだった。
ロゼの心配をよそに兵士は首を振り、明るい声で述べた。
衛兵「いえ、縁談です」
---------+++++++----------
宿に戻ったロゼは自分の部屋で机に突っ伏していた。
仲間達はあの後、揃って聖堂に向かい、レディレイクの加護天族であるウーノに会いに行っている。ロゼだけは気乗りせず、一人で宿屋に戻ってきていた。
今日は大した仕事でもなかったはずなのに、ひどく疲れた。その疲れの原因が、あの衛兵の一言であることは分かっている。
ロゼ「縁談……か」
王族であるアリーシャにとっては、きっと見合いなんて当たり前のことだ。年齢も考えたら意外でも何でもない。
相手はどんな人なんだろう、家柄はさぞ立派だろうと、ロゼはずっとそんなことを考えていた。
今やアリーシャはローランスとハイランドの両国にとって重要な人物だ。市民からも支持は高い。そんなアリーシャの結婚相手となればそれなりの釣り合いというものがあるだろう。めでたいはずなのに、なぜか気持ちが落ち着かない。
本当にアリーシャは幸せになれるだろうか。
ロゼ「アリーシャ、そういう相談はあたしにはしないよな……」
頭をぐしゃぐしゃと掻いていると、部屋をノックする音が響いた。
アリーシャ「ロゼ、いる?」
声の主は瞬時に認識できた。ロゼは扉の鍵を開けてその相手を招き入れる。
ロゼ「アリーシャ。どうしたの?」
休戦となり、政治を中心に活動し始めた頃から、彼女は騎士の格好よりも女性らしい服装をすることが多くなった。上品で嫌味のない雰囲気で、髪を下ろしている姿もよく見かける。
特別な心境の変化等ではなく、元々からそういった本質がアリーシャにはあるのだろう。容姿に関しても華があるアリーシャにはよく似合っていた。
ロゼは自分のベッドに腰掛け、アリーシャには椅子に座るように促した。アリーシャはそれに従い、カタンと椅子をロゼの方に向けて腰を下ろした。
アリーシャ「屋敷に来てくれたと聞いたから。いつもの宿屋に来てみたら女将さんが部屋を教えてくれたよ。忙しかった?」
ロゼ「ううん。会いに来てくれて嬉しい」
ロゼが目を細めると、アリーシャもにこりと笑った。
カムランへ一緒に向かって以来、二人の交流はずっと続いている。お互いに本気で喧嘩をしたことや、二人の関係に思い悩むこともあったけれど、今では親友になっていた。
アリーシャは旅ができない分、こうして会うたびにロゼから色んな話を聞きたがる。
各地方の動物、植物、遺跡、文化。どんなに話しても伝え切ることはない。質問をされるとまたそれを調べて次の話のネタにする。そんな風に途切れない会話をいつも楽しんでいた。
遺跡の話を聞いて輝くアリーシャの目を見ていると、また心配が溢れてきた。
ロゼ「アリーシャ」
ロゼの声のトーンが落ちたことに気付いたアリーシャが、表情を曇らせた。
すぐには口を開けずにいると、彼女は様子を伺うように身を乗り出した。
アリーシャ「どうかした?」
真剣な目で覗き込んでくるアリーシャから気遣いの空気を感じる。
顔に出した以上はこのまま黙っているわけにも行かず、ロゼはどう切り出すかをいくらか考えて、ゆっくりと口を開いた。
ロゼ「結婚するの?」
うじうじと悩んでいた割に、聞き方は単刀直入になった。そもそもこんなデリケートな話はするべきではないとも思っていたのに。
しかしロゼはそういう性格なのだ。胸の内に抱えたまま顔色をうかがうなんてことは向いていない。
アリーシャ「縁談の話、聞いたんだ?」
アリーシャの声と視線は優しかった。
ロゼ「そういうの、王族だから仕方ないって思うけど、アリーシャはいいの?好きとか嫌いとかないの?」
目を伏せて「それが当たり前だと思っていたから」とアリーシャが口にした時、ロゼは胸の奥からぐっと感情が込み上げてくるのを感じた。怒りなのか悲しみなのかは、よく分からない。
アリーシャ「それなりに覚悟しているよ。必要な縁談には応える義務があると思っている」
ロゼ「それってなんのためなの?国民のため?アリーシャがいい家柄の人やいい政治家と結婚すれば誰かのためになるの?」
まくしたてるつもりなんてなかったのに、ひどく苛立った声が出てしまう。
アリーシャは困った顔をしながらも、怒る様子もなく、静かに笑った。
アリーシャ「場合によるけれど多くの口利きが有効になったりはするよ。今の立場ではすんなり行かないことも、それでうまく行くようになるかもしれない」
ロゼ「それはアリーシャのためになるってこと?」
口調に棘が混じっていくのがロゼ自身にも分かっていたが、自分では止められなかった。
アリーシャもそれに気付いて怪訝な顔をした。
アリーシャ「ロゼ、なにか怒ってる?」
ロゼ「怒ってない!」
少なくともアリーシャに怒っているわけではない。なのにずっと胸の奥が苦しくて、当たり散らしたくなる。
アリーシャ「怒ってるよ」
アリーシャは立ち上がり、ロゼの頭を抱いた。
アリーシャ「ありがとうロゼ。侍女も私の気持ちを考えてくれた。王族の縁談はとてもめでたいことだから、そう口にするのは勇気のいることだったと思う。本当に私に幸せになって欲しいと言ってくれた。だからロゼが言いたいことも分かってるつもりだよ」
ロゼはアリーシャの穏やかな声を聞きながら、そのぬくもりになぜかやるせなさを感じた。
アリーシャ「でもちゃんと聞いて」
ロゼの頭を放して、アリーシャは目線を合わせた。
アリーシャ「縁談は正式にお断りしてきたんだ」
ロゼ「はっ?」
自分でも驚いてしまうくらい間の抜けた声が出た。
アリーシャは椅子に座り直し、ロゼに意地悪な笑みを向ける。
アリーシャ「ロゼもやっぱり女の子なんだね。恋愛感情が大事だって思ってるんだ。心配してくれてすごく嬉しい」
からかうような口調だったけれど、今はそんなことは気にならなかった。
ロゼ「断ったの!?っていうかそんな簡単に断れんの!?」
アリーシャ「私はまだ政治家として動き始めたばかりで、勉強も足りないし、駆け引きも何も知らない。戦争が終わっても争いはある。私が重要な立場にいることは自覚しているよ。適齢期だけど結婚して子供を作るような時期じゃない」
ロゼはふっと体の力が抜けるのを感じた。散々思い悩んだのにただの杞憂だった。
しかしまだロゼの胸騒ぎはおさまらない。求めているものがなにか違っている。安心できる言葉がまだ足りなかった。
アリーシャ「だからしばらく結婚は考えない」
続く言葉にロゼは立ち上がり、アリーシャに詰め寄る。
ロゼ「アリーシャ!」
アリーシャが驚いた顔をしてロゼを見上げた。どうしたの、と目が語っている。
ロゼ「しばらく?じゃあ何年かは……。もっと先はっ」
誰に問いかけるわけでもなくて、ひとりごとのようにぼそぼそと呟く。
違う。そこに欲しい答えはない。
アリーシャが戸惑っているのが目に映るが、頭の中が整理できない。彼女を見ているともっと違う感情が湧いてくる。
ロゼ「違うんだ。あたし、」
『あんたを誰にもとられたくない』
口にしかけた言葉を飲み込んだ。そのまま後ずさり、ベッドに腰を落として脱力する。
結論が出た瞬間に胸の奥がすいた。アリーシャを心配していたのではなくて、ロゼ自身が不安だったのだ。アリーシャがいなくなると思って、単に駄々をこねただけだった。
アリーシャ「ロゼ?」
アリーシャが心配そうに手を差し伸べてきた。頬に触れたその手は冷えていた。
いや、そうではなくて自分の頬が熱くなっているのだ。
自分の気持ちを自覚して、途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。
アリーシャの顔が目の前にあるのにうまく認識できない。自分はどんな顔をしてるだろうとそればかりが気になる。
アリーシャ「大丈夫?」
再度アリーシャの声が聞こえて少し冷静になる。
ロゼ「ごめん。早とちりしてた。アリーシャ、すぐ自分を犠牲にしようとするからまたなんか一人で抱え込んでるのかと思って。お節介だったね」
咄嗟に誤魔化して、焦りをそっと押し出す。
とにかく心を落ち着けたい。この気持ちを押し付けてアリーシャを困らせたくない。今は自分の中でも何も整理できていないくて、感情に何が起こっているのかも実はよく分かっていない。
アリーシャ「ううん。心配してくれてありがとう。でもロゼも自分で勝手に決めて突っ走っちゃうから人のこと言えないよ」
ロゼ「そう、かもね」
ロゼはアリーシャの手を引いて自分の隣に座らせた。さっきよりも近い距離でそのまま話を続ける。
屋敷に行った時に渡すつもりだった土産を持ち出し、旅の話を再開した。しらじらしい気がしたが、アリーシャはきっと何も気付いていない。
しばらく話しているうちにいつもの空気に戻っていく。何に対しても興味を持つその態度が、なぜなのかいつもより可愛らしく見えた。
名前を呼ぶ声、上品に笑う姿、感じる女の子の香り、整った顔立ち。
どうしてこの魅力に今まで気付かないでいたんだろう。
---------+++++++----------
アリーシャが宿を出て行くのと同時に、仲間達が宿屋へ戻ってきた。
それから食堂へ行って顔を突き合わせると、エドナがいつもと変わらない無感情な様子で口を開いた。
エドナ「やっと言ったのね」
ロゼ「なにを?」
ロゼは手にした飲み物を口に運んだ。
エドナ「アリーシャに懸想してるでしょ」
思い掛けない唐突な指摘に、ロゼはグラスを取り落としそうになった。
ロゼ「覗いてたの!?」
見えない恐怖に背筋がゾッと冷えるのを感じる。
エドナ「失礼ね。そんなに無粋じゃないわ」
エドナが口を尖らせると、すぐにライラがフォローを入れた。
ライラ「ロゼさん、すっきりした様子でしたのでそうなのかなと思っただけですわ」
ロゼ「え、なによ。なんなの?どういうこと?」
ロゼは困惑しながら、二人の顔を見比べた。
ミクリオ「アリーシャが結婚すると知って、ひどくショックを受けていただろう?街でも噂になっていたけど、あまり本気にする人はいなかったようだよ」
ミクリオはウーノから話を聞いたと話した。政治に進出したばかりで、まだそんなつもりはないだろうと。
そして、アリーシャの王位継承権が末席であるのをいいことに気軽に申し込んでくる相手もいるらしく、今回が初めてではないという話だった。
ロゼ「そうだったんだ」
商人の間ではそんな話は聞いたことがなかった。貴族や聖堂内での噂なのだろう。
ザビーダ「ロゼぇ。どうだったよ?イイコトし、いだっ!」
エドナ「黙れエロオヤジ」
器用にも座ったままザビーダを傘でつくエドナ。
ロゼ「というかなんであんたたちはあたしのこと知ってんだ」
半眼で睨むと全員が顔を見合わせて、困ったように笑ったり、呆れた目をしている。
そして、アリーシャの王位継承権が末席であるのをいいことに気軽に申し込んでくる相手もいるらしく、今回が初めてではないという話だった。
ロゼ「そうだったんだ」
商人の間ではそんな話は聞いたことがなかった。貴族や聖堂内での噂なのだろう。
ザビーダ「ロゼぇ。どうだったよ?イイコトし、いだっ!」
エドナ「黙れエロオヤジ」
器用にも座ったままザビーダを傘でつくエドナ。
ロゼ「というかなんであんたたちはあたしのこと知ってんだ」
半眼で睨むと全員が顔を見合わせて、困ったように笑ったり、呆れた目をしている。
ミクリオ「いつも態度に出てるよ」
ミクリオはため息交じりに答えた。
そんな風に言われても、自分では普通に接して、普通の態度をとっているつもりだった。
ライラ「ロゼさんはアリーシャさんのことになると普段よりもずっと感情的になりますから」
エドナ「アリーシャと話してる時の姿を見せてあげたいわね」
ライラとエドナの言葉で、少しずつ不穏な様子になっていく。
流れが悪い。徐々に自分の心音が聞こえてくるくらいには動揺してきた。
ザビーダ「そりゃなあ。ロゼちゃんの顔見てれば、」
ロゼ「もういいよ!分かったから!」
ロゼは耐えられずにザビーダの声をかき消した。
ロゼ「なんかこの部屋暑くない!?」
ミクリオ「君の体温が上がってるんだよ……」
ミクリオを睨みつけるが、彼は糸のように目を細めて呆れている。
顔がひどく熱くなってきた。
ロゼ「あたしバレバレなの!?そんなに顔に出てる!?みんなそんな生温かい目でずっとあたしのこと見てたわけ!?いつから!?」
ライラ「落ち着いてください、ロゼさん」
勢いで立ち上がりそうになるロゼをライラが制止する。
食堂内は酔っ払い客も多く、特別に声が目立っていたわけではないが、周りを見渡してロゼは肩をすくめた。
エドナ「で、告白はうまくいったのね?」
ロゼ「だから、してないって!」
そうエドナに返すと、一斉に周りの熱が冷めるのを感じた。
ロゼ「なによこの空気。あたしだってさっき自覚したというか、まだなんか、正直どうしていいか分かんないのに」
全員のため息が聞こえたと思ったが、ザビーダだけはにやにやとしてロゼを見ている。
ザビーダ「いやあかわいいねえ。いつでもオレ様が相談に――おっと」
ロゼがかぶせ気味に睨みつけると彼は慌てて目を逸らした。
ロゼ「まず、あたしからの、その、そういうの、あの子が受け入れられるか分かんないでしょ。それに縁談だって今回は断っても次は分からないし、次の次もあるかもしれない」
彼らの顔を見回すと、今度は茫然としている。
ロゼ「なによあんたら。言いたいことがあるんだったら言いなさいよ」
ミクリオ「ああ、いや、意外と消極的なんだなと。ロゼのことだから思ったらすぐ行動、とことん突っ走るタイプかと思っていたから」
バカにしてんのか、とロゼはミクリオに言いたくなったが、先の自分の発言のせいでそんな気力もなかった。
ライラ「ロゼさん、気持ちを伝えたら嫌われるかもしれないとお考えですか?」
ライラがはっきりと言葉にすると、ロゼは胸の奥に針が刺さったような痛みを覚えた。
高望みをして今の親友としての立場を、わざわざ潰すようなことはしたくない。そばにいて笑ってくれるなら、それだけでも十分だと思っている。
ただ、それもいつまで続くか分からない。いつかは結婚してロゼのことなんて忘れてしまうかもしれない。
自らの感情を理解しても不安ばかりが強くなる。
エドナ「何を言ってるの、ロゼ。アリーシャは――」
ライラ「アリーシャさんはそういう人でしょうか」
エドナが呆れた声を出したことが気になったが、ライラがそれをかき消したのでロゼもそちらに意識を向けた。
ロゼ「一国の姫様だし、そういうのを否定するような子じゃないとは思うよ。でも結局はあたしがあの子にどう思われてるかでしょ」
いつになく弱気な自分が滑稽で、自嘲気味に目を細める。
そして、アリーシャが慕う導師の顔が思い浮かんだ。
ロゼ「それにあの子、スレイのことが好きなんだし。今まで通りでいてくれるかどうかも分かんないからさ」
頭をポリポリと掻いているとエドナが眉をひそめた。
エドナ「どうしてここでスレイが出てくるの?」
ロゼ「どうしてって。あの子、ラストンベルでペンドラゴに同行して欲しいって言ってたでしょ。あれ、そういうことじゃないの?だからあたしはカムランにいるスレイのところまで、あんな必死こいて連れて行こうとしたんじゃん」
結局あの時は、スレイがマオテラスと共に眠りにつくことを選択したから断る形になった。それがなかったからと言ってどうなるとも思えなかったが、それでもアリーシャが今どう思っているかはロゼには分からない。
スレイの行方を気にして国境を越えてまで追いかけてきた経緯もある。
一人ずつ顔を確認すると、彼らはなんとも言えない顔をしながらロゼを見ている。
エドナ「めんどくさいわね」
ミクリオ「めんどくさいな」
エドナとミクリオが揃えて言った。そしてザビーダはまたにやにやとして何かを考えているようだ。
そんなことは分かっていると文句を言ってやりたくなったが、ちょうど料理が運ばれてきたのですぐロゼ達はそちらに夢中になった。
---------+++++++----------
レディレイクでアリーシャに会ったのは一度だけで、その翌日にはロゼはラストンベルに移動していた。
避けているのではなく、急な仕事が入ったのだ。
ハイランドとローランスが交流を始めると、自然と物資の行き来も多くなる。当然商人としては稼げる時にしっかり稼ぐ。
今回はラストンベルで地方の卸業者との商談をしに来ているのだが、なかなか取引金額が決まらない。そのためしばらくこの街から動けないでいる。
彼らの様子からすると仕入れ業者とうまく話が進んでいないように見えたが、憶測でしかない。
今日サンプルが揃うという話なので、ロゼは暇潰しに外を一人でぶらついていた。
聖堂の前にいるサインドに手を振ると、彼女は彼女なりの愛想で返してくれた。この街の加護は順調のようだ。
辺りの商店や出店を見て回っていると、向かいから図体のでかい男性が歩いてくるのが見えた。
ロゼ「セルゲイ!久しぶりだね」
前回会ったのはいつだっただろうか。ペンドラゴで噂はよく耳にしていたのせいか不思議と懐かしい気持ちにはならなかった。
セルゲイ「奥方。お元気そうで何よりだ」
ロゼ「まだ訂正してなかったっけ……」
世の中も落ち着いてきて、いつかは説明しなくてはと思っていた。しかし言い出す機会がなく、セルゲイはロゼとスレイが夫婦であるとまだ信じていた。
「お知り合いですか?」
セルゲイの影に隠れて見えなかったが、連れがいたようだ。後ろから出てきた人影にロゼはあっと声を上げ、こちらに気付いた彼女も目を見開いた。
アリーシャ「ロゼ!?」
ロゼ「アリーシャ!ラストンベルに来てたんだ。でも今回はなんでセルゲイと?」
アリーシャ「ペンドラゴに向かう途中なんだ。白凰騎士団が護衛をしてくれている」
なるほど、とロゼは大きく頷いた。
アリーシャ「ロゼ、泊まるのはいつものところ?」
ロゼ「そうだよ。アリーシャが前に乗り込んできた宿屋ね」
スレイの話を聞かせろとマーリンドから追いかけてきた時は本当に驚いた。
当時は護衛も付けずにお姫様がよくあちこち動き回れるものだとひどく呆れた覚えがある。それも反休戦派に狙われている時に。
公務でもなければこうして護衛を付けたりはしないものなのだろうか。
アリーシャ「私もそこに泊まるからまたあとでね」
ロゼ「おーわかったー。ライラ達にも伝えておく」
お互いに手を振りながら姿を見送る。
急に疲れが取れたように感じるのはきっと気のせいではない。
自分もそろそろ仕事に戻らなくてはと、ロゼは駆け足で進んだ。
---------+++++++----------
仕事は思ったより早く終わった。というより、今日は切り上げるしかなかった。
業者の方で仕入れ先の建材業者と取引についてのトラブルが起きたらしく、予定していた卸業者の担当者の到着が遅れている。
今日は何もできず、エギーユ達と早めの夕飯を済ませて宿屋に引き上げてきた。
更に何日か足止めを食らうのかと思うと大きなため息が漏れた。
エドナ「これからアリーシャが来るの?」
夕方を過ぎた頃、同じ部屋でくつろいでいたエドナがこちらを向いた。
ロゼ「たぶん。またあとでって言ってたから」
ライラ「あっ!実は急用がありまして!わたくしたちはちょっと外へ!」
急に大きな声を出して立ち上がるライラ。そして、彼女を冷静な目で見つめた後、あーそうだったわーと棒読みでエドナが続いた。
ロゼ「どうしたの?なんで外?」
ロゼが戸惑っていると、エドナがこちらを向いた。
これは呆れている時の目だ。
エドナ「今度こそ頑張りなさい。いいわね?」
ロゼ「だからあたしはそういうのを切り出すつもりは、」
エドナの言わんとすることを察して反論しようとするが、目で威嚇されて扉の向こうへ消えていく二人を見送るしかできなかった。
ロゼ「エドナってアリーシャのこと結構好きだよね……」
脱力してベッドに腰を落とす。
アリーシャとはいつものように穏やかな時間を過ごせれば満足なのだ。
消極的な態度だと言われても仕方がない。ロゼの中ではまだ踏ん切りはつかないでいる。この想いを告げたら今の関係は確実に終わるのだから。
間もなくしてアリーシャが部屋を訪ねてきた。
扉を開けて彼女の顔を見ると少し緊張した。焚き付けてきたあの二人のせいだ。
ロゼ「お疲れさま。食事は?」
いつもより落ち着かない気持ちを隠しながら、アリーシャを部屋に招き入れた。意識し過ぎだと心の中で頭を振り、平静を装う。
アリーシャ「騎士団でもてなして頂いた」
アリーシャの声が低い気がした。暗いというか、気もそぞろといった雰囲気だ。不安を感じている時の彼女の顔はとてもわかりやすい。
ロゼ「なにかあった?」
公務で問題でもあったのだろうかと声をかけると、アリーシャは一息吸って、覚悟を決めたように息を吐いた。
アリーシャ「ロゼとスレイが、そういう関係だったなんて知らなくて……」
頭にガンっと岩でも落ちてきたような衝撃を覚えた。
ロゼ「あっ!もしかして奥方って呼ばれてたこと!?初耳、だっけ……?」
アリーシャ「どうだったか、よく覚えていなくて。あまり意識したことはなかった気がする」
ロゼ「待って、」
これはまずい。
ロゼは弁明のために、アリーシャに話をしようと試みるが、
アリーシャ「スレイはロゼに助けられたと話していた。ロゼは強くてとても頼りになると穏やかに笑っていたのは、スレイにとってロゼが特別な存在だったからなんだなって」
アリーシャはロゼの言葉を遮り、目も合わせないで早口で続けた。
俯いた目が潤んでいるようにも見える。そんな表情にロゼは鋭い痛みを覚えた。
アリーシャがスレイの名を口にするたび、心が遠くなるような、根拠のない不安がまとわりつく。
アリーシャ「私にも黙っていたのは事情があったんだろうと思うけど、」
ロゼ「待てって!あたしの話を聞け!」
アリーシャの肩を掴み、強い口調で黙らせる。しかし相変わらず彼女は目を合わせてはくれない。
ロゼ「あれは通行証の、」
アリーシャ「違うんだ」
説明を始めると今度はロゼが遮られた。
ロゼ「なにが?」
ロゼは苛立ちを隠そうともせずに口調に乗せる。
アリーシャ「本当は分かってる。それは私が拘束されていた時の話で、ロゼとスレイが出会ったのがその一年前だと聞いた。スレイは私と会うまで人間には会ったことがない。それにマーリンドで別れてすぐそんな関係になるとも思えなかったし、ロゼは通商条約があるからきっとスレイを通すためにひと芝居打ったのだろうと思ってる」
冷静な見解にロゼは一歩下がった。
ロゼ「そこまで分かってるなら」
ほっと息を吐くが、アリーシャの話し方が公務の時のようになっていることがカンに障った。まだなにか彼女には気がかりなことがあるのだ。
少しの間、黙るアリーシャを待つ。
アリーシャ「……でも、その後何ヶ月も会っていない時期があるし、もしかしたらと思うと」
話す声がわずかに震えている。
アリーシャ「本当に二人がそうならどんな顔をしたらいいのか分からなかった」
俯いたまま、アリーシャは苦しげに呟いた。
ロゼ「でもそれは違うって分かってるじゃん」
アリーシャ「そうだけど、そうじゃない」
きっぱりと言って彼女は黙ってしまった。
また少し待ってみたが、何も言わないアリーシャにロゼは短気を起こしてしまう。
ロゼ「その話し方、やめてよ」
まるで他人みたいだと思った。
何を言いたいのか察することができないままその態度でいられるのは不愉快だった。目を合わせようとしないアリーシャの顔を無理に覗き込むと、辛そうに唇を噛んでいる姿が見えた。
ロゼが思う以上にアリーシャのスレイへの気持ちが強いことを突きつけられている気がした。
ロゼ「アリーシャ……」
これが涙をこらえる仕草だと勘付いて、ロゼは体を引いた。
いつもなら軽口でからかうように慰めるのだが、今は胸が痛かった。自分のせいだと分かっていても、どうして彼女がこんな風に苦しんでいるのかは分からない。
ただ悪い方にしか考えられなくて、次の瞬間にはロゼを突き放す言葉が放たれるんじゃないかと思ってしまう。
ロゼも黙り込んでしまい、その理由にアリーシャも気付いたようだった。彼女がぎゅっと拳を握ったのが見えた。
アリーシャ「私は……っ」
口を開いた途端、彼女の目からは涙がこぼれた。
ずっと我慢をしていたはずなのに。無理に喋らせたのは自分なのだと分かっているから、ロゼは何も言えなかった。
涙を拭ってやることすらできずに、これから告げられる言葉をただ聞くことしかできない。
アリーシャ「私は、ロゼを誰にもとられたくない……!」
潰れそうな声を絞り出してアリーシャは顔を伏せた。
ロゼ「ぅえっ?」
間の抜けた声だけが口から出てそのまま思考は停止する。
どこかで聞いたようなセリフだ。
思ってもみない言葉にロゼは困惑してしまって、両手が宙をおろおろと舞う。
ロゼ「えっ、あたし?スレイじゃなくて?」
アリーシャはロゼの反応を見るのが怖いのか顔を上げずに言葉を続けた。
アリーシャ「スレイとどうだとかじゃなくて……いつかロゼが誰かとどこかへ行ってしまうんじゃないかと思ったら、なんか胸が苦しくなって……!」
声を詰まらせながら涙混じりに叫ぶアリーシャに、ロゼははっと顔を上げた。
ロゼ「お、落ち着こ?」
アリーシャの肩に触れるが、それも払いのけられてしまって取り付く島がない。
アリーシャ「おかしいと思うでしょ?ロゼがいなくなるのがこんなに怖いなんて……っ」
もう涙が流れることに開き直ったのか、アリーシャは何度も目をこすって涙を拭う。しかしそれは次から次へと溢れてアリーシャの顔を濡らし続けた。
ロゼ「アリーシャ。目、こすらないで。腫れるよ」
いよいよ心配になってロゼは取り乱すアリーシャにできる限り優しく声を掛けた。
アリーシャ「だって!」
ロゼ「だから、落ち着けっての!」
結局短気を起こして、アリーシャの両手の自由を奪う。
何度か振り払おうとするが、ロゼはその手を離さない。普段のアリーシャはこんなに非力ではない。痛みが伝わってくるようで、ロゼも胸が苦しくなった。
ほどなくしてアリーシャは抵抗をやめて顔を上げた。そして潤んだ瞳でロゼを見ながら弱々しく口を開く。
アリーシャ「ロゼのことが、好きなの……」
時間が止まった気がした。心臓を掴まれて鼓動と呼吸が止まったみたいだ。
とっくに気付いていたけれど、直接彼女の口から告げられたことに衝撃を覚える。何も言い出せなかった自分とは違う。
アリーシャの言葉は全てロゼが思っていたことと同じものだった。しかしこんなふうに言葉にすることはロゼには出来なかった。
口にしたら今の関係が終わってしまうと、彼女はそうは考えなかったのだろうか。そんな疑問が浮かんでくる。
ただ、そんな真摯な態度が羨ましくてロゼは目を細めた。
ロゼ「あーあ、言っちゃったね」
ロゼはアリーシャの手を掴み上げたまま唇を重ねた。
身体がこわばって、アリーシャは石のように固まった。しかし涙はまだ止まっていない。
ロゼ「泣くなって」
唇を離して呟き、また口付ける。
アリーシャ「んっ、ロゼ……!」
今度はアリーシャに反応があった。相変わらず涙は溢れている。
ロゼ「まだ泣いてる」
アリーシャ「ロゼ、待っ……、ろ、ぜ……っ」
何度も口付けを繰り返し、アリーシャはそのたびに甘い声でロゼの名を呼んだ。
潤んだ目と、力なく抵抗する姿。吐息の混じる声。
本当に嫌がっていたならやめるつもりだったのに、拒むような仕草の中に誘う視線がある。もっと続けていいのだと、どんどん理性が奪われていく。
アリーシャ「は……っ、んんっ」
信じられないほどに艶を帯びた女性が目の前にいる。普段の凛とした声色がこんなに化けるとは思わなかった。
いつのまにかアリーシャを拘束する手を離し、ロゼは彼女の腰に手を回していた。
そして唇を割って舌を差し込む寸前、アリーシャの涙が止まっていることに気が付いた。
ロゼ「やっと泣き止んだ」
興奮した息遣いを気取られないよう、熱を吐き出す。もう少しで後に引けなくなるところだった。
ロゼ「そこ座ってて」
ロゼはベッドを指してアリーシャを座らせると、水差しでハンカチを濡らして手渡した。
ロゼ「目、赤いよ」
アリーシャ「誰のせいだと思ってるの……」
受け取ったハンカチを両目に当てて、アリーシャは恨めしそうに呻いた。
話し方が戻っていて安心する。いつものアリーシャだ。
アリーシャ「ロゼごめん。困らせちゃった」
鼻をすする音がした。そのかすれた弱い声が可愛らしいと思ったが、アリーシャが気を悪くすると思って口にはしないでおいた。
ロゼ「困ったけど、嫌じゃないから」
ちらりとアリーシャを見る。
下を向いて目を冷やしているせいでアリーシャからはロゼが見えない。
それをいいことにロゼはアリーシャの髪の毛の先から肩、胸、腰、腿を流し見た。鼓動が早くなっているのを感じてロゼは頭を振る。
だめだ。このままアリーシャといたらまた何かしてしまいそうだった。
ロゼ「明日、ラストンベルを出るの?」
なんとか気持ちを散らそうとアリーシャに話を振る。
アリーシャ「うん。少しでも進んでおきたいから早朝には出るよ」
ロゼ「ペンドラゴからレディレイクに戻るのは?」
アリーシャが顔を上げた。
アリーシャ「二十日後には会談があるからそれまでには」
ロゼ「行ってすぐ帰らなきゃじゃんそれ。ほんと多忙極まってるよね」
アリーシャ「それだけ信頼されているんだと思うから頑張るよ」
困った顔をして笑うアリーシャの様子から、無意味な仕事を押し付けられていた頃とは違い、大切な仕事を任されているのだと知れた。疲れているようで、充実しているようにも見えた。
ラストンベルでは以前からアリーシャの噂が多く流れていた。アリーシャの人気が高いのはロゼにとっても誇らしく思えて、同時に寂しいと感じたこともある。アリーシャが違う世界の人間であると思い知るのが嫌だったのだと、今のロゼにはそれがよく分かる。
アリーシャが瞼に手を触れる。
ロゼ「平気?」
ロゼはアリーシャのすぐ近くにまで顔を寄せた。
いつもの綺麗な二重だ。まだ赤いがすぐ引くだろう。
普段からこのくらいの距離だったはずなのに今はやはり意識してしまう。
自分の行動を思い返す。アリーシャの顔色を無言で伺ってみるが、いつもと態度は変わりない。ロゼもそれにならって気にしないよう務めた。
アリーシャ「心配してくれてありがとう」
間近で聞こえるアリーシャの声に、気持ちが反応する。
やはり彼女に目を惹かれて健全な感情ではいられなかった。
アリーシャ「明日は早いからもう寝るよ」
ロゼの理性が切れる前にアリーシャがそう切り出した。
安心が半分、残念という気持ちも半分くらいはあった。
アリーシャ「一方的に喚いてしまったけど、ちゃんと話せてよかった」
こういう時に、恥ずかしい部分を誤魔化さないで言い切る真面目さには、感心するし呆れもした。アリーシャにはあまり得にならないからだ。
それでもこうしたデメリットから国民の信頼が得られるのだとも分かっているから、ロゼはアリーシャを否定したりはしない。
立ち上がるアリーシャの背を追い、扉の前で声を掛けた。
ロゼ「こっちの仕事が終わったらレディレイクでアリーシャが戻ってくるのを待ってるよ」
するとアリーシャがこちらを向いて満面の笑みを浮かべた。
アリーシャ「うん」
こんな顔をするアリーシャは初めてではないはずなのに、今日は特別眩しく見えた。
ロゼ「それじゃ。おやすみ」
ロゼが手を振ると、アリーシャは自分の部屋に戻っていった。階段を上っていくアリーシャの姿が見えなくなるまで見送ってから、ロゼはしばらく佇んだ。
疲れた気がしたけれど消耗したわけではなくて、むしろ充実した気持ちでいる。
自室の扉を閉めようとするタイミングで、上の階からガタッと大きな音が聞こえた。そしてわずかに女の人の叫び声が届く。
アリーシャの悲鳴だと瞬時に判断してロゼは走り出した。上の階に着くとアリーシャが部屋の前で扉を開いたまま固まっていた。
ロゼ「アリーシャ!どうしたの!?」
すぐに部屋とアリーシャの間に体を割り込ませて彼女を庇う態勢になる。
しかし視線の先には見知った顔。
ロゼ「ライラとエドナ!?」
エドナ「なにようるさい。宿屋では静かにしなさいよ」
アリーシャが寝るはずのベッドにはエドナが寝そべっていた。
ライラ「てっきりアリーシャさんはロゼさんの部屋に泊まると思っていたので」
ライラも同じように室内でくつろいでいる。
アリーシャ「お二人共なぜ私の部屋を……」
エドナ「女将に聞いた」
この宿屋の女将は以前の事件で憑魔の姿が見えていたくらいには霊応力が高かった。今では天族と会話が出来るほどになっていて、スレイの恩恵を感じる。
ロゼ「とりあえず二人共戻れ!アリーシャ、気にしないで」
ロゼは二人を引きずり出し、アリーシャを部屋に押し込んだ。
ロゼ「バタバタしてごめんね。ゆっくり休んで。おやすみ」
早口でまくし立てるとロゼはエドナとライラを自室へと引っ張った。そしてアリーシャとの余韻を壊されたロゼは、怒りのままに二人を怒鳴りつけた。
ロゼ「あんたらなにしてんの!」
目を釣り上げるロゼに、エドナはあからさまにめんどくさそうな顔をして見せる。
エドナ「なにって、宿の部屋でふたりきりなんだから好きなようにすればいいのよ」
ライラ「普通はそのまま朝まで帰ってこないと思いますよね」
エドナ「せっかく気を遣ってあげたのに。あなた達、子供じゃないんだから」
ライラ「アリーシャさんの気持ちも考えてあげてください」
ライラと交互に言葉を叩き付けられて、ロゼは言い返せずにいた。
ロゼ「いやまだそういう段階では……」
彼女たちのいう状況を想像をして顔に熱がこもる。
二人の顔は呆れるなどという段階はとっくに通り過ぎていて、エドナに至っては初めて見るくらいに眉間にシワを寄せていた。
エドナ「あんだけ言わせといて情けないと思わないの?」
ロゼ「なんで内容知ってんの!?今度こそ覗いてたでしょ!」
エドナ「真下の部屋であんな大声で騒いでたら聞こえて当然よ。アリーシャが喚いてた声くらいしか聞こえなかったけど」
ロゼは羞恥心で頭が爆発しそうになりながら、ほとんど逆切れのように叫んだ。
ロゼ「だってしょうがないじゃん!あたしだっていっぱいいっぱいだったんだから!」
エドナ「アリーシャに聞こえるわよ」
エドナに冷めた声で告げられて、今更ロゼは自分の口を塞いだ。
それと同時に、なんでこんなことになるのかとひどく理不尽な気持ちになってロゼは肩を落とした。
しかし自分とアリーシャを想ってくれているのだと分かっている。
怒ってはいない。疲れはするけれど。
ロゼ「アリーシャはスレイのことが好きだと思ってた……」
今度は上に聞こえないよう声を落とす。
エドナ「そういう時期もあったかもしれないけど、憧れとか尊敬とか、そんなものじゃないかしら。自分自身の思想の励みにしていたところもあると思うわ」
エドナに言われ、思い出を巡らせてみる。
元々、アリーシャは王族という関わりの薄い相手で、ロゼがスレイの従士になった後も仲間意識を強く持っていたわけではない。だからアリーシャの思い入れはいつも、スレイに向かっているような気がしていた。
エドナ「納得行かないならそれでいいわ。ワタシの主観だけれど、あなたを見る目とスレイを見る目は、それぞれ意味が違っているんじゃないかしらね」
見透かされた気がして、ロゼは言葉を失った。
アリーシャがスレイの代わりに自分を選んだのではないかと、少しだけそんな考えがよぎっていた。
ロゼ「アリーシャはいつからあたしのこと好きだったんだろ」
胸裡にぎごちない不安や葛藤のようなものが残っていて、ロゼは首の辺りをもぞもぞと掻いた。
彼女の気持ちは嬉しいけれど、手放しで喜べないのはどこかで信用できていないからなのかもしれない。
エドナ「さあね。本人が自覚したのは今日なんでしょうけど。ロゼも自覚する前から周りに気付かれてたじゃない」
それは前にも言われたので分かっている。始めは理解していなかったが、今は彼女への感情が以前から特別なものだったと思い当たる節はあった。
ロゼ「なんかあたし嫌われるかもとか、すごく余計な心配してたなってちょっと思ってる」
ロゼが言うとエドナは「いまさら?」と長い長いため息をついた。
エドナ「あなたと話してると疲れるわ」
気がつけばライラもいつの間にか姿を消していた。
---------+++++++----------
ミクリオ「まだアリーシャの家に行かないのかい?」
宿屋でだらけるロゼにミクリオが声を掛ける。
ラストンベルでの仕事を終え、レディレイクに到着してから三日が経過していた。
ロゼ「帰ってきてないみたいだから」
屋敷に行かなくても、アリーシャがレディレイクに帰ってきていたら、街の誰かがうわさ話くらいしているだろう。
しばらく仕事が忙しかったので休暇だと思って過ごしている。
ロゼ「体、なまるなあ」
すぐ近くにいるミクリオに目を向けると、声を掛ける前に彼の方が口を開いた。
ミクリオ「訓練には付き合わないぞ」
ロゼ「まだ何も言ってないけどなんでよ」
尋ねてもミクリオはめんどくさそうな顔をするだけだった。
ミクリオ「ザビーダに頼んだら?」
ロゼ「やだ。あいつは強くて話にならん」
決してミクリオが弱いなどとは考えていないが、長く生きているだけあってザビーダには一対一で勝てる気がしない。
それにザビーダはエドナと一緒に霊峰レイフォルクに行っている。聞くまでもなく、親友の墓参りである。
訓練の相手としてふとアリーシャを連想する。蒼き戦乙女に師事しただけあって彼女は強い。
ロゼ「騎士姫様か……」
宿屋にいつまでも引きこもっても仕方がないので、ロゼはキャラバン隊に顔を出すことにした。今は別行動をしているが、彼らもレディレイクに来ている。
宿屋を出て滞在場所に向かう途中、突然街が騒がしくなった。
人波に任せて大通りに向かうと、すぐに護衛の兵士とアリーシャの姿を見つけることはできた。街の人に手を振ったり声を掛けたり、移動ばかりの長旅だったのにアリーシャは民に疲れた様子を見せない。
こんな有り様では自分の家に帰るだけでも一苦労だろう。屋敷に行くのは明日でもいいかもしれない。
そう思って踵を返す瞬間、
アリーシャ「ロゼ!」
名前を呼ばれて振り返ると、アリーシャが馬を降りて駆け寄ってきた。
人混みの中なのによく見つけたものだと感心する。
アリーシャの姿を見るのはラストンベル以来なのに、彼女の様子に違和感はない。彼女の気持ちを知って以降も、何も変わっていないのだ。
ロゼ「……あたし、馬鹿だなあ」
今までもアリーシャはこんなに好意を向けてきていたのかと、胸の奥から温かいものが込み上げた。全く気付かなかったどころか、彼女の気持ちを疑ってすらいた。そのやましさをかき消すほどに嬉しかった。
きっと自分も同じような顔をしている。仲間達が呆れる気持ちがなんとなく分かった気がする。
ロゼが軽く両手を広げると、アリーシャはその意図を察してその腕の中に飛び込んだ。
ロゼ「おかえり、アリーシャ」
アリーシャ「ロゼ。ただいま」
愛しさに頬をすり合わせる。本当は柔らかくて温かい感触を手放したくなかったが、すぐに体を離して向かい合う。
アリーシャ「王宮に報告をして夕方までには戻るつもりだから。良かったら天族の方々も一緒に屋敷に招待したい」
ロゼ「今ザビーダとエドナが外に出てるんだ。だから気を遣わないで。疲れてるんだから帰ったら今日は休みなって」
よく見れば顔色があまり良くない。単純に疲れているのだろう。やっと自宅に戻るのに天族なんて呼んだらアリーシャが気を張ってしまう。
アリーシャ「ダメなの?」
ロゼ「ダメとかじゃなくて。あたしが色々引き連れて行ったらあんたを余計疲れさせるっしょ」
心配して言っているのに、アリーシャは眉を下げて不満気に口を尖らせた。
ロゼは、仕方ないなと息を吐いた。
ロゼ「じゃあ、あたしだけでもいい?」
アリーシャの顔に笑顔が戻った。
何故か初めてスレイを通して話した頃の堅苦しい態度を思い出し、ロゼは小さく吹き出した。
あの時はこんなふうに人懐っこく笑う人だなんて思ってもいなかった。そしてそれを可愛いと思うことも想像していなかった。
アリーシャ「どうかした?」
ロゼ「どうもしないよ。夕方までに行けばいいのね」
アリーシャ「うん。もし私がいなくても侍女には伝えておくから先に待っていて」
ロゼ「はいよ。まだ忙しいんでしょ」
離れた場所で待つ衛兵を見やると、アリーシャもその視線を追い、公務の顔に戻った。
アリーシャ「早く終わらせてくるから」
ロゼ「いってらっしゃい」
ロゼが手を振ると、アリーシャは王宮の方へと歩き出した。
その背中を見送り、ロゼもその場を離れる。そしてほとんど暇つぶし目的でキャラバン隊に顔を出した後、ロゼは宿屋の自室に戻った。
そこではライラとミクリオが二人で天遺見聞録を見ていた。ミクリオは探究心から、ライラは昔の旅を懐かしんで読んでいたのだろう。
ロゼ「ねぇ、あとでアリーシャの家に行くから夕飯いらな、おいやめろその顔」
ついにか、という声が聞こえてきそうなふたりの表情に先手を打つ。
ミクリオ「じゃあ今日はあっちに、いたっ、ライラなにす……」
ライラ「ロゼさん、遅くなりそうならお風呂に入ってきたらどうです?」
ロゼ「ん?ああ、そうだね、ちょっと早いけど時間ならあるし」
妙な小競り合いを不審に思いながらも、流されるまま同意する。
ミクリオを置き去りにしてロゼとライラは大浴場に向かった。
ロゼ「あのさあ、あたしってそんなに分かりやすい?」
早い時間の大浴場には他には誰もいなかった。
おかげでロゼが独り言を言っているように見えても気にしなくて済む。
ライラ「何か悩みごとでも?」
ロゼ「悩みってほどじゃないけど、あの子、分かりやすいから見てて恥ずかしい」
ライラ「かわいらしいじゃありませんか」
ロゼ「それあたしにも言ってる?」
ライラ「ええ」
威嚇のつもりで放ったロゼの言葉を、にっこりと笑って打ち返すライラ。
顔が熱くなるのはのぼせたからだと言い聞かせ、ロゼは肩まで浸かった体を起こした。
ライラ「嬉しくないんですか?アリーシャさんの気持ちや態度」
ロゼ「聞くなって。どうせ分かってんでしょ」
ちらりとライラを見ると、彼女は満足そうに笑っていてなんだか悔しい。どう答えるかも彼女の思い通りなのだろう。
身近に感じていても彼女は何百年、おそらくそれ以上、この世界を生きてきた。ロゼとは経験値が遥かに違うはずだ。
ライラ「ロゼさんは考え過ぎるのは向いてませんし、難しく考えない方がよろしいかと」
ロゼ「その通りなんだけど、バカにしてる?」
ライラ「いえそんなつもりは!」
慌てて首を振るライラ。
ロゼ「ライラは好きな人いないの?ザビーダとかノルミンとかによく口説かれてるよね」
ライラ「ロゼさんはあの方々を恋愛対象として考えますか?」
ライラが生気のない目をロゼに向けた。
ロゼ「あたしが悪かったわ」
ロゼはため息混じりに告げて、また肩を湯船に浸けた。
---------+++++++----------
宿屋を離れたのは約束よりもまだ早い時間帯だった。
どのくらいの時間に行っていいものかと考えて、とりあえずは明るいうちにアリーシャの屋敷に向かうことにした。
ロゼ「そういや、アリーシャん家に何しに行くんだっけ」
貴族街への階段をのろのろと上りながらロゼはぼんやりと考えた。
もちろん誘われたからだが、今まで彼女の屋敷に呼ばれた時には何をしていただろうと空を仰いだ。
今までは必ずと言っていいほど用件があった。何かを頼まれたり頼んだり、手土産を持って行ったり。
ロゼ「いつもアリーシャが頼みごとしてくるし、ないならないであたしがお土産を……」
ロゼは階段の途中で立ち止まり、顔を片手で覆った。
ロゼ「アリーシャもあたしもおんなじことしてんじゃん」
お互いに会うための言い訳を繰り返していたことにやっと気が付いた。
深呼吸をしてロゼはまた歩き始める。今はとにかくアリーシャに会いたかった。
アリーシャの屋敷に着いて衛兵と話し始めると、テラスにいたアリーシャがこちらに手を振った。
ロゼ「もう帰ってたの?」
アリーシャ「思ったより早く解放してもらえたよ」
テラスに上り、アリーシャと向かい合うと彼女はすぐに目を逸らしてしまった。
そのまま背を向けて屋敷内に案内される。
広いテーブルについて料理が出来上がるまでの間、少しだけ雑談をした。
周りを見ながら、相変わらず豪勢な家だとロゼは思った。ここに来るたびに内装や置物に感心して、商売根性からつい品定めをしてしまう。
そしてこういう時にも、アリーシャとは住む世界が違うんだと再確認する。
ロゼ「アリーシャ、ほんとに頑張ってるもんね」
運ばれてきた食事に手を付けながら、ロゼはぽそりと呟いた。心の中でとどめておくはずがつい漏れ出てしまう。
アリーシャ「なんのこと?」
ロゼ「全部。お姫様で政治家で騎士で女の子で。全部うまくやっててすごいよ」
そう言うと、アリーシャの目がほんの少しだけ曇った。
アリーシャ「うまくはできてないよ。まだまだ悔しい思いをすることもあるから。ロゼは導師で世界を救った一人。セキレイの羽の頭領で。その、あとは、女の子としても魅力的だと思う。私にとってはロゼの方こそすごいって思ってるよ」
アリーシャの称賛の言葉に、ほんの少しだけ後ろめたい気持ちを覚えた。ロゼはアリーシャに風の骨の仕事は伝えていない。
元々暗殺の依頼をメインに生活をしてきたわけではない。災禍の顕主を倒しても、戦争の後始末は続く。それぞれの国の混乱が落ち着くまで、依頼を受けるつもりはない。
アリーシャを狙っていた時期があったせいで、負い目もあった。また彼女を狙うような依頼がいつかはあるかもしれない。そう思うと風の骨のことは彼女には言えないでいた。
ロゼ「アリーシャ、ごめん。あたしちょっと無神経なところがあるから。深く考えないで喋ってることがあるから気にしないで」
アリーシャが本来は清廉潔白の真面目な性格をしているのはよく知っている。それがどんなに汚れても民のためであれと、気持ちを押し殺していった様子もよく知っている。
簡単な言葉では済ませられないことは分かっていた。
アリーシャ「ロゼ、大丈夫?」
アリーシャが心配そうにロゼの顔を覗きこんだ。
ロゼ「なにが?」
アリーシャ「珍しく考え込んでるから。らしくない」
ロゼ「あんたまでそんなこというか。バカにしてる?」
アリーシャ「またそんな言い方して」
ロゼはまた憎まれ口で返してしまっていることに気付いて口を噤んだ。やはり好意を認めてもこんな調子でアリーシャに接してしまうようだった。
食事が終わり、満腹感に心地よさを感じてロゼはめいっぱい伸びをした。
ロゼ「ごちそうさま。やっぱりここの料理美味しいよね」
メニューを思い返しながら、自分では作れないからと手を振った。
アリーシャ「ロゼもなにか作ってくれたらいいのに」
ロゼ「あたしは料理のたびに味付けを注意されるからダメだよ」
アリーシャ「野宿の時はちゃんとしてくれたじゃない」
ロゼ「そう?あれ適当だよ。たまたまうまくいっただけでたぶん同じのは作れないと思うよ」
ふたりで声を上げて笑い、同じタイミングで黙る。
侍女が食事の後片付けをしていくのを眺めて、これからどうしようかと悩む空気が流れた。
まだ外は明るく、活動の時間であることが知れた。
ロゼ「もう少し、一緒にいたいんだけど。まだ時間いい?」
先に口を開いたのはロゼだった。
すぐにアリーシャの 目が素直に輝いたので、ロゼは吹き出しそうになった。
ロゼ「アリーシャの部屋にいこっか」
席を立ち、アリーシャの案内で彼女の部屋に向かう。
斜め前を歩くアリーシャに距離を感じる。いつもこんな客人のような扱いを受けていただろうかと疑問を抱いて、ロゼは居心地の悪さを覚えた。
部屋に通されて、パタンと閉じる扉の音を合図に空気の流れが止まった気がした。
ふたりきりの空間になぜかロゼは緊張してしまう。
しかしアリーシャを見れば、いつも通りの涼しい顔をしている。
アリーシャ「適当に座ってくれていいから」
言われるまま、ロゼは近くにあった椅子に腰掛けた。
テーブルにはティーセットがあり、寝る前にでもくつろぐために使用しているのだろう。
アリーシャは向かいに座ると思いきや、離れた位置にあるソファに浅く腰掛けた。
意外に思っていると、アリーシャが微笑んで口を開いた。
アリーシャ「ロゼ、ありがとう。今まで通りに接してくれて」
頭に疑問符が浮かべるロゼに向けて、アリーシャは続けた。
アリーシャ「ラストンベルでのこと。あの後、嫌われてたらどうしようってちょっと思ってたから」
アリーシャの穏やかな口調に、ロゼは首を傾げて少しの間考え込んだ。そして勢いよく席を立つ。
ロゼ「ちょっと待て!」
アリーシャの近くに寄って、彼女の顔を覗き込んだ。
なぜこんなに離れた場所に座ったのか。なぜ澄ました顔を続けるのか。
ロゼ「もしかしてあたしの気持ち、伝わってないの?」
アリーシャ「えぇっ?」
アリーシャは裏返った声を上げて体を引いた。
ロゼ「あんなにキスしたのに?」
アリーシャの頬に手を添えると、火が付いたように彼女の顔が真っ赤に染まった。
アリーシャ「あっ、あれは、ロゼが私を泣き止ませるために………」
ロゼ「そんな女たらしなことしないよ!まさかあたしが誰にでもあんな慰め方すると思ってんのか!」
アリーシャ「だって…… 」
アリーシャがまた泣きそうになるのを見て、ロゼは一歩下がって息を吐いた。
ロゼ「あー……いや、考えてみたらちゃんと言ってないわ。ごめん、あたしが悪い」
アリーシャの目をしっかりと見つめると、彼女は恥ずかしそうに顔を背けたがすぐに視線をロゼに戻した。
ロゼ「あたしもアリーシャが好きだよ」
言い含めるように告げると、アリーシャの目から大粒の涙がポロリと落ちた。
ロゼ「結局泣くの?」
アリーシャ「いや、なんかびっくりしてしまって……」
アリーシャが自分で目を二、三度拭うとそれはすっかり止まっていた。
ロゼはアリーシャの隣に座って身を寄せ、やっとたどり着いた距離感に安心する。肩が触れてアリーシャの体温が伝わってくる。
きっとアリーシャも同じことを感じているだろうと、落ち着いた気持ちで考えていた。
ロゼ「アリーシャ、キスしていい?」
アリーシャ「もう泣いてないけど」
ロゼ「そうじゃなくて」
鈍い女だなと考えて、自分も同じようなものだと思い直す。
ロゼ「こないだの。分かってなかったんでしょ」
何も好意が伝わってなかったことが不満だった。
もう一度ちゃんとしたキスをしたい。
やっと彼女もその意味に気が付いて目を見開いた。
アリーシャ「待って、私、今すごくどきどきしてて……」
目を逸らそうとするアリーシャの頬にロゼが手を添える。
ロゼ「そんなの治まるまで待ってられない」
体ごとアリーシャに向けて、戸惑う彼女に構わず顔を寄せていく。
アリーシャ「ロゼ、待ってって……」
ロゼ「待たない」
目を閉じて唇の感触をじっくり味わう。
前は夢中で口付けていたから、この柔らかさをしっかりと感じるのは初めてだった。
十分にアリーシャを感じたロゼは、一度身を引いた。アリーシャがどんな顔をしているのかもちゃんと見ておきたかった。
ロゼ「大丈夫?アリーシャ」
アリーシャは思ったより落ち着いた様子で、自分の唇に触れていた。
アリーシャ「ロゼの唇、柔らかい」
ロゼ「いまさらなに」
突然の指摘に思わず冷たい言い方をしてしまう。
しかしアリーシャは気を悪くした様子もなくロゼの顔を見ていた。
アリーシャ「ロゼも赤くなるんだ」
ロゼ「なっ!」
咄嗟にロゼは顔を手で口元を隠した。確かに顔が熱い。
アリーシャ「私からもキスしていい?」
アリーシャが下から覗き込んでくる仕草に、胸が高鳴るのを感じた。
ロゼ「……いいよ」
はっきり告げられるとこんなに照れるものかと思ったが、つい先程アリーシャに強引にキスをしたロゼがそれを表情に出すのは憚られた。
アリーシャは顔を近づけて来るのと同時にロゼの胸に手を当てた。
その仕草と伝わる体温に、また鼓動が高鳴る。
唇が触れて間もなく、ぬるりと舌が入り込んでくるのを感じた。
ロゼ「んんっ」
驚いて身を引こうとするが、アリーシャが強引に体を寄せてくる。
逃げることができず、ロゼは口の中にアリーシャの舌が侵入してくるのを戸惑いながら受け入れた。
なめらかな動きに頭がぼうっとしてきて、徐々に戸惑いが薄れると今度は次第に気持ちよくなってくる。
気付かないうちにロゼもアリーシャの動きに合わせて舌を返していた。
交わる吐息が熱い。唾液が絡んで唇が濡れてくるのを感じながら、構わずに続ける。何度か唇をすり合わせていくうちに、口の端からたらりと粘液が溢れた。
息苦しくなってロゼが唇を離すと、垂れた唾液をアリーシャが舌で拭い取る。
お互いに呼吸は乱れ、気が付けばアリーシャはロゼに覆い被さるくらいに身を乗り出していた。
ロゼ「あ、アリーシャ、激しすぎるって……」
ロゼが震える声で呟くとアリーシャが身を引いた。
彼女は興奮気味に頬を染めてロゼをじっと見つめている。
アリーシャ「ロゼもすごくどきどきしてる」
胸に触れた手に力が入るのが伝わってくる。
ロゼ「当たり前だ」
また口調が強くなってしまったが、アリーシャはもうロゼのこんな態度がただの照れ隠しだと分かっているだろう。
きっとまだ頬の紅潮も収まっていない。
アリーシャ「さっきは嫌われるのが怖かったと言ったけど、本当はね、少し期待してた」
アリーシャの微笑む目がいつもより大人っぽく感じられた。白い肌が透き通るように綺麗でピンク色に染まる頬が艶めかしく映る。
ロゼ「期待?」
アリーシャ「ラストンベルで、ロゼが部屋に戻った後、ライラ様が来て少しだけ相談に乗ってくれたんだ。ロゼの事は心配しなくても大丈夫、私を大切に思ってくれているからと教えてくれた」
確かにあの後ライラの姿がしばらく消えて、いつの間にかまた戻ってきていたのをロゼは思い出していた。
ロゼ「ライラってそういう人なんだよね」
いつも仲間のことを気にかけてくれている。茶化しながらもヒントを与えて自分で答えを出すのを待っている。
ロゼ「じゃあなんであたしだけじゃなくてみんなも食事に誘ったの?さっきだってあんまりあたしに近づこうとしなかったし」
アリーシャ「ロゼを怖がらせたくなくて」
ロゼ「怖がるって、あたしが?」
アリーシャが体を起こす。ロゼもその動きに合わせて体勢を整えた。
アリーシャ「性的に見られていると知ったら、何をされるかって不安になるかなって」
目を伏せるアリーシャにロゼは疑問符を浮かべた。
ロゼ「嫌なら逃げるか殴り飛ばせばいいじゃん」
アリーシャ「ああ、まあ、そうだね。ロゼならそう言うよね……」
呆れた声が返ってきて緊張感が薄れる。
また無神経なことを言ってしまったようだ。
ともあれ、アリーシャが何を言いたいのかは伝わってきている。
どう反応しようかと考えながら、ロゼは前髪をくしゃっと掴んだ。
ロゼ「ありがと。アリーシャはあたしを想ってくれてるんだよね」
傷付けたくないというアリーシャの優しさがとても嬉しかった。保身ばかり考えて逃げ腰になっていた自分が恥ずかしくなる。
アリーシャ「ロゼも緊張してたから気を遣ったのに」
口を尖らせるアリーシャにロゼは苦笑いをした。落ち着きがない様子はやはり伝わっていたようだった。
ロゼ「違うよ。緊張してたのはあたしがアリーシャに下心を持ってたから」
ソファを立ち、アリーシャに向き合う。
ロゼ「もう遠慮しなくていいよね」
アリーシャ「ロゼ?」
意味を理解できず、アリーシャは不思議そうにロゼを見上げた。
そんな彼女の手を引いて立ち上がらせる。
頬に軽く口付けながら抱きしめて、ロゼはアリーシャの耳元で囁いた。
ロゼ「ベッド、行こ」
ぴくんとアリーシャの体が跳ねるのを感じた。心臓の音が体に響いてくるがどちらのものとも知れない。
アリーシャから石鹸の匂いと高めの体温を感じる。旅から帰ったばかりだから、汗を流してきたのだろう。
アリーシャ「……うん」
弱々しく、女の子の声でアリーシャが頷いた。
一人で寝るにしては大きすぎるベッドにアリーシャを座らせて、軽く口付けをする。
始めはゆっくりと。段々濃厚にして、ふたりで口内を探り合う。そしてキスを続けながら体に触れていく。
鍛えられた体はもっと固いイメージがあったけれど、アリーシャの体はしなやかで柔らかかった。服の中に手を入れてなめらかな肌の感触も確かめていく。
お互いに服を脱がせ合って、すぐにどちらも上半身と下半身、それぞれに薄い布を一枚残すだけになった。
明らかに緊張した様子でアリーシャはロゼを見ている。
ロゼも今までにないくらいに緊張していた。走り回った後みたいに心臓がバクバクと跳ねている。
うまくできるだろうかと考えながら、ロゼはアリーシャのインナーの裾に手をかけた。
ロゼ「いい?」
尋ねるとアリーシャはロゼの手に自分の手を添えて小さく頷いた。
ロゼは思わず喉を鳴らし、ゆっくりと服をめくった。
真っ白な腹が見えて、その先の膨らみがあらわになっていく。小さな突起が見える瞬間、アリーシャがそれを隠そうと手を出してきたがそっと制止する。
ロゼ「見せて」
するりとめくり上げてその布を奪い取る。形の綺麗な双丘がむき出しになると、ロゼの中で不思議な衝動が湧き上がってくるのを感じた。
一緒に旅をしている間、何度かアリーシャの体を見る機会はあったがこんなにまじまじと見つめたのは初めてだった。
腰のくびれや脚の曲線、肌の柔らかさにアリーシャが魅力的な女性であることを改めて意識する。
アリーシャをベッドに横たわらせて、その上に跨る。恥ずかしがる彼女に合わせて自分のシャツも脱ぎ捨てた。
まるで魅せつけるようで恥じらいを感じたがそれはアリーシャも同じだ。
アリーシャ「ロゼの体、綺麗」
艶めかしい声に鼓動が大きくなるのを感じた。
視線が上から下へと移動し、じっくりと眺められているのに気付いてさらに羞恥心が込み上げてくる。
そしてロゼも同じことをしていることに気付いた。
ロゼ「アリーシャだって」
体を眺めながら所々に小さな傷があるのを見つける。
きっと日頃の訓練や実戦で付いたものだろう。決して生半可に騎士姫なんて呼ばれていたわけではないと知れた。
ロゼにも傷は数えきれないほどにあった。以前、ペンドラゴで重傷を負ったこともあったがそれはライラが綺麗に治してくれた。今思えば大きな傷が残らなくて良かったと思う。アリーシャにもそんな傷がついたりしたら嫌だなとふと考えた。
ロゼがアリーシャの首筋に唇を這わせると体がぴくんと揺れた。
ロゼ「ほんとはあたし、もっと前からアリーシャに言わなきゃいけなかった。アリーシャが告白してくれるより前にあたしも好きだって思ってたから」
耳たぶを喰んで、耳から首にかけて順番に口付けていく。返答はなかったがロゼは続けた。
ロゼ「嫌われるのが怖くてずっと黙ってて、あたしから告白なんて考えもしなかった。アリーシャが告白してくれて、あたしが、いつからか分からないくらい前からアリーシャを意識してたって気付いたんだ」
アリーシャの手を取り、指を絡めると、彼女は緩やかに握り返してきた。首から鎖骨を舌でなぞるとアリーシャの口から息が漏れた。
ロゼ「ここが気持ちいい?」
アリーシャ「あっ」
舌でぐりぐりと鎖骨の下を押し込むと声が上がった。初めて聞くアリーシャの高めの声。
絡めた指がロゼの手の甲に食い込んで、素直な反応に気分が高翌揚する。
ロゼ「ごめんね。アリーシャばっかり頑張らせて。気持ち隠しててごめん」
体を起こしてアリーシャの顔を覗き込むと、彼女は微笑んでいた。
アリーシャ「ロゼが私のことを想ってくれてたのはちゃんと分かってたよ。いつも会いに来てくれて、私のことを心配してくれて、不安にさせないようにしてくれてたの、分かってるよ」
ロゼ「そんなの、あたしは分かんないよ。あたしは思うままにアリーシャに接してただけで」
アリーシャ「きっとみんなは気付いてたよ。ずっと一緒にいる人たちも私と同じことを言うと思う」
少し考えてロゼはがっくりとうなだれた。
確かに彼らはそう言うだろう。分かりやすいと何度言われたことか。
ロゼ「アリーシャだってあたしのこと好きすぎて恥ずかしいくらいなんだけど」
アリーシャ「ええ!?」
悲鳴を上げるアリーシャに、この子も自覚がなかったのかとロゼは苦笑した。
再びアリーシャに被さって体に唇を落としていく。アリーシャも興奮しているのか、時折声を我慢し切れずに息が漏れている。
ロゼ「声、聞かせて」
鎖骨の真ん中を指でなぞりながらゆっくりと下ろし、柔らかく膨らんだ胸に手を伸ばした。
アリーシャ「ロゼ……っ」
不安げに見つめてくるアリーシャの唇を奪い、優しく乳房を揉んでいく。
唇の間に舌を割り込ませて歯列をなぞる。指が一番先にある小さな突起をつまみ上げると、アリーシャがやっと声を上げた。
口付けたままの悲鳴は脳内に直接響いてくるみたいで、ロゼにも興奮を与えてくる。
どんどんアリーシャの体が愛おしくなって、ロゼは反対側の先を口に含んだ。
アリーシャ「は……あッ、ん」
声が出るのと同時に体も揺れた。舌先で膨らみを押し込んで、何度も転がし、キスをして吸い付いていく。
その度にアリーシャは体をよじって声を抑えようと、慣れない刺激に耐えていた。
アリーシャの身体が紅潮してきて、ロゼも息苦しさを感じていた。汗ばむほどに体が熱くて、下腹部が疼いている。
同じタイミングでアリーシャが膝をすりあわせた。彼女がロゼ以上の興奮を覚えていることに気付いた。
ロゼはアリーシャの下着に手をかけて、彼女の目を見つめた。
アリーシャもロゼが何をしようとしているのかは分かっているはずなのに、恥じらいで動けないでいる。
ロゼ「アリーシャ。腰上げて」
そう促すとほんの少しだけアリーシャが腰を浮かせた。下着を通すには十分で、ロゼは素早くそれを抜き取り、太腿を撫でた。
ずっと目を伏せたままで何も言わないのは、羞恥心に必死で耐えているからだろう。
体を起こして、膝の間に体を割り込ませようとすると、予想通りにアリーシャはそこを手で隠した。
ロゼはアリーシャの手にそっと自分の手を添えて、優しく掻き分けて行く。
反対側の手で膝を開くとアリーシャは固く目を閉じて、両腕で顔を隠してしまった。
羞恥に耐えている姿も可愛くて、もう少し眺めていたかったが、ロゼも自分の興奮を抑えることができなくなっていた。
初めて見るアリーシャの女性部分。赤く充血して花弁は小さく閉じている。透明な粘液が流れ出していて、彼女の興奮状態を物語っていた。
ロゼは指の腹でぬるぬるとした体液を塗り広げて、その濡れ具合を確かめる。
撫でるたびに体が震えてひくひくと花弁が揺れた。触れた場所から熱を感じて理性が時々途切れそうになる。
アリーシャ「ろ、ぜ……」
はっと顔を上げるとアリーシャが潤んだ瞳でこちらを見ていた。恥ずかしさと興奮に、どうしていいか分からず戸惑っている。
アリーシャの体を気遣うのを失念していた。ロゼは「ごめん」と小さく呟いてアリーシャの頬を撫でた。
ロゼ「ゆっくりするから。痛かったら言って」
自分でも初めて聞くような優しい声に、アリーシャへの気持ちが隠せないでいることを自覚する。
アリーシャは頬に添えられたロゼの手を取って、愛しげに抱きしめた。その安心した表情を確かめると、ロゼは中指をゆっくりとアリーシャの中に差し込んだ。
アリーシャ「っ……」
息が詰まるような仕草に侵入を止める。
ロゼ「痛い?」
ロゼの問いにアリーシャがわずかに首を振る。
アリーシャ「分かん、ない……、でも変な、感じ……」
熱い肉壁がきゅっと締まり、ロゼの指を阻んでくる。
今すぐにでも押し込みたい欲望を抑えながら、アリーシャの頬や唇を撫でた。
ロゼ「力抜ける?息、吐いて」
アリーシャがゆっくりと息を吐くと、下腹部の硬直が解けていくのが分かった。無理のないようロゼはアリーシャの中を進んでいく。
アリーシャ「痛っ……」
指が完全に入りきると、アリーシャが身をよじった。
ロゼ「アリーシャ、辛い?」
アリーシャ「大丈夫、だから……」
ロゼ「無理しないで」
指の動きを止めてアリーシャが落ち着くのを待つ。
女である二人には性行為といってもここまでのことしかできない。それでもとても大事なことだと思っている。
ロゼは体の奥深くから愛情が溢れてくるのを感じた。
たまらなくなってアリーシャの唇に舌を這わせた。誘われたようにアリーシャも舌を出してきて、何度も激しく舌を絡めていくと彼女から息と声が漏れ始めた。
触れた下の粘膜からとろりと温かいものが流れ出したのを感じる。中がひくひくと痙攣して、ロゼの指を締め付けている。
アリーシャ「ロゼ……、もっと触って……」
腰が僅かに動いた。
衝動的に反応してしまいそうな体を理性でなんとか抑えこむ。
アリーシャの色気の溢れる声のせいで、ロゼは熱い気持ちを燻らせていた。さっきからずっと息苦しい。アリーシャから感じる女の匂いが脳を狂わせてくる。
濡れた瞳でこちらを見るアリーシャをもっと激しく攻めてみたいと思ってしまう。
気持ち悪いくらいに自分の中心が湿ってきているのも分かっている。
めちゃくちゃに指を動かしたいのを我慢して、性急な興奮を吐息で押し出した。
アリーシャ「ロゼ、苦しいの?」
ロゼ「あんたがエロ過ぎんだって」
アリーシャ「ええっ?」
ロゼの返答に気が緩んだのか、アリーシャの中に余裕ができたのを感じて、ロゼは肉壁に指を擦りつけた。
アリーシャ「あっ、ああっ」
腰が浮いてアリーシャの声が高くなった。指を動かすたびに呼応する嬌声がロゼの感覚を麻痺させていく。彼女の声を聞いているだけで気持ちよくなってくる。
痛みを感じていないかと、そのままゆるゆると続けていく。
空いた手を胸に滑らせてまた先をいじった。しかしそれに気付かないくらいにアリーシャは下腹部の強い違和感に喘いでいた。
胸の奥が締め付けられる。可愛くて綺麗でいやらしいアリーシャにロゼの意識が奪われていく。
指の動きを緩めないまま、ロゼはアリーシャの体の至るところに吸い付いた。胸も腹も太腿にも、目立たない場所に自分の跡を付ける。
体を起こしてアリーシャを眺めると、すっかり彼女も上気し切っていて、ロゼの指に合わせて腰を揺らしている。
ロゼはアリーシャの膝の裏を掴んで、ぐっと押し上げた。
アリーシャ「やっ……ロゼ、だめっ」
女の部分がこちらを向く。愛液が奥から次々に流れ出して彼女の股をひどく濡らしている。きっとアリーシャはこんな姿を見られるのも恥ずかしいはずだったが、ロゼはそれがたまらなく愛おしくてもっとアリーシャを感じていたかった。
指を入れたまま、アリーシャの陰核を包む皮をそっと開いた。
真っ赤に充血して膨らんだそこを唇で咥える。
アリーシャ「ああっ、そこ、っはぁ……!」
ロゼはよじる体をしっかり支えてアリーシャが動けないようにするとさらに陰核を舌で攻め立てた。
唾液と愛液を混ぜて、傷付けないよう舌先で転がす。アリーシャの匂いが理性を奪い取り、ロゼは夢中でそこを攻め続けた。
声を出さないようにアリーシャは自分の口元を押さえているが、こもった声はロゼの耳にもしっかり届いている。
ロゼ「ふっ……ぅんっ!」
指の動きを小刻みにしていくとアリーシャの息が短く切れていく。中心からは体液が流れ続けて部屋中に粘りのある水音が響いている。
この水音とアリーシャの悲鳴に近い嬌声が、ロゼの欲望を掻き立てる。
彼女の表情が見られないのが残念だったが、腰をびくびくと揺らしているその反応だけで頭の中がしびれていくように感じた。
アリーシャが自分の行為で気持ち良くなっているのがたまらなく嬉しい。
アリーシャ「は、ぁんんっ!」
アリーシャの体が硬直し、腰が何度か跳ねたあとに力なくベッドに沈んだ。
絶頂したのだと分かるとロゼはアリーシャから指を抜いて、一息ついてから彼女の顔を覗きこんだ。
アリーシャは息を切らせて、ほとんど閉じた目をぼんやりとロゼに向けた。
いつもとは違う様子のその姿に、罪悪感が芽生える。よくない感情でアリーシャを穢してしまったような気分だった。
ロゼ「大丈夫?」
気遣いの声を掛けながら、アリーシャに触れるために指の愛液を舐め取ろうとする。
その時、行為を終えて弱っているはずのアリーシャが手をがっしりと掴んできた。
「汚いからだめ!」
「汚いって……」
さっきまで直接舐めていたのに、今更何を言っているのか。
羞恥で目が潤んでいる様子を見てそれ以上口にするのはやめておいた。
アリーシャはサイドテーブルに置いてあったハンカチを取って、ロゼの指を丁寧に拭いた。
気の済むまで任せた後ロゼはそれを預かり、アリーシャの膝を開いた。
アリーシャ「ロゼ!?」
ロゼ「だってそこ濡れたままなの気持ち悪いでしょ」
冷静に言い放って、そこを丁寧に拭いていく。愛液は秘部の周りはもちろんのこと、太腿の内側にも広がっている。
アリーシャ「じ、自分でやるから!」
抵抗しようとするアリーシャを押さえつける。
ロゼ「あたしがやりたいんだけど」
アリーシャ「もう本当にいいから!」
押し問答をしていると、アリーシャがおもむろにロゼの下半身に目をやった。
アリーシャ「ロゼは濡れてないの?」
ロゼ「別に、あたしは……」
ロゼはぎくりとした。その拍子に腕の力が緩み、アリーシャはそれを見逃さなかった。
アリーシャ「見せて。私もロゼの体、ちゃんと見たい」
アリーシャは体を起こしてロゼを組み敷いた。今度はロゼが押し倒される形になった。
さっき散々揉みしだいた双丘が目の前にあって、不思議な気持ちになる。
眼前に迫るそれがまた魅力的に見えた。手を伸ばしかけた時にふっと腰が浮いて、アリーシャがロゼの下着を剥ぎ取った。
ロゼ「ちょっと雑じゃない!?」
流れるような体重移動に羞恥心より先に突っ込みが出る。
アリーシャ「えっ、なにが?」
当の本人はなんとも思っていないようで、ロゼの抗議は彼女の無神経さの前に霧散した。
涼しくなった足の付け根にアリーシャが手を触れた。
アリーシャ「ほら。やっぱりすごく濡れてる」
ロゼ「やめてよ……」
分かっていてもわざわざ口にされると恥ずかしい。脚を閉じたくても、間にアリーシャが体を割り込ませていて動けない。
とにかく用だけ済めばそれでいいのだから、恥ずかしい時間を最小限にするため、ロゼは大人しくしていることにした。
アリーシャもロゼが観念したと悟ったのか、満足そうに笑っている。
一通りロゼの体を眺めて、アリーシャは興味深そうにロゼの中心に手を触れた。
形をなぞるように、開いた穴の外側を撫でているのがロゼにも分かる。恐る恐る触れる手付きが焦らしているように思えてもどかしい。
アリーシャ「ロゼのここ、震えてる」
ロゼ「変なこと言わないで…。…ていうか、そんなにじっくり見るな……」
アリーシャがロゼの股の間に顔を寄せていく。
ロゼ「ちょっと待って!何する気!?」
アリーシャ「なにって、綺麗にしてあげようと……」
ロゼ「拭けばいいんだって!あんた舐めようとしてるでしょ!」
手で股を覆い隠すとアリーシャが不満そうに口を曲げた。
アリーシャ「ロゼも舐めてた」
ロゼ「お姫様がすることじゃない」
アリーシャ「今更身分差別?」
ロゼの手を引き剥がし、またアリーシャはそこをじっくりと眺めた。
きっと何を言っても彼女は引かないだろう。
ロゼ「そういうわけじゃないけど、なんかすごく背徳感が……」
構わずアリーシャがもう一度顔を寄せた時には、ロゼも何も言えなかった。すぐにぬるりとした生温かい感触が秘部の周りと太腿に這い回り始める。
ロゼ「色んなとこ、舐めすぎ……っ」
アリーシャ「だっていっぱい濡れてるから」
ロゼ「うぁっ、やっ、ぁ」
ぴちゃぴちゃと水音が聞こえる。
アリーシャに触れられていると思うと、くすぐったい感覚が段々興奮に変わっていく。
ロゼ「んっ、ぁっ」
ロゼの体が無意識にはねた。
中に舌を差し込まれている。
ロゼ「なっ、なんで入れっ……!」
アリーシャ「ここからどんどん溢れてきてる」
舌が離れたかと思ったら、今度は指が入り込んできた。
ロゼ「は……っ、いっ、ぁあっ」
性急な動きに困惑しているうちに行為は進んでいく。
ロゼ「ちょっ……、ぁっ、がっつき過ぎだっ……」
アリーシャ「わかんない、ロゼ……!」
余裕のない声が聞こえる。息を乱すアリーシャが興奮しているのが見て取れた。理性がかなり飛んでいるように思える。
ぐりぐりと下腹部の裏を押し込まれるような感覚。
ロゼ「あっ、あッ、ぅんっ、く」
雑な動きに強い痛みがあったが、アリーシャが気付く様子はない。
頭の中までかき乱されているみたいで思考が麻痺してくる。痛みとは違う別の感覚に戸惑い、抵抗が出来ない。どうしていいか分からずに手でシーツを掻きむしっているとアリーシャが指を絡めた。
与えられる刺激が止み、ロゼは息をついた。
アリーシャ「ロゼ、爪痛めちゃうよ」
アリーシャのぬくもりに固まった手の力が抜けていく。よほど強く握ってしまっていたのか、指先の感覚が鈍くなっている。
アリーシャがロゼの手を持ち上げて、痺れた指先に口付けた。
少しは落ち着いたのか、彼女の動きがさっきよりは緩やかになっている。
アリーシャ「ごめん、なんか、我慢できなくて」
続けてアリーシャは身体に唇を落とし、ロゼの胸の先を口に含んだ。
ロゼ「ん、ふっ……ぁ」
ぬるい感触に背筋がぞわっと震える。また下腹部の奥でアリーシャが動くのを感じて腰がこわばった。
段々と大きくなる水音の中、他人の声みたいにロゼは自分の乱れた悲鳴を聞いていた。
その感覚がどのくらい続いたのか、ロゼは体の奥深くからじんわりと込み上げてくるものを感じていた。
下腹部の裏がびくんと痙攣した時、アリーシャが股の間に顔を寄せて、陰核を咥えた。
中を擦る指と、敏感な突起を吸う刺激に腰が浮いてしまう。
ロゼ「あっ、あっ、んんっ、ぅあっ」
視界がぼやける。断続的に与えられる快感に耐え続けたが、徐々に痛みを伴ってきた。
もうこれ以上は無理だと悟り、ぴりぴりと痺れる体をよじってアリーシャの手を掴んだ。
ロゼ「ごめ、ん……もう、限界……」
アリーシャは上気した目でロゼを見上げ、行為を止めた。
奥から指を引き抜かれる感覚に、びくりと腰が震え、ロゼは脱力して動けなくなった。
ロゼ「もー……綺麗にするって言ったじゃん……」
息を切らしてロゼは呻いた。
股の間がひどく濡れそぼっているのは触れなくても分かる。恐らくアリーシャの方も同じような状態になっているはずだった。
さっきまであんなにしおらしくしていたアリーシャが、まさかこんなにも理性の効かない生き物だとは思ってもみなかった。
アリーシャ「だってロゼがかわいいから」
ロゼ「アリーシャと違ってそういうの向いてないんだって」
アリーシャ「私だって向いてない」
ロゼ「はぁ?」
呆れた声を上げると、アリーシャは覆い被さる形でロゼに抱きついた。
肌が触れ合って直に熱が伝わってくる。
アリーシャ「ロゼ、好きだよ」
アリーシャの綺麗な声で名前を呼ばれるのが心地よかった。
絡みつくアリーシャの腕に力が入る。それに応えるようにロゼはアリーシャの背中に手を回して強く抱きしめた。
---------+++++++----------
しばらくお互いの体温を感じているうちに眠ってしまっていたようだ。気が付いた時にはもう夜更けだった。
夜目の効くロゼは、月明かりの中でも十分周りがよく見える。
ベッドを降りようと身を返すと、肩に触れたアリーシャの手に力が入った。
ロゼ「アリーシャ、起きてたの?」
アリーシャ「ん、今起きた……」
ロゼはアリーシャの拘束を剥がそうとするが、彼女は動こうとしない。
ロゼ「服着なきゃ。風邪引くよ」
今の時間はまだそれほど気温は低くはなかったが、朝方は冷えるはずだ。
アリーシャ「ロゼがあったかいから大丈夫」
ロゼ「だめ。朝は寒いよ」
ロゼはアリーシャを引き剥がしてランプを灯した。
優しい光が生まれて、ふたりの周りを照らす。
何も纏わないお互いの姿が新しい関係を強調していて、どこか落ち着かない気持ちになる。
アリーシャと目が合うと、彼女も同じ気持ちなのか慌てて毛布を手繰り寄せ、目を伏せた。
アリーシャ「暗いのによくランタンの位置が見えたね」
話を逸らすようにアリーシャが言葉を発した。
ロゼ「野宿が多いからね。暗いところは慣れてるよ」
ロゼもその空気に追随する。
散らばった服を取り、アリーシャに着るように促した。
服の表と裏を探すのにも一苦労しているアリーシャを他所に、そそくさとロゼは服を着る。
アリーシャ「ロゼは不思議だね。服を着る時にあまり音がしない」
ロゼはどきりとした。
意外と人の様子をよく見ているんだなと、思わず視線に力を入れてしまう。
ロゼの夜目が聞くのは暗がりでの活動が多いからだ。足音や物音を消すのも得意だったが、いつでもそうしているわけではない。
暗い場所だから無意識に動きが冴えてしまっているのかもしれない。
ロゼ「夜行性の動物を刺激したくないから身に付いちゃった」
誤魔化すように笑ってみせるが、まるで嘘だったわけではない。
アリーシャは旅の心得の方に興味が湧いたようで、何度か旅の生活について言葉を交わした。
ロゼ「また旅に出たいの?」
アリーシャ「そうだね。少し落ち着いたら遺跡を見て回りたいな」
ロゼ「スレイみたいなこと言うね」
アリーシャが服を着終わるのを確認し、ロゼはランプを消してまたベッドに潜り込んだ。
自然とアリーシャと手を繋いで向かい合う。
アリーシャ「ロゼも行く?」
ロゼ「あたしは遺跡に興味ないし」
アリーシャ「そっか」
ロゼは素っ気ない返答をしてしまってから、無神経な対応をしてしまったかもしれないと気付いてアリーシャの顔色を伺う。
ロゼ「護衛としてなら、行く……」
きまりの悪い気持ちが声に出てしまい、アリーシャがくすくすと笑い始めた。
ロゼ「なに」
アリーシャ「ううん。嬉しい」
アリーシャが繋いだ手をきゅっと強く結んだ。
その仕草に心音が上がったが、ロゼは何もない顔をした。
ロゼ「ほらアリーシャ、寝るよ」
アリーシャ「もう寝るの?」
ロゼ「めちゃ眠そうだけどね」
暗くてもロゼからはアリーシャの閉じかけた瞼が見えていた。
長旅から帰ってきたばかりなのに、ろくに休みもせずにこうしているのだから当然だ。そして体に無理をさせたのも分かっている。
しばらく黙っているとアリーシャの寝息が立ち始めるのが聞こえた。
ロゼ「おやすみ、アリーシャ」
毛布をアリーシャの肩まで掛けると、ロゼはその頬に口付けた。
---------+++++++----------
シーツの衣擦れの音でロゼは目を覚ました。
ふわりと甘い匂いがして、不思議な感覚に包まれる。 意識がはっきりする前に、ここがアリーシャの部屋だとぼんやりと理解した。
うっすらと目を開けるとベッドを降りるアリーシャの姿が視界に入った。
ロゼ「おはよう」
ロゼがかすれた声で挨拶をすると、アリーシャが振り向いた。
アリーシャ「おはよう。起こしちゃった?」
ロゼ「うん。でもいい時間でしょ」
外の明るさから人の活動が始まるちょうどいい時間だと予想できた。
体を起こして大きく伸びをしていると、アリーシャが顔をこちらに向けた。
アリーシャ「ねぇロゼ?」
ロゼ「なに?」
神妙な顔をしてアリーシャが問いかけてくる。
アリーシャ「なんか赤いの、いっぱいついてるんだけど」
アリーシャは服をめくり上げて腹や胸の間を見回した。
ロゼ「こら見えてるって」
白い肌を隠そうともしない仕草に呆れた。昨夜の行為を思い出すだけで照れてしまうのに、アリーシャにはそういう感覚はないのだろうかと考える。
アリーシャ「もうたくさん見たでしょ」
ロゼ「そういうことじゃなくて。誘ってるって言ってんの」
アリーシャ「そんなつもりは……」
そう呟いてすぐにアリーシャは分かりやすく赤面した。自分の体がどれだけ魅力的か気付いていなかったらしい。
アリーシャ「ごめん、気を付ける」
ロゼ「そんなに深刻に言われるとあたしがスケベなだけみたいだな……」
ロゼは嘆息しながらベッドを降りてアリーシャの隣に並んだ。
はだけた隙間からは昨夜ロゼが付けた跡が見えた。
アリーシャ「ロゼ、なにしたの?」
ロゼ「素で確認されると恥ずかしいんだけど。キスマーク、知らないの?」
簡単に言えば軽い痣のようなものだが、これに多くの気持ちを込めているなんて、彼女は気付いていないのだろう。
アリーシャ「ああ、これが……」
アリーシャは自分の胸元を覗き込み、赤くなったそれをなぞった。
ロゼ「ドレスだとそこ隠せない?」
アリーシャ「ううん。見えないと思う。侍女には見られるけど」
服を整えてアリーシャは顔を上げた。
ロゼ「えっ、なんで」
アリーシャ「着るの手伝って貰うから」
人に服を着せてもらう経験が子供の頃以来、ロゼにはない。他人の手が必要な服というものを失念していた。
ロゼ「明日着る?」
アリーシャ「うん」
ロゼは頭を抱えた。跡を見た感じだと数日は消えないだろう。
ロゼ「あたし、暴行で逮捕されたりしない?」
アリーシャ「どうして?」
ロゼ「嫁入り前のお姫様にって」
アリーシャ「王女をなんだと……。恋人くらい誰も何も言わないよ。結婚と恋愛は別でしょ」
淡白な回答を続けるアリーシャにもやもやとした感情が湧いてくる。
ロゼは意味もなく不安を感じていた。
ロゼ「結婚、するの?」
アリーシャ「またその話?しないよ」
アリーシャはうんざりといった顔をした後、ぱっと目を見開いた。
アリーシャ「もしかして前に気にしてたのって、そういうこと?」
アリーシャは縁談の時のやり取りを思い出したようだ。あの時はお互いに気持ちは確かめていなかったので、すっかり忘れていたのだろう。
ロゼ「そういうことだよ」
思い出すと恥ずかしくなったが、誤魔化す方がもっと恥ずかしい思いをすると分かっていたので開き直ることにした。
アリーシャ「気付かなかった」
ロゼ「アリーシャ鈍いもんね」
アリーシャ「ロゼに言われたくはない」
つい出てくる憎まれ口にアリーシャが半眼で返してくる。もう彼女も慣れた様子だ。
関係が変わってもやり取りは変わらないものだなとロゼは胸の内で安心した。
そんなことよりも、ロゼはアリーシャの言う結婚と恋愛は別だと言い放ったことが気になっていた。お互いに抱く気持ちが恋愛感情なのはもう自覚している。
気持ちだけで突っ走って、今は何か、悪いことをしている気分だった。
ロゼ「恋人なの?」
アリーシャ「違うの?」
アリーシャの目が驚いている。
ロゼはどうしてもアリーシャの立場が気になってしまっていた。そして王族と自分とでは考えることがなにか違うんじゃないかと思っていた。
以前、ロゼはアリーシャに仲間になれないと思っていたと告げたことがある。その時の感覚に似ていた。
ロゼ「いいの?」
釈然としないロゼの様子が不穏に思えたのか、アリーシャはロゼの髪を心配そうに撫でた。
ふわりと香るアリーシャの温かい匂いに安心感を覚えて、ロゼは目を伏せた。やはり自分はこの子が好きなのだ、と心の底から思う。
アリーシャ「さっきからなんかおかしいよ」
ロゼ「アリーシャの立場の邪魔をしたくないの」
ロゼにはまだ身分の差、政治経済の立場、色々な事情が整理できずにいる。
守ることより壊すことが得意なロゼにとっては見えない不安と戦う術がよく分からない。気持ちが赴くままというだけで許されるとは思えなかった。
アリーシャ「ロゼはそういうの気にしないで」
アリーシャがめんどくさげにため息をついた。
ロゼ「あたしはってなに。それでアリーシャが困ったりするのが嫌なんだって」
それがなんなのかはロゼ自身にも分からなかった。しかし自分の存在がアリーシャにとってマイナスになる要素があるのではないかと考えてしまう。
アリーシャ「困らないよ。私はロゼでないと嫌。私が選んだの。例え困ったとしても私の責任。ロゼはどうなの?」
ロゼ「あたしもだけど……」
アリーシャ「じゃあ何が不満?」
いつになく強気な態度に気圧されてロゼは首を振った。
ロゼ「なんか怒ってない?」
アリーシャ「怒るよ。それに先にそういう態度を取ったのはロゼでしょ」
そう指摘されてロゼは閉口した。確かに強い口調で話し始めたのはロゼが先だ。
アリーシャは構わず続けた。
アリーシャ「ロゼは私の気持ちまでなかったことにしたいの?私が軽い気持ちであんなに泣いて、あなたにあんな告白をしたとでも思ってるの?」
突っかかるような言い方をした後ろめたさと、アリーシャの圧力に負けてロゼはずるずると後ずさった。ラストンベルでのやり取りを思い返して、アリーシャの真剣な眼差しにロゼは俯くことしか出来なかった。
ロゼ「ごめん」
アリーシャ「どうして?私が怒ってるから謝ってるの?」
アリーシャに詰め寄られてどうしようもなく戸惑い、自分の考えも整理できないままロゼは黙り込んでしまった。まるで悪いことをした子供のようだ。
こんな弱気なロゼを予想していなかったのか、アリーシャはバツの悪い顔をして深く息を吐いた。
アリーシャ「言い過ぎた。ごめん」
ロゼ「アリーシャは悪くないでしょ」
アリーシャ「ロゼだって悪くないよ」
優しい声にロゼは顔を上げた。
アリーシャ「私はロゼに好きって言ってほしいだけ」
アリーシャは笑ってはいたが、不安そうに見えた。ロゼ自身、自分がどんな顔をしているのか分からなかったが、きっとアリーシャ以上に不安な顔をしているに違いない。
だからといってアリーシャにそんな顔をさせたいわけではなかった。また謝りそうになってロゼは開きかけた口を閉じた。
なぜかひどく胸が痛い。アリーシャの気持ちはずっと伝わってきていて、自分もそれと同じように伝えていて、とても幸せなはずなのに否定するような態度をとってしまう。
ロゼの気持ちが落ち着くのを待っているのか、アリーシャは何も言わなかった。
ロゼ 「どうしたんだろ。あたし、なんかおかしいね」
あまりの情けなさに気の抜けた声が出た。
アリーシャの事になるとみっともない部分ばかり見せている気がする。取り繕うことすら無様に思えた。
アリーシャ「ロゼはあまり考え込まない方がいいよ」
諭すような声にロゼは顔を上げた。同じようなことを仲間達にも言われた覚えがある。
ロゼ「んん?あたし今バカにされてる?」
アリーシャ「バカにはしていないけど、向いてないと思う」
「それがバカにしてるんだってば」
ロゼ「それがバカにしてるんだってば」
ロゼは緊張感が薄れたのを感じてほっと息を吐いた。空気を悪くしているのはいつも自分だ。そんな面倒な性格はしていないと思っていたのに、アリーシャの前だと調子が狂ってくる。
アリーシャは素直に気持ちを伝えながら不安を与えない手段を持っている。それがロゼにはとても羨ましかった。
ロゼ「あたしはアリーシャが好き……」
顔が赤くなりそうだった。ごちゃごちゃとした感覚だけがロゼの中で行き交って、結局どうしたいのかを考えているうちに、まとめられないまま態度に出してしまう。
彼女の顔を見れば見事に赤面していて、それが嬉しく感じた。
こんなことで気持ちが軽くなるんだと気付いて、やはり自分は考え込まないほうがいいのだと実感する。
アリーシャ「ロゼ、キスしていい?」
そう言われてロゼが一歩下がると、アリーシャは不服そうに口を尖らせた。
アリーシャ「どういう意味?」
ロゼ「だってアリーシャのキス、激しいんだもん」
昨日の夜を思い出して、ロゼはアリーシャの顔が見れなくなった。視線で求めてくるアリーシャの仕草や感触が蘇ってきそうだ。
アリーシャ「自分じゃ分からないんだけど」
ロゼ「あんなことしといて……」
アリーシャはロゼに寄って手を握った。
アリーシャ「ロゼが優しかったのは分かるよ。傷付けないよう我慢してくれてたでしょ?」
ロゼ「アリーシャはエロいんだよ……。あたしがどれだけ苦労したと思ってんだ。そのくせあんたは好き勝手しまくるんだからたまったもんじゃあない」
アリーシャ「またそういう意地悪を……」
あの葛藤を意地悪の一言で済ませられるのかと、若干辟易した。
結局アリーシャが身を寄せてきて 流れるように唇が運ばれてくる。
ロゼ「舌、入れないでね……」
身を任せながら一言断りを入れたが、返事はなかった。
そっと唇が重なって、アリーシャがロゼの肩を抱く。ロゼもアリーシャの腰に手を回して体温を交換した。
重ねるだけの口付けが終わり、ロゼが身を離そうとすると、アリーシャの舌が唇を軽くなぞった。
ロゼ「なっ」
なにすんだ、と声を上げようとするとアリーシャがいたずらっぽく笑ったのが見えて、ロゼは言葉を飲み込んだ。
ロゼ「そういうところだっての」
アリーシャにつられて笑みが漏れる。
ロゼ「らしくなかったね。気にしても仕方ないのに」
アリーシャ「答え、出せた?」
ロゼ「まあなんとなく。ウジウジしてるのも性に合わないし、気にしないことにする」
切り替えの速さが得意分野だったことを思い出し、ロゼはひらひらと手を振った。
アリーシャ「そう。よかった」
穏やかに笑うアリーシャを見て、ロゼは感心していた。
彼女はどんどん成長していく。青臭い理想だけを掲げていた時より、ずっと強くなった。
アリーシャ「朝食は食べて行くでしょ?」
アリーシャは、起き抜けで乱れた髪の毛や服を整え始めた。
ロゼは自分の髪の毛を触り、アリーシャほど気にすることもないので、手櫛で雑に梳かすとソファに座った。手入れが面倒で短くしているくらいなのだから、あまり頓着がない。
アリーシャ「ロゼ」
アリーシャに後ろから声を掛けられて振り向く。が、頭を掴まれて正面に戻された。
何度か髪の毛をするするといじられ、すぐに解放された。
ロゼ「なに?」
アリーシャ「跳ねてたから直しただけ」
触ってみると髪の毛がなめらかになっている。
恐らく整髪料をつけたのだろう。セキレイの羽でもいくつか扱っている。
アリーシャ「ねえ」
アリーシャが隣に座った。 そしてロゼの襟元をくいっと引き寄せた。
ロゼ「な、なに?」
アリーシャ「私もロゼに跡つけたい」
ロゼ「ええー……」
返事もしていないのに首元に唇を付けようとするアリーシャを押し返す。
ロゼ「ライラとエドナに見られるからだめ」
野宿や宿屋で寝泊まりするロゼ達は、寝るのも入浴も仲間と共にする。特にロゼは家族が多いこともあって、親しい人の前では無防備になることがある。
アリーシャ「私も侍女に見られちゃうんだけど」
ロゼ「そっちはアリーシャのことをからかったりしないでしょ。あいつらそんなの見つけたら絶対いじり倒すんだから」
アリーシャ「あの方々が人をいじるというのがあまり想像できない」
ロゼ「本気で言ってんのそれ……」
エドナからの仕打ちにまるで気付いていないことに、ロゼは口元を引きつらせた。
アリーシャ「なら、どうやってやるかだけでも教えて」
ロゼ「やだよ恥ずかしい」
ロゼがきっぱりと断るとアリーシャは素直に身を引いた。
アリーシャは以前から頑固なロゼの扱いを分かっていて、あまりしつこくは食い下がらない。
ただしロゼはこういう時のアリーシャが無茶をすることを、すっかり忘れていた。
アリーシャ「分かった。ならザビーダ様に聞いてみよう」
ロゼ「やめなさい!」
突然大きな声を上げるロゼに、アリーシャが目を丸くした。
ロゼ「あいつは絶対ダメ。分かるでしょ!?」
アリーシャ「ザビーダ様は女性の扱いに慣れた様子だから、そういうことに詳しいかと思ったんだけど違うんだ?」
ロゼ「そういう意味のダメじゃない!」
喚くロゼにアリーシャはいよいよ鬱陶しげな顔をした。
アリーシャ「あれもダメこれもダメって。ロゼ、わがままだよ」
ロゼ「うぐっ……」
言い返す言葉もなくロゼは呻いた。確かにその通りだと思ったが、今回はそういうことではない。
ロゼ「ザビーダに頼んだらなにされるかわかんないでしょ」
渋々答えるが、アリーシャは疑問符を浮かべていた。ロゼが何を言っているのか、よく理解できていないようだ。
ロゼ「というか女が男にそんなこと聞くもんじゃないっしょ?」
アリーシャ「でもそれはザビーダ様だから、」
ロゼ「ザビーダだからだつってんの」
被せ気味に否定するとアリーシャが黙った。
また言い過ぎてしまった。
ロゼはフォローのために口を開こうとしたが、先にアリーシャが動いた。
アリーシャ「ロゼ、なんで拗ねてるの?」
ロゼ「拗ねっ……!?」
頭を叩かれたような衝撃に襲われた。
数秒だけ考えてロゼは再び口を開いた。
ロゼ「デゼルがなんでスレイにおぶわれてたあたしに説教したのか、今更理解できた気がする……」
ロゼが幼い頃からそばにいた彼にとっては、保護者のような気持ちだったのだろうが、恐らくは似たような心配をしていたはずだ。そしてロゼは、アリーシャに対してそれ以外の感情もある。
アリーシャ「ロゼ?」
ロゼ「とにかく、ザビーダはダメ」
アリーシャ「だからどうして」
このままだとロゼが駄々をこねているだけになってしまう。仕方なくロゼは下を向いて声のトーンを落とした。
ロゼ「あんたがザビーダの歯の浮くようなセリフを真に受けていちいち照れたりしてるのを見たくないから」
早口でまくし立てると、アリーシャの動きが止まった。押し問答になる準備でもしていたのだろう。
ロゼはアリーシャの顔が見れずにいた。
アリーシャ「ロゼ、耳が真っ赤だよ」
ロゼ「ああもう、うっさい!なんで顔逸らしてるかくらい察してよ!」
髪の毛から覗いた耳を隠しながらロゼは喚いた。
もう無駄なのは分かっていたが、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。どうしようもなく、彼女への気持ちが押し隠せない。
気が付けばアリーシャはクスクスと笑い出していた。
アリーシャ「ロゼがそんなふうに慌てるなんて珍しい」
ロゼ「あんたのせいでしょうが」
アリーシャは珍しいと言ったが、天族達の前では終始こんなやり取りをしているなんて知ったら、アリーシャはどんな顔をするだろうか。きっとまた嬉しそうに笑うのだろうけれど。
---------+++++++---------
アリーシャの屋敷を出て、宿屋に帰る途中でロゼは見知った顔を見かけた。
風の骨の伝令だとサインを出している。
ロゼはすぐに体の向きを変えて目立たない場所へと移動した。
ロゼ「フィル。なにかあった?」
人の動きが落ち着くまでは風の骨の活動は止め、しばらくはどんな依頼も受けないでいたはずだった。
アン・フィル「実は、」
アン・フィルはロゼを見て、一瞬怪訝な目をした。
アン・フィル「頭領、それどうしたの?」
首を指されてロゼは襟元を詰めた。
ロゼ「あー、ただの虫さされ」
首元をポリポリと掻いてその話を終わらせると、ロゼは「それよりも」と話を続けるように促した。
アン・フィル「ローランスでハイランド王家の暗殺依頼があった」
ロゼ「また反休戦派みたいなやつ?」
アン・フィル「ううん。逆。ハイランドが戦争を起こそうとしてるって」
ロゼは大きくため息をついた。
暗殺の依頼というのは、すべてに根拠や明確な正義があるものではなかった。ほとんどが怨恨と私欲のためだ。
今の両国には戦争の爪痕がまだ残っている。そんな中で風の骨ができることはとても少ない。
ロゼ「国益に関わる暗殺は、今は受けないよ」
それは以前からみんなで決めているはずだった。すでに断っているはずの依頼の報告に来るということは、伝えたいことがあるのだと分かっている。
アン・フィル「頭領に伝えるか迷ったけど、今回名前が上がったのが、」
ロゼ「アリーシャなんでしょ」
ロゼは冷静を装ったが、喉の奥から苦々しい気持ちが溢れてくるのを感じた。
アン・フィルが小さく俯いたことで、それが間違っていないと確認できた。
アリーシャは和平の使者で、両国にとって最も重要な人物の一人だ。ローランスからの依頼で暗殺されたとなったら、すぐにでも戦争が始まってしまう。
ロゼ「依頼者の身元と、その周辺の情報、あとローランスでハイランドに関する悪い噂が回ってないか調べて。民間だけじゃなくて貴族や教会も」
アン・フィル「了解」
短い返事をしてアン・フィルが背を向ける。ロゼも逆方向に体を反転しようとしたが、アン・フィルがまたこちらを向いた。
アン・フィル「頭領。みんなから伝言」
普段のおどけた口調に戻り、ロゼの肩をぽんと叩いて首筋を指した。
アン・フィル「こっちは気にせず、好きなように動けってさ」
ロゼ「えっ、どういう……」
ロゼが呼び止める間もなく、アン・フィルは立ち去って行った。
ロゼ「じゃあ、ま、好きなようするか」
---------+++++++----------
ロゼは宿屋に戻ると、まず全員を部屋に集め、ハイランド王家の暗殺依頼について話した。
エドナ「それはまた面倒なことになったのね」
いつもと変わらない淡々とした口調でエドナは呟いた。
ロゼはベッドに座り、全員を見回す。それぞれ考えこむような様子が伺えた。
ライラ「アリーシャさんが戦争を起こすなんてどこからそんな話が……」
ライラはエドナと並んで、ロゼを心配そうに見つめている。
ロゼ「それは調査中。依頼人の身元も含めて風の骨が洗ってる」
ザビーダ「依頼は断ったんだろ?なら大丈夫じゃねぇのかい」
床に座り込んだザビーダが、欠伸混じりにぼやいた。
ロゼ「あたし達がやらないならゴロツキでも他の暗殺ギルドでも雇うことは出来るからね。断られて諦める人ばかりじゃないから」
ザビーダ「なるほどねぇ。ま、そうでなきゃ人を殺してくれなんて頼まねぇわな」
エドナ「……ロゼ?」
エドナがロゼを気遣うように覗き込んだ。
ロゼ「あ、なに?エドナ」
意識せず、気持ちに焦りが混じってしまい、声がうわずった。
エドナ「ちゃんと話してくれて良かったわ。一人で無茶されたら厄介だもの」
ロゼ「無茶って。あたしそんなに考え無しじゃないよ」
反論してみるがライラが苦笑しているのが見えた。
ザビーダ「アリーシャちゃんのことになるとテンパッちまうからなあ、ロゼは」
スレイに会うためにカムランに向かった時の話をしているのだろう。それを言われると、ロゼも反論はできなかった。あの時は、アリーシャのために無茶をした自覚はある。
ロゼ「アリーシャの安全が確認出来るまで、しばらくレディレイクを拠点にしてもいいかな」
ミクリオ「ロゼの領域内ならアリーシャが従士の力を振るえる。それが得策だと思うよ」
ロゼは思わずミクリオの顔を眺めた。
ロゼ「従士の力って、人間同士の争いに使うのまずい?」
ライラ「アリーシャさんは両国にとっても、わたくし達にとっても重要な役割がありますから。それにアリーシャさんに何かあったらロゼさんが……」
全員が一斉にロゼを見た。ロゼもライラが言いたいことは分かっている。
ロゼ「お互いに難しい立場だからなあ」
ライラ「ロゼさん。お二人の関係をお互いの重荷だとは考えないでください。決めたことを間違いだとは思わないで」
おどけてみせるロゼの手を、ライラが握った。手の温もりと、それ以上に熱い気持ちが伝わってくる。
彼女が言いたいのは、アリーシャがロゼを穢れさせる原因になりかねないということ。更にはアリーシャにも同じことが言える。
そして二人は客観的にお互いを利用できる立場と見られることも、ロゼは分かっていた。
ロゼ「あたし、そんなふうに考えてそうに見えた?」
ミクリオ「気負っているのは見えているよ」
答えたのはライラではなくミクリオだった。
全員の意見は一致しているのだろう。誰も異論は唱えない。
ロゼ「そっか。ほんとはよく分かんない。焦ってんのかな。巻き込みたくないし、巻き込まれないようにしなきゃってなってる気がする」
ロゼは目を伏せて、行き場のない気持ちを吐露した。隠しても仕方がないと思ったからだ。意地になって口を噤んでしまうほど、泥沼になっていく気がしていた。
そして自分の中で抱える矛盾にも向き合わなくてはならない。
ロゼ「でも考えないって決めたから。なんかあったらあたしがなんとかする。そんだけ」
ロゼが笑って伝えると場に緩んだ空気が流れた。
ライラはほっと息を吐いてロゼの手を解く。
にこりと笑うその表情に、ロゼは嬉しいような、恥ずかしいような、そんな気持ちを抱いた。
エドナ「それで、これからどうするの?」
エドナが問う。
ロゼ「フィル達がローランスの調査をしてくれてるから、あたしはレディレイクで情報収集をするよ。アリーシャの行動も把握しとかなきゃ」
エドナ「そんなの直接聞けばいいじゃない」
ロゼ「嗅ぎ回ってるってバレたくないんだよね。なんとなく」
ロゼはベッドから立ち上がって、落ち着きなく窓際へと歩いた。
---------+++++++----------
あれから数日、ロゼは街を見て回り、アリーシャの様子をさり気なく覗いていた。特別な情報はなかったが、しばらく天候の荒れる日が続いたせいか、物資の行き来が遅れているという話が目立ち始めている。
ミクリオ「初めてレディレイクに来た時は、街の中にも憑魔がいたんだけど今はすっかり落ち着いたよ」
ミクリオは懐かしそうに呟いた。彼の脳裏には幼馴染の姿も描かれているのだろう。
ロゼ「うちのキャラバン隊が馬車で橋を塞いだ時だっけ」
ロゼが彼らに初めて会った時と、彼らが地上へ降りてきた時期は一致していた。今思えばあれも憑魔の仕業だったのだろう。
ロゼ「あの頃はあたし達がアリーシャを殺そうとしてたんだっけな」
ミクリオ「その後はスレイだろ?」
二人は顔を見合わせて苦笑いをした。
ミクリオ「あれからアリーシャには会ったのかい?」
ロゼ「会ってないけど予定は分かるよ。今日と明日は仕事で王宮にこもりきり。明後日は休みだけど、プライベートで来客予定があるみたい。たぶん十日後くらいにもローランスから来客があるよ」
すらすらと並べ立てるロゼにミクリオが顔を引きつらせた。
ミクリオ「よく調べたな。本人には聞いてないんだろう?」
ロゼ「まあそこんとこは企業秘密で。資材の流れとかで分かることが色々あるんだよ」
ロゼが濁すとミクリオは「ふぅん」と短く返事をして、深くは踏み込まなかった。
二人で見回りを続けていると、泥だらけの馬車が通り掛かった。昨日は雨風が強かったのでそのせいだろうと思ったが、荷台と車輪に大きな傷があるのが目についた。車輪が割れかけていて いつ崩れてもおかしくはない。
ロゼ「おじさん、どうしたのこれ?」
ロゼは思わず馬車の主に声を掛けていた。
彼はマーリンドからレディレイクに移動してくる山道の途中で、大きな動物に襲われたと弱った様子で話した。詳しく聞くと、凶暴な獣に遭遇したらしく、馬車に爪や歯で攻撃をしてくる中、必死で逃げてきたという。
ミクリオ「ここ数日、荷物が届かないのはこれかもしれないね。憑魔だったら厄介だな」
ミクリオの言葉は、普通の人には聞こえない。
ロゼはミクリオに視線で返事をし、馬車の主に労いの言葉をかけて見送った。
ミクリオ「場所はフォルクエン丘陵の橋の手前。レイフォルクの麓辺りか。遠くはないが……」
ロゼ「調査も含めたら二日くらいは必要かもね」
ロゼは呟いて、アリーシャのことを思い浮かべた。
今ここを離れると、アリーシャはロゼの領域から外れることになる。暗殺依頼が来ているような時にそばを離れるのは気が引けた。
アリーシャ「あんまり出歩かないように言っておくかい?」
ロゼの考えを察したのか、ミクリオが提言をした。
ロゼは少しの間考えて唸った後、顔を上げる。
ロゼ「理由を聞かれても答えられないしなあ。命を狙われてるなんて言っておとなしく引きこもってるとは思えないし」
ミクリオ「君達は不器用だからな。下手なことを言うとまた喧嘩になるぞ」
疲れた声を出すミクリオに、ロゼは首を傾げた。
ロゼ「あたし?そんなことないと思うけど」
その反応にミクリオはふうっと一息吐いて、片手をひらひらと振った。
諦めたような表情にロゼはムッとしたが、今はそれどころではない。
ロゼ「周りを脅かすのも手かな」
ある手段を思い付いて、ロゼはぎゅっと拳を握った。
ザビーダ「おう、ロゼちゃん、ミク坊、こんなところでどしたん?」
後ろから声をかけられ、二人が振り向くと、へらへらとした笑みでこちらに手を振るザビーダの姿があった。
ロゼ「ちょうど良かった。宿屋に戻って作戦会議ね」
ザビーダ「ほーん。なんか動きがあったってわけね」
興味津々に身を乗り出すザビーダに、ロゼは親指を立てて見せた。
ロゼ「アリーシャを襲うよ」
自信たっぷりのロゼに、ミクリオは口元に手を当てて軽く咳払いをした。
ミクリオ「そ、そういうのはわざわざ宣言しなくていいと思うけど」
照れた様子のミクリオを、ロゼは一瞬怪訝に思ったが、すぐに理解した。
ロゼ「そういう意味じゃない!」
---------+++++++----------
ロゼが宣言した翌日の新月の夜、レディレイクの中央区を超えた先にある聖堂。ここが今夜の舞台だった。
ロゼ「なんであんたが付いてくるの」
ロゼは堂々と後ろに立つザビーダに、半眼で小さくぼやいた。
日没を過ぎれば聖堂には人通りがほとんどなくなる。
聖堂に続く門の外には衛兵が二人、直立不動で周りに気を配っている。
ロゼは風の骨の装備で塀の上に潜んでいた。
塀の上からは辺りを見回せる代わりに、ロゼの姿も丸見えとなるため、今日の新月は好都合だった。
明かりの届かない場所で微動だにしなければ、簡単には人の目には映らない。
ザビーダ「様子見るだけだよ。保護者としては心配なのよー」
ロゼ「いつ保護者になった」
仮面の隙間から覗くザビーダは、相変わらず軽薄な笑みでロゼを見ていた。
ロゼ「まあいいけど。何があっても手を貸しちゃダメだからね。アリーシャにはザビーダの姿は見えるし、天術も誰のものか分かるんだから」
ザビーダにしか聞こえないよう、ロゼは声を潜めた。
ザビーダ「へいへい。見守ってるだけだよ。ところでロゼちゃん、ラベンダー付け過ぎじゃない?」
「しょうがないでしょ。アリーシャはあたしの匂い知ってるんだから」
人の体臭や衣服の匂いには、個性がある。少なくともロゼはアリーシャの匂いを覚えている。アリーシャもそうであると考えていいはずだ。
ザビーダ「まあ親しい人をバレないように襲うなんて、気ぃ遣うわなぁ」
うんうんと後ろで大げさに頷いてみせるザビーダをよそに、ロゼは貴族街の方角を見た。
ロゼ「もう少ししたらアリーシャが聖堂に来るはずだから。ちゃんと隠れててよね」
信心深いアリーシャはウーノを祀るため、定期的に祈りを捧げに来る。
こういう状況になると狙われやすくなるので、定時行動は止めるようにいつか提言したい。
ザビーダ「わざわざ襲わなくてもなんか適当な理由つけて護衛の数増やせって言えないのかね」
ロゼ「だから勘繰られたくないんだって。それにあの子にそんなこと言ったって自分でなんとかしようとするでしょ。周りが無理矢理警護するくらいの口実が欲しいんだよ」
ザビーダ「だから夜道を襲うって?ロゼ。お前、なんでそんなに自分を隠したがるんだ」
反論で声を上げようとした時、遠くに人影が浮かび上がった。ロゼは口を噤んで息を潜める。
ロゼ「ザビーダ」
吐息のような声で名前を呼ぶと、彼は身を縮めて塀の外へと降りた。
様子だけ伺いに来たというのは本当のようだ。直接見なくても空気の流れで状況の把握くらいはできるのかもしれない。
ロゼは人影がアリーシャであると確認すると、彼女が近付いて来るのをじっと待った。
門の前まで歩みを進めると、アリーシャは見張りの衛兵に声を掛けて門をくぐった。
聖堂までの短い距離。襲うのはこのタイミングだった。
一瞬でいい。アリーシャに危険があると衛兵が認識すればロゼの目的は果たされる。早ければ今夜からでもアリーシャには護衛がつくはずだ。
アリーシャが敷地の中腹まで進んだところで、ロゼは彼女に向けて塀から飛び降りた。
アリーシャ「なっ……!」
すぐにアリーシャは反応し、瞬時に襲撃だと理解すると護身用のナイフを取り出した。
ロゼは普段使っているものとは違う、小太刀を抜いて、アリーシャの元へ飛び込んだ。
きぃぃん、と金属のかち合う音が響き、小さなナイフで攻撃をいなされる。
すぐに体勢を整えて斬りかかるが、刃を向けるふりをしてアリーシャのナイフを拳で叩き落とす。
その手首を掴んで押さえつけると、アリーシャの後ろに回り込んで小太刀を彼女の喉元に当てた。
アリーシャ「依頼人は?」
アリーシャの声は落ち着いていた。すでに武器はなく、刃を首に当てられた状態なのに少しも焦っていないことにロゼの方が戸惑っていた。
当然問いに答えることはできない。ロゼはそもそもその答えを持っていない。
少しでも声を出せば、アリーシャには気付かれてしまうだろう。息遣いでも気取られる可能性がある。長く接触を続けるのもリスクだった。焦っているのも自覚している。
剣の交わる音に反応した衛兵がこちらへと駆けつけている姿が見えた。
衛兵「アリーシャ殿下!」
衛兵の声が響いた。
後ろから迫る衛兵の気配に逃亡の構えを取るその瞬間、アリーシャが小太刀の刃を素手で掴んだ。
ロゼ「っ!」
声を上げそうになって、必死に息を飲み込む。驚いた反動でアリーシャの指に刃が食い込む。それでも彼女は掴む手を緩める様子はない。間違いなく刃はアリーシャの手を傷付けているはずだ。
小太刀を取り戻そうとすれば、アリーシャの指が落ちてしまう。
咄嗟にロゼは柄を離し、彼女の背中を突き飛ばす。アリーシャを目で追ったがまだ彼女は刃を握ったままで、こんな一瞬では怪我の様子はわからない。
それよりも、この場を離れなくてはならないのに、ロゼの足の動きは鈍かった。
アリーシャの行動に動揺してしまっている。
背後に生まれた気配への判断が遅れ、ロゼは自分の右腕に鋭い衝撃を感じた。見れば二の腕に深々と衛兵の槍が刺さっている。
ロゼ「ぐぅっ……!」
悲鳴を噛み殺して、後ろにいる衛兵を蹴り飛ばした。槍が引き抜かれる痛みに声も息も詰まって、意識が吹き飛びそうになるのをなんとか堪える。
ロゼの軽い体重では鎧を着た衛兵を大きく突き放すことは出来ず、囲まれる形で逃げ道を塞がれた。
まずい。
猛烈な痛みに脂汗が浮き出し呼吸が乱れる。すでに指先から滴り落ちるほどに血が流れている。気を抜くと膝が崩れ落ちそうだ。
アリーシャがこちらに飛び出してくるような動作が見えたその時、
アン・フィル「きゃああああ!」
門の向こうで悲鳴が上がった。アン・フィルの声だ。
事前に彼女には今回の手筈は伝えていて、いざという時は一般人を振りをして逃亡のための時間を稼ぐことになっている。ロゼの危機を察知して飛び出したらしかった。
パニックを装って悲鳴を上げるアン・フィルに視線が集まる。衛兵がそちらに気を取られた隙に、ロゼは間を縫って駆け出すことができた。
衛兵の位置を確認するために後ろを僅かに振り返ると、衛兵達はうずくまったアリーシャの元へと向かっていた。
ロゼは足を止めかけたが、アン・フィルが視線でそれを制した。
早く逃げろと、そう強く告げている。
ロゼ「……くそっ!」
自分をそしり、聖堂の門をくぐった。門を出るとすぐにザビーダが走り寄ってきた。
ザビーダ「ロゼ、どこかに隠れろ。血を止めないと辿られる」
進言通り、ロゼは宿屋とは反対方向に向かい、建物の影に逃げ込んだ。
途端に立っていられなくなって、ロゼは壁にもたれかかって膝を折った。痛みでうまく呼吸ができない。意識しながら深呼吸を繰り返す。
すぐにザビーダが治癒術をかけたが、切られた位置が悪かったらしく、だらだらと垂れる血の勢いは変わらない。
ザビーダ「こりゃ時間をかけねぇと無理だな」
ロゼ「ありがと、大丈夫だから……っ」
ロゼは腕を布できつく縛ったが、出血はまだ止まらない。それでもないよりはずっといい。
全身が汗でびしょびしょに濡れ、体力が落ちていくのを自覚する。ずぐんと脈打つ痛みが止まらない。
ロゼ「追手は?」
ザビーダ「今はいねぇな。動けるか、ロゼ」
ロゼ「動けないなんて、言えないでしょ……っ!」
ロゼは声に力を入れて立ち上がった。しかし刺されたところが燃えるように熱く、全身が重い。ザビーダがかけたクイックネスの効果がなければ立ち上がることも出来なかっただろう。
周りに気を配りながら駈け出すと自分の体ではないような気がした。全身の感覚が鈍い。失血が影響しているのがすぐに分かった。
ザビーダ「捕まれ」
ザビーダがロゼに肩を貸す。
ロゼ「ちょっと!アリーシャに見られたら……」
ザビーダ「アリーシャちゃんは聖堂から動いてねぇ」
風の動きを読んだのだろうか。ロゼはなぜアリーシャが動けないでいるのか気になったが、今優先すべきことではないと頭を振る。ザビーダは目撃されるのを意識して、回り道をしながら宿屋の方に向かった。
ふたりが窓から部屋に戻ると、待機していたメンバーが目を見開いた。
ライラ「ロゼさん!」
ザビーダから離れて自分の足で立とうとするが、全く力が入らずにロゼは床に倒れ込んだ。緊張の糸が切れたのか更に酷い痛みがロゼを襲う。
仮面を脱ぎ捨て、肺いっぱいに息を吸い込んで吐き出す。何度も繰り返して酸素を取り込むが、息苦しさは消えない。
ロゼ「は、ぁぐっ、……めっちゃ、くちゃ、痛いんだけどっ!あぁくそッ!」
頭をかきむしり、悪態をついて痛みに苛立ちをぶつける。アリーシャのことが気になって仕方がなかった。なんであんなことをしたのか、不可解だった。
血に濡れた自分の体を見ながらも、アリーシャの姿が頭から離れない。胸が締め付けられるように苦しくて、強く歯を食いしばる。痛みと感情の負荷が強すぎて、喉の奥から胃液が込み上げた。
ロゼ「ぅっ、ごほっ……!」
誰かがロゼの名前を呼んだが、誰の声なのか認識できない。
ザビーダとエドナに体を支えられたおかげで、吐瀉物が気管に逆流することはなかったが、咳き込んでさらに呼吸が乱れる。
周りが騒ぎ出した事は分かる。しかし耳鳴りがして様子が分からない。思考が弱り始めていて、何も考えられなかった。
ライラが切羽詰った様子でこちらを見ながら声を掛けているが、うまく言葉が聞き取れない。体を起こそうとしているのに思い通りにならず、苛立ちで床を叩いた。
ふっと体が軽くなって、サビーダに体を抱き起こされる。ライラが治癒術をかけ始めると、痛みが薄れていくのを感じた。それと同時に意識がぼんやりとしてきた。ひどい眠気を感じて、ロゼは抗うことも出来ずにすぐに意識を手放した。
---------+++++++----------
カーテンの隙間から差す朝日を感じて、ロゼは目を覚ました。
最初に視界に入ったのはエドナだった。ベッドの近くに椅子をおいて座っている。ロゼの容体を看ていたのだろう。
ライラは隣のベッドで眠っている。恐らくは完治までずっと治癒術をかけていたはずだ。疲れて眠っているように見えた。
エドナは目を覚ましたロゼに気付いて立ち上がり、その額に手を当てた。
ロゼ「熱、出てた?」
エドナ「そうね。でももう下がっているわ」
ロゼは体を起こし、腰を回したり腕を上げたりして自分の状態を確認した。
右腕の傷は完全に消えていて、痛みはどこにもない。ただ右手の握力が完全には戻っていなかった。
服は替わっていて、血みどろになった体も綺麗にされている。きっと二人が介抱してくれていたのだろう。
ロゼ「ごめん。部屋汚した」
部屋に戻ってきてからの記憶がぼんやりとしている。夢を見たような、そんな感覚だった。
エドナ「ミボに感謝なさい」
床を見れば戻した跡も、そして血の痕跡も綺麗に消えていた。眠っている間は大変だっただろうと他人事のようにロゼは考えた。
ロゼ「どのくらい寝てた?」
エドナ「朝にしてはちょっと遅いかしらね」
ロゼ「街の様子は?」
矢継ぎ早にロゼが尋ねるとエドナの動きが止まり、睨むようにロゼを見た。
エドナ「ロゼ。落ち着きなさい。まずは自分のことを考えるのよ」
ロゼ「みんなが助けてくれたから大丈夫だよ」
ロゼが軽い口調で答えると、エドナは憤ったように目を細めた。
エドナ「怪我は治っても出血が多かったから、しばらくは体力が落ちるわ」
ロゼ「分かってる。無理はしないよ」
右腕のだるさを自覚しながらベッドから降りる。立ち上がろうとして、思ったよりも力が入らずエドナに支えられてしまう。
ロゼ「っと……」
エドナ「言ってるそばから」
エドナはわざとらしく大きなため息をついた。
ぶっきらぼうな態度だったが、心配しているのは伝わってきている。
ロゼ「エドナ、ごめん。心配かけた」
エドナ「その通りね。あなたのせいで大わらわだったわ」
ロゼはベッドに腰掛けて、エドナの顔を見上げた。
これから説教だろうかと思ったら、ふんわりと前髪を撫でられた。
エドナ「あまり心配をさせないで」
想像していたより優しい声で諭されてロゼは俯いた。怒られるよりもこういう態度の方が効いてくる。
ライラ「あ、ロゼさん……」
目を覚ましたライラが後ろからロゼを呼んだ。
ロゼ「ライラ、大丈夫?」
ライラ「それはこちらのセリフです!」
ライラは半泣きでロゼに抱きついた。
ロゼ「そんなにひどかった?」
ロゼは再びエドナを見上げた。
エドナ「そうね。まあまあ暴れていたわよ。気を失った後も、しばらくうなされていたし」
覚えているのは治癒術をかけ始めた頃までで、その後は痛みも薄れていたはずだった。
ロゼ「なんで?」
エドナ「知らないわよ」
ロゼ「覚えてない」
エドナ「でしょうね」
無機質な返答に、ロゼは黙り込んでライラの頭を撫でた。
よく分からないが大変だったらしい。
ロゼ「ライラもごめんね」
そう告げると、ロゼを抱きしめる腕に力が入るのを感じた。ずび、と鼻をすする音が聞こえたので、泣いているのかもしれない。
エドナ「あと二回謝るのよ」
ロゼ「あ、はい……」
ロゼはミクリオとザビーダの顔を思い浮かべた。
ロゼ「二人は?」
エドナ「見回りをしているわ。昨日の騒ぎで目撃証言が出ているかを調べてる。ついでにセキレイの羽にあなたの状況を手紙で伝えに行っているわ」
昨夜のことを思い出すと、右腕が痛むような気がした。
アン・フィルも心配しているはずだ。
エドナ「昼までには帰ってくるから、あなたはなにか食べて来なさい。体力が回復しないわよ」
エドナに促されて、初めて腹の空き具合に気が付いた。
ロゼはライラをなだめると、自分の力で立ち上がった。多少体は重いが十分動ける。
食堂に行くと、女将が心配そうにロゼに声を掛けた。
よほど青い顔をしているのだろう。中途半端な時間にもかかわらず、丁寧に食事の準備をしてくれた。
一人で黙々と食事をしていると、ザビーダとミクリオが帰ってきた。
ザビーダ「お?目ぇ覚ましたかい」
軽い口調だったが、ザビーダの目は優しかった。昨夜一緒にいて、彼は的確に行動をしてくれた。いつも扱いは適当にしてしまっているが、とても頼りにしている。
ロゼ「ザビーダ、ありがとね。本当に助かった」
ザビーダ「ええんよー。そのためにいんだから」
素直に告げるロゼに、ザビーダは余裕の笑みを返した。
ロゼ「ミクリオも。ごめん」
ミクリオは怒ったようにロゼを見て、ふうっと息を吐いた。
ミクリオ「言っても仕方ないけど、アリーシャの事になるとすぐこれだ。君の家族にもちゃんと顔を出しなよ」
ロゼ「うん、ありがとう」
ロゼがふと視線を感じて振り返ると、店主と女将と目が合った。
彼らは軽く目を伏せて、祈るような仕草をして見せた。
この宿屋は天族への理解がある。スレイやアリーシャの行動がこうして目に見える形で結果になっているのは、ロゼにとっても誇らしかった。
ロゼ「続きは部屋に戻ってから話そうか」
ミクリオの提案にロゼは頷き、残りの食事を口に運ぶ。食べ終わるとロゼは食堂を後にして足早に部屋に戻った。
ロゼの姿を確認するとライラが側へと寄ってきた。体を心配しているのだろう。ロゼは「大丈夫だよ」と片手で制止したが彼女は構わずに傍らに寄り添った。
ミクリオに視線を送ると、まずは何を話そうかと一瞬考え込むような仕草を見せて口を開いた。
ミクリオ「アリーシャは大丈夫だよ。軽い切り傷で済んだようだ」
その言葉にロゼはふっと力が抜ける感覚を覚えた。
ロゼ「良かった……」
ロゼの刀を掴んだ時に伝わった感触を思い出すと、手が震えそうだった。
逃げる時に座り込んだ姿が見えて、その後も聖堂から動いていないと聞いていたから、傷は深いものだと思っていた。
ミクリオ「逃亡時の目撃証言は出ているけど、ロゼの姿を連想させるようなものはなさそうだよ。ただ、風に乗ってラベンダーの香りがしたという住民の話はあるから」
ロゼ「あー、あたしの匂いか。あとでお風呂入って流してこなきゃ」
毛先をいじると、まだ髪の毛からはゆるく残り香を感じた。
街の中は今、兵士があちこちにいて警戒態勢に入っているらしく、アリーシャの家や、彼女の身の回りには護衛が付いていると、ミクリオはそう語った。
本来の思惑通りになってはいたが、ロゼは眉間に皺を寄せた。
それに気付いたミクリオが鼻で笑うのが聞こえた。
ミクリオ「どう収拾つけるか考えてるだろ」
ミクリオの言葉にロゼはぎくりと肩を震わせ、苦笑いで答えた。
ロゼ「それは置いといて、とりあえずお願いがあるんだけど」
---------+++++++----------
ミクリオはアリーシャの邸宅の近くまで来ると、辺りを見回した。
いつもは一人しかいない衛兵が二人、門の中にも一人の護衛の姿があった。
宿屋にも憲兵が来て、昨夜暴漢が出たので注意するように、という忠告があったようだ。
当然アリーシャが狙われているなどという情報は、民間には回っていない。宿屋の女将にも気付かれないように、ロゼも女将の不安に共感して見せた。
ミクリオが敷地内に入ると、テラスにいるアリーシャの姿を見つけた。
衛兵となにかを話しているようで、アリーシャが大きく頷いている。
ほどなくしてアリーシャはミクリオに気付いたが、声は上げず、衛兵が敷地内から去るまでは何もないような態度を見せた。
アリーシャ「ミクリオ様」
衛兵が門の外を出て、気配が遠のく頃にアリーシャはミクリオに声を掛けた。
ミクリオはテラスに上がり、アリーシャのそばに立った。
ミクリオ「アリーシャ。大丈夫かい?」
アリーシャは一瞬目を丸くしたが、すぐに察しがついて「ああ」と口を開いた。
アリーシャ「居合わせたのはセキレイの羽の子でしたね。ではミクリオ様だけでなく、皆様も……、その、ロゼも事情は分かっているんですね」
ミクリオ「知っているよ。えっと、アリーシャの事を知ってひどく憤慨していたからなだめるのが大変でね。今は用事があってここにはいないけど、とても心配しているよ」
どう説明したらいいのかと、ミクリオは僅かに言い淀んだが、概ね間違ってはいない。
意識してかどうか、アリーシャは怪我をしている右手をそっと後ろに回した。
アリーシャ「そうですか。もし、余裕ができたら顔を出すように伝えて頂けませんか。私は今、ここを離れられなくて。私は大丈夫だと言っているのですが、周りが許してくれないのです」
ミクリオ「分かった。伝えておくから。アリーシャ、手を見せて」
困ったように笑うアリーシャに、ミクリオは手を差し出した。
アリーシャ「あ、いえ、これはそれほどのものでは……」
ミクリオ「ロゼがひどく心配してる」
ミクリオがそう伝えると、アリーシャは観念して手のひらをミクリオに向けた。包帯を外すと、痛々しい傷が露わとなる。
傷はそう深くはなくて、ある程度は加減していたものとは思われるが、危険な行為に背筋がぞっとした。
ミクリオが治癒術を掛けると、時間はかからずに傷は完全に消えた。
ミクリオ「もう大丈夫だ。今回の事は僕達も協力するから。アリーシャ、気を付けて」
アリーシャ「はい。お気遣いありがとうございます」
ミクリオはアリーシャに背を向けてテラスを降りた。
そのまま足を門の方に向けたが、一息吐いて振り返る。
ミクリオ「アリーシャ。こんな目に遇ってる人に言うのもおかしいんだけどね、その……、あんまり恨まないで欲しい……」
言い淀むミクリオに対し、アリーシャは自分の胸に手を当てて真っ直ぐにミクリオを見つめた。
アリーシャ「分かっています。私は大丈夫ですから」
澄んだ瞳のアリーシャに、ミクリオはそれ以上何も言わなかった。
ミクリオがアリーシャの邸宅を出てしばらく進んだのを見計らって、ロゼは建物の陰から出て彼の横に並んだ。
ミクリオ「これでいい?」
ロゼを見ないまま、ミクリオは緊張の息を吐いた。
ロゼ「ごめんね。変な芝居させて」
霊霧の衣と同じ原理で、光の屈折を利用してロゼにも二人の様子が見えるようにしてもらっていた。二人の顔さえ見えれば、唇の動きで何を話しているのかは大体読み取れた。
ミクリオ「嘘をついたわけじゃないから構わないよ」
貴族街を出ると、ミクリオが立ち止まった。
ロゼ「どうかした?」
考えこむ彼の様子に、ロゼは首を傾げる。
ミクリオ「アリーシャは、」
アン・フィル「頭領!」
突然の声にロゼは弾かれたように振り向いた。
見慣れた顔がこちらに駆け寄ってくる様子が見えて、安堵に口元が緩む。
「フィル、トル」
双子の名を呼んで、アン・フィルの手を握った。
アン・フィル「頭領!大丈夫なの!?」
ロゼ「フィル、移動しよ」
焦る様子のフィルをなだめ、ロゼは彼女の手を引いた。
ロゼ「ミクリオ、先に行ってて。あたしたぶん夜までは戻らないから」
ミクリオ「分かった。アリーシャにも会うのかい?」
ロゼ「それはまだ決めてないけど」
落ち着きなく口元を掻いて、ミクリオから目を逸らす。
ミクリオ「気丈に振舞っているけれど、きっと不安はあると思うよ」
ミクリオの言う通りだった。こちらは事情を知っているけれど、アリーシャからしてみたら、状況の見えない不安があるはずだ。平気なわけがない。
しかしそれを引き起こした本人が、どんな顔をして彼女に会えばいいのか。
ロゼ「ちゃんと考えておく」
言葉を濁してロゼはミクリオの背中を見送った。
ロゼは二人に連れられて、キャラバン隊が借りている裏通りの倉庫へと入った。
エギーユ「ロゼ」
低い声にロゼはびくりと肩を震わせた。
声の主をそぅっと振り返り、身を縮める。
ロゼ「エギーユ……」
名前を呼ぶと、普段穏やかな彼が眉を釣り上げた。
エギーユ「怪我をしたと聞いた。大丈夫なのか」
ロゼ「大丈夫だよ。ライラが治してくれた」
エギーユ「本当か?」
疑り深くこちらを見ているのはエギーユだけではなかった。
あの場にいたアン・フィルは泣きそうな顔をしている。アン・トルメも彼女から話を聞いているのだろう。不安そうにロゼを見ていた。
空気がとてつもなく重い。
ロゼ「もうっ」
面倒になって、ロゼはその場で上着を脱ぎ捨てた。
ロゼ「ほら。なんともないってば」
インナー姿になって二の腕を見せると、やっと場の緊張が解けた。
アン・フィル「よかったぁ。頭領、あんなにあっさり刺されるから驚いたよ」
目尻を下げてアン・フィルはロゼの腕に触れた。むにむにと揉んで念入りに傷を確認している。
エギーユ「ロゼ。気がかりなことがあるならちゃんと解決しとけよ。お前は考えこむことに向いていない」
なんとかエギーユの表情にも安堵の色が混じる。
ロゼ「分かってるよ。どいつもこいつもあたしのことバカだと思って」
小声でボヤくとアン・フィルがクスクスと笑ったが、否定する様子はなかった。
アン・トルメ「頭領」
脱ぎ捨てた服をアン・トルメに押し付けられる。
アン・トルメ「女の子がいつまでも薄着でいたらダメだよ」
面倒見のいい彼らしい配慮だった。
ロゼ「ん、ありがと」
アン・フィル「頭領は恥じらいとかないからねえ」
からかうようなアン・フィルの口調に、アン・トルメが苦笑いをした。
ロゼ「あんたらはあたしがちっちゃい頃からお風呂も着替えも一緒でしょうが。一体何を恥ずかしがるんだよ」
呆れ口調で返し、服に袖を通しながらロゼは周りの荷物を見回した。
ロゼ「ねぇ。最近荷物が届かないとか、遅れてるとかって話、聞いてる?」
エギーユ「ああ。どうやら時折山中で凶暴な獣が暴れるらしくてな。うちもすでに在庫切れがあったか」
エギーユもロゼの視線にならって周りを見渡し、考え込みながら語るように話した。
アン・トルメ「複数の商人が訴えてるよ。今日、騎士団が偵察に出たみたいだね」
エギーユに視線を送られたアン・トルメが言葉を継ぐ。
ロゼ「騎士団か。アリーシャに聞くのが一番早いけど……」
アン・フィル「今は気まずいよねえ」
アン・フィルの緩い声が当てつけのように聞こえて、ロゼは肩を落とした。
ロゼ「フィル。アリーシャの情報、なんかない?」
アン・フィル「昨日の騒動で外出禁止だってさ」
ロゼ「厳重過ぎない?護衛が付くくらいだと思ってたのに」
ロゼの疑問にアン・フィルは言いにくそうに眉を下げた。ロゼはそれに気付いたが、黙って彼女を見つめて次の言葉を待つ。
アン・フィル「前から脅迫状が王宮に届いてたらしいよ。イタズラだと考えてらしいけど、本当に暗殺ギルドが絡んでるってなったらそりゃ厳重にもなるよねぇ。それに獣騒動で騎士団も忙しいみたいだし」
ロゼ「脅迫状は王族宛?」
ロゼが尋ねると、アン・フィルはすぐに返答はしなかった。
ロゼ「アリーシャ宛か。なんであんたはアリーシャの話だとあたしに気を遣うのよ」
アン・フィル「だって頭領、アリーシャ姫のことになるとすごく怒りそうで怖いんだもん」
大げさに身を引いてみせるアン・フィル。
ロゼ「そりゃ怒ることもあるけど、怖いとまで言われると……」
アリーシャは脅迫状のことを一言も言っていなかった。誰かに疎まれていると分かっていながら、自分の信念を貫くことは簡単ではない。
一人で抱え込んでるのかと思うと、ひどく歯痒い気持ちになる。
アン・フィル「暗殺の依頼の件も少し分かったことがあるよ。ローランスの地方に鉱山があってね、その麓の村ではハイランドのせいで戦争が起こるって噂が出回ってる。どうやらローランスがそこの鉱石を没収して、鉱山の閉鎖までしてるみたいなんだよね。具体的なことは続報待ち」
ロゼ「鉱石?」
アン・フィル「その村は鉄や鋼が採れるから武器を多く作ってるらしいの」
ロゼ「なるほどね。ローランスが武器の素材を集めてるって話からハイランドとの戦争に結びつくわけか。でもなんで没収なんか……」
ロゼは考え込みながら口元を押さえて、ほとんどひとりごとのように呟いた。しかし暗殺を依頼したり脅迫状を送るにしては、まだ話が飛躍しすぎている気がする。
ロゼ「とりあえずちょっとアリーシャのところに行ってくるわ。引き続き、そこの村の情報集めといて。まだ依頼人の身元、出てないよね」
ロゼは三人に背中を向けたが、エギーユに「ロゼ」と短く呼ばれて振り返る。
エギーユ「アリーシャ姫と喧嘩するんじゃないぞ。王族を殴ったら簡単に出てこれない」
ロゼ「なんで喧嘩するのよ。あたしそんなに暴力的じゃないよ。殴ったことはあるけど……」
エギーユの本気なのか冗談なのか分からないコメントに、ロゼはビンタのジェスチャーをして見せた。
するとなぜかアン・フィルがロゼの前に詰め寄った。
アン・フィル「なんでそんなことすんの!?ダメだよ女の子殴っちゃ!」
ロゼ「前の話だってば!大体、先に叩いてきたのアリーシャだからね!」
アン・フィル「でも頭領が叩いたら姫様吹っ飛んじゃうじゃん!」
ロゼ「そんなわけあるか!結構力は強いんだからあの子!つーかあんたは一体なんの立場だ!」
一息で怒鳴りつけてから、目眩を覚えてロゼは額を押さえた。
アン・フィル「頭領大丈夫?」
ロゼ「誰のせいよ、誰の」
エギーユ「やはり体調は良くないのか」
エギーユがロゼの肩に手を触れた。
ロゼ「出血し過ぎただけ。体力戻るまでは使い物にならないから」
家族に見栄を張るつもりはない。正確な情報を伝えなければ、最悪の状況では彼らを道連れにしてしまうからだ。
アン・トルメ「体力落ちてるなら頭を使えばいいんじゃない?」
にこやかに言うアン・トルメを全員が無表情で見た。
「それが一番向いてないだろ」
三つの声色が揃った。
---------+++++++----------
再び訪れた貴族街で、ロゼは重たい気持ちを引きずりながら歩いていた。
アリーシャの屋敷に近付くにつれて胃がむかむかとして、歩幅が短くなってくる。
貧血のせいだけでないことは分かっている。
しかしそれ以上に彼女に聞きたいことがあるので、歩みを止めるわけには行かなかった。
衛兵「どうされました」
屋敷の前にはいつもの衛兵がいたが、普段のような穏やかな雰囲気ではなく、緊張感が漂っていた。
ロゼ「アリーシャに呼ばれてるんだ」
衛兵「左様でしたか。あの、申し訳ないのですがロゼ殿とはいえ、武器を預からせて頂けますか」
ロゼは背中に携えたナイフを衛兵に渡した。いつもならそのまま通されるが、今回は彼が屋敷の扉を叩いた。
ここまで厳重に警備されているのなら、今ロゼがレディレイクを離れてもアリーシャが誰かに襲われるようなことはないだろう。
衛兵が侍女に話をした後、しばらく待っているとアリーシャが屋敷から顔を出した。
アリーシャ「ロゼ」
安心したような優しい声に心が揺さぶられる。つい先日会ったのに懐かしい気持ちになった。
屋敷の中に通されると気持ちが溢れてしまって、アリーシャの肩を掴んで振り返らせる。目が合ってすぐに彼女の方から顔を近付けてきた。
ロゼ「アリーシャ」
名前を呼んで唇を重ねる。
じっとアリーシャのぬくもりを感じて、唇を離した後、今度は強く抱きしめた。
同じようにアリーシャもロゼの体をしっかりと抱き止める。
アリーシャ「来てくれてありがとう」
声に力がないような気がした。ロゼが考えているよりも強い不安や心配があるのかもしれない。
しかしロゼはそれ以上に自分が彼女を求めていることを自覚した。
ロゼ「会いたかった……」
素直に言葉にするととても恥ずかしい気がしたが、アリーシャの抱き返す力がそれを拭ってくれる。
しかしいつまでもそうしてはいられない。
ロゼ「あのさっ、アリーシャに聞きたいことがあって、」
急くように告げると、アリーシャはすぐに察してくれたようで、真剣な眼差しをロゼに向けた。
アリーシャ「侍女も通るから、部屋でいい?」
ロゼははっとして周りを見回した。近くに侍女の姿はなかったがアリーシャから慌てて離れる。そんなロゼを見ながらアリーシャは不思議そうにしていた。
何度目かに訪れたアリーシャの部屋はいつものように整頓されていた。
アリーシャ「聞きたいことって?」
アリーシャはソファに座り、ロゼにも座るよう促した。
ロゼはそれには従わずに、扉の近くで視線を落とす。
ロゼ「フィルから聞いた。脅迫状、届いてるんだって?」
アリーシャ「衛兵との会話を聞いていたんだね」
平然としているアリーシャに苛立ちが生まれる。
ロゼ「言ってくれたらよかったのに」
気持ちが口調に出ないように気を付けながら、ゆっくりと言葉を繋ぐ。
アリーシャ「なんでロゼに言うの」
ロゼ「そうなんだけどさ、……なんか納得いかなくて」
素っ気ない態度に、今度は寂しい気持ちになる。アリーシャが困っている時に力になりたいと思うのは、そんなにも傲慢なのだろうか。
アリーシャ「ロゼは自分に脅迫状が届いたり、導師として命を狙われてる時に私に言う?」
淡々とした口調にロゼは一瞬口籠る。
ロゼ「たぶん、言わない……」
アリーシャ「でしょ?それは私を信用していないから?」
淡々とはしていたが、アリーシャの声は冷たいわけではなかった。声のぬくもりに、彼女の言いたいことはロゼにも理解できていた。
ロゼ「アリーシャに心配掛けたくない」
期待した言葉を言わされている。そう感じながらも、ロゼは思ったままを返した。
その予想通り、アリーシャは満足そうに笑っている。
アリーシャ「私だってそうだよ。ロゼにはロゼのやるべきことがあって、私もそれは同じ。私が背負うべきものは私が背負う」
ロゼ「そんなの、損だよ」
拗ねた言い方をしてみせると、アリーシャがまた微笑んだ。
アリーシャ「政治だからね。誰もが満足できる答えがあるわけじゃないから、恨み言もキリがないよ」
穏やかな話し方をするアリーシャが別人に見えた。きっと彼女は日々成長しているのだろう。以前のような綺麗事や青臭い正論は聞けなくなっていくのかなと、内心残念な気持ちも少しだけあった。
ロゼ「案外割り切った考えなんだ」
アリーシャ「民のために頑張っても、いいことばかりじゃないから」
変わらず笑っていたけれど、視線を下げるその姿は淋しげに見えた。それでも彼女の気持ちは落ちてはいない。
嘆いた様子はなくて、強い意思が見えた。
ロゼ「でも頑張るんでしょ」
アリーシャ「ロゼもね」
ロゼに目を合わせて、アリーシャがまた笑った。
ロゼ「なんであたし?」
アリーシャ「導師も似たようなこと、あるでしょ」
ロゼ「うん……、まあね」
すっかり気が抜けて、ロゼは半人分ほどの距離を空けてアリーシャの隣に座った。
ロゼ「で、脅迫状ってどこから来てるの?」
本題を戻し、アリーシャの顔を覗き込む。
アリーシャ「文章に独特な表現があって、ローランスのある地方の方言だってのは分かってる。ペンドラゴにも極秘に調査の依頼は出してるよ」
アリーシャはロゼを一瞥し、話すか迷ったようだったが、はっきりとした口調で伝えた。
アン・フィルからもアリーシャの暗殺依頼はローランスだという情報があったが、身元の情報はまだ届いていない。
ロゼ「極秘?」
アリーシャ「公式に出したらまた争いの種になるから」
ロゼは少し考えて、口を開いた。
ロゼ「休戦協定があるでしょ」
アリーシャ「まだ国民全員が納得しているわけではないから、あまり刺激したくない」
アリーシャの疲れた声と横顔に苦労が伺えた。
ロゼもアリーシャが考えながら行動していることに水を差すつもりはない。
ロゼ「脅迫状ってことは、なにか要求とか指示とか書いてあったんじゃないの?」
アリーシャ「戦争を起こすな、そう書いてあった」
それもロゼの持つ情報と一致している。
ロゼ「休戦協定がアリーシャがもたらした成果だってのは両国民が分かってるはずじゃないの」
アリーシャ「そこは私にも分からない。襲撃の準備も進めていると書いてあったけど、昨日のは別だと思う」
ロゼ「なんでよ。アリーシャを恨んでる人ってそんなにいんの」
ロゼは何も知らない顔をしたが、アリーシャを見ることが出来ずに、さり気なく視線を外した。
代わりにアリーシャの右手に目を移し、手のひらをなぞる。傷はもうすっかり消えていて、跡も残っていない。
アリーシャ「これは私が自分で刃を掴んだから」
ロゼ「なんでそんなことしたの」
その言葉は本気だった。何を思ってあんなことをしたのか、ロゼの頭からはずっとそれが離れなかった。
アリーシャ「私を[ピーーー]気がないように見えた」
ロゼは怒りのような感覚に肩を震わせ、アリーシャを見る。目が合った時、アリーシャはあまり見ないくらいに驚いた顔をしていた。
ロゼ「そんなの、分かんないじゃん!もし本当に殺されてたら![ピーーー]気がなくても動けないようにする手なんかいくらでもあるんだから!」
昨日の襲撃がロゼでなければ、もっとひどい目に遭っていたかもしれない。本当に脅すつもりなら命さえあれば十分なのだから。
声を荒らげるロゼをアリーシャは黙って見つめていた。
ロゼ「どれだけ心配したと思って……」
涙が出そうだった。
怒っているのか、彼女を慮っているのか、ロゼ自身にもよく分からなかった。
アリーシャがロゼの手を強く握ったのを感じた。
アリーシャ「ロゼは私に心配すらさせてくれないじゃない」
ロゼ「アリーシャ?」
顔を上げると、悲しそうな目をしてロゼを見るアリーシャが映った。思い詰めたような表情に戸惑っていると、アリーシャは慌てた様子でロゼから視線を外した。
アリーシャ「ロゼだって私のいないところで危険な目に遭ったり傷付いたりするでしょ」
ロゼ「そうだけどそれとこれは……」
アリーシャ「もう気にしないで。大丈夫だったし、傷もミクリオ様が直してくださったから」
投げた言い方に返したい言葉はあったが、喧嘩にしかならないと分かっているからロゼは口を結んだ。
今言っても仕方がないのは分かっている。
なんとか気持ちを落ち着かせて、ロゼは静かに口を開いた。
ロゼ「じゃあもうひとつ。最近出てる獣の被害、知ってる?」
アリーシャ「ああ、貨物が襲われてるって話?それは騎士団で対応中。……次は私も偵察に行くつもり」
最後の一言に、一旦引っ込めた感情がまた湧き上がってくる。
それでもアリーシャが言いにくそうにしていることが、ロゼの衝動を抑えてくれた。
ロゼ「狙われてるのになんであんたは……」
アリーシャ「以前から危険な任務もやっていたよ」
突っぱねるような言い方だったが、アリーシャはロゼと目を合わせようとしない。
ロゼ「それはバルトロの嫌がらせだったじゃん。マーリンドの時だってそう。あわよくばアリーシャが[ピーーー]ばいいと思ってたんだよ、あのタヌキ。胸糞悪い」
自分で話しながら苛立ちがどんどん募って、そんなロゼの悪態にアリーシャの視線が下がっていく。
アリーシャ「ごめん」
ロゼ「またそれ?アリーシャが気に病んでもなにも変わらないでしょ」
バルトロがカムランへの道を開いてしまう原因になったことを、アリーシャは前にも気にしていた。自分のせいではないことに責任を感じているのが腹立たしくて、口調が強くなってしまった。
俯くアリーシャの姿に、ロゼは奥歯を食いしばる。
ロゼ「今のはあたしの言い方が悪かった」
苛立ちをそのままアリーシャにぶつけてしまったことを後悔した。
彼女が責任感の強い人間であることはよく分かっている。
ロゼ「あたし、ずっと感じ悪いね」
アリーシャを傷付けたことや、彼女を助けられないもどかしさが、全部態度に出てしまう。それを責めることなく、アリーシャが黙って聞いていることにも胸が苦しくなった。
ロゼ「アリーシャ、外出禁止でしょ?」
突っかかる気持ちはなくて、今度は声を落ち着けて率直に伝える。
アリーシャにもその空気が伝わったのか、俯いた視線をロゼに移した。
アリーシャ「説得する」
ロゼ「じゃあ説得がうまく行ったとして、相手が強い憑魔だったらどうすんの」
冷静にロゼが聞くとアリーシャは一旦視線を外し、天井を仰いだ。
アリーシャ「それは考えてなかった」
ロゼ「えぇー……。あたしより抜けてるじゃん」
がっくりと肩を落とすと、何故かアリーシャがロゼの頭を撫でた。
それを軽く手で振り払い、指を絡め取る。
アリーシャ「じゃあ浄化が必要?」
ロゼはアリーシャの手を引いて、抱き寄せる形で距離を詰めた。
ロゼ「まだ分かんないけど、確認が必要だと思ってる。騎士団の調査ってどうなってんの?」
アリーシャ「収穫はなし。明日、囮として商人を装って再度調査に出る」
アリーシャの腰に手を回して首筋に口付けると、彼女はロゼの体を押し返した。
ロゼ「アリーシャ?」
アリーシャ「まだ話の途中……」
ロゼ「じゃあ、キスだけ」
ロゼが唇を寄せると、アリーシャも自然な仕草でそれに応えた。
重ねるだけではなくて、舌で唇をなぞって差し込んでいく。
くちゅくちゅと濃厚な音を立てて舌と唇を吸うと、アリーシャの体から力が抜けていくのを感じた。
唇を解放してアリーシャの顔を見る。彼女の頬が見事に真っ赤に染まっていて、戸惑いが伝わってくる。
アリーシャ「ロゼのバカ……」
ロゼ「もう何回もしてる」
アリーシャ「でもドキドキするんだから仕方ないでしょ」
怒ったような態度で照れ隠しをするアリーシャ。その頭を抱えるようにして引き寄せる。
ロゼ「あたしだってしてるよ」
アリーシャはロゼの肩に耳を当てて、じっとその音を探る。
少し経って体を離すと、アリーシャは自分の額をロゼの額に擦りつけた。
アリーシャ「ほんとだ」
嬉しそうに笑う姿を見て、もう一度口付ける。今度は浅く付けて、二人で笑い合った。
アリーシャ「ロゼが行くなら私も行けるね」
得意気に言うアリーシャに、ロゼは首を傾げた。
ロゼ「なんで?」
アリーシャ「従士なんだから導師を手伝って当然でしょ?」
ロゼは少し考えて、「あー」と呻いた。
ロゼ「一緒に連れて行く発想はなかったな……」
アリーシャは公務で忙しいからと、レディレイクから連れ出せるとは思っていなかった。
ロゼ「仕事は?」
アリーシャ「昨日まではたくさんあったけど、王宮の人達は巻き添えを食らいたくないから、私には会いたくないだろうね」
ロゼ「そりゃそうだ」
ロゼが声を上げて笑うと、アリーシャはロゼの頬を引っ張った。しかし全然痛くはなかった。
ロゼはアリーシャの手を掴んで、彼女の体に覆いかぶさった。
アリーシャ「ロゼ?」
狼狽えるアリーシャの手に口付ける。
ロゼ「もういいよね?」
アリーシャ「そればっかり……」
顔を赤らめて目を伏せるアリーシャの首を撫でると、ぴくんとその体が震えた。
ロゼ「したくないの?」
耳元でそっと囁く。答えは分かっていたけれど意地悪をしたくなった。
彼女の言葉で聞きたい。
アリーシャ「し、たい……」
白い肌が真っ赤に染まる。
反応も言葉も嬉しくて、心が湧き上がる。乱れたアリーシャを想像しながら深く口付けると、彼女は吐息と共に色の付いた声を漏らした。
ロゼは性急になるのを抑える気もなくて、アリーシャの唇を吸いながら服に手を差し込んだ。
アリーシャ「ロゼっ、ベッド……」
腹を撫でて腰に手を這わせると、アリーシャの腰がびくんと浮いた。すでに体が出来上がりつつあるのを感じて、ロゼは彼女を勢いのまま攻めていく。
ロゼ「やだ、我慢できない」
アリーシャ「だって、すぐそこっ、」
服をすべて脱がす時間も惜しくて、シャツのボタンを外すと、インナーをめくり上げた。アリーシャの胸が露わになると、すぐにその先を舌で転がした。
アリーシャ「んっ、やっ……」
体が跳ねるのを誤魔化すように、アリーシャはロゼの体を押し返そうとする。
しかしその力は弱々しくて、抵抗しているとは言えなかった。
ロゼは構わずアリーシャの乳房を好きなようにいじっていく。
両方の先を口と指で弄んでいくと、ついにはアリーシャの声が甘くなった。
アリーシャ「は、ぁっ、あんっ、ん……」
柔らかく沈んだ突起が弾力を持ち始め、ロゼの舌を押し返してくる。ぴんと立ち上がったそれに甘く歯を立てると、アリーシャの腰が動いた。
その動作を合図にして、ロゼはアリーシャの下半身へと手を伸ばす。
気持ちの向くままに下に身に付けた全てを取り払い、大事な部分に手を触れた。指の腹で女性部分の周りを撫でると十分なくらいにそこは濡れていた。
ロゼ「胸、いじられて興奮した?」
人差し指と中指で秘所を開くと、とろりと透明な体液が溢れ出した。
アリーシャ「聞かないでよ……」
ロゼ「なんか嬉しくて。いやらしくなってるアリーシャがかわいい」
アリーシャ「だからっ、言わないでって……!」
羞恥に目を潤ませているのがとても好きだと言ったら、アリーシャは怒るかもしれない。あまり意地悪をすると本当に泣いてしまいそうだ。
体を起こして秘所に指を入れる寸前で、アリーシャがロゼの手に触れた。
ロゼ「嫌?」
ロゼが尋ねるとアリーシャは首を振り、控えめに口を開いた。
アリーシャ「もっと近くにきて……」
懇願する目が色気を帯びていて、ロゼの胸は高鳴った。
アリーシャのぬくもりを感じたいのはロゼも同じだったけれど、抱きついてしまうと行為が進められない。
ロゼ「じゃあ、体を起こして」
ロゼはアリーシャの手を引いて、向かい合うように自分の膝を跨いで座らせた。
ロゼ「膝立てて……そう、肩に手を置いていいから」
アリーシャは胸や大事な部分がロゼの視線に近いことに戸惑っているようだった。
アリーシャ「これ、恥ずかしいんだけど……」
胸を腕で隠そうとするアリーシャを制止する。
ロゼ「ちゃんと見せて」
目の前にある綺麗な形をした双丘に軽く口付けると、アリーシャの体がびくっと震えた。
こうして改めて間近で見ると、やはり魅力的なスタイルをしている。
いくらか魅入った後、ロゼはこくりと喉を鳴らして膨らみ切った突起に吸い付いた。
アリーシャ「んっ……ぅ」
小さく呻くような声を上げて、アリーシャはロゼの肩をぐっと掴んだ。
少しだけ爪が食い込んだが、ロゼは構わずアリーシャの胸をついばんだ。
アリーシャ「あっ、ぁっ」
乳頭に歯を立てたり、爪の先で掻いたりすると、彼女の体はその度に素直に反応した。
しかししばらくすると、アリーシャはロゼの首に両腕を回して抱きついてきた。
ロゼ「アリーシャ、おっぱい見えないんだけど」
アリーシャ「だって、見せつけてるみたいで……」
どうやらアリーシャは羞恥心に耐え切れなくなったようだった。
ロゼは左手でアリーシャの背を撫でながら、右手を彼女の中心にあてがった。
アリーシャ「っ……!」
まだ慣れない感覚にびくっとアリーシャの体が震えた。
ロゼ「指、入れるから力抜いて」
アリーシャ「ぅ……あ、ぁっ」
つぷ、と粘膜を分け入る音が鳴ってアリーシャの身体がこわばる。
ひとつの関節分程度入り込んだところで、先へ進まなくなった。中が狭くなっていて、無理に進むとアリーシャの体を痛めてしまいそうだ。
ロゼ「アリーシャ、少し腰上げられる?」
力が入らないのか、アリーシャの腰が落ちている。
アリーシャ「んっ、分かんな、い……」
ロゼが腰を支えて引き寄せると、膣が緩んでぬるりと指が奥まで入り込んだ。
アリーシャ「ああっ……!」
指を曲げて肉壁を掻くと望んだ通りの反応が見えた。
ロゼ「痛い?」
ロゼが問うとアリーシャは首を振った。
また中で指を動かすと、アリーシャの体が揺れて、喉の奥から濡れた声を漏らした。嬉しくて、もっと声が聞きたくなる。
少しずつ指の動きを早めていくと、隙間から粘液が次から次へと流れ出した。それが空気と混ざって、乱れた音が響く。
アリーシャ「は、ぁっ、あっ、ふぁっ」
小刻みに耳元で喘ぐアリーシャの声がロゼをさらに興奮させた。
ロゼ「中、弄られるの好き?」
アリーシャ「やっ……、変な、こと、聞かない、で……っ」
聞かなくても体の動きや中の蠢きがしっかりと感想を告げていた。意地悪をする気なんてなくて、ただ愛情を確認したくなっただけだった。
愛しくて息苦しい。どういうふうに愛したらアリーシャはもっとよろこんでくれるだろうと、理性の抜けた頭で必死に考える。
ロゼ「ぁ、アリーシャっ」
アリーシャの体を夢中で攻めながら、溢れる気持ちの代わりに名前を呼んだ。
もっと感じて欲しくて、陰核を押し潰す。途端にアリーシャの腰ががくんと揺れてロゼを抱きしめる力が強くなった。
アリーシャ「そこ、だめ……っ」
そう言いながらも、アリーシャは腰を揺らして突起をロゼの指に押し付けていた。短く息を切らして、自分で気持ちのいい場所を探している。
彼女の嬌声を聞いていると、体が熱くなって、興奮で呼吸が乱れる。アリーシャの肩にキスをしながら、何度も熱い息を吐き出しているのに体温が冷めない。
下腹部が疼いて、自分の膝をすり合わせる。アリーシャの声とぬくもりだけで快楽を得ることができた。
手の角度を変えて、指をさらに突き込むと中が大きく動いた。
アリーシャ「ふぁっ、や、ぁあっん!」
差し込んだ指が強く圧迫される。腰が揺れて、ぶるっと小刻みに痙攣する様子から、アリーシャが絶頂したことに気が付いた。
アリーシャはロゼの膝に座り込んで、ぐったりと体を預けて息を整えている。
指をアリーシャから引き抜くと、透明な粘液が絡み付いて糸を引いた。
それを舌で拭い、濃いアリーシャを感じる。
ロゼ「まだ、いける?」
体の火照りが収まらない。もっとアリーシャを抱きたい。
アリーシャは息を落ち着かせると小さな声で返事をした。
ロゼはアリーシャの手を引いてベッドに横たわらせた。
内腿が思った以上に濡れている。
アリーシャ「ロゼも脱いで」
アリーシャがロゼの服の裾に手をかけた。
ロゼ「はいはい」
ロゼもアリーシャの肌に体で触れたかった。
お互いに体を隔てる服を全部脱ぎ捨て、ロゼはアリーシャに密着した。
足が絡むと腿と膝に愛液を感じる。
アリーシャもそれに気付いて「ごめん」と恥ずかしそうに呟いた。
ロゼ「ぐしょぐしょだね」
アリーシャ「ロゼのせいだよ……」
ロゼ「なら、嬉しい」
アリーシャに頬を擦り付けると、彼女から穏やかなため息が漏れた。
アリーシャ「ロゼの体温が好き」
落ち着いた声でひとりごとのようにアリーシャは零した。
肩や背中を手のひらで撫でて、じっくりとロゼを味わっている。
ロゼ「手つきがやらしい」
アリーシャ「あなたが言うの?」
楽しげに笑うアリーシャに浅くキスをする。
顔を離して、もう一度口付ける。今度は唇を食んだ。
そして三回目は舌を差し入れる。唾液が混ざって、舌が絡むのと同時にアリーシャの腕がロゼの首に回る。
深い口付けに気持ちがまた昂ぶっていく。
アリーシャはロゼの舌を吸って唾液を取り込むと、喉を鳴らして飲み下した。ロゼはキスを返しながら膝の裏を押し上げ、アリーシャの股を大きく開かせる。ほとんど抵抗はなく、彼女も体を開いてロゼを受け入れた。
羞恥心より性への欲求が強くなっているようだった。
体をずらしてアリーシャの陰部へと顔を寄せようとした時、彼女はロゼの手を掴んだ。
視線を上げると、アリーシャの目は潤んでいて首を振っていた。
アリーシャ「汚いよ」
ロゼ「まだそんな……気持ち良くしてあげるから」
アリーシャの抵抗を遮って、穴の周りをじっくりと眺める。
アリーシャ「やだ、きっとまた、溢れちゃう……」
上気した顔を手で隠しながらアリーシャは体を震わせた。
そういったそばから、またとろりと愛液が流れ出した。
体の興奮が抑えられないことをアリーシャも分かっている。
ロゼ「こんなの、誘ってるとしか思えないんだけど」
今すぐにでも吸い付きたい衝動を抑える。
アリーシャのそこがひくっと揺れた。彼女ももう我慢ができないはずだった。
ロゼ「アリーシャ。たくさんこぼれてるよ」
アリーシャ「い、や……見ないで……っ」
顔だけでなく、体も局部も赤く染まっている。
そんなアリーシャを目の前にしてはロゼも限界だった。
太腿の下に腕を差し込んで腰を浮かせると、その下に自分の膝を滑り込ませた。
上向きになったそこに舌を這わせて、流れ出した粘液を舐め取る。
アリーシャ「あっ……、やっ」
くちゅ、と穴に浅く舌を差し込むとアリーシャが腰をよじった。
逃げられないように、ロゼはアリーシャの腿をしっかりと固めて、秘所を舌と唇で攻め続ける。
感じ過ぎて体が震える度、アリーシャは綺麗な声で鳴いた。
泣きそうな声で、何度もロゼを呼ぶアリーシャの手を握り、体を起こす。
ロゼ「アリーシャ」
返事をするように彼女の名前を呼んで、耐え切れずに開いた割れ目に中指を差し込んだ。
アリーシャ「あっ、ぅ、ろぜっ」
びくっと腰が浮いて中が強く締まったが、ロゼの指はするりと奥まで飲み込まれていった。
押し出された体液がロゼの手のひらを濡らし、女の匂いを漂わせる。
アリーシャ「ロゼが私の中に……」
アリーシャが繋がったところに手を伸ばしてきた。
濡れた秘部にアリーシャの指が触れて、ロゼの指を辿る。
自らに入り込んだところまで指を滑らせて、その存在を確かめている。
アリーシャ「ロゼの手、優しくて好きだよ……」
甘い囁きに脳がかき乱されていく。理性なんかとっくにかなぐり捨てている。
ロゼ「悪いけど、今は優しくできないよ」
アリーシャの甘い声をかき消すように、ロゼは差し込む指の本数を増やして、アリーシャの中に突き込んだ。
下腹部がびくんっと大きく痙攣し、アリーシャが嬌声を上げた。
アリーシャ「ふ、ああっ!あっ、や、ロゼッ、あんっ!」
止まらない快感にアリーシャが腰を引くが、ロゼはそれに追うように奥の肉壁をぐりぐりと突いた。その度に内側が蠢いて、アリーシャはロゼを締め付けた。気持ちをぶつけるように、ロゼは指の出し入れを激しく繰り返して、狭くなった膣内をぐちゃぐちゃに掻き回す。
粘膜が溶け出したみたいに吹き出して、さらさらとした体液がロゼの手や体を濡らしていく。辺りにはアリーシャのいやらしい匂いが舞い上がった。
五感が全てアリーシャに支配されていくのを感じる。今はきっと耳にも目にも彼女以外は届かない。
ロゼは行為に没頭してアリーシャの体を貪った。欲を満たすために彼女を犯し続ける。頭の中で何度となくアリーシャの名を呼んで、真っ赤に充血してよだれを垂れ流すアリーシャの膣を感じ続けた。
アリーシャ「ろぜっ……!ぁっ、だめっ!」
アリーシャに手を引かれて、顔を上げる。気が付けば彼女の目からは涙が溢れていた。
動きを緩めて、ロゼはアリーシャの頬に触れた。
彼女も快感に夢中でそれに気がついているのか分からない。涙を拭ってもまた流れ出した。
ロゼ「アリーシャ、かわいい」
情欲にまみれた目に吸い込まれそうになる。こんな表情に抗えるはずはなかった。
今のアリーシャを誰にも見られたくない、誰にも渡したくないという独占欲が湧き上がってきた。
指を咥え込む粘膜を刺激し続けながら、ロゼはアリーシャに深くキスをした。
アリーシャ「んっ、んぅ、ふぁっ……ぅ」
抑え込まれた声が熱い息とともに直接口の中に流れてくる。アリーシャの唇から唾液が溢れそうになるのを舌で拭う。口に残ったふたりの唾液は彼女自身がこくんと飲み下した。
ロゼ「気持ちいい?」
そう囁くと、まだ頭の片隅に恥じらいが残っていたのか、アリーシャは空気を喘ぎながら首を振った。
ロゼ「気持ちよくないの?」
中で水音を立てながら、突起を親指で押し潰すとまたアリーシャの体が跳ねた。
アリーシャ「や、ぁっ、聞、かないで……!」
ロゼ「ほら、ここ、私の指、感じてくれてる?」
アリーシャの意思を無視して言葉で攻め続ける。
さらに親指を小刻みに動かすと、アリーシャの声が高くなった。そろそろまた達してしまうだろう。
アリーシャの返事を待つように頬に口付けて、名前を呼ぶ。
アリーシャはロゼの手に自分の手を重ね、固く目を閉じた。
アリーシャ「あっぅ、気持ち、っ、いい……っ!」
また涙が溢れ、わずかに泣き声が吐息に混じった。そしてその瞬間、下腹部がこわばって力が入る。体が硬直してそれが解けるとアリーシャは息を切らしてベッドに沈んだ。
アリーシャ「ぁっ……は、ぁ、はぁっ、ロゼのばか……」
力の入らない手でロゼの頬を撫でる。
しかしすぐに腰の違和感に気付いてまた身をよじった。
ロゼはまだアリーシャから指を引き抜いていない。
アリーシャ「まっ……て、やめ……っ」
中で動き続けるロゼの指に、アリーシャの体がまた反応し始めた。
アリーシャ「もう、イッた、からぁっ……!」
ロゼの手を掴んで制止しようとするが、ロゼは構わずにアリーシャの中を突き続けていく。
抵抗はすぐに止んでアリーシャが悲鳴を上げた。
アリーシャ「いっ、ぁうっ、んくっ、だめ、ぁっ!」
もうお互いに頭の中はぐちゃぐちゃだった。
幾度もアリーシャの名前を呼んで、体に口付けながら溢れる心を彼女に注いだ。そんなつもりでもアリーシャに伝わっているのかは少しも分からない。
喘ぐその声が返事だと思って、何度も無理をさせてしまう。
身勝手な行為だと感じながらも止められなくて、愛情の矛先がうまく見つからない。
ロゼ「好きだよ、アリーシャのこと……ほんとに好きだから」
アリーシャの唇を塞ぎ、悲鳴を頭の中で直接感じながら、ロゼは指で彼女に最後の刺激を与えた。
アリーシャ「ぁああっ!」
三回目の絶頂に体が大きく跳ねたが、すぐに力が抜けて反応が緩慢になった。
ロゼ「大丈夫?」
返事はなくて、息も乱れ、視線が合わない。意識が朦朧としているようだった。
ロゼ「……やりすぎた」
後で怒られるかなと考えながら体を起こして濡れた部分を今のうちに拭いた。激しく愛して白く濁った体液に、また興奮を覚えそうになったがこれ以上はアリーシャの体に毒だ。
ほどなくして落ち着いたアリーシャが寝転がったまま、不機嫌さを隠しもせずにロゼに言葉を向けた。
アリーシャ「この、大馬鹿」
やはり怒っている。
ロゼ「アリーシャの色気が悪い」
アリーシャ「そんなの分かんないし、変なこと言わないで」
苦し紛れの言い訳だと思っているのかもしれない。アリーシャは一切取り合わなかったが、性欲に負けたのはお互い様だとロゼは思った。
ロゼ「アリーシャだって、セックスしたいでしょ」
ロゼはベッドから足を降ろしてその縁に座った。
アリーシャ「そっ、そういう言い方をしないでよ」
恥ずかしそうにアリーシャが顔を背ける。
ロゼ「嫌なの?」
アリーシャ「そうじゃなくて」
続きがあると思って待っていると、アリーシャが小さく息を吸ったのが聞こえた。
アリーシャ「私はロゼに抱かれるのが好きなの……」
照れているのが声だけでも分かる。ロゼは突然心拍数が上がるのを感じた。
ロゼ「あ、アリーシャは、ほんとエロいよね……」
アリーシャ「どうしてよ!」
アリーシャが顔を上げた。その拍子に膝が開きかけて、その付け根に目を奪われそうになる。
ロゼ「早く服着てくれないと、あたしの理性がもたないんだけど」
散らばった服を取ってアリーシャの体に引っ掛けるが、彼女はまだ寝そべったままだ。
アリーシャ「ロゼがやらしいんだよ!」
ロゼ「あたしは誘われてるんだって」
アリーシャ「誘ってない!」
今の姿ではなんの説得力もない。そんなことにも気付いてはくれないだろうかと、ロゼは半眼でアリーシャを見た。
もそもそと服を集めて抱え込む動作が見えたので、ロゼも自分の服を持ち上げる。
ロゼ「自覚してよ。他の人の前でそういう色気出さないでよね。心配になる」
アリーシャ「ないよそんなの」
飽くまで認めようとしないアリーシャにロゼは口を尖らせる。
ロゼ「公務の服だって谷間見えるし、仕方ないけどドレスだって肌の露出多いじゃん。つーかあんたは国民に人気あるからちょっと妬くんだけど」
アリーシャが体を起こすのを見て、ロゼは服を着始めた。彼女の肌はとても好きだけれど、長く見続けるのは毒だ。
アリーシャ「ロゼが素直だ」
ロゼ「意地張ってモヤモヤすんの嫌いだもん。あたしは嫉妬するし独占もしたい。覚えといて」
ここしばらくアリーシャに突っかかるような態度を取ってしまう原因のひとつだと思っている。
立場の違いで目に見えない壁があるような気がして、それがもどかしかった。ただそれがあって当たり前なのだと思った方が気分は楽になる。
アリーシャ「わかった。私もロゼしか考えてないから、覚えておいてね」
こちらを見て笑う姿は行為の時とはまた違った魅力があった。
ロゼ「とりあえず服を着て。また襲うよ」
さり気なく視線を外して促すと、アリーシャはやっと服を羽織ったが動作が緩慢だった。
ロゼ「どうしたの?」
ロゼが尋ねると、アリーシャが恨めしそうに視線を向けてきた。
アリーシャ「足に力が入らないんだよ」
ロゼ「それは……その、ゴメンナサイ……」
露わになったままの太腿を見て、また視線を逸らす。
力を入れようとしても、まだ膝が震えてうまく動かないようだった。
ロゼ「手伝う?」
アリーシャ「何もしないなら」
ロゼはアリーシャに手を伸ばしかけて、すぐに引っ込める。
まだ彼女の体がみずみずしく見えて、体温が上がりそうな予感がした。
ロゼ「自信がありません」
ロゼが答えると、アリーシャは深くため息をついた。
ごそごそと動き始めるアリーシャを見ないように背を向けると、彼女は口を開いた。
アリーシャ「調査隊についてはこちらから導師一行が向かうと伝えるから、早朝でも出られるように準備をしておいて」
突然の本題にロゼは戸惑ったが、話の途中で襲ってしまったのだから仕方がない。
もしかしたらそれも根に持っているかもしれない。
ロゼ「アリーシャも?」
アリーシャ「当然でしょ」
自信満々に返事をするアリーシャに苦笑する。
アリーシャ「でも導師の力を借りないとまだまだ何も出来ないから……」
ボソリと呟いたアリーシャに、ロゼはやるせなくて目を伏せた。
ロゼ「そんなわけないでしょ。アリーシャは頑張ってるし、その分結果も残してる。アリーシャがあたしにしか出来ないと思ってることがあるように、あたしはあんたがやってることなんか少しも真似出来ないよ」
静かにまくし立てるが、アリーシャからの反応がない。
また言い過ぎたかと思って振り返ると、一通り服を着ている姿が目に入ってほっとする。
アリーシャは目を丸くしてロゼを見ていた。
ロゼ「なに?」
アリーシャ「ロゼもそういうこと言うんだなって」
そう言うと今度は安心したように微笑んだ。
ロゼ「なんだそれ。誰にだって役割があんでしょーが。しっかりしろ、お姫様」
アリーシャ「うん、ありがとう」
やっと動けるようになったアリーシャが、ロゼに後ろから抱きついた。
アリーシャ「ロゼ、今日は顔色があんまり良くないね」
背中に乗せられた頭の重さを感じる。
理由以外は隠すつもりはなかったので、驚きもしなかった。
ロゼ「ちょっと疲れがたまってるみたい」
アリーシャ「延期した方がいい?」
気遣うように、アリーシャは抱きついたままロゼの脇腹を撫でた。
ロゼ「もう被害は出てるから早く片付けたい。アリーシャもいるなら大丈夫でしょ」
アリーシャの手を取ると、彼女は指を絡めて握り返してきた。
しばらく黙ってお互いのぬくもりを感じていたが、ロゼの方から体を離す。
ロゼ「準備しなきゃね」
ベッドを降りるとわずかに立ちくらみを起こしたけれど、表情に出すほどではない。
窓の外はまだ明るいが、日光に赤みが差し始めている。これから道具を揃えるのには、まだ充分に時間はありそうだった。
アリーシャはロゼと共に屋敷の門まで出たが、それ以上は衛兵が見張っていた。厳重な警備に舌を巻いて、お姫様というのは本来こういったものなのだろうと思う。
一人で街の外を出歩いたりするものではないはずだった。
ロゼ「そっちは任せるから」
アリーシャ「分かってる。騎士団に連絡を取るよ」
ロゼ「うん、じゃあまた明日」
ロゼはアリーシャに見送られる形で屋敷を後にした。
---------+++++++----------
陽が高くなる頃、ロゼ達は馬車に揺られていた。
御者はミクリオとザビーダに任せているので、すれ違う人がいれば馬車が勝手に動いているように見えるだろう。とりあえず、今は人の行き来が少なくなっているので、それはどうでも良かった。
スレイが浄化を始めてからは、各地の憑魔は目に見えて数が減っていた。
しかし当然道中に襲われることもあり、しばしば馬車が止まったりもする。
そして今がその状況だった。
ミクリオ「ロゼ、アリーシャ。南から二体の憑魔が向かってくるよ」
ミクリオの声に従って、ロゼは前方を覗き込んだ。
見覚えのある憑魔が馬車に向けて移動してきている。以前ライラが説明をしてくれたが、よく覚えていない。
アリーシャ「私が出ます」
アリーシャが馬車から降りる。
ライラ「では、わたくしも参りますわ」
ライラもアリーシャについて馬車を降りた。
ロゼ「あたしも行こうか?」
アリーシャ「ロゼはそこにいて。危なそうなら助けてね」
言葉の割にリラックスした様子でアリーシャは槍を携えた。
馬車から二人が離れていく頃にエドナが口を開いた。
エドナ「心配しないのね」
ロゼ「あたしがいなきゃいけないほどアリーシャは弱くないからね。心配し過ぎるのも毒なんだよ」
さらりと答えると、エドナはロゼの目をしっかり見つめてから視線を外した。
エドナ「そう。分かってるのならいいわ」
エドナが周りをよく見ているのはロゼも分かっていた。辛辣な言葉の裏にたくさんの意味がある。
戦闘はすぐに始まった。ロゼは遠くからその様子を見物する。
ロゼ「なんかアリーシャ、強くなってる?」
槍の返し方と突きが以前より鋭くなっている。
ミクリオ「時折ペンドラゴで訓練に参加していると聞いたことがあるよ」
ロゼの声が聞こえたようで、ミクリオが答えた。
ペンドラゴといえば思い当たる人物がいる。
ロゼ「セルゲイか。あの人強いもんなー」
女性を尊重するタイプだったはずだが、アリーシャの熱意が尋常でないことも知っている。それにクソ真面目同士で気が合いそうだとロゼは思った。
憑魔を浄化するのにはそう時間はかからなかった。
夕方に差し掛かるまでに同じような戦闘があったが、再びアリーシャが苦もなく浄化を終えている。
野宿の準備をする時ですら、アリーシャはロゼを働かせようとはしなかった。
ロゼ「アリーシャ、気ぃ遣い過ぎじゃない?そこまで具合が悪いわけじゃないよ」
確かにまだ右手の握力は完全には戻っていないし、普段より体力がないのも認める。しかしあからさまに気を遣われるのは居心地が悪かった。
アリーシャ「ごめん。気を悪くした?」
ロゼ「そういうわけじゃないけどさ」
素直に謝られると、悪いことを言ったような気持ちになってしまう。
気まずくなりかけた空気を察して、ライラがこちらに向いたのを感じ取る。
ライラ「ロゼさんは気を遣われることに慣れてないんですのね」
ロゼ「ええっ、なにそのあたしが意地っ張りみたいな言い方」
ミクリオ「意地っ張りだろ」
薪を並べながらミクリオも参戦する。
これは分が悪いと思い、ロゼは大人しく座り込んだ。
アリーシャが離れたのを見計らって、ロゼはミクリオに向けてぽそりと呟いた。
ロゼ「なんか、アリーシャの様子おかしくない?」
ミクリオ「君のことが心配なんだろ」
薪を並べ終わったミクリオは、顔を上げて辺りを見回した。火付け役のライラを探しているのだろう。どうやらライラはアリーシャについて行ったようだ。
ロゼ「それは分かるんだけど」
ミクリオ「アリーシャをもっと信じてあげたら?」
ミクリオの言っている意味がよく分からなくて、ロゼは首を傾げて考え込む。
ロゼ「信じてるつもりだけど、なんか足りない?」
ミクリオ「これは二人の問題だからね」
立ち上がって別の作業に行くミクリオを見送り、ロゼは空を仰いだ。
今日の風はいつもより冷たく感じた。
--------+++++++----------
ロゼ「毛布の数が合わない?」
就寝の準備を進めている時にザビーダからそう告げられ、ロゼは自分に割り当てられた毛布を差し出した。
ロゼ「あたしのぶん、使っていいよ。そういうの慣れてるし」
旅をしていれば野ざらしで眠ることも珍しくはない。火のそばにいれば体温は保てる。
エドナ「ザビーダはまず服を着ればいいわ」
ザビーダ「それは言っちゃぁダメだよねぇ」
エドナに指摘され、ザビーダは困った顔をして笑ったがただの振りだろう。
火の番をするミクリオが何かを言おうとしていたが、エドナがちらりと見ると口を噤んだ。
アリーシャ「ザビーダ様。こちらをお使いください」
アリーシャはロゼの前に出て、自分の毛布をザビーダに渡した。
それが余計な気遣いのように思えて、眉間に力が入る。
ロゼ「アリーシャはいいよ」
アリーシャ「私は、ってなに。ロゼならいいの?」
ロゼ「だからあたしは慣れてるんだってば」
二人の口調が強くなっていく。
ライラがおろおろとし始めたのが視界の端に映り、アリーシャもそれに気付いて一歩引いた。
エドナ「アリーシャ。それ、ザビーダに渡して」
今度はエドナが前に出た。
ロゼ「エドナ」
たしなめるようにロゼはエドナを呼ぶが、彼女は一瞥するだけだった。
ザビーダは遠慮する様子もなく受け取り、アリーシャに感謝を述べる。
エドナ「アリーシャはロゼと一緒の毛布で寝なさい」
さらりと促されて、ロゼは一瞬思考が停止した。
ライラの心配そうな表情が急にぱっと明るくなる。
ロゼ「えっ?えぇっ?」
ロゼが狼狽えていると、エドナが再び口を開いた。
エドナ「文句があるの?だったらアリーシャはライラと眠ればいいわ。どう、アリーシャ?」
アリーシャ「へ?あ、そんな恐れ多い……!」
ライラ「わたくしは構いませんわ。くっついて眠れば一枚でも十分でしょうから」
ライラがアリーシャの体を優しく抱きしめる。
ぼんやりと面白くない気持ちを持ちながらも、そんな二人に背を向けてロゼは「好きにして」と呟いた。
ロゼにはそろそろ状況が読めてきたが、アリーシャは相変わらず戸惑っているようだった。
エドナ「ロゼ、いいの?」
エドナの言葉にロゼは一度はぐっと奥歯を噛み締めて、無視を決め込んだつもりだった。しかし結局耐え切れずに声を上げた。
ロゼ「あんたらわざとやってんでしょ!アリーシャ、こっち!」
アリーシャ「え、なに、どういうこと?」
突然大きな声を出すロゼと天族達をキョロキョロと見回しながら、アリーシャはおずおずとロゼの元に歩み寄る。
むすっとした顔のままロゼはアリーシャに毛布を押し付け、その場に寝転がった。
アリーシャ「ロゼ、どうしたの?」
怒っていると思っているのか、アリーシャの声は弱気だった。
一人だけ今の状況を飲み込めておらず、少しかわいそうな気がしてくる。アリーシャを責めているわけではないのだから。
エドナ「アリーシャを困らせるんじゃないわよ」
ロゼ「あんたに言われたくないわ!」
ガバッと起き上がり、エドナに怒鳴りつけるがそれで動じるような相手ではない。
わけもわからずそのやり取りを見ているアリーシャにライラが微笑むのが見えた。するとアリーシャは気付いたように、あっと声を上げた。
アリーシャ「ロゼ、いじられてるんだ……」
察したような顔をしてロゼを見るアリーシャ。
ロゼ「そういうのは黙ってて!」
余計に恥ずかしくなってロゼは口を曲げた。
そのまま彼女に背を向けて寝転がると、ふわりと毛布が被さってきた。すぐ隣に座るアリーシャの温かい匂いが、風に乗って流れてくる。
アリーシャ「やはり皆様、仲がいいのですね。こういったやり取りは私にとってはとても羨ましいです」
アリーシャが穏やかに話すと、一瞬しんと静まり返り、エドナが「なによ」と不機嫌にぼやいたのが聞こえた。
おそらくエドナに視線が集まったのだろう。
ザビーダ「アリーシャちゃん、相変わらず天然だねぇ」
楽しそうに笑うザビーダの言葉の意味が分からないようで、背を向けていても疑問符を浮かべているアリーシャの姿がロゼには想像できた。
休息の空気になった瞬間、離れた場所でざりっと草と土を踏みつける音が鳴った。
瞬時に全員が立ち上がり、各々武器を構えて音の方へと意識を向ける。
物音はふたつ。重量ある足音が木々の間から響き渡った。
ミクリオ「例の獣か?」
ミクリオに問われ、ロゼは「たぶん」と、小さく頷いた。
その音がいくらか進んだ後、まわり込むように左右に分かれた。
気配に合わせて全員が陣形を整える。
ロゼ、ザビーダ、ミクリオ。
アリーシャ、ライラ、エドナ。
それぞれが導師と従士を中心に展開する。
ライラ「穢れは感じませんが、注意してください」
ライラの声を合図に、ロゼはナイフを強く握り込んだ。
音はもう近くまで来ている。
ザッ、と土を蹴る衝撃音と同時に、木の間から獣が猛烈な速度で飛び出してきた。
ロゼ「うわっ……!」
その質量にロゼは思わず声を上げた。
決して大型ではなかったが、勢いだけで人を押し潰すには十分な大きさだった。
散開してそれをかわし、ザビーダが天術を唱える。
ザビーダ「アベンジャーバイト!」
風の牙が獣に噛み付くと、悲鳴を上げて獣がのけぞった。
そしてもう一体の獣も、アリーシャ達の前に現れた。
アリーシャ「エドナ様!」
獣はエドナに向けてまっすぐ飛び込んで行くが、彼女は涼しい顔のまま傘を振った。
エドナ「エアプレッシャー」
エドナが小さく呟くと、獣の体が地面に叩き付けられた
見えない力に怯んだ二体の獣は、警戒心を剥き出しにしながら後ずさる。
ミクリオ「熊の憑魔?」
ザビーダ「いや憑魔じゃねぇ。ただの熊だな」
ミクリオの言葉をザビーダが否定した。
しかし憑魔でなくても十分に危険な獣である。ロゼは戦意を保ったままナイフを構えた。
ロゼ「油断しないで。そいつら、動きが野生とは違うよ」
体格の似た二体の熊は横に移動して並ぶと、そのうちの一体が走り出した。
そしてその真後ろをもう一体の熊が、密着するほどの距離でついて走る。
ミクリオ「マインドスレイブ!」
真横からの攻撃に、先頭の熊が崩れ落ちる。真後ろの熊もそれに巻き込まれる形で転がるーーはずだった。
後ろの熊が前の熊を踏み台にして前に飛び込む。
ロゼ「アリーシャ!」
いち早く察知したロゼが、アリーシャに向けて駆け出していた。
しかしアリーシャも熊の動きに気付いてすぐに横へ飛んでそれを避ける。
アリーシャ「裂駆槍!」
ロゼ「鳳凰天駆!」
左右からの同時攻撃に熊の体が地面に沈んだ。
アリーシャ「倒した?」
槍を構えたまま、熊に近付こうとするアリーシャ。ロゼはそれを手のひらを向けて制止し、二体の熊が完全に動かなくなったのを確認する。
ザビーダ「普通、熊が連携取るかね」
ザビーダが後ろから声をかけてくる。まだ緊張は解けない。
ロゼ「訓練を受けてるんだろうね。猛獣使いってことよね……」
考えを巡らせて可能性を探す。
しかしそれも数秒のことで、新しく生まれた殺気にロゼは身構えた。
ひゅっと風を切る音がして、次の瞬間には弾けるような音が響いた。そしてアリーシャの足元に壊れた矢が落ちた。
アリーシャ「ザビーダ様」
ペンデュラムをふわふわと操り、ザビーダは得意げに笑った。
ミクリオ「狙われてるのはアリーシャか」
いくつかの動揺の気配を察知し、ミクリオは杖を構えた。
憑魔でなければ、ロゼとアリーシャ以外は見えないだろう。矢も突然弾けて落ちたように見えるはずだ。
アリーシャ「これって普通の人から見たらお化けに見えるのかな」
ロゼ「やめてよ!そういうの苦手なんだから!」
ロゼはアリーシャのひとりごとのようなつぶやきに、ぞわりと背筋が冷えるのを感じた。
その瞬間にまた風を切る音が鳴った。そしてそれと同時に、
エドナ「ロックランス!」
身構えていたエドナの掛け声から大地に岩槍が出現し、飛来する複数本の矢を破壊した。
ロゼはこのまま戦意喪失で相手が逃げ出すのを期待したが、気配はとどまり続ける。
ロゼ「エドナ。何人いるか分かる?」
エドナ「人間らしき足音が六つ。熊はもういないわね」
ロゼは頷いて闇の向こうに意識を向ける。
矢が効かないとなれば必ず飛び込んでくるはずだ。
ロゼ「狙われてんのはアリーシャだから。ミクリオ、お願い」
危険だというだけではなくて、標的があれば敵の動きが読みやすくなる。
アリーシャ「ロゼ。気をつけて」
アリーシャも立場を分かっているようで、大人しく後衛に回った。
そしてミクリオが庇うようにアリーシャの前に立つ。
じっと気配を探る中、六つの足音が一斉にロゼとアリーシャに向けて駆け出した。
ザビーダ「おら、来たぜぇ!」
先頭を走る一人はペンデュラムが足を絡め取る。近くの木に叩き付けるとそのまま動かなくなった。
エドナ「めんどくさいわね」
ライラ「手加減、忘れないでくださいね」
左右に展開した二人は地面の隆起による衝撃で気を失い、地に転がる。
そして後ろを走る三人は、ライラの起こした爆発で宙を舞った。
これで終わりかと思った時、三人のうちの一人が体勢を立て直し、素早い動きで距離を詰めてきた。
ライラ「ロゼさん!」
男は手前に立つロゼに向けて駆け出し、腰に携えた剣の柄を握る。
抜刀の強い圧が空気を切る。ロゼは二本のナイフで受け止めるが、握力のない右手は耐えられずにナイフを取り落とした。
ロゼ「あんたリーダー?なんでアリーシャ狙ってんの」
ロゼが話しかけるが予想通り男は一切口を開かない。プロフェッショナルであればそんなに簡単に目的をペラペラと話したりはしない。ロゼは自嘲気味に口角を上げた。
男はロゼの隙を伺いながら更に連撃に入り、二撃三撃と繰り返す。
片手のナイフだけでは受け止めることが出来ずに受け流していくが、段々と手がしびれていく。
距離が空けば天響術の援護も期待できたが、男はとにかく距離を詰めてきた。
反撃のタイミングを伺って、ロゼがいくらか下がったところでアリーシャの姿が視界の端に映る。
先ほどのアリーシャへの攻撃、そして今繰り出されている連携技は全て急所狙いの殺人技だった。
アリーシャ「ロゼ!」
心配そうなアリーシャの声が響く。
殺意のある相手に遠慮するつもりはない。ここで逃したりすればまたアリーシャを狙う。そしてグループの戦意喪失のためにもリーダー格は始末しておきたい。
ロゼは深く腰を落として攻撃態勢に入る。
視線に気圧された男は、一瞬たじろぎながらも大きく一歩踏み込んできた。
上から振り下ろされてくる剣を避け、後ろに回り込む。膝の裏を蹴って男のバランスを崩すと、逆手に持ったナイフを延髄を狙って構えた。
男はいつの間にか剣を捨てており、ロゼに反応して振り向きざまに懐から小刀を抜いていた。
その一瞬のやり取りの中でもロゼの動きの方が早い。
男の体にナイフを突き立てる感触を予想したその時、二人の間にアリーシャが割り込んだ。
アリーシャ「ロゼ、待って!」
咄嗟に振り下ろす腕を止めようとするが間に合わず、ロゼのナイフがアリーシャの右肩に突き刺さった。肉の感触がはっきりと手に伝わってくる。
男も動揺していたが、すぐに持ち直してアリーシャに小刀を向けた。
ロゼはアリーシャの体を引きながら、彼女と位置を入れ替え、庇う体勢に入る。しかしエドナが傘で男に攻撃を加え、彼はすぐに気を失った。
ロゼ「アリーシャ、なにしてんの!」
苛立ちにロゼは声を荒げるが、それどころではないのもわかっている。
アリーシャは肩を押さえてうずくまり、痛みに顔を歪めた。
呼吸もままならないようで、うめき声すら出せていない。
ロゼ「ミクリオ!」
ミクリオの名前を呼ぶが、彼もすでにアリーシャの元へと向かっていた。
膝を折るアリーシャの背中を支えた時に、彼女の手がじわじわと血で濡れていくのが見えた。いくら勢いを殺したとはいえ、刺さったのは出血しやすい位置だ。少しずれていれば首に刺さっていただろう。
ミクリオが治癒術をかけ始めると、アリーシャの呼吸が整い始めた。ロゼはほっと息を吐いてアリーシャの体をきつく抱きしめる。
ロゼ「なんでこんなことすんの……」
怒りの混じる声を抑え込むが、全てを隠すことはできなかった。
アリーシャ「ロゼ、殺すつもりだったでしょ」
アリーシャの声はしっかりとしていたが、痛みに声が震えている。
ロゼ「だってあんたのこと殺しに来てんだよ!殺しておかないとまたあんたを狙うじゃん!」
アリーシャ「でも捕まえられる相手だったから。ロゼが殺さなくても法で裁ける」
アリーシャの言う通り、戦闘は明らかにこちらに余裕があった。
熊も含めて気を失っているだけのようで、ザビーダが彼らを拘束している。
アリーシャ「ロゼが何者であっても、殺さなくていい人まで、殺してほしくない……」
その言葉に違和感がある。動悸がして、体が熱くなる。
ロゼ「なんで……」
何を言おうとしているのか、分かっているはずだった。それでも、まだ認めたくない。そんなロゼの気持ちを無視して、アリーシャは続けた。
アリーシャ「痛い思いさせてごめん……」
アリーシャはロゼの右腕に手を当てて、苦しそうに目を細めた。
その瞬間にロゼは総毛立つのを感じた。頭が真っ白になって、すぐに新月の夜を思い出す。
ロゼ「アリーシャ、あたしのこと知って……」
アリーシャは返事をしなかった。ごまかそうとも思えないほどに彼女は確信している。
ここにいてはいけない。
ロゼはそばにいたエドナにアリーシャを預けて立ち上がった。
気持ちが、すっと冷めていく。たった一瞬で心が途切れたような気がした。
彼女がすべて知っているのなら同じ場所に立つことは出来ない。アリーシャは裁きを下す側の人間で、ロゼは逆の世界にいる。
彼女はハイランドの姫だ。
ロゼ「ミクリオ、アリーシャをお願い。ちゃんと治してやって」
背を向けたまま、いつものような軽い口調で告げると、ロゼはその場から立ち去ろうとした。目的はなかったけれど彼女のそばには居たくなかった。
本当は薄々と彼女の態度から、なにか探りを入れてきていると勘付いたこともあった。しかし気のせいだと思って、すぐに閉じ込めてしまった。
アリーシャ「ロゼ……!」
声を張るつもりだったのだろう。しかしアリーシャの声はかすれていた。
無理をしてまで叫ぼうとする彼女の気持ちに胸が痛くなる。それでも振り向かないまま、顔をしかめながらもロゼは足を進めた。とにかくアリーシャの姿が見えない場所まで移動したかった。
今はただ、彼女から逃げることしかできない。
アリーシャ「待ってって!」
さっきよりも大きな声を出したと思ったら、ザッと土を踏む音が聞こえた。
ライラ「アリーシャさん!」
悲鳴のようなライラの声に、ロゼは不安を覚えて視線を戻した。
憂慮した通り、アリーシャが痛む傷を押さえて立ち上がり、訴えるような目でロゼを見ている。暗がりの中でも血の気の引いた顔をしているのが分かる。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません