「ポケモンを診るということ」 (13)
その日の救急外来は随分と忙しかった。
あらかた患者がいなくなったタイミングで、僕はついうとうとと眠ってしまっていたようだった。
「……先生、サツキ先生!」
「ぅあ、はい!」
僕を呼ぶ声に、乾いた喉であわてて返事をする。
焦点の合わない目を開けると、ピンクの髪を後ろで結んだ、すっきりした目鼻立ちの女性が立っていた。
僕が務めているポケモンセンターのジョーイさんだ。
僕が寝落ちしていたのは宿直室のソファーの上だ。
僕のお腹には読みかけの新薬の資料が散乱していて、起き上がると同時にそれらがパラパラと床に落ちた。
「先生。お疲れのところ申し訳ありませんけど、5分後に急患ですよ」
「や、すみません、自分だけ勝手に寝ちゃって……すぐ行きます!」
「ふふ、慌てなくてもいいですよ。問診だけ先にやっておきますから」
いつもと変わらない笑顔のジョーイさんは、そう言って宿直室を後にした。
ピンクの後ろ髪を見送って、僕はようやくソファーから立ち上がる。
「ん゛ー……、」
伸びをすると幾分か目が覚めた。
胸元のポケットに入っているポケベルで時間を確認すると、深夜の2時30分。
ジョーイさんからの着信が2件ほど入っていて、なるほどそれで起こしに来てくれたのか、と納得した。
脱ぎ捨てていた白衣を手に取って、僕は宿直室のドアを開けた。
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「メスのデンリュウで、主訴は発熱……か」
呟いて僕は厚いゴム手袋をつけた。
でんきタイプのポケモンが発熱しているとき、迂闊に触れてはいけない。
その熱が『感染症』で、病原菌に対する免疫応答の結果であれば良いのだが、『電嚢炎』であれば触れると感電する恐れがある。
特に今回の症例はその可能性が高い。
「とりあえず血液検査ですね。後でんき穿刺の準備お願いします」
「はい!」
ジョーイさんはてきぱきと検査の準備を始めてくれた。
その間に再度ボードを見直す。
「わざは……そうか、バトル歴がないのか」
デンリュウやミニリューなどの身体に宝石を埋め込んでいるポケモンがいる。
彼らは宝石内のエネルギーをでんげきやこうせんに変えるという特殊な性質を持っている。
宝石は生体のエネルギーを効率よく『わざ』に変換する炉のようなものだ。
だから、先天性の宝石奇形を持っているポケモンはエネルギー変換がうまくできないことがある。
このデンリュウも、本来赤い宝石があるはずの額には、こぶのような茶褐色の小さな瘢痕がみられた。
「10まんボルトは覚えていますか?」
「覚えていますね。わざは『10まんボルト』『でんきショック』『たいあたり』『なきごえ』です」
「さすがジョーイさん。ありがとう」
バトルをしないポケモンたちは、わざの調整がされていないことが多い。
未だに、なきごえなんかを覚えているのはそのためだろう。
「穿刺の準備できました!」
「ありがとう」
症状からも、おそらく『電嚢炎』で間違いないだろう。
でんきわざが不完全に発動した際、でんきが身体の中に溜まる。
それが許容量を超えると、発熱や痛みが出る疾患だ。
バトルを数多くこなしているポケモンよりも、この子のようにわざを出すことに慣れていないポケモンや、ベビィポケモンがなりやすい傾向がある。
「よし、やるか」
であれば穿刺によってでんきを逃がす治療が有効となる。
針を刺す痛みはあるが、それほどポケモンに害を加えない検査(兼治療)なので疑った段階で行ってよい。
「オウサカさんに検査の同意書もらってきますね」
「はい、お願いします!」
僕は苦しそうなデンリュウの背中に触れた。
「キュウ……」
「よしよし。もうすぐ楽になるから、ちょっとだけ頑張ろうな」
声をかけるとデンリュウは少し安心したのか、フゥと息を吐いた。
僕はデンリュウをうつぶせにして、浮き出た脊椎を指でなぞる。
背骨の両側に『電嚢』という小さな板状の器官が、板同士をくっつけるようにして長く続いているのだ。
身体全体でみると、頭側がプラス、尻尾側がマイナス。
プラスルやマイナンがいる病院なら針も刺さずに治療が可能なのだけれど、今日はでんきタイプのポケモンが常時待機している日ではなかった。
「じゃあ、少しデンリュウを押さえていて」
「はいっ」
ジョーイさんもゴム手袋をつけ、デンリュウの両手を上から押さえた。
足の方には長い絶縁体バンドを巻き付け、暴れないようにしている。
電嚢穿刺は、この板状の器官に2本の針を刺し、そこから溜まったでんきを身体の外に流してやることで治療する方法だ。
局所麻酔をしてから行うため痛みは少ないが、『針で刺される』こと自体の恐怖心も強い。
「じっとしててね」
僕はデンリュウの背中に手を当てた。
ジョーイさんから電嚢穿刺に使用する針を受け取る。
針は1本目がプラス、2本目がマイナスの導線につながっていて、その先には蓄電器のような機械がつながれている。
「ヴヴヴ……」
デンリュウが機械を見て低いうなり声をあげ、僕は背中をさすった。
怖いだろうけど、穿刺後にはすぐに症状が改善するのが電嚢穿刺のいいところだ。
「じゃあ、やります」
麻酔を効かせた後、位置を確かめながらゆっくりと針を進めていく。
針は2㎝ほど進んだところで『パチっ』と音を出した。
電嚢に入った証拠だ。
「もう1本」
受け取って、今針を刺した場所の隣を狙って、2本目の針を刺していく。
針はもう一度『バチッ』と言って、ずっと身体を強張らせていたデンリュウの力が、すうっと抜けるのが分かった。
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