高垣楓「瞳に乾杯」 (31)


この業界だって楽しい事ばかりじゃない。
そんなのは入る前からもう分かりきってた事実だ。
けれど、そういう場所だからこそ、せめて。


アイドルにくらい、楽しい事ばかりを経験させてやりたいんだ。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1550998644



 「――美味しいお料理と、きゅっとやれる何かがあれば、それで」

 「いやいや! 世の中きゅっとやれるモンなんてそう無いですって!」


スタジオを満たした苦笑に、手元の進行表から視線を上げた。
めかし込んだ楓さんの指先がぐい呑みを象っている。
並びの椅子に座る若手のバンドが勢い良くツッコミを入れる所だった。

溜息を零しかけ、背筋を伸ばす。

危ない。誰が見ているのか分からないんだ。
軽く頭を振り、ジャケットを張って整えた。

 「5分の休憩入りあっす!」

スタッフさんの言葉を合図に、そこかしこから声がさざめき出す。
隣に座っていた日系の歌手さんと二、三交わすと、楓さんがとことこと歩み寄って来た。

 「お疲れ様です」

 「楓さんこそ、お疲れ様です」

 「いえいえ、プロデューサーこそお疲れ様です」

 「……いえいえいえいえ?」

 「いえー」



 「――美味しいお料理と、きゅっとやれる何かがあれば、それで」

 「いやいや! 世の中きゅっとやれるモンなんてそう無いですって!」


スタジオを満たした苦笑に、手元の進行表から視線を上げた。
めかし込んだ楓さんの指先がぐい呑みを象っている。
並びの椅子に座る若手のバンドが勢い良くツッコミを入れる所だった。

溜息を零しかけ、背筋を伸ばす。

危ない。誰が見ているのか分からないんだ。
軽く頭を振り、ジャケットを張って整えた。

 「5分の休憩入りあっす!」

スタッフさんの言葉を合図に、そこかしこから声がさざめき出す。
隣に座っていた日系の歌手さんと二、三交わすと、楓さんがとことこと歩み寄って来た。

 「お疲れ様です」

 「楓さんこそ、お疲れ様です」

 「いえいえ、プロデューサーこそお疲れ様です」

 「……いえいえいえいえ?」

 「いえー」

(>>3はミスです)


軽く揚げられた右手に、そっと右手を重ねた。
叩くなど畏れ多くて出来やしない。
楓さんの指先にすっと掌をなぞられて、慌てて俺は手を引っ込める。

 「元気、出ましたか?」

 「え?」

 「さっきから、何だか元気が無さそうでしたので」

 「……よく見えますね」

 「私の目が黒いうちは誤魔化せませんよ」

 「……」

ツッコもうかどうか数秒だけ迷ったからだろう。
スタッフさんの声が再開1分前を告げ、楓さんは残念そうに踵を返す。
背中越しに振られた手を、俺は何故だか悔しさと共に見送った。

椅子に座り直した楓さんがぴしっと背筋を伸ばす。
行儀の良さは彼女の数多い美点の一つでもあった。


カウントと共に収録が再開された。
休憩中に準備された楽器を手に、若手のバンドが演奏に入る。

スタジオの照明が落ち、音楽が流れ出したのを確認して。


今度こそ、溜息を零してやった。


甘美なる姫君こと高垣楓さんのSSです


http://i.imgur.com/Kl0jJHK.jpg
http://i.imgur.com/8wWqUyT.jpg

前作とか
鷺沢文香「埃を被る暇も無く」 ( 鷺沢文香「埃を被る暇も無く」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1546436854/) )
高垣楓「おでん」 ( 高垣楓「おでん」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1523713726/) )


このエピソードほんと好き


 ― = ― ≡ ― = ―


 「それで、どうされたんですか?」


収録を終え、社用車で局を後にする。
ウィンカーを点けて道路へ出た途端、楓さんがそんな呟きを漏らした。

 「……何がですか、と誤魔化しても、きっと叱られるんでしょうね」

 「ええ。ほっぺたをつっついちゃいます」

 「それは……手厳しい」

 「ふふ……そうでしょうとも。それで?」


何度も言ってやった。何度も、何度も。
けれど楓さんは相変わらず、後部座席ではなく助手席に座っていて。
安全性云々。写真云々。
俺の小言を東風にしつつ、今日も今日とて彼女は俺の隣に居る。

そして、眼鏡越しの視線を真っ直ぐに射掛けてくる。

 「二つ、あります」

 「二つも。お得ですね」

 「まず、先ほどの事です。率直に言えば……長いな、と」

 「長い? 収録時間が、でしょうか」

 「いえ。正確には、歌唱以外のトーク部分やらが、です」


番組名からしたって音楽番組なのは疑いようが無い。
けれども最近は少し、トークの部分が多過ぎる気がする。
馴染みのDさんの担当だし、昔から出演させてくれてるしで、大っぴらには言えないが。

 「一秒でも長く、貴女の歌声を電波に載せたいんですよ。俺としては」

俺の言葉を飲み込んだ楓さんは視線を前へと戻した。
二人して黙ると、音量を絞ったカーラジオが久々に耳へと届く。
左折。左折。右折。
しばらく経った頃になって、楓さんは、うん、と小さく頷いた。

 「もう一つは?」

 「実は、まだ確定ではなくて。決まったら必ずお伝えします」

 「困った事なんですか?」

 「……世間一般的には……喜ぶべき事、なんだと思います」

 「そうなんですね。教えてくれてありがとうございます、プロデューサー」

 「楓さんに教わりましたから」


――言えない事があるなら、言えない、って、きちんと言ってください。


以前の一件で窘められて以来、俺は楓さんとの情報共有を徹底するようになった。
確かに彼女の言う通り、余計なトラブルは幾分か減った印象がある。
その時に添えられた、浮気は駄目ですよ、という一言は未だに飲み込めずにいるけども。


 「ところでプロデューサー」

 「はい」

 「バレンタインですね」


頭の中でカレンダーを破り捨てた。
慌てて脳内に散らばった紙切れを一枚いちまい確認する。

 「……唐突ですね」

 「少しでも楽しいお話をしようと思って」

 「一月も先ですが」

 「すぐですよ。楽しみですから、すぐです」


こっちの台詞だった。
彼女にその単語を言われてからもう、一ヶ月後が待ち遠しくてならない。
まだか。

 「欲しいですか?」

 「欲しいです」

 「甘いのと苦いの、どっちがいいですか?」

 「うーん……」

 「分かりました。とびきり甘いの、用意しておきますね」


 「まだ何も言ってないです」

 「あなたの事くらいお見通しです。甘いですね、プロデューサー」


……それが言いたかっただけでしょう、楓さん。


 ― = ― ≡ ― = ―


 「大きなお仕事です」


打ち合わせ室に呼び出した楓さんは、俺の前で綺麗な瞳をぱちくりとさせた。

 「と、言いますと」

 「大手化粧品会社の広告です。簡潔に言いますと、新宿をブチ抜きます」

鉄道各社とも連携した企画だ。
新宿駅周辺の各所。設置された広告看板をジャックすると言ってもいい。

 「その割には、浮かない顔ですね」

 「……」

 「あ。昨日のお話でしょうか、この件」

 「察しが良くて助かります。先方が楓さんをご指名なのですが」

 「ありがたいですね」

 「その……アイシャドウや、マスカラ……を、含みます」

 「……なるほど」

女優やモデルを差し置いてアイドルの起用。
こちらとしても大変に光栄な事だ。金額的にもゼロが一つ多いくらいだ。
普通なら断るなんて有り得ない、非常に良い話だ。


 「楓さんにお任せします。引き受けられますし――断れます」


彼女の瞳は、今日も不思議な輝きを湛えている。


少し、自分でも調べてみた事がある。
虹彩異色症。ヘテロクロミア。俗称、オッドアイ。
ファンなら気付く。そのくらいの微妙な差だ。

高い空のような蒼と、夜の草原みたいな碧。
楓さんの瞳は美しいと、俺は誓って言える。


楓さんは昔の話を語らない。
モデルをしていたらしいが、詳しくは俺も知らない。
それでいいと思っているし、いつか教えてくれたらいいなと思っている。


その中に、痛みを伴うものがあっても。


 「……断ってしまって、大丈夫なんですか」

 「大丈夫です」

 「嘘ですね」

 「……嘘です。でも、楓さんだけは守ります。本当です」

もし断れば、社内での俺の立場は相当に危なくなるだろう。
だからと言って首を縦に振らされるのは、一生後悔するだろうし、死んでも嫌だ。

 「プロデューサー」

 「はい」

 「少し、昔話をしましょうか」


組んでいた指に力が籠もる。
彼女の昔話を、俺は初めて聞く気がする。

 「この事務所に入ってすぐの頃、蘭子ちゃんが言ってくれたんです」


 「……え? 蘭子……ちゃん?」

 「楓さんの瞳、かっこいいです、って」

 「……」

 「だからもう、いいんです。私は、私のこの眼が、好きです」


掛けるべき言葉が見つからない。
そんな瞬間は今までだって何度もあった。
でも、これは、駄目だ。
何かを……俺は今、何かを言わなければ、それこそ一生、後悔する。



 「俺も、好きです」



多分、恐らく、盛大に間違った。


楓さんは件の目を丸くしていた。
それから、ふっと肩の力を抜いて……笑い出した。

 「……ふふっ……愛されてますね、私って」

 「あ、や、あの」

 「好きじゃないんですか?」

 「…………ええ、と」

ひたすらに楽しそうだった。
しどろもどろになるしかない俺を、それは楽しそうに見つめている。
仕切り直そうと、強めの咳払いを二つ。

 「……では。このお話、受けるという事で」

 「はい。よろしくお願いします」

肩の荷が降りたついでに胸も撫で下ろしてやる。

 「あとですね、プロデューサーは」

 「え、ええ」

楓さんは、すっと人差し指を伸ばして。


 「私を甘く見過ぎです」


俺の頬を楽しそうにつっついた。


 ― = ― ≡ ― = ―

楓さんは綺麗だ。

俺の立場だとか美的感覚だとかを抜きにしても、多くの人が頷く所だと思う。
そんな彼女が化粧品の広告でプロのメイクさん達にめかし込まれるとどうなるか?

答えは簡単だが、残念ながら手持ちの語彙では言い表せない。以上。


真っ白なバックにオットマンが据えられて、彼女はその上で涼やかな笑みを見せている。
マニキュアに続きルージュの撮影もこれで恙なく終了らしい。
次は……アイシャドウ、だ。

 「……流石」

それぞれの商品を目立たせるため、撮影が一つ終わる度に色直しが挟まれる。
手慣れた様子でルージュを落とすメイクさんも。
承知したように身動ぎすらしない楓さんも。
F1のピットインを見ているようで、ある種の競技でも見ているような爽快感がある。


 「上がりました!」

完了の合図と共に楓さんが立ち上がった。

 「よろしくお願いします」


撮影は呆気ないほど順調に進んでいく。
尖らせ、笑み、射抜き、伏せる。
飛ぶ指示に迷わず合わせる様は、まさしくプロの手際と言って差し支えなかった。


 「……オッケー!」

カメラさんの親指が高く突き出される。
僅かに緩みかけた空気を制するように、楓さんが声を上げる。

 「すみません」

 「ん?」

 「もう2パターン、お願い出来ませんか」

カメラさんが顎髭を撫でた。
楓さんと真っ直ぐに視線をぶつけ合う。
数秒だけ腕時計の盤面を睨み付けると、再びスイッチを握った。

 「手早くね!」

 「ありがとうございます」

そして楓さんは――


 「――あっ」


馬鹿みたいな声を漏らす俺をよそに、撮影はアイシャドウからマスカラへ移っていった。


 ― = ― ≡ ― = ―


 「こっちですよ、プロデューサー」


切らした息のうるさい中でも、彼女の声はよく届いてくれる。


 「ほら、こっち。来てください」


スタジオの隅。薄暗いその一角で、楓さんは小さく手招きをしていた。
荒い息を整えつつ、ネクタイの位置を直す。

 「いきなりでドッキリしましたか?」

 「……それは、もう」

 「突然でごめんなさい」


――ちょこっと時間、取れますか?


届いていたメッセージはそれだけ。
それだけでもう、充分だった。


 「今日は忙しいですから。機会がありそうなのは、今くらいしかないですからね」

辺りに人の姿は無く、楓さんの片手には小箱。
箱の中はもう空っぽで、最後の一つと思しきそれが指先につままれている。


 「プロデューサー」

指先は、口元に。

 「ほら」

小さく覗いた舌が、震える程に紅い。


 「チョコも魔法も、とけちゃいますよ」


頭の芯まで溶けそうな声が、遠い鐘の音みたいに響く。


触れた肩は驚くくらいに華奢だった。
力を込めるまでもなく、細い体も壁へもたれ掛かる。

見つめていた瞳が、まぶたに隠れた。


俺は、覚悟を決めて――


 「……んむ」


咥えられたままだった一粒を、そっと指先で押し込んだ。


 「……」

楓さんはびっくりしたように目を開け、むぐむぐと甘さを味わっている。
白い喉が揺れて、それきり音が消えていった。

これは叱られるやつだな。
もう一度覚悟を決めるべきか迷っていると、楓さんは微笑んだ。


何故、今、微笑む必要があるんだろう。


 「プロデューサー」

 「はい」

 「ちょこっとだけでいいので」

 「……はい」

 「目を、つぶってくれませんか?」


楓さんの瞳は綺麗だ。
見つめられるのは、覗き込まれるようで。
縦か横に、首を振るしかないような、そんな気分になってしまう。

だから俺は、ただじっとしていた。

 「……」

 「……ふふ。ありがとうございます、プロデューサー」

彼女が何故だか感謝を述べる。
その意味を測りかねている内に、両の瞳が僅かに細められて、近付いて。

やっぱり、綺麗だ。




 甘い。


 「ん……」

瞳と、温度と、感触が離れていった。
離れた筈なのに、痺れるくらい、甘い。

 「楓、さん」

ただ口を動かしただけ。
絞り出したような言葉は、何の意味も持ち合わせていやしない。
彼女の微笑の前に、溶けていくだけだった。



 「――目をつぶってくれて、ありがとうございます。プロデューサー」



楓さんの言葉は時折、俺のそれよりもよっぽど魔法じみている。
何も言えやしなかった。
忘れていた瞬きをするのに、随分と力が必要だった。

 「今日は、頑張ろうって決めてたんです。見ててくださいね」

俺の頬を指先でつつくと、楓さんは光に向けて歩き出していく。


きっとこれから楓さんは、スタジオでいつも以上の歌声を披露するのだろう。
トークを削ってもいいくらいの。
編集でカットするのが惜しいくらいの。

忙しくて全ては見てやれていなくとも、分かる。
時間を取ってくれと、最近妙に頼まれていたボーカルレッスン。
楓さんの考えることくらい、ちょっとだけお見通しだ。


 「そうそう」


出し抜けに楓さんが呟き、振り向く。
どこから取り出したのか、その指先にはチロルチョコが挟まれている。
ビスケットの入っているやつで、コンビニのレジ脇に置いてあるちょっと大きめのやつで。
そんな事どうだってよかった。

 「プロデューサー」

細い指が包みを解き、唇へ運ぶ。
陰へ溶けるようにして、楓さんは小さく舌を出した。


 「まだまだ、甘いですよ」


返すべき言葉は案の定、見つからなかった。


 ― = ― ≡ ― = ―

 「では、ごゆっくりと」

 「ありがとうございます」

 「看板、拝見いたしました。いやはや、お綺麗でございました……失礼を」

 「ありがとうございます。ふふ……少し、面映いですね」

馴染みの店員さんが深々と腰を折りながら退がっていった。
昨日貼り出したばかりの看板をチェック済みな辺り、あのお爺さまも中々熱心なファンと見える。

 「すっかりウチの御用達みたいになっちゃいましたね」

 「ええ。情報管理がしっかりしていますから、ここは」

個人的には少し暗いぐらいで、その他は文句を付けるべくも無い。

最初は渋谷さんだったか、それとも肇だったか。
アイドルの間で口コミが広まり、今や馴染みのレストランになりつつあるのが末恐ろしい。

 「クッキーやマシュマロじゃないんですね」

 「ええ。お菓子で返すには少々、お世話になりっぱなしかと思いまして……」

 「あら。そうですか?」


今年のホワイトデーは、いつもよりも少し豪華に。
新宿ジャックの祝勝会も兼ねさせて頂いた。


……いや、祝勝会は違うか。


 「例の件、かなりの評判です。写真を撮ってる方もたくさん見ましたよ」

 「頑張りました」

 「本当に、です。プロデューサーとして言わせてもらえるなら、俺の完敗です」


広告撮影のあの日。楓さんにお願いされた追加撮影。
きっとこの人は、最初からこれを狙っていた。


楓さんはカメラに向けて――茶目っ気たっぷりに、ウィンクをしてみせた。


それこそカメラさんも目の色を変えたと思う。
俺が馬鹿みたいに口を開けている間、彼は最も美しい瞬間を逃さず捉えていた。

そして仕上がった写真は先方に送られて。
今回の広告企画でもっとも目立つ二箇所。
新宿駅を出てすぐの大型看板。


その双方を、蒼の瞳と、碧の瞳が、それぞれ鮮烈に飾ってみせた。


 「楓さんの魅力が、正しい形で広まればいいんですが」


 「食前酒でございます」

先程の店員さんがグラスを携えてやって来た。
心持ち背筋を正すと、音も無くそれぞれの前に。

 「あら? このカクテル、よく見たら……私とプロデューサーので、色が違いますね」

 「……」

 「あの、何と言うお酒なんでしょうか」

店員さんが無言で俺に視線を寄越した。
迷っている間に彼は得心したようにさっさと頷いて、恭しく頭を下げる。
判断が早い。もうちょっと待ってほしかった。

 「高垣様の前にございます碧が、『楓』」

 「……あら」

 「そしてこちらの蒼が『高垣』でございます」

 「取り替えっこしましょうプロデューサー楓を味わった方がいいと思いますどうぞ」

言うが早いが、店員さんは鮮やかに俺たちのグラスを一瞬で入れ替えた。
蒼と碧が僅かに揺れて、しかし一滴たりとも零れてはいない。
茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせた店員さんへ、楓さんは満足そうな頷きで返した。

 「では」


店員さんが去っていったのを見送り、楓さんがグラスを持ち上げる。

 「何に乾杯しましょうか」

楽しそうな笑みを前に、俺は心の中で気合を入れ直した。
裂帛の気合を込めながらグラスを持ち上げる。
頼む、速水さん。君のポーカーフェイスを、今だけでも貸してくれ。



 「貴女の瞳に」



ぽかんと、まじまじと、にっこりと。
俺と互いのグラスを見比べた楓さんの表情は、呆れるくらい綺麗に色を変えていく。

 「ふふっ……奏ちゃんの入れ知恵ですか?」

 「……ノーコメントで」

 「頑張りましたね、プロデューサー」

俺の発案で速水さんに濡れ衣を着せてしまったような気がする。
後で謝りに行こう。うん。

気を取り直して、目線の高さにグラスを掲げた。


 「私の完敗……と、言いたい所ですけれど」


 「……え?」

 「まだまだ負けてあげるつもりはありませんよ、プロデューサー?」

 「……ええ、と?」

そもそも、勝ち負けがどうとかいうのが目的じゃなくて。
いや、元々は祝勝会だったか?
待てよ、さっき俺は負けを認めたばかりで……ううん?

グラスを掲げたまま固まっていた俺に、楓さんは柔らかく微笑んだ。


そして、無邪気なウィンクを一つ。


 「あなたの甘さに」

 「……完敗?」

 「……乾杯♪」


勝利の美酒でも誇るみたいに。
甘いキスでも交わすみたいに。


楓さんは、そっとグラスを打ち鳴らした。




――かちっ。


おしまい。
楓さんは抜け目ないのに結局甘い可愛い


間もなく第8回シンデレラガール総選挙が開催の運びとなります
同僚の皆様はご準備の程を宜しくお願い申し上げます


ちなみに微課金ですが悠久の羽根垣楓さんは無事お迎え出来ました
年越しデート最高

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