雪歩「初めの一歩」 (40)

11月下旬

雪が散らつく中、銀色の町に黄色のテープで描かれている『765』の文字が映える。

「この建物が…今日から俺の…」

呟くと、後方から俺を呼び掛ける声が聞こえた。

「あのう…」

「はい!?」

突然に話しかけられたものだから、俺は声をひっくり返し返事をした。

「あなたが…ここの…新しいプロデューサーさん?」

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彼女はここの事務員として勤めているらしい。

名前は【音無小鳥】と言った。

「あの、プロデューサーさん…社長からお話がしたいと…」

小鳥さんが言う。

「はい、分かりました。」

と、返事をすると、社長室まで案内してくれた。

「こちらです」

「どうも」

立ち去っていく小鳥さんにお礼を言うと、俺は目の前にある薄暗い部屋に入っていった。

「こんにちは、高木社長。お久しぶりです」

俺が都内の街を歩いていると、突然この男性に声を掛けられたのだ。

『君、アイドルのプロデュースに興味はないかね』

俺はその場で、少し顔をしかめながら適当に切り離そうとした。

『ありませんよ。それじゃあ…急いでるので』

もちろん[急いでる]なんていうのは逃げるための口実に過ぎない。

うまくいった。と思ったが、その男性は更に続けてくる。

『君を見かけた瞬間、ピンと来たんだ。彼なら一人の女の子を栄光に導けるかもしれない、とね。』

何を言ってるんだ、と思いながらも、少しだけ興味が湧いていた。

『あー、とにかく私の名刺を渡しておこう。もしその気なら、社員総出で歓迎しよう』

どうやらこの男性は本気らしい。本気で俺をスカウトしようとしている。

『それじゃあ』

と、残し男性は去っていった。

「あの時は…驚きましたよ。」

俺は微笑しながら話しかけた。

「まずは…君の人生を変えてしまったことを謝らせてほしい。すまなかった。」

長身の社長が頭を下げる姿に、あまりに驚いたものだから、俺は咄嗟に

「いえいえ、こちらこそ申し訳ございません!」

何が申し訳ないのかわからなかった。気がついたらそう言っていたのだ。

「あー、いきなり本題に移らせてもらうが…」

社長の声の調子が初めて出会った日のようになっていた。

「君は…どの娘をプロデュースしたいかね?」

「じゃあ…この娘で…」

俺が指差した銀髪の少女は【四条貴音】というらしい。

俺は面食いだったため、単純に容姿だけで美しいと思った彼女を選んだのだが

「ほほう。四条くんかね!彼女はいろいろと謎が多くてねぇ…我々にもわからないことが山ほどあるのだよ」

「ええっ…」

更に社長が何か続けようとしていたが、[謎が多い]という事を聞いて、この娘のプロデュースは断念した。

「それじゃあ…この娘…」

順番に指差しては社長が説明をくれた。

全員分の説明を聞いた後、俺は悩んだ。

「この娘たち…ちょっと俺にはあわないかもしれないです…」

掠れたような声で恐る恐る呟いてみた。

「そうかね…」

社長はとても残念そうな表情だったが、俺はあまり気にならなかった。

「入社の手続きは済ませてあるんですよね…なら事務業だけでも…」

一応、気を遣うように言ってみた。

「そうかね…」

その時、一人の女の子の声が事務所内に響いてきた。

「おはようございますぅ…」

弱々しそうなその高い声は、【萩原雪歩】のものだった。

「あら、雪歩ちゃん。おはよう」

小鳥さんが挨拶を返す声が聞こえた。

「会ってみるかね…?」

俺が少しソワソワしてたのか、社長が察したかのように俺に言ってきた。

「でも…確か男性嫌いだと…」

「会ってみればわかるさ」

俺は【萩原雪歩】に会いに行ってみることにした。

どんな娘だろう…

「おはよう!萩原くん!」

社長が威勢のいい挨拶を飛ばす。

すると雪歩は少し怯えたように…

「おはようございますぅ…ヒッ!」

どうやら俺の存在に気づいたらしい。案の定俺も怖がられた。

しかしそんなことは気にならなかった。俺はもっと別なことを気にしていたからだ。

この娘…雪歩は…写真で見るよりも、説明を聞くよりも…

ずっと可愛い…

我に返ると、社長が雪歩に俺の説明をしているところだった。

「ーーーで…そうだ、君からも何か一言言ってくれたまえ」

「は、はい」

たった一人の少女相手に、すごく緊張していた。

俺は自己紹介を終えたが、雪歩はまるで聞いていないようだった。

怯えていたのだ。本来ならここで慰めの言葉すらも掛けてはいけないのだろう。

しかし、何を思ったのか…俺はとんでもないことを口走っていたのだ。

「君のプロデュースがしたい」

「ほほう!そうかね!それなら…」

社長が話を進めようとしていたが、雪歩には我慢ができなかったらしい。

「お、男の人はイヤですぅ!」

「わ、私…穴掘って埋まってますぅぅぅ!」

突然どこからかスコップを取りだし、コンクリートの床に穴を掘り始める。

「や、やめろって!」

雪歩を止め、気づいた頃には遅かった。

雪歩の腕を掴んでいた。

しかし予想外にも程がある出来事がおきた。

雪歩がまったく怖がらないのだ…

「あれ…?怖くないのか、俺のこと」

不安気に俺は訊ねた。

「怖いですけど…なんだか…大丈夫な気がします…」

小鳥さんと社長は何が起こっているのか分からなそうな表情をしていた。

事実、俺にも分からなかった。

晴れて俺は雪歩のプロデュースをすることになった。

765プロの他のアイドル達とも一通り顔を合わせ、一足先に一歩を踏み出すことになった。

雪歩と一緒に……

「それじゃあ雪歩、仕事に行こうか」

「は、はい!」

俺と雪歩がそんなやり取りをしてると、雪歩の隣に座っていたボーイッシュな娘が言葉を漏らす。

「いいなぁ…雪歩、頑張って来てね!」

彼女は【菊地真】。ボーイッシュな外見に伴い、言動までもが男の子らしい。

「うん、行ってくるね」

雪歩が返すと、ドアを開け、事務所を出ていった。

最初の営業を終え、俺が一息ついていると、雪歩は近くにあった自販機で買ったお茶を俺に渡してくれた。

「お疲れ様でした」

雪歩はニコリと笑ってこちらを見る。

「本当は…俺の仕事なのにな…」

情けない顔をして、自分で呆れる。

「いいんです。私…プロデューサーが来てくれて嬉しかったから…」

「え?」

「私…ダメダメだから…そんな自分を変えたくてアイドルになったんです。」

社長から聞いた話と一致した。

「それなのに…全然お仕事がもらえなくて…辞めちゃおうかな…って思ってたんです…」

「そしたらプロデューサーが来て、私をプロデュースしたいって言ってくれました」

「雪歩……ありがとうな。そういう風に言われると、俺も俄然やる気が出てくるよ」

ガッツポーズをしながら雪歩の思いに応えてみせた。

「はい、宜しくお願いしますね。プロデューサー」

それから、雪歩は順調に歩みを進めていった。

小さな出版社のモデルから始まり、ラジオでコーナーを持たせて貰うようになったと思えば、いきなりドラマの主演のオファーが来たりと、絶好調だった。

「雪歩、最近調子いいじゃないか!これからもこの調子で頑張れ!」

「はい!」

ーーーーーーー

『今日の撮影、表情が堅いってカメラマンさんが言ってたぞ。もう少し笑ってくれ…』

「笑って…か…」

ーーーーーーー

「おお、雪歩…おはよう。早いじゃないか」

「早く起きちゃったので…少しだけ早く来てみようかなって…」

ーーーーーーー

大分月日が過ぎた…

今は11月の下旬。そう…あの日から一年が経過したのだ。

「私…プロデューサーといる毎日が楽しいんです」

「プロデューサーとの会話が嬉しいんです。それがどんなに些細なことでも」

「プロデューサーと…離れたくないんです…」

「お願いです…プロデューサー…」

「ダメだ…俺は…雪歩の気持ちには応えることはできない」

すまない…雪歩……

俺は…雪歩の気持ちになんて気づいていなかった。

「いいんです…。そうですよね…プロデューサーなら、そう言ってくれるって思ってました」

「雪歩…ごめんな…」

「いいんです。これで…諦めがつきましたから…」

雪歩の瞳には涙が滲んでいた。俺は見て見ぬふりしかできなかった。

「プロデューサー、次の仕事なんでしたっけ…?さあ、早く行きましょう!」

「雪歩…今日くらいは休んでも…」

「プロデューサーが折角取ってきてくれた仕事、休めるわけありません!さあ、行きましょう!」

「ああ…」

「雪歩…最近、無理してないか?その…あの事については…申し訳ないと思ってる。だけど仕方のないことでもあるんだ」

「プロデューサー?私…確かに最近無理してました…だけど…」

雪歩が何かを言おうとしていた。そんなのことにも気づけなかった。

「雪歩、明日の仕事は休みにしよう!な?それがいい。どこか行きたいところはあるか?どこでも連れていってやるぞ…?」

「プロデューサーは…何も分かってくれません…!いえ…分かってくれようとしません!」

急に雪歩が怒鳴り出す。何があったのかますます分からなかった。

「ゆ、雪歩?あ…ストレスが溜まってて…イライラするのも当然だよな…」

俺は雪歩の話を聞こうともしなかった。それが何故だかもわからなかった。

「…もういいです…。プロデューサー…今までありがとうございました…」

そう言って雪歩は去っていった。俺には何が何だか分からなかった。

それが悔しくてついつい涙目になっていた…。

一部始終を見ていたらしい、最年少の双子…サイドボニーのよく似合う姉【双海真美】が心配そうに話しかけてきた。

「兄ちゃん…雪ぴょんと喧嘩しちゃったの…?」

俺はあまりのショックに返答すらもできなかった。

「情けないよ兄ちゃん!男のクセに!」

その言葉を聞いて俺はハッとした。

男のクセに…そういえば何故雪歩は俺のことを怖がらなかったのだろう?

「真美も亜美と喧嘩するときあるけど、すぐに謝れば許すし、許してもらえるし」

「早いうちに謝らないと後々謝りにくくなっちゃうんだよねぇ…」

真美の言葉を聞いて、俺はその理由を考えた。

「そうか…」

「真美…ありがとうな…」

「どういたしまして…?」

携帯を片手に走りだし、俺は事務所を飛び出た。

携帯の電話帳から電話をかける。相手は勿論…雪歩。

「もしもし、雪歩か!?今どこにいる?」

「プロデューサー…?どうしたんですか?今は…事務所の前ですけど…」

「頼む雪歩!そこで待っていてくれ!」

「……分かりました…。」

俺は階段をかけ降り、屋外へ出た。しかし雪歩の姿は見当たらなかった。

「雪歩…?どこだ?」

「おい、お前!どこ見て歩いて…ってお前…へぇ…」

「765プロが何のようだ」

長身で茶髪のこの男。何度か見かけたことがある…。【天ヶ瀬冬馬】だ。

「私…あなたたちのこと許しませんから!」

「はぁ!?なんだよそれ!」

「私…見たんです…プロデューサーは!」

「何が言いたいのかは分からねぇが、アイドルならステージで勝負しようぜ」

「このステージ、来いよ。来月24日…色々なアイドル達が来るぜ。961プロが主催だから、オッサンに事情を説明してお前もエントリーさせてやるよ」

高飛車にそう言い放ち、冬馬は去っていった。

「……帰ろう…」

「プロデューサー!ごめんなさい!」

「雪歩…!どこに居たんだ…いや、そんなことより謝るのは俺の方だ」

「本当にごめんな。雪歩の気持ちに気づいてやれなくて…」

俺は深々と頭を下げた。

「いいんです。私はそんなことで怒っていたんじゃないですから」

「そんなことより…これ…」

先程、冬馬から渡された紙をプロデューサーに差し出す。

「この挑戦…受けるのか?」

「そうしたいです…」

自信無さそうに答える雪歩にどうにか自信を持たせてやりたい。そう思った俺は咄嗟に

「やろう。ただ…やるからには負けるな!」

「はい!」

それから幾度も練習を繰り返した。

雪歩は【ALRIGHT*】という曲で挑みたいらしい。

練習を重ねるうちに、以前のこともすっかり頭から離れていた。

そして…ついにその時がやってきた…。

「来たか…。」

「雪歩に何を言ったのかは分からないが…雪歩をこんなにも成長させる機会を作ってくれた…君には感謝するよ。」

心の底からの言葉だった。また…救われたのは雪歩だけではない…俺もだったのだから。

「敵に感謝なんてするなよ」

「もちろん、ステージにあがれば敵同士だ」

互いに睨みあうようにしたあと、ゆっくりと離れていった。

「雪歩、応援してるからな!」

「はい!」

開演前、少し時間があったので、俺は入り口に飾ってあった雪歩宛の花束を眺めていた。

中にはプレゼントがついているものもあった。

手紙が一通飛び出ているのが気になったので、一応周りの目を気にしながら手にとって読んでみた。

『逃げて』

何のことだ…と思いながら再び周りを見渡す。すると、雪歩が歩いてやって来た。

「ダメじゃないか雪歩!こんなところに出てきちゃあ…」

「プロデューサー、お願いします。少しだけ…散歩に付き合ってもらえませんか?」

少しだけ外に出て、建物の周りをぐるっと周って戻るつもりだった。

「プロデューサー…好きです。」

「雪歩…俺は…」

「分かってます。もう一度伝えておきたくて…」

「雪歩…ごめんな…本当に…ごめんな」

前と似たようなやり取りだが、明らかに違うものだとお互い実感していた。

「それじゃあ…私…」

と、言って駆け出そうとした雪歩に魔の手が近づく。

包丁を持った男が雪歩を切りつけようとしていた。

「雪歩ッ!危ない!」

頬を撫でると…生温かい液体が付着していた。
「え……そ…んな……」

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