――ほどほどに賑やかなカフェ――
あわただしくも、マイペースに注文を運んでいる店員さん。
ソファの形の席に深く腰かけ、両手を背もたれにかけてくつろぐ方、あるいは逆に、カフェに来るのが珍しいのか、少し縮こまっちゃったり、メニューを開いては中身を指差し楽しそうにされている方。
静かすぎず、にぎやかすぎず……。
そんなカフェの一角で、私はココアを飲み終わり、ふぅ、と息を吐きました。
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レンアイカフェテラスシリーズ第144話です。
<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
~中略~
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「見てあげているカフェテラスで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「何度だって言うカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「変わらないカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「お届けするカフェで」
こんにちは。高森藍子です。
今日は、最近オープンしたカフェにお邪魔しています。……って、別にお仕事ではありませんよ? オフの日ですから。
さまざまなお店の立ち並ぶ大通りから、物静かで少し立派な家の並ぶ住宅地へ向かう途中にあり、外観は真っ白な木壁に、ちょっぴり絵本を意識したような真っ赤な屋根。店前のポップには、「すこし、のんびりされてはいかがですかっ」という、はしっこがくるっとまるまった文字が書いてあります。
私は……。
私は……そうっ。なんと、私はこう見えてもカフェアイドルなんです!
……。
……いま、頭の中で、ぽか~んとしている加蓮ちゃんと、お腹を抱えて大笑いしている加蓮ちゃんが同時に思い浮かびました……。普通にやります……。
これでもカフェコラムを書いたり、ラジオでもカフェについて語るコーナーを設けさせてもらっている身です。それに、忙しいアイドル活動があるからこそ、やっぱりこういう、のんびりする時間は欲しくて……窓の外から見える空は、突き抜けるように青く、絶好のお散歩日和だというのに。つい、足を運んでしまいました。
ふかふかのクッションと、心地いい物音、話し声……ほんのりあまったるくて、心臓の鼓動の位置が少し下がってしまうようなココア。
かくごはしていましたが、今日は1日、私はカフェの虫さんですね。
店員さんがやってきて、空になったカップを回収してくれます。またご注文がありましたら、お気軽に――ていねいな口調なのに、なんだかちょっぴり、弾んだ声。店員さんも、オープンしたばかりのカフェでわくわくしているのかな? 今は、お腹もいっぱいで、何かを食べたいって気分ではありませんけれど、つい、メニューを手に取ってしまいます。
いくつかの項目を指でなぞって……いつもの癖で、顔を上げて。
残念。今日は私1人だけ。そこにいつもいてくれる人はいませんよ。
なんて――ただ、ちょっとだけ加蓮ちゃんにつられちゃって……自分で自分のことを、からかうように、心の中で言ってしまいます。決して、そう、決して、加蓮ちゃんにからかわれるのが好きとか、意地悪されるのが好きって意味じゃありませんからねっ。
1人でメニューを眺めるのも、ほんの少し、寂しく。
ぱたん、と閉じてしまいましょう。
元あった場所に戻して……まばたき、1つ。足の下からつけ根にかけて、むずむずって感覚が上がって来ちゃいます。
スマートフォンを取り出して、いま話題を独占しているトレンドを開いて。
加蓮ちゃんは、いま事務所のアニバーサリーとアクセサリーブランドのアンバサダーとで、大活躍中です。
ときどき、私の見ているSNSにもその様子が流れてきて……お仕事を進めている途中だったり、するのかな? 詳しいことは、残念。まだよく分かりません。
最後に見た写真は、あかりちゃんをフレームの真ん中にぐいっと引き寄せて、その隣につかさちゃんがいて……っていうことは、撮ったのはあきらちゃんかな? そんな1枚でした。
キラキラしているなぁ……。それが、最初に思ったこと。
カフェの一角で、ちいさく笑ったおひとり客に、気づいたのは近くを通りかかった店員さんだけ。
不思議そうに私のことを見て、私がスマートフォンを持っているのを見て、あまり気にしていない様子で歩き出そうと……2歩進んだところで、ぴたっと立ち止まり、ちら、と私のことをまた見ました。
これ、私のことがばれちゃっているのでしょうか。
いちおう変装はしてきています。春菜ちゃんから借りた眼鏡と、愛梨さんから借りた大人っぽいカーディガン。歌鈴ちゃんも何か貸してくれようとしていましたけれど、残念ながら、なにも思いつかなかったみたい。今度、歌鈴ちゃんのやっている巫女さん体験ツアーに参加させてもらっちゃおうかな?
変装していても、自分がアイドルだってばれてしまうのは……もしかしたら、困っちゃうことなのかもしれません。
でも、ほんのちょっぴり嬉しいのっ。
前に、加蓮ちゃんとカフェ巡りをしていた時、加蓮ちゃんだけがアイドルだってばれちゃって、私のことは気づかれないってことがあったり……。あと、加蓮ちゃんが優しくしてあげている、病院にいる子、そーちゃん。あの子も私のことを知らなかったりしてて……う。思い出すと、お腹がちくっとしてきました……。
今から知ってもらえればいいんです。そう、今からっ。
その先が、私の目指す場所――もう1度、加蓮ちゃんたちの写真を開いて、じっ、と見ます。
とっても楽しそうな笑顔。仲のいいみんなで楽しそうにしているだけではない、本物のアイドルの耀き。
全国の、いえ、世界中から注目される立場に……もし、自分がなったらと、少しだけ想像してみました。
思い浮かべた光景には、薄いもやがかかっていて、何も分かりませんでした。
その時の私が、どんな姿をしているかとか。どんなことをしているだろうとか……。
そんなことは、何も分かりませんでした。
それじゃ駄目だという気持ちと、それでは申し訳ないという気持ち……応援してくれるファンの皆さんに、私を育ててくれるモバP(以下「P」)さん、そして、耀きの舞台で待ってくれている加蓮ちゃん――みんなの顔を思い浮かべて、しぼんでしまいそうな気持ちを、ほんのちょっとだけ、立て直します。
視線を上げた先には、私の大好きな風景。
窓の外にも、穏やかな空気が流れている……どこにでもあるからこそ、大切にしたい日常です。
……でも、そんな景色で心を落ち着かせるのは、なんだかまるで、無理なことから逃げているみたい。
足が、重たい……。
長時間操作していなくて、薄暗くなったスマートフォンの画面を、指先でつつきます。開いたままだった写真が、また鮮明に現れます。加蓮ちゃんの笑顔――。
加蓮ちゃんだって、最初からキラキラ輝いていた訳ではありません。Pさんが言うには、最初から輝く原石があって、そんな加蓮ちゃんに世界の幸せを見せてあげたい、自分は煌くことができるんだって教えて、導いてあげたい……そう言っていましたっけ。
くすっ。加蓮ちゃんは、いつもPさんのことを、過保護とか、うっとうしい、なんて言っちゃうけれど。よく、お礼を言っているところも、見るんですよ。
でも加蓮ちゃんも、Pさんがいて、そして加蓮ちゃんの強さがあったから、大きく成長したんですよね。
私も……。
私も、アイドル。
私も、Pさんに育ててもらった、アイドル……。
できなくても、時には逃げてしまっても、膝をついたり、Uターンしなければそれでいいんです。
まずは、弱くなってしまった自分を認めて。次に、自分のいいところや、好きなところ、成長したところを探してみましょうっ。
>>6 4つ目の文章の最終行を一部訂正させてください。申し訳ございません。
誤:でも加蓮ちゃんも、Pさんがいて、そして加蓮ちゃんの強さがあったから、大きく成長したんですよね。
正:加蓮ちゃんも、Pさんがいて、そして加蓮ちゃんの強さがあったから、大きく成長したんですよね。
えっと……。まずは……カフェに、詳しくなりました!
……そういうことじゃない?
え、ええと……。では、そうですね~。前よりも、落ち着いてアイドルができるように、なったかな……。
最初の頃は、もっと可愛くならないと、とか、もっと特別にならないと、なんて焦ってしまったり、周りのみなさんのどたばたに巻き込まれがちだったり……。
あれっ、でも、加蓮ちゃんは私のこと、よくパッションだって言うような……? アイドルになる前、パッションだね、なんて言われたことは1度も。
……。
……加蓮ちゃ~ん……。いつもは自分にも、そして周りにもけっこう厳しくて、私のことも叱ってくれるけれど、今だけは……うぅ~。
体の力が、ぐにゃ、となってしまいました。
ちょっぴりはしたないけれど、テーブルに両肘をついて、手枕にして、頭を、ぼすっ、と乗っけてしまいます。
真っ暗なままでは、もっと落ち込んでしまいそうになるから。
く、と横を向けて……カフェの風景を、少し違う角度から見てみて。
お客さんが、レジで精算をしています。店員さんがお金を受け取って……お客さん、ぺこっとお辞儀をして帰っていきました。声は聞こえなかったけれど、何か言っていたのは分かります。
ごちそうさまでした……とかかな?
店員さんが、ほっこり笑ってます……♪ それから、ちょっぴり表情が崩れちゃって。その、例えば加蓮ちゃんがファンレターを読んで、なにかすっごく嬉しいことが書かれてあって、にへっ、って笑った時のような――
……わ、私がその時の加蓮ちゃんを見たっていうのは、加蓮ちゃんには秘密にしておいてくださいね? 知ったら、絶対怒っちゃうから。
あっ。別の店員さんがやってきて、肘でこんっとどついちゃいました。でも怒っているとかではなくて、ちょっぴりからかってるような笑い顔。
つつかれちゃった店員さんは、顔を赤くして、ちょっぴり悪態をついている感じ……? で、それから慌てて去っていきました。
さっき、ファンレターを読んでいた加蓮ちゃんを思い浮かべたからかな。それと、後からやってきたもう1人の店員さんが、なんだか未央ちゃんにちょっぴり似てるって思っちゃいました。
カフェかぁ……。
お客さんに食べてほしい、あるいは、いま流行りのみんなが食べそうなメニューをご用意して……来てくれた方をもてなすための工夫を、いっぱいに凝らして。だけど店員さんとしている間にも、今みたいに、嬉しいって気持ちに顔を綻ばせたり。常連の方が来たら、少しだけお喋りしてみたり。
ずっと料理を担当している方もいますよね。
いつも行くカフェで言うなら、店長さん。
あんまり顔を見ることはありませんけれど、あたたかい料理から、優しさの溢れる方なんだって分かるんです。
……加蓮ちゃんと、未央ちゃんが店員さんで。それなら、私が料理を担当しようかな? 1人だと大変だろうから、愛梨さんと……茜ちゃんにも手伝ってもらおうっと♪
それだったら歌鈴ちゃんと春菜ちゃんにも来てもらいましょう。って、春菜ちゃんならカフェの一角に眼鏡コーナーとか作っちゃいそうですね……。さすがにカフェと眼鏡店を一緒にしたところは、私も見たことがないです。でも初めてのお店ってことで、注目されちゃうかも?
歌鈴ちゃんは、ときどきドジをしてしまうので、ここは加蓮ちゃんに頼っちゃって。
くすっ……♪ 私、いつの間にか、カフェをする側のことばっかり考えてる。
癒やされる側ではなくて、みなさんを癒やす側。
もちろん、私たちはアイドルです。それに、カフェだって楽しいことばかりではなくて、お金のことや、客足のこと。きびしいことがいっぱいあって、簡単にできることではありません。
だから、こんなのはただの夢物語。お昼に見た夢だから、白昼夢。
……ほんとうに?
アイドルには、そしてPさんには、やりたいと思ったことを実現できる力があります。
加蓮ちゃんだって、かつての自分と重ね合わせて、力になりたいって思って、病院のみなさんに夢をあげました。
それなら私にだって……とまでは……言えなくても。でも、じゃあ、ほんのちょっぴりだけ。真似事になってしまってもいいから、できないかな。
カフェ……ううん、私なりの、癒やしの世界を作ること。
私1人では、分からないから……そういう時は、誰かに相談してみなきゃっ。Pさんは今日は事務所にいないから……それなら、さっき思い浮かべた誰かっ。未央ちゃんでも、愛梨さんでも!
沼の中に浸かっていたように重い足が、お散歩用のシューズを履いた時のように軽くなってきました。
遠い遠い世界が、今では少しだけ、近くに感じることができます。
世界中から注目される舞台に、自分が立つことを、今は想像できなくても。
もやを晴らすため、自分の好きな、近くにある幸せへ目を向けることが、たとえ逃避になってしまうとしても。
私は1つずつ、1歩ずつ、できることからやっていこうと思います。
やりたいって気持ちがある限り、大丈夫!
最後に、電源が落ちちゃっていたスマートフォンを起動し直して、やっぱり表示されたままの写真――さっきは何重にも並べられたショーケースの向こうに飾られているように見えた笑顔も、ごく最近に、例えばカフェで一緒にのんびりした時や、例えば事務所のレッスン終わりにお話した時のような、可愛くて、ちょっぴり悪戯っぽくて、私と同い年な女の子のような、すぐ向かいにいる、いつもの加蓮ちゃんに見えるようになりました。
……ふふっ。そのハズなのに、まばたきをしたら、また遠く煌めいているアイドルにも見えちゃいます。少しだけ気持ちがしぼみ返しちゃう自分のことも、おかしいって笑うことができちゃう。
自分でも、変なのって思います。どっちにも見えるんです。それなら、加蓮ちゃんがまた私を誘ってくれる時までは、少し待ちましょう。
でも、ただ待っているだけではありません。やりたいって気持ちを、がっちりと抱えて、私には私のできることを、1つずつ。
ばっと起き上がって、大きく背伸び! 息を吐いたら立ち上がって、ほどけかけている靴紐を、何度も何度も結び直して、かかともしっかり履き直しますっ。
伝票を持って、レジへ――
あっ、そうだ♪ もう1つ、やりたいことを思いついちゃったっ。
今日は、帰ったらこのカフェのことを少し書いてみましょう。
加蓮ちゃんがまた、私のことを誘ってくれた時には。
伝えたいと思うことを、一緒に紡ぐことができるように。
【おしまい】
>>9 度々申し訳ございません。最初の4行が抜け落ちていました。追記した上で、>>9の文章をこちらに差し替えるものとさせてください。
いつか加蓮ちゃんと一緒に思い描いた、ぼんやりとした風景。
1人でいるからでしょうか。それとも……さっきから、店員さんの目線ばかりでいられるのも、私が成長したっていうことなのかな。
ひょっとしたら、ちっちゃなきっかけがあったから?
今なら、もう少しだけはっきりと、楽しいところも難しいところも、現実感を抱いて……やってみたい、って思うんです。
アイドルには、そしてPさんには、やりたいと思ったことを実現できる力があります。
加蓮ちゃんだって、かつての自分と重ね合わせて、力になりたいって思って、病院のみなさんに夢をあげました。
それなら私にだって……とまでは……言えなくても。でも、じゃあ、ほんのちょっぴりだけ。真似事になってしまってもいいから、できないかな。
カフェ……ううん、私なりの、癒やしの世界を作ること。
私1人では、分からないから……そういう時は、誰かに相談してみなきゃっ。Pさんは今日は事務所にいないから……それなら、さっき思い浮かべた誰かっ。未央ちゃんでも、愛梨さんでも!
沼の中に浸かっていたように重い足が、お散歩用のシューズを履いた時のように軽くなってきました。
遠い遠い世界が、今では少しだけ、近くに感じることができます。
世界中から注目される舞台に、自分が立つことを、今は想像できなくても。
もやを晴らすため、自分の好きな、近くにある幸せへ目を向けることが、たとえ逃避になってしまうとしても。
私は1つずつ、1歩ずつ、できることからやっていこうと思います。
やりたいって気持ちがある限り、大丈夫!
最後に、電源が落ちちゃっていたスマートフォンを起動し直して、やっぱり表示されたままの写真――さっきは何重にも並べられたショーケースの向こうに飾られているように見えた笑顔も、ごく最近に、例えばカフェで一緒にのんびりした時や、例えば事務所のレッスン終わりにお話した時のような、可愛くて、ちょっぴり悪戯っぽくて、私と同い年な女の子のような、すぐ向かいにいる、いつもの加蓮ちゃんに見えるようになりました。
……ふふっ。そのハズなのに、まばたきをしたら、また遠く煌めいているアイドルにも見えちゃいます。少しだけ気持ちがしぼみ返しちゃう自分のことも、おかしいって笑うことができちゃう。
自分でも、変なのって思います。どっちにも見えるんです。それなら、加蓮ちゃんがまた私を誘ってくれる時までは、少し待ちましょう。
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