風野灯織「豆ごはん」 (12)
P「……あ」
灯織「どうしたんですか? プロデューサー」
P「いや、べつに、大したことじゃないから」
灯織「……話せないことなんですか?」
P「あ、いや、本当に大したことじゃなくてな。……今年、豆ごはんを食べてないな、と思って」
灯織「豆ごはん、ですか? ……本当に大したことない」
P「だからそう言っただろ? でも、個人的には結構ショックでな……まだえんどう豆って売ってるかな?」
灯織「どうでしょう……少し前までは、見た記憶があるんですが」
P「だよなぁ……ギリギリあるかどうか、って時期だよな」
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灯織「好きなんですか? 豆ごはん」
P「好き、と言うか……好きなのかな?」
灯織「私に聞かれても困ります」
P「困るよなぁ……でも、本当に自分でもよくわからないんだよ。いつも食べるまでは『えんどう豆と塩と酒しか入ってない米がそんなうまいわけないだろ』って思うんだが、実際に食べると」
灯織「おいしい、ですか。……その気持ちは、私もわかるかもしれません」
P「だよな! 本当、なんであんなもんがあんなにおいしいのか……謎だ」
灯織「……食べたいんですか?」
P「ん? んー……どうだろう?」
灯織「どうだろう、って……今の流れだと、食べたいって言ってるようにしか聞こえなかったんですが」
P「いや、さっきも言った通り、食べるまでは『そんなにおいしいわけないだろ』って思ってるんだよ。それは今も同じことで……そりゃ、口にしたら『おいしい』って思うんだろうけどな。食べるまでは、そんなに食べたいとは思わない。そういう料理なんだよ、豆ごはんは」
灯織「そうでしょうか……」
P「俺にとってはそうだ。……なんか、変な話に付き合わせちゃったな。ごめんな、灯織」
灯織「い、いえ。もとはと言えば、私が聞きたいと言ったからですし」
P「それを言うなら、俺が『豆ごはん』なんて口にしなければ……って、責任の引き受け合いになっちゃってるな。不毛だからこの話はこれで終わり、ということにしよう。灯織もそれでいいか?」
灯織「……はい。わかりました」
P「それじゃ、スケジュールの確認でもするか。灯織はこの後レッスンだったな。明日がオフだからって根を詰めすぎるなよ?」
灯織「はい、わかってます。プロデューサーはどうなんですか?」
P「俺は……まあ、今日明日とちょっと出てくるけど、夜には帰ってくるから」
灯織「……それ、日付が変わるくらい、なんてオチじゃないですよね?」
P「大丈夫だって。信頼してくれ。夜は事務所で食べるつもりだし」
灯織「事務所で食べるんですか……」
P「あっ。……ちょ、ちょっと事務仕事がな」
灯織「根を詰めすぎるな、って、どの口が言えるんでしょうね」
P「……灯織、言うようになったな」
灯織「ふふ……信頼かもしれませんよ?」
P「これが信頼かぁ……複雑な気持ちだ」
灯織「……プロデューサー」
P「ん?」
灯織「……無理は、しないでくださいね」
P「……わかってるって。俺がいないと灯織も困るだろうしな!」
灯織「……!」
灯織「……もう」
――帰り道・スーパー
灯織(これと、これを買って……うん、大丈夫)
灯織(買い忘れは、たぶん……ない、はず……だよね)
灯織(……念のために、もう一度確認しておこう。今日はこれを使って、冷蔵庫にはまだあれが残っていたはずだから……少なくなっていたものもちゃんとある。……うん、完璧、の、はず……なんだけど)
灯織(……何か、忘れているような……なんだろう)
灯織「……あ」
灯織(えんどう豆。まだ、あったんだ)
灯織(……今日は、べつに、使わない、けど)
灯織「……」
灯織(……今日は、帰ろう)
灯織(もしも……もしも、明日、まだあったら)
灯織「……事務所のキッチンって、何があったかな」
――翌日・スーパー
灯織「……あった」
灯織(さや付きの、えんどう豆。……うん)
灯織(豆ごはんに合うおかずは、あんまりごはんが進むものじゃないほうがいい、よね。べつべつに食べられるもの……卵焼きは、ちょっと、違うかな)
灯織(揚げ物は、味付けにもよるけど……意外と、ごはんが進まないかも。炊いている間に、下ごしらえの時間もとれるから……うん、大丈夫)
灯織(……たぶん、野菜、あんまり摂れてないよね。できるだけ色んなものを入れたいから、サラダ……これだけ洋風だと統一感がないから、豆腐サラダにしよう)
灯織(汁物にも野菜を入れたい。……冷蔵庫に何か余ってるかな。お味噌と合わせれば何を入れてもいいから、残り物味噌汁にしよう。もし残ってなかったら、そのときはそのときで他のものを適当に)
灯織「……とりあえず、これでいいかな」
――事務所・キッチン
灯織(まずはお米を研ぐ。丁寧に研いで炊飯器の内釜に移して水を加える。浸水させておいて、その間に他の料理を)
灯織(揚げ物はエビフライ。あんまりごはんが進まない、と思ったけど……どうだろう。尻尾を残して殻をむき、背わたを取る。尾を斜め半分に切り落として軽く水気を切る)
灯織(切り込みを入れて塩コショウ。ボウルに卵を溶いて薄力粉、牛乳を加えてよく混ぜ合わせてころもをつくる。えびをころもにくぐらせて、パン粉をまぶす。……これで、あとは揚げるだけ)
灯織(次はえんどう豆の下処理。中身をさやから取り出してさっと洗って水気を切る。時間は……うん、もういいかな。お米の入った炊飯器に塩を加えて軽く混ぜて溶かす。準備しておいた豆を上に広げて、炊飯。……これでとりあえず、豆ごはんはほとんど完成)
灯織(……あ、汁物を先につくっておこう。冷蔵庫の中身は……にんじん、たまねぎがちょっと。……これ、ぜんぶ使っちゃおうかな)
灯織(野菜はぜんぶ適当な幅に切って、だし汁は顆粒だしを使って簡単に。味噌を溶いて……火を止める。完成)
灯織(サラダは買った野菜を切る。三分の二ほどの野菜の上に適当な大きさに切った冷奴を乗せてさらにその上に残った三分の一の野菜をばらばらに乗せる。かつおぶしをふりかけて、最後にポン酢醤油ごま油のドレッシングをかけて、完成)
灯織(……とりあえず、今はこれくらいかな。あとはごはんが炊けたら酒を全体に一振りして蒸らしてから底から軽く混ぜ合わせて、エビフライは……プロデューサーが、帰ってきたら揚げよう)
灯織(……いつ頃、帰ってくるんだろう)
灯織「……あ」
灯織(……簡単なことだった。いつ帰ってくるかわからないなら、聞けばいいんだ)
灯織「……メール、送っておこう」
――
ガチャ
灯織「お疲れ様です、プロデューサー。ごはん、どうしますか? 少しゆっくりしてからでも……」
P「いや、すぐにもらうよ。実はお腹ぺこぺこなんだ」
灯織「ぺこぺこって……ふふ、はい。それじゃあ、すぐに準備しますね」
P「ああ。楽しみにしてるよ。……って、なんか、変な会話だな」
灯織「……変、ですか?」
P「ちょっとな。気にしないでくれ。それより、ごはんだ。俺も何か手伝い――」
灯織「いえ、プロデューサーは座っていてください。お疲れでしょうし、あとはもう出すだけですから」
P「出すだけなら俺も手伝えるだろ? それに、さっきも言ったけどお腹ぺこぺこなんだ。ひとりよりふたりのほうが早く出せる、だろ?」
灯織「プロデューサー……そうですね。それじゃあ、お願いします」
P「うん、お願いされた。華麗なる配膳テクニックを見せてやる」
灯織「ふふ、期待してます」
――
P「あー……うまい。ほんと、なんで豆ごはんってこんなにうまいんだろうな。見た目よりもめちゃくちゃおいしい。今回は灯織がつくってくれたってことでさらにおいしい」
灯織「誰がつくっても、そこまで変わりはないと思いますが……」
P「料理は愛情って言うだろ? その違いだ」
灯織「おいしくないってことですか?」
P「おいしいって言ったばっかりだと思うんだが……」
灯織「プロデューサーが変なことを言うからです」
P「変なって……いや、でも、あながち間違っているわけでもないと思うんだよ。豆ごはんって、そんなに複雑な手順がある料理ってわけじゃないだろ? 技術が必要とされる料理じゃない」
灯織「それは……そう、ですね」
P「だろ? でも、だからこそ、ひとつひとつの行程をいかに丁寧にするか、ってことが大事だと思うんだよ。つまり愛情だ」
灯織「……飛躍していると思います」
P「してるか? ……してるか。灯織は丁寧な作業って得意そうだもんな」
灯織「得意、と言うわけでは……料理をするときは、雑なことも多いです」
P「でも、うまいけどな。エビフライもサラダも味噌汁もぜんぶめちゃくちゃうまい」
灯織「褒めすぎです。……でも、プロデューサーが喜んでくれたなら、良かったです」
P「よろこぶよろこぶ。これで、もっとがんばれそうだ」
灯織「……あまり頑張られても、困るんですが」
P「困るのか……」
灯織「はい。『身体が資本なんだから、しっかり食べないと』ですが、しっかり食べたからって無限に動けるわけじゃないですから。しっかり食べて、しっかり休んでください」
P「……わかったよ。しっかり食べて、しっかり休む。灯織もな」
灯織「……はい。それじゃあ、今日は帰ることにします」
P「ああ。お疲れ、灯織。……今日は、本当にありがとうな」
灯織「どういたしまして。こちらこそ、いつも……」
P「……灯織?」
灯織「……なんでもありません。今日もお疲れ様でした、プロデューサー。……明日からも、よろしくお願いします」
P「ああ、また明日」
終
おわりです。ありがとうございました。
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