神谷奈緒「あめふり」 (8)


アタシは雨が嫌いじゃない。

正しくは、嫌いではなくなった、か。

理由は、まぁ、単純なんだけど。


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いつだったか、雨が降るって予報が出てたのに、傘を忘れてったヤツがいてさ。

わざわざ駅まで傘持って迎えに行ったっけ。

よくよく考えてみたら、アタシもバカだよなぁ。

別に、傘くらいコンビニにいくらでも売ってるし。


……それから、かな。

雨のことが嫌いじゃなくなったのは。

……それから、だな。

雨を口実にするようになったのは。




レッスンを終えて事務所に戻ってくるなり、ソファにどさっ、と腰掛ける。

「ふー。今日も疲れたー」

「ふふっ。奈緒、おじさんみたいだよ?」

その様子を見ていた凛に、つっこみを入れられた。

「いやー、だってさ、今日は結構ハードだっただろ?」

「まぁ、そうだけど……なら、帰りに甘いものでも食べに行く? 加蓮も誘ってさ」

「んー……」

「あ、今日は雨だっけ」

含みのある笑顔で凛が言う。

「……さー、どうだったかな!」

「はいはい。じゃあ、私は先に帰るね」

凛はそう言うと、「ばいばい」と手を振って行ってしまった。


特にすることもないから、マガジンラックからてきとーな雑誌を持ってきて、ぱらぱらとめくる。

ファッション誌なんかだと、数ページおきに知った顔がいたりして、読んでいて飽きない。

本来の楽しみ方とはずれてるかも知れないけど。

でも、こういうちょっと変わった楽しみ方ができるのは、お得だなぁ、なんて思ったり。


そんな感じで、暇を潰していると意識の外から声をかけられた。

「降ってきたなぁ」

少しびくっ、として声の方へ振り返ると、そこにいたのはプロデューサーさんだった。

「もう。いたなら声、かけてくれよ」

「なんか集中してたから。それで、奈緒はレッスン終わり、ってとこか?」

「うん。さっき終わったとこ。プロデューサーさんも、もう上がり?」

「ああ、今日はもう終わり」

「そっか。……で、降ってたなぁ、って?」

「ほら、外見てみなよ。雨」

「ほんとだ」

「駅まで送ろうか」

「……いい、のか?」

「お安い御用だよ、っと。じゃあ、帰るか」

「ん。……ありがと」


そうして、二人して事務所を出て、一本の傘を半分ずつ使って、駐車場までの、あいあいがさ。

駐車場から、駅まで、少しの間のドライブ。

車を降りるときに決まって押し付けられる、男物の傘。

どれもこれも、雨のおかげ。


だから、アタシは。

雨が嫌いじゃない。



おわり

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