まえがき
ジャンル……キモオタコミュ障奮闘記
4千字程度
安価も魔法も巨大ロボットもない。
これから男こと、俺がロリコンになった話をしよう。
あれは数年前、いやもう数十年前の話になる。
あの頃、俺はまだ大学生だった。
俺の外見や特徴と言ったものを端的に表現するのならば、典型的なキモオタである。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1498478764
どの程度のレベルのキモオタであるのかというと。
ファーストガンダムで地味だけど好きなシーンを挙げろと言われたら、
ホワイトベースが攻撃され亀裂が入って、艦内で乗組員がバルブを捻って
謎の粘性の強いシャボン玉が出てきて、亀裂を塞ぐシーンと早口で答えるレベルのキモオタである。
聞いてもいないし、聞かされても分からない内容を嬉々として語りだすキモオタ特有の性質と
自分が話したい内容が優先で、相手がそれを聞いてどう思うのかを考えられない無配慮を兼ね備えた典型的なキモオタだった。
さて大学生のイメージといえば、今の時代、いわるウェイ系などを
思い浮かべる方も多くいるだろうが、工学部のキモオタである俺はその対極であった。
ウェイ系……飲み会などで騒ぐイメージのウェーイが恐らく語源。
他者との調和や協調、その場の空気(ノリ)といったものを
最重視する人々もしくは、その様子。
キモオタである俺には理解も模倣もできなかった。
大学内に友人がいないわけではないが、多いわけでもない。基本は常に単独行動である。
誰かに頼ることも頼られることもない。
ここまでいえばお分かりだろうが、典型的なキモオタかつコミュ障だった。
コミュ障……コミュニケーション障害の略。簡潔に定義づけるのは困難。
ここでの意味は、コミュニケーションを取るのが苦手、人間関係の構築が非常に不得意。もしくは不可能な人間。
つまり俺である。
俺はその日の帰り道も独りだった。アパートから大学までの道のりは自転車と電車を用いていた。
電車の中では文庫本を読む。もしくはひたすら景色を眺める。
そして夕方5時ごろ最寄り駅について、駅から妙に遠い自転車置き場を目指して歩いていた。
電車と徒歩でも共通することは、人とできるだけ目を合わせないことだ。視線を高く上げ過ぎない。
それこそが長い通学路を安全にやり過ごす。それが『たったひとつの冴えたやりかた』
ここでガシャンと大きな音が耳に飛び込んできた。俺は視線を挙げて周囲の状況を探った。
原因はすぐに分かった。
自転車置き場で男性が並んでいる自転車を倒したの音だったのだ。
そして音は継続的に鳴り続け、瞬く間に自転車置き場の自転車10台程度がドミノ倒しで倒れた。
男(あー倒しちゃったか)
そんなことを思っていると、男性が自転車を起こし始めた。しかしここで問題が発生する。
俺は自転車置き場に向かっていて、倒れた自転車の中に、俺の自転車はない。
けど倒れた瞬間と直し始めた所も見ていた。
そこを素通りして俺の自転車を取り出して走り去るのは、あまりにも不親切ではないか。
俺は親切心からではなく、ただ周りから不親切な人間と思われたくないがために、
勇気を出して、その男性に近づき声をかけた。
男「手伝いますよ」
男性「……」
そのとき大学生の俺より、その男性は3~5歳ほど年上に見えた。
当時はまだデビューしてなかったが、男性の特徴を述べるならエ〇ザイルに居そうな容姿だった。
持前のコミュ障を発揮して、相手の顔を見ず、
返事も気にしないで男性の隣に並んで倒れた自転車を俺は直し始めた。
男性が一台目の倒した自転車を直し、俺も二台目の自転車を直した。
そして三台目の自転車に俺が手をかけたところで、あることに気付いた。
男性の気配がない。
俺は周囲を見渡した。そしてすぐに見つけた。
見つけられたのは自転車に跨り、走り去る男性の姿だった。
男「……」
俺は唖然とした。
男性は初めから、ドミノ倒しになった自転車を直していたのではなくて、
ドミノ倒しになった一台目が男性の自転車だったから、直していたに過ぎなかったのだ。
コミュ障特有の声の小ささを発揮してしまったのかと最初は思った。
でも仮に聞こえてなくても、俺の行動に気付いてないはずない。
となりで自分が倒した自転車を直す奴がいたら、申し訳なく思うのが普通だ。
つまり自転車倒したけどなんかキモイ奴が直しているし、こいつに直させればいいと、おそらく思ったのだろう。
その事実に気付いたとき、怒りが沸々と湧き上がってきた。
男(なんだあいつ! なんだあいつ! 死ね! ムカつく! 死ね!)
追いかけて文句の一つも言いたい気分。いや、怒鳴りつけてやりたい気分だった。
しかし、そんな度胸もないので心の中でできる限りの悪態をつきながら、倒れた自転車を直していく。
倒した本人がいなくなって、自分の自転車でもないのだから、
その場で直すのをやめて帰って良かったはずである。
でも半ば意地になりながら自転車を直した。
男(そりゃ、俺だって初めから倒れている自転車とか、風が強くて直してもすぐ倒れるような日の自転車は直さないよ)
男(でもそうじゃないじゃん。アイツが倒したんじゃん)
男(俺やアイツみたいな若い男ならいいよ。自転車起こすくらい。面倒なだけで済むし)
男(でもさ、老人だったり、女性だったり、子供が何台も自転車を直すことになるかもしれないとか)
男(想像できないのかよ!)
男(死ね!)
俺は倒れた10台程度の自転車を全部を直した。
男「……」
男(帰ろう)
俺はその日、もともと大した親切心は持ってなかった癖にムカムカしながら帰路についた。
三日後
男(またかよ)
俺はまたしても大学からの帰り道の夕方5時頃、似たような状況に遭遇してしまった。
正確には自転車置き場の入り口付近で三台の倒れた自転車を起こそうとしている女の子だった。
それを見ても俺はこの前のことがあったから、少し固まってしまった。
親切にした奴が馬鹿をみる。世の中は『冷たい方程式』に支配されている。
俺は見て見ぬふりを決め込もうと思った。
しかしその日の俺の自転車は自転車置き場の奥にある。
女の子の近くを通らなければならない。
俺は女の子を横目で観察しながら、自分の自転車に向かった。
女の子は後ろ姿をみると制服を着ていて、髪は肩より少し長いロングヘアだった。
身長はかなり小さいから学校帰りの中学生だろう。
どうも三台倒れている真ん中の自転車が女の子の自転車みたいだった。
どうも倒れた拍子に自転車同士が絡み合ってしまい、うまく起こせないみたいだった。
それを理解する頃には、すっかりこの前のことを思い出し腹が立ってきた頃でもあった。
男(そうだ)
またこの前のみたいにお礼も言えないような奴なら、今度こそ怒鳴りつけてやろう。
俺は最低なことを考えていた。
あの男に文句を言えなかった腹いせを、あろうことかこの小さな女の子にしようとしていた。
俺は近づいてコミュ障の癖に女の子に声をかけた。
男「少しいいですか?」
女の子は突然、後ろから声をかけられて驚いているようだった。
ちなみにそのときの表情はわからなかった。何故ならコミュ障は顔を見ない。
何がいいのかさっぱりわからない声のかけ方だったが、俺の意図を察して自転車の前からどいてくれた。
恐らくだけど倒れている自転車の中に
俺の自転車があると思ったんだと思う。
自転車をみると女の子の自転車の前輪のスポークに、倒れた自転車のハンドルが突き刺さっていた。
スポーク……車輪の中心軸から外側のタイヤに伸びる針金のような部分のこと
倒れた自転車のハンドルはゴム製で、それが女の子の自転車のスポークの部分にガッチリはまっていた。
倒れた自転車を起こすには、自転車を一台持ち上げながら、スポークからハンドルを引き抜かねばならなかった。
小さな中学生の女の子一人の力では無理だったんだろう。
男「んっ」
俺は軽く息を止めながら、力を込めてハンドルを引き抜いた。幸いにもすぐに抜けた。
声をかけた癖に何もできませんでしたなんて、最悪の結果を招かずに済んで安堵した。
そのまま倒れた3台の自転車を起こして、振り返って女の子に向き直った。
男「どーぞ」
女の子「ありがとうございます」
女の子はすぐに深々とお辞儀をしてくれた。
重ねて言うがコミュ障は顔を見ない。
はずだった。
そして女の子が顔を挙げて、そこで初めて俺は女の子の顔を見た。
女の子は満面の笑顔だった。キモオタの俺に向けるにはもったいないくらいの笑顔だった。
美人とか愛嬌があるとか、キモオタの貧相な語彙力では言い表せない笑顔だった。
女の子「がちがちにハマっちゃってて、私じゃどうしても抜けなくて助かりました」
女の子は少しはにかみながら続けてお礼を言って、また頭を下げた。
そのとき、俺は不思議な気分になっていた。
この前、自転車を直したのにお礼も言わずに行ってしまった。あの男性。そして目の前の女の子。
この女の子は今のことだけをお礼を言ってくれている。
それは当たり前なのだけれど、そのとき俺はその女の子に、この前のことも、
今のことも含めて、何か自分の価値観を肯定されたような感覚を抱いていたんだ。
そして、思い出してしまったんだ。
俺はこのしっかりお礼の言える笑顔が素敵な女の子をあわよくば怒鳴りつけてやろうって思っていたことを。
男「いっ、いぇいえ」
俺は急に後ろめたくなって、どもりながら返事をして、女の子が頭を挙げる前に自分の自転車に向かった。
コミュ障が人と話して逃げるのは、気恥ずかしさからだったが、この時ばかりは後ろめたさから逃げた。
急いで自転車の鍵をはずして、女の子がいる方とは逆の入り口から逃げた。
女の子「ありがとうございました!」
俺の背中にまた女の子がお礼を言ってくれたが、俺はもう顔も見ることも出来ずに一心不乱に自転車を漕いで逃げた。
あれから長い年月がたった。
もうあの女の子の顔もしっかりとは思い出せない。
ただすごく素敵な笑顔でお礼を言ってくれたこと。
それがすごく嬉しかったことだけを覚えている。
俺は困っている人がいるのなら、なんだかんだ親切するようになっていた。
そういえば、以前読んだハインラインの『夏への扉』の読者感想文にこんな一文があった。
男「最後に勝つのはロリコン」~俺がロリコンになった理由~
終わり
夏への扉……主人公がタイムトラベルするSF小説。タイムトラベルする関係で肉体年齢がヒロインと同じでも、
生まれた年だけを比較すると年齢差がひどいことになる。
読んで頂き本当にありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません