魔女「死者に会いたい?」 (53)
剣士「はい」
魔女「どうして?」
剣士「…大切な人に一目でいいから再会したい。その一心です」
魔女「ふーん」
剣士「あなたなら、それが出来ると伺って参りました」
魔女「」パチンッ
ゴォォォオオ
剣士「」ビクッ
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剣士「(なんだこれは!?青白い炎が取り囲んで…!?)」キョロキョロ
ボォォッ
剣士「(……熱を感じない?これはいったい……)」
魔女「なるほどねぇ…」
剣士「ま、魔女様!この炎は…!?」
魔女「誰?」
剣士「は!?」
魔女「誰に会いたいの?」
剣士「そ、それは…いや、まずはこの炎の説明を!」
魔女「質問に答えて」
剣士「し、しかし炎が気になってそれどころでは!」
魔女「」ジッ
剣士「っ……恋人、です」
魔女「恋人?」
剣士「はい…」
魔女「……ふーん。どんな?」
剣士「どんな…とは?」
魔女「具体的に」
剣士「き、きれいな黒髪で…瞳はぱっちりと大きく…小柄であどけない可愛らしさが…」モゴモゴ
魔女「ふんふん、で?」
剣士「……?」
魔女「馴れ初めは?」
剣士「ずいぶん踏み込むんですね…」
魔女「まぁまぁ」
剣士「……」
剣士「…彼女とは町のギルドで意気投合し、タッグを組んで王国の依頼をこなす仲でした」
剣士「彼女は魔法使い、俺は剣士、相性も良く、互いに背を任せられるほど息が合いました」
剣士「二人で数え切れない悪党や魔物を成敗し、名を馳せた俺と彼女はいつしか王国から表彰されるまでになったのです」
剣士「その頃には出会いから月日も流れ、互いを高め合える存在から思い合える存在へと深まっていました」
剣士「しかしそんな矢先、彼女は命を落としてしまったのです。悪しき魔物の手によって…」
魔女「へぇ」
剣士「お願いします!どうか!どうかもう一度だけ彼女に会わせてください!あなただけが頼りなのです!」
魔女「表彰されるくらいだから、あんたは国の英雄ね?」
剣士「……」
魔女「いいの?こんないかがわしい魔女を頼って?」
剣士「諸国を回り、ツテを頼りに手を尽くしましたが…他に方法が見当たらなかった」
魔女「……」
剣士「誉れも富もいらない!俺には彼女が全てだったんだ!」
魔女「そう」
剣士「報酬は問わない!俺に出来る事ならなんだってする!だから…彼女に会わせてくれ!?」
魔女「分ーかりました」パチンッ
ゴォォォオオ
剣士「えっ…」ゾクッ
剣士「うわあっ!?」ガバッ
シーン
剣士「(? な、なんだ、ここは?真っ暗で…何も見えない)」キョロキョロ
剣士「(あの薄気味悪い業火に包まれて……それから)」
『聞こえる?』
剣士「だ、誰だ!?」バッ
『ついさっきまで話してた相手の声も忘れたの?』
剣士「ま、魔女様…ですか?」
『そう』
剣士「ど、どこにいるのですか?こ、ここは?これはいったいなんなのですか?」
『……』
剣士「魔女様?魔女様…!お答えください!俺を騙したのですか!?」
ボッ
剣士「」ビクッ
火の玉「」ユラユラ
剣士「これは…先ほどの?」
シュワシュワシュワン
剣士「な、なんだ?青白い炎が捏ね回されるように形を変えて…?」
シュウウウウ
剣士「……!?」
コボルト「グルルルル!」
剣士「ま、魔物!なぜ…!?」スラッ
コボルト「ガァァアアアッ!!」バッ
剣士「ふんっ!!」ズバッ
コボルト「」ドシャッ
シュウウウ
剣士「…どういう事だ」ジャキッ
剣士「魔女様!説明してください!あの魔物はあなたの仕業ですか!」
『ここは魂の牢獄』
剣士「魔女様!?」ハッ
『あなたに関わる魂が、あなたとの対話を望む場所』
剣士「魂…!?」
『ここから出るには魂を浄化させなければならない』
剣士「なんの話だ!俺は彼女に会わせてほしいと頼んだんだぞ!?」
『会えるわよ。魂に隔たりが無い限りは』
剣士「どういう意味だ…!?」
『死者と再会を果たせるとしたら、ここ以外にない』
剣士「っ…本当か!?」
『本当よ』
剣士「……」
『いずれにせよ魂を浄化しない事にはあなたを帰せない。死者に会うというのは、それなりの代償を伴う禁忌』
剣士「分かった…。あなたに従おう」
ボッ
剣士「また出てきたか。どうすればいい?」
『それはあなた次第』
剣士「……?」
『先ほどのようにしてもいいし、違う方法を取ってもいい』
剣士「…釈然としないが了解した」
シュワシュワシュワン
お婆さん「剣士様」
剣士「(誰だ?この老婆は?)」
お婆さん「あの時は恐ろしいトロールから町を守ってくださって本当にありがとう」ニコッ
剣士「(トロール……どの?)」
お婆さん「あなたのおかげであたしは天寿をまっとう出来ました。感謝しています」ぺこっ
剣士「……礼には及ばない。当然のことをしたまでだ」
お婆さん「ありがとう、ありがとう……」シュウウウウ
剣士「(蒸発するように消えていく…)」
剣士「今のが浄化なのか?」
『そう』
ボッ
剣士「(…俺に関わる魂)」
シュワシュワシュワン
剣士「(そうか…。そういうことなら意外と苦にならないかもな)」
インプ「ギィィ!」ジュルリ
剣士「(俺は数多の人々を救ってきた。恨まれる相手など魔物や悪党くらいのものだ)」フッ
ワーウルフ「ギャンッ!」ブシャッ
シュウウウウ
剣士「浄化完了」スチャッ
『だいぶ手慣れてきたようね』
剣士「魔物の駆除は専門分野だからな」
ボッ
剣士「おっと、またか。いつまで続くんだか」
『安心して。ここでの出来事は現実に作用されない。時も止まったままよ』
剣士「そいつはありがたい。が、やはりいい気分じゃないな。一刻も早く終わらせたいもんだ」
『あなた次第よ』
剣士「はぁ…分かってるよ」
シュワシュワシュワン
剣士「今度は人間か」
盗賊「てめぇ…よくも邪魔してくれやがったなぁ」ジロッ
剣士「…悪いが見覚えのない顔だな」
盗賊「ふざけんな!てめぇの女にやられて俺は牢屋にぶちこまれたんだ!」
剣士「なら悪さをしていたってことだな。自業自得だ」
盗賊「あの後、俺は処刑された。大勢の奴らが眺める前で首ちょんぱだ!」
剣士「相応の報いというものだろう」
盗賊「ぶっ殺してやらぁ!!」バッ
剣士「」ズバッ
盗賊「う゛ふ」ドバッ
シュウウウウ
剣士「せいぜい来世で改心するんだな」
ボッ
シュワシュワシュワン
剣士「(また人間か。今度は誰だ?)」
傭兵「……」ジロッ
剣士「失礼だがあんたは?」
傭兵「お前の…お前のせいで…」ブツブツ
剣士「……」ジャキッ
傭兵「許せねぇ…!」ジャキッ
剣士「…なんの事か分からないな」
傭兵「黙れ!お前と魔法使いがギルドの依頼を独占してくれやがったおかげで俺様は職にあぶれたんだ!」ギロッ
剣士「?」
傭兵「俺様だってちったぁ知れた名だった!傭兵稼業でそれなりに飯を食えてたんだ!」
傭兵「だがお前らが現れてからめっきり依頼が無くなった!終いにゃ糞みてぇな連中と依頼を奪い合って小銭稼ぎする落ちぶれようだ!」
剣士「おいおい…それは逆恨みってもんじゃないのか」
傭兵「やかましい!冬の路地裏で冷たい地べたに寝そべって飢え死ぬ惨めさがお前に分かるかぁ!?」
剣士「……」
傭兵「地位も名声もシノギも取り上げられて……酒を買う金もねぇで……シラフで現実を突きつけられる生き地獄……あぁ、あれこそまさに地獄だよ」ブルッ
剣士「他にやりようはあっただろう…」
傭兵「うるせぇ!!この腕一本で大金を稼いできた俺様が今さら冴えねぇクズ共みてぇな労働なんかやってられるかぁ!?」
剣士「冴えない、か。そんな人たちを守る為に俺たちは剣を握るんじゃないのか」
傭兵「バカかてめぇは!?んな高尚な考えでやってる奴なんざいやしねぇよ!ギルドなんてなぁ金稼ぎのツールでしかねぇだろうがぁ!?」
剣士「…堕落ゆえか、はたまた……いずれにしろ分かり合えそうにない」スチャッ
傭兵「お前さえいなきゃ今頃は俺様が英雄だったんだぁ!?」ダッ
剣士「どうだかな」ヒュッ
ズバッ
シュウウウウ
剣士「ふぅ、これが浄化だというのなら浮かばれないな…」
町人「ありがとうございました」ペコッ
剣士「いやいや、達者でな」
シュウウウウ
剣士「ふぅ…これで何度目か。骨が折れるな」
『順調ね』
剣士「あぁ。たまにおかしなのもいるが概ねはな」
『そんなに彼女に会いたい?』
剣士「会いたいよ。何をしてでも」
『どうしてそこまで?』
剣士「…純粋に好きなんだ。いつだって彼女の笑顔にときめいた。俺の生涯でかけがえのない女性だ」
『そう』
剣士「聞いておいて淡白だな…」
ボッ
シュワシュワシュワン
少女「」ポツン
剣士「(子供か…)」
少女「」ジーッ
剣士「えー…君はどの時の子かな?」
少女「返して」
剣士「ん?」
少女「わたしの村を返して」
剣士「かえす…?」
少女「パパとママを返して」
少女「弟を返して」
少女「友達を返して」
少女「果物屋のおばさん、村で飼ってた牛のロペス、いつもお勉強教えてくれた神父さん」
少女「みんなみんな返して」
剣士「(なにを言ってるんだ、この子は……)」
少女「野盗に襲われた。みんな死んだ。わたしも死んだ」
剣士「……!?」
少女「パパはハンマーで頭をカチ割られた。ママは服を脱がされてイヤイヤ言ってた」
少女「まだ赤ちゃんだった弟は鍋に放り込まれた。煮えたぎったお湯の中で苦しそうに泣いてた」
少女「わたしは…それを見てる内に刺された」
剣士「そ、それは可哀想に…」
少女「剣士様が来なかったから」
剣士「俺が…?」
少女「だから死んだ。わたしもみんなも」
剣士「待て!俺は関係ないだろう!?」
少女「なんで助けてくれなかったの?」
剣士「た、助けろって…その場に居合わせてもいないんだぞ?」
少女「みんな剣士様を呼んでた!大きい声で助けてって言ったよ!」
剣士「だから俺は!」
少女「英雄だなんて嘘つき!わたしの村を返して!」キッ
剣士「(バカな……あまりに理屈が無さすぎる)」
『どうする?』
剣士「何がだ…」
『この子はあなたに叶わない物を求めてる』
剣士「……」
『あなたはどうやって、この子の魂を浄化する?』
剣士「そんなの……」
少女「返して!返して!返して!嘘つき!返してよ!」
剣士「どうしようも…ないじゃないか」
『浄化しなければあなたの魂はここに閉じ込められたまま』
剣士「それは困る!何かないのか!この子を救う手立ては!?」
『私は知らない。その子じゃないもの』
剣士「そんな…!どうしたら…!」
少女「嫌い!」
剣士「!?」
少女「あんたなんか嫌い!死んじゃえ!」
剣士「なんでそうなるんだ!おかしいだろ!?」
少女「うるさいうるさい!嫌いったら嫌い!」
剣士「(ダメだ。なにを言っても…)」
剣士「落ち着くんだ。俺は君の村を見捨てた訳じゃ…」
少女「うるさい!」
剣士「は…?」
少女「あんたなんか嫌い!」
剣士「どうすれば許してくれる…?俺に何をしろと言うんだ…?」
少女「嫌い嫌い、だいっきらい!」
剣士「やめてくれ…。これ以上、俺を困らせないでくれ」
少女「返せ返せ返せ!」
剣士「俺は…ここにいる訳にはいかないんだ。会わなきゃいけない人がいるんだよ」
少女「死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ!」
剣士「もう待てないんだ…。ずっと前から…」スチャッ
少女「」ビクッ
剣士「頼むから、もう消えてくれ」ジリッ
少女「ひっ…」ウルッ
剣士「君の村を救えなかったのは俺のせいじゃない。そうだろ?」ジッ
少女「~~~!」ウルウル
剣士「認めてくれ。でないと俺は……」ググッ
少女「……!」フルフル
剣士「」ヒュッ
少女「ママっ…」ブワァ
ズバッ
シュウウウウ
剣士「こうするしかないじゃないか…」
ザシュッ ズバッ ドスッ
ならず者「ぐ、ぞぉぉ……」シュウウウウ
剣士「……」
『ペースが上がったね』
剣士「魔女……」
『あの少女の後から』
剣士「!!!」ゾワッ
『なんか心境の変化でもあった?』
剣士「嫌な性格だな…。分かってて聞いてるのか…?」
『さぁ?』
剣士「あんたがやらせたんだろ…。あんたが…俺に罪無き子供を斬らせたんだ…!」ググッ
『何を言ってるの』
剣士「なに…!?」クワッ
『あなたがした事でしょ?私を言い訳に使わないでよ?』
剣士「じゃあ他にどうすればよかったんだ!?」
『知らないわよ』
剣士「!?」
『気が済むまで罵倒させる?こんこんと説得する?それとも時間が経つのを待つ?』
剣士「……!」
『思い付く限りの方法はこんなものかしら。でもあなたはそうするしかないと思ったんでしょう?』
剣士「うっ…く!」
『だったら全てあなたが背負いなさいよ』
剣士「」ガクッ
『私はただあなたの願いを聞き入れて、ここへ導いただけ。ここで起こる出来事は全部……あなた次第』
剣士「分かった…。よく分かったよ…!もういい!」ギリッ
『そう』
ボッ
『新たな魂があなたとの対話を望んでる』
剣士「……!」
商人「あんたが都の武器屋ばかり贔屓にするからウチの評判が下がったんだ!」
剣士「……」
商人「ウチだって良い品を揃えてた!それなのにあんたは他の店に目もくれない!だから見る目のない連中が向こうにこぞっちまうんだ!」
剣士「なんだ、そりゃ…それも俺が悪いってのかよ」ボソッ
商人「このド素人め!あんたに質の良し悪しなんぞ分かりやしないんだろう!」
剣士「……別に贔屓してた訳じゃない。立ち寄った土地の店はあらかた見てきたさ。たまたま買った店が俺の名を使ってるだけだろう?」
商人「知るか!あんたのせいでウチは形無しだ!店も潰れて路頭に迷って女房子供と心中だ!あんたにウチの気持ちが分かるのか!?」
剣士「俺の名になど左右されないくらい商売に精を出せばよかったじゃないか…。自分の構えた店なら自分で守ってみせろよ…」
商人「うるさい!黙れ!言い訳するな!この人殺しが!」
剣士「いい加減にしろよ…。俺がいつ人を殺した?あんたに何をしたって言うんだよ!」
商人「お前が買えば店は有名になったんだ!あんな都にあるだけのハリボテ小屋に負けなかったんだよぉ!!」
剣士「全部てめぇの力不足だろうがぁ!?」ズバッ
商人「ギャアアアアア!!!」シュウウウウ
狩人「あの魔物は俺の獲物だったんだぁ!お前が横取りするから懸賞金がパーに…」
ズバッ
狩人「なっ…た……」シュウウウウ
剣士「はぁ…はぁ…」ゼェゼェ
ボッ
剣士「どいつもこいつも…!?」ギロッ
シュワシュワシュワン
剣士「リャアッ!!」ズバッ
町娘「けん、しさま…どうし、て」ブシャッ
剣士「どうせお前もっ…俺を…!」ハァハァ
町娘「わ、たし…ただ、かんしゃ……したかっ…」シュウウウウ
剣士「え…?」ドクンッ
シーン
剣士「俺は今なにをしたんだ…?」ワナワナ
剣士「俺は…おれ、は……」ガクガク
剣士「う、おぉぉぉおおおお!!!」ダンッ
剣士「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」ブンブンッ
中年男「俺の息子はお前に憧れちまったばっかりにギルドなんぞに入って魔物に喰われた!責任を取れ!!」
中年「関係ないだと?関係ないで済むか!男手一つで育てた大事な息子を奪われたんだぞぉ!?」
ズバッ
シュウウウ
老人「あれだけ依頼したのになぜ来てくれなかったのじゃ!?」
老人「なに!?他の依頼で手一杯だった?そんなのわしらに関係あるか!村が破滅したんじゃぞ!」
ズバッ
シュウウウ
罪人「俺は確かに盗みを働いたよ…。でも仕方なかったんだ!病弱な娘の薬代を稼ぐにはそれしかなかったんだよ!」
罪人「罪は罪?ならあんたは罪を犯した事がないって言うのか?きれいごとばっかほざきやがって!?」
罪人「俺がいなくなったら娘は…娘はどうやって生きていけって言うんだよぉ!?」
ズバッ
シュウウウ
衛兵「貴様らが無闇に活躍してくれた為に我々は陛下の信用を落としたのだ!」
剣士「おれはわるくない…おれはわるくない…」フラフラ
衛兵「傭兵にすら劣る護衛は使い物にならぬと蔑まれる屈辱…!どうしてくれる!?」
剣士「どうでもいい」ボソッ
衛兵「なに!?」
ズバッ
剣士「疲れるんだよ…」チャキッ
衛兵「がはっ…!」シュウウウウ
剣士「ふ、ははは。はは……」フーッフーッ
少年「やだぁあああ!!助けて!お母さぁぁん!!!」タタタッ
剣士「逃げるな…逃げるな…お前を消さないと、彼女に会えないんだよ…」ダダダッ
少年「わぁっ!」ズサッ
剣士「おとなしくしてるんだ…。いいな?」ジリジリ
少年「どうして!どうして!ボク剣士さまにお礼がしたくて…ホントだよっ!おねがい!殺さないで!?」ビクビク
剣士「嘘だな。それならとっくに消えてるはずだ」ジャキッ
少年「ウソじゃないよ!でも…剣士さま怖い!どうしてボクを斬ろうとするの!?」ブルブル
剣士「…じゃあ早くしろよ。まだ俺がまともでいられる内に……早く!!」グワッ
少年「ひっ!あ、ありがとう!ありがとうございます!ありがとうございます!」ペコペコ
剣士「……消えないじゃないか」ジロッ
少年「あうっ…あ、わ、わあああ゛あ゛あ゛!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな……」ブワァ
ズバッ
少年「ざ、い゛」ブシャッ
剣士「嘘ばかり並べやがって…お前が悪い。全部、お前らが悪いんだ」プルプル
シュウウウウ
『望んだ形でないと魂は自ら浄化しない。あの少年はあなたへの憧れから対話を望んでいた』
剣士「」ピクッ
『なんてね。そんな気がしただけ』
剣士「なんだよ…。なんで後になって…そんな事を」ワナワナ
『……なんとなく?』
剣士「く、ふふ…ハハハハハハ!!!ハーハッハッハ!!!」ゲラゲラ
『……』
剣士「俺にどうしてほしいんだ!?永遠に苦痛を与え続けるつもりか!?」
『だーかーら』
剣士「……!」イライラ
『あなた次第だってば?』
剣士「出てこい!姿を表せ!殺してやる!俺を元の世界に帰せ!?」
『そうしたら二度と彼女には会えない。それでもいいなら』
剣士「ぐっ…う、がぁぁあああああ!!!」ワシャワシャ
シュウウウウ
剣士「何回目だ…。あと何回斬ればいい…?」ゼェゼェ
ボッ
シュワシュワシュワン
剣士「もうたくさんだ、こんなの…やってられるかぁ!?」ヒュッ
ガキィィン
剣士「!?」ギギッ
女騎士「久方ぶりですね。剣士殿」ギギッ
剣士「き、君は…!」ハッ
剣士「王宮に仕えてた女騎士じゃないか!」パッ
女騎士「ふふ、その節はどうも」クスッ
剣士「会えて嬉しいよ。君とはあの一件以来だもんな…」
女騎士「はい。反逆者の集団によって城下に大量の魔物が放たれ、亡国の危機に陥った…あの日以来です」
剣士「残念だよ。君は生きてるものとばかり…」
女騎士「……」
剣士「でもここにいるという事は…そういう事なんだろうな」
女騎士「話は変わりますが」
剣士「?」
女騎士「彼女は息災ですか?」
剣士「っ……」
女騎士「そうでしたか。彼女も…」
剣士「…あぁ、だから俺はここに来た。彼女にもう一度会う為に」
女騎士「……」
剣士「だけど俺のしている事は……くっ」ギリッ
女騎士「えぇ、見ていましたよ」
剣士「」ゾクッ
女騎士「無念ですね。人の世に貢献されてきた剣士殿が、あのような悪辣極まりない罵倒にさらされて」
剣士「君も…なのか?」ブルッ
女騎士「……?」
剣士「君も俺に恨みがあるのか…?」ブルブル
女騎士「剣士殿…」
剣士「いや、なくても同じか…。少なくとも幻滅はしただろう。俺は罪無き魂すら激情のままに切り伏せてしまったのだから」
女騎士「そうご自分を卑下なさるものではありませんよ」
剣士「しかし…俺は……」
女騎士「」ダキッ
剣士「」ビクッ
女騎士「どんな行いをされようとも…剣士殿は人々を救った英雄です」ギュッ
剣士「ど、どうしたんだ。急に…」オロオロ
女騎士「そして私の愛した人……」
剣士「え…?」キョトン
剣士「今、なんて…?」
女騎士「お慕い申し上げております」ジッ
剣士「な、な、な…!?」カァァ
女騎士「やはり気付いておられなかったのですね。私はずっとあなたを好いていたのに?」
剣士「な、なぜだ!俺には…」
女騎士「えぇ、恋人がいらっしゃいましたもんね。でも感情には逆らえない…それが恋という物では?」
剣士「バカな!確かに君とは親しかったが俺はギルドに依頼を受ける賞金稼ぎであなたは王宮に仕える位の高い騎士だ!」
女騎士「そうね…。けれどあなたは英雄となった。数々の魔物を討伐し、人々を恐怖から救い出して我々、王宮騎士など比にならぬ功績を挙げた」
剣士「俺一人の力じゃない。彼女とだから出来た事だ…」
女騎士「羨ましい」
剣士「?」
女騎士「私もそう言われたかった。あなたの隣にいたかった。共に称えられ、愛も名誉も欲しいままに……」
剣士「女騎士…?」
女騎士「どうして私じゃいけなかったの…?私だって幾度もあなたと一緒に戦った…!あの日だって!」
剣士「あの日?」
女騎士「あなたは…傷付いた私を置いて、はぐれた彼女を追いかけた!」
剣士「あの場には味方の兵士や賞金稼ぎも大勢いた。だが彼女は一人だった。優先するのは当然じゃないか」
女騎士「結果、私の魂はこうして幽閉されてしまいましたがね…」
剣士「すまない…。君なら大丈夫だと思ったんだ。たとえ一人でも生き抜ける強い女性だと、そう信じてた」
女騎士「それは彼女にも言える事でしょう…?」
剣士「い、いや…」タジッ
女騎士「なにせあなたと並び立てるほどの魔法使いですもの…」
剣士「彼女も死んだよ…。俺が駆けつけた時には既に息を引き取っていた」
女騎士「そう…それは悲しいですね」
剣士「どの魔物にやられたのかは分からない…。首謀者だった黒魔術師の誰かかもしれない…」
剣士「だけど俺が見失わなければ彼女は……そんなどうにもならない事ばかりが頭の中を駆け巡るんだ」
女騎士「もういいじゃないですか」ギュウウ
剣士「……?」
女騎士「真実なんて知ったところで事実は変わらない。考えれば辛くなるだけ」
剣士「……」
女騎士「あなたはいずれ彼女の魂に出会うでしょう。でもそれになんの意味があるのですか?」
剣士「意味…?俺はただもう一度……」
女騎士「彼女にまで拒絶されたら?」
剣士「え…?」
女騎士「あなたが救ってきた裏で救えなかった者も大勢いる。その理不尽な恨みを容赦なくぶつけられて、あなたはどうなりましたか?」
剣士「……」
女騎士「心は衰弱して、思考を諦めて、やりきれない想いを振り払うように剣を血で染めた」
剣士「く、う…!」ググッ
女騎士「幸いにもあなたは私の顔を見て僅かな理性を取り戻してくれました」ニコッ
剣士「」ドキッ
女騎士「その事実が私にはとても、とても嬉しかった」ニコニコ
剣士「…冗談だろ。俺のしてきた事を見ていたなら」
女騎士「ここでの出来事を覗けるのはあなたと親い想いを共有する魂だけです」
剣士「……それはつまり」ハッ
女騎士「きっと彼女も全てを見ています」
剣士「あ、あ、あぁぁ…」サァァ
女騎士「最愛の女性にまで裏切られるかもしれない。それでもあなたは再会を望みますか?」
剣士「やめろ…!やめてくれ…!君までなんでだ…なんでよってたかって俺を苦しめようとする!?」ガッ
女騎士「け、剣士殿…痛い!」ズキッ
剣士「俺はこんな事がしたかったんじゃない!一目会えればよかったんだ!自惚れでもいい!彼女だってそう望んでいた筈だ!」ギュゥゥッ
女騎士「は、なして!」ジタバタ
剣士「そして…そして願わくはまた二人で、二人の、二人だけの時間を過ごしたかった…!」ブワァッ
剣士「あの魔女に頼めば…失った時間を目一杯、幸福に注ぎ込めると…それなのに!」ボロッ
女騎士「……」キュ
剣士「どこで何を間違ったんだ…。決して恥じない生き方をしてきたつもりだったのに…」
剣士「愛した人を守れなかったばかりか…見ず知らずの人間たちの恨みを買い、デタラメに剣を振って誤魔化した。独りよがりもいいとこだ!」プイッ
剣士「俺と彼女が築き上げた平穏は…まるで無駄でしかなかったのか?」ガクガク
女騎士「思い悩むくらいならやめてしまえばいいじゃありませんか」
剣士「なに…?」
女騎士「私ではいけませんか?」
剣士「な、なんだって?」
女騎士「今の剣士殿では再会しようにも後ろめたく感じるでしょう?」
女騎士「おそらく彼女も…今の剣士殿は受け入れられません」
剣士「ま、まだそうと決まった訳じゃ…」
女騎士「ですが」ズイッ
剣士「……!?」タジッ
女騎士「私は…私ならどんなあなたも愛せます。一途に、迷うことなく、欲深なほどに」ジーッ
剣士「め、面と向かって言われると、その……困る」ポリポリ
女騎士「どうして困るのですか?」
剣士「…俺が愛せる女性は一人だけだ」
女騎士「なら彼女でなく私を愛せばいい」
剣士「そんな事出来る訳がないだろう…」
女騎士「お願いです。愛して」ギュッ
剣士「や、やめろ…彼女が見ているかもしれないんだろ?」オロオロ
女騎士「この牢獄で私と一緒になりましょう。永遠に」スッ
剣士「よせ…!何をするんだ!?」アセアセ
女騎士「誓いの口付けを」スーッ
剣士「いい加減にしてくれ!」ドンッ
女騎士「キャッ!」ドタッ
剣士「はぁ…はぁ…自分が何を言ってるか分かってるのか!?」ダラダラ
女騎士「ひどい…」ジッ
剣士「あ、いや…そういう意味じゃ!」アセアセ
女騎士「汗にまみれ、涙に濡れて、焦りが表情を曇らせてる。精悍なお顔立ちが台無しですね」クスッ
剣士「なっ…」
女騎士「でも私は…そんなあなたを微塵も情けないと思いません。むしろ可愛い」スクッ
剣士「な、何が言いたい?」アセアセ
女騎士「最初から言ってるじゃありませんか。あなたが愛しいんです。心の底から…深く、深く」ニィィッ
剣士「っ…分からない!君はそんな女性じゃなかった筈だ!」
女騎士「……」
剣士「華も羨む美女と褒めそやされながらも傲らず真摯に正義を追い求め、王宮騎士の模範とされていた立派な女性だったじゃないか!」
女騎士「そう。私は女」ヒタッ
剣士「っ…!」
女騎士「身勝手な運命のまま騎士道に生かされ、奇異の目を全身に浴びながら、細い腕に似つかわしくない剣をぶら下げ、いつしか自分の居場所を狭められた」
女騎士「屈強な兵士達に勝る私を、国王陛下の伽を務める私を、王国を象徴する騎士となった私を、打算や怖じ気もなく愛せる男なんていない!」スラッ
剣士「お、おい…!なぜ剣を抜く!?俺は君とやり合うつもりは……」
女騎士「あなただけよ。剣士殿。私を対等に女性として扱ってくれた男性は…」ユラァ
剣士「落ち着け!話を聞くんだ!」アセアセ
女騎士「なのに…あの女が…憎い……どうして…私より先に……出会ってしまったの?」ブツブツ
剣士「お、女騎士…?どうしたんだ!」
女騎士「私の物にならないなら、せめて」ギロッ
剣士「(殺気…!?)」スラッ
女騎士「彼女のもとには行かないで」ダッ
剣士「(はやっ…)」バッ
ギャリィィン!
剣士「(間一髪、だったな…!)」ギギギッ
女騎士「ねぇ、知ってる?」ヒュンッ
剣士「っ…く!」ガキンッ キンッ
女騎士「噂を耳にした時から、あなたしかいないと感じてたの」ヒュンッヒュンッ
ガガンッ ギィンッ
女騎士「だから出会いには失望したわ。もうあなたの隣にはあの女がいたんですもの」ヒュンッヒュンッ
ガィンッ ズガァン
女騎士「それでも知れば知るほどにあなたは輝いて私の胸を熱く焦がした」ヒュンッヒュンッ
ガガッ ギィンッ ガァンッ
女騎士「楽じゃありませんよ。演じるのも。友人関係を装うたびに。何かが崩れる音がするの」シュバッ
剣士「うおっ!」ピシュッ
女騎士「どうすれば…どうすればあなたは私の物になるの?」ジーッ
剣士「っ…頼むから、正気に戻ってくれ」ゴクリ
女騎士「そう考え始めると、それ以外の思考が働かなくなる。よからぬ事と知りながらも、ね」
剣士「なんだと…?」
女騎士「いなくなればいい。あなたの隣を独占する卑しい女狐が…きれいさっぱり消えてなくなればいい」
剣士「どういう事だ…?」
女騎士「幸せになりたかったの。誰だってそうでしょ?」
剣士「まさか、君が…?」ハッ
女騎士「ねぇ、剣士殿。私を見て。私しか見ないで。私だけを愛して」スッ
剣士「嘘だろ…?嘘なんだろ!なぁ!?」
女騎士「今ならまだ間に合う。こんなにいとおしいんだもの。私たち、やり直せるわ」クスクス
剣士「答えろよ!!」
女騎士「過ちは許します。大事なのはこれから…」ヒタヒタ
剣士「ふざけるなぁっ!!」カッ
女騎士「」ピタッ
剣士「君が彼女を…死に追いやったのか?」ブルブル
女騎士「……」
剣士「教えてくれ…どこまでだ?どこまでが真実でどこまでが嘘なんだ!?」
女騎士「あなたに嘘なんてつく訳ないじゃないですか」ニコッ
剣士「」ゾワァッ
女騎士「大好きな人ですもの。知り尽くして、互いを、偽りはよくないわ?」ニコニコ
剣士「お前…だったのか」ワナワナ
女騎士「ここなら誰の邪魔もない。深めましょう。二人だけの愛を。魂から、始めましょう…?」ニタァァァ
剣士「……」ジャキッ
女騎士「抱き締めて、剣士殿。キスをして、けん」
ズバッ
女騎士「しど……の…?」キョトン
剣士「よくも…よくも…!」フーッフーッ
女騎士「あいし、て……あぃ……」シュウウウ
剣士「はぁ…く、う」ググッ
ボッ
剣士「っ~~~!!!」ギロッ
シュワシュワシュワン
剣士「はぁっ!」ヒュンッ
ズバッ
シュウウウ
剣士「(女騎士が俺を…いや、女騎士だけじゃない)」
剣士「(ここにいる魂のほとんどが…)」
剣士「(そうじゃない魂もあった。だが皮肉にも俺は…)」
剣士「(俺もまた罪深いのか。背徳に次ぐ背徳……何を信じればいい?)」
剣士「(あんなにも清々しかった日々が今や色褪せて濁されていく…)」
剣士「(もう何も考えたくない…。彼女に……)」
~~~最愛の女性にまで裏切られるかもしれない。それでもあなたは再会を望みますか?
剣士「」ズキンッ
剣士「(いや、違う…!仕方ないんだ!俺は間違っていない!彼女なら理解してくれる!)」ブンブンッ
剣士「(そうだ!惑わされるな!俺は彼女に会いに来たんだ!何にもとらわれる必要はない!)」グッ
ボッ ボッ ボッ ボッ ボッ ボッ ボッ
剣士「(魂が一斉に…!?)」ピクッ
シュワシュワシュワン
ガーゴイル「ふしゅるるる」バサバサ
ケルベロス「グゥルァァア!!」フシュー
サイクロプス「オ……オ……」ズシッ
オーガ「ヴヴぁヴぁヴぁヴぁ~」ミシッ
バット「キシャー!」バサバサ
リザード「うぅぅ…」ジュルリ
マンドラゴラ「」モコモコ
ドラゴン「バァオッ!!」ズゥゥン
キマイラ「ギャアオッギャアオッ!」ダンッ
ゴーレム「」ドシンッ
ゾロゾロ ゾロゾロ
剣士「魔物の群れ……これ全部、俺が倒してきた…?」ゾクッ
ゴブリン「ケェェエエッ!!」バッ
剣士「ぬっ!」ズドッ
グリフォン「カァァァァア!!!」ビュッ
剣士「うおぉ!!」バシュッ
シュウウウ
剣士「…ちょうどいい」ジャキッ
ゾロゾロ ゾロゾロ
剣士「もう喋る魂はたくさんだ…。お前たちなら、余計な事を考えずに済む!」キッ
魔物の群れ「ギシャアアアアォッ!!!!」ザザザッ
剣士「ウオォォォアアアアリャアアアアアア!!!!」ダッ
ガシュッ
シュウウウ
剣士「ぶっ…ぐほ!」ゴポッ
剣士「はは、ははは…浄化してやった。浄化してやったぞ。イカれた魂共め…」フラフラ
『頑張ったじゃない』
剣士「……」
『おめでとう』
剣士「……!」バッ
『次で最後の魂よ』
剣士「彼女に…会えるんだな!」パァァ
ボッ
剣士「あぁ…やっとだ。待ちわびた。会える。君の笑顔を…また」ヘラッ
シュワシュワシュワン
剣士「あいたかっ……」
黒魔術師「」ポツン
剣士「……は?」
黒魔術師「ワレワレは神の使イ。神に逆ライシ愚者を粛清セシメン」ブゥゥン
剣士「あの日の…反逆者?」ボケー
黒魔術師「貴様の邪魔立てがナケレバ全ては我が神の思し召すママに。死をモッテ償エ。異教徒メ」バッ
ブォンッ
剣士「っ…おぉあ!」ズザッ
黒魔術師「」ブゥゥン
剣士「どういう事だ…?最後じゃないのか…?俺はまだ…彼女に会ってないぞ?」ムクッ
黒魔術師「神の怒リ、トクとソノ身に刻ミ込メ」バッ
ブォンッ
剣士「なぜ…」サッ
黒魔術師「チョコマカとコザカシイ。一思イに散レ!!」ブゥゥン
剣士「なぜお前なんだぁぁあああ!?」ザッ
ズバッ
黒魔術師「ゴ、フッ!神、ヨ……」シュウウウ
剣士「まだだ…。あのひねくれた魔女がそそのかしたに決まってる…。まだ彼女はここに……」
『お疲れさま』
剣士「!!!」
『すごいわ。全ての魂を浄化させた人間は過去も含めてあなただけよ』
剣士「まだだ!!」
『は?』
剣士「まだ彼女の魂がここに来ていないぞ!?」
『へー』
剣士「終わりじゃない!早く彼女の魂を寄越せ!?」
『死神のような言い種ね』
剣士「おちょくるな!いいから、さっさとしろ!殺されたいか!?」
『おーこわっ。だけど残念。正真正銘、あれで最後よ』
剣士「そんなバカな話があるか!だとしたら今までのはなんだったんだ!?」
『言ったじゃない。あなたに関わる魂が対話を望む。それが魂の牢獄だって』
剣士「だから!彼女が!いないんだよ!俺に最も関わる魂が現れないんだ!!」
『ふーん』
『それはつまり彼女の魂がここにないという事になるわね』
剣士「は…?」
『あなた、本当に彼女の死を確かめた?』
剣士「……いや」
『ならどうして死んだと分かるの?』
剣士「俺は確かに血を流して倒れる彼女に遭遇した…」
剣士「駆け寄ろうとしたが魔物や黒魔術師に行く手を阻まれ……」
剣士「混濁した渦中を無我夢中で切り抜ける間に…彼女の遺体は消えていた」
『探さなかったの?』
剣士「探したさ!国王にも掛け合って国を挙げて捜索した!だが影も形も見当たらなかった…」
剣士「長い捜索も虚しく魔物に遺体を喰われたんだろうと結論が出たんだ…。そうでなかったら、とうに姿を表してる筈だからな」
『彼女、英雄の一角を担う程の魔法使いだっけ?』
剣士「あぁ、それがどう…」
『逃げられたんじゃない?』
剣士「逃げ…?は?なんの事だ?」キョトン
『同じ魔道に精通するあたしから言わしてもらうと、一定以上の魔力を持つ人間が分かりやすい痕跡を残して死ぬとは思えない』
剣士「な、なんだ。また悪い冗談か?気休めはよしてくれよ!彼女は死んだんだ!」
『あのね、魔力ってのは一握りなの。ごく僅かな限られた人間にしか使えない特別な才能』
『あの数の魔物を蹴散らしたあなたでさえ潜在魔力は皆無。ただの腕っぷしが強い人間』
『だけど彼女は魔法を使えた。それもあなた並みに実力のある魔法使い』
『そういう魔法使いは自らの死を悟った時、最後の力を振り絞って魔力を解放する。とてつもない力のこもった爆発的な魔力をね』
『それはなぜかと言うと魔物によって体内に宿る魔力を奪われない為。魔物の起源は魔力の暴走による突発的な誕生だから生命力の源として魔力を好む傾向にある』
『魔道を心得る者なら、これは常識。知らなかったとしても彼女ほどの魔力を吸収した魔物なら人間の手に負えないくらい凶悪化する筈よ』
剣士「だ、だが女騎士は殺したと!」
『本当にそう言った?』
剣士「……!」
『殺したって、はっきりと?』
剣士「言った…ような気が」
『それじゃどうして彼女の魂はここにはなくて、女騎士の魂はここにあったのよ?』
剣士「」ハッ
『……あなた、思い込みが強いものね。見ていて、ずっとヤキモキしたわ』
剣士「嘘だ…。そんな……」ヘナヘナ
『どうする?今なら帰れるけど』
剣士「……」
『現世で彼女を探せばいいじゃない』
剣士「あぁ、そうだな…」
『まぁ彼女があなたに会いたがってるかは別だけど』
剣士「」ピクッ
『さ、帰してあげるわ。じっとしてて』
剣士「(まさか…そんな…)」
シュウウウ
~~~数年後~~~
魔女「いらっしゃい」
魔女「会いたい人がいる?」
魔女「そう。大切な人?」
魔女「息子さん?へー」
魔女「」パチンッ
ゴォォォオオ
魔女「じゃ、いってらっしゃい」
「ここはどこ…?」
「魂の牢獄……そう。ここに息子がいるんですね」
「分かりました。息子に会えるなら、なんでもします」
ボッ
「青い火の玉…」
シュワシュワシュワン
「………」
ポツン
「え……」
「あなたは…ち、違うの。私、たまたま、あの場から離れて…」
「いいえ!そうじゃない!信じて!」
「ひっ…来ないで!」
「……!」
「……そうよ。悪い?」
「あなたとはいいパートナーだったわ。でもそれはあくまで仲間としてよ」
「なんにもないのに恋人呼ばわりされて、こっちはいい迷惑よ!」
「周囲からも英雄同士でお似合いだとか持て囃されて辟易してた」
「おまけに訳の分からない嫉妬に狂った女にまで狙われて…勝手にすればいいのに」
「……話にならないから動けない程度に怪我を負わせて追い払ったわよ。でもあれで完全に嫌気が差したわ」
「えぇ、その通りよ。私は死んでなんかいない。転移魔法で遠方の国まで逃げて静かなエルフの森に身を移したの」
「エルフは人間と不干渉を貫いているけれど根は穏やかで優しい種族だし、何より私たちのような魔力を秘めた人間は手厚くもてなしてくれる」
「あなたに追われない為でもあったけどね。まさかエルフの里にいるとは思わなかったでしょう?」
「……だから私はあなたに恋慕なんか抱いてないってば」
「何度言わせるの?いーい?私には夫も子供もいるの!あなたじゃなくて、愛する家族がね!」
「……相変わらずね。自分に都合のいい事しか信じない。妄信的でも正義に生きるあなたは素敵だったけど、そこだけが受け付けなかったわ」
「私?私は息子に会いに来たのよ。あなたでなくて、息子に」
「息子は…つい先日、不慮の事故で亡くなってしまったの。突然のことで…私が目を離したりしなかったら…!」
「きっと寂しがってるわ…。あの子、甘えん坊でよく私の膝にしがみついてたもの」
「だから、ちゃんとお別れしてあげなきゃ…あの子を悲しませたままにしたくないの。あなたに構ってる暇なんて…!」
「…え?」
「どうしてあなたが謝るのよ?」
「……」
「……ううん、ごめんなさい。私の方こそ」クスッ
「あなたとは本当に最高のパートナーだと思ってた。もちろん本心よ」
「ただあなたは…人より純粋すぎたのよ。私たちがいろんな人から疎まれてた事も気付いてなかったでしょう?」
「うん……うん……」
「そう…。ここはそういう場所なのね。ありがとう。私、頑張るわ」
「えぇ、あなたも…元気でね」
シュウウウ
『あの剣士、あなたを求めて何年も牢獄をさまよっていたのよ』
「魔女さん…?」
『無駄だからよしなさいって忠告したのに…あなたはここにいるって聞かなくて?』
「そうだったんですか…」
『本当は分かってたのかもね。あなたが避けていた事を』
「……」
『本心を知るって怖いわよね』
「でもそうしないと気付けない事もあります…」
『ふふ…そうね。あなたの本心と向き合えたおかげで、あの剣士の魂は浮かばれたみたい』
「えぇ、そうですね…」
『魂は正直よ。あなたの息子さんもどんな本心を隠しているか分からない』
「………」
『あなたの愛情を理解していたのか、助けてもらえなかった事を恨むのか、幸せな人生を送れていたのか、どれも本人にしか分からない事よ』
「どんな本心とも向き合ってみせます。何を思われても私は息子を愛していますから…」
『全てはあなた次第よ』
「はい。彼が最後に教えてくれた、大事なこと…私も悔いのないお別れをしてきます」
ボッ
シュワシュワシュワン
おわり
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