【デレマス時代劇】大原みちる「麦餅の母」 (39)
あとがき パン協会からの苦情を震えながら待つ。
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【デレマス時代劇】大原みちる「麦餅の母」
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大原みちるは、幕府付きの料理人であった。
彼女は幼い頃、
故郷から遠い仙台藩の『佐久間屋』に奉公に出た。
老舗の料理屋でいつも繁盛していた。
みちるは顔が愛らしいのと、
何を出されても美味しそうに平らげるので、
店の皆に愛された。
みちるの食事は結構に凝ったものがつくられ、おやつも出された。
そんな周囲に応えようとしたのか、
彼女は懸命に修行をした。
そして才能が開花した。
他人の思いついた料理でも、
一口食べれば作り方がわかる。
まったく同じものを再現できる。
また、いままで誰も思いつかなかった工夫を
料理に加えることもあった。
その工夫を広める前に、
自分で料理を全て平らげてしまうことも多かったが…。
みちるのいる佐久間屋は、
以前にも増して盛況になった。
美少女の料理人と美味い飯。
評判にならぬはずはない。
幕府がみちるに目をつけるのはすぐのことであった。
当時藩の料理人の禄は8石程度であったが、
彼女には異例の15石が給われた。
実家の大原家は仰天し、狂喜した。
可愛い我が子の大出世である。
親馬鹿子煩悩が悪化してもしょうがない。
みちるは鳴り物入りで出仕した。
だがここで天狗にならず、
仕事に真摯に取り組んだので、
みちるの名前は更に広まることになった。
あいかわらず、食いっ気は張っていたけれども。
ある時みちるは、
蘭国の『麦餅(パン)』を作る様に命じられた。
聞くところによれば、幕府は蘭国使節のために
『蒸餅(清の蒸しパン)』を振る舞ったのだが、
「これは麦餅ではない」と指摘され、大恥をかいたらしい。
そこで、飛ぶ鳥落とす勢いのみちるに、白羽の矢が立ったと言うわけだ。
みちるのために、
蘭国船で焼かれた麦餅が彼女に与えられた。
みちるは初めて麦餅を食べたのが、これが美味い。
材料には小麦と水(もしくは乳)と塩しか用いていないのに、ほんのり甘い。
砂糖ほど露骨ではなく、奥深く上品な甘さである。
頬張ると、遠い異国の小麦畑が、
太陽に照らされ風に揺れる様が、ありありと想像できた。
これが食えなかったのであれば、
使節団が文句を言ったのにも納得ができる。
与えられた麦餅を、みちるは結局全て平らげてしまった。
麦餅作りのために、みちるの工房が建てられた。
意味もなく西洋風だった。
内装は畳であったが、麦餅を焼くための石窯と、
生地の発酵室は、蘭国人の職人が作ってくれた。
これから自分で焼いた麦餅がたらふく食えると思うと、
みちるの胸は躍った。
幕府からの恩賞などよりも、よほど嬉しい。
しかし麦餅作りはまったく
上手くいかなかった。
材料は単純であるから困らない。
それに蘭国から手順も教えられている。
だが、発酵の過程が再現できない。
出来上がるのは、塩ぱくて薄っぺらいなにかである。
みちるは、何度も製法を確認した。
『麦餅
挽いた小麦 塩 水』
これが材料書きである。
発酵の手順には『材料を混ぜて発酵室で寝かせる』、そう書いてある。
難しいことはなにもない。だが上手くいかない。
みちるは大きな誤解をしていた。
ただの名前と思っていた『麦餅』は、
なんとそれ自体の材料であったのだ。
通常、小麦と塩水を混ぜるだけでは生地は発酵しない。
発酵室で酵母の力を借りる必要がある。
酵母は古代伊及(エジプト)で偶然発見されたのだが、
無論当時の幕府は知らないし、みちるも知らない。
日本にいるのかも定かでない。
なので、蘭国の麦餅の欠片を材料に加えなければ、
発酵はできない。
しかしみちるは、それを全て平らげてしまった。
彼女は、初手から詰んでいたのであった。
麦餅作りは一向にうまくいかない。
幕府からの催促はうるさい。
そして何より、美味い麦餅が食べれられない。
みちるはやけっぱちになって酒を大量に煽った。
工房中に吐瀉物を撒き散らした。
そして、さめざめと涙を流しながら眠りについた。
翌日目を覚ましたみちるは、
憂鬱な気分であった。
工房中にへばりつく吐瀉物を
綺麗にしなければならなかった。
自分のものとはいえ気分が沈む。
畳などはすべて取っ替えた。
無論みちるの過失であるから、自腹を切る羽目になった。
発酵室の中もだいぶひどかった。
麦餅つくりがうまくいかない鬱憤のせいか、
ここが一番汚れていた。
やれやれと部屋を掃除していると、
以前作った生地が置いてあった。
みちるが気づかずに、焼かれないままになっていらしい。
もちろんこれらにも、あまねく吐瀉物が降りかかっている。
みちるは、その生地を目にすると、吃驚した。
平べったかったはずの生地が、
「ムクムクムク…」と膨らんでいたのだ。
さすがにそれを焼くわけにはいかなかったので、
一旦酵母室は綺麗にした。
そしてまた生地を作って寝かせてみると、今度はうまくいった。
みちるの胃の中で、
酵母が奇跡的に生き残っていたのであった。
そしてそれが発酵室に居着いて、
生地を「ムクムクムク…」と大きくさせたのである。
出来上がった生地を焼いてみた。
そして食すと、ほんのり甘かった。
酵母が小麦の澱粉を分解して、糖をつくっているのだ。
なぜ上手くいったのかは全くわからなかったが、
みちるは麦餅をせっせと焼き、
それを片っ端から平らげた。望外の幸福である。
幕府の人間は、報告もせず
麦餅を食い続けるみちるを見て、呆れた。
だが、美味そうに
ふごふごと麦餅を頬張る彼女に、そのうち頰を緩めた。
その後、使節団によって正しい製法と、
酵母の存在が伝えられた。
みちるの吐瀉物を浴びた麦餅は株分けされ、
全国の料理屋菓子屋に与えられた。
そして日本に麦餅食文化が広まったのである。
大原みちるは「日本麦餅の母」と呼ばれ、後世まで語り継がれた。
そして現在。
みちるの子孫が始めた『おおはらベーカリー』、発酵室。
そこでは、かつてみちるの吐瀉物を浴びたパンの一部が、
いまでもせっせと酵母を放出しているそうな。
おしまい
まえがき
アイドルのゲロが日本を変える。
まだ完全に消化されたわけじゃないから、酵母が(以下略
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