北条加蓮「地球最後の日」 (19)


モバP「加蓮、誕生日おめでとう。ささやかだけど、プレゼント」

あの人はそう言いながら可愛くラッピングされた箱を私にくれた。

加蓮「ありがとう、嬉しいよ。まぁプロデューサーさんにもらえるものなら何でも嬉しいけどね。ふふっ」

P「そうやって大人をからかって……」

加蓮「からかってないよー。ホントだし」

ちょっと直球過ぎたかな。
まぁいいよね。ウソじゃないから。

P「……まぁ担当アイドルにそう言ってもらえるのは嬉しい限りだよ。改めておめでとう」

加蓮「“担当アイドル”に?」

P「加蓮にだよ、もう。分かってるだろ?」

加蓮「ふふ。よろしい」


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P「よろしい、って。……まぁいいか。それより、誕生日だからオフにしたのに事務所なんて来てよかったのか?」

加蓮「誕生日だから来たんだよ?」

P「プレゼントは逃げないから誕生日くらいゆっくり過ごせばいいのに」

加蓮「誕生日は逃げちゃうからね」

P「ははは、それもそうか」

加蓮「うん。プロデューサーさんは今日は普通にお仕事?」

P「ああ、ちょこちょこと担当してる案件の資料作ったり、先方に挨拶したり、色々だ」

加蓮「そっかー、それって明日に持ちこし~とかできたりしない?」

P「んー。出来ないこともないけど……なんかまた変なこと考えてないか?」

加蓮「変じゃないよー。誕生日のお願い、聞いて欲しいなー」

P「まぁ、誕生日だしな。いいよ、理由でっち上げて時間を作ろう」

加蓮「やったー! プロデューサーさんのそういうとこ大好き、なーんて」

P「お前はまた……」

「もう……」なんて言いながら手でぱたぱた顔を扇ぐプロデューサーさんはなんだか可愛かった。
ちょっと暑いのは、きっと残暑のせいで、私の頬が少し朱いのはただのチーク、そういうことにしておこう。


P「で、お願いって何だ?」

加蓮「ふふふー、気になる? 気になっちゃう? じゃあしょうがないなー」

P「もったいぶらずに教えてくれよ」

加蓮「いいよー、それはね。今日で地球には滅んでもらいたいなー、って」

P「……は?」

加蓮「いや、まぁ、ほんとに滅ぶわけじゃなくって。滅ぶつもりで!」

P「……滅ぶつもりで?」

加蓮「そ。滅ぶつもりで今日一日私と遊んで欲しいな」

P「……また、ホンット突拍子もないことを思い付くなぁ」

加蓮「どう? 面白そうでしょ」

P「それは、何だ。演技ってことか?」

加蓮「ううん。ホントに滅ぶつもりで」

P「うーん……。いや、でも……」

加蓮「どうしたの?」

P「それ。カメラ回してもいいか?」

加蓮「あー、お金のこと考えてるでしょ」

P「俺らの没入度によっちゃ、すごい映像が撮れるかもしれないだろ? それに記念になるし」

加蓮「んー、まぁいっか。でもカメラマンさんはなし。プロデューサーさんがハンディで撮ってくれるならいいよ」

P「よし、決まりだな。準備とかあるから1時間くらい暇を潰しててもらってもいいかな」

加蓮「うん、いいよ。凛や奈緒、他のみんなにも会いたいし」

P「今日で地球、滅ぶもんな」

加蓮「ふふ。そうだよ」


◆ ◇ ◆ ◇ 



P「というわけで、一等いいカメラを借りてその使い方を覚えてきたわけですが」

加蓮「わけですが?」

P「どっから始めようか」

加蓮「んー、とりあえずプロデューサーさんの車、乗っちゃおうよ」

P「それもそうか。時間もったいないしな」

そうして、二人して事務所を出て駐車場へ。
いつもの社用車だから、雰囲気は出ないけど、それでも何か特別なことをしてるみたいでうきうきした。
プロデューサーさんが鍵を開け、運転席に乗り込むと次いで私も助手席へ乗り込んだ。

P「それじゃ、カメラ回すぞ。運転中は持ってられないからこの辺に固定するからな」

加蓮「うん。でもそれだと私しか映らなくない?」

P「俺なんか映したところで絵にならないだろ」

加蓮「それもそっか」

P「素直に納得されるとそれはそれで傷つくなぁ」

加蓮「ふふ、大丈夫だよ。プロデューサーさんの魅力は私がよーく分かってるからね」

P「……カメラ回すぞ」

照れちゃった。かーわいい。


加蓮「何か実感わかないなぁ。今日でみんな死んじゃうなんて」

P「まぁ、こんなもんなんだろうな。最後なんて」

加蓮「そうだね。じゃあ、最後くらい可愛く撮って欲しいな」

P「ああ、任しといて」

さて、最後とは言え別に行きたいところがあるわけでもなく、
私が直面した問題は、どこに行けばいいかわからないことだった。

加蓮「どこ行こっか」

P「最後、ってなると迷っちゃうな」

加蓮「そうだね。でも、とりあえずご飯にしよっか。お腹空いちゃった」

P「了解。何食べたい?」

加蓮「んー、ポテト?」

P「何で疑問形なんだ」

加蓮「最後までポテトなのかなー、って」

P「いいんじゃないか? 加蓮らしくて」

プロデューサーさんが、私らしい、って思うならそれでいいか。

加蓮「ならお昼はハンバーガーに決まり!」

P「じゃあドライブしながら食べようか」

加蓮「はーい。何か新鮮かも」

P「ドライブスルーで適当に買って移動中に食べるなんてよくあることだろ?」

加蓮「なんて言ったらいいのかな。ポテトがこんなに意味を持つ、って不思議っていうか……」

P「ああ、なるほど。何せ地球最後のフライドポテトだ」

加蓮「だから、すごく特別で新鮮なの!」

P「日常、ってそういうものの繰り返しなのかもな。気が付かないだけで」

加蓮「かもね。ちょっと気付くのが遅かったなぁ。もうちょっと早く知れたら大事にしたのに」

P「今日を大事にしたらいいよ」

加蓮「うん。そうだね」

ほんとにそうだ。


たくさんの車が吸い込まれるように、お店の敷地内に入っていく。

列をなして、自分の番が来たら欲しいものをスピーカーに向かって投げかける。

すると、車が受け取り口に着くころには、綺麗に袋に詰められ渡される。

普通のことなんだけど、なんだか不思議な気がした。

「お会計、―――――円です」

ぼけーっと、そんなことを考えてた私は値段を聞き逃す。

はっとして財布を出そうとするも、時既に遅く、プロデューサーさんが払ってしまった。

加蓮「ごめんね。なんか出してもらっちゃって」

P「最後くらい、カッコつけさせてくれよ。それにお金の心配なんてしたって仕方ないだろ?」

加蓮「じゃあ今日は甘えちゃうね」

もう十分、カッコいいよ。とは言えなかった。


ハンバーガーを受け取り、お店の敷地を出ると車はまた走り出す。

目的地は、未定。

プロデューサーさんから手渡されたハンバーガーの入った袋をがさごそと漁り、まずジュースを取り出した。

取り出したそれを、お互いの方のドリンクホルダーに置いて、次はハンバーガーを二人の間に並べる。

袋を開いただけで、車内は美味しそうな匂いでいっぱいになって、堪らず私のお腹は音を上げる。

ぐー。

加蓮「あ……」

P「ははは、そんなにお腹空いてたんだ」

加蓮「何でかな。あはは、恥ずかしいな」

P「暖かい内に食べちゃおうか」

加蓮「うん」

手を合わせて「いただきます」をして、ハンバーガーの包みを開く。

ふわふわのバンズとシャキシャキのレタス。

ちょこっととろけてるチーズ。

ソースでてらてら光ってるおいしそうなパティ。

やっぱこれだよね。と大きく口を開けて頬張った。

加蓮「んー! おいしー」

P「そりゃよかった」

加蓮「…あ、プロデューサーさん運転中だから開けられないよね」

P「俺はいいよ。信号で止まったらその都度食べるからさ」

加蓮「そんなの申し訳ないから、ね?」

P「ね、って……」

加蓮「私が食べさせてあげるの」

そう言って、私はプロデューサーさんのハンバーガーの包みも開いて口の方へと近付ける。

加蓮「はい、あーん」

P「…………ん」

プロデューサーさんは少し、照れ臭そうに口を開けてからがぶりとハンバーガーに噛みつく。

一口で私のハンバーガーより減ってて、こんなちょっとしたことだけど、男の人だなぁ、なんて思ったりした。


そうして、私達は無事ハンバーガーを完食。

車の揺れる振動で、手元が狂って何度かプロデューサーさんのほっぺに食べさせちゃったりもしたけど。

次はお待ちかねのポテト!

手がべとべとになっちゃうから、またしても私が食べさせてあげることになった。

なった、というか、した。

車はいつしか海沿いを走っていて、綺麗な空と海の青色を眺めながらポテトを食べる。

私が食べたら、次はプロデューサーさん。

プロデューサーさんが食べたら、次は私。

その次も私。

P「あ、今俺の番飛ばしただろ」

加蓮「バレちゃった」

P「バレちゃった、って。まぁいいけどさ」

加蓮「ほらほらー、ちゃんとあげるから。はい、あーん」

P「ん……うまい」

だんだんと食べさせられることに抵抗がなくなってきてるプロデューサーさんが可愛かった。


延々と続く海の景色を見飽きてきた頃、
プロデューサーさんはにっこり笑って「着いたよ」と言った。

加蓮「誰もいないね」

P「もう夕方だし、九月だからね」

加蓮「貸し切り、ってのも悪くないね」

P「そうだな」

防波堤によじ登り、テトラポットをぴょんぴょんと踏み越えて砂浜へ降りる。

加蓮「いつか来たよね、南国のビーチ」

P「あれと比べられちゃうと、ちょっとグレードは落ちるけどな」

加蓮「ふふ。私はプロデューサーさんがいれば、どこだっていいよ」

P「……ありがとうな」

加蓮「もう、何それ。そんな最後みたいな……って最後だっけ」

P「ああ」

加蓮「日が沈むね」

今日が。最後の日が終わる。

真っ赤に燃えている太陽が水平線に半分顔を隠したくらいのところで

妙な現実感に襲われる。

加蓮「あれ。おかしいな……」

すっごいロマンチックで。

すっごい素敵な一日のはずなのに。

どうしてこんなに悲しいんだろう。

P「え。……どうかしたか? どこか痛いのか?」

あわあわしているプロデューサーさんに心配をかけないように平静を装おうとしたんだけど

どうしてか、もう明日からこの人に会えないかもしれない、という思いが生まれてしまって

必死の抵抗も虚しく、せき止めていた何かが溢れ出してしまった。

加蓮「……ごめん、ごめんなさい。私……」

ぼろぼろと涙をこぼして子供みたいに泣きじゃくる私の頭にぽん、と手を乗せ、彼は笑う。

P「大丈夫」


◆ ◇ ◆ ◇



いつの間にか、眠っていたみたい。

P「起きた? びっくりしたよ。加蓮があそこまで入り込んでるとは思ってなかった」

加蓮「え……あー。そっか私……」

自分が言い出したことなのに。

なんでか、ホントにもうこの人には会えないような気がして……。

変な子だと思われたかな。

潮風に当たって、ちょっとぱさつく髪をいじりながらそんなことを考える。

P「もうすぐ着くよ」

プロデューサーさんがそう言うと同時に車の外を流れる景色に目をやると、
見慣れた風景が広がっていてそこは私の家のすぐ近くだった。

その言葉通り、車は間もなく私の家の前に到着。

地球最後の日ごっこもこれで終わりとなった。

加蓮「今日はありがと、プロデューサーさんは、さ」

P「ああ、どういたしまして。俺がどうかした?」

加蓮「ホントに地球最後の日が来たとして、さ」

P「ああ」

加蓮「その最後の日を私のために使ってくれたり……するのかな。なんて思いあがったこと言っちゃダメだよね」

P「使うよ。その24時間は加蓮のためだけに使う」

加蓮「……そっか、嬉しいな」

P「だから、それまでは」

加蓮「うん。それまで、私はプロデューサーさんの担当アイドル、北条加蓮だよ」

P「ああ」

加蓮「アイドル北条加蓮の時間はあげられないけど、私が普通の女の子に戻ったら、また同じセリフを聞かせて欲しいな」

P「もちろん。何てったって俺は、北条加蓮の担当プロデューサーだからな」




おわり


後日談(という名の蛇足)



『あれ。おかしいな……』

テレビで流れる、あの日の風景。

演技でも何でもない、素の自分が日本中に配信された。

プロデューサーさんは、あの日のことを何か言われる前に
コネを総動員して、私を撮った映像を編集し、一本の番組にして、そのまま企画を通してしまったのだ。

ほんと、ただじゃ転ばないとこがすごいよね。

私としては勘弁して欲しいけど。

『……ごめん、ごめんなさい。私……』

感極まって号泣する自分を見ていられるほど、心が強くない私はそのまま、ぷちんとテレビの電源を消した。

そうそう。

今、カップルの間ではちょっとしたブームになってるらしいよ。

地球最後の日ごっこ。

まったく、最後の日にかこつけて、いちゃいちゃする大義名分を得た気になってるだけじゃん。

……ってこれは私も同じ穴のムジナか。

まぁ、悪いことばかりでもない。

あの涙の演技が、好評でドラマや映画、それからCMのオファーがいくつか来た。

どこまで、あの人の計算の上なのかは分からないけれど、それでも
あの人に振り回されるなら悪くないと思う。

寧ろ、心地いい。

だから、しばらくは振り回されてやろう。

それで、たまに仕返しをするんだ。

ふふ、照れた顔が可愛いんだよね。

なんちゃって。

終わりです。ありがとうございました。

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