高垣楓「風向き良し」 (25)
「結婚、ですか」
飾り気も何も無い小会議室。
長机を挟んで向かいに座る楓さんは、少しだけ目を丸くした。
「結婚……いずれは、と考えていましたけれど……そうですか……そうですか」
卓上に組んだ指へ視線を落とす。
親指を交互に重ねては離し、重ねては離しを繰り返すと、姿勢を正して俺へ向き直った。
「まだまだ足りないものだらけの私ですけれど……是非、よろしくお願いします」
「楓さん」
「はい」
「ブライダル撮影の話です」
「もちろん。知っていますよ?」
本当ですか、の『ほ』の字が口を突いて出そうになる。
脳内に自生する藪から血色の良い二股の舌がちろちろと覗いたのを見て、
俺は何も言えずに黙り込んだ。
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幻の花嫁こと高垣楓さんのSSです
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前作とか
高垣楓さんと愉快な仲間たち ( 高垣楓さんと愉快な仲間たち - SSまとめ速報
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高垣楓「瞳に乾杯」 ( 高垣楓「瞳に乾杯」 - SSまとめ速報
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以前に頒布した本の一節へ微修正を施したものです
第8回シンデレラガール総選挙、大好評開催中
◇ ◇ ◆
プロデュースを始めた当初、俺はアイドルとしての高垣楓について改めて考えた。
この界隈において方向性というものは極めて重要だ。
最初の舵取りを間違えれば、たちまち大海原で迷子になってしまう。
悩んだ末に出した結論は歌唱重視という面白みの無いもので、けれど間違ってはいなかったと思う。歌って踊れる正統派アイドルよりももう少し偏った、ストイックに入るかどうかのライン上。
そこを彼女に歩かせようとしていた。
「来月、櫻井さんを始め、何名かのアイドルがヨーロッパロケに出発する予定でして」
「ええ」
「我々も同行し、幾つかの国でスチール撮影を行います」
「なるほど……少し、急な話にも感じますが」
「タイミングと言いますか……ええと、強い需要に背を押されてと申しますか」
楓さんはライン上に一歩を踏み出し、二歩目で脇道を突き進み始めた。
お酒は飲む。駄洒落は飛ばす。年下を振り回す。
浮かび上がってきていた神秘の歌姫なる二つ名はゆっくりと沈み始め、
ゆかいなお姉さんなる称号が元気に浮上してきた始末だ。
「……ぶっちゃけて言えば、水着姿を早く見せろとの声が、ですね、その……多数。かなり」
お酒をゴクゴク飲んでは駄洒落を連発してるけど、綺麗で歌の上手いお姉さん。
……目指したアイドル像に幾つか余計なオマケまでくっ付いてきてしまったが、
ひとまず彼女の歌唱力は多くの人が認める所まで来た。来たと思う。
となれば、歌以外の部分に興味の目が向けられるのはある意味で必然とも言える。
ファンの声曰く、水着、バニーガール、メイド、レースクイーン、花魁。
エトセトラ、エトセトラ。
「まぁ楓さんはビジュアル面も強みですし、分からなくはないですけどね」
「え? すみません、よく聞こえませんでした」
「……」
「……」
「……楓さんは魅力的ですから」
「もうちょっと分かりやすく」
「楓さんはとてもお綺麗ですので」
「もう一声」
「……俺の目から見ても、貴女は大変お綺麗な女性ですから」
「ほら、あと一息ですよ」
「話を戻しますが」
「しゅん」
ネクタイを緩める。
楓さんはしゅんとしていた。
「ウェディングドレスを含め、数箇所で撮影を行います。よろしいですか?」
「ええ。それで、プロデューサーは私にどんな水着を着せてお楽しみになりたいんですか?」
楓さんが微笑む。
俺を見ながら、にっこりと微笑む。
「……衣装さんが、きちんと、楓さんに合ったものを選んでくださいますので」
「なるほど。そこにあなたの意向はほんの少しも含まれていないという事でしょうか」
「……」
「……分かりました。お楽しみに」
「何も言ってないです」
「もちろん。知っていますよ?」
「ほ」
「ほ?」
「いえ」
飛び掛かってきた蛇を、すんでの所で躱してやった。
◇ ◇ ◆
チャペルと聞いてイメージしていたよりも随分と落ち着いていた。
式場と言うよりは本来の礼拝堂と言った方が近いのかもしれない。
並ぶ椅子たちは過ごしてきた年月を語るかのような焦げ色で、
正面には天井まで届くステンドグラスが何枚も嵌め込まれていた。
流石はマイスターの国。溜息が出そうだ。
それぞれのガラスには書物や杖を抱えた偉人らしき方々が描かれていて、
蘭子ちゃんが好きそうだなと考え出した時だった。
ぎぃ、と入り口の扉が押し開かれて、担当アイドルがゆっくりと姿を現す。
服飾には全く詳しくないが、取り立てて変わった所の無い、ごく質素なウェディングドレスだった。
しかしそのデザイン故か、どこか荘厳さを感じさせるこのチャペルへ自然に溶け込んで見える。
そう在るのが当然のように、彼女はこの上なく特別な服を、手慣れた様子で翻していた。
次いで現れた衣装さんやカメラさんの姿を見て、
ようやく俺は撮影に訪れていたのだと思い出す。
照明や器具を組み立て始めた彼らを背に、楓さんは俺に微笑みかけてくれた。
どうしてだか少し照れくさくなって、軽い会釈を彼女に返した。
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