女「私は鼻が効きますから」 (276)
男「へ??」
女「なので探し当てることができました」
男「???」
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男(容姿端麗。眉目秀麗。仙姿玉質)
男(彼女を一言で言い表すならどれが相応しいのだろう)
男(才色兼備で高嶺の花。俺がどう足掻こうが決して掴むことの出来ない存在)
男(いや、俺だけじゃない。彼女は誰も寄せ付けない雰囲気を纏っている)
男(冷酷無情の如くバッサバッサと斬り捨てられた男達が何人もいるからだ)
男(そんな彼女に……)
男(そんな彼女に今俺は……何故か呼び出されているのだが……)
男「女さん、悪いけどもう一度言ってもらっていいかな?」
女「私は鼻が効きます」
男「鼻が……効く??」
女「嗅覚が敏感という意味です」
男「あ、はい」
女「なので人混みなどが苦手です」
男「う、うん?」
女「満員電車は以っての他です」
男「あー、うん」
女「教室も……汗や体臭、香水などの匂いが入り混じり、とても耐え辛い空間です」
男「えと、それは……なかなか大変ですね」
女「ええ」
男「……えっと……」
女「……」
男「も、もしかして俺、なんか臭う?」
女「はい。とても」
男(ま、まさか呼び出しって!このことかぁぁぁ)ズーン
男「毎日風呂入ってるんだけど……そんな臭いなら朝シャンもしてくるよ……その、なんかごめん」ズーン
男(マジか……俺、そうだったのか……自分じゃ気付かないっていうけど……マジかぁぁ)
女「結構です」
男「え?」
女「そのままで結構です」
男「んん??」
女「教室に様々な臭いが入り混じる中、快然たる香りもありました」
男「か、かいぜんってなに?」
女「気になるなら調べてみては?」
男「う、うん」
男「かいぜん、かいぜんっと……」ポチポチ
男「あったあった。えっと……」
男「心地よいさま。気がかりのないさま。病気がよくなるさま」
男「えーっと……つまり?」
女「私が今まで出会ったことのない匂い。それを辿ると貴方に行き着きました」
男「は、はい」
女「無粋ではありますが、一度嗅がせていただいても宜しいですか?」
男「ええ!?」
女「お願いします」
男「え、えーっと、制服でいいのかな?」
女「いえ。体臭です」
男「た、体臭!?」
女「はい」
男「手……とか?」
女「色々な所に触れた手は雑臭がするので遠慮させて頂きます」
男「髪の毛……とか?」
女「わざわざ嗅がなくても判別できるので遠慮させて頂きます」
男「じゃあ具体的にどこの匂いを嗅ぎたいの?」
女「首筋を」
男「く、首!?」
女「駄目……ですか?」
男(な、なんで残念そうな顔してるの!?そんな顔されたら断りにくいじゃないかっ!)
男「……」
女「……」
男「臭くても責任とれないよ?」
女「はい。構いません」
男「じ、じゃあ……いいよ」
女「ありがとうございます」
女「では失礼しますね」スッ
フワッ
男(女さんが近付いて……!なんかすげー良い匂いがするっ!)
女「」クン
男「!!」
男(近いっ!想像以上に近い!!)
女「」スンスン
男(こ、こ、この距離は心臓に悪すぎるっっ!!)
女「ふ……はぁ……」
男「!!」
男(お、女さんの吐息が首に……っ!)
女「」スンスン
男「あ、あの……」
女「!」
スッ
女「失礼しました」
男「い、いえ」
女「ありがとうございました」
男「……その、どうでしたか?実際嗅ぐとか想像とちょっと違かったりとか」
女「ええ。想像以上でした」
男(想像以上!?それって……どういうことだ??)
男「あの、それって」
女「では私はこれで失礼します」
男「あ、はい」
スタスタスタ
男「行ってしまった……」
男「なんだったんだ一体……」
――自宅
男(それにしても今日は驚いたなぁ)
男(想像以上ってきっと良い意味だよな?)
男(信じられない。あの女さんが)
男(あの高嶺の花である女さんが……もしかしてこれって……期待しちゃってもいいやつ?)
男「なんてそんな都合良くいくわけ……」
男「でも期待しちゃうよなぁ」デレ
――朝 教室
男(期待してた俺が馬鹿でした)
男(いつも通り話しかけるなオーラがプンプンと漂ってやがるぜ)
男(いや、別にショックはないよ?元々手の届かない存在だと思ってたし)
男(でも……折角だからもうちょっと仲良くなりたかったな……)
友「よう!男!」ポン
男「おはよ、友」
友「今日の四限体育だぜ?腹が減ってる時間にきっついよなぁ~」
男「ああ、そうだね」
友「しかも男子は持久走だと。今から憂鬱になるぜ」
男「はは……考えただけでも嫌になるな」
友「ま、お互い適当に頑張ろうぜ」
男「ああ」
――昼休み
友「飯だ飯だ飯だーー!!」
友「もう汗だくでクタクタだわ……早く飯行こうぜ男!」
男「そうだね」
女「ちょっといい?」
男「!?」
友「え!?お、女さんっ!?どうしたの?」
女「彼に用事が……」
男「お、おれ?」
女「はい」
友「え?ええぇ!?」
男「えーっと、何かな?」
女「……」フラ
男(?なんか具合悪そうな気が……)
女「うっ……」
男「!?」
男(なんだ!?明らかに様子がおかしいぞ)
男「場所移そうか?」
女「ええ……人が、いない場所に……」
男「人が?……じゃあこっちに」
友「どういう事だ!?あの女さんがっ男に!?」
男「悪い友、先に飯食ってていいから!」
友「あ、ああ」
――校舎裏
男「誰もいない場所って行ったらココくらいしか思いつかなかったけど……」
女「……」
男「本当にココでよかったの?保健室とかの方が……」
女「……」ブンブン
男「大丈夫?なんか具合悪そうだけど」
女「体育の後は臭いが……」
男「あっ……そうか、なるほど……」
女「……」
男「えっと、外の空気に当たってたら落ち着く?」
女「……せてください」ボソ
男「え?」
女「匂いを……嗅がせてください」
男「ええ!!?俺も走って汗かいちゃったし……いくらなんでも臭いよ!」
女「お願いします」
男「でも!…………余計気持ち悪くなっても知らないよ?」
女「はい」
男「えと……じゃあ、どうぞ?」
女「失礼します」
スッ フワッ
男(うぅぅ……なんていい匂いなんだ女さん!俺なんかよりも君の方がとてもいい匂いのような気がするけど)
女「」スンスン
男(き、昨日と同じ首筋を……)
女「!!」
男「?」
女「」スンスンスンスン
男「……」
女「ふわぁ……」
男(これ、誰かに見られたらヤバイ絵面なのでは……)
女「」スンスン クンクン
男「……」
女「はぁ……ふぅ……」
男(な、艶かしい吐息ががが……!)
女「」クンクン スンスン
男「お、女さんっ、そろそろ」
女「!」
スッ
女「失礼しました」
男「う、うん。大丈夫?」
女「はい。おかげ様で良くなりました」
男「昨日より臭かったと思うんだけど……」
女「はい。昨日以上に芳しい香りでした」
男「そ、そう?ならよかった……のかな?」
女「ありがとうございました」
男「でもこれじゃあ毎回体育の後なんて大変なんじゃない?」
女「今日はそれ用のハンカチを忘れてしまって……」
男「それ用のハンカチ?あ……あぁ!たまにハンカチで口元を覆ってる時あったけど、それってもしかしてこういう事態に備えて?」
女「はい。普段使い用のハンカチでは防げないので、別途それ用のハンカチを用意しています」
男「それを忘れちゃったんだね」
女「はい」
男「なんていうか……お役に立ててよかったです」
女「助かりました」
男「あ、あの!もし今後、辛い時は遠慮なく頼ってくれていいから!」
男(言った!俺、頑張った!!)
女「……」
男「……?」
女「見返りを要求されても困るのでハッキリ申し上げておきますが、私にはお礼の言葉を口にすることしかできません」
男「見返りなんて求めないよ!ただ、少しでも……その、仲良くなれたら……」
女「……」
男「えと、その……」
女「誤解のないよう事前に申し上げます」
男「?」
女「私は貴方に対して好意はありません」
男「あ、うん」
女「今後好意を抱く事もありえません」
男(ありえない、と明言された……いや、分かってたけどね……分かってたけどさぁ)
女「貴方が今後、私に対して特別な感情を持ってもそれには応えられません」
男「そんな事は!……思ってもないし、考えてもないよ……」
女「ただ私にとって貴方は快然たる香りの持ち主だという事は事実です」
男「は、はい」
女「それを踏まえた上で利用させて頂けるという事でしたら、その時はまた宜しくお願いします」
男「うん、全然気軽に頼って下さい」
女「では失礼します」
スタスタスタ
男(告白してもないのにフラれた気分だ)
男(俺も元々女さんに好意を抱いていた訳じゃないし、手の届かない存在だと思ってる)
男(けど、ここまでハッキリ釘刺されると……笑うしかないよなぁ)
男「はは、は……」
――教室
友「おい!男!どういう事だよ!説明しろ!」グラグラ
男「別にお前が思ってるような事じゃないって」
友「でもあの女さんだぜ?こんなこと今まで一度もなかったのに!」グラグラ
男「たまたま……困ってるのを助けてただけだよ」
男(嘘は……言ってないよな?)
男(女さんの体質のこと、俺の口から言うような事じゃないと思うし)
友「それでもあの女さんと接点持ったんだろ?羨ましい奴だぜ、コンチクショー!」
男「あ、ははは……友が思うような事はありえないから安心していいよ」
友「当たり前だろ。難攻不落で有名な女さんだぜ?俺らのような取り柄もない人間がどうこう出来るお人じゃない!」
男「うんうん」
友「ほら見ろよ、あの儚げな表情……美しいよな……」
男(知ってしまうとあれはただ、教室の臭いを我慢してるだけなんだよなぁ)
男(あ、そういえば……)
男(ハンカチを忘れたって言ってたな)
――放課後
男「」コソコソ
男「女さん、そのままでいいから聞いて」ボソ
女「……」
男「帰りの電車は大丈夫なの?」
女「……」
男「もし必要なら……利用する?」
女「……」チラッ
男(否定がないって事は……やっぱり辛いのか)
男「最寄り駅は?」
女「……」
男「……」
女「〇〇駅」
男「!」
男(俺の最寄駅の隣!?そんな近くに住んでたなんて知らなかった!)
男「俺、その隣の××駅だから……どう?」
女「……」コクン
男「じゃあ先に駅のホームで待ってるから」
女「……」コクン
男(逆方向でも送るつもりだったけど、まさか隣の駅だったなんて)
男(よし、行くか)
――駅 ホーム
女「あ……」
男「お、きたきた」
女「お待たせしました」
男「ううん。考えなしに誘っちゃったけど、電車内で密着するわけにもいかないし、あまり意味ないかもなーって後から思った……ごめんね」
女「いいえ。隣にいるだけで中和されますから」
男「中和……そんなもんなの?」
女「はい。鼻が効くので」
男「ははっ、そっか」
男「あ!ちょうど電車来たみたいだね」
男「端っこの座席が空いてるよ!女さん!」
女「……」
男「どうぞ」
女「どうも」ストン
男「じゃあ俺は……隣に失礼します」ストン
ガタン ゴトン ガタン ゴトン
男「事前に申し上げますが、見返りとか求めてないので安心して下さい」
女「はい」
男「まさか隣の駅だったのは驚いたけどね~」
女「…………」
女「そう、ですね」
男「この時間は比較的に空いてるけど、やっぱりキツイの?」
女「朝ほどではないですが、アレがないので少し……」
男(アレ?……ああ、対策用のハンカチか)
男「そっか」
女「……」
男「朝の電車は大丈夫なの?」
女「女性専用車両を利用してます」
男「おお、なるほど」
女「……」
男「女性専用車両っていい匂いしそうだもんなぁ」
女「化粧品。香水。柔軟剤。混ぜるな危険……です」
男「あ、なるほど……」
女「……」
男「……」
女「貴方はいつもどこに……いえ、なんでもありません」
男「俺?朝は6号車に乗ってるよ」
男「降りたらすぐ階段だから遅刻しそうな時とかスタートダッシュが切れるんだ!」
女「……」
男「……」
ガタンゴトン ガタンゴトン
男「そろそろ女さんの降りる駅だね」
女「……」
男「俺はこの次」
女「……」
男(せめて一言だけでも返事がほしい……)
男(いやいや、強引に誘ったのは俺だし……興味ないってハッキリ言われてるもんなぁ)
『まもなく~〇〇、〇〇でございます』
男「……」
女「……」
『ドアが開きます。ご注意ください』
男「着いたね、じゃあまた明日」
女「私はいつも7時10分の電車に乗ってます」スク
男「え?」
女「ありがとうございました。失礼します」
スタスタスタ
乗務員『ドアが閉まります。ご注意下さい』
男「??」
――翌日 朝 ホーム
男(思わずいつもより早く来てしまった)
男(〇〇駅に7時10分ってことは、この駅だと7時6分発の電車ってことだよな)
男(でも女さんは女性専用車両に乗ってるはずだし……早くにきて何してんだ俺は……)
『まもなく列車が参ります。白線の内側までお下がりください』
男(まぁいいや、俺はいつも通り6号車で)
『ドアが閉まります。ご注意ください』
男「……」
男(この時間帯でも混み具合は変わらないんだな)
男(それに今まで意識したことなかったけど、たしかに臭いが……)
男(女さんは女性専用車両もキツイと言ってたけど、こっちよりか幾らかはマシだよなぁ)
男(だからきっと、今日も女性専用車両に乗るはず)
『次は〇〇、〇〇でございます』
男「……」キョロキョロ
男(うん、わかってたけどね)
『ドアが閉まります。ご注意ください』
男(何やってんだろう俺は……。明日からいつも通りの時間に行こう)
――学校 最寄り駅 ホーム
男「ふぅ……」
男(おおっ!のんびり歩いても学校に着くまで全然余裕があるぞ!)
男(たまには早く電車乗るのもアリかもしれない……)
男(なんて嘘!眠い!二度とこんな時間に乗ってやるもんか!!)
男「ふわぁぁぁ!」
女「」チラッ
男「!」
男(女さん!うわぁぁ女さんに大アクビしてるとこ見られた!恥ずかしい!!)
男(ていうか、この時間に俺がいること……女さんに何て思われただろう)
男(俺が何か期待してるって誤解されちゃったら嫌だな……)
男(いや、まぁしてないと言えば嘘になるけど……でも、それだけじゃなくて!うーん)
男(っていつの間にか居なくなってるし……)
男「本当なにしてんだ俺」
男「はぁ」
――教室
男(おー、やっぱり朝早いだけあって人も少ないなー)
男(女さんは……)チラッ
男(いつも通り本を読んでる)
男(ていうか気まずいな……ちょっと遅れて教室に入ればよかった)ズーン
女「おはようございます」
男「え!?」
女「……」
男「あ、おはよう」
男「……」ストン
男(初めて女さんに挨拶された……)
男(たったそれだけの事なのに嬉しいと思ってしまうのはきっと俺が単純だからだろう)
男(やべっニヤける、とりあえず寝たフリして過ごそう)
――放課後
男(今日は特に女さんに呼び出されることもなく)
男(いや、当たり前といえば当たり前なんだけどね!)
男「友!今日一緒に帰らないか?」
友「わりぃ、今日はバイト!急いでるからじゃあな!」
男「あー頑張ってね」
女「」スクッ
男(女さんは今から帰るのか)
男(付き纏ってると思われるのも嫌だし、図書室によって帰るかな……)
女「」パサッ
スタスタスタ
男「あっ、あれは……」
男「女さん!ちょっと待って!」
女「?」クル
男「はい、これ落とし物!」サッ
女「え!?あ!」
男「これって例のハンカチだよね?」
女「はい……ありがとうございます」スッ
男「よかった、大事な物だもんね」
女「…………」
男「えと……じゃあ俺は図書室に用があるからこれで――」
女「あの!」
男「??」
女「か、嗅ぎましたか?」
男「ふぇ??」
女「ハンカチの匂いを嗅ぎましたか!?」
男「えと、嗅いでないけど……」
女「本当ですか!?」
男「うん」
男(なんかそこまで言われると気になるな……どんな匂いするんだろう)
女「ならいいです。ありがとうございました」
男「女さん、そのハンカチの匂い嗅がせてって言ったら嫌かな?」
女「!?」
男「臭い対策のハンカチってどんな香りがするのか気になっちゃって」
女「だ、だ、ダメです!!」
男(おー、慌ててる女さん……新鮮だ!)
男(ていうかそこまで拒否られると余計気になるのが人の性ってもんだろ)
男「お願い女さん!代わりに俺の匂い嗅いでいいから!」
女「……で、でも……うぅぅ」
男(あと一押しでいけるっ!!)
男「どこでも好きなところ嗅いでいいって言ったらどう?」
女「」ピク
男「……」
女「どこでも……」
女「わ、わかりました」
男(勢いでとんでもないこと言ってないか?俺)
男(まぁいいか、そんなに変なところは嗅がれないだろ)
女「どこでもか……ふふ……」
男(嗅がれない……よな?)
女「では人の少ないところへ」
男「う、うん」
――屋上前 踊り場
男「じゃあ先にハンカチを貸してもらってもいい?」
女「はい……いえ、でも……ううぅ」
男「やっぱりやめておく?」
女「うう……背に腹は変えられません」
女「ど、どうぞ!」サッ
男「う、うん」スッ
男「じゃあ、失礼します」
女「……」
男「……」スンスン
女「うぅぅ……」
男「?」
男(あれ?もっと柔軟剤とかの匂いを想像してたけど……ちょっと違うな)
男「……」クンクン スンスン
男(優しい感じというか、たしかに落ち着く匂いかも)
男「……」クンクン スンスン
女「……あ、あの……」
男「あ、ごめん!」
男「はい、ありがとうね」サッ
女「い、いえ……」スッ
男「……」
女「えと……臭かった、ですか……?」
男「いや?想像と少し違ったけど、なんか優しくて落ち着く匂いだったよ」
女「え!?」
男「人工的な匂いじゃないっていうか……言葉では言い表せないけど、俺はこの匂い好きだな」
女「はぅ……」カァァァ
男「!?」
男(赤面!?あの女さんが!?)
男(てかなんですかそれ!普段とのギャップもあって可愛すぎなんですけど!!)
男「あー、えと、じゃあ次は女さんの番だけど……嗅ぎますか?」
女「はい……勿論です」
男「俺はこのまま立ったままでいい?」
女「そうですね……座ってもらえますか?」
男「わ、わかった」ストン
女「では」スッ
男(女さんが俺の前にしゃがみ込んで……って)
男「あ、ちょっと待って!」
女「?」
男(俺の鞄に制服の上着をかけてっと)ガサガサ
男「はい、この上に膝置いていいから」
女「……」
男「……?」
女「慣れてる?」
男「こんな事初めてです!!」
女「そう。それでは改めて失礼します」スッ
男(胡座をかく俺の前に、膝立ちの女さん……これってなんか、なんか!ドキドキするよぉぉぉ!)
女「ではまず頭皮から」
男「と、頭皮!!?」
女「はい。肩、お借りしてもいいですか?」
男「う、うん」
女「では」スッ
男(俺の両肩に女さんの手が……)
男(そして俺の頭皮に女さんの顔が……なんだこの状況……)
女「……」スンスン
男「うう……」
女「……」スンスン
男(恥ずかしいよぉぉ!)
女「うーん……」スンスン
男「??」
女「わかりました」バッ
男(なにがわかったの!?聞きたいけど聞きたくないっ!!)
女「頭皮は微妙ですね。シャンプーなどの匂いが邪魔で純粋な匂いが嗅げません」
男「そ、そうですか」
女「では次」
男「次!?」
女「どこでも嗅いでいいと言ったのは貴方ですよね?」ジト
男「はい、その通りでございます」
女「ではそのまま横を向いてもらえますか?」
男「うん……こう?」
女「はい。では失礼します」スッ
男「!?」
男(耳っ!?いや、違う!これはっ!!)
男(耳裏!!)
女「……」スンスン
女「っ!!」バッ
男「えっ!?」
女「し、失礼しました……もう一度嗅ぎます」
男「あ、はい」
女「……」スッ
女「」スンスン
女「ふぁ……」
男「!?」
クンクン スンスン
女「んっ……はぁ……」
男「っ!」
男(女さんの吐息が耳にかかって……ゾクゾクするっ!!)
スンスン クンクン
女「んんっ……しゅごい……はぁ……」
男「!!」ゾクゾク
女「あっ……」クンクン
男(ヤバい!ヤバいすぎる!!耳元でエロい吐息は危険すぎるっ!!)
スンスン クンクン
女「はぁ……んっ……」
男「お、女さんっ、くすぐったいんだけど」
女「!!」バッ
女「し、失礼しました」
男「いえ……その、大丈夫だった?」
女「はい……意識がもっていかれそうなほど、濃厚な匂いでした」トロン
男「濃厚……?」
女「濃厚すぎて普段使いには向いてません」
男(普段使いってなにっ!!??)
女「では次は首筋です」スッ
男「あ、うん」
女「……」スンスン
男(ここは何度か嗅がれた事があるから、いくらか耐性がついたな)
女「あれ?」
スンスン クンクン
男「??」
女「……」バッ
男「女さん?」
女「物足りない」
男「ええ?」
女「いい匂い……なんですけど、耳の濃厚な匂いのあとだと……物足りなく感じます」
男「あーなるほど」
女「では次」
男「はいはい、次はどこです?」
女「脇でお願いします」
男「脇ね、はいはい……って脇っ!?」
女「はい」
男「それはちょっと!てか、絶対臭いからやめた方がいいよ!!」
女「それは私が判断しますから脱いで下さい」
男「脱ぐ!?」
女「ハンカチ……嗅ぎましたよね?」
男「えぇぇぇ」
男(俺が言い出した事だし仕方ない、ワイシャツのボタン開けて……と)
男「はい、どうぞ!」
女「少し腕を上げててください」
男「ううう……恥ずかちぃ……あんまり見ないで……」クイッ
女「では」スッ
スンスン クンクン
女「!!」
スンスン クンクン
女「んんっ!」
男「えっ!?」
スンスン クンクン
女「ふむふむ」
男(な、なにを納得してるんですかっ!!?)
スンスン クンクン
女「……んん……」
男「ぐ……ぬぬ……」
スンスン クンクン
女「はぁ……うんうん」
男「女さん!ストップ!ストーーップ!!」
女「……」スッ
男「これ以上は、勘弁して下さい……」
女「はい」
男「むぅ」
女「脇は首や耳とは違い、少し酸味が加わった独特な香りがしました」
女「少し癖があり、落ち着く香りとは言い難いですが……これはこれで中々乙なものでした」
男「解説ありがとうございます」
女「ですが、残念ながら私の求める匂いとは少し違います」
男「そうですか」
女「耳と首の中間の匂い……どこかありませんか?」
男「知りませんっ!!」
女「……耳と首の中間……」
男「もうこれくらいでいいよね?そろそろ終わりに――」
女「最後に一つだけ嗅ぎたいのですが、よろしいですか?」
男「む……下半身や足は却下します!」
女「上半身です」
男「それなら……いい、かな?」
女「ではそのまま、絶対に動かないで下さい」
男「??……うん、いいけど」
女「失礼します」スッ
男「!!」
男(女さんの両手が俺の両頬に添えられてる!?)
男(一体なにをするつもりなんだ!?)
女「いいですか?動かないでくださいね」ジー
男「う、うん」コクコク
女「……」スー
男(えっ!?な、なんで顔を近付けてくるの!?)
女「……」スー
男(え?え!?まてまてまて待て!!まさかアレか!?口と口が触れ合う伝説のアレか!?)
男(うわ!さらに近付いてきてる!!どうしたらいいの!?こんなの授業で習ってねぇぇよ!先生ぃぃぃぃ!!)
女「っ……」スー
男(だ、だめた!目を開けてられない!もうなるようになれだ!!)グッ
女「……」ピタ
男(あれ?止まった気配が……)
女「……」スンスン
男(スンスン!?え?どこを嗅いでるの!?)
女「ふわぁ……」
スンスン クンクン
男(吐息がっ!!ええっ!?)
スンスン クンクン
女「んんっ……んん……」
スンスン クンクン
女「はぁ……んっ……」
男(でたエロ吐息っ!!一体どこを嗅いでるんだ?目を開けていいよな?)
男(開けるぞ!目を開けるぞ!!)
パチッ
男「!!!!」
男(うっわ!!近っっ!!!)
女「んん……はぁ……ふぁ……」クンクン
男(ヤバいヤバいヤバい!!過去最大にヤバい!!)
男(女さんの顔が朝至近距離に……鼻か!?鼻の匂いを嗅いでるのか!?)
クンクン スンスン
女「ぁっ……んん……」
男(鼻の横の窪みか!?なんでそんなところを!!)
男(それにしても近い、近過ぎる!!口と口の距離が数センチしか――)
男(なるほど、だから絶対動くなって言ってたのか……納得)
スンスン クンクン
女「んっ……ん……」
男(ヤバい……これ間違って少しでも動いたら、口と口が……)
男(ん?待てよ……少しでも動いたら……女さんと……)
男(って!おいこら俺!!今なにを考えた!?ダメだ!それは人としてやってはいけない!!)
男(それにこんな事考えてる時点でそれは事故ではない!!故意だ!!いや、恋だ!!!)
男(って、何を言ってるんだ俺はぁぁぁぁ!!)
男「ぐ……」
スンスン クンクン
女「ふわぁ……んん……」
男「だ、ダメだーー!!」グイッ
女「きゃっ!!」
男「お、女さん!これはちょっと――」
女「見つけた」
男「へっ!?」
女「ひと嗅ぎした瞬間わかりました、私の理想とする匂いだと」
男「で、でも少しでも動いたら危なかったよ!?」
女「?」
男「口と口が触れ合ってもよかったの!?」
女「それは絶対嫌です」
男「あはは、ですよねー」
女「あの、もう一度よろしいですか?」
男「はあ!?ダメだって!」
女「お願いします……」ウル
男「うっ……」
――電車内
ガタンゴトン ガタンゴトン
男(結局あの後も鼻を嗅がれてしまった)
男(隣にいるこの人はよく冷静でいられるな)
男(俺は意識しちゃって顔を見るのも恥ずかしいってのに……)
男(あ……そうか……)
男(俺のこと……人ではなく匂いとして認識してるからか……)ズーン
女「そういえば」
男「……?」
女「今朝は同じ電車に乗っていたのですね」
男「うん……だけど、明日から普通に戻すよ」
女「……」
『まもなく〇〇~、〇〇でございます』
女「戻してしまうのですか?」
男「え?」
女「一緒に乗ってくれるならそれだけで助かります」
男「でも俺の乗る車両は満員だし……」
女「自然と密着できて嗅ぎ放題です」
男「……!」
女「それでは、失礼します」スクッ
男「う、うん」
――翌朝 電車内
男(自然と密着できて嗅ぎ放題)
女「……」クンクン
男(近くにいるだけで中和されると言ってたのに……)
男(俺の首筋に鼻をくっつけてくるのは何故ですか?)
女「……」クンクン
男「……」
ガタンゴトン ガタンゴトン
女「……うっ」フラッ
男「え?」
女「……」サー
男(女さんの顔色が!?)
男「もしかして中和できてない!?」
女「……」コクン
男「マジか……」
男(今、俺の体で一番匂いが濃そうな場所はどこだ!?)
男(脇ならどうだ?……でも電車内で……いや、そんな事言ってられない!)
男(ボタンを開けて)ガサガサ
男「女さん、ここに」
女「ん」スッ
男(自分から提案しておいてアレだけど)
男(俺のワイシャツに顔を突っ込む女さん……いいのか、それ)
女「……」スンスン
男「大丈夫そう?」
女「」コクン
スンスン クンクン
男「よかった……」
――朝 通学路
男「……」
女「……」
スタスタ
男「……」
女「……」
スタスタ
男(目的地が同じだから一緒に歩いてるけど、まさか俺が女子と登校する日がくるとは……)
男(しかも相手はあの女さんときたもんだ)
男(世の中わからないもんだなぁ)
女「……」
スタスタ
男(ま、会話はないけどね!)
女「……」
男「……」
女「学校に着いたら屋上前の踊り場に行きましょう」
男「へ??なんで?」
女「確認したい事があります」
男「わかった」
――屋上前 踊り場
女「ジッとしててください」スッ
男「ええ!?」
男(これは!まさか鼻!?朝からなんて大胆なっ!!)
女「……」スンスン
男(めっちゃ鼻をくっつけてきてるけど、いいのか女さん)
男(貴女の綺麗なお顔に、俺の鼻油ついちゃいますぜ?)
女「……」スンスン
男「……」
女「やはり……」スッ
男「ん?」
女「放課後、またここに集合で」
男「あ、はい」
――放課後
男「言われた通りに来てみたけど、どうしたの?」
女「……」スッ
男「またいきなり鼻!?」
女「黙っててください」
男「はい。すみません」
女「……」スンスン
女「!!」
男「?」
女「んっ……」クンクン
男「……」
女「ふぁ……ん……」スンスン
男「!?」
女「ふう……」スッ
男「ど、どうだった?」
女「素晴らしい匂いです」トロン
男「それならよかった……のか?」
女「朝は貴方の匂いが薄かったです」
男「やっぱりそうだったのか」
女「はい。時間が経った今、貴方の匂いは濃さを増しています」
男「時間経過で匂いが増すのか」
女「今朝シャワーを浴びてきましたか?」
男「いや、いつも通り寝る前に入ったけど……」
女「……」
女「もういっそのこと入らなくてもいいのでは?」
男「ええぇぇ、本気で言ってる!?」
女「はい」
男「いやいや!逆に聞くけど女さんは毎日お風呂に入らなくても平気?」
女「絶対に無理です」
男「あはは~、俺も俺も~!」
女「むぅ……」
男「でもこれじゃあ、朝は別々の方がいいかもね」
女「!!」
男「毎回、脇の匂いを嗅がせるわけにはいかないし」
女「……」
男「今までだってなんとかなってきたから、大丈夫だよね?」
女「…………」
男「女さん?」
女「はい、わかりました」ジワッ
男「え??」
女「今までご迷惑をおかけしました」
男「え!?」
女「これからは今まで通り自分でなんとかします」
男「ちょ、違う、そんな意味で言ったんじゃ――」
女「失礼します」ウル
タタタタタ
男「……」
男「瞳が潤んでた……なんで?」
――自宅
男(理由はわからないけど)
男(やっぱりあの時の女さん、泣いてたよなぁ)
男(それに最後のあのセリフ……今後俺の匂いは利用しないってことか?)
男「はぁ」ゴロン
男(別に女さんと、どうこうなりたいなんて期待は今は持ってないけど)
男(このままで終わりっていうのはなんか嫌だ)
男(それならせめて良い思い出として、俺のことを記憶してもらいたい)
男「時間経過……汗……」
――朝 電車
ガタンゴトン ガタンゴトン
男(やれる事はやった)
男(匂いに関しては多分大丈夫だと思う)
男(問題は……)
『次は〇〇、〇〇でございます』
男(女さんの最寄駅)
男(多少強引になるけど、仕方ない)
男(さあこい!)
『ドアが開きます。ご注意下さい』
男「よし!!」
ダダダダ
男(女さんは……いた!やっぱり女性専用車両の前に!!)
男「女さんっ!!」
女「えっ!?」
男「こっちに!」グイッ
女「きゃっ!!」
『ドアが閉まります。ご注意下さい』
男「はぁはぁ……間に合った」
女「え!?なんで、どうして……」
男「急にごめん、でももう一度確認してほしかったんだ」
女「なにを?」
男「もちろん、俺の匂いを」
女「……」
男「ほら、嗅いでみて?」
女「はい……」
男「あ、鞄は持つよ。揺れるから俺の制服掴まってて」スッ
女「う、うん」
男「はい、どうぞ」
女「……」クンクン
男「……」
女「!!」
男「どうかな?匂いする?」
女「ん」コクン
スンスン クンクン
男「よかったぁ」
――通学路
女「どうやって朝から匂いを?」
男「実は……昨日、あれから考えてたんだ」
男「朝から匂いを出す方法を」
女「……」
男「風呂に入る時間を早くして、寝る前に筋トレしてみた」
女「えっ」
男「はは、おかげで筋肉痛だよ!でも匂いしたでしょ??」
女「はい……」
男「よかったぁー!これでダメだったらどうしようかと思ってた!」
女「……」
女「どうしてそこまで……」ボソ
男「え?」
女「どうしてそこまでしてくれるのですか?」
男「それは……」
女「……」
男「女さんと仲良くなれて嬉しかったんだ」
女「仲良く……」
男「あ!別に下心とかはないよ!」
女「はい」
男「期待だってしてないし、そういうのじゃなくて!えと、なんて言えばいいのかなぁ……」ポリポリ
女「……」
男「高校生活も残り半分くらいでしょ?」
女「そうですね」
男「少しでも思い出に残るような事があれば……」
女「……」
男「大人になって、あの時はこんな事があったなぁって思えたら……」
男「それってとても素晴らしい事だと思わない?」
女「…………」
男(あれ?俺なんかとんでもなくクサイこと言ってない?)
女「ふふ」
男「?」
女「随分と素敵なこと考えるのね」
男「!?」
男(なんだ?急に女さんの雰囲気が変わった?)
女「残念ながら私には縁もない話ね」
男「そんな事ないでしょ」
女「そんな事あるのよ」
男「どうしてそう言い切れるの?」
女「私が思い出す過去なんて苦痛な記憶しかないわ」
男「……」
女「友達もいない、行きたいところもいけない、やりたいことも出来ない」
女「それもこれも全てこの体質のせい」
男「……」
女「クラスメイトと友達になりたくてもなれない気持ち、貴方にはわかるのかしら?」
男「そ、それは……わからないかもしれない」
女「ま、一人の方が気楽だし、私はそれで満足してるからいいけど」
男「それじゃあ、ずっと孤独なままじゃないか」
女「ええ。今の私はそれを望んでいるもの」
男「今の?じゃあ昔は違ったの??」
女「昔は……そんな私と友達になってくれようとした子もいたわ」
男「!」
女「嬉しかった……でも駄目だった」
男「え……」
女「この体質のせいで他でもない私自身がその子を拒絶しちゃうのよ」
男「…………」
女「私には縁のない話だという事、お分かり頂けたかしら?」
男「うん、そうだね」
女「じゃあもうこの話は――」
男「でもこれからはきっと、変わっていくんじゃないかな」
女「はあ!?私の話聞いてた?」
男「うん」
女「私は一人でもいいって言ってるの!!」
男「本当にそう思ってるの?」
女「なに!?これ以上私に我慢しろっていうの!?」
男「違う!そうじゃない!」
女「なら余計なこと言わないで!」
男「女さん、話を聞いてくれ!」
女「貴方になにがわかるのよ!私の事なにも知らないくせに!!」
男「ああ、たしかに知らない事だらけだよ!」
女「だったら黙って匂いだけ提供してればいいのよ!!」
男(なんだそれ……)カチン
男「結局、女さん自身が変わることを恐れているだけじゃないか!!」
女「違う!私は一人を望んで――」
男「じゃあ女さんが今一緒にいるのは相手は誰だよ!!」
女「!!」
男「今の女さんは一人なんかじゃない!俺がいるだろ!!」
女「……」
男「俺は快然たる香りの持ち主なんでしょ?」
女「それは……」
男「俺がいれば出来ることも増えるはず」
女「……」
男「見返りなんて求めてない。ただ将来振り返った時にこんな奴がいたなぁって思い出してくれればそれで満足だから」
女「……」
男「もっと俺を頼ってよ」
女「……」
男「……あ……」
女「……」
男「その、なんかごめ――」
女「お先に失礼します」
タタタタタ
男「…………」
男(うわぁぁぁぁ!!俺はなんてことを!!)
男(偉そうに説教っぽいことしちゃってさぁ!!)
男(クサイセリフのオンパレードだし!女さんはなんか怖かったし!!)
男(うわぁぁぁぁ!!穴があったらはいりてぇぇぇぇ!!!)
バタバタバタ
友「何してんだお前」
ピタッ
男「別に」
友「なんで一人で悶えてたんだ?」
男「いや、気のせいだろ」
友「そうか」
男「ああ」
――昼休み
友「おい男!!お前どういうことだ!?」
男「いきなりなに??」
友「お前今日の朝、女さんと言い争ってたらしいじゃねーか!!噂になってんぞ!」
男(通学路だし、そりゃ誰かに見られるよなぁ……)
男「色々あるんだよ」
友「その色々を俺はまだ聞いていないっ!!」
女「男くん……ちょっといいですか?」
男「!?」
友「ええっ!?女さんっ!?」
女「ついてきてください」
男「う、うん」
友「へ??なんで??」
男「すまん友、そんなわけだから」
友「どんなわけだ!?」
男(朝の一件があったから気まずい……非常に気まずい)
女「……」
男「あの、女さん……一体どちらへ」
女「生活指導室です」
男「生活指導室??」
女「はい」
男「どうしてそこに?」
女「私の体質を知ってる先生がお昼休みの間だけ貸してくれているんです」
男「あ……なるほど」
ガチガチ ガチャン
女「どうぞ」
男「……失礼します」
バタン
??「あれは……」
??「噂の……」
――生活指導室
女「男くん」
男「は、はい」
女「あの……その……朝は本当にごめんなさい!」ペコ
男「いや……」
男「俺の方こそ熱くなっちゃってごめん」ペコ
女「私こんな事初めてで……なんというか……その……本当に失礼なことを……」
男「でも女さんの言う通りだった」
女「え……」
男「俺、女さんがそこまで悩んでたなんて知らなかった」
男「ちょっと考えればわかる事なのに、自分の事ばっかで……だから謝るのは俺の方なんだ」
女「男くん……」
男(昨日の涙も……朝の通学電車がそれだけ負担だったって事だもんな)
男「あ!てか名前呼ばれたの初めてな気がする!」
女「!!」
女「…………」コクン
男「やっぱり!すげー嬉しいよ!」
女「え……そうなの?」
男「うんうん」
女「そっかぁ……」
男「あと朝も途中から敬語じゃなくなった!」
女「え……あ……ごめんなさい!」
男「え?なんで謝るの?」
女「だって、その……わからなくて」
男「え?」
女「私、こんなんだから……人との接し方がよくわからなくて、その……」
男「あ、女さん」
女「は、はい?」
男「昼休みなくなると困るから、とりあえず飯食わない?」
女「え……はい……」
――――
――
女「敬語じゃなくていいのね?」
男「うん、全然。むしろそっちの方が接しやすいよ」
女「ならそうさせてもらうわ」
男「うん」
女「私、口調がキツいでしょ?」
男「えと……それは」
女「気を使わなくても結構よ。自覚してるから」
女「それに無愛想だし」
男「それは……うん、たしかに」
女「物心ついた時からこんな体質だったから、無意識に人を遠ざけちゃう癖がついちゃってるの」
男「あー、なるほど。すごく納得」
女「無愛想で口が悪いと余計感じ悪いじゃない?だからなるべく敬語で接するようにしてるってわけ」
男「おー、そういう事だったんだ」
女「ええ」
男「ってことは俺は認めてくれたってこと?」
女「いえ……貴方には朝の件で吹っ切れたって感じ」
男(つまり認められてはないってことか……)
女「私、親以外であんな感情的になったの初めてで……正直自分でも驚いたわ」
男「そっか……人を遠ざけてたって事は、喧嘩する相手もいなかったって事だもんね」
女「ええ」
男「女さんの過去のこと、少し考えればわかったはずなのに深く考えてなかった」
女「それは別に……変に気を使われても嫌だし」
男「そうだね。じゃあ女さんも俺のことは気を使わずに接してよ」
女「……」
男「?」
女「あれ?私、貴方にはそんなに気を使ってないかも」
男「うん。そうじゃなきゃ、匂いだけ提供しろ!だなんてセリフでてこないもんねー」
女「……貴方って結構根に持つのね」
男「いや、ショックだったんだよ純粋に」
女「ふふ。でも裏を返せば、言い争いをしてる最中でも貴方の匂いを手放す気にはなれなかったって事よ」
男「うん?」
女「それって凄いと思わない?あんな言葉が出るなんて自分でも思わなかったわ」
男「え、それって……」
女「きっと私にとって、私が思ってる以上に価値があるのよ。貴方の匂いは」
男「俺の匂い……」
女「例えば酸素濃度の低い世界で、目の前に上質な酸素マスクがあったら利用しない手はないでしょ?」
男「え?」
女「つまり、そういうことよ」
男「なるほど、つまり俺は人として認識されてないってことね!」
女「正解です」
男「あはは、やったー」ズーン
女「ふふふ」
男「そろそろ昼休み終わるけど……酸素マスクはご利用なさいますか?」
女「ふふ、そうね……お願いしようかしら」
男「ではご自由にお使いください。私はここで座ったまま動きません。石になります」
女「ぷっ、なにそのキャラ」
男「どうぞ」
女「じゃあお言葉に甘えて」スッ
男「……」
女「……」スンスン
男(スンスンキターー!首ね、もうこれくらいは余裕余裕)
女「……んっ……」
スンスン クンクン
男(女さんの認識で俺は“人”ではなく“匂い”だし、ドギマギするのも馬鹿らしく思えてきた)
女「……はぁ……んっ……」
スンスン クンクン
男(だから余裕……全然余裕……超余裕)
女「んん……ふぁ……はぁ……」
スンスン クンクン
男(余裕……なんてねぇぇぇ!!わざとやってんのか!?)
男(なんだよ、これ!このエロ吐息っ!!)
女「っ!?」グラ
男「あぶなっ!」ギュッ
男(しまった!体勢崩した女さんを思わず抱き止めてしまった!)
男(怒られるぅぅ!ひぇぇ!)
女「……」スンスン
男(えぇ!?そのまま続行ですか!?)
女「ふぁ……んっ……」
スンスン クンクン
男(女さんが体重を俺に預けてるから……密着度が増して……)
男(や、や、柔らかいところががが!!)
女「……はぁ……ふ……」
スンスン クンクン
男(いや、落ち着け……これは布だ、布と布同士が触れ合っているだけでこの柔らかさは幻想だ)
女「……んんっ……」
スンスン クンクン
男(てか……こうして触れ合ってると見た目以上に華奢で……簡単に壊れちゃいそうだ……)
男(こんな小さな身体で色々抱え込んでるんだな……)
男(匂いだけでもいいや、この人の役に立てるなら……それでいいや)
女「…………」クンクンクン
ススス
男「!?」
男(ち、ちょちょ、ちょっと、な、なんで匂い嗅ぎながら顔面の方向へ移動してるんですか!?)
女「……」トロン
スンスン
ススス
男(目が虚に!?いや、トロンとしてて……)
女「」ピタ
スッ
男「!?」
男(えぇぇぇぇ!!俺の首に腕を回してきた……だと!?)
男(しかも……こ、このポジションはっ!!鼻横っ!!)
女「んっ……」スンスン
男「!!」
女「ふわぁ……はぁ……んっ……」
スンスン クンクン
男(うわぁぁぁ女さん、目を閉じて堪能してるぅぅぅぅ!!)
男(俺の匂いを堪能してるぅぅぅ!!なんて無防備なんだっっ!!けしからんっ!!)
男(余裕?そんなものは最初っからないっ!!バカヤロウ!!)
女「んんっ……んっ……ぁぁ……」
スンスン クンクン
スンスン クンクン
女「はぁ……ふわぁ……」
男「」ゾクゾク
男(ヤバっ!!なんだこれ?なんだこれ!?)
男(俺は女さんの身体を抱きしめて支えてて、女さんは俺の首に腕を回してて!うわぁぁ!うわぁぁぁぁぁ!!)
女「……はぁ……んっ……はぁ……」
スンスン クンクン
男(………………ん)
男(んんん?)
男(脳内オーバーフローしすぎて逆に冷静になってきた)
女「んっ……ん……」スンスン
男(つーか、女さん睫毛長いなぁ……)
男(綺麗だな……すごく、綺麗だ)
男「……」ジー
女「……」ピタッ
男「??」
男(あれ?スンスンが止まった……なんで?)
女「……!」パチッ
男「あ……」
男(うへっ!目があった!)
女「!!!」ガバッ
男「ん?」
女「な、な、な……!!!」カァァァ
男「どうしたの?」
女「な、なにしてんのよっ!!」
男「え?……えぇぇぇぇ!!?」
女「どうしたの?じゃないでしょ!!なんで目を開けてたの!?なんでくっついてるの!?」
男「目を開けてたのはごめん、謝る!」
男「抱きしめてたのは女さんが途中で体勢を崩して受け止めたからで、決してやましい気持ちはございませんっ!!」
女「な、なんで、私はあんな事を……!!」カァァァ
女「貴方、一体なにしたの!?」
男「え?……強いて言うなら石になってた?」
女「そんな、なんで……どうして……。やっぱり貴方が何かしたとしか思えないっ!!」
男「いやいや!むしろ俺が聞きたい!女さんの方からどんどんエスカレートしてったんじゃないか!」
女「そんなこと!!そんな、こと……はぅぅ」
男「そんなことないの?」
女「あぅ……うぅぅ……」シュン
女「ご、ごめんなさい……」シュン
男「あ、いや、なんか俺の方こそ、ごめん」
女「でもあれは!あれはね?私の意思とは別に、身体が勝手に求めちゃって……」
男(いや、その言い訳は余計にエロいっす……とは口が裂けても言えない……)
女「ともかく!事故よ、事故!ノーカウント!」
男「う、うん、よくわからないけど、そうしよう!」
女「それにしても危険だわ……なにか危ない成分でも分泌されてるんじゃない?」ジト
男「人を麻薬みたいに言うのやめて下さい!」
女「……麻薬ね、凄くしっくりくる表現だわ」
男「む……。俺の体臭が麻薬なら、女さんは中毒者ってことになるけどいいの?」
女「む……ぐぬぬ……」
男「しっかし驚いたなぁ。まさか俺の匂いで女さんがあんな事になるなんて……」
女「っっ!」カァァァ
男「……」ジー
女「な、なに?」
男「……」ジー
女「な、なによ!?」
男「ぷっ」
女「へ?」
男「あっはははは!」
女「え!?な、なに?なんなの!?」
男「あはは!ごめんごめん!ぷっくく」
女「人の顔見て笑うなんて……失礼な人!サイテーね!!」プイッ
男「ぷはっ……はぁ、違うんだ女さん」
女「なに?」ツーン
男「表情をコロコロ変える女さんが面白くて、つい……くくくっ」
女「えっ?」
男「照れたり、怒ったり、落ち込んだり……。普段の女さんなら絶対ありえないからさ」
女「そ、それは!だって……貴方がっ!……むぅ……」
男「でもこうやって普通に話せて楽しくない?俺は今すごい楽しいよ!」
女「それは男くんが私をからかってるからでしょ?」
男「もちろんそれもあるんだけど、やっと対等に話せた気がして嬉しいんだ」
女「…………」
男「あれ?怒ってる?」
女「怒ってません!」
男「ならいいけど……あ、ヤベ!もう時間もないから教室戻ろう!」
女「え、ええ……」
??「」ササッ
――教室
友「男!!説明しろ!今すぐにだ!!」
男「あ、そういえば友の存在すっかり忘れてた」
友「忘れてたじゃねぇぇ!!説明しろ!」
男「嫌だよ面倒臭い」
友「あくまでもシラを切り通すつもりか……ならば俺にも考えがある!」
男「面白い、聞かせてみろ……その考えとやらを……」
友「はぁっ!この裏切り者め!!お前なんかこうしてやる!こうしてやるっ!」ペチペチ
男「ふはは!そんな攻撃は効かん!」
友「な、なぜだ!?」
男「我、石なり」
友「なん、だと……!?」
女「はぁ……バカバカしい……」
友「ふぇ!?」
女「私と男くんの間に何かあると?残念ながら貴方が想像しているような事はありえないわ」
友「え、あ、はい」
男(なるほど、間違っちゃいない……想像よりも遥か斜め上だもん)
女「それにもう授業始まります。席についた方がよろしいかと」
友「す、すんませんでした!」
男「……」
女「はぁ」
男「あざっす」
――放課後
友「男!帰るぞ!事情聴取だ、逃がさないぞ!」
男「黙秘権って知ってるか?」
友「だったら力づくでも……」
ガラガラ
友「ん?あの子は……」
男「誰だ?」
友「知らないのか?後輩ちゃんだよ。誰か探してるのかな?」
男「後輩ちゃん?」
友「はぁ……お前そんな事も知らないのかよ。一年生ながらこの学校の美少女四天王の一人に数えられてる超有名人だろうが」
男「四天王?なんだよそれ……初耳なんだけど」
友「前に教えたこの学校の裏SNS、そのコンテンツの一つに美少女ランキングってのがあるだろ?」
男「あー、そのサイトまだ見てないんだよね」
友「はぁ?まぁいいけど。ランキング上位四名は美少女四天王として君臨する、いわば学校のアイドル的存在だ」
男「はあ……」
友「ちなみに一位は女さんね。その媚びない性格と高貴な佇まいから入学以来、不動の一位だ」
男「え、マジか……」
男(たしかに納得の結果だな……)
友「ちなみに後輩ちゃんは、その愛らしいルックスとそれに見合わぬスタイルでランキング三位。所謂、ロリ巨乳ってやつだ」
男「へぇ……」
友「ちなみに二位と四位は――」
男「ストップ、ストーップ!」
友「なんだよ」
男「とりあえず帰ろうぜ?帰りながら続きは聞くからさ」
友「そうだな!お前からも色々聞かなきゃならないし」
友「てか後輩ちゃん、ずっと入り口に立って何してんだろう?なんかこっち見てないか?」
男「さぁ……誰かに用事でもあるんじゃない?」
友「まさか俺に用事だったりして!」
男「んなバカな」
友「ま、いっか、行こうぜ」
男「うん」
スタスタ
後輩「待って下さいっ!」
友「え!?」
男「?」
後輩「先輩に大事な話があります!」
友「えっ!マジか!ついに俺にも!!みたかっ男!」
男「おー」
友「ふっ、僕になんの用かな?」
後輩「違います!こっちの先輩です!」
友「えぇ!?こいつ」
男「……」
後輩「はい!お付き合い頂けますか?」
友「ぬおぉぉ!!また男かよっ!!どうなってんだよ!ガッデムッ!!」
男(突然の呼び出し……なんだろう嫌な予感しかしない……もうこれ以上はお腹いっぱいだよ……)
後輩「聞いてますか!」
友「おい、こら!返事しろ男!」
男「……今日は疲れてるからまた今度で」フラッ
後輩「バラしますよ、女先輩との事」ボソ
男「!!!」
友「?」
後輩「ね、先輩、お話に付き合ってくれません?もちろん二人きりで」
男「わかった。行こうか」
後輩「はいっ」
男「そんなわけで、ごめん友」
友「こんなの……俺の知ってる男じゃないっ!!うわぁぁぁん!!」
ダダダダダ
男「……はぁ」
後輩「誰にも邪魔されない、イイ場所知ってるのでそこでゆっくりお話しましょ?せーんぱいっ」
男「……」
一旦終わりで続きは明日にでも
こちらに投稿するのは初めてですが、暇つぶしに読んで頂ければ幸いです
――放送室
男「放送室……初めて入った……鍵があるはずなのにどうやってここに」
後輩「ふふーん、それなら答えは簡単です!私は放送部員なのです!いぇい!」
男「へー」
後輩「そ・ん・な・こ・と・よ・り」
男「……」
後輩「アナタ……女先輩の何なんですか!?」
男「はい?えと……クラスメイト、かな」
後輩「お付き合いをされてるんですか!?」
男「いや、ないない」
後輩「そうですよね!女先輩とアナタじゃ全っ然釣り合ってないです!!」
男「はあ、俺もそう思ってます」
後輩「じゃあアナタは一体何なんですか!!」
男「ふぇ?」
後輩「今まで浮ついた噂が一切無かった女先輩に、今朝から変な噂が流れはじめて……」
男「朝のやつか……あれはちょっとしたケンカで」
後輩「まずそこがありえないんです!全く人と関わろうとしない女先輩がケンカ?言い寄ってきた相手を一言で切り捨てるあの女先輩がケンカ?」
後輩「絶対ありえないんです!」
男「はぁ……そうですか……」
後輩「それに私、見たんです!お昼休みに女先輩と二人で生活指導室に入っていくのを!」
男「……一緒に昼飯を食ってただけだよ」
後輩「それこそ更にありえないんですっ!!」ズイッ
男「……」
後輩「普段、女先輩は生活指導室で“一人”で食事をしてます。誰かと一緒に食事なんて今まで見たことがありませんっ!!」
男「ていうかどんだけ女さんのこと見てるんだよっ!」
後輩「そりゃ見ますよ!お昼の日課ですから!」
男(サラッとすごい発言したな、おい)
後輩「あの時、生活指導室で何をされてたんですか?」ズイッ
男「なにって……食事を……」
後輩「嘘です!私、見たんです!」ズイッ
男「な、な、なにを……」
後輩「先輩と女先輩が……その……だ、だ、抱き合って、き、き、き、キスしてるところを!!」
男(やっぱりその事かぁぁぁ!!!)
男「ちょっ、バラすってそのことか!?」
後輩「はい」
男「カーテンも閉まってたはずなのにどうやって……」
後輩「中庭側の窓のカーテンにほんの少し隙間が空いてましたよ?」
男「マジで!?ていうかそれって覗きじゃん!」
後輩「それがどうかしましたか?校内でイヤらしいことさせてる先輩には言われたくありません!」ズイッ
男「ちょ、近い!近いから!」
後輩「はっ……」スッ
男「ちょっと待て、まず君は色々誤解してる!」
後輩「してません!証拠だってあります!」
男「証拠??」
後輩「はい、動画におさめました」
男「盗撮じゃねーか!!」
後輩「言い逃れはできませんよ、アナタは女先輩の弱味に付け込んで無理矢理イヤらしいことを強要しているんです!罪を認めたらどうですか?」
男「だーかーらー!それが誤解だっつってんだろ!まずその動画とやらを見せてくれなきゃ話にならない」
後輩「どうぞ、ご覧になって下さい」ポチポチ
男「……」
後輩「ほら」スッ
男「……」
男「…………」
男(あれ?カーテンで俺の姿が見切れてる)
男(女さんの姿と俺の足だけが映ってる状態で……なるほど、女さんの動きでそう捉えられたのか……)
男(中庭の雑音で音声も拾えてないし……うん、イケるな)
男「これが証拠だと?俺の姿が映ってないが?」
後輩「でも女先輩はバッチリ映ってます。あとアナタの足と、女先輩に回された腕とかもバッチリ映ってますよ?」
男「はっ、とんだ言い掛かりだな。話にならない」
後輩「……へぇ……ではどんな言い訳をしてくれるんですかねぇ?話くらいなら聞いてあげますよ」
男「……」
男(よし、食い付いた)
後輩「黙ってるってことは事実なんですよね?」
男「たしかに事故で抱き合った。でもキスはしていない」
後輩「なんですか、その苦しい言い逃れは」
男「言い逃れじゃなく事実だ」
後輩「ふーん……では続きをお聞かせください」
男「女さんが体勢を崩して転びそうなところを、座ってる俺が抱き止める形で支えたんだ。抱き合ってたわけじゃない」
後輩「ふーん。じゃあキスの件はどう説明するんです?」
男「その時に顔が近付いてしまって、二人して動揺して暫く動けずにいたんだ」
男(この言い訳はさすがに厳しいか……)
後輩「ぐぬぬ……」
男(え?通用してる?)
後輩「それにしても長時間くっついてる様子でしたけど……あと途中で体勢が変わって更に密着してた感じですが?それについてはどう説明しますか?」
男(めんどくせぇぇぇ!)
男(もういっそ本当のこと打ち明け――いや、それはダメだ。女さんの事を俺からベラベラ喋るわけにはいかない)
男「面倒だが、1から動画を見ながら解説しよう」
後輩「はあ……それならどうぞ」スッ
男(動画には俺の姿はほぼ写ってなくて、女さんの姿だけだ……これを利用すれば……)
男「まず事の発端……動画のここの部分」トントン
男「最初は抱き合ってなかった。俺のワイシャツの首元に糸屑が付いてるのを女さんに取ってもらってたんだ」
後輩「糸……くず?」
男「ああ。その時に女さんが体勢を崩して、俺が受け止めた。それがここの場面」トントン
後輩「……続けてください」
男「ここで暫く動けなかった理由は……この時に女さんは腰を痛めてしまったから」
後輩「え!?」
男(これは厳しいか?ええい!押し通せ!)
男「俺は起こそうとしたんだけど、女さんは動けず……痛みが落ち着くまで待っていた。その場面がこれ」トントン
後輩「……」
男「女さんが自力で起きようとして、少し上に移動してるのがわかるだろ?」
男(実際は俺の首元から鼻にクンクンシフトしてるだけだけどね)
男「この時に腰に痛みが走った女さんは、俺にしがみつくような形になってしまった」
男「ほら、ここの場面」トントン
後輩「……」
男「続けるぞ?さらにこの時、顔と顔が急接近して二人して動揺して硬直してしまった」
男「女さんに限っては腰の痛みまである」
男「これこそが君がキスと勘違いした場面だ!」
男「そして動揺と痛みが落ち着いた頃、はい!ここ!注目っ!」トンッ
男「女さんが勢いよく離れただろ?」
男「君の言うように、抱き合ってチュッチュッしてラブラブ~って関係ならこの行動はおかしくない?」
後輩「た、たしかに……」
男「これが事の顛末。つまり真相だ!!」
後輩「……」ジトー
男「う……」
後輩「たしかに筋が通った言い訳ですけど……でも、やっぱり信用できません」
男(え?筋通ってた?まぁいいや)
男「よく考えてみろ」
後輩「はい?」
男「あの、高潔を体現してる女さんが、なにも取り柄のない俺にそんな事すると思うか?」
後輩「それは弱味を握ったからで……」
男「女さんに詳しい君に尋ねたい。弱味ってなんだ?そもそも女さんに弱味なんてあるのか?」
後輩「そ、それは……うぐぐ……」
後輩「ともかくアナタは二度と女先輩に近付かないで下さい!そうしたらこの動画のこと、黙っててあげます!」
男「俺は別にいいけど……女さんから俺に接触してきた場合はどうするんだ?」
後輩「そんなことはありえません。女先輩は孤高の存在なのです!」
男(少し前の俺もそう思ってたんだけど、実際はそうならざる得ない理由があったんだよな)
男「それは君が勝手に作り上げた女さんのイメージだよ」
後輩「で、でも女先輩が誰かと一緒にいるところなんて今まで一人も……」
男「そもそも!俺や女さんが誰とどう過ごそうが君には関係ないじゃないか!」
後輩「はうあっ!!」
男「……」
後輩「関係なくないもんっ!」
男「は?」
後輩「関係なくなくないもんっ!」
男「なくなくないもん……って何?」
後輩「女先輩は私にとって憧れの人なんです!」
男「あー、うん。なんとなくわかってた」
後輩「気品溢れるあの姿に威風堂々とした振る舞い……」
男「……」
後輩「伏し目がちな儚い表情も……はぁ、全てが素敵です」
男(臭いのを我慢してるときの表情です)
後輩「そんな女先輩が誰かと……しかも異性と仲良くするなんて……そんなの許せない!」
男「ええと……つまり君は俺に嫉妬してるってこと?」
後輩「は??なんで私がアナタに嫉妬しなきゃいけないんですか!?」
男「もう……面倒臭い……帰りたい……」
後輩「アナタが女先輩に近づかないって約束してくれるなら帰してあげますよ?」
男(なんで偉そうに指図されなきゃならないんだ)イライラ
男「だから!それこそ俺らの自由だろ!いちいち干渉するなっての!」
後輩「なら私のこの発言も自由ですよね!?私は嫌なんです!女先輩が誰かと――」
男「じゃあ君は女さんにずっと一人でいろって言うのか!?」
後輩「!!」
男「女さんが孤独であり続けることが君の望みなのか!?」
後輩「っ!そ、そんなことは……」
男「自分の理想や憧れを勝手に女さんに押し付けるな!!」
後輩「っっ!!」
男「それに女さんは、俺を求めてくれてる」
男(人としてじゃなく、匂いとしてだけど)
男「そんな女さんに今後も俺は応えてあげたいと思ってる」
後輩「……」
男「話は終わりだ。じゃ俺はこれで」スタスタ
後輩「待って下さい」ガシ
男「はぁ……まだなにか?」
後輩「まさかとは思ってました。でもそんな事はありえないし、あって欲しくないとも思ってました……」
男「へ?」
後輩「本当に嫌だけど、絶対認めたくないけど……」
男「何が言いたいんだ?ハッキリ言ってくれ」
後輩「女先輩がアナタに惚れてるってことです!!」ビシッ
男「あ、それはないから安心していいよ」
後輩「でもそう考えると全て辻褄が合うんです!」
男「それは以前にハッキリ否定されてるから」
後輩「お昼のこと……女先輩とアナタが抱きあったあとの事、覚えていますか?」
男「あとの事……?」
後輩「声は聞こえなかったけど、女先輩のあの表情……真っ赤になって照れた顔……」
男「あ……それは、不慮の事故であんな事になって恥ずかしかっただけだよ」
後輩「女先輩のあんな顔初めて見ました。それだけじゃない!アナタには色んな表情を見せていました!」
男「だから違うって、女さんは俺の事なんとも思ってないから」
後輩「その根拠は!?本当にそうなら示してください!!」
男(この子本当めんどくせぇぇぇぇ!!!)
男「はぁ……」
後輩「……」
男「もうどう受け取ってくれても構わないよ」
後輩「……わかりました」
男「じゃあ……そろそろ帰っていいかな?」
後輩「女先輩がアナタに惚れてるなら……」
男「はぁ……」
後輩「私がアナタを惚れさせてみせますっ!!」
男「えぇぇぇ!!?なにがどうなって何故そうなるんだっ!!」
後輩「私にとって最悪な事態はアナタと女先輩がくっつくことです……」
男「だからね、それはないから落ち着いて」
後輩「これは私からの宣戦布告です!!」ビシッ
男「どうしてそこまで……異常だ……」
後輩「異常?たしかにそうかもしれませんね、同性を好きになるなんて……」
男「はい……?」
後輩「ええ、そうですとも!私は女先輩の事が好きなんです!!ライクじゃなくてラブの方です!」
男「………………」
後輩「変なのは自覚してます!おかしいですよね!?笑たきゃ笑えって感じです!」
男「やっぱり……」
後輩「なんですか!?」
男「やっぱり俺に嫉妬してたんじゃねぇぇかぁぁ!!!!」
後輩「はぅ」ビクッ
後輩「い、いきなり大声出さないでくださいっ!」
男「別に誰が誰を好きになろうがそんなの関係ない!!それこそ自由だろうが!!」
男「だから君が女さんを好きだろうが俺はなんとも思わない!だけど、だけどなぁ!」
男「なにが宣戦布告だ!?そんな宣言されて俺がお前に惚れるとでも!?」
男「だったら逆に宣言してやる!」
男「俺はお前に絶対に惚れない!」
後輩「……」
男(人のことなんだと思ってんだ……この子も女さんも)イライラ
男「ったく、俺はモノじゃねぇっつーの」
後輩「……」
男「もう帰るからな。じゃあな」
スタスタ スタスタ
――――
――
男「なんでついて来てるんだ?」
後輩「駅に向かってるだけです」
男「放送部は?」
後輩「今日は元々お休みです」
男「……はぁ」
後輩「……」
スタスタ
スタスタ
後輩「先輩は……その……気にしないんですか?」
男「なにが?」
後輩「私が……えと……女先輩を好きだってこと」
男「別に気にしてない。それこそ後輩の自由だろ」
後輩「でもやっぱりおかしいですよね?」
男「自分がおかしいって思うならおかしいんじゃない」
後輩「どういうことです?」
男「自分自身を認めてない人間を、世間が認めるとでも?」
後輩「……」
男「まずは自分自身を認めるところからだろ」
後輩「でも一般的には受け入れがたい事じゃないですか?」
男「さっき、君は“女さんのことが好きだ”とハッキリ俺に告げたでしょ?」
後輩「……はい」
男「俺がそれを難なく受け入れられたのは、君が本気で伝えてくれたからだ」
後輩「……」
男「……」
スタスタ スタスタ
後輩「やっぱり先輩は要注意人物です」
男「はぁ……勝手にそう思っててくれていいよ」
後輩「……」
男「……」
スタスタ スタスタ
後輩「はっ!」ピタ
男「ん?どうした立ち止まって」
後輩「先に行ってて下さい!私の女先輩レーダーが反応してます!」
男「なんだそのレーダーは……。そもそも女さんはとっくに帰ってるぞ?」
後輩「あそこの駅前にあるベンチを見てください」
男「いや?遠すぎて全然見えないんだけど……」
後輩「ほらよく見て下さい!あそこに座ってるの女先輩ですよ」
男「いやいや、どんだけ距離あると思ってんの?……全然見えないから」
後輩「私、目がいいんです!」
男(あれ……なんか既視感が……)
後輩「悔しいけど……多分、先輩に用事があって待ってるんだと思います」
男「用があるなら帰り際に言ってくるだろ。女さんが俺に用事なんて……」
男(まさか……また匂い関係か?でも今日はハンカチ持ってたし……いや、でも……)
後輩「何か思い当たる節が有るんですか?」
男「……」
男「てか後輩こそ、好きなら接触するいいチャンスなんじゃないか?」
後輩「好きだからこそです!女先輩の前でアナタといる所を見て誤解されたくないんです!」
男「まぁ……どっちでもいいけど。じゃあ帰るからな」ヒラヒラ
後輩「はい」
スタスタ スタスタ
男(女さんは嗅覚が良くて、後輩は視力が良いときたか……)
男(まさかっ!残りの四天王もっ!)
男(いやいや、まさかな)
スタスタ スタスタ
男「……本当にいた……」
女「!」
女「遅い!遅すぎる!!」
男「え?何してんの?」
女「見てわからない?貴方を待っていたのよ」
男「ええぇぇぇ!!?」
女「ちょっと緊急事態でね。貴方にお願いがあって」
男「緊急事態?」
女「ええ。それは後で話すわ。ところで帰宅部の貴方がこんな時間まで何してたの?」
男「え?ええと……」
女「……」じー
男「そ、それは……」チラッ
後輩「!」
女「??」クル
女「あ――あの子は」
後輩「も~~!!」タタタタタ
男「あ……」
後輩「なんでこっち見てるんですか!?」ボソボソ
男「何してたのかって聞かれてつい……ごめん」ボソボソ
後輩「だからって普通こっち見ます!?」ボソボソ
男「君こそ、わざわざこっちに来たら余計誤解されると思うけど」ボソボソ
女「……」じー
後輩「はぅ!」ビクッ
女「……私、お邪魔だったかしら?」
後輩「いえ!!」
後輩「は、は、初めましてっ!わ、私、後輩といいます!」
女「初めまして。よくお昼に廊下で見かけるから初めてって感じはしないけど」
後輩「え!?」
女「二人一緒だったから遅かったのね。ごめんなさい、お邪魔しちゃって」
男「いやそれは――」
後輩「お邪魔だなんてとんでもないです!!女先輩のことでお話があっただけで……あうぅ」
女「私?」
男「…………」
後輩「あの、その……腰はもう大丈夫ですか??」
男「ぶはっ!!」
女「???」
男「ゴホン!ちょっと俺から説明させてもらえるかな?」
後輩「え!?で、でも!」
男「大丈夫、余計な事は言わないから」ボソボソ
後輩「…………」
男「女さん」
女「なに?」
男「帰りが遅くなったのは、後輩と話してたからなんだ」
女「ええ、それはもうその子から聞いたわ」
男「今日の昼、生活指導室でのこと、“たまたま”後輩が見かけたんだって」
後輩「あ……」
女「今日のお昼……え……それって……ええ!?」カァァァ
後輩「」ピクッ
男「中庭側にある窓のカーテンの隙間から偶然見えちゃったらしくてね」
女「中庭……」
男「でもほら、隙間からだから中途半端にしか見えてなくてそれで誤解されちゃったんだ」
女「ご、誤解って?」
男「俺と女さんが抱き合ってキスしてたって」
女「違っ!!アレはそういうのじゃ!!」
男「大丈夫、ちゃんと誤解は解いておいたから」
後輩「……」
男「ほら、あの時……俺の首元の糸くずを取ろうとして腰痛めちゃったじゃない?」じーー
男(気付いて!女さん!アナタなら気付ける!)じーー
女「!!」
女「そうね。あの時はごめんなさい。しばらく動けなくて男くんには迷惑かけちゃったわね」
男「うんうん」
女「今はもう大丈夫よ」
後輩「そうでしたか!それなら良かったです!」
女「そんな事を確認するために男くんを呼び出したの?」
後輩「そ、それは……はい」
女「まぁ……あんな現場を見てしまったら勘違いしてしまうのも無理はないわね」
後輩「は、はい。私はてっきりお二人がお付き合いしてるのかと……」
女「ふふっ、それはありえないわ」
後輩「そう、なんですか?」
女「ええ。私と彼は……利害関係が一致して一緒にいるだけ」
後輩「じ、じゃあ女先輩は男先輩のこと好きってわけじゃ……」
女「……ええ」
女「残念ながら、そういった感情は持ち合わせてないわ」
男「ほら、俺は散々言ってただろ?」
後輩「そっか……そうだったんだぁ」ホッ
男(ああ、なるほど……後輩は後輩で、女さんは俺に惚れてると思い込んでたからな)
男「だから安心していいぞ」
後輩「そ、そういう事は女先輩の前で言わないでください!///」ボソボソ
女「……」じー
後輩「はっ!そ、そういうわけで私はお先に失礼しますねっ!」
男「うん、じゃあ気を付けて帰ってね」
後輩「はい」ニコ
女「……」じー
後輩「女先輩も、その、失礼します!」
女「うん、またね」
タタタタッ
男「ふぅ……」
女「……」
男「口裏合わせてくれてありがとう!よくアレでわかったね、凄いよ女さん!」
女「あの部屋のカーテンはほぼ閉まってたから、隙間があるっていってもほんの少しでしょ?ハッキリ見えていたとは思えないわ」
男「うん、実際に見えてたのは女さんの姿と座ってた俺の足だけだったみたいだし」
女「ふーん……」
女「それにしても良かったじゃない、誤解が解けて」
男「ん?ああ、そうだね。抱き合ってキスしてる噂が流れたらお互い大変だし」
女「そんな事じゃなくて」
男「うん?」
女「彼女は今頃、ライバルが一人減って安心してるんじゃないかしら」
男「ライバル?」
男(待てよ……後輩にとってライバルは俺だろ……女さんの発言になんか違和感が……)
女「良かったわね、あんな可愛い子に好かれて」
男「………………」
男(うわぁぁぁ!そういう感じに受け取られたかーーー!!!)
男「いや、それは違う!それこそ誤解だ!」
女「そう?彼女、お昼の出来事を目撃して居ても立ってもいられなくなったから貴方の所に確認しに来たんでしょ?」
男「いや、いやいや!もし仮にそうなら、惚れてる俺じゃなくて女さんの所に聞きに行かない?」
女「でも私が好きじゃないって知ったときのあの顔とか……照れながら貴方に耳打ちしたりとか」
男(そ・れ・は!後輩は女さんが好きなんです!!とは俺の口からは絶対言っちゃいけないやつ!)
男「女さん」
女「なに?」
男「俺は女さんの体質のことを秘密にする為に、後輩に無茶な説明をして強引に納得させた」
女「そうね。感謝してるわ」
男「女さんに秘密があるように、後輩にも秘密があるんだよ」
女「ふーん」
男「それは俺の口からは決して言えないけど……」
男「それを踏まえた上で、俺が後輩に好かれてることは断じてありえない。ハッキリそう言える」
男「それだけは信じてほしい……かな」
女「……」
男(なんで俺は必死に誤解を解こうとしてるんだ?これじゃあまるで……)
男(いや違うな。誤った事実を正したいだけだ。後輩のためにも……)
男(……ほんのちょっぴり俺のためにも)
女「まぁ私は別にどっちでもいいけど」
男「……」
女「今後、貴方の匂いを嗅ぎ辛くなるのは……嫌かな」
男「!」
男「後輩は俺のこと虫ケラくらいにしか思ってないから大丈夫だよ!」
女「む、虫ケラ?」
男「それに俺がそんなモテるように見える?」
女「……ぷっ、それを自分で言う?」
男「自慢じゃないけどモテたことなんて過去に一度もない」
女「ふふふ、そうね。納得したわ」
男(はい、納得されました)
男「ところで、緊急事態ってなんのこと?」
女「あ!」
男(緊急事態……女さんに一体なにが……)
男(わざわざ待ってたってことは余程の事なんだろう)
女「明日って学校お休みでしょ?買い物に付き合って欲しいんだけど」
男(え!?それってデートってこと!?それじゃあ俺の方が緊急事態になっちゃうよぉぉ!)
男「え……そ、そんなこと急に言われても……その……」モジモジ
女「はぁ……貴方に相応しい言い方に訂正するわ」
男「?」
女「人混みの環境に入るために空気清浄機が必要なの、利用してもいいかしら?」
男「あ、そういう事でしたら是非使ってやってください」
女「ふふ、ありがとう」
男「こちらこそ、ご利用ありがとうございます」
女「えーと待ち合わせは……」
男「あ、そうだ!女さんさえよければ携帯の番号交換しない?」
女「番号交換?」
男「そう!だめ?」
女「……だめ……じゃないです」
男「じゃあ……はい、これが俺の番号ね」サッ
女「……」
男「?」
女「……これ、どうしたらいいの?」
男「ん?登録すればいいんだけど……」
女「……」
男「もしかしてスマホ持ってない?」
女「失礼ね!持ってるわよ!ほらっ!」サッ
男「うん、じゃあ登録お願い!」
女「……」
男「……あ、嫌なら嫌ってそう言ってくれれば……」
女「ち、違くて!その……やり方がわからないの……」
男「え!?」
女「仕方ないじゃない!今まで必要なかったんだし……」
男(そうだ……女さんはずっと人を遠ざけて、人と距離をおいて過ごしてきたんだった)
男「じゃあさ、俺の番号に電話かけてもらっていい?」
女「それくらいなら余裕よ」
男「はい、これが俺の番号ね」スッ
女「うん……ええっと……」
男「……お、きたきた!もう切っていいよ」
女「はい」
男「じゃあ今度は俺が」ササ
女「あ……きた!」
男「それが俺の番号ね。じゃあそこのボタン押してみて」
女「こ、こう?」
男「そうそう、そしたら新規登録ってあるでしょ?そこから登録できるから」
女「うん……えーと」
男(その間に俺も登録してっと)
女「ねぇねぇ。名前ってどうしたらいい?」
男「ん~、人によって様々だからなぁ。空気清浄機とかでいいんじゃない?」
女「空気清浄機って……貴方はそれでいいの?」
男「だって……実際そうでしょ?」
女「そうだけど。ちなみに男くんはどんな名前で登録した?」
男「俺は、女さんのフルネーム」
女「じゃあ私もそうしよっと」ポチポチ
男「……」
女「出来た!どう?ちゃんと出来てるでしょ!?」
男「……おお!バッチリだ!」
女「ふふーん。ま、実際やってみたら大したことなかったわ」
男(チラッと見えてしまった。女さんのケータイの連絡帳……登録されてたのは多分、家族だけだ)
男(今までその体質のせいで連絡先の交換ですら断ってたのか……)
男「よし、女さんと番号交換した記念にクレープでも奢るよ」
女「あら、気が効くじゃない」
男「うむ、なんでも好きなのを頼むがよい」
女「何個でも?」
男「う、お手柔らかにお願いします」
女「ふふ、冗談よ」
――電車内
ガタン ゴトン ガタン ゴトン
女「クレープご馳走様」
男「いえいえ」
女「買い食いなんて初めてしたわ。こういうのも中々良いものね」
男「そうだね」
女「あ、今可哀想なやつって思ったでしょ?」
男「そんなこと、ないよ?」
女「ふふ」
男「でも緊急事態だなんて、ビックリしたよ」
女「いつもはネットで済ませちゃうんだけど、今回私が欲しいモノは店頭でしか販売してないからどうしてもね」
男「へぇ」
女「そういう時は親に頼んで買ってきてもらうんだけど、今回は都合がつかなくて」
男「あーなるほど。それで緊急事態だったわけか」
女「うん」
男「明日はショッピングモールだっけ?」
女「そう。移動はバスになるわ」
男「バスか……じゃあ待ち合わせ場所は……どうする?」
女「噴水公園の前でどう?私たちの最寄駅の中間くらいだし」
男「あー、そこなら歩いて15分くらいの距離だ」
女「私は10分くらい歩けば着く距離よ」
男「……」
女「……」
男「そう考えると俺らって結構家近いんだね」
女「そうね、私も同じこと思ってたわ」
――自宅
男「ふわぁぁぁ」ゴロン
男「風呂入って筋トレもオッケー」ゴロゴロ
男「それにしても……今日は一段と疲れたなぁ……」グデー
男「朝から女さんと喧嘩して、昼に仲直りして、放課後は後輩に絡まれて」
男「うへぇ……疲れたぁ……」
男「…………」
男(ちょっと待て!!)
ガバッ
男(よく考えたら明日ってデートみたいなもんじゃん!!)
男(服とかどうしよう)
男(朝から匂うように……それは筋トレしたから大丈夫か)
男(それにしても)ゴロン
男(女さんと休日におでかけ……)ゴロゴロ
男(楽しみだな)ウトウト
男「zzz」
男「はっ!!」パチッ
男「え!?朝!!??」ガバッ
男「今何時だ!?」キョロキョロ
男「ヤバっ!!約束の時間10分前!!」
男「ヤバイヤバイ!!!服は……これでいいや!!」ガサガサ
男「せめて歯磨きだけでも速攻で終わらす!!」シャカシャカ
男「寝癖っ!!ダメだ時間がないっ!!もういいやこのままで!!」
男「あと5分っ……走れば間に合うか!?いや、間に合わせるっ!!」
男「急げ!!俺!!」
――――
――
男「女さんっ!!!」
女「あ、おはよう……って、どうしたの!!?」
男「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
男「はぁ、走って……はぁ、きた」
女「すごい汗!ちょっと待ってて!」ガサガサ
男「はぁ、はぁ、……?」
女「ほら、ジッとしてて」フキフキ
男「え……ハンドタオルで……ダメだ女さん、汚れちゃうよ」
女「何言ってんのよ……汗だくのままバスに乗るつもり?」フキフキ
男「そ、それは……」
女「いいから。はい!体の方は自分で拭いてね」スッ
男「あり、がとう……」
フキフキ フキフキ
女「どうして走ってきたの?」
男「寝坊して、遅刻しそうだったから……」
女「呆れた……。連絡くれればよかったじゃない」
男「それは、そうだけど……」
女「あ~髪もボサボサだし!あっちの水道のとこ行きましょう」
男「は、はい」
男(情けないし……カッコ悪いし……どうしようもないな……俺)ズーン
女「はい、これで良しっと」
男「寝癖くらい自分でできたのに……」
女「私がやった方が早くて確実じゃない」
男「そうだけど……はぁ、自分が情けなくて嫌になる」ズーン
女「そう?変に格好つけてる人より自然体でいいと思うけど」
男「フォローありがとう」ズーン
女「全く……」
女「頼りになるんだか、ならないんだか」
男「あ、ハンドタオルありがとう。洗濯して返すよ」
女「別にそのまま返してくれて結構よ」
男「いや、でも……流石にこれは――」
女「じゃあ乾くまで持っててくれない?」
男「うん?いいけど」
男(ふぅ、汗も引いて落ち着いてきた)
男(改めて見ると……女さんの私服姿って新鮮だな)ジー
男(デニムのパンツに白いシャツ、薄いカーディガンを羽織ってて……特に目立った服装ではないけど)ジー
男(雑誌のモデルみたいに着こなしてて格好いいな)ジー
女「なに?」
男(身長はそんな高くないのにスタイル良く見えるのは小顔だからか?)ジー
女「ねぇ、なんなの?」
男(ていうかなんだこの髪型、可愛すぎるだろ)ジー
女「ねえってば!」グラグラ
男「あ、ごめん、女さんに見惚れてた」
女「へっ!?」
男「私服姿って初めてみたからさ」
女「……」
男「女さんって顔小さいし、スタイル良いから何着ても似合うんだろうなぁって」
女「……」
男「?」
女「男くんってたまにサラッと恥ずかしいこと口にするよね」
男「いやいや、流石に照れ臭いことは言えないし、言わないよ」
女「そう?」
男「うん」
女「ふーん」
男「あ、てかその髪型どうやってやってんの?いつもそんなクルクルしてたっけ?」
女「これはコテで巻いてハーフアップにしてるだけで、そんなに難しい事はしてないよ」
男「コテ??え、じゃあココとかどうなってんの?」
女「これは……こうやって、くるりんってしてるだけ」サッサッ
男「うおぉぉ!すげぇぇ!」
女「そんなに驚くような事?」
男「だって初めて見たからさ!すごい可愛いし、普段と違う髪型の女さんも新鮮だし!」ニコニコ
女「…………」
男「?」
女「……」
男「あれ?俺、また変な発言した?」
女「別にしてないわ」
女「さ、もう行きましょう」
男「??」
――バス 車内
男「なんとか二人席を確保できたね」
女「……うん」
男「ちゃんと中和できてる?」
女「……うん」
男(?なんか様子がおかしいな)
男「どうかした?」
女「隣に座っただけで男くんの匂いに包まれてて……その……」
男「あ~、走っていっぱい汗かいちゃったからかぁ」
女「……」
男「でもそれって他の人からしたら汗臭いんじゃ」
女「ううん……なんだろう、言葉にするのは難しいんだけど……」
女「それは平気だと思う」
男「??」
女「それよりも……もうちょっと近くで嗅ぎたい……だめ?」
男(そんな可愛くおねだりされたら)
男「いいよ」
男(って答えちゃうよなぁ)
女「じ、じゃぁ」スス
女「……」スンスン
女「!」
男「どうしたの?」
女「朝なのに放課後の時みたいな匂い!」
男(そ、それは喜んでいいのか?)
女「また昨日みたいに止まらなくなったらどうしよう……」
男「あ、あはは、バスの中ではさすがに……」
女「ね、男くん……ちゃんと止めてくれる?」
男(う、上目遣いでお願いですか……)
男「エスカレートしそうになったら止めればいいんでしょ?」
女「うん」
男「じゃあ、どうぞ」
女「ん」スッ
男(首元に顔を近づけてきた。よかった鼻とかじゃなくて)
女「……」スンスン
男(てか女さん、俺の匂い嗅ぐとキャラ変わるよなぁ)
女「ん……んっ……」
スンスン クンクン
男「こ、声は少し抑えたほうが……」
女「ん……はぁ……」スンスン
男「…………」
女「……ん……男、くん……」スンスン
男(そ、そんな艶かしい声で俺の名前を囁かないでくれぇぇぇぇ!!!)
女「ん……んんっ……はぁ……」
スンスン クンクン
男(これ、もうそろそろ止めるべきか?)
男「ね、女さん」トントン
女「?」
男「一旦ストップで」
女「……うん」ウル
男(綺麗なお目目が少し潤んでるのは気のせいですか?ていうかなんで見つめてくるんですか?)
女「男くん……」じー
男「な、なにかな?」
女「あ、あのね……」ウルウル
男「……」
女「もう少しだけ――」
男「ダメです。そもそも止めてと言ったのはアナタでしょうが」
女「う~~」
男「そんな目で見てもダメなもんはダメ」
女「だって首だけでこんないい匂いなのに、それが鼻だったらと思うと……」
男「ま、まさか、ココでそれをやるつもりだったの?」
女「ほんの一瞬だけ、ね?お願い」
男(おいおいおい、どうなってんだ!!)
男(キャラが変わるどころの話じゃない!)
男(完全にキャラ崩壊を起こしてるじゃないかっ!)
男「女さん、落ち着きましょう」
女「……」ススス
男(!?俺の鼻にゆっくり近づいてきてる!強引にくる気か!)
男(だがそうはさせん!ギャラリーのいる中で鼻の匂いを嗅ぐ行為だけはダメだ!)
男「女さん」ガシ
女「む~!!」
男「あとで思う存分嗅いでいいから、ここは我慢して」
女「あと……で?」
男「そう、あとで」
女「……むぅ」
男「その頃には今以上に熟成されている、そう思いませんか?」
女「熟成……」
男「お楽しみは最後に取っておいた方が格別かと」
女「……」
男(この場を取り繕うために何を言ってるんだ俺は)
女「それもそうね、一理あるわ」スッ
男(冷静になってるし!)
女「ふふっ」ニヤ
男(完全に獲物を捕食する目にっ!!)
――ショッピングモール
女「着いた!」キラキラ
男「朝なのにかなり人いるね」
女「どっかの誰かさんの身支度で遅れちゃったからね」
男「う……、ごめんなさい」
女「ま、そのおかげでいい匂いになってるんだし問題ないわ」
男「ならよかった……のか?」
女「さ、行きましょう!」ウズウズ
女「~~♪」
男「女さんご機嫌だね」
女「当たり前でしょ?今まで来たくても来れなかったんだから」ウキウキ
男「例のハンカチがあれば大丈夫なんじゃないの?」
女「あれはあくまでもその場凌ぎよ。長時間は無理」
男「そうだったんだ」
女「それよりも全部回るのに時間足りるかしら……」
男「全部!?」
女「ん~時間が惜しいわ、早くいきましょう!」
男「う、うん」
女「ねぇ、なんで離れようとするのよ!」
男「だって、女の子と寄り添って歩くなんて……」モジモジ
女「この後に及んで何恥ずかしがってるのよ……それじゃ意味ないじゃない!」
男「そうはいっても……慣れてないし、恥ずかしいし」
女「空気清浄機としての役割を全うしなさい!」
男「別に近くにいるだけで中和できるでしょ?」
女「できてないから言ってるの!」
男「え?なんで……」
女「それに周りなんて他人よ、気にするだけ無駄」
男「でも、もし誰かに……」
女「あーもう焦ったいなぁ」グイッ
男「!!!」
男(え、なにこれ……俺の腕に女さんの腕が絡まって……)
男(恋人同士がよくやってるあの腕組み……)
女「あ!これ、いいかも!自然に男くんの匂いを嗅げる!」ぎゅっ
スンスン クンクン
男「あわわわわわ!!」
女「ん、……これ、いい……」ぎゅぅぅ
スンスン クンクン
男(俺の左腕に女さんが密着して……その崇高なお胸の膨らみがっ!!)
男(制服とは厚みが違ってその尊い感触がぁぉぁ!!)
男「お、女さん、いくらなんでもこれは……くっつき過ぎじゃない?」
女「くっつかなきゃ嗅げないじゃない」
男「そうだけど……でも……」
女「全ては匂いを嗅ぐためよ。ある程度の犠牲は払うわ」
男(犠牲!?なんか酷くない!?)
男「むぅぅ……」
女「あのねぇ、私だって仕方なくしてるのよ?」
男(まぁ、犠牲ってハッキリ言ってたし)
女「この場で匂いを嗅げないことは死を意味するの、わかる?」
男「死!?」
女「まぁ、それは大袈裟かもしれないけど、私にとってはそれくらい辛い環境なの」
男「さっき言ってた中和できてないってどういう事?近くにいれば中和されるんだよね?」
女「そうね。そこだけは私の認識が甘かったわ」
男「?」
女「人とすれ違ったり風向きが変わると、貴方の香りも流されてしまうの」
男「あ、そうか……人が行き交う室内だと特に……なるほど」
女「それなら匂いの元を嗅ぐしかないじゃない。お分かり頂けたかしら?」
男「……」コクコク
男「でもくっつき過ぎると、その……」
女「男くんは私にくっつかれると嫌?」
男「俺は全然いいんだけど、なんか女さんに対して申し訳ない気持ちになる」
女「そんなの一々気にしたらキリがないし、キブ&テイクの精神でいきましょ」
男「ギブ&テイク……」
女「私が男くんにギブできてるか疑問だけど、そこは多目にみてくれると助かるわ」
男(いやいやいや、十分過ぎるほど与えてくれてますよ!)
男「わかった!今日を楽しむために俺も協力は惜しまないことにする!」
女「ええ、ありがとう男くん!じゃあ早速……」ぎゅっ
スンスン クンクン
男(こちらこそありがとうございますっ!!)
一旦休憩で夜から再開します
思って以上に長くなってしまって申し訳ないです
暖かく見守って頂けたら幸いです
それでは
――ショップ
女「あ!あった!」
男「財布……?」
女「大量に入荷してるって情報は本当だったのね!少し遅れちゃったから不安だったけど、残っててよかったぁ」
男「ああ、欲しかったのって財布だったんだ」
女「うん。期間限定のコラボ品!ショップに行かないと買えないから困ってたのよね」
男「コラボ品?」
女「ほら、ここ見てみて」
男「お?おぉ……さり気なくあの有名なキャラが」
女「そう!そのさり気なくがポイントなの!可愛いよねー」ぎゅっ
スンスン クンクン
男(ふっ、君の方が可愛いよ)
男(なんてセリフは流石に言えません)
女「じゃあ、そろそろハンドタオル返してくれない?」
男「タオル?ああ、でもこれは洗って返したいんだけど」
女「いいから、返して」
男「??……はい」スッ
女「どれどれ……」クンクン
男「!?」
女「んー……ふむふむ」クンクン
男(俺の汗が染み込んだハンドタオルを……マジか……)
女「じゃ、買いに行ってくるからその辺で待ってて!」
スタスタスタ
男(身体とか脇とかも思いっきり拭いちゃったのに……いや、拭いちゃったからよかったのか?)
男(まさか、女さんの例のハンカチって……女さんの体臭を染み込ませた……?)
男(いやいや、まさか……でも俺が嗅いだとき……めちゃくちゃ照れてたよな……)
男(人工的じゃない匂い……)
女「お待たせ!ってどうしたの?何か考えごと?」
男「女さん、そのタオルの匂いどうだった?」
女「うーん……妥協点かな。でもやっぱりこっちには敵わないね!」ギュッ
スンスン クンクン
男(ああ、俺は幸せ者だ……)
男(じゃなくて!!)
男「例のハンカチってもしかして……女さんの匂いを染み込ませたモノ?」
女「…………え?」
男「汗とか体臭とか」
女「違っ!!違わないけど!!違うの!!」
男「あ、ここじゃ迷惑だから、一旦お店の外に!」
女「う、うん」
――
女「あ、あれは、色々な黄金比があって!」
男「黄金比?」
女「洗剤と柔軟剤の量とか!それを毎回寝るときに肌身離さずにくっつけて、数日経ってから完成するの!」
男「くっつける?」
女「うぅぅ……とにかく!そんな感じなの!」
男「体の匂いがするところ……くっつける……もしかして」
女「違う!!聞いてないけど、絶対違う!!」
男「じゃあどこに??」
女「首の後ろとか!……上半身……とか……」
男「上半身?」
女「うぅぅ」
男「…………」
男「そ、そんなに恥ずかしがることないよ!俺はすごくいい匂いだと思ったし」
女「だから恥ずかしいのよ!」
男「大丈夫、俺も匂い嗅がれるの恥ずかしいけど今じゃ慣れてきたし」
女「はぁ……もういいわ。次のお店行きましょう」グイッ
男「おわっ!」
男(服屋、靴屋、雑貨屋、また服屋)
男(つ、疲れた……まだ昼なのに……本当に全店舗回るつもりなのか?)チラッ
女「~~♪」ギュッ
男(まだまだ衰える気配は……ないな)
男(匂い嗅ぐ時とかテンション上がる時とか、腕に抱きついてくるし)
男(いいんだけどさ!全然いいんだけどさ!)
男(女さんは目を引くような美少女で)
男(俺は平凡を絵に描いたような男で)
男(なんでこいつが?って顔でたまに周りの視線が痛い)
男「女さん」
女「なぁに?」
男「ちょっと休憩しない?」
女「んー、そうね。ちょうどお昼だし、そうしよっか」
男「そういえば、ご飯の匂いとかは大丈夫なの?」
女「大抵の物は平気!あ、でもフードコートみたいに色んな食べ物の匂いが混じり合ってるのはちょっと……」
男「なるほど」
女「さっき通りかかったときヤバかったわ」
男「あー、だからずっと俺の匂い嗅いでたんだ」
女「うん」
男「女さんは好き嫌いある?」
女「基本的になんでもいけるわ」
男「ふーむ」
女「私、普段外食とかあまりしないから……どこかお勧めある?」
男「そうだなぁ……」
男「ではパスタなんて如何でしょう、お嬢様」
女「パスタ?あら、それはとても素敵ね!是非案内してちょうだい」
男「かしこましました」
女「ふふふ」
――――
――
女「~~~♪」ギュッ
クンクン スンスン
女「はぅ……」ギュッ
男(慣れねぇぇぇ!!もう結構長い時間この状況だけど!全っっ然!慣れねぇぇぇ!!)
男(なんだこの愛くるしい生き物は!!)
男(学校の奴らが知ったら卒倒するレベルだぞマジで!!)
女「パスタ!美味しかった!」
男「美味しかったね」
女「また食べに行きたい!」
男「そうだね」
女「~~♪」ギュッ スリスリ
男「……」
男(落ち着け、彼女は俺の“匂い”だけが目的なんだ)
男(勘違いしてはダメだ。俺は空気清浄機、人ですらない)
男(普段出来ないことが出来るようになって……)
男「そうか」
女「?」
男(当たり前のことができなかったんだ)
男(そりゃあテンションも上がるよな)
女「どうしたの?」
男「いや、次行こう次!」
女「?」
――――バス 車内
男(つ、疲れた……)
男(すっかり日も暮れちゃったな……)
男「女さん、今日は満足できた?」
女「……うん」ウトウト
男「結局全部回れなかったね」
女「……うん」ウトウト
男「眠たいなら肩貸すよ?」
女「……ん」ポトン
男「着いたら起こすから」
女「……ん……」
男「疲れたけど……楽しかったなぁ」ウトウト
男「やべっ、俺まで寝たらダメだ」パチンッ
――――噴水公園 ベンチ
男「目、覚めた?」
女「うん。恥ずかしい姿見られちゃったわね」
男「ははは、それこそ今更な気がするけど」
女「ふふっ、そうね」
男「もうすっかり暗くなっちゃったけど……家まで送ろうか?」
女「……」
男「女さん?」
女「約束は?」
男「へ?」
女「思う存分嗅がせてくれるって約束!」
男「えぇぇぇ……」
女「楽しみにしてたのよ!」
男「モールで散々嗅いだからいいでしょ?」
女「その時はほとんど服の上からじゃない!」
男「もう時間も遅いし……熟成してるかわかんねいし」
女「時間が経つごとに貴方の匂いは素晴らしいモノになっていたわ」ウットリ
男「そうですか……」
女「じゃ、ちゃっちゃと済ませるね!」ススス
男「いきなり鼻ですか!?」
女「ちょっと黙ってて」スッ
男「あうぅぅ」
女「……」スンスン
女「!!!」
男「ど、どう?」
女「しゅ、しゅごい……」スンスン
男(しゅごいって……)
女「はぁ……」クンクン
女「ん……だ、だめ」スンスン
男(だめなら止めればいいんじゃない!?)
女「……んん……はぁ……」クンクン
女「!!」バッ
男「ど、どうしたの?」
女「はぁ……すごい……すごいよ男くん……」トロン
男「え?」
女「ドキドキするの……男くんの匂い嗅いでると……」トロン
男「お、女さん?」
女「男くん……」スッ
クンクン スンスン
女「あ……んっ……」
男(な、な、なにが起こってる!?こ、これじゃあまるで……!!)
女「はぁ……男……くん……ふわぁ……んっ」
スンスン クンクン
男(まるで発情してるみたいじゃないかっ!!)
女「どうしよう……男くん……」スンスン
男「と、とりあえず離れた方が……」
女「やだっ!だめっ!」ぎゅぅぅぅ
男「!?」
スンスン クンクン
男(父さん、母さん……僕は今とんでもない美少女に抱き付かれて鼻をクンクンされています)
男(信じられますか?僕は信じられません)
女「ん……はぁ……んっ……」スンスン
男(なんか女さん……モジモジしてるし……)
女「ふわぁ……ん……あぁ……」クンクン
男(え、エロ過ぎる……)
男「女さん、そ、そろそろお終い」
女「まだ……ん、足り、ないよ……男くん……」スンスン
男(これ以上は俺がヤバいっ!!強引にでも引き離さなきゃ)
男「ごめんね!」グイッ
女「!?」
男「女さん、これ以上は……色々とヤバいよ!」
女「やだやだ!」グイッ
男「うわっ!?」バタン
男(ベンチに押し倒されて、その上に女さんが……!!!)
女「……はぁ……」スンスン
男「お、おんな……さん……」
女「おとこ、くん……」ウルウル
男(ヤバイ!ヤバイ!!ヤバイ!!!)
女「んっ……」スンスン
女「あっ……んんっ……」クンクン
男(鎮まれぇぇぇぇ!!血液よ!一箇所に集まるなぁぁぁ!!!)
女「はぁ……んっ……あっ……」
スンスン クンクン
男(引き離そうにも無理に起き上がろうとすると女さんがベンチから落ちるかもしれないし!)
男「あ!」
女「……んんっ……」スンスン
男「女さん、人が!」
イッヌ「わんわん!」
女「!?」ガバッ
主婦「あ、す、すみません!ほら行くよイッヌ!」
イッヌ「わんわん!」
スタスタスタ
女「あ、あ……」
男「と、とりあえず……落ち着こうか」
女「う、うん」カァァァ
――――
男「落ち着いた?」
女「う、うん……私、どうかしてた……」
男「……なんか日を追うごとに、激しくなってる気がする」
女「多分……気のせいじゃなくて、そうだと思う……」
男「遅い時間は匂いが濃いから、かな?」
女「それもあるけど……匂い嗅いでると……」
男「……」
女「ううん、なんでもない」
男「……今日は遅いしもう帰ろう。送るよ」
女「うん、ありがとう」
――自宅
男(うわぁ、足が棒だ)
男(それにしても……これ以上、女さんに匂いを嗅がせていいのだろうか……)
男(必要最低限で留めておいた方がお互いにいいと思う)
男(今日のアレは明らかにおかしかったし、あのまま止めてなかったら……)
男(ていうか……無理だ!!)
男(俺にはキャパオーバーだ!!なにもかも!!)
男(圧倒的に経験値が少な過ぎる!!)
――朝 電車
ガタン ゴトン ガタン ゴトン
女「……」スンスン
男「……」
女「ん……」スンスン
男「……」
女「どうしよう……また……」スンスン
男「!!」
女「男……くん……」スンスン
男(本当どうしよう……)
スタスタ スタスタ
男「女さん、大丈夫?」
女「うん……」
男「でも朝からスイッチ入るのなんて珍しいね」
女「スイッチ……言い得て妙ね」
スタスタ スタスタ
女「男くんの匂いを嗅いでるとね、途中でスイッチが入っちゃうの」
男「でもショッピングモールでは平気だったよね?」
女「あの時は……周りの目もあったし、ほとんど服の上からだったから……」
男「スイッチが入り辛い状況だったわけか」
女「うん。直接肌の匂い嗅いじゃうと……ダメみたい」
スタスタ スタスタ
男「スイッチが入りそうになったら止めるとかは?」
女「それが、さっき電車内で分かったんだけど」
女「スイッチ入る間隔が短くなってる気がする」
男「!」
女「というより、男くんの匂いに敏感になってると言った方が正しいかな」
スタスタ スタスタ
男「それでも……また嗅ぎたいって思うの?」
女「…………」コクン
男「これじゃあ本当に薬物みたいだ」
女「…………」
女「責任……とってくれる?」
男「え……それってどういう――」
後輩「おっはよーございまーす!」
男「」ビクッ
女「あら、おはよう」
男「ビックリした……なんだ後輩か」
後輩「なんだってなんですか、なんだって」
男「言葉通りだよ」
後輩「むぅ……なんで二人で登校してるんですか!」ボソボソ
男「俺と内緒話してると女さんに勘違いされるよ?」ボソボソ
後輩「!!」
女「………………」ジー
後輩「お、女先輩!」
女「はい?」
後輩「今日も男先輩とお昼ご飯食べるんですか?」
女「え?あれはあの日だけで普段は一人よ」
後輩「じゃあお昼ご一緒してもよろしいですか?」
男(おお!攻めるなぁ)
女「……申し訳ないけどお昼は一人で食べる主義なの」
後輩「そう、ですか……」
男(どんまい、後輩)
後輩「じゃあ男先輩でいいや!一緒に食べませんか?」
男「は?俺!?」
女「………………」
後輩「聞きたいこともありますし」
男「いや、でもなぁ」
女「あら、折角誘ってもらってるのに断る気?」
後輩「断る気ですか!?」
男「えぇぇぇ」
――教室
友「ニイチャンよぉ、随分偉くなったもんだなぁ」ガシッ
男「なにがだよ」
友「両手に花で登校とはいい御身分だな、ええ?」
男「偶然だ、偶然」
友「そんな偶然あってたまるか!!」
男「色々あるんだよ」
友「だから!その色々を俺はまだ聞いていない!」
男「それは……プライバシーに関わることだから言えない」
友「まぁ今はいい。だが昼休み、覚悟しておけよ」
男「昼休み……」
友「たっぷり問い詰めてやるぜ……くくく」
男「……」
――昼休み
友「くくく……昼までの時間を有意義に過ごせたか?男よ」
男「あー、昼かぁ……悪いけど俺、先約があるから」
友「なに!?そんなのは許さんぞ!?女さん?また女さんなのか!!?」グラグラ
ガラガラ
後輩「失礼します!」
友「後輩ちゃん!?」
後輩「あ!先輩っ!」ヒラヒラ
男「じゃ、そういうことで」スク
友「どういうこと!!?」
女「………………」
友「おのれぇぇ打首じゃぁぁ!!」
――中庭
後輩「あの後、女先輩なにか言ってましたか!?」
男「あの後……ってなんだっけ??」
後輩「駅前で会った時です!!」
男「あ~」
後輩「なにか言ってましたか!?」ズイ
男「後輩は俺のこと好き。って勘違いされた」
後輩「うわぁぁん!!やっぱりそうでしたか!一番恐れていた事態がぁぁぁ!」
男「ち、ちゃんと誤解は解いたよ?」
後輩「当たり前です!!」
後輩「でも本当に解けたんですか!?」ズイ
後輩「まさか私の気持ち話しちゃったんですか!?」ズイ
男「ち、近いっ!!」
後輩「むぅ……」スウ
男「後輩の気持ちは伏せてるから大丈夫だよ」
後輩「……」
男「さすがに俺でもそれくらいは心得てるつもりだ」
後輩「それなら、いいですけど……」
男「あのさ」
後輩「はい?」
男「なんで俺をお昼に誘ったの?それこそ誤解されるリスクがあると思うけど」
後輩「先輩にはどーーしても!確認しておきたい事があったんです!」
男「?」
後輩「先輩の気持ちです」
男「俺の、気持ち?」
後輩「先輩は……女先輩のことが好きなんですか??」
男「……それは……」
後輩「それは?」
男「上手く言えないけど、女さんの事はずっと手の届かない存在……一生関わることのない存在だと思ってたんだ」
後輩「わかります!!」
男「だから……好きっていうより憧れの気持ちの方が強いのかも知れない」
後輩「……」
男「恋愛感情を持つことすら恐れ多いというか」
後輩「ふーん。ま、そっちの方が私は都合がいいのでいいんですけどね」
男「うん」
後輩「いずれ誰かに女先輩を取られても後悔しないんですか?」
男「あはは、そもそも俺は事前にハッキリ言われてるんだよ」
後輩「はい?」
男「そういう対象にならないし、今後もありえないって」
後輩「え……?」
男「だから妙な期待は持ってないよ」
後輩「…………」
男「女さんが将来どういう人を選ぶのかは凄い興味深いけどね」
後輩「…………」
後輩「ちなみにそれを言われたのはいつ頃ですか?」
男「女さんと親しくなる前かなぁ。でも最近の話だよ」
後輩「ふむ」
男「?」
後輩「先輩!」
男「ん?」
後輩「先輩は……見た目は普通ですけどよく見ると整った顔してるし、性格はなんでも受け入れてくれそうでチョロ……包容力があるし」
男「チョロって言ってたぞ」
後輩「先輩の良さを分かってくれる人がいつかきっと多分現れます!だから落ち込まないで下さい!」
男「褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」
後輩「頑張って褒めてます!」
男「ああ!そりゃどうもありがとうね!」
後輩「……」
男「後輩の恋愛対象は……昔からその、同性だったのか?」
後輩「同性は女先輩が初めてですよ」
男「え?そうなの?」
後輩「はい!だから自分でも戸惑ってましたけど、今はもう吹っ切れてます!」
男「そうだったんだ、俺はてっきり……」
後輩「今まで好きになった人は皆男子です。彼氏だっていましたし」
男「なんという恋愛強者!!」
後輩「でも男の子っていつもエッチなこと考えてますよね?私は普通にお話して一緒に過ごせれば満足なのに」
男(うぐっ、耳が痛い)
後輩「そんな男子は即バイバイです!」
男「ははは」
後輩「男子に不信感を持ってる時に女先輩に出会いました」
男「……」
後輩「凛とした美しい姿に目が奪われて……最初は憧れだったんです。でも気付いたら好きになっていました」
男「なるほど」
後輩「先輩は女先輩のこと最初から諦めてるんですよね?」
男「うん、そうなるのかな」
後輩「じゃあ宣戦布告は撤回します」
男「あー、そんな事言ってたなぁ」
後輩「先輩を惚れさせる必要ないですもんね」
男「うむ。君には絶対惚れないから無駄なことはやめておきなさい」
後輩「むかっ!私こう見えてもモテるんですけど!?」
男「まぁ……可愛いし愛嬌もあるしモテるだろうなぁ」
後輩「!?」
後輩「な、な、なんですか急に!?」
男「え?」
後輩「べ、別に先輩に褒められても全然嬉しくないですから!」
男「褒めたっていうか、素直にそう思っただけだよ」
後輩「……」
男「ま、それでも俺が後輩に惚れることはありえないけどね!」
後輩「ふーーーん」ニヤ
男「なんだよ」
後輩「そのわりには私が近付くと焦ってますよね?」ズイ
男「そんなことないぞ」
後輩「もしかして照れてるんですか?」ズイ
男「ち、ちが――」
後輩「私、可愛いんですよね?」ズイ
男「ほ、ほんとこれ以上は……」
後輩「これ以上なんですか?」ピトッ
男「!!!」
後輩「先輩の心臓、すごくドキドキしてますよ?」スッ
男「――!」パクパク
後輩「ね、先輩……私の心臓もドキドキしてるか確認してみますか……?」グイッ
男「うわぁぁぁ!」バッ
後輩「あっはははは!」
男「お、おまっ!冗談でもやって良い事と悪い事があるだろ!!」///
後輩「顔真っ赤だー!先輩ったらかっわいいー!」
男「赤くない!断じて赤くない!」///
後輩「ふふーん、先輩堕とすの案外楽勝かも」ニヤ
男「それとこれとは話が別っ!!」
後輩「でもこんな事されると少しは意識しちゃいません?」
男「む……そんなことは……ない」
後輩「人の気持ちなんてちょっとしたキッカケで簡単に動くんです」
後輩「だから……“ありえない”なんて事はないんです」
男「あ……」
後輩「なので先輩が私に言った絶対惚れないって言葉に訂正を求めますっ!!」
男「うーむ……でもなぁ」
後輩「もう先輩ったら、まだ足りないんですかぁ?」ズイ
男「わ、わかった!訂正しますから!!」
後輩「よろしい!」
――放課後
友「男よ、俺はこれからバイトがあるんだ」
男「うん?頑張ってね」
友「くっ、また男と話しができなかった!」
男「最近は……そうだね」
友「本当は女さんとか後輩ちゃんとかどうでもいいんだ……」
男「友……」
友「俺は……俺は……ただお前と!一緒に過ごしたいだけなんだっ!!」ガバッ
男「やめろ!気色悪いっ!」
友「なんで避けるんだっ!マイ・フレンド!」
男「やけにテンション高いな」
友「あ!わかる?」
男「うん」
友「今日バイトに新しく女の子が入るんだ。これがテンション上がらずにいられるかっ!」
男「単純な奴だな」
友「あはは!そういうわけでまた明日なっ!」
男「おう」
男(さて、俺も帰るかな)
男(女さんは……)チラッ
女「」バッ
男(ん?あれ?)
男(目を逸らされた?てかこっち見てた??たまたま?)
男「女さん」
女「なに?」
男「よかったら一緒に帰らない?」
女「……結構よ」
男「え?なにか用事でもあるの?」
女「いえ、特にないわ」
男「じゃあ一緒に」
女「……」
男「?」
女「あの子と帰るんじゃないの?」
男「あの子?友ならもう先に帰ったけど」
女「違う。ほらあの可愛い後輩の子と」
男「後輩?別に約束はしてないけど」
女「あらそう」
男「一緒帰ろ、女さん」
女「……」
男「女さん?」
女「ちょっと来て」
男「???」
――生活指導室
女「座って」
男「う、うん」ストン
女「……」スッ
スンスン クンクン
男(いきなり鼻の横の匂いを)
女「ん……」スンスン
男(大丈夫か?またスイッチ入ったら……)
女「……」スンスン
ピタ
男「?」
女「……」
男「どうしたの?」
女「……帰りましょう」
男「え?もしかしてあんまり匂いしなかった?」
女「ううん、そんな事ないわ」
男「???」
女「またスイッチ入っちゃうと嫌だし、程々にしなきゃ」
男「まぁそうだけど……」
女「ほら行きましょう」
男「んん???」
――翌朝 教室
男(昨日に続いて今日も女さんの様子がおかしい)
男(今日の朝の電車も……いつもより控え目だったし)
男(返事もどこか素っ気ないというか……)
男(スイッチが入ることに戸惑っていたから本格的に匂い離れしようとしてるのかな?)
男(そうなると俺と女さんの接点は……)
男(……)
友「おーい、戻ってこーい!」
男「え?」
友「体育だろ?着替えてないのお前だけだぞ!」
男「あ、うん」
友「?」
友「変な奴」
――昼休み
男(女さん大丈夫か!?)
男(体育の後から例のハンカチをずっと当ててるし、顔色も悪い)
女「」スクッ
タタタ
男(やっぱり!!)
男(どうして俺を頼ってくれないんだ!?)
男(目すら合わせようとしない……余計なお世話なのか?)
男(いや、今はそんな事言ってる場合じゃないっ!!)
――生活指導室
トントン
男「女さん、いる??」
トントン
男「開けるよ?」
ガチャガチャ
男「鍵が……いないのか?」
トントン
男「女さん!いるなら開けてくれ!」
カチッ
男(鍵が開く音!!)
ギィィ バタン
男「女さんっ!」
女「お、おとこくん……」ウル
男「やっぱり!大丈夫!?」
女「うぅ……平気だから……」
男「平気そうに見えないよ!ほら、早く匂い嗅いで!」
女「……」プイッ
男「なんで?辛いなら今すぐ――」
女「貴方は、空気清浄機なんかじゃない!」
男「…………え?」
女「男くんは一人の人間で、物じゃないの!」
男「え、ああ、うん。だけど!」
女「本当は気軽に利用なんてしちゃいけないの!」
男「今更なにを……俺は気にしてないよ?」
女「私が気にする……」
男(え……これって……拒絶されてる……?)
女「だから放っておいて!」
男「でも!」
女「私は今まで一人でなんとかしてきた!」
女「ひと時の安らぎに身を委ねてたら、私はどんどん弱くなる!」
男「……それは……」
女「前までは耐えられた臭いも……今じゃ……」
男「そんな!まさか俺のせいで臭いの耐性が低くなってる!?」
女「それは……わからない……けど 」
男「けど?」
女「お願い、私の為を思うなら放っておいて……」
男「……わかった。女さんがそこまで言うなら今はそっとしておくよ」
女「ありがとう」
男「これ、体育の時に使ってた俺のタオル」スッ
女「……!」
男「……」
女「……」
男「女さん?」
女「朝もこれからは別々にしましょう」
男「!!?」
女「今まで苦労かけてごめんなさい」
男「な、なんでそんなことを!?」
女「自分勝手に男くんを振り回して……本当にごめんなさい」
男「なんで謝るの?俺は別に……」
女「ごめんなさい、男くん……ごめんなさい」
男(やめてくれ、謝らないでくれ……)
女「貴方の優しさに甘えてたけど、それじゃあダメなの」
男「え…………」
女「だからもう……」
男(やめてくれ……なんでいきなりそんなこと言うんだ……)
女「そして」
男(やめてくれ!それ以上は――)
女「今までありがとう。言葉に言い尽くせないくらい感謝してます」ペコ
男「おんな……さん……」
男(ああ……そうか、もう終わり、なんだ……)
――放課後
友「男っ!今日こそは一緒に帰るぞっ!!」
男「ああ」
友「へ?」
男「帰ろう」スクッ
友「え?あれ??」
スタスタ
友「お、男!?」
男「……」
友「どうした?何かあったのか?」
男「何もないよ」
友「何もなくないだろ?話くらいは聞くぜ?」
男「ごめん、今は話す気になれない」
友「……なるほど」
友「そうか……ま、すぐ忘れられるさ!気にすんな!」ポンポン
男「なんだよそれ」
友「どうせ女さんに振られたんだろ?」
男「……別にそういうわけじゃ……」
友「ははは!強がるなって!振られ慣れてる俺の目は誤魔化せないぜ?」
男「……」
友「女の傷は女でしか癒せない、ってよく言うだろ?早く次の相手をみつけるのが一番さ!」
男「……」
一旦おしまいです
長々と失礼しました
明日には完結すると思いますが、当初はこんなに長くする予定ではなかったです
力不足を痛感しています
ちなみにこのSSは“いい感じの女子に突如振られる”というよくある怪現象をコンセプトに作り始めたので、どういう結末にするか未だに迷ってます
――自宅
男(あ、早く風呂入らなきゃ!……って)
男(もう匂いを嗅がれることはないのか)
男(寝る前の筋トレも、朝早く起きることも)
男「……」ピッ
男「ははは、番号交換したけど……結局一度も連絡しなかったな」
男「……」
男(体育のあと、タオルを差し入れするくらいは……)
男(いやでも……女さんは放っておいてって言ってたな……)
男「はぁ……だめだ」
男「どうしても女さんの事ばっか考えてしまう」
男「おはよ」
友「お、最近早かったのに今日は遅いな」
男「早起きはやめたんだ」
友「ははーん」
男「余計な詮索はやめてくれ」
友「ははは!おかえり男!」ポンポン
男「うっせ」
男(女さんは……)チラッ
男(いつもと同じように読書か)
男(前までの日常に戻っただけだ)
男(平穏な日常に)
友「男!帰ろうぜ」
男「ああ」
友「今日ゲーセン寄ってかない?」
男「いいね」
友「お前が付き合い悪い間に、俺は腕を上げたぞ?」
男「面白い、受けて立つ」
男(いつも通りの日常……それも悪くないよな)
男「おはよ」
友「おはよ!」
女「……」
男(いつも通りの日常)
友「いや~疲れた!!最近暑くってきたから体育の時間が苦痛だぜ」
男「そう、だね」
男(女さんは……)チラッ
女「」スクッ
タタタタタッ
男(ハンカチを口に当てたままどこかに……)
男(大丈夫かな)
男(……いや、俺が行ったところでまた……)
男「帰ろうぜ」
友「今日バイトだわ」
男「マジか」
友「ははは!そーかそーか寂しいのか」
男「別にそんな事言ってないだろ!」
女「」スク スタスタ
男(前と同じような平穏な日常)
男「おはよう友」
友「おはようさん」
男「帰ろう」
友「おお、今日は――」
男(いつも通りの日常)
――1週間後
男「……」ゴロン
男(どれだけの時間が経てば忘れられるんだ?)
男(時間が経つほど考えるのは女さんの事ばっかで)
男(同じ教室にいるのに話せない)
男(辛そうにしてるのに何も出来ない)
男(一緒に出かけたショッピングモールも今では遠い昔に感じる)
男「はぁ」ゴロン
男「女さんに会いたい」ボソ
――放課後
友「男、帰ろうぜ」
男「ああ」
ガラガラ
後輩「失礼します!」
女「!」
友「あれは後輩ちゃん?」
後輩「すみません、男先輩お借りしてもよろしいですか?」
友「え?あ、別にいいけど……」
男「……」
友「そういえばお前、後輩ちゃんとも仲良かったよな」
後輩「ね、先輩!デートしませんか?」
友「!!?」
男「……」
友「あれぇ?男くぅん?どういう事かなぁ?」
後輩「先輩ってば聞いてます!?」
男「なんの用?」
後輩「だからデートですって!ね、行きましょう」グイッ
男「あーもう、わかったから引っ張るなって」
後輩「女先輩、男先輩お借りしますね」
女「!?」
男「女さんは関係ないから」
後輩「ふーん。ま、いいや!行きましょ」ギュッ
友「腕組みっ!?男てめー!羨ましいぞチクショー!!」
男「……」
――――
――
男「もう腕はいいだろ」
後輩「え?いいんですか?男子ってこういうの好きっていいません?」ギュッ
男「そうみたいだな」
後輩「これは相当重症ですね」パッ
男「それで、わざわざ芝居までしてなんの用だ?」
後輩「デートです!」
男「はぁ……そういう気分になれないから」
後輩「どこか落ち着ける場所に行きましょうか、先輩」
男「……」
――公園
ギコ ギコ
後輩「あははっ久しぶりにやると楽しー!」
男「……」
後輩「先輩もどうですか?」
男「遠慮しておくよ」
後輩「ブランコ楽しいのに……よいしょっと!」ズサッ
男「……」
後輩「隣、失礼します」ストン
男「……」
後輩「最近、女先輩と一緒にいませんよね?」
男「やっと本題か……」
後輩「朝も昼も放課後も、一緒にいるのを見かけてません」
男「それは……あの期間だけが特殊だったんだ」
後輩「なにかあったんですか?」
男「何もないよ……元に戻っただけ」
後輩「ふーん」
男「……」
後輩「先輩、ちょっといいですか?」
男「?」
後輩「ジッとしててください」
男「はい!?」
男(後輩が女さんみたいな事言うとは……驚いた)
後輩「この辺かな?」スッ
男「!!?」
後輩「……」スンスン クンクン
男「え、えぇ!?な、な、なんで……!!」
後輩「んー?よく分かんないなぁ」スンスン
男「ど、ど、どういう事だ!?」
後輩「どういう事って……こういう事ですよ」ニコ
男「えぇぇぇ……」
後輩「あれは、一週間くらい前の事です」
後輩「お昼休みの時に、ハンカチを口に当てて急いで生活指導室に入る女先輩を見ました」
男「あの時か……」
男(最後に会話した、あの日)
後輩「ほら、私って目が良いから離れてても良く視えるんです」
男「ああ、言ってたね」
後輩「なんだか具合が悪そうだったので心配になっているところに男先輩が慌てて後を追いかけて」
男「……」
後輩「悪意はなかったんですが、尋常じゃない様子だったので聞き耳を立ててしまいました。すみません」ペコ
男「いや、いいんだ。続けて」
後輩「あの時の先輩、具合悪そうな女先輩に“匂いを嗅ぐ?”と言っていましたよね?」
男「」コクン
後輩「女先輩は、先輩に向かって“空気清浄機”とも言ってました」
男「ああ」
後輩「二人の会話を一部始終盗み聞きした私は、真っ先にあの日の動画を見返しました」
男「動画……!!」
後輩「全てのピースが噛み合うかのように、私の中の疑問は解決しました」
男「……」
後輩「あの時の動画に映った行動は、女先輩が男先輩の匂いを嗅ぐ行為……だったんですね?」
男「ああ、その通りだ」
後輩「やっぱり、そうだったんだ」
男「騙すような真似してごめん」
後輩「いえ、いいんです」
男「……」
後輩「ここからは私の憶測になります」
男「うん」
後輩「女先輩は嗅覚が人よりも優れていて、他人の臭いが苦手なのでは?」
男「そうみたい、だね」
後輩「でも例外がいました」
男「……」
後輩「誰も寄せ付けず、人と距離を置いて過ごしてきた女先輩が唯一……普通に接する事ができた人物」
男「……」
後輩「それは……男先輩!アナタです!!」ビシッ
男「……」
後輩「今の名探偵みたいでカッコ良くないですか!?」
男「そうだね」
後輩「女先輩にとって、男先輩の匂いの恩恵は計り知れないものがあったと考えます。空気清浄機と呼ぶくらいですから」
男「うん」
男「でも、もう俺の役目は終わったんだ」
後輩「そもそも!そこが納得いきません!!」
男「え?」
後輩「なんであの時、素直に身を引いちゃったんですか!?」
男「あの時……」
後輩「女先輩に“放っておいて”と言われてなんでその通りにしちゃったんですか!!?」
男「はあ!?女さんからああ言われたら従うしかないじゃないか!」
後輩「抱きしめて『俺がずっと側にいる』くらい言えないんですか!?」
男「相手の気持ちを無視してそんな事言えるわけないだろ!!」
後輩「相手の気持ちじゃないです!大事なのは自分の気持ち!前に先輩が私に言った事じゃないですか!!」
男「!!」
後輩「そもそも、恋愛対象外って言われたのっていつでしたっけ?」
男「それは……親しくなる前……」
後輩「ずっと人を避けてきた女先輩のその言葉をいつまで鵜呑みにしてるんです?」
男「今後もありえないってハッキリ明言されたら誰だって身動き取れなくなるだろ!」
後輩「“ありえない”事がありえないんです!!」
男「あ……」
後輩「人の心は変わります!良い方向にも悪い方向にも」
男「そうか」
後輩「はぁ……しっかりしてくださいよ」
男「ご、ごめん」
後輩「情けない先輩に一つ、とても重要な事を教えてあげます」
男「重要な事?」
後輩「なんで女先輩が男先輩を遠ざけたのか考えたことありますか?」
男「それは……独り立ちしたいから?」
後輩「やっぱり分かってなかったんだ……」
後輩「鈍感なのもそこまでいくと犯罪レベルですよ?」
男「うぐっ……じゃあなんでだよ!?」
後輩「あの日のお昼、私達はどこで食事をしましたか?」
男「中庭」
後輩「女先輩がいた場所は?」
男「生活指導室…………」
男「あっ!!」
後輩「私たちのやり取りを女先輩が見ていた可能性を考えなかったんですか!?」
男「でも……それって……それじゃあまるで!!」
後輩「ずっと孤独に生きてきた女先輩です。きっと初めての感情だったんだと思います」
男「…………」
後輩「悔しいけど私じゃダメなんです」
後輩「男先輩じゃないと……だから……」
男「ありがとう、後輩」
男「今すぐ行ったら迷惑……かな?」
後輩「はぁ……そんな大事なこと自分で考えて決めてください」
男「思い立ったが吉日、って言うしな……うん、行くよ」
後輩「はい」
男「本当にありがとう」
後輩「お礼はいらないです!その代わりなんでもお願い聞いてください」
男「ああ、ここまでしてくれた後輩の為だ。出来る範囲の事ならなんでもするよ!」
後輩「約束ですよ!じゃあ行ってあげてください!」
男「ありがとう!」
――――
男「はぁはぁ」
男(情けない!自分の情けなさに反吐がでる!)
男(後輩にここまでしてもらってようやく気付くなんて!)
男(女さんの気持ちも、俺の気持ちも)
男「はぁはぁ、つ、着いた」
ポチポチ
男「頼む、出てくれ!」
プルルルル プルルルル
男「……」
プルルルル プルルルル
男「……」
プルルルル プルルルル
女『もし……もし?』
男「あっ!女さん!」
女『男くん……どうしたの?』
男「大事な話がある。とても、とても大事な話が」
女『え……でも』
男「今、女さんの家の前にいるんだ」
女『えええ!?』
男「待ってるから。それじゃあ」
プチ
男(強引だったか?でも、ああでもしなきゃ出て来てもらえない可能性もあるし)
男(出てきてくれるのを信じて待つ。それだけだ)
男「……」
男「…………」
男「………………」
ガチャ
男「!!」
男「女さん……」
女「どういうつもり?急に家の前まできて」
男「よかった、出てきてくれた」
女「返事を待たずに切られたら出て行くしかないでしょ?」
男「これから少し時間をもらってもいいかな?」
女「それは……いいけど……ココじゃ落ち着かないわ」
男「そうなると……噴水公園は?少し歩くけど」
女「問題ないわ」
男「じゃあ行こう」
女「……」
スタスタ スタスタ
男「時間は大丈夫?」
女「ええ。この時間はいつも一人だし……」
男「そうなんだ」
女「……」
男「……」
スタスタ スタスタ
男(あれ、いつ話せばいいんだ?歩きながら話すことでもないよな)
女「あ、そうだ」
男「?」
女「これ」スッ
男「体育の後に貸したタオル……」
女「その、返すタイミングが掴めなくて……遅くなっちゃったけどありがとう」
男「ううん、いいよ」
スタスタ スタスタ
女「言っておくけどちゃんと洗ったからね!」
男「あはは、ありがとう!」
男「あ、本当だ。女さんの匂いがする」クンクン
女「別に何もしてないから!」
男「そうじゃなくて、女さんが使ってる柔軟剤の匂い」
女「そ、そういうことね」
スタスタ スタスタ
男(懐かしいなぁ、こうやって話すのも)
男(久しぶりなのにこの雰囲気はやっぱり落ち着くというか)
男(さっきまで緊張してたけど、女さんの顔を見て話しただけで解れるなんて)
男(単純だなぁ)
スタスタ スタスタ
女「着いた」
男「うん、向こうのベンチに行こう」
女「」コクン
――噴水公園 ベンチ
男「電話でも伝えたけど大事な話があるだ」
女「…………」
男「まずは謝らせて」
女「え?」
男「ごめん、女さん」
女「ど、どうして……?」
男「女さんはその体質のせいで、ずっと苦労して生きてきた」
女「……うん」
男「女さんと仲良くなる前は、その事も知らずに勝手に女さんのイメージを作り上げてたんだ。周りと同じように」
女「周り……」
男「崇高な存在。孤高の存在。色んな呼ばれ方があるのは知ってた?」
女「うん」
男「俺もその一人。決して交わる事のない人だって思い込んでた」
女「……」
男「女さんにとって俺の匂いが癒しになると知ったとき、女さんの体質を知ったとき、俺は舞い上がってた」
男「あの女さんを俺が救うことが出来るんだ!ってね」
女「……」
男「その後、女さんがどれほど苦労して生きてきたか思い知らされるんだけど」
女「あのケンカした時のこと?」
男「うん」
男「あの時から、女さんは崇高な存在なんかじゃない、普通の女の子なんだって思うようになった」
女「……」
男「でも実際は……思てなかった。ほんのついさっきまで女さんを崇高な存在としてみていた」
女「ええ!?」
男「女さんとは日に日に距離が縮まっていく実感はあった。少なくとも俺はそう感じていた」
女「うん」
男「でも心のどこかでブレーキをかけている自分もいて」
男「それは女さんを一人の女の子としてみていなかったから」
男「崇高な女さんに対して引け目を感じていたからなんだ」
女「そ、そんな……」
男「だからその事を謝りたい。ごめん」
女「……」
男「実はそれを気付かしてくれたのは後輩なんだよ」
女「あの子が!?」
男「うん」
男「はは、自分の情けなさに嫌気が差したよ」
女「……」
女「……」
男「でもそのおかげで自分の正直な気持ちに気付けたんだ」
女「……」
男「しかも不思議なことに気付いたらどんどん溢れてくる」
女「……」
男「ふぅ……」
男「よく聞いててね、女さん」
女「は、はい……」
男「俺は女さんの事が好きだ」
女「……!!」
男「一人の女の子として、女さんの事が好きなんだ」
女「……」ジワッ
男「!」
男(女さんが涙を……)
女「うっ……ううう……」
男「言うの遅くなっちゃってごめんね、泣かないで女さん」
女「お、とこ……くん……うっ……うぅぅ」
男「些細な事で笑って、喜んで、驚いて、怒る女さんを近くで見ていたい」
女「うっ……ぐすっ……うぅ」
男「女さんが今まで出来なかった事、諦めてた事を側で見守りたい」
女「ぐすっ……うぅぅ……」
男「ダメかな?」
女「そ……そんなの……ぐす、男くんが、いなきゃ……うぅ……できない」
男「うん。だから俺と付き合ってくれない?」
女「ず、るい、よ……うぅぅ……断れない、じゃん……うぅ……ぐす」
男「しかも嗅ぎ放題の特典付きだよ」
女「ば、か……」ギュッ
男「!?」
女「お、とこ、くん……」ぎゅっ
男「大好きだ、女さん」ぎゅぅぅ
女「わ、わたしも、大……好き……」ぎゅぅぅ
男「ああ……ぐすっ……よかったぁ」
――――
男「落ち着いた?」
女「うん……」スンスン クンクン
男「こんな時でも匂い嗅ぐんだ?」
女「うん……」スンスン クンクン
男「ははは」
女「……」パッ
男「あれ?もういいの?」
女「これからは……好きな時に嗅げるし……」カァァァ
男「おお……!」
女「なに驚いた顔してるのよ」
男「いや、破壊力が凄いなぁと」
女「なにそれ、ふふっ」
男「あっ!」
女「ん?」
男「俺が自分の気持ちを抑えてたのは女さんにも原因があるんだよ」ジト
女「え?私に?」
男「だって最初の頃に言ってたから」
女『私は貴方に対して好意はありません』
女『今後抱く事もありえません』
女『貴方が今後、私に対して特別な感情を持ってもそれには応えられません』
男「って」
女「そ、それは……!」
男「それは?」
女「だってその時は好きじゃなかったし……」
男「なかったし?」
女「まさか自分が人を……好きになるなんて思わなかったし」
男「ほうほう」
女「つ、付き合うなんて以ての外じゃない?」
男「なんで?」
女「私こんな体質だし、絶対面倒臭いじゃない」
男「女さんは自分の魅力に気付いてないの?」
女「魅力?外見は昔から言われてたから、理解してるけど、それくらいじゃない?」
男「その外見だけであらゆる障害を受け入れられるのが男の性ってやつなんだよ」
女「それはなんか嫌ね……見た目で寄ってくる人が一番嫌い」
男「あぁ……苦労してそうだもんなぁ」
女「まさか男くんも……私の見た目だけで?」ジト
男「見た目が魅力的なのももちろんあるよ!でもそれはあくまでもキッカケで!」
女「へぇ?」
男「俺が女さんを好きな要素の一つでしかない」
男「だって容姿も含めて女さんでしょ?」
女「男くん……」
男「今ではそのちょっと面倒くさい内面も愛おしいって思ってるよ」
女「!?」
女「面倒くさいってなにそれ!?普通そういうこと面と向かって言う!?むー!!」
男「あはは!さっき自分で面倒臭いって言ってたじゃないか」
女「あれは体質!性格なんて一言も言ってません!」
男「あはは、ごめんごめん」
女「もう!」
男「ところで女さんはいつから俺の事を意識してたの?」
女「えぇ!?私!?」
男「うん。聞かせて欲しいな」
女「私の場合は……」
男「うん」
女「少し話を変えてもいい?」
男「ん?」
女「実は男くんの匂いに気付いたのって結構前なの」
男「!?」
女「元々クラスの中にいる事は分かってたけど、それが特定できたのはって意味ね」
男「え、それっていつ頃?」
女「あの日は雨が降って湿気も多くて、私にとっては最悪な日だった」
女「しかも電車は遅延してて女性専用車両に乗れないくらい人が溢れてた」
男「遅延……それってかなり前じゃない?」
女「ええ」
女「なんとか乗った車両にクラスメイトの男子がいて、しかもその人は私が探し求めてた匂いの持ち主」
男「あの時か……ぎゅうぎゅう詰めで全然わからなかった」
女「貴方の目の前にいたけどね」
男「うそ!?」
女「でもそのおかげで雨の日の満員電車なのに、快適に過ごす事が出来たわ」
男「まさかその時から意識を?」
女「いえ、全然」
男「あ、そうですか」
女「もう一度匂いを嗅ぎたくなって、でも自分から話しかける勇気がなくてしばらく葛藤して過ごしてたわ」
男「結構長い間、葛藤してたんだね」
女「仕方ないじゃない……人との接し方がわからなかったから」
男「そうか。そうだよね」
女「匂いを嗅ぎたいって欲求が上回ったのかしらね、思わず呼び止めてしまったわ」
男「それが一番最初の日か……」
女「最初は匂いを嗅がれることに戸惑っていた貴方は、次の日以降……私を助けようとしてくれた」
男「余計なお世話かもって思ったけど……」
女「ううん、すごく助かったしすごくありがたかった。でもその優しさを素直に受け入れられない自分もいたの」
男「人に慣れてない故……か」
女「ええ。そして私は男くんの優しさに疑問を抱くようになって、私はつい感情的になってしまった」
男「あのケンカした日?」
女「うん」
女「男くんの事は徐々に意識してたんだけど、決定的に意識し始めたのは……やっぱりあのケンカした時からかな」
男「そうだったんだ」
女「あの時の男くん、なんて言ったか覚えてる?」
男「恥ずかしい言葉を色々吐いてたような気がする」
女「ええ。『今の女さんは一人なんかじゃない、俺がいるだろ!』って」
男「うわぁぁぁ!思い出さないで!」///
女「嬉しかった……あんな事言ってくれた人、男くんが初めてで」
男「女さん……」
女「恋愛感情をハッキリ自覚したのはショッピングモールに行った日の朝、貴方が遅刻してきた時よ」
男「えぇ!?嘘でしょ!?どこに惚れる要素があった!?」
女「ふふ、自分でも驚いたわ」
男「どういう事?聞かせて」
女「前日からショッピングモールに行ける事にワクワクしてたの、遠足前の子供のようにね」
男「うん」
女「服は散々迷ったあげくシンプルなものにした。男の子と出掛けるのなんて初めてで……でも気合い入れるのもなんだか恥ずかしいじゃない?」
男「ああ、それは凄いわかる」
女「でもせめて髪型だけはって思って」
男「あ!あれめっちゃ可愛かった!普段より大人っぽく見えて」
女「うん、それを褒めてくれた時に……自覚したの」
男「え?」
女「私はこの人にそう言ってもらう為にお洒落してたんだなぁって。可愛いって思われたいんだなぁって」
男「お、おおぉぉ!」
女「ふふ、改めていうと照れちゃうね」//
男「でもそれ以上に俺は嬉しいよ!今絶賛感動中!!」
女「ふふふっ」
男「あれ?でもモールで腕を組んだ時……匂いを嗅ぐためでイヤイヤだったんじゃ?」
女「匂いを嗅ぐためっていうのは確かにあったわ。でも好意もない人にそんな事するはずないじゃない」
男「えーでも犠牲だの仕方なくだの言ってたじゃないか」
女「う……あれは照れ隠しよ。でもくっつきたかったの!モールでテンション上がってたのもあるけど……思い返して家で悶絶したわ」
男「俺はてっきり勘違いするなよって釘を刺されたのかと……」
女「あら、私って誰でも腕を組むような軽い女に見えるのかしら?」
男「そんな事は御座いません」
女「ふふ……でもね、幸せな感情だけじゃなかった。戸惑いもあったの」
男「戸惑い?」
女「ええ、色んな事考えたわ」
女「男くんの行動が善意でくるものなのか、好意でくるものなのか分からなかったし」
女「このまま男くんに依存していくのも怖かった」
男「……」
女「そして休み明けの朝、後輩さんがお昼を誘ってきた日」
男「あー……」
女「後輩さんが男くんを好きなのかもってずっと思ってたの」
男「それは違うって前も言ったよね?」
女「ええ。男くんは否定してたけど、ほら貴方って鈍感だし」
男「ぐぬぬ……」
女「でもいい機会だと思った。私みたいな面倒な人間よりも、可愛らしい後輩さんの方が男くんも楽しいはずって」
男「だからあの時、お昼を後輩と二人で過ごさせようとしてたのか……女さんは俺に興味ないと思って軽くショックだった」
女「……」
男「……?」
女「ごめんなさい、男くん」
男「え?」
女「実はお昼の光景を覗き見しちゃったの」
男「あー…………うん」
女「楽しそうに二人で並んでる姿を見て……胸が締め付けられた」
女「後輩さんが男くんにくっついてるのを見て、呼吸が止まるほど苦しくなった」
女「嫉妬してる自分が酷く醜く思えて……男くんを拒絶してしまった」
男「……」
女「幻滅したでしょ?私は男くんが思ってる以上に面倒な女なのよ」
男「全然!むしろ嬉しくて飛び上がりそうな気分だよ」
女「え?だって私、醜く嫉妬して男くんを遠ざけて……」
男「それくらい俺を好きだってことでしょ?」
女「そ、それは……うん……」
男「なら、これ以上嬉しい事なんてないよ」
女「男くん……」
男「情けない事にそれに気付かせてくれたのは後輩なんだけど、ははは」ポリポリ
女「後輩さん……か」
女「むぅ……」ジト
男「?」
女「なんでお昼休みの時、後輩さんは男くんにくっついてたの?」ジト
男「あれは、向こうが俺をからかってきただけで深い意味はない!」
女「そのわりには貴方、鼻の下伸ばしてたけど?」ジト
男「ないない!そんな事あるわけないって!」
女「今日も後輩さんとデートしてたんでしょ?」ジト
男「あ、あれはデートじゃなくて……説教?」
女「腕組まれて嬉しかった?後輩さんって私より胸大きいもんねぇ」ジトーー
男「ぐ……俺は女さんと腕を組んだ時の方がドキドキしたし、嬉しかったよ」
女「ふふっ」
男「え?」
女「私がこんな事思うなんて……自分でもビックリ」
男「ははは、良いと思うよ」
女「本当に?面倒くさくない??」
男「全然!!」
女「なら良かった……」
男「……」
女「……」
男「そういえば、ちゃんと返事もらってなかったよね?」
女「返事って?」
男「付き合っての返事」
女「それは……でも私も好きって伝えたじゃない」
男「そうだけど……まぁいいや!もう一度告白させて!そんでちゃんと返事ちょうだい!」
女「えぇ!?う、うん、いいけど……」
男「では、ゴホン」
女「……」ドキドキ
男「俺は女さんのことが好きです」
女「うん」
男「ずっと大切にします」
女「うん」
男「だから俺と……付き合ってください」
女「はい、こちらこそよろしくお願いします」
男「女さんっ!」ギュッ
女「!!?」
男「ははっ、やっと堂々と抱き締めることができる」ギュッ
女「うん、私も同じ気持ち」ギュッ
男「二人でさ、色んなところ行こうよ」
女「うん」
男「女さんが行きたかった場所とか、やりたかった事とか、沢山しよう」
女「うん……いっぱい、あるよ?」ジワッ
男「女さんとならきっとどんな事も楽しめるよ」
女「ぐすっ……うん」
男「ねぇ、女さん」
女「なに?」
男「大人になって、こんな事があったなぁって二人で話し合えたらさ」
女「……!!」
男「それってとても素晴らしい事だと思わない?」
女「うん……うん!」ポロポロ
男「愛想尽かされないように頑張るよ」ギュッ
女「うん」ポロポロ
男「だから、出来るだけ長く一緒にいれたらなって思う」
女「ぐすっ、そこは、ずっと一緒にいよう……でしょ」
男「あはは、それはちょっと重たいかなぁ……なんて」
女「重たくない……うぅぅ……重たくないよぉ……」
男「俺はずっと女さんの側にいたい。だからずっと一緒にいてくれ」
女「ううぅ……こちらこそ、ぐすっ……よろしくお願いします……」
―――朝 電車
ガタンゴトン ガタンゴトン
男(うわぁぁぁああぁぁああぁぁ!!)
男(うわぁぁぁ!!女さんに会うの気まずいぃぃぃ!)
男(いや、嬉しいんだけどね!めちゃくちゃ嬉しいし、早く会いたいんだけどね!)
男(でも、恥ずかしいぃぃのぉぉぉぉ!!)
男(恋人になって初めての登校……うわぁ!うわぁぁ!!)
男(ぁああぁぁ!!昨日はその場の勢いでかなり恥ずかしい事を……おぉぉぉ!!)
『まもなく〇〇、〇〇でございます』
男「!」
男(女さんが……くるっ!!)
プシュー
男「!!」
女「!!!」カァァァ
男(ああ……)
男(ひと目見た瞬間恥ずかしさとか全部吹き飛んだ)
男(だってあの女が、俺以上に照れた表情を浮かべてるから)
女「お、おはよう、男くん」モジモジ
男「おはよう、女さん」ニコ
男(とりあえず今はこの幸せを存分に満喫しておこう)
――通学路
後輩「あ!先輩と女先輩っ!」
男「おはよ、後輩」
女「後輩さん……」
後輩「その様子だと上手くいったんですか!?」
男「それは……」チラッ
女「……」///
後輩「なんですかっ!!その甘酸っぱい雰囲気は!!」
男「うん、ありがとう後輩」
後輩「!!」
後輩「ライバルにアシストするなんて……私とした事が不覚でした」
女「え?ライバル?アシスト?」
後輩「あれ?男先輩、私の事話してないんですか?」
男「俺から言うのは違うと思って」
後輩「それでよく誤解が解けましたね……え?解けてますよね?」
女「??」
後輩「女先輩!!」
女「は、はい!」
後輩「もしかして私が男先輩の事を好きだと思ってます?」
女「……」コク
後輩「今もですか?」
女「それは……」コクン
後輩「はぁ……もうお二人が付き合ってるからぶっちゃけますけど」
女「?」
後輩「私が好きなのは男先輩じゃなくて、女先輩!アナタです!!」ビシッ
女「えぇぇぇぇ!?」
男「でた、そのポーズ」
後輩「かっこ良くないですか?これ」ビシッ
男「ああ、うん、そだね」
後輩「なんですかその適当な相槌は!!」
女「そっか……そういう事だったのね」
後輩「はい」
女「後輩さん、貴女の気持ちは嬉しいわ。でもごめんなさい」
後輩「……」
女「でもね、私達がこうなる事ができたのは貴女のおかげよ。ありがとう後輩さん」ペコ
後輩「いいんです!女先輩は男先輩しかダメみたいですし」
女「……え?」
後輩「男先輩の匂いじゃなきゃダメなんですよね?」
女「ええ!?ってそんな事まで知ってるの!?」
後輩「ふふーん」
男「俺は何も言ってないよ?」
女「貴方が秘密を軽々しく話す人ではない事くらいわかってるわ」
後輩「私が独自に調査して判明したんです!」ドヤ
男「ストーキングしてただけだろ」
後輩「ひどいっ、散々私の身体を堪能したくせに……」
女「」ピクッ
男「女さん、わかってると思うけど……今のは後輩の冗談だからね」
女「ええ、わかってるわ」ムス
後輩「男先輩……忘れてないですか?」
男「なんだよ」
後輩「私の為になんでもお願いを聞いてくれるって事……」
男「そ、それは、うん。できる範囲でなら」
女「そんな約束したの!?」
男「うん。後輩にはそれくらい感謝してるんだよ」
後輩「そうですよ!私は自分の身を引いて二人の仲を取り持ったんですから!」
男「んで、何をお願いする気なんだ?」
女「……」
後輩「それは……沢山ありすぎてまだ絞れてないんですよねー、えへへ」
男「言っておくけど俺にできる範囲だからな」
後輩「わかってますよ」
後輩「あ!じゃあ!お願いできる回数を増やしてくださいっ!」
女「却下します」
後輩「えぇ!?なんで女先輩が却下するんですか!?」
女「それは不公正でしょ」
後輩「でも一つだけなんて言ってなかったです!」
女「それでもダメなモノはダメです!」
男「あははは」
――教室
友「おうおう男さんよぉ」
男「あ、おはよ」
友「昨日は後輩ちゃんとデートで、今朝は両手に華で登校か?」
男「あー、話せば長くなるからまた今度な」
友「話せば長くなるぅぅ!?」
友「第一に、フラれたお前がなんでまた女さんと登校してるんだ!?」
女「あら、別にフった覚えなんてないけど?」
ザワ ザワ ザワ
友「え……」
友「ど、ど、どういう事だ、男!」
男「そういう事……かな」
友「おま……まさか、うそだ、そんなことありえない」
男「女さん、言っちゃってよかったの?」
女「別に隠す必要ないでしょ?アレを見られて変な噂立てられるのも面倒だし」
男(アレ……あぁクンクンのことか)
女「それに私は男くんとなるべく一緒にいたいの」
友「え、え、え!?」
男(匂い的な意味でね)
女「堂々と一緒にいるためにも宣言した方が好都合だと思うんだけど、どうかしら?男くん」
男「宣言!?それってわざわざする事!!?」
女「男くんがイヤなら無理強いはしないわ」
男「イヤなんて、とんでもない!」
女「ふふっ、じゃあよろしくね」
ザワザワ ザワザワ
友「え?ドッキリとかじゃなくて、マジなやつ?」
男「うん」
友「く、我が友の巣立ちの時か……いいぜ、聞かせろ、覚悟はできた」
男「では、ゴホン」
男「この場を借りて挨拶させてください」
男「先日から女さんお付き合いさせていただいてます!暖かく見守ってくれれば幸いです!」
ザワザワ
「キャーー!」
「えぇ!?嘘だろ!?」
「女さんが男くんと!?え?なんで!?」
「マジか……ショックなんだけど、なんであいつと!?」
男「あは……は、やっぱりこうなるよね……」
女「ふふ」ウデギュッ
男「え!?」
!!!!
ザワザワ ザワザワ
女「ついでに聞いて下さい。余計な詮索は禁止で、私たちの事はそっとしておいてくれると助かるわ」
女「噂を広めるのは結構です。ご自由にどうぞ」
女「以上です」
男「……」
女「ふふふ、ご苦労さま男くん」ポンポン
ザワザワ ザワザワ
男「ごめんね、友。事後報告みたいになっちゃって」
友「……うぅ」
男「?」
友「おめでとう、男……まさかあの女さんとそうなるなんて……今だに信じられねぇぜ」
女「ちょっと、“あの女さん”っていうのやめてくれない?」
友「ふぇ!?」
女「男くんの友人だからこれから交流することもあるかもしれないし、そんな他人行儀じゃなくても結構よ」
友「おおお、女さんっ!!アナタから後光が見えるっっ!!」
女「……はぁ」
男「はは、友はそういうやつだから気にしないで」
女「まぁいいけど」
友「それにしても一大事だ!こりゃ荒れるぞ!」
男「なんで?」
友「四天王の一人が熱愛発覚だぜ?しかも校内NO.1嬢だ!裏サイトが荒れないわけがない!」
女「ん??なんの話??」
男「……くだらない話だよ、気にしないで」
女「??」
――放課後
女「……」ムス
男「女さん帰るよ」
女「ん」ムス
男「あれ?なにかあった?」
女「別に」
男「??」
女「……」ムス
男「どうして不機嫌なの?」
女「不機嫌じゃないです」ムス
男「あ、今日匂い嗅げなかったから?」
女「」ピクッ
男「やっぱりそうか」
女「だって恋人宣言したのに教室じゃ嗅がせてくれないし」
男「いや、だってそれはダメでしょ……」
女「首くらいなら他の人からイチャイチャしてる様にしか見られないでしょ?」
男「首も十分際どいかと」
女「そもそも他人の目なんて私はどうでもいいし」
男「モラルは遵守しないと。それに体質の事バレちゃうよ」
女「バレてもいいもん」ムス
男「……」
女「お昼も嗅げなかったし」ムス
男「ああ、後輩がきちゃったからね」
女「あの子は気にしないって言ってたわ」
男「気にしないって言っても……後輩の前で嗅がせるわけには……」
女「あの子はむしろ見たがってたわ」
男「それを行うには俺の経験値が圧倒的に足りてないわけで」
女「……」ムス
男「女さん」
女「なによ」
男「嗅ぎ放題の特典付きって言ったの覚えてる?」
女「うん」ムス
男「女さんさえよければ……俺の部屋へご招待したいんだけど」
女「……え」
男「ごめん、付き合ったばかりなのに嫌だよね?」
男「落ち着いて匂いを嗅がせてあげられる場所ってそこしか思い付かなくて」
女「行く!絶対行く!!今すぐ行く!!」パァ
男「あ、一応言っておくけど下心があって誘ったわけじゃないから」
女「別にあってもいいわ。付き合ってるんだもの」
男「!!?」
女「それより男くんの部屋って……夢にまでみた匂いの宝庫だわ!!」
女「早く行きましょ!ほらほら!」グイッ
男「おわっ!」
――――帰り道
男「女さん……通学路で腕組むのは、ちょっとまだ恥ずかしかなぁ~なんて……」
女「なんで?モールではずっとこうしてたじゃない」ギュッ
男「同じ学校の生徒に見られるのとじゃ訳が違うというか」
女「いいじゃない、お互い余計な虫がつかなくて都合がいいし」ギュッ
男「そんな事しなくても俺はモテないから大丈夫!」
女「あら?私には勿体ないくらい魅力的よ」
男「恋は盲目とはよく言ったもんだ……」
女「褒めてるんだから素直に受け取ること!」
男「あざまっす!」
女「でもさぁ、こういうのって普通嬉しいもんじゃないの?男くんってシャイなのか大胆なのかたまに分からなくなるわ」
男「はは、大胆ではないかな」
女「そう?たまに強引なところもあるよ?」
男「え?」
女「女性専用車両に並ぶ私を強引に連れて行ったり、告白前の呼び出しもそうだったし」
男「……」
女「だけどそうね……腕組むのが恥ずかしいなら止めてあげる」パッ
男「あ、うん」
女「じゃあ、はい」スッ
男「?」
女「手出して」
男「手?」スッ
ギュゥ
女「さ、行きましょ」
男「……」
女「どうしたの?」
男「ぷっ……」
男「あっははは!」
女「え?なに??」
男「いやぁ、女さんには敵わないなぁって思って、あははは」
女「??」
男「ごめんね、女さん」
女「え?え?」
男「恋人になって意識しすぎてたのかも」
女「意識?」
男「それに……環境の変化にちょっと萎縮しちゃってた」
女「そうね……今日一日素っ気なかったし」ムス
男(あ……)
男(匂いを嗅げなかったから不機嫌だったわけじゃなくて、匂いを嗅がせなかった俺の態度で拗ねてたのか)
男「そっか寂しい思いさせちゃったよね」
女「うん」
男「女さん」
女「なに――」
ぎゅぅぅぅ
女「!?」
男「そうだよな……俺は女さんの恋人だ。萎縮する必要なんてなかった」
女「男くん……でも、恥ずかしいんじゃ……」
男「もう吹っ切れた」ギュッ
女「男くん……」ギュッ
後輩「道のど真ん中で何してるんですか?」ジト
男「!?」バッ
女「!?」
後輩「まさかお二人がこんな所で抱き合うなんて……」
男「……忘れてくれると嬉しいんだけど」
後輩「周りを見てください……バッチリ撮影されてますよ」
男「!?」キョロキョロ
女「別にいいじゃない。減るもんじゃないし」
後輩「おお!女先輩って肝が座ってますよね!恥ずかしく
ないんですか?」
女「まぁ……恥ずかしくないといえば嘘になるわね」
後輩「あ、一応恥じらいは持ってるんですね」
女「ええ。でも、それ以上に男くんとくっついてる恩恵の方が遥かに上回ってるの」
男(そういえば女さんって前からそういう人だったなぁ)
後輩「なるほど……好きな人の側に居れて幸せー!匂いも嗅げて最高ー!って感じなんですね」
女「まぁ……うん……そういう事に、なるのかな?」///
男(やべぇ……女さんの恥じらうポイントが全くわからない……)
後輩「はぇ~……あっ!」
後輩「そういえば!お願い事、考えてきましたっ!!」
男「ん?」
女「どんなの?」
後輩「お二人の結婚式で友人代表のスピーチをやらせてください!」
男「は?けっこん、しき……?」
後輩「はい」
男「誰の?」
後輩「もちろん男先輩と女先輩のです!」
女「……なるほど」
女「いいんじゃない?それで」
男「えええ!?だってそんな将来のこと……この先どうなるのか分からないのに……」
後輩「先輩、別れる前提でお付き合いしてるんですか?」ジト
男「ちがっ――」
女「私……捨てられちゃうの?」シュン
男「いや!そうじゃなくて!俺が女さんに愛想尽かされるかもしれないだろ?」
後輩「そこのところ、どうですか女先輩?」
女「ありえないわ」
男「即答!?」
後輩「おおお!!」
女「男くんがよほどクズな行いをしない限り、私から男くんを手放すなんて考えられないわ」
後輩「はわぁ~……愛されてますね、男先輩」
女「快然たる香りの持ち主の男くんに恋するなんて、奇跡としか言いようがないじゃない」
後輩「かいぜん?なんですかそれ」
女「気になるなら調べてみては?」
男(懐かしいなこのやりとり)
後輩「かいぜん……かいぜんっと」ポチポチ
男(ていうか快然たる香りの持ち主だからこそ俺に惚れたんじゃ?)
男(それしか価値がないし……)ズーン
後輩「ふむふむ」
後輩「なるほど、そういう意味でしたか!」
女「ええ」
後輩「すみません、すごく失礼な事をお聞きしますが……」
女「?」
後輩「快然たる香りの持ち主なら男先輩じゃなくてもよかったんじゃないですか?」
男「」ピク
男(後輩よ……なぜ今俺の考えていた事を質問する?)
女「愚問ね」
後輩「えっ!?」
女「質問で返して悪いけど、貴女の好みのタイプは?」
後輩「え!?私ですか!?」
後輩「ん~……面食いなのでカッコいい人とかキレイな人がタイプです!」
女「じゃあ貴女はイケメンだったら誰でもいいの?」
後輩「そんなこと――あっ……」
女「そういう事よ」
男「女さん……」ジーン
後輩「変なこと聞いてすみません……」
女「それとも私ってそんな軽率な女に見えるのかしら?」
後輩「見えません!見えないからこそ気になったんです!」
女「匂いがキッカケになったのは間違いないわ。でもそれを含めて彼だもの」
女「私が男くんを好きな要素の一つでしかないってことよ」
男「あれ……そのセリフどこかで……」
女「昨日、男くんが私に言ってくれた言葉よ」
男「あ、女さんの容姿について言った言葉か!よく覚えてるね」
女「ふふ、それだけ嬉しかったのよ」
後輩「うわぁ……すごい甘々です。わたあめの様です」
男「微妙に上手い言い回しだな」
女「それにしても後輩さん、よく考えられた願い事じゃない」
後輩「えへ?バレちゃいました??」
男「へ??」
女「ええ。とても素敵な願い事だと思うわ」
男「どういうこと?結婚式だなんて突拍子もない事のように思えるけど」
女「わからない?私達二人の結婚式の友人代表スピーチ。つまりそれは――」
後輩「私が決死の覚悟で身を引いたので別れるなんて絶っっっ対に!!許しません!!一生添い遂げる義務があります!」
後輩「そして……ついでにこれからは私もお二人と仲良くさせてニャン♪」
後輩「って事です!」
男「おお~なるほど……だから友人代表スピーチか」
後輩「そんなわけで、今後とも私をよろしくお願いしまっす!」
女「こちらこそよろしくね。体質の問題もあるから男くんがいる時になってしまうけど」
後輩「全然いいです!むしろ最近は男先輩もお気に入りなので!」
男「……」
女「へぇ、よかったわね。男くん」ニッコリ
男「とてもよくないです」
後輩「あはは!では邪魔者は去ります!長々と失礼しましたっ」ペコリ
女「うん。またね後輩さん」
男「気を付けて帰れよー」
後輩「はい!それでは!」タタタタ
男「女さん、アレは彼女なりのジョークで」
女「わかってるわ。でもあの子すごくいい子ね」
男「うん。本当、感謝してもしきれないよ」
女「さ、私たちも行きましょうか」
男「そうだね」
――自宅
女「驚いたわ」
男「なにが?」
女「私、他人の家って苦手なのよ」
男「あー、家の匂いってあるよね」
女「ええ。ある程度予想はしていたけど男くんの家は全然不快にならないわ」
男「それはよかった」ニコ
女「ふふ、きっと遺伝子レベルで相性がいいのね」
男「遺伝子!?」
女「と、ところで男くんのお部屋はまだかしら?」ドキドキ
男「えーと、ここが俺の部屋だよ」
女「い、いよいよ本丸ね」ドキドキ
男「そんな大袈裟な」
女「ね、早く入りましょ!」ウキウキ
男「ははっでは一名様ご案内です」
ガチャ
女「わぁ……!!!」スンスン
男「どう?大丈夫そう?」
女「す」
男「?」
女「す、すごいよ!!男くん!!」クンクン
男「臭くない?」
女「」ブンブン
男「ならよかった」
女「すごい……男くんの匂いに包まれてるみたい……」
女「私ここに住みたい!!」
男「え……いや、それは色々と問題が……」
女「ね、ね、ベッド!嗅ぎたいんだけどダメ?お願いっ!」
男「いいよ」
女「やった!」
女「で、では……失礼します」ペコリ
男「どうぞどうぞ」
ポフッ
女「~~~っっっ!!!」バタバタ
男(こ、これは)
男(女さんが俺の部屋にいるだけでドキドキするのに……)
男(制服姿の女さんが……俺のベッドに寝そべって……)
女「~~♪」バタバタ
スンスン クンクン
女「はぅぅ……」
男(無防備すぎるっ!!スカートから足がっ!太ももがっ!!!)
女「んっ……すごい……」
スンスン クンクン
男(こ、これは……目のやり場に困るっ!!)
男「な、なにか飲み物とってくるから自由にしてて」
女「いらない」
男「え?」
女「男くんもこっちきて?」ポンポン
男「えぇぇ!?」
女「今日ずっと焦らされてたから……だめ?」
男「……わかった」
女「……」
ギシッ
男「えーと、ど、どうすればいいかな?」
女「……えいっ」グイッ
男「おわっ!?あぶなっ!!」
ギシ ギシ
男(女さんに、覆い被さる体勢に……)
男「女さん……」
女「男くん……」スッ
男(俺の首に女さんの腕が伸びて……)
女「……おとこくん……顔、もっと近くに……」
男「……」コクン
男(ああ……女さんの瞳に吸い寄せられていく)
女「……」スンスン
女「はぁ……すごい……」
スンスン クンクン
女「男くん……んっ……」
男「」ゾクゾク
男(ダメだ……この雰囲気に呑まれて俺も変なスイッチが入りそうだ……)
男(いや……うん)
男(それもたまにはいいか)
男(今まで散々好き勝手にやられてきたんだ、少しお返ししてやるっ!)
男「女さん、ちょっと体勢変えるね」ゴロン
女「あ……腕、重たくない?」
男「全然、女さんに腕枕できるなんて光栄だよ」
女「男くん……」
男「それに」グイッ
ギュッッ
女「!」
男「お互い横になってるこの体勢の方が、女さんを抱きしめることができる」ギュッ
女「はぅ……強引な男くん……」キュン
男「大好きだよ、女さん」ボソ
女「~~!!」///
男「このまま首の匂い嗅げる?」
女「う、うん」スンスン
女「ふわぁ……」クンクン
ギュッ
男「俺も好きにしちゃっていいよね?」
女「!?」
ナデナデ
男「女さんの髪、すごく綺麗だよ」
ススス
男「指通りも滑らかで」
クンクン
男「凄く良い匂いがする」
女「はぅ……」ゾクゾク
男「ほら、女さんも匂い嗅がなきゃ」
女「あぅぅ」
スンスン クンクン
女「んっ……はぁ……」
男「女さん」
ギュッ ナデナデ
女「あっ……んんっ……」スンスン
男「女さんの鼓動が伝わってくるよ」
女「うぅぅ……」クンクン
男「」ゾクゾク
男(ヤバい……何かに目覚めそうだ……)
男(もう止まらない……止まりたくない)
女「はぁはぁ……男くん……」
男「女さんが俺の動きで、俺の言葉で、可愛く反応するから……すごく愛おしい」
ススッ フニ
女「!!!」ビクッ
男「耳、敏感なの?」
女「……は、初めてだから……んんっ」
フニフニ
女「あっ……だ、だめ……」
男「匂いは嗅がないの?終わりにする?」
女「うう……」
男「首だけじゃ切ないよね?本当は鼻も嗅ぎたいよね?」
女「うぅぅ……男くん……イジワルだよぉ……」
男「イジワルなのは嫌?」ナデナデ
女「……すき……」
女「だけど」バッ
男「あれ!?」
女「はぁはぁ……ご、ごめん、男くん……」トロン
男「え?え?」
女「もう、私……私……!!」トロン
ガバッ
男「え!?えぇぇぇ!?」
男(女さんが馬乗りにっ!!!)
女「男くんっ!!」ギュッ
男「うわぁぁぁぁ!!」
男(このあと滅茶苦茶クンクンされた)
男「はぁはぁ」
女「はぁはぁ」
男「ごめん、調子に乗りすぎた」
女「ごめんなさい、私も嗅ぎすぎました」
男「いや、俺の方こそ途中でスイッチ入っちゃって……その……」
女「ううん……私、アレ……嫌いじゃない……」カァァァ
男「そ、そう。ならよかった……」
女「…………ぷっ」
男「くふっ」
男・女「「あはははは!!」」
女「はぁぁ……変なのー!可笑しいよ!ぷっ、くくく、あはははは!」
男「ぷっ、自分でも驚いてる……くくく」
女「はぁー、苦しーー!あっははは!」
男「こんな流れでこういうのも可笑しいんだけどさ」
女「ん?なあに?」
男「女さんとキスしたい」
女「…………ぷふっ!!あはははは!」
男「あっははは!わかってる!自分でもわかってる!」
女「あー、お腹痛い……こんな笑ったの生まれて初めて……」
男「はー疲れた」
女「それじゃあ……キス、しよっか」
男「うん、しよう」
女「貴女のおかげで最高のファーストキスになりそう……ぷっ」
男「はは、そのセリフ、そっくりそのままお返しするよ」
女「ふふふ」
男「じゃあ、いくよ?」
女「うんっ」
――――
――
――――――――
男「はぁぁぁぁ、疲れたぁぁぉ」グデー
女「お疲れ様、男くん」ポンポン
男「ああ、女もお疲れ様」
女「大変だったけど、中々充実した一日だったわ」
男「ニオイは大丈夫だった?」
女「コレのおかげでなんとかね」ヒラヒラ
男「この日の為に作った改良に改良を重ねた新ハンカチ……役に立ってよかった」
女「別行動が多かったからコレのおかげで随分助かったわ。でも半日もすると匂いも薄くなるし、まだ改良の余地ありね」
男「マジですか……」
女「男くんの匂いを直接嗅げればよかったけど、流石にあの場では……ねぇ 」
男「昔の女なら気にせず嗅いでただろうけど」
女「ふふふ、私も成長したってことで」
男「それにしても……後輩があんないいスピーチをしてくれるとは思わなかった」
女「ええ……本当に。とても感動的なスピーチだったわ」
男「結局後輩の願い通りになったわけだ」
女「あら?後悔してるの?」
男「まさか!こんな綺麗な人と結婚できて俺は世界一の幸せ者だよ」ニコ
女「付き合ってから毎日一緒にいるのよ?私の容姿なんてとっくに見飽きてるでしょ」
男「ふっ、愚問だね」
女「へぇ……」
男「容姿端麗。眉目秀麗。仙姿玉質」
男「とても一言じゃ言い表せないくらい綺麗な人だよ、女は」
女「そこまで言われると逆に嘘くさいわ」
男「実は高校の頃、まだ付き合う前に抱いてた“女さん”の印象だったりする」
男「もちろん今もそう思ってるよ」ギュッ
女「ふふっ、ありがと。素直に受け取っておくね」ギュッ
スンスン クンクン
男「女こそ、毎日嗅いでるのによく飽きないな」
女「それこそ愚問ね。飽きる飽きないの次元はとっくに超越してるのよ」
女「私が生きていく上で空気や水と同じくらい大切な要素なの」ギュッ
男「ははっ、素直に受け取っておくよ」ナデナデ
女「んっ……」
男「女……愛してるよ」
女「男くん……私も貴方を愛しています」
男「あの時、“女さん”と出会えてよかった」
女「ふふっ……男くん、私ね」
男「ん?」
女「ずっと奇跡だと思ってたの。この匂いの持ち主に出会って恋に落ちて……」
男「奇跡でしょ、俺はいつもこの出会いに感謝してるよ」
女「だけど最近は……男くんと出会えたことは偶然じゃなく必然だと思ってる」
男「必然??」
女「うん。もしあの時、男くんと出会っていなくても……」
女「いずれ私はこの匂いを辿って貴方に出会っていた。そう確信してる」
男「すごいな……どうしてそこまで言い切れるの?」
女「あら、男くんはあの日の言葉をお忘れですか?」
男「あの日?」
女「ええ、初めて話した日」
男「初めて……あっ!!そういう事かっ!」
女「ふふふ」
男「“女さん”、悪いけどもう一度言ってもらえるかな?」ニコ
女「ええ」ニコ
女を「何故なら私は……」
女「私は鼻が効きますから」
――終わり――
終わりです!!長々とお付き合いくださってありがとうございました!!
途中書き溜めを消して絶望したりしましたがなんとか完結できてよかったです!!
結末迷った挙句、王道ど真ん中直球ストレートでゲームセットになりました!
実は後輩ENDも作りましたが……斜め上を行く結果になったのでお蔵入りです
それでは失礼しました!!
コメントあざまっす!
後輩END気になると言って頂けたので、番外編として投稿させていただきます!
>>187 から分岐して女ルートと後輩ルートを作ってたので多少分かりにくいかもしれませんがご了承ください
>>187 から再投稿です
男「帰ろうぜ」
友「今日バイトだわ」
男「マジか」
友「ははは!そーかそーか寂しいのか」
男「別にそんな事言ってないだろ!」
女「」スク スタスタ
男(前と同じような平穏な日常)
男「おはよう友」
友「おはようさん」
男「帰ろう」
友「おお、今日は――」
男(いつも通りの日常)
――半年後
後輩(私は狡猾な人間だ)
後輩(数ヶ月前、生活指導室にいる男先輩と女先輩の“最後の会話”を盗み聞きして……)
後輩(そこで二人の関係と二人が想い合ってる事を知った)
後輩(知った、というより確信したという方が正しいか)
後輩(はたから見たら両想いなのにすれ違う二人……見ているこっちがもどかしいくらい)
後輩(あの時、私が背中を押してあげていたら……先輩たちはきっと違う結末を迎えていただろう)
後輩(だけど女先輩を好きだった私には……どうしてもそれが出来なかった)
後輩「先輩っ!」ドンッ
男「あぐっ!!お前なぁ!背後から体当たりするなといつも言ってるだろうが!!」
後輩「先輩の背中から哀愁オーラが漂ってるから、こうやって吹き飛ばしてあげてるんです!」
男「余計なお世話だっ!それに背後からは危険だろ!!」
後輩「じゃあ正面だったらいいんですか??」
男「まぁ背後よりかは……って、まず体当たりするのをやめなさい!」
後輩「はーい!」
男「ったく」
後輩(一時期の男先輩は……抜け殻になっていた)
後輩(そして私は……事情を知りつつもあえて男先輩と一緒にいる時間を増やしていった)
後輩(二人はまだお互いを想い合っている)
後輩(キッカケさえあれば簡単にくっつくと思う)
後輩(でも、私がそれをさせない)
後輩(その為に先輩と一緒にいる)
後輩「ねぇ先輩」
男「ん?」
後輩「もうすぐクリスマスですね」
男「ああ」
後輩「どこか遊びに行きませんか?」
男「はい?」
後輩「クリスマスイブにデートしましょっ!」
男「え、いやいや、それはさすがに……」
後輩「こんな可愛い子の誘いを断る気ですか?」
男「自分で言うなよ。遊ぶなら友達でも誘って遊びなさい!」
後輩「むー!」
後輩(私の中で芽生えたこの感情に気付いたのはいつからだろう)
後輩(一緒にいる時間が増えるほど、私自身が満たされていく)
後輩(男先輩がそれを与えてくれる)
後輩「先輩、クリスマス誰かと過ごす予定あるんですか?」
男「いや……ない」
後輩「だったら練習しません?」
男「は?なんの??」
後輩「将来恋人ができたときに失敗しないようにデートの練習です!」
男「はあ!?」
後輩「なので24日空けておいてください!」
男「いやいや!デートの練習をイブにするってどうなの!?」
後輩「細けぇことは気にすんな!です!」
男「でもなぁ……」
後輩「同じ人に振られた人間同士、仲良くしましょう!」
男「……」
後輩「ねぇ、先輩」
男「ん」
後輩「私、先輩の気持ち痛いほどわかりますよ」
男「……」
後輩「傷の舐め合いでもかまいません」
後輩「私と一緒にいることで、少しでも先輩の気が紛れるなら……」
後輩「私の事を好きなだけ利用してください」
男「後輩……」
男「なんで……どうして、そこまでしてくれるんだ?」
後輩「それは……ふふっ」
男「?」
後輩(男先輩は気付いていない。未だに女先輩が、一緒にいる私に対して嫉妬している事を)
後輩(だけど先輩には教えてあげない。キッカケになったら困るもの)
後輩(それに……)
後輩「先輩、私の事だけを見てください」
男「え?」
後輩「もう女先輩の事を見ないでください」
男「な、なにを言ってるんだ?」
後輩「先輩、私の事だけを考えてください」
男「……」
後輩「もう女先輩の事を考えないでください」
男「いきなりなにを……」
後輩「そして私を好きになってください」
男「は?」
後輩「そして……私に至高の喜びを与えてください」
男「なんで……?」
後輩「わからないですか?」
後輩(いつから気付いたんだろう)
後輩(女先輩に嫉妬されることで自尊心が満たされていく)
後輩(女先輩の記憶に私が刻まれていくのがたまらなく嬉しい)
後輩(そのためなら私は……)
後輩「先輩」
ギュッ
男「……」
後輩「私、先輩が望むことならなんだって受け入れます」
男「……」
後輩「だから私の望みを一つだけ叶えてくれませんか?」
男「望み?」
後輩「はい」
ギュゥゥゥ
後輩「先輩、私と付き合ってください」
男「……」
後輩「私と恋人になってください」
男「……」
後輩「それが私の望みです」
男「後輩……」
後輩「叶えてくれますか?」
男「…………」
男「正直に言うと……いつも側にいてくれる後輩の存在に救われてた」
後輩「……」
男「完全に吹っ切れたかというと……まだ微妙なんだけど、それでもいいのか?」
後輩「はい、前に進むために私を利用しちゃってください」
男「てか、後輩こそ俺なんかでいいのか?」
後輩「先輩がいいんです……先輩じゃなきゃ、だめなんです」
男「それなら……うん、付き合おうか」
後輩「ありがとうございます!!」
後輩(私は狡猾な人間だ)
後輩(女先輩の初恋の相手を奪うなんて……これ以上の優越感はない)
後輩(女先輩……女先輩……好きです、大好きです)
後輩(ああ、女先輩……どうか私を妬んで恨んでください)
後輩(そして私を忘れないでください)
――終わり――
以上で番外編も終わりです!
後輩の、女→男への心変わりを書こうと思ったら、なぜかこうなってしまいました
お目汚し失礼しました!
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