道明寺歌鈴「楽しいを聚めて」 (21)
道明寺歌鈴ちゃんのSSです。
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お正月というのは誰にだって特別な日で、それはもちろん私にだって。それと同じように誕生日、というのも同様に特別な日だと思います。
私は誕生日がお正月というのもあってまず最初に祝われるのはお正月なことが多かったです。それに私のお家は神社なこともあって年末年始は非常に忙しくなります。そのためか最初に言われるのは「あけましておめでとう」でした。
いや、というわけではありません。おめでたいことですから。でも私の気持ちとしては「お誕生日おめでとう」と真っ先にかけて欲しいと思っていました。
だけどあの日、お正月に私に手を差し伸べてくれたプロデューサーさんに出会ってからそんな私の些細なお願いが叶って、それだけじゃなくて、毎日がとっても楽しいことで溢れました。あの人のそばはいつか聞いた聚楽という言葉のようです。
奇跡、そう奇跡だと思います。奇跡なんか起こりうることない。そんなことを言う人もいるかもしれません。それでも、あのお正月にプロデューサーさんと出会うことができたのは、きっと神様が私に授けてくれた誕生日プレゼントのような奇跡なんだって信じています。
……もっとも、プロデューサーさんはどう思っているのかは分かりませんけど。
──
仮眠から目が覚めました。はだけてしまった巫女服を直してから見渡したお正月の空は青く高く澄んでいます。拝殿の方からは喧騒と鈴の音が聞こえてきました。大晦日からお手伝いにと駆り出されてクタクタだったので、少し落ち着いたからと休ませてもらっていましたが、眠っている間にまた忙しくなったようです。ふと視線を向けた机の上にはおにぎりが置いてありました。起こさないでくれたんだ、と思いながら「いただきます」と手を合わせて手早く食べました。まだまだこれから忙しくなるというのにあんまり悠長にしているわけにはいきません。これでも私だって頼りにされていますから。
でも、特別な誕生日なのにな、なんて考えが過ぎりました。幼い頃は両親もお仕事が忙しくて一人でお留守番をしていて、お誕生日を祝ってもらうのは三が日が終わったらから。その頃はとっても寂しくて我が儘を言うこともありました。そうしたら両親は困った顔をして私に言い聞かせるように謝りながら頭を撫でられました。その手のひらの感触とどうにも例えがたい気持ちはずっと心の中にしこりのように残っています。
社務所に入り、中で慌ただしそうに動く巫女さんたちに入りますと声をかけました。ほっとしたような顔をしてお礼を言われました。
それからはあっという間に時間が過ぎました。たくさんの人がやってきてドジなんてする間もないくらい忙しく、目まぐるしいという言葉の通りでした。
そんな繁忙も一段落した折、男性がこちらを見ているのに気付きました。お正月だというのにスーツを着ているから、ということもあったのでしょうか。非常に目立っていました。珍しいなぁ、とぼんやりその男性を見たら案の定、というべきか、やはりというべきか目が合いました。目が合って、ぺこりとお辞儀をするとはにかみながら会釈を返されました。
と、思ったらその男性がこちらへと。『ああ、迷っていたんですね』と一人合点して、どうかしましたかと声をかけました。
「あー、えっと、用というか」
そう言ってなにかを考えるように虚空を見つめています。
「社務所ならあちらですよ?」
拝殿は流石に分かると思ったので社務所の方を示してみましたがそうではなかったようです。やんわりと否定した後、背広のポケットを手探りでまさぐり、なにか名刺ほどの大きさの紙を取り出したと思ったらそれを私に差し出して、
「んっと、そうですね……その、アイドルに興味はありませんか?」
そう、告げられました。
「……え?」
突然聞かれたわけの分からない質問に反応が遅れてしまいます。なんでここでアイドルが出てくるのでしょうか、と差し出されたものを見るとプロデューサーという肩書きが目に飛び込んできました。そんな私のことが分かったのか、
「アイドルになってみませんか?」
と、魔法のような、呪文のような言葉が放たれました。時間が止まったように感じられて、予想だにしていなかった言葉に押し潰されるように息が出来なくなります。さっきまで聞こえていた風の音や人がまばらに歩いたことで生まれる砂利を踏む音が私の世界から消えさります。なにも言えなくなり、ゆっくりと目の前の男性に顔を向けると「どうでしょうか」と尋ねられました。
その言葉で魔法が解けたかのように風景に色が戻りました。震えそうになる、名刺を受け取った手をじっと見つめながら口を開きます。
「あ、あの……まっ、まだ考えさせてくだひゃいっ」
「はぁ……どうしよう……」
溜め息を吐きながら漏らした言葉はどこかに消えました。ちゃぷんとお湯を手ですくってみても考えはまとまりません。口元まで湯船に浸かって、ぶくぶくーっと息を吹いてみました。勢いよく現れた泡は見る間に水面を揺らす波紋へと変わっていきました。
あの後、考えさせてと答えると予想していたように頷いてから、私の名前を聞いて「また来ます」と去っていきました。かと思ったらすぐに戻ってきて良縁お守りを買ってから何かを思い出したような顔になって、
「そうそう、言い忘れてました。あけましておめでとうございます、歌鈴さん」
そう言って帰って行きました。
「アイドルかぁ……」
だらりと脚を伸ばして天井を見上げました。アイドルに憧れていないと言ったらそれは嘘になるのでしょう。テレビの中で歌って踊るキラキラとした姿に憧れるのは女の子ならみんな……というのは流石に言い過ぎでしょうけど、私は憧れていました。でも私はドジでのろまで。あのテレビの中や、ステージで見た女の子たちみたいに華麗に踊ることは難しいと思っていました。巫女舞でドジをしたことはないけど、きっとそれとは違う。
──でも、気になる。こんなチャンス、もう二度とない。それは私にも分かりました。受けたら私はアイドルに……?
自分が華やかな衣装を着て、ステージで踊る。想像してみたら自分の胸がドキドキと高鳴るのが分かりました。高鳴る胸に自分の手を当ててみると鼓動が早くリズムを刻んでいます。
「……どうしよう」
私の中の天秤はアイドルをやりたいという気持ちに傾いていました。でもどこかで『私なんかがアイドルなんて』という私もいて。さっきからずっと考えが堂々巡りしてしまいます。バタバタと脚を揺らしてみても水面みたいに私の思考に波は起こりません。
「よしっ……!」
決意してざぶんと立ち上がります。
「はにゃ……?」
くらっと目眩がして目の前が歪みました。あぁ、長く浸かりすぎたのかな、なんて考えに至ったらスローモーションみたいに天井が遠のくのが見えて、その一瞬の後、私の視界に射し込む光は歪みました。
──
「……ん…?」
ふかふかとした感触に包まれて目が覚めました。ひんやりすると思っておでこに触れると濡れタオルが。つい考えに耽ってしまい、のぼせてしまったみたいです。ぼんやりとした身体を起こして水差しから冷たいお水を注いで飲みました。ひんやりとしたお水がすっと浸透したような気がして少し身体が楽になりました。
そのままぱたんと倒れ込みました。さっきとは違って優しく受け止めてくれたお布団がぽすんと音を立てて私を受け止めてくれます。
目を瞑ってじっと考えて。幾許かそうしたまま、想いに耽って。起き上がってスマホを手に取ります。ちょっと遅い時間だけど繋がるかな、と心配になりながら名刺に記された電話番号を入力。すぅっと息を吸って電話をかけました。
「あっ、おはようございます!」
「おはようございます、歌鈴さん」
翌朝、私はプロデューサーさんとお会いしました。昨日、夜遅くにも関わらず、私の電話に出てくださり、詳しく話を聞きたいと言うと、では早速ということでこうしてお話を聞く場を設けてくれました。
流石に私のお家……は忙しくて邪魔になるといけないので外に出てきて近くの喫茶店でとなりました。
まだ三が日かつ朝早めということもあってか、喫茶店に人はまばらで確かにゆっくりとお話ができそうです。
「それで、その……」
切り出そうとした私を制するようにメニューを渡されました。
思わず受け取ると彼は「なににしようかなぁ」なんて言いながらパラパラとメニューを捲っています。
「うーん、ホットケーキ……いや、フレンチトーストでも……」
そんなことを呟きながらメニューとにらめっこをしています。なんだかそんな姿を見ていると緊張していた私の力がふっと抜けてしまいました。まだどうしようか悩んでいる私にとってはその姿になんとなくですが、この人は悪い人ではないのかな、と思いました。
思わず笑いそうになってしまい、メニューで隠すようにして開きました。そんな私に気付いてかそうでないのかは分かりませんが、こちらを見ると奢りだから、と笑いかけてくれました。
「あ、そういえば……なんでスーツ姿で神社に来たんですか?」
届いた紅茶にミルクを混ぜながら気になっていたことを尋ねました。新年の神社で浮いていたのが、紅茶へと注がれたミルクと何故か重なって見えたからでしょうか。
「あぁ……なんとなく良い出会いがありそうだと思ったからスーツで来てみたんです。先輩からスーツは持っていけと言われて、わざわざスーツなんてと思ったんですけどこうしてみると感謝しないとですね」
私と同じように珈琲をかき混ぜながら答えてくれました。その姿は最初に私に話しかけてきた時とはなんだか違って見えました。
「神様の思し召し……」
はっと彼を見つめます。つい頭に浮かんだことをそのまま漏らしてしまいました。だけどそれ以上に驚いたのは彼も同じことを言ったのが聞こえたということです。それは彼も同じようで。私の言葉が聞こえたのか、彼も私のことを見ていて。お互いにそのまま見つめあっていて、ふっと同じタイミングで笑ってしまいました。
そうしてお互いに落ち着いたら、彼は事務所のことや契約したら東京で活動するために転校する必要があること、その場合は事務所が所有する女子寮に住むことができることなどを説明してくれました。ふむふむと頷きながら、所々難しいところはありましたが、それを言うと分かりやすく説明してくれたので問題はありませんでした。
その説明は私が思っていたよりもアイドルというのはキラキラしていないんだということを知らされました。それでも私にとっては今までの私の中の世界とは全く違っていて魅力的でした。
「……どうします?」
説明を聞き終えて黙り込んで一寸。すっかり紅茶も珈琲も冷めてしまってから尋ねられました。伏せていた目をあげて目の前の彼を見つめます。
「……なんで私のことをスカウト……したんですか?」
昨晩から引っかかっていたことを聞いてみました。返答を待つ間、いつの間にか混雑してきた喫茶店の中の色んな人の喋る声や店内にかかるBGMがやけに大きく聞こえます。
「直感……?」
首を傾げながら、でもその目は真っ直ぐで嘘を吐いているようには見えませんでした。『可愛かった』とかそういうような言葉が出てくるのかな、なんてドキドキして身構えていたせいもあってか、その返答に肩透かしをくらったような気持ちになりました。
ぽかんとした表情になっていたのでしょう。慌てて身振り手振りでなにかを言っていますがなにも入ってきませんでした。だって、そんな姿が取り繕っていなかったから。その姿を見る私もなんだか照れ臭くなって、私の心がこの人とならきっと大丈夫だと予感していました。
ふふっと笑いが漏れました。口元を手で隠してくつくつと。今度は彼の方がぽかんとした目を丸くしています。かと思えばバツが悪そうな表情になって外を眺めてしまいました。
笑いが収まって、ごめんなさいと謝って。ぺこりと小さく頭を下げてからちゃんと彼のことを見据えました。息を吸って深呼吸を一つ。
「よっ、よろしくおねがいしますっ!」
そう言って深くお辞儀をしました。良かった。噛まずに言えた、って心の中でほっとしたと同時に下げすぎた頭がテーブルにガンっとぶつかってしまいました。
頭を押さえながら顔をあげてみたら苦笑いを浮かべるプロデューサーさんの姿が。釣られるように、えへへとはにかむとリン、と鈴の鳴った音がしました。
──
「どうした?」
プロデューサーさんに声をかけられました。どうやらいつの間にか物思いに耽っていたようです。
「プロデューサーさんと初めて会った時のことを思い出しちゃいました」
そう告げて、覚えてますか? と聞きました。
「ああ、もちろん。というか忘れる方が難しいと思うけど」
「えへへ…それもそうですよねっ」
歩いているプロデューサーさんの手を取ってはにかみます。もう深夜ともいえる時間に外を歩いていたから冷えきった手が私たちの体温でじんわりと暖かくなります。
「それにしても懐かしいなぁ…」
懐かしむように遠くを見つめて呟いたプロデューサーさん。昔の私より今こうして隣にいる私を見てほしいなぁ、なんてその横顔を見ながら思いました。さっきまでは私が昔のことを思っていたのに。
「って、どうしてそのことを?」
「今年も一年間楽しいことがいっぱいあったな、って思っていたらつい……」
「なるほどな。もうすぐで新年だしそういう気分にもなるか」
合点したように頷いたプロデューサーさん。はい、と答えてそっと繋いだ手を握りました。それに応えるように握り返してくれたプロデューサーさんに、
「人が増えてきましたしはぐれちゃいけないから、その……」
と、言い訳を独りごちました。多分聞こえていたでしょうけど、プロデューサーさんはなにも言わないでくれました。
「やっぱり混んでますね……」
「まあ仕方ないな、大晦日だし……」
辿りついた神社はやっぱりというべきか混んでいました。その光景に出会ったあの時が不意に重なって見えました。あの夕陽の眩しさは夜闇を寄せ付けさせないかのような燈籠と重なって。
そっと腕を絡ませました。人混みの中ではぐれたりしないようにとしっかり、ぎゅっと。
何も言わずに体温を感じながらいると、もうすぐで拝殿が目の前に。
「ふぇ……? あ、あれ……?」
「はは、寝てたのか? ……と、歌鈴。誕生日おめでとう!」
その言葉に時計を見ると表示は0:00と。液晶が滲んでよく見えなくなります。ごしごしと目を拭ってプロデューサーさんに、
「えへへ…ありがとうございますっ!」
と、なんとか笑顔で言うことができました。
お正月のお祝いじゃない、私のためだけの特別なお祝い。あれから毎年のようにお祝いしてもらっていますが何度体験してもやっぱり特別なものは変わらない特別なままで。それにこうして共に新年と誕生日を迎えることで、不思議と自信がわいてきます。それは私のことをいつも見てくれている貴方からの言葉だから? なんて口には出さずに心の中に。
参拝を終えた帰り道、繋いだ手をぶらぶらさせながら夜空を見上げると雲の切れ間からお月様が顔を覗かせていました。幻想的に見えて声が漏れました。それに釣られたように見上げたプロデューサーさんも同じように歓声を漏らしていました。
「一年の始まりになんだか喜んでいるみたいですねっ」
喜んでいるのは私なんですけど、にこっと微笑むと同時にぴゅうっと風が吹きました。咄嗟に髪を抑えたら何処からかなんだか甘い香りが。きょろきょろと辺りを見回しましたがどこにもそんな香りのするようなものはありません。どういうことだろうと首を捻っているとプロデューサーさんに心配そうに声をかけられました。
「大丈夫か?」
「あ、いえ…その、さっき甘い匂いがしませんでしたか……?」
「え、そんな匂いした?」
「風が吹いた時に……」
「じゃあ出店の方の匂いが風に乗ってやってきたのかもな」
そう言って遠くを見て目を細めるプロデューサーさん。私も真似をしてみましたがなにも見えないので、むぎゅっと抱きつきました。
こんな道端で抱きつくなんてどうなのかな、って思いましたがおめでたい日だしきっと大丈夫、と何の根拠もないままに抱きしめました。
こんな場所で、とプロデューサーさんがきょろきょろ辺りを見まわしているのが分かります。
「……もうっ、私のことだけ見てくださいっ!」
頬を膨らませてそう言ってみてもプロデューサーさんったら戸惑ったような困ったような表情に。
「そんな顔しちゃ駄目ですっ。せっかくの幸せが逃げちゃいますよ?」
そうしてにぱっと笑顔で見つめました。
「えへへ…はい、プロデューサーさんも笑顔ですっ! ふふっ、よくできました~♪」
ぐいぐいと引っ張って促すとようやくプロデューサーさんも笑顔になってくれました。そのまま抱きついていたいところでしたが、あんまり長く道端でこうしていたら流石に怪しまれそうなので名残惜しさを感じながら離れてからじっと見つめます。
何事かと首を傾げたプロデューサーさん。えいっ! と顔を近付けてそのまま唇と唇を重ね合わせました。驚いたように目を見開いたプロデューサーさんに向かって、「えへっ」と笑いかけて、
「わ、私からの新年のお祝い…ですっ!」
夜風に撫でられた私の唇の熱はこの季節の冷たさにも関わらず、いつまでもいつまでもそのままのような気がしました。
おしまい
ありがとうございました
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