神谷奈緒「高瀬舟」 (11)
アイドルマスターシンデレラガールズです。
一応、神谷奈緒のお話です。
森鴎外著の『高瀬舟』をモチーフにしております。
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ドアノブに手をかけ、大きく深呼吸。普段のあたしに見えるように。
どうせこんな事しても無駄なんだとは思う。だって聡いから。きっとあたしがこんな風に取り繕っているのも知ってるんだと思う。
でも、あたしはこれを止められない。あたし自身のためにも。
こうしないと、姿を見る勇気が出ない。
「ふぅ……。よしっ」
もう一度深呼吸をして気合を入れ直す。ドアノブにかけてた手に力を込めて、そーっとドアを開ける。
「よう。元気かー?」
普段のあたしを装って、いつもみたいに見えるように演技をしながら。
「んー。今日はちょっとマシ、かな」
ピッピッと規則正しい音を奏でる機械に繋がれ、呼吸器をつけられた加蓮がベッドの上には横たわっていた。
もう身体を起こすのすら辛いらしく、最近はずっと寝たきりになっている。
「そっかぁ。早く良くなるといいな」
ベッドの隣にパイプ椅子を立て腰掛けると、加蓮の顔が少し近くなる。
青白いなんてものじゃなくて、土気色をした加蓮の顔。
「そうだね……私も早く治して、また奈緒と凛と一緒にステージに立ちたいよ」
「……だな」
そんな答えしか返せないあたしが情けなくなる。
どうしてあたしはこんなにも何も出来ないのだろうか。どうして……。
っと、いけないいけない。また思考が堂々巡りをしてしまいそうだった。こんな事を考え始めるとつい顔が暗くなってしまうから、加蓮の前ではしないようにしてたのに。
「そうそう、今日はな――」
いつものように今日の出来事を加蓮に報告する。あたしが今日、見たもの、聞いたもの、触れたものを少しでも加蓮と共有したいから。
◆
「ふふっ。凛は相変わらずなんだね」
「だろー? もうあたしだけじゃ手に負えないよ。だから……」
そこまで言ってあたしはその先の言葉を飲み込んだ。
加蓮の目がとても寂しそうだったから。
「ねぇ、奈緒」
「どうした?」
ざわつく心をどうにか宥めすかして、いつものあたしを心がけて尋ねる。
「私、もう死んじゃいたい」
あたしに向けていた顔を天井に向けて、加蓮は言った。「死んじゃいたい」と。
「ば、馬鹿なこと言うな!」
パイプ椅子から立ち上がり、加蓮の顔を上から覗き込む。加蓮の顔は穏やかで、どこか諦めすら感じさせて……。
「私、もうダメだよ。奈緒達がどれだけ隠してくれてもね。私の身体だもん。わかるよ……」
涙も浮かべず、穏やかな顔のままで加蓮は言う。「もうダメだ」と。
「そんなのわかんないだろ! ほら! 急に治る可能性もあるって言われてるだろ!」
万に一つ、奇跡のような確率。そんなものは起きないってあたし達は知っている。
でも、何も出来ないあたし達はそんな不確実なものに縋るしかないんだ。
「奈緒は優しいね……。だから、奈緒にお願いがあるの」
「いやだ」
加蓮が何を頼もうとしているのか、なんとなくわかる。わかるから先手を打って拒否する。
「奈緒、お願い」
「明日になれば良い治療法が見つかるかもしれないだろ!? なんでだよ……!」
ゆっくりと首を左右に振って、またあたしの方に顔を向ける。
「そんな可能性に縋って、奈緒に負担をかけたくないの」
「負担だなんて……!」
「私、知ってるんだよ。奈緒が毎日ここに来るのにどれだけ無理してるか」
無理なんてしていない。あたしは来たいからここに来てるのであって……。
弁明をしようと口を開きかけたのだけど、加蓮の言葉によって遮られる。
「奈緒、ちゃんと寝てないでしょ? 鏡ちゃんと見た? 酷い顔してる」
「え……?」
加蓮に指摘されて、思わず腕で顔を覆ってしまった。
「なんてね。嘘だよ。……でも、心当たりあるんでしょ」
「それは……」
……加蓮の指摘は事実だった。凛と二人で加蓮が抜けた穴を埋めるように無茶苦茶なスケジュールをこなしている。
加蓮の前では絶対に見せていないはずだったけど、加蓮の居ない所ではあたしも凛も相当酷い顔をしている。
見せていないはずだったのに、加蓮は気づいていた。
「あたしは……あたし達は加蓮を負担だなんて思ってない」
「ありがとう。二人がそう言ってくれても、私はそうは思えないの」
天井に向けていた顔を少しだけ傾けてあたしの顔をまっすぐに見据える。
「私は奈緒の、二人の負担。二人のお荷物は嫌なの。だから……死んじゃいたい」
せめて最後まで対等で居させて、と言う加蓮の表情は言い出したら絶対に聞かない時の加蓮の顔で。あたしは……あたしは……。
「もうね、自分で思うように手も動かせないの」
うつむいたままのあたしに加蓮は淡々と、だけど穏やかな声音でお願いをしている。
「そこの機械の電源を消してくれればいいから。それだけだから。お願い、奈緒」
「……わかった」
頬を伝う涙は、加蓮を思ってなのか、あたしのためなのかはわからない。
……でも、加蓮の最後のお願いを叶えてやれるのはあたししか居ない。
「ありがとう、奈緒……」
そっと目を閉じた加蓮の顔を一度だけ見る。穏やかで幸せそうな顔の加蓮。
「……お疲れ様、加蓮」
親友の最後のお願いは、あたしの手によって叶えられた。
◆
文香「以上が……森鴎外著の『高瀬舟』の喜助と弟をお二人で例えたものになります……」
奈緒「う、うおおぉぉぉ……。やるせない……! やるせない……!」
文香「どうでしょうか……? これで喜助の心情が少しでも分かっていただけたらと思うのですが……」
奈緒「めっちゃわかる! もう痛い位にひしひしと伝わって来た!」
加蓮「奈緒は私のお願い、ちゃんと叶えてくれたんだね、ありがとう……」
奈緒「やめろ! 加蓮! 縁起でもない!」
文香「喜助は……確かに人を殺しました……。ですが……それは本当に悪なのでしょうか……」
文香「鴎外の『高瀬舟』は……『安楽死』や『嘱託殺人』、『同意殺人』と言った……答えを出せないものを考えさせてくれます……」
加蓮「そうだよねー。だって弟は喜助のために、喜助は弟のためにってわけでしょ?」
加蓮「それを『人殺しは悪』ってだけで裁くのはなんかね」
奈緒「でもなぁ……、生きてればもっと違ったかもしれないだろ?」
文香「たらればを言い出したらキリがありません……。ですが……私も同じですね……」
加蓮「奈緒は私が殺してって言ったらどうする?」
奈緒「えぇ……想像でも言われたくないんだけど」
奈緒「……あんな事言っておいてなんだけど、加蓮に言われたらあたしも……喜助と同じ事をする……気がする」
文香「奈緒ちゃんは優しいんですね……。それに、とても強い……」
奈緒「強いかなぁ」
加蓮「うん。奈緒は強いよ。私だったら……多分、逃げちゃうと思う」
文香「私も加蓮ちゃんと同じように……逃げ出してしまうと思います……」
文香「結論を出す、と言うのは……その結論が良い悪いはともかく……とても辛い事だと思います……」
文香「奈緒ちゃんは……その辛い事を受け止めるだけの強さを持っているのですね……」
奈緒「そ、そうかな?」
加蓮「うんうん。だって奈緒は私と凛のお姉ちゃんだしね」
奈緒「うーん……自分じゃよくわかんない……」
奈緒「でもさ」
加蓮「ん?」
文香「なんでしょうか……?」
奈緒「あたしはやっぱりどんな状態でも生きていて欲しいと思うよ。そりゃ、色々辛いかもしれないけどさ」
奈緒「でも、生きてればきっと何か変わると思うんだ」
文香「ふふっ……そうですね……私達も生きているから、こうしてアイドルになったのですし……」
加蓮「まぁそうだよね」
加蓮「私もまだまだ生きて奈緒といーっぱい楽しい事したいしね」
奈緒「あたしもだな!」
加蓮「あれ、奈緒が素直だ」
奈緒「い、いいだろ! たまには!」
文香「顔が赤いですよ……?」
奈緒「だー! もうっ! いいだろーっ!」
奈緒「これで宿題出来るだろ!? あたしは行くからな!」
加蓮「あらら、照れちゃった」
文香「相変わらず……奈緒ちゃんは可愛いですね……」
加蓮「でしょー? なんてったって私の親友だからね!」
加蓮「文香さんもありがとね。私の宿題に付き合ってくれて」
文香「いえ……私で良ければまたお手伝いさせてください……」
加蓮「ありがとう」
加蓮「もー! 待ってよー! 奈緒ってばー!」
文香「奈緒ちゃんと加蓮ちゃんは……本当に仲良しですね……まるで、本当の姉妹のように……」
End
以上です。
文香が語っている体ならもっと文学的な表現を多用すべきだったかも知れない。しかし私は文学的な表現は出来ない。精進せねば。
森鴎外の『高瀬舟』はふとした時に読み直したくなって何度も読んでいますが、物悲しくなりますね。良いものだと思います。
さて。現在、第6回シンデレラガール総選挙が行われています。中間発表も終わりいよいよ後半戦です。
私の担当である「神谷奈緒」と「佐藤心」はトップ10には入れませんでしたが、まだまだ充分に狙える位置に居ます。
「神谷奈緒」、「佐藤心」の二人をよろしくお願いします!
では、お読み頂ければ幸いです。依頼出してきます。
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