雑貨カフェに行きませんか? って、藍子に誘われた。
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――まえがき――
レンアイカフェテラスシリーズ第64話です。
以下の作品の続編です。こちらを読んでいただけると、さらに楽しんでいただける……筈です。
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
~中略~
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「似ているカフェと、黄昏色の帰り道で」
・高森藍子「北条加蓮ちゃんと」北条加蓮「向かい合う日のカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「とてもとても寒い日のカフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「新年のカフェで」
軽めのレッスンが終わった後の時間。帰るにはまだ少し早い。
誰かに連絡取ろっかな? それとも1人でぶらついてみよっかな?
そんな感じで悩みながら、事務所のソファでごろごろしていた時に、藍子からメッセージが飛んできた。
最初に見た時、いいタイミング、と思わず言ってしまったのをよく覚えてる。
あれはちょっとだけ恥ずかしかった。
目的地まで歩く間に話を聞いてみた。そうしたら、新しいコラムの為に取材に行きたいんだって。
そういえばそうだったね。最近忘れがちになってたけど、藍子はカフェコラムを書いてて、そして私と一緒にカフェ巡りをしてるんだった。
雑貨カフェ、っていうのは、雑貨屋とカフェが合体したようなお店のこと。
雑貨屋って言えば昔、お仕事の帰りにちょっと寄ったことあるなぁ。でも、その時くらいしか行ったことがない。雑貨カフェという場所もなんとなく想像できなくて、
「ショッピングモールにあるネイルコーナーみたいな感じ?」
って聞いたら、私の例えも藍子にはピンと来なかったみたい。うーん、と悩み始めた。
その調子だと目的地のカフェが閉店するまで立ち止まったままになりそうだったので、慌てて手を引っ張ることにした。
カフェに行く話なのに、私が先導するというのもおかしな話。
ううん。今"だけ"は、これでいいのかもしれない。
藍子は未だに自信を取り戻しきれていない。今日だって、合流した時、私の顔を見て一瞬だけ切なそうな顔をしていたし。
今は、誰かが手を引いてあげないといけないのかも。
やがて藍子が、態勢を取り戻す。
改めて、私が藍子の手を引いている、という状況を客観的に見て――
やっぱり、心のどこかに棘が1つだけ突き刺さった、
嫌な感じがしたので。
ぱっ、と藍子の手を離して、隣に並んで、ついでに背中を思いっきり叩いた。
「ほら、一緒に行こ?」
返事が来るまで、かなりの逡巡があった。
……また、あの夕暮れの時みたいに拒否されるのが怖くて。
私は結局、答えを待たずして、藍子を半ば強引に雑貨カフェへと連れていくのだった。
――雑貨カフェ――
「わ……!」「わぁ~!」
店内へのドアを開ける。お出迎えのベルと一緒に、木の濃厚な香りが流れ込んできた。
最初に目に入ったのは、ド真ん中に置いてあった大きな犬の彫刻。
子犬なんかのサイズじゃなくて、神社の狛犬みたいな存在感を放っている。周りには色々な雑貨が置かれていて、まるでお供え品みたい。
向かって左手側から、かこん、という音がした。
そっちにあったのは、切り抜いた竹に水を流してシーソーのように動かす仕掛け。
こけおどし……じゃなくて、なんだっけ?
……そうそう、ししおどし!
いつだったかもう覚えてないけど、藍子が話してくれたことがある。あれが置いてあるカフェに行ったことがある、って。私はその時も名前を間違えたんだっけ。
懐かしいなぁ……。あれって、ここのことだったのかな? 横目で藍子の様子を確認してみる。右目が合った。藍子がとても楽しそうにしていた。
店の中は2フロア構成になっていて、手前が雑貨スペース。半分から奥、よく店の前に置いていそうなメニューボードを挟んで向こう側が、カフェスペースになっているみたい。
そのさらに奥側、入り口から見て反対側の壁際にあるキッチンカウンターの向こうから、店員さんっぽい1人の女性がこっちにやってきた。
たぶん20代前半くらいの人だと思う。頭にはいかにも手作りって感じがする、三角巾の形をしたニット帽。前掛けは淡い橙色に小さな丘のイラストが印刷されただけの、シンプルだけど可愛い物。
いらっしゃいませ、と言いかけた店員さんは、藍子の顔を見て、お待ちしてました、と言葉を変えた。
ぺこっ、とお辞儀する藍子につられて頷くように頭を下げてから、小声で藍子に聞いてみた。
「今回は店員に話を聞くの?」
「連絡してみたら、ぜひ、って」
店員は私達を見て、少し考えるように口元に手を置く。藍子が何かを切り出そうとした直前、もしよかったら、と左手を軽く挙げた。
「是非、お店の中を見て行ってください。お話はその後で大丈夫ですよ」
はいっ、と藍子が嬉しそうに頷く。
雑貨スペースは、改めて顔を上げて探さなくても藍子の姿を確認できる程度の広さしかないけど、雑貨の数が結構あるもんね。
せっかくだから見てもらいたいのかな。そう思って店員の顔を見たけど、こっちに目が向くことはなかった。
見終わったら声をかけてくださいね、と一礼して、そのまま店員はキッチンカウンターの方に戻っていく。
……。そりゃーカフェの私は、藍子のオマケみたいな物だけどさー。
微妙に拗ねてるところに。
「見て見て、加蓮ちゃんっ。この髪留め、かわいいっ」
誕生日プレゼントを選ぶ子供みたいにはしゃぐ藍子が、少しだけ距離を詰めていた。
梅の花を少しキュートにした髪留めを両手で持ち、私の少し前まで掲げて――たぶん私がつけているのを想像しているんだと思う。
それから値札を見て、えっ……と10秒くらい固まって。
……うん、「じゃあ買っちゃおう」って言うのはちょっと難しい値段だったからね。
店員が引っ込んだ後でよかったね、藍子……。目の前でその素直なリアクションをされたら、さすがにフォローが難しかったよ。
「なんか大人っぽい雰囲気のカフェだし、こっちの扇子とかもよくない?」
「本当っ、大人っぽい♪ 加蓮ちゃん、ちょっと持ってみてくださいよ」
「いいのかなー。勝手に開いて」
「ほら、ここ。"試しに持ってみてください、気になる方は同じ種類の新品もあります"って!」
「へー、気が利いてるね……。じゃあ……こんな感じ?」
「…………」
「無言でカメラ構える前にせめて感想くらい言って?」
それからも、大きな地球儀とか、チェーン店じゃないファッションコーナーでも見かけないようなシャツとか、すごくメルヘンチックな招き猫とか。色んな物があって、目が移りに移った。
新しい物を見つける度に、藍子が小さくはしゃいで見せてくれる。私も同じ物を見てるのにね。でも、その1回1回が楽しくて、最初の呆れ笑いは徐々に自然な笑いへと変わっていった。
そんな感じで盛り上がっていたら、
「……そ、そろそろお話というか、取材を~……」
と、ものすごく恐縮そうにしている店員に話しかけられて私は我に返った。
「…………今何時?」
ここに来て3時間くらい経っていた。
……。
…………。
それから、一応レッスン上がりでちょっとだけ体力を消耗していた私はカフェスペースに、藍子は引き続き雑貨スペースに残って、店員から色んな話を聞くことになった。
ふかふかの横長ソファに身を沈めて、ん~! と背伸びする。
注文するメニューに悩んだら、とりあえずパンケーキとコーヒー。なんだかカフェ通になった気分っ。
あぁそうだ、どうせなら評論とかやっちゃおうかな?
藍子に任せてたら甘いことしか書かないもんね。たまにはこの加蓮ちゃんがピリ辛コメントを入れてみよう。これで私も藍子のオマケから脱却、いや、藍子を打ち負かすほどのカフェアイドルになってみせる!
って感じでいつかの田舎のカフェリスペクトみたいなことを思って注文したのはいいけど。
パンケーキを口に入れ、コーヒーを啜った時、浮かんだのは「美味しい」って言葉だけだった。
いや、味が違うのは分かるよ? いつものカフェで食べたり飲んだりするのとはぜんぜん別物だっていうことは分かる。たぶん使ってる素材とか作り方とか全然違うんだろうなーってくらいは分かるけどさ……。
……ま、まぁ? 私が目指してるのはグルメアイドルじゃなくて? えーっと……何だっけ?
「こっちの帽子もお似合いですよ~」
「わあ、おしゃれな帽子っ。あっ、うっすらだけど花柄の模様になっているんですね」
「わ~、気付いてもらえましたか? これ、私の手作りで――」
「そうなんですか? 素敵ですっ」
北条加蓮って何者だっけ、という、いつかの映画の撮影じゃないけど自分のアイデンティティに悩んでいる間に、藍子と店員さんはすっかり打ち解けたらしい。
雑貨スペースとカフェスペースは、入り口以外の場所を低い壁で仕切ってある。
壁といってもジャンクフード店の席同士の仕切りくらいで、立ち上がったり、ちょっと首を伸ばしたりする程度で向こう側が見渡せる程度なんだけど。
今私が座っている位置からだと、私から2人の間に雑貨の陳列棚が挟まっていて、表情はほんの少ししか確認することができなかった。
そこに藍子がいるのに、藍子の声を電話越しだとか、扉越しに聞いている気分。
「こっちのリボン、ちっちゃくて可愛いっ」
「普通につけてもいいんですけど、これ、シューズアクセサリの1つなんですよ」
「へぇ~。これも、店員さんの手作りなんですか?」
「こっちは店長作なんです。店長、私よりこういうの作るの数倍上手くて……」
「店長さんも作られるんですねっ」
ところで、取材は順調に進んでるの? これ、ただ雑談してるだけのような……?
「店長さんと店員さんは、昔からものづくりがお好きだったんですか?」
「はい。昔から親しくしてたというか、店長は私のお姉ちゃんみたいな感じで――」
お、意外と取材っぽい。
「私に雑貨作りの楽しさを教えてくれたのは、店長なんです。一緒にお店を開かないかって誘われて、ちょうど料理の勉強をしていた私が、カフェ係を」
「なるほど~」
「昔からずっと面倒を見てもらってて――あはは、少し恥ずかしいな。これも書いてしまうんですか?」
「じゃあ、今のお話はヒミツのお話ってことでっ。あ、でもちょっぴりだけコラムに書いちゃってもいいですか?」
「え~。ちょっとだけにしてくださいよ?」
「ありがとうございますっ」
ふんふん、と頷いている藍子がメモを取っている姿が簡単に想像できちゃう。
店員さんも、藍子がメモを取り終わるまで待ってるのか、話がときどき不自然に止まるし。
「私にもお姉ちゃんみたいな子がいるんですよ。一緒に来た加蓮ちゃんですっ」
「こらー、一言余計ー」
「ね?」
ね、じゃないわよ。分かりますー、じゃないわよ、そこの店員。
「仲良しなんですね」
「えへっ。よくケンカもしちゃいますけれど……」
「喧嘩かぁ。私もよくしちゃうなぁ」
「そうなんですか?」
「お姉ちゃっ……あ、じゃなくて。店長も私も、結構頑固なところがありますから。例えば――」
そして店員の、聞いている私もときどき噴き出しそうになる頑固エピソードをひとしきり聞いた後、話題が途切れたタイミングで、藍子は撮影させてくださいとお願いした。
店員は快諾してくれた。しばらくの間、ぱしゃり、ぱしゃり、とシャッター音が、無言の店内に響く。
写真……。今になって気付いたけど、他のお客さんは?
全然いないけど、たまたまなのかな。
「今日は、他のお客さんがいないんですね」
私の疑問と全く同じタイミングで、藍子が尋ねる。
「いつもは結構いらっしゃるんですよ。中には、開店の時間から閉店の時間までずっと居続けてくださる方もいて……」
「うふふ、気持ちは分かっちゃいます。ここ、すごく心地よくて落ち着きますからっ」
「ありがとう。そうそう、そこの狛犬君、いるじゃないですか」
「あの犬の彫刻ですよね?」
仕切りに背を向け笑いを堪える私。狛犬君って。狛犬君って……。
「皆さんびっくりしていただけるみたいで。それで、前にいらしたお客さんなんて何時間も見ていたんですよ。こっちが心配になるくらいに!」
「このお店の名物ですねっ」
「看板娘ならぬ、看板犬。なんて!」
「まるで番犬みたいっ。あ、でも悪い人を追い払うんじゃなくて、お客さんを呼び込むから――」
「招き犬?」
「招き犬!」
ね~、と声を合わせる2人。まるで合いの手を打つかのように、ししおどしが、かこんっ、と音を立てた。
……藍子、アンタ前からここに通ってたとかじゃないわよね?
私に教えてくれた"ししおどしのカフェ"って、やっぱりここのこと?
それならもっと前から教えてくれればよかったのに。もしかしたらここ、第2の"いつものカフェ"になってたかもしれない。それくらい心地がいいんだもん。
軽くパンケーキを咀嚼してから、ま、いっか。と飲み込む。
私の知らないことを藍子がいっぱい知ってること。それってつまり、いろんな話を聞かせてくれることなんだから。
「でも、今日は招いていないみたいですね……」
「今日は、取材にいらっしゃるって聞いて。貸し切りってことにしたんです」
「へ? ……よかったんですか?」
「せっかく取材に、それもカフェアイドルで有名な藍子ちゃんが来てくれるって聞いて店長に無理を言っちゃいました。だから今日は、いっぱい取材していってください」
「……はいっ!」
へー、と思わず呟いた。
カフェアイドルで有名、か。確かにコラムは結構書いてるし、そうじゃなくても藍子がカフェ好きだってことはファンの間でも有名な話だもんね。
今さらと言えば今さらのこと、ではあるけど。
身体の中を、天然水がさらさらと流れていくような心地よさを感じた。
心地よい、というより、嬉しい気持ちと安心感、かな。
「いつもは、どんなお客さんがいらっしゃるんですか?」
「そうですね。やっぱり、20代から30代くらいの女性の方が多いかな?」
藍子は自分のことをアイドルらしくないなんて言うけど、ちゃんと見てくれてる人は見てくれてる。
藍子の為に、って人だっている。
形にならない言葉や気持ちだって、形になる結果だって、藍子がアイドルだっていう証明になる。
「人気のメニューはっ」
「お陰さまで、コーヒーが好評をいただいてます。……でも、これいつもは店長が淹れてるんですよね。今日は私が淹れましたけど、どうしても店長には敵わなくて……」
ぼやけた2人の姿を後ろ目で見ながら、残り半分くらいになったコーヒーを一気に飲み干した。
最初に感じるのは、ほろ苦さ。舌の上に、ほんの僅かにじゃりっとした感覚が残る。
でも後を引くねっとり感はない。すうっ、と身体の中に溶けていく感じ。
続いてパンケーキの最後の一切れを口に入れ、軽く息を吐きながら天井を見上げた。
「店長さん、強敵なんですね」
「そうなんですよ~。もう昔から! そうそう、最近料理を密かに勉強してるんです。お姉ちゃ……じゃなくて、店長」
「うふふ、いつもの呼び方で大丈夫ですよっ。本当に仲良しさんなんですね」
「ま、長い付き合いですもの。それでお姉ちゃん、内緒のつもりらしくて。でもこの前、料理の専門書を買ってる姿を見ちゃって……!」
「じゃあ、これからは料理を一緒に?」
「料理くらい私にさせてくれればいいのに! この上料理まで負けちゃったら、私完全に勝ってるとこ無くなっちゃうんですよ!?」
「あはは……。コラムに、美味しいレシピ募集してます、って書いちゃいましょうか」
「お願いします、ぜひお願いします!」
あーあー、随分と盛り上がっちゃって。
最初は大人しそうに見えた店員も、すっかり堰を切って。
確かにさ、藍子といると話しやすいっていうか、むしろ余計なことまで喋っちゃうんだけどさ。
さーて、と。
最初に言っておくけど寂しいなんて気持ちはこれっぽっちもない。これはアレと同じ。いつものカフェで……いやいつもの場所じゃなくてもいいや。とにかく藍子と一緒にいるけどあんまり会話をしてない時のような、でも別に気まずくはない的な。
ただたまには喋りたくもなる。アレと同じ。だから寂しい訳じゃない。いい? 誤解しちゃダメだよ?
ということで、寂しい訳じゃないけどそろそろ退屈になってきた。
っていうか私抜きで盛り上がりすぎ。何。藍子さ、アイドルに自信をなくしたんじゃなかったの? フツーに取材、盛り上がってるじゃん。カフェアイドルやってるじゃん。
私がいること忘れてない? 私と来たこと覚えてる?
「うふふ♪ ……あっ、加蓮ちゃん。聞いてくださ――、加蓮ちゃん? なんでそんなに膨れてるんですか?」
「べーつにー。店員さん。パンケーキとコーヒー、ご馳走様。美味しかったよ」
よかった、と店員が言葉を弾ませる。よかったですね、と藍子が続ける。
「藍子さ――」
名前を呼んで、だけど私は何が言いたかったのだろうと思い返す。
アイドルやってるじゃん、って話がしたかったんだと思う。
でもその為に何の言葉を用意する? 当事者で、元凶の私が?
藍子が、きょとんとした顔でこっちを見る。店員も私を見る。
不思議な沈黙が場を支配していた。
言葉を……選んで、捨てて……拾って、引っ込めて。
「……そろそろカフェのメニューも見てみたら? お腹すいてるでしょ」
「あっ、そうですね。店員さん、いいですか?」
「はーい。何にします?」
「コーヒーとパンケーキは私が注文したから、藍子は他のにしときなさい」
「加蓮ちゃんずるいっ、私だって食べたかったのに」
ご用意しますね、と店員が注文を聞く前からカウンターの奥へと歩いていく。
カフェスペースとキッチンを仕切る、パタパタと開く扉(後で教えてもらったけど「スイングドア」って言うんだって)を身体で開けるのと同時に、気付いたらしく早歩きで戻ってきた。
あちゃー、と。店員が、仄かに赤くした顔を手で押さえる。よくやっちゃうんですよ、と軽い調子で続ける言葉に、私と藍子は軽く笑った。
「加蓮ちゃん、雑貨は見なくていいんですか?」
「……藍子ー? さすがにナチュラルにハブられると私でもヘコむよ?」
「へ? ……ああっ、そういう意味じゃなくて~っ」
「あはは、分かってる分かってる。見足りなかったらまたいつか見に来るよ。ここすっごく心地良いし」
店員が右手を隠してガッツポーズを取っていた。
「で、何注文するの?」
「そうですね。う~ん……。あ、このサラダ美味しそうっ。ああ、でもスイートポテトもいいかも……」
「……」
「……か、加蓮ちゃん。どうせなら、はんぶんこしませんか? しましょうっ」
「つまりその2択で決めきれてないと」
「はい……」
「はいはい。じゃ、そうしよっか」
店員さーん、と揃った声は、なんだかいつも通りだった。
ぱたぱたとカウンターの奥へ向かう店員の背を目で追う。
まあ、私もそれなりにカフェに慣れてきたのかな。藍子程じゃないけど――
……もしかして。
隣の藍子は、まだ読破していないメニューをパラパラとめくって、これもかわいいっ、これも美味しそう、と目移り状態。
雑貨を見て回ってた時と同じで、発見したことを1つ1つ、ちいさな子供みたいに私に見せてくる。
適当に相槌を打ちつつ、頭では別のことを考えていた。
藍子も、もしかしたら似た気持ちなのかもしれない。
それなりにアイドルに慣れてきた。でもそれは私(加蓮ちゃん)ほどではない、って。
ポジティブなんて謳ってるけど、まだどこかに後ろ向きな気持ちとか、そういうのが潜んでたのかもしれない。
だからこの前の……夕焼けでの出来事が、起きたのかも。
もしそうなら、早めに気付けて良かった……のかな。
例えばこれが、全国規模のツアーの途中だったら?
佳境に入った撮影の途中だったら?
藍子は、アイドル生命的にも精神的にも、もっと大きなダメージを受けていたのかもしれない。
私のせいで起きたことだけど、私がいたから分かったこと。
もしそうなら、私も少しは藍子の役に立てたのかな?
……ううん。この考えは、少し嫌だな。
私だって自分の価値くらい分かってるつもりだよ。藍子の役に立てることだって、きっとある。
その上で、この考えは嫌だって思う。
そうじゃなくて、もっと別の意味で、私は藍子の隣にいたくて――
「加蓮ちゃん?」
「……ん、何」
ふわり、と。
藍子の髪が微かに舞い上がった。
「なに、って……。ぼうっとしているから、どうしたのかな? って。……疲れちゃいましたか?」
「ううん、ちょっと考えごと。藍子のことでね」
「私のこと?」
「……あー、うん、まぁ」
テキトーにはぐらかしておいた。藍子が目敏く、む、と唇の端を少し上げる。
両手で私の膝をまたぎながら下から覗き込み、じー、って眼を見てくる。
いやあの、普通に近すぎるんだけど……。ここ私の家じゃないんだよ?
引っぺがしている間に店員が帰ってくる。運ばれてきたメニューに、わぁ、と藍子が歓声をあげる。
つられて笑いながら、肩を軽くなでおろした。
結果論から辿れる話は、まだ後でいい。
今はとりあえず、藍子のアイドル事情……いや、それも後でいいや。
今一番大切なことはこの超美味しそうなスイートポテトと綺麗な盛り付けのサラダだよねっ。
おしまい。
読んでいただき、ありがとうございました。
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