白雪千夜「アリババと四十人の盗賊?」 (234)

「お任せ下さい、アリババ様。必ずお守りしますよ」

 これは上手くいった。

「盗賊が付けた目印かもしれない。なんとか誤魔化しておこう」

 これも及第だ。
 だが、

≪私は幸せでございます≫。

 その言葉は、喉も震わせられなかった。
 言えばいいだけ、ただの演技だ、割り切ってしまえばいい――のだが、しかし。

 ――しかし、どの口でこんな事を?

 ≪幸せ≫だと? 誰が? ……

 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 〝白雪千夜の名誉〟


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 
「『アリババと四十人の盗賊』?」



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 オウム返しに聞いたのが、自分ながら、いかにも間の抜けているようで反吐が出た。といってもこれは比喩だから、実際のところ白雪千夜に出来た腹いせといえば――汚いものを吐きつけてやる代わりに――目の前に突っ立つビジネススーツを、足先から脳天まで睥睨し上げてやることぐらいのものだった。

 しかしこの反抗は千夜の期待したような、例えば〝魔法使い〟に怖気を震わせるといったような効果を上げたりはせず、かえって、彼のネクタイが新しいらしい些事を千夜に気付かせ、自分自身を苛立たせるばかりだった――チェックなど今まで好まなかったと思うが、……だからなんだというんだ、白雪千夜!

「『アリババと四十人の盗賊』だよ」と、オウム返しをオウム返しに彼。「好きだろ?」
 ――好きも嫌いもあるものか。

「どうしたというのです、それが」
「演ってもらうことにした。ウチの劇場で、千夜が主役」

 そんなところだろう、と大して驚くでもなく、首肯で受け合った。正確には主役とまで言われるのは思い寄らなかったが、それも表情に出るような動揺を生んだり、少なくともその場では、強い重圧を感じさせたりする程の事でもなかった。不安に心を配るより午前十一時の陽光に思うのはむしろ、昼食の弁当を何処で広げるかという事だった――あったかいから、中庭でもいいかな。

「お、いいね」彼は腑抜けた微笑を見せた。「合点承知って感じだ。アイドルらしくなったんじゃないか」
「何を。言われた事はやるというだけのことです」
「じゃ次はスカイダイビングでも――おいおい、よせよそんな顔」
「お前こそ、もう少しプロデューサーらしくなってみては」

 彼はデスクに手を付いて、
「だよな、じゃプロデューサーらしい事言うけど、千夜に演ってもらうのは――」

 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 
「『アリババと四十人の盗賊』…… アラブ世界で語られた説話の集成、『千夜一夜物語』の一部として、知られている物語ですね」


 その儚く蒼い瞳は、千夜を見ているのか、それより奥の何かに関心を寄せているのか、測りかねる具合に澄んでいた。語り口が訥々と、こちらの反応を伺うような調子なのでなかったら、千夜は自分がこの場に存在しているのかどうか、疑うばかりだっただろう。

 聞こえていますよ、と首肯で伝えた。それを受けて、鷺沢文香は続けた。
「〝アリババ〟というのは人名で、アラビア語の読み方で≪アリー・バーバー》、これが〝アリおじさん〟といった意味を持ちます。彼はそれなりの大人で、妻も息子も居るのですね。

 さて、ペルシャのある町で、貧乏なアリババは、真面目に木を切って暮らしていました。ある日の事、アリババがいつものように森へ行くと、そこへ盗賊の集団が、やって来ます。隠れて様子を見ていると、盗賊の頭領が、岩の前へ立ち、≪開け、ゴマ≫と叫びました……

 その呪文に応え、岩に隠されていた扉が開き、洞穴への入り口を露わにします。盗賊たちがそこへ入り…… やがて出て来て、どこかへ去ると、アリババは、自らも呪文を試してみます。≪開け、ゴマ≫……
 そうして入ってみると、その中は、盗賊たちの戦利品や、金貨や銀貨を詰め込んだ袋で、沢山なのでした。アリババは、恐る恐る、金貨の袋を持ち帰りました。

 ところで…… 家で待っていたアリババの妻は、夫が持ち帰った金貨を見て、驚き、彼を難詰します。彼が盗みを働いたものだと、ショックを受けてしまうのですね。菊池寛の日本語訳では、アリババはこう返すのですよ。
 ≪なんで私がどろぼうなんかするものかね。そりゃ、この袋は、もともとだれかがぬすんだものには、ちがいないがね≫……」

 ここで文香は息を吸って、
「これでは、ネコババ…… ですね……」
 と言った。……

 冗談が言われたのだと気付かず、ただ前をじっと見つめて続きを待っていたが、語り手が俯きがちのまま、黒い長髪を斜めに垂らし、徐にこちらへ目を上げた、その様子が妙だったので、ようやく千夜は言意を察した――そうか、アリババとネコババを。

 聞こえていますか、と眼で問うようだった。適当に口の端を吊り上げて反応してやったが、それも薄かったらしく、尚も不安そうだったので、加えて「ふふ」と口にした。それでようやく文香は、憂いに代えて、何とも言えない表情を浮かべた。

 これで続きが聞けるらしいと安堵し、それから、その表情が≪何とも言えない≫のは彼女と親交の浅い自分だからであって、見る人が見ればきっと満足しているのが分かるのだろう、と思った――≪あはは、良かったな文香≫――うるさい。

「そうしてアリババは、裕福になりました。ところが、誰かが洞穴に侵入していた事に、盗賊の頭領が気付いてしまいます。盗賊たちは町へ来て、侵入者を探します。

 この危急に、奴隷のモルジアナが、その叡智をもって、立ち上がりました。家に襲撃の目印が付けられた時には、それを看破し、他の家にも同じものを書き込んで撹乱します。
 次には、油商人を装った盗賊の頭領が、アリババの家にやってきます。モルジアナは、三十数個の袋に盗賊が隠れていて、合図を待って一斉に出て来て、襲撃を行う腹積りである事に気付くと、上手く彼らを騙しておいて、それぞれの袋に、煮え立った油を、注ぎ込んでしまいます。

 最後には、短刀を隠し持った盗賊の頭領が、客人としてアリババを狙いますが…… モルジアナはこれも見抜き、踊りを披露する中で、隙を見て、頭領を刺してしまいます。

 何度もアリババの命を救い、感謝を受けたモルジアナは、奴隷の身分から解放され、アリババの息子と結ばれます。また、アリババは、敵が居なくなりましたから、洞穴の財宝を全て得て、大層なお金持ちとなり、大団円を迎えました……」

 文香はそこまで言うと、物語の終わりを確かめるように、深く呼吸した。
「と、いうのが…… 粗筋です……」

 カラカラカラ、とエアコンの駆動音が耳に入った。力を抜くと、背中が黒革のソファに沈んでいった。……

 千夜はローテーブル向かいに感謝を述べてから、
「昔話というにも奇妙ですね」と発した。「あまり教訓的でない、というか。アリババなど、賊のモノに手を出して、≪真面目に働いている≫とされた前評を裏切っておきながら、それで生まれたトラブルは僕頼り、最後にはそのまま幸福になってしまうとは」

 文香は聞いて、ふふ、と笑った。
「はい…… 仰る通り、アリババの境遇には、あまり因果応報といった所感の、得られるようではなく、なかなか都合の良いお話に、思われますね。《全ては神の思し召し》、というところなのでしょう。もし教訓でいうなら、盗賊側が焦点なのかも、しれません。悪事に手を出すことによった成果は、アリババに横取りされ…… そのことへの報復によって、自らを滅ぼしてしまう。せめて報復を取り止め、宝庫の哨戒にでもあたっていれば、少なくともアリババは、それ以上の深入りはしなかったでしょうから…… 《あわてる者は欠損を招く》というあたりが、まあ、総括になるのでしょうか」

「そうなのですね」
 釈然とはしないまま返す。それが盗賊の運命から学びを得る為の舞台装置に過ぎないというのなら尚更、千夜から見れば何の努力をするだとか、称賛に値する美徳や才覚をすら備えない〝アリおじさん〟の〝シンデレラストーリー〟は、殆ど許し難くさえあった。

 もし〝シンデレラ〟と呼ぶのなら、
「実際、モルジアナの方が余程、主人公然としているようですね」

 文香はまた笑んで、
「はい。奴隷だったモルジアナは、その叡智と巧みな舞踊、あるいは武術をもって、八面六臂の活躍を見せ、最後には資産家となった、アリババの息子と結ばれますから、その将来も明るかったことでしょう。彼女自身は、何らの魔法や、奇跡に頼るのでもありませんが、アリババに魔法のような偶然が訪れた、という好機を、己が常からの資質をもって、幸福に結び付けた、というところを一考するに、アラブの〝シンデレラ〟の一人と、言えるかもしれません」

「一介の僕でありながら、随分とまあ、主人よりも上等といえるくらいに洗練されていたものです。ある意味ではその点、〝開けゴマ〟よりもファンタジーだ」
 ――そして、見上げたものだ。

「謎、ですね」と文香。
「はい」
「モルジアナには、謎がある」
「ええ」
「大きな謎です」
「そうですが」

「物の本によれば」と、文香は目を閉じた。今度こそ千夜は居なくなってしまったようだ。「アラビア語の、日本では《奴隷》や、《召使》と訳されている言葉は——これは〝ジャーリヤ〟、〝マムルーク〟などというのですが——単なる無給の労働力扱いや、人としての権利を軽視されるばかりのところを、意味するのでは、なかったのです。高度な教育を受けたり、家族の一員として暮らしたり、君主にまで出世する場合もあったのだとか…… むろん、主人によっては虐げられましたし、市場で売買され、財産、所有物として考えられるなど、現代先進国の感覚からすれば、決して妥当な人権意識だとは言えませんが……

 さて、女性の奴隷、ジャーリヤは、音楽や踊りの技術を備え、学芸にも通じました。千夜一夜物語で登場する、タワッドゥドという才媛は、法律、詩歌、論理、医学などの、並いる専門家に打ち勝つ程の教養を、有しています。この物語当時の感覚からいって、奴隷という言葉でこそあれ…… そう称される人々が、その主人よりも高度な教育を受けたり、豊富な知識、素養を備えていたりすることは、おかしいことでは、ありませんでした。
 モルジアナもまた…… 格別に勇気と機知を持つ、分けても優秀な女傑ではありましたが…… そういう奴隷たちの、一人だったのです」

 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 
「言われた事はやるというだけのことです」

「じゃ次はスカイダイビングでも——おいおい、よせよそんな顔」
「お前こそ、もう少しプロデューサーらしくなってみては」

 彼はデスクに手を付いて、
「だよな、じゃプロデューサーらしい事言うけど、千夜に演ってもらうのは――その顔やめないんだな? そっか。うんいいね、それも可愛いし。あ、やめちゃうの――千夜に演ってもらうのは、モルジアナっていう女の子だ」

「モルジアナ、…… と言われましても。主役というなら、アリババでは?」
「ああ、いいよ。僕も詳しくない」
「いい…… とは」
「で、文香に聞いてみたんだ」
「文香」
「鷺沢文香だよ。本好きの子」
「はあ」
「ほんの雑談でね。それが楽しかったみたいだ」

 千夜は鼻息をもらして、再び《そんな顔》を用いて彼を睨んだ。
「その鷺沢さんの嗜好がどうだろうと、私には関係がないでしょう」
「ああ、関係ないって思うよな。それでさ、千夜もほら、役どころ、読み合わせまでにはちょっと掴めた方がいいだろ。で今、文香が丁度それについて調べてる」
「はあ」
「聞きに行ってあげてくれよ。喜ぶよ」

 しまりのない笑顔に、気の重い事だとため息が溢れた。床にボールペンが落ちているのが目に入った。
「はあ…… では、気の向いた時に」
「今すぐ頼むよ」
「は?」
「早めに聞いておかないと大変だと思う。文香だっていつまでも暇じゃないし、後になったら猫も杓子も押し寄せるぞ」
「何故」
「〝四十人の盗賊〟」
 ご丁寧にエアクオーツを添えて。洋画の見過ぎでは、と千夜は目を閉じて、出来るだけ疎ましい思いが伝わるように頷き返した。

「分かりました。では、鷺沢さんに話を聞いてきます」
「聞いてくる? いいね、行ってらっしゃい。僕はこれから鉄分を摂るよ。千夜も?」と彼は乳酸菌飲料――『ラブレ』――の小さなペットボトルを取り出して見せ(千夜はかぶりを振った)、「要らないの? 美味いのに。じゃあいただきます。ま、文香は静かな方だけど、喋るのも好きな方だからね。じっくり話を聞けば仲良くしてくれるよ」と笑った。

「……お気に入りのようですね、随分」
 問うと、彼は記憶を当たるかのように呆然と眉を上げ、のち、喉を鳴らし、ストローから口を離した。
「文香? そりゃあ凄く気に入ってるよ。でも、千夜も同じくらい気に入ってるよ」
「ばか。『ラブレ』の話です。ふん、まあ、お前にも倫理はあるのでしょう」

 それだけ言って背を向ける。鷺沢氏を探す時間は、明日のお弁当の献立を立てるのに利用するか、と考えた。まず、アスパラガスとブロッコリーを使わないといけないが、彩りを補うのに何を使おう。人参とトマトではちとせの不興を買う心配もあることだし、片方はウインナーかリンゴか。いっそオレンジを切って、ソーセージと取り合わせるか。《千夜も同じくらい》と言われた時、ちょっと胸に棘が刺さったようだったのは、まあ、低いつもりで高いのが気位、というやつだろう。

「千夜」
 不意に、背中を呼び止められた。
 どうしてだかピリピリと、髪を引かれるような痛みを覚えた。ドアから廊下へ身を乗り出しているらしい彼に、振り向かないまま「何です」と返す。
 
「僕のネクタイさ、新しいんだけど、どう?」
「お前の事だと? 知るか」

 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 

 モルジアナが、ひいてはアラビアンナイトの頃の奴隷たちがどれだけ優れていたのか一席ぶつのを終えると、文香はそこで初めて存在に気付いたように、丸い目をして千夜を見た。
「そういうわけですから、モルジアナが八面六臂の活躍を見せるのは、道理にかなうことなのですよ」

 思わず苦笑する。
「成る程。破茶滅茶な物語というだけではないのですね」
「破茶滅茶…… やはり、そうですよね」
 文香は頬に人差し指を当て、考え込むように言う。
「分かります。千夜一夜物語の一群自体、ナンセンスというか…… 他からすれば、あまり納得のいかないような筋立てになるものが、多く見られます。有名な『アラジン』も一例ですが、主人公は単なる怠け者で、果報を受けるような徳を積んでいるふうでもないのが、偶然から最後には幸福になる、といったパターンも複数あります。もっとも、『アラジン』は例として相応しくないかもしれませんが……

 そういう、因果応報、あるいは、伏線と回収、といった条理の構造については、千夜一夜物語の初期のものには、特別なテーマが共通しているそうです。……研究者シュライビーの曰く、《ささいなきっかけ、大きすぎる災厄》。『商人とジン』——ある商人が、ナツメヤシの種を投げ捨てたことで、ジンの息子を死なせてしまい、その事で命を狙われる。食事自体はつつましく、またイスラム教徒としても敬虔な彼でしたが…… 悪意や、避けられた過失のないところからでも、トラブルに巻き込まれるのです。昔話、という言葉で我々に連想されるような、西洋的な価値観に馴染む、分かりやすい教訓話にならないのが、千夜一夜物語の、面白いところですね……
 それから、……」

――《それから》、じゃない!

 いよいよ話は脱線し、千夜の知るべき領域を逸しつつあるようだ。それはちょっとした焦燥をさえ覚えさせた。
「あの」
「ん…… はい」
「たくさん教えて頂いて、ありがとうございました」
「あ…… ええと、はい。その、なんだか、話し過ぎてしまったようで……」
「……いいえ。随分、お調べになったのですね」
「はい、ええと、プロデューサーさんとお話ししていたら、気になってしまって……」
「はあ。では、彼にも聞いて貰えるといいですね」
「ん…… はい」

 文香が目を細めた。その眼が、たった今になって潤ったように見えた。
 丁度この場を離れるタイミングではあったが、ふと、胸に何かが芽生えた。後ろ暗いといってもいい何か。それはどうやら誘惑、おそらく背徳的な――この綺麗な顔を、試してみたい。

「あいつが、…… プロデューサーが、貴女を大層褒めていましたよ」
「プロデューサーさんが……?」
 文香が身を乗り出した。主導権を得た。
「しかめ面も可愛いな…… だとか」
「しかめ面、……」文香は戸惑いを表し、「そのように、見えていましたか……」と悄然、頬を揉んだ。
 失言だったようだ。内心、肝を冷やす。成る程、彼の前では努めて顔を和らげたのに違いない。
「そういう表現では…… なかったかもしれませんが」

 もし神だとか、吸血鬼の末裔だとかに≪真実を述べよ≫と迫られたなら、只今に一抹の、不満、あるいは焦れのようなものを感じ得ずではなかった事を、千夜は告白しなくてはならない。
 喜べばいいのに、誇ればいいのに、どうしてそう儚げなんだ。美しいものは美しいものらしくしているべきだ。

 そういうもの、なのだろうにせよ。

 
  
――Chapter1 “Mr.Blue Sky”


 その『御伽公演』における最初の仕事は、出演者、演出家、舞台監督、諸々、関係者一同による顔寄せだった。会議室を狭しと埋め尽くす面々は、アイドルだけで十数人、濃い赤、ピンクがかった紫、ピンクに水色のインナーと、髪を見るさえ千差万別だった。折り畳みテーブルも部屋の壁紙も白いのが、それを余計に印象付けた。

 席へ向かう途中カツン、と何か硬い物が靴先に触れ、転がるそれを視界に捉えると、ボールペンだった。その形に覚えがあるようだと感じ、周囲に目を配ると、魔法使いが例の新しいネクタイをひらめかせ、ペコペコ頭を下げて誰がしかと名刺を交換しているのが分かった。あくせく働いているようだ。千夜は素直に感心した。胸の内でなら、ちょっと拍手をしたり労ってやるのは構わなかった。実際には、言葉よりも千夜自身の働きぶりで報いることになるだろう。手を抜かない、というだけのことで、特別なことをするつもりはないが。

 声が掛かって、銘々席に着いた。拾ったペンは目につくよう机に放って置いた。

「アリババ役の安斎都です! よろしくお願いします!」
「モルジアナ役の白雪千夜です。よろしくお願いします」
「おかしら役の一ノ瀬志希でーす。にゃはは、よろしく〜」
「カシム役の夢見りあむですよろしくお願いします(早口)」

 と簡単に、数が数なので時間は掛かったが、自己紹介を済ませ、日程について等の説明を受けてから、台本の読み合わせに移る。ここで初めて渡されたそれを、千夜はパラパラとめくってみた。全く文香に聞いた通り、とはいかないようだ。

「今回の舞台は、古典の物語をアイドルの皆さんに演じてもらうということで、残虐な表現をマイルドに書き直しています」好好爺といった風の演出家先生が言った。「例えばアリババの兄カシム、夢見さんの役ですね、彼は原作では盗賊に見つかり八つ裂きにされてしまいますが(「え、ぼくそんな役なの!?」とりあむ)、今回は大怪我とトラウマを負って二度と商売が出来ない体になってしまう、という程度に済ませておきます。平和ですね」
「いや平和⁉︎ のんきか‼︎ みやすのんきか⁉︎」
「ふふ。全身の骨を折って包帯巻きになるぐらいなので、歌には参加してもらえますよ」
「ん、パスみあんな?」

「一応当て書のようにはなっていますから、皆さんの個性でもって演じられそうならやってみてもいいし、ただ読んでもらうだけでも勿論構いません」
「あてがき?」声が上がった。「お手紙なんですか?」
「それは『宛名書き』ですよ、都ちゃん」答があった。「ふふ……、当て書というのは、演じる人をまず決めてから、役柄の方を俳優に寄せて脚本を書くことです」
「ほう! 面白いです!」
「おっ、やっぱり詳しいねぇ。古澤さんを呼んで良かったよ。じゃあ、ライラさんの語りからやってみましょうか」
 受けて、金髪の少女が息を吸う。

 大方は滞りなく進んでいった——
「えーっと、ブンんぼ……?」
「〝けち〟ですよ、都ちゃん」
「おおっ、ありがとうございます、頼子さん!」
 というようなやり取りを〝滞りある〟に含めないのならば。

 その程度は当たり前に許したかもしれない言葉の神も、しかし次の一件が〝滞り〟である事を認めないわけにはいかないだろう。
 会議室を飛び交っていた台詞の連鎖が、ぱたと止まって五秒弱、演出家が口を開いた。
「……あれ、次はおかしらだよね。一ノ瀬さん?」

 皆一様に目をきょろきょろさせだした。千夜も倣う。居ない。
 先程居たはずの位置は空席だ。雲散霧消、一ノ瀬志希の紫の髪も、青味掛かった瞳も、猫のような微笑を湛えた唇もそこにはなく、その行方を知る者もないようだ。

「しまった、志希のやつ! 今すぐ探して来ます!」と、立ち上がりもせずに魔法使い。
(「ボクが行こう」と声が上がった。)
「それには及びませんよ。毎度の事ですからね、こっちも織り込み済みです」と演出家。
「いやあ、ほんと毎度ですよね、僕の力不足で申し訳ありません」
「いやいや、君と一ノ瀬さんなら毎度、順調に仕上げてくれますから」

 茶番だと感じた。用意された会話だ、と。千夜からすればまったく重大ごとに思えるのだが、天才一ノ瀬志希の実績とやらが、只今の謝罪や赦免をまるでうわ言にしてしまったのだろう。これでいいらしいので、千夜も考えるのはやめておいた。
 それよりは、これから読んでいく台詞に神経を使わなければならなかった。

「お任せ下さい、アリババ様。必ずお守りしますよ」
 これは上手くいった。カシムが盗賊に見つかった事をアリババに聞き、盗賊の追跡から身を守らなければならない事を知らされる場面。この時点ではモルジアナはカシムの奴隷なので、アリババと主従関係にはないが、この危機が彼女の仕える家自体に迫るものであるのを思えば、胸を叩いて請け合ってやるくらいのものだろう。

「盗賊が付けた目印かもしれない。よし、誤魔化しておこう」
 これも及第だ。家の門に書き込まれた記号を発見し、盗賊による襲撃の目印である可能性を看破するシーン。千夜ならせいぜい印を消すことを考えると思うが、『アリババ』の時代ではけっこう難しいのかもしれない。それを近所中に同じ印を付け、情報の差異を奪ってやろうというのは成る程、木を隠すなら森の中というのか、流石モルジアナ、叡智の人だ。

 彼女の立場を、場面を想像しながら、あるいは召使仲間とでもいうべき勝手なシンパシーから単に感心しつつ、千夜は台本の読み合わせをこなしていった。
 これが最初の仕事だからなのか、このまま進むのならやっていられそうだ、という前向きな気持ちが芽生え、調子が上がりつつあると言ってもよかった。

 だが、そう上手くもいかないようだ。
 台本の後ろ、殆ど最後の場面、モルジアナには最後の台詞で、千夜の目は止まった。頭の奥に引っ掛かりが生まれ、不安に近いものが胸をよぎった。
 そして、ついに千夜の番が来ても、――

≪私は幸せでございます≫。

 その言葉は、喉も震わせられなかった。
 言えばいいだけ、ただの演技だ、演技でもない打ち合わせだ、割り切ってしまえばいい――のだが、しかし。
 ――しかし、どの口でこんな事を?
 ≪幸せ≫だと? 誰が? ……

「白雪さん、どうしたの?」

 演出家先生が言った。思えば、暫く沈黙が流れていたようだ。
「具合が悪いなら、ちょっと休もうか?」
「いえ、その…… 大丈夫です」
「そう? それじゃあ、この台詞は読みづらかったかな?」
「いいえ」千夜はかぶりを振った。「読めない、というか…… その」
「その?」
「モルジアナが、こんなこと言うのかな…… と」

「ううん、確かにそうかもね。ただ、今回はあんまり舞台慣れしてないお客さんを見込んでるから、分かりやすくやろうって腹なんだ」と演出家。
「いえ、そうではなく…… あの、すみませんでした。聞かなかったことにして下さい」
「いやいや、聞かせてよ。君と僕と、皆で作る舞台なんだよ?」
「ほんのつまらないことで」

「千夜」魔法使いが呼び掛けた。言いな、と目配せして。

 気の進まないながら、千夜は再び始めた。
「はい…… その、モルジアナは元々カシムの奴隷、だったのですよね。でも、そのカシムが酷く傷つけられて…… 私がモルジアナなら、つまり、誰かに仕える立場なのだとして……」
「黒埼さんのことなら聞いているよ」
「はい。では、私の考えを言わせて頂くなら…… モルジアナは後悔の中にあるのではないかと。例え復讐を遂げたとして、主人を守ることは出来なかったのですから。モルジアナは…… 私がそうなら、自分を責めているような気がします」

 その場を沈黙が支配した。

 雑音がないのが、かえって耳に痛かった――私は嫌だったのに、お前が言えと! 難詰すべく魔法使いを睨んだ。どんな顔を返されたか頭に入らなかった。空気が張り詰め、紙の擦れる音や、椅子に姿勢を正す様子、誰かの息遣いまでもが聞き取れた。千夜は自分を、打ち上げられた魚のように思い始めた。己の考えを表に出すというのは、なんて気まずいものなのだろう。そんなものは濁った海に泳がせてさえおけば良かった、万事良かっただろうに!

 そこへ、ガタッ、と椅子の鳴る音がした。見れば夢見りあむ――アリババの兄にしてモルジアナの主人、カシム役――が呆けた顔をしていた。

「千夜ちゃん……? そんなにぼくのことすこって」
「いいえ」
「ア即オチッ⁉︎ やむ‼︎」
「そりゃあまた――」と、魔法使いが口を切った。「――リトルなリドルがあるもんだ。《幸せって何?》《不幸せって何?》」
(「あ、それ知ってるー☆」
「ふふ…… 私たちの曲、だね……」)

「お前、ふざけているのですか?」
 たまらず非難した。大勢の前にしては語気が荒かったようで、千夜を見るいくつかの顔に緊張が走るのが分かったが、自分の怒りにも正当性があるだろうから、内省は頭から追い出した。

「困ったなぁ。実はこれ、完全に脚色なんだよね。元の話には全然ない台詞なんだ」
 演出家は言う。魔法使いが答えた。

「脚色ですか? それでは先生のお考えで……」
「いやいや、皆さんの個性に頼ると言った手前だからね。ただ……」
「ただ?」

 ふと、新たな疑問が頭をもたげた。何故だろう。

「いや、だからこそ。消すだけってわけにはね」
「とおっしゃいますと…… 書き直すと?」

 どうして、

「そうよ、白雪さんの個性に頼ってね」
「ほうほう」

 どうしてこんな会話まで〝用意〟してあったんだ?

「というわけだから…… 白雪さん、考えておいてくれる?」
「考える、というと……」
「勿論、最後の台詞だよ」

 与えられた試練、というわけだ。千夜は初めて、自分の役柄に重みを感じた。ただこなす、というわけにいかなくなった。

「よし、任せた。千夜!」
 彼はこちらの心など知らず、口の端を持ち上げ、親指など立てて見せる。
「解き明かせ、キミの手で」

 
 
――Chapter2 “Can’t Find the Words(feat. Caitlin Ary)”

 クッキーを焼いた。シートを敷いた天板に、並べたのは花や木やハート。皿に移していた時、どうかした弾みに一つ、取り落とした。ペシャ、と小気味良くもない音を立て、それはへし折れた。元は星型だったそれの、テーブルの上、一つ角が分かたれた無残な姿に、首を撥ねられた死体の印象を重ね、体が首を離すまいと抗い続けたような屑の軌跡を眺め、不気味に感じるのと、虚しい気持ちとに襲われた。

 昔の話だ。思い出しても色の付いていないような、いかにもノイズの走りそうな、瞳が紅く輝いていたのは信じられるけれど、それも感覚ではなく理屈でそれと分かるような、白と黒しかない世界の、その中で。

 ちとせは優しく微笑んだ。優しく、優しく囁いた。

「増えたね」

 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 

 そんな記憶を、バラバラになった陶器の破片を眺めながら喚び起こしていた。たまには事務所でトルコ風コーヒーを、気分も良いし、折角だから彼にもと、その机からマグカップを奪って来たのが失敗の始まりだった。一条を通じて述べるには千夜の記憶が飛んでしまったが、とにかく給湯室の床、かつては《ME BOSS,YOU NOT》と声高だったそれは、今や手榴弾にでもやられたように無残な最期を晒して散らばっている。

 断末魔の叫びを聞きつけたか、タッタと足音を鳴らし、彼が顔を覗かせた。

「割れたか?」
「増やしたのです」

 彼は悪戯っ子のように笑い、
「だな。怪我ないか?」
「いえ…… すみません。弁償します」
「弁償? そんなのいいんだよ。千夜が怪我してなくてよかった」
「……、それはまた後で、として。すぐ片付けますので」
「それもいいよ、と言いたいとこだけど、片付けは千夜が上手だよな。よし、任せた。僕は道具を」と、彼は立ち去った。

 能天気、良くすれば鷹揚とでも言うべき足音が去るのを聞きながら、実地を検証した。陶器だから、細かい破片はガラス程には多くない。飛散もそう広範には及ばないだろう。ゴミ箱を退けたり、シンクの扉を開け閉めして、影に尖ったものが入り込んでいないかと探す。
 ――私も、≪上手≫じゃないけれど。
 そこへ気怠げな声が掛かった。

「あー、やっちゃったねぇ」

 振り返ると、双葉杏が口に右手を当てている。千夜より頭ひとつ分低い妖精じみた身体に、着ているというより引っ掛けたような白いシャツは大胆に《ホリデイ》とあった。短いパンツから華奢な生脚がすらっと伸びており、千夜は裸足を連想してどきりとしたが、スリッパを履いていたので深い心配は要らないのだと分かった。一応手の平を向けて《危ないですよ》の意を通わせておく。

 杏は床に、しげしげと視線を注いだまま言う。
「プロデューサーの? 見事にバラバラだねー。怒られたでしょ?」

 質され、大きめの破片を蹴って集めようかと算段つけていたのをやめた。彼女の問いを千夜は解さなかった。彼はおよそ憤慨とは程遠い態度を取った筈だ。所有物を壊されたのだから、怒るのが本来適当なのだろうとは思うけれど、しかしそれで彼が怒鳴ったりするような絵面には想像も及ばなかった。マグカップ如きで、ではなく、人間性から考えて、《怒られた》かということを、杏に問われるのはどうも意外の感を拭えない。

「いいえ」とかぶりを振って、ちょっと甘えていたかもしれない、と省みた。実際、罰されて当然の事はした。それで怒られると思わなかったとは、虫がいいのではなかろうか。

「そうなの? ふーん」
 杏は尚も、概観以上の何かを見出そうとしているようだった。
「意外だなー。杏が落として割りかけたときは、こっぴどく言われたもんだけどね」顔も向けず話す。
「そうなのですか?」――それこそ意外だ。
 杏は目を上げて、
「《それこそ意外だ》って言い方するね。あれ、千夜知らないの?」
 気を持たせる言い方に反感を覚えたが大人しく、
「何をです?」
「これ、凄くお気に入りだったんだよ。憧れの先輩からの贈り物なんだってさ」

「贈り物……」
「そーそー」杏は声を低くして語った。「その先輩、プロデューサーに一から十まで叩き込んだ人なんだけどね、お母さんが病気になって、田舎に帰らなきゃいけなくなったんだって。プロデューサーも何とか引き留めようとしたんだけど、やっぱり駄目でね。それで最後の日、夏の日ね、ヒグラシとか鳴いてたの。見送りに行った電車の改札でさ、絶対トップアイドル育てて、世界のはじっこまで輝き届けてくれって、このカップ託されたんだ」

 何かを確かめるように、千夜を覗き込む。
「それ以来、このカップは約束の…… ううん、これはプロデューサーの一等星――夢の象徴だったんだよ」

 話を聞いて、ふたたび破片を見返した。細かいものは少ないし、何処かが消えてなくなったということもないと思う。
「そっかそっか。こんなに大事な物壊されても、千夜の方を心配してたんだね」としみじみ杏。「ふーん。なんか、分かっちゃったなぁ。千夜がどんなに思われてるか」

 千夜は落としていた視線を持ち上げた。
「それは、どういう――」
「お待たせ」

 会話に割って入り、彼が箒とちり取りを持って寄越した。受け取る千夜へ、杏はウインクをして見せ、あちらへ振り返った。
「じゃ、ここにいても邪魔だろうし、私らはあっち行ってようよ」
「杏はレッスンなかったか? 千夜、手伝う事ないか?」
「いえ、杏さんの言う通りです。散った破片を掃くのに、いちいちお前をどかす方が大変です」
「そーそー。てかプロデューサーこそ、外回りの時間じゃないの」
「外回りは明日になったの。そっか、千夜は大丈夫か。じゃ頼むよ、ありがとうな。手を切らないようにな」

 彼が胸中の痛みなど感じさせない、いつも通りの顔をしていただけに、かえって躊躇われるなか、千夜は「あの」と切り出した。

「ん?」
「この度は、すみませんでした」
 ここは誠心誠意と思い、頭も下げた。会釈程度に。
「はは、大丈夫だって。増えたろ?」

 二人が行ってから、千夜はしゃがみ込んだ。いくつかの破片を取り上げ、文字の形を頼ってパズルよろしく重ねてみる。ちゃんとした接着剤があれば、ハリボテぐらいにはなるだろうか。
 それから大きめのものを一つ、ひょっとしたら暖かく感じられはしないかと、手の平に乗せたり指で撫でてみたりした。

 そうこうするうちに、
「プロデューサー、あのカップどこで買ったの?」
「あのカップ? 通販…… いや結局お台場だったかな?」
「ふーん。あれね、死んだお父さんに貰ったことにしといたよ」
「え、父さん? なんで?」
「あ、引退した先輩だっけ。なんでってほら、エモくなるから」
「あんな安物エモくしてどうすんだ」
「懐くよ」
「んなバカな」
「いいでしょ?」
「ああ最高」
 と聞こえて来たので、破片はすぐさま投げ捨てた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 
 掃除を終え、大袈裟な足音で魔法使いとお付きの妖精を威嚇してやって、建物内をひと往復歩き医務室に寄ってから、二階まで行った。渡り廊下で、張られたガラスから曇り空を眺めるちとせ――述べるまでもないが黒埼ちとせ、金髪紅眼の美女――と合流した。


「お疲れ様です」
「おつかれさま♪」

 並んで渡り廊下を行き、ちとせの今日あった事を聞いた。何とかいう横丁のナポリピザを食べに行く約束を志希としただとか、それは一昨日にもした筈の約束だったとか、他愛もない話だった。ちとせは時折、中庭へ目を落とすと、「うーん」と悩ましげな声で間を繋いだ。彼女が見たのはベンチのある方だったと思い、疲れたのか、と聞いたが、ちとせは笑顔でかぶりを振ると、志希が頼んでタバスコを掛けておきながら、およそ百本のうち三本しか食べなかったフライドポテトを誰が処理する羽目になったかを明かした。

 一段落のところで、今度は千夜から切り出す。
「これからお嬢様をお送りしたら、お台場に出掛けたいと思うのですが」
「お台場? うん、いいよ。お買い物?」
「はい」
「魔法使いさん、気に入るといいね」
「はい…… は?」
「千夜ちゃんなら、きっと良いマグカップ買ってあげられるね」

 心臓が止まったかと思った。その後の全身の血が逆流したような感覚も、千夜の驚愕を表すものだった――私は何を言ったっけ?

「あはっ、可愛い♪ 驚いた?」
「その…… 何故?」
「分かったかって? 千夜ちゃんの事ならぜーんぶお見通しなんだよ?」
「ですが……」

「左の手の平、怪我してるよね。隠してるけど、握り方とか向け方とか、千夜ちゃんにしては珍しいよ。だから気にしてたら、手袋が切れてるのも見えちゃった。取って。……ほら、やっぱり絆創膏。消毒は? うん、さすが千夜ちゃん。
 じゃあ何で怪我したかっていったら、私が朝、千夜ちゃんのコーヒー褒めたのが原因だと思うの。《魔法使いさんにも淹れてあげたら?》って。ジャズベも持ってったもんね。あはっ、可愛い。それで魔法使いさんのカップを持って来たんだね。それをどうしてか、割っちゃった。
 それで足や脛じゃなく手、それも指じゃなくて手の平を、しかも利き手じゃない方を切ったのは、単に当たったとか、触った以上の事があったのね。きっと、それが魔法使いさんにとって大事なカップだったから。千夜ちゃんは優しいから、形だけでも戻そうとして拾い集めてみたんだね。それで優しさの証拠がここに。うん、とっても綺麗だよ。ここまでが、千夜ちゃんの左手がお喋りしてくれたこと♪

 魔法使いさんも優しいから、カップなんかいいよって言ったと思うけど、千夜ちゃんは気が済まないよね。何処で買ったかまで聞き出した——少しでも、魔法使いさんの〝大切〟に近い物を贈る為に。単に良い物を買うなら、東京にはいくらでも近場のお店があるのに、渋谷でも銀座でもなくお台場なのはそういうわけ。
 こういうことだと思ったから、千夜ちゃんがお台場に代わりのマグカップを買いに出るんだって、分かるんだよ」

 ちとせは紅く目を細める。千夜は舌を巻いた――また変な遊びを。
 大筋ではあるが、仕草だの二言三言からこうまで見透かされては敵わない。脱帽です、とお辞儀した。

「おっしゃる通りです」
「ね、千夜ちゃんのことなら何でもお見通しなんだから」
「ほんとですね」
「ほんとでしょ。うん、今から行けばいいんじゃない?」
「そういうわけには」
「私なら大丈夫だよ。暗くなっちゃう前に…… そうか」

 言いながら、ちとせの宝石のような瞳は、一点を注視していた。その表情に妖しいものが宿る。
 視線が射る先、ベンチに腰掛け、鷺沢文香が本を読んでいた。青い装丁を両手一杯に開いている。ちとせは、すすす、と早足で寄って、
「文香ちゃん、こんにちは」

 朗らかな挨拶を意にも介さないようで、文香は依然、活字へ目を落としたままだった。ちとせ嬢は焦ったそうにベンチの裏側まで回って、耳を喰むかという近さでまた「こんにちは」。餌食の首筋を、華美な五指で撫でながら。
 流石にキャッと叫んで、文香は跳ね上がる。持ち主に突き飛ばされ、バサバサはためき宙に舞うハードカバーを受け止めるのが千夜の仕事になった。頁を折らぬよう気を張る――よし、大事無し。
 雪のような頬を上気させ、文香はちとせと対峙した。前髪は慌てた為に乱れたようで、その間から覗く目はどうも恨めしげに感じられた。

「こんにちは」と再三ちとせ、ベンチの背もたれに両肘ついて。
「こ…… こんにちは」
「驚かせてすみませんでした。どうぞ」本を差し出す。
「いえ…… はい、ありがとうございます」受け取る。
「読書してたんだ? 推理はお好き?」
「はあ」
「私と千夜ちゃん、これからお台場に買い物行こうと思うの。何でか当ててみて?」
 文香の困惑した瞳に、
「主に私の用向きなのですが」と左手の絆創膏を見せた——こういうお戯れ、なのでしょう?

 彼女は深い思索の視線と暫時の逡巡を表した後、
「マグカップ…… でしょうか。……プロデューサーさんの」
「あはっ、名探偵♪ なんでかな?」
「今の時間からの買い物…… というのは、急ぎの用を暗示するものです。買い求めるのは、明日にでも使う物…… 千夜さんの傷が傍証となるのなら、それは今日使う物でもあったかと。強引な帰納ですが、日常使う物、それが壊れ、早急に利便を回復しなければならないのだと、ひとまず仮定しました。

 それから、渋谷や銀座ではなく、お台場という地を決めて指した事から、お二人は、出来るだけ同じ物を、買い戻そうとしているものだと、考えられます。加えて、傷が手の平についている事から、千夜さんがこれを、壊れたのち、一度拾い集めたものだと思われました。これらは、対象の物品の需要が、機能性のみならず、意匠にも基づいている事の証左かと。それも、分かりやすい絵柄などではなく、態々組み立て、読み直し、記憶を新たにしなければならなかったような、英文プリントの類があしらわれている物では…… と。私には、プロデューサーさんのマグカップが、連想されました」

 千夜は透徹した推理に瞠目したり狼狽しながら、どうもこいつは二枚舌らしい、と自分の左手を眺めまわした。文香が静かに語り終えるのを待ってから、ちとせは声を弾ませる。
「すごいすごい。うん、『千夜ちゃん学』は引き分けだね♪」
 楽しそうな彼女の、そのなんだかよく分からない言葉に、千夜は思わず笑いをこぼした。
「そんなものについては、誰もお嬢様には敵いませんよ」
「『魔法使い学』はどうかな?」
「〝魔法使い〟、……」
「お嬢様?」
 不吉な予感がした。

「それは…… コーネリアス・アグリッパやアレイスター・クロウリーといった史実の…… それとも、ホグワーツ魔法魔術学校で教えるような……?」
「それも楽しいね。魔法使いさんのことだよ、ほら、貴女を勾引かし静謐な楽園から連れ出してしまった、背徳と享楽の徒♪ 《ヘイ可愛子ちゃん、人間のところへようこそ》♪」
「〝プロデューサー〟と理解して下されば。お嬢様、何を?」
「私と文香ちゃん、どっちが魔法使いさんの毎日に居られるか、勝負しようよ」

 あっけらかん、言い放ったちとせは、しかしその眼を油断なく光らせた。
 対する文香も、また、あっけらかん、の体だった。
「仰ることが、よく……」
「誤魔化すのはだーめっ。それじゃあ私たち、楽しめない」
「お嬢様、私にも分かりませんよ」
「文香ちゃん、言ったよね。魔法使いさんのカップは、毎日使うものだって。ねえ、私たちがカップを買っていったら、それをあの人、毎日、使うんだよ」

 陰った、と思う。千夜は今、文香に焦燥を見た。
「きっと思い出すのね」ちとせ。「毎日だよ。私が下賜したカップに、私を想って膝を突く。それで、何度もキスするの。天使のように純粋で、地獄のように熱いキス」
「それは」遮るように文香。「、…… それは、プロデューサーさんのお決めになること…… ですから。……私の存意の、介在する余地など」

「お嬢様、そろそろ」
「ああん、細かいのは嫌いだな。ねえ文香ちゃん。魔法使いさんが文香ちゃんのものになんかならなくたって、今の関係でさえいられれば、幸せだね。だけど、もしあの人が誰か他のヒトのものになったら? 私のものに? その誰かさんが、文香ちゃんの側にいられないよう、あの人を奪っていったら? 美しいものは永遠の喜びでも、人の想いは風なんだよ」

 文香が顔を背けたり、逆に見つめ返そうとする度、ちとせは踊るように移動した。必ず彼女を隣から覗き込み、視線を惑わせる。
「お嬢様、もう行かないと暗くなります」
「それが、……」
「《それがあの人の幸せならば》? 《背中を見つめてさえいれば》? ねえ、文香ちゃんは今が好き? その今が溢れていくかもしれない、その瀬戸際に、ただ立っていればそれを掴んでいられると思う? それとも玉座に縮まって、宮廷道化師の言うがまま? 街が燃えようって時に、《私のせいじゃないから》? この瞬間に迫られているのに――《異議あるものは今申し出よ、さもなくば永遠に沈黙せよ》。もし手遅れになったら、貴女は何処へ行くの?」

「文香さん、…… こういうお戯れなので、どうかお気に……」
「あはっ、心配ないか。魔法使いさんだもんね? きっとカリフみたいにハーレムを作るよね。あの子もこの子も侍らせて♪ うん、いいよ。あの人が相談して来たら、文香ちゃんを二号に認めてあ――」

「プロデューサーさんは……!」

 千夜の驚いたことに、彼女はなかなか鋭い語気で挑発に乗った。ちとせもたじろいだ。

 自分自身の怒りにさえ怯えるように、文香は微かに震えているらしかった。
「……プロデューサーさんは、そのような方ではありません。必ず、誠実に…… その、我々の知る誠実さというものに則って…… 一人を、お選びになります」

「そう」と笑って、「誰を選ぶって?」
「、……わっ、わ、…… わた…… 私をっ、…… お選び、下さいます」

 それはもう、気息奄々、祈りのように溶けていく声だった。千夜は真っ直ぐ見ていられなかった。この緊迫した状況を代わってさえもらえるなら、神谷氏と佐藤氏が直面したという九十七本の激辛ポテト地獄を自分が請け負ったのにと思った。
 ちとせは満足したように文香を眺め回すと、今度は彼女の正面に立った。

「進化しなければ生き残れない。進歩しなければ今さえ守れない。《同じ場所に留まる為には》――」
「《全力で走り続けなければならない》」文香が受けた。「《どこかへ行くならその二倍》――成る程…… 確かに我々は、鏡の国に立っているのです。いわば時という盤の上に」

「あの、文香さん」
「アイドルという世界で、見知らぬ国で、私は、手前味噌ですが、新たな自分を投影すべく、常に全力を尽くして来たつもりです。それは誇りであり…… 誇らなければならない類の、責任でもあるでしょう。ですが、只今という見地に立って改めるに…… それは未だ生存本能の域を、超えはしなかったのかもしれません。
 ……プロモーション、ですか……」

「あはっ♪ 美味しそうになっちゃって。そうだよ女王サマ。決まりだね? 『魔法使い学』の試験は実技――どちらが好みのカップを贈れるか?」
「承知致しました……、女王陛下」

 ちとせは「いいね」と享楽するように口を歪めた。ゆらり、立って前の彼女を見据える。
「白黒、…… ううん」細められた瞼の中には、皆既月食の血の色が満ち満ちた。「紅蒼つけちゃお?」

 文香も伍した。困惑や躊躇の表情が、眦を決したそれへ変わりゆく様を千夜は見届けた。
「お望みならば、…… いえ」双の青天にちらと、だがありありと霹靂を閃かせ、「望むところです」

 千夜はといえば、肩でも竦めてやろうかと呆れているほかなかった。……
 

――Chapter3 “Cups (Pitch Perfect’s “When I’m Gone”) / Speak Now”

 東京テレポートとは大それた名前だ、とつまらない冗談のようなことを思った。きっと都内の何処へでも瞬時に移動出来る、もの凄い駅なのだ。
 こんな考えを文香に打ち明けて馬鹿を晒したくはないな、とちょっと調べてみたら、〝テレポート〟には高度に情報化された地域、といった具合の意味があるようだった。

 スマートフォンから目を上げると、文香はようやく券売機との格闘を終えようとしていた。千夜の方は左手の携帯端末をピ、とかざせば改札を通れるが、彼女は普段の通勤通学に使う定期券しか持っていないらしい。車を回してもらえないようなロケだの営業だのも少ないわけではないだろうに、きっと路線図との睨めっこが楽しいのだろう。

 思い当たってそれを見上げてみれば、ちょっと久々の感を覚えた。最近は調べるとしてもスマートフォンで、小さな画面に出発地と到着地、時間と料金が淡々と表示されるのを見るだけだ。縦にも横にも広がる線路の地図を、どこからどこまで進むのか、距離感のようなものを得られるのは、脳裏に旅が広がるのを感じるのは――うん、趣があるかもな。文香にとっては、きっとこんな些細なことからが冒険なのだ。

 艱難の果てに獲得した切符を、宝物ですとばかりに両手で握り、世間知らずのシェヘラザードはトコトコ戻って来た。目立たぬように、と急遽借りた(千夜が借りさせた)、腰にベルトの付いたグレーのキャスケット帽が上々の調和を見せている。彼女は恐縮するように言った。
「すみません…… お待たせしました」
「いいえ。行きましょうか」

 返すと、文香は薄く笑んだ。息が浅くなるほど蒼色だ。もっと堂々としていればいいのに、とやはり思う――貴女がそれでは、灰色の立場がないでしょう。
 ともあれ、黄緑のラインが引かれた電車に乗り込んだ。乗客の入りはそれなりにあったが、二人で座ることが出来た。

 〝二人〟、だ。あれだけ人を挑発しておきながら、去るには《千夜ちゃんが私の僕だから♪》と一言なのだから、ちとせはすごい、千夜には出来ない。彼女が気侭に並べだした手合いの盤面は、今や文香と千夜を彼我に対置しているのだった。その為か、文香が千夜を見る態度がどうも落ち着かないのが居たたまれなかった。

 ――分かりました、負けてあげますから――とは、言えないけれど。

「そういえば」
 気まずさを打ち破るべく口を開いた。普段なら黙ったままで済ますところだったろうが、そもそも気まずいなどと思う時点で、自分がこの先輩アイドルにただならぬ負い目を感じているのだと分かった。いや、感じているのは引け目の方だったか。

「はい」
 文香は首を傾げ、その為に大きな瞳が露わになった。《〝そう〟いえば》とは、〝どう〟おっしゃったのでしたっけ――というような表情だ。

「ん…… 《ところで》と言うべきでした」言葉の女神に釈明してから、「読書のお邪魔をしましたね。すみませんでした」
「いえ…… 只今のこうした機会にこそ、代え難いものは、ありますから。読書ならば、また時間を作ればよいのです」
「そうでしたか」
「……それより、その…… お見苦しい所を」
「そのようなことは…… 毅然としていましたよ。アイドルだな、と思いました」
「そ、そうでしょうか」
「ええ。それで、時間を奪ったお詫びにはなりませんが、今でしたら本を読んでいて頂いて構わないのですよ」

 千夜自身の事ながら、心からの親切を提案出来たものだ。そうして貰わないとこちらが気を遣うのでね、とまでは言い添えなかったが。
「はい、ありがとうございます」
 文香は言ったが、不安そうに自分のトートバッグと、車内上方のモニターを交互に見比べた。バッグには『神田古本まつり』のプリントがされ、モニターには次に止まる駅が――『渋谷』と大きく――表示されている。

 彼女は再び口を開いた。
「あの…… こうして、窓の外を見ているのも、楽しいものですから」
「ただの灰色の街並みですが」
「はい、でも……」
「それもあいにく、曇りです」
「はい、でも……」
「上も下も灰色ですね」
「……灰色が、好きなのです」
「ん……」
「……?」
「あまり似つかわしくありませんよ、貴女には」

「……えっと……」
 困惑した声色に、千夜はまたぞろ内省を余儀無くされた。どうも近頃、かっとなるようだ。
「いえ…… 美しいものには美しいものの、灰色には灰色の世界があるものですよ」

 聞いて、帽子を触っていた文香は顔を傾け、こちらをじっと覗き込んだ。影が、かえって探るような瞳を印象付けた。千夜の表情や所作ではなく、ここにない紅を追っているのだと分かった。
「千夜さんは、…… いえ」

 彼女は言葉を切ると、考え直します、というように一旦顔を伏せてから、また言った。
「白状します。……本を読み出すと、乗り過ごしてしまうのでは、と」

 やたら真に迫った声がおかしかった。見れば、頬など染めている。まさか、文香にとってこれが重大かつ恥ずべき悪徳だったのだろうか。千夜は笑いを堪えた。
「それくらいのことなら、」
 私が教えますよ、と言おうとして、先の中庭で、文香の読書が妨害された際のいきさつを思い出した。彼女はちとせが耳元に接近するまで、全く気付かなかったのではないか。
「少々、没頭してしまう方で……」
「成る程」

 千夜が囁いても無駄なのだろう、と頷いた。といってちとせを真似て下手に触れでもすれば、また叫んで本を放り出しかねないのではないか、それも電車の中で。そうも目立ってしまえば、キャスケット帽さえ一体何の役に立つものだろう。
 快適な読書から安全な降車まで、あなたに寄り添う安心の白雪保証です――などと出来ない宣伝をするのは賢明ではあるまい。

「一度など、あまりに熱中しすぎて、ご苦労をお掛けしたプロデューサーさんに、怒られてしまいました…… 《男がいる時は何も読むなよ》と」
「では、今こそ言いつけを守らなくてはいけませんね」
「はい…… それで、私は、聞いたのです。《男性というのでは、では、プロデューサーさんは?》」
「聞いていませんが」
「いえ、確かに聞きました。プロデューサーさんは…… 《じゃ、僕が守ってやれる時だけな》と」
「〝ところで〟」

 嬉しそうな文香には悪くとも、千夜は話題を変えなければならなかった。≪プロデューサー≫という単語はいかにも、窓の外を過ぎ去っていくビックカメラやマクドナルドの看板よりも余程、乗客の注意を引くようだ。
「あー、その、……そう」とっておきの言葉に飛びついた。「『アリババと四十人の盗賊』」

 渋谷だ。電車が止まり、ドアが開く。人が降り、乗る。

「先日、お話しましたね」
 文香が微笑んだ。ドアが閉じる、電車が動く。

「はい、それなのですが。……例えばの話、決まった解釈、というのは無いのですよね」
「解釈、というと、幅がありますね…… 文化的背景に基づく考察、ということでしたら」
「ん…… そう大袈裟なものでもないような」
 千夜は訥々と、現状を語った。初っ端の読み合わせに躓き、モルジアナについての解釈、最後の台詞の創作を求められた事、稽古が始まって三週間だが、まったく雲を掴むような心地である事、あまり時間が残されていない事。

「そう、ですね……」
 文香は聞き終えると、暫く考え込む様子を見せてから、遠慮為い為い口を開いた。
「あらゆる物語に共通することではありますが…… 決まった解釈というのは、やはり難しいですね。作者個人についての研究をもって、生い立ちや交友、思想や信条を知ったうえで、ひとつの文章に思いを馳せようというのなら、それはよい試みだと思いますが……

 ご存知のように、千夜一夜物語は、一人の作者の手になるものでは、ありません。古くから多くの語り手によって、脈々と受け継がれてきた物語の、集合体なのです。『千夜一夜』としての原型の成立は、九世紀頃とされます。

 千夜一夜物語が広く知られるようになったのは、一七〇四年からフランスの東洋学者、アントワーヌ・ガランによって公刊された仏語訳版がきっかけです。彼は十五世紀のシリアで作られたと考えられる、手写本を入手し、これを主な底本として翻訳し、千夜一夜物語を西洋の世界に広めました。このガラン版の元になった写本、シリア写本や、ガラン写本と呼ばれているものは、現存する、まとまった千夜一夜物語としては、最も初期の形態に近いものであり、これをさしあたって原典として扱うことは、可能なようですが……
 『アリババと四十人の盗賊』については、もう少し複雑なのですよ」

 文香は滔々と語る。千夜は頷いた。
「『アリババ』の物語や『アラジン』は、千夜一夜物語の中でも特に有名で、ガラン版にも収録されているものなのですが…… これらは、ガランが底本とした写本には存在しないのです」
「存在しない? 原典には書かれていない物語なのですか?」
「はい。千夜一夜物語は、語り手シェヘラザードが、王に様々な物語を聞かせるという構成で、一夜一夜の区切りがあります。一夜に一つの話、ではなく、三十夜を費やして語られるような物語もあるのですが、こういった構成から、ガランは、物語が『千夜一夜』の文字通り千と一夜の分、存在するものだと考えたのです。しかし、ガランの持つ写本には、二百八十三夜の分しか、ありませんでした。

 ガランは残りの物語を求める中で、シリアの男性、ハンナ・ディヤーブと面会し、彼から『アリババ』や『アラジン』の物語を聞き取ったのだといいます。
 ですが、これらの物語は、ガランの書き付けが、残存する最古の資料なのです。それ以前のもので、ハンナ・ディヤーブが語ったとされる『アリババ』などの出典といえるような資料は、ありません。従って『アリババと四十人の盗賊』、また『アラジン』の物語は、その初出、原典が、フランス人のアントワーヌ・ガランによる、仏語訳の千夜一夜物語、『ミル・エ・ユンヌ・ニュイ』だ、という事になるのです。

 ……ゆえに、これらの物語は、ガランの創作によるものではないか、と疑いを受け、正当な千夜一夜物語、アラブ世界で脈々と口承されて来た、物語群の一部としてではなく、外典として扱われることが、あるようです。研究者ミア・ゲルハルトによれば、これらはアラビア語の原典を持たない、という意味で、『孤児の物語』である、と」

 外典とされる、『孤児の物語』。その言葉が時間を止めてしまった、と思った。少なくとも電車は動いていなかった。遠くで事情を説明するアナウンスが流れている。線路内の安全がどうだとか……。

「アラブ出身かフランス出身かも曖昧というのでは…… ますます、ナンセンスなようですね。この物語の背景だの、モルジアナの気持ちを考えてみよう、などと」
「面白い試みだと、思います。それこそ、読むということ、というような」
「あの男こそ、何を考えているのだろうな」
 独り言のように溢した。無理難題を押し付けられるのは、これが初めてではないけれど。むしろ、アイドルというやつを始めてから、無理でなかったことの方が珍しいのかもしれない。

 文香は満面の笑みをもって迎えた。
「どうでしょう。分かりかねますが…… ですが、プロデューサーさんは、とても良いことをお考えなのだと思います」
「そうかな」
「こうして、千夜さんが思い悩んでいる事が、大切なのでは、と。千夜さんにとって重要でない事柄ならば、悩む必要もない筈ですから…… 元の台詞に納得出来なかったのは、千夜さんの中の、見出すべき何かが、何かの言葉が、翼を得ようと踠いている事が、分かったからなのでは、ないでしょうか…… そういう機会に巡り合えるよう、背中を押して下さったのですよ」

「ふうん。罠に嵌められたとばかり思っていたな」
「……ええと」顔を赤らめ、彼女は返す。「……そういう事も、なさいますけど。……時々、ですよ。でも、必ず、私たちの為になることをお考えです」
「そうなのですか」
 何をされたのか、とは訊かないでおいた。千夜にも心当たりはある。
 それよりは、目の前の問題にまったく掴みどころがないという実感に圧倒されつつあった。これはやはり、誰にも頼めないことなのだ。

「はあ、モルジアナがここにいたらな。……ここにいたら、話を聞かせてもらうのに」
「はい…… ふふ、そうですね」弾ませて言う。「……小さな真珠。美しき奴隷。叡智と武勇、献身の人」
「そう言われてみると、つくづく役者不足ですね」
「そのようなことは、ないと、思います。……話がしたい、ものですね」

 電車は動き出していた。車窓に区切られ、灰色の空が、街並みが、高架橋が、マンションが、後へ後へと流れていく。信号の点滅に急かされ、横断歩道を渡る人が居た。あれぐらいの幅は、千夜なら二十歩は掛かる。あの場にいれば必死になって繋ぐだろう距離を、今はただ座ってやり過ごしている。

 ぼうっとしていると、文香が囁いた。
「……灰色は、お嫌いですか」

 目を遣ると、彼女はまた、千夜に読めない表情を浮かべていた。大きく見開いた瞳は、探るというより、読み解こうとしているような。締まりきらない唇は、閉じ忘れたというより、微笑み忘れているような。
「……いいえ。好きも、嫌いも」
 返すと、文香は諦めたように微笑みを見せ、顔を伏せた。

 暫時の間、電車の揺れる音だけがあって、
「……あの、やはり、読むのが良いかと」
「『アリババ』を、ですか」
「はい。……脚本だけでは駄目ならば、千夜一夜物語の邦訳のものが、いくつかあります。バートンの英訳版を邦訳したもの、マルドリュスの仏語訳を邦訳したものが、有名です。前嶋信次・池田修による、アラビア語写本からの邦訳、平凡社の『東洋文庫』版というものもあります。ただこれは、『アリババ』については、別巻として収録されてはいますが……」

「それはアラビア語からの邦訳本、なのですよね。その『アリババ』も、アラビア語からの訳なのですか? そうすると……」

「アラビア語原典は、存在しない、という話でしたね。平凡社版の『アリババ』で底本とされているのは、〝ヴァルシー偽写本〟と呼ばれているもので、これには、アラビア語で『アリババ』の物語が記されています。これは一九八四年まで『アリババ』の原典と考えられていたのですが、実際はガラン版以降に成立したもので、ガラン版の仏語の物語をアラビア語に訳したものだと分かっています。つまり、平凡社『東洋文庫』版の『アリババ』は、ガラン版をアラビア語に訳したものを、改めて邦訳したもの、という事になりますね」

「結局、回りくどいのですか」
「ただし、このヴァルシー偽写本には、元のガラン版からすると、イスラムの雰囲気が色濃くなる、展開の突飛な部分に独自の解説を――といっても、殆ど《アッラーの思し召し》の一言ではありますが――挟むなど、大幅な加筆があります。ガランの物語のみならず、独自の口承資料を参照して、書かれた写本の可能性もあるようで、これを底本にした『東洋文庫』版も、必ず参考になりますよ。

 ……もう一つ、読みやすいのは、西尾哲夫の手になる、ガランの仏語版を訳した、岩波書店のものですね。題を『ガラン版 千一夜物語』」

「ガラン版というと、『アリババ』の初出なのですよね」
「はい。……やはり、これが一番、参考になるかと」
「岩波書店ですか、探してみます」
「これです」

 言下の応答にぱちくり、とした目へ示すように、文香はトートバッグから蒼い本を取り出した。事務所のベンチで彼女が読んでいた、そして千夜に救われ墜落の憂き目を見ずに済んだ、例のハードカバーだ――どうも、さっき振りですね。

 無人レジにバーコードでも読ませるかのように真っ直ぐ提示された、その背表紙には金色で『ガラン版 千一夜物語 6』と彫られている。薄いフィルムで保護されているのは、文香なりの取り扱いというわけだろう。ふうん、と応じた。

「こういう装丁なのですね。覚えてお――」
「どうぞ」

 今度はインターセプト――この女、本のこととなると。

 鼻先にぐい、と突き付けられたそれに、しかしかぶりを振った。
「大事な御本でしょう。汚してしまうかも」
「本にとっては、読んで頂けるのが、大事なのです」
「貴女御自身、まだお読みだったと思いますが」
「一言一句までを諳んじようというものでは、ありませんから」

 もう何周かはしたらしいと分かった。これでは仕方がない。ここまで嬉々と詰められて断るのでは失礼の感を与えずにはおれまい、まあ書店に赴く手間も省けるし、気を付ければいいか、と丁重に受け取った。
「……ありがとうございます。大切に読んで、早めにお返しします」
「ごゆっくり、お楽しみ下さい」

 こんなににんまり笑う人だったか。
 ずしり、と重みを感じた。ハードカバーが珍しい訳ではなかったが、こういう高価そうな本は持ち慣れない。所有しているだけで、頁が破れ、表紙が溶け、あるいは灰にでもなってしまいそうだ。

 軽く開いてみると、まだまだ新しい本らしく、軋むような抵抗を感じた。ぱらぱらと頁を捲る。見つけた。『アリババと、女奴隷に殺された四十人の盗賊の話』。思っていたより物騒なタイトルだ。さっと読み進めてみる。
 《「強大なるスルタンさま」とシェヘラザードが言いました》――

「乗り換え、ですね……」

 言われて千夜ははっとした。というより実際、驚いた。それを言うのは自分の役目だと決め付けていた。話や本に夢中になるのは文香の方だ、と。
 電車が止まり、ドアが開く。二人は降り、行く。

 
 
――Chapter4 “話がしたいよ[Chorus1]”

 カーテンを開けば朝陽が飛び込み、今日の始まる空気が満ち満ちる……とはいかなかった。部屋から見上げる曇天は予報通りで、気持ちの良い陽射しは午後まで御預けのようだった。なんとも気怠い頭を抱えて、ベッドの肌触りが手招きしていて、それでいても朝は朝、やって来たからにはこちらも目を覚まし、今日という日を享受しなければ申し訳が立たない。千夜もそうだし、ちとせもそうだ。

「お嬢様」
 真っ白な掛け布団に包まって、というより殆ど埋まっている彼女に声を掛けた。次いで朝食のオーダーを取るのだ。トーストだろうとシャインマスカットだろうとホットチョコレートだろうと、お気の召すままに供する手筈は整っている。
 
 だがちとせは小さく呻いて、新しい朝にそっぽを向いたきりだった。

 もう一度呼んで、今度は布団を剥ぎ取った。枕に顔を埋めるようにした彼女は、金色の髪を艶美に、しかし弱々しく乱れさせていた。
 様子があまりよろしくない。肩を掴んでひっくり返してやると、苦しげな声を漏らすその顔は、透明な美白というよりいっそ生気がないようだ。

「ん…… おはよう。今日は積極的だね」
 紅眼を覗かせ、ちとせは呟く。
「お嬢様、お顔が優れませんよ」
 今すぐ医者を呼び出すか、病院に担ぎ込むか――昨夜のうちにもっと様子を見ておくんだった。検討やシミュレーションが頭をぐるぐる回るなか、
「うん、ちょっとくらくらするだけ」

 彼女は口を開き、笑う。それから千夜の頬に触れた。その手は、普段なら自由で、いつかは日差しさえ鞄にでも詰めてしまいそうだと思ったものだが、今はむしろ、月下美人、とでも喩えよう程、儚かった。

 それでも、薄弱ながら確かに千夜の輪郭を撫でる指に、張り詰めた不安がましになって、口から笑いともため息ともつかないものが漏れた。
 不思議だ。確かめられているのか、確かめているのか、分からない。動いていく温度が描くのは、千夜なのに、ちとせだ。

「きっとご無理をなさったのですよ。はしゃぎ過ぎたのです、特に昨日は」
「大丈夫だよ」
「大丈夫といっても、この様子で――」
「魔法使いだから」
「――、……?」
「だから、大丈夫」

 はあ、とだけ曖昧に返したが、首をひねった。言意を量りかねている間に、ちとせは畳み掛ける。

「千夜ちゃんが心配してくれて嬉しいな。それで、このまま病人にお説教続ける気? 牧師様を叱る方がマシってものじゃない?」
「あのですね」
「ねえ千夜ちゃん、昨日早く帰ってれば、なんて思ってるでしょ。そんなの私、嫌だからね」

 冗談めかして言う。だが、千夜には痛かった。頭に静電気が走って、息が止まる。

 ちとせはベッドに倒れ込んで小さく弾むと、歌うような調子をつけて言う。
「のんびりしてれば元気になるよ。のんびりしてから、おいしいコーヒーを飲んだらね。ただちょっと疲れたの。さあ起こさないで、寝かせてよ——そうだな、九月が終わるまで。
 ……お稽古だったよね、楽しんできてね。いってらっしゃい、私の可愛い千夜ちゃん」

 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 

「プロデューサーさんなら、外回りに出られてますよ」

 ちひろは言った。こうとなってから思い出すが、確かに昨日、そんな事を漏らしていた筈だった。すっかり忘れていた、と自分の不手際に軽い落胆を覚える。
 千夜は手提げに入った二つの箱を取り出して、彼の雑然とした机に置いた。

「これ、あいつ…… プロデューサーに」
「あら、贈り物?」
 緑の制服に身を包んだ事務員は楽しそうに笑った――しかしこのスーツ、明るいな。

 千夜は答える。
「いえ、ただの弁償です。あ、片方は確かに贈り物ですが。文香さんからの」

 今朝たまたま出くわしたところ、〝どちらがいいカップか対決〟への緊張のあまり、神経的な痛みをさえ感じ憔悴しきってしまったらしく、文香は千夜に贈答役を押し付け、何処かへ逃げ去ってしまったのだった。
 ――《紅蒼付ける》と言ったよな? 《望むところだ》と?
 ちとせと文香が睨み合っていた筈が、結局土俵に残ったのは千夜ひとりだった。釈然としない。

「千夜ちゃんと文香ちゃんからですね。午後には戻られますから、お伝えしておきますね」
「お願いします」

 ちひろはそのまま、はたきを持ち直し、再び千夜を埃責めに処すべく、プロデューサー室のカーテンレールや資料棚を回り始めた。
 くしゃみする前にここを出ようか、と思ったところへ、

「プロデューサー、今日も未読スルーだよ。飛鳥ちゃんの方もダメみたい…… あれ?」

 双葉杏がやって来て、辺りを見回した。其方此方に視線を投げ上げて、最後に千夜へ向く。

「プロデューサーは?」
「あいつなら、外回りというやつですよ。まさか、昨日もそう言っていたのをお忘れですか」
「ぐえー、そうだった。まいっか、こんなのいつもの事だし」
「こんなの…… というと」
「志希ちゃん。どーせ二回も三回も稽古に来てないでしょ?」
「ええ、まあ」

 一ノ瀬志希については、来るには来ても、いつの間にか姿を消しているというのが大体だった。正直な所、別の頭領役を用意するべきだというのが千夜の意見だ。千夜自らが望んだ仕事ではないにしても、このまま志希がやる気を出さないのでは舞台がおじゃんになるやも、という危うさは、焦燥を覚えさせるものだった。

 そういえば、と思い当たった事を言う。
「今日は〝盗賊〟が集まる日だったかと」
「だー!」驚いたように、「そーだったー! 仮にも売れっ子アイドルが十も二十も集まるチャンスなんてそーそーないじゃん! 流石に今日は志希ちゃん来なきゃやばいよー…… って」杏は頭を抱えていたのを辞め、「何で杏がこんなコト考えなきゃなんないのさ…… 舞台に出る訳でもないのに。ねえ?」
「はあ」
「もー、プロデューサーが捕まえてよーやくめでしょー!」
 腕を振る彼女の声がこだまして、「あらあら」とちひろの笑いを誘った。

 そのあたり、千夜にもまったく謎だった。杏がどうして志希の面倒を見るなど、ひいては舞台の心配などするものなのか。〝働きたくない〟という常から彼女の主張するポリシーを思えば、まるで埒外、相反する行動ではなかったか。アンビバレンスというやつだろうか。
 ともあれ、杏が何を考えているのだろうと、疑義を申し立てることこそ、千夜にとっては埒外だった。
「いないものに語りかけるのはやめておくことですね」

「はーあ。いいや、杏しーらない。てか、千夜は? 稽古行かないの?」
「これからです。まあ、今日は手短に終わらせて、早めに帰らせて頂きますよ」

 
 
  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 

「ここ、荒立ちでは顔を寄せて、内緒話のようにしていましたが……」古澤頼子が囁いた。「ビデオを見たら、もっとそっぽを向いて、肩越しに話す方がいいと思ったんです。ええと、こんな風に」身体を捻る。

「肩越しに、ですか」と返して千夜。頼子に倣って対峙する。
「お、さすが古澤さん」演出家が割って入った。「ボクもそれ言おうと思ってたんだ。うんうん、そっちの方が舞台っぽいよね」
 嘯きに、頼子はくすくすと笑って返す。

 成る程、と思う。立ち稽古と頼子の提案、それぞれの画を想像すると、後者の方がしっくりくるようだ。多く観ているわけではないが、サスペンスものの映画やドラマでは、内密な話ほどかえって顔を寄せたりはしない、ように思う。すれ違い様に重要な物品を取引したり、背中合わせに情報を交換するようなシーンは何度も見る。機能的な側面をいえば周囲の盗み聞きへの警戒や、関係性を匂わせない為の気遣いという描写でもあるのだろうが、《舞台っぽさ》の為にああやっているのだ、というようにいわれれば、それも千夜の腑に落ちる説明だ。

「あの…… 千夜さんは、どうでしょう」
 頼子が首を傾げてみせた。その囁くような声量と、蒼い光を返す瞳は、安心感とも倦怠感ともいえようデジャヴを覚えさせる。そしてやはり、こそばゆい。逸らしがちに見返す。この自分の仕草も《舞台っぽい》のじゃなかろうか、と思う。

「はい、賛成です。それで行きましょう」
 頼子は微笑むと、ババ・ムスタファの立ち位置へ戻って行った。

 アリババの兄カシムは既に裕福な町有数の商人でありながら、強欲にも、魔法の洞窟で財宝を得たアリババを脅し、合言葉を聞き出すと、自分もそこへ向かう。弟と同じか、それ以上の財宝をせしめた筈が、うっかり呪文を忘れ、洞窟に閉じ込められる。
 原作では帰ってきた盗賊たちにバラバラにして晒され、今回の舞台での《やさしい》演出では慌てて逃げた為に全身の傷とトラウマを負わされ、迎えに来たアリババの知るところとなる。

 アリババはカシムを家に送り届けると、盗賊たちの追撃を躱す為、兄の身に起こったことを隠蔽する必要がある事を告げる。その任命を受けたのがカシムの家の奴隷、賢く美しいモルジアナ。

 彼女は知恵を絞ると、主人カシムが病に伏せっているという噂を流してから、街で一番朝早くに開店する老靴屋、ババ・ムスタファの元へ向かう。誰も見ていないところでこっそり金貨を握らせ、秘密裏の仕事を依頼するのだ。

「では案内の前に、目隠しをさせて頂きます」
「目隠し……? もしやましい仕事なら……」
 蒼い眼のムスタファが、取り決めた通り肩越しに返す。
「いいえ、靴屋様。誓って、やましい仕事ではありませんよ」

 もう一枚金貨、手を繋ぐように。頼子は注意深く受け取ると、あえて手を遠ざけ、顔も逸らし、突き放すようにしながら流し目で検める。その気配を、千夜は感じる。その鋭いまでの視線、抉るような懐疑は、演技を観るものからも納得を奪う。その小道具を、状況、お約束からして金貨だろう、と考えていたところを、ひょっとしてこの舞台では違うのかもしれない、と。そうして剥がされたレッテルは、最後に頼子が納得してみせることで、実在感へと変わって金貨を顕示する。観客は記号的な理解を奪われ、劇に引き込まれていく。そういう魔力こそが、頼子の目力には秘められている――というのが、千夜の分析だ。きっとこの眼差し一つのために、彼女は今の役に選ばれた。ひょっとしたら、このためにアイドルに選ばれさえした。

 演じながら、あるいは人がそうするのを見ながら、考える。モルジアナは今、誰の、何の為に動いているのだろう。

 アリババはまだ主人ではない。カシムの妻だろうか。自分に降りかかる火の粉を振り払う為か。それとも、亡き主人の復讐を果たす為だろうか。守るべきものを守れなかった、奴隷の汚名返上の為に。

 モルジアナにとって、そもそもカシムは想うべき存在であったのか。奴隷が、世情からいえば人格を否定されるような支配を受けていたのではなかったろうにせよ、果たして仕えることに満足を見出せる関係性だったのか。千夜に言わせれば、愚かな主人だ。合言葉、それも〝胡麻〟の一言だけを忘れる間抜けな最期は、モルジアナの知るところではなかったとはいえ、彼女を含めて奴隷の一人も連れて行かずに結局自滅したのは頂けない。財宝を運ぶにも人手はあった方が良かっただろうし、結果論ながら呪文も忘れずに済んだ筈だ。それは罪の意識の為、他の者に秘密を共有する必要を嫌ったからであっただろうか。それとも、悪事は一人で背負い込むという男気か。

 いかに主人が強欲で愚かで、無様な最期を迎えたのだといっても、それは自分を信用しなかったからだと、モルジアナは笑いとばせただろうか。それとも、自分が信用されなかった理由を胸に問うたり、巻き込むまいとした主人の気遣いを汲んだだろうか。

 いずれにしても、《モルジアナは主人の死を悲しみました》とか《むしろ内心喜びました》とか、簡明率直にはガランの物語に書かれていない。書かれていないから考えなければならない。考えたところで、モルジアナの気持ちが分からない。想像したくもないのかもしれない。分かる立場になど、身を置いた時点で白雪千夜の破滅ではないだろうか。

「千夜さん、もっと前に」

 頼子の指摘に頭を下げて、踏み込む。もっと舞台を利用しなければいけなかった。
「まったく、散々連れ回して……」 
「ご苦労様でした。もう目隠しをお外ししますが、何をご覧になっても、あまり声などあげられませんよう。その場合、こっちには備えがありますよ」
 ベッドに転がる包帯巻き、ということになっている夢見りあむが呻く。
「ンゴゴ! だ、だ、だ、誰だ!よ! 酷いことするつもりだなっ!」

 頼子もまた距離を取り、
「ひゃあ! だ、だ、だ、誰なんです!」
 舞台上で円を描いて、遠目にりあむを眺め回す。千夜も応え、交差するように動く。

「黙って傷を縫って下さればよろしい。そういうお約束です」
「傷⁉︎ 縫う⁉︎ やだよぅ、痛いよぅ⁉︎」
「黙って縫われていればよろしい」
「塩⁉︎ 塩なんだけど! もっとぼくを労われ! 愛せ!よ!」

 やがてシーンが終わり、次の稽古の為に小休止を挟むことになった。水分を摂りながら反省を重ねる。多分、これでは駄目だ。暗い気分が、なんとなく雑然とした空間の中で、千夜を一人だけ切り取ったように包む。次はせめて集中しなくてはならない、と思う。
 思い悩むところへ、りあむがやって来た。

「エへへ、あの」
「はい」
 彼女は神経質に眼を動かし、瞬きを繰り返す。
「千夜ちゃんはさぁ」

 そうか、この人に気を遣われてしまうのか。
 そんなに自分は悩ましく見えるのか。実際、悩ましくはあるけれど。
 ――余計なお世話だな。お礼を言うの、面倒くさいな。

「千夜ちゃんは鰤でいったらネムだよね(笑)」
「は?」
「アッごめ」
「いやあ、楽しそうだねぇ」

 演出家の先生がやってきて、目に朗らかな小皺を寄せた。
「白雪さん、上手くいかない実感あるでしょ?」
 素直に首肯する。
「……はい」
「空間に負けてるんだよ。姿勢は意識して、でも力は抜いて、ね」
 千夜はまた頷いて、出来るだけ心に留めようと試みた。
「今日はその為の、見られるのに慣れる練習だからさ」

 それから、また稽古の舞台に上がった。座った大勢の〝盗賊〟たちに見守られながら、物語の続きを演じる。
 《千夜ちゃん》だの《千夜》だのと声援があった。結構な年下からちゃん付けに呼び捨てか、とも思ったが、アイドルとしてはこちらが後輩だし、そもそもさして嫌でもない。可愛いモノ扱いが板に付いているんだな、と内心苦笑する。あの愛情表現を惜しまないちとせと暮らしていたのでは、常日頃から彼女のアイドルをやっていたようなものだったのかもしれない。

 ――アイドルか、と思う。ちとせは自分に何を見ているのだろう。珊瑚のような瞳の内奥に、千夜を打った光はどんな像を結ぶのだろう。知りたい。成りたい。一ミリだけでも近付きたい。まだ見ぬ偶像に、珊瑚の奥に。それ以外、想いがない。

 とりあえずは目の前の稽古。ババ・ムスタファというのがお調子者で、モルジアナの口止めなど意に介さず、街へ一人で潜入した変装姿の盗賊に、奇妙な仕事について明かしてしまう。財宝を盗んだアリババを狙う盗賊は金貨を差し出し、ムスタファに案内を依頼する。彼はカシムの家に行くまで目隠しをしていた事から一旦断るも、もう一度目隠しをされることで、なんと以前歩いた道を思い出し、盗賊をカシムの家まで導いてしまう。

「……いけませんね。ここで右だったか、左だったか……」
「ああもう、これだろッ! 五枚目だぞッ! これで辿り着けなかったら、タダじゃ――」
「思い出した、ここを真っ直ぐです。そして…… そうそう、ここだった!」

 盗賊は喜びながら、周囲に似たような門の家が多くある事に気付き、目標を見失わないよう、対策を講じる。チョークを用いて、カシムの家に印を付けておくのだ。
 これでばっちりと意気揚々、仲間の元へ去っていったところへ、モルジアナは帰ってくる。目敏い彼女は、門の印にも気付き、注意を払う。

「これは、何でしょう。近所の子供のいたずら書きか、それとも……」

「こ、これはッ‼︎」横から覗き込んだアリババが大声を上げた。「なんと禍々しいっ! 二本の角にニタリと剥き出しの歯っ!」

「そうですか? サインか何かのような……」
 台詞を返しながら、少々気圧される。というより、調子を乱される――その立ち位置、舞台が狭くならないか。

「そしてこの眼帯! いいえ、これは邪悪な精霊の似顔絵! 悪魔降臨の儀式です!」
 ――離れ過ぎ。どこの政治家の演説だ。

「悪魔? 猫のようにも……」
「モルジアナ! この邪悪な儀式を止めなくては!」
 ――詰め過ぎ。余計な緩急が付いてしまうのでは。

「ふむ、儀式とやらはともかく、これは盗賊が付けた目印かもしれない。なんとか誤魔化しておこう」
 千夜なりに立ち位置を考えながら、見せ方を調整する。それを安斎都はしっちゃかめっちゃかに乱す。付いていっては豆鉄砲を食って、の繰り返し。奔放なアリババは千夜を振り回しながら、その苦労など意にも介さず笑った。
「盗賊? あっはっは、そんな筈はありません。そこはモルジアナがしっかり対処してくれたでしょう」
「アリババ様…… いえ、ともかく、綺麗に消している暇があるかどうか。それより、これと同じサインを近所の家々に付けておきましょう」
「待った! この悪魔を増やすですと⁉︎」
「ああもう、私一人でやりますよ」
「ありましたよ、チョーク」
「やるんですか?」

 言いようのない疲労感を抱え、今度は盗賊たちの場を観る側に回る。先に来た一人が仲間たちを引き連れるも、モルジアナの機転によって、盗賊の印は意味を失っていた。彼らは目的の家を見失い、案内役は仲間たちに無駄足を踏ませた責任を取らされる。

 コメディ調にアレンジされたシーンを眺めながら、都と頼子が小さく反省しているのを聞いた。
「なんだか冴えなかったと思うんです」
「え、なぜ? 都ちゃん、とっても良かったじゃないですか」
「立ち位置なんです。印を見せながらポーズのキレを保つのが難しい!」

 ――ふうん。まさか、考えがあったのだとは。
「成る程。でも、元気たっぷりにやればきっと大丈夫ですね」
「ええ! 他はバッチリですから!」
「いいえ。あんな出来では、また抜き稽古になりますよ」
 つい、口を挟む。

「抜き稽古?」と都。
「今やっていることです。練習が必要なシーンを抜き出して稽古するんです」答えて頼子。
「出来が悪いシーンをね」
「へえ!」都が笑う。「じゃあ、練習する機会が増えて良いじゃないですか!」
「違う。赤点だから補習を受ける、という事です」
「赤点? ええ、そんなに悪かったんですか?」
「誰のせいだと……」

 段々、追い詰められているような気持ちがした。眼前の少女の手綱をとろうとして、その明るさの為に、余計にボロボロになっていく。心が狭くなったのか? 自分が悪いのか?
「次はもっと元気に動き回ってみますね。そしたらきっとポーズも……」
「冗談じゃない」

 しまった、まただ。息苦しい。耐えられない。最近すぐ、かっとなる――

「千夜さん……」
 頼子が止めようとしてるのが分かった。構わず都に詰め寄る。
「自分の好きに動くのも結構ですが、それで割りを食うのはこちらだ」

 きょとん、とした顔がまだ憎い。もっと恐がれ――
 

「はっきり言って迷――」
「白雪さん」
 ――

 演出家の一言が、千夜を止めた。そうさせるだけの、静かで優しく、厳しい声だった。
 先生はそのまま、千夜の顔を覗き込む。朗らかさは忘れず、しかし眼で笑うこともせず、問う。
「白雪さんはさ、誰に怒りたいのかな?」

 答えられず、沈黙したままになる。見つめ返すのが精一杯だった。
「ヤダなぁ、坊さんみたいだ」照れ臭そうに頭を掻きながら、先生は笑った。「よし、白雪さん、休憩にする? 外の空気吸ってきてもいいよ」
 千夜は頷いて、さっさと振り返って扉へ向かった。

 誰に怒る? 都に? 違う。違う筈だ。自分の考えを実現することに固執していただけだ。周りの、安斎都の考えと折り合わせることもせず。相手もアイドルで、自分の見せ方には考えがあるのだという事を気にもせず。認めないから気付かない。何が調整だ。我がままに相手を振り回そうとして、勝手に疲れていたのはこっちだ。

 ぼんやりした頭を抱えて、足元ばかり見ていたのに、何度か躓いた。

 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 

 建物を囲む打ちっぱなしの塀を隔てて、都会の喧騒を耳にしていた。車が行き交い、忙しない足音が響いたり止まったり、察するに今、信号が赤になったところだ。風が街路樹を揺らす。時々鳥の声もする。自販機で買ったミルクティーは、開ける気にならずジャージのポケットだ。

 稽古は上手くいかない。考えるべきことも手につかない。現実は理想とやらと乖離して、問題ばかりが山積みらしい。それでもちょっと頭を冷やしたら、また戻っていかなければならない。

 歩いていても、コンクリートは代わり映えがしない。ヒビとかシミとか、もっと面白い形になってくれればいいのに、と思う。ぼうっと頭を動かしていると、土の色。煉瓦に囲まれたそこに、名前は知らないがピンクの花と、黄緑の大きい葉。

 そこで視界に違和感を覚え、つと目をやった。
 花壇にうずくまる人影がある。

 これに驚いて、熱中症でもやって倒れたか、と反射的に駆け寄った、……のが大きな間違いだった。しなやかな体躯に、ピンクを混ぜたような紫の髪、鼻孔をくすぐる甘くて辛い、刺々しくも茫洋な香り――

 一ノ瀬志希は、千夜に気付いたらしく「ん」と発し、顔も向けず続けた。

「そこでな〜にをしてるのかにゃ〜?」
「こちらの台詞なのですが」

 鋭く指摘してやると、彼女はこちらに向き直った。悪戯っぽい笑顔は、本人の伸びやかな四肢からすれば違和感を覚える程に子供っぽかった。
「今日ねー、朝起きたの。十二時。そしたらワオ、お稽古だってゆーじゃん?」
「はい」
「だからお花嗅いでた。……お鼻で」
 ――論理学の教授に中指でも突き立てようかという回答だ。

「それは、耳では嗅げないでしょう」
「まあね。あんまりはね?」
「はい」
「全くではないけれど♪」
「いや、全くです」
「うんうん、千夜ちゃんもそう思うよね」
「ん? いや、その〝全くです〟ではなく」
「口の方はきけるのにねー」
「はあ。言葉、ですね」

 そろそろだ、と思った。ほんの徳義心、社会的道義から彼女を看過するわけにいかなかったのは、千夜が咄嗟に歩み寄り、杞憂をしたのだと分かり後悔の念を覚えた、その瞬間までだったのだから。
「あの」と切り出す。「貴女の具合が悪いのでなければ、お暇します」

「逃げるの?」

 言い放つ。
 鋭く刺さった。志希の口調は強くもなく、眼もくりくりとしていたが、……
 逃げるの、ときたものだ。寸鉄千夜を刺した。その場に縛り付けられて、詰まりながら言葉を返す。

「何の話です」
「あたしにだけ答えさせて、千夜ちゃんは質問スルーだなんて」
「質問?」
「《そこでな〜にをしているの?》」
「ですから…… 貴女が蹲っていたので、急病人ではと」
「よくあたしを見つけられたねー」
「けっこう目立ちますよ」
「あたしが言いたいのはね? 《よくもまあ、こんな所であたしに出会えたものだ――お稽古の時間だというのに》」

 志希はそうして千夜を刺激し、反応を観測すべくか身体を傾け、其方此方から視線を投げるのだった。時折鼻を動かし、蠱惑的な笑みを浮かべながら。なんとも落ち着かない。
「ちょっと休憩を頂いたのですよ。それだけです。あの、いくら私の表情が乏しいとしても、そんな風にじろじろ見られるのは心外なのですが」
「にゃは? ウソついたね」
「嘘? 嘘など」

「ばれてないって? 成る程つまり」志希は大仰な身振りを交えて、「あたしという人間を知らないなー? オーケイ、じゃあもう一度だけ説明しよう! あたしの名前は一ノ瀬志希。こう見えて――つまり可憐にして高貴、蝶よ花よの箱入りお嬢様に見えて」――見えますね、まさしく!「――その実はアメリカ留学のギフテッド、更に飛び級のジーニアス! のみならず四十人の盗賊を束ねる決死部隊の長にして天使のカオした破滅愛好家、遠からん者には喜劇、近く寄り見ば悲劇、否認を受け持つ守護聖人、イワテの聖シキー!
 あたしはたった今、キミという背徳の仔羊に与えられた森厳なる恩恵を奪うのだ――汝、鶏が鳴く前も鳴いた後も否認する能わざるものなり。呪文もいっとこっか?
 《イフタフ・ヤー・シムシム》♪」

 ……
 ――何がなんだか分からない! 千夜は困惑しつつ、ある瞬間、志希の眼に妖しいものを見つけた。ああいう類のカオには覚えがある――〝戯れ〟だ! ほとんど狼狽え、後退りして距離をとった、が、志希はお見通しというように回り込むと、弾こうとする手も退け、背後から抱き付くように千夜を捕らえた。ぎょっとして、振り払おうと試み、腕を振り回したり身体を屈めてみたり、踵や脛も使ったが、彼女は反射的以上の速さで巧みに受け流してみせると、ついには千夜の両腕をぐいと掴み上げ、抵抗を諦めさせた。

 磷にされたような間抜けなポーズもそうだったが、より屈辱的な気持ちをもたらしたのは、志希が千夜の右の首筋に顔を寄せ、小刻みに鼻を動かしているらしい、その呼吸音を間近に聞かされる事だった。千夜は再度応戦を試み、首に無理を利かせ、顎の骨で志希を押し返そうとしたが、これもすぐ諦めざるを得なかった。じゃれあい以上の効果が現れなかったうえ、傍目から見た自分をより滑稽な存在に仕立てあげているに違いなかったのだ。短い争いが巻き上げたか、土の匂いが少しした。陽光に当てられ、身体が火照りを覚えていた。

 千夜の様子を分かってか、志希は口を開く。
「ハスハス…… ん? にゃはは、無駄な降伏はやめて抵抗しなよ」
「離して頂けませんか。こういう過度な接触は、ちとせお嬢様にだけ仕方なく許しているのです」
「話して欲しい? はーい。あたしには、匂いで千夜ちゃんが嘘ついているのが分かるんだー。キミの否認を、あたしも認めない♪」
「離せと言いました。アイドルに怪我をさせてはと思っていましたが、この際本気を出してもいいのですよ」
「まだまだ、演技で昂めてよ。キミの大脳辺縁系に生まれたモノは視床下部から下垂体・副腎皮質を介して血中に分泌され、ニオイ物質というカタチで皮膚から気流により伝搬、あたしの嗅上皮に溶け込み嗅覚受容体と結合するのだ。パルスは語る――キミは焦ってる。怒ってる。恐れてる。これが《休憩を貰っただけ》だなんて! うーん、ケミカルセンス。ハスハス」

 淡々と彼女が語る程、千夜は身の毛がよだつようだった。ハッタリだ、バーナム効果だのショットガンニングだのいうやつだ、と自分に言い聞かせようとしたが、きっともう心で諦めていた。それこそ恐ろしいぐらい、志希は千夜の内面を暴き立つつある。

 今一度、強く拒むと、意外に手応えもなく解放された。振り返り、相対する形になる。
「知ったことではありません、匂いがどうだろうと。そろそろ稽古に戻らなければなりませんから、失礼します」
「何故?」
「……何故?」
「そんな嫌なキモチになってまで何故、どうして、それを続けようとするの?」

「理由など…… 辞めれば皆さんに迷惑が——」

 言おうとする千夜を、彼女は目で制止した。憐むような、蔑むような、失望するような目で。

「正義感? 義務感? それとも恐怖感? 望んだ正しい自分でいなきゃならないの? 自分が役に立たない存在だなんて認められないの? ……はあ、理想だの責任だの高潔さだの、ナイフみたいに刺すだけ刺してさ。つまらないとは言わないけど、ツマンナイ。そんなオトナびた理由で足が竦むんなら、あたしがコドモスウィーティーな翼をあげる。否認を奪って、堕落をあげる。そしたら後は跳ぶだけだ。だってさー、疲れたでしょ? 呪文はそうだな、《バウチカバウワウ・ギチギチグー》♪ はいオーケイ。千夜ちゃん、頑張ったね。よくやったね。今までありがとうね、ちゃんと見てたからね。もう大丈夫、どこへでも逃げていいんだよ」

 耳鳴りがする。畳み掛ける言葉が飽和する。
「馬鹿な。……馬鹿な」
「そりゃそーだ。あたしは自分もジャンキーの麻取にして、聖歌隊に説教する痴れたヤツなのだ」
「、…… はあ。……それ、増えるのですね。その、肩書き、というか」
「カタガキ、…… カエデ?」
「いいえ」

「どれがホントウのあたしかって? ナンセンス! どれもホントウのあたしだよ。あれもこれもそれもどれも、時にはキミでさえもが、あたしなのだ」
「ナンセンスを言っているのは貴女でしょう」
「That makes sence(それ言えてる)! あたしに任せてよ、とびっきりクレイジーにしてあげる」
「要領を得ないな」
「じゃ次のスマホは256GBにすればー。でもアドバイスが欲しければ〝一口〟で済むよ」
「アドバイス?」
「逃げちゃえ」

 それだけ言って、またしゃがむと花壇に興味を戻した……と思いきや、蟻の行列に特別な意味を見出したらしい。
「結局それですか。逃げろと…… 貴女のように?」
「そ」
 軽く挑発しても、千夜ではちとせがやるようにはいかなかった。志希は黒い帯を見つめたままだ。

「どこへ」
「どこに行くか、分かってるでしょ?」と返してから、ぼそり行列の先頭へ、「……うーん、どこに行くんだろーね」
 千夜は黙った。……

 暫時の間があり、
「嵐、…… みたいなモンだから」
 ぽつり、志希がこぼした。

 千夜は口を結んで次を待ったが、志希は当分、働き蟻の行軍パターンに自前の化学物質がもたらした乱れを観測しているつもりらしかった。彼女らの行く先に飴でもあればよいが、などと千夜なりの同情を寄せているばかりでは、どうやら《嵐》の先まで辿り着けそうもない。

 仕方なく聞く。
「嵐…… ですか」
 志希はぴくっと肩を震わせると、ゆっくり振り返ってから、心底不思議そうに首を傾げた。

「え、嵐……?」
「貴女が言ったのですよ」

 空はまったく晴天だ。

 彼女は、これもゆっくり、立ち上がった。
「こんな風に誰かと喋ったってさ、儚いものだと思わない?」
 聞きたいのか、聞かせたいのか。祈っているのか、呪っているのか。判断に迷う声を、志希は零した。
「かつて嵐だった虹のようで、十二時に解ける魔法のよう。……イマなんてものは、手に入れようと思った瞬間からアタマにしかないんだ。
 Can I get an Amen(キミもそう思うよね)?」
 

――Chapter5 “Stray Heart / Jesus Of Suburbia[V. Tales Of Another Broken Home]”

 ぼうっと、思考が痺れていた。甘い頭痛に悩まされながら、不満足な呼吸を繰り返し、いくつかの道路を横断したかしなかったか、いくつかの歩道橋を渡ったか渡らなかったか、認識も目的地も曖昧なまま、ただ本能のようなものに従って、千夜は灰色の街を這いずった。

 だから、
「外回りというのは――」

 だから最後には、苛立ちというには刺のない、何か名前のないものを言葉に込めて投げつけた。

「――退屈嫌いにはかえって辛いかもしれませんね。何処へでも行けるのに、それが許されるわけでは決してない。放し飼いの犬です、まるで」
「だな」

 資料から目を上げると、プロデューサー室の椅子を軋ませ、彼は千夜に向き直った。まだ新しい、チェックのネクタイを整える。
「気に入ったか?」
「いいえ」
「そっか? 千夜はアイドルだからな」
 けろりと返す。

「アイドル…… か」
 千夜が呟くと、「ああ、アイドルだ」と頷き返し、
「杏見なかったか?」
「いいえ」
「そっか。ま、あと一時間くらい探したことにすれば出てくるだろ」

 そうして、彼は立ち上がった。机を回り込んでから、その上にある二つの小さな箱を示す。
「これ、千夜がくれたんだって?」
 首肯して、
「あんな下らないことで私に貸しを作ったと思われては面倒なので。もうひとつは文香さんからで…… 心からの贈り物、というやつです」
「そっか。千夜、気にしてくれてたんだな。ありがとうな」
 眉をひそめて、
「……気にして、だと? 話を聞いていましたか?」
「ああ、聞いたよ。文香にもお礼言わないとな」

「ふん」
 息を吐く。彼は笑って、
「見ていいか?」とすぐ側の方を手に取る。「どっちが千夜の?」
「それですよ」
「おお」
 箱の中から、ステンレス製の黒いマグカップが姿を現した。

 文香を連れてお台場の商業施設をうろついてはみたものの、結局元のカップに近いデザインのものは見当たらなかったので、やはり千夜なりに選ぶことにしたのだった。そうと決めた以上、外見に拘ることはない。真空断熱、蓋付き。機能性は文句なし、コーヒーをゆっくり楽しむにはまたとない逸品に違いなかった。千夜自身やちとせ用にも購入しようかと検討したぐらいだ、彼とお揃いになることを鑑みて忌避したが。

「おお、真っ黒だ」
 彼はカップを持ち上げ、様々な角度から眺め回した。
「千夜みたいだな」
「は?」
 どうにか脅しかけてやろうとして、床にボールペンを発見したあたりで――またボールペンか、最近多いな――考え直した。

「気持ちの悪いことを言うな」
「気に入ったよ。美味しくコーヒーが飲めそうだ」
「……まあ、不味くはならないものを選びましたが」
「大事に使うよ。千夜、良いマグカップをありがとうな」

 笑って、音も立てず黒いカップを置く。こういう態度に、千夜はもう慣れっこのつもりだったが、時々胸がくすぐったくなる。認めまいとするのもかえって滑稽なようだ、ちとせでも彼でも、誰を相手にしたって感謝を受けるのは嬉しくて当然らしいことなのだから。

 彼はそれから、もう一つの箱に手を出した。

「これが文香の? うん……」
 その中身は、ガラスタンブラー。透明な蒼の地に切ったような細工が施されている。その模様は幾つもの線が交差する、花々のようなもので、他の部分とは違う光を散りばめていた。

 《江戸切子の、菊繋ぎ紋です》。文香は言った。長寿を祈る紋様です、と。

 千夜はそのガラス細工の蒼さと麗しさに、彼女を想った。彼女の瞳を、舞台でドレスやコスチュームを装った姿を、とりもなおさず、この容器に自分を思い出せ、というようなメッセージを。

 だが翻って文香は、これは彼の色なのだと言った。幾星霜振りの晴天のような、星々が連なる河のような、そういう彼の色なのだと。だから贈るのだ、と。ガラスではあの騒がしい事務所で何日ともたないかもしれませんよ、ホットコーヒーを飲むものを探しに来たと思うのですが、あまり高価そうな、というより実際高価な、ものはかえって気づまりさせるかも――千夜が善意から与えた幾つかの忠告は、文香のそういう決意の前で、全て闇夜の鉄砲となったようだ。

 千夜は件の男を見遣った――ま、ブルーベースという顔だな。不健康なだけだろうけど。
「綺麗だ。な、千夜?」嬉しそうに彼。
「聞かれても困りますが」
「すぐにお礼言わなきゃな」と、スマートフォンを弄り出す。

 ガラスタンブラーは、窓からの光によく映えた。キラキラが散らばり、模様の花々を彩っている。

 ふと、空虚な思考に囚われる。この光が元を辿れば彼の見せたものだというのなら、文香の瞳は本来違う色だったのではないか。それが今の蒼さを得たのは、何かを追いかける者の瞳が、映す輝きの一端を、写し取らずにはいられないからなのではないか。
 圧倒的なものに支配された感覚の、尾を引く充足と憧憬が、それを追う瞳の中で散乱し続けるのだ――でもまあ、色までは変えないか。

 変えられるものなら、千夜の瞳はとっくに紅や金でなければならない。

 彼は「ふうん」とか「はあ」とか言いながら画面の操作を終えると、
「十六時に電話くれるってさ」
「お前に? 知ったことか」
「メモしなきゃ…… ええと」

 彼がぽんぽんと腰のあたりをまさぐりだしたので、千夜は言った。
「ペンポケットにするのですね」

「ペンポケット?」
「スーツの胸ポケットではその新しいネクタイに似合わないと思うのなら、入れるのは内側のペンポケットにするべきです」床を示し、「座り立ちが多いくせに腰のポケットなど使うから、すぐ落とす」
「おおっ」彼は屈み、ボールペンを拾い上げた。「ペンポケットね。覚えておくよ、ありがとうな」

「別に。あまり落とされて、誰かが躓きでもしたらと思っただけです」
「みんなの心配? 千夜は優しいな」
「お前を気にしたのではないと言っている」
「へえ、僕を気にしてない割には名探偵だな。よくネクタイのせいだって分かった、すごいぞ」
「ほんの戯れです」
「『プロデューサー学』の単位をあげよう」
「要らない。不要です。要りません」
「三回も要らないの……」

 彼はメモ書きをして、
「まだこんな時間か」
 とわざわざ壁時計を見上げてから、千夜に向き直り、笑った。

「稽古は嫌だったか?」

 空気が揺れた。
 地鳴りのような重低音が部屋を騒がす。上空を飛行機が行ったらしい。
 ああ、そうだった――ついのんびりしてしまっていたが、来るべき時が、言葉が来た。背負おうとしたものの意味を問われ答えあぐねたまま、落胆に嵌りきった千夜がその泥を撒き散らしながら辿り着いたここは、如何わしい司祭の対坐する告解部屋で、千夜はこれから信じてもいない神の名にすがり、自分のしたことを洗いざらい悔い改め、あるいは永遠に破門されなくてはならないのだ。

 だけれど、彼は千夜の告白を強いはしなかった。顔だけを見て、「そっか」と言った。

「もしどうしても嫌だったら、ひとつも千夜の為にならないと思うなら、今回の仕事はよしにしよう。簡単な話だとは言わないけど――千夜が居なくても問題ないとは言えないし、だけど――カバーしてみせるよ。背中は任せて、千夜は楽しめ」

 彼はとん、と自分の胸を叩いて見せたけれど、
「ずいぶん、頼りないな」

 得られなかったと知ってから、自分が求めていたのが〝やれ〟でなければ〝やるな〟なのだと分かった。意思などを問うて欲しいのではない。

 お見通しでか、そうでないか、
「頼りないか、そうだなぁ。君のお嬢様風に言うなら、僕は魔法使いだ。君の被った灰を払って、ドレスを着せて馬車に乗せるまでが仕事。そこから先、手までは引いてやれるわけじゃない」
「しかも魔法は時限式」
「だな」
「惨めな私はボロ布で走らされる」
「だからこそ、必ず背中を押すからさ」
「押す方は気楽だろう」

「ああ、押してやる背中を信じてさえいればね。王子様は魔法のドレスと結婚したわけじゃない。僕は千夜が自分の望むものや守るべきものを知ってると信じてる。それが地図になって、千夜が誇れる未来を選ばせてくれるってね」

 望むもの、と言われ、千夜はちとせの隣を想う。守るべきもの、と言われ、千夜はちとせを想う。そんなものは分かり切っていて、だから今、くだらない自分が頭を悩ませているのだというのに。

「楽しめるばかりではないでしょう。アイドルという仕事が生存競争である事ぐらい、私だって知っている」
「ああ、大変だな」
「華やかな舞台を夢見ながら、実際は声の一つを上げることも許されず、ただ涙を流す者たちを、私でさえ見てきた。そうなっても背中を押すと?」
「辛い目にもあうよ。でも、笑顔じゃなかったら、楽しんでないのか? 泣くのや怒るのは違うって?」
「夢破れた者に、自分を知ってしまった者に、それも楽しいだろと? マキャヴェリストの言い分だ」
「はは、悪者みたいな言い方したかな」

「冗談じゃない。私だって…… 楽しいのかもしれないと思い始めていました。楽しんでもいいのかもしれない、と」

 ふつふつと頭痛が始まった。衝動が身体を駆け巡った。

「神様とやらが私を戒めるとすれば、わざわざ塩の柱に変えたりなどしない。硫黄も永遠の火も必要ない。鏡一枚だ。鏡に映る本当の姿を見さえすれば、私には全部が分かる。何を願おうと分不相応だ。何を望む資格もない。
 私がここに居るのは、お嬢様に恩をお返しする、その当然の道理の為だ。お嬢様が望むことならば、応えなければならない。お嬢様が新しい舞台で活躍なさるのなら、よりお側でお支えする為に、私自身も努力をしなければならない。当然の道理だ。私の願うことじゃない。その筈だった。それを……

 お前に分かりますか。私の世界には、白と黒さえあれば充分だった。それを……

 何故、望まなくてはならないのです。何故、求めなくてはならないのです。元々私がいた場所に、何故、走ってまで向かわなくてはならないのです。
 今生きている理由にさえ報いられない私の、いったい何が…… 何が誇れる未来だというんだ? ……何が‼︎」

 ほとんど怒鳴って、机も叩いて、目の前に突っ立つビジネススーツをあらん限りに睨み付けた。
 しかし千夜が危惧したような、例えば怖気を震ったりするような態度を彼はとらず、一言一言を吟味するようにしながら、眉や唇を引き締めて黙っていた。

 暫時の間そうしていて、千夜の呼吸が整った頃、ふと思い出したように「そっか」と言い、彼は顔を和らげた。
「分かるよ。自分を見なきゃいけないってのは大変だな」
 怒るでもなく続ける。怒って欲しかったような気もする。自分自身を叱ろうとして痛めつけただけだった千夜に、そのやり方を見せて欲しかったような。

「しかも鏡見るだけじゃ駄目なんだ。俯瞰しないとな」
「何が言いたいのです」
「関係性の話だよ。千夜は今、自分の話をしただろ。だけどその白黒の世界には、確かにちとせがいる筈だ。白黒で充分だったのは、お互いを宝石のように守って来たのは、ちとせにも同じ事だったろう」
 彼は言って、文香のガラスタンブラーに指を触れた。

「だけど僕は、ちとせの瞳に真っ赤な蕾を見たよ。そしてあの子の君主論は昨日、文香の為にも述べられた。ほとんど試すように」
「そうは思えないな」
「思わないの? 経験不足ってやつだな。ま、これからだ」
「経験……」
「経験、経験、経験だよ。レベルを上げなきゃ、ゾーマは倒せない」

「お前の悪趣味は知りませんが。……分からないな、お嬢様の事なのに」
「分からないか。大変だよな。ちとせの事だし、文香の事だし、千夜の事だからなんだな。だけど……」
「……それが、経験なのですか」
「うん、そうだ。……それでさ、千夜、言ってくれたな」
「……何を」
「そっかそっか、楽しかったか」

 話を聞いていたのかどうか、あまり分からない感想を述べて彼は、
「アイスコーヒーどう? 紙パックだけど」と言い添えた。
 かぶりを振った千夜に背を向け、給湯室へ向かう。
「戻るにせよ、そうでないにせよ、僕が頭を下げにいくよ。まあ、あの先生には要らない気遣いだろうけど」
「しかし……」
「戻るなら大歓迎だろうよ。今回千夜をモルジアナにって言い出したの、あの人だし」
 彼は言う。つまり、千夜に面倒な試練を与えたのはあちらということだ。まるで嫌がらせのような詰問を。

「お前が魔法使いなら、あの先生は狸の妖怪ですね」
「あはは…… 千夜、失礼だから誰にも言うなよ」
 悪意からのことでないのはもう分かっている。千夜はあの先生の眼を知っている。何かを追いかける者の瞳は、映す輝きの一端を、写し取らずにはいられないのだ。

 むろん支持はしかねたが。やはり狸の妖怪だ。
「僕が否定しなかったのも内緒な」
 彼が姿を消している間、千夜はぐるぐると考え続けていた。関係性だと? 適当なことを言って煙に巻いたんじゃないだろうな? もう一回くらい怒鳴ってやれば、詳しく言ってくれるだろうか……

 戻って来た彼は紙パック――アイスコーヒーと、果汁100%オレンジジュース――を手にしながら、黒と蒼、二つのカップに首を傾げた。
「断熱ねぇ。じゃこっちか? でも、ガラスの方が映えるよなぁ」

 千夜は呆れて、
「はあ、まったく幸せですね。そんな事で悩めたものだ」
「悩むよ。だって二つもあるんだ。前は一つだったよ」
 彼は笑って、

「なあ、千夜。増えたな」

 ――――

 ――増えたな――

 それを聞いた刹那、千夜は時間が止まったのを感じた。
 ――ああ、だから――と、光の散らばる思いがした。

 ちとせも、覚えてくれていた。クッキーを割った日、《増えたね》と笑ってくれた日を。
 だから文香を巻き込んだ。カップが二つになるよう仕向けた。

 そういうふうに、また同じ言葉を連れて来た。
 やがて虹になる嵐のように、
 十二時に残る靴のように、千夜に救いをもたらした。

 動悸がした。体温が上がった。深呼吸を試みた。何かを抑えられなくなりつつあった。
 ――帰りにクッキーを買っていこう。それから一番良いコーヒーを淹れよう。また美味しいと言って欲しい。もう、美味しいと言って欲しい。何度も、何度も言って欲しい。

 
  
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 
 ――やるべきことを、済ませてからな!


 千夜はプロデューサー室を飛び出すと、十六時五分前にたまたま見かけた、レッスン室前の廊下でスマートフォンを握りしめ、うろうろとまごついていた文香の尻を、慣用句の意味で叩き、歩武粛々と正門を指した。

「千夜」

 声が掛かった。
 中庭のベンチに双葉杏が居た。スマートフォンを持ったまま、千夜に手を挙げている。

「また稽古?」
「ええ、まあ。あいつが探していましたよ」
「だからここにいんの。あと四十分探してくれたら出てく」
「成る程」
「都ちゃんさ、気にしなくていいよ」
「はい?」
「ううん、気にするだけソンかな。あの子は実際のトコ探偵でさ、いつだっておかしなことを見つけて、元気になれるんだ」
「ふうん」
「そーそー」
「何故、都さんの名前が貴女の口から出るのです」

 舞台に参加しない、稽古の場に居合わせてもいなかった杏が、訳知り顔である事に問いを質した。
 杏はしまったという顔をしそうになって、やめた。白く丸い頬を緩ませる。
「『ベイカーストリート・イレギュラーズ』だよ。杏には八千人の部下がいる」
「はあ」
「しかも世界のうち七億人が杏の端末なんだよね。だから分かっちゃった」
「『LittlePOPS』、でしょう? 『リトルリドル』を歌う…… そのうち四人までがあの場に居合わせた。そして残るもう一人、貴女が彼女たちのリーダーだ。それなら内通、というか、橋渡しがあるのも頷ける」

「やだなー、DJだよ。リーダーなんてやってらんないし…… ま、なぜか相談を受けちゃったのは確かだよ」スマートフォンを振る。連絡アプリでのやり取りが表示されていた。「人働かせなもんだよね…… ねえ千夜、みんなに心配掛けたね」

 事もなげな調子の声に、胸がぞくっとして、言葉を返せなかった。杏は取り合わず続ける。
「だから杏、《何もするな、気にするのもするな》って言っといたげたよ」
「それは、お世話様でしたね」
「てかさ、詳しいじゃん。LittlePOPSの事調べたの?」
「たまたまですよ。他の人の事など、いちいち知る必要もありません」
「そ。ま、舞台の空気感ってあるよね。みんな千夜が怒ってるんじゃないかって思ってるぐらいだし、千夜の気が済む程度に謝っとけば大丈夫だよ」
「そうですね。ご助言痛み入ります」
「ほんと痛み入る? じゃあさ」
「何です」

 杏は十字を切り、合わせた手を頬に当てながら、
「Can I get an あ〜め?」

 ちょっと傾げたその笑顔は溶けるようで、むしろマシュマロをあげたら似合うだろうな、とぼんやり思う。この頬、気を抜いたら突ついてしまいそうだ。

「考えておきますよ」
 目を切って、稽古場に向く。陽はもう傾いている。何でもいいから先を急ごう、と考えるのをやめた。足を早めようか――

「千夜」

 袖を引かれ、宙に浮いた右足が元へ戻った。視線をやると、杏が千夜のポケットをぱしぱし叩いた。
「はい?」
「スマホスマホ」

 言われて取り出すと、軽く操作しても反応がない。電源が落ちていた。そのようにした覚えもなく驚いて、すぐに再起動を試みる。滞りもなく画面は光った。バッテリーの異常ではないようだ。
 体調を崩しているちとせから緊急の連絡はないかと目を皿にしたが、その心配は要らなかった。

 喫緊の課題は別のことだった。
「杏さん。貴女、何もするなと言ったのでしたね」

 連絡アプリの画面を突き付けた。頼子から、《都ちゃんは一緒ですか? 居なくなってしまったんです》と表示されている。

 睨んでやった妖精は、しかしまったく態度を崩さなかった。
「《何もするな》は千夜には言ってないよ」

 のんびりと言うか何なのか、鷹揚と言ってやってもいい、というのが千夜の意見だったが、とにかくマイペースに鎮座する杏の、その髪が揺れて甘い香りが鼻をうつ。
「確かに、私が言われたのではありませんでしたよ」
 頷き返す。唇を締めた。

「でしょ?」
「ええ。行ってきます」
「うんうん、頑張れ若者。杏はここで…… 溶けてるからね」
「若者? 同い年でしょう」

 
 
――Chapter6 "A Thousand Miles"

「いやあ、やっぱり一ノ瀬さんはいいなぁ。あんなに大勢の〝盗賊〟を、カリスマというか、雰囲気でまとめあげてるんだよ。みんな自由なのに、どこか見えないロープで電車ごっこしてるみたいだ」
「ふふ、本当にすごい…… これなら志希さん、先生の舞台にもお声が掛かるかしら?」
「いやいや、手に余っちゃうよ。呼べたらそりゃ、いいんだけどね。でも今こうしてくれてるのも、魔法みたいなものでしょ」
「うーん、そうかも……」
「呼ぶならそうだね、古澤さんに…… ほら、」と振り返って千夜を指し、「白雪さん。君たちがいいな」

 先生と頼子、二人揃って扉をこそっと開け、覗くように稽古の風景を眺めていた。頼子はともかく、先生は中で指導していればいいと思う。意識の半分で息を整えつつ、頭を下げた。

「抜け出したりして、すみませんでした」
「いやいや、休憩あげたのボクだよ。ゆっくり出来た?」
「ゆっくり…… いえ、まあ、そうですね」
「それで……」

 頼子が首を傾げて見せる。お淑やかな性格もその博識も、蒼い瞳も印象を似せるが、右の泣きぼくろが文香との違いだ。投げかける視線の、油断の無い鋭さも。千夜がモナリザなら、頼子にはあまり観に来て欲しくない。自信を問われ続けることになるだろう。

「いいえ」かぶりを振る。都とは会わなかった。「そちらでも、まだ見つかっていないのですか」
「そうかぁ、白雪さんと一緒かもと思ったんだけど」
「都ちゃん、お稽古に来た志希さんと何か話した後、何処かへ行ってしまったんです」
「連絡は?」
「スマホが私服に入っていて……」
「よし、もう一回探してみよっか」
「はい、そうですね」
「あの」
 手を挙げ、二人を止める。

「いいえ」かぶりを振る。都とは会わなかった。「そちらでも、まだ見つかっていないのですか」
「そうかぁ、白雪さんと一緒かもと思ったんだけど」
「都ちゃん、お稽古に来た志希さんと何か話した後、何処かへ行ってしまったんです」
「連絡は?」
「スマホが私服に入っていて……」
「よし、もう一回探してみよっか」
「はい、そうですね」
「あの」
 手を挙げ、二人を止める。

「今度の事態は私の責任です。私が行きます」
「責任なんか。君たちの監督者は、ここではボクだよ?」
「いえ、やはり私に果たさせて下さい。やる必要がある、と思うのです。先生はご指導を」
「そう?」
「頼子さんも、どうぞ稽古を」
「ふふ、では、お願いしますね」

 多少は反対される覚悟もあったが、二人ともすんなり受け入れてくれた。そういう空気、なのだろうと思う。
 《志希さんと何か話した》という言葉に導かれ、花のような香辛料のような匂いを追って外へ出た。ちょっと振り返ると、相変わらず稽古を覗くようにした先生が呟いた。
「いやあ、いいなぁ。欲しいなぁ」

 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 

 塀に沿って歩く。物陰に注意しながら、耳もそばだてた。そしてすぐに、そう注意する必要はなかったと知った。

 見えないロープを手繰ってきたように、殆ど分かっていたように、都の元へ辿り着いた。ピンクの花と黄緑の葉の花壇に、俯いてしゃがんでいた。

 しかし、ちょっと人目から隠れる場所とはいえ、劇場の敷地内に居る彼女を、誰も見つけられなかったとは思えない。どうやら気を遣われたのだな、と先生や頼子、志希の顔を思い浮かべた。

 足を止めると、都は振り向いた。

「おや、志希さんかと思いました!」

「私で残念でしたね」
「あっはっは、千夜さんで良かったです! 探しましたよ!」
 《探した》はこちらの台詞ですが――というのは飲み込んだ。実際のところ、先に消えたのは千夜だった。

「先程は、失礼な物言いでした」
「いえいえ、構いませんよ」

 鼻白む。つまり――つまり、《私が悪かったんですから》などとは言わないらしい。謝り損だったかな、と横目に見れば、俯いた姿勢だったのも、手帳に書き込みをしていたからなのだと分かって、千夜はいよいよ後悔を深くした。彼女は勝手な許しをくれたまま、その髪に紅い光を散らし、何かを覗き込みながらメモを続ける。

「何を書いているのですか」
「よくぞ聞いてくれました! ジャジャーン、『探偵手帳』!」

 はぁ、と相槌を打ったつもりだったが、溜め息に終わったかもしれない。散々に書き込まれたそれを開いて示しながら、少女は見ているものへと千夜を誘う。今更に機嫌を改めてやるのも癪だから、手帳に《千夜さんをよく見て、立ち位置に注意》と書いてあるのは見なかったことにした。

「ここに千夜さんのダイイングメッセージがあると聞いたので、行き先を示すのではないかと推理していたんです」
「成る程、私は死んだのですね」
 倣ってしゃがむ。それは黒い糸…… 蟻の行列だった。その不自然な線は、巣から出てきたり戻ったりするものではなく、何か奇妙な形を成して蠢いていた。

 ――ああ、角砂糖でも持って来れば良かった。志希のあんまりな実験は結局、黒い働き者たちから正常な仕事の能力を奪ってしまったのだ。ちょっとの甘味を求めていただけだろうに……。

 蟻たちは常に動きながら、歪んだ円のように並んでいる。その歪みは一定のパターンを繰り返して変化しているようだった。
「ここ! ここで、下部の変化が一旦止まるでしょう」
「はい」
「改行中なのだと思います! 私の見立てによれば、これは筆記体による、二つの文字列なのです!
 はい、この手帳をご覧のように、〝w2l〟、〝r2c〟を繰り返している」
「ふむ」
「ですが、どちらが先で後か、あるいは上か下か、見分けが付かなくて……」
「志希さんは何か?」
「そうです! 《一回ずつでいいよ〜》と。でも、何のことやら」

 都は蟻と手帳、それぞれを見比べながら、指を顎に当てた。千夜も暫く考え込んだ。きっともう手掛かりは揃っている。

 意識が溶けて、街の音が沈み、……

 それから、口を開いた。
「文字列が循環して前後を特定する手段がないなら、これは順序を必要としない情報なのかも。《一回ずつでいい》というのもヒントになるでしょう。つまりこの二つは並列して処理すべき、アルゴリズムそのもの…… そう考えれば、2は換字を指示するtoとも解釈出来る。toでは一筆書き出来ないのを嫌ったのでしょう。
 WtoL、RtoC。WをLに、RをCに…… ふむ」
 思い当たって、スマートフォンで検索を始める。

「ええと、そうすると、置き換え元の暗号文の方が必要で……」
 都が辺りに目を配り出す。
「文字列が表すのが復号のアルゴリズム単体だとしても、このメッセージが持つ情報はそれだけではありません。
 いわば文字そのもの、いえ、文字を書くペン、……というか。
 記述の方式それ自体が暗号なのだとしたら?」
「文字そのもの……」

 首を傾げ、
「ああ、蟻ですね!」

「関係する語から、分けて、要素にWとRを、そして少なくとも一方を二つ以上持つものを試してみればいい。
 蟻にまつわる英単語は幾つかあります。ant(蟻)、queen(女王)、soldier(兵隊)……
 それから、――〝worker ant(働き蟻)〟の、worker」

「worker!
 ええと、WをLに、RをCに。《一回ずつ》……
 〝locker〟!
 ろ、……」
「ロッカー」
「ロッカーですね! 答えはロッカールームにあるっ!」

「そうですね…… 保証はありませんが、確認する価値はあるかと」
 そこまで話すと、答えは聞き届けた、とでも言わんばかりに、蟻たちは形を解き、真っ直ぐな列を成してその場を離れていった。謎の化学物質が時間で飛んでいったのだろうか。

「千夜さん、流石です!」
「いいえ」
「これで真実は、都と千夜さんのものだっ!」
 都は言い放ち、聴衆の喝采に応えるかのように、気取って一礼して見せた。

「あれ、でも」首を傾げてばかりの子だ。「これがダイイングメッセージなら、千夜さんがロッカールームに居るという事になりますが…… 千夜さんはもうここに居ますね?」
「そうですね」
「あっ!」
「はい」
「待ちきれなくて出てきちゃったんですか⁉︎」
「そんなところかも」
「そ、それは」何故か狼狽た様子を見せて、「お持たせしました……」

「いいえ」
 適当にあしらって、暗号の意味を考える。志希が千夜の居場所をロッカーだと思ったわけではないだろう。
「でも、英語が読めるなんてすごいです!」
「すごくなどありませんし、ちょっとだけです。貴女もすぐ出来ますよ」
「はい! 私もちょっとは読めますよ! 私もすごいです!」
 ――やれやれ。

 このまま突っ立っていては、〝すごいすごい〟攻撃を延々と捌き続ける羽目になるようだ。
「何かがロッカーに隠されているのかもしれませんし、行ってみましょう」
「おおっ、私も今言おうと思っていました! 気が合いますね! 行ってみましょう!」

 ぐいっと、手を引かれ――

 不意打ちに身体の均衡を損なった。引っ張り返すか身を任せるか、刹那逡巡し、結局都の肩に手を掛けて止まった。
「あっ……」
「あ?」
 不思議そうに見返され、何かを言わなければならなくなった。何でもいいのだけれど――出来れば、《すみません、バランスを崩してしまって》以外の、何かを――

 しかし、
「そうだ」
「ん」
「もう一つ、解けてない謎があるんです」

 先に口を開いたのは都だった。
「謎?」
「千夜さんとのお仕事が決まって、ちょっと調べてみたんです。ウワサでは、《美術館が好き》なんだそうですね。頼子さんと話が合いそうです!」
 彼女は身体を捻ったまま、眼を輝かせた。
「ええ、まあ」

「私も絵画を見て推理するのが好きなんですよ」――推理? 美術の話だったのでは?「ところでプロフィールを見てみたら、千夜さんの趣味は〝料理〟と〝睡眠〟になってました。これは妙ですよ」

「変ですか。プロフィールなど、普通の書き方を知らないものですから」
「いえいえ、普通に書けてましたよ! ただ料理はともかく、睡眠は趣味って感じがしませんから。どうしても何か書かないといけなかったなら、〝美術鑑賞〟にすればいい。そうしなかったのは、趣味というほど美術が好きではなかったからでしょうか? ……そこで、私の頭脳は最大の疑問を探り当ててしまったのですよ」

 やけに神妙な態度を作って、何人もの関係者を集めています、というように演説を続ける。すっかり彼女の舞台らしい。白面の兵士も相槌を打って、客演してやるとする。
「ふうん、疑問ね」

「千夜さんがお好きだとウワサになっているのは美術〝館〟なのです。〝美術〟ではなく! これは一体何を意味するのか? この些細な違いに事件を見出すのが探偵というものです! そう、パセリの沈んだバターを舐めるようにね!」

 都は得意げに言うーー成る程、探偵なのかもしれないな。
 彼女にかかれば、まったく、問題ばかりが山積みらしい。

「それで? 貴女は何を見出したのです」 
「分かりませんッ!」
 これも得意げだ。何も分からない事を明かして気勢を削がれない事こそ、千夜には分からない。
「分かりませんか」
「分かりませんでした! どうしてなんですか? 気になります!」

 分からないことが、楽しいのだろうか。分からないことが楽しいのなら、分かろうとすることにはどんな意味があるのだろうか。
 ――いや、逆か。分かっていく過程が楽しいのだ。分かる瞬間を求めている。だから〝分からない〟は〝楽しい〟への入り口だ。
 この少女はきっと、扉を見つけたのだ。児童文学の主人公でも張れそうな、無邪気な笑顔で。

「謎ですか」
「大きな謎です! 面白いです! 白雪千夜には、謎がある」

 不躾なものだ。他人の内面にずけずけ踏み込み、暴いてやろうという試みだ。だが、と思う。彼女の瞳が求めているのは、ただ興味本位の知識欲を満足させる答えではないのだろう。仲良くなりたい、子供のような心でそう願い、相手を知りたいと望んでいる。都は〝仲良くない〟さえ〝楽しい〟への入り口にしてしまったのだ。そう思う。只今の問答に悪い気がしなかった事へ、理由を付けたかったのかもしれない。

「おや、千夜さん、そんな顔もするんですね」

 都が笑った。意外な言葉に、というのも自覚がなかったからだが、千夜は自分の顔を揉んだ――どんな風だったかな?

「名探偵がひとつ、あなたの真実を暴いてしまいましたな!」
「さて、どうでしょうね」
「おお? 千夜さん、面白いです!」
「面白いことばかりですね」

 目を切ると、都は笑顔で千夜を覗き込んだ。やっぱり、やりづらい。そんな風に見ても何も出ないのに。ため息の牽制も、効果はなかった。
「私が美術ではなく、美術館を好きだといった理由を問いましたね」
「はい!」

「リトルなリドルですよ、そんなのは。別に教えてもいいのですが、またにしておきましょう。今は私にだって、解決すべき問題がありますから。それまではその謎を挑戦状にしておきます。自力で答えを見つけてみるのですね、探偵さん」

 都はしばし呆けた顔を見せてから、花咲く満面の笑みで頷いた。
 さて、と千夜は歩む。まずロッカールームに寄って、稽古はどこから再開するのか、ああ皆に向けて一言謝っておかなければ、あれやこれやと考えながら身体を伸ばした。都の足音が後に続く。志希の残した匂いが鼻腔をくすぐった。


――Chapter7 “ピュアなソルジャー”

 寒くて眠れそうにないと言い、
「ココア淹れてよ」
「実際には」千夜はちとせに答える。「寝る際に暖めるべきは体の外側で、内側の体温を逃さなくてはいけないのですよ」

「へえ、流石千夜ちゃん」
「《睡眠が趣味》なので」
「真面目なんだね」
 ちとせは背後から千夜に抱き付き、手を取った。

「お嬢様?」
「だったら千夜ちゃんが暖めてよ」
「ふふ、そうですね」
「千夜ちゃん、あったかい」
「暖まってますよ。……お嬢様が、太陽なのですから」

「ふうん」
 ちとせは小さな声で返すと、捲ったカーテンから外を眺め、呟いた。
「ベイビー、月が綺麗だよ」
 千夜も倣った。街並みは昼の喧騒を忘れ去り、それでも眠ることだけは拒んでいた。暗い空に浮かぶのはそれより暗い雲ばかり。月はと言えば、ベール越しの輪郭のように、仄明かりで存在を示すだけ。

「曇ってるじゃないですか」
「綺麗だよ」

 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 

「え、こないだのお礼? なんだー、気にしなくてよかったのに。ううん、ちょーだい。あ、これかー。杏、飴は手使わないで舐めたいのに、これったら棒が危なっかしいじゃない。ううん、ちょーだい。ありがと。杏さ、こないだこれ買ったの。ゲーセンのね、二百円入れたら四本出るやつ。いやルーレットで四本から七本出るって書いてはあるけど、結果出るのは四本なやつね。あれさ、筺にお金入れたら、一本ずつ取り出し口に落ちてくるのね。コトンって。一本目ね、バナナシェイク味。まー好きじゃないけど、あえて選べないやつで買ってるから。これも縁じゃない、バナナいいじゃない、って思って。で、次何出るかな、って。わくわくするよね。したっけ、コトンつって。バナナシェイク。ま、ま、ま、って感じ。こういう場合もあるよねって。いいじゃん食べよーよって。で、その次何出たと思う? 三本目。コーラとかあるじゃん。イチゴとか、いっぱい種類さ。コトン! バナナシェイク! 筺見るじゃん。これバナナシェイクの筺? 違うじゃん。《バナナシェイクしか出ません》って書いてある? いやない。ガラス越しに色んな味見えるじゃん。もう嫌じゃん。四本目に望みかけるじゃん。望みっていうか、もう王子様だよね。バナナに囲まれた杏を救ってくれーって。うん。コトンって出るじゃん、王子様。何だろ? バナナシェイク! わーお! バナナ王子バニラアイスまみれ! もうさ、せめて一本違うの出てくれたら、杏それが腐った卵味でもバンザイしたよー。…… いや、せん‼︎
 ……なので、イチゴくれて、ありがと。うまー」

 滔々たる杏の語りを聞きながら、千夜はバナナシェイク味を用意しておくべきだったと悔いた。どんな顔をしただろう。眉をひそめ、飴を睨み、歯を剥き出して、一旦しまって、それからほっぺたを膨らませて、ああ、ほっぺたを膨らませて……。

「あら、泡が立ってきたみたい……」

「ん」
 欲を持て余した指でスプーンを掴み、左手はジャズベの握りへ伸ばす。この真鍮の小鍋から、泡をすくって四つのカップに分けていく。それからまた、火にかける。

「手際がいいなぁ。格好いいぞ千夜」
「ほんとほんと。やっぱ杏に召使えてよ」
 火にかけたり、下ろしたりを繰り返す。やがて出来上がったコーヒーを、注いでいく。粉が入り過ぎないよう、慎重に傾ける。それぞれにカップを渡し、粉が沈むのを待つ。

 頃合いを見、頷いて合図を出す。三人が目を合わせ、一斉に啜った。

「うん、美味しい……」
 頼子は目を閉じ、神経を集中させた風に言った。
「いいカンジ」と杏。
「美味しいよ、千夜」彼。
 千夜も飲む。旨いし、甘い。満足な出来だと言っていい。ほっと胸を撫で下ろす。

 プロデューサー室でのゆるやかなコーヒータイムは、それから静黙と過ぎて行った。窓の外、爽やかな青天の、少しずつ流れる雲や高度約七百五十mを行く飛行機を眺めながら、それ以外はほうとかふうとか、息遣いが主な音になった。

「千夜、おさとー。イエス、プリーズ」

 杏がのんびり沈黙を割り、それが合図だったように、
「《悪魔のように黒く、地獄のように熱く》――」頼子が口を開く。「《天使のように純粋で、そして》――」勿体ぶってみせ、「――そして、《恋のように甘い》」

「武装錬金だ」杏が声を上げた。
「さあ、それは寡聞にして存じ上げませんが……
 ナポレオン体制の外務大臣などで活躍した、シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴールが、よいコーヒーについて語ったとされる言葉です」

「悪魔なのに天使ね。矛盾というか、文学的だな」
「《天使のカオした破滅愛好家》」呟いて千夜。
「ふーん、〝苦い〟はないんだ。ペリゴーさんもこーゆーの飲んだの?」
 杏はたった今飲んでいる、コーヒー粉と砂糖で煮出したトルコ式を示す。

「はい…… タレーランが飲んだのはエスプレッソのようで、お砂糖をたっぷり入れる味わい方はこれと同じですよ」
「げーっ、粉っぽい」
「あはは、混ぜたらそうなるよ。もう一回沈むの待たないとな」

「悪魔で、地獄ね……」
 千夜は零して、カップを覗き込んだ。黒いのは、確かだ。表面の凹凸は泡や粉で出来ている、トルコ式ならではの見た目。しかし、これがもし十八世紀頃のエスプレッソだとして、タレーランには地獄の窯に見えたのだろうか? フランスの激動を生きた者ならではだろうか、感じ方というのは人それぞれであるものだ。

「これが悪魔だなんて。のんびり出来るのにな?」
「ほんとほんと。のんびり出来るのにね」
「時々し過ぎますね」千夜は水を飲んで、「特にお前たちは」

「まーま、本番前くらい一緒に骨を休めよーよ」
「杏さんは本番ではありませんがね」
「はは、いよいよ明後日だな。調子はどうなんだ?」
 彼が目を遣って、頼子がカップを置いた。
「これが面白いのですよ。特に志希さんと都ちゃん」

「ホー」
「志希さんは都ちゃんの自由さに合わせているのだと思ったら、いつの間にか操っている。都ちゃんは抜け出したと思ったら、今度は自分から志希さんの糸に絡まりに行って、逆に引っ張ってしまう…… ふふ、私、目が離せません」
「はは。へえ、面白いなあ。そうなの、千夜?」
「ええ、まあ。正直振り回されますが。純粋な癖に知略を好むから、あるいは賢い癖に無垢でいたがるから、軌道が無くなる」
「振り回されるの――」彼も微笑み、「好きだろ?」

 カップを傾けると――ちょっと傾け過ぎた――ざらざらした舌触りと共に、飲める分は終わりになった。底に残った粉の模様で占いを、というわけにはいかない。ちとせのように上手く未来を見ることも、見えたものを説明することも千夜には出来ない。

「きっといいものになるな。楽しみだよ」
 代わりに見通したような言葉。

 それを契機にまたゆるやかな沈黙が立ち込め、
「じゃ、杏行くね」と、カップが置かれた。「ごち。片すのよろです」
「やっとくよ。ほら、千夜のも…… いいからいいから」
「お帰りですか?」と頼子。
「まーね」
「ホー、こんな時間にとは感心だな。鍵はちゃんと返すんだぞ」
「げ、バレてた?」
「こないだ大騒ぎだったんだから。セイさんがさぁ」
「はいはい、杏も骨身に応えてまーす」

 身体を伸ばしながら、妖精アイドルは部屋を出て行った。頼子が千夜と目を合わせる。
「それでは、私たちも……」
「はい」
「あ、待った」

 彼の静止に、立ち上がったまま顔を向ける。
「千夜にちょっと羽織る衣装を試してもらいたいんだ。あんま時間は取らないけど」
「そうですか。ではもう少しゆっくりしていますね」
「いえ、待つには及びません。頼子さんは先に行っていて下さい」
「そう? それでは、美味しいコーヒータイムをご馳走様でした」

 頼子も去り、元から静かではあったが、部屋に二人となる。
 彼は隅の方で暫くごそごそやると、「ん?」だの「まいっか」だの、不安になる声を上げた後、煌びやかな衣装を手に戻って来た。
「衣装まで本番と同じにしての通し稽古、だからドレリハ――ドレスリハーサル――というんだが」
 ショールのようだ。真紅のオーガンジーに、金糸の刺繍があしらわれている。
「これだけ細かい直しが必要で、明日のドレリハに間に合わないんだ。明日も形の似たものは使うけど、これで動き難かったりしないか、ちょっと試してみてくれよ」

「ちょっとギラギラし過ぎやしませんか。アラビアンとはこういうものなのか」
「はは、キラキラだろ。アイドルだからいいんじゃないの」

 着せようとする彼の手から奪い取り、ブラウスの上に袖を通す。変に引っ掛けて痛めないよう気を遣った。真紅を彩る金の模様に、千夜はなにか気圧される思いがして、これがどうと呼ばれる形なのかは知らなかったが、何にせよ台無しにしてはと神経を擦り減らす。やっとの思いで、それぞれの袖四秒程ずつの戦いを終える。

「似合うよ。くるってしてみて」
「ばか。見るな」
 彼が不満そうに背中を向けてから、軽く腕を振って、舞台中の動作をいくつか再現して、それから――見られていないことを確認して――左足を軸にターンしてみる。ふわっと浮いて、ふわっと戻る。着心地は上々で、動きづらいこともない。悪くないじゃないか、と気分良く肩を持ち上げ眺めてみると、ふと、甘く瑞々しく果実様で、ややバニラ風味の混じった香りが鼻腔をくすぐった。

 これは、――そうだ、

「おい…… なんだこれ。メロンの匂いがしますよ」
「好きだろ?」

 ふざけて返され、千夜は睨んだ。強い言葉で攻撃を仕掛けようと思い、しかし取り止めた。
 というのも、
「なにそっぽ向いている。失礼でしょう」
「はいはい」

 彼が苦笑しながらゆっくり向き直ったところに、今度こそ、と口を開こうとして、あんまり真っ直ぐ目を合わされた為に、千夜はたじろいだ。思考が止まりかけ、咄嗟に明後日の方へ目をやってしまう。
 ――どうしてそんな風に見るんだ?

「うん、やっぱり似合うよ。千夜に紅、いいな」
 企画書のファイルが突っ込まれた棚を見遣りながら、紅と聞いて、似合う筈がない、と思う。身を焦がすもの、悪夢の色。焦がれるもの、慕う瞳。『Unlock Starbeat』でだって、着こなせていた自信はない。似合う筈がない。少なくとも、まだ。
 これが本当に似合うようになったら。ショールへ目を落とす。それもひとつの望みなのか。

「いや、蒼も捨てがたいんだが。白と蒼、いいよな」
 彼が言添えたので、思考が遮られ、白紙に戻る。呆れて、
「まったく…… 紅とか蒼とか、食傷なのですが」

 千夜は吐き捨てた。彼は目を丸くした。
「そう?」
「こっちがお嬢様の紅い瞳なら、こっちは蒼の和製シェヘラザード。こっちが赤毛のアンみたいな探偵で、こっちにまた蒼い眼の美術愛好家。もう、目が回る」

「ああ……」と頷き、「色々いるよな」
「い過ぎます」
「はは」と笑って、「ほかには?」

「三分もレッスン出来ない天才」
「自分を燃やしちゃうアイドルオタク」彼も言い上げた。
「わがまま妖精――やる時はやる」
「それから」目を細めて、「現代を生きる吸血鬼の、その従者」
「……ふん」自嘲を込めて返し、「それから、…… それから、お前です。エセ芸術家。蛇舌。宮廷道化師、背教の魔法使い」

「僕も? ほー、エセ芸術家ねえ、……」
「私の世界は白黒でさえあれば充分だった。それをお前は、――よくもまあ、ブカレストの壁にスプレーでもするように」

「スプレーか!」彼は口元いっぱいに笑みを湛え、鼻を鳴らした。「嫌だったか?」

 答えないままで、ショールを摘む。ひんやりする。持ち上げて、離して、持ち上げる。
 そういえば、
「直しが要るのでしょう、これ。いつまでも着ているわけにいかないのでは」

「そうだった、もうすぐ時間だ! 脱いで脱いで」
「急かさないで下さい」
「ごめんな、ちょっとのんびりし過ぎた」
「言ったでしょう」
「はは、名残惜しいか? いい衣装だよな。本番で着れるからさ」

 慎重に袖を外していく――そうか、本番、か。
 まあやってやるか、と息を吸う。すると、なにか独特の香りもまた飛び込んできた。甘く、瑞々しく、バニラ風味も混じっているようだ。

 これは、――

「おい…… やっぱりメロンくさいぞ」
「好きだろ?」

 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 
 その姿を認めると、彼女が本を読むベンチへ向かった。どこまでも広がる高空の下、注ぐ十五時の柔らかな陽光と、撫でるような風を頬に受け、歩く。文香は端に寄っていた。誰かがここに座ることを分かっていて、その人の場所を空けているというように。彼女にも光は注ぐ。中庭の樹々が生むちょっとした木漏れ日が、それから、渡り廊下が薄めた光線が、文香を神秘的な存在にしていた。


「お邪魔します」

 返事は待たないで身を返し、誰かの場所へ腰掛ける。座面は軽く軋んで、千夜を受け止めた。ちょっと遠慮した為、文香と仲違いしたようにそっぽを向いた。持ってきた紙の手提げを太ももに乗せて、中身と、その無事を確認した。

「……舞台、順調です」
 顔は斜めに逸らしたまま、肩越しに声を掛ける。文香は未だ読書に夢中のようで、――これでは、誰に言っているのだろうな。

 手提げの持ち手を弄び、二つのアーチを寄せたり離したり、繰り返しながら、
「……色々とお話を聞かせて頂いたお陰で、考えがまとまりました。助かりました」
 澄み渡った沈黙の中だったが、呼吸音までは聞こえない。代わりに紙の擦れる音が、見えていなくても文香の居ることを知らせていた。

 手帖をめくりながら、千夜は待った。待ちつつ、零すように言う。

「『アリババと四十人の盗賊』…… 不詳の語り手たちに継がれた『千夜一夜物語』は、題材として扱う際の自由度の高さゆえに今日の人気を博したのだといいますね。『アラジン』を題する有名なアニメ映画の内容にしても、ガランのそれとはまるで違う。しかし、それを気にする人は多くない。原作など知らないのか、知っていて構わないのか、両手を上げて受け入れる。これこそが『アラビアンナイト』だ、『アラジン』だ、と。この物語集成は、いわば銘々の作り手の、その解釈によって、幾らでも形を変えて人気を得ながら、それでも『アラビアンナイト』ではあり続けてきたわけだ。可塑性というやつがあるのですね。虚像の群像、正体など最早ないような、あるいは全てを正体にしてしまった、千の夜と、もう一夜……

 思いました。そもそも受け取り方によって形を変えない物語など、ひとつとしてないのかも。周りから見れば喜劇でも、当人にとっては悲劇かも――天使のように純粋に見えて、悪魔のように黒いかも。周りから見れば悲劇でも、当人たちには喜劇かも――地獄のように熱くても、恋のように甘いかも。黒が白、でなくとも、灰色や、ひょっとしたら青というように、やはり受け取り方は人それぞれでしょう」
「はい…… 私も、そのように思います」
「ええ…… ん」

 うわの空で続けようとしたのを止めて、振り向けば、文香が目を細めていた。

 本を閉じ、膝を、身体を、こちらに傾けている。彼女はゆったりと髪を垂らし、思い出に浸るように続けた。

「人は、物語に己を映す。受け取った光を、自分が鏡になって、様々に形を変え、世界に映し出す…… ただ言葉を受け取る、というわけにはゆかない、らしいのです。己は、己を相手には黙さぬもの。自分ならどうするか、自分は今どう感じたか、自分の知識から考証は可能か…… 全く知らなかった筈の世界や、自分のではない隣人についてさえ、物語の最後には持論主張を手に入れる。話を聞きながら、話をしているのです。

 だからこそ、物語は編まれ、聞かれるのでしょう——北村薫からですが——《人生がただ一度であることへの抗議》を、申し立てるように。ひとり分のいのちで世界に立つのでは、得られない光を求めて」

 ……
 一結杳然、というように間を置くと、文香は静かに目を開け、微笑んだ。こちらもゆっくり頷き返した。深く息をすると、葉っぱの匂いがした。

 千夜は手提げを持ち上げた。素材のクラフト紙がガサ、と音を立てる。
「これ、ありがとうございました。大変参考になりました」
 文香は受け取ると、中身の『ガラン版 千一夜物語』を手にとって、愛おしがるように撫でた。
「楽しんで、頂けましたか。それで……」
「はい」噛み締めて、続けた。「結論が出ました。……ただ」
 文香は首を傾げて、
「ただ?」

「何というか、…… 取り留めのない想像話です。朝食の傍するような。お嬢様の話に応答を求められて、それで口にするような。月を〝つき〟と呼ぶ理由を尋ねられたような。……、あるいは、……」

「あるいは、砂上の玉座に編んだ頌詩のような」

 詰まった言葉を、文香が引き継いだ。その微笑みは確かな優しさを湛えていて、千夜はそれを感じながら、手を伸ばしかけていた。彼女の手を取って、その甲を撫でようと考えていた。

 はっと我に返り、自分がしようとしたことを思って、そんな間柄ではないからぐっと堪えて、堪えたところに、なにか懐かしい気持ちが押し寄せた。

 微笑みだ。あれはちとせの微笑みだ。重なっていた。

 ああ、だから話をしたくなったのか、と合点して、いや、話をしたくなったからそう見たのでは、と懐疑した。

「聞かせて、頂けますか」
 彼女は左の髪をかき上げた。
「はい」

 千夜は改まって、正面に文香を見据えた。妙な緊張で、肋骨が締まるようだった。息をゆっくりにして、彼女がいそいそと顔を向けるのを待った。千夜の切迫が伝播したか、文香も深呼吸をするのが分かった。それから彼女は、静かに千夜を見返した。

 その儚く蒼い瞳は――
 
――Chapter8 “リトルリドル”
  
Last Chapter “話がしたいよ[Chorus2] / Gravity[Chorus1]”――

「この物語は、犯してはならぬこと、禁忌にまつわる筋書きなのだと思いました」

「ある一定の法則、というやつです。研究者シュライビーの成果では、《ささいなきっかけ、大きすぎる災厄》というのが、初期の千夜一夜物語にみられるテーマだそうですね。『商人とジン』では、食べ終えたナツメヤシの種を投げ捨てただけで、ジンに命を狙われる。食事はつつましく、また《よきイスラム教徒たるにふさわしく》お祈りをしてさえいるところに、恐ろしい精霊は現れ、商人を襲うのです。お前が捨てた種のせいで息子が死んだ、と言って。

 一義的には悪徳や罪とも思えない行動が、奇妙な因果に導かれて、不思議な結果をもたらしていく。そういうテーマが『アリババと四十人の盗賊』にも流れているのだと思います」

「カシムが盗賊に命を奪われるきっかけになったのは、アリババが盗賊の宝をくすねたことは勿論ですが、それをカシムの妻が嗅ぎつけたことが大きいですね。アリババが魔法の洞窟から持ち帰った大量の金貨を、アリババの妻はなんとか計量したがり、カシムの家へ枡を借りに行きます。カシムの妻は枡を貸し与えますが、枡を持たない貧乏なアリババが、一体何を量る程に手に入れたのか訝しみ、升の底に脂を塗り付けておきました。

 そうして枡に残された一枚の金貨が、カシムの嫉妬を、怒りを呼び、彼自身の破滅を、そしてアリババの身に迫る大きな危険を巻き起こすことになります。《ささいなきっかけ、大きすぎる災厄》という言葉に――厳密な対応ではなくモチーフとして、ですが――照らすに、この〝脂に囚われた金貨〟というのは、いかにも暗示的なように思われますね」

「さて、アリババには何の美徳もないものだと、私は考えていました。森に盗賊がやって来たと知るやロバを見捨てて木へ隠れる。盗賊が立ち去れば宝をくすねる。魔法の洞窟で合言葉を忘れた為に殺されてしまった兄カシムの、その四つ裂きの遺体を持ち帰る羽目になりながら、ついでにまた宝を盗んでいくことも忘れない。カシムの死因を隠蔽しなければ盗賊たちに見つかることを予見したまでは聡明ではありますが、肝心の方法はモルジアナ任せな上、いざ危機が迫った段では無能といってもいい程だ。しっかり顔を見た筈の盗賊の頭領を二度までも家に上げてしまうどころか、危険を察知し頭領を倒したモルジアナを、そんな事情に気付かず叱り飛ばすのですからね。《わたしたち一家にわざわいをもたらすつもりなのか》とかなんとか。よりイスラム調だという平凡社のものでは、ひどく罵りさえするのです。けっこう汚い言葉でしたよ。

 よくもまあ、題に名前を出せたものだ。『烈女之名誉(れつじょのほまれ)』といいましたか、最初の邦訳につけられた題はモルジアナを取り上げていたようですが、なかなか懸命な改変だったのではないかな」

「ですが、そこで思い直しました。『アリババと四十人の盗賊』…… 一見して立派なものではない、努力をしているふうでも、さしたる活躍を見せさえもしない彼、アリババの名を冠するからには、この話はやはり彼の美徳を、そして対称的に盗賊たちの悪徳を語るものなのでは、と。これは『モルジアナの戦い』ではない。『魔法の宝窟』でも『開けゴマ』でもない。『アリババと、女奴隷に殺された四十人の盗賊』なのです。この題が意味するのは、アリババと盗賊、善と悪、成功と失敗、美徳による隆盛と悪徳による滅亡の、その対比…… なのでは、と。

 ガランがそれらを見出し題にしたのだとも、初めて聞いた時からこうだったのだとも、言い切れませんが、――彼は『ガラン版 千一夜物語』の一巻、『告知文』でこう書いています。《この物語集から美徳や悪徳をめぐる心得をひきだそうとするひとびとは、ほかの物語からは決して得られない実りを手にすることができるでしょう》」

「その文に続けて始まる〝枠物語〟、シェヘラザードが『アリババ』を含め、千夜一夜の物語を語るきっかけになった話では、彼女の父である宰相がこう述べています。《危ういくわだての行きつく果てを見抜けない者は不幸になると言う》…… 
 このことが、『アリババ』にも通じる教訓なのではないでしょうか」

「……〝過去に囚われない〟ということだと思いました。あるいは〝未来へ歩むこと〟を…… 〝未来を忘れない〟。それがアリババの美徳なのだと。

 ロバを見捨てたのも、宝をくすねたのも、そして兄の死について、悼んだり驚いたりするばかりではなかったのも、アリババの精神の未来志向ゆえだ。それこそが、この物語の提唱する〝美徳〟なのではないでしょうか。だからこそ、彼は富を手にしたし、命も守られた。それぞれの行動は、それによってもたらされる直接的な利益自体よりも、この物語独特の法則、見えざるものによる肯定、恩寵を呼ぶことでアリババを助けているのです。〝未来を忘れなかった〟、危ういくわだての〝行きつく果てを見抜いた〟から、富を得、命を救われた」

「そしてその逆、〝過去に囚われる〟ということが…… その為に〝見抜けない〟ということが、この物語の悪徳、裁かれるべき罪であり、《大きすぎる災厄》を引き起こす《ささいなきっかけ》なのですよ。

 より言うのなら、〝名誉〟です。プライド、自尊心…… 傷付けられた過去の〝名誉〟の感情に拘泥し、それを回復することに囚われた者が、『アリババ』の世界では破滅するのです」

「アリババの兄カシムは、裕福な妻をもらったところから始め、街でも指折りの大商人として働いていました。貧乏な妻をもらったアリババとは比べものにならなかった。それが、升に残った一枚から推理したことで、アリババが大量の金貨を手にしたのだと知った時、彼は《どうしようもないほどの嫉妬にかられ》るのです。

 カシムはアリババを問い詰め、魔法の洞窟のこと、その入り口を開く呪文を聞き出し、宝を持ち出しに行きます。そして最期には、魔法の呪文、《開けゴマ》のことを忘れてしまった為、洞窟に閉じ込められ、帰って来た盗賊たちに殺されてしまいます。

 カシムは欲深いたちでした。しかし、その為に身を滅ぼしたのではありません。強欲には罰が下るという教訓話ならば、〝宝を載せすぎたあまり、牛が動かなくなったところへ盗賊がやって来る〟といったような最期の方が自然です。が、実際のところは、彼は洞窟を開く時には覚えていた呪文を、洞窟の中で忘れてしまった為に閉じ込められるのです。欲深いのが悪かったにしては、かえって奇妙な最期じゃないですか。そもそも、強欲なのはアリババも同じですよ。兄の亡骸を目の当たりにした直後でさえ、財宝に手を出すのですからね」

「ガラン版ではしっかり覚えていましたが、平凡社のヴァルシー写本の訳では、アリババも魔法の呪文を忘れてしまっています。救いを求めて神への信仰告白を唱えると、たちまち頭がすっきりして思い出すのですね。

 このあたり、対照的なようではありませんか。こちらの版だと、呪文など忘れてしまうのが当然で、神への祈りによってかろうじて取り戻されるものなのです。
 翻るならば原型といえるガラン版では、魔法の言葉は覚えているのが当然で、見えざるものの裁きによって忘れ去られてしまうもの、というところでしょう。

 そして、そうして裁かれたカシムの罪は、強欲ではない。むしろ、傲慢さや嫉妬心の方です。
 カシムの悪徳は、アリババの兄として、彼よりも裕福でなければ我慢がならなかったことです。未来の為、自分が裕福になる為よりもむしろ、弟よりも多くの財産を持つ兄でいる為に、過去の優位、自尊心を取り戻す為に洞窟へ赴いたことです。自分が上、弟が下。そういう過去に囚われた。過去の名誉に囚われた。

 だから、魔法の言葉を奪われた……」

「盗賊たちは言うにも及ばない。奪われた宝に固執した。そして、これもまた自尊心です。盗賊たちはこの物語中、宝を集め、増やす事は考えていても、自分たちの欲の為に使う場面そのものは描かれていません。彼らにとって洞窟の金銀財宝は資産価値よりも、《先祖代々》《剣を手に勇士として》集めて来た、勇気や男気の証明、あるいは団としての絆、自負や誇りとしての意味を強く持ったのです。彼らは奪われた誇りの為にアリババを追い、踏みにじられた〝名誉〟を取り戻す為に、彼への攻撃を試みた。

 だけれど、危ういくわだての行きつく果てを見抜けないものは、不幸になるのです」

「あらくれものの一人は尖兵として街へ出て、ムスタファ老の証言からアリババの家を突き止めます。しかし、近所に似た門を構えた家々があり見分けのつきにくい中、目的の家の門に襲撃の目印を付けて帰還した、それだけだったのがまずかった。印が消えてしまう可能性を見抜けなかったのですね。あるいは、モルジアナの知恵を。

 木を隠すなら森の中ですか、周囲の家々にも同じものを書き込むという彼女の工作によって、印という差異、情報は失われました。盗賊たちは街へ潜入しますが、結局アリババの家は分からずじまいです。仲間たちに無駄足を運ばせ、無闇な危険に晒したということで、尖兵役は取り決め通り処刑を宣告され、これを潔く受け入れます。

 次いで、もう一人の盗賊が同じ失敗を犯します。印の色を変えてみても、モルジアナには通用しないのでした」

「単なる怒り、処罰感情に任せて、ではありません。盗賊団としてやっていくために、仲間を破滅させかねない過ちを犯した者を許しておくわけにいかないのです。過ちを犯した方も、それを甘んじて受け入れないわけにいきませんでした。それは《男気》だとか《勇気》…… いわば、名誉の為に」

「そうやって二人の仲間を失ったところで、今度は頭領が街へ出向き、結局家の様子をよく見て覚えるという力技で、モルジアナに欺かれることなくアリババの所在を突き止めます。

 十九頭のラバに二つずつ、計三十八の袋を背負わせ、その内一つに油を、残りに三十七人の仲間たちを。そうして油商人に成り済ました頭領は、アリババ邸の扉を叩き、一晩の宿を請うのです。

 愚かなりや、あるいは鷹揚、ですけれど。命を狙われる身である事は重々承知の筈が、しかしアリババは客人の求めを快諾します。
 頭領は招き入れられ、まんまと三十七人の部下を侵入させた。中庭に袋の彼らを待たせ、頭領自身はアリババの歓待を受けます。そうして夜中、街が寝静まるのを見計って号令を掛け、誰にも邪魔を受けず、仇敵を散々にやっつけてしまう腹づもりだったのです。しかし……」

「アリババの美徳は未来志向だと言いましたが、気前のよさもまた、ここでは功を奏したのかもしれません。

 未来志向は、森で顔を見、声を聞いた筈の頭領のことを――ともすれば、自分が命を狙われる身である事さえも――すっかり忘れ、突然訪ねて来た客人を招き入れた事。断っていたら、安全で時間を掛けられる方法を諦めさせ、正面からの攻撃を強行されてしまったかもしれません。

 気前のよさは、にせの油商人を心からもてなし、中庭で休もうとしていた彼に、強く客間を勧めた事。そうして頭領が部下たちと分かれて休んでいなければ、モルジアナがすることも阻まれていたでしょうからね」

「これも神の救いでしょう、たまたま油が切れたので、後で代金を払えばいいやという大らかさは主人譲りか、同じ奴隷アブダッラーの助言を受け、モルジアナは中庭へ拝借しに向かいます。

 そこで、頭領がやって来たと勘違いし、袋の盗賊がモルジアナに声を掛けました。彼女は驚きますが、咄嗟の機転で頭領を装い、盗賊を待機させておきます。

 彼らが顔を出せなかったのは作戦の瑕疵でしたね。袋は中身がバレないよう、息の出来る程度に締めておき、頭領から小石を投げつけるという合図があれば、ナイフで内から切り裂き、飛び出す計画だったのです。一度出るとなれば隠れ蓑を台無しにするしかない以上、いざ襲撃という折までは外の様子を確認することも出来なかった。だからモルジアナに騙され、三十七人の盗賊が身動きの取れないままで主人を狙っているという情報を、一方的に与えることになった。

 アリババを騙す為に、一つの袋だけ本当に油を入れておいたのも、仇になりました。これをモルジアナに利用されてしまいます。釜煎りならぬ、袋煎りですね」

「しかし、モルジアナは骨を折ったでしょう。大勢の盗賊たちを、袋に小石が当たる以上の異変に気付かせないまま始末しなければならなかったんですから。長刀で首を、というならともかく、熱した油を注ぐというやり方では、いくらか悲鳴を上げられてしまいそうですが。

 トリックのオンパレードともいわれるロジカルな筋書きにおいて、しかしガランはこの油攻撃のあたりを詳述していません。聞かされなかったのか、考えつかなかったのか、あるいは彼がいう所の《礼儀に反する》内容だったので記載を避けたのか。

 ……ひとつ考えてみたのですが、モルジアナは再び頭領を真似たのではないでしょうか。《見つかりそうだ、一度隠すぞ》とでも囁いて、盗賊の入った袋を力一杯に締めてしまうのです。《誤魔化しの為だ》と言い添えて、ラバの糞を滑り込ませるなどしてやれば、なお結構です。中の者が酸素の欠乏に、また臭いに我慢ならなくなるのを見計らって、《もういいぞ》と袋を開けてやれば……

 彼らは溺れたように、袋の出口に、とりもなおさずモルジアナに向けて大口を開けたでしょう――ただし新鮮な空気ではなく、ぐつぐつの油を飲む為に。真っ先に喉を潰せると思います」

「襲いに来たつもりが、手痛い反撃を受け、盗賊団は壊滅しました。しかし、被害が甚大すぎましたね。やり方の効率が悪かったのです。ややこしい侵入法を選んで、三十八人全員で乗り込んだりするから、かえって足元を掬われた。

 アリババ邸は分かったのだから、正面から襲いかかり疾く住民を皆殺し、あわよくばその前にちょっと拷問しておいて、盗まれた宝を探し出してしまったら、憲兵がやってくる前に魔法の洞窟へずらかればよかった。実際、二人の案内役が失敗を犯すまでは、彼らは殆どそういう風にするつもりだった筈です。それまでの二回は油商人を装うような綿密な計画など練らず、まず街へ向かうのですからね。

 事情が変わったのはきっと、二人の失敗があったから。ただの強盗では済まされなくなったから。アリババの前に三十八人で姿を見せる必要が生まれたから。何となれば、盗賊団としてやっていく為に。結束の為に。名誉の為に。

 アリババ――つまり、モルジアナ――の警戒を侮ってはいけないと悟ったのもあったでしょうが、それよりも、いえ、だからこそ、知らしめてやらなければならなかったのです。宝を奪われた。仲間を失った。やられたらやりかえさなくてはならなかった。三十八人でアリババを囲んで、じっくりと知らしめてやらなければならなかった。彼が何をしたのかを、何を奪ったのかを。相手にしたものの脅威を、盗賊団の権威と力量を。

 その尊厳への固執が、彼らに破滅を呼んだ」

「三十七の五右衛門風呂にペルシアの盗賊たちを処してしまうと、モルジアナは息を潜め、頭領の様子を伺います。温情や詰めの甘さからではありません。アリババが山で会ったらしい四十という人数から、まだ仲間が潜んでいる可能性を考慮し、差し引きの二人も誘き出し、一味を完全に一網打尽とする算段だったのです。

 結果的には、そこで頭領を始末してしまってもよかったのですね。全ての仲間を失い、たった一人で生き残ったことを察した頭領は、命からがらアリババ邸を逃げ出します」

「モルジアナは主人に盗賊たちの亡骸を見せつけ、自分がどれだけ働いたのかを示しました。アリババは感謝し、彼女を奴隷の身分から解放します。

 といっても当時の文化からして、解放されたらさようなら、とはならないのですね。解放されれば、社会身分上は自由人と同じく扱われるようになりますが、そのまま主人の元で解放奴隷として奉公を続ける場合も多かった。モルジアナもまた、台所を受け持つ料理人としてアリババの元に残ります」

「一方、頭領は独り生き残り、部下たちの無念を想って悲嘆にくれます。後継ぎを決めて宝を託すことにすると、アリババの命を奪うことをかたく誓い、今度は洞窟の財宝を利用して商いを始めます。そして、これはたまたまだったのですが、アリババの息子と知り合った。彼が仇敵の息子であるのを知ると計画の為、ますます懇意になるのです。やがて思惑通り、アリババの家に招待を受ける日がやって来た。

 ここまでは上手くいっている。神の同情的な手配といってもいいかもしれない。さすがに酷くやられすぎましたからね。
 それに彼は、洞窟でこう独白している。《二度と宝を盗まれないと安心出来たら、そのときは、後つぎを決めて宝を託そう。そうなれば、後につづく者たちが宝を守り増やしていくだろう》。……未来志向、といえるでしょう。復讐よりも、過去の名誉を回復するよりも、未来の為、後続の為に頭領としての最後の仕事を決意した。この時、彼は美徳を手にしていたのです。だから、再びアリババの家に潜入することが許された」

「しかし、そこは悪役でした。結局は悪徳が、過去への拘りが、彼を滅ぼすのですね。彼にはこの仕事を、復讐でなくすることは出来なかった。

 塩、です。ギリシャなどでもそうでしたが、ここでは塩は歓待や友情の象徴であり、共食したものとは争えないのだそうで。《仇と一緒に塩は食べない》のです。

 頭領は、アリババが敵である事を忘れられなかった。単に始末すべき、害虫のようなこそ泥とは思えなかった。仲間を失ってボロボロになっても、名誉ある剣士として戦わずにはいられなかった。だから彼の家に招待を受けた時も、料理から塩を抜いてくれるように頼んでしまったのです。

 モルジアナはそれを奇妙に感じ、客の商人がかつて主人を襲いにやってきた盗賊であることを見抜いた。一通りもてなすと、食後の楽しみに、本職顔負けの踊りを披露する。そして隙を見て、短刀で頭領を刺してしまいました。

 頭領は三十七人の部下たちと共に埋められ、こうして盗賊団は、最後の一人に至るまで完全に滅びきったのです」

「アリババは、自分に出来る充分な感謝として、モルジアナを義理の娘、息子の嫁として迎え、厳粛かつ盛大な宴で祝います。それから暫くは近寄りませんでしたが、二人生き残っていると思われた盗賊たちに動きが見られないので、魔法の洞窟に向かってみます。洞窟に誰も立ち寄っていないのを確かめると、いよいよ財宝は全てアリババのものとなったのが分かりました。

 そして彼は息子に洞窟の存在と魔法の呪文を授け、一族は末永く栄えたのです。

 これが、未来志向のアリババと過去志向の盗賊たちの対比、美徳と悪徳、隆盛と滅亡の物語です」

「さて。なんだか、余計な屁理屈をこねたかも。要はモルジアナの話が出来れば十分だったのですが。

 幸せなのか、と思うのです。というのも最後、結婚の祝宴ですが、私が参加する演劇ではこの四行のシーンを膨らませ、《私は幸せでございます》と言う事になっている。こんなことを言わせて、いえ、言ってしまっていいものなのか。

 確かに、敵は倒しました。今の主人には奴隷の身分を解放され、正式に家族として迎え入れてもらった。しかもその家は多くの財宝を所有する、末永く栄えていく名家です。この上ない名誉であったでしょう。

 ですがカシムを、元の主人を奪われた事実は変わりません。彼女は己の力不足を嘆かなかったのか? 主人に尽くす者としての名誉を傷つけられた、叶わないながらそれを回復したいとは? そうして仇を討ったところで戻らぬ主人を想い、《復讐などしても虚しいだけ》とは感じなかったのか? それとも、やってしまえばすっきりしたので幸せになれたのでしょうか?

 私には分かりませんでした。思索の始端が自分のこころなのでは、次の足場も探し難い。
 だから、美徳と悪徳に照らしたのです。これも自分の考えだとしても、方法論ならば頼み得る」

「モルジアナがめざましい働きを見せ、実質的に物語を牽引しながらも主人公たり得なかったのは、何故でしょう? 彼女が奴隷だからでしょうか? イスラムの文化では、同じイスラム教徒は奴隷に出来ないようですが、すなわちモルジアナは敬虔な神のしもべでないのだから、題に引くのは相応しくないと?

 この命題は、ガラン版ひとつにおいても『ヌールッディーン・アリーとペルシアの美姫の話』という反例から偽であると分かります。イスラムの文化において、少なくともその教義において、奴隷は蔑まれる存在ではありませんし、物語の主役であればその名は打ち出されるものなのです。

 やはり、これは美徳の問題ではないかと。『アリババと、女奴隷に殺された四十人の盗賊』は、最も優れた美徳を持つ者と、対置して悪徳を持つ者を題にとっているのです。モルジアナは誰から見ても素晴らしい才女でしたが、この物語においては、美徳という点でアリババに譲るのです。

 モルジアナはアリババほど未来志向ではなかったのだと思います。主人であるカシムの命を奪われた時、心の何処かに復讐を誓った。その悪徳が災禍の萌芽となって、彼女をあのババ・ムスタファと引き合わせた」

「アリババは、魔法の洞窟からカシムのバラバラにされた遺体を持ち帰ると、彼の死因を隠蔽する必要がある事をモルジアナに告げます。もちろん、事実が噂になれば、すぐ盗賊に自分の存在を突き止められてしまいますからね。

 モルジアナは知恵を絞り、数日をかけて主人が病に伏せっているという噂を流すと、次いで朝早く、一番に店を開ける靴屋へ向かいます。年老いた店主に金貨を握らせ、目隠しを施し、何処に行くのか分からないよう連れ出すと、カシムの亡骸を縫わせるのです。そうして形を整えて誤魔化し、病気で亡くなった事にして、イスラム教のやり方でその遺骸を清めると、葬儀を行いました。計画は思ったように立ち行き、もう足も付かなくなったものと思われました。

 そこからの騒動は、まさに神懸かり的な悪運か、落とし穴だといってもいい」

「念には念を入れていたのです。朝一番、誰にも見られぬように連れ出し、目隠しをし、口止めをした。家に送り返した時には、後を付けられないよう暫く見張った。年老いた靴屋からアリババの家が割れる心配のないように。

 ところがこのお調子者のババ・ムスタファは、変装した盗賊が街へやって来ると、死体を縫った仕事について喋ってしまいます。それをやった家までは目隠しをしていたので教えられないと断るも、もう一度目隠しをすることで、なんと、歩いた道を再現してしまうのです。しかも三回同じことを、全て正確に。もはや必然的に、ムスタファ老によって、盗賊たちはアリババを襲う足掛かりを得た。

 もちろんモルジアナにとっても、誰にとっても予想出来ない事でしょう。一方は〝ゴマ〟の一言をすっかり忘れてしまう物語で、他方は目隠しをされて一度、せいぜい一往復歩いただけの道を、完全に記憶してしまうなどというのは。

 話としてもつまらないぐらいでしょう。モルジアナの念入りな工作をつぶさに描いて、読者の期待を煽るようにしながら、それを破るのがミスだとか、より裏をかく計略なのではなく、単なる超人的な記憶力だった、なんて。ロナルド・ノックスがミステリーに《中国人を登場させてはならない》としたのは、まったく、こういうわけだったからだ。
 この不運が巡り合わせだというなら、あまりに神懸かり……  筋書き懸かり、でしょう。平凡社のものに、それこそ《神慮の致すところ》とあるように。これは、モルジアナが抱いた悪徳によって導かれた結果なのではないかと思うのです」

「先程、カシムが悪徳によって魔法の言葉を奪われた、としました。ヴァルシー写本のアリババが信仰で言葉を取り戻した事に照らして、これは美徳によって見えざるものの肯定を、悪徳によって否定を受ける物語なのだ、と。ムスタファ老にも同じことが行われたのではないでしょうか。

 ムスタファ老は少なくとも、並外れた記憶力の持ち主として物語に登場したわけではありません。ですから、元々それを持っていたわけではなく、悪徳を持った者へ下る裁きの為に、〝経路〟についてのみ盤石の記憶を与えられた、と考えることも可能です。それが彼の奇跡のような記憶力の正体だったと。

 カシムが嫉妬の為に、盗賊たちが誇りの為に、総じて傷付けられた名誉への固執という悪徳の為に滅んだように、この筋書きにおいて、悪因が悪果をもたらすならば、悪果は悪因がもたらすものと前提するならば、そしてこの物語の〝悪因〟とは〝悪徳を抱くこと〟だとするならば、ムスタファ老が盗賊を導くという悪果は、アリババやモルジアナの側で、誰かが悪徳を抱いたという悪因が導いたものだといえるでしょう。そしてアリババは一貫して美徳の象徴であり、彼が考えを変えるような場面はこの物語にはありません。

 だから、彼女には悪徳があった。美しい奴隷モルジアナは、主人を奪われ、名誉に、誇りにかけて復讐を望んだのです」

「それと明示する描写はないところからの、こういう仮説形成になりましたが、モルジアナは復讐心を抱いたのですよ。だから本来、滅ぶ側の存在だったのです。

 ですが、最後には打ち勝った。

 モルジアナはどこかで美徳、未来志向を手に入れたのだといえる筈です。悪徳を、過去の名誉を、復讐を振り切って、未来の為に戦ったのだと。その為に見えざるものの恵みを、筋書きの肯定を享受したのだと。なにぶん結局、彼女は滅ばずに済んだ。魔法の言葉を奪われることも、盗賊たちの策謀を破れず倒されるということもなかったのですから。

 ……どこで、手に入れたのか」

「前に、邦画を見ました。アイドルの仕事の幅を見ようという事で、男性アイドルではありましたが、その主演の映画。で、国会議員の葬儀を行うシーンがありました。けっこう豪華な式場で、参列者も大勢なのですが、中には大袈裟に、一定の節や旋律のようなものを付けながら、嘆き悲しんで葬儀を、…… まあ、盛り上げる、ような。そういう役割をこなす人々が居たのです。記憶に残りました、偉い人だと葬儀はああいうものになるのか、と。泣き女、というやつですね。

 『アリババ』にも、これが登場します。カシムの葬儀です。モルジアナもカシムの妻も、悲痛な声を上げ、髪をかきむしる。それから、別の女たちも駆けつけ、遺族と共に泣き叫び、悲しみの声であたりを満たす。そういう《しきたりなのです》。平凡社のものでは、同じシーンに注釈が付けられています。駆けつけたという女性たちについて、彼女らが《ナーイハート、泣き女》である、と。《ナーイハ》が泣き女を意味し、《ナーイハート》は複数形になります。

 ですが、この〝泣き女〟には謎がある」

「イスラム教では、不幸に際し、その故人の為に泣き叫んで悲しむことを戒めています。
 人は神の定めた運命による死を迎えると、墓穴の中で終末の審判を待つ。死は来世への通過点なのです。そしてこの〝定命〟〝来世〟というのが、ムスリムの信ずべき六つの条項、〝六信〟の要素なのですね。

 死は神に与えられるものであり、また、完全なる終わりではない。だから、感情のままに涙を流すことをまでは戒められませんが、泣き叫び、髪を掻き毟ったりするやり方で強く悲しみを表現することは、神の〝定命〟、〝来世〟への不信仰だ、という事になるのです。

 イスラム教第二の聖典とされ、第一の『コーラン』の内容を具体的に注釈する役割を持つ伝承集、〝ハディース〟ですが、イスラム教スンナ派にとって最も権威あるハディース『真正集』の『葬礼の書』でも、不幸に臨んで泣きわめいたり、叫んだりすることは禁じられています。預言者ムハンマドは、女性たちが泣き叫ぶのを《口に土を放り込》んで止めろ、とまで言います。預言者の伝えることには、《死者は家族がそのために嘆き悲しむことのゆえに罰を受ける》のです。

 つまり『アリババ』にあるような、不幸に際し、髪をかきむしり、泣き女を雇ったりして悲痛な声であたりに故人の死を知らせるようなやり方は、まったくイスラム的ではない筈なのです。このやり方、泣き女の慣習は、アラブ社会、エジプトやアラビア半島の、ただしイスラム以前のものでした」

「しかし、イスラムの教えに反する内容だからといって、このシーンがガランの誤解や完全な創作によって生まれたものだとはいえません。

 十世紀のムスリム、アル・ハマザーニーによる〝マカーマート〟ではイラク、十一世紀のアル・ハリーリーのものではペルシャ、十九世紀の紀行文、ジェラール・ド・ネルヴァルの『東方紀行』によればエジプトと、イスラム圏各地の風俗を窺える記述に、泣き女を雇って悲しみを表す人々が登場するのです。立場や地域差もあるのでしょうが、実際、ムスリムの人々も不幸には泣き叫ぶものなのです。

 この背反には、きっと意味がある。

 伝承される預言者の教えとは裏腹に、市井の人は故人との別れを、思うさま泣き叫び、衣を裂き、髪を掻きむしって悲しんだ。きっとそれが、必要なことだったから。

 遺された者に、……モルジアナに、必要だったから」

「〝グリーフワーク〟です。死別という悲嘆に打ちのめされ、受け止め、向き合い、立ち直っていく、そのプロセス。

 悲しみに頬を打ち、大勢で声を上げることを、人々は本能的にさえ必要とした。そうやって、愛する者の死を明らかなものとして認め、受け入れることが必要だった。

 預言者ムハンマドのように強ければ、静かに涙を流し、あるいは長い間引きこもるというやり方で悲しみと向き合うことも出来たのでしょう。しかし、そうでない人々は、やはり嘆かずにいられなかった。泣き女に悲しみの誘いを受けることが、故人との別れを実感することや、やがて立ち直っていくことに大きな効果をもたらしたのです。

 そして、この受容の方法を『アリババ』の物語も必要とした」

「泣き叫んだのは《しきたりなのです》とありました。だから一読、モルジアナは悲しんだわけではないのか、との印象を受けました。あくまでアリババに頼まれた仕事、盗賊の追跡を振り切る作戦として、カシムの葬儀を取りなし、しきたりの為に泣いて見せたのか、と。

 ですが、やはりモルジアナは、心から泣き叫んだのではないでしょうか。内に抱えた悲嘆の発露として、主人との離別を受容するプロセスとして。

 深い悲しみに際し、しっかりと感情を表した。泣いて、喚いて、髪を掻き毟って、それでようやく、別れを乗り越える為に、踏み出すことが出来た。……時を、動かした」

「そして、今度はアリババを守ることに全てを捧げると誓った。未来へ向き直ったのです。彼女は悲しみを受け入れた。悲しみに抗うことを辞めたのです。そうやって美徳を手に入れた。主人を守れなかった自責、過去の名誉への拘りを乗り越えた。

 だから、モルジアナは盗賊たちに打ち勝ったのです。彼女は悲嘆を受け入れ、しっかり向き合った。だから、本当の名誉を手に入れた。

 この物語のハッピーエンドは、そういう仕掛けだったのです」

「冗長だったようですが、それが私の考えです。
 この物語では、過去の名誉という感情に拘ることは重い罪となる悪徳だった。カシムも盗賊も、その呪いに抗えなかった。
 モルジアナさえ囚われた。だけど、彼女は生き残った。きちんと泣いて、振り切ったから。
 
 だから、――


  
 だからモルジアナは、幸せだったと思います。幸せになっていいんです。
 
 だってこれは、きっと、自分が幸せになることを許す為の物語なんだから」
 

  
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 
 喉が渇いた。ミネラルウォーターでも買おう、と思う。もう日が暮れるようだ。付き合わせてしまったな、と文香を見遣れば、彼女はまだ耳を傾けているようだった。


 終わったことを告げようとして、文香が待っているものに気付く。自明のことなので、忘れていた。これで決まりとばかり、口を開く。
「劇の最後、ですね。《幸せです》と、言おうと思います。新たな答えなど必要なかった。ただ向き合わなければならなかっただけで」

 文香は安心したように目を細め、深く頷いた。耳に掛かった髪が滑り、落ちる。まるで絹だ。
 彼女はゆっくりと、囁く準備のように首を突き出し、しかし千夜の耳には程遠い空に、夢見心地の言葉を紡ぐ。

「私は…… 自分で言うのも、ですけれど…… はい、読書家、だと。
 ですが、どれだけの書を読み耽っても、今、千夜さんが仰ったような結論には、辿り着けなかったと思います。それは、千夜さんが見つけた、千夜さんだからこそ辿り着けた答え、だと。……とても愉しく、愛おしい物語でした。
 それで…… 私も、千夜さんが仰ることに、賛成です。
 モルジアナは、確かに幸福だったのだと、思います」

 振り返り、例の蒼い瞳を真っ直ぐに向けて来る。ちょっと見つめ返してはいられなかった。浮かんだ言葉を伝えようか伝えまいか、逡巡した。
「お嬢様のおかげなんです」
 つい、ベンチを掴む。手袋越しの、擦れるような肌ざわりが違和感を生んだ。鼻に息を吸い、ちょっと冷えてきたかな、と思う。

「昔、焼いたクッキーを落として割りました。それを見ていると、どうしてだか気味悪くなって、虚しくなりました。だけど、本当の気持ちは他にありました。……お嬢様が笑ってくれたんです。《増えたね》と。
 その時、私は許されました。悲しくなれました。
 私は悲しかったんです。頑張って焼いたクッキーを落としてしまって、悲しかったんです。
 私は愚かにも、自分の失敗に立ち向かおうとしていました。緊張しながら、折れたクッキーをじっと睨んでいたんです。それを、お嬢様が笑ってくれて、ようやく許されたんです。お嬢様のおかげでようやく、否認を奪われ、私は悲しい思いがある事と、向き合うことが出来たんです」 

 空気がしん、と澄み渡った。声は静かな世界に放りだされて、その跳ね返りもなく、なんだか独り言のようだと思った。隣に顔を向ければ、そうでない事が分かった。

 そこに居ますね、と眼で認めてくれていた。
 ここに居ますよ、と笑って返した。

Epilogue――
 
 一ノ瀬志希を捕まえた。志希が捕まってくれた、の方が正しいのだと思う。どっちであろうと構わない。眼目はこうだ、今までのらりくらりと躱されてきたが、
「ようやく話が出来そうですね」

 大勢のスタッフや出演者が行き交い、舞台裏の作業も騒々しく進められていく。最後のランスルーを終えたまま、紅に白に煌びやかな宝石や絹らしき深翠のローブを纏った志希が答える。

「あたしはいつでもウェルカムだけどにゃー?」
「どうだか。まずはこれです」

 真ん中で割られ、半月型となった金貨を見せた。
 志希に仕掛けられ都と共に解いた、蟻の暗号に示された〝ロッカー〟へ向かうと、そこには新たな暗号が用意されていた。それを解いたらまた次、と、幾つもの謎を乗り越えた先にあったのが、二つに割られた、金貨——を模した小道具、鉄のメッキ加工——だ。

「舞台のですね。くすねたのですか?」
「にゃはは」

 都の提案で、記念に二人で片割れずつ持っておくことにした。だが、そうするべきだったのか、志希の真意を今日まで聞きそびれていた。
「幾つもの暗号の先、貴女はこの金貨にどんな意味を込めたのですか」
「んん、…… それはキミが手にしたモノの象徴に過ぎないのだよん」
「……絆、とでも?」
「That’s right! 艱難辛苦を共に乗り越えた仲間との堅い、絆! それこそがひとつなぎの大秘宝だったのだ!
 ワオ、友情・努力・勝利!」

「特に意味はない、ということですね。そんな気はしていました。それで、もう一つ謎が解けたのですよ」
「ふむふむ。シンリの探究は断らないよん?」
「あの日、私のスマートフォンの電源が切られていました。おかげで頼子さんのメッセージに気付くのが遅れるところでした。志希さん、貴女がやったのですね。貴女なりの、失踪というやつの方法論を実践させる為に」
「ほうほう?」
「私に何らかの連絡が来る事は容易に見越せたでしょう。貴女はその連絡に、私が気持ちの切り替えをつけるまでは気付かないように仕組んだ」
「んー、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。真相はそう、昨日のお晩のメニューが如く忘却の彼方なのだ」
「かつて嵐だった虹、ですか」
「あっ、エビチリだー♪」

「エビチリ?」
「バーガー」
「……昨日の御夕飯にエビチリハンバーガーを召し上がったか存じませんけれど。貴女が言ったのですよ、《イマ》は十二時に解ける魔法だと」
「うん」
「私は賛同しかねます」

「そう?」
「ええ」
「にゃはは、あたしフラれちゃった?」
「ええ」
「その割りには熱っぽい眼差し…… 本気を試すのにまず一回断るタイプだな?」
「は?」
「All right♪ ミワクの〝足し割り〟を楽しもー♪」
「それは〝駆け引き〟、…… いや、もうご自由に……」
「千夜さん、届きましたよ」

 そこへ頼子がやって来た。手には千夜が着る紅と金のショール。笑んでそのまま、着せてくれた。
「本番には間に合いましたね」
 腕を通しながら、頷く。時間を掛けただけはあるというところか、仕上がりがいい。志希が見て、言う。
「んん? にゃはは、イイカンジ」
「それは、似合うということですか?」
「ふふ、お似合いですよ」
「それとも――」
「はいみんな、集合〜」

 演出家の声が掛かり、一同円になる。
 所狭しと歪な形に、もう見知った顔がずらりと並ぶ。こうして眺めていると、本当に人というのは様々だ。アイドルや役者であれば尚更か。
「さあ、頑張っていきましょうね!」
 隣で都が言った。半月の金貨は首からぶら下がっている。
「大まかなことは、まあさっきのリハで言っちゃったよね。じゃあ今日からの本番、頑張ってこうぜ。あ、これも二回目か。
 で…… じゃあ組んで、何か一声掛けてもらおっか。主役の安斎さん!」
「はい!」

「にゃは、決めちゃえ〜」
「お願いしますね、都ちゃん」
「ぶちかましたれェあうるさいですか」
「それでは、ええと…… よし!」

 少し悩み、閃いた、とばかりに眼を輝かせ、気合たっぷりの様子で息を吸い込む。さあいざ、――というところで、都は目を点にして、何かに気を取られる様子を見せた。

 訝しげに鼻を動かしながら、千夜の方へ顔を寄せる。
「おや? くんくん……」

 
 
「メロンの香りがしますね!」

「お好きでしょう?」
 

――“Meet Me On The Roof”

 
 
おしまい!

出典まとめるの忘れてました! あとで!

大作乙でした!
読み応え抜群で楽しかったです

>>230

ご感想ありがとうございます!
楽しんで頂けたという事で、うれしいです!

主な出典:

前嶋信次訳(1985)『アラビアンナイト 別巻』平凡社.
ロバート・アーウィン(1998)『必携アラビアン・ナイト―物語の迷宮へ』(西尾哲夫訳)平凡社.
西尾哲夫(2007)『アラビアンナイト―文明のはざまに生まれた物語』岩波書店.
西尾哲夫(2011)『世界史の中のアラビアンナイト』NHKブックス.
西尾哲夫訳(2019-2020)『ガラン版 千一夜物語(1-6)』岩波書店.
矢島文夫(2015)『アラビアン・ナイト99の謎』株式会社PHP研究所.
牧野信也訳(2001)『ハディースⅡ―イスラーム伝承集成』中央公論新社.
アル・ハリーリー(2008)『マカ―マート―中世アラブの語り物(1)』(堀内勝訳)平凡社.

西尾哲夫(2010-10-01)『アラビアンナイト:ファンタジーの源流を探る
第5回:アリババと四十人の盗賊(pdf)』
国立民族学博物館学術情報リポジトリ(みんぱくリポジトリ).
ttps://minpaku.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=
repository_view_main_item_detail&item_id=321&item_no=1&page_id=13&block_id=21

日本グリーフケア協会(閲覧:2020-12-2)『グリーフケアとは』
ttps://www.grief-care.org/about/

日本アハマディア・ムスリム協会(2015-05-03)『葬式(イスラーム方式)』
ttps://www.ahmadiyya-islam.org/jp/%E8%AB%96%E8%AA%AC/%E8%
91%AC%E5%BC%8F%EF%BC%88%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%
A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%96%B9%E5%BC%8F%EF%BC%89/

西山由紀 (2001-11-1) 『『東方旅行記』における旅の空間と祝祭 (pdf)』現代社会文化研究.
ttps://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3498643_po_22NsymY.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

堀内勝(2014-03-14)『<原典翻訳>アル・ハマザーニー著『マカ―マート』(3):第36話-第51話・「終わり」に代えて』
京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI).
ttps://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/185812/1/I.A.S_007_369.pdf

ほか

以上で書き込み終わります。読んでくださった方、ありがとうございます!

加藤純一(うんこちゃん) Youtubelive

プログラマー衛門制作
視聴者参加型フリーゲーム

『Undertale/アンダーテール』
パロディ作品

『加藤純一物語(加藤純一Tale)』
配信:後編

『視聴者が600時間かけて作りし
加藤純一TALEをやる。最終回』
(21:32~放送開始)

https://youtu.be/QURXI6muEtY

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