神谷奈緒「あめふり」 (8)
アタシは雨が嫌いじゃない。
正しくは、嫌いではなくなった、か。
理由は、まぁ、単純なんだけど。
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いつだったか、雨が降るって予報が出てたのに、傘を忘れてったヤツがいてさ。
わざわざ駅まで傘持って迎えに行ったっけ。
よくよく考えてみたら、アタシもバカだよなぁ。
別に、傘くらいコンビニにいくらでも売ってるし。
……それから、かな。
雨のことが嫌いじゃなくなったのは。
……それから、だな。
雨を口実にするようになったのは。
*
レッスンを終えて事務所に戻ってくるなり、ソファにどさっ、と腰掛ける。
「ふー。今日も疲れたー」
「ふふっ。奈緒、おじさんみたいだよ?」
その様子を見ていた凛に、つっこみを入れられた。
「いやー、だってさ、今日は結構ハードだっただろ?」
「まぁ、そうだけど……なら、帰りに甘いものでも食べに行く? 加蓮も誘ってさ」
「んー……」
「あ、今日は雨だっけ」
含みのある笑顔で凛が言う。
「……さー、どうだったかな!」
「はいはい。じゃあ、私は先に帰るね」
凛はそう言うと、「ばいばい」と手を振って行ってしまった。
特にすることもないから、マガジンラックからてきとーな雑誌を持ってきて、ぱらぱらとめくる。
ファッション誌なんかだと、数ページおきに知った顔がいたりして、読んでいて飽きない。
本来の楽しみ方とはずれてるかも知れないけど。
でも、こういうちょっと変わった楽しみ方ができるのは、お得だなぁ、なんて思ったり。
そんな感じで、暇を潰していると意識の外から声をかけられた。
「降ってきたなぁ」
少しびくっ、として声の方へ振り返ると、そこにいたのはプロデューサーさんだった。
「もう。いたなら声、かけてくれよ」
「なんか集中してたから。それで、奈緒はレッスン終わり、ってとこか?」
「うん。さっき終わったとこ。プロデューサーさんも、もう上がり?」
「ああ、今日はもう終わり」
「そっか。……で、降ってたなぁ、って?」
「ほら、外見てみなよ。雨」
「ほんとだ」
「駅まで送ろうか」
「……いい、のか?」
「お安い御用だよ、っと。じゃあ、帰るか」
「ん。……ありがと」
そうして、二人して事務所を出て、一本の傘を半分ずつ使って、駐車場までの、あいあいがさ。
駐車場から、駅まで、少しの間のドライブ。
車を降りるときに決まって押し付けられる、男物の傘。
どれもこれも、雨のおかげ。
だから、アタシは。
雨が嫌いじゃない。
おわり
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